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 むかしむかし、日本一似ていない三つ子の姉妹が生まれるよりも、何年か前のお話。
 埼玉県内のとある高校に、二人の女子高生が通っていました。
 うろこ雲がゆったりと流れていく、平和な朝。

「おっはよ~……おっ、今日のあかりちゃんのパンツは水玉模様か、相変わらず可愛いね~」
 一人は、長い黒髪をポニーテールに仕立てた、細い目をした女の子。
 すらりと伸びた腕を巧みに操って、スカートをめくることが、彼女の日課だ。

「和美先輩っ! 周りに人がいるんですから……あと、カメラはしまって下さい」
 もう一人は。茶色い髪を長く垂らした、あかりという名前の、細身の女の子。
 スカートの裾を押さえ、顔を真っ赤にしながら、和美先輩と呼んだ細目の女の子を睨み付ける。

「いいじゃん、女の子同士なんだしさ。若いうちはどんどんアピールしていかなくちゃ。
 カメラだって、部活で使うから偶然持ってきてるだけだし」

 使い捨てカメラのシャッターを切る振りをしながら、和美があかりから一メートル程距離を置く。
 そして、距離を置いたのは。通学鞄でスカートをがっちりガードしたあかりも、同様だった。

「信用できません。先輩は前科が多いですから」
「固いなあ、あかりちゃんは。ツンツンしてると、幼なじみの佐藤君に嫌われちゃうぞ~?」
 人差し指をクルクルさせながら、遠浅にいる和美がにやりと笑う。
 一方、あかりの顔は、再び沸騰していた。

「せっ、先輩には関係ないじゃないですか! 私は別に、佐藤君のことなんて」
「恥ずかしがることないじゃないか。アバンチュールな恋って訳でもないんだし」
「そういう先輩はどうなんですか。千葉さんって人と付き合ってるって聞きましたけど」
「うむ、良く聞いてくれた! 実はもう、付き合い始めて一年近く経ってね。何やら変化が……」

 そう言うと和美は、制服の上からお腹をさすり始めた。ほんの少し、膨らんでいる様にも見える。
「えっ!? 嘘っ……先輩、あの、まさか……」
 しどろもどろになりながら。パニック状態になったあかりが、フラフラと電柱に背中を預ける。
 と、それを見た和美が、細い目を見開いて笑いだした。

「あっははは! 冗談冗談。今朝、行きがけに黄昏屋のスイートポテトをどか食いしてきたから、
お腹が出てただけだって。まさか引っ掛かるなんてね」
「~~~~!! 先輩なんて、もう知りませんっ」

 すたすたと、あかりが頬を膨らませながら横断歩道を渡る。
 悪かったよと謝りながら後ろからついていく和美。
 しばらくそのまま、学校に向けて歩いていると。

「あかりちゃん、ちょいストップ!」
 和美が、あかりが着ているシャツの中にうっすらと浮かぶ、ブラのホックをつまみながら叫んだ。
「ひゃあっ!?」続けて、あかりも叫んだ。
 恥ずかしさのあまり、涙目になっているあかりをよそに。
 和美のテンションが一段と上がっていく。

「ほら、向かい側の道路にいる男の人。中々男前じゃないか」
 和美が指差した先。そこには、通行人の邪魔にならないように、
自販機の横にしゃがみこんで、黙々と靴ひもを結ぶ青年の姿。
 確かに先輩の言う通り男前だけど。という、あかりの心境を、和美は読み透かしていた。

「うし。ほんじゃ、あの男の人に、声でもかけてみよっか」
「……何言ってるんですか、先輩!」
 瞬間湯沸器の様に、あかりの顔が三度赤くなる。

「練習だよ、練習。そこら辺の男に気軽に声をかけられなくて、
どうやって愛しの佐藤君を攻め落とすつもりなのさ」
「佐藤君は関係ないじゃないですかっ。靴ひもを結んでいるあの人だって、きっと迷惑しますよ」
「男は度胸、女も度胸だよ。もしかしたら、これがきっかけで人生変わるかもよ。
当たって砕けてきなっ」

 言い方も変えれば、逆ナンパっていうけどね。
 ほくそ笑みながら、行ってきなよと強くあかりの背中を押す和美。
 青信号が灯った交差点を、不器用なステップで渡っていくあかりと、再び後ろをついていく和美。
 青年と接触するまで、あと十メートル。

「――ったく、お袋の奴。安売りしてたからって、サイズの合わない靴やら服やらを
仕送りしてくるのは勘弁して欲しいな……俺はもう大学生だぞ」

 一方、ターゲットのさなかにいた青年は、迫る危機に全く気がつかずにいた。
 悪戦苦闘しながら、ようやく、解けた靴ひもを結び終わると。
「おっと、ベルトも緩んでるな。直すとするか」
 ジーンズがずり落ちないように、慎重に立ち上がった青年が、
緩みを直そうとベルトに手を伸ばした――まさにその時。

「す、すみませんっ。避けてください~!」
 甲高い声が聞こえてきた。ベルトの穴を確認していて、判断が遅れた青年が正面を見やると。
 目と鼻の先に、顔を真っ赤にした高校生くらいの女の子――あかりがいた。

 交差点を駆け抜けたまま、青年に突っ込んで来たらしく、勢いが落ちていない。
 このままでは正面衝突だ。
 うかつに避けたら、この人は怪我をしてしまう……とっさに受け身の構えをとって、
退かずに身構える青年。
 一方のあかりの方も、出過ぎた勢いを止めようと、必死にもがいている。
 おかげで、スピードは確実に落ちてきていた。

 あとは思いっきり両足で踏み込めば止まるかもしれない。
 しかし、それが悲劇の原因。彼女が、道端に寝かせたままの、青年の通学鞄に
気がついていなかったのがまずかった。

「――キャッ!」
 案の定、あかりはそれにつまずいた。身体が前のめりになって、青年の下半身に突っ込んでいく。
 青年も、予想の遥か下からきたトラブルに、対応出来なかった。
「うわっ!!」
 ぶつかる二人。あかりがとっさに青年のベルトを掴んだおかげで、衝突の勢いは和らいだものの、
緩くなっていたジーンズが少しずつずり落ちていって。

「すみません、大丈夫ですか? 勢いがついて止まらなくて」
「大丈夫ですよ。普段から鍛えてますから、身体もこん……なに……?」
 無事なことをアピールしようとした青年の下半身は、トランクス一張羅になっていた。
 それを見て固まったまま、動かないあかり。
 このままでは、どうみても青年の方が変質者である。
 学生、主婦、サラリーマン。周りの視線が、にわかに集まりはじめた。
 青年は慌てて、ジーンズを履こうとしたのだが。

「この変態がっ! いたいけな女子高生に何してるんだいっ」
 野次馬の中から声がした。と思うと、飛び出してきたのは黒い影。
 その影は、手際よく真っ白になっていたあかりを抱きかかえると、高速で道路の果てに消えていった。
 残ったのは。野次馬からの通報を受けて駆け付けた警察官に取り囲まれ、
これは誤解なんだと言い続ける、青年の断末魔だった。

「――にしても、あの時のイケメンには悪いことしちゃったな」
「ほんとですよ、先輩が調子にのるから。しかも、偶然とはいえ写真まで撮影してたなんて」

 逆ナンパ事件から、およそ二十年後。
 互いに母親となった和美とあかりは。
 佐藤家のリビングで、古ぼけた写真を見ながら、談笑していた。
 写っているのは、真っ白に燃え尽きた表情をした若い日のあかりと、
困惑の表情を浮かべてジーンズとベルトを押さえている、青年の姿だった。

「このイケメンさん、今はどこで何してるんだろうな。意外と身近なところにいたりしてな」
「だとしたら、ますますその写真、しまっておかないと駄目じゃないですか」
「そうだな、こんなの宅のしんちゃんには見せられないからね」
 抗議するあかりをよそに、写真をちらつかせてからかう和美……と、
そんなやりとりがしばらく続いて、わずかな沈黙が訪れた後。

「あかりちゃん」
 ティースプーンをお皿に置いた和美が静かに口を開く。
「どうしたんですか、改まって」
 あかりが、聞きなおす。

「あ~、まあ。色々迷惑かけちゃってるとは思うけどさ。雄大ともども、これからもよろしく頼むよ」
「……こちらこそ、信也と一緒にお世話になりますね、先輩。でも、写真の件は秘密ですからね」
 うろこ雲が流れる静かな午後。しかしその平和は。
 夕方になって、佐藤家に遊びに来た三つ子の姉妹たちに、
例の写真を発見されたが故に、終わりを告げたそうな。