澪SSまとめ @wiki
澪「タンデム」2
最終更新:
moemoequn
-
view
「はぁ……。あーもう、変な体力使った」
「私も」
ひとしきり笑って、目尻の涙を拭う。
「そろそろ行こっか。もっと車も増えてくるし」
「そうだな」
「……気をつけて走るから」
「うん」
微笑んでみせて、タンデムシートに乗せていたヘルメットを再び手に取る。
律は残りのお茶を一気飲みすると、自販機横のゴミ箱にポイと放り投げた。
----------
夏には大勢の海水浴客で賑わいそうな砂浜沿いを走ったり、
地元住民しか知らないような細い路地に迷い込んで笑ったり。
途中のランチも含めてたっぷりと時間を掛けて移動して、
灯台のある海浜公園に着く頃には15時を少し回っていた。
「ふー、着いた着いた」
「お疲れ様」
「ん、」
公園の駐車場にスクーターを停めて、散策路をのんびり歩く。
こんもりと茂った樹木のずっと上に、白く光る灯台が見えた。
「おー、灯台」
「ほんとだ、灯台だ」
「灯台だぞ、みおー」
「うん」
「他に感想はないのかッ」
「えっ…………。し、白いな」
「なんだそれ」
「急に聞かれても困る! 律はどうなんだよ」
「えっ……。んと……、と、灯台もと暗し、みたいな?」
「……」
「せめて何か言ってよ澪しゃん……」
散策路が急な上り坂になったところで、ふたり並んで立ち止まる。
一度見上げて、顔を見合わせて、多分同じ事を考えているだろうなと確信する。
「……あっ、みおー、あっちの岩場が気持ちよさそうだぞー」
「そ、そうだなー!じゃあ灯台は下から眺めるだけにしとこうかー」
わざとらしく振り返った律に棒読みで応える。
何やってんだ私らと苦笑いした律に、まったくだ、と私も笑った。
駐車場の自販機で買ったペットボトルの蓋を捻って、一口飲む。
磯の香りが少し強い岩場に並んで腰掛けて、沖を緩やかに航行するタンカーを眺める。
「……なあ、澪」
「うん?」
「楽しかった?ツーリング」
沖のタンカーに視線を向けたまま、律が私に訊ねる。
「……正直最初はちょっと怖かったけど、バイクで走るって気持ちいいな」
「うん」
「律がバイクに乗りたいって思った気持ち、ちょっと分かった」
「……」
「ずるいよ律、もっと早く誘ってくれればよかったのに」
「えっ」
「え?」
ちょっとびっくりした様子でこちらを向いた律と視線がぶつかる。
少しの間が空いて、ああ、と律がなにやら納得した顔を見せた。
「二輪免許って、取ってから1年経つまで二人乗りしちゃいけないんだぞ?」
「え、そうなの?」
「やっぱり、知らなかったか」
「うん、知らなかった……そうなんだ」
まあ知らない人のほうが多いかもな、と律が笑う。
「でも、嬉しい」
「ん?」
「澪が楽しんでくれて」
そう言うと律は再び海上に視線を移して、ペットボトルを口元に寄せた。
こくり、と動く律の喉元を見つめる。
「ずっとひとりで走ってて、綺麗な風景とか美味しいものとか見つけて、」
「うん」
「そういうの全部、澪と一緒ならもっといいだろうなって、いつも思ってた」
「……」
「二輪免許取ったの、元々ツーリングしたかったとかそういうんじゃなくてさ」
律はそこでいったん口をつぐんで、次の言葉を探すように目を泳がせた。
頭のてっぺんで結んだ髪が、海風にあおられて揺れている。
「えっと……。雑誌か何かで読んだんだ」
「何を?」
「バイクで走るのは、恋愛に似てるって」
「……!」
全く予想外の言葉に、思わず目を見開いた。
律はちらりと私に視線を向けて、少しはにかんで言葉を続ける。
「私、恋愛経験なかったし……澪の気持ちにさ、どう応えていいか分からなくて」
「……」
「でも、ちゃんと考えなきゃって思って、それで」
「それで、バイク?」
律はこくんと頷いて、
今思うとなにやってんだろうって感じだけどな、と小さく笑った。
----------
『えっ……、え?』
『だから……。好きなんだ、律のこと』
『……』
『びっくりするよな……。ごめん』
『いや、謝らなくてもいいけど……。えっ、いつから?』
『えと……気がついたらもう、だから……ずっと前から』
『……』
『付き合って欲しいとかじゃなくて、あ、いや、付き合えるなら嬉しいけど、』
『……』
『……とにかく、言いたかったんだ。高校卒業する前にちゃんと』
『……そっか』
『……』
『……』
『……いきなりごめんな』
『謝んなって』
『……うん』
『……』
『……』
『……ちょっと、考える時間もらってもいい?』
『えっ』
『駄目か?』
『え、いや、駄目とかじゃなくて……、考えてくれるの?』
『当たり前だろ。澪が勇気出して気持ち伝えてくれたんだ』
『律……』
『ちゃんと考えるよ。だから、時間ちょうだい』
『……うん。ありがとう』
----------
「……もう、無かったことになったのかと思ってた」
「うん?」
「告白」
「なってないって。……まあ、すっごい待たせちゃったけどさ」
「大学入ってからもそんな素振り全然見せなかったし」
「ごめん」
「ううん、怒ってるとかじゃないよ。変わらず接してくれて嬉しかったし」
「……」
「だから、今まで通りっていうのが律の答えなんだって勝手に思ってた」
「……」
続ける言葉が見つからず、ふたりの間に沈黙が下りる。
これから律が何を言うのか、どんな答えをくれるのか。
思っている以上に緊張しているらしく、手にしたペットボトルすら動かせずにいる。
ずっと遠くのほうで、ぼう、と汽笛が響いた。
それを合図にしたかのように、律が再び口を開く。
「今日、澪を後ろに乗っけてさ」
「うん」
「同じ風景見たり、美味しいもの食べたり、一緒の時間共有して」
「うん」
「すごく楽しかった」
「うん……私も」
「でも、タンデムするってそれだけじゃなくて」
「……」
「一人で走るよりすごく緊張した。澪を怖い目にも遭わせちゃったし」
「あれは律のせいじゃ」
「うん、でも聞いて」
やんわりと私の言葉を遮った律に、素直に頷く。
「それで、その……。同性同士で付き合うってさ」
「……」
「異性と付き合うより、辛いこととか嫌な思いすることが沢山あるんだろうなって」
「……」
「あっ、別に、それを実感するために澪を誘ったわけじゃないぞ?」
「うん、わかってる」
「ん、それで……。ああ、どう言えばいいんだろ」
律がもどかしそうに頭を掻いて、結んだ髪が不規則に揺れる。
握りしめたペットボトルが、手の中でペコンと音を立てた。
「それで、それでもさ」
「……」
「澪がそばにいてくれて、私のことちゃんと見てくれてて、」
「……」
「ふたり一緒っていうのが、そういうのがやっぱり嬉しくて、すごく幸せで、」
「……」
「えっと……それでさ、」
「うん」
「もし、気持ちが今も変わってなかったら、だけど、」
澪、と改まった声で呼ばれて、視線を合わせる。
まっすぐ私を見つめる律は、何故だか今にも泣きそうな顔をしていた。
「澪」
「……はい」
「私と、付き合ってください」
「……」
「……」
「……」
「……あ、あれ、駄目?」
「…………る、わけ……ないだろ」
「え?」
「変わるわけ、ないだろ」
「……」
「何年好きだったと思ってるんだ、ばか」
ぱたぱたとこぼれた涙がジーンズにシミを作る。
ごめん、とやさしい声が耳に届いて、もういちど、ばか律、と返す。
「ええと、それで?」
「え?」
「お返事は? 澪しゃん」
「……あ、えっと……」
「うん」
鼻を啜って顔を上げ、しっかりと視線を合わせる。
「……よろしくお願いします」
涙のせいで潤んだ視界の中、愛しい人が満面の笑みを見せてくれた。
----------
「お土産、これでよかったのかな」
「美味しいし、いいんじゃない?」
「でもシュウマイって……。今日のコースと全然関係ないし」
「そういうの気にしないって、あいつら」
「まあ、そっか」
「ほんとはみんなにもマグロコロッケ食べさせたいけど」
「ん?」
「あれは、あの場所で揚げたて食べてこそだしな」
「うん、そうだな」
すっかり日が暮れた帰り道、何度目かの休憩に立ち寄った国道沿いのコンビニ。
排気ガスの混ざったぬるい風に乱された前髪を直す。
「律、疲れてない?」
「ん。ちょこちょこ休憩してるし、平気」
「無理しないでね」
「ありがと。……なあ、澪」
「うん?」
「しばらくはスクーターだけどさ、私、大学卒業するまでに車の免許取るから」
「……」
「そしたら、車でいろんな場所に行こうな」
「うん」
「その時は、みんなもマグロコロッケ食べに連れて行こう」
「じゃあ、全員で乗れる車にしないとな」
「あー。折角だから、全員の楽器を積めるのにするか」
でっかいやつ、と両手を広げてみせた律と顔を見合わせて笑いながら、
そんな未来も素敵だなと思う。
……でも。
「でも、当分は、」
小さな声で呟いた私に、何?と律が顔を寄せる。
「当分の間は、律のスクーターでいろんな風景を見に行こう。……ふたりで」
言ってから、カアッと頬が熱くなった。
律も、今にも笑い出しそうな、でもちょっと泣きそうな顔をしている。
「……そうだな、じゃあ次はどこ行くか、帰るまでに決めちゃおっか」
な?と小首を傾げてみせた律に、うん、と頷く。
「あ、そうだ」
「うん?」
律は左袖を少し捲ると、手首に巻き付けていた大振りな腕時計を外した。
「これ、ツーリングの時は澪が着けといて」
「え?私?」
「うん」
手、出して、と言われて素直に差し出す。
律の腕時計を右の手首に巻かれながら、その意味を考えてみる。
口に出すとまた頬が赤くなってしまいそうだったので、言葉はそっと飲み込んだ。
「よし、と。んじゃ、帰りますか」
顔を上げてニカッと笑ってみせた律に頷いて、
安全運転でな、と私も微笑みを返した。
おしまい