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俺は。


ザワザワ ザワザワ

「ふあぁ~っ、ねむ…。
…くそっ、長女め。
呼ぶだけ呼んどいて、自分はまだ来てねーじゃねぇか……。
朝早く開始だからってのもあって、用意されたホテルだろうに……」

長女の奴がおかしな時間に呼び出すから、途中で終電になって放り出されて、漫画喫茶で一晩明かす事になっちまった。
あ~、おかしな姿勢で寝たからあんまり眠れなかったし、腰が痛い…。

…でも、途中で引けない状況に加え『間に合うか?』が気になる時間になったせいで、余計な事を考えずに来る事が出来た。

『来る事が出来た』、か。

何もかも長女の思い通り、ってわけだ。
はっ!本当に単純な男だよ、俺は…。

ザワザワ ザワザワ

「しっかし、こんな所にこんな大掛かりなセットを作るなんて、かなり大きな企画なんだな……」

チケットに書かれていた場所…今俺がいる撮影舞台は、東京のビル街にある、とあるビルの屋上。
そこに大きな聖火台のセットが据え付けられている。

番組は特番生放送で、有名スポーツ選手を集めて、バラエティを交えながら色々な競技で競い合ってもらう、って内容だ。
この聖火はオープニングに使用する『希望の灯』だってさ。
次代を担う選ばれた新人アスリートの男女が、手を取り合ってこれに火を灯し、開会を宣言するんだそうだ。
選ばれたのは、富士見選手と…ふたば。

「まるで二人の結婚披露宴だな…」

ザワザワ ザワザワ

しかしこれだけ高いところだと、風がすごいはずだけど…なんでかな?大した風は感じない。
ひょっとしたら、周りを更に高いビルに囲まれてるせいで、ビル風が干渉しあって一種の無風状態を作ってるのかも……。
でも、完全に囲まれてるって訳じゃないから、結構遠く…メイン競技場からでも聖火を見る事ができるし、
逆にここからは遠くの景色が見えるから、画面栄えするって判断してのチョイスだろう。
聖火台の後ろはちょうど海が見えるようになってるし。

……でも、ちょっと危ないな…。海を綺麗に見せるため、その部分だけ柵が低くなってる。
特に聖火台は結構高い位置に据えられてるから、下手に上でこけたりしたら落ちちゃわないか?
まぁ、舞台は広いし、スタッフが一定間隔で並んでスタンバってるから大丈夫とは思うけど……。

ザワザワ ザワザワ

それにしても周りがうるさい。
いや、それだけじゃない。明らかに俺に視線が集中している…。


……やっぱり、7月に入ったこの時期にトレンチコートとマスク、サングラスで変装したのはまずかったか…。
暑くて意識が朦朧としてきたし…。


「はぁ~、ったく。毎度毎度おんなじパターンで捕まって…。ていうか、パパもドジな上に間が悪いのよねぇ…。
あ~、無駄に疲れた…」
!!この声は……。

「えーっと、指定の席は…っと。…最前列ってわけじゃないのね…。
ま、舞台には十分近いけど、これじゃ私の美しい姿をTVに映させて、
アイドルにスカウトされてあげるっていう計画が台無しじゃない!」

相変わらずバカな事を考える奴だ…。
いや、そのバカの思い通りにコントロールされた俺は、更に上を行くバカなのか…?

……やっぱ帰りたくなってきた…。

「あっ、ここね!すいません、その隣、座らせて……」
「………どうぞ」
「………」
「………」

沈黙が下りた。

のは、一瞬だった。
「こら!変態パンツ!!あんた何て格好してんのよ!また警察に捕まりたいの!?
どんだけバカなの!?ヘタレなの!?変態なの!!?」
「う、うるせぇよ!俺は変態じゃねぇ!
この格好はその…まぁ、昨日の夜に出た時はちょっと肌寒かったから、だよ…」
「あんたほんとに脳みそわいてんの?
…とりあえずコートは脱ぎなさい。それこそふたばにあっさり見つかるわよ。
ったく、東京ってところは変態を集める電波か何か出てるのかしら?」
「う…、まぁ、それは…。何だよ、変態を集める電波って?
……ふぅ」コートを脱ぐいだ身体に微風が気持ちいいや。
「ん~?う~ん……。
いや、何かさっきすれ違ったスタッフの女の目がさぁ……。
って、ごまかすんじゃないわよ!あんた、ふたばがどんな思いで呼んだか分かってんでしょうね!!
いい加減、無駄にかっこつけるのやめて素直になんなさい!!
まだグダグダ言うようなら、ここから突き落とすわよ!!」
「かっこつけるとかそんなんじゃねぇよ。俺は、真剣にあいつのためを考え抜いた上で…」
「ふたばがあんたを呼んで、あんたはふたばのためにここに来てる。答えはまる見えじゃない。
ほんっと、バカね」
「うるせぇ!バカバカ連呼するな!
くそっ、おじさんは何してるんだよ?こんなうるさい奴を野放しにして…」
ふたばのためにも、おじさんが居てくれた方がいいのに…。

「……パパはチケットを無くしちゃってね…。
それで関係者を主張して、無理矢理通ろうとしたら警備員に……」
「………そうか」
「………」
「………」

今度こそ本当に、長い沈黙が下りた。



「あと10分で本番でーす!
富士見さんと丸井さんの二人が中央の花道を通って聖火を灯すので、立ち上がって拍手をお願いしまーす!」
スタッフの人が回りながら、最終確認を伝えてくる。

あと10分、か…。
やっぱり、俺は「帰ろうとか、目を瞑っとこうとか考えてるんだったら、突き落とすからね」
…。

ワァッ

屋上入り口近くの観客から、歓声が上がる。

来た!
どいてくれ!あいつが、見え―――っ!


すごい。


まだ遠いのに、はっきりと見える。

燃えるように真っ赤なドレス。口紅。
空の下、苛烈な程に強く映える色。
けれどそこから伸びる手脚は、大きく開いた胸元は。
その、肌は。
生命の輝きに満ちていて、炎の強さすら従え、装飾としている。
そして真紅のヒールを鳴らし、白銀のイヤリングを揺らし。

だけど、今。
頭の上で結った髪。それを結う安っぽい髪留め。…子供の頃から使ってる、赤い髪留め。
きっとTVの奴らは外せと言っただろう。
『普通』の奴なら場違いだと笑っただろう。笑われただろう。
でも、今。
その姿。
自分の意思を通したからだ。怖がらず、自分をはっきり伝えたからだ。
だから、今。
凛々しい瞳と共に、真っ直ぐに在るその姿。


美しく、強く、気高い、赤い神姫。


俺は。
「……あぁ…、あぅ…」

言葉を紡ぐ事すら出来ずに、後ずさるだけ。

…無理だよ、俺なんかじゃ。
本当に世界が違う。あんまりにも遠すぎる。
逆立ちしたって釣り合う王子になれないよ…。
隣に、行けないよ……。


そんなみすぼらしい俺なんかに気づかず、お姫様が前を通り過ぎて―――


―――ふたば…!


僅かに。誰にも分からないくらい。でも、俺だけは分かる。
肩が震えてる。目に涙を溜めてる。

…そうだよな。怖いよな。
押し潰されそうな熱気。好奇の視線を集めるドレス。歩き難い靴。次に待つ開会の挨拶。
一人で。
怖くないわけが無いよな。

でも、前を向いて。
そして、勇気を出して。
自分の足で踏み出し、進む。

だからあんなに格好いい。

………。
それに比べて俺はどうだよ?

『俺の世界で頑張って』?なんだそりゃ?出来る事しかやらねーって事か?
それじゃ最初から何もかも諦めてる負け犬じゃねぇか!
そうだよ、長女の言う通りだ。
自分が苦しいのが嫌で、痛いのが嫌で、勝手に悲劇の主人公気取ってふたばを遠ざけて、傷つけて!
自分の言いたい事しか言ってなかった!あいつの想いを聞こうともしなかった!!
本当につまんねぇ男だよ!!
なのにあいつは、勇気を出して何回も会いに来てくれた。何度も想いを伝えようとしててくれた。
俺は一度間違えたくらいで…いや、そもそもケンカの事は一度も謝ってないだろ!
許されない?無理?
そんなの誰が決めるんだよ!?
富士見か?学校か?陸連か?世間か?俺か?

違う!ふたばが決める事だ!!

心底から謝って、ふたばに許してもらうんだよ!許してもらえるまで謝るんだよ!!
全力で頑張って、ふたばを笑顔にするんだよ!笑顔に出来るまで頑張るんだよ!!
俺のふたばへの想いはそんなもんなのか?想いすら、あいつに釣り合うものを持てないのか?
俺にとって『ふたば』は諦めていいものだったのか!?
ふたばが望んでくれるなら!
ふたばが呼んでくれるなら!
例えどんなに遠くても!!


俺は!!!


「わわっ!」ヒールに慣れないふたばが転びそうになる。

「ふた…っ!」手を、


「大丈夫?ふたばちゃん」
「あ、ありがとうっス、マホウさん」


手が、空を掴む。

…………。
でも、これが現実なのかな…?
俺とふたばを分ける、どうしようもなくはっきりとした『線』。
今、手が届かなかった俺。今、隣で身体を支える誰か。
相応しい、人間。
せっかくもらった勇気が、せっかく決めた覚悟が、ガラガラと音を立てて崩れていく。


中途半端な男。凡人。どこまでも。


ああ、うぅ、う…なみだ、が、止まら、ない…。

俺、お前のためなら…頑張れる、けど……何も出来、無い…?何を、すれば…届く…?
だれか、おしえて……、みつば…、千葉…、姉ちゃん…、三女…、矢部先生……。

だれか…。

ふたばが、昇っていく。
サングラスがあっても、涙で塞がっても。
あいつの輝きだけははっきりと見える。

だから、
でも、
だけど、
俺は…………。

…………。

……?
なん、だ?舞台が騒がしい……?

!!??刃物を持った女が、富士見選手とふたばの方へ!?
ああっ!富士見選手が、自分が避わすと同時にふたばを突き飛ばし――って、バカっ!!!
今のふたばはヨチヨチ歩きなんだよ!庇えよ!!!突き飛ばしたりなんてしたから、柵にぶつかって、

ふたばが
    ビルの外に―――……



嘘みたいな、スローモーションの世界の中、
俺は確かに見たんだ、ふたばがこっちを向くのを―――だって、来てるかどうかも知らないんだぜ?
俺は確かに見たんだ、ふたばがこっちに手を伸ばすのを―――だって、観客はこんなに居るんだぜ?
俺は確かに見たんだ、ふたばの口がそう動くのを―――だって、グルグルに変装してんだぜ?

でも、俺は確かに聞いたんだ―――



―――― し ん ち ゃ ん ――――



ふたばがビルの外に落ちた。



「ふたばぁぁぁぁあぁぁ!!!!」

どけどけどけどけ!お前ら変装邪魔だ全員間に合わない殺すぞ柵だ危険の鴨小エースなめんな簡単どうだほらひと跳びだ!

「うお お おぉおぉおお!!!」

走れ走れ走れ走れ!垂直の壁走れるわけ足が知るか千切れろ追いつけなきゃ紙くずだろ努力なんて全部どうだほら見えた!

ダンッッ!!

飛べ飛べ飛べ飛べ!壁を蹴ったんだ飛べよ空中戦心臓はすごい風だ破れろ才能が黙れやるんだよ絶対どうだほら捕まえた!

ギュウゥッ!!

どうするどうするどうするどうする!?ふたばここ何メートルだっけせめて俺の体下にごめんよ母さんどいつもこいつも好き勝手言いやがって軌道少し変
わった意味無いダメだ俺の体クッションにしてもふたば俺が生きてきたこと自体が無駄に風に流され奇跡を神様起こせないならあんた能無しヘタレだよバ
ーカくそくそくそくそふたばお願いだ何が不幸体質だどのくらい落ちたふたば俺は凡人なんだよ出来ねー事だってふたばの為なら何だって神様さっきのあ
やまるふたばごめんそれでも頼むふたば何とかふたばしたいふたば見えないふたばぶたば聞こえないふたば絶対離さないふたばふたばふたばお前だけでも
ふたばふたばふたばいふたばふたばふたばふたばふたばふたばふたばきふたばふたばふたばふたばふたばふたばてふたばふたばふたばふたばふたば!!!


俺は!!!!



お前が!!!!



―――――――――――――――――――――――― ――――――――― ―――――っ!





       『そのうち、これまで貯まった幸運がまとめて返ってくるかも知れないわよ?まぁ、期待しない程度に期待しとけば』





ぼふんっっ!!
べちゃ~っ!!


!?!?!????!!!!!

な、何だ!?
地面…にしちゃ柔らか過ぎる…、ってかほとんど痛みも感じなかった…?
トランポリンみたいな……??

[です……本機は帝京大学の小型飛行船です 現在荷重運搬試験中です…本機は]

小型…飛行船……?そのバルーンの上って事?ってか本当に小さいなこれ!?キングサイズのベッドくらいしかねぇ!!
下手に動いたら…あれ?腰から下が動かない?…ベトベトの接着剤みたいなので引っ付いてる。おかげで安定してるけど、何で???
それに周囲も。目も開けられないくらいすごい風だったのに、また無風になってる……?

……全く理由は分からんが、助か「じんぢゃ~~~ん!!!!!」

ギュウウウゥゥゥ!!

「ぐぇえぇ!?いてててて!!死ぬ死ぬ!!!」
「うえぇっ!?しんちゃん怪我したの!?死なないで~~~!!」
「いいから力を緩めろ!!…あ、いや、完全には離すな!お前が落ちる!!」
「怪我してない!?生きてる!!?」
「生きてる、生きてるから!!ちょっと緩めてくれ!!マジで折れる!!」
ぜぇ、ぜぇ…。なんだこのグダグダ……。

………ま、俺たちはいつもこんなもんか…。

「うぇぇえ~~ん!良かったよ~~!!」
「あぁもう、泣くなよ。お前こそ怪我とか無いか?」
「うえ~んっ!」
ぶんぶんと首を振って、肯定の意を伝えてくる。……涙と鼻水を飛ばしながら。

俺のほうも大丈夫…うん、本当に大丈夫だ。
足は張り付いて動かないけど、しっかり感覚はあるし、心臓がまだバクバクいってる以外は特に異常は無い。
……やれやれ、今回はマジで運が良かった…。
ほんと、信じられないくらいに。

……まるで、今までの運が一気に支払われたみたいに…?
いや、まさかそんな都合のいい事…。でもまさか…。

「びぃ~~~~!」

………。
まぁいいや。とりあえずこいつを泣き止ませなきゃ。
折角、あんなときまでこいつが呼んでくれたんだから。
結局、こんなとこまでこいつのために来れたんだから。

[ます……進路変更 上昇します……進路変更 上昇します……進路変更 上昇]

……うん…いや。
ああ、そっか。

そうだよ。

一番になれないけど、これまで努力を続けていなかったら、ふたばに届かなかったかも知れない。
不幸な目にあっても、これだけ幸運を貯めていなかったら、ふたばを守れなかったかも知れない。
もし、少しでも覚悟が足りなかったら、何も出来なかったかも知れない。

でも、今、届いた。
でも、今、守れた。
俺だけが!!
俺の努力、俺の特別、今日のため、想い通りに何もかも用意出来てたってわけだ。
なら俺は、頑張れば、明日からも、どんな事があっても笑顔に出来るってわけだ。

何だよ、全然上手くいってんじゃん!!

「っくく…あははははははっ!
何だよ!超楽勝じゃん!超すげぇじゃん俺!!」
「ぐじゅぅ…しんちゃん……?」
「あははは!そうだよふたば!俺って超すごいよ!
何だってお前のために出来るんだ!お前のためなら何だって出来ちゃうんだよ!」

ギュウウウゥゥゥ!!





「…うん!知ってる!ずーっと昔から知ってるよ!えへへぇ~。
もー!しんちゃん、そんなことも気付いてなかったのー?
あははは!!」

ずっとそうだよ。
しんちゃんはすごい。いつだって小生に笑顔をくれる。
さっきまであんなに苦しくて、あんなに痛かったのに、しんちゃんが抱きしめてくれたら全部どこかへいっちゃった!

それにね?

「あっ、みんなだ!
おーい!みんなー!小生たちは元気っスよー!!」

しんちゃんにもらった笑顔は、すぐにみんなに伝わるんだよ!
今だって、みっちゃんも、カントクも、マホウさんも、TVの人たちも、みんなみんな笑顔になって手を振ってくれてる!

だからね?


「ほら!しんちゃんはみーんなを幸せにする、お日様みたいな男の子なんだよ!!」


振り返ってそう伝えると、しんちゃんがまぶしそうに目を細めた。
?どうしたの?

「なぁ、ふたば。大声で勝負しようぜ。
どっちが大きくて、どっちが遠くまで伝えられるか競争するんだ」
「うん!いいよ!しようしよう!」

「まず俺な!」
しんちゃんが大きく息を吸う!



「ふたばーーーーーーーーー!!!!!!だいっっっすきだ!!!!おれと!!!!!!けっこんしろぉおおぉーー!!!!!!!」



しんちゃんのが大きくて、身体中がビリビリする!みんなもびっくりしてる!
すごい!さっすがしんちゃん!!

でも!!

「ぜったいにぜったい負けないからねー!!」この大きさだけは!!

ひゅうううぅぅううぅうぅううぅうぅぅぅ!!





響け!小生の声!!世界の果てまでこの『想い』を伝えろ!!!





「はぁぁーーーーーーーーーい!!!!


ぜぇぇえええぇえええええぇええぇええええっっっっっっっっっっったいに!!!!!!!!!!


しんちゃんの!!!!!!!!およめさんになるよぉぉおおぉーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」



しんちゃん!約束のちゅーをしよ!!世界中に見てもらおう!!!



<おわり>