※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「パパがフランスから送ってくれたの」
バレンタイン当日。
私は、友人にチョコを振舞っていた。
友チョコってやつだ。
……ちょっと、不毛な気もするけど。
「うわー、すごい。おいしいねー」
吉岡は、素直に褒めてくれる。
「形もかわいいな!」
宮下は……素直にかどうかは分からないけど、とりあえず褒めてくれる。
私の周りには、自分を認めてくれる人が二人もいる。
今もこうして、私の唐突な自慢話に付き合ってくれている。
―――なのにどうして、私は満たされないんだろう。
そんな益体もないことを考えていると、宮下が最後の一つに手を出すのが目に入った。

「ちょ、ちょっと!」
慌てて腕を掴んで止める。
「え…なに?ダメだった?」
戸惑う宮下に、言葉が詰まってしまう。
なんで私は止めたんだろう。
なぜか、最後の一つは取っておかなければならない気がした。
「いや……その……」
「?」
吉岡まで不思議そうな顔でこちらを見ている。
いたたまれなさから気が動転した私は、
「これはその!た、大切な人にあげる分だから!」
………血迷ったことを口走ってしまった。
「ええっ!?」
「誰誰々!?大切な人って誰っ!?」
吉岡が興味津津の目でこちらに近づいてくる。

素直に感情を表に出すのはいいことだし、
そんな吉岡だからいつも褒めてくれるんだろうけど、
こういう時はうっとうしい。
「それは……ええと……」
なんであんなことを言ったんだ、私は。
誰か、チョコを渡したい相手でもいたんだっけ?
ふと視線を横に向けると、

―――みつばが通り過ぎようとしていた。

「あら、みつばさん、チョコの匂いを嗅ぎつけてきたのかしら?」
反射的に憎まれ口を叩く私。
きっとみつばは言い返し、軽い言い合いになるだろう。
それは楽しみのような、そんな風にしか触れあえないのが悲しいような。
「…………」
予想に反して、みつばは一言も告げずにそのまま教室を出て行った。
「………あれ?」
「なんか長女さん、元気ないね」
吉岡の言うとおり、みつばの様子はおかしかった。
まあ、みつばが何かろくでもない目に遭って落ち込むのはいつものこととも言えるけど。

また太ってスカートが穿けなくなったとか?
その類のことだったら、ふたばが周囲に言いふらしているだろう。
そう思って、あのちょんまげ元気娘を探して教室に視線を巡らす。
佐藤君の席で、二人で話しているのを見つけた。
「それでね、チブサが大きくなって小生の手の中でコロコロと……」
「誤解を招くようなこと言うなよ……」
どうでもいい話しかしてないようだ。
それでは三女は?
三女にだったら話を聞いてみてもいい。
みつばの弱みを握れるかもしれない。

「ちょっといい?」
本(中身は見ないようにしたので内容は不明)を熟読している三女に話しかけた。
「なに、杉田さん」
「杉崎よ!なんで私の名前を言い間違えるの!?」
「ごめん、その……」
「……いや、いいけど。それ、チクビにあげるの?」
三女の机の隅には、丁寧にラッピングされた小箱が置いてある。
多分中身はチョコだろう。
「うん。昨日作った」
「へえ、みつばが邪魔したんじゃない?つまみ食いとか」
三女の顔が、少しかげった。
「みっちゃん、昨日から元気ないんだよね。珍しくご飯残すし……」
「へ、へえ、そう」
私は興味なさげに(ちょっと上擦ったが)そう呟いた。

「ちょっと」
廊下を行く途中、みつばを見かけたので声をかけた。
「……なによ?」
う。少し機嫌が悪そうかも。
「そ、それにしても、さっきのアンタ、無様だったわね!
あの程度の問題を間違えるなんて……」
算数の時間、矢部っちに指されたみつばは黒板の前に出て、
たかだか3ケタ×3ケタのかけ算を見事に間違えた。
なかなかの見物だった。
「……うるさいわね。ちょっと気を取られてただけよ」
返す言葉に、元気がない気がする。
「へえ、なにに?肉付きのいいお腹周りかしら?」
「違うわ!そんなんじゃなくて……その……」
躊躇い、言葉を濁すみつば。
「なによ。……言いなさいよ」

なるべくトゲがないように、柔らかくそう言った。
弱みを握るためだ。
少しは寛大な態度で臨まなくては。
みつばはしばらく私をみつめた後、溜息を付いてから、言った。
「……変態……佐藤のやつがさ」
佐藤君?
みつばが落ち込むのに、佐藤君が関わっている?
佐藤君はむしろ、みつばにろくでもない目に遭わされる立場のような。
「……好きだとかいうから」
私はすぐに、その場を逃げ出した。

廊下が、動く床みたいに背後に飲み込まれていった。
逃げなくちゃ。
目を逸らさなきゃいけない、何かがある。
そんなものは見たくないんだ。
息が上がる。
汗が出る。
廊下の端に着いて、階段を降りた。
いやな何かは、まだ消えない。
必死に駆ける私は、少しもそれから離れられない。
なぜってそれは。
それは、私の頭の中にあるからだ。
また廊下の端に辿り着き、もう階段はなく、私は追い込まれた。
もう、向き合うしかなかった。
なんで佐藤君がそんなことを言うんだろう。
佐藤君にはふたばがいるんじゃないの?
いや、それも周りがそう思ってるだけで、
佐藤君本人がふたばを好きだと言ったわけじゃないけど……。
みつば、好きだって言われて気にするってことは、佐藤君のこと好きなのかな。

…………。
ていうか、なんでそんなことを気にしてるんだ私は。
なんか必死に走ってここまで来ちゃったけど、別に私が気にする要素なんて、何一つないではないか。
そう、なんかその、誰かが誰かを好きだとか、そんな話に免疫があまりないからびっくりしちゃっただけで、
それ以上のことは何もない。
だから気にする必要もない。
逃げる必要もない。
ただ……。
佐藤君は、普段あんなにふたばとべったりしてるくせに、みつばに好きだとか言って、

なんだかはっきりしないのは、よくないと思う。
別に佐藤君がふたばとくっついて、みつばが傷ついたりしてもどうでもいいけど。
けど、二股みたいなことをするのは、よくない。
とはいえ、佐藤君がそんなことをする人とも思えない。
何かの勘違いかもしれない。
それを、確かめよう。

「話ってなんだよ?」
校舎裏に、佐藤君を呼び出した。
「来たわね、色男」
まるで告白するかのようなシチュエーションを苦々しく思い、
私はそんな風に言った。
「はあ?お前まで千葉みたいに嫌味を言うのか?」
例年通り、佐藤君の下駄箱や机のひきだしはチョコで埋まっていた。
千葉も例年通り一つも貰えてない。
自分と佐藤君の扱いの違いを見て、千葉は嫌味を言ったのだろう。
「みつばの様子、なんだかおかしいと思わない?」
「長女?……そういえば、元気ないな。いつもうるさいのに」
「心当たりはある?」
「……昨日、帰り道一緒になって……
言われてみれば、別れ際には様子がおかしかったような……」
「………!」
”そのとき”、だったのだろうか。
「あのさ」
「ん?」
「みつばに、好きだって言った?」
それだけのことを言うのが、やけに苦しかった。
けど、佐藤君からは視線を逸らさない。
佐藤君は、
「……言ったけど」
確かに、そう口にした。

教室へ戻る道すがら、考えが、頭の中を巡った。
佐藤君は、確かにみつばのことが好きらしい。
多分、みつばも佐藤君のことが。
それだけならいい。
両想い同士、仲良くやりなさい、だ。
けど、ふたばは?
ふたばも佐藤君のことが。
本人は自覚してないかもしれないけど、きっとそうで。
佐藤君だって、二股とは言わなくても、いくらか気持ちがふたばに向いてるだろう。
こんな状態がずっと続いたら、誰かが傷ついてしまう。
この三人のうちの、……誰かが。
さっきのように、逃げ出したくはならなかった。
やらなきゃいけないことが、分かっていた。

「ねえ」
廊下を歩いているところに声をかけると、
みつばが、面倒くさそうに振り向いた。
「またアンタ?今度は何を……」
「チョコがさ」
私は、残り一つになった菓子箱を差し出した。
「チョコが余って、困ってるんだけど」
「………」
「どうしてもっていうなら、あげなくもないわよ?」
「………いらない」
そっけなく返して、みつばは立ち去ろうとする。
「待って!」
その腕を掴んで、引きとめる。
「しつこいわね!いらないったら―――」
「これ!食べたら幸せになれるチョコなの!」
「はあ!?」
「あんたその……いつも受難してばっかりでその……
あわれだから。だから、あげる」
「なによそれ。また何か企んで……」
「いいから!」
訝しがるみつばをさえぎって、私は大声をあげた。
「いいから、食べて」
「…………」
みつばは、まだ不審がっている様子だったが、
チョコを掴むと、ゆっくりと口にした。
「………おいしい」
「食べたわね?」
「なによ。食べていいって言ったでしょ?」
「約束よ。それを食べたら、幸せになれる」
「……本当かしら?」
「本当よ」
本当に、してみせる。

私は、再び、校舎裏で人を待っていた。
しばらく待つと、ちょんまげ頭が姿を現した。
「杉ちゃーん!」

元気で、明るくて、この状況に、何の疑問も抱いていない。
別にそのことに罪はないけれど。
「約束通り、誰にも言わないできたっスよ!」
「そう」
私はなぜか、妙に苛立っていた。
「で、なんなんスか?こんなところで」
私は深呼吸して心を落ち着けると、話し始めた。
「……佐藤君のことは好き?」
「大好き!」
まっすぐな目で、そう言い切る。
「そう。でもね、もう佐藤君に近づいちゃだめよ?」
「へ?どうして?」
「どうしてって……」
どうしてかは。
どうしてかは決まってる。
「佐藤君はね、あなたのことが嫌いだからよ」
「……しんちゃんが?」
「そうよ」
「またまた、そんな」
「信じられなくても、そうなの」
そうなんだ。
そういうことだ。
「佐藤君はね、あなたじゃない、別の人のことが好きなの!
それは……それはね、あなたのことが、嫌いだってことなの!
そう言われたのと同じことなの!
どんなに気になって、どんなに一緒にいて、
どんなにこれからも一緒にいたくたって……」
声が霞む。
前がぼやける。
「嫌いって言われたのと……同じなの……」

私はもうふたばを見てなかった。
ただ、地面に水滴が落ちるのだけが見えた。
「杉ちゃん」
ふたばがこちらに寄る足音がした。
「どんなに嫌われたって、大好きだって気持ちは消えないっスよ?」
思わず見上げると、
「それに、嫌われてるなら、ちゃんと仲直りしないと!」
ふたばはいつも通りの顔で、笑っていた。

私は三度校舎裏で人を待っていた。
たいして時間も置かず、ふたばが佐藤君を連れてきた。
「なんで今日は10回も校舎裏に呼び出されるんだ……?」
私が呼び出した数より多い。
多分チョコを渡されたのだろう。
「杉崎?またお前か……」
私を見た佐藤君が不審がる。
「また私で悪かったわね。でも、用事があるのはふたばの方よ」
「……ふたばが、俺に?」
「あのね、しんちゃん」
ふたばはふところからチョコを差し出して、
「これ、小生からもらっても嬉しくないかもしれないけど!
あと、嫌われるようなことしたなら、ごめんなさい!」
よく考えると意味不明な(私のせいだけど)詫びをした。
「……チョコはありがと。
けど、嫌われるってなんだ……?」
佐藤君はチョコを受け取って、目を白黒させてる。
「杉ちゃんが……」
「みつばに、好きだって言ったんでしょ?」

「ああ。昨日あいつが―――

『明日のバレンタイン、手作りのチョコを作るの。
まあ、どうしてもっていうならあげなくもないけどぉ?』
『別に、甘いものなんか好きでもないのに、
欲しくねーよ』
『な!?じゃあふたばの作った犬のフンみたいなチョコは好きなわけ!?』
『……好きだよ』

―――って」
「え?それだけ?」
「しんちゃんごめん!今日渡したの、うまくできたから犬のフンみたいになってない!」

「いいんだよなってなくて!」
え。
それって、それって。
私、ものすごい恥ずかしいことをしてしまったのでは?

放課後、帰り道。
私は、みつばと二人で歩いていた。
今日はなんていうかその、色々とやらかしてしまったみたいだから、
どうにか、弁解しなくては。
「あのさ」
「……ありがとね」
「え?」
「チョコ。気を遣ってくれたんでしょ?」
「あ、ああ。べ、別に。
きまぐれで庶民に慈悲を与えただけよ。
あ、でもなんで……。
……なんで佐藤君がふたばのチョコを好きだと、アンタが落ち込むわけ?」
それってひょっとして。
みつばは意外なことを聞かれた、という顔をすると、
「いや、なんか。
なんかすごい真剣な顔で、『好きだよ』なんていうからさ。
……こいつ本気なんだなって思って。
でも、ふたばはあんなでしょ?
本気でいたって、伝わらないかもしれないじゃない。
そう思ったら……。
……わ、私も、庶民をあわれに思っただけ!
慈悲を与えたっていうか!」
「あんたも庶民でしょ」
「うるさいわね」
「ふたばは、あんたが思ってるより大人よ。絶対伝わる」
「え?」
「なんでもない」
「ふーん……。
あ、そういえば!あんた、私を幸せにしてくれるんだったわね」
みつばは、ニカっと悪そうな顔をした。
「今度、給食のプリンをよこしなさい!」
「いいわよ」
「……へ?あ、ちょっと待って。やっぱ今のナシ。ええと……」
「ずっと悩んでなさい」
私は頭を抱えるみつばを置いて、駆けだした。
目の前の空に、夕日が輝いている。
(約束は、守るわ)
絶対に、そうする。

以上です。