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私は今杉ちゃんの家に向かっている。杉ちゃんはみっちゃんと同じ高校に通っているし、実は個人的な付き合いもある
私の女子高とみっちゃんたちの高校はわりかし近所で、帰り際に偶然出くわすことも少なくないのだけれど、
そういう時に一緒にファーストフード店や喫茶店なんかに入って会話をするぐらいには仲がいい
小学生の頃に比べると自重しているけれど、やっぱり杉ちゃんのみっちゃんフェチは異常だ。でも、その点を除けば、
数少ない常識人で、ものすごく付き合いやすい。他にも家事関係や背丈や……その、胸のこと……など共通点も多いので、
お互いに相談役として重宝しているのだ。ちなみに、お店に入った時は必ず杉ちゃんが奢ってくれている
こっちの家計に気を遣ってくれているのだ。出費が抑えられるのは正直ありがたい。もちろん申し訳ないとは思うけれど、
そういう発言をすると、「いいのいいの、その分みつばが肥えると思うと面白いし」といつもからから笑って返してくる
こっちはお金に余裕があるから、とかいうニュアンスの発言をしないあたり、小学生の頃と比べて成長しているなぁ、と思う
まぁ、代わりにみっちゃんの近況を根掘り葉掘り聞いてくるあたり、相変わらずだと呆れてしまうけれど
同じ高校なのに、去年も今年も違うクラスで寂しいんだろう。結構可愛い人間なんだ、彼女は。みっちゃん、杉ちゃんに
出来るだけ構ってあげてね。みっちゃんがお腹いっぱい食べられるのは、間接的とはいえ杉ちゃんのおかげなんだよ

でも、今日は彼女の家に遊びに行くわけではない。もしかしたら、結局そうなるのかもしれないけれど。それでも私は、
このことに関してはちょっと不服だと言わざるを得ない。きっかけは月曜日だった

/

「三女さん!」
「げ」
「おはよう!!」
「う、うん。おはよ……」

机に鞄を置いてまだ3秒も経っていない。登校して一息つく間もなく、私はおそらく今日最大の関門に相対してしまった
土曜日にいつものお出かけに比べて随分遅く帰ってきたみっちゃんから話を聞くまでもなく、こうなることは予想済みだった
千葉君とみっちゃんのデート先で、偶然にも吉岡さんはバイトをしていたのだ。恋愛関係なら何にでも喰らいつく彼女が、
全然そういうのに興味がない私でさえやきもきするくらい、恋する乙女化しているみっちゃんを見てしまったのだ
その場でどんなことになったのかは聞いていないけれど、女子高に入って更に磨きがかかった強化型欠陥恋愛レーダーと、
明後日方面への妄想を遺憾なく発揮したに決まっている。同じ高校に通う私にも、何らかの矛先が向かってこないわけがない

「三女さん!!」
「は、はひぃ!?」

(うっわ、めっちゃ目を輝かせてる……一体何を言われるんだろ……『姉妹での愛憎劇、大変だろうけど頑張ってね!!』
とか?いやいや……『いけないよ、いくら好きだからって、みつばちゃんは実のお姉ちゃんなんだよ?!』……ああっ、
こっちの方がありえる!全くどうすればそんな発想に至るのか……とんだ淫乱眉毛だよ!)

「楽しみだねっ!」
「え?!」

(『楽しみ』?『楽しみ』って何が?!……『千葉君とみっちゃんの結婚式、私も行くからね!』……うーん、なんか
みっちゃんは喜びそうだけど……『千葉君とみっちゃんの赤ちゃん、名前どうするのかな?!』……うわ、千葉君死ぬな
……パパもついに冗談抜きの犯罪者に……『千葉君と三女さんがそこまで進んでたなんて思わなかったよう!もう!何で
相談とかしてくれないの?……で、出産はいつ?』……うわあああああああああこっち?!こっちで来るの!?)

これは過去最大の戦いになりそうだ……ガチレンジャー、天国のチクビ、チブサ……私に力を下さい……

「同級会、みんな来るといいなぁ」

「……えっ」

「だから、同級会!サプライズで今週の土曜日にやるんだって!……みつばちゃんから聞いてないの?」
「何……それ?」
「お、いたいた!おい、お前ら!」
「あ、宮ちゃん!こっちこっち!」
「え、え?」
「吉岡から話は聞いてるぞ。楽しみだなぁ!ふたばや松岡とはなかなか会えないし」
「だねぇ、男の子なんか連絡も取れない人も多いし……カッコよくなってたりするのかなぁ?そして新しい恋が……きゃー!」
「ははっ、吉岡はそればっかりだなっ☆」
「あ、あのほぅ……」

結局私は終始置いてきぼりをくらい、わけがわからないまま一日を過ごし、気付くともう放課後になっていた

「……帰ろう」

とりあえず自分の想定の斜め上をぶっちぎる事態が起こっていることは理解できた。今やるべきことは、みっちゃんの尋問だ

「……あ、千葉?……うん、うん。そうね……水曜が祝日で助かったわよ……ん、まぁそんな感じかしら。一応私も何か
考えとくから、あんたもちょっとは考えなさいよね……あ、もちろんいやらしい企画は全面却下よ?……盛大に溜め息を
ついてんじゃないわよこのド変態!……え?ツイスター……えっと、あのマットみたいな?あれ結構えっちじゃない?……
!!……なにそれ……ほんと?!……わ、わかったわ。とりあえずツイスターは許してあげる……そうね、後は水曜に……
うん……はぁ?スイーツ?そんなのんびりしてらんないでしょ!私だってそのくらい分かってるわよ……ま、まぁ?あんたが、
連れてってくれるなら、別に……いいけど、さ。……えっ?あ、あらそう。じ、じゃあ楽しみにしといてあげようかしら?……
きっ、期待なんてしないけど?……ん、とりあえずもう退けないもの……まぁ、この際楽しんじゃいましょ……うん、また」

「ふぅ……」
「……おたのしみでしたね」
「ぎゃあああああ?!あんた、そうやって心臓に悪い感じで話しかけんのやめなさい!……ってかいつ帰ってきたのよ……」
「よかったねー、千葉君がどっかに連れて行ってくれるみたいじゃない」
「む……ま、まぁ期待はしてないわよ……ほんとよ!?期待なんてしてないし?!」
「……ツンデレとか今更感があるんだけど、悲しいかなみっちゃんにはよく似合う……」
「そ、そんなんじゃないわよ?!」

ちょっと素直になったかと思えばこれだ。全く呆れる以外ない。まぁこのまま姉いびりを続けるのも一興だけれど、
今はその前に聞き出さなければいけないことがあるんだ

「まぁまぁ落ち着きなよ。それより同級会ってどういうことなの?」
「うっ……それは、ええと……」
「……ぽちっとな」

『あぁん……ふぁ……はげしいよぅ……ちばぁ……むにゃむにゃ……』

「?!な、何よそれ?!」
「ゆうべは おたのしみでしたね」
「わ、私昨日はおn……げふん!……し、シてないわよ?!」
「寝言だよ。土曜日のね。ちなみに私は珍しく早起きしたみっちゃんがなぜかこっそり洗濯機を回したことを知っt」
「いやあああああああああああ!?話す!話すから今すぐその録音を消しなさい!即刻抹消しなさい!?」
「中学生男子レベルだね。もしくは眠りながらシてたのかな?なんか熟練者っぽいねそれ。おっさん?」
「ひとはあああああああああああああ?!」
「はいはい」

さすがに可哀そうだ。ちゃんとこれはデリートしてあげよう



まぁ、バックアップはとっくの昔に取っているのだけれど。ちゃんとした関係になったら千葉君に高く売ってあげようかな
家計も助かるし、何より千葉君なら大喜びするに決まっている。これ以上、姉の恋に対する援護射撃になるものもあるまい

「言い訳?」
「うう……仕方ないじゃない……」
「それで同級会を開くって嘘ついたの?……考えなしにもほどが……」
「だって!吉岡の奴、昔とは比べ物にならないくらいひどくなってたじゃないの!あんなの聞いてないわよ!?」
「それは、確かにそうだけど……」

吉岡さんは学校でも妄想を爆発させたりするけれど、たいていその処理は私と宮下さんに任される。慣れてるでしょ、
何とかしてくれ、という無言の圧力に憤りを感じないわけじゃないけれど、実際私たちくらい慣れてないと、妄想モードの
彼女には太刀打ち出来ないのだ。全くあのたくましすぎる想像力はどこから来るのか。作家の父親の遺伝とかなんだろうか

「それに……同級会やろうって言ったの、最初は千葉だし……」
「そうなの?」
「なんか、『まぁ任せろ』とか耳元で……囁いてきたり……して……さ」
「……」
「でもでも!一応、私もね?いつかそういうの開きたかったの!で、それ、千葉には少し話したことあったんだけど……
もしかしたら、それ覚えててくれたのかなぁ?アイツ……」
「……惚気はいいから要点を話してくれないかなぁ……?」
「の、惚気なんかじゃ」
「レコーダーの中身ご近所に配るよ?」
「……とっ、とにかく!任せろっていって、千葉が吉岡にあれこれ言い始めたの!道で偶然会ったのは認めるが、そういう
関係とかはない、そんで昔話してて盛り上がったから、いっそ同級会でもやるかっていう流れになって、ゆっくり相談する
ために適当に落ち着ける場所にでも入ろう、みたいな感じに……」
「なるほどね……で、それをダシに水曜日は再びデート、と」
「ち、違うってば!いい加減にしなさいあんた!……そりゃ、ちょっとはそういう気も……いやいや!……言い訳の関係で、
私とアイツで司会進行とか、企画とかやらなくちゃいけなくなったのよ!言っちゃった以上、私は本気でやるつもりだし」
「へぇ……場所はどうするの?」
「……一応、杉崎から許可貰ったわよ……条件付きだけど」

これは実際仕方ないかもしれない。あの状態の吉岡さんを落ち着かせるには、多分かなり上手なやり方だろう。なかなか
千葉君もやるじゃないか。ちょっと評価が上がった。みっちゃんももう場所の確保はしているようだし、さっきの発言から、
事実前々からそういうことはやりたかったようだ。本気なんだろう

(卒業して5年かぁ……)

みんなどうしているだろうか。我が家は3人とも違う学校で、それぞれの学校には鴨小時代の友達もちらほらいるから、
他の人に比べれば彼ら彼女らの情報は多い。とはいえ、直接会ったり出来るのならそうしてみたい気もする。私にとっても、
多分みんなにとっても、鴨小6-3時代はとても思い出深いものだろうから

「……で、手伝えることはある?」
「え?」
「開くって決めちゃったんでしょ。みっちゃんや千葉君だけじゃ心配だし……まぁ手を貸してあげるよ」
「ひとは……」

小学生のころに比べて私も随分変わったものだ。めんどうだとか行きたくない、というような感情は出てこない。そりゃそうだ
私は確かに人見知りだけど、友達や知り合いがどうでもいいわけじゃないのだから。ここは積極的に手伝おうと思う

「で、何から始めるの?こういうのは早めに色々やっておかないと面倒だよ?」
「……あの……」
「みんなには連絡した?……してないよね。私が今知ったんだし。サプライズとか言って急に召集かけて人数集まらなかったら
悲惨だから、ちゃんと告知しないとね。予算とかはどうするの?パーティーゲーム一式くらいなら、使いそうなものを適当に
リストアップして、みんなで持ち寄ったりすればいいと思うけど……あぁ、パーティーといったらやっぱりビンゴだね。
景品とかもちゃんと決めないと。そこら辺は杉ちゃんにも相談しようか」
「……ひとは!」
「何?」
「……そういうのは私と千葉がやっておくわ。あんたには、一つ大事な頼みが……」

/

「全く……本人にしっかり許可を取ってほしいなぁ」

思わず文句が口をついた。みっちゃんの頼み。それは杉ちゃんの示した条件でもある

『龍太の家庭教師を引き受けてほしい』

こんなの私を名指ししているようなものだ。みっちゃんは勉強に関しては可もなく不可もなく、といったところだけれど、
明らかに人様にものを教えられる性格ではない。ふたばは全くの論外。というか彼女は陸上で国内トップクラスレベルにまで
上り詰めてしまったから、何かと忙しいのだ。確か今日は祝日で普通に休みだけれど、同級会の方には正直来れるかさえ怪しい

(というかその前に、私に直接頼めばいいのに……)

多分、珍しく低姿勢で頼みごとをしてきたみっちゃんに対して、意地悪をせずにはいられなかったのだろう。家庭教師の件は、
その内私とお茶でもする時に頼むつもりだったんだろうけれど、そこにちょうど良くみっちゃんが現れたのだ。杉ちゃんは
けっこう頭がいいから、どうせこうなることも予測していたに違いない。全くめんどくさい友情だ。みっちゃんから話を聞いた
その日の内に杉ちゃんに連絡した私は、ちょっとだけ彼女をいびってやった。さすがに悪いと思ったのだろう、豪華なスイーツを
用意してくれるそうだ。ちゃんとパパとみっちゃん、ふたばの分を持ち帰り出来るよう念押しもしておいた

今は水曜、時間は正午前。来るのは昼過ぎで構わないという話だったけれど、私は早めに杉ちゃんの家にお邪魔させてもらった
ちなみにみっちゃんは今頃千葉君とデート、もとい買い出しやら相談やらをしている頃だ。いい御身分である

「久しぶりねぇ、いつ以来かしら?」
「高1の時、龍ちゃんの誕生日でお邪魔させてもらって以来、ですね」
「あらあら、もうそんなになるのね!遠慮せずいつでも来ていいんだからね?」
「恐縮です」
「ふふ、かしこまらなくてもいいのよ?もう少ししたら龍太も帰ってくるけど、それまではゆっくりしていてね」
「はい、お言葉に甘えて」

かしこまってしまうのは仕方がない。何せ娘さんのお小遣いで、色々なお店で飲食させてもらっているのだ。本人からはいつも
気にしないでと言われるけれど、こういう時くらいいいだろう。まぁこの人もそういうことは微塵も気にしないんだろうが
やっぱりこの人は完璧美人だ。いつ見てもそう思う。むしろこっちが成長して、彼女の細かい気配りだとか、女性らしい物腰の
柔らかさだとか、昔は気付かなかった所にもはっとすることが多くなった今の方が強くそう思う。杉ちゃんも順調に母親に
似てきているように見える。結構高校でも人気があるらしいという噂も聞いた。まぁ当然だろうな
しばらく杉ちゃんのお母さんと近況を報告し合っていると、パタパタ足音が聞こえてきた。杉ちゃんだろう
じゃあ後はごゆっくり、とウィンクをしてお母さんは出


「いらっしゃい!えっと……ごめんね」
「ううん、もういいんだよ。杉ちゃんのみっちゃんに対する愛情がどんなに歪んでいるかよく分かったからね」
「……手厳しいわねぇ……」
「……ふふ、冗談だよ」
「はぁ……まぁ、とにかく引き受けてくれてありがと」
「別に。これくらいなら大丈夫」
「あらそう?今後も頼んじゃおうかしら」
「場合によりけり、かな。でも何で正規の家庭教師さん呼ばないの?」
「それがねぇ……龍太は勉強できるのよ。むしろ私より出来るんじゃないかしら?実際家庭教師とかいらないの」
「うーん……確かにそういう気もするかな。龍ちゃん色々天才肌だし」
「でしょ?でもあいつ、最近全く勉強しないの。というか分かってるくせにテストとか真面目に解かないのよね」
「……何で?」
「分かんない。全く、あいつ未だにわがままだし俺様だし、とにかく扱いづらいのよねぇ」
「ふふ、可愛いんじゃない?そういうの」
「そう思えるのはうちのママとあんたくらいよ……何かパパはあえて何も言わない、って感じだし」
「……男同士、何か分かりあえるものがあるのかもね。たまにしんちゃんがうちに来ると、パパすっごいご機嫌だし」
「早くふたばと結婚しなさい、って感じねそれ」
「あはは……で?」
「ああ、えっと。そんであいつに、ちゃんと勉強しろって私が言うの。でも『うるせー出てけー』ってね」
「目に浮かぶようだねぇ」
「そこであんたにお願いするわけよ」
「……できれば勉強させるようにするか、最悪なんで勉強しないのか理由を探って欲しい、と」
「さすが、理解が早くて助かるわ……家族以外で龍太が心を開くとしたら、あんたしかいないからね。申し訳ないんだけど」
「うん。分かったよ。頭撫でてあげれば、多分色々話してくれるんじゃないかな」

龍ちゃんは小さい頃から私になついてくれていた。特に頭を撫でてあげると、暴れている時だろうがすぐに大人しくなるのだ
去年の誕生会の時も、はしゃぎ過ぎて疲れた龍ちゃんの頭を撫でて寝かしつけてあげたっけ

(……?……頭を撫でる……何かあったような……)

『俺が、頭撫でられるようになったら――』

「あぁ……多分それは無理よもう」
「……え?」

何か思い出しかけていたので、一瞬意識が逸れていて、反応が遅れてしまった。形になりかけていた回想が消えていく

「……『無理』?それに『もう』って?」
「ああ、それは会えば分かるわよ。いやぁ、男の子ってすごいのねぇ……」

どこか遠くを見るような、でも優しげな目で、くすくす笑う杉ちゃん。一体龍ちゃんがどうしたというのだろうか

「たっだいまー……お?この靴……おい姉貴!ひと姉ちゃんもう来てんの?!」

玄関の方から、こっちに慌ただしくやってくる足音。龍ちゃんだ。勢いよく扉が開いて、私は久しぶりに龍ちゃんと対面した

「こら!姉貴ってのはやめなさいって言ったでしょ?!お・ね・え・さ・ま!」
「うるせ―俺の勝手だ」
「きーっ!全く可愛くないったらありゃしないわ!」
「男に可愛いとか侮辱だぞ。だから姉貴は彼氏出来ないんだよ。男心ってのを分かってない」
「なっ?!あっ、あんた本気で怒るわよ?!それにあんたこそ、乙女心を分かってないわよ!」
「いいもん。俺ひと姉ちゃんのことさえ分かればいいし……」

「あ、あのほぅ……」

2人が私の方を向く。まず最初に私は確認しなければならない



「この人……どちら様……?」



ずるっ、と音が付きそうなほど分かりやすく、杉ちゃんの右肩ががっくり下がった。男の子の方は、目を輝かせている

「ちょ……あんた、さすがに声とかで分かるでしょ……」
「へっへーん!ひと姉ちゃんやっぱりびっくりしやがったな!俺だよ、お・れ!」

ずいずいと男の子が私に近寄ってくる。ちょっと屈み気味になって、私に目線を合わせてから、彼は言った

「龍太だよ!杉崎龍太!このちんちくりんな姉貴の弟!もう小6だぜ!」
「ちんちくりんってあんた……!!」
「龍……ちゃん?あなたが?ほんとに?」
「おう!見違えたろ!」

確かに声は龍ちゃんそのものだし、にかっと笑った顔も龍ちゃんそのものだ。だけど、去年会った時の龍ちゃんは、まだ私より
小さかったはずだ。でも私の目の前に立っている龍ちゃんは、私なんかより全然大きい。何が起こったんだ、これは

「え、えと、龍ちゃん?何でそんなに……」
「成長期ってやつだ!」
「そうだとしても20センチ以上伸びるなんて誰も思わないわよ……」
「に、20センチ?!」
「パパやママに色々聞いて、ちゃんとその通りにしたんだぜ!運動とか食い物とか、かなり気をつけたしな」

20センチ。ということは、今龍ちゃんの身長は170センチ弱はあるのだ。そりゃあ私なんか余裕で越えているだろう
私の記憶の中の龍ちゃんは、ちょっと私より小さくて、生意気だけれど、本当は素直で可愛い感じの、年下の男の子だった
でも今の龍ちゃんは、私より背が高くて。ちょっと注意して観察すると、筋肉とかも付いてそうな身体つきで。
とてもじゃないが、年下の男の子としては見れそうもない感じになっていた。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは
誰の言だったか。まぁ私は龍ちゃんと半年以上も会っていない計算だし、元のニュアンスからも微妙にずれているんだけれど、
目をひんむくほど驚いた点は強調できるだろう。それほど龍ちゃんの成長は劇的に見えたのだ

「あらあら、お帰り龍太」
「おう、ただいま!」
「今日はひとはちゃんから勉強見てもらうのよね?ちゃんとひとはちゃんの言うこと聞いて勉強するのよ?」
「分かってるって!」
「あんた……私の時とはえらい違いね……」
「当たり前じゃん。ひと姉ちゃんの方頭良いし。姉ちゃんちんちくりんだし」
「むきーっ!?そのちんちくりん言うのをやめなさいよ!!ていうかちんちくりん言うならひとはも……」
「はいはい喧嘩しないでね?みくちゃん、ママ手伝って欲しいことがあるから、ちょっと来てくれない?」
「え、でもそうなると……」
「龍ちゃん、ひとはちゃんのエスコート、できるわよね?」
「え、えすこーとって……」
「任せろー!」
「よろしい。じゃあ、みくちゃんはママと来て。ね?」
「ああ、ママ、そんなに引っ張んなくても……」
「え、え?……ええ?」

杉ちゃんはお母さんに連れられて行ってしまった。残されたのは私と、龍ちゃんの2人。杉ちゃんのお母さんが、去り際にまた
ウィンクを残していったけれど、果たしてあれはどんな意味があったんだろう

月曜といい今日といい、最近の私は自分の想定外の状況に流されまくっている気がする

杉ちゃんとお母さんが出て行ったあと、龍ちゃんは私を自分の部屋に連れてきた。ドアを開けて先に私を室内に入れる。一応、
エスコートと言えるのかもしれない。龍ちゃんの部屋なら、何回も入ったことがある。ガチレンジャーごっこもここでしたし、
龍ちゃんの頭を撫でながら本を読んだり、一緒にお昼寝したのもこの部屋だった。去年も彼を寝かしつける時に、私がおんぶして
この部屋まで運んだのだ。ちょっと重かったけど、当時の龍ちゃんは私にとって実の弟みたいなもので、可愛くて仕方なかった
だから、重いからといって私が彼の『ひと姉ちゃんおんぶしてー』という要望を却下することは無くて、しょうがないなぁ、と
呆れた素振りをしておいて、内心他の誰でも無い私を指名してくれたことを喜んでいたのだった

でも龍ちゃんは、もう私じゃおんぶ出来ないような体格だ。どう考えてもこちらがおんぶされる側になってしまった。部屋の中は
龍ちゃんらしい感じがするが、この部屋の主である龍ちゃんがあまりにも変わってしまって、ちぐはぐな印象さえ持ってしまう
そして何より、私は今の龍ちゃんのことを可愛いとは思えない。嫌いではないのだけど、その感情がどうしても認めがたくて、
私は半ば混乱していた。あの可愛かった龍ちゃんが、姉ちゃん姉ちゃんと私に付いて回った龍ちゃんが?こんなに――

「おーい」
「……」
「ひと姉ちゃん」
「……」
「姉ちゃんってば」
「はぅ゛あ゛?!」
「とりあえず問題終わったぞー」
「えっ、あ、ああ、そう、そっか。うんうんえらいなぁはっはっは」
「へへへぇ、だろー?」

そうだった。とりあえず前後不覚な状態だった私は、名目上龍ちゃんの家庭教師であることを思い出して、溜まっている宿題の
一部を適当に解かせていたんだ。その後龍ちゃんのベッドに腰を下ろして、思考にふけっていたのだ。時計を見る

「15分……え、あの量で15分?早い」
「本気になればこんなもんだぜ」
「……ということは意図的に本気を出していなかったわけだね」
「まぁなー」

あっけらかんと龍ちゃんは言い放つ。手を抜いていたのを自分から認めた。今日の狙いからすれば、一歩前進だろう。その理由を
聞き出すことができれば、とりあえず目的達成である。自分の役割を思い出して、私にも思考力が戻ってきた。見た目が変わった
とはいえ、冷静に接すると龍ちゃんは龍ちゃんであった。自信満々で生意気で、可愛げもある。こっちが勝手にびっくりして、
普通じゃなくなっていただけだ。とすれば、今私が尋ねれば、割とすんなりと、勉強をしなかった理由も教えてくれるに違いない

「……ねぇ龍ちゃん、教えてくれるかな。何で最近勉強真面目にしてなかったの?杉ちゃん心配してたよ?」
「……」

龍ちゃんはこっちをじっと見つめている。うう、やっぱり変わり過ぎだろう。変に緊張してしまうじゃあないか。とその時

「……はっはっはっはっはっは!」
「うええ?!」

破顔したかと思うと、高らかに龍ちゃんは笑いだした。まただ。また私の想定外のことが起きている。訳が分からない。変な声が出てしまった。そして私がおろおろしている隙に、龍ちゃんは私の目の前に立っていた。すごく得意げな顔をしている

「りゅ、りゅう、ちゃん……?」
「ふふーん、計・画・通・り」
「ええ?」
「……ひと姉ちゃん、立ってくれねーかな?」
「えっ、あっ……は、はい」

言われるがままに立ちあがる。今の私は、龍ちゃんの操り人形のようなものだろう。私の目の前には龍ちゃんの首元。ちょっと
喉仏が目立ち始めている。以前なら大体龍ちゃんの頭のてっぺんが、私の目線の高さだったというのに。あぁ、やっぱりこの子も
男の子なんだなぁ、と改めて実感する

「よーし。これで約束達成だな」
「え?」
「ほれほれー好きだぞーひと姉ちゃん」
「あ!?」

不意に頭が少し重くなる。ちょっとだけ暖かい温度。髪を梳かれる感覚。柔らかい掌の感触。これは、そう。龍ちゃんが、私の
頭を、撫でている?私が、龍ちゃんの手に、撫でられている?そう認識した途端に、顔がすごく熱くなってきて、胸の奥の方が
締め付けられるような錯覚に陥って、さっきまでの感情が蘇ってきて、そして――

「……ぅぁあ゛……」
「?!おい!ひと姉ちゃん!?」

無様な効果音を口から吐き出しつつ、私は意識を手放した