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 二人は暗い部屋の中で会話もなく、じっと窓際のベッドに並んで座っている。彼らの耳に響
くのは、激しい風雨が窓を叩く音ばかりだ。
 夜の七時、単身者向けアパートの一室は、暗闇に沈んでいた。蛍光灯は点いていない。正確
には点けられないのだ。どこかの変電所に落雷があったのか、上尾市一帯を中心に停電が発生
したせいだった。
 ときおり遮光カーテン越しの窓がサーチライトを浴びたように瞬き、その数秒後、大気がひ
び割れるような音が耳を衝く。窓が光ってから音がするまでの時間は次第に短くなっており、
室内の二人に不吉な気配の接近を予感させた。

「ひとはちゃん、大丈夫?」
「……心配はいりません」

 雨音の中、若い男性──小学校教諭・矢部智が発した問いかけに、教え子の丸井ひとはが答
える。震えてはいるものの、気丈な声だった。
「雷なんて、怖くありませんから」
「そ、そう。ならいいんだけど」
「ええ。雷程度で怖がるような子供じゃ──」
 言いかけた、その瞬間だった。間近に落雷したのか強烈な稲光が暗い室内を白く染め上げ、
寸毫の間もおかずに鼓膜が痛むほどの轟音が鳴り響いた。

「──ッ!!」

 ひとはは幼子のように目を閉じ、両手で耳を押さえる。口は絶叫の形に開いていたが、叫び
声は雷鳴に紛れ、矢部には聞き取れなかった。
 やがて音が止んだあとも、ひとははしばらくそのままの姿勢で固まっていた。
 ちょうど強がりを言いかけたタイミングだっただけに、矢部は思わず苦笑する。
「ひとはちゃん……もう、無理しないの」
「……む、無理なんてしてません」
 無理してる無理してる、そう突っこもうかと思ったがやめた。追い詰める意味はないし、そ
れよりもこの状況をどうするべきかを考えるのが先決だった。

 土曜日。いつものように矢部の部屋にやってきてチクビの入ったケージを持ち出し、自宅で
ひとしきり遊んだあと夕方になってケージを返しに来たひとはだったのだが、折悪しく埼玉県
全域に降り始めた豪雨によって、帰る機会を逸してしまった。どうしようかと迷っている間に
雷まで鳴り始め、トドメには停電である。
 矢部としては、この大雨の中ひとはを帰すわけにはいかない。窓から見おろした限りでも、
道路には数センチ水が張っているし、この分では近くを流れる川が氾濫してもおかしくはなか
った。
「どうするひとはちゃん? さすがにこの雨だと、帰るのは危ないよ」
 「だからうちに泊まっていったら」とはさすがにいえなかったが、矢部は婉曲に泊まってい
くことを勧める。
 しかしひとはは首を振ると、すいっと立ち上がった。
「いえ、問題ありませんよ。傘は持ってきていますし、私ひとりで帰れます」
「いや、無理だよ!! この雨で外に出るなんて!!」
 追いすがって腕をつかむと、ひとはは素直に立ち止まった。じっと矢部を見上げ、
「私のこと、心配してるんですか?」
「してるしてる!! こんな雨の中に出ていって、危ない目にあったら大変だよ」
「別に先生には関係ないでしょう。私が怪我しようが、増水した川に流されようが、どうしよ
うが」
「関係あるよ。ボクはひとはちゃんのことが心配なんだから」
「それは、私が先生の教え子だからですよね。私だから、じゃなくて」
「怒るよ、ひとはちゃん」
 矢部はむっと、ひとはを睨んだ。
「ボクは本当に、ひとはちゃんのことを心配してるの。単に教え子って言うだけじゃなくて、
他ならぬひとはちゃんだから。こんなことを言うと教師失格かも知れないけど、ひとはちゃん
のことは、他の子よりずっとずっと心配しているんだよ」
「……………………」
「もしもボクに何かされるのが心配なら、ひとはちゃんはこの部屋の鍵を掛けて、ボクが廊下
に寝てもいい。だから、今日はここに泊まって行きなさい」
「……判りました。先生の顔を立てて、泊まっていくことにします」
 どことなく嬉しそうな表情で、ひとはは再びベッドに腰掛ける。
 矢部はほっとして、ひとはの隣に腰を下ろす。すると目の前に、ちょこん、と小さな手のひ
らが差し出された。
「なら、パパに連絡するので、携帯を貸してください。連絡なしに外泊するとパパも心配しま
すし、停電中で、電話は使えませんから」
「うん。あ、でも繋がるかな? いま停電してるし……」
「携帯どうしなら、可能性はありますよ。試してみます」
 男物の携帯を操作して、父親の携帯に電話する。大丈夫、明日の朝には帰るから、とひとは
が言った途端、携帯の向こうから号泣のような怒号が響き、矢部は背筋を凍らせた。

 やがて小さい親指が通話終了ボタンを押し、
「──これで大丈夫です」
「だといいんだけど。また後になって半殺しにされるような目にあったら……」
「大丈夫です、お葬式には顔を出しますから」
「だからそのノリやめて!!」
 半泣きで叫ぶ矢部。そんな彼には聞こえないように、
(本当に私が危ないと思っていたら、パパは絶対迎えに来ます。ああみえて、パパも先生のこ
とは信用しているんですよ)
 ひとははくすん、と笑って呟く。が、ふと悪戯を思いついた表情になると、相変わらず手の
中にあった携帯電話をかちかちと操作して、
「……電話帳登録、12件。そのうち家族が3件、学校関係が5件……あとの名前は全員男。
どれだけ寂しい人生送ってるんですか」
「わぁっ!! ひとはちゃん!! 他人の携帯の電話帳、見ちゃダメ!!」
「ん? 海江田先生のアドレスは入ってるのに、栗山っちのアドレスが入ってない……職場の
連絡網で、すぐ判るはずですよね。なんで入れてないんです?」
「いいじゃない、なんだって!! もう返して!!」
 矢部はぷんぷんと怒りながら、携帯電話を奪い返す。
「まったくもう、だめだよひとはちゃん。こういうことしちゃ……」
「なぜ栗山っちのアドレスだけ……あ、判りました。栗山っちに限っては、本人から直接教わ
ってから登録したいと。なるほど、童貞らしいこだわりですね」
「み、見透かさないでお願いだから……」
 むふふ、と少女は意地悪く笑う。
 しかし次の瞬間。

 遮光カーテンごしにも目を眩ませるほどの光が窓を覆い尽くし、
 アパートを直撃したのではないかと思われるほどの雷鳴が、二人の耳をつんざいた。

 矢部でさえも身がすくむほどの轟音。ひとはの反応はさらに劇的で、悲鳴を上げて目の前に
いた手近な相手──つまり矢部に抱きついた。
「あ……」
 胸元に顔を寄せ、震える手で矢部の背中にしがみついていた。胸からお腹にかけてはぴった
りと密着し、腰は矢部の太腿の間に挟み込まれるような状態になっている。そこから伝わる矢
部の体温と鼓動に、ひとはは(認めたくはなかったが)まるで自分のベッドに潜り込んでいる
ときのような安心感と信頼感を覚えた。振り払うことも忘れ、ほうっと溜息をつく。
 見上げると、矢部と目が合った。彼にとっても予想外の事態だったのか、目を丸くしてひと
はを見おろしている。
「はは……その、大丈夫?」
「っ!!」
 顔から火が出るかと思った。思いっきり矢部の体を押しのけて立ち上がり、
「やっぱり帰ります」
「ごめんごめん。もう笑わないから、機嫌を直して」
「むぅ」
 今度は強情をはらず、ひとはは大人しく矢部の隣に座り直そうとする──が、

「……!?」

「どうしたの、ひとはちゃん……って、わ!!」
 いきなり真っ青になったひとはは、ワンピースの裾に両手を差し入れ、その奥の感触を確か
める。自らの下着に手を当てて、ひとはは凝固した。他人が目と鼻の先にいることも忘れてい
る様子で、かえって矢部のほうが慌てるくらいだった。
「……………………」
「……え、えっと……どうしたの、ひとはちゃん」
「……お手洗い、借ります」
「あ、ちょっとひとはちゃん!! トイレはいま」
 矢部の制止には答えず、ひとはは急ぎ足にトイレに向かった。
 トイレにはいり、無我夢中で後ろ手にドアを閉める──と、一寸先も見えぬ無明の闇が彼女
の視界を覆い尽くした。暗所には強いひとはも、真っ暗闇では何もできない。
 慌てて振り向くと、ドアが半分ほど開いていた。その隙間から、矢部が懐中電灯を差し出し
ている。
「ほら、停電中で、トイレは真っ暗なんだから。はい、懐中電灯」
「……どうも」
 ひとははいったん素直に受け取ったものの、自分の下半身を見おろして、さてどうしようと
考えるように黙り込む。
 そしてなぜか懐中電灯を矢部に返して、
「……先生。その、笑わないでもらいたいんですけど」
「えーと、うん。なにかな」
「その……こっちを見ないようにして、懐中電灯の光を……わ、私の股間に当ててくれません
か」
「へっ……? な、なんでそんな」
「と、とにかく、言うとおりにしてください」
「う、うん」
 矢部は律儀にもドアの影に入り、そこから懐中電灯を持った腕を突き出すようにして、光を
ひとはの下半身に当てる。
 それを確認した上で、ひとはは下半身──股間の部分に丈スポットライトを浴びたような状
態で、おもむろにワンピースの前をめくる。水色と白のしましまパンツの前が、微かに黄色く
汚れているのが判った。

「……………………」

 恥ずかしさに、顔から火が出そうだった。いくら雷に驚いたからといって、小学六年生にも
なっておもらしだなんて。しかし、どれほど恥ずかしかろうとこの現実は変わらない。

(とにかく、汚れた下着を脱がなくちゃ……)
 先ほど懐中電灯を片手に戸惑っていたのは、片手に何かを持ったままではパンツを脱げない
からだった。ワンピースを汚さないようにパンツを脱ぐには、やはり両手が必要だ。だからこ
そ恥をしのんで、矢部に光を当ててもらうことにしたのだった。
 ……トイレの外なら懐中電灯なしでもそれなりに明るいのだから、この場に宮下がいれば「矢
部っちをリビングに追い出して、廊下に出てやればよくね?」と常識的な提案をしそうなもの
だったが、あいにくこの場にいる二人は色々とテンパっている。とてもそんな冷静な判断がで
きる状態ではない。
 ひとはは暗闇のトイレの中、股間にスポットライトを浴びた状態で、左手でワンピースの裾
を押さえながら右手でパンツを脱ごうとする。しかし、ワンピースの裾が落ちてきてなかなか
上手く行かない。
(こうなったら……!!)
 ひとはは奥の手にでた。ワンピースの裾を大きく持ち上げて口にくわえ、両手を用いてパン
ツを引き下ろすことにしたのだ。パンツどころか、幼児体型のお腹まで丸出しになってしまっ
ているが、この際そんなことに構っていられない。
 片足を持ち上げてパンツを外し、そして最後に残る一方の足をあげた、そのときだった。
「!?」
 バランスが崩れた。慌てて足を下ろしたとき、思いのほか大きな音がした。が、なんとか転
ばずにはすんだようだ。
 ほっとするひとは。しかし視線を足元から正面に上げた瞬間、彼女はそのままの表情で凍り
ついた。
「ひ、ひとはちゃ……!?」
「……………………」
 矢部がドアの影から首を出して、彼女のほうをじっと見ていた。とつぜんの大きな音にひと
はが転んだとでも思ったのだろうが、ひとはにとって見て欲しくない場面を凝視している。
 二人の時間が停止した。

 矢部は、ひとはの剥き出しの股間に懐中電灯の光を当てたまま。
 ひとはは口にワンピースの裾をくわえ、片手にショーツを握ったまま。

 遠くで不穏な雷鳴がして、二人の時がゆるやかに動き出す。ひとはは股間を隠すことも忘れ、
口にくわえたワンピースの裾を噛みしめた。その目は、末代まで祟るどころか血筋そのものを
根絶やしにしそうな表情で矢部を睨み付けている。
 そして、矢部が何か弁解の言葉を述べようと口を開いた瞬間、

「この──いますぐ死んでください!!」

 断末魔に似た男性の悲鳴も、人肉を殴りつける鈍い音も、轟く雷鳴の中に紛れて消えた。

  * * *

「……先生、大丈夫ですか?」
「あ、あはははは……うん、なんとか……」
 丸井草次郎の遺伝子は三女ひとはの中に確実に流れているようで、矢部はサンドバッグのよ
うにぼこぼこに殴り倒された。いまは使い古しの土嚢のように、満身創痍でベッドに横たわっ
ている。
 自らの担任教師を一方的に殴打したひとはは、申し訳なさそうに、ベッドのへりに座って矢
部の顔をのぞきこんでいる。先ほどまでは怒りにまかせて勧進帳ばりに打ち据えてしまったが、
冷静になってみれば悪いのは自分である。彼女はしゅんとして、
「すみませんでした。元はと言えば、私が先生に頼んだことなのに……」
「ううん。ほら、ボクは気にしていないから、元気出して」
「先生……」
 いつものように「何もなかった」ことにする矢部。ついついひとはも、そんな矢部の優しさ
に甘えてしまう。
 このあまりにも貫禄に欠ける担任教師が、不器用なりに自分を大切に想ってくれていること
を、ひとははよく知っている。ブルマーをずり下ろされたり蒲団に潜り込まれたりしたことも
あるが、あれだってただ単に間が悪いだけだ。
 それどころか、どんなにからかっても、意地悪しても、先生は自分を大事にしてくれる。だ
からついついからかいたくなるし、あとから思えばやりすぎたかと思うほど、非道いことをし
てしまうときもある。
(私、甘えてるのかな)
 冷静になれば、自分の心理を分析するだけの理性はある。自分の矢部に対する態度は、明ら
かに子供の甘えだ。相手が自分を許してくれること、相手が自分に好意を抱いていることを前
提とした、冷たい態度。まるで親の愛情を確かめるために家出をする、子供じみた態度。
 そんな自分の態度が腹立たしくて、いっそう矢部に対して冷たく当たってみるときもある。
先生に甘えているんじゃない、本当に矢部先生のことなんて何とも思っていないから冷たくし
ているだけなんだ、と主張するかのような態度を取ってしまうことも。
 けれど結局、自分はここに帰ってきてしまう。ここ──つまり、矢部の傍らに。

 学校では、矢部のデスクの下に潜み。
 休日には、矢部の部屋まで押しかけ。

(……私のほうこそ、ストーカーっぽいかも)
 ふと、クラスメイトの女子三人組のことを思い出した。とある男子を追っかけて、偏執的な
と言ってもいいほどの行為を繰り返している。ふたばに聞いたところでは、その男子の自宅に
まで押しかけてきたらしい。
 聞いてすぐは、反射的に(相変わらずろくでもない人達だなぁ)と思ったが、しかし考えて
みれば自分はもっと過激なことをしている。先生の財布から鍵を持ち出して合い鍵を作り、帰
宅する先生の後を尾行して自宅を突き止め、休日の早朝に無断で侵入しているのだから。先生
自身には何もしていないと言うだけで、やっていることは完全にストーカーだ。
 そればかりではない。教室でも職員室でも、足が臭いのなんのといいながらも、いつも先生
の足元にいる。何か嫌なことがあったときには、先生の足元に潜り込みたくなる。
(何で、私は……)
 最初それは、クラスメイトたちの鬱陶しい干渉や視線から逃れるために過ぎなかった。クラ
ス内で孤立している少女にとって、教室というのは極めて居心地が悪い空間だ。他のクラスメ
イトたちが仲良く談笑の輪を築いている中で、ひとりぽつんと本を読む日々──それに耐えき
れなくて、矢部のデスクに隠れ潜んだ。矢部はそんな自分に、本当に優しく接してくれた。
 しかし、(とある数人を覗いては)クラスメイトから逃げる必要がなくなった今でさえ、心
がささくれ立ったときには先生のデスクの下にもぐりたくなる。その場所にいると、まるで自
分の巣に帰ってきたような安心感を覚えるから。
(私……)
 認めたくはないが、自分の行動はすべてある一つの結論を示しているように思われた。

(私……先生に、甘えてるんだ)
(ううん、それだけじゃなくて……私、もしかしたら先生のことを……)

「……ひとはちゃん、どうしたの? ひょっとしてまだ怒ってる?」
「あ……」
 ぐるぐると巡る思考を、矢部の声が切断した。相変わらずの低姿勢で、ひとはの表情をうか
がっている。反射的に何か意地悪なことを言ってやりたくなる態度だったが、ひとははぐっと
こらえた。それではいつまで経っても、進歩がない。
「いえ、怒ってませんよ。ちょっと、考え事をしていただけです」
「そっか」
 矢部は優しく笑い、ぽん、とひとはの頭に手を置いた。それだけの仕草が、今のひとはには
嬉しかった。
「雨、止まないね」
「ええ。雷はだいぶ、おさまってきましたけど」
 未だ遠雷がごろごろといっているが、うるさいほどではない。
「これなら何とか、寝られそうだね」
「そうですね。もう11時を回ってますし、明日早起きしてガチレンを見るためにも、早めに
寝ないと」
「あっ、そうだね。ガチレンを見逃したらまずいもんね」
 共通の趣味を持つ人間として、この辺りの呼吸は絶妙だ。矢部は立ち上がって、
「それじゃひとはちゃん、ひとはちゃんはそこのベッドで寝て」
「判りました。先生は……」
 言われたとおりに蒲団に潜り込んだひとはだが、矢部が寝床をどうするのか気になる。部屋
の中を見回しても敷き布団の一枚もないし、冬布団やら客用の蒲団やらがしまってあるとおぼ
しき引き出しも、段ボールやゴミ袋など生活感の堆積に埋もれてしまっている。
 すると矢部は、デスクの横から膝掛けを持ち上げ、
「これがあれば寝られるよ。まだまだ寒い季節じゃないし、これ一枚で充分」
「風邪、引きますよ。少なくとも明け方は、だいぶ冷え込んできましたし」
「けど、他には寝る場所ないし」
 ひとははもそもそとベッドの片隅に体をよせ、掛け蒲団の端を持ち上げると、
「なら、この蒲団で一緒に寝ましょう。先生が風邪を引いたら大変ですから」
「え、えぇっ!! そ、それはまずいよひとはちゃん……」
「何でですか。まさか、一緒の蒲団で寝たら昂奮してしまうとか……先生、やっぱりロリコン
だったんですか? いや、昂奮するのはペドフィリアの範疇か……」
「違うよ!! ロリでもペドでもないから!! っていうか子供がそんな言葉使っちゃダメ!!」
「違うなら、いいじゃないですか。年の離れた妹と一緒に寝ているとでも思ってください」
「う……」
 ひとはの詭弁にあっさり丸め込まれる矢部。彼はしばらくがしがしと頭を掻いていたが、
「先生。それに私、誰かの隣で眠るの、実は嫌いじゃないんです。うちだと、みっちゃんでも
ふたばでも無理ですから……だから、できたら先生に、隣に寝て欲しいんですけど」
「ひとはちゃん……」
 ひとはのすがるような目つきにほだされて、矢部は仕方なく、彼女の隣に潜り込んだ。
「言っておくけど、変なことはしないからね」
「もちろんです。したいなら、少しくらいなら構いませんけど」
「まったく……もう、寝るよ」
「お休みなさい、先生」
「おやすみ、ひとはちゃん」
 二人は互いの体温を感じながら、ゆっくりと目を閉じる。
 外の激しい雨音も、今の二人には遠く感じられた。

  * * *

 ちゅんちゅん、と外から鳥のさえずりが聞こえる。一夜明けて、空はすっかり晴れ上がって
いる。カーテンを開いた大窓に、朝の日差しが眩しい。
「おはよう、ひとはちゃん」
「……おはようございます」
 同じベッドに二人で並んで寝ていると、何だか本当に兄妹になったみたいだった。せいらい
子供好きの矢部は、何だか嬉しくなる。
 しかし、
「昨日は……凄かったですね。本当に、ちっとも寝かしてくれないんですから」
 隣で寝ているひとはの呟きに、ぎょっと身をひく。まさか寝惚けて、とんでもないことをし
てしまったのでは……!?
「な……何、が……?」
「それはもちろん──雨音のことですよ」
 しれっとした顔で言われ、矢部はがっくりと脱力する。
「ほっ……な、なーんだ雨音か。もうひとはちゃん、からかわないでよ、ボクてっきり……」
「ええ。安心してください。先生の四年生はどんなにしても、ぜんぜん凄くなりませんでした
から」
 その途端、安堵しかけた矢部の背中が、電流を流したように硬直した。
「ちょ……ちょっと待って、ひとはちゃん。ボクが寝ている間に何したの!?」
「こう……舐めたりこすったりしゃぶったり。なのにちっとも大きくならなくて、とてもつま
らなかったです」
「そんなコトしちゃダメー!!」
          (おしまい)