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==========


しんちゃん大好きっ!!!


「それでね?じゅーしんが前に来るから、短い距離だけどすっごく速く走れるんス」

お月様のきれいな帰り道。しんちゃんに送ってもらいながら、ゆっくりお話できる静かな時間。
大好きな人との、大切な時間。

「なるほどな。俺もフォームを意識してみるか。うん、役に立ったよ。ありがとう、ふたば」
「ほんと?」
「ほんと、ほんと」
「わーい!やったーー!!」
しんちゃんに上手に伝えられた!

動き、イメージへ、そしてカタチに。そっか、『ぶつり』ってこう使うんだ。
ほとんどカントクの言ったままだけど、やっぱり自分でしっかり分かってないと説明出来なかったと思う。
しんちゃんの助けになれるのは嬉しい。だから嫌いな勉強だって頑張れる!

それを教えてくれた矢部っちは、やっぱりすっごい先生っス!ひとはたちがあんなに大好きになるのもよく分かる!
そしてしんちゃんも矢部っちの事が好き…ううん、きっと『そんけー』してるんだ。あの、優しさを。
今日だって、矢部っちの話をしてからはいつものしんちゃんに戻ってくれたし、その後も『矢部先生は最近どうしてる?』って色々聞いてきた。

そんなふうにみんなが好きになって、みんなを素敵に変えて、みんなをつなげてくれる矢部っちが、きっともうすぐ『お兄さん』になる。
とっても楽しみ!





「たっだいまー!!みっちゃーん!今日の晩ごはんは何っスかー!?」

今朝、ひとはは『先生の所に寄って来るから』ってこっそり言ってた。
そしたらみっちゃん、アルバイトがお休みの日だから、
『ま、今日はたまたま新しい料理に挑戦してみたかったの。たまたまだからね!勘違いしないでよね!!』、だって。
やっぱりみっちゃんは優しいっス!

「ただいまー……あれ?ひと?」
「うん。お帰り。
みっちゃんはアルバイトに行ったよ。急にお休みの人が出たから助けて、ってお店にお願いされたみたい。
それで、予定を変えて早めに帰ってきたの」
ひとはがおなべに向いたまま、背中越しに教えてくれる。

「そ、そうっスか…」

『大好きな人との、大切な時間』。
さっきまでの嬉しさの分だけ、申し訳なさでムネがいっぱいになる。

「しんちゃんとの、べんきょうかいは、たのしかった?」
ひとはが初めてこっちを向いた。

その目は、真っ暗で、ドロドロしていて、見ていると何もかもを引きずり込まれそうで……。

「ごっ、ごめんっス!ひと!許してほしいっス!!」
あわてて頭を下げる。あぁ、小生は何てバカなんだろう!!まるで成長していない……!

「?どうして謝るの?あんまり勉強進まなかったの?」
「え?ああ…えっと…」

少し顔を上げて、もう一度ひとはの目を見ると、いつも通りの、星空みたいにきれいな夜色に戻っていた。
……?気のせい?
ううん。でも、小生のしてしまった事は変わらない。
「あ、あのね、勉強はたくさん出来たよ!でも、せっかくひとはが矢部っちの所に……。ごめん」

ふっ、とひとはが柔らかい笑顔になって言う。
お願い、やめて。

「いいんだよ、ふたば」

~~っつ!!!

「先生の所には、またいつでも行けるよ。
それに、私は料理が好きなんだし、みんなが美味しいって言ってくれれば、それで幸せだよ」
「あ、う、うん!いつもありがとう、ひと!そうだ!お皿運んでおくっスね!!」
少しでもできる事はしなくちゃ。



―――いいんだよ、ふたば。気にせず楽しんできて。私は今日の内に、お掃除もしておきたいし。
―――いいんだよ、ふたば。ふたばにふさわしいシューズが買えたんだから。私も貯金してきた甲斐があったよ。
―――いいんだよ、ふたば。私は進学校なんか行かなくても。勉強なんてどこでも出来るんだから。それに、家から近い方が都合がいいよ。


―――いいんだよ。だって、私たちは――



小生は、まるで成長していない……。


――――――――――


~~っ!どうだ!?

「――秒6!」
カントクの声が響く。

「やったーーっ!!」

記録こうしーん!!

「やったね!ふたばちゃん!」
「ありがとーっス、ブチョー!」
「いや~、すごいわ~。
こうもたびたび高校記録塗り替えに立ち会えるなんて、去年までは思ってもなかった!ふたばちゃん、偉い!!」
「えっへへぇ~!」
立ち会ってくれていたブチョーも一緒に喜んで、なでなでしてくれる。えへへ。
これもしんちゃんのおかげだ。
昨日、しんちゃんにフォームの説明をしていて気になったところを直したら、思った通り速くなった!

「……丸井」
「は~いっス!」
カントクも褒めてくれるのかな?

「お前は全力を出して走ってるか?」
「?も、もちろんっス!」
「丸井、俺の目を見ろ。
もう一度聞く。お前は全力を出して走っているか?」

言われた通り、カントクの目をしっかりと見る。カントクの目に映る小生と向き合う。

「小生は常に全力で生きてるんス」
小生、手を抜くのは嫌いっス!
それにそんな事してたら、しんちゃんに置いて行かれちゃう…ううん、しんちゃんを待たせてめーわく掛けちゃう!
「だから本当に、今の小生の全力で走ったっス!」

「……そう、か。
いや、よくやった。今日はもう上がれ。
よしっ!次!」
「はい…っス。お疲れ様でしたっス…」


ぽつん。と、グラウンドに立つ。
風が汗に濡れた身体に気持ち良い。

でも、左だけ結った髪が、揺れる。わしゃわしゃする。

今の髪形。
中学の終わりからずっと続けて来た。学校でも、部活でも、家でも、しんちゃんと遊ぶときも。
とっても疲れたときだけは『昔』に戻っていたけれど、でもほとんどずっと続けて来た。
だから、もう慣れた髪形。
『みんな』に可愛いって言ってもらえる、今の髪形。

わしゃわしゃ。でも、もう慣れた。





「それじゃブチョー、お疲れ様っス!!」
「はーい!ふたばちゃんも気を付けて帰ってねー!最近、学校近くに怪しい人が出るって噂だしさー!」

今日も一日頑張ったっス!
でも、最後にシューズのしきゅーしんせーしょを書くのに手間取って、ちょっと遅くなっちゃった。

カントクの作ってくれたマホウのシューズはすごい。
足が全然締め付けられないし、地面にしっかり引っかかるから裸足のときより速く走れる。
子供のときは、こんな靴があるなんて思ったことも無かった。
だけど、新しいのをもらうためには書類を書かなきゃいけないのが面倒だ。
部のみんなは『代わりに書いてあげようか?』って言ってくれるけど、小生の事なんだから、小生がやらなくちゃ。

おっと!それはとにかく、今は急がないと電車に乗り遅れちゃう!

プァプァー!

今こそいんたーはい優勝の力を見せるとき!って思って駆け出そうとしたら、突然クラクションが鳴った。
??
目の前に、全然知らない白い車が停まってる。何だろ?小生を呼んだみたいだったけど…?

「ああ、ごめんごめん。びっくりさせちゃったね」
「マホウツカイのおにーさん!?あっ、じゃなくて…」

車から出てきたのは、この間TV局で会った…新聞に小生との写真が載った、おにーさんだった。
確か、昨日、送ってもらうときにしんちゃんから聞いた名前は…、

「えーっと、ふさみやせんしゅ、ですよね?」

ピキッ

おにーさんの動きが止まった。あれ?間違っちゃった?

「…い、いや、そうだね…。君にとっては、まだその程度だって事だね。
うん。いや、まぁ、マホウツカイ…マホウさん、でいいよ。君らしい呼び方で呼んでくれた方が僕も嬉しいし、さ」
おにーさんが優しく笑う。じゃあ、マホウさんにしよう。
「マホウさん、どうしてここに?」
「うん。その…、新聞の事で、ね」
「新聞…ああ、小生たちが一緒に写ったのですか?」
「やっぱり君も見たんだね…」

「すみません、丸井さん!僕のせいであなたにご迷惑をお掛けしました!」
マホウさんが突然、小生に頭を下げた。わわっ!
「ど、どうしたんスか!?マホウさんに謝ってもらう事なんて何にも無いっスですよ!?」

顔を上げたマホウさんが、もう一度優しく笑う。
ちょっとだけ、しんちゃんに似てる、かな?

「ありがとう。優しい君ならそう言ってくれるって思っていたよ。でも、僕が迷惑を掛けた事には変わらない。
すみません、丸井さん。僕が無警戒に君に近づいたせいで、変な新聞に、誤解された形で載ってしまって」
またマホウさんが頭を下げてきた。
「あわわ!そんな事言われても困っちゃうっス!小生、全然気にしてないから、そんなに謝らないで欲しいです!」
「本当に、許してくれるかな?」
「はい!本当に何にも気にしてないです!」
「あぁ、良かった…。あんなふうに載ったから、君の好きな男の子の、確か…」
「しんちゃん!」
「そう、そのしんちゃんとケンカになっちゃったんじゃないかって、心配してたんだ」
「大丈夫っス!!しんちゃんはすっごく優しいんス!だからきっと、しんちゃんも全然気にしてないっス!!」

しんちゃんとの事を心配してくれたんだ。…なんでだろう?ケンカって新聞に載ったらしちゃうものなのかな?
でも、本気で心配してくれている顔だ。それに、こんな遅くまで待っていてくれた。
うん。やっぱり、しんちゃんに似ている人に悪い人はいない。『キモチワルイカンジ』もしないし。

プシュー ガタンゴトン ガー

「って、あ~っ!電車がーっ!!」
次の帰りの電車は40分くらいあるのに~。

「ああっ、ごめん!僕が引き止めちゃったばっかりに!
……あの、そうだ、うん。その、よければ僕の車で送るよ?いや、ぜひ送らせて下さい!丸井さん!」
「ええっ!?そこまでしてもらうのは悪いっス!家は結構遠いっスよ?」
「でもせっかく君に謝りに来たのに、そのせいで更に迷惑を掛けてしまうなんてこっちこそ本当に悪いよ。
お願いします。送らせて下さい」
またまた、マホウさんが頭を下げてくる。
「あっ、もちろん変な気は無くて、純粋に君にお詫びしたいからであって…。
ああっと、でも、丸井さんに魅力が無いってわけじゃないんだよ!むしろ、これまで出会ったどんな女性よりも魅力的で…。
うわぁっ、違う違う!
なんだか滅茶苦茶だな…。うーん、こんな風に女性をお誘いしたのなんて初めてで…。
だから違う!お誘いってわけじゃないんです!本当に、君のお役に立ちたいんです!」
今度はわたわたし始めた。

うーん。何だかこっちが申し訳なくなってきたっス…。それになんだか…、
「あははっ。矢部っちみたいっス」

「?やべっち?それも、君の好きな人かい?」
あっ、口に出ちゃってた。
「ううん、違うっス。えっと、もちろん小生も好きな人っスけど、別の…もうふたりの小生が、大好きになった人っス」
「???」
「うん。『矢部っちの親切』は、受けないとしつれーにあたるっス!
それに遅くなるとパパたちに心配掛けちゃう。マホウさん、申し訳ないっスけど家まで送ってって欲しいっス!」
「うん。任せてください。…丸井さん、ありがとう」
「それと、小生の事はふたばでいいっス!友達にはそう呼んでもらってるっス!」
「友達…。うん。本当に、ありがとう」

マホウさんがまぶしそうに目を細める。??とっくに真っ暗っスよ?

「?どうしたっスか?」
「あっ、いや!何でもないよ!それじゃ、助手席に乗ってもらえるかな?」
「了解っス!」

マホウさんに言われて、車のドアに手をかけ―――っつ!!?

バッ!

「………??気のせい、かなぁ?」
「どうしたの?急に、何も無いところへ振り返って」
「『キモチワルイカンジ』が……?うーん…??」
「?誰もいないみたいだけど?」
「…うん。ごめんなさいっス。小生の気のせいだったみたいっス。それじゃ、家までおねがいしまーーす!」
「はいはい。かしこまりました、お嬢様。
シートベルトはしっかり閉めてね?運転には自信があるけど、もしもふたばちゃんに何かあったら、世界の損失だよ」
「はーいっス!あっ、そうそう。後、家に着いたらサインをお願いしてもいいっスか?
しんちゃんがマホウさんのファンみたいだったから、きっと喜んでくれるっス!」
「……うん。いいよ。ふたばちゃんは、本当にその子の事が好きなんだね」
「大好きっス!!」


――――――――――


「ふぁ~~っ。おふぁよう…ひんちゃん…」
「…おはよ」
「ん~~?……どうしたん、スか?」

次の朝、いつもの通り迎えに来てくれたしんちゃんだけど、なんだかイライラした顔だ。
いつもなら、おはようって言ってくれながら小生のシューズの紐を結んでくれるのに…。

「ふたば。もう高校2年生なんだ。そろそろ靴紐くらい自分で結べよ」
「あっ…。う、うん。そうっスね。ごめんね?しんちゃん」
何だか怒って、る…?





駅までの道も手を引いてくれないし、ずっと無言だ。ううん、それだけじゃない。今日は一度も目を合わせてくれない…。
小生、何か怒らせちゃう事しちゃったのかな?

「ねぇ、しんちゃん?なんで怒ってるんスか?小生、何かしちゃったっスか?」

「………」

「もしかして先週の火曜日、しんちゃんの飲みかけのジュースを勝手に飲んじゃった事っスか?申し訳ないっス!
新製品だったから味が気になったんス!
それとも木曜日に、学食でお昼を全部あーんして食べさせてもらった事?
あの日は4時間目が苦手な英語で、授業中は頑張って起きてたんスけど、代わりにお昼にすっごく眠たくなっちゃったんス…。
あっ、そうだ!金曜日にお昼の放送に呼ばれて、放送部の人と話してるとき『しんちゃん大好き』って大声で言っちゃった事っスね!?
あれは本当に申し訳なかったっス!学校ではなるべく『佐藤君』て呼べって言われてたのに!小生、いっつも忘れちゃうっス…」

「………」

「違う、っスか……」

………え~っと。

「あっ、そうだ!昨日ね、この前のふえのやませんしゅにサインをもらったんス!しんちゃんにあげようと思ってたけど、眠くて忘れちゃってたっス!
しんちゃん、ファンだって言ってたよね?せっかくだから色紙だけじゃなくって、お皿とかコップにも書いてもらったよ!
ぜ~んぶしんちゃんにあげる!」

「~っ!!その、富士見選手の事だよ!」

「ふえっ?やっぱり、動物パンツにサインしてもらった方が良かった?小生もそう思ったんスけど、みっちゃんがすっごく怒っちゃって…」
「違う。お前、昨日の夜、富士見選手の車に乗って帰っただろ?」

やっとこっちを向いてくれたと思ったら、しんちゃんが見た事の無い顔をしてた。
怒ってる…。そうだ、これが本気で怒ってるしんちゃんの顔なんだ……!

「ああ、あ…うん。そうっスよ?しんちゃんも近くに居たんなら、一緒に乗って帰れば良かったのに…」
「なんでそんな事したんだ?」
「えっと、こないだの写真の事を謝りに来たマホウさんと話してるうちに、電車が行っちゃって…。
それで、マホウさんがごめんなさいの代わりに乗せて帰ってくれるって…」
「お前、なんでいっつも考え無しなんだよ!あんなふうに富士見選手に近づいたら、また変な写真とか撮られて、今度は恋人にされちまうぞ!?」
「うぅ~。ご、ごめんなさいっス……」
「お前はいつもそうだよ!口ばっかりで、全然反省してない!何度もおんなじ迷惑を掛ける!いい加減にしろよ!!」
「…ごめんっス…しんちゃん……。…ぐすっ。うぅ…ひっく…」


「うぇ~~ん!!」


「………。ごめん。言い過ぎた」
しんちゃんが、ハンカチで涙を拭ってくれる。

しんちゃんの言う通りだ。小生は、いつまで経ってもしんちゃんや、ひとはや、みっちゃんや、みんなにめーわくを掛けてる。
高校生になって、ちょっとは一人で頑張れるようになったと思ってた。

でも、ダメだったんだ。

やっぱり、小生はまるで成長していない……。

「う、うぅぅ…。ひっく…。うえぇぇ…」
「あぁ・・・ごめんな、ふたば。本当にごめん…」

ああ、うぅ、う…なみだ、が、止まら、ない…。
小生、頑張ってきた、つもり、だったけど……。何にも、出来て…なかった…。うえぇっ……。

「ふたば…。泣かないで?」

ギュッ

「あっ!?」
「ごめんな、ふたば。違うんだ。
お前はいつも頑張ってる。そうだよ。知ってるんだ。お前がいつも俺のために頑張ってくれてる事を。
走り方を教えてくれて、ありがとう。一生懸命勉強してくれて、ありがとう。知らない人にまでサッカーの技を聞いてくれて、ありがとう」

しんちゃんが小生を抱きしめて、優しく伝えてくれる。


―――あったかくて、気持ちいい…。


しんちゃんはすごい。
さっきまであんなに苦しくて、あんなに痛かったのに、しんちゃんが抱きしめてくれたら全部どこかへ行っちゃった。

あぁ、そうだ。此処に居れば、辛い事も、嫌な事も、怖い事も知らずに、ずっと自由に遊んでられる―――


「そうだよ。悪いのは富士見選手だ。何を考えてるか知らないけど、なんにも分かってないふたばに近づいて……!」


―――!!


「違うよ、しんちゃん…」
「うん?」

そうじゃないんだよ、しんちゃん。

「違う。マホウさんは悪くないよ」
「……………………………!?」

しんちゃんの身体がビクッて震えて、小生を抱く腕にいっそうの力がこもる。
気持ちいい。このまま全部を預けてしまえれば、どんなに楽だろう。

でも、言わなくちゃいけない。

「マホウさんは、心からの親切で、家まで送ってくれたっス。
しんちゃん、それを悪く言わないで?」
「何だよ…。なんで、そんな事言うんだよ……!?悪いのはあいつだろ!?」

「違うっス!」

グイッ

しんちゃんの肩を掴み、身体を離す。
居たい、痛い、イタイ。独り立つ事の恐ろしさに、足が震え、心が軋む。

でも、我慢しなくちゃいけない。
ここでそれを許したら、しんちゃんを大好きでいられなくなる。しんちゃんを大好きでいる小生を許せなくなる!

「マホウさんは、本当に親切で送ってくれたっス。小生、マホウさんにすごく感謝してる。パパだってお礼を言ってくれた!
だから、そんなふうに悪く言っちゃダメっス!」
「なっ!?そんなの分かんねーだろ!お前が無用心で、考え無しの子供だから分からないだけなんだよ!
あんな簡単に、知らない男の誘いにホイホイ乗って!どこか危ない所へ連れて行かれたかも知れなかったんだぞ!!」
「それくらい分かってるっス!女の人を騙して、ホテルとかそういう所へ連れて行って、ムリヤリ…って悪い男の人がいる事も知ってる!
小生だってもう小さな女の子じゃない!!ちゃんと分かってるっス!
でも、あのときのマホウさんからは『キモチワルイカンジ』はしなかった!あれは心から小生の事を想ってくれての親切だった!!」

あれは『矢部っちの親切』だった。小生が好きになった、小生たちが大好きになった、誰かの幸せを願う、あの優しい心とおんなじだった!
それを悪く言う事だけは例えしんちゃんでも許せない!許しちゃいけない!!

「だからマホウさんは全然悪くないっス!そうだよしんちゃん!昨日の事は誰も悪くなかった!!
なんでしんちゃんが怒るのか全然分かんないっス!!!
それに昨日、車に乗るとき感じた『キモチワルイカンジ』…、あれはしんちゃんだったんスね!?
あんなふうに見るなんて、ゲンメツっス!!!」
「何だよ!?キモチワルイとか何とか、わけ分かんねー事言って!!
ああ分かったよ!もういい!勝手にしろ!!これからは学校も別々に行く!!
せっかくお前のためを思って迎えに来てやってたのに!もう勝手に行け!どうせお前一人じゃ毎日遅刻だよ!バカ!!」

「バカって言う方がバカなんス!!
いいっスよ!学校くらい一人で行けるもん!!もうしんちゃんなんて知らない!バイバイ!!」

デデデデ クルッ

「べーっだ!!」

デデデデ

しんちゃんのおたんこナス!!!


――――――――――


シュル...シュル...

部活前の着替え。小生はいつものように、椅子に座って、優しいブチョーにサラシを巻いてもらう。
いつもなら、今日一日の事をお話して褒めてもらったり、一緒に笑ったりできる楽しい時間だ。

でも、昨日からずっと、何をしても楽しくなれない。

「ふたばちゃん、このくらいのきつさで大丈夫?胸、苦しくない?」
「……サラシは全然きつくないっス…」

でも、昨日からずっと、胸が苦しい。

原因は分かってる。昨日の朝、しんちゃんと………?なんて言うんだろう…?けん、か…?
そうだ。小生たちは『ケンカ』をしたんだ。きっとこれが『ケンカする』って事なんだ…!

今日の朝、しんちゃんは高校生になってから初めて、迎えに来てくれなかった。
昨日はたくさんムカムカしてたから気づかなかったけど、独りで乗る電車はとっても心細くて、寒かった。
それでも結局うとうとしてしまって、学校の駅を寝過ごしそうになったところを、いつの間にか目の前に居たしんちゃんに起こしてもらった。
うぅ…、情けないっス…。

でも、そのときもしんちゃんは無言で、小生が起きたらすぐに一人で行っちゃった…。

「よっし、完成!」
「…いつもありがとうっス…。ブチョー…」
「いーの、いーの。そんなの気にしなくって。
いつも言ってるでしょ?アタシ達の方こそ、ふたばちゃんにお礼を言わなきゃいけないくらいだって。
ふたばちゃんのおかげで部費は多めにまわしてもらえるし、監督だって本当ならウチに来てくれるようなレベルの人じゃないんだから。
それにね、素直で可愛いふたばちゃんのためなら、何だって協力してあげたいって思っちゃう。
3年生の間じゃ、いつも『持って帰って妹にしたい』って話してるんだよ」

ブチョーは優しい。きれいで頭も良い。小生より背もおっぱいも小さいけど、ずっとずっと大人っぽくて、陸上部のみんなから頼りにされてる。
小生の憧れの人だ。

「…ありがとうございますっス…」
「……佐藤君とケンカ、した?」
「なっ!なんで分かるんスか!?」
「分かるよ。だってふたばちゃん、昨日から全然笑顔を見せてくれないから。
いつもなら『しんちゃんが』、『しんちゃんと』ってお話ししながら、みんなを照らしてくれるのに。
だからね、ふたばちゃんに笑顔をくれる、佐藤君と何かあったんじゃないかな?って」
「……小生…」
「まーちょっと、おねいさんに聞かせなさい」
ブチョー…。うん。ブチョーならきっと、どうすればいいのか教えてくれる…!



「―――って事があったんス。
落ち着いたら、しんちゃんは小生の事を心配してくれたんだって分かったっス。今朝だって電車で起こしてくれたっス。
やっぱりしんちゃんは優しいしんちゃんっス。
だから余計に、なんであのときあんなに怒って、なんでマホウさんを悪く言ったのか分かんないんス。
小生、しんちゃんと仲直りしたいっス。
でも、なんでケンカになったのか分かんないから、どうすればいいかも分かんないんっス…」

そうだ。しんちゃんがあんな事を言ったのには、何か理由があるはずだ。それが分かればきっと仲直り出来る。

……本当に、それで仲直り出来るのかな?
そもそもケンカが初めてだから、一体何をどうすればいいのかさっぱりっス…。
うぅ~、頭がグルグルして来た…。
あぁ、わしゃわしゃは考えてるときも邪魔するっス…。

「んー…、そうねぇ…。ねぇ、ふたばちゃん。佐藤君のどんなところが好き?」
「すっごく優しいところ!!」
「は、早い…。しかも全く迷い無く言い切った…。え、えーっと、他には?思いつくの全部教えてよ」

「頭が良くって、いつも小生に勉強を教えてくれるっス!運動も上手で、サッカーをしてるときはすっごく格好いい!
小生もそんなふうに格好よくなりたいって、何かを全力で頑張りたいって思ったから、陸上を見つけられたんス!
TVに出るのだって本当はすごく怖いけど、しんちゃんが頑張ってる姿を見ると勇気がわいてきて、小生も頑張れるっス!
それに、すっごく頼りになるんっス!!
朝はぼーっとしてる小生をしっかり学校に連れて来てくれるし、しんちゃんの隣はあったかくて安心できるっス!
初めて遊びに行った場所でも、しんちゃんは何でも知ってるっス!
他にも、すっごくきれいな髪留めをプレゼントしてくれた…ううん、それだけじゃないっス!
しんちゃんは小さい頃からずっと、小生の欲しいものを何でもプレゼントしてくれたっス!
喉が渇いたらジュースを分けてくれたし、お腹が減って動けないときにはおやつを全部くれた事もあった!
バドミントンや野球がしてみたいって言ったらどこからか道具を持って来てくれたし、それに、そう、一緒に遊ぶ友達も!
しんちゃんのおかげで、千葉氏たちともすぐに仲良くなれたっス!
うん。しんちゃんはすごい。しんちゃんと一緒なら何にも怖くないっス!
そうっス!ブチョーの言うとおりっス!
しんちゃんはいつだって小生に笑顔をくれるっス!!
だから小生、しんちゃんの事が大!大!!大好きっス!!!」



「あれ?ブチョー?大丈夫っスか?」

振り返ると、ブチョーが壁に手をついてうつむいていた。急にアノ日が来ちゃったのかな?

「……いや、ダイジョウブ……じゃない。けど、まぁなんとか…。
まさか、ここまで淀みなくたたみかけられるとは…。迂闊だった……。
ま…まぁ、よく分かったよ。明日はそれを佐藤君に言ってあげて?そうすれば、きっと仲直り出来るよ」
「それだけでいいんスか?」
「うん。それで十分。
……ま、本当は答えを言っちゃうのは良く無いんだけど。
佐藤君はね、ふたばちゃんに自分より好きな人ができたんじゃないか?って、不安になっちゃったの。
自分よりサッカーが上手で、格好よくて、優しくて、お金持ちの男の人にふたばちゃんが取られちゃう、って心配になったの」
「そんな事ぜったい無い!!しんちゃんより格好いい人なんていないっス!それに、しんちゃんは誰よりも小生に優しいっス!!」
そう。小生にとってはもう、とっくの昔にそうなっている。

しんちゃんが一番大好き。誰よりも!パパよりも!!

……だから、しんちゃんがそんなふうに不安になってるなんて、思いもしなかったっス…。
少女マンガとか、エッチな…じゃなくて、昔、川原で拾ったマンガとかにはそんな話があったけど、
小生はマンガの女の子みたいに、他の男の子を好きになるなんて事、一度も無かったのに…。

「そうだね。私もそう思ってる。
きっと、二人を知っている人はみんな。
だってふたばちゃんはいつも、佐藤君が大好きって想いを全身で伝えてるから。
でもね?『想い』ってときどき上手く伝わらない事があるの。
だからどんなに仲が良くても、こんなふうにケンカしちゃう事もあるんだ。
だから明日は、いつもと違う伝え方を試してみて?そしたら今度はきっと上手くいくから。
「いつもと違う、伝え方……」
小生の伝え方じゃ、上手く伝わらない……。

「でも良かったよ。二人はケンカ出来るんだって分かって」
「良かった?ケンカするのが?」
こんなに苦しくて、こんなに痛いのに?

「うん。ケンカするのは、相手の事を対等なパートナーとして想っているからだよ。
相手を小さな子供だとか、お父さんとか、違う高さに考えていたら、どちらかが我慢して終わっちゃうでしょ?
今回の事は、あなたたちがお互いに支え合うパートナーとして認め合っているという証拠なの。
そしてこんなふうにケンカして、相手の悪いところや弱いところを知るのはとっても大事な事なの。
悪いところも知って、それでも仲直りしたい、相手を分かりたいって想えるなら、きっと明日にはもっと仲良くなれる。
それにね?好きな人の弱いところを知らなきゃ、自分が何を頑張ればいいのか分からなくなっちゃう。
ふたばちゃんはずっと佐藤君に支えてもらってきたんでしょう?
だからね、ふたばちゃんも佐藤君の弱いところ知って、それを支えられるような『自分』を目指して頑張りたいでしょう?」
「オス!!」

そっか!そうっス!小生はしんちゃんと並んで走りたくて、部活も勉強も頑張って来たんス!!
そしてきっと、並ぶ事が出来たんだ。
だからやっと、弱いところを見せてくれたんだ。
だから今度は小生が全力で、しんちゃんの苦しいのも痛いのも吹き飛ばしてあげるんス!!!

「はい!いいお返事です!
やれやれ…。しかし、佐藤君もやっと普通の男の子っぽいところを見せてくれたかぁ~。彼、ちょっとすごいからなぁ~」
「すごい?ブチョーもしんちゃんの事、すごいって思ってるっスか?」
「もちろん!ふたばちゃんがこんなに素直で可愛いのは、きっと佐藤君のおかげだもの。
ふたばちゃんに辛い事、嫌な事、怖い事を近づけないように、一生懸命頑張って来たんだと思う。
今も、ふたばちゃんをすっごく大事にしてるんだっていうのが、とってもよく伝わってくる。
それは誰にだって出来る事じゃない。すごい事だよ。
普通、男の子っていうのはもっと自分勝手で、いつも『ふたばちゃんのおっぱいに触りたい~』ってギラギラしてるだけなんだから。
アタシ的には、あのスキンシップの中でそれを我慢してきたって事だけでも泣けてくるわ~。
……いや、思い返したら何かほんと、目から水が…?」

ううぅ~、おっぱい…。
しんちゃんもやっぱり、そういう事したいのかな…?
そりゃもちろん、小生だって少しは興味が有るし、しんちゃんがどうしてもって言うんなら…。
でも、やっぱりもう少しだけこうしていたい。こうしていても大丈夫、って思ってる。
でもでも、やっぱりすっごく我慢してるのかな…?
確かに、小生のおっぱいを触ったときのしんちゃんの目は、いつもと違ってた。もちろん『キモチワルイカンジ』はしなかったけど…。

……?あれ?じゃあ、おとといのアレは…?

「まぁ、それはともかく」

ブチョーが正面に回り、小生の肩に触れてくれる。
その手は暖かい。きっとブチョーが強くて優しいからだ。小生も、こんな暖かい女の人になりたい。
そしたらきっと、しんちゃんを不安になんてさせない。

「佐藤君はそんな特別な…ううん、そうだね。
きっと、もっと、ずっと昔に、貴女を幸せにするために『特別』であろうと決めた男の子なの。
そして彼はそれを成し続けている。『今日』の貴女がいつもそれを証明している。
そう。貴女を識れば、誰もが讃える。
その決意は何よりも強い。
その在り様は何よりも貴い。だからこそ、誰よりも相応しい。
貴女の目指す夢として。
貴女の掲げる理想として。
貴方の世界の―――…。
………。
だから、ねぇ、ふたばちゃん?
佐藤君は…」

「世界で一番すっごい男の子!!」

「よくできました!ハナマルです!」

言葉が、言葉に乗せられた優しさが、小生に伝わり、染み渡る。髪の毛から爪先まで、全部に。
全部が、あったかい。

うん。やっぱりそうだ。しんちゃんは小生の『特別』で『一番』の男の子。
世界中に、胸を張って言える。
今日は憧れのブチョーにも褒めもらえた。だからやっぱり、この想いはぜったい間違いない!

けど、だからこそ…。
「カントクは、しんちゃんの事好きじゃないっス…」

小生の好きな人が、しんちゃんを嫌っているのは悲しい。

「……監督にも、強化選手を預かる者としての立場があるからね。
それに、ふたばちゃんに良い環境を用意するには、どうしても世の中への『見せ方』も考えなきゃいけないの。
でもね?監督は佐藤君の事を嫌ってるわけじゃないよ。
佐藤君はふたばちゃんを大事にし過ぎて、せっかく一人で頑張ろうとしているときまで手助けしちゃうから。
それで、不必要には近づかないように、って注意してるの」

……あっ!そういえばこの間のときも、しんちゃん一人でランニングしてたって事は、ひょっとして…。

「それにね、監督は佐藤君にもすっごく期待してる。
二人がお互いのために頑張り合える、素敵な絆を持ってる事を知ってる。
だから佐藤君にも厳しくあたるんだよ。ふたばちゃんにするみたいに、ね?
そしてあなたたちはその期待に十分以上に応えてる。
大丈夫。二人はきっと上手くいく。
そう。世の中は、最後は必ず上手くいくようになってるの。
それはぜったいにぜったいです」

そう言って、ブチョーが頭を抱いてくれる。

あぁ…やっぱりおっぱいは最高っス…。柔らかくって、あったかくって、良い匂いがして。
きっと、これが―――…。

「さ、そろそろ行こっか。
結構話し込んじゃったから、みんなもう柔軟終わっちゃってるかな~?
監督、怒ってないといいけど。
あっ、そうだ!ふたばちゃん、この前貸した大学と一人暮らし生活のガイド、そろそろ返してくれる?」
「あっ、申し訳ないっス!明日持って来るっス!とってもさんこーになったっス!」
「良かった。私も教育学部志望だから、また何か知りたいことがあったら遠慮なく聞いてね?」
「押忍!!」



「みんな、ごめんね~!
ふたばちゃんのおっぱいを揉んでたら、ヘヴン状態になっちゃってさ~…って、あれ?監督は?」
「まだ来てないっスか?いつも一番にグラウンドで待ってるのに」
珍しいな。お腹が痛くなっちゃったのかな?

「丸井ー!!」

「あっ、オーーッス!」

噂をしてると、カントクが息を切らせて、あわてて走って来た。遅刻しちゃって、みんなに怒られるって思ったのかな?
……カントクの謝る姿…。う~ん、全然想像できないっス。

「はぁっ、はぁっ…。丸井、この記事はどういう事だ?」
「へ?」

カントクの手にある週刊誌(っていうのかな?たまにひとはが読んでる)に目を向ける。

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それは、間違いなく、おとといの小生とマホウさんの姿だった。