さぁ~って、今日は何して遊ぶかな?


「あ~…だりぃ……」

まだ朝の7時半だってのに、9月の日差しは刺すような強さで俺の身体をジリジリと焼く。
暑い。を通り越して熱い。学帽脱ぎてえ。
しかもだ。月曜の朝っぱらからこの灼熱地獄の中登校してるってだけでも表彰ものなのに、
俺を待ち受けてるのは朝の数学ミニテストと来てる。

「やってらんねえ。心の底からやってらんねえ。」

この学校マジで頭おかしいんじゃねえか?1年の夏休み明け早々、なに激しいスタートダッシュきめてんだよ。
いくらこの辺の公立で偏差値1番高いからって、やりすぎだろどう考えても。俺が心臓麻痺ったらどうすんだよ?
せめてやる気のある奴にだけやらせとけっての。俺は就職(予定)組なんだよ。受験とかしらねーんだよ。
ああ学校行きたくねえ。死ぬほど行きたくねえ。
なんかフケる理由が沸いて出てこねえかなぁ。
あの目の前を歩いてるサラリーマンのおっさんが、突然血を吐いて倒れるとか……。


「おはよう、千葉くん」


突然背中に冷水を浴びせかけられた。錯覚に陥る。
そのくらいその声は澄み切り過ぎて寒々としていた。
前にテレビで見た、塩分の濃度が高すぎて一切の生物が住めない、だからこそ世界一綺麗な湖。を思わせる声。

「あれ?
……おはよう、千葉くん」

俺からの返事が無かった(実際は心臓が痛くてできなかったんだが)せいで、
確かめるような二度目の挨拶には、戸惑いの色が混じってしまった。
いけね。せっかく声をかけてもらえたってのに。

「あぅっ…おっ…おは……っ!おはよっ……ござ、んぐっ……おはよぅ……っ!」
短い挨拶を返すだけなのに、根性無しな喉は引きつり震えてろくに仕事をしやがらねぇ。
……まあそれもしょうがないっちゃ、しょうがない。

振り向いたらすぐ後ろで、白く輝く妖精が微笑んでいたんだから。

常識からすると俺は今、猛烈にキモい事を考えた。『妖精』って何なんだよ『妖精』って。頭大丈夫か?ってレベルだ。
だけど現実に目の前に居るんだからしょうがない。

「……突然背中から声をかけられたからって、驚きすぎじゃない?」
背丈は150あるかないかってくらいだけど、顔も腕も腰も脚も、全部が小さく華奢でバランスが整ってるから、
『子供っぽい』なんて印象は全然ない。
いやむしろ静かで落ち着いた…波紋の無い水面を思わせるその雰囲気は、近づくだけで身が引き締まる思いだ。

「意外と小心なんだね」
とにかく存在感がすごい。
身体の線は今にも消えてしまいそうなくらい細いっていうのに、周囲の風景からはっきりと浮かび上がってる。
だってこの娘は周囲と『色』が違いすぎる。

「昔はもっと……かなり怖いもの知らずだった気がするけど」
まず目に飛び込んでくるのは白。
夏用のセーラー服から延びる手足はホクロのひとつすら見当たらず、
誰も足を踏み入れたことの無い雪原みたいにひたすら白く滑らかで、動作に沿って光の軌跡を宙に残してゆく。

「身体が大きくなった分、心臓が縮んじゃった?」
一瞬遅れて目を奪われるのは黒。
腰の上まで伸ばされた長い髪は、寒気がするほど真っ暗なだけじゃなく、今にも水が滴りそうなくらいに艶が満ちていて、
まるでそこだけ夜が取り残されてるみたいだ。

「あと、ちょっと猫背になってたよ。
せっかく背が高いんだからしゃんとしてた方がいいよ。せっかく背が高いんだから。
ていうかまた高くなった?もう見上げてると首が痛いくらいなんだけど」
そして最後に、虹から目を離せなくなる。
遠目には『黒』として映るこの娘の瞳は、だけど近づいて見ると、
色とりどりの複雑な形をしたレンズが何枚も重なって造り上げられている事に気が付く。
揺れるたび、万華鏡みたいに移り変わっていく虹彩を前にしたら、
どんな男も心臓を鷲づかみにされて、ただただ棒立ちになることしかできなくなる。

心の全てを奪われてしまう。

「これはもう、今日から私と話するときは常時膝立ちになってもらおうか…………なんてね」
薄桜色の唇が下してくれるなら、どんな無茶な命令だって俺はためらいなく従って見せる。
誰だってそうなるに決まってる。

『美少女』なんて言葉じゃまるで足りない。
そもそも俺たちと同じ生き物とは思えない。ありえないくらいに美しすぎる。
だからみんな、ありえない名で呼ぶんだ。

『白銀の妖精』、『虹の魔法使い』、『生きた芸術』、『白い神姫』、『髪長姫』……『姫』。

今はもう、昔の呼び方をするやつは少ない。
この娘の事を昔から知っていたとしても、『今』は恐れ多すぎてとてもじゃないけど呼べない。男子は特にそうだ。

「おはざーっす!」

『今』この名で呼べるのは、この娘にそう呼んで欲しいと願われた人間だけだ。
幸いにも、マジで超ラッキーな事に、俺はその数少ない人間の中に入ってる。
だから俺は、深々と頭を下げながらその名を呼ぶんだ。



「三女さん!!」



「……おはよ。
…………黙ってたと思った急に大声で……。今度はこっちが驚いたよ……」
「ああっ、すっ…スンマセンシタっ!」
「だから声が大きいってば。
それにそんないつまでも深々と頭を下げられてたら、目立っちゃうよ。……んもう」
「す…スンマセン、マジで……っ」
後頭部に降りかかってきた弱り声に慌てて直立へ戻ると、目線の下では眉根が少し寄ってしまっていた。

「ほら、はやく学校行こ」
せかすように俺を促す三女さんは、相変わらず目立つのが苦手だ。

とびっきり可愛いのに目立つのが苦手だなんて、三女さんを知らないやつが聞くといぶかしむ。
気持ちはわかる。
女ってのはちょっとでも自分の外見に自信があると、見せびらかすようにして練り歩くのが普通だからだ。
実際、近所(っていうか三女さんの姉)にもその典型的なタイプが居る。
…けど、みんな実際自分の目で見ると、ひと目で納得するんだよな。
『妖精だから、人目に触れてると消えちゃうんだ』ってさ。

「ウッス」
スイーっと音も無く歩みだした三女さんを追いかけ……るまでもなくすぐに追いつき、右隣をキープする。
三女さんと俺では歩幅がまるで違うから、逆に追い越さないようにするのが難しい。
つうかぶっちゃけ、三女さんは身体の縮尺が若干おかしい。
背が低いけど頭身が高くてバランスが整ってるのはさっき言ったとおりだが、
冷静に見直すと、全てのパーツが細く小さ過ぎな気がしてくる。
腕や脚どころかスカートの巻かれたウエストすら、
こけただけでポキっと折れちゃうんじゃないかって心配になるくらいだ。
この辺の現実離れした儚さも、『妖精』扱いされる要因だよなぁ。
と、俺は頭の中に記憶させた三女さんの姿を眺めながら思う。
……隣は下手に見られない。三女さんはやたらに勘が鋭いから、じろじろ見たりなんてしたら気味悪がられてしまう。
それが俺の立ち位置なんだ。

「朝から元気なのは良い事だけど、次からはちょっと気をつけて欲しいかな」
「スンマセン……。
尊敬する師匠にはしっかり挨拶を返さなきゃいけねえって、はりきりすぎちまいました」
「師匠?」
左腕から昇って来た小さな疑問符へ、目を向けたくなる衝動を必死で押さえつけ、首を前に固定したまま会話を続ける。
あどけなく首をかしげる三女さんの可愛さは、冗談じゃなくて殺人級の威力を誇るんだ。
下手に見たりしたら心臓が止まっちまうかも知れない。少なくともせっかくの会話が続けられなくなる。

「エロスの師匠っスよ!つまりは人生の師匠と言っても過言じゃないっス!
最大級の敬意を払うことはむしろ義務っスから!!」
女子との会話に何言ってんだこの学帽は!?と、これまた知らないやつは思うだろう。
しかも相手はただの女子じゃない。手で触れようとしたらすり抜けちまいそうなくらい儚くて可憐なんだ。
性的な話題を出すなんて、正気を疑うレベルかもな。

ところがどっこい、この方は三女さんだぜ。

「ふふっ……」
ほら、小さいけれど満足そうな笑い声だろ?

「その設定まだ生きてたんだ。
うん、エロスに敬意を払うのはいい事だよ。まあでもエロ本のために土下座までされたのは驚いたけど」
「うわちょっ…いつの話ですか、いつの!?それこそもう無かったことにしてくださいよ!
ちょっとした若気の至りっつーか、抑えられない衝動があったっていうか、ぐわもうマジ最悪だ!
朝からすげーテンション下がった!」
「『お願いだからみせてくださーーい!!』」
「やめてくれー!」
「…………」
大げさに頭を抱えるポーズをとった俺に返ってきたのは、無言の静寂。
けどきっと、頬を薄く染めて『むふー』と超可愛い微笑みを見せてくれてるんだろう。
もちろん今度も心臓に悪いから、目は向けられない。それでもはっきりわかる。
前を行く男子……だけでなく、サラリーマンのおっさんまで、
どいつもこいつもがこっちを見た途端胸を押さえてフリーズしてるんだからよ。
そしてその石像たちを、三女さんと何気なく会話しながら通り過ぎる度増えていく羨望の視線、視線、視線。

ふははっ、超優越感!!
どんなに成績が良くったって、この立ち位置は手に入んねえだろ!!

……なんて浸ってる場合じゃねえか。注目が集まるのは、三女さんにとっちゃ良くないんだから。
俺は一歩斜め前へ出て、自分の身体を使って周囲の視線を遮断する。
ま、さっき言ったとおりの白と黒が目立ちすぎるから、この程度じゃ焼け石に水なんだろうけどよ。

「あーそれにしてもあっついっスね。いつになったら涼しくなるんスかねえ?」
それはそれとして、短い登校時間は無駄にできない。
ちょっと不自然かもだが、俺は前を向いたまま背後との会話を続ける。話題は無難であり鉄板でもある天気についてだ。

「あからさまな話題変更だね」
「あーそれにしてもあっついっスね。いつになったら涼しくなるんスかねえ?」
「……あんまりいじめるのも可哀想だから、今日は許してあげようか。
そうだね。家の床に落ちた雌豚の汗がべたべたするから、はやく涼しい季節になって欲しいよ。
私も髪を伸ばしてるから暑いのは厳しいし」
意識を集中させてる背中が、長い髪をかきあげる仕草を感じとる。
いつの頃からか三女さんのお決まりになったその画は、額に入れれば美術館に飾れそうなほどに美しくて、
周囲の注目を特に集める(三女さんは気付いて無いっぽいが)。
なんかもう神秘的って感じで、宙を舞う黒髪から光の粒子が飛び散って見えるんだよなぁ……。

「暑いし、手入れが大変でお金も掛かるし、抜け毛の掃除が面倒だし、まったくもって参っちゃうよ。
うち、みっちゃんも髪を伸ばし始めたでしょ?排水口とかすごいことになって大変なんだよ」

……さすが三女さんだぜ。話の中身に夢がねえ。

「大変なんですねぇ」
「大変なんだよ。
……ま、苦労の甲斐はあるんだけどね。昨日も……ふふふっ」
ここで今日初めて、声にはっきりとした温もりが灯る。
近寄りがたい、近づくと痛みを感じるような芸術に生きた柔らかさが加わって、その美しさがさらに完璧になる。
……違うか。完璧になるのはきっと隣に………って、んなことはどうでもいいんだよ。
せっかく三女さんが明るいんだ、このまま楽しかった昨日の想い出を話させてあげるのが、俺の役目だろ。
そもそもさっき自分でも思ったじゃねえか。俺みたいな劣等性が、上機嫌の『姫』を連れて歩けるなんて超ラッキーなんだぞ。
オラッ、テンション上げてけ!

「やあ千葉くん」
ぐわぁ……見計らったみたいに萎える声が後ろから……。

「やあ千葉くん、おはよう。今日は早いじゃあないか。
いつも遅刻ギリギリに登校する千葉くんにしては珍しい」
決意をカンペキ白紙にしてくれた耳通り良い声の発信源は、きびきびした動作で三女さんを通り過ぎて俺の左に並び、
ついでにこっちが肩を落としてるのも無視して上機嫌に挨拶をリピートしやがった。

「さくらちゃんおはよう」
「おはよう、三女。
千葉くんもおはよう。と、さっきも挨拶したのだけれど。
ちゃんと返して欲しいものだな。友達に無視などされると傷ついてしまうよ」
「うるっせーな。てめえこそ何でこんなに早いんだよ」
「おや、三女から聞いていないのかい?
Aクラは毎朝小テストをやっているから朝が早いんだよ。
なので毎朝、千葉くんが猛ダッシュで校庭を横切っている姿を楽しませてもらっているよ。クククッ」
この性格の悪さそのまま、猫みてーに眼を細めて笑ってる女、『松原さくら』は、
俺の…というか俺と佐藤と三つ子の中学からの知り合いだ。

『知り合い』だ。少なくとも俺は『友達』になったつもりは一切無い。今はふたばと佐藤とはちょいアレだし。
…まあそれはさておきとして、特徴は見ての通りとにかく性格が悪い。マジで悪い。殴りたい。俺は女は殴らんが。

「というわけで私達にとってはこの時間はいつもの時間なのだが、クククッ。
千葉くんにとっては早起きなわけだから、三文どころじゃないくらい良い事があったようだな。なあ千葉くんや。
今日の幸せをしっかり噛み締めて、明日からの生活態度を見直すと良い。クックックッ」
「うるせえ。それに『千葉くん』とか呼ぶな、気持ち悪い」
「などと挨拶を返されないまま言われてしまったよ。ひどいと思わないかい、三女?」
女子にしては高い170近いその背をわざわざ屈み気味にしながら、松原は背後へと必要の無い援軍を求めやがった。
こいつは~~!
三女さんにおかしな話題の振り方すんな!

「さくらちゃんの態度が………まあ、確かにそうだね。
私が言うのもなんだけど、挨拶はちゃんと返さなきゃだめだよ、千葉くん」
「ぅ……はよーさん」
「声が小さいなぁ千葉くんや」

俺は男だ。女は殴らん。
だから持ち上がりそうになった右手を、左手で必死に抑える。
顔が引きつるのを抑えられなかったくらいは、許容範囲だろ。

「おはよう松原」
「まー表情が硬いのが気になるが、よしとしてあげよう」
男じゃなくなっていいから、こいつのニヤついた顔面に拳をめり込ませたい。

「そんなにクワッと糸目を見開くなよ。怖い怖い。
助けてくれ三女」
「……事情はわからないけどさすがに「姫!おっはよーさんやで!」 くえっ」
「!?」
底抜けに明るい大声が、俺の援護へ入ろうとしてくださった言葉を途切れさせる。
なんだなんだと慌てて振り向くと、前のめりになった三女さんの背中の上に、小柄な女が圧し掛かっていた。

ぐあ……1番嫌なヤツが来てしまった。
もう校門も見えてるんだから、最後まで幸せに浸らせといてくれよなぁ。

思わず天を仰いだ俺をさておいて、寄り集まった女子3人は…………なんだっけ?
なんかうるさくなる的な…かしま……かさま……?まあそんな感じで、高い声を響かせ始めた。

「ちょっ…神戸さん重いって」
「え~~、傷つくわぁ。そんな変わらへんやん」
「よくもまぁそこまで図々しくなれるな寸胴娘。あきれを通り越して関心するよ。
お前と三女じゃ縦が似てても体積が大違いだろうが」
「寸胴呼ぶな松原さくら!
そらちょいくらいは負けるけど、めちゃは違わへんわ!」
「お前、眼球の水晶体が濁ってないか?」
「むかっ!
そこまで言うなら確かめたろやんか!
姫っ、体重ナンボよ?」
「私の意志は無視なの!?
ていうかはやくどいて~~!重……じゃなくて暑いって!」
「フォローがむしろ傷ついた!
教えてくれるまで絶対どかへんし!」
腰をまげたままじたばたしている三女さんを助けるため、
今すぐにでもこのチビ女を引っ剥がしたいところだが……口でだけでもあんだけくらうのに、
触れたりしようもんならどんな目にあうか……。

「なんでそうなるの!?」
「親友に隠し事は無用やで!」
「いつ親友にまで上り詰めたんだお前は……」
「とにかく私に退いて欲しかったら、真実を述べるんやー!」
「えー、朝から何なのこの理不尽………。
しょうがないなぁ……………だよ」
と、不満の色を滲ませながらではあるけれど、三女さんはチビ女だけに聞こえる声で要求に従った。

……なぁ~んか納得いかないんだよなぁ。どうもこいつを特別視してるっていうか、尊敬してるっていうか……。
そりゃ定期テストで全教科満点取るような奴だけど、だからって三女さんがこんな『上』に置くか?
いったい何があるんだ……?

「……ホンマごめんなさい。調子乗ってました。
以後、気をつけます」
答えを聞いた途端、チビ女は身体を下ろして神妙な顔で一歩さがり、三女さんの背中に頭を下げた。
アホが。
……けど、ちゃんと三女さんの背を隠すように後ろから着いてくるってことは、
こいつもちゃんと『友達』やってんだよな。あーくそう。

「ほれ見ろ寸胴」
「ちょっと待って。いくらなんでも軽すぎるやろ。
姫、若年性骨粗しょう症とちゃう?むしろ内臓どっかに落としてきてへん?
あっ、一部発泡スチロール製か!!なら負けてもしゃーない!!」
腕を組んで悩んでいたチビ女は、なんか意味不明な結論に勝手に辿り着いて、
イイ笑顔の前でポンと手のひらを合わせた。
もっかい言う。アホが。

「私は普通の人間だよ………」
「またまたぁ~」
「いやいやいや、その返しはおかしいからね」
「またまたぁ~。
まあそれはさておき、私徹夜したから超調子悪いねん」
「お願いだから私と会話のキャッチボールを心がけて。
それに全く調子悪そうには見えないよ」
「というわけで姫、ベホイミかけて」
「……………??
べほ……何?」
ある意味有名な名詞ではあるが、ゲームに疎い三女さんは全く追いつけないみたいで、
ただその細く整った眉を下げただけだった。うむ。困った顔も可愛い。

「ベホイミはベホイミやけど……姫はケアル系の人か。じゃあケアルラで」
「いや、だから何なのそれ?」
「えっ、ケアル系でもない?
ああなるほど、ディア系やねんな。確かに姫はコンゴトモヨロシクって感じやわ~~。
ディアラマをお願いします…って、スキルスロットに残ってへんか。メディアラハンはもったいないなぁ」
「だから何なのそれ?さっぱりなんだけど」
「何って、回復魔法に決まってるやん」
さも当然といったふうに、チビ女はアホな事をのたまう。
当然、三女さんの困惑は深まるばかりだ。

ったく…ふたばもそうだがこいつにしても、脳内回路がどうなってんだ?
なんとかと天才は紙一重って言うが、こういうタイプは昔から揃いも揃って独自路線貫いてたんだろうか。

「……………………もう一回言ってくれるかな?」
「回復魔法」
「私15年間生きてきて、ここまで突っ込みに困ったのは初めてだよ」
「またまたぁ~。隠さんでええって」
「だから返しがおかしいよ!?」
「だって姫ほどの美少女が、回復魔法を使えへんはずがないやん」


「意味が全くわからない!!!」


深まりすぎて底を突き破ったんだろう、むしろ驚きの表情で三女さんにしては珍しい大声を上げる。
珍しいからそれこそ当然、校庭を横切っていた生徒達がいっせいにコッチを向く。

ザワッ...

「あ……っと、ごめんなさい。何でもあ…ませ……」モニョモニョ
自分へ向かってきた視線から隠れるように、三女さんがその身体を俺に寄せてくださる。
しかもこの引っ張られる感は…カッターシャツをギュッと握られてるのか……!

おおおっ!

うわもうすげえ…なんていうか、なんて言うんだコレ!!
背にはっきり感じるこのぬくもりと柔らかさ!!
眩しいくらいの美少女が、他の誰でもなく俺を頼って身を預けてくれてるこの状況!!
男に生まれてよかった的な!!
周囲の男共の妬んだ顔が、気分いいったら無いぜ!

  「やれやれ……キミも所詮男だねえ、千葉くんや」

ここで黙ってたら、それこそ男じゃねえぜ。
まかせて下さい三女さん。俺がこの空気を読まないチビにビシッと言ってやりますから!

「おい、いい加減にしとけよチビ…神戸」
「気安く私の名前を呼ぶな糸目ゴリラ。死ね」
予想してたがやはり、返ってきた声と表情には『嫌悪』がはっきり載せられていた。
さらにきっついのはこの目。完全にゴミ虫を見る目だ。
別にこいつを好きとかどうとかは全くないとは言え、やっぱ女子にここまでやられると凹む……が、負けるか!

「三女さんの迷惑になるようなことはやめろ!」
「姫ぇ~、あんまこいつに近づいたらあかんって。孕まされてまうで」
「ぶうっ!
はらっ……!おいおまっ……」
嫌そうな顔のまま、だけど恥ずかしげもなく出された単語のせいで、俺は身体も頭も停止してしまう。
こ…の女、朝っぱらから何つーことを!?

「え…あっ、ごめん千葉くん、シャツ伸びちゃうね。
神戸さん、そんな言い方酷いよ。千葉くんは見た目よりずっと真面目で優しいよ」

『見た目より』って!!三女さんからもそう見えるって事っスか!!?
あんまりな事実をぐっさりと叩き込まれて、目の前が真っ暗になる。吐きそうだ。血を。

「あかんって。美少女やねんからもっと真剣に自分の身を守らんと。
『エグい顔で私を視姦すんなこのゴリラ』くらい言わな」
「おい!マジでいい加減にしろよ!!」
「ウホウホうるさいなあ。私は人間の言葉しかわからへんねん。
ちゃんと日本語マスターしてから学校こいや」
「しっかりマスターしてるっての!」
「はあ?」
俺を見る目がさらに『低く』なる。しかも完全に馬鹿にしたせせら笑いまで付いて来やがった。

「現国で補修受けるような低脳が、よくもまあ言えたもんやな。
それともギャグのつもりか?
言うとくけど、自虐ネタは実際のところそこそこできとる人間が言うから面白いんであって、
お前みたいな類人猿が使っても痛々しいだけやで」
「ぐ、くくっ……」
ぐああっ、やっぱダメだ。何を言っても10倍になって跳ね返ってくる。
だが三女さんの前で引き下がるようなマネは……ってこのまま問答をくり返す方が恥の上塗りになりそうな……。

「神戸さん、成績の事はまあ……アレなんだけど、でも千葉くんはそんな目で私を見ることなんてないよ。
そもそも千葉くんからは、あんまり『視線』を感じないし」
「三女さん……っ!」
ああ…さすが優しいぜ。この際『成績の~』は聞かなかったことにしとこう。

「なんども言うけど、姫はこいつに甘すぎるで。
さっきもこいつ、『学校のアイドルに頼られる俺超カッコEー!』って頭の中でオナっとったんやから。
キモいわ~」
「うぐっ…」

なっ……!?
えっ、なんでわかったんだ!?

「ショックを受けてるところ悪いが、顔に出てたぞキミは。
しかも突然調子付いて、かなりイタかった」
「うちの学校にアイドルなんて居ないでしょ。ふたばじゃあるまいし。
ふたりとも、おかしないちゃもんつけて千葉くんを困らせないであげて」
「ぐはあっ」
ただでさえ痛い一撃だったってのに、松原に容赦ない追い討ちをかけられ、
おまけに三女さんの純粋な善意によって良心を抉られてしまった俺は、
今度こそ深い暗闇に落ち切って、校庭に膝を突いた。

「わっ、千葉くん!?」
「やめときって。姫がそうやって甘やかすからこいつが勘違いするねん。
ゴリラはゴリラの身分があるって、わからせとかな」
「ぐっ…くそっ、さっきからゴリラだの類人猿だの!」
10倍返しが待っていたって、言われてばっかじゃいられねえ。
せめて勢いだけでもって、俺はびしっと立ち上がって、

「じゃあお前は姫の何やねん?」

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最終更新:2013年01月05日 23:34