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「さてと……部屋の整理も終えたし、明日に備えて寝るかな」

 ――卒業式を迎え、高校生活に終わりをつげてから数日後。

 私は大学生活に向けて今日この日、一人暮らしするアパートの方に部屋の大半の物を移動させた。
 そして明日からは早い内に新しい生活に慣れるため家を離れ、アパートでの一人暮らしに移る予定だ。

「しばらくは自分の部屋ともお別れだな」

 部屋を見渡してみると随分すっきりとして、こんなに自分の部屋って広かったかな? と思わず感じてしまったり。
 とはいえ、長期の休みになったら家に戻ってくるつもりなので机や布団はそのまま家に置いておくことにした。

「と、寝る前に歯を磨いておかないと」

 淡い感傷を思いながら部屋を出て、洗面所に向かうと梓がいた。

「あ、お姉ちゃん」
「歯磨きに来たんだけど、梓が使ってたとこかな?」
「う、うん、けど今私、歯磨きし終わったから大丈夫だよ、どうぞっ」
「?」

 梓はニコニコと笑顔を浮かべながらも、何やら落ち着きがなく挙動不審な様子を見せる。

「梓、どうかしたか?」
「な、何でもないよっ。
 それよりお姉ちゃん、明日から一人暮らしなんだから今日は早く寝ないとダメだよっ、じゃおやすみっ!」

 そう一気にまくし立てると、梓は足早に洗面所を後にして自室に戻っていった。

「なんだったんだ……?」




 歯磨きを終え、部屋に戻り布団に潜り込む。
 普段より一時間程早く床に付くのも、明日からの生活に向けて不安や期待で中々眠りに付けないだろうと思ったから。

 しかし、今頭の中で気になっていたのは妹の事だった。

「梓、何か変な様子だったけど……なんだろう」

 何だか落ち着きが無く、やけに笑顔だったのがこちらとしては妙に引っ掛かっていた。

 そう疑問に思っていると、




 ――うう……ぐすっ……。

 何やら、女の子の泣き声のようなものが聞こえてきた。

「な、なんだ?」

 こういう得体の知れない類の物はたいへん苦手な自分にとって、思わず心臓がドキリと跳ね、身体が震え始める。
 がばっと布団を頭から被り、さっさと寝てしまおう……。

 しかし、

 ――ううっ……おねえちゃん……うう……。

「……梓!?」

 そこまで聞こえて、心臓の跳ね上がりも体の震えもどこかに吹っ飛び、反射的に布団から跳ね起きた。
 泣き声は自分の部屋のすぐ隣から、今泣いているのは妹だと分かったから。

「梓、どうした!? 入るぞ!」

 自室を出て梓の部屋の前に立ち、ノックだけすると返答も聞かずに部屋に入る。

「お、おねえちゃ……うう」

 部屋に電気は点いておらず、よく梓の姿が見えない筈だが私には見える。
 布団に入りながら半身を起こした状態で体を丸め、涙を流している梓の姿が。

「梓、いったいどうし……!?」

 駆け寄って肩を掴もうとした所、梓は私の体に飛び込んできた。

「梓……?」
「うっ……うう……」

 何も言わず、ただただ梓は私の腕の中で泣き続ける。
 そんな妹を私はそっと抱きしめ、ゆっくり頭を撫でながら梓が落ち着くのをしばらく待つ事にした。




「……落ち着いた、梓?」
「……うん……」

 数分の後、何とか梓が泣き止んだ所で話を聞いてみる。

「それで、いったいどうした? まさか怖い夢でも見たわけじゃないよな」
「…………っ」

 無言で首を軽く横に振り否定する。いくらなんでも梓はそんな事で泣きだすような子ではない。
 となると、やはり……。

「……私が明日から家を出るの、淋しいか?」
「っ!」

 私がそう言うと梓は肩をびくっと震わせる。
 やはり、図星のようだ。




「な、なんで……?」
「なんで分かったのか、か?
 だって梓、洗面所で会った時に不自然なぐらい笑顔で一気に早口で喋ってすぐ自分の部屋に戻っていって……普通に見て少しは変に感じるし、その後に泣いているときたら流石に分かるよ」

 そう明確に話すと流石に否定のしようもないからか、梓はぽつりぽつりと心情を吐露し始めた。

「……笑って見送ろうって思ってたんだけど……部屋に戻って、明日からお姉ちゃんがいなくなるって思ったら、すごく悲しくなって……淋しくてっ……私っ……」
「梓……」

 話しているうち、梓の瞳から再び涙がこぼれ、頬をつたっていく。
 その涙を、私はそっと自分の指先で拭ってあげた。

「梓、私はいなくなるわけじゃないぞ」
「えっ……?」

 梓を抱きしめる腕に僅かに力を込めながら、私は話し続ける。

「離れていても私は梓のことを大切に想っているし、いつでも見守っているからさ。
 お互いに大事に想っていれば離れていても、私達はいつでも一緒だよ」

 お互いがお互いを想う気持ちがあれば、いつも傍にいる……いつも存在を感じられる。

 そんな気がするから、離れていてもお互いにやっていけると私は信じている。

「梓は私のことをすごく大切に想ってくれているだろ?」
「う、うん、もちろんっ」
「ふふっ、ありがとな。
 なら大丈夫だ、私達は離れていてもいつでも一緒だ」

 私は梓をいつも大切に想っていて、梓もまた私を大切に想ってくれる。
 それだけで心配も不安も何もない。

 ただ、それでも今は、

「一緒に寝よっか?」
「お姉ちゃん?」
「今日は……梓の温もりを感じながら眠りにつきたいんだ」

 明日からしばらくは会えないだけに、今夜はずっと一緒に居てあげたい。
 何より、あんな梓の泣き顔を見てしまっては自分の部屋に戻って静かに眠りにつけるわけがない。

「わ、私も出来れば……お姉ちゃんと一緒に寝たいな……」
「よし、じゃあ決まりだ」




「梓……」
「澪お姉ちゃん……」

 梓の部屋、梓の布団の中で横になりながら、お互いにぎゅっと体を抱きしめ合う。

「お姉ちゃん……あったかい……」
「梓だって、あったかいよ」

 梓と一緒に眠るなんて、考えてみればもう何年ぶりだろうか。
 けどこうして梓と一緒に眠るのがこんなに心地好いなら、長期の休みで家に帰ってきた時は毎日一緒に眠ってもいいかな……。

 そんなことを考えていると、

「ありがと、お姉ちゃん」
「ん……?」

 腕の中で、梓が僅かに身動きして私をそっと見上げる。

「お姉ちゃんが私のこと、大事に想ってくれるなら……私、大丈夫だから」
「梓……」
「お姉ちゃんも新しい生活に慣れるまで大変だと思うけど、私はお姉ちゃんのこといつでも応援してるから。
 だから頑張って、ね?」

 温かく微笑みながら、梓はそう言ってくれた。
 それは私にとってこの上なく心強い言葉だ。

「ああ、梓が応援してくれるなら百人力さ。これほど頼もしいことはないよ」
「えへへ、お姉ちゃんったら……」

 思わずお互いにくすくすと笑い合う。

 そうして、お互いにお互いの体の温もりが心地好いからか少しの間、お互いに口を閉ざして。
 ふと気付くと、

「すー……」
「(寝ちゃったか……幸せそうな寝顔だな)」

 腕の中、すごく幸せな寝顔をしている梓を見て、私も幸せな気持ちになってくる。

 と、梓の口から、

「お姉ちゃん……大好き……むにゃ……」

 そんな寝言が、聞こえてきた。

「私も愛してるよ……梓」

 私はそう小声で返し、梓の頬にそっとキスをしてあげた。




 ――どれだけ離れていようとも、私達の絆はいつでも変わらずに繋がっている。

 私達はお互いの心の中にいつも、お互いの想いを強く感じているのだから――

(FIN)