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「静かだな……」

 ――窓の外では、夕焼けに染まった空が次第に暮れはじめている。

 すでに部活は終わり誰もいない部室で、私は一人の女の子が戻ってくるのを待っていた。

 と、部室の外からトットットッ……と誰かが階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきて。
 その駆け上がる足音で誰がやってきたのか、私にはもう既に分かってしまっていた。

「お待たせしました、澪先輩」
「ふふっ、そんなに待ってないよ」

 ドアが開き、荒い息遣いで部室に戻ってきた梓に私はふっと微笑む。
 梓のことだから、私をあまり待たせないように急いできたんだろうな。

「唯先輩達には、宿題に使う教科書を教室に忘れたって言ってきました」
「ん、私は学校帰りにそのまま両親と外食に行くって言って別れてきたから、これで怪しまれることはないな」
「お互い行き先は別の場所なので、大丈夫ですよね」
「ああ。さ、おいで」
「えへへ……失礼しますっ」

 長椅子に座った私が両腕を伸ばすと、梓はまるで小さい子供が甘えるようにぎゅっと私に抱き着いた。

 ――1ヶ月ほど前、私と梓は互いに好意を伝えあい、想いを通わせ……ただの先輩後輩や軽音部の仲間ではなく、恋人同士になった。

 ただみんなには梓と恋人同士になったということを、まだ話していない。
 普段みんなといる日常では唯が梓に抱き着いたり、律が私をからかってきて時折ポカリと反撃して、それを見ているムギはにこにこして……とまあ、今まで通りに過ごしていて。

 ただやはり、恋人同士になったのに普段は何も変わらないことにお互い寂しさを感じているのも事実で。
 そこで一日、二日おきに部活が終わってからお互い適当な理由をつけてみんなと別れ部室に戻ってきて、こうして二人だけの時間を過ごしてしていたのだった。

「んー……梓はあったかいな……」
「澪先輩だってあったかくって柔らかくって、とても気持ちいいです」
「ふふっ、ありがと」
「ふにゃ……」

 梓もまた私の感触を心地好く思ってくれているみたいで、お礼がわりにそっと頭を撫でてあげると気持ち良さそうに微笑む。
 そんな梓の様子が本当に子猫みたいで、とても愛くるしい。

「梓」
「澪先輩?」

 ふと私は、梓の髪のツインテールを留めている二つのヘアゴムをそっと外す。

「よいしょっ……と」
「あっ……」

 ヘアゴムが外れると、梓の豊かで長い黒髪がふわりと視界いっぱいに広がり、甘い香りが私の鼻孔をくすぐる。
 この香りは梓がいつも使っているシャンプーの香りなのか、それとも梓が元々持っている香りなのだろうか? そんなことを少し考えたりした。

「あ、あのっ、これじゃ私、澪先輩と同じ髪型に……」
「梓は私と同じ髪型にするのは嫌?」

 梓が嫌なら、謝って元通り結び直さないと……そう思ったが、

「いえ、そんなことないですっ! ……ただ、なんだか恐れ多いというか……」
「なんでさ、私は別に気にしないぞ? 髮を下ろした梓、大人っぽくて好きだよ」
「み、澪先輩がそう言うならっ……むぎゅ」

 頬を赤く染める梓を、私はさらにぎゅーっとしてあげる。どうやら嫌ってわけではなくてよかった。

 サラサラとしたクセ毛のない綺麗なストレートの梓の黒髮は、私の黒髮とよく似ていて――もちろん梓に比べたら私の髪なんて数段は劣るだろうけど。
 知らない人が見たら、姉妹でハグしているように見えるだろうか?

 それから少しの間、互いに言葉なく相手の温もりと感触だけを感じ合っていたが、

「ごめんな、梓」
「えっ?」

 いきなり謝る私に、梓はよく分からないといった様子できょとんとしながら私を見上げる。
 そんな梓の表情がいつも以上に幼く見えて、一段と可愛い……なんて思ったが、それは一旦置いておく。

「いや……こうしてこそこそと、みんなにバレないようにしていてさ」
「先輩」
「いつでも梓をぎゅーっとしてあげられるだけの大胆さが私にもあればいいんだけど……」

 ――晴れて恋人同士になったというのに羞恥心からだったり、または体裁を気にしたりしてみんながいる前では今まで通りに日々過ごしていて。

 そういった自分の意気地無さがなんとも不甲斐なく、そして情けなく思っていた。

 そんな私に対して、

「いいんですよ、先輩」
「けど」
「だって今こうして、二人きりでいる時はぎゅってしていただけていますから」
「梓……」

 ――普段は恋人同士になる前とほぼ変わらないけど今二人きりでいるこの時間は、こうして抱きしめ合っている。

 梓の言葉に引っ込み思案で臆病な私でも、恋人らしく梓を愛していることを最低限行動に出せていることを少しは実感出来て、救われた感じになった。

「だから、その……」
「梓?」
「今だけは、もっと……」

 そう口ごもると梓は顔を上げて目を閉じ、ほんの少し唇を突き出していて。
 言葉には出さずとも、それがキスをして、もっと抱きしめてほしいという梓の意思の現れだと気づく。

 それに応えようと、私も目を閉じながら、徐々に顔を近づけ――

「ん……」

 ――唇と唇が、静かに重なり合った。

 そうして唇を重ねたまま、私はゆっくりと梓を長椅子に横たえ、梓の上に覆い被さる。

「んん……ちゅ……はむ……」
「ふあ……くちゅ……ちゅ」

 ――唇を深く重ねていく。

 今だけは誰よりも強く深く、梓を愛していることを証明するように、そのまま――





(下校時間となりました……まだ校内に残っている生徒は速やかに下校してください……)

「戸締まりはこれでよしと……忘れ物とかない? 梓?」
「は、はい、大丈夫です」

 外の日はほとんど暮れ、下校時間を告げる放送が校内に流れる中、梓と共に部室をあとにする。
 と、

「せ、先輩」
「ん?」

 部室の鍵をかけ終わったところで、袖を引っ張られる感覚がした。

「どうした、梓?」
「あ、あの……」

 振り向くと梓は私の制服の袖を掴みながら頬を赤く染め、解かれた長い黒髪を揺らしながら落ち着かない様子でなんだかもじもじしていた。

「な、なんか……澪先輩とその……えっと、ああいった後に学校の中を歩くの、すごいドキドキします……」
「ああ、そうだな……私はともかく、梓は歩き方フラフラしてるから他の人から見たらすぐバレそうだな」
「えぇっ!?」
「ふふっ、嘘だよ」

 恥ずかしがる梓が可愛いので、ちょっとからかってみると梓は少し泣きそうな顔になる。
 もちろんホントに泣かれては困るのですぐ訂正したが、

「も、もうっ! 悪い冗談言わないでくださいっ!」
「わわっ」

 おふざけが過ぎたかがあー、と梓に詰め寄られてたじたじになりかけるが、

「梓」
「ひゃっ」

 そんな梓を、私は再び優しく抱きしめる。

「ごめんな、梓が可愛いからついからかいたくなっちゃって」
「んもう……」
「ごめんごめん」

 謝りながらもなだめるように梓の長い髪を撫でていると、何とか梓は気を静めてくれたみたい。

「好きだよ、梓」
「はい、私も……」

 そうして目と鼻の先で見つめ合い、好意を伝え合い、今度はどちらからともなく唇を重ねて。
 唇が離れ、再び見つめ合うとお互い静かに微笑み合った。

「さ、帰ろっか?」
「はい!」

 普段、梓を抱きしめてやることが出来ない分、数少ない二人だけの時間の時はいっぱい梓をぎゅっとしてあげよう。勿論、うんと優しくして。

 梓に私のことを強く感じてもらいたいし、私も梓のあったかさや鼓動、梓の全てを感じたいから――。

(FIN)