お姉ちゃんが生まれた日

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mioazu

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「あれっ、おふたり共ご一緒だったんですか」

玄関を開けた私の目に飛び込んできたのは、インターホンごしに話した梓ちゃんともうひとり、澪さんの姿だったんです。

「すぐそこで偶然いっしょになっちゃって。なあ、梓」
「え、は、はいっ、そうです。ちょうどばったり。そうそう。ホントだからね、憂」

ふふ。こうして見ると、ふたりともよく似てますね。
相変わらずふたりともウソが下手ですし。
もちろん、そこがまたいいところなのですけれど。

「まあとにかく中へ。もう皆さんおそろいですよ」
「律とムギ?」
「そのおふたりにプラス、和ち……和さんと山中先生も」

私が山中先生と口にしたところで、ふたりの表情が同時に曇りました。
ひょっとしてあまりよく思われていないのでしょうか。

「このまま帰っちゃいましょうか、澪先輩」
「これが唯の誕生パーティーでなかったら、私も賛成したいところだな」

などと顔を見合わせながら、同時に苦笑いを浮かべています。
ようやくあきらめがついたのか、梓ちゃん、澪さんの順に玄関に入ってきました。

私がおふたり用のスリッパを用意している間に、先に入ってきた梓ちゃんが靴を脱いで上がってきます。
続いて澪さんも靴を脱ぎ、そして自分の靴を玄関の端によせ、さらに一回り小さな梓ちゃんの靴を隣に寄せました。

……へえ。

「あ、すいません。脱ぎ散らかしちゃって」
「こうしておいたほうが、カワイイ靴を踏みつけられる確率が減るだろ」
「なるほど確かに。そういう細やかな心配り、さすがは先輩です」

感心したようにうなずく梓ちゃん。ですが私もまた、別の意味で感心していたのです。




確か澪さんが最初にこの家を訪れたのは、去年の一学期の中間試験の頃だったでしょうか。
いっしょに訪れたお三方のなかでも特にクールというか、どこかよそよそしい印象を受けた覚えがあります。
もう一方の梓ちゃんも、最初に新入生として出会ったころは、まるで小さな野生動物みたいに周りの様子をうかがい、なかなか他の人たちと打ち解けようとしなかったものです。

それが今はどうでしょう。
もともと繊細な一面を持っている方とはいえ、他人の靴をそろえて脇に寄せるなんて、なかなかできることじゃありません。
その行為に対して梓ちゃんもまた、まばゆいばかりの感謝と尊敬の念を露わにしています。

一見それは取るに足らないやり取りかも知れません。
ですが私には、とても出会ったころのイメージからは想像もできない光景に思えたのです。やっぱりお姉ちゃんの周りにはいい人が集まってくる。
いえ、お姉ちゃんと交流することで、あったかさが伝染するといった方がいいでしょうか。

「なーにニヤニヤ見てるのよ」

私の視線に気づいた梓ちゃんが、口をとがらせて私に向かってそんなことを言ってきます。
もちろんそれが一種の照れ隠しだと知っていますから、別にどうということもないのですが。

「さあさあ、早く中へ。みなさんお待ちかねですよ」
「いったい虎視眈々と何を待ってるんだろうな。仕方がない、行こうか」
「ひょっとしてこれが噂の『飛んで火にいる夏の虫』というやつでしょうか」
「その例えがハズレてることを切に願うよ」

軽く梓ちゃんの背中に澪さんの左手が添えられます。それが合図になったように、おふたりはリビングへと歩き始めました。
その仕草がまるで本当の姉妹か、さもなければ長年連れ添った夫婦みたいで。
本当に、なんて仲睦まじい姿なのでしょう。



11月27日。お姉ちゃんが生まれた日。

今日も私の心の中にまたひとつ、かえがえのない宝物が増えました。

(おしまい)
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