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今日はいつもの面々を招き、私の家でお泊まり会を執り行った。
余すほどの遊具や施設。庶民には普段お目にかかれない様な高級なお菓子に、夜はディナーと大盤振る舞い。
すっかり遊び疲れた皆が眠たげに目を擦りながら布団を敷き並べ始る頃、私は一人ひそかにほくそ笑む。

…私には弱点を探るためと常日頃より収集している、とある人物の写真のコレクションがある。今宵それは、きっとかつてない収穫を得る事となる筈だ。

────……

ようやくあちらこちらから寝息が聴こえ始めれば、私はその手にひっそりと油性マジックを握り締める。
用途と訊かれれば勿論、こいつでとある人物の顔という顔にお化粧を施してやる為だ。
目標は私のすぐ隣でバカ面を曝して寝静まる『丸井みつば』、先ずはオーソドックスにその額の辺りが狙い目だろう。
何知らず涎を滲ませる姿に思わず込み上げる笑いを堪えつつ、私は息を殺して奴の傍へと這い寄った。

「……………」

都合良くも仰向けに寝転がり、だらしなく口を開けたまま寝息を吐き続けるターゲット。
普段は馬鹿みたく喧しく鬱陶しい存在だが、流石のこやつも意識が夢の中となれば物静か。
然してイビキを掻かないのが意外と言えばそうではあったが、まぁだからと言って何ら不都合にはなり得ない。
今から開始される謂わば「悪戯」に思わず僅かばかり口端を吊り上げれば、羽織る布団の擦れる僅かな音に気を遣い、ゆっくりと伸ばした指先でペンのキャップを外した。

「ふふ……馬鹿みつばめ、今度こそキン肉○ンにしてやるわ…」

依然寝静まる彼女の顔へと、そっと頭を垂れては額にペン先を近付け。
寝返りなどうたない様、そのふくよかな頬へと手のひらをあてがって支えた。
緊張と武者震いで狙いがうまく定まらない。そりゃそうだ、この日この時の為に書き慣らした「肉」の字の数は千を超える。
幾度かの深呼吸を挟み、もう片方の手に潜ませたデジカメを確認して。…今一度、私は目前の額へと目を凝らした。


「…ん……っ…」

……途端、私の腰回りを何かが捕えて絡み付く。
そのまま抗う統べなくみつばの身体へと引き寄せられる私の身体。

「ちょ、ちょ……っ!」

不意のアクシデントに戸惑う間もなく、続けざまにみつばはのそりと寝返りをうつ。
ほんの数秒にして、どうやら私は寝惚けたみつばの抱き枕と化してしまった。

「…………」

弛く絡み合う脚、私を捕えて離れない両腕、密着する身体に掛かる吐息。
暑苦しい……すぐにそう思ったが、此処で下手に暴れる訳にも行かない。
みつばにきつく抱き締められたこの状況、確実に誤解をする者が約一名思い当たる。
何とか事無かれに脱け出そうと、きつく締まった腕の中で小さく小さく身動いだ。

「………ん…」

抜けない。
それどころか、私が身動ぐのに反応してかみつばにより深く抱き締められた。
人の苦労も知らず暢気に口元をモゴモゴと緩め、心地良さげに寝息を吐いて。
それが私の唇を柔く擽ると、不意に彼女と重なる懐が熱くなるのを感じた。

…途端に後ろめたくなって、私はみつばの寝顔から視線を逸らした。
此方の息は逆に詰まるようで、つられた様に顔が熱もっているのが分かる。
みつばを相手に緊張しているのが分かる。正直に言えば、私の何処かは高鳴っている。
恥辱心を誤魔化す様に睨み上げるも、その穏やかな寝顔を前にして屈辱感は生まれなかった。

「…………」

こうして間近に見る事は、そう言えば今まで無かったかも知れない。
なんて言い訳にもならない事を言い訳に、私はみつばの寝顔をぼうっと見つめ続けた。
普段に似つかない安らかな表情、吐息に合わせて時折僅かに溢れる声。
寝てる時は可愛いのに…なんて、関係上死んでも口には出来ない。

──未だ解放して貰えない身体を、気づけば自らも寄せていた。
彼女の暖かな懐へと、すぼめた自身を委ねていた。
こんな誰知れぬ二人だけの"私の"世界を、心密かに求めていたのだろうか。
今はもう離れたくないとすら思っていた。私はひょっとして。


「………っ…」

不意に掛け布団が静かに擦れ、再びみつばが身動いだかと思えば、私と彼女の額同士が重なり合っていた。
半ば微睡んだ様な意識をはっと覚醒させると、同時にかっと顔が染まるのが分かる。
鼻先の触れ合う様な距離で開いた口を閉ざせずに狼狽えていると、淡い吐息に交えて思わぬ相手から言葉を掛けられた。

「……杉崎」

と一言、聞き間違え様のないみつばの声。

「…っ…み……みつば、起きて…」

途端に動揺を露にする私を抑え込む様に、背中を暖め続けた彼女の手のひらが私の後頭部へとあてがわれ。
宥めんばかりに柔く撫でられたのち、尚弛く彼女の腕に包まれた。
鼓動が苦しい程に胸を叩く。緊張で息が荒ぐ。
私が視線を合わせられずにいると、深く密着するあまり高鳴る鼓動が伝わったようで。

「…へんたい」

柔らかくそう囁き掛けられてしまっては、その緩んだ唇へと釘付けになってしまった。



「……みつばのせいなんだからっ…」

意を決して重ねたそれは、やはり淡く柔らかだった。


────……


見られていた。


「杉ちゃんとみっちゃんって、やっぱり…!」

「ち、違っ…!」

頬に手を添え困った様な嬉しいような、とかく瞳を輝かせ此方を羨望する吉岡。

「いや…、キスまでしておいて言い逃れはできないと思うぞ…」

枕に肘を乗せ頬杖をついて同じく此方を傍観する宮下…目は明らかに引いている。具合からしてドン引き。

「………」

苦し紛れに奴らから視線を逸らせば、その先で三女もまた長い髪の隙間から此方を見上げていた。…何だろうか、心なしか睨まれている様な。

「………」

「……な、何よ」

「……とんでもない変態だよ」

それだけ呟いて、あっさり寝返りをうってしまった。
宮下といいコイツといい、どいつもこいつも私のボルテージを最高潮にまで上り詰めさせるには過ぎたる程の存在だった。

「…そ……そうよっ、私とみつばは愛し合ってるんだから!あんた達にとやかく言われる筋合いはないわ!」

言い放ってすぐに聞こえたのは耳をつんざくばかりの吉岡の黄色い悲鳴、次いで絶句する宮下の間抜けた面が見えた気がしたけど、恥ずかしさのあまり顔を背けてしまった私にはもう分からない。
顔が風邪の様に火照って熱い。このまま蒸発して消えてしまいたいと、強張った拳を震わせながらに心から願った。

「杉崎」

……撤回撤回、愛しの恋人を残して逝ける訳がないわね。なんちて、てへ。
不意に掛けられたみつばの声に、私は思い出したかの様にはっとなって背後の彼女へと振り返る。
そうだ、何よりの味方を忘れていた。例え周りが認めてくれなくとも私は。

「ほ……ほらっ、みつばもこいつらに何か言っ───」

「…たべないならあんたのケーキもらうわよ…ぐへへ」

「寝言じゃないの!!」


…全ては夢の如く散ってしまったけど、これはこれで救われたのかも知れない。
幸せそうな表情で眠る想い人の顔面へと、私は思い切り枕を叩きつけた。