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少し空が暗くなってきた。
日が落ちてきたようだ。

澪「寒……」

風も冷たくなってきた。
明るかった海も、空と同様に暗みを帯び始める。
不安感から言い様の無い恐怖を感じ、軽く身を震わせる。

澪「暗くなって字も書けない……戻ろうかな」

澪「まだ明日がある。うん」

そう自分に言い聞かせ、上着を拾う。
途端、ポツポツと雨が降り出す。
堪らず上着を羽織って、早足で別荘までの道を急ぐ。

澪「そういえば夜に荒れだすんだっけ。明日もこんなだったらどうしよう」

澪「わざわざここまできて収穫なしなんて……何とか今日中に完成させないと」



澪「ただいま」

梓「あ、澪先輩お帰りなさい……って、凄い濡れちゃってるじゃないですか!」

澪「ああ、何か急に雨が酷くなってきてな」

梓「早くお風呂入って来て下さい! そのままだと風邪引いちゃいますよ」

紬「上がる頃にはお夕飯出きてるから。ゆっくり浸かってくるといいわ」

澪「うん、すまないな。それじゃあ行って来るよ」

紬「あ、その前に澪ちゃん」

澪「ん、何?」



紬「その……成果はあった?」

澪「……いや、さっぱりだったよ。やっぱり律なんか連れて来るんじゃなかったよ。邪魔ばっかしてさ」

紬「っ! み、澪ちゃん!」

梓「ムギ先輩っ!」

澪「……なっ、何」

梓「な、何でもないですよ。さ、さぁ早くお風呂行かないと冷えちゃいますよ!」

澪「あ、ああ……」



梓「ムギ先輩、抑えて下さいよ。私達は裏方ですよ」

紬「ごめんね、梓ちゃん。でも、りっちゃんがあれだけ澪ちゃんのこと思ってやっているのに……」

梓「それこそ余計なお世話ってやつですよ。どういう理由があっても澪先輩にしてみたら、勝手にやってることなんですから」

紬「なんでりっちゃんは、面と向かって澪ちゃんを手伝わないのかしら……」

梓「うーん、やっぱり幼馴染ですから、そういうの気恥ずかしいんじゃないですかね?」

紬「……」

梓「それに律先輩も言ってたじゃないですか。澪先輩が自分で乗り越えなきゃ意味が無いって」

梓「どうみても遊んで、邪魔してばっかにしか見えませんけど、そんなに他人の事を考えられるって凄いと思いますよ。正直、見直しました」

紬「そうね……二人が羨ましいわ」

梓「羨ましい……ですか?」



紬「うん。私はそこまで分かり合える友達っていなかったから」

紬「見ただけで相手がどんな状態でいるのかまでわかっちゃうなんて。更にその先の事も考えて支援するなんて」

紬「これが親友っていうのなんだなぁ、って思って……」

梓「だから、さっき澪先輩が律先輩を悪く言った時に怒っちゃったんですか」

紬「う、うん……」

梓「……澪先輩だってわかっているはずですよ。私達の誰よりも律先輩と付き合い長いんですよ」

梓「それに私だってわかります。今のムギ先輩のこと。ムギ先輩だって私のことわかるはずです」

紬「梓ちゃん……うん! わかる。梓ちゃん、私を慰めて、励ましてくれてる」

梓「よくできました、ムギ先輩。でも私だけじゃないですよ? 唯先輩も律先輩も澪先輩も、みんなわかってます」



梓「同じ軽音部の仲間、放課後ティータイムのメンバー、かけがえの無い親友じゃないですか」

紬「……ありがとう、梓ちゃん。私はつまらないことで悩んでたみたいね」

梓「ムギ先輩……」

紬「澪ちゃんのお手伝いする為に集まって、私がこんな気持ちになるなんて思わなかったわ。梓ちゃんのお陰ね」

梓「改めて言われると恥ずかしいですよ」

紬「今更そんなこと言っちゃうの? 梓ちゃん、結構恥ずかしいこと言ってたわぁ」

梓「ちょっ! も、もうっ、早くお夕飯の準備終わらせますよ!」

紬「は~い♪」



風呂桶一杯に張ったお湯を頭から被る。
冷たい雨風に煽られて、悩みに悩んでぐちゃぐちゃの頭が現実に引き戻される。

澪「……つい、愚痴っちゃったな」

ムギに律のことで愚痴ってしまった。
みんな隠してるようだけど、多分、今日のことは偶然じゃないんだろう。
私がずっと悩んでいることに心配しての事だったんだと今更ながら思う。

前もって予約しないと開いてないはずが、前日に連絡して大丈夫だったムギの別荘。
呼んでなかったのに、しっかり集合場所にいた律。
突然休日の予定を付け加えたのに、快く引き受けてくれた梓。
唯は……なんだろう。本当にヒマだっただけかな?



澪「都合よく考えすぎかな? 自意識過剰かも」

軽く笑って肩まで湯船に浸かる。
この広い湯船に私だけ。
みんな何かしらの作業をしてるはずなのに、私だけこんな待遇でいいのだろうか。
悪いな、とも思うが、心が安らいでいくのを感じる。

最近は歌詞が難産続きで、ずっと眉を吊り上げてたからな。
みんなの気遣いを見れば、それがどれ位のものだったのかは容易く想像できる。

澪「お陰さまでリラックスできたかな。そろそろ上がるか」



澪「いいお湯だったよ。ありがとう」

律「おー、やっと来たか」

唯「澪ちゃーん、早く座ってごはん食べようよ」

澪「凄いごちそうだな。全然手伝えなくてすまないな」

紬「いいのいいの。澪ちゃんは忙しいんだから、私達がこれ位しないと」

唯「すっごいでしょ! 私も手伝ったんだよー」

梓「唯先輩はサラダにトマトのせただけじゃないですか」

唯「あー、バラすのは反則だよぉ~」

紬「うふふ。さあ、冷めない内にいただきましょう?」



食事は楽しく終了した。
結構量があったけど、あまりに美味しかったので少し制限をオーバーして食べた。
体重計なんて爆発すればいいんだ。

澪「ふぅ、もうお腹いっぱいだよ」

律「あー食った食ったーっ」

唯「もうアイス位しか入んないや~」

梓「アイスは入るんですね……」

紬「お待たせ~。アイスじゃないけど、デザートのケーキでーす♪」

律「おー、っていつものとは何か違うな」

紬「実はコレ、私と梓ちゃんの手作りなの~」

梓「えへへ……レシピは憂に聞いたんですけどね」

唯「すっご~い! ムギちゃんとあずにゃん、プロになれちゃうよ!」



澪「へぇ~、本当に凄いな。でもどうして手作りケーキなんだ? 誰か誕生日とかだっけ」

紬「ううん、澪ちゃんが作詞で悩んでるみたいだから、気分転換になればいいなぁ、って」

梓「糖分は疲れた頭にいいんですよ」

澪「ムギ、梓……ありがとう。喜んでいただくよ」

律「食べ過ぎると太っちゃうわよ~?」

澪「う……これ位なら大丈夫だよ」

唯「ムギちゃん、早く切ってよ~」

梓「澪先輩の為に作ったんですよ。唯先輩は自重って言葉を覚えて下さい」

唯「ぶ~! あずにゃんだって味見とかしてたのに~」

梓「なっ、何でそんなとこだけしっかり見てるんですかっ!」

紬「まぁまぁまぁまぁ」



いつの間にか雨が止んでいた。
少し夜風にあたりたくなった私は、リビングで談笑してる皆と離れてテラスに出た。

澪「とりあえずできたかな? 今日中にできてよかったよ」

夕飯の後は落ち着いていられたお陰か、我ながらいい歌詞ができたと思う。
明るく楽しい感じになったから、唯の歌詞にも負けない気がする。

律「澪ー、ここにいるのかー?」

澪「律」

律「なーにしてるんだよ、こんなとこで」

そう言いながら、律は私の横の手摺りに背中を預ける。
お風呂上りなのか、いつものカチューシャをしてない為に前髪が下りている。
いつもと違う雰囲気の律に、少しばかり心を奪われた。



律「聞いてんのかぁ?」

澪「え、あ、あぁ。とりあえず歌詞ができたからさ。少し夜風にあたりにきたんだよ」

律「お、じゃあ見せてくれよ」

澪「うん。今回は結構自信作だぞ」

律「どれどれ」

手渡した歌詞を真剣な眼差しで読んでいる。
いつもの弛んだ律からは見せない表情、髪をかき上げる仕草にドキッとする。
髪型も違うから……まるで別人みたいだ。

こう、何というか……上手く表現する言葉が見つからず、意味もなくあたふたする。
落ち着け澪。
相手は律なんだぞ。



律「――お。みーお!」

澪「……っ! わ、悪い。どうだった?」

律「そうだなぁ……動物シリーズよりはいいけど……」

澪「……だ、ダメか?」

律「うーん、確かにいつもとは違った感じだし、唯のに近い感じもするけど……それだけだな」

澪「それだけ!? ど、どういうことだよっ!」

予想もしなかった律の反応に、思わず声を荒げて突っかかる。
それだけ……? 一日一生懸命に考えた歌詞なのに。



律「だってさ、これは唯の模倣じゃねーの? 似たようなのがあっても仕方ないだろ」

澪「で、でも律が唯みたいなのも必要って言ってたじゃないか!」

律「そう言ったけどさぁ……何て言えばいいんだ?」

律「唯の視点と、澪の視点は違うんだからさ。同じ物を見ていても違う意見が出るはずだろ? でも、この歌詞は違う」

律「唯のセンスは真似できないよ。唯と澪じゃそもそも性格も考え方も違いすぎるんだからさ」

澪「そっ、それじゃ……わたっ、私には唯を越える歌詞はできないって言うのかよぉ……」

なぜだか涙が出ていた。
自信を否定されたからか、いや、この場合は自身を否定されたような気がした。
律にそこまで言われたのが悔しくて、悲しくて……拒絶されたようで寂しくて。
気付いたら、律の両肩を掴んでまくし立てていた。



澪「どうなんだよ……うぅ、ぐっ……」

律「落ち着けよ、そこまで言ってないだろ? 越える必要なんて初めからないんだよ」

澪「え……」

律「違う視点で見ろって言ってるんだよ。同じテーマでさ、唯視点と澪視点ってあればよさそうじゃないか?」

澪「あ……そ、そうか。そういう考え方があったのか……」

律「そ。澪はさぁ、何でも一人で考えすぎなんだよ。少しは私らを頼ってみろって」

澪「う、うん。でもさ、この歌詞凄く良くできそうなんだけど、学園祭には間に合わなくなるかもしれない。大事に作りたいんだ」

律「澪がそうしたいんだったら誰も文句言わねーよ。ライブで演奏できなくってもさ、私らの曲なんだ。凄く良い物にしようぜ」

澪「律……何か色々ありがとう。それと」

律「それと?」



澪「お前……結構恥ずかしい事言ってたぞ」

律「なっ……!」

見る見るうちに律の顔が真っ赤になる。
髪を下ろして大人びた顔立ちだが、やっぱり律は律だな。
やられっ放しは癪なんで、私はささやかな反撃に出た。

律「わっ、私は澪が悩んでて大変そうだと思ったからだなぁ!」

澪「いつものカチューシャも付けてないし、普段言わないことも言ってさ。その髪型でずっといようか? 似合ってて可愛いぞ」

律「かっ……可愛くねーし! あー、もう怒ったぞ! それじゃあ澪をオールバックにしてやるー!」

澪「わっ……ははっ! やめろよ、あはははっ」

律「待て、このやろー!」



反撃を終えた私は、いつもの調子に戻った律を見て自然と笑みがこぼれた。
さっきまで圧し掛かっていた重圧から解き放たれた、そういう意味でも気分は良好だ。

律の追撃を掻い潜ってテラスから室内に戻ろうとすると、隅の方からこちらを伺う三つの視線があることに気付いた。

唯「りっちゃん、澪ちゃん、喧嘩はよくないよ!」

紬「お茶にしましょう、お茶に!」

梓「うぅ……ネ、ネコミミですよーっ。にゃあ……」

澪「み、みんな……」

律「何やってんだ……?」

唯「え!? なんか揉めてるみたいだったし、喧嘩してるんじゃないかって……違うの?」

紬「意見の違いってあると思うの。ここは話し合いで解決しましょう、ねっ」

律澪「……」


思い掛けない三人の行動に、私は律と呆けた表情で目を合わせる。
みんなの見当違いの心配と、私も同じだろうが間抜けな表情をしている律をみて、自然と笑いが抑えきれずにこぼれた。

律「……ぷっ!」

澪「くく……あはははは!」

唯「ちょっとー、笑うなんてひどいよー。これでも私達心配したんだよ」

澪「ご、ごめん……くく。だってさぁ」

律「だよなー。唯とムギはいいけど、梓は何でネコミミ着けてるんだよ」

紬「ぷっ……」

唯「わ、悪いよムギちゃん……あはははは!」

梓「うーっ……何か私だけ馬鹿にされてるみたいです……」



作詞の為に再び訪れたムギの別荘。
再び行った合宿……の、ようなもの。
二日目は私も皆に混じって遊び倒した。

歌詞の手直しはまだだけど、律が言ってくれたように時間を掛けて最高の物にしたいと思う。
学園祭に間に合わなくても卒業ライブでもやって、そこで披露という形でもいい。
それよりも今を大切にしようと思う。

澪「そういやこんなこともあったなぁ」

あの時の合宿もどきの写真を見て呟く。
結局、歌詞は学園祭には間に合わなかった。
新曲はどっちも唯の歌詞で間に合わせた。
唯には負担を掛けちゃったけど、相当良かったと思う。
私の歌詞であそこまで盛り上がったかはわからないな。



今は卒業ライブの直前。
ライブ前に部室に行きたくなったんで来てみたんだが、ここで懐かしい写真を見つける事になるとは。


――――思い出なんていらないよ


あの後も色んな事があった。
楽しい事、悲しい事、一杯あった。

ちょっと前までの私なら、それを全部歌詞に盛り込んでいただろう。
でも今は違う。
そういうのもいいと思うけど、私は律に気付かせてもらったから。


――――だって”今”強く、深く愛してるから



律はそういうつもりじゃなかったのかもしれないけど。
私は正直、律に依存しすぎてる部分が多かった。
それをいい加減に直せよ、って言われてる気がしたんだ。

困ったり、辛かったりしたらすぐに後ろ向きになって助けを求めていた。
そうやって楽しいだけの思い出にすがるのは確かに最高だ。

でも、そうやって今起こってる事から目を背けるのはもうやめたんだ。
今、桜ヶ丘高校の生徒で、軽音部の部員で。
前をしっかり向いて、今を楽しまないともったいないしな。


――――思い出浸る、大人のような甘美な贅沢



律「澪ー! おっ、やっぱりここかぁ」

澪「律……」

律「早く来いよ、みんな待ってるぞ。そろそろ始めようぜ!」

澪「ああ、わかったよ」

これで高校生での軽音部の活動は最後。
悔いのないようにしないとな。
思い出に浸るのはそれからでも遅くない。

手に持っていた写真を机の上に置く。
ほんの1、2秒ほど写真を押さえて……離す。



律「みーお! 置いてくぞー!」

澪「あ、悪い。すぐ行くよ!」

少し慌てて、壁に掛けてあったエリザベスを担ぐ。
部室の扉を閉める前に、少しだけ全体を一瞥する。

澪「楽しかった、っていうのはもうちょっと後……じゃあ今は……バイバイ!」


――――まだちょっと……遠慮したいの