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―――
――

退屈な授業が終わり、私達はいつもの部室にいた。

「紅茶とミルクティーどっちがいい?」
「ミルクティーで!」
「じゃあ、わたしも」
「わかったわ」

お洒落な食器に置かれたケーキ。
唯はミルクティーが淹れられるのを待たずに食べ始めている。

「おいし~」
「唯、ほっぺにクリーム付いてる」
「りっちゃん取って~」
「仕方ないなー」

ティッシュで唯のほっぺを拭いてると、梓が入ってきた。




「こんにちはー」
「あ!あずにゃん!」
「おーす、梓」
「もうすぐミルクティーがはいるわ」
「ありがとうございます」

一瞬置いて梓が言った。

「あれ?澪先輩は?」
「澪ちゃん今日風邪ひいて学校休んだんだよ」
「え?休み?」

梓まで同じリアクションかよ。
まあそうなるんだろけど。




「はい、ミルクティーよ」
「サンキュー」
「ありがとうございます」
「ありがとう!ムギちゃん!」

ミルクティーをすすりながらいつも澪が座ってる正面の席を見る。
一つ余ったケーキ。
今はボケても澪の的確な突っ込みは返ってこない。
みんなも心なしか、ちょっとおとなしい。

「……」
「……」
「……」
「……今日は……帰ろっか?」

ムギがちょっと控え目に提案した。




「そう……ですね」

いつもなら梓は練習云々とか言い出す所なんだろうけど、この時は同意した。

「ねえ、このあと澪ちゃんのお見舞いに行かない?」
「おー、そうだな」

一人でも行くつもりだったけど。

「でも、迷惑じゃないかしら……?」
「そうですね、大勢で押し掛けるのもどうかと……」
「大丈夫だって。澪が私達がお見舞いに来るのを嫌がると思うか?」
「ぜんっぜん!」
「だろ?」
「うん!」
「そうですね!」
「澪ちゃんの分のケーキも持っていくわ」
「でも風邪ひいてる人ってケーキ食べますかね?」
「……一応持っていくの!」



―――
――

私達は澪の家の前にいた。
家に澪だけしかいないなら勝手に入ってもいいけど、車があるってことは澪のお母さんが居るのかもしれない。
一応インターホンを押してみる。
合鍵の場所位知ってるんだけどね。

「はーい」と言う声がドア越しに聞こえる。
やっぱりいた。
ドアが開かれる。

「こんにちはー」
「あら、りっちゃん。いらっしゃい」
「こんにちはー」

唯、梓、ムギの声が綺麗にそろった。




「軽音部のみなさんね。いらっしゃい」
「澪のお見舞いに来たんですけど」
「そうだったの、上がって上がって」
「おじゃましまーす」

靴を脱ぎ、フローリングに上がる。
澪は2階の自分の部屋だろう。

「でも本当にみんなで行って大丈夫かしら……?」
「やっぱりそうですね……」
「だったら私が先に行って様子見てくるよ」
「そうしてくだせえ、りっちゃん隊員」
「はいはい」

唯を適当にあしらって階段を上がる。
ここはまるでもう一つの自分の家のようだ。




「りつー?」

扉を開ける前に澪の声が飛んできた。
ちょっと口元を緩めながら部屋に入る。

「よくわかったな」
「足音でわかるよ」

あれ?なんか前にもこんなことが……。

ああ、2年生の時の学園祭前に私が風邪をひいた時だ。
今は立場が逆か。




「律だって足音で私だってわかっただろ?」
「そーだったな」
「律だけ?」
「みんなもいるよ」
「え?みんな来てくれたの?」
「呼ぶか?」
「うん」

おーいと一階に向かって叫ぶと足音が階段を上がってきた。
扉がゆっくりと開く。

「澪ちゃーん?」
「みんな、来てくれてありがとう」
「調子はどうですか?」
「朝よりはだいぶ良くなったよ」
「よかったよ~」
「一応澪ちゃんの分のケーキ持ってきたんだけど……どうかしら?」
「ケーキか……」

澪はちょっとためらい、申し訳なさそうにしている。




「せっかく持ってきてもらって悪いけど、今ケーキはちょっと……」
「そうね」
「ごめん、ムギ」
「気にしないで、澪ちゃん」
「でも、ありがとう」

何やら唯がそわそわしている。
まあ、おおよそ検討はつくが。
澪も気づいてるようだ。

「ふふっ、じゃあ唯にあげるよ」
「え?いいの?」
「ああ」
「でへへ、すいやせんねえ」

わざとらしいな、おい。
まあ唯なら許されるかな。
梓とムギも笑ってるし。

そんな他愛のない時間が続いた。



―――
――

「じゃあ私達そろそろ帰るわね」

ムギがバッグを自分の方へ引き寄せながら言った。

「うん、今日はお見舞いに来てくれてありがとう」
「澪先輩、早く治して学校に来てくださいね」
「ちゃんと寝なきゃだめだよ!澪ちゃん!」
「治ったらケーキ食べましょう」
「うん、わかった」
「私はもう少しいるよ。家も近いし」
「じゃあまた明日、学校で」
「失礼します」
「ばいばーい」

それぞれ澪に声をかけて最後に部屋を出た梓が扉を閉めた。
足音が下へ降りて行く。
部屋には澪と私だけ。




「しっかし澪が風邪とは珍しなー。朝も言ったけど」
「そうだな」
「一日寂しかったか?」

ちょっと悪戯っぽく言ってみる。

「べ、別にそんなことないよ!」
「ふーん」
「そういう律はどうだったんだ?どうせバカ騒ぎしてたんだろ?」
「私は……ちょっと寂しかったかな」
「え?」

後半ちょっと小声になってしまった。
聞き返した当たり澪は聞こえなかったのだろうか。




「なんでもない」
「……」

なんでもないって言っちゃった。

「今日は練習しなかったよ。1人居ない状態で練習しても仕方ないし」
「今日も、だろ?」
「そうでしたね……」
「ふふっ」
「なんで笑うんだよー」

澪と二人だと、いつもこういうどうでもいい会話が延々と続く。
どうでもいいのに延々と続く。
どうでもいいのに延々と続けられる。
かと言って意識して続けてるわけではない。
すごく自然に。
これって特別なことなのかな。




「それより、風邪うつっちゃうぞ?」
「私は無敵だから風邪ひかないもん」
「2年生の学園祭前にひいてただろ」
「あれはちょっと油断してたんだよ」
「なんだそれ」

こうして電気もつけずに、夕日だけに照らされた薄暗い部屋で静かに流れる時間が心地よかった。




――
―――

唯達が帰って律と二人だけになった。

「しっかし澪が風邪とは珍しなー。朝も言ったけど」
「そうだな」
「一日で寂しかったか?」
「べ、別にそんなことないよ!」
「ふーん」
「そういう律はどうだったんだ?どうせバカ騒ぎしてたんだろ?」

図星をつかれて皮肉を言ってごまかした。
皮肉になってるかはわからないけど。




「私は……ちょっと寂しかった」
「え?」
「なんでもない」
「……」

律は小さい声で言ったけど、しっかり聞こえた。
たぶん、私だけに向けられた言葉。

「今日は練習しなかったよ。1人居ない状態で練習しても仕方ないし」
「今日も、だろ?」
「そうでしたね……」
「ふふっ」
「なんで笑うんだよー」

思わず笑っちゃった。
その時になると練習練習って言っちゃうこともあるけど、ずっと「ミーティング」してるのも、いいかなって思う時もある。
こんなこと口には出せないけど。




「それより、風邪うつっちゃうぞ?」
「私は無敵だから風邪ひかないもん」
「2年生の学園祭前にひいてただろ」
「あれはちょっと油断してたんだよ」
「なんだそれ」

こうして律といると、今日1度無くした時間を取り戻せた気がした。
薄暗いのに電気をつけてないのも、今気付いた。



―――
――

澪の家を出て、自分の家への道を歩いた。
もうすっかり暗くなっている。
私の家と澪の家を結ぶこの道は何度歩いたことか。
もう目を瞑ってでも歩ける。

私と澪は幼馴染だ。
周りの認識はそうだろう。
でも実際はどうなのだろうか。
以下ではないけど、以上なのかはわからない。
そんな微妙な距離。

どうしたいこうしたい、て言う思いは特にないのかもしれないけど、お互いこの距離を変えようとしない。

別に意識してるわけではないけど、それが自然な事になってるから……。



―――
――

律が帰ったあと、私はベッドに横になり、暗くて見えない天井を見つめていた。
昼間は私がそこにいなくても進んでしまう時間を考えるとちょっと悲しかった。
でも……心配なかったみたい。

みんなが……律が隙間を埋めてくれた。

律と話していた時は体のだるさも、頭の重さも忘れてた。
明日は学校に行きたいな。

唯の言う通りしっかり寝なきゃ治らない。

だから……今夜はおやすみ。




―――
――

朝起きると、体のだるさが消え、重く感じた頭も軽くなっていた。
熱も下がってる。

よかった。
今日は学校に行ける。

軽い足取りで階段を降りると、ママが朝食の準備をしていた。

「あら?風邪は治ったの?」
「うん。今日は学校に行くよ」
「そう、よかったわね」




一旦部屋に戻り、教科書などの準備をしているとベッドに置いてある携帯が鳴った。
相手は……律だ。
体調を聞く電話かな?

「もしもし」
「みおー……」
「おはよう、今日は学校いけるよ」
「みおー……」
「ん?どうした?」
「風邪ひいた……」
「ええ!?」

どうやらうつしてしまったようだ。
今度は私が律の家に行ってやらないと。
前に私が律のお見舞いに行ったみたいに。
昨日、律がお見舞いに来てくれたみたいに。



                                        おわり