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短い会話を終えて、携帯をポケットにしまう。

今から来て、の私の言葉にわかった、とだけ律が答えて電話は切れた。
気の早いあいつのことだから、すぐ家を出ているはずだ。
本当は私だって急ぐべきなんだろう。

でもこれから、時間はたくさんある。
そう思いながら、昔よく行った駄菓子屋へ一人立ち寄った。

狭い店内にたくさんのお菓子。それを適当に全部二つずつカゴに入れていく。
店のおばあちゃんは皺々の手で、商品を袋に詰めながら手早く値段を計算する。

その間に店を見渡すと、懐かしい小さなピンクのボトルが目に入った。


「460円ね」

「すみません、これもください」

「はいはい、じゃあ560円」

「ありがとうございます」

「いいお姉さんになったね。また来てね」


覚えてたんだ。
笑い皺たくさんの目元につられて、こちらも思わず笑顔になった。
いいお姉さん……か。

手に持ったレジ袋が時折スカートに当たる。
一歩踏み出すたびに足音に混じってしゃりしゃりと音を立てた。



少し歩くと目的地が見えた。

私が河原のあの辺、と伝えれば律はきっとそこにいる。
堤防の階段を上りきると、坂の下に座り込む律の姿が見えた。

落ちかける夕日に髪がふわっと明るく光る。

「りつ」

声を掛けると同時に、手に持った袋を律の肩に軽く当てた。


「遅い!」

「悪い、駄菓子屋さん寄ってたんだ」

「何だよ、それなら私も行きたかったのにー」

「ごめんごめん、律の分もあるから」


袋を手渡すと同時に中を覗き込む。

その姿を見ながら、私も横に座り込んだ。



「これまた買い込んだなー」

「全部二人分あるから」

「昔はこの半分も買えなかったのよな」

「そうだな」

「大人になっちゃったってことかなー」
「んーどうだろ。おばあちゃん、私のことお姉さんになったって言ってたけど」

「あのおばあちゃんが覚えてるうちは子どもだな」

「そうかも」

そう笑いながら二人して麩菓子を手に取る。
膝に軽く当てて、小さい頃律に教わった裏技で封を切った。


「うまい!」

大げさに喜ぶ律。子どもっぽい。
私も遅れて口へ運ぶと、独特の甘さが口に広がった。



「安くてうまくて、駄菓子って最強だよなー!」

「そうだな。あの店もなくならないでほしい」

「でもあそこ、私たちが小さい時からおばあちゃんはおばあちゃんだったからな。
大学行き始めて、帰省しました~って時に行くともうなかったりして」

「やだよ、そんなの」

「まあ大学は受かるかわかんないけど~」

おどけてそう言う律の手にはすっかり麩菓子がなくなっていた。
また袋を覗き込んで次の駄菓子を選んでいる。


「そういうこと言うなよ」

「だって本当のことだし。次何にしよっかな~」

「律と同じ大学行くって言っちゃったんだぞ、さわ子先生にも、ママにも。
 ……てかペース早過ぎ、夕飯食べられなくなるぞ」



「澪なら余裕で受かるよ。って、こんだけの量買ってきたヤツのセリフかー?」

「わたしも油断出来ないし……律も頑張るの!
今日中に食べ切れなくてもいいんだし。そうだ、聡に持って帰ってやれば?」

「はいはい、精いっぱい頑張りますよー。
 澪からお土産なんてあいつ喜ぶぞ、澪のこと大好きだからな」

「ほんと?」

「受験?聡?」

「両方」

「両方ほんとだ!勉強は頑張るし、聡だけじゃなく田井中家は澪のことが大好きだよ」

「……そっか。最近あんまり話してくれないからさ、聡」

「難しいお年頃だから仕方ないよ、背だってどんどん伸びてるし」

「もうすぐ抜かされるかもな」

「そんなのすぐだろうな。複雑だよ、姉としては。おっ?」




律はにっこり笑ってピンクのボトルを手に取った。

「しゃぼん玉じゃん!なつかしー」

「だろ?一緒にやろうと思って」

「やろやろ!どっちが大きいの作れるか勝負なー」

黄緑色のストローの先をそれぞれしゃぼん液に付けて、二人同時に息を吹き込む。
大きくなるにつれて、所々に色づく赤や青が回るように動く。

ストローから先に口を離したのは律だった。

「あー、割れちゃった」

私もいい具合で離す。
両手で輪っかを作った程度のしゃぼん玉が夕焼け空を舞った。

「おー綺麗」

「ほんと、何かいいな」

ゆらゆらと風に流されていくしゃぼん玉を二人して目で追った。
見えなくなったのか、割れてしまったのか。すぐに見失ってしまった。



「よし、今度は負けないぞ!」

「私だって、もっと大きいの作る!」

周りにはたくさんのしゃぼん玉がすぐに溢れた。

風に流されいろんな場所に届き、散歩中やジョギング中の多くの人たちが私たちの方に目をやった。

より慎重に息を吹き込む律の顔を横目で見る。
律はそれに気付いたようで、思わず目を逸らしてしまった。

ストローから口を離し、律が切り出す。

「なあ澪」

「ん?」

「寒くない?」

「あったかくしてきたから。律は寒い?」

「私も大丈夫。でも梓みたいに風邪で学校休むなよ」

「うん、律もな」

「それはそうとさ」

「なに?」

「何か話があって、呼び出したんだろ?」




「……うん、そうだよ」

「話さないのか?」

「聞いてくれる?」

「もちろんっ」

その返事を聞くと、それまでとは打って変わって強めに息を吹き込んだ。
小さなしゃぼん玉が無数に舞って、また風に流されていく。

それを見届けて、ようやく話し始めることにした。

「今日さ、やっとママに律と同じ大学に行くって言ったんだ」

「え、今日?」

「うん。志望校変えるの、相談もなしに決めちゃって」

「そっか。……で、おばさん何て?」

「またりっちゃんと同じか~、って」

「まさか、反対された?」

「ううん、それはないよ」

「怒ってた?」

「背中越しで顔は見てないけど、そんな様子もなかった」

「よかった。……で?」

「わたしのことね、本当に律が好きだねって」




「……うん」

「だから、大好きだって言った」

「ちょっ……澪」

「なに?」

「それ、やばくないか?」

「本当のことだもん、嘘なんてつけないよ」

「まぁいい……それで?」

「だからもっと一緒に居たい。大学も、その後もずっとって。じゃあママ、何て言ったと思う?」

「なに?」

「当ててみて」

「んー……ダメだ、全然わかんない」

「……じゃあお嫁さんにしてもらうようお願いしてみれば?って、笑って言ってた」

「……ま、笑うしかないわな」

「うん、でも無性に……からかわれてる気がしてさ、言っちゃった。本気だよ、ママはそれじゃ嫌?って……」

「……」

「……何か言ってよ」

「……怖いんだよ、聞くの」

「大丈夫だよ」

「じゃあ、続けて」



「ママ、その時やっとこっち向いたんだ。
 ママもりっちゃんが大好きよ、って……」

緊張が解けたのか、律は大きくため息をついた。

「でもさ、それって……おばさんはちゃんと理解してるのか……?」

「うん」

「何でわかるんだ?」

「付き合ってるって、言った」

「おいおい……マジかよ」

「違うの?」

「違わないけど、言うか?普通……」

「……何かさ、私も気が高ぶって」

「わからなくもないけど……」

「ごめんな。こんな話、勝手にしちゃって」

「いや、いいよ。……で?」

「えっと。そう言うと、ママさ……」




「わたしに恋人が出来るなんて……ママもおばさんになったわけだ、って寂しそうにまた笑ったんだ、ママ」

そう言い終わらない間に、思わず涙声になってしまった。
それを恥ずかしいなんて思う暇もなかった。
小さく息を吐いて、律は言葉を発す。


「……澪、私たち絶対大学受かんなきゃ」

「……そうなんだよ」

「頑張るから」

「重荷じゃない?」

「……そんなわけあるか!」

その場に立ち上がった律を見上げる。
何だか大きく見えたのは、私が座ったままだからではないと思う。
律がこちらを見下ろす。

すると急に泣きそうな顔をして、「見るな」と言わんばかりに私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
その手を止めさせて袖を掴む。
ゆっくり引っ張ると、それに合わせて律が膝を折った。



「何かあるなとは思ったんだよ。用事あるなら帰り道に話せばいいのに、家帰ってすぐ呼び出すし」

「ごめんな、せっかく今日は部室寄らず帰ったのに」

「いいよ、部室寄らなかった分まだ夕方だし」

ほら、と空を指差す。
その先には綺麗なオレンジが広がっている。

ちょうどその時、通りかかった飛行機が白い線を引いた。

「いつになるかわかんないけど、皆にも話そっか」

「軽音部?」

「とか、うちの家族とか」

「無理しなくていいんだぞ」

「さっき言っただろ?」

「なんて?」

「田井中家はみーんな澪が大好きだって」

「……そっか」

「唯もムギも梓も、きっとそうだよ」

「……それは律もだよ」

「それに、もうちょっと大人になったら嫌でも認めさせるよ」



「だから……まずは受験!私も澪も、帰ったら死ぬ気で勉強!」

「あんまり気合い入れ過ぎて抜け殻になるなよ?」

「気を付ける!」

「……私も、いつかパパにも話すんだ」

「その前に、おばさんからおじさんの耳に入るかもしれないぞ?」

「それはないよ」

「何で?」

「言ったもん、パパにはまだ言わないでって。いつか私が自分で言うから」

「……一人で大人になるな~!置いてくなよ!」

「置いてかない。一緒だよ、ずっと」



「……私も一緒に大人になる!」

「ゆっくりでいいよ、時間はいっぱいあるんだから」

「……大丈夫、かな」

「……何も失わずにこのままで、とは思わないけど」

それでも大丈夫だよ、と言える自信がなかった。
ママが特異なだけかもしれない。

さっき空を割った飛行機雲のように、世間的にはまだまだ線引きが消えない。
そのことを充分にわかってるつもりだ。
だから、大切な仲間たちにもこの話が出来ずにいるんだ。

会話が途切れる。
何となく居心地の悪さを感じて、夕日に目をやった。


「……あっ」



「え?」

「律、見て!」

私が促すと、律もそちらに目をやった。
綺麗な夕焼け、それに一線を引いていた飛行機雲が所々薄れている。


「ん……?」

「……明日晴れる!」

「よくわかんないけど……」

「明日晴れるから。私たちだって大丈夫だよ」

「……よくわかんないけど!」

「とにかく、大丈夫なんだって!」

「……わかった!わかんないけど大丈夫だー!」




「……はは、駄菓子食べよっか」

「夕飯食べられなくなるぞ~?」

「だから半分コしよう、ほら」


歪に割れた大きいえびせんの大きい方を律に手渡す。


「こっちじゃなくていいのか?」

「いいよ。もう一枚は聡にお土産な」

「あいつ喜ぶよ、だって澪のこと大好きだから」

「それはさっき聞いたぞ」

「でも一番澪のこと大好きなのは私だけど!」

「……はいはい、ありがと」




そんな風に笑いながら、いくつか駄菓子を半分にわけて食べた。
ボトルが空になるまで吹いたしゃぼん玉は、風に流されて見えなくなる。

その行方はもう、気にならなくなった。

「そうだ、ママ言ってたよ」

「なんて?」


ちょっと出掛けてくるよ。

―――あら、りっちゃん?

うん。

―――じゃありっちゃんに言っておいて。

何を?

―――たまには夕飯食べにおいでって。

うん、わかった。



「そっか。何か照れるな」

「何が食べたい?」

「澪ママはお料理上手だからなぁ。迷う」

「まあ、ゆっくり考えといて」

「りょーかい!」

「もしあの駄菓子屋がなくなったら、二人で桜ヶ丘に駄菓子屋作ろうよ」

「就活しなくていいな」

「おばあちゃんになったら、だよ。バカ律」


来た道では私が持っていた袋。帰りには律が片手に持っていた。

並んで歩いて時々触れるもう一方の片手は、暗くなるのを見計らってどっちからともなく優しくつないだ。