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澪「晴れる明日の決まりごと」 1」(2012/02/29 (水) 02:41:58) の最新版変更点

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#AA(){{ 短い会話を終えて、携帯をポケットにしまう。 今から来て、の私の言葉にわかった、とだけ律が答えて電話は切れた。 気の早いあいつのことだから、すぐ家を出ているはずだ。 本当は私だって急ぐべきなんだろう。 でもこれから、時間はたくさんある。 そう思いながら、昔よく行った駄菓子屋へ一人立ち寄った。 狭い店内にたくさんのお菓子。それを適当に全部二つずつカゴに入れていく。 店のおばあちゃんは皺々の手で、商品を袋に詰めながら手早く値段を計算する。 その間に店を見渡すと、懐かしい小さなピンクのボトルが目に入った。 「460円ね」 「すみません、これもください」 「はいはい、じゃあ560円」 「ありがとうございます」 「いいお姉さんになったね。また来てね」 覚えてたんだ。 笑い皺たくさんの目元につられて、こちらも思わず笑顔になった。 いいお姉さん……か。 手に持ったレジ袋が時折スカートに当たる。 一歩踏み出すたびに足音に混じってしゃりしゃりと音を立てた。 少し歩くと目的地が見えた。 私が河原のあの辺、と伝えれば律はきっとそこにいる。 堤防の階段を上りきると、坂の下に座り込む律の姿が見えた。 落ちかける夕日に髪がふわっと明るく光る。 「りつ」 声を掛けると同時に、手に持った袋を律の肩に軽く当てた。 「遅い!」 「悪い、駄菓子屋さん寄ってたんだ」 「何だよ、それなら私も行きたかったのにー」 「ごめんごめん、律の分もあるから」 袋を手渡すと同時に中を覗き込む。 その姿を見ながら、私も横に座り込んだ。 「これまた買い込んだなー」 「全部二人分あるから」 「昔はこの半分も買えなかったのよな」 「そうだな」 「大人になっちゃったってことかなー」 「んーどうだろ。おばあちゃん、私のことお姉さんになったって言ってたけど」 「あのおばあちゃんが覚えてるうちは子どもだな」 「そうかも」 そう笑いながら二人して麩菓子を手に取る。 膝に軽く当てて、小さい頃律に教わった裏技で封を切った。 「うまい!」 大げさに喜ぶ律。子どもっぽい。 私も遅れて口へ運ぶと、独特の甘さが口に広がった。 「安くてうまくて、駄菓子って最強だよなー!」 「そうだな。あの店もなくならないでほしい」 「でもあそこ、私たちが小さい時からおばあちゃんはおばあちゃんだったからな。 大学行き始めて、帰省しました~って時に行くともうなかったりして」 「やだよ、そんなの」 「まあ大学は受かるかわかんないけど~」 おどけてそう言う律の手にはすっかり麩菓子がなくなっていた。 また袋を覗き込んで次の駄菓子を選んでいる。 「そういうこと言うなよ」 「だって本当のことだし。次何にしよっかな~」 「律と同じ大学行くって言っちゃったんだぞ、さわ子先生にも、ママにも。  ……てかペース早過ぎ、夕飯食べられなくなるぞ」 「澪なら余裕で受かるよ。って、こんだけの量買ってきたヤツのセリフかー?」 「わたしも油断出来ないし……律も頑張るの! 今日中に食べ切れなくてもいいんだし。そうだ、聡に持って帰ってやれば?」 「はいはい、精いっぱい頑張りますよー。  澪からお土産なんてあいつ喜ぶぞ、澪のこと大好きだからな」 「ほんと?」 「受験?聡?」 「両方」 「両方ほんとだ!勉強は頑張るし、聡だけじゃなく田井中家は澪のことが大好きだよ」 「……そっか。最近あんまり話してくれないからさ、聡」 「難しいお年頃だから仕方ないよ、背だってどんどん伸びてるし」 「もうすぐ抜かされるかもな」 「そんなのすぐだろうな。複雑だよ、姉としては。おっ?」 律はにっこり笑ってピンクのボトルを手に取った。 「しゃぼん玉じゃん!なつかしー」 「だろ?一緒にやろうと思って」 「やろやろ!どっちが大きいの作れるか勝負なー」 黄緑色のストローの先をそれぞれしゃぼん液に付けて、二人同時に息を吹き込む。 大きくなるにつれて、所々に色づく赤や青が回るように動く。 ストローから先に口を離したのは律だった。 「あー、割れちゃった」 私もいい具合で離す。 両手で輪っかを作った程度のしゃぼん玉が夕焼け空を舞った。 「おー綺麗」 「ほんと、何かいいな」 ゆらゆらと風に流されていくしゃぼん玉を二人して目で追った。 見えなくなったのか、割れてしまったのか。すぐに見失ってしまった。 「よし、今度は負けないぞ!」 「私だって、もっと大きいの作る!」 周りにはたくさんのしゃぼん玉がすぐに溢れた。 風に流されいろんな場所に届き、散歩中やジョギング中の多くの人たちが私たちの方に目をやった。 より慎重に息を吹き込む律の顔を横目で見る。 律はそれに気付いたようで、思わず目を逸らしてしまった。 ストローから口を離し、律が切り出す。 「なあ澪」 「ん?」 「寒くない?」 「あったかくしてきたから。律は寒い?」 「私も大丈夫。でも梓みたいに風邪で学校休むなよ」 「うん、律もな」 「それはそうとさ」 「なに?」 「何か話があって、呼び出したんだろ?」 「……うん、そうだよ」 「話さないのか?」 「聞いてくれる?」 「もちろんっ」 その返事を聞くと、それまでとは打って変わって強めに息を吹き込んだ。 小さなしゃぼん玉が無数に舞って、また風に流されていく。 それを見届けて、ようやく話し始めることにした。 「今日さ、やっとママに律と同じ大学に行くって言ったんだ」 「え、今日?」 「うん。志望校変えるの、相談もなしに決めちゃって」 「そっか。……で、おばさん何て?」 「またりっちゃんと同じか~、って」 「まさか、反対された?」 「ううん、それはないよ」 「怒ってた?」 「背中越しで顔は見てないけど、そんな様子もなかった」 「よかった。……で?」 「わたしのことね、本当に律が好きだねって」 「……うん」 「だから、大好きだって言った」 「ちょっ……澪」 「なに?」 「それ、やばくないか?」 「本当のことだもん、嘘なんてつけないよ」 「まぁいい……それで?」 「だからもっと一緒に居たい。大学も、その後もずっとって。じゃあママ、何て言ったと思う?」 「なに?」 「当ててみて」 「んー……ダメだ、全然わかんない」 「……じゃあお嫁さんにしてもらうようお願いしてみれば?って、笑って言ってた」 「……ま、笑うしかないわな」 「うん、でも無性に……からかわれてる気がしてさ、言っちゃった。本気だよ、ママはそれじゃ嫌?って……」 「……」 「……何か言ってよ」 「……怖いんだよ、聞くの」 「大丈夫だよ」 「じゃあ、続けて」 「ママ、その時やっとこっち向いたんだ。  ママもりっちゃんが大好きよ、って……」 緊張が解けたのか、律は大きくため息をついた。 「でもさ、それって……おばさんはちゃんと理解してるのか……?」 「うん」 「何でわかるんだ?」 「付き合ってるって、言った」 「おいおい……マジかよ」 「違うの?」 「違わないけど、言うか?普通……」 「……何かさ、私も気が高ぶって」 「わからなくもないけど……」 「ごめんな。こんな話、勝手にしちゃって」 「いや、いいよ。……で?」 「えっと。そう言うと、ママさ……」 「わたしに恋人が出来るなんて……ママもおばさんになったわけだ、って寂しそうにまた笑ったんだ、ママ」 そう言い終わらない間に、思わず涙声になってしまった。 それを恥ずかしいなんて思う暇もなかった。 小さく息を吐いて、律は言葉を発す。 「……澪、私たち絶対大学受かんなきゃ」 「……そうなんだよ」 「頑張るから」 「重荷じゃない?」 「……そんなわけあるか!」 その場に立ち上がった律を見上げる。 何だか大きく見えたのは、私が座ったままだからではないと思う。 律がこちらを見下ろす。 すると急に泣きそうな顔をして、「見るな」と言わんばかりに私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。 その手を止めさせて袖を掴む。 ゆっくり引っ張ると、それに合わせて律が膝を折った。 「何かあるなとは思ったんだよ。用事あるなら帰り道に話せばいいのに、家帰ってすぐ呼び出すし」 「ごめんな、せっかく今日は部室寄らず帰ったのに」 「いいよ、部室寄らなかった分まだ夕方だし」 ほら、と空を指差す。 その先には綺麗なオレンジが広がっている。 ちょうどその時、通りかかった飛行機が白い線を引いた。 「いつになるかわかんないけど、皆にも話そっか」 「軽音部?」 「とか、うちの家族とか」 「無理しなくていいんだぞ」 「さっき言っただろ?」 「なんて?」 「田井中家はみーんな澪が大好きだって」 「……そっか」 「唯もムギも梓も、きっとそうだよ」 「……それは律もだよ」 「それに、もうちょっと大人になったら嫌でも認めさせるよ」 「だから……まずは受験!私も澪も、帰ったら死ぬ気で勉強!」 「あんまり気合い入れ過ぎて抜け殻になるなよ?」 「気を付ける!」 「……私も、いつかパパにも話すんだ」 「その前に、おばさんからおじさんの耳に入るかもしれないぞ?」 「それはないよ」 「何で?」 「言ったもん、パパにはまだ言わないでって。いつか私が自分で言うから」 「……一人で大人になるな~!置いてくなよ!」 「置いてかない。一緒だよ、ずっと」 「……私も一緒に大人になる!」 「ゆっくりでいいよ、時間はいっぱいあるんだから」 「……大丈夫、かな」 「……何も失わずにこのままで、とは思わないけど」 それでも大丈夫だよ、と言える自信がなかった。 ママが特異なだけかもしれない。 さっき空を割った飛行機雲のように、世間的にはまだまだ線引きが消えない。 そのことを充分にわかってるつもりだ。 だから、大切な仲間たちにもこの話が出来ずにいるんだ。 会話が途切れる。 何となく居心地の悪さを感じて、夕日に目をやった。 「……あっ」 「え?」 「律、見て!」 私が促すと、律もそちらに目をやった。 綺麗な夕焼け、それに一線を引いていた飛行機雲が所々薄れている。 「ん……?」 「……明日晴れる!」 「よくわかんないけど……」 「明日晴れるから。私たちだって大丈夫だよ」 「……よくわかんないけど!」 「とにかく、大丈夫なんだって!」 「……わかった!わかんないけど大丈夫だー!」 「……はは、駄菓子食べよっか」 「夕飯食べられなくなるぞ~?」 「だから半分コしよう、ほら」 歪に割れた大きいえびせんの大きい方を律に手渡す。 「こっちじゃなくていいのか?」 「いいよ。もう一枚は聡にお土産な」 「あいつ喜ぶよ、だって澪のこと大好きだから」 「それはさっき聞いたぞ」 「でも一番澪のこと大好きなのは私だけど!」 「……はいはい、ありがと」 そんな風に笑いながら、いくつか駄菓子を半分にわけて食べた。 ボトルが空になるまで吹いたしゃぼん玉は、風に流されて見えなくなる。 その行方はもう、気にならなくなった。 「そうだ、ママ言ってたよ」 「なんて?」 ちょっと出掛けてくるよ。 ―――あら、りっちゃん? うん。 ―――じゃありっちゃんに言っておいて。 何を? ―――たまには夕飯食べにおいでって。 うん、わかった。 「そっか。何か照れるな」 「何が食べたい?」 「澪ママはお料理上手だからなぁ。迷う」 「まあ、ゆっくり考えといて」 「りょーかい!」 「もしあの駄菓子屋がなくなったら、二人で桜ヶ丘に駄菓子屋作ろうよ」 「就活しなくていいな」 「おばあちゃんになったら、だよ。バカ律」 来た道では私が持っていた袋。帰りには律が片手に持っていた。 並んで歩いて時々触れるもう一方の片手は、暗くなるのを見計らってどっちからともなく優しくつないだ。 }} [[戻る>http://www43.atwiki.jp/moemoequn/pages/467.html]]
#AA(){{ 短い会話を終えて、携帯をポケットにしまう。 今から来て、の私の言葉にわかった、とだけ律が答えて電話は切れた。 気の早いあいつのことだから、すぐ家を出ているはずだ。 本当は私だって急ぐべきなんだろう。 でもこれから、時間はたくさんある。 そう思いながら、昔よく行った駄菓子屋へ一人立ち寄った。 狭い店内にたくさんのお菓子。それを適当に全部二つずつカゴに入れていく。 店のおばあちゃんは皺々の手で、商品を袋に詰めながら手早く値段を計算する。 その間に店を見渡すと、懐かしい小さなピンクのボトルが目に入った。 「460円ね」 「すみません、これもください」 「はいはい、じゃあ560円」 「ありがとうございます」 「いいお姉さんになったね。また来てね」 覚えてたんだ。 笑い皺たくさんの目元につられて、こちらも思わず笑顔になった。 いいお姉さん……か。 手に持ったレジ袋が時折スカートに当たる。 一歩踏み出すたびに足音に混じってしゃりしゃりと音を立てた。 少し歩くと目的地が見えた。 私が河原のあの辺、と伝えれば律はきっとそこにいる。 堤防の階段を上りきると、坂の下に座り込む律の姿が見えた。 落ちかける夕日に髪がふわっと明るく光る。 「りつ」 声を掛けると同時に、手に持った袋を律の肩に軽く当てた。 「遅い!」 「悪い、駄菓子屋さん寄ってたんだ」 「何だよ、それなら私も行きたかったのにー」 「ごめんごめん、律の分もあるから」 袋を手渡すと同時に中を覗き込む。 その姿を見ながら、私も横に座り込んだ。 「これまた買い込んだなー」 「全部二人分あるから」 「昔はこの半分も買えなかったのよな」 「そうだな」 「大人になっちゃったってことかなー」 「んーどうだろ。おばあちゃん、私のことお姉さんになったって言ってたけど」 「あのおばあちゃんが覚えてるうちは子どもだな」 「そうかも」 そう笑いながら二人して麩菓子を手に取る。 膝に軽く当てて、小さい頃律に教わった裏技で封を切った。 「うまい!」 大げさに喜ぶ律。子どもっぽい。 私も遅れて口へ運ぶと、独特の甘さが口に広がった。 「安くてうまくて、駄菓子って最強だよなー!」 「そうだな。あの店もなくならないでほしい」 「でもあそこ、私たちが小さい時からおばあちゃんはおばあちゃんだったからな。 大学行き始めて、帰省しました~って時に行くともうなかったりして」 「やだよ、そんなの」 「まあ大学は受かるかわかんないけど~」 おどけてそう言う律の手にはすっかり麩菓子がなくなっていた。 また袋を覗き込んで次の駄菓子を選んでいる。 「そういうこと言うなよ」 「だって本当のことだし。次何にしよっかな~」 「律と同じ大学行くって言っちゃったんだぞ、さわ子先生にも、ママにも。  ……てかペース早過ぎ、夕飯食べられなくなるぞ」 「澪なら余裕で受かるよ。って、こんだけの量買ってきたヤツのセリフかー?」 「わたしも油断出来ないし……律も頑張るの! 今日中に食べ切れなくてもいいんだし。そうだ、聡に持って帰ってやれば?」 「はいはい、精いっぱい頑張りますよー。  澪からお土産なんてあいつ喜ぶぞ、澪のこと大好きだからな」 「ほんと?」 「受験?聡?」 「両方」 「両方ほんとだ!勉強は頑張るし、聡だけじゃなく田井中家は澪のことが大好きだよ」 「……そっか。最近あんまり話してくれないからさ、聡」 「難しいお年頃だから仕方ないよ、背だってどんどん伸びてるし」 「もうすぐ抜かされるかもな」 「そんなのすぐだろうな。複雑だよ、姉としては。おっ?」 律はにっこり笑ってピンクのボトルを手に取った。 「しゃぼん玉じゃん!なつかしー」 「だろ?一緒にやろうと思って」 「やろやろ!どっちが大きいの作れるか勝負なー」 黄緑色のストローの先をそれぞれしゃぼん液に付けて、二人同時に息を吹き込む。 大きくなるにつれて、所々に色づく赤や青が回るように動く。 ストローから先に口を離したのは律だった。 「あー、割れちゃった」 私もいい具合で離す。 両手で輪っかを作った程度のしゃぼん玉が夕焼け空を舞った。 「おー綺麗」 「ほんと、何かいいな」 ゆらゆらと風に流されていくしゃぼん玉を二人して目で追った。 見えなくなったのか、割れてしまったのか。すぐに見失ってしまった。 「よし、今度は負けないぞ!」 「私だって、もっと大きいの作る!」 周りにはたくさんのしゃぼん玉がすぐに溢れた。 風に流されいろんな場所に届き、散歩中やジョギング中の多くの人たちが私たちの方に目をやった。 より慎重に息を吹き込む律の顔を横目で見る。 律はそれに気付いたようで、思わず目を逸らしてしまった。 ストローから口を離し、律が切り出す。 「なあ澪」 「ん?」 「寒くない?」 「あったかくしてきたから。律は寒い?」 「私も大丈夫。でも梓みたいに風邪で学校休むなよ」 「うん、律もな」 「それはそうとさ」 「なに?」 「何か話があって、呼び出したんだろ?」 「……うん、そうだよ」 「話さないのか?」 「聞いてくれる?」 「もちろんっ」 その返事を聞くと、それまでとは打って変わって強めに息を吹き込んだ。 小さなしゃぼん玉が無数に舞って、また風に流されていく。 それを見届けて、ようやく話し始めることにした。 「今日さ、やっとママに律と同じ大学に行くって言ったんだ」 「え、今日?」 「うん。志望校変えるの、相談もなしに決めちゃって」 「そっか。……で、おばさん何て?」 「またりっちゃんと同じか~、って」 「まさか、反対された?」 「ううん、それはないよ」 「怒ってた?」 「背中越しで顔は見てないけど、そんな様子もなかった」 「よかった。……で?」 「わたしのことね、本当に律が好きだねって」 「……うん」 「だから、大好きだって言った」 「ちょっ……澪」 「なに?」 「それ、やばくないか?」 「本当のことだもん、嘘なんてつけないよ」 「まぁいい……それで?」 「だからもっと一緒に居たい。大学も、その後もずっとって。じゃあママ、何て言ったと思う?」 「なに?」 「当ててみて」 「んー……ダメだ、全然わかんない」 「……じゃあお嫁さんにしてもらうようお願いしてみれば?って、笑って言ってた」 「……ま、笑うしかないわな」 「うん、でも無性に……からかわれてる気がしてさ、言っちゃった。本気だよ、ママはそれじゃ嫌?って……」 「……」 「……何か言ってよ」 「……怖いんだよ、聞くの」 「大丈夫だよ」 「じゃあ、続けて」 「ママ、その時やっとこっち向いたんだ。  ママもりっちゃんが大好きよ、って……」 緊張が解けたのか、律は大きくため息をついた。 「でもさ、それって……おばさんはちゃんと理解してるのか……?」 「うん」 「何でわかるんだ?」 「付き合ってるって、言った」 「おいおい……マジかよ」 「違うの?」 「違わないけど、言うか?普通……」 「……何かさ、私も気が高ぶって」 「わからなくもないけど……」 「ごめんな。こんな話、勝手にしちゃって」 「いや、いいよ。……で?」 「えっと。そう言うと、ママさ……」 「わたしに恋人が出来るなんて……ママもおばさんになったわけだ、って寂しそうにまた笑ったんだ、ママ」 そう言い終わらない間に、思わず涙声になってしまった。 それを恥ずかしいなんて思う暇もなかった。 小さく息を吐いて、律は言葉を発す。 「……澪、私たち絶対大学受かんなきゃ」 「……そうなんだよ」 「頑張るから」 「重荷じゃない?」 「……そんなわけあるか!」 その場に立ち上がった律を見上げる。 何だか大きく見えたのは、私が座ったままだからではないと思う。 律がこちらを見下ろす。 すると急に泣きそうな顔をして、「見るな」と言わんばかりに私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。 その手を止めさせて袖を掴む。 ゆっくり引っ張ると、それに合わせて律が膝を折った。 「何かあるなとは思ったんだよ。用事あるなら帰り道に話せばいいのに、家帰ってすぐ呼び出すし」 「ごめんな、せっかく今日は部室寄らず帰ったのに」 「いいよ、部室寄らなかった分まだ夕方だし」 ほら、と空を指差す。 その先には綺麗なオレンジが広がっている。 ちょうどその時、通りかかった飛行機が白い線を引いた。 「いつになるかわかんないけど、皆にも話そっか」 「軽音部?」 「とか、うちの家族とか」 「無理しなくていいんだぞ」 「さっき言っただろ?」 「なんて?」 「田井中家はみーんな澪が大好きだって」 「……そっか」 「唯もムギも梓も、きっとそうだよ」 「……それは律もだよ」 「それに、もうちょっと大人になったら嫌でも認めさせるよ」 「だから……まずは受験!私も澪も、帰ったら死ぬ気で勉強!」 「あんまり気合い入れ過ぎて抜け殻になるなよ?」 「気を付ける!」 「……私も、いつかパパにも話すんだ」 「その前に、おばさんからおじさんの耳に入るかもしれないぞ?」 「それはないよ」 「何で?」 「言ったもん、パパにはまだ言わないでって。いつか私が自分で言うから」 「……一人で大人になるな~!置いてくなよ!」 「置いてかない。一緒だよ、ずっと」 「……私も一緒に大人になる!」 「ゆっくりでいいよ、時間はいっぱいあるんだから」 「……大丈夫、かな」 「……何も失わずにこのままで、とは思わないけど」 それでも大丈夫だよ、と言える自信がなかった。 ママが特異なだけかもしれない。 さっき空を割った飛行機雲のように、世間的にはまだまだ線引きが消えない。 そのことを充分にわかってるつもりだ。 だから、大切な仲間たちにもこの話が出来ずにいるんだ。 会話が途切れる。 何となく居心地の悪さを感じて、夕日に目をやった。 「……あっ」 「え?」 「律、見て!」 私が促すと、律もそちらに目をやった。 綺麗な夕焼け、それに一線を引いていた飛行機雲が所々薄れている。 「ん……?」 「……明日晴れる!」 「よくわかんないけど……」 「明日晴れるから。私たちだって大丈夫だよ」 「……よくわかんないけど!」 「とにかく、大丈夫なんだって!」 「……わかった!わかんないけど大丈夫だー!」 「……はは、駄菓子食べよっか」 「夕飯食べられなくなるぞ~?」 「だから半分コしよう、ほら」 歪に割れた大きいえびせんの大きい方を律に手渡す。 「こっちじゃなくていいのか?」 「いいよ。もう一枚は聡にお土産な」 「あいつ喜ぶよ、だって澪のこと大好きだから」 「それはさっき聞いたぞ」 「でも一番澪のこと大好きなのは私だけど!」 「……はいはい、ありがと」 そんな風に笑いながら、いくつか駄菓子を半分にわけて食べた。 ボトルが空になるまで吹いたしゃぼん玉は、風に流されて見えなくなる。 その行方はもう、気にならなくなった。 「そうだ、ママ言ってたよ」 「なんて?」 ちょっと出掛けてくるよ。 ―――あら、りっちゃん? うん。 ―――じゃありっちゃんに言っておいて。 何を? ―――たまには夕飯食べにおいでって。 うん、わかった。 「そっか。何か照れるな」 「何が食べたい?」 「澪ママはお料理上手だからなぁ。迷う」 「まあ、ゆっくり考えといて」 「りょーかい!」 「もしあの駄菓子屋がなくなったら、二人で桜ヶ丘に駄菓子屋作ろうよ」 「就活しなくていいな」 「おばあちゃんになったら、だよ。バカ律」 来た道では私が持っていた袋。帰りには律が片手に持っていた。 並んで歩いて時々触れるもう一方の片手は、暗くなるのを見計らってどっちからともなく優しくつないだ。 }} [[戻る>http://www43.atwiki.jp/moemoequn/pages/467.html]]

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