皆さん、明けましておめでとうございます☆
鴨橋小学校6年3組担任の矢部 智です。
本年もよろしくお願いします!
……今年は平和な一年になるといいんですが………。
「やれやれ、やっと部屋に戻ってこれた。
ほとんど終電だったから、いい時間になっちゃったなぁ……。もうすぐ3日だよ…。
チクビもお疲れ様」
「チー」
ケージをいつもの位置に戻して…っと。
ふぅ。
…しかし、なんだか疲れるために実家に帰った気がするや。
まさか母さんがあんなにお見合い写真を用意してるなんてなぁ……。
おかげで予定を早めて戻ることになっちゃったよ。
まったく…まだそんな気は全然無いっていうのにさ。
何より、ボクには栗山先生という人が……!
「さて、寝る前に年賀状のチェックだけはしておくかな。
…おおっ!みんな結構返してくれたな~」
初めてもったクラス。
子供たち全員に年賀状を送ったけど、ほとんど返ってきて…いや、元旦に届いているのも多いや!
「うぅ…教師冥利に尽きるなぁ!
どれどれ…?
おっ!みつばちゃん達からも元旦に届いてる!ふたばちゃんが絵を描いて、2人がかき寄せしてくれたんだ。
こっちは…宮下さんだな。たはは、新年から手厳しいなぁ…。
あれ?これ、宛名が無いのに……?」
・
・
・
なんだかんだでクラスの子たち全員から年賀状が届いてた!嬉しいなぁ~!!
………栗山先生からは来てなかったけど…。うぅ、来年こそはしっかり実家の住所を聞いて、必ず…!
「えーっと、これが最後だな。杉崎さんからは……へぇ」
『新年明けましておめでとうございます。
1月3日 杉崎家では毎年恒例の羽子板大会を行います。
優勝賞品は高級料亭謹製の超豪華おせち重。
ふるってご参加下さい!
杉崎みく』
――――――――――
思ったとおり、賞品に釣られてやってきたわね、みつば!!
「それじゃ、新春羽子板大会はじめるわよー!」
「って杉崎、いつもの面子しかいないじゃないか?
ていうかこんなの去年までやってなかっただろ。また何かつまんないこと企んでるんじゃないのか?」
「宮下!『つまんないこと』なんて失礼ね!」
今日のためにみっちり、全力で仕込んだんだから!!!
みつばのために用意したこの墨は、ちょっとやそっとじゃ落ちない特別製!
そしてさらに、3日3晩羽子板日本一の名人と夜も寝ずに猛特訓したのよ!
あぁ…!顔をまっ黒に塗られて無様に泣きわめくみつばの姿が目に浮かぶわ~~!!
「ヒーッヒッヒッヒッ!
さあ勝負よ、みつば!!」
「はあ?
何であんたとやんなきゃいけないのよ。
大体、賞品のおせちはどこにあんのよ?」
「さっきあれだけご馳走になったのにまだ足りないなんて、年が変わっても雌豚なのは変わらないんだね」
「ひとはっ!
とにかくっ!私はそんな無駄な勝負する気なんてないんだかんね!」
「あ~ら、逃げるのかしらみつばさん~?」
「なっ!?
い…いいわよ、やってやろうじゃないの!!」
単純なみつばはちょっと焚き付けるだけで、すぐムキになる。
今日も私がひと言小突いただけで、クルッと方向転換して、ぶんぶん素振りしながら戻ってきた。
バ~カ~め~!!そんなバットみたいな大振りじゃ、私の華麗な羽子板さばきの格好のエジキよ!!
「ヒッヒッヒッ!
その顔を真っ黒に塗って、この最新高画質カメラで永久保存してあげるわ!!」ジュルリ
「あの顔は間違いなくまたしょうもねーこと考えてるな……。
ほんっと、こりない奴だなあ」
ていうか杉崎の奴、大丈夫か?いつも以上にヤバそうだぞ。
目が虚ろだし、足もふらふらだ。ちゃんと寝てんのかよ?
ほら、始まったと同時に立ったまま寝ちゃったし……。
せめてよだれは拭けよ…。
「もうオチは見えたな」
「ま…まあ杉ちゃんが幸せならそれでいいんじゃない?
愛の形は人それぞれなんだし……ううん、スポーツを通して芽生える愛って、とっても素敵だよ!!」
うおっと、吉岡の瞳からバシバシ星が飛んできた。
……こっちもまた変な妄想してるな。
吉岡はあたしなんかと違ってすごく『女の子』だけど、こういうとこはちょっとなぁ…。
そんなのあるわけ……いや…何ていうか、杉崎はマジでソッチの方向に行ってるんじゃないだろうな……?
なんかもう『目の敵』とか『ライバル』とか、そういう壁を越えてるぞ…。
5年生のときは私立中に行くとか言ってたのに、今はもうあたしらと…みつばと同じ公立中に行く気まんまんだし。
「まあ漫画じゃあるまいし、まさかな…。
…うん。
友達がおんなじ中学に来てくれるんだから、いいことだよな!
さ~って!!
せっかくだし、あたしらもひと勝負するか!」
「え…ええ~!?私と宮ちゃんじゃ勝負にならないよ~!」
うう…宮ちゃんはときどき無理を言うなぁ。
私が運動苦手なの知ってるくせに~…。
「だぁ~いじょうぶだって!ちゃんと手加減してやるからさっ!
ほらっ、行こうぜっ!!」
「ぜったいだよ~?」
だけどスポーツが得意で、かっこよくて、明るくて、みんなに優しい、私の憧れの宮ちゃんが手を引いてくれるから。
だから私は怖がらずに『外』に踏み出せる。
いつもありがとう、宮ちゃん。
「そう!苦手なことから逃げてちゃいけないんだ!
努力して、汗を流し、そして乗り越えていくんだ!!」
……ちょっと行き過ぎなところもあるけど…。
・
・
・
「ダメだ、負けた~。手加減してよ~」
「何だ何だ~?あたしは十分手加減したぜ!
それじゃ、ルールだから墨を……っと。あはは!眉毛がつながった!」
「ふえ~ん」
「よーし!今度は私と勝負よ、宮ちゃん!
ゆきちゃん、カタキはとってあげるからね!!」
「さっちゃん!」
今度はさっちゃんが宮ちゃんの前に立つ。
さっちゃんもスポーツが得意なほうなんだよね。
それに背も高いし、スタイルもセンスもいいし、性格だってはきはきしてる。
すごいなぁ。
「住職さんのところで見つけた、呪いの羽子板の力を見せてあげるわ!!」
………ま…まぁちょっと……だいぶ行き過ぎなところもあったりするけど……。
けど…うん。
尊敬する友達がたくさんいる私は、すっごく幸せ者だ。
「また怪しい物を持ってきたなぁ…」
「あはは……。
持ち手のお札以外は真新しいっていうのは、さすがに……」
「怪しいとは失礼ね!
これは卑弥呼との羽子板勝負に負けた呪術師の怨霊が取り憑いているという、由緒ある羽子板なのよ!」
もうっ!本当に失礼しちゃう!
あのお寺の蔵に眠っている品々は、霊験あらたかな由緒あるものばっかりなんだから!
「ふぅ…この禍々しいオーラがわからないなんて、みんなまだまだねぇ~」
「わかりたくねぇよ。
大体、『卑弥呼』ってどう考えてもおかしいだろ…」
「何が?
とにかく、これは久保田くんが見つけてくれた特別な羽子板なんだから!」
そう。今は心霊スポット巡りも、ダウジングも、お寺での霊能アイテム探しも一人じゃない。
もちろん今までだって楽しかったけど、同じ趣味を持つお友達と一緒にだったら楽しさは何倍にもなった!
久保田くんは真面目で細かなところまでよく気がついてくれるし、発想も斬新だから、おかげでたくさん新しい発見ができたな~
。
そして大人しそうだけどやっぱり男の子。
棚の上にあったこの羽子板は、私の背じゃきっと見つけられなかったわ。
それに…あわてて駆け寄って、一緒にこけちゃったときに触れた身体は、思ってた以上にがっしりしてたし……。
…はっ!!いけないいけない!
「さあ勝負よ!」
「じゃあそれは、久保田くんからの愛のプレゼントなんだね!」
「へ!?
そ…そんなんじゃないよ~!ちょっと大晦日の夜に、一緒にお寺に行ったりお墓に行ったり…除夜の鐘をついたり……」
「えっ!?
じゃあ、さっちゃんは年越しデートだったの!!?」
「でででデートってそんなんじゃ!
久保田くんはお友達で…。
そりゃそのまま初詣も行って、今年も一緒にいたいなってお願いしたりしたけど…」
「ええええ!!?もっと詳しく教えて~!!」
「……なんだかもう勝負どころじゃないみたいだな…。
それじゃ他の奴は…っと」
「はーい!小生がお相手するっスよー!!」
「よし!
任せたぞ、佐藤!」
「あっ、そうだね!私たち忙しいからお願い!
…だからゆきちゃん、この羽子板はそういうのじゃないの!」
「はあ!?」
なんでいきなり俺にふるんだよ!
てか、今は千葉と勝負してるとこだろ!見えてねーのかよ!?
「しゃあねえな。頑張れよ、佐藤」
「ちょっ…おまっ!ふたばと羽子板なんて嫌な予感しかしねぇだろ!!」
「しんちゃん……小生とじゃ嫌っスか…?」
言葉も終わらないうちから、ふたばの大きくてまん丸な瞳がさざ波に埋もれていってしまう。
だーくそっ!これじゃ断れないだろ!卑怯だぞ!!
「わかったよ!ただし絶対手加減しろよな!!」
「わっしょーい!」ニコッ
「……ッ」
パッと現れた満面の笑顔をまともに見てしまったせいで、思わず胸がつまる。
ったく…ホント調子いいんだよな、ふたばは。
………まあ良しとするか……。
「それじゃ思いっきりいくねー!!」
「話を聞け!」
いつもいつもこいつは人の忠告を全く聞かない! いくら幼なじみだからって、いつまでも笑って済ませられるか!!
そうだ!今日こそは厳しく、ビシッと言おう!!
「しんちゃんありがとう!」
……でも今日はまだ正月だし、厳しくするのは明日からでいいか…。
せっかく良い天気なんだし、さ。
「それっ!!」
ガコンッ! チュイン!!
…かすった髪がはらはらと散って……!
それに羽根が塀にめり込んでるぞ!漫画かよ!?
「危ねえ!?ちょっと待てふたば!こんなの受けたら死んじまう!
あっ、そうだ!もう羽根が無いから他の遊びにしようぜ!?ほらっ、この箱の中とか面白そうなものが…げっ!」
これ羽根入れだ!
なんでこんなに大量に用意してるんだよ!?そしてなんでちょうど俺の手近にある!!?
「いや、この箱は違っ「ふたばー!羽根なら佐藤がたくさん見つけたから、思いっきりやれ~!」
「おお~!さっすがしんちゃん!!」
「てめぇ、千葉!!」
「よ~っし!どんどんいくっスよ~~!!」
しんちゃんはすごい。
小生の欲しいものは何でも出してくれる。
小生がお願いしたら何でも叶えてくれる。
しんちゃんは全部をくれる!!
しんちゃんと一緒だから今日も楽しい!
ずっと、ず~~っと一緒に遊ぼうね!!
「ちょっ、あぶっ!?やめろふたば!!」
「それそれ~!」
「頑張れよー」千本ノックを。
相変わらずバカな男だ。ほんと、見てて飽きないぜ。
毎度毎度わかってて、それでも喜んで自分から突っ込むからなぁ。
そしてわかってたとおりにボロボロになって、けど、ふたばが呼べばすぐまた立ち上がる。
バカだ。
きっと、こんなにバカな奴は世界中探してもこいつだけだろう。
ほんとソンケーするよ。
……本当に。
「さて、俺はどーすっかな」
長女でもからかうか?試してみたい秘技もあるし。
…って、あいつ寝てる杉崎の顔を塗るのに夢中みたいだから、今話しかけても無駄だな。
変態前科持ちはシャレが通じねえしなぁ。
……お? あっちの窓際に座ってるのは……。
「さ…三女さんも本ばっかりじゃなくて、羽子板やりませんか?」
「私はいいよ」
つ…冷てぇ……。
返事の中身もそうだけど、こんなときの三女さんの声色は、独りきりで鳴らしたトライアングルみてぇに寂しくて、
耳に入ると背筋まで冷たくなってくる(緊張してるときとかの三女さんは、もっとすっげぇ冷たい声出すけど)。
ついでに今は顔を本に向けたままで、態度まで冷たいときた。
……でもせっかく声をかけたんだ。もう一歩、頑張ろう。
いや、別に頑張る必要も理由も無いんだけどよ。
「あ~……でも、せっかくっスから…。
俺、バドミントンとか結構得意ですし、その…練習相手にもなれるっていうか……。
ほらっ!ガチレンも『戦うキミはガチで美しい!』って言ってましたし!」
「…………」
三女さんが顔を上げ、俺の目を覗いてくる。覗かれちまう。
まずい。
「あ…ぅ…」
声が、出せなくなる。
心臓も脳みそもギュッと掴まれて、三女さんの言葉を待つ事しかできなくなる……。
…最近、三女さんに見つめられるといつもこうなっちまうんだよな。
いつ気付いたんだっけ?
三女さんの瞳はただ黒いんじゃなくて、たくさんの色が重なってるからそう見えるんだって。
こうやって近づくとよくわかる。
光の加減で次々に色が変わって、瞳の中に虹が架かってるみてーだ。
………くそっ、何言ってんだ俺は。そんなキャラじゃねえっての。
「私はいいよ。羽子板なんて無意味だし不必要だよ」
そして棒立ちの俺に浴びせかけられる、お決まりの台詞。
…これ以上は何を言っても無駄か……。
「そ…そうっスか……。すんません…」
……なんつーか最近の俺、らしくねえ。
何でだろ?
「そうよね~。
あんたの場合は羽子板に当てらんなくて、季節外れの盆踊りになっちゃうもんね~~」
俺の背中から、突然長女が口を挟んできやがった。杉崎は…顔を真っ黒にされたってのに、まだ立ったまま寝てやがる。
反応無いのに飽きて、こっちをからかいに来たのか。
「ま、一生そのままなのは可哀想だし、杉崎を完封した超プロ級の私が特別に教えてあげるわ!」
……違う、『長女』だから来たんだな。
こいつはうるせーけど、めちゃくちゃだけど、それだけは。
妹って、そんなに何かをしてあげたくなるもんなのか?それともお前らが三つ子だからか?
…でもさ、悪ぃとは思うけど、今はきっと無駄だぜ。
「ほっといてよ、みっちゃん」
「いいから来なさい!」
そのまま三女さんをズルズル引っ張って行き、無理矢理羽子板を持たせる。
それ、完全に負けパターンだぜ。
「行くわよ~…それっ!」
カコン
打ち返しやすいよう手加減したのか、羽根はヒョロヒョロした軌道で向かっていく。
……違う、あれがあいつの全力だな。
「……やー」
コン ポト
そして三女さんが全くやる気の無い声で打ち…当てて、手前に落とした。
「ちょっ!?ちゃんと打ち返しなさいよ!」
「打ち返したよ。私が打ってみっちゃんが拾えなかったんだから、私の勝ちだね」
「なんでそうなるのよ!?」
「言った通りだよ。それじゃ、ルールだからね」
「やっ…やめなさい!」
「……うん。みっちゃんの額にはそれが似合うよ」
『肉』の文字。うむ、確かに似合う。
…しかしまあ、こんなもんだろう。
やっぱ痛い目にあって終わりだったな。
「あんたね~!どうせろくでもないこと書いたんでしょうけど…。 ゴシゴシ
なにこれっ、全然落ちないじゃない!?
ひとは~~っ!!!」
「ほら、みっちゃん。杉ちゃんあのままでいいの?バランス崩したら倒れちゃうよ。
そこの窓際に運んであげたら?」
「うぐぐ…っ!杉崎を運んだら、続きだかんね!」
「千葉くんも手伝ってあげて」
「あっ、ウッス!」
「じゃあ今度は俺とやろーぜ!
ママに俺用の羽子板、買ってもらったんだ!」
へへへっ!正月なんていつもはやることなくてつまんないけど、今年は三女がうちに来てくれた!
今日はめいっぱい遊ぼうぜ!
「龍ちゃん…」
三女が笑う。
…笑ってるんだと、思う。
三女は不思議だ。
笑ってるのに寂しそうだし、俺を向いてるのに遠くを見てるみたいだ。
……すぐそこにいるのに、ここにはいないみたいだ…。
そんな三女を見てると、なんでか苦しくなって、息もできなくなる。
「な!いいだろ!やろうぜ!!」
真っ白な手に触れる。触れられた。当たり前だけど。
柔らかくてあったかい。
さっきの苦しいのは全部消えて、代わりに嬉しさでいっぱいになる。
…やっぱり三女は不思議だ。
ママに買ってもらったどんなおもちゃでも、こんな気持ちになったことねぇのに……。
…三女がずっと傍にいてくれたらいいのにな……。
うちには何でもあるんだ、三女の欲しい物だってなんでも揃えられる。だから一緒に暮らせばいい!!
そうだよ、すっげーいいこと思いついた!今度、ママに頼もう!
「うーん…」
…珍しく何だか悩んでるみたいだ。
だけど三女は俺に優しいんだ。俺が頼めばいっつも「ごめんね、龍ちゃん」 あれ?
「私、あんまり上手くないんだ。だからごめんね、龍ちゃん」
「そ…そっか……。
じゃあガチレンご「おっ!?龍太も羽子板に目覚めたのか!じゃあ、あたしが教えてやるよ!!」
邪魔すんなよ宮下!頼んでねーよ!
「うん。宮山さん、お願い」
「へ?そうじゃなくて、俺は…」
「行ってらっしゃい」ニコッ
三女が笑う。
誰よりも、ママよりもずっとずっとキレイに笑う。
「あ……。
う…うん…」
不思議だ。
「よーし、行こうぜ!あと三女、宮下だよ!!」
「あ…あぅ…。三女……」
「頑張ってね」
龍ちゃんは素直で可愛いな。私もあんな弟が欲しかった。
あの子のお願いはなるべく聞いてあげたい。いつまでもあのキラキラした目でいて欲しいから。
…でも、だからこそみっともないところは見られたくない。
……羽子板なんて本当に無意味だし不必要だよ。
大体、板が小さすぎる。あれじゃ当てるので精一杯だよ。ウチワみたいに幅を広くすればいいのに。
それに羽根。なんであんなふうに変なところへ飛んで行っちゃうんだろう。
四角くして、台に乗せて止まった状態で打つようにすればいいのに。
………。
「さて、私も読書に戻ろうかな」
みんなもそれぞれ楽しそうにやってるし、私1人くらいいなくたって誰も気にしないよ。
「しっかり持ちなさいよ!私が重いじゃない!」
「うっせーよ!お前こそしっかり持てっての!」
「く~……。ヒヒヒ、みつばぁ~」
「あっ!私も手伝うよ!……ぷっ!何、2人の顔!?」
「さっちゃーん!もうっ…いいところで…。……宮ちゃ~ん」
「ほらほらどうした龍太!!それでも男かー!?」
「うっせー!」
……それにしても、あの2人はやっぱり特別楽しそうだ。いつも通りに。
「うおっ!ふたばっ!これもう羽子板じゃ!ないっ!!」
相変わらずしんちゃんは本当に全力で頑張るな。今日も望まれるままに注いでる。
どうしてかな?あんなに頑張るのは。一度理由を聞いてみようか。
やっぱりふたばのおっぱいが大きいからかな…。
しんちゃんも所詮男だし。
…ううん、違うよね。
もっともっとくだらない、鼻で笑っちゃうような理由だよね。
「それそれそれっ!それえっ!!」
相変わらずふたばは本当に自由に生きてるな。今日も思うままに伸びてる。
そりゃそうだよね。家ではパパが、外ではしんちゃんが一緒なんだから、いつだって思いっきり遊べる。
ふたばには自覚が無いかも知れないけど、心の奥ではわかってるんだろうな。『そこ』が一番安心な場所なんだって。
だから、あんなに2人にべったりなんだろう。
………うらやましいとか、そんなのじゃないけど。
どうだったって、どうやったって、私はふたばみたいにはなれないよ。
「やっ!!」
ふたばが高く跳ぶ。そして見惚れちゃうほど綺麗なスマッシュ。
ガコッ! ゴチン!!
「ふぎゃっ!」
あれ?この声は……。
「あわわ!?矢部っち、ごめんっス!」
「わっ!?大丈夫かよ、矢部っち!!」
「あいたたた…。あ…うん。何とか大丈夫だよ、ありがとう。明けましておめでとう、ふたばちゃん、佐藤くん」
先生…。
「く~~……ふぇ?くあぁぁ~~っ!あれ…矢部っち、どうしてうちに…?」
「ああ、明けましておめでとう、杉崎さん。杉崎さんにもらった年賀状に…って、どうしたのその顔!?」
「へ?」
「あははっ!やっと気付いた!杉ちゃん、ほら鏡」
「ありがと、松岡…っ!み・つ・ばぁ~~!!よくも…ぶふぅ!何そのおでこ!?あははははっ!」ピロリロリーン
「うっさい!撮るな変態!死ねー!!」
「まあまあ、2人とも。みつばちゃんも明けましておめでとう」
「…ふんっ、遅いわよ!ご主人様には一番に挨拶するのが犬の務めでしょ!!」
「ボクは担任だよ!?」
「なんだぁ?なんで矢部っちが来てんだよ?」
「おっ、矢部っちも来たのか。いい大人のくせにヒマなんだな~。早く一緒にすごしてくれる彼女を見つけろよな!」
「み…宮ちゃん…。そんな無理を言ったら矢部っちが可哀相だよ…」
「正月も1人でぶらぶらしてるなんて、相変わらずダメな大人だな!!」
「ちょっとみんな!!?」
さっそく泣き出した。龍ちゃんの言うとおり、本当にダメな大人だ。
みんなはそれが面白いから、あんなふうに先生の周りに集まるんだろう。
…みんなもヒマなんだね。
「お~~い!ひとはちゃんも明けましておめでとう~!」
「………明けましておめでとうございます」
ダメな大人だけど…まあ、最低限の礼儀くらいは示しておこうかな。
…ああもう。ちょっと挨拶を返してあげたくらいで、何でそんな嬉しそうに笑うんですか?
パタパタと駆け寄らないでください。そっちでみんなといればいいじゃないですか。
そんなことされたって、私は苦しいだけなんです。
「うん。それと年賀状をありがとう。
わざわざ自分で届けてくれたんだね。嬉しかったよ!」
言葉通り、先生が本当に嬉しそうに笑う。ヘラヘラしてみっともない笑顔。ほとんど毎日見上げる笑顔。
目をこんな糸みたいに細めて、まともに前が見えてるのかな。きっと今ならイタズラし放題だ。
口元なんて右側だけ薄くえくぼができるから、バランスが悪いことこの上ないよ。
それに今日は髪がいつもより伸びてる。どうせ年末年始の計画を立てなかったせいで、床屋さんに行きそびれたんだろう。
みっともない。まともに見れたものじゃないよ。
「別に…。
たまたま近くのスーパーで特売があったから、そのついでです。
まあ、私たち3人それぞれに出してくれてましたからね。一応の礼儀ですよ」
「うん!ありがとう!
いや~、今年はクラスのみんなから年賀状をもらえて幸せだよ~!」
『みんな』から、ですか。
ふん。
「今年からは友達が少ないのがカモフラージュできてよかったですね。
生徒以外からは1、2枚しか届いてませんでしたし。
ああ、栗山先生からももらえなくて残念でしたね?
それと先生の年賀状。
1枚1枚、あんなに長いコメントを手書きするなんて、年末からずっと本当にヒマだったんですね」
「お正月なのにいきなりひどい!!」
また泣き出した。
ほんと、リアクションがいちいち大きいからそれなりに面白いですよ。むふぅ。
おとといも昨日も、先生の郵便受けを確認しに行った甲斐くらいはあります。
…おっと、もうひとつ。
「そのコメントですけど」何で私が一番短いんですか?みっちゃんより6文字も少なかったですよ。
「え?何か変なこと書いちゃってた?」
「………いえ…」
……なんだなんだ。何を言おうとしたんだ、私は?
わざわざ他の2人の内容を確認して、文字数までかぞえて比べた?
…違うよ。
私もそこそこヒマだったんだよ。
今年はおばあちゃんが来てくれて、年末年始の準備を手伝ってくれたし。そんなときもあるよ。
「??
あっ、ひとはちゃんもやってたんだね」
しまった。羽子板を持ったままだった。
「これはちが「じゃあ今度はボクとしようよ!」
羽子板を持った右手に、先生の左手が重なる。
硬くて大きい手。
振り払わなきゃいけないのに、その感触に気を取らたせいで、不覚にも反応が遅れちゃった…。
ふん。カマっぽいけど、一応男の人なんですね。
だから体格差があって、どうせ逆らっても無駄だし、大人しく手を引かれてあげますよ。
「さて!いっくよー!」
「はいはい」
はぁ~あ…まったく、鬱陶しい童貞だよ。
そんなお節介、誰も頼んでません。みんなもこっちを見ないで。
……みっちゃんと同じ手を使うか。
「それっ!」
カコン
「やー」
コン
「でぇぇえぇい!」
「え?」
私の手前に落ちようとした羽根に、先生が全力で走り込んでくる。
カコッ
「よし!間に合った!」
ゆっくりすぎて、羽子板の動きを読まれちゃったか…。
しかも、これみよがしに私に打ちやすい位置に上げてきますか。
先生のくせに生意気な。
「ほらほらっ、ひとはちゃん!打ち返さないと墨塗っちゃうよ!」
「むっ」
じゃあお望みどおりにしてあげますよ。
どうせ私が『打つ』と、明後日の方向に飛んでいくだけですけどね。
「それっ!」
カケン
ほぅら、変なところに「でりゃ!!」ズザザァ-
カコン
…へえ?わざわざスライディングしてまで。
面白い。
その根性がどこまで続くか試してあげます!
「えいっ!」
コケン
・
・
・
「はぁ…ふぅ…」
「ぜーっ、ぜぇっ…ごほっ!」
何回打ちあったかな?先生はこんなときだけ妙にしぶとい。
いい加減身体が熱いよ。汗までかいてきた。鬱陶しい。
先生なんて汗だくのうえに砂だらけだ。服の下は擦り傷もたくさんだろう。
笑っちゃうよ。
情けない先生。みっともない先生。
そんな先生が可笑しいから、面倒だけどつい続けてしまうんです。
これ以上は哀れすぎるから、ちょっとだけ頑張ってしまうんです。
「やっ!」むふぅ
カコン
だんだんコツがわかってきた。だんだん思ったところに『打ち返す』ことができるようになってきた!
たのし…いってほどじゃないけどね。
こんなの楽しむほど子供じゃないよ。
「そりゃ!」
カコン
先生が羽根を打ち上げる。私の少し手前。少し頭上。
この位置なら…!
「えいっ!!」
跳び上がってスマッシュ!
カコッ!!
「うわわぅっ!!?」
ズザー
いきなり違うリズムを返され、それでも何とか拾おうと先生が飛び込む。
だけど私の快心の攻撃には届きませんよ!
トッ...
「やった……やった!!!
あははっ!やった!!」むふふぅ!!
ああ!楽しかった!!
………はっ!
みんなが私を見てる。嬉しそうだったり、不思議そうだったり、何故か顔を赤くしていたり。
「~~~っ!
ち…違うよ。これで先生の顔を「ひと、おめでとー!」 キャッ」
ふたばが飛びついてきたせいで、最後まで理由を言えなかった。
もうっ!これじゃ変な子に思われちゃうよ!
「う…うぅ……」
足元からひょろひょろと上ってきた唸り声に気がついて、下を向いたら、
私のつま先すぐのところまで先生の後頭部が飛び込んで来ていた。
うわぁ…思いっきり顔から倒れこんで……
「せ…先生だいじょ……いえ、先生は頑丈だから、心配するだけ無駄ですよね」
「ひ…ひどいよひとはちゃん……」
あいたたた…さすがに最後のは本当に無理だったか。見惚れちゃうほど綺麗なスマッシュだったからなぁ。
それに全力で動いて、飛び込みまわったから体中が痛いや。
うぅ…明日の筋肉痛が怖い…。
だけど途中からは本当に楽しそうに笑ってくれてたし、頑張った甲斐はあったな。
「うん、一応大丈夫だよ。
いやぁ~、ひとはちゃん上手いなぁ…」
顔を少し上げる。目の前にひとはちゃんの靴がある。こんなに飛び込んだのか。
顔を更に上げる。目の先にひとはちゃんの…………。
「……あらあら、まぁ~…」
細くて白い脚。その白に映えるブルーの……。
それに運動で汗をかいたせいだろう。スカートの中は女の子の甘い香りが充満して……って、ボクはそんな趣味ない!!
「~~~っ!!?」
ひとはちゃんがスカートを押さえながらばっと飛び退く。
突然の動きに追いつけず、見上げたままのボクの視界へ次に飛び込んできたのは、真っ赤に染まった顔だった。
そりゃそうだよね……。
「え~っと…。
よ…よくお似合いですね……」
「………」
みるみるうちに朱が引いてゆき、元の白磁の色彩へと戻る。
比喩じゃなく、日を照り返して輝く美しい肌。
「先生、羽根を落としましたね」
にこり、と嬉しそうに笑う。
出会ったときとはまるで違う、本当に綺麗な微笑み。
うん。きっとこの子は将来すごい美人になるだろうな。
その頃には、ボクなんて忘れられちゃってるんだろうけど。
「だから、先生の顔いっぱいにあげますよ」
詠うように言葉を紡ぐ。
出会ったときとはまるで違う、本当に綺麗な声。
うん。きっと友達のおかげで、楽しいことや嬉しいことをたくさん見つけられたんだろうな。
もう安心して送り出せるよ。
……でもさ。
ねえ、ひとはちゃん。
キミが変われた理由の1つにボクの頑張りもあったって、少しくらいは自惚れてもいいかな?
「青アザを!!」
「「「やっぱりこの変態教師ーーーー!!!」」」
でもこの感覚は、出会ったときのままで。
……この子には『一生』頭が上がらない気がする…。
あのとき席を譲ったばっかりに……いや、そもそもあのとき手を挙げたから?
「あひあぁぁあぁぁ!!!」
まさか、ね。
「当たり前です!」
<はるかぜに、はなひらくことゆめにみて>
最終更新:2011年11月26日 19:49