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「正直、和先輩にはすごく感謝してます」
「え……そうなの。どうして?」

訳が分からないわ、という戸惑いの表情を浮かべながら、和先輩は私の顔をのぞき込んできた。
まるで春風のようなさりげない仕草に、年齢差以上の格の違いを見せつけられたような気がする。
それはとてつもない羨望と、ほんの少しの敗北感。
とてもじゃないが、私はこんな人にはなれそうにない。

「私一人じゃ、とてもここまで来る勇気はなかったので」

生徒会長まで勤め上げ、国立の法学部に入れるほど頭がよくて、それでいて面倒見もいい。
だいたい、あの唯先輩と幼なじみをやっていられるという時点で、尊敬の念を抱いてしまうくらいに。
さらに澪先輩とのことで、一度ならず背中を押してもらったこともあったし。

「もっとも私も、曽我部先輩が大学の寮にいるから、というのもあるんだけどね。だからお互い様よ」
「あ、なるほど」

澪先輩と曽我部先輩が住んでいる大学寮へ向かう道を、私たちは並んで歩きながら、お互いクスクスと小さく笑った。
お互い様というのがどこまで本音かはわからないけど、ほんと、ありがとうございます、和先輩。
おかげですっごく心強いです。
さすがに憂や純に付き合ってもらうのも……ちょっと恥ずかしかったし。




    ◇  ◆  ◇

寮の個室は原則的に部外者は立ち入れないという。そこで澪先輩と曽我部先輩を呼び出してもらい、1階の食堂で面会させてもらうことになった。
もっともこれは、私が高校の制服を着用して来訪してしまったのも一因だ。
最初くらいはきちんとした格好でと思ったのだけれど、これは残念ながら判断ミスだったらしい。
全身で部外者だと主張してるようなものだから。

「毎朝、ここでみんな朝ごはんを食べてるんだ」
「そうなんですかー」

澪先輩に案内され、私と和先輩は寮の食堂に入る。
ものめずらしい光景に、私はあちらこちらを見回してしまう。
さすがに高校の学食ほどではないが、20人くらいなら同時に食事ができそうな感じ。
ちょっとした会議にも使われるのだろうか。
壁ぎわにホワイトボードが置かれているのが印象的だった。
しかもコピー機能までついてるというぜいたく品である。
さすが高校とはレベルが違う。

「いちおう寮の入口でチェックされるんだけど、寮生といっしょならしつこく追及されることはあまりないのよ」

あとからやってきた曽我部先輩が、私たちにキワドイ情報を披露してくれる。
他の先輩たちの噂通り、聡明な光をたたえた瞳がとても印象的な、それはもうとんでもなく美しい人だった。
その上、あの和先輩が「あの人には一生かなわない」とこぼすくらいだから、
きっと頭の良さもハンパじゃないんだろうなあ、などと思う。

「なので、寮の前で相手を携帯で呼び出してから、いっしょに部屋に入るのが基本ね。
さすがに男子は無理だけど、のど……真鍋さんや中野さんも私服を着てくれば、
多分見とがめられることはないわよ」

なんとなくわかった。
とっさに曽我部先輩は『和』と呼びかけ、あわてて真鍋さんって言い直したってことが。
どうやら私と澪先輩はとんだオジャマ虫ってことらしい。

「……よかった」
「何がよかったって?」

思わず漏らしてしまった安堵のつぶやきに、澪先輩がす早く反応する。

「私だってちゃんと一人暮らしくらいできるぞ。心配するな」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……。澪先輩はちゃんとしてる人だから、そっち方面は心配してないですよ」
「それに寂しくもないぞ。ほら、ちゃんと梓の身代わりもここにいるしな」

などと言いながら私の鼻先に自分の携帯を差し出す。
そこにはストラップとしてはやや大きめの、カワイイ黒猫のヌイグルミがぶら下がっていた。

「それってまさか、誕生プレゼントの……?」
「ふふっ、大正解」

にこやかな笑みを澪先輩が浮かべる。
それを見た曽我部先輩と、さらには和先輩までが柔らかに笑っていた。
ううう、恥ずかしいよう。
なんとかして話をそらさないと。




「いやだから、私は澪先輩のことじゃなくて、曽我部先輩と和先輩もうまくいっててよかった、って言いたかっただけです」
「こらっ、先輩をからかうもんじゃないわよ」

めっ、という感じで和先輩が私のことを軽くにらむ。
もちろん目が笑っているから、それが単なるポーズだということはわかった。

「特に私が心配だったのは、曽我部先輩の方だったんですよ。なんか以前、澪先輩の追っかけをしてたとか」
「あー、初代ファンクラブ会長とかね。でもまあ、それも昔の話だし」

そういって和先輩は目を細めてコロコロと笑う。ところが目前の二人はそうじゃなかった。
澪先輩は微妙に目線をそらしてるし、曽我部先輩は顔を下に向けている。

「あの、どうしたんですか、二人とも」

不安を覚えた私が声をかけた次の瞬間だった。

「わ……悪気はなかったのよ~!」

突然、曽我部先輩が両手で顔をおおい、わっと泣き出した。すかさず和先輩が突っ込む。

「まさか……まだ澪のコト追いかけ回して、迷惑かけたりしてるんじゃないでしょうね」
「だってほら、一つ屋根の下に秋山さんが住んでて、同じ空気を吸って、同じものを食べてて、すぐそばで寝てるって思うと……ね?」
「駄目です。そうやってカワイイ声でごまかそうとしても」

信じられないほど冷たい声だった。
すっかり態度を豹変させてしまった和先輩に、私たち三人は同時に「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。

「高校時代ならまだしも、私というものがありながら、まだそんなことしてたなんて。今日という今日は許しませんからねっ」

そう言い放つなり、和先輩はすっくと立ち上がり、怯える曽我部先輩の襟をむんずとつかんだ。

「さあ、先輩の部屋に案内してください。これから私たちのことについて、きっちり話し合いましょう」
「え、いやあの、ちょっと……待ってっ。落ち着いて、のど……真鍋さんっ!」

なんか和先輩の背後にどす黒いオーラが立ち上っているのが見える。
すがるような目を曽我部先輩が私たちに向けてきた。
でもごめんなさい。今の和先輩に逆らうほど、私たちは命知らずじゃないんです。

「ぐずぐずしてないで。さっさと行きますよっ」
「た、たたたた助けて~っ!!」

ずるずると廊下を引きずられていく曽我部先輩を見送りながら、私と澪先輩は顔を見合わせて小さく吹き出した。




「それにしても和って、ああみえて結構熱いところもあるんだな」
「……何言ってるんですか。他人事じゃありませんよ?」
「へっ……?」

私の漏らした一言に、今度は澪先輩がピクリと身体を震わせる。

「待て待て待て。私は浮気なんかしないぞ。ほらその、たまにいっしょにご飯を食べたり、部屋に遊びに来たりするくらいで」

ぶちっ。

「どうやら澪先輩にも教育が足りないようですね」

精いっぱい感情を抑えたつもりだったけど、勢い的に冷えた声になってしまう。

「ちょっと待て梓。誤解だ。あくまでただの先輩と後輩のスキンシップで……」
「そこのところがどう違うのか、ちゃんと説明してください。澪先輩のお部屋で」
「いやだから、部外者は……入れない……という……」
「問答無用ですっ!」
「……はい」

私の迫力に押された澪先輩は、しおらしく同意のうなずきを返した。
それでは、いったい誰が澪先輩の恋人なのか。改めてはっきり思い出してもらうとしましょうか。
だけどそんなことを考えながら、同時に私は和先輩に対して、これまでにない親近感を覚えずにはいられなかった。

生徒会長まで勤め上げ、国立の法学部に入れるほど頭がよくて、それでいて面倒見もいい。
だいたい、あの唯先輩と幼なじみをやっていられるという時点で、尊敬の念を抱いてしまうくらいに。

そんな凄い人が、ある意味私と似たもの同志なんだという、とても不思議な親近感を──。

 (おしまい)




追記:
(1)今作の中で澪が携帯にぶらさげてる猫は「そして17歳になった先輩と」というSSで、梓が誕生日プレゼントとして渡したものです。
(2)恵と和は、和高校卒業を期に付き合い始めています。
(3)和が国立大学の法学部に進学してるのは独自設定です。