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キーンコーンカーンコーン

古文の教師が4時間目の授業を早めに切り上げてくれたおかげで、
今日は一足早く購買のパンを確保し、席で悠々とチャイムを聞く事ができた。
ラッキーラッキー。
……とは言え、次はプリントの宿題が出ている英語だ。
しかも席順からいって、俺があてられるのは間違いない。
そして当然、俺が宿題をやっているはずがない。

この場合、昼飯を安心して食うために取るべき道はひとつだ。

「たのんます本庄さん!英語の宿題見せてください!!」

後ろの席の友達に頭を下げる!!

「も~…またあ?
先週、『これで最後にする』って言ってなかったっけ?」
「今度こそこれが最後ですので!!」
「あのねえ……」
合掌した手のひらの向こうで、メガネの上の眉毛がへの字に曲がってしまう。
確かに我ながら調子の良いこと言ってるとは思う。
しかしだからといって、退くわけにはいかないんだ!!

「頼むって!昔なじみの情けでさ!」

外で遊ばないタイプの本庄とは、小6の時はあんま一緒に遊ばなかったし、
中学なんて俺らとは違ってたんだが、
高校で同じクラスになると、お互いの中学に散った6-3のメンツの話題で盛り上がり、
そのまま結構仲良くなった。
つうかあのクラスの奴らとは学校がバラけても、
何だかんだと連絡を取り合ったり情報を交換しあったりってことが多い。
チクビの葬式には全員集まったし。
ま、当たり前っちゃ当たり前だよな。
あんなに密度の濃い…まるで何年もを圧縮したような一年だったんだ。自然、縁も太くなるって。

「そろそろその情けも底を尽きそうなんだけど」

……太い、はずなんだが……。

「ボクだって英語は得意じゃないんだ。ちゃんと頭を捻って辞書を調べて…苦労してやった宿題なんだよ」
「次回は必ずやるから!頼む!!」
「………………はぁ~…。
お昼食べたらプリント出すよ」
本庄様は盛大なため息付ではあったが、最後にはいつもの通り優しい言葉を口にしてくださった。

「へへぇ~!ありがとうございます本庄大明神様!ナマンダブナマンダブ」
やはり持つべきものは友だな。おかっぱ頭の後ろに後光が見えるぜ。
感謝の意を盛大に込めて拝んでおこう。

「……そういう事されると、見せたくなくなるんだけど」
「いやぁ、これで安心して昼メシが食える!」
心配事が無くなったら、さっそく腹がとてつもなく減ってきた。
パパッと包みを破いて本日の戦利品、大人気でめったに食えないトマトパンをほおばる。
うむ、絶妙な酸味だ。さすがは人気No.1になるだけはある。
シノケンがいたらよこせよこせとうるさかっただろうが、
『味噌ラーメンが俺を呼んでいる』とか言って学食消えてくれて助かったぜ。

「調子いいなぁ……。
何度も言うけど、提出物はちゃんと自分でやらないと痛い目を見るよ」
「わぁ~ってるわぁ~ってる。
……あっ、提出で思い出したけどよ、2学期後半の体育の希望、もう出しちまったか?」
「?
まだだけど……」
「おっ、間に合ったか。
アレ、①を剣道にして柔道は③番希望にしとけ」
「なんで?
先週は、剣道は防具を買わされるから③番にしとけって言ってたのに」
「こないだ職員室でヒゲ岡と駄弁ってたときに聞いたんだが、今度新任の体育教師が来るんだってよ。
んで、そいつが柔道の鬼みたいなむちゃくちゃ厳しい奴で、
前の学校で倒れるまでランニングとかさせてだんだと。
第一希望優先で決まるから、現状人気の無い剣道を①にしといて柔道を確実に回避するのがベストだろ。
防具はしゃーねーけど、3年あるんだからちょこちょこ使うことになるかもしんねーしな。
岡部とかにも言っとけ。こっそり」
「……うん、わかった。
ありがと。ほんといつも助かるよ。
…ペアとかチームとかでも色々足引っ張ってごめんね」
俺の見事な計画を聞いて、本庄ははにかんだ笑みを浮かべる。
芋づる式に口に浮かんできた台詞は、正直余計だけどよ。
ったく、こいつ素直すぎなんだよな。いちいちんな礼いらねっての。恥ずかしい奴だぜ。
こういうときはさっさと話題を変えるに限る。

「別になんも気にしてねーよ。
んなことより夏にお前に組んでもらったパソコン、調子悪いんだけど」
「えっ?おかしいな……。
BIOSにエラーは出てた?」
「難しいことはわかんね。とにかくネトゲやってたら突然ガクガクになったりする」
「う~ん、それは多分単純にマシンの性能不足だね。
なんせあれ、8割方ボクのお古パーツで組んでるからなぁ。
どうしてもそのゲームがやりたいなら、グラボを交換するしかないと思うよ」
「ソレ、いくらくらいすんだ?」
「15K…じゃない、1万5千円くらい。
いっそ2万5千くらいのを買った方がいいかな。長く使うなら」
「げっ、結構すんなぁ」
「下を見ればいくらでもあるけど、安物買いのなんとやら、だよ。
夏休み、アルバイトしてたんでしょ?」
「む……金はまあ、あるにはあるんだが………」

部活に入らず、塾も行ってない俺は、夏休みの時間を引越し屋のバイトに使って資金集めに汗を流した。
他人様の思い出のこもった家財道具の運搬は、筋肉以上に神経を使ってキツイなんてもんじゃなくキツかったが、
運搬のルールとかアイデアとか知れて面白かったし、苦労に見合ったかなりの額が懐に入ってきた。
……入ってきたが、すでに結構アレやコレに使ってしまった現実があったりする。
さらに2万5千円は痛い。
だがゲームはやりたいし、すでに結構知り合いもできちまったしなぁ……。

「………しゃーねえか」
「急ぎじゃなければ、来週末に秋葉原に行く予定があるから、ジャンク屋回ってきてあげるけど。
3~4千円くらいは安く買えると思うよ」
「サンキュー。
……来週なら俺も行こっかな。昼メシ向こうにして。
どうせお前もそのつもりなんだろ?」

秋葉原は本庄にパソコン(超格安の)を作ってもらうとき初めて行ったが、
思ってたよりにぎやかで面白いところだった。
こいつの解説も、わけわかんねーけど聞いてて結構楽しいし。
何より、ウワサのメイド喫茶は想像の遥か上を行く『良さ』だったし。
東京の女の子って、なんであんなにレベル高ぇんだろ?水道水に特殊な成分でも入ってんのか?
……まあ鴨橋も、三女さんやふたばが生まれ育った町というのがあるにはあるけど、
あの辺りは色々世界が違いすぎるから別枠だ。

「……ボクの予定としては、安いところで済まそうかなって思ってたけど、
千葉くんが行きたいっていうなら行ってもいいかな」
「あっ、お前それはズルくね?男ならズバっと正直に生きようぜ」
「別に……ボクは正直だって」
「んだよぉ~。お前が俺を連れてったんじゃん。
オムライスのときもわざわざショートの娘に代わってもらってさ。
アレだろ、実は本庄うなじフェチだろ?」
「フェチって……。
そういうの無しにあの女の子、肩が綺麗っていうか細く「お楽しみ中のところ申し訳ないんだけど」

「「どうわあっ!!?」」
突如横から割り込んできた高音程にびっくりして、俺と本庄は飛びのきながら悲鳴を上げてしまった。
あ…あぶねえ、口に何か入れてたら大惨事だったぜ……。

「まったく、真昼間の学校でいかがわしいことを堂々と……。
ほんっとサルね、あんたたちって」
あわやというところまで人様を追い込んでおきながら、その元凶は悪びれた様子も無く、
耳の両横から胸先まで延ばしてるドリルみたいな髪をサッと払いながら失礼な事をのたまった。
パッツン揃えられた前髪の下の目つきは、昔と変わらず鋭くキツい。
っていうか動物を見る目だぞコレ。

「おまっ…いきなり現れて失礼だぞ杉崎!!」
「うっさいわね。
礼儀をどうこう言いたいなら、まず自分が常識を身に着けなさい」
「お前に常識を問われたくねーよ、ドリル巻き毛。
いくらウチが頭髪自由だからって、そこまで自由の限界に挑戦してるのはおめーくらいだっての」
「なっ……!?
私はちゃんと生徒手帳で推奨されてる『胸先以上』を守ってるわよ!」
「そういう問題じゃねーだろ……」

杉崎は昔に比べれば大分マシになったとは言え、相変わらず常識が若干ズレている。
俺が言うのもなんだがセンスもちょっとズレてる気がする。
妙に少女マンガ的っていうか……親の影響なんだろうがさ。

……しかしこのドリル、現実に可能だったんだな……。

「だいたい私が限界だったら、三女のあの長さは何なのよ!!」
「お前、あの芸術を切れってのか?
それこそ常識ねえな」
「………一気に何もかもどうでもよくなったわ。
あんたと話してるとどんどんアホになりそうで怖いわ……。
ったく…あんたに関わってるせいで、本庄までうなじフェチになっちゃうし……」
「え~…。
杉崎さん、そのネタ拾わないでよ……」
「つうか何しに来たんだよ。違うクラスにずけずけ入ってくるんじゃねえよ」
「用件があれば入っていいって校則にあるでしょ。
あんた達が、スカートが極端に短い異様なメイド服を思い出してキモい顔してるせいで、
その用件言うのが遅れちゃったじゃない」
「別にそういう店じゃねえっての!
むしろみつばんトコのファミレスの方が異様に短くなっただろうが!!アレ絶対お前が関わってるだろ!!」
「……いちいち脱線させないでって言ってるでしょ」
そう言う杉崎の目は、明らかに泳いでいた。
誤魔化しやがったなこいつ。

「ほら、コレ」
と、杉崎が机の端に置いたのは…大学ノート?
なんだ??

「夏休みの宿題のノートよ。今日返却されたやつ。貸したげるからありがたく思いなさい。
数Ⅰは私の、現国と古文は松原の、英語は三女のよ」
「えっ、三女さんのノート!?」
「私と松原と三女のよ。あんたそろそろいい加減にしないと蹴りとばすわよ」
「う……」
確かに今のは『三女さん』にがっつきすぎだった。反省しとこう。

「……んで、なんでお前らのノートなんだ?」
「…ああ、今週末の学年テスト、基本的にここから問題出るからか。
良かったね千葉くん。Aクラの、しかも教科が得意な人のノートなら綺麗にまとめられてるだろうから、
目を通すだけでもかなり違うよ」
ワケがわからず困惑してる俺の横で、さっさと答えに辿り着いた本庄が親切に解説してくれる。
さっそく中身を確認してみると、おおっ、さすが三女さん字も綺麗…じゃなかった、内容が綺麗に纏められてる。
適当に書きなぐってる俺のノートとは段違いだ。

「杉崎さん、いつもボクに千葉くんを甘やかすなって言ってるけど、
やっぱり1番気にしてるんだね」
「気持ち悪い事言わないでよ。千葉も勘違いしないでよね」
耳に入ってきた台詞はいわゆるテンプレだが、『萌え』とかそういう要素はまったく感じない。
なんせ杉崎の表情が心の底から嫌そうだからな。

くそっ。別に淡いもんを期待してるわけじゃねーが、それでもそこまで嫌がらなくてもいいだろうが。
いちいちむかつく女だぜ。

「正直ブタゴリラの手垢が付くなんてぞっとするけど、三女に頼まれたからしょうがなく、よ。
明後日までにコピーするなりなんなりして、返しなさい」
「ええっ、さん…じゃねえ、なんつーか……」
「別にソコは食いついていいわよ。アホね。
聞いたわよ。朝、神戸にまたズタボロにやられたって。三女が気にしてたわ。
それで、三女と松原が力を貸してあげたいって。喜びなさいな」
「そりゃサンキューだけどよ、別にズタボロって程じゃあ……」
「ふんっ」
目を逸らして言いよどむ俺を見て、杉崎は無い胸の前で腕を組み、挑発的に鼻を鳴らした。
が、一拍置いて『やれやれ』といったふうにあらためて口を開いた。

「まあしっかり落ち込みなさい。あの子の言うことは99パーセント正しいわ」

「おい!!!
ここ今『落ち込むな』ってフォロー入れる流れだろ!!なんだよそれ!!」
「何で私がフォローしてあげなきゃなんないのよ。
あんたが遊びまわってるのもバカなのもブタゴリラなのも真実でしょうが。
そもそもあんたは、女生徒全般からの評価が底辺な自覚が全然足りないのよ」
「う…ぐ……」
言葉は目つき以上に鋭くて、俺の喉はヒューヒュー音を鳴らすしかできなくなってしまう。

そうなんだよな。基本俺って女子からの評価低い…っつうか、言いたくないが変質者扱いだ。
原因はわかってる。ガキの頃に散々披露しまくった数々の『秘技』のせいだ。
当時は可愛い悪戯のつもりだったんだが、今思い返すと若干…かなりアグレッシブだった事は認めざるを得ない。
いやもちろん、炸裂させる相手はしっかり選んでたさ。
女を困らせるのが男の仕事であって、泣かせるような真似をしたらお天道様に顔向けできなくなる。
その辺、俺の目に間違いはなかった。
が、手を引くべき時期を致命的に間違えちまったんだよな……。
みつばの目が冷めてきてた辺りで……ええい、昔の事はいいんだよ。重要なのは今だ。
つうか別に、知らねえ女子から冷たい目を向けられてるのは気にしてないんだよ、俺は。マジで!!
ただ、あの頃、そして今の三女さんの目がどんなだろうと考えると、昔の自分をはっ倒したくなる……。

「負債と周囲からの視線をしっかり意識して、真人間としてつつましく生きなさい」
「…負債があるのはお前だって…うるせーな!!」
「キャッ!つばを飛ばさないでよ!汚いわね!!」

危うく口から出かかった言葉を誤魔化すための大声だったが、うまく行ったみたいだ。
ギャーギャーわめきたてる杉崎からは、余計な事が聞こえていた様子は見られない。
……まーこいつはむかつくが、だからってこれとあれとは関係ない。
杉崎は杉崎なりにズレを直そうって頑張ってるんだしな。

「まったく!
とにかくせっかく三女と松原が好意で貸してくれたんだから、しっかり勉強しなさいよ。
ここまでしてもらって赤点とったら、それこそ最低よ」
「わかってるよ…って待て、さっきから三女さんと松原って、お前のノートはなんだよ?」
「もちろん私はしっかりお代をいただくわ。そのために私が持ってきたんだし。
明日の放課後、活動用具室の奥に積んでるダンボール、生徒会室に運んどいて。
全部で5箱あるから」
「はあっ!?
なんだよソレ!?」
「私がやってる環境整備委員会の仕事で、先輩方の残していった部活用具を処分する予定だったんだけど、
使えそうなラケットとか竹刀とかあったから、時間見つけて仕分けたのよ。
生徒会役員に引き渡して、各部活に配分してもらうの」
「じゃあ委員会の奴に手伝わせろよ。俺を巻き込むな」
「個人でやったのよ。廃棄の予定を少し延ばしてもらって。
誰かに無駄な借りは作りたくないし、あんた引越し業者のバイトしてたんでしょ?
その要領でちゃちゃっと運んじゃってよ」
「ダンボールの持ち運びに要領もくそもあるか!」

まあ有るには有るが、アレは持ち上げるときに腰を痛めないとか、物にキズをつけないコツだ。
移送そのものは楽になるわけじゃねえ。やってられるかっての。

「じゃあ数学は赤点になってもかまわないのね。
あ~あ、かわいそうな髪長姫。
せっかく手を差し出してあげたってのに、ブタゴリラがロクな結果を出せないせいで、
またお顔が暗くなってしまわれるわ」
「わかったよ!運んでやるよ!!」
「『運んでやる』ぅ…?」
「運ばさせてください杉崎様!」

くっそー!!腹立つ!!!

「最初からそう素直に言いなさいよね。
おかげでお昼食べる時間、ほとんどなくなっちゃったじゃない」
「なぬ!?」
杉崎に言われて左手のGショックを確認すると、表示は12:32分…げげっ、15分無い!

「やっべ、英語の宿題!
くそっ、今日はメシは抜きで写すか……。
本庄も急いで食えよ…って食い終わってるし!!」

途中から会話に参加してこないと思ったら、本庄はちゃっかり完食してやがった。
机の上の弁当箱は、青い包みに戻されている。

「途中からボクにあんまり関係ない流れだったしね」
「だからって!!」
「これくらい割り切りよくなくちゃ、6-3じゃやってけなかったって。
プリントは貸すけど、その前にコーヒー飲みきってよ。汚されたくないし」
「はあ……。やっぱり宿題見せてもらってるのね。
まあいいわ、最後に痛い目見るのはあんただし。
じゃあ私はAクラに戻るから…そうそう、三女からもうひとつ言伝。
明日のお昼はパンを買わずに待ってて、だって。良かったわね。
じゃ」
「ちょっ…お前ら一気に色々言うな!混乱する!」

ええっと、とにかく英語がでも缶コーヒーを空にする前に三女さんのノートを明日は買わないで!!?

「たっだいまーっと。
いや~やっぱ醤油ラーメンの方が美味かった…おっ、千葉のそれ、トマトパンじゃん。
半分くれよ」
「頼むから今は黙っててくれ!!」
「おーいC組、今日は授業の前にプリント集めるぞー」
「あっ、先生来た」

チクショウ!!