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憂ちゃんとは、何度も雑木林に足を運んだ。
懸命に手がかりを掴もうとしたが、何も得られなかった。

学校では着々と文化祭に向けて準備が進められている。
無責任なことも言っていられない。劇の練習も必死にした。
クラスメイトとも徐々に打ち解けられるようになっていった。
というか元々こっちの“私”は割と広い交友関係を持っているようで、
お昼なんかも色々な人と食べるようになっていた。

軽音部のみんなとは相変わらず気まずいままだったが。

いちご「ほら、澪。やるよ」

澪「うん」

劇の練習もいよいよ本格的なものとなっていた。
文化祭は、着実に迫っていた。



澪「ありがとう、憂ちゃん。また明日」

憂「はい、おやすみなさい」

夜も更けてきた頃、憂ちゃんと別れ帰路についた。
今日も日課のように雑木林に足を踏み入れる。
私なりにも色々と調べてはいるが、ちっとも解決の糸口にはつながらなかった。
果たして本当に帰れるのだろうか…そんな不安が日々押し寄せてくる。

憂ちゃんには梓の話もよく聞いた。
別れたばかりの頃は学校を休みがちだったとか。
唯も、めっきり元気がないらしい。
よくも私はそんな中で平然と過ごせていたものだ。

澪「……梓」

梓は、今なにをしているのだろう。

そんなことばかり考えていた。



【澪の家】

ガチャ

澪「ただいま…」

パソコンに電源をつける。
これもこっちに来てからは日課となっていた。
何か手がかりを、そう思っての行為だ。

カチ、カチ、カチ…

無機質なクリック音だけが部屋に響く。

カチッ

澪「ん?」

思わず手を止めた。
視線の先に映るのは何気ないニュースのページ。

『今年2度目の月食、観測か』



興味本位でページを開く。
目を引いたのは、赤銅色をした月の画像。

澪「これって…確か」

この画には、見覚えがあった。
そう、あの時の夜見たものと同じ。
おぼろげだった記憶が紐解かれる。

澪「そうだ…。私、この月の光に誘われて…」

あの時私は雑木林から漏れる不思議な光に誘われるかのように足を踏み入れたんだ。
そして、この赤銅色の月を見た途端に揺れに襲われて…。

記事を読み進める。
前回の月食は4月14日の夜。(画像の月もその日のものだった)
月食の観測後、特定の地域で大きな揺れを確認。
月の潮汐力によって地震が引き起こされる可能性もあるのでは?
などと小難しいことも書いてあった
そして、私の中で一つの仮説が生まれた。

もし、この月をあの場所で見ることが出来たのなら…。

保証はない。あくまで仮説に過ぎないのだから。
でも、信じるしかなかった。
私は慌てて2人に電話をかけた。

もしかしたら、帰れるかも知れない―――!



澪「………」

もう夜も遅いというのに私は電気もつけず部屋で物思いに耽っていた。
2人に電話をすると、それぞれよろこびの声が返ってきた。
やっと帰れる可能性が見つかった。こんな狂った未来ともおさらばだ。(まだわからないけど)
だけど、私の心は晴れなかった。もやもやとした何かが引っかかっていた。

帰りたくないということではない。
そう思う原因は例の月食の観測日にあった。
次の月食が観測出来るのは9月27日の夜。

文化祭の日だった。

こんな間違った未来で何をしたって無駄だと言うことはわかってる。
わかってる、けど…。

私は軽音部を、取り戻したかった。
文化祭のステージで、みんなと演奏がしたかった。
このまま文化祭が終わるまでだらだら待っているだけなんて、嫌だった。

澪「……よし」

私は固く決心した。
迷っていても仕方がない。
やれるだけ、やってやる。



【音楽室】

バンッ

翌日の放課後、私は音楽室の扉を開けた。
迷いはもうなかった。
どれくらい振りだろう、この部屋に足を踏み入れたのは。
そこには唯、律、ムギが座っていた。

律「澪…?」

唯「え…」

紬「澪ちゃん?!」

3人は目を丸くして驚いている。
私は間髪を入れずに深く頭を下げた。

澪「お願いしますっ!!!」

澪「私を、もう一度、放課後ティータイムに入れてくださいっ…!」



全身全霊を込めて懇願した。
私には、これしかないんだ。ここしかないんだ。
もう一度、みんなで演奏したい。
このまま何もせずにいるだなんて、嫌だ。

澪「………」

しばらくの沈黙が続いたあと、律が口を開いた。

律「…あのな」

律「まずみんなに謝んなさい。そんで、ちゃんと話をしなさい」

律「それから、私たちはお前が放課後ティータイムを抜けただなんて思ってないからな」

澪「…はい」

3人からしたら、なぜ急に手のひらを返したかのように音楽室に戻ってきたのか不思議でしょうがないはずだ。
だけど律も唯もムギも耳を傾けてくれている。あとは、私次第…。
私は、自分の身に何が起こったのかを一切の偽りなく話した。



律「………」

唯「………」

紬「………」

3人ともきょとんとしていた。
それもそうだろう。いきなり5ヶ月前からやってきたなんて話、誰が信じるだろうか。
追い返されても仕方がない。笑われても、怒られてもしょうがない、そう思っていた。
もっとも、こっちも引き下がるつもりもないのだが。

律「…ムギ!お茶!」

紬「はいはい♪」

澪「?」

沈黙を破ったのは、律だった。
その一言で、ムギはお茶の準備を始めた。

律「何してんだよ、早く座れって」

澪「え…?」



何かの冗談なのか?
何事も無かったかのような反応で、逆に不安になった。

律「ったく、遅いんだよ言うのが!このアホ澪」

紬「あの時そんなことを聞いたのは、そういうことだったのね」

澪「…ごめんなさい。本当に」

律「だぁぁもう!しんみりすんなって!」

澪「だ、だってぇ…」

泣きそうになった。
久々に触れた温もり。いつもの音楽室。
何で私は、こんなあったかい場所を手放したのだろうか。

唯「…澪ちゃんっ!!」

突然唯が抱きついてきた。
唯は私の胸の中で泣いていた。

唯「わだじ、寂しかったんだよ…?澪ちゃんもいないじ、あずにゃんもいなぐなっぢゃって…えぐっ」

唯「せっかぐ…みんなでここまでやっできだのに…うぐっ、うわあああああん」

澪「…ごめんな」

聞くと私と梓がいなくなってから毎日のように涙を流していたようだった。
私にとっても、唯にとっても、ここは大切な居場所なのだ。



しばらくすると、ムギがお茶を淹れてくれた。
仮にも一度軽音部を去ったというのに、私のティーカップは未だに置いてあったようだ。

唯「4人でお茶するの、久しぶりだね」

紬「1年生の時を思い出すわ」

澪「…あぁ」

ぽっかりと空いた隣の席を見つめる。
でも、4人じゃダメなんだ。
放課後ティータイムは、5人揃ってこそなんだ。

律「文化祭に出るのはいいとして、梓はどうするんだ?」

律「お前は知らないかもしれないけど、梓は―――」

澪「…わかってる。梓は、私が必ず連れ戻す」

澪「絶対5人で文化祭に出よう」



そして4人で生徒会室に向かった。
和に文化祭に参加する旨を伝えるためだ。

和「あら、みんなしてめずらしいわね。どうしたの?」

律「実はさ…。文化祭、やっぱ出ようってことになって」

和「………」

和「…なるほどね」

和と目が合った。
私がいる理由を察したのか、小さくニコッと笑った。

和「大丈夫よ、軽音部の分の時間はとってあるわ」

律「マジ?!よかったぁ~」

唯「ありがとう和ちゃん!」

紬「こっ、これ!つまらないものですが、いただいてくださいっ!」

和「別にいいのよ、頑張ってね」



生徒会室を後にし、久しぶりに4人で帰った。
別れ際に律が「明日から練習だかんな!」って言ったのには驚いた。
もしかしたら、一番文化祭に出たかったのは律だったのかも知れない。

家に帰った私は、和に電話をかけた。
お礼が言いたかったのと、聞きたかったことがあったからだ。

prrrr prrrr

ガチャ

和『もしもし』

澪「和か?」

和『どうしたの?』

澪「あの、その…。さっきはありがとう」

和『あぁ、いいのよ。澪がそれを選んだんでしょ?』

和『澪は軽音部にいるときが一番楽しそうよ』

本当にすべてお見通しだった。

澪「それでさ、その…聞きたいことがあるんだけど」

和『なに?』

澪「その、軽音部の時間って本当にとってあったのか…?」



和『………』

数秒の間が空いて、和は言葉を発した。

和『実を言うとね、当日のタイムテーブルに軽音部は入ってないのよ。もう期限は過ぎてるからね』

澪「えっ、それじゃあ…」

和『まぁ2、30分ぐらいはどうにでも出来るから平気よ』

澪「…!」

澪「ありがとう。頑張るから」

和『応援してるわ』

ピッ

こっちに来てからというもの、本当にお世話になりっぱなしだった。
まったくもって頭が上がらなかった。
なんとなく、唯が頼りたくなるのもわかる気がした。



brrrr brrrr

和との電話が終わったのを狙ったかのように、電話がかかってきた。

ピッ

澪「もしもし」

憂『澪さん!文化祭に出るって本当ですか?!』

憂ちゃんだった。
興奮しているのか、らしからぬ大きな声を上げていた。

澪「唯から聞いたのか?」

憂『はいっ!お姉ちゃんがうれしそうに言ってました』

澪「うん、このまま待ってるなんて嫌だから」

憂『よかった、よかったぁ…』

なぜだか憂ちゃんが泣きそうになっていた。
久しぶりの元気な唯を見て安心しているのだろう。



澪「梓も、何とかして連れ戻すよ」

憂『私も協力します』

澪「いや、これは私が一人でやらなきゃ意味がないんだ」

澪「だから大丈夫」

憂『そうですか…。私、応援してます。頑張ってくださいね!』

澪「うん、ありがとう」

ピッ

澪「…ふぅ」

どっと疲れた。
けど、一歩は踏み出せた。
これからだ。
今日はこっちに来てから初めて寝付きがよかった気がした。



週末。
私は一人楽器屋に向かった。
ホコリまみれだったベースのメンテナンスをするためだ。
ついでに弦も変えてしまおうと、メンテナンスをしている間店内をぷらぷらしていた。

澪「あっ、このバンド。新譜出したのか!」

5ヶ月も経っていれば随分と変化があるものだ。
弦を見るつもりが新譜コーナーに居座ってしまっていた。

澪「…はっ!」

我に帰り弦のコーナーに向かおうと立ち上がると、
後ろを通ろうとしていた人にぶつかってしまった。

どんっ

「あっ」

澪「す、すいません。大丈夫ですか―――って梓?!」

梓「えっ…澪先輩?」



梓だった。
私服だったから、一瞬気がつかなかった。

梓「…どうしたんですか、こんなところで」

澪「ベースのメンテナンスに来たんだ。梓は?」

梓「私は、CDを探しに…」

澪「そっか」

梓「………」

澪「………」

会話が続かなかった。
重苦しい空気が流れる。

梓「それじゃあ、私。あっちに用があるんで」

澪「…待ってくれ」

私は梓を呼び止めた。
今しかないと思った。すべてを知りたかった。
たまたま会った偶然、私はこの偶然に賭けた。

澪「私…さ。梓に何をしたのかな?」


5/6