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それでりっちゃん。と、紀美さんが私の名を呼んだ。

「はい?」

「澪ちゃんのこと、好き?」

「……」

「……」

「え?…………えっ?」

一瞬何を言われたのか分からず、思わず聞き直してしまった。
私の目をじっと見ていた紀美さんが何やら確信を得た笑みを浮かべる。



「えっ、ちょ……あの、え?」

「んー? 私はただ、好き?って聞いただけよ?」

「っ!」

顔真っ赤よ?と言われ、耳までかぁっと熱くなった。

「分かりやすいね、りっちゃん」

「な、なっ……」

「その様子だと、気持ちは伝えてないのか」

そう言った紀美さんの表情が予想外に優しくて、
私はぱくぱくと開いていた口を静かに閉じた。



「……なんで、」

「んー?」

「なんで、……その……、わかったんですか?」

私の問いに紀美さんは微笑んだまま、同じだからかな、と応えた。

「……同じ?」

「私は伝えられなかったけど」

「え、」

「高校の頃は毎日楽しくて、それでもいいかって思ってたんだけどね」

懐かしむように目を細めた紀美さんの横顔を見て、
ふと、川縁の桜並木で交わした澪との会話を思い出す。



昼間の強い陽に照らされて白く光るソメイヨシノの花びらと、
その花がもつ本来の淡い色。


「バンド続けられなかったのもね、それが原因のひとつかな」

「……」

「まあ誰にも言わなかったし、そこは私個人の問題だったけど」

「……」

「集まろうって、自分からは声掛けられなくなってね」

「……」

「気付いたらみんなバンド抜きの生活リズムが出来上がって、自然消滅」

やれやれと言いそうに肩を竦めて、紀美さんは苦笑いを見せた。



「……今からでも、伝えようとか、思ったりしないんですか?」

「んー? もう、言わずにおこうって決めたからね」

「……」

「それにアイツは、恋愛対象がはっきりしてるから」

「……つらくないですか、そういうの」

紀美さんは私と視線を合わせ、そうねえ、と眉尻を下げる。



「つらいっていうのは、もうとっくに通り過ぎちゃったかな」

「……」

「言わずにおいたのが正解だったかどうかはわからないけど」

「……」

「だから、りっちゃんがどうするのが正解かも私にはわからない」

アイツと澪ちゃんとは別だしね、と紀美さんはまた笑う。

視界の端に、こちらに歩いてくる澪の姿が見えた。
紀美さんもそれに気付いて、ちらりと澪を見て、私に視線を戻す。



「酔いに任せて、ちょーっと喋り過ぎたかな?」

「……」

「ま、でも、秘密を共有しちゃったわけだし」

「は、はぁ、」

「何か話したかったらいつでも連絡しておいで」

そう言って、紀美さんは携帯を開いて私の前に差し出した。
私はあたふたと自分の携帯を出してボタンを操作し、
赤外線通信で互いの連絡先を交換する。



ぱちんと携帯を閉じたのとほぼ同時に、澪がベンチまで戻ってきた。

「よしっ、じゃ、私はそろそろ退屈な場所に戻ろうかな」

澪に笑いかけてから、紀美さんは勢いをつけて立ち上がった。
それは私がと言うより早く、
ゴミを入れたビニール袋をひょいと取られる。

「それじゃバンドと大学、楽しめよ、後輩!」

「はい、ありがとうございます。……先輩」

クレープごちそうさまでした、と澪が私に続く。
紀美さんはどういたしましてと応えて、もう一度私と視線を合わせた。



「りっちゃん、がんばってね」

「えっ? あ、はい」

焦りを隠す私に紀美さんはいたずらな顔でウインクして、
ひらひらと右手を振りながら私たちに背を向けて歩き出した。

「……がんばるって、何を?」

不思議そうな顔で聞いてくる澪を、まあちょっとな、とあしらう。


ふと思い立って、大声で彼女の名を呼んだ。
広場の真ん中辺りで紀美さんは立ち止まり、私たちのほうへ振り返る。



「紀美さん、いつか、私らと対バンしてください!」

遠目にも、紀美さんが目を見開いたのがわかった。
私の隣で澪も小さく驚きの声を上げる。

紀美さんはすぐにあっけらかんとした笑顔を浮かべ、
右手の指を3本立てたキメポーズを作ってみせた。

「いいよ。ただし、私らとタメ張れるくらい上手くなったらね?」

「なりますよすぐ!それまでにさわちゃんを説得しといて下さい!」

私もポーズを真似て笑い返す。

言ってくれるねと紀美さんは豪快に笑って、
それから、楽しみにしてるよと手を振って再び私たちに背を向けた。



「……ほんと、気持ちの良い人だな」

紀美さんの背中を見送りながら、澪が呟いた。
そうだな、と相槌を打つ。

「それで、がんばるって何?」

「え?ああ、何でもないって」

「何でもないってことはないだろ?」

「んと……。おおっ、澪、見ろよ」

「え?」

澪は私が指さした方向に視線を移し、顎を上げて満開の桜を見上げた。



「さっきと色が違って見えてる」

「ほんとだ。日が傾いたからだな」

夕刻のあたたかな斜光に照らされたソメイヨシノの花びらは、
その色を主張するように、ゆるりと吹く風に揺れていた。

澪はポケットからフィルムカメラを取り出して、
ファインダーを覗いて息を止め、静かに風景を切り取った。

「桜、上手く撮れてるといいな」

同じ台詞をもう一度伝える。
澪は桜の花から私に視線を移して、うん、と少し笑って頷いた。



それから澪は急に体ごと私に向き直って、
私の顔をじっと見つめた。

「澪?どした?」

「……なあ、律」

「ん?」

「私、律に伝えたいことがあるんだけど……いいかな」

「え……」

やけに真剣な目をした澪にたじろいで、こくりと生唾を飲み込む。



「な、何?」

「えっと、あのさ……」

「なんだよ」

「歯に青のり付いてるぞ」

「えっ?!うそ!」

ばしん、と自分の口元を押さえる。
途端に澪が噴き出して、嘘だよーと舌を出した。



「ちょっ、おま、ふざけんな!」

「ん? 律、なんで赤くなってるの?」

「るせっ、ちょっと一発殴らせろ!」

「はいどうぞ、って言うわけないだろ」

私に背を向け駆け出した澪を、待てコラと叫んで追いかける。

広場の出口で追いついて、澪の腕に手を伸ばした瞬間、
ザアッと音を立てて風が通り過ぎた。視界いっぱいに桜の花が舞い散る。



桜吹雪に一瞬目を奪われ、澪が立ち止まったことに気付かなかった。
どん、と思い切り背中にぶつかって、ふたり同時に悲鳴を上げる。

「いっ、たた……」

「いってー……、急に止まるなよ」

なんとか転ぶのは免れて、ふたりしてしかめ面を突き合わせ、
一瞬の間を置いて噴き出した。

「……なあ、今日はどっかでご飯食べて帰ろうか?」

私の提案に、澪は目尻の涙を拭いながらそうだなと頷く。



ふと澪の髪に花びらが乗っていることに気がついて、右手を伸ばした。
何?と言われて花びらついてるぞと応えたら、律もな、と返された。

澪の左手が私の頭上に伸びて、
目の前に差し出された指先には、淡い桜色。

互いに視線を合わせて、少し照れて笑う。

「律は何食べたい?」

「澪が食べたいものでいいぞー。カロリー気になるだろ?」

「だからうるさいって」



互いに小突き合いながら、夕暮れの川縁を並んで歩く。

長く伸びたふたりの影に何故だか顔がにやけてしまって、
澪にばれないように、緩む口元をそっと右手で覆い隠した。




おしまい