観察学習をどんどんしよう


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 学習法について、今後気づいたことをカードで書いていきます。

 今回は「観察学習」について。

 観察学習とは、簡単にいうと、他のひとがやっていることを観察することを通して学習することです。観察学習が得意なひとほど、上達が早く、また確実であるといえます。

 小学校の低学年は、まだ知的能力があまり発達していないので、観察学習が不得意です。だから、教師と自分を一対一の関係でのみ意識する場合が多く、例えば、教師が質問したことを、誰かが正しい答をだして、先生が「そうですね」と対応しても、自分が同じ答を述べて、「そうですね」といわれないと、学習が成立したように感じないのです。ところが、年齢が進むについて、他のひとが、自分と同じ回答をして、それに対して教師が「よい」と答えると、自分の考えも正しいのだと納得できるようになります。これが、観察学習の始まりといえます。

 つまり、観察学習は、知的レベルが高いところで成立するとともに、観察学習をすることで、非常に効率的に学習を進めることができるのです。

 モーツァルトは、3、4歳のころ、まったくバイオリンを弾いたことがないにもかかわらず、父親とその友人が室内楽を演奏して楽しんでいるときに、自分もバイオリンを弾くと主張して譲らず、仕方なくバイオリンをもたせたところ、もちろん完璧ではないが、それなりに弾けたと言われています。これはもちろん、いくら天才だからいって、バイオリンを弾く能力を先天的に身につけていたというわけではなく、大人が弾く姿をじっと観察していて、小さいながらも、弾き方を理解したということでしょう。
 例をもうひとつ。
 音楽だけではなく、技術やスポーツでも秀でた能力をもっていた世界的指揮者のカラヤンが、友人と湖に行ったとき、ヨットをして楽しんでいるひとたちがたくさんいたので、自分たちもやってみようということになり、友人はコーチがいるので、そこに行こうとしたところ、カラヤンが少し待ってくれといって、1時間ほどじっと見ていたそうです。そして1時間後、「さあやろう」といって、コーチなど受けずに、すぐに見事にヨットを操ったというのです。

 この例でわかるように、観察学習は、直接自分で学ばなくても、かなりのことを修得することができるということです。モーツァルトやカラヤンと、他の普通のひととの違いは、観察学習ができたかどうかともいえるのです。

 みなさんは、授業を受けているとき、教師と他の学生がやりとりをしているときに、それを観察学習の機会として利用しているでしょうか。今後、小論文の指導などもしますが、そのとき、他のひとの作文についてコメントされているとき、そこから自分も学ぶという姿勢をとれるかどうか、これは、作分力の向上に大きく関係してきます。

 いかなることでもそうですが、観察学習の姿勢をしっかりもちましょう。