ロバとサラブレッド

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mioazu

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眩しい。

「先輩、今のところなんですけど……」

それは神に愛された存在。この娘の才能はまぎれもなく本物だ。
もちろん本人の努力してきたのだろうけど、やはりミュージシャンである親譲りの血統と、生まれる前から極上の音を浴び続けた環境も味方したに違いない。

まさに彼女はサラブレッド。それに比べて、私はロバだ。

今でこそ先輩と呼ばれる立場かも知れない。だけどいずれ、どうあがいても追い付けなくなる日がやってくる。

きっとテレビの中で活躍する彼女の映像を見ながら、かつて私は彼女から先輩と呼ばれてたんだよな、と思い返すことになるのだろう。

でもそれまでは、いっしょに頑張るから。
たとえ血を吐きながらでも、いっしょに走り続けるから。

だからもう少しだけ、先輩と呼んでいてほしい。

    ◇  ◆  ◇

眩しい。

「先輩、今のところなんですけど……」

それは神に愛された存在。先輩の才能はまぎれもなく本物だ。
本人の努力はもちろんだけど、ベースとしての分をわきまえ、決して前に出すぎることなく、それていて走り気味のドラムをしっかりと抑え込める力は。

ひょっとしたら私はサラブレッドなのかもしれない。ただし、できそこないの。

私の小さな体躯は致命的だ。必然的にパワー不足と指の短さに直結してしまう。努力だけではどうにもならない。

今でこそ先輩と呼ばせてもらえる立場かも知れない。だけどいずれは、どうあがいても追い付けなくなる日がやってくる。

きっとテレビの中で活躍する彼女の映像を見ながら、かつて私は彼女のことを先輩と呼んでたのだな、と思い返すことになるのだろう。

でもそれまでは、いっしょに頑張りますから。
たとえ血を吐きながらでも、いっしょに走り続けますから。

だからもう少しだけ、先輩と呼ばせてください。




    ◇  ◆  ◇

超満席の観客の大歓声。もはやそれは轟音といっていいレベルに達していた。
ドーム球場やアリーナでツアーを組むのがあたりまえになった現在でも、武道館での単独ライブはある種のステータスであり、未だに多くのミュージシャンにとっての目標である。

ついに私は、その舞台に立つ日を迎えた。

無数の観客の目や、あちらこちらのテレビカメラが私に向けられる。思わず身体が震える。でもそれは決して恐怖じゃない。身体の奥底から湧き上がる喜びだ。

ありがとう。
ここまでこれたのは、間違いなくお前のおかげだ。
連れてきてくれて、ありがとう。

    ◇  ◆  ◇

超満席の観客の大歓声。もはやそれは轟音といっていいレベルに達していた。
ドーム球場やアリーナでツアーを組むのがあたりまえになった現在でも、武道館での単独ライブはある種のステータスであり、未だに多くのミュージシャンにとっての目標である。

ついに私は、その舞台に立つ日を迎えた。

わくわくする。夢にまで見た舞台だもん。絶対ムリだって思ってたのに。しかも先輩といっしょに立てるなんて。もうこのまま死んでもいいです。

ありがとうございます。
ここまでこれたのは、間違いなく先輩のおかげです。
連れてきてくれて、ありがとうございます。

    ◇  ◆  ◇

ステージの上で、二人の視線が一瞬だけ交錯する。

 ──これからも先輩と呼んでくれる?

 ──これからも先輩と呼んでいいですか?

そして同時に小さくうなずく。

 ──もちろん。

その無言のやり取りを見ていた残りの三人は、ただただ失笑するしかない。そして弛み切った空気を払拭するようかのように、一人の女性がスティックを打ち鳴らしながら叫んだ。

「ワン、ツー、スリー!」

ロバとサラブレッドの長い旅は、まだ始まったばかり──。

(おしまい)
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