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「そんで、こんくらいの位置でラケットをもっとけば、フォアにもバックにもすぐ構えられるやろ?」
「なるほど……」

火曜日はお昼前の1番暑い時間に体育。しかも今日は私の苦手なテニスだ。
……いや…得意な種目は何なのかと聞かれると、こまっちゃうんだけどね……。

「変なとこにボールが飛んでいくんは、ラケットの面が打ちたい方向に対して傾いとるからやで」

ペアになってくれてる神戸さんのアドバイスには、いちいち納得していまう。
彼女も背は低いほうだし(でも150ある……)、体力テストの結果は私と大差ないレベルだ。
だけどスポーツ種目になればそこそこ以上の動きができる。

「何事も理屈やで。
姫ももうちょい、『どうやって身体を動かすんか?』を意識してみて」

その理由はきっと、神戸さんに『センス』があるからだと思う。
物事をしっかり見て、考察するセンス。それが高い。
だから1を見て10が理解できるし、効率的な動きや勉強法を構築する事ができる。
色んなものに手を出しながらも常に学力首位なのは、きっとこのセンスがあるからなんだろう。
ひたすら授業に集中し、ノートをしっかりとって、家で予習復習、という正攻法の力押ししかできない私とは根本的に違うんだよね。

「う~ん、わかるんだけどなぁ…」
神戸さんの話を聞いてるときはできそうな気がするんだけど、実際に動くとイメージに身体が追いついてくれない……。
足運びを意識してるとラケットの角度を忘れちゃうし、身体の動きを気にしてるとボールへの反応が遅れちゃう。
みんなどうして1度にこんなに沢山できるんだろう?

「ま、ゆっくりいったらええねん。
いっぺんになんやかんやはできへんて。1個ずつ身につけて行こ。
反復練習ってそのためにあるんやから。
姫もさ、私に料理教えてくれたときはコツの説明、上手かったやん。動きもめっちゃテキパキしとったし。
それは姫が考えをちゃんと動きに反映できるって事の証拠。やから運動も、ちょっと慣れたらものにできるって!」
「ありがとう、神戸さん。
……そういえばお弁当、喜んでもらえた?」
「モチのロン!
めっちゃ驚いとったでー!!全部姫のおかげや!ほんまありがとう!」
神戸さんがふわふわ髪を揺らしながら、顔中で笑う。
その表情からは彼女が本当に喜んでるだって事がよく伝わってきて、こっちまで嬉しくなってくる。
こういうところもちょっとふたばに似てるな。

「私は大したことしてないって。神戸さんが頑張ったからだよ。
…うん、だから今日は私が頑張ろう!」
「おおう、やる気やな!
でもちょっと休憩しとき。足、ふらふらしてるで」

うむぅ…言われてみると確かに足が……。
そう思った途端、急に疲れを自覚してしまって、頭までふらふらしてきた。
…髪、後ろで結んでるとはいえ、これだけ長いと冬でも暑いんだよね…。
今日くらいだともう湯気が出そうだよ……。

「ほんとだ…ちょっと休憩させてもらうね」
「そうしい。
私その間、トッキーんとこ行ってくるわ」
「うん」

てぺてぺと可愛く走っていく背を見送ってから、ベンチに腰を下ろす。
ふぅ……。
神戸さんはああ言ってくれたけど、この身体はやっぱり運動に向いてないよなぁ。……テニスは特にダメな気がする。
……生理、先週じゃなくて今日来てくれてたら…いやいや、そんな後ろ向きな考えこそダメだ。
一生懸命教えてくれてる神戸さんのためにも頑張らねば。

「やあ三女。神戸と組んでるとは珍しいね。
杉はどうしたんだい?」
投げ掛けられる爽やかな声。
その持ち主は、耳に届いたイメージ通りに真っ直ぐ背を伸ばし、汗をきらめかせながら隣まで歩いて来た。

……ベンチでぜぇぜぇ言ってる私が余計みすぼらしくなっちゃうから、今は遠慮して欲しいんだけど…。

「ちょっと保健室。杉ちゃんは軽いほうだけど、急に来ちゃったからさすがにね。
メガネに変えたんだ、さくらちゃん」
「うん。図書委員長就任記念に。
この方が『文学少女』らしいし」
「その意味不明なキャラ作り、もうやめない?
はっきり言って相手するのが面倒くさいんだけど」

そもそもさくらちゃんは170センチ近い長身だし、身体も胸部に親しみを覚え…すごく引き締まってるから、
メガネに変えた程度じゃ『文学少女』を名乗るにはまだまだ無理があるよ。

………自主トレ、ずっと続けてるのかな……。

「本当にはっきり言いやがったな。
…いやいや、キャラ作りってなんの事だい?だって私は図書委員長だよ。ちゃんと文系だよ。
物理と化学なんて世の中から消えてしまえと、毎日お星様に祈ってる」
「またそんなこと言って……。
…後半の定期テスト、手を抜いてたんでしょ?」
「それは穿ち過ぎ。
確かに神戸と多少馬があわないのは認めるけど、そこまではね。
それにそういうのは、あの人に1番嫌われてしまうから。誓って手を抜いてなんてない。
私がAクラから脱落したのは、単純に実力が足りなかっただけの話さ。
……あぁ…杉とは言ってみれば『ライバル』なわけだから、馴れ合うのを良しとしなかった、ってのはあったかもね」
「でも我が校二大『お姉さま』のふたりだからこそ、むしろ付き合ってくれた方が画になるのにって、
期待してる女子ファンも多いよ?」
「その気持ち悪い事を言った輩の名前を教えろ。後でシメる。誰が『お姉さま』だ。
杉はともかく、私にそんな趣味無いぞ」

ある意味大差ないでしょうに。ふたりとも女子から人気あるのも本当だし。
どっちも凛々しくて頼りがいあるもんなぁ。

「まったく……」
呆れた声を上げながらも、そのまま腕を組んでフェンスに背をもたれさせる。
見上げる横顔は本当に凛々しい。ボーイッシュなサラサラショートも、ちょっと芝居がかった言葉遣いもよく似合ってる。
いやぁ…これは女の子にもてちゃうよ。
ご愁傷様。

ワーワー

「…………迷惑だった?」
「なにが?」
「あんまり仲が良くないの知ってて、一緒にお弁当誘ったり」
「いいや、私は感謝してるくらいだよ。なんだかんだで結構楽しいレクリエーションになってたし。
きっと神戸も同じさ。
……私たちだけじゃない。三女がクラスの雰囲気を良くしようと色々頑張ってくれてる事、みんなが感謝してる。
なんせ斉藤がアレだからなぁ」
「元担任を呼び捨てにしちゃだめだよ」
「あいつはただの点数カウンターだ。教師ですらない」
「……そんな…」
言いつつ、言葉が続かない。

悪いとは思うけれど、確かに私もあまりあの人を斉藤『先生』とは呼びたくないから。
仕事だからやってますって感じで、ホームルームもすごく機械的だし。
…『先生』って、ちゃんと生徒を見て、手を差し出してくれる人を言うんだよ。

「特に柳はそう思ってるよ。三女こそがクラスをまとめてくれてるって。
あいつ、『家』とかそういうくだらないところばかり見て杉自身の努力をまるで見てなかったって、
そのことに気付くきっかけを作った三女にすごく感謝してるから。
…ま、あいつの性格だと面と向かっては言わないだろうけどね。
でも行動ではっきり示してる。『ありがとう』を」
「うん、わかってるよ。
聞こえてる」
「なら結構。
私も最初は、杉と柳があんなに仲良くなるなんて想像もしてなかったからね。
三女のしてる事は本当にすごい事だよ。だから迷惑になってるなんて絶対思わないで。
……新しくAクラに入ったヤツだって上手くやれてるみたいじゃないか。良い事づくめだ」
「ん……」
「だからさぁ、そんな顔しないでってば。三女が責任を感じるような事なんて、何にも、全く無いんだから。
私もC組で楽しくやってるよ。なんせ千葉と同じクラスになれたんだ、毎日が輝いてる。
クックックッ!」
…さくらちゃんは凛々しい美人だけど、相変わらず笑い方だけはちょっといただけないなぁ。
なんだか『企んでます』って感じがして……全体的に杉ちゃんと共通項が多いんだよね。
さすがライバルって言うべきなんだろうか?

「あんまり千葉くんをいじめちゃダメだよ」
「ひどい言われようだなぁ。私と千葉はすごく仲が良いのに。
三女だって私たちとは中学からずっと一緒だったんだから、知ってるだろう?
クックックッ!」
「知ってるから注意してるんだってば」

基本的に誰を相手にしても物怖じしない千葉くんだけど、さくらちゃんの前じゃ借りてきた猫みたいにおとなしくなっちゃう。
ゆきちゃんなら『恋してるからだよ!』とか言って喜びそうだけど、そうは見えないし……?

「クックックックックッ!!」

どんな弱みを握っているのやら。………ちょっと興味もっちゃうな。

「ああっ!松原さくら!
なんでおんねん!!」
「なんでって、体育はいつも合同でやってるだろう。私が居るのは当たり前だ。
上等なオツムをお持ちの割に、バカなことを口に出すヤツだねぇ」
「なにをー!
そっちこそいつもいつもキモいしゃべり方しくさって!!」
「いやぁ、私これで自惚れじゃなくて、人気も人望もあるんだよね。
となると誰の意見がマイノリティってことになるのかな?
教えてくださいよ、学年首位の神戸さんや。クククッ」
「むかー!」
「擬音を自分で言うな。小学生かお前は」
「むっかー!!」

んもう…。
まぁでもふたりともイキイキしてるから、確かに『レクリエーション』なのかもしれないな。

「今日こそ決着つけたる!
コートに入れ!」
憤慨やるかたない、といったところまで来た神戸さんが、勢いよくラケットでコートを指す。
それと正反対にさくらちゃんはあくまでクールな装いで、ゆったりと人差し指でメガネを直しながら応える。

「ふぅん…?
そりゃかまわないけど、勝負になるのかい?
お前の才覚は知ってるが、いくらなんでも基本スペックに差がありすぎると思うのだけれど」
「ならん!
やからハンデでお前は姫とペアになれ!でもってこっちはトッキー召喚!!」
「ちょっ、ハンデって!」
「いくらなんでもそれは卑怯だぞ!!フォローできない!!」
「少しはしてよ!怒鳴りたいのはこっちだよ!!

あーもうっ!やっぱりテニスなんて無意味だし不必要だよ!!」


――――――――――


「ごめんね三女。
私も今日は、お昼のうちに仕事を終わらせなきゃいけないから……」
「別にいいって杉ちゃん」

お昼休み。
今日は私以外のみんなそれぞれに用事があるから、ちょっと急いで食べて解散となった。
そのせいで、この後もまだまだ時間がある。

「だって三女をひとりにしちゃうから……」
「もー、私は小さな女の子じゃないってば。失礼な。
ほらっ、早く行った行った!」
「うん…ごめんね」
両腕で背中を押して追い立てると、やっと観念してくれたのか、杉ちゃんは生徒会室へと歩を進めてくれた。
やれやれ……心配性というか、あんなに気にされるとこっちが悪いよ。


――*   *――
 ――* *―― *――
――* *――


だけどひとりになった途端、気になり始める周囲の視線。はっきり感じる。

……そう。はっきり感じる。

子供の頃からずっと、私は人の『視線』をかなり正確に認識する事ができる。
だからかくれんぼや尾行は大得意だ。
『視線』を潜り抜けるように、感じない位置まで移動すれば、周りからは『見えない』ってことになるんだもん。
『まるで消えてるみたい』とまで賞賛されたものだ(妖怪のような扱いも感じて、ちょっと引っかかったけど……)。
だけど逆に、たくさんの意識が行き交ってる人ごみや、強い意識を向けられる(写真を撮られるときみたいな)のは大の苦手。
広い場所で多くの人に注目されるなんて、とてもじゃないけど我慢できない。
視線が文字通り突き刺さって来て、痛みすら感じるときもある。
……机の下は良かったな。周りの全てから守られて、視界を優しい意識だけで埋めてもらえたから。

でも、今は。

…もちろんクラスのみんなにそんなつもりは無いんだろうけど、これじゃ本当に針のむしろだよ。
うぅ…あんまりこっちを見ないで……。

………。

「小さな女の子どころか、小動物だね……」
自嘲。
本当に笑っちゃうよ。弱くて小さい髪長姫。ひとりじゃただ座っていることすらできない。

「……久しぶりに、いつものところへ行くか」

スイー

視線をかわしながら移動する…なるべく。
廊下に出ても『視線』の数は減らない、どころかますます多くなる。全て潜り抜けるなんて不可能だ。
チクチクと肌のいたるところに小さな針が突き刺さり、その度に血管が縮こまる。
なんでなんだろう?中学の中頃から急に…本当に突然、私に向けられる視線が多くなった。特に男子の。

……私が『姫』と呼ばれるにふさわしい美少女だから…?
「なんてね」

笑っちゃうよ。


……ん。さすがに図書室は大分マシだな。
今日の受付当番は…さくらちゃんと相原さんの女子ペアか。…会う日は度々会うものだなぁ。

「…………」
軽く手を振って挨拶してから、『いつものところ』に移動する。

うちの高校は偏差値が結構高いだけあって、図書室がなかなかに広い。
そして人気の無いジャンルはどんどん奥へ追いやられていくから、辞典コーナーなんかは滅多に人が来ない。
というわけで普通の本もそれなりに好きな私は、入学当初から色々お世話になってきたというわけだ。
…だからというのもあって、私は今年図書委員に立候補して、さらに書記を務める事にした。
去年ずっとAクラの図書委員をやってくれていたさくらちゃんには、『妙な責任感を…』って微妙な顔をされちゃったけど、
私は部活もやってないんだし、みんなの姿を見てたら少しは働かなきゃって本当に思ったんだよね。
………『働く』なんて言っても、ふたりの姉や杉ちゃんがやってる事に比べたら、遊びみたいなものだけど…。

「……おおっ、本当に新しい『主婦の友』がはいってる」

委員会で新ジャンルを協議してるときシャレで提案してみただけだったんだけど、結果は賛成多数で可決。
やはり家事の奥深さは男子も虜にしてしまうものなんだな。むふー。

お気に入りの本を手に、意気揚々と奥へ……おや?

「くそ、まいったなぁ。こっちで落としたと思ったんだけど……」ゴソゴソ
細い…けど背の高い男子が、窮屈そうに身をかがめて、本棚と床の間を覗き込みながらごそごそしている。
…落し物を探してる、のだろう。

……………。

「あーくそっ、なんか最近ついてないなぁ…」ゴソゴソ

もう何度もやってる事だけど、やっぱり慣れない。特に最初は胃がキリキリしてくる。

「どうしたの?」
それでも、勇気を出して声を掛ける。そうしてもらったときの嬉しさを想い出しながら。

「あっ、ちょいストラップ落としたかも……ッ!!」
と、こっちを向いた男子が目を見開いて動きを止めてしまった……息するのまで止めると、死んじゃうよ?

「どうしたの?」
「あっ…ああっ…あのっ!えっと!
ちょっ…ちょっと昨日が!俺に…じゃなくて!多分落としたのがあって!で、床だと思うから!ますから!それで!!」
もう一度声を掛けた途端、今度は無理やり早送りされてるみたいにぎょろぎょろ目を動かしながら直立し、文法を忘れてしゃべり出した。
学生服の襟の学年章は…1年生か。でもこの子、立ち上がると本当に背が高いなぁ…ちょっと圧迫感。
…いやいや、下級生相手に情けない。しっかり見ろ。

「図書室では静かにね。
ここで落し物したの?」
「はい!たっ…多分なんですけど!」
静かにしなさいと言うに。

「拾遺物として受付で預かってるかも。
静かについてきて。私も図書委員だから、ちょっと聞いてあげるよ。
静かにね」
「はっ…はい。ありが…っ、ありがとうござ…ます。
……あっ…あのぅ……」
「…?
なに?」
「髪長姫先輩、ですか?」
「………そう呼ぶ人もいるね」けどその日本語はどうだろう?

スイー

カウンターに移動し、推理小説に目を通している図書委員長に声を掛ける。

「さくらちゃん」
「あらほらさっさ」
何語なの?ていうか、せめて本から顔を上げて返事してよ。

「…この子、昨日図書室で落し物したみたい。そっちに無い?」
「相原くんや、頼むよ」
などと私の抗議の声音なんて全く意に介さず、それどころか今度は横柄にアゴで指示を出し始めるさくらちゃん。
あなたそれでよく『人気も人望もある』なんて言えたね……。

「あんたね……。
えっと…この箱の中にあるのが、今こっちで預かってる全部なんだけど…ある?」
「…あった、これです」
「それじゃあ、こっちの紙にクラスと名前を……」

「相原くんは優秀で助かるなぁ」
「真面目に仕事しなさい。図書委員長でしょ。
…んもぅ、いい加減にこっちを見て話を「あのっ!」 っと」びっくりした。

浴びせかけられた大声に振り向くと、男の子がガバッと頭を下げてきた。
その勢いがあんまりにもよすぎて、私のか細い髪がふわっと舞う。おっとっと。

「あっ…あり…ありがとうございました!!このご恩は一生忘れません!!」
「いや、大げさ……。
それと図書室では静かにね」
「はいっ!!そっ…それじゃあ!!ありがとうございました!!」ダダダッ

おまけに走って出て行くし……。

ザワ... ザワ...

やれやれ…せっかく来たっていうのに、結局すごい『視線』が集まっちゃったよ。
はぁ~……。

「…三女、準備室に来るかい?」
さくらちゃんが親指で奥を指して、軽くウインクする。相変わらずこの子はこういう動きがやたらに似合うなぁ。
さて…申し出はありがたいのだけれど……。

「私、今日は受付当番じゃないよ」
「妙なところで律儀な女だねぇ…。
いいじゃないか、私もちょうど休憩したかったし。お茶の1杯も入れてあげるよ」
「さっきから勝手に話を進めるな。受付、私ひとりに押し付ける気?
…まぁいいわ。私も姫にはお世話になってるからね。
寄ってって」
「……お言葉に甘えるよ。ありがとう」
「ごゆっくり」
ひらひらと手を振って送ってくれる相原さんに、私は手を合わせながらカウンター奥の扉をくぐった。

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最終更新:2011年10月09日 20:08