俺は単純な男なんだと、つくづく思う。

月曜の朝。面倒な一週間の始まりは誰にとっても憂鬱なもんだが、
赤点と補習の常連客な俺にとっては人一倍、だ。
眠い頭と重い体を引きずり、刑務所みてぇな学校へずるずる歩く。

それでも。

「おはよう。千葉君」

たった一人に挨拶してもらえたってだけで、
憂鬱は吹き飛び、目は冴え、背筋も正されちまうんだから。

「おはざーっス!!三女さん!」
「なに、それ?」
「尊敬する師匠に敬意を払うのは当然っスよ!」
「クスッ。まだ生きてるんだ、その設定」
こういうの、『静かな微笑み』っつーんだろうか?ただでさえ美人の
三女さんが笑うと、情けねーけど、直視もできなくなっちまう。
何でガキの頃の俺は、こんな美人に気づかなかった…って、
理由は分かってるんだけどよ…。

「?どうしたの?」しかも、首をかしげる仕草は殺人級に可愛い…。って、これは元からだったか?
「あ、いや。当然っスよ!なんてったって…」
「こらぁ!変態ブタゴリラ!朝から三女にセクハラとは相変わらずとんでもない変態ね!!」
っぐ。至福のひと時が…。
「人聞きの悪ぃことを言うな!ピョンピョン女ぁ!誰がいつんな事したんだよ!!」
「よく言うわよ。教室や鉄棒で私達にセクハラしたのだって、ついこの間じゃない」
「何年前の話だよ!可愛い小学生の男の子が、ちょっと背伸びしたくてやったいたずらだろ!
お前の辞書には時効ってモンはねーのかよ!」
「あんたが可愛いとか、鏡見たら?大体、時効かどうかは被害者が決めるものでしょ!」
あー!こいつがウルセーのはガキの頃から気づいてたけど、最近は特に拍車がかかってないか?

「おはよう、杉ちゃん」
「オハヨ、三女。お弁当作りで朝も早いからって、
こいつを半径3メートル以内に近づけるなんて、ちょっと迂闊すぎない?」
「あのなぁ!」
「杉ちゃん、言いすぎだよ」さすが三女さん!分かってらっしゃる!!
「ちょっとだけ」ガクッ。
「三女さぁん…」
「冗談だよ」ムフー
…まぁ、三女さんが満足そうだからいいとするか…。

「でも、三女さ…」
「おいーっす!千葉ぁ!」
っだー!今度は誰だよ!
「朝から両手に花とは、どんな悪どい手を使ったんだぁ!?」
クラスの男友達(というか悪友)だ。
…って事は、今日の至福の時間は終了だな。ハァ…。
「それじゃ、またね。千葉君」スイー
「ウイッス!お疲れさまっス、三女さん!」
「えぇ!そんなぁ…」
「あ、待って三女。階段まで一緒にいくわ」

暗黒オーラが消えた(?)っていっても、根は人見知りのままなんだよなぁ。
だから知らないヤツ(特に男子)が会話に参加すると、途端にフェードアウトしちまう。
ったく、余計な奴が現れたぜ。

「おい、千葉。今のって特クラの丸井さんだよな!?」
「…あぁ、そうだよ。特選クラスの、A組の丸井ひとはだよ」
「どんなネタを使って脅迫してんだよ?」
「何でそうなる!?」
「いや、補習の常連と特クラの才女じゃ接点がまるでねーだろ。
でも、お前がやけに親しそうに話してた。となると、導かれる答えは一つ…!」
「だから何でだよ!?…ったく。小6の時同じクラスだったんだよ」
「そんだけ?」
「まー、中学でも同じクラスだった事はあるけどよ」
特別なのは、あの一年間の登場人物だからなんだよ。
「ふーん。まぁ、そんなとこか。
あー、くそっ。千葉の毒牙から救い出して丸井さんとお近づきになるという、
俺の綿密な計画が!」
「俺が言うのもの何だが、お前の人生楽しそうだな…」
あの時のアイツもこんな気分だったんだろうな…。
「拗ねなさんなって。まぁ、俺ら程度が丸井さんのお眼鏡に叶うには、
そのくらいのイベントがなきゃな」
「なんだよ、それ?」
「知らねぇの?バスケ部の宮代とか、生徒副会長の寄居が玉砕したって話。
あいつらが行っても、迷うそぶりも見せなかったってんだから、
きっとすっげー理想が高いんだぜ」
「理想が高い、ねぇ…」
 あぁ、そんなんじゃないんだよな。
「まぁ、そうなんだろうな」
 なんせ、ぼさっとしてて、ヘタレで、戦隊オタクで――
「きっと、イケメンで、頼りになって、センスもあって―」
「すっげー優しい人なんだよ」

――――――――――――――――――――――――――――

[クラス全員リレーに参加する6年生は――]

「一体どんな作戦があるわけ?」
「フフフ…」
今回の作戦は俺と三女さんで練りに練った自信作!一部の隙もねぇぜ!
そうっスよね、三女さん!
と、冗談も込めて肩に手を置こうとしたら、まともに払われちまった…。
勢いとはいえ、そういうつもりも無かった訳じゃない…いや、無かったんだけど、
そこまではっきりされると…まぁ、いいや。


くそっ。ちっと1組にリードされちまってるか!
でも、今回は三女さんとの共同作戦!負けるわけにはいかねぇぜ!!

まぁ、三女さんはさっきからいつもの無表情なんだけどよ…。

えぇい!何か今日は余計な事を考え過ぎだぜ、俺!!
「おるああぁあああ」
「アンカーにはほぼ同時だー!!」
後は頼んだぜ、矢部っち!
お、意外に速い!いける、いける、いける!ちょうどゴール前にはウチのクラスが――
―――初めて、リレーを『見て』るんスね、三女さん―――

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最終更新:2011年02月26日 02:08