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「さすがに夜のお墓は怖いなぁ……寒気がしてきたよ」

呟きながら、ボクは辺りを見回した。
ここは学校近くにあるお寺の墓地だ。周囲を木々が覆い、街灯の光も届かない墓地は、
お盆のころとはいえ夜の八時を過ぎると真っ暗になる。

「本当に、ここにあの子がいるのかな……」

呟きながら墓地の奥、無縁仏が埋葬されている一角に足を向ける。
昼間でさえ陰鬱な場所は、夜になるといっそう不気味だった。横倒しになった墓石はされこうべみたいだったし、
塚から乱雑につきだした卒塔婆は白骨のように見えて、恐怖に足がすくむ。今にも人魂か幽霊が飛び出してきそうだ。
こんなことなら、懐中電灯でも持ってくれば良かったな。

上尾市内は二週間連続の熱帯夜だけど、この辺りだけは冷気が沈殿しているような気がする。
汗で背中に張り付いたシャツが冷えて、胴震いがでそうなほど寒気がした。

「大丈夫、怖くない、怖くない……」

情け無いことを呟きながらも先に進むと、やっと目的のものが見えてきた。

テント。そして、コンクリートブロックの足の上に鎮座するドラム缶。

うーん、リアル五右衛門風呂ってはじめて見たな。しかもちょうどバスタイムだったのか、
ドラム缶から立ち上る湯気の中に女の子の顔が見える。……もしかして「彼女」だろうか。
近づいていくと、次第に気分良く唄う少女の声が聞こえてきた。

(あくりょ~たいさん、あくりょ~たいさん、おんりょーもののけこまったときは……)

変な歌だ。うん、やっぱりあれは「彼女」で間違いないだろう。
まったく、女の子がこんなところでお風呂に入っているのはどうかと思うな。

けど、どうしよう。とりあえず声をかけてみようか。

「ちょっと、いいかな。そこにいるのは、もしかして松岡さん?」

「あ……誰?」

可憐な顔立ちの少女が、ゆっくりと振り向いた。大きく見開かれた目の中に、黒い瞳が輝く。
彼女は湯気の中、しばらくじっとこちらを見つめていたが、

「も、もしかして、来てくれたの……?」
「へ?」
「ううん、何も言わなくていいわ。来てくれただけで嬉しいんだから」

黒髪の少女は、はかなげに微笑む。

その姿は思わず見とれてしまうほど可愛かったけれど、しかし次の瞬間、ボクは悲鳴を上げた。
少女がドラム缶の中で立ち上がり、水しぶきと湯煙だけをまとった少女の体が、夜闇の中に浮かび上がったからだ。

「初めまして、幽霊さん。その……会いに来てくれて、嬉しいな」
「ちょ、ちょっと待って!!」

タオルで隠しもせずにドラム缶の中から出てくる少女に、ボクは慌てて背中を向けた。
先ほどまぶたの裏に焼き付いた少女の裸体は、小学生にしては発育がいい。ついつい昂奮してしまうほどで、
特に股間のあたりにわずかな茂みを見たときには鼻血が出るかと思ったけど、かろうじて理性を保つ。

「松岡さん、お願いだから服を着て、服を!!」
「あら、幽霊さん、どうして私の名前を? それに何だか、矢部っちにそっくり──判ったわ!! 矢部っち、死んじゃったのね!!」
「は? いやぼくはまだ生きて……」

そういえばこの子はこういう子だっけ、と思いだしたときにはもう遅い。
既に少女は完全にトリップしているようで、口調は完全に陶酔している。

「ああ、なんて素敵なのかしら。はじめて会いに来てくれた幽霊が、矢部っちだったなんて。
うん、こうしてみると矢部っちもアリね。顔は悪くないし、頼りないところはあるけど生徒には優しいし……」
「え、あのちょっと、松岡さん、落ちついて、ね……?」

背中を向けているからよく判らないが、少女の声は確実にこちらに近づいている。
振り向きたくなる衝動を必死でこらえ、生唾を嚥み下して説得にかかる。

「あの、松岡さん。実は松岡さんがここの墓地に住んでるって近所の人から学校に通報があって、
それでボクが様子を見に来ることになったんだけど、とりあえず服を着てくれるかな──ひっ!!」

 ぺたり。

少女の体が、ボクの背中にひしと張り付いていた。湯上がりの体温がじわじわと背中につたわり、
肌に張り付いたお湯がシャツの背中を濡らす。自慢じゃないけど23歳童貞の身だ、女の子の体温を感じるだけで昂奮してしまう。
落ち着け、相手は小学生なんだぞ、落ち着け、落ち着け。

「会いたかった……来るかどうか不安だったけど、来てくれて嬉しいわ……」
「あ、あのその松岡さん、ボクは幽霊じゃないから、とにかくいったん離れてくれない? このままじゃ、ははは話しづらいから」
「……あら? なんだか温かいわね。それに足もあるみたいだし……。矢部っち、本当に幽霊なの?」
「だからさっきから違うっていってるでしょ!? 人を勝手に殺さないで!!」
「え、あ、うそ……?」

背中に張り付いていた少女の体が、ぱっと離れた。
振り向かなくとも、少女がどんな顔をしているか判った。きっと、
クリスマスイブに父親が枕元にプレゼントを置く瞬間を目撃した小学生のような表情で震えているに違いない。

「そ、そんな……矢部っちに、こんな……は、裸で抱きついちゃったなんて……」

羞恥に震える声が、時限爆弾の秒読みを始める。やばい、と耳を覆った瞬間、

「きゃああああああっ!!」

松岡さんの叫び声が、夜の墓地を爆心地に響き渡った。ご近所さん、ごめんなさい。

    *  *  *

さんざん喚いたあと、松岡さんはようやく大人しくなった。
既に着替えて、Yシャツにプリーツスカート、トレードマークのネクタイと数珠、といういつものファッション。
顔立ちは可愛いしスタイルもいいのに、この数珠だけが異様だなぁ。

「もう……こんな時間に来るから、幽霊かと思ったじゃない。紛らわしいことはしないでよ」

ぷんぷん、と唇を尖らせる松岡さん。「裸を見られた」ことよりも「ボクが幽霊ではなかった」ことに腹を立てているようだ。
彼女の顔を見ると先ほど背中に張り付いた感触を思い出して鼓動が早くなるけど、
ボクはかろうじて教師の対面を取り繕って話を続ける。

「……その、松岡さん。ボクが幽霊だと思ったから抱きついたの?」
「そうよ。やっと本物の幽霊に会えたと思ったから。なのに生身の人間だったなんて、あーあ、がっかり」

ふつうは逆なんじゃないかなぁ、というツッコミをぐっと嚥みこんで、

「ええと、松岡さん。それはともかくとして、だめだよ。
女の子が一人でこんなところに寝泊まりしてちゃ、親御さんだって心配するよ?」
「大丈夫よ、ママにはちゃんと話してあるから。
三女さんといい矢部っちといい、なんでみんな心配するかなぁ。別に変な人なんていないし」
「今までは大丈夫だったかも知れないけど、もしいたら危ないでしょ?
女の子がこんなところに寝泊まりしてるなんて噂が立ったら、今度こそ変な男が来るかも知れないし」
「うーん……」
「とにかく今日はおうちに帰って。また明日、このテントを片付けにいらっしゃい」
「いやよ。私のうちはこのお寺から遠いし、それにママにはあれだけ啖呵を切って出てきちゃったんだもの。今さら帰れないわ」
「なら、友達のうちに泊めてもらったら?」
「うーん、それもちょっとね」

嫌そうな顔を見ると、無理強いはできそうにない。
けど、困ったな。どうしよう。男一人なら、カラオケとか満喫とかで一晩くらい過ごせるんだけど。
女の子一人だと危ないし、てきめんに警察に連絡がいきそうだ。警察沙汰になるリスクは避けたい。

すると松岡さんは、名案を思いついたように瞳を輝かせ、

「ねぇねぇ、矢部っち」
「ん?」
「ならさ──矢部っちの家に、泊めてよ」