※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

==========


真夏の4時間目の授業にサッカーとか、どう考えても狂ってる。
体育用として使っている白色無地の野球帽が、汗を吸って色を変えていく。暑い。やってられるか。

「行ったぞディフェンス!誰か止めろ!」

とは言え、ボールがやってきたんなら働かねえとな!!

「俺が行く!
お前ら進行方向に壁作ってろ!」
オタオタしている本庄たち体育苦手組に指示を出してすぐ、脚の筋肉をフル稼働させる。
親指の付け根を意識してグランドを踏みしめ、一気にトップスピードへ持っていく。

向かってくる相手は、サッカー部の利根川だ。
流石は本職、ドリブルにブレが無い(体育の授業で部の奴が本気出すなや)。
さらに俺を翻弄するかのようにボールの前で左右の足を何度も行き来させ、進行方向にフェイントをかける。
高速シザース、のつもりだろうが遅ぇ!佐藤だったら3倍速はいくぜ!

「もらった!」
「なっ!?」
思い描いたイメージ通り、自分のつま先がボールを奪い取る。
そのまま相手の身体を押しのけ、今度は俺がドリブルで敵陣侵攻を開始する。
ひとり、ふたりとかわして「てっつん受け取れ!!」ドカッ ゴール前の味方へロングパスが…おしっ、通った!

ピピー!

「ゼッケン無し組、ゴール!」
ホイッスルと一緒に、体育教師の野太い声がコートを横切る。

サッカー部をカウンターした上、得点につながるナイスプレー。
当然のごとく自チームの野郎共から、賞賛の声と眼差しが俺へと集まる。

「んで、試合終了だ!
1-3で、ゼッケン組の勝利!」

まあ、負けてんだけどよ。

そら本職居るチームには勝てんわ。帰宅部員な俺の戦力なんてたかが知れてる。
努力した分だけ成果が帰ってくる、なんて程現実は甘くないって知ってるけどよ、
それでもやっぱ、頑張ってる奴の方が有利に出来てるのが世の中だって。実際。





白帽を脱ぎ、頭から水道水を浴びる。髪を短く刈ってると、こういう時便利だ。

ジャババ...

くああ~っ、冷たくて気持ちいい!!
あ~…今日は学帽に着替え直したくねえ、っていうかもう帽子無しで過ごしてぇ。

……いや、そりゃそうだろ。学帽は特に蒸れるんだぜ。夏場はキツイなんてもんじゃねえんだぞ。
別に帽子にそれほどこだわりあるわけじゃねえし。

そもそもだ。ネタだったんだよ、中学の入学式に学帽かぶって行ったのは。
クラス分けのときに担任に帽子取れって言われたら、終わりにするつもり程度のネタだったんだ。
そして実際、おっさんの担任教師に、取れと言われた。
が、そこでもうひとネタ挟んだのがまずかった。
『帽子を取ると、ドブ川が綺麗になったり鉄骨が曲がっちゃったりするんスよ~』と、
おふくろに教えられたネタ(しかしこれ、元ネタ何なんだ?)を披露したら、担任が大爆笑して、
『じゃあかぶったままで良しとしてやろう!』と、なぜか許可される事になってしまった。
……その半年後、一回試しに帽子を被らず登校した事もあったんだが、
友達からは『帽子の無い千葉は千葉じゃない』、
担任からは『あのネタを使ったからには卒業まで押し通せよ!』と、難癖に等しいいちゃもんをつけられる始末。
高校でこそはと思ってはいたんだが、これまた入学式の朝、
今度はおふくろがいらん気を回して校章入りの学帽を用意しやがってたんで、
もうヤケクソで同じ『ドブ川ネタ』を使って……現状に至る、というわけだ。
付け加えると、どうも俺は学帽がかなり似合うらしい。
主に歳の行ったおっさん・じいさん教師に『古きよき昭和を思い出す』と、やたら評判がいい。
んな年号は、俺が生まれた時点でとっくに終わってたっつーの。

長くなった。
とにかく俺は、基本的に帽子を被っておかなきゃいけない状況に追い込まれてるってわけだ。
卒業まであと二年半。

結構、辛い。


――――――――――


「おい千葉。お前せっかくタッパも幅もあんだから、なんかやれよ。もったいないぜ?
うちのサッカー部どうよ?正直あんま強くねーし、逆に今からでもレギュラー狙えるぜ。
俺も口利きするしさ」

男子の汗に満ちた教室(窓全開なんだが)で着替えていると、さっき抜いた利根川から部へのお誘いがかかった。
なかなかいい話…に聞こえる気もするが、よくあるパターンだったりする。
自分で言うのもなんだがガキの時から身長も力も有ったし、運動神経も中々な俺は、
中学時代から色んな部活に誘いを受けてきた。
部長やエース部員が直接勧誘に来たことだって、1回や2回じゃない。

「あ~…サンキュ、なんだが、いいわ。帰宅部の道を極めたいんでな。
悪ぃ、スマン。サンキュ」
だけど俺は、無所属を貫いてきている。練習試合の助っ人くらいはやってるけど。

どうもなぁ…真剣に『スポーツ』やる気になれねえんだよな。『遊び』なら大歓迎なんだが。
先輩後輩の上下関係とかも、できるなら避けたいし。……いや、我ながら嘗めた事言ってると思うが。

「……そっか。
でもマジもったいないぜ。何かやった方がいいって絶対」
「利根っちもそう思うよな。千葉、体格だけじゃなくてバカ力もすげーし。
こないだ柔道部の新谷と腕相撲して、引き分けたの知ってるか?」
「知ってる知ってる。あの時居たもん、俺。教卓壊したやつだろ。
新谷がビビリまくってて超笑えた。『うをー!ヤベー!』って、お前の挙動がヤバイっての」
「しかも千葉って、結構万能にやれるよな。サッカーも野球もバドミも。
どれも授業で、本職の奴とそこそこ互角だったじゃん」
「ああ、まあサンキュってか、いいじゃんそこらは。色々な」
うちの高校は部活所属自由とは言え、やっぱ帰宅部はちょっと気まずい。だからこの話題はあんま良くない。
ワイシャツのボタンを留める手も鈍る。

「千葉くん、なんだかんだで超人のふたばちゃんに着いて行ってたから、
自然と色んなスキルが上がってたんだろうね。
ふたばちゃんには何ていうか…周りの人を引き上げるところあるし。
思えばそういうところもアイドルの素養だったんだろうな」
流れに乗って、後ろで着替えていた本庄がのほほんとつぶやいた。
懐かしむような声には、悪気は全く見えない。むしろ俺への尊敬の念すら感じられる。

が、それはNGワードってやつだ。

「おま、ばっ……」
「えっ、アイドルのふたばちゃんって、あの『丸井ふたば』かよ?」
「うん、そうだよ。
ふたばちゃんは誰とでも仲良かったけど、千葉くんとは特に親しかったんだ」
だーかーらー!なんっでそんな誤解を呼ぶような言い方すんだよお前は!!
このクラスは鴨小、鴨中出身が俺らだけなんだぞ!空気読んでくれ!

「おい千葉ぁ!」
案の定、シノケンが怒りの表情でズンズン向かってきた。
勢いのまま、俺の襟を握って首を締め上げる(ポーズなので苦しくはない)。
過剰反応しすぎな上、いらん演技入れんな。かっこつけかウケ狙いか知らんが、キモイぞ。

「髪長姫とフラグ立ててるだけでも分不相応だってのに、あの超ロリ巨乳神とまでとはどういうことだ!?」
「何だその果てしなく頭の悪そうな神は………。
ていうか襟を放せ。シャツがシワになんだろが」
「話を逸らすんじゃねえ!俺は本気で言ってるんだ!」
シノケンは正気を疑うような台詞を口にしながらヒートアップし、俺の襟を掴んだ手に更に力を込める。
ウゼぇ…って、ああっ!第一ボタン飛んだ!

「何すんだテメっ!」
調子乗りすぎな振る舞いによって、優しい俺でも沸点へと達する。
普段から溜まっていた分の怒りも込めて、思いっきり膝を突き上げてやる。

「肝臓があああっ!」
おお、上手い具合に入った。ちょっと満足。
ついでに首と一緒に自由になった身体を屈め、落ちたボタンを拾っておく。

「ったく……あ~あ~、コレ、おふくろに怒られんじゃん。くそっ。
あのなぁ、確かにふたばとはダチだが、んなの別になんでもねーっての。
あいつに『友達になってくれ』っつったら、誰でも一発でなれんだよ」

大変なのは、そっからだ。

『幼なじみフラグ』なんて都合のいいモンは無い。絶対無い。はっきり言える。
もしちょっとでも存在してるなら、佐藤はあんなに苦労してないはずだ。
……『可愛くてスタイル抜群で天才で天真爛漫でアイドルな幼なじみが一途に想ってくれる』?
はっきり言える。
あれだけ苦労しといて見返りがその程度だなんて、まともだったらやってらんねえ。
だから、佐藤は世界一の大バカ野郎だっていうのが、俺らの間での共通見解なわけだ。
昔から。この先ずっと。
絶対変わらない。

……けど、あそこまでやんなきゃ誰かを『好き』になった事にならないとしたら、そりゃちょっと息苦しいよな、
とも思ってるけどさ。

「本気で可愛い彼女が欲しいってんなら、くだんねえ事のたまってないで走り回れや。
走った分だけ返って来るかは知らんがな」
というわけで俺は、大げさに木の床をのた打ち回っているアホへ、冷ややかな現実をぶっかけてやった。

「うっわ、余裕発言来ました!そんなに余裕シャクシャクなら、フラグ一本俺にくれ!」
しかし今度は別のところから文句が上がる。
厄介な事に、一旦着いてしまった火は、元を断ってもなかなか消えないみたいだ。
テメエらとっとと着替えて昼メシに移れっての。購買行く奴も居んだろが。

「だからんなモンは存在しねえ!寝ぼけた事言ってんじゃねーよボケどもがっ!」
「ふざけんな!
Aクラの杉崎さんに松原さんに丸山さん、D組の貝塚さん!!レベル高い子ばっか狙いやがって!」
「こいつ沼南さんとも微妙にいい空気なんだよな~。
ウチのクラスの女子じゃ最上位だってのに」
「んな空気はお前らの妄想だっ!
大体なんで俺ばっかなんだよ!?本庄だって沼南とよく駄弁ってんだろが!!」

前も言ったが元6-3メンツは連帯感的なもんがあるからだし、松原とはむしろ敵対関係だ。
しかしその辺の説明がややこしいので、結局消火活動は進まない。やれやれだぜ……。

「ていうかよぉ、千葉って見るたび違う女連れてね?」
「あっ、そうそう!
こないだ駅前でかなり可愛いデコッ娘に、親しげな飛び蹴り喰らってたぜ!」
「マジで!?」
「お前らソレうらやましいのか!?」
これは恐らく虻川の事だろうが、あいつにしても長女にしても挨拶代わりに打撃を見舞ってきやがって、
東高の女はどんな日常生活送ってんだ。

「絶対おかしいよな!なんでこんなゴリラがハーレム築けるんだ!?」
「ありえん!どう考えてもありえん!」
「これだけ多人数の女子の弱みを握ってんだから、やっぱ相当サイレントスキル高いんだろうな……」
「なあ千葉。
髪長姫は諦めるけど、沼南さんの脅しに使ってるデータだけでも譲ってくんね?」
「お前ら脅迫ネタ大好きだな……。
ぶち殺すぞ」
しかも脅してること前提で話を進めやがって。

「ま、ギャグは置いてやるとして真剣な話、髪長姫が普通に話してくれるのが狂ってるよなぁ」
いつの間にか復活していたシノケンが、真面目な顔で失礼を重ねてきやがった。
真剣な話で狂ってるってどういう事だ。今度こそ再起不能にするぞ。

だが哀しいことに、援護が入るのはシノケン側ばかりなのである。これこそおかしい。

「狂ってる狂ってる!超狂ってる!」、
「あの氷の美少女が、こいつと話すときは笑ってるんだよな!!」
「えっ、マジ!?丸井さんが笑ってるとこ見たの!?」
「見た!超絶可愛かった!もう後光が見えるくらい!!」
「うわやべっ、見てえ~!」
「稀にふわって感じで笑ってるぜ、あの人。
週明けの朝とか、なんでかすごい機嫌良さそうに輝いてるときあるもん」
「え~でも、髪長姫は表情無い方が良くね?
あの人肌ツルッツルで白くてさ、むしろ冷たい表情の時の陶器人形感が、ゾクゾク来る」
「おお!マッキーが上手い事言った!
そうそう、髪長姫って陶器でできてる感じするよな!まさに生きた芸術!
こないだ腕まくりしてたけど、日焼け線とか全然無いの!どんな生き方して来たのか、かなり謎!!」

…確かに、なんか不自然なくらい綺麗だよな。太陽に当てないよう保管されてたって言われても、信じられる。
子供の頃から普通に俺らと一緒にマラソンとかしてたし、ザリ釣りもプールも一緒に行ってたはずなんだが……?

「そもそもあの美貌が…っていうかどこ取っても綺麗過ぎ。
爪まですごい整ってて、手タレでも行ける」
「腰、腰!あの細さがヤバい!!抱き締め一回5000円だったら普通に払う!!」
「わかるわかる!
俺さ、アイドルだったら星井美希派だけど、やっぱ丸井さんは別枠…ってか、別格だわ」
「如月千早と水瀬伊織を足しっぱって感じだよな」
「一回でいいからあのぶるっとした桜色の唇に触れたい!!指先でチョンでいいから!!」
「1番スゴいのは目だろ!あんな綺麗な目してる人間、絶対他に居ない!ありえんレベルで綺麗過ぎるって!
今更だけどあの人ほんとに人間か!?
……えっ、俺の夢?」
「ウケる!集団幻覚説!!
なんか逆に説得力あるわー、ソレ。うわ恐えー」
「夏の怪談……Aクラの出席番号34番は、実は空欄でした!」
「恐えー!!!」

ドワ~っ!と教室の沸きあがりが最高潮に達する。

シャツのボタン留めてた奴も、ベルト締めてた奴も、のんびり座ってた本庄までもが大口を開けて笑う。
やがて爆笑の渦は収まって行き、静かになったところで場を閉める様にシノケンがひと言発した。

「ほんっと、千葉は死んで欲しいな!」
「お前が死ね」
「肝臓があああっ!」





「あれ?千葉、パン買ってこねーのか?」

ふたつの机を向かい合わせて作ったテーブルの上には、すでにシノケンと本庄の弁当箱がL字に並んでいる。
いつもならここに、俺のパンと缶コーヒーが加わるから、この問いかけ出るのはわかる。

「いや…何か昨日、待っててくれって言われたような、言われなかったような……」


「やっほー岸崎!
調理実習で作ったのお弁当を持ってきてやったゾ!
感動でむせび泣きながら食しなさい!」
「ああ…うん。
ありがとう……」


教室の端で開催された胸焼けするような青春劇のせいで、クラスの雰囲気が一気に尖る。
どっちかっつーと気が弱い野球部の岸崎は、空気に晒されてまともに顔が青くなる。多少可哀想だがその程度はな。
しかし弁当持ってきた泣きボクロ女、どっかで見たような。……確か三女さんの取り巻きの、柳…だったか?
てことはAクラは調理実習だったのか。
……はっ!ひょっとして三女さん、俺に弁当を届けるから待ってくれって伝言を……無いか。
そんな展開、端役の俺には分不相応だ。ありえんありえん。

「岸崎むかつくなぁ……。
あっでもあの彼女って、Aクラだよな。
ああ…髪長姫が輝く笑顔で手作り弁当持ってきてくれないかなぁ……おい千葉、どうした?げっそりした顔で」
「ショックだ……。シノケンとおんなじ事考えてしまった……」
「どういう意味だテメェ。
…いいじゃん、ちったあ夢見ろよ。お前、何かとすぐ諦め気味だぜ。
俺が言うのもなんだけどさ、もうちょい熱さをだせって。
余計なお世話かも知れんが、俺から見りゃ豪華な選択肢が揃ってんのに、もったいないって思う。
思うぜ?」
「夢、なぁ……」
友達が俺を気遣ってなるべく明るい声と表情で、でもちゃんと真面目に助言をくれる。
わかる。わかってる。つもり、なんだが……どうも何もかも漠然としすぎてて、足が動かないんだよな。

「そう!お前は自分がいかに幸せな立場に居るのかわかってない!
あの誰もに平等に冷たいはずの髪長姫が、あたたかい笑顔を向けてくれるなんて、
どんなに神に感謝してもし足りないほどありがたいことなんだよ!!」

さっき真剣に考えたこと全部無し。

「ほんっきでしつこいぞ、シノケン。まじウゼぇしキメぇ。舌噛み切ってくれ」
「お前の理解度が低いから、しつこく言ってんだっつの。
本来髪長姫は、誰にでも…イケメンだろうがフツメンだろうが、平等に冷たいところがありがたいんだろうが。
2年の滝嶋先輩のモーションに、『はあ?』のひと言で返したのとか有名じゃん。
『はあ?何言ってるんですか?』の『はあ?』で。
だから『ひょっとしたら俺にもチャンスが』って、全男子が夢と希望を持てるわけじゃん!
そして普段は冷たい美少女が、俺にだけ優しい笑顔を見せてくれる…とかだったら最高だろ!?」
「ごめん篠田くん、ボクから見ても相当にキモい」
俺同様、それこそ全く『夢も希望も無い』事を知ってる本庄が、
その事の補正無しに、純粋に残念そうな視線をシノケンへ向けた。
しかし、シノケンはまったくめげないのである。心底残念な男だ。

「なのにお前らには自然体で接して、
あまつさえこんなブタゴリラに、芸術そのものの笑顔が向けられてるわけだ!
何なの!?神は、世界はこんな不条理をなぜ許してるんだ!?」
「千葉くん、ボクのコロッケ半分要る?」
「いや、悪いって。もうちょい待っても誰も来なかったら、パン買いにいくわ」
「無視すんなよ!!」
「うっせーな。いい加減にしろ。周りにも迷惑だろうが」
と思って見回すと、意外すぎることにクラス中が『うんうん』とうなずいていた。
男女どっちも。反応してないのは本庄と沼南だけだ。
おい待ってくれよ……。自分のクラスなのに何なんだこのアウェー感。若干死にたくなったぞ。

「この上、髪長姫が手作り弁当届けてくれるとか素敵イベントが有った日には、お前を呪い殺してやるからな」
「へえへえ。んなイベントは絶対起こらないっての。
もし起こったら、お前におかず分けてやるから心穏やかに過ごしてろ」
「マジっ!?
いやぁ、持つべきものは親友だなあ!」
コロッと切り替えて、満面の笑みで箸を進めだすシノケン。
俺、なんでこいつとダチになったんだっけ……?

「けど、本当に三女さん…丸井さんは人気があるねえ」
「あん?
……千葉の無理解もおかしいが、本庄って髪長姫関係、完全に他人事っぽく言うよな。
むしろお前らの興味なさが疑問だわ、正直」
「そうかな?」
「そうだよ。
あの信じられん程の美貌はもちろんだし、毎日自分で弁当作ってきてるって家庭的なとこもイイし、
態度は冷たいけどすごい親切じゃん。いや噂しか知らないけど」
「親切…ね……」
そこで本庄の表情は、微妙なものに変わる。何だ?

「なんだよ、実際三女さんはすげえ優しいじゃん。
…あー、まあ、優しくなった、ってか、積極的になったよな」
「確かにね。
だけどやっぱりボクは、三女さんには油断しちゃいけないって感覚が強いなあ。悪いとは思うけど」
「そりゃ昔は色々悪だくみ……いや、イタズラには巻き込まれたけどよ、今は違うだろ」
「ごめん、怒らないでよ。ボクもそれはわかってるって。
だけど『今』だからこそやべ…色々あるから大人しい……どうも悪口言ってるみたいになっちゃって良くないなぁ。
とにかく、そうは言ってもやっぱり『三女さん』を感じるんだ。端々に。
こないだ見かけたとき、すごい形相で鴨小の方を睨んでたし。
……ボクとしては、千葉くんが松原さんと仲良い事の方がうらやましいって思うけどな。
あの人、背が高くて、すごく美人で……」
「お前眼鏡の度がずれてんじゃねえか?
それともショートのうなじフェチ補正かよ。けど、あいつ性格が最悪だぜ。
そもそもあの女は俺の敵だ」
「おいお前ら、いちいち俺を置いて話すんなよ。
とにかくルックス最高、性格最高な髪長姫と同じ高校に通ってるわけだぜ。
恋人になれたらって、男なら誰しも夢見るじゃん。
……あ、スタイルが及川雫だったら更に最高だった」

シノケンが名前を口にした、最近テレビに出てきた爆乳アイドルの身体と、三女さんの顔を、
頭の中でコラージュしてみる。……バランス悪くて微妙だ。
もちろん俺も、健全な男子高校生の嗜みとして巨乳好きである。
おっぱいには人並み(以上という説有り)のこだわりがあるし、
青年漫画雑誌のグラビアや、動画サイトの映像といった画には、
あざとさ全開だと思いつつもイロイロお世話になっている。
しかし。しかしである。
着替えのとき誰かが言ってたように、三女さんは別格なんだ。
あの整い過ぎるが故に儚い顔立ち、雪の結晶の煌きを連想させる白い肌には、
今の硝子細工のような細身がピタリと嵌まっている。
確かに横から見ると真っ平らだが、全体に丸みを帯びたシルエットは十二分に女の子を感じさせるし、
前にも言ったとおり頭身のバランスが素晴らしいから、正に妖精のような神秘的な雰囲気を醸し出してる。
今のスタイルで完成していると言っても過言じゃない。
それが理解できんとは、やはりこの目の前でヘラヘラ笑っている男は、救いようの無いほどバカな奴だ。
教室が静まり返ってるのにも全然気付いてないし。

「あ~…俺、今気付いたわ。スレンダーもいいけど髪長姫はやっぱおっぱいが悲しいわ。
パーフェクト賞に一歩足りなかった。
けどまあいい!おっぱいが残念でも、俺は髪長姫とフラグを立てたい!どんなのでもいいから!!」
「良かったな、立ったぞ。たった今」
「えっ、マジで!?」
「ああ。
死亡フラグが」
「へ?」
俺の指した指先に釣られて、シノケンが上半身ごと首を180度後ろへ向ける。
そこには、

「…………………………」
氷の表情と氷河期のオーラで、三女さんが立っていた。

三女さんの昔からの特徴にして必殺、無音行動と気配ゼロ。
教室中が息を呑むほどの容姿をしてたって、視界に入らなきゃ気付きようがない。
これらも『妖精』と呼ばれる所以だが……確かに本庄の言うとおり、三女さんには『三女さん』なところがあるな。

「ひいぃっ!」ガターン!
哀れ(自業自得でもあるが)度肝を抜かれたシノケンは、座ったまま足をもつらせるという器用なマネをして、
痛そうな音と共に、椅子ごと床に倒れ落ちた。合掌。

「いぃ~ってえ!
ぐぅっ、なんっが…ぜんぜ、気配が…っ!?
やっ、すみっ…ごめっ、ごっ…ご機嫌麗しゅう、かみな…ひめ!」
「……千葉くん、友達は選んだほうがいいよ」
「こいつは完全に赤の他人なんで、心配ご無用です。
友達とか言ってるのはこいつの虚言癖ですから、無視しといてください」
「あっ、てめっ、千葉……っ!」
「久しぶり、三女さん。
他クラスに入ってくるなんて珍しいね。どうしたの?」
「なんだかご無沙汰してたね。
うん。これを千葉くんに届けにね」
そう告げながら、三女さんは右手で唐草模様の四角い包みを持ち上げる。
身長差があるから、座ってる俺のちょうど目前に来た。

この形状、このサイズは、まさか……!って、いやいや、まさかあ。

「昨日杉ちゃんが言ってたと思うけど、うちのクラス、お弁当の調理実習だったんだ。
ちょっと他の班を手伝ってて遅くなっちゃって。お待たせしてごめんね。
お口に合えばいいんだけど」

嘘だろ!!!??!?

「えっ、あの、えぅあ、おっ…俺に、ですか?弁当を?」
「………」
驚きの疑問に対して、三女さんは変わらず冷たい、だけどどことなく恥じらいを感じる表情でうなずいてくださる。

ま・じ・で!!!?

「本庄、俺の頬を「漫画みたいなことをしなくても、現実だって。早く受け取ってあげたら」 ………」
なんかいざという場面ではやたらとドライな本庄の言葉に背を押されて、俺は恐る恐る唐草包みを受け取る。
やべえ、手がふるえる……っ!

「男の子用だと思って、パ…お父さんの大きなお弁当箱を使ったんだけど、
材料費400円以内が課題だったから、おかずがちょっと少ないんだ。
なるべくデコレーションは控えて、量重視で作ったんだけど」
「いえいえいえいえいえいえ!!全然いけます!超満足です!
むしろ全部白メシでも『登場人物A』の俺には勿体なさすぎっスから!!
自覚ありますから!!勘違いしてません!」
「とうじょうじんぶつ?」
「なんでもありません!!ありませんとも!!」


「………ふふっ」
目の前に浮かんできた微笑は、値の付けられないくらいの芸術で。
至近距離でくらった俺の心臓は、一瞬カンペキに停まった。


「ああ…ごめんごめん。
いやいや、我ながら『女子の手作りお弁当』の威力はすごいなあって。
あの千葉くんが、こんな挙動不審になるくらい喜んでくれるなんて、思ってもみなかったよ。
……あっ」
「はい何でしょう!?やっぱ何かの手違いっスか!?
今すぐお返ししましょうか!?」
「いや、そうじゃなくて。
シャツ、ちょっと脱いで」
「脱い……っ??!?!?」
どどどどどういう事だ!?ここは学校だぞ!!周りはクラスメイトだらけで真昼間だぞ!!!?

「ちょっ…なに変な想像してるの。
ボタンだよ、首の。取れてるから、ほら、私、ソーイングセット持ってるんだ」
「ぼた…ああっ、ぼた…ボタンっスね!いやあわかってますよ、瞬時にわかってましたって!
脱ぎます脱ぎます!1秒で脱ぎます!!」
「慌てなくていいよ。お昼休み、まだあるし。
おっと、ボタンあるかな?」
「ありますあります!すぐ出します!!」

この状況で慌てないわけがない。
ブルブル震える指先をなんとか押さえつけてボタンを外し、ワイシャツだけ脱いで手渡す。
あっ、やべ。体育の後だった。汗臭いって床に叩きつけられたらどうしよう。ショックで死んでしまうかも、俺。

「………………」

俺がバクバク心臓鳴らしてるのなんて無視して、三女さんは手近な椅子に座り、
スカートのポケットから小さな白いケース…ソーイングセットを取り出した。
そのまま流れるような動きで針と糸を取り出し、ボタンを元の位置へと縫い付けてくださる。

美しい。

それ以外に感想が思い浮かばない。
雪みたいに白く滑らかで、小鳥の脚みたいに華奢な指が踊る光景から、目を離せない。
しかも踊るたびにワイシャツが直っていくんだから、まるで魔法みたいだ。
……そうだ。チビ女の言う通りだった。三女さんは魔法が使える。虹色の瞳を持った魔法使い……。

「……あんまり見ないで」
「申し訳ありません!!」
持てる最高速度で首を窓へと向ける。
あの芸術を見られないなんて、胸が締め付けられるくらいにもったいない。
だけど白い神姫の命令に逆らうなんて、絶対ありえない。

「………我ながらオバサン臭いなあって思うんだ。
土日とか、お弁当ストックの切り干し大根煮たりして……女子高生なのに笑っちゃうよね」
「ぜんっぜんそんな事ないっス!
家庭的で女の子っぽくて、すごく良いって思います!!」
「そうかな?」
背中から聞こえてくる声は、頼りなくか細い。まるで道に迷った小さな女の子みたいだ。

考えろ考えろ。ここは俺の男が問われてるぜ。
三女さんに喜んでもらうには、自信を持って納得してもらうには、どう答えるのが1番だ?

この子の1番は……そうだよな。昔から。

「そうっスよ。男なら、誰だってそう思ってます。
『先生』とか、大人でももちろん。
メシ、美味かったら幸せっスから。自分の着るもん綺麗だったら、すげえ嬉しいっスから。
いっつも笑ってるっしょ?疑う余地ゼロで嬉しそうに」


「………そうだね」


ちったあ言葉の使い方が上手くなれたよな、俺。
勉強、苦労してきた甲斐あった。


「できた。こっち向いてもいいよ。
はいコレ」
「あざっス」
「どういたしまして。
お弁当、後で感想聞かせてね」
無表情で、無音。
だけど目の前に立ってる三女さんは、確かに嬉しそうだ。
だから俺も、すげえ嬉しい。

こういうのが、『幸せ』って言うんだろ?

「じゃ」

スイー

……………………………さて、と。

髪長姫が出て行ったのを見計らい、クラスの野郎共(本庄だけはどっか行った)が俺の席へと集まってくる。
緊張の満ちる中、落ち着いた手つきでゆっくりと包みを解く。
銀色の四角が現れる。

ザワザワ...

「落ち着け」

ザワ...

ここで慌てるのは素人だ。嘗めるな、俺は伊達に何年も『登場人物A』をやってないぜ。
さっきまでの出来すぎた展開があったとしても、ちゃんと本庄との会話を覚えている。
三女さんはイタズラ好きという、アレだ。
つまりこの場合考えられるのは、

①全部白いごはん
②空っぽ
③毒入り
④害虫入り
⑤妄想の具現化

ドライな本庄にも見えていたということは、⑤は無い。
ということは受け取ったときに感じた重みも本当だから②も無い。
三女さんに命を狙われるほど憎まれた覚えは無いから、③と④も無い。
つまり正解は、

「全部白メシだな」

ふっ……我ながら完璧な推理だ。
三女さんのパーソナルカラーである白色を生かしつつ、さっき自分で振ったネタの回収までできる。

あまりに隙の無さ過ぎる推理に酔いながら、蓋を開く。
第一声は『やっぱりじゃん!』にしよう。

パカ

そこには、白いご飯なんてなかった。
面積の半分はチキンライスの綺麗な赤に染まっている。散りばめられたグリーンピースが眩しい。
レタスの上に置かれたメインおかずのミニハンバーグは、網状の焦げ目が食欲をそそる。
プラ串にはプチトマト、うずらたまご、ウインナーが彩りよく纏められてて、
しかもウインナーは定番のタコさんだけでなく、カニさんや魚さん型の飾り切りで目を楽しませてくれる。
育ち盛りの高校生用に、全体的に肉多目のメニューにしつつも、
小松菜のおひたしとポテトサラダでちゃんと栄養と彩りのバランスが考えられてるのが嬉しい。
そしてお弁当と言えばコレ、卵焼き。
断面を上にして敷き詰められた淡い黄色には、中心にカニカマボコ、間に味付け海苔まで巻かれていると来た。

か…完璧なチキンライス弁当だ……。

ゴクリ...

自分を含めたクラス中の男子が唾を飲み込む音(買って来たカルピスを自分の席で飲んでる本庄のも含む)が、
教室を占める。

「………………」
ゆっくりと蓋を閉じる。

待て。落ち着け。
できる男は再確認だ。

もう一度ゆっくり、さっきの軌跡を100%なぞって蓋を開ける。

パカ

「ほんじょ「美味しそうなチキンライス弁当だって。早く食べなよ」 …ありがとう」

現実なのか……っ。

「……いただき「おい千葉」
厳かに手を合わせている中、ぐっと掴まれた肩の方へと振り向くと、かつて無いほど真剣な表情の篠田健一が居た。

「俺に分けてくれるんだよな、親友」

「はあ?なに言ってんだ?誤作動してる喉掻き毟って死ねよダボハゼが」
「てめええ!今日という今日は頭に来た!
お前を殺してその弁当を俺がいただく!!」
「シノケンに分けるなら俺にも分けろ!!」
「俺も俺も!!」
「プチトマトだけでいいからくれっ!!」
「寄るんじゃねえてめえら…うわあ!!?」



騒ぎの中、ヒジを盛大に擦り剥いても尚、弁当を型くずれさせることなく守りきった俺を、褒めろ。



………なるほど、三女さんは俺をこのドタバタに巻き込む事を狙っていたわけか。
さすが三女さん、見事な計略だぜっっ!

「いい加減ウザいって」

保健室のベッドで、チキンライスを噛み締めながら味わう俺へと向けられた、
つきそいの本庄の目は、どこまでも冷ややかだった。