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びしっと、細い指をアゴ先に突きつけられて、動けなくなる。
背は俺より30cm近く低い、身体のでかさなら2/3程度しかない、しかも女に、
指一本で勢いごと押しとどめられてしまう。

「お…俺、は………」

何だろう?
エロ師弟、なんてこのタイミングで言えるほど俺は非常識じゃねえっての。
幼なじみ……は佐藤やふたばの方で、インドア派の三女さんとはそれほどつるんでたわけじゃない。
つか、冷静になるとあんまり接点無かった。今なんてもっとそうだ。
大人しくて成績がよくて学校1可愛い…どころか、テレビに出てくるアイドルよりも明らかに可愛い『髪長姫』と、
補習の常連で汗臭い俺の間には、高い壁か深い溝くらいしか見あたらないような……。
いやいやいやいやいや。なんだかんだで俺ら付き合い長いじゃん。
難しく考えること無いんだって。近所の同い年だから、結構仲良く「一応言っとくけど」

甲高い関西弁に、今度は現実へと引き戻される。
だめだ。さっきからあっちへ投げ飛ばされたりこっちへ引き回されたり、やられっぱなしだ。
こいつが相手だといつもこうなっちまう。

「幼なじみとか近所の子とか、そんなん答えにならへんで。
それは単にお前の運がよかっただけやねんから。お前自身が何か努力して手に入れたもんとちゃうやろ。
お前は姫に何ができる?お前と一緒やと姫に何の得がある?
やのに勘違いしてええ気になって、勉強も部活もせずにダラダラダラダラ毎日遊び呆けやがって。
底辺にも程があるわ」
「あ…いや、部活はやってねー…けど、っていうか、補習とかで忙しくて……悪かったな、ほっとけ。
くそ」
「悪い。
所詮高校の勉強なんて、やったらやっただけ上がるもんやねん」
「で…できる奴はそうなのかもしれないけどよ……」
「自分ができへん方やってわかっとるなら、人の倍の努力しろや。
それともその暇も無いくらい『忙しい』んか?ほほう、面白いやんか。
じゃあ先週は何が忙しかった?言ってみい。聞いたるわ。
遊ぶのに忙しかったとか言うなよ」
「う、ぐ………」

口を開く度、容赦なく足場を切り取られていく。もう一歩も動けない。
俺は俺なりに頑張ってるつもりなんだ。けど……やっぱこの学校の勉強は難しくて……。
でもそれは俺にやる気が無いから、なのか?
確かに先週はゲーセン行ったし漫喫行ったし、ダチとカラオケも行ったし日曜はラーメン屋めぐりに行った……。
頑張ってるつもり、なだけだったかも……あれ?俺ってマジで底辺なのか……?

「おい神戸、いい加減にしろ」
言い返す言葉も見つからなくなって喉を引きつらせてる俺に代わるように、松原が乗り込んできた。
いつもクールなその声に熱が篭っているように感じたのは、気のせいじゃない。
でも多分、その熱さは俺のためってわけでもないんだろう。

「たまたま持って生まれた才能に甘えきって、毎日遊び回ってるお前に言えた台詞じゃあないだろうが」
「持ってるもんを最大限活用して何が悪い?
それになんぼ要領良かったって、やるべき勉強はしっかりやっとるから成績ええねん。
そも、私はちゃんと目標持って勉強しとるで。こいつと一緒にすんな」
「目標じゃなくて目的だろう。
男と一緒に居るためだけに、わざわざハードルを低く設定してるのは悪じゃないとでも?」
「旧帝大目指しとっても『低い』言ってくれる松原さくらは、
さぞ崇高な目標を持って日々生きとるんやろなぁ?」
「そうやって持ってるモノをひけらかして、あまつさえ傲慢に人を見下すような姿、
優しい『兄ちゃん』さんが見たら何て言うかね」
「兄ちゃんはちゃんと物事を見て判断する人やねん。
どやされるのは努力してへんこのブタゴリラ。
私の兄ちゃんをそこらの『優しいだけが取り柄です』みたいなつまらん男と一緒にせんといて」
「ほう、特殊な価値観をお持ちの御仁のようだ。
さすが寸胴幼児体型のキミと恋仲になるだけの事はある」
「そういう言い方こそ悪やろが!」
「やめろってお前ら!」
不穏な空気をちょっとでも追い出すため、今度は俺がふたりの間に身体をねじ込む。
10倍返し、100倍返しだなんてかまってられねえ。
三女さんの顔が、不安で曇りきってるんだから。

「朝っぱらからやめろって。周りに見られてんぞ。
おい松原、よく知んねーけどここにいねえ奴をガリガリ言うのって………」
結局また、勢いは言葉と一緒にすぐにどっかへ行っちまう。松原の、後悔でグラグラしてる目を見た瞬間に。

ぐああっ、なんて言えばいいんだよ?最悪なのはこいつが1番わかってんだよ。
何かに熱くなるなんてバカバカしい、才能のあるなしなんてどうでもいいってポーズを取ってて、
でもポーズが上手くできてないのを1番気にしてるんだよこいつは。知ってんだよ俺は。
だからかける言葉が出てこない。これも結局俺がバカだからなのか。
真面目に勉強してねえから、言いたいときに言いたい言葉が見つからないっていうのか?
三女さんを笑わせてあげられねえってのか……っ!!

「い…いや、お前が助けに入ってくれたのはありが「おいっす千葉ぁ!」 ぐはっ!!」
ぐわっつ~!背中にマトモに膝が入った……!息が詰まる……っ。
こんな礼儀もクソもない、人間に最低限必要な常識の足りてない事をしやがるアホはひとりしか居ねえ。

「いきなり何しやがんだ!クソ痛かったぞシノケン!」
負傷箇所を押さえつつ振り向けば、目線のチョイ下にはやっぱり同じクラスの男子、
篠田健一が妙に上機嫌で立っていた。

「人に膝入れといて笑ってんじゃねえ!ぶっ殺すぞ!」
「いやいや、朝の挨拶だって」
「こんな挨拶使ってる国は、世界中探しても存在しねえよ!」
「俺とお前の仲だからこそ通じる挨拶なのさ」
と、何かを成し遂げた男の顔で親指を立てるシノケン。

「じゃあ俺も挨拶してやらあ。後ろ向け」
「とか言いながら強制的に背中向かせようとすんな!痛てて!肩いてえ!
やめろ馬鹿力!!」
……何か、こんなマジ顔で必死に抵抗されると逆に気ぃ削がれるな。
急激にどうでも良くなった俺は、痛がるアホを解放してやることにした。

「次は無いからな」
「肝に銘じておきまする。
でもって、チワーッス!!」
調子のいい男はいきなり方向転換して、敬礼のようなポーズで俺の後ろの女子三人……ていうか、
明らかに三女さんに向かって挨拶する。

「……………」
そして大声を受けた三女さんは、背筋の凍るような冷たい無表情で軽く頭を下げた。

近所に住んでる女の子はいつも無表情で無口ですぐに姿を消して、
わけのわかんねえ不思議な奴だとずっと思ってた。
でもさ、違うんだ。
姉妹想いで友達想いで、本と特撮と家事が好きで、小さな子供や小動物に優しい女の子なんだ。
誰も見てないところでこつこつと勉強に料理に裁縫に……色んな事を頑張ってる凄い子なんだ。
ちょっと恥ずかしがり屋で怖がりで、頭が良い分先の事が気になって、頭の中ぐちゃぐちゃになって、
どうしたらいいのかわからないから無表情なんだ。
とりあえず相手と周りを観察することから始める子なんだ。

優しくゆっくりと、一緒に遊ぼうって手を差しだしてあげれば良かったんだ。

………気付いたときには、もう遅かったんだけどよ。

「あ、えっと、俺……友達で…そうだ、千葉の友達で篠田健一って言います。
さっきみたいに千葉とすげーフレンドリーにやってて……。
シノケンって呼んでくだ……みんなに呼ばれてます。
シノダケンイチで略してシノケン…って解説なくても丸わかりだっつーの!超そのまんまだっつーの!
あはは………」
幼さが薄まってますます精巧になった貌は、表情がなくなると綺麗すぎて逆に恐い。
おまけに深い虹色の瞳で見つめられると、ただ前に立ってるだけでもガンガン追い詰められてしまう。
男なら特にそうだ。
そして大抵の男が今のシノケンみたいに、キョドりながら思いついた言葉を早口で並べ立てるしかできなくなる。

「………………………」
気まずい空気を敏感に感じ取ってても、上手く速さに追いつけない女の子は、ますます表情と口を硬くする。
バリケードがどんどん分厚くなる。

「え~~っとですね………そんなわけで、まあ、できればこれからよろしくお願いします……」
明らかに暑さ以外の理由でダラダラ汗を流しながらも、ある意味ド根性で、
一応ラインを確保しておこうとシノケンが右手を差し出す。
のにあわせて、松原が三女さんの前に立つ。

「おおっと、ゆっくりしたいのは山々なんだがAクラはそろそろ小テストの時間だ。
髪長姫、遅れちゃまずいですよ。行きましょう。
神戸、さっきの最後は私が悪かった。すまん……ごめん」
「ん。
ほらほら姫、はよ行こ」
言うだけ言って松原が先頭に立ち、チビ女が背中を押して行ってしまう。
俺達もさっきの空気も置いてきぼりにして、見事な連携だ。

女ってわかんねえ…っていうか、松原がオトコマエすぎんだろコレ。
俺こそシノケンを止めなきゃなんなかったのに、ボーっと見送るしかできなかった………あっ。

「………」
見送る先で三女さんが軽く俺に振り向いて、無表情なままだけど右手を振ってくれてる。
あわせて動く唇はたしかに『またね』と言ってる。
嬉しい…んだが、情けないトコばっかだった今はの俺は、
目を逸らしてちょっと右手を上げる仕草しか返せなかった。

「……………おい、千葉」
そして女子三人が校舎の影に消えるとすぐ、マヌケに手を差し出したままだったシノケンが口を開いた。

「んだよ。俺らもさっさと行くぞ。竹セン、テスト遅れるとうるっせーだろ」
「一体どんなネタで髪長姫を脅してんだ?」
「なんでそうなるんだよ!!!」
「いや、あの美しい髪長姫とむさいゴリラのお前が仲良くできるなんて、それ以外ありえねーだろ。
しかも取り巻きの小さい方、神戸ゆみだろ?天才の。
馬鹿のお前じゃ、ますますいい空気になれるはずがねえじゃん」
こ…こいつ、真顔で言いやがって……。前歯へしおってやろうか。

「あのチビ女はいつか泣かす予定だよ。
三女さ…丸井の方は、家が近所……的な、まああれだよ」
こんなに答えになってない。今まで気付かなかったけど確かに思う。
悔しいがそれくらい俺達の間には距離がある。
一緒にいたって三女さんには何のメリットも無い。ステータスにならない。
一緒に居る意味が無い。
ちくしょう。

「近所ってさ、お前らうちの高校から近いんだから、他にも髪長姫と家の近い奴沢山居るじゃん。
でもあんなふうに気軽に会話して、去り際に手まで振ってくれるくらい仲良いのは……はっ!
『幼なじみフラグ』かっ!?頼む、売ってくれ!!」
「……致命傷で頭の悪い事言ってんじゃねーよ」
ったく…漫画の読みすぎだっての。んな都合のいいもん現実にあったら、誰も苦労しねーんだよ。

「本庄とかD組の岡部とかともよく話してんだろうが。
単に………」

あ、そっか。
俺は三女さんにとって、そうなんだ。

唐突に見つかった答え。
するっと内側に入り込んで、まるで長年使い込んできた帽子みたいに身体に馴染む。
どんなに認めたくなくてもこれが現実なんだって、突きつけられる。

「?
何だよ、どうした?脅迫用のテープレコーダーを家に忘れてきたのか?」
「そのネタもうやめろ!!」
「ネタじゃねえって!
髪長姫を絶望的な現状から救い出し、晴れてゴールインするという、
俺の壮大なサクセスストーリーに繋がってんだよ!」
「もうお前しゃべんな」
はぁ~…っと思わず重いため息が出る。
こんなアホ言うやつにすら成績がまるで負けてる現実のせいで、頭が更に痛くなる。

はあぁ~~~~…。

「元気出せよ」
「お前も原因だっつの。今結構マジで殺意わいたぞ」
「んで?『単に』なんなんだよ、関係はごふっ」
「話をとっちらかすな。いい加減殴るぞ。ったく…」
「殴ってから言う…ぐはっ、肝臓に入っ……っ」
「単に キーンコーンカーンコーン やべっ、とっとと行くぞ!!」
「てめっ……!」


単に、『登場人物A』だからだよ。
三女さんにとって何より大切な、あの1年間の。