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「ふふ……」

誰かの笑い声で目が覚めた。半身を起こしあたりを見回すが、どうにも見慣れない光景だった。
少なくとも自分の家ではない。寝ぼけた頭を懸命に働かせる。

「ええと、確かライブハウスで演奏して、それからみんなで年越しを……」

そうか、ここは唯の家か。あのまま零時を待って年越しの挨拶をしようとか、
初日の出を見ようとかみんなで話し合っていたのに、
気づいたらこたつの暖かさに誘われ、ついつい眠りこけていたらしい。

「ふ……ふふっ」

再び小さな笑い声が聞こえる。
声のした方向に目を向けると、すぐそばで梓が幸せそうな寝顔を浮かべて私に寄り添うように眠っていた。
ひょっとして楽しい夢でも見ているのだろうか。

「先輩……澪先輩……」

どうやら会話の相手は私らしい。
そう思って梓の顔を改めてながめていると、不意に彼女の表情が曇った。

「い……いいんです……か?」

何か言われて戸惑っているらしい。

「ああ……おっきい……まるでメロンみたい」

あの、梓サン。いったい何をアナタは口走っていらっしゃるのですか?

「ふわふわで……柔らかで……」

ま、まさか、夢の中でまで私の、その、胸を……?

「ん、んーーーー」

唇を尖らせる梓の姿を見て、先日の記憶がまざまざとよみがえった。
気のせいか胸先にまで、まるで実際にされてるような生々しいざわざわとした感触を覚える。

「ちょっと待てっ。お前、なんて夢みてるんだよっ!」

恥ずかしいにもほどがある。とうとう私はたまりかね、梓の両肩を揺り動かす。
不愉快そうに顔をしかめながら、ようやく彼女は目を覚ました。

「あ、れ、先輩……?」

とろん、と梓は焦点の合わない目を私に向ける。

「お前さ、今夢を見てただろ。ヘンな夢を」
「夢……ですか?」




まだ要領を得ない感じで、それでも梓は首をかしげて、懸命に思い出そうとしているようだった。

「え、と……確か……澪先輩が……」
「私が、どうした」

どきりとして、反射的に自分の胸を隠してしまう。
きちんと服を着ているのに、まるであられもない姿を見られてるような気がした。

「特大のシュークリームを作ってくれて」
「シュ、シュークリーム……?」

あまりにも思いがけない言葉に私は呆気にとられてしまった。
何その夢物語。いやまあ夢だけど。
そういえば普段隠してるけど、唯に負けないくらい甘いモノが好きだったよな、お前は。

「それで、食べていいって言われで……。とっても大きくて柔らかで……」

と、そこまで話したところで、ようやく本格的に覚醒したらしい。
とろんとしていた目に意志の光が戻ってくる。

「あの、先輩。私がどんな夢を見てるって思ったんですか?」
「いや、その……つまり……」

私が答えに詰まると、次第に梓の表情が硬いものへと変わっていく。

「もういいです。わかっちゃいましたから」
「え……?」
「だって先輩、さっきからずっと両手で胸、隠したまんまでしたから」

顔を紅くして、ぷいっとそっぽを向く。
しまった、これじゃ私が何を考えてたかまるわかりじゃないか。

「違うんだ、これはその……とにかく違うんだ」
「絶望しました。私、先輩にそんなことするような人間だって思われてたんですね」

あまりにも悲しげな声音に私は戦慄する。まるで今にも泣きだしそうだ。

「でもまあ、しかたないですよね。年末あんなことがあったばっかりですから」

再び私に悲しみにくれた顔を向ける。
それを眺めていると、なんだかこちらの胸中にも罪悪感が広がっていく

「でもあれは、なんとか澪先輩をダークサイドから救い出したいって一心だったんです。やましい気持ちなんて全然なかったんです」
「確かに私にもよくないところはあったと思うけど、あれはちょっと……」

先日のことは、正直言って一生思い出したくない。
それでなくても梓の……指とか、舌とかが、私の……あ、いやいや。

「何を顔を紅くしてるんですか。いちいち思い出さないでください。恥ずかしいっ」

一瞬だけ眉を吊りあげた梓だったが、すぐにまたしゅんとなってしまう。

「でももういいです。先輩さえ人としてまっとうな道に戻ってくれさえすれば、私なんてどうなっても……」

まるでこれから自殺しかねないような暗い態度を見て、ますます私の中の罪悪感が膨れ上がっていく。




「ちょっと待ってくれ。私は梓になら、別にその……む、胸くらい触られたってかまわないぞ」
「ウソです、よね。私を慰めようとして、適当なこと言ってるだけですよね」
「ウソじゃない。ホントだって」
「……ホントですか?」
「ホント。マジだから。むしろ触ってほしいっていうか」

……あ、しまった。ちょっと今のマズかったか。そう思う間もなく、梓がさっそく食いついてきた。

「え……と、ホントに触ってもいいんですか?」
「もちろん、梓がそうしたいっていうんなら、いつでも」
「じゃあ……今、触ってもいいですか?」
「ふ、ふえっ!? いやそれは、ちょっと……」

さすがに焦った。たとえ眠っているとはいえ、
周りには他の軽音部のメンバーや憂ちゃん、さらにはさわ子先生までいるのだから。
しかし私が言いよどむと、今まで上がりかけていた梓のテンションが再び急降下していくのがわかった。

「やっぱりダメなんじゃないですか。もう、先輩のウソつきっ」

いやダメだ。やっぱりダメ。こんな梓の悲しい顔はもう見たくない。私の心は決まった。

「わかった。いいぞ、今すぐ触っても」
「ホントですね?」
「ああ、ホントだ。いつでも来い」
「ホントにホントですね?」
「ホントにホントだ」
「二言はないですね?」
「絶対ナイ!」
「それじゃさっそく、いただきますっ!」

喜々としてむしゃぶりついてくる梓の背中に両手を回しながら、私はどうしてこうなってしまったんだろう、とぼんやり考える。
どこかで何かが間違っているような気がした。
しかし、すぐさま押し寄せてきた痺れるような甘い感覚に、たちまち──。

(おしまい)