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2月14日・早朝
「今日は絶対に危ないわ!」
「…は?」

職員室。6-1の担任である三十路こと海江田の突然の叫びに、隣で仕事をしていた矢部は呆ける。
その態度が気に食わなかったのか、勢いよく矢部に向き直る。

「わかんないの!?今日は危険日なのよ!」
「ちょっ!?」

意味不明の叫びに加え、周囲の者たちへの誤解を与えかねない言葉に矢部は慌てふためく。
矢部が慌てたところでどうしようもなく、ざわめく職員室。
面倒なことになったなぁと心の中でため息をつくが、現実には何の意味もなく、当たり前のように物事は進む。
危険日のことを話すような間柄だと誤解され、そもそもこの二人は学び舎で何の話をしているのか、と。
当然ながら、上司に呼ばれる。

「あー、海江田君、矢部君、ちょっと来なさい」

生徒が来ることも考え、二人は校長室に呼ばれることになった。
端的に言えば矢部は巻き込まれただけである。
二月十四日<バレンタイン>が海江田にとっての危険日、即ちカップルが出来てしまう日であるという妄念に。


――――――――――――――――――
校長室に入りながら、矢部は事態の把握はできていた。
自分と海江田が危険日を話すような間柄ではないことは分かっていたし、今日の日付を思い出したからだ。
しかし、海江田は暴走しているため、自分が冷静であることが救いになどならないことは分かっていた。
経験上、こうなったときの矢部自身は大抵ろくでもない結果になるのだ。
そうならなければいいなぁとは思いつつ、例外は起こり難いから例外なのだ。
恐らくいつも通りだろうと、半ば諦めていた。

「で、さっきのは何だったんだね」

野田校長が尋ねる。突然、海江田が叫んだと思えば出てきた単語は危険日だ。状況が余りに不明瞭だった。
どちらにともなく聞かれたそれに、矢部は説明しようとする。無論―――

「アレは「できてしまうんですよ!」

海江田も。落ち着いている矢部にこそ尋ねられるべきだったそれは、もう一人の当事者によって複雑なことになる。
危険日発言の上に、できてしまうなどと聞いた時には取れる意味は一つしかなかった。

「君たちは学校で何の話をしているんだね」

普通は怒る。職場であると同時に、生徒もいるのだ。教育上ろくでもない

「ち、違うんです。これはカップル的な意味でですね!」

何とか事実を伝えようとする矢部。しかし悲しいかな、筋道が足りなさ過ぎる説明は、余計に誤解を煽るだけだ。
そして煽られた側はヒートアップし、もとより荒れていた者は更に白熱する。
矢部一人を置いて、校長と海江田の会話が進む。

「カップル的な意味なのは分かっている!なぜそんな話を学校でするのかと聞いているんだ!」
「だって、できたら困るじゃないですか!」
「そんなもの、学校が終わってから話せばいいだろう!」
「それじゃ遅いんです!」
「終わってからでは遅い…だと…。まさか君たちは学校でする気かね!」
「そうじゃないと意味がないじゃないですか!」
「ま、学び舎を何だと思っているんだー!」

本当にろくでもない。誤解さえ解ければ何とかなるのだろうが、生憎、当事者同士が盛り上がってしまっていては、抑える手立てがない。
一人冷静な矢部ではあるが、彼にはこの勢いを止めるような押しはなかった。
つまるところ、第三者以外止めようがない。

ガチャ

「失礼します」
「あれ?ひとはちゃん?」
「どうも」

校長室への闖入者は丸井ひとはだ。

「すまないが今取り込み中でね。悪いが部屋には…」

入ってきたのはいいが、校長室は少しもめている。当然そのような部屋に生徒を置くわけにもいかない。

「その件に関してですが、私にお伝えしたいことがあります」
「…ふむ?」

やはり第三者が現れる、というのは落ち着くのに一定の効果がある。
その件について話しておくことがあるというのなら生徒を置くにも一考の価値があるだろう。

「みそ…海江田先生が言っているのは2月14日、バレンタインという日に関してのことです。
今日は学校で生徒同士でイベントを楽しむでしょう」
「ほう、それで?」
「そうなるとカップルが多くできてしまい、風紀の乱れに繋がりかねません。そのため、危険な日なのです」
「……か、海江田君、そうなの?」
「そうですよ?それ以外に何の意味が?」
「私はてっきり――。いや、忘れてくれ」
「はぁ…」

分かってしまえばなんてことはない話。しかし、端から聞いている限りでは余りにも学び舎に向かない話。
ただ、それでも校長には気がかりなことがある。

「それで、危険な日で遅い、ということは、何かあるのかね?」
「それはですね「きっと」」

説明しようとした海江田に丸井ひとはの言葉が被さる。

「私が持っているようなお菓子をですね…こう…こうやって没収をするんじゃないかと」

当たり前のように矢部の手を広げ、そこに置き、その手をそっと閉じさせるひとは。あくまで没収として。

「そうよ!だって風紀を乱れさせるわけにはいかないもの!というわけで校長、私は行ってきます!」

一声と共に駆けて行く海江田。独断でそんなことをされてはたまらないと校長は止めに走る。
残されたのは男一人と女一人。

「あはは…ありがとうひとはちゃん、助かったよ」
「校長室から怒号が飛んできて落ち着かなかったんですよ。仕方なくです」
「あ、それとこれ…」
「没収、されてしまいました。どうせ食べられるものですから、好きに処理してください」
「え、それは」
「それじゃ私はこれで」

結局一人残される矢部。
余計な騒動に巻き込まれた彼の手許に残ったそれは、とても優しい味がした。