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澪「ホワイト・バレンタイン」1」(2011/02/15 (火) 17:15:58) の最新版変更点

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「ありがとうございましたー」 店員さんに、意味深な目配せをされてしまった。 一足遅い、バレンタインデーのプレゼントと勘違いされてしまったらしい。 ママのお手製の布バッグにチョコを詰めてから、私は無機質な灯りを満載したコンビニを出た。 今日は2月14日。時刻は午後11時。 天気は、雪。 「はぁっ……」 寒い。 身に染み込むような、という表現がぴったりだ。 信号機の青も、この冷気に凍りついてしまうのではないか。そんな気さえした。 身体が、内側から少しずつ冷えていくのがわかる。 パパが貸してくれたマフラーに顔をうずめると、タバコと汗のにおいがした。 空を見上げると、大粒の結晶が顔を打つ……痛い。 静かに舞い降りてくる雪の粒は、まるで遠い宇宙の流星群のようだ。 どんなに見ていても、飽きることなんてない。 「……っくち」 それにしても。変な見栄を張るんじゃなかった。 いくら律に小馬鹿にされたのが悔しかったからといって、 あげるアテもないチョコを買うなんて。 お金と時間の無駄使いも、いいとこだ。 でも……。 「……くすっ」 楽しい。 雪って、踏むと不思議な感じがするんだよね。 古い電車のシートに座るような、なんだか懐かしい感じ。 桜の木、枝の雪が重そう。ちょっとかわいそうだな。 タクシーの運転手さん、こんな時間までご苦労さまです。 ……どこかで、静かな崩壊の音がした。 屋根の雪が、静かに崩れる音だ。 「……寒い」 ちょっと、休憩しよう。 この公園、懐かしいなあ。 小さい頃、鉄棒の練習に来たっけ。 逆上がりがなかなかできなくて、泣いたんだよね。 ……哀れなベンチは、慣れない雪に埋もれて凍えていた。 これじゃあ、座れないな。 「……出ておいで」 「……いつから、気づいてたの?」 さっきから、ずっとだよ。 ほら、怒ってないから。こっちにおいで。 「……へへ」 パラソルをさしてあらわれたのは、困ったように笑う女の子。 黄色のピンが、ブラウンの髪によく似合ってる。 女の子はワンピース姿だった。半袖の、純白のワンピース。 寒くないのかな? 「どうして、私のあとをつけたの?」 見ると女の子は、私と同い年くらい。 桜高にこんな子がいればいいのに。そんなことを、ふと思った。 「あなたがさみしそうに見えたから、かな」 ……むう。 さみしくなんか、ないよ。 「ねえ、遊ぼ?いっしょに大きな雪だるま、つくらない?」 ……やれやれ、子供だな。 それから、私は。 その子と、雪だるまを作りました。 とても大きな雪だるま。 よく見ると、その子の歩いたあとには、足跡ひとつありませんでした。 不思議だけど、怖くはなったな。 どうしてかな? 私にも、よくわからない。 ……ああ、手袋が濡れちゃう。 「……できた!」 「やったね、澪ちゃん!」 ぴょんぴょん跳ねてよろこぶ女の子。 まるで、雪ウサギだね。 私のお気に入りのウサちゃん。 もう、私のこと名前で呼んでる。 教えた覚えなんか、ないのに。 「ねえ、そんなかっこうで、寒くないの?」 こんな真冬に、白のワンピース一枚なんて。 ほら、手もこんなに冷たいじゃんか。 「手の冷たい人は、心があったかあったかなんだよ!」 ……そんなこと、知ってるよ。 私、今とっても暖かいもん。 大時計の長い針と短い針が、12で重なり合おうとしている。 それはまるで、私たちのようで。長い針が私で、短い針が女の子。 ……時計の針にだって、バレンタインを祝う権利があるよね。 でも、私が針のデートを見届けることは、できない。 もう、帰らなくちゃ。 「……そう、残念だなぁ」 女の子が悲しそうな顔になる。 止めて。そんな顔しないで。 そうだ、明日また会おうよ。今度は二人だけで雪合戦しよう。 雪ウサギも作ろうよ。私、作るから。君にそっくりな雪ウサギ、作ってみせるから。 ……ねえ、なんで首を横に振るの? 「ごめんね、私に明日はないの」 「朝がきたら、お日様が顔を出すでしょう?」 「そしたら、私たちは溶けて消えちゃうの。だから……」 そこまで言うと、女の子はうつむいてしまう。 「……そっか」 喉がツンと痛い。さっきの冷気が、戻ってきたみたい。 ……そのくせ、目の奥がどうしようもなく熱い。変なの。 「ねえ、そんなに悲しそうな顔しないで」 「私たち、また会えるから」 「雪の降る夜なら、きっとまた会えるから」 約束だぞ? 「うん、約束」 ……ありがとう。 そうだ、お礼をしなくちゃ。 えっと、何かあったかな? ……ああ、そうだ。これにしよう。 はい、これ。バレンタインチョコだよ。 赤いリボンで飾られた、ブラウンの箱を渡す。 箱はすっかり冷え切っていたけれど、女の子はとても嬉しそうに受け取ってくれました。 純白の歯が、愛想のない電灯に輝く。 虫歯にだけは、気をつけてね。 「ありがとう!私も何かお礼ができたらいいんだけど……」 いいんだよ。今日は本当にありがとう。 チョコ、大切に食べてね。 私が初めてあげる、バレンタインチョコなんだから。 さあ、もう帰らなくちゃ。 あと少しで、針と針が重なっちゃう。 そしたら、この魔法のような一日は終わってしまう。 「うふふー、まるでシンデレラみたいだね」 ふふっ、本当だ。 さようなら、私のお姫様。 あ、ちょっと待って。 君の名前を聞かせてよ。 「私?私の名前は……」 「……唯っていうんだ!」 そっか、唯っていうんだ。 素敵な名前だね。 ああ、もう時間がない。 最後にもう一度、伝えなくちゃ。 「ありがとう、唯!」 ……そして、長い針と短い針は結ばれ。 私と唯の時間に、終わりを告げました。 ……気がついたら、私は夜の公園に一人で立っていた。 近くの楡の木から、雪の塊が滑り落ち、優しい音をたてた。 公園には、まだ雪だるまが残っている。私と唯が二人で作った、大きな雪だるま。 持って帰りたい。一瞬そんな衝動にかられた。 だけど私は、首を横に振る。 ……思い出なんていらない。 だって私と唯は、きっとまた会えるから。 雪の降る、静かな夜に。 公園を足早に出て、家路を急ぐ。 足元で、雪が優しい音をたてる。古い電車のシートに座るような、どこか懐かしい感じ。 丸っこいかたちの車のボンネットに、雪が何センチも積もっていた。 さすがにこの車にはなりたくないな。 自販機の無表情な白い灯りが、私を誘う。 ……ココアでも買って、帰ろうかな。 ……小銭入れを開いてみて、私はおどろいた。 いつの間にか、入れた覚えのないガラス細工が入っていたのだ。 雪の結晶をかたどった、小さなガラス細工。 頬が緩むのを、押さえきれなかった。 ……唯の仕業だな。まったく。 いつの間にか、雪は止んでいた。 硬貨を三枚、自販機に入れてからココアのボタンを押す。 無粋な音が眠る町に響き渡り、そして凍った虚空に吸い込まれていった。 左手に小銭入れ、右手に缶を持って私は不慣れな雪道を歩く。 右手の缶は、確かに温かい。 だけど、なぜだろう。左手の方が暖かく感じるのは。 小銭入れの中の、小さなガラス細工のせいだろうか。 終わり [[戻る>http://www43.atwiki.jp/moemoequn/pages/120.html]]

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