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澪「その未来は今」3

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moemoequn

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ガチャ

澪「どうしたんだ?」

いちご「どうしたって。前から約束してたじゃない」

澪「えっ?」

いちご「今日は澪の家で練習するって」

どうやら劇の練習をうちですることになっていたらしい。
そんなことするくらい私といちごは仲が良くなっていたのか。

澪「あ、あぁ…そうだった。上がってよ」

いちご「おじゃまします」

断る理由もないので、いちごを家に上げた。
律以外の人を家にあげるのなんて久しぶりな気がした。



【澪の部屋】

いちご「…やっぱり変」

しばらく2人で劇の練習をしていると、いちごが口を開いた。

いちご「もっとセリフだって覚えてたはずだし、演技もちゃんと出来てたのに」

いちご「澪、どうかしたの?」

いちごがそう思うのは当然だ。
なんたってここにいる私は5ヶ月前から飛んできたんだから。
どうかしたのかなんて私が聞きたいぐらいだった。

澪「いや、なんでもないよ」

いちご「ならいいけど…。何かあるんならちゃんと言って」

素っ気ない印象が強かったが、もしかしたらそれは誤解だったのかも知れない。
いちごの何気ない心遣いが、今の私にはとてもうれしかった。

澪「…ありがとう」

いちご「…!ほ、ほら。練習するよ」

照れくさそうな仕草を見せたあと、ふたたび練習に戻った。
思えば、こっちに来てからまともに誰かと会話をするのは初めてだった。



いちご「私、そろそろ帰る」

澪「あ、あぁ」

そう言うといちごはすっと立ち上がり身なりを整えた。
その仕草に育ちの良さというか、どことなく気品を感じた。

澪「いちご」

いちご「なに?」

澪「ありがとう」

私はいちごにお礼を言った。
いちごといたおかげで、ほんの少しだけ気が楽になったから。

いちご「何、いきなり。変な澪」

いちご「ちゃんと覚えてよ。時間あんまりないんだからね」

いちご「それじゃ」

澪「うん」

いちごはあまり多くをしゃべらず、私の家を出て行った。



【学校】

キーンコーンカーンコーン

澪「…はぁ」

放課後のチャイムが鳴った。
私がこっちに来て一週間が経とうとしていた。
劇の練習もあるし、学校を休むわけには行かない。
学校が次第に文化祭ムードで賑わっている中、私は一人沈んでいた。
授業中はほとんど机に突っ伏して寝ていた。
5ヶ月も先に来てるのだ、授業についていけるわけもなかった。
怠惰な授業を受け、放課後には劇の練習。そんな毎日の繰り返しだった。

澪「また明日」

何人かのクラスメイトに上辺の別れを告げ、教室を出た。

澪「………」

もう、このままでいいのかも知れない。そう思い始めた。
妥協というよりは、諦めの方に近かった。
戻る方法もわからない、そもそもどうしてどうやってここに来たかもわからない。
もしかしたら、一生このまま戻れずに過ごすのかも知れない。

そう考えているうちに、元に戻ることよりもこっちでどう生きていくかに意識が傾きかけていた。



いちご「みお」

澪「ん?」

いちご「一緒に帰ろう」

澪「あぁ」

あれからいちごといる時間が増えた。
互いの家で練習したり、お昼を共にしたりと。
文化祭の劇がなかったら、ここまで仲良くなることもなかっただろう。

結局いちごには事情を話さなかった。
梓とも軽音部とも無関係のいちごを巻き込むわけにはいかなかったからだ。

いちごは元気のない私をいつも気にかけてくれた。
いつしかそれは私の支えにもなっていたし、その優しさに甘えたくもなった。


このままいちごと一緒にいるのも、悪くないのかも知れない…。


そう思うようになっていった。



いちごと階段を下りようとすると、上の階から音が聞こえた。

ギターだった。

唯だろうか。ギター以外の音はしなかった。
ムギと律はまだ教室にいたから、おそらく一人で弾いているのだろう。

―――みーおせーんぱい!―――

―――手、つなごっ?―――

聞き覚えのあるフレーズとともに、梓の顔が浮かぶ。
私の横を幸せそうに歩く梓。
くしゃっとした顔で笑う梓。

―――………最低―――

そして、冷たい目をした梓。

澪「………」

……いったい何をやっているんだ私は。



その場に立ち止まった私は、
諦めていいわけがない。受け入れていいわけがない。

いちご「どうかしたの?」

澪「ごめん、いちご。用を思い出したから先に帰ってくれないか?」

いちご「?いいけど…」

唯のギターで目が覚めた。
戻らなきゃ、元の世界に。

軽音部じゃない私なんて、私じゃない。
梓の隣にいない私なんて、私じゃない。

澪「このままじゃ、ダメだ…!」

そうつぶやいた私は、あるところに向かった。



【生徒会室】

向かった場所は生徒会室。

コンコン

私は生徒会室の扉を叩いた。

「はい」

ガチャ

澪「…失礼します」

和「あら、澪じゃない。どうしたのこんなところに」

憂「あ。澪さん、こんにちは」

生徒会室には和だけでなく憂ちゃんもいた。
クラスでの出し物に関する書類を提出しに来ていたようだ。
文化祭が近いからか、机には書類やらがたくさん積まれていた。

和「今ね、憂とちょうど澪の話をしていたところだったのよ」



澪「私の話?」

和「最近の澪、ちょっと様子が変というか…ぼーっとしてる時が多いような感じがしてたから」

憂「この前も昇降口で腕を掴んだりしてたじゃないですか」

憂「別れてから梓ちゃんのことをずっと避けてたのに、急に梓ちゃんのところに来るようになったから…」

憂「それで、どうかしたのかなって2人で話していたところだったんです」

澪「………」

なるほど。
梓とは別れてから一切関わりを持っていなかったようだ。
それが急に関わりを持とうものなら、誰だって変に感じるだろう。
和も最近の私に違和感を覚えていたらしい。

澪「…梓は、最近どんな感じなのかな?」



憂「梓ちゃん、ですか?」

澪「うん…」

とりあえず、今の梓のことが気になった。

憂「相変わらず…ですね。ぼーっとしてて、上の空って感じで」

憂「ここ最近は澪さんとのこともあってか特に元気がなくって」

憂「澪先輩が何考えてるかわかんない、って泣いてました」

澪「…そっか」

想像していた通りだった。
私が梓にどんなことをしたのかは、怖くて聞けなかった。
でも少なくとも梓の心に大きな傷を負わせてしまったのは確かなようだ。

憂「あの…。何か、あったんですか?」



澪「………」

和「…澪?」

ほんの少し、打ち明けるのが怖くなった。
軽音部を去り、梓とも別れ、どうしようもない日々を送っているこの世界の私に対しても、2人は変わらぬ態度で接してくれている。
事情を話したら、もしかしたらそれすら失ってしまうのかも知れないという不安にかられたからだ。

憂「言えないようなら、無理に言わなくても大丈夫ですよ?」

憂ちゃんは気を遣ってそう言ってくれた。

…ちがう。一番怖いのは、この未来を受け入れてしまうことだ。

失うものなんてもう何もないじゃないか。
私は揺らいでいた決心を固め直し、そして…。

澪「実は…」

2人に事情を説明した。



和「5ヶ月前から来た?」

澪「うん…」

和「疑うわけではないけど、いくらなんでもそれは…」

憂「記憶喪失とか、そういうのではないんですか?」

2人の反応はもっともだった。
いきなり5ヶ月前からやってきただなんて話、誰が信じるだろうか。
当然といえば当然のその反応に挫けそうになる。しかし私は話を続けた。

澪「…これを見てくれ」

私は手に貼られている絆創膏を剥がす。

澪「4月14日に、猫に引っかかれて出来た傷だ」

澪「5ヶ月も経ってるなら、とっくに治ってるはず」

澪「それに、この髪も」

そう言って私は携帯を開いて2人に見せた。
8月終わりの頃に撮った写真(もちろん覚えはない)を見ると、私の髪は今に比べだいぶ短くなっていた。

和「…確かに、言われてみれば澪の髪が急に伸びた感じはしたけど」

澪「こんなの、5ヶ月前の私がそのまま来なきゃありえないことなんだ」

澪「今2人の前にいる私は、私じゃないんだ」



自分でも何を言っているんだろうと思う。
私は私じゃないなんて。

憂「…ですけど」

憂「仮にここにいる澪さんが5ヶ月前から来た澪さんだとして、“今”の澪さんはどこに…」

澪「そんなの、こっちが聞きたいぐらいだよ…」

確かに言われてみれば不明した点はいくつかある。
なぜ目が覚めたら雑木林ではなくベッドにいたのか。
“今”の私はどこにいるのか。
だけど、そんなこといちいち考えてはいられなかった。

澪「私、このままなんて嫌だ」

澪「梓もいない、軽音部も辞めてる。こんな未来、私は認めない…」

澪「元の場所に…帰りたいっ…」

藁をもすがる思いだった。
顔は涙でぐしゃぐしゃ、情けない姿を見せてしまっていた。



澪「……っく、えぐ…」

憂「澪さん」

泣きじゃくっている私に、憂ちゃんは声をかけた。

スッ

憂「涙、拭いてください」

そういって憂ちゃんはハンカチを渡してくれた。

澪「…?」

和「事情はわかったわ。戻れるのかはわからないけど、出来る限りやってみましょ」

澪「……!」

憂「私も手伝います」

澪「……ありがとう。本当に、ありがとう…」

やっと味方が出来た。
戻るんだ、元の場所に。



それからは3人で生徒会室に集まって話し合うことになった。

和「それで、どんな状況でこっちに来たの?」

澪「家の帰り道にさ、雑木林があるんだ」

澪「その雑木林から不思議な光が出てて…。よくわからないんだけど、それに惹かれるように足を踏み入れたんだ」

澪「そこからはあまり覚えてない、目が覚めたらベッドにいて…」

和「何か変わったことはなかった?」

澪「…特に何も」

憂「うーん…。タイムスリップみたいな感じですかね」

和「まさかそんなことが現実に起こるとはね…」

三人寄れば文殊の知恵、などとはよく言ったものだ。
こんな現実離れした現象、そう簡単に原因がわかるわけもない。
あぁでもないこうでもないと試行錯誤する日々が続いた。



何日かして和が興味深い話を持ち出した。

和「ねぇ、澪。時震って知ってる?」

澪「時震?『地震』じゃなくて?」

和「少し4月14日について調べてみたんだけど…」

和「その日の夜、ちょうど澪が意識を失ったあたりの時間帯に大きな地震が起きてるの」

憂「それと澪さんにどんな関連性があるんですか?」

和「これよ」

そう言うと和は雑誌を出した。
見出しには『神かくし?超常現象?』と書かれていた。

記事によると、その地震の発生後例の雑木林から動物が一匹もいなくなっていたらしい。
もともと近隣の住民はその雑木林に住む野良猫やらネズミやらに手を焼いていたのだが、
その地震以降ぱったりと被害がなくなったようだ。
原因は不明。時震?神かくし?などと言ったオカルト的な内容で話が締められていた。

澪「これは…?」

和「ちょっと前の雑誌の記事よ、図書館にバックナンバーがあったから持ってきたの」



和「読んでみるとわかるけど、その地震以降雑木林から動物が消失したらしいの」

和「こんな紛い物の記事、信用に値するかはわからないけど…」

和「もしかしたら澪はその時震に巻き込まれたのかも知れない」

耳を疑うような話だった。
これが本当なのだとしたら、私はタイムトラベルをしたことになる。
それこそSFの世界での話、にわかに信じられることではなかった。
しかし現に自分の身にそれが起きてるわけで、今はオカルトだろうと何だろうとそれにすがる他なかった。

澪「じゃ、じゃあ…その時震?が来たら元に戻れるってことなのか?」

和「もしかしたらね。けどそんなに言うほど簡単なことじゃないわ」

澪「?」

和「地震は言ってしまえば災害。正確な予知なんて出来ないもの」

和の言うとおりだった。
地震が起こったとして、それが時震である確証はない。
それに、もし時震だったとして元の時間に戻れるとも限らないのだ。


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