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==========


[…――して今日、1番ついてないのは…魚座のあなた。ふとしたひと言で友達とギスギスした空気になっちゃうかも……。
ラッキーアイテムは花柄のハンカチ――…]

「…ふん。
テレビの占いなんて信じるようなガキじゃないけど、でもまぁハンカチなんて持ってるのが当たり前だし。
今日はたまたまそういう柄のを持っていこうと思ってたところだし?
え~っと……おかしいわね、昨日この辺に1枚……」ガサゴソ
「……みっちゃん、いいけどもう遅刻する時間じゃないの?」
「ちょっ…あんたいつからそこに!?」
「いつからも何も、私はいつも朝1番に起きて、最後まで家にいるよ」

今日も今日とて目に見えない、戦う必要の無い『何か』と全力で勝負している姉の背中にひと言かけてあげる。
…いつもならもうひと言、ふた言くらい付け足して追い立てるところだけど…今日の私にはその元気が無い。

「はあ……」
エプロンを取って髪を解く。ただそれだけでさえ億劫だ。

学校へ行きたくない。杉ちゃんに会わせる顔がない。
昨日からずっとそれが頭の中をグルグルしてて、夜もなかなか寝付けなかった。
優しい杉ちゃんならきっと、しっかり謝れば許してくれる…そう思いたいけど、だけど昨日私がぶつけた言葉は許されるものじゃない。
それでも謝らなきゃ。謝りたい。
その想いは何よりも大きいのに、伝えるための言葉は何も思い浮かばず、喉からお腹へと重いものがどんどん沈み込んでいく。

[それでは今日も1日頑張ってください!]

……そろそろ私も家を出ないといけない時間だ。
でも行きたくない。こんなにお腹が痛いんだから、今日は休んでしまおうか。
……休んだからってどうなるの。ずっと杉ちゃんと会わないつもり?謝らないで済ませるつもり?そんなの無理だよ。…嫌だよ。
わかってる。
やりたいことも、やらなきゃいけないこともわかっているのに、それでも身体は動いてくれない。心が前に進まない。

「ふう~……」
「……昨日から鬱陶しいオーラ振りまきくさって。
ほんっと、あんたらっていつまで経ってもつまんない事でぐずぐずしてるわね!」
「…ぐずぐずしてるのはみっちゃんの方でしょ。
遅刻したらパパにだって怒られるよ。早く行きなよ」
人の気も知らずに上から目線でトンチンカンな事を言う姉へ、棘の生えた声を差し向けてやる。
つまらない事なんかじゃないんだよ。何年も一緒だった親友を無くしちゃうかも知れない、一大事なんだから。
そんなにキョロキョロ時計を見るくらい時間が気になるなら、さっさと学校へ行ってよ……。

「私は別にいいのよ。私はあんたらとは違うの」
「………」
相変わらずめちゃくちゃ言って……。

「いい、ひとは?
今あんたが悩んでるのは、どーでもいい事なの。心配しなくていい事ばっかりなのよ。
それがわかってないのはあんただけなの」
「………いきなり何を……」
いきなり、あっちこっちへ行っていた『視線』が私に集中する。
本当にいきなり真っ直ぐに向けられたせいで、久しぶりにその輝く瞳をまともに覗き込んでしまって、私は何も言えなくなる。
日を受けてキラキラと輝く、金色の瞳を……。

「今まであんたが頑張ってきたことは、ちょっとやそっとじゃ変わんないわ。
だからあんたは思ったとおりにやればいいのよ。それで大丈夫なの。
ていうかいちいちそんなに心配すんのは、あいつらを馬鹿にしてるのと一緒よ。
もっと信じなさい」
「信じる……」
「そうよ。それができないからあんたは変わんないのよ。
ついでに言っとくけどね、ケンカするのもぶん殴るのも、悪口考えるのもめんどくさい事なのよ。
私たちの…あいつの周りにチマチマんな事やってるほど暇な奴はいないわ。
だってのに、いつまでもガキみたいに怖がってるのはみっともないだけよ」
「……私は……」

私は、みっちゃんとは違うんだよ………。

「……ま、あんた長い間そういうのサボってたもんね。
ずっと練習してなかったのに、いきなり上手くやれって言っても無理なのもわかってるわ。
しょーがないから世界一優しいお姉さまが、もうちょっとの間だけ助けてあげる。
しっかり感謝して ピンポーン …いってきなさい」
チャイムの音に呼び出されたように、みっちゃんに明るい笑顔が浮かぶ。

―――そうだよね。お日様の色は金色なんだよ――

想いは脳裏を走りぬけ、私はすぐに忘れてしまう。
きっと覚えておく必要のないくらい当たり前のことだから。
頭で想って足を止めてるより先に、やることが沢山あるんだよって、笑ってるんだから。

「えっ…。
ちょっ…待って、時間が…。先にみっちゃんが行かないと……」
「いいからさっさと行きなさい。
戸締りも私がやっとくから」
弾む口調と一緒に、姉さんの手が私の背中を押してくれる。
身体が、心が前へと進んでいく。

扉を開ける勇気をくれる。

「…オハヨ、三女。
昨日はごめんなさい。あなたの気持ちをちゃんと考えずに、自分勝手なこと言って。
私、あなたに幸せになって欲しいって言ってたくせに、ただ自分が楽になりたくて、そのための言葉ばっかり口にしてた。
世の中には10歳差のカップルなんていくらでもいるんだもん。いくらでも、道はあるはずよ。
だからその道を進むお手伝いを、私にさせて」



~~~~~~~~~~



「ほんっと、いつもいつもいつまでも手のかかるのばっかりなんだから。
この私に貴重な通話料支払わせたんだから、とっとと来なさいっての」



「水曜の1時間目は……田中の英語か。
課題、増やされるわよねぇ……」



~~~~~~~~~~
――――――――――


「きりーつ、れーい」

「「「さようならー」」」

ガヤガヤ

「さて!今日は急いで帰らなきゃ!」
私の『仕事』が待ってるんだから!

帰りの挨拶と同時に騒がしくなった教室の中、私の手が素早く動いて鞄に教科書を詰め込んでいく。
こういうとき、やっぱり人間って心の生き物なんだなって思う。
心が軽いと、腕も足も、身体の全部が軽くなったみたいで、今日は立ち止まってる時間がもったいないくらい。
「夜空の星を見上げると~♪」
おっと、鼻歌まで…うん、いいよね。たまには私も明るく行こう!

「おっ?姫が鼻歌……やんな?抑揚がぜんぜんないけど。
今日は朝からずっと元気やったけど、帰りは一段とやん。
これからなんか重要ミッション?」
「うん!!
今日はマルエツで卵が安いんだ!」

ガタンッ

「ちょっ…どうしたの時枝さん!?」

大きな音にびっくりして振り向いたら、なぜか時枝さんが顔を机につっぷしてピクピクと痙攣していた。
ピクピクっていうか、ビクンビクンって感じだ。足なんて生まれたての小鹿みたいに、立ち上がろうとしては崩れ落ちてを繰り返してるし。
そしてその押し付けられたままの顔(痛くないの?)から、蚊の鳴くような声が立ち上ってきた。
ちょっと怖……。

「ま…マルエツで卵て……。
ファンタジーの住人なんだから、もうちょっと夢のある事言えよ……」
「だから勝手に人をフィクションに押し込まないでってば。
…恥ずかしながら、我が家の家計は苦しいので。よく使う食材ほどチャンスを逃しちゃいけないのです。
今日は他にも歯ブラシにシャンプー、トイレットペーパーも特売だから、気合を入れていかないと!」
押忍!と、両腕を腰に当ててふたばの真似をしてみる。
おお…これ、かなり気合が入るな。

「…そっか。
や、ごめん。つまんないちゃちゃ入れて申し訳ありませんでした!」
頬を掻きながら起き上がった時枝さんが、今度は謝罪のために頭を下げてくれる。
大騒ぎしてる事が多い子だけど、こういう真面目ではっきりしたところはいつもグダグダしてる私にとってすごくまぶしい。
だからこんなふうにいきなり真っ直ぐ向けられると、やっぱりちょっと赤面しちゃうよ。

「い…いいんだよ、そんな。気にしてないから」
気恥ずかしさに耐えられなくて、早口でまくしたててしまう。うぅん…やっぱりこういうのは慣れないや。
…いい加減慣れないとね。今の私には、これが普通なんだから。

「……また光の粒子が……。
…ちなみに姫の使ってるシャンプーってな「あかーん!!」 うわっと!?」

再度顔を上げて何か言おうとした時枝さんを、神戸さんの大声がさえぎり、さらに畳み掛けるように柳さんと杉ちゃんが続く。
『悲壮』って言っていいほどに深刻な表情で……。何故?

「だめよトッキー!それは聞いちゃダメなの!!」
「そう!わざわざ残酷な真実を確かめる必要は無いわ!
三女の肌や髪には、何か秘密があるの!そういう事になってるの!」
「それはどういう事になってるの?」

なんだかみんな、たまに私を放り出して『私』の話をするなぁ。

「せめて…せめて下ごしらえに秘密があるって事にしとかんと、素材の負けがはっきりと……!」
「わかるトッキー!?これは私達の友情を左右しかねない、ひっっじょーにデリケートな機密なの!!
うかつに口に出していいものじゃないの!!
ただ自然に生きてるだけで超美少女とか、実在されるとほんともうマジむかつくわー!!!」

……たまに柳さんには別の人格が宿るなぁ。

「いや…私も髪の手入れにはかなり気を使ってるけど……」
「あの程度で『気を使ってる』とか言ってんじゃねー!
この妖怪モチモチほっぺ!!」
オーバーヒート気味に顔を赤くした柳さんが、私の頬に指を伸ばしてくる。
デジャブ……

ギュムム!

「あいひゃひゃひゃひゃ!」
って、今日は指に優しさが全く感じられないよ!?
ほっぺがちぎれる!ちぎれるぅ~!!

「いい加減つっこんどくけど、何なのこのゆで卵みたいに真っ白ツルツルな肌!液体みたいになめらかな髪!
私のパック代返さんかいごらぁー!」

ダメだ、完全に目がすわっちゃってる。杉ちゃん助けて…っ!
痛みと恐怖で滲む視界の中、それでも何とか助けを求めて幼い頃からの友達を探す。と、

「ホントにねぇ……。
三女を前にすると、エステもブランドも全部空しくなっちゃうのよねぇ……。
まぁおかげでそういうの卒業する気になれたけど。ふ…ふふふ……」
「それを言うなら、去年からずっと隣で引き立て役になっとる私らは、存在自体が空しいでぇ……。
まぁ次元がちゃいすぎるから、いっそすがすがしいくらい諦めもついとるけどな。うへへ…」
明後日の方を向いて乾いた笑いを浮かべる杉ちゃんと神戸さんが其処に。

うわっ、こっちの目は焦点が定まってなくて怖い!!
こうなったら…時枝さん!!やっぱりいざというとき頼れるのは、真面目な時枝さんだよっ!

「…!
わかった!」
救済の願いを込めた視線の先で、最後の希望はまぶしいイイ笑顔を作ってくれる。
あぁ…さすがは運動部!やっぱり義理人情に厚いよねっ!!

「じゃあ、こうしとこう!」
イイ笑顔のまま、グッと親指を立てて言葉を続ける最後の希望。
いやいやいや、そうじゃなくて早く柳さんをなんとかして!

「『そっか手作りシャンプーか。じゃあ聞いても真似できないから聞かないわ』」

「「「それだぁっ!!!」」」

「どれにゃの~!?」

ギュムムー

あーもう何でもいいから、納得したなら早くほっぺを離して~!


助けてふたばぁ~!!



「うぅ…顔の形が変わっちゃうかと思ったよ……」

身体はもう昇降口に辿り着いたっていうのに、ほっぺはまだじんじんして熱っぽい。
昔からそうだけど、なんでみんなここばっかり狙ってくるかなぁ。
そんなに目立つの?やっぱり私の『唯一の』チャームポイントだったりしちゃうの……?

「でも三女はちょっとくらいデザイン崩したほうが、自然になっていいかもね」
などと隣でのたまう杉ちゃんを、キッと睨みつけてやる。

「わっとと……怒らないで。
私も言っててむちゃくちゃとは思うけど、真面目な話として三女は綺麗すぎて近寄りがたいところがあるから。
こんなに優しい良い子なのに恐がられるなんて、とっても損しちゃってるわぁ~。
と言うわけで私は生徒会があるからこれで」
バイバイ、と軽く手を振りながら小走りで向かいの校舎へ逃げていってしまう。

まったく…緒方さんがレジの日だったら、追いかけて問い詰めてやるところなんだけど……。
……やっぱりさくらちゃんとネタあわせしてるな、これは。
昨日の自分の予想が正しかった事を確信しながら、下駄箱から靴を「あ」

……油断してた…っていうのはちょっと違うか。

「ふぅ……」
靴の上に置かれた手紙にため息ひとつ。
の間に覚悟を決めて、パッとそれを取り出し大急ぎで校舎に戻る。
こんなの『視線』のあるところじゃ読めないよ。

スイー

落ち着ける場所を探して駆け足気味に校舎へ入り、階段を上る。
2階…3階……屋上へ続く踊り場。ここなら。
周囲の気配を探ってひとりになれた事を確認してから、震える指先で手紙の封を切る。
どくんどくん。自分の心臓から伝わってくる振動に、鼓膜が痛いくらいに揺さぶられてしまう。

「ぜぃ…はぁ……」
主に体力の問題で。

………さすがに自分でもどうかと思うよ……。
突きつけられた現実にちょっとだけ目頭を熱くしつつ、手紙の中身を確認する。


『第三理科室前で待ってます』
ただ1文。
飾り気の無い便箋に、綺麗な字で大きく。


「………………」
短い文章を頭の中で反すうしながら、手紙を丁寧に折ってしまい直し、ゆっくりと顔を上げて窓の外を確かめる。

僅かに傾きだした太陽。手紙に込められた意味。これまでに得てきた経験。
それらの材料から、私はひとつの結論に辿り着く。

「……今日は卵は諦めなきゃダメか…」

目頭がもうちょっと熱くなった。


「あ…丸井さん」
階段を上りきった途端、階の中間の教室前から、ひとりの男子が慌てた挙動で強い『視線』を向けてきた。

…彼が手紙の差出人だな。
間違えようが無い。今この廊下には私と彼しかいないんだから。

第三校舎の3階。ここに集まるのは『第三理科室』、『書庫』、『第二備品倉庫』……などと名前はついているけど、
実質は少子化のあおりを受けて今は使われなくなった教室ばかり。つまり、生徒も教師もほとんど寄り付かない。
だけど私はすでに何度もこの場所に来ている。というか呼び出されている。
もちろん果たし状でなわけは…その方がいっそ気楽だよ。すぐに白旗上げれば終われるんだから。

スイー...

待ち受ける展開を考えると、足が重い。
現実に待ってる男子もポケットをまさぐったり腕を組んだりと落ち着きが無くて、心を軽くしてくれる要素は見当たらない。
どころか焦りと心配、期待の入り混じった『視線』で、前に進もうとする私の意思をどんどん削り取っていってしまう。

痛い、痛い、痛い。

スイー

それでも頑張って歩を進め、相手から5mくらい離れた位置で足を止める。…このくらいが適正な距離だろう。
だってこの子には覚えが無いんだから。

見上げる先の襟元には『Ⅱ‐B』の学年章。つまりクラスは違う。
その上に載っているイケメン顔も記憶に引っ掛かるものは……無い…かな?…まぁほとんど無いって言っていいレベルだ。
真っ黒な髪と襟のホックまでしっかり閉じた制服の着こなしから、真面目そうな雰囲気が伝わってくるといったって、
知らない相手とこんな状況で並んで立つほど、私は無用心じゃない。
………そりゃ自意識過剰かもしれないけどさ、この身体は人一倍か弱いんだ。多少の警戒は許してよ。
正直言うともっと離れたい…いっそどこかに隠れて糸電話で会話したいくらいなんだから。

…なんだけど、私だってもう小さな女の子じゃない。ずっと壁に隠れてるわけにはいかないんだ。
痛くても、怖くても我慢してしっかり前に出て行かなくちゃ。
これくらい、普通の子には当たり前の事だよ。

「マ…丸井さん、来テくれたんだ」
誰もいない廊下に響くテノール…なんだろう、本来は。
少しは綺麗な発音も聞こえるけれど、そのほとんどはか細く震えて、ところどころ裏声にまでなっちゃってる。
おかげで聞いてるこっちまでどんどん心細くなってきちゃうよ。
…落ち着き払ってっていうのも難しいとは思うけど、もうちょっと女の子に気を使ってくれないものか……。

「……………………」
なんて考えを悟られないよう無表情を意識しつつ、私は次の言葉を待つ。
ぎゅっと手を握り締め、勇気を出して話相手の目を追いかけながら。

「……っ……」
けれど相手は沈黙を保ったまま、せわしなく目と顔と腕と指をバラバラに動かしてるだけで。

あぁもうっ、せっかく頑張って目線を合わせようとしてるのに、こんなにギョロギョロされてちゃ無理だよ……って違うのか。
ここは私が返事をしなきゃなんないパートなのか…待て待て、『パート』ってなんだ『パート』って!
落ち着け私!!
とにかくまずは返事をしよう。『はい』…はちょっと上からな気がするな。『気にしないで』…卵が……う~ん…。
…ぅぅぅ…とりあえず『うん』にしとこう!それがいい!

湯気が出そうになりながらなんとか導いた結論を、引きつる喉へと移す。
「…………ぅ「あっ…ありがとう!あっ、やっ…チガうな。順番が違うんだ、お礼を言う順番が。ごめん」

いきなりさえぎられてしまった……。

………まぁこれは、慣れてない人が相手だと上手くしゃべれない私が悪いんだろうな……。
いい加減自分の人見知りはなんとかしなきゃ…って思い続けてもう何年経ったっけ?
『あがり症を治す薬』とか発明されないかなぁ。そしたら先生にだって………小学生か、私は。

「…――と思うよね。あっ、そういう意味じゃなくてさ!
丸井さんが『髪長姫』だからってわけじゃないんだ!本当に俺、あの日は助かって!だから嬉しくて!!」
「……………………」
いけない、もう始まっちゃってるよ。

少し気を逸らせてる間に、男の子は矢継ぎ早に言葉を並べるようになっていた。
自己紹介はとっくに通り過ぎて、もうずいぶん先に行かれてしまったみたい。
ちょっと待ってちょっと待ってね…ってほんとに待って。
まずい、この言い方は……見たこと無いわけじゃない気はしてたけど……。

「丸井さん!!」
「……………………」

嫌な予感に(悟られないよう無表情を維持したまま)慌てる私を置いて、相手の方は覚悟を決めたのか、
ビシッと定規を当てたみたいに姿勢を正し、同じくらい真っ直ぐに視線を向けてきた。
その強さに、薄っぺらい自分の身体が穴だらけになっていくような錯覚に陥いり、血管がギュッと縮こまる。
いたたっ…なんだけど、今はそれより次の言葉を聞き逃さないよう、なんとか耳に意識を集中させる。

お願い、気のせいであって……っ!!


「だからまずあの日のこと、ありがとう!
お礼を言うのがこんなに遅くなってごめん!」


「……………………」
うあああああっ!やっぱり会った事のある子だったか!!
神様は肝心なお願いはいつもスルーするよ!

「俺、あの時驚いてちゃんと言えなかったのがずっと気になってて――…」
「……………………」
きっ…気まずい!お願いだから、すぐ思い出すからちょっと待ってぇ~!

背中に嫌な汗をダラダラかきつつ、改めて男子を確認する。
まず顔。はさっき検索に引っ掛からなかったので、全体の印象からヒントを探そう。
背は高い(私から見ればみんな高いけどね!ほっといてよ!)。170後半はあるだろう。
学生服に包まれた身体は、がっしりしてるって程じゃないけど頼りなさは全く感じない。
むしろピッ伸ばされた長い手足からは力強い印象を受けるから、運動部の子…と言いたいけど、
それほど日には焼けてないから断定はできない。

お手上げだぁ……。

「…――からもう結構経っちゃてて、ごめん。
もっと早くちゃんとお礼言いたかったんだけど、なんか丸井さんって話しかけようとしたら消えちゃうっていうか――…」
「……………………」
まいったなぁ…誰だっけなぁ……。
もう一度、もっと真剣に相手の顔を確認しながら記憶のタンスをひっくり返してみる。整理整頓は得意なんだけど…。

「だから俺さ、って……ぁ…?
な…ぅ……ほんとに、色がっ……」
「……………………」
うぅん……こんなイケメン、いつ出会ってたっけ?

真っ赤になってうろたえていても、細い顎と高い鼻から感じる印象は十分に『かっこいい』の分類に入っている。
耳にかかる長さで整えられた黒髪は清潔感があって、顔立ちの爽やかさをさらに引き立ててる。
なにより印象的なのが大きな鳶色の瞳。丸く柔らかな輪郭が優しさを、色合いが誠実さをあらわしているみたいで、
きっと心奪われてる子が沢山いるんだろうなぁって、簡単に想像できてしまう。

……で、誰だっけ?

印象的、なはずなんだけど、私『誰か』と話をするときは『相手の目を見ること』に集中しすぎてて、
他の事が頭に入ってないんだよね……。

「ぁ…のっ、まるいさん……っ。
んぐっ……俺っ……!」
「……………………」
はっ!しまった、いつの間にか相手の目を睨みつけちゃってたか!

息も絶え絶えな男子の姿から慌てて目線を落とし、そのまま軽く瞼を閉じて入学後から繰り返されてきた『現実』を投影する。
………ほんとみんな同じリアクションで、いい加減傷つく事に飽きちゃうよ。

「ふっ…はぁ…っ。
ちょっ…ごめん!丸井さんの目が綺麗すぎてびっくりしちゃって……。
いっ…いやっ、丸井さんは何もかも綺麗なんだけどって何言ってんだ俺!」
ほら今だって、私が目を逸らした途端に早送りで言い訳を降り注がせてくる。
みんなわざわざ人を呼び出しておいてそんなに怖がるなんて、いったい何がしたいの?

「……………………」
はぁ~…それにしてもこの子とは、いつどこで会ったのかなぁ…?
今さら名前を聞けそうな雰囲気じゃないし……。
申し訳ないなぁ……だけど、自分の名前と呼び出す理由くらい手紙に書くのが最低限のマナーじゃなかろうか。
あんなひと言だけで女の子を呼び出すなんて、ちょっと…かなり礼儀がなってないよ。

「きょっ…今日来てもらったのはさ、こないだのお礼に……違う。そうじゃないんだ。
俺、丸井さんのことが好きです。だからもしよければ今度の日曜日、お礼も兼ねて映画に誘わせてください」
「……………………」
まぁ私も『弟』がいる身だから、少しはわかってあげられるけどね。

そうだ。

『男の子』ってこうなんだっていうのは、少しくらいはわかる。
特にこういうかっこつけようって頑張ってる男の子は、手紙を書く事を恥だって思ってるんだろう。
『長々と文章を綴るなんて女々しい』とか、『面と向かって伝えなきゃ』なんてところか。
逆でしょ。大事な事だからこそ、まずは手紙でしっかり伝えてくれなくちゃ何にもわからないよ。
あんまり言いたくないけど、そんな自分勝手に『告白』を決めないで欲しいな。

……さっちゃんがうらやましいよ…。

「…――の駅前に新しいモールができたの知ってる?……って、誰だって知ってるよね…ごめん。
えぇっと…でもさ、俺こないだ奥の方で面白いアイス屋みつけてさ、多分丸井さんも知らないと思うんだ」
瞼のスクリーンの向こうで、男の子の『告白』は続く。

そりゃ私だって、多少枯れてる自覚があるとはいえ花の女子高生だ。
こんなふうに漫画みたいに、学校でかっこいい男の子に告白されたら嬉しい…と思ってた頃もあったよ。
けど実際経験してみると、はっきり言ってそれどころじゃないっていうのがよくわかった。
想像してみて欲しい。
こんな人気のないところで、よく知らない身体の大きな男子とふたりだけになって、
しかも全く覚えの無いストーリーをいきなり追いかけさせられる。
こんな状況で胸に警戒以外の何を覚えろっていうの。

「……………………」

それでも今目の前に居る男の子は、ただ一生懸命に自分の想いを伝えようとしてくれてるだけなんだって、わかるから。
だからせめて逃げずに受け止めなくちゃって、私は手のひらにかいた気持ち悪い汗を我慢する。

「…――には大きな映画館もあって、今は丸井さんの好きな『特撮もの』もやってるから――…」
「……………………」
春休みにとっくに神戸さんと見に行ったんだよね…。
それにタイトルも言えないって事は、あなたは全然興味がないんでしょう?

私に気を使ってくれてる。私の好みに合わせてくれようとしてる。それくらいは、わかる。
だけどこんな取って付けたような扱いされちゃ、自分がオタクなのを馬鹿にされてるみたいでいい気はしない。
そもそも話した覚えの無い相手に趣味を把握されてるなんて、不気味以外の何でもないよ。
……『そもそも』って言うならそもそもこの人たち、小学生にも劣る私の貧相な身体に何を期待してるんだろうか?
自分で言うのも何だけど、こんな薄っぺらくちゃ何にもできないと思うけど。
どころか下手するとあっさり壊れちゃうかも知れないよ。
見てわからないかな?
それとも『食いちぎっちゃうくらいキツい』のが、男の子にはすっごく魅力的だったりするの?

なんてね。

「……………………ッ」
くだらない妄想に誘われ漏れ出そうになった自嘲を、奥歯を噛み締めて堪える。

「ぁ……っ、ごめっ…ごめん……。
俺、丸井さんの返事も聞かずに、ひとりではしゃいじゃって……。
ごめん…みっともなくて………」
けれど相手には散漫になった雰囲気が伝わっちゃったんだろう。頭に降りかかる声は悲しい音色に変わってしまった。

あぁ…またしまったよ……。いくらなんでもこれは私が酷すぎる。
この子はこんなに一生懸命に想いを伝え「丸井さんはそんなに真剣に考えなくていいからさ!」 ………。

「丸井さんはちょっと俺を試すくらいのつもりで十分だよ!
1日だけでいいから、気軽な感じで付き合ってみて欲しいんだ!!」
続く言葉に、身体と心はますます冷えていく。

気軽に。

『気軽に男の子と付き合う』って、いったいどうやればいいの?あなたにとって誰かを好きになるのはそんなに軽い事なの?
それとも普通はそうなのかな?この状況を、この告白を喜べない私の方が変なのかな?
軽くない私の想いは、やっぱり先生に迷惑なのかな?

『今』の私はそんなに不器用で暗い、自分勝手な女の子なんだろうか………?

グルグル回る疑問たちが心臓へ鎖を巻きつけていくせいで、血の流れが滞って指先がピリピリとかじかんでくる。
胸の奥から湧き出してくるものがあまりにも大きくて、瞼をギュッと瞑っていてももう堰き止められない。
もう無理だよ。
お願い、逃げ出させて……!

「………俺なんかじゃ、髪長姫に釣り合わないのはわかってるけど……」
「……………………」
何がわかってるの?私には全然わからないよ。
もし私がイタズラしても、からかっても、騙しても、叩いても蹴っ飛ばしても。泣かせてしまったとしても。
それでも、何があっても絶対に優しく手を差し出してくれるっていう証拠は、いったいどこにあるの?


「……………………」
「……………………」


そしていつものように沈黙の時間が訪れる。
いつものように、並べる言葉が尽きた男の子。
いつものように、告げる言葉に迷い果てた私。
……言葉は決まってる。ただ、それを告げた時の相手の姿を見るのが辛くて、告げる事を迷ってしまう。
想いを破られた姿がまるで明日の自分みたいで、その想いを破る自分の残酷さが辛くて、目を逸らしてしまう。

そして、結局自分の事しか考えていない現実に気付いて、胸が張り裂けそうになる…。

だからせめてこの時だけは、しっかり相手を見て告げよう。
覚えておきます。あなたが痛みに耐える姿を、悲しい瞳を、私があなたを傷つけた事を――


「ごめんなさい」私はまだ夢を見続けていたいの。


痛い。
こんな小さな身体じゃ、収めきれないくらいに。


「~~ぐっ……」
だけど俯き、唇を噛み締めている男の子の胸はもっと痛いはずだ。

……もう本当に見ていられない。涙を見られたくない。

「………」
軽く頭を下げてから、逃げ道へと振り返る。
嗚咽を噛み殺すのが精一杯で、別れの言葉も告げられない、情けない私……。

スイ「ッ!待って!!」 「えっ…キャッ!?」 後ろからひっぱられ――

突然降りかかったアクシデント。鈍い私の身体はその瞬間、ただ目を回すことしかできない。
後ろから腕を引かれたせいで、こけそうになったんだ。
認識が届いたときには、

「うぁっ…まるっ……」 「……っ」

目の前に現れた硬い胸板と、二の腕を握り締める手の感触に身も心もすくんでしまっていた。
ダメだ、指1本動かせない……っ!

「まるい、さん……っ」
「ぁ…くっ……」
届いた声に向かって、ゆっくりと顔を上げる。上げてしまった。
『視線』がダイレクトに私の瞳を射抜く。
相手の心がはっきり伝わってくる。
驚いて、いる。

あまりにも手ごたえが無い事に。


弱くて小さい髪長姫。これなら簡単に自分のものに「そこまでだ!!」


「つぁっ…!」
突然空気を震わせた凛々しい声色に杭を打たれたかのように、私の目の前まで近づいてきていた唇がビタリと止まった。

唇……!

置かれた状況を理解して、やっと私の身体がガタガタと震えだす。

「たっ…たすけ……っ」
震えて上手く動いてくれない身体を必死で叱咤して、私はなんとか声の主に手を伸ばそうとする。
伸ばそうとする、だけ。小学生にも劣るこの身体では当然高校生男子の力から逃れることなんてできやしない。
恐怖のせいで視界が、友達の姿が涙で霞み、ますます恐怖が募っていく。

いやっ…!お願い、助けて…っ!

「やめろ、止まれ。
彼女から離れろ!!」

さくらちゃん!!!

「ちがっ……。
お…俺、は……」
「離れろよ。早く」
「うっ…!」

さくらちゃんの瞳――きっと彼にとっては身も凍る程冷たいんだろう――に射抜かれた瞬間、
鋼鉄の檻のようだった腕は大きく震えて、次いでのろのろと私の身体を解放する。
と同時に今度はさくらちゃんが私を力いっぱい抱き締め、その頭ひとつ高い背で防壁を作ってくれる。
視界を女の子の胸元だけでいっぱいにしてくれる。

「うっ…ううっ……。
うぐっ…ふぅ……っ」
「よかった……。
もう大丈夫だからね、三女」
押し付けられる柔らかいおっぱいに、甘い香りに、優しい声に、安心して一気に堰が決壊してしまう。
情けないとか考える余裕なんて無い。今はただ必死に、溢れる涙と鼻水をさくらちゃんの胸元で拭うことしかできない。

あ…あぁ…うぅ……。
こわ、かった……っ。

「俺、そんなつもりじゃ……」
「黙れ。
いいか、黙って聞けよ。お前のくだらない言い訳なんか聞く気はない」

さくらちゃんが顔を背中の男子に向けたんだろう、声の位置が右上に移動した。
触れれば切り裂かれそうに鋭い声。
けれどそれを発する間も、温かな手がゆっくりと背中をさすってくれるおかげで、私はただ心を安らがせる事に集中できる……。

「私はお前を知ってるよ。
残念だったな、私はお前を知ってるよ。有名人だ。
弓道部の野崎智也。
失うものの多い身だろう」
「う……」
「もちろんそんなもの私の知った事じゃあないが、彼女の名誉がある。学校での生活がある。
だから今は胸にしまってやるよ。
妙な気は起こすなよ。『髪長姫』を襲ったと知られれば、学校どころか鴨橋町にすら居られなくなるぞ。
今だけじゃない、これからずっとだ。『髪長姫』に何かあったら、いの1番に貴様を疑ってやるからな。
行け」
「そんな、襲うだなんて……」
「行けと言ってる!!」
「ぐっ……」

タッタッタッタッ...

そして遠ざかる足音が私の耳に届く。
あ…ダメだ、やっと涙が収まってきたと思ってたのに……。

「う…うぅ~……。
ひっく…」
「大丈夫、大丈夫だから……」

温かな手がゆっくりと私の背で踊り、髪の中を泳ぐ。
友達の温もりがゆっくりと、恐怖で固まった私の心を溶かしてくれる。
……大丈夫だよね、『今』の私でも。
だって、

「ぐすっ…ふっ……。
あ…あり、がとう……。
ほんとに、ありが…と、う……うぅっ…」
「いいんだよ。
間に合って本当によかった」

こんなに強くて優しい友達を作れたんだから……。