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しんちゃん大好きっ!


「しんちゃーん!おーーい!!」


「カーーット!」
「わひゃ!」
またやっちゃった…。

「ふたばちゃーん。ダメだよ~。収録中なんだからさぁー」
「うぅ~。も…申し訳無いっス…」

今日は帝都TVの取材の日…あれ?東西TVだっけ?
…と、とにかく、小生は今、大きなTV局の取材を受けている。
うん。取材代を見たひとはが『むふぅ~』ってしてたから、大きいTV局のはずだ。
内容はいつも通り。小生が走っている姿を撮った後、今みたいなインタビュー。

うぅ~。小生、はっきり言ってコレが苦手っス…。

大好きな家族やおっぱいの事なら、何時間でも話していられる自信があるけど、
『インターハイ二連覇に向けてのとうふ(なんでおとうふ?)は?』とか、
『ライバルのたしかわらさん(誰?)の仕上がりについてどう思う?』とか聞かれても、なんて答えればいいのかチンプンカンプン。
結局、カントクやTVの人が用意してくれたカンペンを読んで済ませているけど、はっきり言ってアクビが出るほどつまんない。
そんなとき、ランニングから帰ってきたしんちゃんが見えたんで、つい大声で呼んじゃった…。

「丸井!もっと集中しろ!!」
「は、はいっス!カントク!ごめんなさいっス!!」
「あ、いーんですよ、監督!ふたばちゃんも、そんなにしょげないで~。笑顔、笑顔!」
「押忍!……えーっと、こんかいのたいかいでの、わたしのもくひょうは……」

本当に大失敗っス…。

カントクは、りくじょうれん、って所から小生のためにやって来た人だ。
『どうすればもっと速く走れるのか?』をすごく上手に教えてくれるし、マホウのシューズだって作ってくれた。
小生がこの学校にタダで入る事ができたのも、カントクのおかげだ。
ちょっとキビシクてコワイけど、それは小生の事を思ってくれてるからだし、今だって小生のドジなんだからかまわない。

でも…。

「まったく!また佐藤か!!後でサッカー部にきつく言っておかんとな!!」

小生のせいで、しんちゃんが怒られちゃう……。


――――――――――


「ただいま~」

やっと家に帰ってこれた。
あの後も声がカタイとかいろいろ言われて何度も撮り直したせいで、いつもの10倍疲れちゃった。
今日の晩ごはんはなんだろう?

すんすん。

うん。この香りは…

「ひと、今日はシチューだね!……あれ?みっちゃん?」
「あら、お帰り。さっさと手ぇ洗って来なさい」

おなべの前に立っていたのは、エプロンを着けたみっちゃんだった。

「あれ~?おいしそうな匂いがするのに、何でみっちゃんなの?」
「どーいう意味よ!?私がおいしそうな料理作ってちゃおかしいっての!?
ったく…ひとはは童貞の所よ。
パパが帰ってくる前には戻るって連絡あったわ。まぁ、ギリギリまであっちに居たいんでしょうね。
はぁ……。
そりゃ、こういうときも有ると思ってバイトの曜日はずらしてあげてるけど、何度も使える手じゃないし…。
童貞も、ヤることヤったならヤったで、覚悟を決めてとっとと挨拶に来るなりしなさいよね!
まったく!いつまで経ってもヘタレなんだから!!」

ひとはは矢部っちのところらしい。

小学校を卒業してからも、ひとはは毎週矢部っちの部屋に行っていたけど、これまでは晩ごはんの支度前には必ず帰ってきていた。
でも、高校2年生になったこの春からだろうか?
今日みたいにパパが遅くなる日は、門限ギリギリまで帰って来ない事が何度があった。
決まった曜日以外に矢部っちの部屋へ行く事も。
小生だってもう高校生だ。何をしているのかは大体ワカル(でも、みっちゃんは『童貞は一生、童貞でいい』だって)。

パパにウソをついているようで心が痛いけど、ひとはの喜んでいる姿を見ると、黙っているしかないとも思う。
小生には、これ以上ひとはの……。

「ほら!あんたもぼーっとしてないで、手ぇ洗ってお皿運んでよ。
こないだみたいに、まとめて割らないよう気をつけなさいよ」

みっちゃんも、中学の終わり頃から家のお手伝いをするようになった。
それに、高校からは駅前のファミレスでアルバイトも。ケータイ代といくらかの洋服やお化粧品代以外は家に渡している。

約束のためだ。

…そう。みっちゃんと小生は、高校に上がる前に一つの約束をしたのだ。


……でも、小生にはお手伝いもアルバイトも出来ない。分かってる。


だから少しでも役に立てるよう、取材の話は出来る限り受けたいってカントクにお願いした。
髪形もガチピンクの真似にして、少しでもTVの人の目に留まるようにした。


いつまでも、自由に遊び回る、小さな女の子ではいられない。分かってる。


――――――――――


「ううー。目がショボショボするよー」
「ほら、ふたば。もうちょっと速く歩かないと、電車行っちまうぞ」

朝。ひとはと同じくらいの時間に起きたら、下着を着けてジャージに着替える(今年もそろそろ長袖じゃツラくなってきたなぁ…)。
迎えに来てくれたしんちゃんに、シューズの紐を結んでもらったら、手を引かれて駅へ向かう。
この一年と少し、毎日続けてきた光景。

しんちゃんと通う高校は楽しいし、学食のゴハンもおいしいけど、これだけは…いつまで経っても……慣れ…ない…。
…………ぐー……。

「こらっ!寝るな!」
「うぅうー。おんぶして連れてってー」
「んなっ!ば、バカ!んな事したら背中に…いや、じゃなくて…そう!駅までどんだけあると思ってんだ!ほら、歩けよ」
「しんちゃんのいけずー」





「やっと寝られるっスー」
「まぁ、3駅行くまではいつも空いてるしな。二人で座れるのはありがたいよ。
着いたら起こしてやるから、ちょっと寝てろ」
「いつもありがとうっス、しんちゃん」
あぁ…もう限界っス……。

コテ

隣に座るしんちゃんの肩に枕にして、眠りに着く。
んー。ちょうどいい高さ。それにしんちゃんの暖かさがほっぺから伝わってきて、すごく安心する……。
おやすみぃ、しんちゃん……。

ガタンゴトン





ガタンゴトン

「……んあ!?」
「お、起きたか?ふたば」
「んー。おはよう、しんちゃん。今どこー?」
「もう15分はあるぞ。もうちょっと寝てても大丈夫だけど…その、いつも言ってるが、今度はそっちの手すりにもたれかかれよ」
「んぅー…。ううん。もう、起きる…」

すぐ傍にあるしんちゃんの顔を見ると、なんだか赤くなってて気まずそう。
それに…。
大分学校に近づいてきたんだろう。同じ制服の人が多い。そのみんなが、ちょっとあきれた表情でコッチを見てる。
いつも思うけど、小生が寝ている間に何があるんだろう?
一度はずっと起きていて、それを確かめたいと思ってるけど、電車に座るといつも二度寝のゆーわくに負けてしまう。
だって、しんちゃんの隣はあったかいんだもん。

「……ふぅ。まったく、お前を見てると色々悩んでる自分がバカバカしくなるよ」
「?しんちゃん、何か悩んでる事あるの?」
「あのなぁ、俺が本物のバカみたいに…。
…いや、大した事じゃないよ」

………。

「……今度の日曜さ、サッカー部のレギュラー選定の紅白戦があるんだ。
去年は1年って事もあったし、準レギュラーに甘んじてたけど、今年こそ公式戦に出たい。
そのためにこの一年間頑張って来た。あの頃からずいぶん力を付けたつもりだ。
レギュラー取って、公式戦で活躍して…ふさわしい男だって事…、
いや、俺だってサッカーが誰よりも好きなんだ。だからこそ、誰にも負けたくない」

しんちゃんが想いを声に乗せる。

サッカーに触れているしんちゃんは、楽しそうで、真剣で、格好いい。
だから、小生もそんなふうになれる何かを見つけたくて、陸上を始めたんだ。

うん。分かるよ、しんちゃん。小生も走るのが大好きだから。

「大丈夫だよ!だって、しんちゃんはすごいんだもん!!」
「……うん。ありがとう、ふたば」
しんちゃんが優しく笑う。

……いつからかな?こんなしんちゃんを見ると、ムネがフワフワするようになったのは。
パパに感じる安心感とは違う。走り出したくなるような、泣きたくなるような、でも、あったかくなる優しい感覚。


ううん、わかってる。これを何ていうのか。
でもごめんね、しんちゃん。
もう少しだけ、こうしてしんちゃんの隣で、ゆっくりしてたいんだ。

もう少しだけ、しんちゃんと、みっちゃんと、ひとと、千葉氏と、矢部っちと…みんなで楽しく遊んだ日を、取っておきたいんだ。


ごめんね、しんちゃん。わがままな子で。


「もうすぐ学校、着くな」
「……ん」

学校が近づいてくる。ジャージの手足の裾がめくれてないかを確認し、ジッパーを上げ直してアゴのところまで隠す。
しんちゃんが5歩離れる。
この一年足らず、毎日続けてきた光景。

プシュー

「「「オハヨー!!ふたばちゃん!!」」」

電車のドアの前で待っていた、10人くらいの男の子達がいっせいに挨拶して来る。
いつも思うけど、どうしてどこから降りるか分かるんだろう?毎日てきとーな車両に乗ってるはずなんだけどなぁ?

「あ、あははー。うん。みんな、おはよーっス…」
「う、うおおおー!ふたばちゃんが挨拶してくれたー!」ダダダッ
…一番近くにいた人に軽く手を振ってあいさつを返したら、泣きながらどこかへ行っちゃった…。

「ふたばちゃん!荷物重いでしょ!俺が持つよ!」
「ふたばちゃん!これ、この前読みたがってたNAMAの最新刊!発売日の2日前に手に入ったから貸してあげるよ!」

あっという間に取り囲まれる。小生を中心にしてドーナツみたいな塊になりながら、学校へ向かう。
あうう、ちょっと恥ずかしい。

この人たちは、小生の『しんえーたい』なんだって。
なんだか長い名前があった気がするけど、忘れちゃった(ていうか、覚えられなかった)。
こうやって、学校近くの駅を『線』にして、毎朝待ってくれてる。
学校では、授業中と部活のとき以外は、いつもこの人たちが近くにいる(ケハイがする)。

正直、困っちゃうときも有る。しんちゃんを遠ざけるし、女の子の友達にも『大変だね』って言われる。
でも、『キモチワルイカンジ』はしないから、悪い人たちじゃない。

……中学生のとき、TVに出てから感じるようになった、男の子達からの『キモチワルイカンジ』。

この人たちのカベがあると、ちょっとやわらぐ。
それに、小生がドジをしたり、力加減を間違えたときなんかは助けてもくれる。
…机やトビラの代わりに小生に殴られたときは、なぜか幸せそうで、そのときはちょっと気持ち悪いけど…。


何より、学校ではこういう『線』が無いと、どこまでもしんちゃんに甘えて、めーわくを掛けてしまいそうで。
頑張るのを、あきらめてしまいそうで。

本当はそれが怖いから、この人たちの優しさを利用しているんだ。


ごめんね、みんな。ずるい子で。


いつまでも、自由に遊びまわる、小さな女の子ではいられない。分かってる。



==========



俺だってそうだよ。ずっとそうなんだ。
だから、


「さて、行くか」

日曜の朝。いつもより少し遅めに学校へ向かう。
今日は、レギュラー選定の紅白戦だ。

軽い緊張を感じながら駅へ向かう途中、知った顔を見つけた。
長女と三女だ。
何だ?日曜のこんな時間に。

「おぉーい!長女、三女ー!」
「んげっ!変態!」お前…その言い様はいい加減やめろ。
「何だよ、日曜のこんな時間に?それも2人揃ってなんてさ?」
「私はバイトの早番。ちょっと抜けが出たからヘルプよ。んで、ひとははいつも通りの「みっちゃん。ひと鳴き声多いよ」「ひと言でしょ!」
朝っぱらから元気な奴らだ。

「私の事はどうでもいいよ」キラキラ

最近、三女はまた変わった。
あの一年間で呪いのオーラが薄くなり、ずいぶん接し易くなって来てたんだが…。
この春からは、瞳に星が散り、声が透き通り、常時キラキラしたオーラを纏うようになった。っていうかこれ、別キャラだろ!?
まぁ、理由は大体想像がつく。行き先も。普段は薄っすらとしか現れていないキラキラが、今はずいぶん濃いし。
……千葉よ…。

「しんちゃんこそ、休みの日まで部活姿でカモフラージュして痴漢活動とは、恐れ入るよ」
しかし、親しい人間に吐く毒はそのままだ。はっきり言って、シュールを通り越して(昔とは別の意味で)怖い。

「さっすが…相変わらずとんでもない変態ね」ススス...
「んなわけねーだろ!引くな!日練だよ日練!大事なレギュラー選定試合なんだよ!!」
「あれだけ度々警察に捕まってたら、誰だってそう疑うわよ…」
「しんちゃんの不幸体質は、もはや国の天然記念物だね」ニコッ

こ、こいつら、人が気にしてる事をずけずけと…。
しかし、三女の微笑みがあまりにも爽やかで、怒るべきかどうかすら混乱する…。

「不幸体質とか言うな…。それにその、別にいつも悪い事ばっかりじゃ…」
「しんちゃんがいつも、ふたばとどんなイケナイままごとをしてるか知らないけど」
「してねーよ!何だよイケナイままごとって!?」
「しんちゃんは本気で、ふたばのおっぱいを見たり触ったり出来た事が自分の不幸に見合うと思ってるの?
大体、しんちゃんの不幸は偶然だけど、ふたばの件はほとんどが意図的なものでしょ?それ自体が不幸の発端になってるときもあるし。
そもそもその程度の『幸運』、しんちゃんがその気になればいつでも出来る事だよ。
それでも自分は不幸じゃないって思えるなんて、どれだけスケベなの?ヘタレなの?マゾなの?とんでもない変態なの?」キラキラ
三女が髪をかきあげ、朝の空気に光の粒子を舞わせながら言う。だから言動が一致してなくて怖えぇよ!

しかし、言われてみれば幾つも思い当たる事が…。あれ?俺って本当に不幸じゃね…?

「…ま、まぁ、元気出しなさいよ」
長女が掛けてくる声の本気度が、余計に俺を追い込む…。
「そのうち、これまで貯まった幸運がまとめて返ってくるかも知れないわよ?まぁ、期待しない程度に期待しとけば?」
「……それはフォローのつもりなのか…?
っていうか、人が大事な試合に出かけるときまでテンション落としやがって!『頑張って』とか『応援してるよ』くらい言えねーのかよ!?」

「ん。ま、せいぜい頑張りなさい」
「応援してるよ。いい結果を願ってる」キラキラキラキラ

「な、何だよ?急に…」
調子狂うな。
特に、今の三女にまともなセリフを言われると、本質と事情を知ってる俺でも赤面してしまう。
こりゃ、何も知らない奴がだまされる(?)わけだ。

「あんた、サッカーくらいしか能が無いもんね。これがダメだったらミジンコになっちゃう、ってくらいの覚悟で頑張りなさい!」
「しんちゃんはどうしようもない不幸体質だけど、それをやっつけるくらい頑張って来たよ。きっと上手く行く。
もちろん、不幸体質はどうしようもないけどね」
「何だそりゃ!?大体、何でお前らそんなに上から目線なんだよ!?」
「いちいちうっさいわねー。この私が言ってあげたんだから、泣いて喜びなさいよ!!ありがたみの分からないダメな犬ね!!
もうとっとと行きなさい!自信無いなら早く行って、ちょっとでも練習しなさい!!しっしっ!」
「んぐ…。だー!分かったよ!じゃーな!!」タタタ

……あいつらなりの照れ隠し…にしちゃあ、ずいぶん貶された気もするけど…。
ま、いいや。一応、ありがたく受け取っておこう。

覚悟、か。
よし!


――――――――――


っつ!ロスタイムに入ったか!なら、これが最後の攻撃だな…!

ゴール前の攻防。いい位置にセンタリングが上がる。
けど、DFはガタイがいい事で評判の一年だ。171しかない俺より10cm以上高いし、感じるプレッシャーのせいか、質量は倍に思える。
どうする!?空中戦のセンスじゃ負ける気はしないが、まともにやれば当たり負ける…!
一瞬ためらう間に、もう一人カットが入る。
くそっ!

バスッ パシィ

半ばやけくそ気味に放ったヘディングは、当然のようにキーパーにキャッチされる。

ピピー!

あぁ、くそ……!





「……入間、伊奈、そして最後に…」
…頼む!
「新座。レギュラーは以上だ」

…………。





「ただいま…」
「おかえりー!お疲れ様、信也。……ご飯、どうする?疲れすぎて食べられないなら、おにぎりだけでもどう?」
「ん…。ごめん母さん」お祝いのご馳走、無駄にしちゃって。「今日はいいよ。シャワー浴びて寝る」
「そ…。うん。じゃあ、今日はゆっくり寝なさい」
「うん…」

ドサッ
疲れた…。
部屋に着くと、重力に引かれるままにベッドに倒れ込む。

「…ふっ、くくく…」
我ながら情けなくて笑えて来る。かたやインハイ記録大更新の超新星様、かたや中堅高のレギュラー未満、だぜ?
こんな格好悪いザマじゃ、いつまで経ってもあいつに『試合を見に来てくれ』なんて言えない。
「くくくっ…くぅぅ…う、うぅ…」
こんな事で泣くなんてありえねーだろ。それこそ、情けなさ過ぎて大笑いしちまう。


――――――――――






公園。そう、ここは小さな子供の頃、自由に遊びまわっていた頃、毎日来ていた公園だ。

「しんちゃーん!」
「くんなー!おれは、おとこなんだ!おんなとは、いっしょにいられないんだ!」

嘘だ。本当はいつでも一緒にいたい。いつまでも、一緒にいたい。
だってそうだろ?だから、あいつが着いて来れる速さで走ってる。

ほら、此処には誰もいない。ちょっとくらいは、素直になれるだろ?

「うぅー。でも、ふーは、しんちゃんといっしょにいたい!」

うん。俺もだよ。だから、頑張ったんだよ。
でも、ダメだった。

「ううー。だめったらだめだ!」
「なんで?」
「なんででもだ!」

何でだろうな?いつからだろう?ただ一緒にいたいだけなのに、理由を作らなきゃならなくなったのは…。

「どうしたら、ずっといっしょにいられるの?」

どうしたら、何も気にせず、ずっと一緒にいられるんだろう?

「うー…」

ほら、考えろよ、俺。俺に教えてくれよ。

「じゃ、じゃあ、おれとけっこんしろ!おれのおよめさんになれ!」
「そしたら、ふー、ずっといっしょいてもいい?」
「おう!」

うん。我ながらいい事考えたな。

「じゃあ、ふー、しんちゃんのおよめさんになるよ!……どうしたら、およめさんになれるの?」
「ちゅーしろ!」
「ちゅー?ぱぱにするみたいに?」

ったく。お前はいつもそれだったな。結構傷ついてたんだぞ?

「うぅー。ちがう!おれだけのちゅーにしろ!おれだけとの、やくそくのちゅーだ!」
「どーするの?」
「…ううー。…わかんねー!」

もう、お前のために何ができるのか、何をすればいいのかすら、わかんなくなって来たよ。情けねぇ…。

「ううぅー。わかんねー!う、う、うー…。うわーん!」

俺だって泣きたいよ。

「しんちゃん…。泣かないで?」

チュ!

「!」!

「えへへー。しんちゃんだいすきって、いっぱいおもって、ちゅーしたよ。これで、およめさんになれる?」

「「うん!絶対、お嫁さんにする!約束する!!」」





「………朝、か」

誰も見ていない、誰も知らない、俺たちだけの約束。
まったく、我ながらベタだな。

ほんと、笑っちまうよ。


――――――――――


レギュラー落ちしようが、寝覚めが悪かろうが、月曜なんだから学校に行かなくちゃならない。

ガタンゴトン

朝、電車の中。
ふたばは席に座ると、すぐに二度寝を始める。しかも、決まって俺の左肩を枕にして。

ふたばは、何にも考えてない幸せそうな顔でぐーすか寝てる。見ているとこっちも眠たくなって来る。
けど、そうは行かない。
3駅、4駅と過ぎる頃には、市街に向かうサラリーマンやOLで埋まって来る。
市街を過ぎたら、今度はウチの生徒が増えてくる。
もちろん、何かあるってわけじゃない。
でも、最近は物騒だし、ここまで油断している女の子を見たら、よからぬ事をたくらむ輩も出てくるかも知れない。

「ぐー…。しんちゃぁん…。むにゃ。だいすきー…」
ぶっ!な、何の夢を見てるんだこいつは!……まさか、昨日の俺と同じ夢を………。
いやいやいや!んなわけあるか!俺が忘れてたんだ、こいつが覚えてるわけねーよ!っつーか、俺は何イタイ事考えてるんだ!
あー、もう!
朝のこいつはほとんど寝てるから、余計な詮索をされずに助かったよ…。

何とか心の平静を取り戻し、ふと前を見ると、何人かの乗客がいつも以上にあきれた目で見ていた。
は…恥ずかしい…!
いつも思うが、これって羞恥プレイの一種じゃねーの?

……。

いや、まぁ、実はそんなに悪い気はしていない。
正直に言うと、優越感を感じてる部分だってある。あの(ってほど有名じゃないが)『陸上界のアイドル』がこんなに気を許しくれてるんだから。

しっかしこいつ、不思議に結構TVに出たがるんだよな。何でだろ?何度聞いても理由は教えてくれないし。
ま、こいつの事だから大した理由じゃないんだろうけど、さ。


プシュー ゾロゾロ プシュー  ガタンゴトン

市街を過ぎると、またしばらくは静かな空間がやって来る。

「………」
なんとなく、空いた右手でふたばの髪を1束分摘み、パラパラと落としてみる。
手触りがよくて、何回か繰り返してしまう。

学校での俺たちには、壁が多い。

『親衛隊』(本当は長い名前があるが、アホらしいから口にしたくない)。
ふたばが全国局に露出しだしてから発足した、まぁ、何というか、ファンクラブ?だ。
正確なメンバー数はわからない。一応の常識は持ってて、迷惑を掛けないよう、ローテーションで表に出てくる人数を絞っているようだ。
ただ、俺がふたばのクラスに行こうとすると校内放送で呼び出されたりと、やたら手の込んだ方法で邪魔されるから、結構いるんだと思う。
正直俺にとっては迷惑な連中だが、ふたばは『悪い人たちじゃないっスよ!』と許容しているようなので、学校では俺が距離を調整するようにした。

まぁ確かに俺も、悪い奴らじゃないとは思う。
なんせ、メンバーには生徒会役員や運動部・文化部の主力が名を連ねている(大丈夫か?この学校…ウチのレギュラーの顔も見たし…)。

さっき言ったように常識は持ってるから、駅より前の生活には踏み込んでこないし、
逆に悪質な追っかけやカメラ野郎は『処分』してくれている(怖いよ)。おかげで俺が助かった事もある。
それに、ふたばが学校の備品を破壊しそうになったときは、身を挺してそれを防いでくれてる。
いくらふたばが特待生とは言え、私立校の備品を度々破壊するのはまずいから、これもすごくありがたい。
まぁ、『備品の方を動かせよ!』ってときも多々あるんだが…、言うまい。

もちろん、異様さもある。
けど、そのおかげでふたばの滅茶苦茶さがカモフラージュされて、同情も含めて、クラスの女子とも一定の距離でやって行けているようだ。
やれやれ…、世の中何がどう影響するか、分からないもんだ。


「………」
なんとなく、ふたばの頬をちょっと摘んでみる。
「ふむー」
くくっ。変な顔。

『カントク』。
中体連で優勝したふたばの才能に惚れ込み、今は高校で指導してくれている人。
結構な実績が有り、本来なら埼玉で活動する人じゃなかったんだが、
丸井家のおじさん抜きでは3日間しか家を離れられないふたばのために、拠点をこっちに移し、学校を含めた環境も探してくれた。
私立高への入学についておじさんを熱心に説得したし、遠征試合だけじゃなくTV局に行く時の保護者役もやってくれてる。
間違いなく、ふたばを大切にしてくれてる。

でも同時に、陸上界も愛してるんだと思う。
だから、ふたばのこれからの活動に色々と不都合な俺に、厳しくあたってるんだろう。

いや、この人はまだ優しいほうか。
視察とかに来る、陸上連のえらいさんなんて、もっと露骨に俺を邪魔者として見てくるもんな。
『大事な広告塔に近づくな』ってか。
今は、ふたばのメンタルを考えて強くは言って来ないけど、この先どうかはわからない。

……だから、頑張って、ふさわしい男だって事…。


「………」
なんとなく、ふたばの鼻を摘んでみる。
「ふごー」
あはは。変な声。

しっかし、何だか昔とは逆だな。

緒方は、中学卒業時に真剣な告白を受け、俺も真摯な対応で断った。それからは、ストーカーがパッタリと止んだ。
加藤は、緒方と一緒に俺の前に現れなくなった。あいつは、何ていうかな?最初からいろいろ分かった上で動いてた気がする。
伊藤詩織は、そもそも中学が違ってたんだが、中1の終わり頃から全く見なくなった。
おそらく、向こうの中学でもっといい(自分のステータスになる)男子を見つけたんだろう。

その他の女の子達も、順次俺とは普通の距離を置くようになった。
あの頃のお祭り騒ぎはなんだったんだろう?ってくらいだ。

まぁ、それも分かる。
多少は綺麗な顔立ちなんだろうが、女顔は頼りないって感じる女子もいるだろうし、背や体格が特別いいわけじゃない。センスもだ。
サッカー部は準レギュラー止まり。
勉強は今の学校じゃギリギリ上の下、って所。
ったく、我ながら中途半端な男だ。

……。
一番中途半端なのは、俺の覚悟、か…。
あれだけ熱を入れていたレギュラー入りがダメになったばかりのくせに、ふたばが隣に来ると笑顔に戻っちまう。
自分が、ふたばの隣にいる事をあっさり許してしまう。


「すぴー」
おいおい、よだれが出てるぞ?ったく、ハンカチ、ハンカチっと。

いや、諦めちゃだめだ。また出来る事から頑張るんだ。
練習試合や紅白戦で力を示すチャンスはある。冬にはレギュラー入れ替えの可能性だって。
そうだ。やれる事はまだいくらでもあるはずだ。

うん。頑張れよ、俺!


ガタンゴトン

「ふたば、そろそろ起きろよ」
「ふぇー?着いたっスかぁー?」

学校が近づいてくる。ふたばが手足の裾を確認し、ジッパーを上げ直す。
5歩離れて距離を調整しておく。
この一年足らず、毎日続けてきた光景。


きっと、これからも毎日続く光景―――


「「「……オハヨー…。ふたばちゃん…」」」
あれ?こいつら、何だか元気が無いな?

「ど、どうしたっスか?みんな、元気無いっスよ?風邪っスか?」
「う、うおおおー!ふたばちゃんが俺を心配してくれたー!」ダダダッ
俺もお前らの頭が心配だよ。余計なお世話なんだろうけど。

「あ、あのさ、ふたばちゃん。コレ、やっぱり君なの?」
そう言って、一人がスポーツ新聞を差し出してくる。俺もちょっと近づいて、後ろから覗いてみる。

どれどれ……っ!?

[クールな若手Jリーガーが見せた笑顔!シンミツな彼女は陸上界のアイドル!?]
そこには、顔を近づけて楽しそうに笑いあう、一組の男女が写されていた。

「マホウツカイのお兄さん!?」
ふたばが、びっくりした声を上げる。

そのとき、俺は、ふたばの表情を確認する事がどうしても出来なかった。


――――――――――


月曜の夜は、毎週恒例になってる二人の勉強会だ。

「………」
「……う~ん…かそくどがあってー…」カリカリ

でも今日は、俺の方はまるで手につかない。俺とふたばの会話も無い。
いつもなら、穏やかな空気の中、ちょっとしたおしゃべりもしながら、結構楽しくやってるんだけど…。


今朝見たスポーツ新聞。
そこに載っていたのは談笑しているふたばと、Jリーガーの富士見選手の写真だった。

富士見 明人。19歳。
ドイツ系クォーター。
16歳までをドイツで過ごし、日本に帰ってきてからは高校サッカー界で大活躍。
卒業後すぐに東京のチームと契約し、去年は新人王に選ばれた。
サッカーやってる奴なら誰でも憧れる、スター選手だ。

「………」
「……じゅうりょくで割ると~…?」

いや、それだけじゃない。
容姿も優れていて、女性ファンもかなり多い。既に何本かCMに出ているし、ファッション誌に取り上げられた事もある。
性格だって硬派で真面目。浮ついた話は聞かない。でも、TVで見る物腰は優しい。
…少なくとも露出している画では、穏やかに微笑む人だから、あんなふうに楽しそうに笑う写真が、ちょっと意味深に取り上げられたんだろう。

ま、つまるところ正真正銘の『イケメン様』ってわけだ。
やれやれ、いるもんだね。何でも揃ってる『天才』ってのは。

…いや、俺のすぐ隣にもいたか。

「………」
「……ああう~」プシュ-

ぷっ。
「あははっ!」前言撤回。こいつは足りないもの多すぎ。
「あ、あははー…。しんちゃん、教えて?」
ふたばが上目づかいで聞いてくる。単純なのは俺も一緒か。
「はいはい。どれどれ?」
まったく、相変わらず汚い字だな。こんなの、お前と俺以外は読めねーぞ?
「…ふたば、まずは単位を合わせるよう考えろって言ってるだろ?」
「うーん?途中までは出来てたんスけどー」
なんとなく、いつもの空気が戻ってきたな。


「……ねぇ、しんちゃん?」カリカリ
「ん?」
「今朝の写真の事っスけど」カリカリ
「……うん」
「たぶん、この間のTV局で撮られたんだと思うっス。休憩時間に、サッカーについて教えてもらってたんス」カリカリ
「……ふーん。なんで、『マホウツカイ』なんだ?」
ふたばが手を止めて、こっちに向き直る。
「あのね、休憩中にサッカーのボールで、しんちゃんみたいにポンポンってやってたの」
リフティングの事か。
「『すごい!』って言ったら、次はボールを背中に回したり、足でグルグルやったりしてくれたの。
それで、面白そうだったから、ボールを借りて小生もやってみたんス」

俺とずっと一緒に遊んで来たからか、ふたばもかなりリフティングが上手い。
どころか、俺が練習してやっと出来るようになった動きも、こいつは見ただけですぐ真似が出来てしまう。
その度、俺はこいつの底無しのセンスを思い知らされて来た。
……。いや、今はその事はどうでもいい。

「そしたらおにーさんがすごくおどろいて、『ちょっと勝負してみようか?』って、おにーさんからボールを奪えるか勝負する事になったんス。
それで小生、頑張ったんスけど、全然ボールに触れなかったっス。おにーさんは笑いながら、一歩も動いてないのに、だよ?
目では追えるんスけど、足を出したときにはまるでマホウみたいにボールが消えてたっス。
だからまるで、『マホウツカイ』みたいですね、って」
…さすがだな。そこまでの芸当、とてもじゃないが俺には無理だ。
「それでね、その動きを教えてもらったら、しんちゃんのお役に立てないかと思って教えてもらってたんス」
「そっか」
「ごめんね?しんちゃん」
「何でお前が謝るんだよ?それに、俺のためを思って技を教えてもらってくれたんだろ?俺がお礼を言わなきゃいけないくらいだよ。
それで、出来るようになったのか?その動き」
「無理だった」
「ダメじゃん。ははっ」ゾッとするね。ふたばにも真似できない動き、世界、か。


「………」
「……続き、やるね?えーっと、これをだいにゅーして………」カリカリ
またちょっと、空気が重くなってしまった。
くそっ、何やってんだよ俺は。格好悪ぃ。ふたばは俺のためを思ってやってくれたんだって、さっき自分で言ったばかりじゃないか。
子供みたいな嫉妬をしてさ。佐藤信也はそんなつまんねー男じゃないだろ?

「…よしっ!出来たーっ!!ありがとう、しんちゃん!」笑顔。まぶしい。まるで、

「……なぁ、ふたば?」
「ん?」
「何でそんなに真面目に勉強するようになったんだ?
あ、いや。そういう意味じゃなくて、さ。
中学から段々と居眠りが減って来たし、高校からは宿題もきちんとするようになったじゃんか。
そんなふうに昔よりもすごく真面目に頑張るようになったのは、なんでかな?って。
特に高校じゃ授業だって、その…、面白くないのもあるだろうし」

私立のウチにとって、ふたばは『客寄せ要員』だ。
今年の入学パンフには、練習姿のバストアップなんてあざとい写真を使いやがった。
だから、こいつが赤点を取ろうが何しようが気にしない。教師によっては露骨に指導の手を抜いている奴までいる。
そりゃ、学費免除、交通費支給、常時ジャージ着用、なんて特権も享受してるさ。
でもさ、学校ってそういう所じゃないだろ?

でも、こいつは腐らず真面目に勉強して、なんとか着いて来てる。こないだの1学期中間だって、理系科目はそこそこの点数を取ってた。
ウチのレベルは高い方だから、大したもんだと思う。
正直、昔のこいつからは考えられないくらい真面目に勉強に打ち込んでる。この勉強会だって、元々ふたばが提案してきたものだ。
気になってはいたけど、良い事には違いないし、これまではなんとなく理由を聞いた事が無かった。
だけど、今日はいつもと空気が違ったせいかな?ふと、口に出てしまった。

「昔、矢部っちがね」
「矢部っちが?」
意外なところで、その名前が出てきたな。
そういや、俺は一年くらい会ってないや。三女から、ふたばや千葉を経由して間接的に近況を聞いてるせいで、縁遠くなった気はしないけど。
「うん。矢部っちが6年生のときに教えてくれたんス。勉強をするのはとっても大切な事なんだ、って」

……矢部っちは、いつも熱心にふたばに勉強を教えてくれてたな。
5年生までの先生は、あきれて真面目に相手にしないか、最初は熱心でも途中で諦めてなぁなぁになっていく人ばかりだったのに…。

「矢部っちはこう教えてくれたっス――…

『たくさん勉強すると、世の中の事がはっきり分かるようになる。
そしたら人生がもっと楽しくなるし、誰かを助ける事もできる。
ふたばちゃんは跳び箱や鉄棒が誰よりも上手だけれど、どうして上手く出来るのか?どう動いているから上手く出来るのか?って、考えた事あるかな?
勉強すればそれが分かるようになって、動きを工夫してもっと上手になる事ができるし、ひとはちゃんにちゃんと教えられるようにもなる。
もちろん、すぐには分かるようにならない。今やっている勉強がどう役に立つの?って思うかもしれない。
でもね、こうやって頑張ってる算数や国語は、必ずそれを分かるための材料になる。
ふたばちゃんは運動がすごく得意だ。とってもすごい才能を持ってる。僕は天才だって思ってるよ。
だからさ、その才能をもっと上手に、自分や誰かのために役立てられたなら、とっても素敵な事だと思わない?』

…――って」

矢部っち…。

「矢部っちのお話はむずかしかったけど、なんとなく分かったっス。
高校生になって、カントクに走り方を教えてもらうようになってからは、もっと。
小生、いつもひとはや、しんちゃんや、みんなにめーわくを掛けてるっス。
だからね、小生の得意な事でみんなにお返しできたらなって。矢部っちやカントクみたいに、誰かに何かを教えてあげられたらいいなって。
そう思って、勉強もいっしょーけんめー頑張る事にしたんっス!!」


「ふたば」
「うん?」
「ありがとう」いつも、俺たちのために頑張ってくれて。



ありがとうございます、矢部先生。