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「うーん……やっぱり今は共通の分を渡すだけにしといた方がいいよね……」

 放課後を迎え部室に向かう最中、私はどのようにチョコを渡そうか考えを巡らせていた。

 ――バレンタインデーである今日この日、私は日頃お世話になってる意味も兼ねて、先輩達にチョコを作ってきた。
 そしてそれとは別に、恋人である澪先輩に渡す、いわゆる本命チョコももちろん作ってきた。

 ただ他の先輩達がいる前で渡すわけにもいかないし、やっぱり帰る際に二人きりになった時に渡すのが無難だよね。
 他の先輩達に見られたら、どういう感じにからかわれるか分かったものじゃないし……。

 そう考えをまとめた所で、部室に入る。

「こんにちはー……って、あれ?」
「あ、おつかれ梓」

 室内にはソファに座っている澪先輩だけで、他の先輩達の姿は見当たらない。

「澪先輩、唯先輩達は?」
「今日は三人ともちょっと用事があって一時間ほど遅れてくるって」
「そ、そうですか」
「ふふっ、でも都合がいいかもな」
「澪先輩?」

 と、澪先輩は何やら、へらっとした笑みを浮かべながら私のことをじーっと見つめてきている。

「な、何ですか?」
「ん? 別になんでもないよ」

 口ではそう言いつつも、やはり意味ありげに期待を込めた眼差しをこちらに送ってくる。
 それこそチョコくれないかな、と言わんばかりに。

 ……うう、ここまで期待されているとかえって渡しずらいよ……。

 ここは一旦バレンタインから話題をそらして、忘れた頃にうまくチョコを渡そう。
 そう思い、

「そ、そういえば今日、バレンタインなんですよね。
 私、昨日はムスタングの手入れで忙しくて、すっかり忘れてましたよ」




「……え?」

 そんな出まかせで言った私の言葉に、澪先輩はふらふらとよろめいていくとこちらに背を向けて部屋の隅にしゃがんで膝を抱えこんでしまった。

 ずーん、と激しく落ち込む効果音でも聞こえてきそうなほどに澪先輩を落ち込ませてしまったのか、それとも傷付けてしまったのか。

「あ、あの違うんです!
 今のは出まかせで、本当は澪先輩にちゃんとチョコを持……!?」

 慌てて澪先輩に渡す本命チョコを取り出して駆け寄った所、澪先輩がスッと立ち上がると同時に、私の唇はあったかくて柔らかいものに塞がれていた。

「んんっ……」

 不意打ちとも言っていい澪先輩からのキスに、頭の中が真っ白になる。

 唇が離れていくと、澪先輩は私が今取り出したチョコを手に取り先程まで浮かべていた、へらっとした笑みとは違う柔らかな笑みを浮かべて私を見つめていた。

「ふふっ、ごちそうさま」
「せ、先輩っ」
「本気にするわけないじゃないか、そんなの。
 それに昨日、梓が商店街でチョコを作る材料を買ってるところ私見ちゃったしさ。
 ちゃんとチョコをくれること、分かってたよ」
「なっ、じゃあ最初から分かって……」

 落ち込んでたのが演技だって分かると、悔しさが沸き上がってきて先輩の体をぽかぽかと叩いてやった。

「澪先輩のばかーっ!」
「いたたた、ごめんごめん」

 口では一応そう言いつつもまず痛がってない上に、平謝りな言葉が余計に悔しさをあおる。
 しかし、

「梓」

 先輩に腕を止められると、そのままぎゅっと抱きしめられて動きを封じられてしまう。

「ごめん。お詫びに今日はずっと梓の傍から離れないから。
 それで許してくれないかな?」
「……ほ、本当ですか?」
「ああ」




 澪先輩に抱きしめられて、ゆっくりと頭を撫でられて、見上げると先輩が優しげな瞳で私を見つめていて。
 なんだかうまく丸め込まれてる気もするけど、こうして澪先輩の温もりに包まれているのが凄く幸せだったので。

「……なら、今夜は澪先輩のこと離しませんからね」
「私は今夜だけでなくて、ずーっと梓のこと、離すつもりはないぞ?」
「もう……澪先輩ったら」

 そう言ってお互いにくすくすと笑うと、どちらからともなく瞳を閉じてもう一度唇を重ねた。

「梓、愛してる……ちゅ」
「私もです、澪先輩……んっ」

 チョコを口にしていないにも関わらず、唇は甘くて、心はとってもあったかい。

 だって、大切な人がすぐ目の前にいて私を抱きしめてくれるから。

 ね、澪先輩――。








 ――その一方、部室の外。

「まったく……こっちはもうバカバカしいぐらいに腹いっぱいでごちそうさまってとこだな」
「ふえ? まだチョコひと口も食べてないよ?」
「いや唯、そういう意味のごちそうさまじゃなくてだな……ってムギ?」
「ああ……これこそ、バレンタインの本懐よ!……REC」
「そりゃなんか違うだろ……」

(FIN)