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 私は二人の姉と一緒に、同じ部屋で寝ている。二人は二段ベッドで、残る一人は
床に蒲団を敷いて寝ることになっている。
 でも私には、落ち着いて寝られる場所がない。
 まず、二段ベッドの下の段。上の段に雌豚が寝たとき、ベッドが壊れるんじゃないか
という恐怖から寝られなかった。
 二段ベッドの上の段。下の段にふたばが寝たとき、私が寝ている上段の床板を壊されて、
トラウマになった。ふたばが床に移ったときも、ハシゴを落とされて酷い目にあった。
 最後、床の上。ベッド上段に寝ているふたばが蹴飛ばしたハシゴが、床に寝ている私を
直撃しそうになって、こちらもトラウマになった。
 うちの中では、落ち着いて寝られるところなんてない。お陰で最近、私は毎日寝不足
気味だ。


 休日の早朝、私は矢部先生のアパートに向かう。目的は、もちろん先生が飼っている
ハムスターのチクビ会うため。そうでなかったら、こんな汚い部屋になんて来ない。
 合い鍵を使って中に入ると、男所帯の匂いがした。体臭と生活臭、さらに微かな
栗の花のような匂いだ。今日はずいぶんきつい。きっと昨日は4日ぶりのオナニーに、
文字通り精を出したんだろう。

 ……私が来ることは判っているんだから、もうちょっと気を使って欲しいな。

 思いながらも勝手知ったる他人の家、電気をつけながらずかずかとリビングに向かう。
窓際のベッドに寝こけている先生を無視してチクビが入っているケージを開け、
「おはよう、チクビ」
「チー」
 私が来るのが判っているんだろう、チクビは大喜びでケージから出てきて、私の
手のひらに飛び乗ると、ちろちろと指先を嘗めはじめた。
「……むふぅ」
 やっぱり可愛い。今日もたっぷりチクビと遊ぼう。
 私は座れる場所を探して、部屋の中を見回す。しかし部屋は散らかり放題散らかって
いて、特に床は座れるスペースなど全くない。だから、仕方ないから、先生が寝ている
ベッドのへりに腰掛ける。
「こぉー、んこぉー…………」
 そこに座ると、背中から寝息が聞こえてくる。矢部先生だ。先生はベッドで、気持ち
よさそうな寝息を立てていた。
 最近だと、私が部屋に来ても気付かずに寝ていることの方が多い。先生は、翌日が
休日の日には夜遅くまでDVD(ガチレンだったりエロだったり)を見ていることが
多いみたいだから、休日は昼過ぎまで起きてこないんだ。だからチクビと遊んでいる
間のBGMは、たいてい先生の寝息だった。

「ふぁ……」
 じっと先生の寝姿を見ていると、釣られてあくびが出た。目の前で寝ている人が
いると、何となく眠たくなってしまう。
 先生の様子を確認する。私の方に顔を向けるようにした横向きで寝るのが、先生の
最近の就寝スタイルだ。まるで隣で寝ても良いですよと言わんばかりに、人ひとりが
寝られるくらいのスペースが空けてある。

 ……気持ちよさそう。

 ベッドを見ていると、頭の芯に真綿を詰めたように眠くなってくる。
「ごめんねチクビ、私、何だか眠いんだ」
 チクビにそうささやいて、ケージに戻す。チクビはちょっと寂しそうに、私にお尻を
向けた。その仕草にちょっと罪悪感を感じたけれど、
「ふぁ……」
 またしても、思わずあくびが出る。けっこう深刻に寝不足だ。
 目の前には、ぬくぬくのベッドがある。ちょっと男臭いけれど、うちのベッドよりは
ずっと静かに、安心して寝られる場所だ。しかもおあつらえ向きに、私ひとりが寝られる
くらいのスペースが空いている。
 先生の蒲団だから寝るんじゃない。ただ単に私が眠いから、目の前に気持ちよさそうな
蒲団があるから、寝る。それだけだ。それだけ。
「ん……」
 先生を起こさないように、慎重にベッドに膝を載せ、先生の横に寝る。ちょっと
寒いから、掛け蒲団も端のほうを借りよう。

 ん、先生の体温でぬくぬくで、気持ちいい。

 横を向くと、こっちを向いて寝る先生の顔がすぐ間近にあった。とくん、と心臓が
高鳴る。ちょっと寝づらいけど、まぁ悪くない気分だった。
 ただ一つ残念なのは、先生が起きてくる前までに起きなくちゃいけないから、
せいぜい数時間しか眠れないこと。
 そんな心配をせずに、ここで眠れるようになるといいのに…………。


  * * *

「ん……」
 目を覚ましてすぐに僕の視界に映ったのは、鼻先10センチのところで寝息を立てて
いる女の子の顔だった。柔らかそうなほっぺたと綺麗な黒髪。少女の唇が、寝息に合わせて
動いている。
「すー、すー…………」
 うーん、またか。
 目の前で寝ているのは僕の担任するクラスの教え子、丸井ひとはちゃんだ。この
部屋には毎週末、クラスで飼っているハムスターのチクビと遊びにやってきている。
決して、ニュースの記事になるような関係ではない。
 いや。つい半月くらい前までは、それだけだと思っていたんだけど、
「すー、すー…………」
 僕の目の前で、ひとはちゃんは気持ちよさそうに寝ていた。同じベッドの上。本当に、
少し身じろぎをしたら、体がぶつかりそうになるくらいの位置だ。鼻先に、微かな空気の
揺らぎを感じた。少女の寝息。微かにミルクのような匂いがするのは、朝一番に牛乳でも
飲んできたんだろうか。

 弱ったなぁ。

 最近では、なぜか僕の横で寝ていることが多い。ふと眠りが浅くなって午前中に
目を覚ますと、たいてい寝ているんだ。
 しょうじき起こすべきかとも思うんだけど、こんなに気持ちよさそうにしているのを
見ちゃうと、すごく起こしづらいんだよね。
 だから僕は、ひとはちゃんが起き出してそしらぬ顔でチクビと遊び始めるまで、
タヌキ寝入りをすることにしている。寝るときも、最近ではひとはちゃんの場所を
空けて寝るようにしていた。
 ……はは。教え子の女の子と一緒のベッドで寝ている小学校教諭って、学校やPTAに
知られたら即座に逮捕されそうだけどね。でも、勝手に潜り込んでくるんだし、しかも
こんな寝顔を見せられちゃうと、起こすことなんて出来ないじゃないか。
 そんな僕にできるのは、タヌキ寝入りをして、ひとはちゃんがここに寝ていることに
気付かないふりをすることだけ。
 目を閉じると、隣に寝ているひとはちゃんの存在がもっと近く感じられた。うん、
いつまでこうしていられるか判らないけど、少しくらいならこういう時間も良いよね。

 * * *

「ふぁーあ……あ、ひとはちゃん」
「おはようございます、先生」
「おはよう。やっぱり来てたんだ」
「ええ。……その、毎日でも会いたいくらい好きなんです」
「ええっ!? いやその、困ったな……」
「……チクビのことですよ」

 (おしまい)