※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

飛行機が空に一筋の足跡を残していた。
日差しがバカみたいに暑い正午の事だった。
学校を休んだ私は、家事を済ました後買い物に出掛けた。
今日は……そうだ。ハンバーグにしよう。
昨日みっちゃんがテレビで見て食べたいと言っていた。
私はスーパーで挽き肉と玉ねぎと人参を買った。
パン粉は、確かまだ残りがあったはず。浮いたお金で上に乗せるチーズを買った。
みっちゃんが好きそうだからだ。
チーズを乗せるのなら、もう少し凝ってみよう。
ケチャップを買って、家にある調味料で手作りのソースを作ってみようと思った。
全てカゴに入ってるのを確認し終えて、私はレジで精算を済まし、外に出た。
外はバカみたいに眩しく、あまりの暑さに空を見上げて目を細めた。
早く帰ろうと思い私は歩き出した。
……慣れた帰り道を歩いていると、空からキーンと甲高い音が聞こえてくる。
最初私は、飛行機かなと思っただけでそれを無視していた。
しかし、その音は一向に遠ざからない。
耳鳴りかな?
私は耳をふさいでみた。でも、音は鳴り止まない。
うるさいなぁ……。
暑さのせいか、次第にその音に苛立ち始める。
私は、やはり飛行機か?と思い、空を見上げた。
空は……いつも見る空と明らかに違った。
眩しい程、真っ白だった。眩しさに再び目を細めた私は、徐々に目を見開いていく。
なんだろう。夢……?
買い物袋を持ったまま、私の視界は眩しい程の白さで埋まっていた。
見上げるのをやめ、顔を戻してみる。
地上までもいつの間にか白く染まっていた。
エイプリルフールならもう過ぎたはずだ。
ドッキリでもここまでする人はいないと思う。
では、これは何なんだろう?
次第に目の前がぼやけてきた。
頭が急に痛くなる。
私は頭を抑えて痛みに耐える。
白さが徐々にフェードアウトしていく。
遠くの空を見る。
そこには、動く何かがある。
(あれは……舟……?)
キーンという音が近づいてくる。
私はたまらず目を瞑った。

……私は教室にいた。相変わらず無表情で椅子に座って本を読んでいるが、それは今の……小学生の私ではない。
もっと大きい……中学生か、高校生ぐらいの私だった。ブレザーの制服を身に纏い、『丸井 ひとは』と書かれたネームプレートを付けた私を、小学生の私は後ろから見ていた。
ここはどこだろうと不安になる。
「あ、あのほぅ……」
近くを横切る女性に話しかけてみたが、素通りされてしまう。
もう一度、今度は男性に話しかけてみた。
……だが、結果は同じだった。
どうやら、私のことは周りには見えていないらしい。
当たり前か。こんな所に小学生が立ってたら絶対誰かが先に話しかけるはずだ。
自分でも何でこんなことになって、ここに居るのかはわからないが。
見た所、今は休み時間っぽい。クラスの人達は、様々な場所に居座り、グループ、二人組、個人で弁当やパンなどを食べていた。
わいわいと楽しそうに話している。
……しかし、休み時間なのに、大きな私はクラスメイトと話していない。本ばかりをジーっと観ていた。
我ながら無愛想だ、と思う。
ふと、今の……小学生の私ならば、宮下さんや千葉くんが話しかけてくるんだろうなぁ、と思った。
だが、その教室に宮下さんはいなかった。
千葉くんもいなかった。
でも、小学生の私ならば、みっちゃんやふたばのグループの輪に自然と入ることができる。
「……」
だが、その教室にみっちゃんはいなかった。
ふたばもいなかった。
大きな私はいつまで経っても机から動きもしなかった。ずっと本を読んでいるばかりだった。
ふと、クラスメイトの会話が耳に入ってくる。
「ねぇねぇ、昨日のテレビみた?」
「みたみた!チョーウケるよねー!」
「二組の伊藤とさぁ、この前出掛けたんだけどぉ」
「マジで?俺も行きたかったー!!」
「あー!今度のテストマジヤバいー!!」
「ウチもー!全然勉強してないしー!」
悲しい気持ちを抑えて、自分に言い聞かせる。。
……仕方ないよ。みんな大きいから。自分のことだけで精一杯だよ。周りの人に構ってる時間なんてないよ。
大きな私の表情は、少しだけ寂しそうに見えた。

放課後になると、大きな私は下駄箱に向かった。その後を私は追う。
友達と話しながら楽しそうに下靴を取り出す学生に目もくれず、大きな私は一人寂しく下靴を取り出す。
地面においた靴を履いて、トン、トンと履き心地を整える。
そんな私を見ているだけで、何とも言えない気持ちになった。
しかし、それでもスススッ、と歩いていく大きな私を追いかける。
中庭らしき所を通り、校門を抜けていく。
幸いな事に歩く速度はそれほど速くなく、小学生の私でも簡単に追いかける事が出来た。
私の背中をジッと見る。
少し下がり気味の肩にピッと張った背中。
悲しいけれど強気に振る舞っている。
自分のことだからか、そんな思いが自然に伝わってくるようだった。
この私は、一体どんな体験をしたのだろうか?
ふとそんな疑問が浮かんでくる。
しかし、それは私には到底わかりっこない事だ。
家路を帰る、前を歩く私はよく見たらトボトボと歩いているように見えた。
「ぁ……」
思わず話しかけそうになった時、不意に前を歩く私の足が止まる。
横を向いて、何やら考えている様子だった。
何を見ているのだろう?
私もその方向を見る。
そこにあったのは……
矢部先生の住んでいるアパートだった。
それを見た私は少しだけ安心する。
よかった。童貞の矢部先生ならまだ変わらず私に接してくれるはず。
無責任な期待に胸をなで下ろす。
それと同時にこんなに大きくなってもまだ矢部先生は私を家に招いてくれている、という事実が少し嬉しかった。
ゆっくりと矢部先生宅の階段を上っていく私を、私は期待に満ちた表情で追いかける。
息を切らし階段を駆け上がった。
大きな私が矢部先生の家の前にいた。
私もその横で肩で息をしながら、呼吸を整えている。大きな私の手が迷うように上がり、ゆっくりとチャイムを押そうとした時……。
「あっ、あんっ!さ、さとしさんっ……ひゃあっ!!」
中から声がした。

(この声は……)
聞き覚えのある声……。
それは、頭の中で保険医の栗山先生の声と一致する。
嫌な予感がした。
胸が苦しいくらい、締め付けられる。
「あいこっ……、くっ、ハァ、ハァ……!!」
もう一つの声が聞こえてきた。毎日聞いているその声を聞き間違えるはずがない。それは明らかに矢部先生の声だった。
「あっ、あぅんっ、さとしさんっ……!そこ、ダメっ……」
ギシッ、ギシッ、とベッドの軋む音が聞こえる。
私は信じられない気持ちになった。
血の気が引いていくのが自分でもわかる。
手が無意識に震えていた。
やめて……。
絶望感が押し寄せ、目からは涙が零れ始めた。
「あいこっ……、そろそろ……」
「うん……いいよ、さとしさん……んっ!」
やめて……、やめてっ……!
バン!バン!
私はいつの間にか矢部先生の家のドアを叩いていた。
「せんせい、せんせいっ……!私です!開けて下さい……!!」
零れる涙も拭わず、ドアを叩く。
しかし、どれだけ叩いても状況は変わらなかった。
私の声は聞こえない。私の鳴らす音すら……。
それでも叩いた。
「せんせい……!!私です!ひとはです!開けてっ、開けて下さい!」
「うっ…………!!」
「あんっ……!!」
先生達が一際大きな声を上げる。
ギシッ、という音を立てて、ベッドの軋む音も止まった。
「止めてっ、止めて……」
力無く、私はその場に崩れ落ちた。
大きな私は、ボタンを押そうとした手を下ろし、ゆっくりと歩き出した。
待って……。
私は階段を下りようとしている大きな私に向かって手を伸ばした。
すると、大きな私は何かに気づいたように振り返る。
その顔は……………………。

「……」
気づいたら私は、道の真ん中にいた。
太陽も沈み、橙色に染まる街が、まず視界に入る。
右手には先程買った物が入ったレジ袋。
そして、いつも買い物帰りに通る道。
「……」
何だったのだろうか、今のは。
ぼんやりとした頭が徐々に働き出す。
自分を見る。
自分は今他人に見えているだろうか?
ペタペタと自分に触ってみる。
ペタペタと地面を踏みならしてみる。
……しかし、そんな事をしてもわからなかった。
……まぁ、家に帰ればわかるだろう。
「……とりあえず、帰ろう」
そう言って歩き出した時、自分が泣いていることに気づいた。

ボーっとしながら帰っていると、いつの間にか矢部先生の家の前に来ていた。
(私は何をしてるんだろう……)
そのまま素通りして帰ろうとする。
しかし、私はすぐに立ち止まってしまった。
振り返って、矢部先生の部屋を見る。
電気が消えた薄暗い部屋。先生はまだ帰ってきてないのだろう。
ふと、さっきの事を思い出す。
私は……あの大きな私は、変わっていく現状をどんな心境で見ていたのだろう。
他の人に馴染めず、取り残されていく私は、自分の人生を悲観したのだろうか。
矢部先生の家の前に立って、いよいよ寄り添える場所が無いと知った時、私の心は耐えられなくなって……。
最後に見えなかった私の顔は、きっと泣いていたのだろう。
そして、泣きながら矢部先生の家から自分の家までの最後の道のりを帰ったのだろう。
その時、私はなにを思ったのだろうか?
「……」
薄暗くなっていく帰り道を振り返った。
大きな私が悲しい顔で通っていく姿がダブって見える。
(あれからの私はどうなるのだろうか……)
そう思うと、また私の胸は苦しくなった。
……向き直り、また帰り道を歩き始める。
そこには、いつもの道が無機質に並び、夕焼けに照らされて、ただ寂しげに映えるだけだった。