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私は先生が好きだ。
そう思い始めたのはいつからだろう?
……記憶の階段を駆け降りていく。あの時でも、あの時でもない。そう、多分きっかけは……あの時だったと思う。あのなんでもバスケット……。
先生が手を挙げた時から……。
それから、私はなんとなく先生の事が気になりはじめて……そして、なんとなく恋に落ちていったのだろう。
でも、その思いは告げられないまま時は流れていく……。

……季節は春。
私達六年三組も、今日で終わりを迎える。
卒業式。
思えば色々な事があった。ふたばが、机や椅子を壊すのは日常茶飯事として……、みっちゃんが杉ちゃんといがみ合ったり、松岡さんが幽霊追いかけたり、宮下さんがウザかったり……。
私は誰もいない校舎に残り、思いを巡らせながら、歩いていく。思い出を一つ一つ撫でるように優しく愛でていく。
校庭ではクラスメイトや保護者、先生が賑わっていた。
子ども達の中には泣いている者もいる。
あ、緒方さん達だ……。
加藤さんが泣いている……。
そういえば、彼女は地区が遠いから、違う中学に行くんだったっけ?
他にもクラスの半分くらいは別の中学に通うと聞いた。
吉岡さんや、杉ちゃんもそうだ。
悲しいけれど、どうにもならない。私達は所詮子どもだから。
それを納得してる自分が堪らなく嫌になるけれど。
……やがて、私は教室に着いた。
見慣れた“6年3組”の札を目に焼き付け、通いなれた教室に入る。
ガララ……。
「あっ……」
よく見知った人が立っていた。

「あれ?ひとはちゃん?」
「先生……、下にいたはずじゃ……」
「あぁ……えーと、保護者の方の話が、ね……」
(……逃げてきたな)
先生の煮え切らない態度に私はそう感じた。
「そ、そんな事より、ひとはちゃんは何してるの?」
うっ。痛い所をついてくる。
正直に言うと、先生に会いたくなかった、と言うのが九割。
「別に……。少し感傷に浸ってただけです」
そう返して、ふいっとそっぽを向いた。
私も子どもだ。
そんな私の態度に先生はニコニコしている。
「何へらへらしてるんですか、気持ち悪い」
「いやぁ……感傷に浸ってたって事は、このクラスが楽しかったって事でしょ?だとしたら、嬉しいなぁと思ってね」
「……」
しまった、と思った。うっかり先生に花を持たせるような事を口走ってしまった。
何か言葉を返そうと考えていた私に、先生はしゃがみ込んで、優しく頭を撫でてきた。
まさかの追い討ちに、私の顔は赤く染まる。
「卒業おめでとう、ひとはちゃん」
「こ、子供扱いしないでくださいっ、変態っ!」
言葉にいつものキレがない。恥ずかしい。
これじゃ、単なる子どもの我が儘だ。
先生は薄くはにかんで立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ僕は戻るね。長い間行方を眩ますわけにはいかないから」
頭から手を離して、先生は背中を向けた。
「あ……」
別れを惜しむように、ひとはが声を上げる。
一歩、また一歩。先生が扉に近づく。二人を隔てる扉に。
「ま……待ってっ……!!」
振り絞るような声がその歩みを止めた。
「?」
先生が振り返る。不思議そうな顔で私を見る。
だから、会いたくなかったんだ。こんな日に会ったら感情の制御ができなくなるから。
でも……いいさ。言ってしまおう。
勢いに任せて、私は言葉を紡いだ。
風に乗せて、こぼれないように押し出す。
「私はっ……!先生がっ!!好きです!!大好きですっ!!結婚したいです!!ずっと一緒にいたいです!!ずっとガチレンジャーについて語っていたいです!!」
途中から、涙が頬を伝いはじめた。

先生は今、どんな顔をしているのだろう?
呆れているだろうか?
視界が滲んでよく見えない。
それでも、私は真正面に先生を見据えた。
ぼんやりと滲むカラフルな影が次第に近づいてくる。
そして、スッと屈んだ。
また目線が重なる。
「……ごめんね」
そして、先生の言葉が冷たく響いた。
知っている。分かりきった事だよ。
でも……。
「何でですか……?」
ぽろぽろと涙を零しながら、それでも私は追いすがる。
「私が子どもだからですか!?だったら大丈夫です!!あと、十年もしない内に私も大人です!!結婚できる年齢になります!!家事だってできます!!料理だって作ります!!近所付き合いだって、頑張ります!!だから……」
だから……。
「好きです、先生。……好きなんです……」
私は泣きつく。
先生は、それを抱き止めてはくれなかった。
何もせず、すがりつく私に語りかける。
「ごめん、ごめんね……。僕はひとはちゃんの恋人にはなれない」
あくまで、私を突き放すために。
「僕は、ずっと先生でいたいんだよ。ひとはちゃんも、例外じゃなく。先生と生徒の関係を壊したくない」
先生の言葉が私を優しく傷つける。
それでも……。
「……嫌です、嫌だ、先生、せんせいっ……!」
服を掴む手に力がこもる。
先生は手をほどこうとせず、言葉で遠ざける。
「わかって、ひとはちゃん……」
困ったような声で先生が語りかける。
それでも、私は離れなかった。
そして、先生は大きく溜め息をついた。

「あーぁ、面倒くさいなぁ」
大きな声で言う。
最初、私は先生の言っている事が理解出来なかった。
「これだから、ひとはちゃんは嫌いなんだよ。いつもいたずらばかりするし、変なことばっかり言うし、挙げ句、聞き分けのない事言って、子どもの夢を押し付けてくる」
「先生?何言って……」
言葉が上手く出ない。言い切る前に、先生がトドメを刺す。
「僕は君が嫌いだよ。ひとはちゃん」
頭の中が真っ白になる。
何を言ってるんだろう?先生は、何を言ってるんだろう?
「せ、先生……?」
「もう来ないでくれないかな。僕の家にも」
涙が零れる。
次から次に溢れてくる。
故障したように……。止める術は自分でも分からない。
私は立ち上がり、泣きながら、教室を後にした。
二人を隔てる壁が遠ざかる。
外では、春の風がピンク色に染まっていた。
私はその中を走って帰った。誰の静止も振り切り、走った。

或る教室の窓辺から舞った、ごめんねという言葉は風に乗って、届く事は遂になかった。