~ 喧嘩(みつば視点) ~
ひとは「……もういいよ! 二度と話しかけないで!」
みつば「――っ!」
私は言い返そうとして口を閉じた。
上等よ! 絶対話しかけてやらない!
……そうやって意地を張ったが、この時は「明日になればいつも通り」……そう思っていた。
――取っ組み合いにまでは発展しなかった何時もの喧嘩。
でも何かが少し違った。
喧嘩をしたのは昨日の夜。喧嘩の理由は些細なこと……だったと思う。
と言うのも何が原因か良くわからない状態から喧嘩がヒートアップして行って、関係ない不満とか色々ぶつけ合ったからであって。
そして、最後は内容の無い悪口の言い合い――――今思えば言い過ぎなところも多々あったがお互い様よ!――――だった。
で、ひとはのあの台詞で締められた訳だ。
何時もの喧嘩と違うと感じたのは……そう、今も尚、あの台詞通り会話をしていないから。
後を引く喧嘩なんて滅多にしないのに……。
今は学校の給食時。
私は杉崎たちと一緒に給食を食べている。
ふと、ひとはに視線を向けると自分の席で松岡と一緒に給食を食べていた。
……正直安心した。松岡には心の中だけで感謝しておいた。
でも……雲で覆われた私の心は、さらに酷くなっただけ……。つい先日梅雨明けしたはずなのに……。
松岡と給食を食べるひとはの背中を見ながら、喧嘩をしたことを後悔する気持ちと私と喧嘩しているというのに松岡と会話するひとはの姿が憎くも見えた。
そんな矛盾した感情が頭の中に溢れ返っていると、会話に参加していなかった私に話しかけてくる物好きな盗撮女が居た。
杉崎「なに、変な顔して……給食前に拾い食いでもしたの?」<ピロリロリーン♪>
いつもならその喧嘩買ってあげるんだけど……昨日のこと…いや現在進行中の喧嘩のことがあってそんな気分にはなれなかった。
無視して給食を食べることにした。――って言うか撮るな!
宮下「なんだ? いつもの長女らしくないな」
……長女らしくない……私は不意に“私らしくない”と言う意味でなくそのままの、言葉通りの意味で捉えていた。
確かにその通りだろう。意地になって馬鹿みたいだ。長女なら長女らしくすべきだ。私から仲直りを持ちかけるべきだ。
そう思ってはいても、私にはそれが素直に出来ない。
意地になってる……というのはもちろん、私から折れたら、ひとはと会話がしたくて仕方がないみたいじゃない。
吉岡「ど……どうしたのかな? みっちゃん……」
宮下の言葉も無視してしまったため、吉岡を初めとして杉崎、宮下も本格的に困惑し始めてしまった。
みつば「別に……なんでもないわよ」
仕方が無く場の収束を図るために出した声は、実に素っ気無い答えだった。
松岡「! 三女さんはどこ!?」
放課後、ひとははどうやら先に帰ったらしい。松岡はひとはがいつの間にか居なくなってるのに気が付き、周りを見渡した後は意気消沈していた。
私も杉崎たちと帰っても碌に会話もしないだろうし……そう思って一人で帰ろうとしていると、またしても杉崎が話しかけてきた。
杉崎「ちょっと、みつば! 何一人で帰ろうとしてるのよ!」
……正直、一緒に帰ることに誘ってもらえて嬉しくはある。
でも、ひとはは一人で帰ったのだと知ってしまっては、杉崎たちと帰ることが何となく後ろめたく感じてしまう。
断ってでも一人で帰ろうと思っていると――
吉岡「咲ちゃんも、一緒に帰ろうよ。ちょっと三女さんの話聞きたいし」
みつば「……へ?」
どうして、いきなりひとはの話? それに何で松岡に訊くのかが理解できない。
宮下「ふたばだよ。三女と喧嘩したんだって聞いたぞ。口も聞いて無いそうじゃないか」
不思議そうな顔をしていたであろう私に宮下が答える。
そして、私が宮下の言葉の意味を理解するより早く杉崎がさらに追加で説明する。
杉崎「そういうことだから、給食が三女と一緒だった松岡を交えて作戦会議よ! それで、さっさと仲直りしなさいよ!」
え…っと?
つまり、仲直りに協力してくれるってことなのだろうか?
そう考えて、確かめるべく口を開こうとした時、慌てたように杉崎が割り込んできた。
杉崎「か、勘違いしないでよ! あんたが元気無いと張り合いが無くて詰まらないからで……」
腕を組んで私に対して横を向いた杉崎はなぜかムスッとした顔で私をチラ見する。
杉崎「で、何があって喧嘩になったのよ」
みつば「あ、あんたらには関係ないでしょ!」
私の口から出た台詞は、杉崎を突っぱねる言葉。
作戦や相談なんて必要ない。
私がひとはに謝れば済むだけのことなのだから。
杉崎「っ! か、関係ないって……そ、そうかもしれないけど……」
宮下「おい! そんな言い方は無いだろ! 私も杉崎も心配して言ってるんだ!」
余計なお世話だ……。
それに杉崎は心配なんてしていない。その証拠に今現在、宮下に向かって「は、張り合いが無いだけよ! 別に心配なんてしてないんだから!」と言ってる。
自分に都合の良い私に戻れ……そう言ってるのだ。
宮下もきっと、心配してるように言ってるだけで、自分が良い格好したいだけで――
……そこまで考えて自己嫌悪した。
そんなわけ無いってわかってるのに。……最低だ。
私、イライラしてる。きっと……ひとはと仲直り出来てないから。
それで皆に八つ当たりして――
松岡「みっちゃん……三女さん今日元気なかったよ」
不意に松岡からの台詞。
ひとはが元気が無い……私と喧嘩してるから?
……。
私だけの問題じゃない。ひとはもこんな関係、望んで言った訳じゃないはず。
改めて杉崎の顔を見る。すぐ視線を逸らされたが、心配してくれてるのが丸判り。
他の皆も心配してくれてるようだった。この場にはいないが、きっとふたばも……。
みつば「明日には……仲直りできてるわよ! だから心配する必要なんてないわよ!」
そう言って私は皆を置いて先頭を歩く。
やっぱり、ちゃんと私から謝ろう。帰ったらすぐに謝ろう。
杉崎「ち、ちょっと! 心配なんてしてないって言ってるじゃない!」
宮下「面倒くさい姉妹だよな」
杉崎「(あんたも十分面倒くさいと思うけどね……)」
宮下「え? ちょ…聞こえてるぞ! 私が何したって言うんだよ!?」
一番離れてる私にも聞こえるほど杉崎の小声は大きかった……ワザと聞こえるように言ったわね。
宮下も聞こえなかったことにしてスルーして置けばいいのに。
吉岡「もぉう! 違うよ杉ちゃん! 宮ちゃんはちょっと空気が読めなくて鬱陶しいだけだよ!」><
宮下「吉岡……フォローになってないぞ」
~ 失敗(ひとは視点) ~
ひとは「はぁー」
今日は一人で下校。
別に仲間外れにされたとかじゃなく私が故意に行なった事。
……って言うか、一人で下校することなんて珍しいことじゃないし!
ひとは「みっちゃん……本当に話しかけてこないのかな……」
そんな訳ない。みっちゃんは優しいから……きっと……。
……本当は待ってる事なんてない。私から話しかければ済む話。
じゃあ、如何して私から話しかけないのだろう?
……。
私も頑固なところがある。意地になってるから……それだけが理由なのだと思っていたのだけど……。
本当はこれ以外にも理由がある事に気が付いてる。
……きっと……みっちゃんから話しかけてくるのを待ってる。それはつまり、勇気が無い私のみっちゃんへの甘えだと思う。
“ちょっと私のお洒落な服、洗濯し忘れるとかどういうことよ! あんたらしくもないミスしないでよね!”
喧嘩の発端となったみっちゃんの何気ない台詞。
忘れた私が悪い。でも、私らしく無いミス……この言葉に何だか苛立ってしまった。
私だって、ミスすることだってある。完璧な人間なんかじゃない。
なのに……私はミスが許されない。そう言われてる気がして。
その後、口喧嘩になってあんなこと言って……。
確り者の私以外も……私なのだと認めて欲しかったのかも知れない。
……。
本当、ただの被害妄想だよ。
みっちゃんから話しかけて来たら、私も謝らないと。
意地になってた事や酷いことを言った――――何言ったか覚えてないけど――――事を。
そして、私から謝らなかったことを。
ひとは「ただい…ま……」
みっちゃんと会話しないことになってるのを一瞬忘れてた。
幸い、まだ家には誰も居なかった。いや、むしろ居てくれた方が早く解決できたかもしれない。
まぁ、でもみっちゃんがいないのは当たり前。私のが早く学校出たんだから。
でも、ふたばまで居ない。私より早く――――出た時間は一緒くらいだったけど圧倒的に足が速かった――――学校を出て行ったのに。
どこかで道草か、しんちゃんと遊んでいるのかも知れない。
さて、どうしよう。夕飯の支度には少し早いし……。
ふと、外を見ると雨が降り出していた。
私が帰ってくるまで雨なんて降ってなかったから今降り出したのだろう。
梅雨明けだと言うのにまったく――!
ひとは「っ! 洗濯物しまわないと」
私は慌てて外に出た。
昨夜洗った洗濯物以外にも、朝急いで洗ったみっちゃんの服も干してある。
雨で濡らしてしまっては、私の責任ではないにしろ、より気まずくなる原因になる気がした。
でも。そう思って急いで洗濯物を取り込もうとしたのがいけなかった。
<ビリッ>
ひとは「あ……」
洗濯物が物干台の竿を引っ掛ける部分に……。
そして、破れたのは……みっちゃんの服だった。
最悪も最悪だ……なんて言えば許してもらえるんだろう。
この服は本当にみっちゃんが気に入ってた服だったのに。
みつば「た、ただいま……ひとは帰ってる?」
っ――!
み、みっちゃん!
みつば「あ、洗濯物取り込んで……え?」
ひとは「え、あ……」
見つかった。もとより黙ってるつもりは無かった……けど、タイミングってものがある。
最悪のタイミングといってもいいかも知れない。
みつば「……」
みっちゃんは何も言わなかった。
そしてそのまま背を向けて二階へ行ってしまった。
私はと言うと、気まずくて視線を向けられずにいた為、みっちゃんの表情を見ることが出来なかった。
……怒ってるよね。ただでさえ喧嘩中――
そこまで考えて、みっちゃんが話掛けて来ていたことに気が付いた。
きっと仲直りするつもりで……。
そして、このタイミングでの私の失敗……みっちゃんはどんな気持ちだったのだろう……。
部屋に戻りテーブルに突っ伏す。
あのタイミングで失敗した自分を恨んだ。
時間にして数分くらいだと思う。
とりあえず、顔を上げ破れた服を手に取り見てみる。
ひとは「……この破れ方は……直すの難しいかな……」
そして嘆息。でも、時間は掛かるかも知れないけど何とか着れる程度には直せそうだ。
“善は急げ”と言うが、そろそろ夕飯を作らなければいけない。
そうしなければより一層みっちゃんの機嫌を損ねるかも知れない。
だからここは、“急がば回れ”こっちの言葉に従っておくことにして、夕飯の準備をはじめた。
~ 次女(みつば視点) ~
逃げ出した。
せっかく謝るつもりだったのに……。
今は私達姉妹の部屋に入って扉に凭れ掛かるように座り込んでいる。
一階で見た光景……それは私のお気に入りの服の見るも無残な姿。
ひとはの奴、このタイミングであんなことをやらかしてくるなんて……。
……判ってる。ひとははワザとそんなことしないって。
視線を私に向けようとしないひとはの態度、何かの事故でこういうことになってしまったのだと理解は出来た。
実際怒ってるわけじゃない。
服の一つや二つ……いいじゃないの……。
ひとはと仲直りできないことの方が私には問題だから。
でも、とっさのことで謝ることを忘れて唖然となったし、完全に頭の中真っ白になったわけで……。
唯でさえどう謝ろうか、考えて、考えて……若干混乱気味だったし……。
みつば「すー、はぁー」
深呼吸して気持ちを入れ替える。
さっきのこと許してやって、それで私から謝ってコレで解決だ!
そう思って立ち上がる。そして、扉を開け――
<ガチャ>
みつば「え…ちょ!」
<ゴンッ>
開けようとした扉が開いて額にクリティカルヒット! ……超痛い。
みつば「っ……!」
額を押さえてしゃがみ込む。
ふたば「みっ、みっちゃん! 大丈夫っスか?」
みつば「ふ、ふたば? 痛っ……」
これで、ふたばじゃなくてひとはだったらどうしようかと思ったわよ!
ふたば「ち、血が出てるっスよ! みっちゃんが死んじゃうっス!」
え? 血? 本当で?
みつば「ちょ! あんた、どんな勢いで扉開けたのよ!」
ふたば「意外と元気そうっスね、よかったっス」
みつば「良くないわよ!」
あぁ、頭に響く……。大きな声出すんじゃなかった。
って言うか、さっきから血が止まらない。額切ると大量に血出るらしいけど大丈夫なんだろうか?
まぁ、クリスマスにひとはがサンタ役した時――――アレは額ではなかったけど――――は今の私の比じゃなかった気がするし大丈夫……たぶん。
みつば「とりあえず、タオル持ってきなさいよ!」
ふたば「わかったっス!」とてちてとてちて
そういえば、ふたば先に帰ってると思ったんだけど……今帰ってきたのかしら?
よくよく思い出せば、服も若干濡れてたし、どこかで変体パンツとでも遊んでたのかも知れない。
そんなことを考えて座り込んだまま額を押さえて下を向いている、扉を開けてすぐのところに紙袋が二つあるのが視界の端に入った。
何かしら? ――と疑問に思うまもなく、階段を上がる音が聞こえてきて、すぐに――
ふたば「タオルもって来たっス!」
――と、ふたばの声が――
ひとは「み、みっちゃん……氷、持ってきたから……冷やして」
! ひとはまで来るなんて予想外……いや、ふたばが大げさに言えば来る可能性の方が高いはず。
予想していなかった方がどうかしてる。
ひとは「……大丈夫?」
恐る恐るって感じで聞いてくる。
きっと私が怒ってるものだと思ってるに違いないだろう。
下を向いたままだった私は視線を上げる。心配そうに覗き込む二人の姿が写る。
みつば「あ、ありがと」
ひとは「……ま、まったく、世話掛けないで。……私料理中だから戻るよ」
そう言って背を向けて部屋から出て行く。
……精一杯普段通りを演じているように……そんな感じに見えた。
って言うかひとはから会話してきたってことは……。
みつば「ちょ! ひとは!」
そう考えた時、私は部屋を出てひとはを呼び止めた。
みつば「昨日……私、その…悪かったわ……だから――」
ひとは「ちょっとまって! みっちゃん、昨日私が何に腹立てたかわかる?」
みつば「え……」
意外な返しに戸惑った。……そして、ひとはの問の答えもすぐには出てこなかった。
ただ、ひとはの機嫌を損ねる何かを言ったのだから謝るのは当然……そう思って言ったのだけど……。
理由もわからずに謝ってしまったことはやっぱり失敗だったのだろうか……そう感じ始めたときひとはが口をあけた。
ひとは「はぁ……別にいいけど」
呆れたように嘆息する。
結局理由は判らず仕舞い。気にはなるが、触れないほうがうまく治まる気がしたので触れないで置く。
ひとは「それより謝るのは私のほうだよ。……今日のことも、昨日“話しかけないで”って言ったことも……」
視線は私に向けていない。だけど、その声はいつもより一回り弱々しいもので印象深かった。
ひとは「それに……謝るのが遅くなったことも、……意地になっててごめん」
なんというか、素直に謝られてちょっと居心地が悪い……。
ふたば「仲直りっスね!」
ふたばが間に割って入る。この自由な行動が居心地の悪さを壊してくれて助かる。
……って、あれ? これってさっき部屋で見た紙袋?
ふたば「これ! 二人に買って来たっス! 本当は仲直り出来るようかったんスけど……
仲直りしちゃったっスから、そのお祝いっス!」
私達に袋を差し出してきたので反射的に受け取った。
えっと、中身は……服?
<バサッ>
前を見るとひとはが袋から服を出し広げていた。
ひとは「え、何これ……」
何これって服だろう。いや……言いたいことは判る。
なんというか、服のデザインが……つまり、おばあちゃん級のセンスなのだ。
そして、嫌な予感を感じつつ私も紙袋から服を取り出し広げた。
みつば「げ……」
ひとは「……ペ…ペアルック」
ふたば「どうっスか! どうっスか!」
満面の笑みを浮かべ私達に感想を聞く。
ひとは「どうって……いらな――」
みつば「わ、わー可愛いじゃない! ふ、ふたば気が効くわね。ありがとね!」
ひとはが本音を言いそうだったのでフォローした。
っていうか、ひとはってそういうとこ気が効かなすぎよ!
ふたば「ほんとっスか! じゃ明日、二人ともそれを着て登校っス!」
みつば&ひとは「「え゛……」」
衝撃の一言。
このダサい服を着て……しかもひとはとペアルック?
ふたばは私達に死ねと言ってるのだろうか?
ふたば「ほへ? なんか問題あるっスか?」
私達の反応に不安げな顔を見せる……こんなのって反則じゃない!?
ひとは「問題って……こんな服着れる訳――」
みつば「(ちょっと! ふたばがわざわざ、私らのために買って着てくれたのよ!)」
ひとはがまた気を効かす気ゼロなので慌てて制止に掛かる。
ひとは「(じゃあ、着るの?)」
みつば「(……)」
ひとは「(あの服を……しかも、ペ、ペアルックで登校って人類に出来るの? 雌豚なら出来るの?)」
私は、何も答えずふたばに少しだけ視線を向ける。
まだ先ほどと変わらない不安げな顔。
みつば「(ひとは……人を捨てる時が来たようね)」
ひとは「(ちょ! みっちゃん! 早まらないで、私が何とかするから!)」
そう言うと、ひとははふたばの前に立ち「コホン」と咳払いをして口を開いた。
ひとは「この服、ふたばのお金で買ったの?」
え! そこなの!? いや、確かに気にはなってたけど、そこから明日、着ない方向に?
ふたば「ん、箪笥の中でお札を小生が見つけたっス!」
ひとは「っ! それ今月分の食費だよ!」
衝撃の事実! その後有耶無耶になったお陰で助かった。
……。
……気になる。ひとはの怒った理由。
ふたばの服の件で喧嘩の発端となった言葉は思い出せた。
“ちょっと私のお洒落な服、洗濯し忘れるとかどういうことよ! あんたらしくもないミスしないでよね!”
何気なく言ったこの台詞から機嫌が悪くなったのは確かだった……やっぱりこの台詞がいけなかったのだろう。
杉崎「そんなの、あんたが三女を過大評価してるから、へそ曲げたんじゃないの?」
みつば「へ?」
杉崎「だって、“あんたらしくもないミスしないでよね”って言ってから怒ってたんでしょ?
その台詞が理由っていうなら、怒る要素ってそれくらいじゃない?」
みつば「???」
杉崎「何? 意味わかってないの? あんな言い方だと三女が失敗しない完璧超人みたいって言ってるのよ!」
仲直りを経て、ペアルックを着ずに済んだ翌日の事。
気になりすぎて、つい杉崎に聞いてみた。まともな答えなんて返ってこないと思っていた結果がこれ。
なるほど……たしかにそうかも知れない。
私はひとはのことを運動と社交性以外は完璧な妹だと思っていたかも知れない。
宮下「そういうの、変にプレッシャーになっちゃんだよな」
空気を読まずに宮下が登場。……盗み聞きとは性格悪い奴!
と、思ったが、実際そうなのかも知れない。
ひとはは、家事を当たり前のようにしていて、私達はそれに甘えていたのかも……。
ひとはは何でも出来て当たり前……そんな空気を作ってしまっていたのかもしれない。
宮下「それより、三女が完璧超人? 何言ってるんだ! 三女ほど私の助けが必要な奴なんていないぞ!」
……ひとは、本当苦労してるわね……。
私のこと言われてる訳じゃないけどじゃないけど、張り倒してやりたい。
杉崎「そ、それより……ぷっ、何その額?」<ピロリロリーン>
あからさまな話題転換は有り難いのだけど……。
私の額にはでっかい絆創膏。それを見て吹き出す杉崎。だ、か、ら! 撮るな!
額を手で隠してもなお鳴り止まないシャッター音。最悪……。
~ 愚妹(ひとは視点) ~
なんとか、みっちゃんと仲直りは出来た。
でも、流石にみっちゃんの服をあのままにして置いて良いわけが無い。
出来れば直して、喜んでもらいたい。
家に帰ったら修繕しないと。
松岡「ねぇねぇ三女さん、みっちゃんと仲直りできた?」
ひとは「っ! な、何でそのこと……」
みっちゃん? いやふたばだろうか?
松岡「あ! こっくりさんが……えっと“て”……に濁点に……“き”…“た”……“よ”! 仲直りできたのね!」
何これ怖い。
ひとは「だ、誰に聞いたかしらないけど……大した喧嘩じゃなかったし」
松岡「でも昨日は随分落ち込んでたよね」
え……わ、私そんな風に見えてたの?
……ここはこっくりさんの力で乗り切ろう!
そう思って指先に力を入れて“そんなことない”って動か――って動かないし!
松岡「昨日ずっと上の空だったし、いつのまにか先に帰っちゃうし――」
うう……恥ずかしい、顔が熱いし真っ赤なのだろう。
そして十円が全然動かない! ダメだ、とりあえずこの場から逃げよう! そう思って指を離そうとした時――
松岡「ダメよ! 指を離せば祟りがあるわ!」
逃げれないし……何この拷問。もうしばらく松岡さんとはこっくりさんはしないで置こう。
みつば「ただいまー…ひとは? あんたなんで先に帰――? 何やってんの?」
家に帰ってから修繕作業に四苦八苦していた時、みっちゃんが帰ってきた。
本当はみっちゃんが帰ってくる前に何とかして置きたかったんだけど、やっぱり十分足らずじゃ無謀だったかな?
まだ、全然掛かりそうだ。
ひとは「……昨日の服の修繕」
みっちゃんの問いに私は端的に答える。
みつば「え……わざわざ直してくれてるの? べ、別にいいわよそんなの捨てちゃいなさいよ」
……気を使ってるんだろう。本当、なんで日頃は鬱陶しい行動が目立つのに、こんなにも優しい所があるんだろう?
だからってお言葉に甘えて、服をゴミ箱に捨てるなんて酷いことしないけど。
ひとは「……新しいの買えばお金掛かるし……それに私がしたくてやってるだけだから」
当たり障りの無い適当な理由と、小さな声で私の本音を言って作業を続ける。
みつば「そ、そう?」
態度から見るに本音の方も聞こえたかな……別にいいけどね。
ひとは「ちょっと変な破れ方だから、上手く直らないかもしれないし、着たくないなら捨てちゃって」
みつば「せっかくあんたが直したもの捨てないわよ!」
……。
あー、もう。なんでこう素直じゃない癖に良くわからないタイミングで……。
不意打ち気味にそういう事言うの止めて欲しい。
私は作業の手を止め、みっちゃんに言ってやる。
ひとは「じゃあ、雌豚の刺繍も付けてあげるよ」
みつば「余計なもの付けなくていいわよ!」
「まったく……」と言いながら私の座る炬燵テーブル――――別に炬燵を付けてるわけじゃないけど――――を挟んだ向かい側に座る。
何か話でもあるのだろうか?
作業を再開せずにみっちゃんのほうを見ていると、落ち着きが無いというか、何か躊躇っているような様子。言っちゃ悪いが気持ち悪い。
しばらくして、急に覚悟を決めた様に顔を上げ、意外な事を言ってきた。
みつば「きょ、今日は私が夕飯作るわ!」
……。
ひとは「何言ってんの?」
みつば「だから、今日の夕飯は――」
ひとは「もう献立決まってるから、邪魔しないで」
みつば「邪魔って何――」
ひとは「邪魔は邪魔だよ」
みつば「……」
黙ってしまった。
何がしたいのか良くわからないが、ふたばの買ってきた服の件で今月の食費は厳しいのだ。
みっちゃんに自由に料理させるわけには行かない。
みつば「じゃあ…………夕飯の準備手伝うわ」
ひとは「それは、助かるけど……いったい何が狙い?」
みつば「……」
またも、黙ってしまった。意味がわからない。
私は何も言わずに修繕作業を再開した。
言いたくないなら別に言わなくていい。
それに、せっかく手伝ってくれるのに、下手に言及して手伝わないとか言われたら勿体無いし……。
……も、勿体無いって言うのは別にみっちゃんと料理できるとかそういうことじゃなくて……えっと、
そ、そう、人手が減ったら勿体無いって意味だ。うん、それ以外に無い……絶対に無い。
そんな無駄な考えに自分で無駄な突っ込みを心の中で入れるという、無意味だし不必要な思考をしている時、
みっちゃんが、頬杖して横を向きながら、少し言いにくそうに口を開いた。
みつば「あ、あんたに甘えすぎてたかな……ってちょっと思ったから今日だけ特別に手伝って上げようかと思っただけよ」
私に甘える……?
少し疑問に思ったが、すぐ、料理や、洗濯、家事全般を私が担当している事を言ってるのだと気が付いた。
確かに、そうかも知れないけど、今更な気がする。
その疑問が顔に現れて居たかどうか判らないが、みっちゃんはその答えに近いのかどうなのか良くわからない答えを口にする。
みつば「あんたも、人間。一昨日や昨日で、あんたもミスするんだって判ったわ」
そして、その台詞は、私が聞きたかった言葉でもあった。
みつば「そ、そうそう! あんたは完璧な“丸井ひとは”じゃなくて優秀な私の愚妹ってことよね!」
その後続けたみっちゃんの言葉は、一言多くて台無しだ。
でも――
ひとは「ありがと……」
――私の口から自然に出た言葉は、自分でも驚く素直な感謝の言葉だった。
~ 蛇足(みつば視点) ~
みつば「ちょ! なんで雌豚の刺繍入れたのよ!」
ひとは「名前入れておかないと、誰のか判らなくなると思って」
みつば「そうそう、この、雌豚のマークが“私の”ってひと目で判る……ってだったら“みつば様”って入れなさいよ!」
ひとは「のり突っ込み下手だね。あ、“みつば様”って入れるから貸して」
みつば「……やっぱり恥ずかしいから名前は入れないでくださいひとは様」
ひとは「だが、断る」
本当、こんなにひとはと馬鹿みたいなやり取りするのが楽しいのに、会話をしてなかったのが勿体無い。
と言っても、実際一日くらい会話しなかっただけなんだけど……私、どんだけひとはとの会話が好きなのよ……。
夕飯の準備の時も楽しかった。あれなら毎日……いや、それは何だがひとはと料理するのが楽しみにしてる様で恥ずかしい。
ひとは「ねぇ、みっちゃん。結局上手く直ってないし、雌豚と入れちゃったしいらなかったら本当にすてちゃっていいよ?」
さっき渡した服を広げながら、結局は刺繍をし直さずに聞いて来た。
みつば「す、捨てないわよ! 外に着てくのはアレだけど、ちゃんと部屋着として使ってあげるわよ!」
そういって広げていた服を取り返す。
捨てるわけ無い。その服は破れる前の時よりも、大事なお気に入りの服だから。
……絶対外じゃ着ないけど。
おわり
最終更新:2011年10月01日 01:33