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本日の全行程の終了を告げるチャイム、次いで号令を耳にすれば私は気だるげにため息を溢していた。
別段もっと学業に励みたかったという訳でも、まして愚民や変態共のはびこるこのクラスを名残惜しんでいる訳でもない。
朝食を抜き、加え給食までもパンと牛乳のみで済ませた私にとって、並に距離のある帰り道をせっせと歩いて帰るのが体力的にとても億劫だったからだ。
…例の如くダイエットの真っ最中である。

「みつば、帰りましょ」

暫く経っても依然頬杖をついたままに席を立とうとしない私を見るや、下僕の一人である杉崎が声を掛けてきた。
下僕の分際で普段何かと突っ掛かってくる割には馴れ馴れしくもこうして下校に誘う辺り若干彼女の神経を疑うが、恐らく変態に一般論は該当しないのだろう。
おこがましい奴ではあるが、稀に私に対しスイーツを献上する事もあるため一概に邪険にはできない。
今日も律儀に私の傍へと寄ってくる彼女を渋々と見上げれば、それでも誘いに応じる旨の生返事を返した。


帰路は早くもやや日が陰り、淡い灰色を辺りに落としている。
未だ肌寒い空気に若干身を縮めつつもとぼとぼと歩みを進める私と杉崎。そう言えば彼女を取りまくいつもの他何人かが見当たらなかった。

「あいつらはどうしたのよ、休みだっけ?」

「吉岡が風邪でね。……あんた、今まで気がつかなかったの?」

眉をひそめ訝しげに此方を覗き見る杉崎を横目に、今日一日呆けていたであろう自身の事を改めて反省する。
思わずして視線を逸らし人差し指で頬を掻いていた私を見るや、隣を歩く彼女は呆れた様にため息を溢した。

「宮下は放課後になったらさっさとお見舞いに行っちゃったわ」

そう続けて再び正面へと向き直れば、つまらないとでも言いたげに腰の裏で手を組んだ。
拗ねた様な仕草に合わせて一歩歩むたび渦巻くツインテールが小さく跳ね、年相応の幼さを覗かせる彼女は少し新鮮である。
私は糖分の不足を理由に思考をぼやかす脳に鞭打ち、物珍しいその様を暫く横目がちに眺めた。

「あんたは行かないの?薄情な奴ね」

「あんたに言われたくないわよ!」

ほんの少し煽ってやれば、だがやはり小煩い変態女がすぐに顔を覗かせる。
普段通りの言葉のドッジボールたるやり取りにどこか安堵する反面、しかし今日は如何せん付き合う気力がない。
口を開けばため息が溢れ出そうで、私はさっさと顔を背けた。

「………?」

反応の鈍い私に気がついたか、隣のソイツは今にも小首を傾げんばかりのきょとんとした表情。
おそらく普段に増して無愛想だったであろう。後々杉崎の此方を伺う視線が少し心苦しかった。

「…何よ、あんたも風邪?やけに口数が少ないじゃない」

私は奥歯を噛み締める。
ダイエットの為食事制限をしてる、などとばか正直に打ち明ければ哀れむ視線が返ってくる事は明白で、それは私にとって恐らく何よりも耐え難い屈辱。

「……そうなの。げほ、ちょっと今朝から熱っぽくて───」

私の渾身たる演技も、やがて訪れるはた迷惑な腹の虫の報せによって無下にされた。




「──ほら、食べなさいよ」

暫くして、その手にコンビニのビニール袋を提げ私の元へと戻ってきた杉崎に差し出されたのは板チョコだった。
他にも何点か買って来たのか、コンビニ店のロゴは重たげに形を縦へと歪めている。
促されるがままにおずおずとチョコレートを受け取るも、やや呆気にとられていた私は為す術が分からずぼうっと彼女を見つめていた。
腕組みをしたままチラチラと此方を覗き見る彼女と目が合った途端、金切り声が私の耳をつんざく。

「……な、何よ。お金なんていいからさっさと食べなさいよ!」

「…あぁ……うん、悪いわね」

渋々と手元のそれにかじりついた。仕方がないので取り敢えずお腹に纏わりつく脂肪とは一時休戦である。
力なくも咀嚼するたびに口内でポリポリと芳ばしい音をたてた。身体中に染み渡るようだ。
相変わらずに私の様子を伺う杉崎はどこか落ち着きなく、頻りに目を配せては逸らす事を繰り返す。
私は憎まれ口の一つでも叩いてやろうと隙あらばに口を開いた。

「言っておくけど、借りだなんて思わないわよ」

「っ……」

聞こえるのはチョコレートの砕ける小気味の良い音だけで、あれきり杉崎からの返球はなかった。
見ればすっかり背を向けてしまってとりつく島もない。
まぁ無理もないと思う反面、普段より沸点が低いとも感じた。我ながら面の皮がアレだ。
何にせよ拗れるのは面倒とでも考えてか、この私がフォローの言葉を探す有り様。放っておけばいいのに。

「…ど、どうせならもっとマシなもの買って来なさいよね!」

「…………」

おそらくしくじった。

突き刺さる様な視線が此方を捉えれば私は為す術なくそれを逸らした。

「…こんな事なら、私も吉岡の所に行けばよかったわ」

腕を組みつつため息混じりにそれだけ呟いて黙りこくってしまう杉崎。
僅かに伺えた彼女の横顔が私の目には寂しげに見えた。…なんて、何とも都合のいいものだ。私は杉崎に何を求めているのか。
先程少しばかり見入ってしまった事も含め、変態極まりないと思った。

「……あ…りがと」

本当にどうかしている。

「………!」

「…まぁ美味しかったわ」

やはり驚いた様に振り向くもその顔にはぱっと晴れた色を浮かべ、途端に表情が綻ぶのが分かる。ここまで分かり易いと腹立たしい事この上ない。
何故私がこんな変態の機嫌取りをしなければならないのか、本当は今すぐにでもその面を踏みつけてやりたいと言うのに。
結果餌を与えられた変態女は嬉しげに、それでも表づらはつっけんどんな態度を崩さず私に尚感謝の言葉を要求してくる。
ありがたく思いなさいよ、だったか。口だけとはいえこの私を真似るとは偉くなったものだ。



───……

「ママがケーキを用意してるって。…来るでしょ?」

携帯の画面を顎で閉じつつ、私を横目に話し掛ける。
私達が再び帰路を歩み始めてすぐに着信音が鳴ったと思えば、麻里奈…だったか、からのメールだったようだ。
チョコレートを頬張りながらも反射的に頷いてしまった私を見るや、杉崎は暫く間を置けば無礼にも含み笑いを溢した。

「もう…みつば意志弱すぎっ」

くすくすと耳障りな笑い声がとても鬱陶しい。

「ダイエットはどうしたのよ、このいやしんぼ」

此方に伸ばすその指先で調子に乗って頬をつつこうものなら、直ちに私の逆鱗に触れた。
罵り合戦の幕開けである。
コイツには二度と気など遣ってやるまいと、私は柔肌を弄ばれながらに誓った。