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――――――――――


キーンコーンカーンコーン

学び舎に今日の終わりを告げる鐘の音が響く。
……あの後は時間の過ぎるのが速かったな……。

「さぁ~って、今日もひと汗流すといたしますか!」
「トッキーはハンド部か。
そしたら私も、将棋部にひと狩りしにいこっと」
「………名詞と動詞がつながってない…よな?」
「ゲームよゲーム。
うちの将棋部、実質ゲームマニアの溜まり場になってるから。なんか多人数でやるやつが流行ってるみたいよ。
神戸、春休みからずっとそれやってるの。こないだゲームの時間みたら300時間超えてたわ」
「さんびゃく!?」
「ファッファッファッ!
そう、このメモリには私の貴重な青春の時間がつまっとんねん。
まさに『青春のメモリー』!!」
「脳が腐ってるとしか…でも成績負けてんだよなぁ……」
「ファッファッファッファッファッ!
ひれふせ愚か者どもー!!」
「その『青春のメモリー』貸してみ。
…なるほど。これなら簡単にペキッといけるな」
「やめてー!!返してー!!」
「やれやれ。
ま、私も今日は野球部の練習見に行こうかな」
「柳もそんなにたびたび行くんなら、もういっそマネージャーになったら?」
「ちっ!
男持ちは地獄に落ちろ」

「「「……………………」」」

「な…なんだよいきなり……」
「ま…まさか現実社会でその台詞を耳にする事になるなんて………」
「驚愕のあまり心臓が止まるとこやったで……」
「さすがトッキー、予想のはるか下を行く小物ぶりね……!」
「ちょっ…なんでそこまで言われんだよ!
普通じゃん!あたしの中学じゃみんな言ってたって!」
「ないでー。それはないでー」
「せめて言い訳くらいもうちょっと捻ったら?」

「う…うわーん!!!」ダダダッ

「廊下は走っちゃダメよー!
…さて三女、私たちも帰りましょ」
「うん……」

杉ちゃんの声も今は遠い。
ずっと考えているから。
あの後…さくらちゃんと話した後、授業中もずっと考えてるけど……やっぱり。

やっぱり、さくらちゃんにからかわれただけな気がしてならない。

あの場では相手の雰囲気に飲まれてなんとなく納得してしまったけど、
冷静になって考えるとやっぱりいくらなんでも無茶苦茶だ。
地味だった女の子がある日突然美少女に、なんて今時少女漫画でもやらないよ。
実際、図書室での1年生のあの反応。あの目。昔から千葉くんたちがたまに見せてきたのと同じだった。
…いい加減傷つきはしないけどさ。
まぁ…見ようによってはこの髪も不気味だろうしなぁ……。
歩きながらお尻に手をやり、髪をひと束すくいとってサラサラとこぼしてみる。

ザワ...

すると、私を起点にして露骨などよめきが廊下に広がった。
………気がする、という事にしとこう。杉ちゃんが隣で苦い顔をしてるのも含めて。

スイ...

身体にまとわりつく視線の刺激を極力無視しつつ、私は歩みと思考を続ける。
そりゃいくら髪が自慢にしたって、お尻の下まで伸ばしてるなんて子は、ちょっと普通じゃないって見られてもしょうがないもんね…。
みっちゃんにも『夜道の後姿が恐いから、せめて半分にしなさい』って、度々言われるし。
正直私もさすがにここまで長いのは面倒だから、切れるものなら切りたいというのはある。
だけど先生のためにも、私の都合のためにも、絶対短くするわけにはいかないんだよね。

ワイワイ...

尽きない悩みに足取りが重くなっても、しょせん校舎の広さなんて知れているわけで。
さしたる時間も掛からず、下校する生徒たちで賑やかになっている昇降口に辿り着く。
恐る恐る、自分の下駄箱を覗く……ふぅ…。今日も何も無しか。
よかった。
最近は無かったけど、あんな話を聞いた後だったからちょっと緊張しちゃったよ。

…ただ帰るだけなのに。

「どうしたの、のろのろして?
今日は夕方から雨っていうし、私たちは早めに帰りましょうよ。
……それともまた入ってた?」
私が妙なところで止まってしまったからだろう、先に靴に履き替えた杉ちゃんが眉を寄せた顔で覗き込んできた。

おっとっと、いけないいけない。
この心配性の友達は、私がちょっと困っただけですぐに全力で解決に乗り出しちゃうのだ。
女子にモテモテなのが納得の頼り甲斐だけど、何度も甘えるわけにはいかないよ。

「あっ…ううん。そうだね、帰ろう。
……みっちゃんも降る前に帰ってこれればいいんだけど…多分無理だろうなぁ。
一応カッパは渡しといたけど」
「東高は距離あるっていったって、自転車飛ばせばそんなにかからないでしょ?」
「今日は久しぶりに部に顔を出してくるって言ってたから。
またさっちゃんが何かやらかしたみたいだよ。プリプリしてた。
『いつもいつも面倒な事になってから私に連絡しくさって~』って」
なんて、両手を腰にあててみっちゃんの口マネをしてみる。
う~ん、我ながら全然似てない。私たちらしい。

「ああ…なるほど。
松岡も昔よりは落ちついたとはいえ、行動範囲が広くなった分余計にやっかいになってる気がするわねぇ。
宮下もちょくちょく捕まってるって言ってたくらいだから、みつばの逃げ足じゃちょっと逃げきるのは無理ね」
「ふふっ、確かに。
だから結局いつもこうなっちゃうんだよね」

……結局、みっちゃんは世話好きなんだよね。ぶちぶち文句を言いながらだけど、迷わず引っ張って行く。

誰かに手を差し出すのは難しい。やってみて初めてわかった。
自分に相手を引っ張るだけの力が無いと、何の意味もない…どころか、一緒にこけて目も当てられないことになっちゃう。
目に見えてるのは簡単そうでも、先に何があるかなんてわからないんだから、最後まで引っ張って行けるかなんて誰にもわからない。
だからそれはとっても難しくて怖い事。
『できるんだったら助けて』なんて…それで逆恨みまでするなんて、本当に子供だった。

だから『今』の私は、思う。
みっちゃんはすごい。いつも必ず最後は笑ってる。

……もし私が……。

「……………………」
「……ねぇ、さんじ「おっ、三女さん。お帰りっスか?お疲れ様です」 ……私もいるんだけど」

聞きなれた分厚い声呼ばれて振り向くと、そこに立っていたのは、
「千葉くん」

「ウッス」
「久しぶり。
最近会わなかったから、進級できてないのかと思ってたよ」
「がくっ……。
ひでぇっスよ三女さん~」

ちょっとからかい過ぎちゃったかな?千葉くんはうなだれ背を丸めたまま、とぼとぼした足取りでこちらへやって来た。
だけどそれでも私よりはるかに大きい。前に180を超えたって言ってたもんな。
……ちょっとわけて欲しいよ……なんてベタなことは考えないけど。

考えてないってば。

「冗談だよ、じょうだん…に、ならなかったかもだもんね…。
ゴメン……」
「ま…真顔で謝ってもらうと余計にキツいんスけど……」
右目を引きつらせながら、千葉くんが所在なさげな手で学帽をいじる。

ちなみに学校指定の学帽なんてない。だけど中学のときから、千葉くんは学校では(授業中でも)学帽を愛用し続けてる。
古めかしい雰囲気だけど、背が高くて線もがっしりしてる千葉くんにはよく似合ってるなって思う。

……ところでもう付き合いも長いはずだけど、1度も帽子を取ったところを見てない気がするのは気のせいなんだろうか…?

「身から出た錆でしょうが。せっかく私たちがノート貸してあげてるってのに、情けない結果ばっかりで。
…いっそ部活とかやったら?そんだけ図体でかいんだし、いい結果を出せるのもあるんじゃない?
そしたら意外と点数も甘くなるもんよ」
「………補習でそれどころじゃねぇ…」
「アホ」
「ちょっとは同情しろよ!
今日だってこれから数学の補習なんだぞ、俺!」
「はあ?どこに同情する余地が…って今から!?
あんた四月なのにいきなり補習って、どんだけなの!!?」
「うるせえな!ほっとけよ!」
「同情しろって言ったり、ほっとけって言ったり、どっちなのよ」
「だからうるせえ!」

ギャーギャー

なんだかんだでずっと、千葉くんも杉ちゃんと仲いいな。
もちろんみっちゃんとも、ふたばとも、私ともずっと仲良くしてくれてる。
数少ない男の子の友達。
同性だけじゃどうしても手に入らない情報や視点があるから、ずっと助かってるんだよね。
ふざけて騒いでることも多いけど、根っこは真摯だからいざというときは頼りになるし。
しんちゃんという『弟』は、基本的に頼りにならない事はなはだしいからなぁ…。

…あっ、そうだ。

「ねぇ…千葉くん。ちょっと意見が聞きたいんだけど……」
「…――おめーもだろうが、ピョンピョン女!…って、え?
ウッス。
俺なんかで良ければいくらでも」
「私って……。
…先に言っておくけど、絶対笑わないでね」
「笑いません!んな事絶対しませんから!」
そう言って私に向き直り、姿勢を正して話を聞く体勢をとってくれる。
私の言葉を待ってくれてるその表情には、真剣さが現れていて…これならきっと大丈夫。そう思える。

「うん…あのね……」
だから私もしっかり向き直り、千葉くんの目を見る。
しっかり見るようにしている。人と話をするときは…知らない人が相手のときだったら、特に。

礼儀っていうのもあるけど、私はただでさえ暗い性格なんだから、俯いてたらそれこそ何も聞いてもらえなくなっちゃう。
何より、『想い』を伝えるために必要な事だって思うから。
わざわざ椅子を引き、身をかがめて覗き込んでくれたあの日々に、そう想ったから。

だから、しっかり相手の目を見て話をする。そう決めた。

「ぅ…にじが……」

………まぁなんか余計にたじろがれてる気がしてならないけど。
付き合いの長い友達にまでやられると、やっぱりちょっと傷つく………いやいや、今は覚悟を決めてしっかり聞こう。

すぅはぁ……よし、いくぞ!
「私って『美少女』かな?」


「えっ……」
千葉くんが止まった。

「さん………」
杉ちゃんも止まった。

「……………………」
そして私も止まった。むしろ凍った。心臓が。


…ちょっと待って、なにこの質問。大丈夫なの私?暖かくなってきたせい?


「…えっ……ぁう…!
もっ…もち……」
うわぁ…千葉くん、完全に引いてるし。なんか脂汗までだらだらかいちゃってる。

「ごめん…忘れて。本当に忘れて。絶対に忘れて」

危なかった…。
さくらちゃん達にだまされて、『絶世の』とか『超』とか意味不明な修飾語を付けなくてよかったよ。

「はぁ~…。
ちょっといくらなんでもどうかしてたよ。
ごめんね、変な事聞いて…っていうかホントに聞かれたこと自体忘れて。お願い」
「うおっ、オーラが久々に……!
いやっ、違う…違うんスよ三女さん!
まっ…マジで三女さんは、そのっ……」
「いいって、フォローしなくて。余計にキツいから」
「そうじゃないんですって!」
「いつもありがとう、千葉くん。
ずっと私たちのフォローしてくれて。ずっと仲良くしてくれて。
だけど無理なことは無理でいいからさ……。
なんせ千葉くんは『D以上』じゃないと女の子じゃないもんね」
「ちょっ…そんな昔のネタ……!
いえいえいえ!無理じゃないっス!!全然無理なんかないっス!!
俺マジで、本気で三女さんのことかっ…かわっ……!」
それでもなんとか私を傷つけまいとしてくれてはいるんだろう。真っ赤な顔で喉を引きつらせて、だけど言葉が出ないみたいだ。
可哀相に…って、この場合可哀相なのは私の方かな?……まぁいいや。

「だからそんな無理なんてしてくれなくても、今のままで十分助かってるって。
私、男子の友達全然いないから。
それにさ、さくらちゃんに聞いたよ。私のために『噂』を流してくれてるんでしょ?
本当にありがとう。
先生に迷惑かけるの絶対嫌だし…こんな事言ったら悪いとは思うんだけど、男の子に言い寄られたりするのって苦手で……。
だからね、これからも、今までどおり仲良くしてくれたら嬉しいな」
多少胸につっかえるものはあるけど、感謝は本当だ。だからせめて、精一杯の笑顔で伝えよう。

「…………いえ、そんな…。
俺こそテスト前とかいつも助けてもらって……ありがとうございます……」
するとやっと解放されたんだろう。千葉くんは心臓を押さえながら魂が抜け出ちゃいそうに深いため息をついた。

……言うまい。約束通り、笑わずにいてくれただけ感謝しなきゃ……。
そうやってなんとか自分を納得させてると、

「んぶふぅ!ヒヒヒッ!あっ…哀れすぎる……!!
わらっ…笑うしかない……っ!!ヒヒヒ~!!」
今度は杉ちゃんが、突然お腹を抱えて大笑いし始めた。

「んも~!そんなに笑わないでよ、杉ちゃん!
聞かなかったことにしてってば!!」
「イヒヒヒッ!!
あぁ~かっわいそ~っ!ほんっきで…ヒヒッ!笑える!!」
「てめえ…松原といい、本気で性格わりぃな……。
いつか絶対バチ当たるぞ。てか祟ってやる。覚えてろ」
「そこまでは言わないけどね……」

とはいえ許すまじ、さくらちゃん…!この借りは必ず返すからね!!
傾きだした太陽に向かって、丸井ひとはは復讐を誓うのであった。

「ウヒヒヒヒィッ!しっ…死んじゃう…!!
呼吸が……ッ!助けて……!!」

杉ちゃん笑いすぎ。


「あー…危なかった。ちょっと走馬灯が見えちゃったわ。
…あの顔……ッ!ヒッヒッヒッ!
ダメッ、腹筋が……!」

帰り道も半分以上を過ぎた(といっても、歩いて15分程度の通学路だけど)というのに、杉ちゃんはまだ笑いっぱなし。
呆れる…っていうか、そろそろ怒ってもいいよね?

「いい加減にしてよ杉ちゃん……。
だいたい今日はお腹まずいんでしょ。体育休んだくせに」
「私軽いから大丈夫よ。
それこそお昼は生徒会の仕事もやってたんだし。この後だってピアノのお稽古が待ってるんだから」
「………『姫』っていうなら、杉ちゃんの方だよね」

実際、お城みたいな豪邸で優雅な趣味(盗撮は置いとくとして)を嗜んでるわけだし。
髪形だって絵本に出てくるお姫様みたいだし。
…私もたまには変えてみようかな、と思ったことが無いわけじゃないけど、癖が無さ過ぎて全然パーマがもたないんだよね。
昔みたいなお団子は、子供っぽくて似合わないとか言われて不評だったしなぁ…。

…多少は身長をごまかせるのに……。

「そんないいものじゃないってば。単に成り行きでやってる部分も大きいし。
楽しい事なんてまるでない、とまでは言わないけど、私全然才能ないのわかってるしね」
「じゃあなんで続けてるの?」
「言ったでしょ、成り行き。
義務に近いのかな?パパのパーティについてった時とかに、教養が無いと恥をかいちゃうから。
…私以上に、パパが。
やりくりも覚えて、やってるつもりだけど、やっぱりうちに居るからにはその都合にも合わせるべきだと思ってる…って、
もちろん強制じゃなくて自分からやりたいってお願いしたのよ。
私むしろ自由にさせてもらい過ぎだからね。
高校だって結局行きたいところに行かせてもらってるわけだしさ」
「……『結局』ってことは、やっぱりゆきちゃんと同じ私立に行けって話もあったんだ」
「せぇ~っかく近所にこんな良い高校があるんだから、行かない手は無いわよ。
偏差値だってそんなに違わないんだし。Aクラに居れば尚のことね。
むしろ登下校時間の差分を有効に使って、もっと自分を磨いてるって自負があるわ。生徒会だってそう。
思った以上に面白かったし、秋の生徒会長選挙出てみようかな?」
自分の演説姿を想像してるのか、杉ちゃんが目を空に向けながらすごいことを口にする。
だけどその表情には気負いとかは全然無い。むしろ口元に笑みが浮かんでるくらいだ。
ひぇ~…その自信と度胸をちょっと恵んでくれないかなぁ。羨ましい…けど、何より羨ましいのはそれを生み出す実力だ。

「杉ちゃんなら楽勝だろうね。
男子からも、女子からも人気あるし。というよりむしろ女子に大人気だし」
「やめて。
ったく、同い年…どころか上級生まで『お姉さま』とか呼ぶ人いるし…どうなってんだか。
しかも三女は知らないでしょうけど、あの松原との百合説とかあるのよ?気持ち悪っ!
あいつはともかく、私にそんな趣味ないっての!」
知ってる知ってる。有名有名。

…にしてもこのふたり、裏でネタ合わせしてるんじゃないかってくらい息の合った事言うよな。

「とにかくいつまでも子供じゃないんだし、多少は家の事も考えなきゃなんないからね」
「進路が法学部なのもそういう事?」
「ま、ね。
今時、娘がいずれ跡を…な~んてありえないけど、
どうせなら生かせる可能性のある知識を学ぶべきだと思うから」
「……すごいなぁ」
「そう?」
「うん。
目標を持って勉強して、生徒会の仕事もして、お稽古事までして。…家や家族のことまでしっかり考えて。
私なんかじゃとてもじゃないけど無理だよ……。
はぁ…進路調査、何を書けばいいんだか……」

みっちゃんも、ふたばも、杉ちゃんも…みんな頑張ってる。前に進んでる。
なのに私はいつまで経っても家の中に、壁の内側に閉じこもってるだけ。
いつまでも、同じ夢を見続けているだけ……。

「……はぁ~あ。
なに言ってるんだか。ここまで来るとさすがに呆れちゃうわ」
「…?」

杉ちゃんが立ち止まり、ひと呼吸。
子供の頃はほとんど同じだったけど、いつの間にかかなり差がついてしまった。
見上げる視線の先で、私に向けられている微笑みはどこまでも優しい。
……いつの間にかかなり差がついた。纏う空気は本当に『お姉さん』で。


微笑みを彩る、艶やかな唇が開かれて――
「1番すごいのは三女よ」


「…私が?」
「そう!私の友達の中で1番すごいわ!
もちろん私なんかよりずっとずっとすごい!!」
「そんな…私、何もやってないよ。
誰かに自慢できるような仕事も、趣味も持ってない……」

今もそう。こうやってすぐ帰り道。
いつも同じ『今日』を繰り返してる。

「やってる!ずっとやってきてるじゃない!家の事、家族の事!!
…本当に、私たちの『仕事』や『趣味』なんかとはレベルが違うすごい事を、子供の頃からずっとやってきてるわ。
生徒会の仕事も、お稽古も、みつばのバイトやふたばの部活も、その気になればいつでもサボれるの。
眠かったら、疲れてたら、お腹が痛かったら、明日にしようって片付けられるの。
だけど三女のやってる事は違う。
辛いから、面倒だからなんて言ってサボれない。毎日やらなくちゃいけない。
ほっといたってお腹をすかせる。服を汚す。病気になる。今日だって言わなきゃカッパを持って行かなかった。
しかも家計っていう限られた条件の中で、全部を上手くやりくりしてきてる」
杉ちゃんが興奮気味にまくし立てる。まるで自分の事を自慢してるみたいに、満面の笑みを浮かべながら。

「……そんなふうに考えたこと無かった……。
ただ私がやらなきゃって…ううん、外に出るのが苦手なのをごまかしてただけで……」
「違うわ。やらないでいる理由なんていくらでも作れたはずよ。
家の中でゲームして、ゴロゴロしてたってよかったじゃない。特に昔なんて、ふたりは外で遊びまわってるだけだったんだから。
ていうか今も半分以上遊びほうけてるみたいなもんだし。
なのにずっとずっと頑張り続けてる。本当にすごいわ。
…同い年の友達がすぐ近くでこんなに頑張ってるっていうのに、ひるがえって自分はどうなのかしら?
そう思ったから私、頑張ることにしたの。今、頑張れるの。
そうよ、お礼を言うのがずいぶん遅くなっちゃった。
友達になってくれてありがとう。ずっと友達でいてくれてありがとう。
これからもずっとよろしくね、三女」
差し出された手。
そこに込められた想いに、引き付けられるように、

ゆっくりと

     握る。


あたたかい。


私には、手を差し出してくれる友達が沢山いる。
幸せ。
信じられないくらい幸せで……まいったなぁ…。本当にまいったよ……。

「すっ…すごいな、杉ちゃんは。やっぱり」
ダメだ…声が震えちゃう…。とてもじゃないけど隠せないや……。

「………ありがと、三女」
「うん……。私も、あり……と………」

もっとちゃんとお礼を言いたいけど、今はちょっと無理だな。顔も、上げられない。目を見て言えない。
でも大丈夫。これは明日にしたって大丈夫だよね。

『これからもずっと』って、言ってくれたんだから。

「…………………………」
「…………………………」


だから今、待っててくれてありがとう。


「………うん…もう大丈夫……。
ほんとに色々……嬉しかった。
ありがとう」
「うぁ…キラキラ全開で面と向かって言われると、ちょっと心臓にキツイわ……。
しかも…あ~……これで黙って私の手柄にしちゃうのは、かなりズルイわよねぇ…。
ホントは言うなって言われてるんだけど……」
「…なにを?」
「ぜったい私が言ったこと、ばらさないでね」
「う…うん」

どうしたんだろう?いつもハキハキしてる杉ちゃんが、こんなふうに口ごもるなんて……。
杉ちゃんがこんなになる相手は、ひとりだけなのに。

「さっきのは、みつばの言葉なの。
三女がすごいって事、すっごく頑張ってるって事、はっきり教えてくれたのはみつばなの」

「えっ…?」
「中学のときにね。
いつもみたいに『私ほどじゃないけど』って、オマケつきで。
でも、真っ赤になっちゃって。
…にしてもまったく……1番伝えなきゃなんない相手に伝えられてないって辺りがみつばよねぇ……。
ま、それも含めていつもの事だと許してあげて、今日からちょっとそういう目で見てみなさいな。
きっとあいつが何て言ってるか、すぐわかっちゃうわよ。
素直じゃなさすぎてわかり易いのが、みつばなんだから」
「…みっちゃんが……」

そっか……そうだったんだ。
そうだよ。
頑張って稼いだアルバイト代、家に入れてくれて。
手元が危ういのにお料理頑張ってくれて。
他にもお洗濯や買い物、先生に会いに行く日のフォロー。
いつも言ってくれてた。
いつも、誰よりも、大きな声で伝えてくれてたじゃないか。
…私のために。

「なんだかなぁ…最近、ずっとみっちゃんにやられっぱなしな気がするよ」
「大げさ、大げさ。
みつばはいつだって所詮みつばなんだから!あはははっ!」
口ではそう言ってても、杉ちゃんの笑顔は誇らしそう。
杉ちゃんだけじゃない。みんながそうやって笑う。

みんなを引っ張る、みんなを惹き付ける、自慢の姉さん。

……もし私が…
「……………ったら、先生に……」
「……ねぇ三女。久しぶりに私の家に寄ってかない?
時間があればなんだけどさ」
「えっ…いいけど……。
でも……」
「そんなに遅くならないから。
私もピアノがあるし……もし雨が降ってきちゃったら、タクシー呼ばせてもらうから」
「いいよ傘貸してくれれば。近所なんだから。
…でもどうしたの、急に?」
「うん……まぁ友達なんだから、たまには来て欲しいって感じかな。
最近吉岡たちとも集まれなくて、ちょっと寂しいのが続いてるし……そうだっ!
こないだいい葉が手に入ったからご馳走させて。ひとりだけで楽しむのはもったいないくらいなの。
ね?」
「………うん」

……今日は紅茶の日、なのかな?