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むふぅ。


「おはようございます」
「ふぁ~…。
ひとはちゃん、おはよう…」

…このやりとりにも慣れてきたかな……。

日曜日の早朝。
ベッドの上ですこやかに眠っている先生を起こして、朝1番の挨拶をする。
そして先生がぐしぐしと目を擦りながら、まだ眠たそうな声で、だけどしっかり返事をくれる。
もう1年以上繰り返してきた、私の日常。

……少なくとも、今日はまだ……。

「くあ~~~……」
大あくびにはっとして目を戻すと、先生がちょうど腕をぐ~っと突き出して伸びをしているところだった。

むふ。

目も口も線にして、ノンキそうな可愛いお顔。
童顔の先生は出会った頃からあんまり変わらないから、相変わらずこういう子供っぽい仕草が似合う。
………アゴひげが無かったら、もっと似合うのに。

「朝ごはんできてますから、顔洗ってきてください」
「うん。いつもありがとう。
毎週、日曜の朝早くからわざわざ来てくれて……」
「別に……。
まぁ自分の町で孤独死が出るという、不名誉な事態は避けたいですしね。
それにうちは相変わらずうるさいですから、落ち着いてテレビが見れないんですよ。
……何度も言わせないでください」こんな無理のある理由を。

先生だってわかってるんでしょう?

「あはは……そうだよね。ごめん。
…でもひとはちゃんも今月から高校2年生になったんだし、
もうボクなんて気にせず自分の好きな事に時間を使って欲しいな」
「……そんな台詞はひとりで満足に生活できるようになってから言ってください。
私が来なかったら、一週間後にはゴミの中で腐乱死体に変わっちゃうくせに」
「そんなに酷くないよ!?
……ああいや…けど掃除の事に関しても感謝してますです……」
耳に届く声はだんだんとしおれていき、やがて沈黙に変わってしまう。
違うのに。
私はただ先生に喜んで欲しいだけなのに……。

「……いいから早く顔を洗って食べてください。新番組の開始まで30分も無いんですから」
自分で静寂をつくったくせに、それが嫌で無理やり空気を切り替えようとする身勝手な私。
だけど優しい先生は、そんな私にも明るい声と笑顔を届けてくれる。

「あっ、そうだね!せっかくの新シリーズなんだし、しっかり見ないとね!」
「去年が斬新だった分、今年はどう来るか気になりますしね。
ほら、わかったなら早く早く」
「は~い」
いつもの丸っこい声に戻ってくれた先生が、起き上がって洗面台へ向かう。
いつものように、私はその大きな背を追いかける。目的地はすぐ横に置かれた洗濯機だ。
そして辿り着くとすぐに、自然な声を意識しながら、準備しておいた行動へと取り掛かる。

「先生、ポケットの中身は全部出してから洗濯機に入れてください。
それとこのシャツ、汚れがひどいから持って帰って洗わせてもらいますね」
「しまった…いつもごめん。シャツの方もお願いします」

よし。むふぅ…。

ピッ ゴウンゴウン...


「ずず…。
あれ?お味噌変えた?」
「ええ。特売で高級なのが安くなってたので。
……どうです?」
「うん、こっちの方が好きだな。さすが良いお味噌は違うね。
もちろん、料理してくれてる人の腕が良いからなんだろうけど」
「…………驚きです。先生にお味噌の違いがわかるなんて」
 えへへ…嬉しいな。先生にお料理を褒めてもらえるのは。

ふたりでL字に並んで囲む、あったかい朝食。
今日のメニューはお味噌汁に塩鮭、ほうれん草とハムの胡麻和え。あとはお漬物の小皿がひとつ、真ん中にちょこん。
そんなに大したものじゃないけれど、先生はちゃんと私のひと工夫に気付いてくれる。
私のお料理をしっかり味わってくれてるんだってわかって、嬉しさでお腹がいっぱいになっちゃいそうだよ。

「さすがにちょっとは味がわかってきたつもりだよ。
いや~、この1年、毎週美味しいご飯を食べさせてもらったおかげだね。本当にありがとう」
「はいはい。
たわごとはいいですから、それ取って下さい」
「うん…ありゃ、軽い。
棚の醤油も切れてたはずだし、今度補充しとかなきゃ」
「もう新しいの買って来てます。あと、インスタントのお味噌汁も足しときましたから」
「何から何までありがとう。後で領収書、ちょうだいね?」
「…本当は調理費をもらったって良いんですからね」
 …本当は材料費をぜんぶ持ったって良かったのに。

「もちろんわかってます。優しい教え子を持って、ボクは幸せだなぁ。
……さて、今日もごちそうさまでした」
ポン。先生が顔の前で両手を合わせる。

「お粗末さまです。食器は水につけとくだけでいいですから」
「そうは行かないよ。洗い物くらいボクにさせて。
おっと、ひとはちゃんはゆっくり食べてくれればいいからね。先におなべから洗ってるからさ」
私の制止なんてどこ吹く風で、先生は空になった食器を重ねていく。
んもう…ずるいなぁ。そんな笑顔を見せられたら、私はこう言うしかないじゃないですか。

「はい」

「スポンジスポンジ…夜空の星を見上げると~♪」

ジャー カチャカチャ

いつものように、先生の鼻歌を背中で聞きながらご飯を口に運ぶ。
ふふっ…まるで夫婦になったみたい。

幸せだなぁ…。


[次回 第2話 暴走マッド軍団を撃滅せよ。
助けを借りたいときは、いつでも呼んでくれ!]

「去年とは逆で、今年はかなり濃いねぇ。……特に変身前のメンバーがこう…軍隊っぽいというか。
それにスーツのモチーフ、あれって防弾チョッキじゃないかな?」
「そうですね。武器も飾り気を落として、兵器らしさを前面に押し出してましたし。
っていうかアルファレッドの必殺武器、完全にただの拳銃にしか見えませんでしたよ」

ベッドにひとり腰掛け、床に座る先生と作品内容について語り合う、週に1度の楽しい時間。
『あの頃にもっと肩を寄せていればよかった』。
今はそんな後悔は忘れて、今日もこの時間を持てたことに感謝しながら、しっかりと味わう。

……明日には消えてしまうかもしれないんだから……。

「メカも戦車にワゴンにヘリに……分離形態としてのデザインが優先されすぎて、合体時のバランスがちょっと微妙ですね。
この点に関しては完全に去年に軍配があがります」
「メガラフターはかっこよかったもんね!
最強合体も破綻無くまとめられてたし、あれと比べるのはちょっと可哀相かな~」
「グラッジエンドに余剰パーツが一切でなかったのは、見事としか言いようがありません。
……でもまさか、食玩のミニプラを全種集めるとは思いませんでした。そういうところ、全然変わりませんね」嬉しいです。
「いっ…いいじゃない、ボクが稼いだお金で買ったんだし……」
「ま、おかげで私も合体機構がよくわかりましたから」ありがとうございます。

[この後は、フェアリー戦士リリィ スーパ]ピッ プツン

「さてと。私は掃除機を掛けますから、先生はお布団を干してください。あとお洗濯物も。
まったく…毎週思いますけど、よく2日でこんなに散らかせますね」できる事が増えて嬉しいです。
「う…ごめんね、ひとはちゃん」
「いちいち謝らないでください」私がやりたくてやらせてもらってるんですから。


ガーゴー

「ん…よし」

綺麗になったカーペットを見回し、掃除機のスイッチを切る。
自分の使う空間を綺麗にしたときに生まれるこの達成感は、お掃除の醍醐味だ。むふ…。
さて、先生は…まだベランダか。……堂々と一緒に出られるようになれたらなぁ……。
……この間に棚の雑巾がけをしておこうかな。新年度になった事だし。

さっきはああ言ってしまったけれど、日曜日は特に掃除に手間がかからない。
いつの頃からか、先生はあんまり部屋を汚さなくなったからだ。
それこそ、エロ本を床に散らばらせているなんて事は絶対にない(もちろん隠し場所は把握してるけど)。
……私の事を『女』だと意識してくれてるからかな……。

まさか、ね……。

ゴシゴシ

「こっちの台はちょっとホコリを溜めちゃったな。
ケージのカバーも……ごめんね。来週、洗濯してあげるからね……」
「ひとはちゃん、干し終わったよ…あっ」
まだ少し冷たい風と一緒に、背中に届いた声。
けれどその持ち主の視線は、もう私を通り越してケージに注がれている。
だから私も振り向かずに同じものを見つめながら、続ける。
其処に住んでいた小さな、そしてとても大切な友達の姿を。

「…………今年も空のままなんですか?」
「ん……うん。そうだね。
いやぁ、ボクもチクビの事が悲しかったから、なかなか新しい子を飼う気持ちになれなくてさ…。
我ながら情けないなぁ~」
「そうですね」わかってます、先生の優しさを。

……でも、それだけが理由じゃないですよね。私、わかってるんです。
ごめんなさい……。

「チクビのお葬式から、もう2年半くらいか……。
時間が経つのは速いね~。
ひとはちゃんは高校生になったし、ボクなんてそろそろ三十路だよ。
もうおじさんだ。はははっ」
「……そう、ですね」あの日からもう2年以上も……。

あの日。

チクビのお葬式の日。
沢山泣いた日。
泣いて、疲れて眠って、起きるまでずっと先生に抱きしめてもらった日。
私は気づいた…ううん、認められた。



先生が好き。大好き。



ずっと胸にあるこの想い。それは『恋』だった。
当たり前だよ。
傍に居たのは、情けなくてみっともない教師じゃなかったんだ。
傍に来てくれてたんだ。強くて優しい男性が。
私が弱くて小さいんだ。

そう認めた瞬間、『世界』は一気に変わった。

世界は私に不公平じゃなかった。
誰だって、たったひとりじゃ何にもできない。
だけど素直になれば、沢山の友達が助けてくれる。
そうだよ。
ふたばはいつも、必ずありがとうって返してるじゃないか。

世界は私に意地悪じゃなかった。
誰だって、たったひとつの失敗が怖い。
だけど勇気を出して、大切な友達を助けるために頑張ってる。
そうだよ。
みっちゃんはいつも、必ず最後は笑ってるじゃないか。

何かを恨むのをやめたら、世界は明るくなった。
何かを怖がるのをやめたら、世界は広くなった。
だから『今』の私は、はっきり言える。

幸せ。

だって、自慢の家族がいる。素敵な友達がいる。

だって、先生に出会えた。

何も言わない私の手を握ってくれた人。私が怖くないよう手を引いてくれた人。
私の大好きな人。
いつだって、誰にだって言える。

「まあ…先生は出会った頃からあんまり変わってないですけどね。そのアゴひげ以外は。
童顔をカバーしたいんでしょうけれど、無駄な努力ですよ」

……だけど、だからわかってしまった。
先生が出会った頃のまま、ずっと優しいのは『先生』だから。
私が弱くて小さいままだから。

「きびしいなぁ……。
一応、いい歳なんだって自覚を持とうとしてるというか……。
いやほんと、ボクっておじさんになっちゃったんだよな。あの頃の海江田先生の気持ちがわかるよ」

わかってます。本当は迷惑をかけてるって。
男の人の部屋に女子高生が出入りする。しかも昔の教え子の。そんなの良いわけない。常識だ。
それに先生は大人の男性。本当なら子供の私なんて相手にされない。

「言いたい事があるならはっきり言ったらどうですか?
……私の家も、我慢できないほどうるさいってわけじゃないですし……」

だけど『もう来ないで』と言えば、私が傷つくから。

「べっ…別に言いたいことなんてないってば!ひとはちゃんが来たいなら、ずっと来てくれてかまわないよ!
むしろ来てもらわないとボクが困っちゃう!
いつまでも生徒に頼って、情けない先生だなぁ!ははは…」
「本当に」ごめんなさい。

私は悪い生徒です。
どうしても、この想いを抑えられないんです。

「ほら、さっさと窓を閉めてください。4月になったって言っても、まだまだ肌寒いんですから。
こっちは雑巾がけまでしてるんですよ」
「そうだね!ごめん!」

許してください、先生。
せめてお料理やお掃除でお返ししますから……。


「綺麗な部屋は気持ちいいなぁ~」
「そう思うんなら、いつも綺麗にしておいてください。
…もうっ、アイロンのコードはふまないでくださいよ」
「はーい」

私の背中で先生がごろんと寝転がる。
手を伸ばせばすぐに触れられる場所に、先生が来てくれる。
ただそれだけで、私の胸は痛いくらいに高鳴る。

……今は、ふたりの間に壁があるとわかっていても。

シュー シュー

「……………」 「……………」

アイロンのスチーム。重なる息遣い。
ふたり、静かで優しい時間。
大好きな時間。

シュー シュー

「…………コート、ごめんね」
「ほんとです。サイズ見て買ってくださいよ」
 いいんです。すごく役に立ってるんですよ。

先生に視線を追って、壁に掛けてある藍色のコートに目をやる。
大きくてぶ厚いコート。私の宝物。
ずっと着ていたかったけど、そろそろ一旦お別れかな……。

「うぐっ!…本当にごめん……。
ひとはちゃんが言ってたとおり、150センチちょっとで探したはずなんだけど……。
店員さんにも確かめたのになぁ?」
「……まあ服のサイズなんてあいまいですからね」
そのせいで、150センチちょっと『足りない』くらいの私には、大きすぎたんだろう。

……………。

ちょっとだよ。3センチなんて誤差の範囲じゃないか。
そもそも身長ぐらいなんだって言うんだ。
他のところは色々成長しているんだし、今や私は魅力的な女の子……だったらこんなに悩まない。
わかってる。

「確かに『150センチちょっとくらいの女の子用です』って、店員さんに言ったんだけどなぁ……」
「そういう数字をいちいち口にするの、デリカシー無いですよ」

低い背、針金みたいな手足、青白い肌。
………薄っぺらい胸。
結局何ひとつ、理想に届かなかった。先生の『好き』を手に入れられなかった。
忌まわしい矮躯。
ただでさえ『遠い』のに、これじゃますます視界に入れない。

だから私は、

「ごっ…ごめんね、ひとはちゃん………。
……ええっと………髪、また伸びたね。正座してても床につきそうだ……」
「伸ばしてるんです」

貴方の視界に入るように。ひと目で『女』とわかるように。

「そっか。今の高校生にはこういうのが流行ってるんだ。
すごく似合ってる……ああっ、ごめんっ。
ひとはちゃんの髪、綺麗でさわり心地もいいから、つい手が……」

貴方が綺麗と言ってくれるから。その手で触れてくれるから。

「別にかまいません」
「………ありがとう」

そしていつものように、あたたかな指がゆったりと髪の中で泳ぎ始める。

シュー シュー

アイロンのスチーム。伝わるぬくもり。
ふたり、静かで優しい時間。
大好きな時間。



いつまでも、『今』が続いてくれればいいのに……。