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 ――紅い。

 夕暮れの商店街は、何かで塗りたくられたかのように紅かった。
 まるでペンキがまだ塗りたてのベンチのように、足につくもの手につくもの全てが、ぬちゃりと音をたてているみたい。

 ――商店街の真ん中を進む。

 自分だけが歩いていて、商店街は静まりかえっていた。
 みんな息を潜めて隠れているのか、それとも元から誰もいないんだろうか。

 ……しかし、目が痛い。
 目を酷使させるほどの強い紅色に目眩がするほど。
 それに、商店街があまりに無人すぎる。
 何か私だけ気が付かないままで大掛かりな避難勧告でもあったんだろうか。
 そう思うと、これだけの強い紅色にも納得がいくけど。

 ……家に帰ろう。
 そう思い、紅い町並みの中で家路に着こうとする。

 ――と、
 遠くに人影が見えた。

「澪先輩?」

 あれは、澪先輩だ。
 長く艶やかな黒髪は遠目からでも、よく分かる。

「澪せんぱーい」

 声をかける。
 しかし、聞こえていないのか長い髪をなびかせてそのまま歩いていく。
 制服姿ということは、学校に行くのかな。

「はっ……はっ」

 走って追いかける。
 澪先輩は歩いていて、私は走っているのに、段々と遠のいていく。
 澪先輩がかなり大股で歩いている……なんてことはないはず。

 そうして、学校にたどり着いた澪先輩は校舎に入っていく。私も後を追う。

 校舎内にも人気はなく、無人。
 紅く染まる光景は、よくできた飴細工みたい。
 紅い陽射しが強くなれば、そのまま溶けてしまいそうな感じがする。

 階段を上がっていく。
 そこにいる、という確証はないのに澪先輩は部室にいると感じる。
 階段を上がりきり、部室の中へ。

 ――ところで。
 私はどうして理由もなく、澪先輩を追ってきたんだろう。




 ――いた。
 紅に染まる部室の中で、澪先輩はこちらに背を向けて立っていた。

「澪先輩」

 そっと声を掛ける。
 私の声に、ここまで振り向いてくれなかった先輩がゆっくりと振り向いて――

「よかった。来てくれたんだな、梓」
「え?」

 澪先輩の声はどこか粘ついて、期待に満ちていた。

 その途端、目眩と共に、手足ばかりか思考が麻痺していく。
 身体の自由がうまく、効かない。

「どうした……? 私のこと、怖いか? 梓」

 首を横に振ることも、縦に振ることも、どっちも出来ない。
 妖艶な笑みを浮かべる澪先輩はあまりにも魅力的で、しかし捕食されそうな感じで、怖くもあったから。

「大丈夫……別に何も怖くない、怖くないよ」

 澪先輩の両手が伸びる。
 しなやかで長い腕は、どうしてか、身体にぐるりと巻かれるようなイメージがした。
 澪先輩の甘い香りが立ち込め、肺の中まで支配される。

「ふふ……可愛いな、梓」

 ぎゅっと抱きしめられる。
 先輩の柔らかな身体の感触が、先程まで感じていた恐怖をかき消していく。
 身体に力が入らず、崩れ落ちてしまいそう。

「あず、さ」

 顔が近づく。先輩の潤んだ瞳が揺らめき、私を求めている。
 先輩の濃い吐息を感じながら――

「んっ……」

 澪先輩と、私の唇が、触れている。
 ……温かく、湿っている。
 こんなに柔らかくて温かな感触に触れては、私自身が飴のように溶けてしまいそう。

「ん、ん―――」

 お互いに身体がよろけ、そのまま近くにあるソファに倒れ込む。

「せん、ぱい」
「あず、さ」

 視線が合う。もう、私達に言葉なんて必要なかった。
 澪先輩が覆いかぶさり、先程より深く唇を重ねてくるのと同時に、私は目を閉じて――

「あずさ……あむ……ちゅ」
「んう、せんぱっ……んちゅっ……」




 ――ジリリリリリリ。

「うーん……」

 目覚まし時計のけたたましい音に、ゆっくりと目蓋を開く。
 目覚めたばかりでうまく動かない腕を何とか伸ばし、目覚ましを止める。

「なんか、いつにも増して体がだるいなあ……」

 朝はあんまり強くないほうだけど、今日は一段と寝覚めがよくなかった。

「別に昨日は夜更かしとかしてないんだけど……」

 なんか、おかしな夢でも見たのかな。
 そんなコト――。

「……あ」

 ――そんなコト、あった。
 待って待って、何やってんの、わたし―――!?

「あんなっ、なんでっ、どうしてっ!?」

 だるさやら眠気はどこへやら、がばっと起きて、がばっと布団を開き異状がないか確認する。

 もし何かしらの異状があったら、早急に洗濯やら漂白やら脱水やらをして自分は朝からシャワーを浴びるなどして証拠を消さないと中野家における私の株が、いやひょっとしたら学校における株まで地に落ちかねない。

「……って、そういうことはないみたい」

 ……よかったぁ。
 身体中が寝汗でびっしょりだっただけで、他にこれといった異状なし。

「……夢、だよね。うん」

 眠っている間に学校になんて行くわけがないし、澪先輩とおかしなコトになったわけでもない。

 あれは私が勝手に見た夢、そう夢、もう夢、ぜぇったいに夢!
 そうでなければもうどんな顔して澪先輩に会わなきゃいけないのっ。

「……シャワー浴びよ。寝汗かきすぎて気持ち悪いし」

 とにかく、冷水でも浴びて頭を冷やしたいというのもある。
 先程まで見ていた夢を振り払うかのようにぶるぶると頭を振ると、お風呂場を目指し部屋を出た。

 ――だが、心の片隅で。

 澪先輩とああなれたら、どんなに良いだろうという想いだけは、どうしても振り払えなかった――

(FIN)