※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

勉強に関してあんまり集中力が続かない私は、しんちゃんに勉強を教わっている間もちょくちょくよそ見をする。彼はそこらへんをよく理解していて、私がよそ見をしだすと勉強の手をとめて、私がやる気になるまで放っておいたり、遊んでくれたりする

今日は放っておく感じで、そういう時は大体2人とも漫画を読み始める。しんちゃんの部屋には割と漫画が多い。お姉さんのも混じっているからだ
適当に一冊手に取ってみる。どうやらしんちゃんが今読んでいる漫画の最初の巻のようだ。私も見てみよう。深く考えずにページを開いた

パシン、という音に気付いて、俺は顔を上げた。部屋には自分とふたばしかいない。今の音はふたばなのだろう。彼女は拝むように手を合わせて漫画を閉じていた。何故か顔が強張っている。あぁ、なるほど

「……読んじゃったのか」
「ひぃぃぃぃ?!」

ぼそりと呟くような形になってしまったので、過敏に反応させてしまったみたいだ。明らかにパニクっている。このままだと何をしでかすか分からない

「ほら、ふたば。まず深呼吸」
「ひぃっ、ひゃ……ふぃー!」
「落ち着け落ち着け」
「ひっひっ、ふぅっ」
「何か違うぞそれ……ほら、どうどう」
「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとうしんちゃん……」
「よしよし……しっかし、相変わらず怖いのだけは駄目だなぁ」
「し、仕方ないじゃない……うぅ、読むんじゃ無かった……」

ふたばが読んでいたのは、『あぁ!窓に!』という漫画の第1巻。この作品、オムニバスなのかストーリーなのか、体裁がよく分からない変わった作品なのだけれど、話自体はわりかしちゃんとしたサイコホラーで、結構人気があるのだ。過呼吸になりかけるほど怖いわけではないが

俺はふたばがホラー全般に滅法弱いことを知っているので、自分からこういう本を買うことは無い。俺が持っていたら、多分ふたばも読んでしまう。部屋にあった分は、たまたま集めていた姉さんからまとめて借りていたものだった。すっかり忘れていた

「怖いよぅ……」
「まだ5ページも読んでないだろうに……」
「最初から怖いよそれ!だって窓から……窓から?」

ちょうどふたばの真後ろには窓がある。そういえば『あぁ!窓に!』の最初のシーンは、窓を背に向けた人物が、窓から現れた謎の存在によって忽然と消え去ってしまう、というものだったっけ

「うひゃああああ?!窓にっ、窓にぃ!!」
「ちょ……!?」


今の自分と、漫画の中の消えてしまった人のイメージが重なった瞬間、私は思わず跳びはねていた。このままでは私も消え去ってしまうのでは、と思うと不安で仕方なくて、手に触れたものに夢中で抱きついた
あぁ、暖かくていい匂いがする。抱き心地もとてもいい。怖さがどこかに行くまでしばらくこのままでいよう。しかし、私が今しがみついているものは何だろう?

「……っ……!!」

弾丸のように飛びかかってきたふたばになされるがまま、俺達はベッドに倒れ込んだ。非常によろしくない体勢である。教育的に。ふたばはまだ怖いのか体が震えていて、俺の体にぴったりとしがみついている
中学生になって、順調というか行き過ぎなくらい発育したふたばの体が、俺の体にぴったりくっついているのだ

(うぁ……石鹸の……匂い)

小学生の頃のように、こんなに近い距離で触れ合うことは久しくなかったから、余計にどぎまぎしてしまう。おまけにお互い色々なところが当たっているせいで、自分やふたばが成長したことを改めて認識してしまい、俺の理性は吹っ飛びかけていた

(頼む……!早く……離れて……!)

ふたばが微妙に動くだけで、おっぱ……胸が、俺の、からだに……

(があああ!落ち着け落ち着け落ち着け)

このままだと、一線を越えてしまいそうだ。ふたばは好きだし、そういう興味も人並みにあるけれど、こんな形でそういうのに発展するのは願い下げである。何よりそんなのは、彼女を大切にしていないのと一緒だろう

(とにかく耐えろ……耐えるんだ……別のことを考えろ……)


5分だったかもしれない。もしかしたらもっと短かったかもしれない。或いは長かったのか。とにかくふたばは俺から離れてくれた。俺に申し訳ないのか、はたまたさすがに気恥ずかしかったのか、ふたばはもじもじしている

我ながらよく我慢したと思う。これも千葉のバカのサンタ姿や、オリオンちゃんの着ぐるみのことを思い浮かべて耐えた結果だ。何か大切なものが擦り切れていった感はあるが、とにかく千葉には感謝しなくては。金的でもかまして、臨時の休日でも提供してやるとしよう

「しんちゃん、その、いきなりごめん……」
「ん。まぁ、俺のせいもあるし、そんな謝んなくても」

ぺこりと律儀に頭を下げて謝る幼なじみを見て、何となくその頭を撫でてみた。何だか自分だけが色々と葛藤していたみたいだが、ふたばの姿を見ていると、まぁいいかな、とか思ってしまう。やはり俺はふたばに甘い

「……しんちゃん優しいね」
「幼なじみだからな」
「……照れ屋さんだなぁ」
「っ……そうですか」
「ふふ」

わりかしいつものやりとりっぽくなってきた。ようやくお互い落ち着きを取り戻す。さて、一応今日は勉強を教えるのが目的だし、そろそろ再開するとしようか

「終わった!」
「頑張ったな」
「しんちゃんのおかげだね」
「まぁ、お前のおじさんからも頼まれてるし」
「それ小学生の時じゃないっけ」
「あの後も頼まれたよ。中学入り立ての頃だったかな。それとは別に三女から長女の分も頼まれたりしたけど」
「けど?」
「うちのおやつが根こそぎ無くなるから、って断ったよ」
「あはは」
「三女自身すげー納得してたな」
「ひと……まぁみっちゃんだから仕方ないか」
「長女っていつもそんな扱いだな」
「だからこそのみっちゃんなんだよ」
「……そうかもな」

勉強が一段落して、他愛ない話で笑いあう。外に目をやると、とっくに真っ暗だった。色々あったし仕方ない。ふたばも一緒になって夕飯を食べる時もあるけど、今日は俺の家族の帰りが軒並み遅いので、帰らせた方がいいだろう

「そろそろ帰った方いいぞ」
「うん」
「……」
「……」
「……どうした?」
「……えっと、非常に申し訳ないんだけれど」
「ほう」



「……送って?」



「……は?」

「そんなに笑うことないじゃない!」
「いや、すまん……でもな……くふ、ふはは」
「むー!しんちゃんひどい!」
「小学校低学年とかじゃないんだしさすがに……」
「こ、怖いんだもん」
「あ、後ろ」
「ひぇえええ?!」
「あはははは!」

『暗くて怖いから家まで送って欲しい』と、ふたばは言った。歩いてほんの5分弱。丸井家と佐藤家は、紛れもないご近所さんだ。おまけに昔から数え切れないほど使っている道だというのにこの有様である

しかしここまで怖がりだったとは夢にも思ってなかった。何だか妙にツボに入ってしまって、俺は部屋からずっと笑いっぱなしというわけだ

「くく……何か、幼なじみでも知らないことってあるもんだな」
「くっ……何だろうこの敗北感……えい!」
「ぐえ……お、おいふたば」
「私怖がりだからしんちゃんにつかまってるもんねー」
「く、苦しいって」
「んー、やっぱりしんちゃんの抱き心地はいいなぁ」


「何しとる!?」
「「ひぇ?!」」

真後ろから聞こえた声に、2人揃って引きつってしまった。この声は間違いない

「パパ!?」
「おじさん?!」

そこには仕事帰りのパパがいた。私はしんちゃんに抱き付いていて、しんちゃんは私を振り解こうとしている。視点を変えると、いかがわしい感じに見えなくも無いだろう。あぁ、オチが見えるなぁ……

結局私たちは丸井家に強制連行され、パパからお説教されてしまった。しんちゃんの誤解が晴れる頃には小一時間ほど経過していた

その後、お詫びを兼ねてしんちゃんを夕飯に招待したのだけど

「あたしの食べる分が少なくなるじゃないの!!」
「みっちゃんの代わりにしんちゃんだったら食費浮くなぁ……男子より食うなんて雌豚通り越したとんでもない豚だよ」

みっちゃんもひともいつも通り、パパはしんちゃんにお酌してもらって何だか上機嫌。しんちゃんはちょっと遠慮してる感じだったけれど、自然に我が家の食卓に溶け込んでいた。何だか嬉しい

しんちゃんが帰ってからお風呂に入って、今は布団の中。ひとに断って、大きめのぬいぐるみを借りた

「……違うなぁ」

ごめんよぬいぐるみ。どうやら君は私の抱き枕には向いていないみたいだ。枕元に置き直す

しんちゃんに抱き付いた。中学生になってからこういうことは無かったから、昔とは色々違っている気がして割とびっくりした。普段使わない抱き枕を試す気になるくらい、彼の抱き心地は気持ち良かった

やっぱり人肌とぬいぐるみでは比べるべくもない。それどころか、本当は気づいているんだ。他の誰でもなく、しんちゃんの感触、体温、匂い。そういうものが一番重要だということに

「……どうやって抱き付こうかな」

なんて、ちょっとはしたない考えが口をつく。小学生の時は、何も遠慮なんてしなくて、いつもしんちゃんにべったりだった私。でもそれはもう無理だと思う

だって、既に私は「小生」じゃない。「私」なんだ。自分も変わったんだなぁ、としみじみ思う

とりあえず明日もしんちゃんの部屋に行くとしよう。勉強を教えてもらって、その後はどうしようか

「……ちょっと楽しみだな」

ずっとずっと幼なじみ、っていう風に昔は考えていた気がするけれど、私達も変わったし、そろそろこの関係自体も変わったりするかもしれない。淡い期待感と共に、私は目を閉じた