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【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Y【オリジナル】

1 :名無しになりきれ:2012/07/19(木) 22:51:27.72 0
前スレ
【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!X【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1331770988/

2 :名無しになりきれ:2012/07/19(木) 22:52:30.70 0
過去スレ
1:『【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 』
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1304255444/
2:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】  レス置き場
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1306687336/
3:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!V【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312004178/
4:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!W【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1322488387/


避難所
遊撃左遷小隊レギオン!避難所2
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1321371857/

まとめWiki
なな板TRPG広辞苑 - 遊撃左遷小隊レギオン!
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/483.html




3 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/07/19(木) 23:03:06.32 0
「す、すぐ戻ってきてくださいね……?」
ファミアは一人になるなり、遺才を開放して駆け去ってゆくセフィリアの背に情けない声をかけました。
先ほど感銘を与えた姿勢はどこへ行ったものでしょうか。

さてリベリオンの方ですが、こちらが出て行くのを待ってでもいるのか、追ってくる気配はないようです。
セフィリアは彼を『遊撃課』と言いました。
自分たち以外の課員がいるとか部隊を増設するなどという話は全く耳にしていません。
であるならば、リベリオンは監査員ということでしょう。

構成員がちゃんと仕事してるかどうかチェックする役目の人は、どこの部署にもいるものです。
それ自体は何ら不思議なものではありません。まして、遊撃課は設立の経緯が経緯なのですから。
しかしその監査員に"襲撃"されるという状況は腑に落ちかねました。
(査問なしでいきなり懲罰、しかもそれが"死"だなんて……。帝国は法治国家でしょう?)

というわけでファミアは、リベリオンが虚偽の身分を称してこちらを動揺させようとしているのだと解釈しました。
裏にあるものを想像するにはまだまだ若すぎるのでしょう。

それはともかくとして。そのリベリオンにどう対処したものか。
威勢よく囮を引き受けた以上、なにがしかのアクションを起こさずにはいられません。
ひたすら逃げまわっていれば何とかなりそうですが、それもあくまでも相手が一人の場合。

フィンが持ち来たった情報はいまだ全員に伝達されているわけではなく、敵戦力はファミアには不明。
増援伏兵に気を回してしまうのは当然といえます。
それに、三人しかいないと知っていても、あっさり撃退された誰かがこちらに合流してくる可能性を消せるわけでもありません。

状況を探ろうにも混信した念信器は警備の混乱を伝えてくるだけ。
どうにも踏み出しかねているファミアに、思わぬところから救いの手が。
>「破ァァアーーーーーーーーーーーッ!!」
蹴りなので正確には足ですが、状況を動かしたのはまたもロンでした。


4 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/07/19(木) 23:04:33.58 0
>「誰もいない――違っ、上ッ!?」
狼狽の色の濃いリベリオンの声。それが耳に届いた瞬間
(――ここだっ!)
視覚に依ることなく瞬時に状況を把握したファミアは即座に床を蹴って加速。
一撃入れたのがロンだとはもちろん気づいていないのですが、とにかく聞き覚えのない、
したがって遊撃課員ではない誰かとゴーレムが交戦を開始したという事実だけで動くには十分です。

外装のひしゃげる音やロンの口上を背に地表すれすれを水平飛行したファミアは、よく茂った葉の中へ頭から突っ込みました。
先ほどまでダニーやセフィリアが振り回していた樹木の、どれかの上半分です。
それを両手で抱え込んで正面に持ち上げ、そのまま移動を開始しました。
もちろん離脱のためです。

そもそも囮になるというのは、ゴーレムの操縦が達者なセフィリアに戦闘力を確保してもらうための行動でした。
ゴーレムには個人携行型よりも強力な通信機器が搭載できるため、それを生かした移動指揮所という側面もあります。
したがって、初歩とはいえ士官教育を受けていたファミアも、嗜み程度に操縦は可能です。
ですが、そこでファミアが鹵獲してから機体を受け渡すのでは隙が大きすぎるので、
最初からセフィリアに任せなければならなかったのです。

誰かは知らないけれど代わりにリベリオンと戦ってくれるなら必要はなく、
必要がない行動はきっぱりと中止したほうが能率的。
きっと他の課員も戦闘中だからそちらの援護に回るべき。
途中、何かのアクシデントで移動に時間がかかって、その間に戦闘が終わってしまったとしてもこれは不可抗力というもの。
そんな内なる声にしたがって、雷鳴や爆発音が響く中をファミアはちょこちょこと横歩きで移動し続けます。

よく手入れされていたらしい庭木の、枝々に茂る葉は完全にファミアの姿を覆い隠しています。
逆に中からは隙間を通してある程度周囲を見ることができます。まさに完璧な偽装といえるでしょう。
――立派な枝ぶりが地表すれすれを移動しているという不自然さに目をつむれば、という条件はつくのですが。

【スニーキング続行】

5 :名無しになりきれ:2012/07/24(火) 01:08:42.24 0
ノイファ・アイレルと巨人の激突は、聖術の応用によってソフトタッチに終わる。
本来重力に抗うはずの"落下制御"を、自身に向かい来る質量の減衰に用いた――並大抵の習熟でできることではない。

そも、戦闘用の聖術というものはもともと数が限られている。
神の奇蹟をその身に再現するという性質上、奉じる神が戦神でもない限り、その加護はもっと生産的なもののはずだ。
しかし、その限り在る戦闘用聖術だけでも十分に強いから、神殿騎士は抑止力足り得るのだ。
そしてそれは逆説として、

(落下制御すら戦闘に応用しなければならないほどの、苛烈な戦いをしてきたというわけか、この女は――!)

人間相手の戦いで必要な技術ではない。
ノイファ・アイレルが戦ってきた"もの"は、ヒトよりもずっと強大で凶悪な――まるで。

>「改めて名乗りますよ、アネクドートさん」

アイレルが、拾い上げたレイピアの剣先をこちらに向ける。
その刹那。

「――!」

アネクドートの片目が僅かに見開いた。
彼女の本国、西方エルトラスのを統治する『正域教会』には、人越の上位種族『魔族』を捕捉する専門機関がある。
魔族が天災級の破壊と殺戮を齎す以上、その監視はどこの国でもやっていることだが、かの機関はその諜報能力に抜きん出ていた。
エルトラスの土着神が加護する聖術には、死者の頭蓋から生前の情報を抜き出す技術が存在する。
魔族の犠牲者から、直接話を聞くことができるのだ。

かつて、二年前の帝都大強襲の折、アネクドートは復興直後の帝都に赴いたことがあった。
がれきの中から掘り出した、名も知らぬ異国の民の亡骸に、その死に様を問うのが彼女の任務だった。
前皇帝の失脚と一部の倒壊により一時期だけほぼ誰でも立ち入れる状態にあった天帝城で、彼女は奇妙な頭蓋を見つけた。

ヒトのものではなかった。
さりとて、魔族強襲に乗じて入り込んだ魔獣のものとしては、些かにサイズが人間寄り過ぎた。
聖術にて情報を引き出すと、出血多量でで酸欠状態にあったのか、死に際の視界は極めて不鮮明だったが、確かな情報があった。
映っていたのは崩れゆく魔族とおぼしき人外と、それに対峙する数名の人間たち。
防刃棒を被った青年と、身の丈もある槍を携えた少年と――細身の剣を構える女。

>「かつて皇帝陛下に弓引いた逆賊が一人、ルグスの聖騎士フィオナ・アレリィ。
  全力をもって、お相手させていただきます。」 

目の前の、細身の剣を構える女と――ディテールに差異こそあれど、付和雷同に一致した。
頭蓋の映像を見てから、心のなかで密かにその姿に憧憬し、呼んでいた名称が、口から溢れる。

「魔族、殺し――!」

遺才殺しの――更に上。真正の魔族を殺した女が、そこにいた。
だが、怖気はづかない。例えかつてたった三人で魔族を相手にしたうちの一人でも、遺才遣いには違いない。
魔族は殺せなくても、天才なら殺せる。
かつてその姿に憧れた日から、聖術を無理やり戦闘用に改造して、彼女は遺才を狩り続けてきた。
全てが神の名のもとに平等であるならば、この女にできて自分にできないことなどない、あってはいけない。

「よかろう。貴様が生き死にの自由を唱えるならば。――自由意志で死を選べるよう手を引いてやるまでだ。
 心の底から『死にたい』と! 誰もが自分の意志でそう言えるように!!」

6 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/07/24(火) 01:09:43.62 0
>>5も私です】


>「力は全てだ、俺は今でもそう信じてる」
>「だがな、力なんか無くても、自分が不幸でも、人は他人を幸福にできる」

巨人――否、巨獣は吠える。
例え平等でなくたって。誰かの不幸を礎にして、自分の幸福があるとしても。
――同様に自分もまた誰かを幸せにできるのだ。アネクドートは、それさえも否定しようとしている。

>「俺の幸福は他人の不幸の上に成り立っているもんだ。それが認められないんなら、
 手前の言う平等もそのお修辞も真っ平だ。俺の幸福なんだ。誰にも否定はさせない」

瞬間、巨獣の両ふくらはぎがはちきれんばかりに膨れ上がった。
膨らみの正体は純粋な出力。全身のバネが、巨獣に砲弾よりも疾き奔走を許容する!
初動が早すぎる。躱せない。アネクドートは即断した。

「『飛翔』――!」

氷を纏った剛爪が、アネクドートの足元を薙ぐ。彼女は、間一髪で空中へ逃げた。
そのまま飛翔術のかかった足で空中を蹴り、着地の瞬間を狙われないよう注意しながら地面に戻る。

「貴様が幸福かどうかなど、貴様が決めることではない、駄獣!
 貴様がどれだけ己の生き方を肯定しようとも――私から見れば貴様は不幸な獣のままだ」

アネクドートは、フィオナを警戒しつつ、袖口から小瓶を振り出した。
それは正域教会が聖別濃度によって等級分けしている中で、最上級の――『金級』と呼ばれる聖水である。
このランクになると水そのものが一種の魔導具として機能するため、修めていないものでも聖術を再現できるレベルのものだ。
当然、そんなものを正式に聖術を修めた戦闘修道士が使えば――その効力たるや、計り知れるものではない。

宙に放った聖水の小瓶を、銀のメイスで打ち割った。
――割れた破片が、中身の飛沫が、地を駆ける巨獣に振りかかるように。
発動する聖術は、『慈雨』をアネクドートが改造した破魔術。

「――聖術・『眩きの雨』!」

魔力による推進を受け、横殴りの礫となった飛沫と破片は、巨獣に殺到する際炎を発するだろう。
それは熱を持つものではないが、浴びたものの魔力を燃やし尽くす破邪の炎である。
触れればその箇所から遺才の効力が失せ、全身が濡れたら最後、一切の膂力を失って地に伏せることになる。
すばやい巨獣を捕捉しるために即席でアネクドートが創りだした、面制圧の術式だった。

7 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/07/24(火) 01:10:15.43 0

「そも!幸だの不幸だのといった低俗観念を求めるから争いはなくならない。
 自分を幸せにするために他人を不幸にし、誰かを幸せにするために自分が不幸になる。
 幸せも!不幸せも!神の御前では平等だ。――平等に、価値がない」

再度飛翔術を発動。聖術と魔術を同時に扱うのは、別々の技術体系を使うために疲弊が激しい。
右手と左手で別々のことを、それもおそろしく正確にこなすようなものだ。
しかし宙を舞うには魔術が必要だ。アネクドートには落下制御は使えない。
彼女の奉じる神は『降臨』ではなく大地から萌え出るタイプの神だ。逸話にない能力は、聖術で再現できない。

「神とは!この世で最も幸せで、同時に最も不幸な存在なのだから!」

天井に足をつけて、直下の二人の化物を俯瞰する。
この視点が良い。彼女の能力は、何もレコンキスタ一つではない。

「――聖術・攻性結界『王下の大釜(ランダムハンド)』」

杖をぐるりと一回転させた。
すると、フィオナ・巨獣間で、不可視の何かが、『ぐるりと回った』。
効果はすぐに現れる。

巨獣は、己の四肢から人外の膂力が抜け、その有り様も常人のものに戻ったのを確認するだろう。
そして、右の視界が、それまでの自分と異なることに。――未来が、視えていることに。

フィオナは、一手先の未来を映し出すはずの魔眼が、その効力を失っていることに気付くだろう。
代わりというように、四肢に、魔獣の様相を呈する手甲足甲が出現している。

――『複数の敵の能力を入れ替える』。

それがランダムハンドと名付けた聖術の力である。
一見武器の担い手が変わっただけで総戦力に変わりはないと思われがちだが、それは甚大な認識の齟齬である。
ただの武器ではない。多くの者が、生まれた時から付き合ってきた、その身に宿してきた力だ。

それが失われるということ。
まったく扱い方を知らぬ得物を、握って戦わねばならないということ。

常人よりも遥かに強大な遺才遣いという化け物を、常人たるアネクドートが打ち破ってきたからくりだ。
彼女は、天才を天才たらしめる部分に手を加えて、自滅を狙う戦術をとることができる。

「始めようか逆賊。――絶望を、抱いて墓まで持っていけ」


【アネクドートの攻撃:フィオナとダニーの遺才を入れ替える  フィン突入まで目標1ターン】

8 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/07/24(火) 12:34:15.86 0
さて、別のゴーレムを奪うとなるとそう簡単なことではありません
おそらくすでに稼動状態でこちらに向かっている可能性もあります
……が、絶対に奪取して見せましょう!
アルフートさんの期待に応えるために!!

「いました!!」

屋敷の角を曲がるとすでに稼動状態で待機する青鎧の姿がありました
周りの随伴員の姿が少ない……この騒ぎです
屋敷の各場所へと散っているのでしょう

「好機!」

ゴーレムは陸戦兵器の王者ではあります
しかし、機動性の低い工事用では随伴兵ので補わないといけない部分が多々あるのです!

「そのような棒立ちでは機体を奪ってくれと言っているようなものです!」

側面から奇襲、腕を踏み台に跳躍して、操縦櫃の前に飛び出しました
肉詰めを鎖のように飛ばし、操縦櫃の扉を粉砕し、操縦者を蹴りだしてさしあげました

「工事用でも警備に使うならもう少し頑丈なものを使うことをおすすめします」

奪うのは速さが勝負です
時間をかければかけるほど難しくなるのです
だから簡単に奪ったようで神経をかなりすり減らす作業でした

しかし、それでもゴーレムを奪うことには成功しました
これであの無知蒙昧な狂信者を殲滅することができるでしょう
そして、すぐにでもアルフートさんを助けに行きましょう!!

角を曲がった直後に壁を蹴り、三角飛びの要領で飛び、リベリオンの青鎧を飛び蹴りを叩き込みます
「助けにきましたよ!……あれいない?」

ゴーレムを颯爽と走らせて向かったのはアルフートさんの姿はありませんでした……
おそらく上手く逃げたのでしょう……そうに決まっています
彼女の囮の仕事は成功し、私はここにいるんですから

……ところで、あの雷を纏う少年は誰でしょう
あの極悪な変質者と戦っているので恐らくは敵ではないのでしょうが

「少年!この私、……リア・ガルウィングが加勢しましょう!
そして、そこの変質者!今こそ成敗してやります!!」

少年に関しては反応で敵か味方かわかるというものです


9 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/07/24(火) 23:56:00.24 0
念信器を唇にそっと這わせてやると、フィンは途切れ途切れになりながらもそこに声を入れ始めた。
息継ぎの必要がないはずの念話が断続するということは、言葉をつくるフィンの意識そのものが明滅していることに他ならない。
最期のときは、着実に差し迫っていた。

>『……聞こえるか、ボルト隊長……と、あんまし目が見えねぇから間違ってるかもしれねぇが……スイ、だよな?
 あんまり長くは意識を持たせられそうにねぇから、掻い摘んで言うぜ……』

かくしてフィンは以下の様なことを語った。

・本国に送還される直前で、タニングラードを制圧すべく帝都から派遣された尖兵と遭遇したこと。
・その任務に加わるよう指示されたのを拒否し、交戦した結果が現在の満身創痍であること。
・尖兵は三人。この国にはない技術を使う者たちであり、うち一人は遊撃課相談役レクスト=リフレクティアであること。
・先ほどの手紙は、そのリフレクティア本人から手渡されたものであること。

手紙にあった内容から推測できる事柄と、ハンプティの証言はほぼ同じ。裏がとれたと見ていいだろう。
――もっともそれはなんら好転の兆しが見えたわけでなく、ただ絶望的な状況が確定したというだけのことに過ぎないのだが。

(だが解せねえのは、リフレクティアの野郎がなんで自分の部下をここまで痛めつける必要があったかってことだ)

リフレクティアはボルトと旧知の仲であるから、互いのことは少なからず理解している。
あの相談役は、遊撃課の設立者であることもあって、この部隊に深く理想を埋めている。
彼の手足に等しい課員を、どうして切り刻むことができようか。

(ハンプティだからか?――千の剣をも打ち阻む、絶対防御の遺才の持ち主に、剣を使ったのはそういう理由か?)

防御の天才なら、ちょっとばかし痛めつけても死なないと思って。
だが、現実問題としてフィンは最早虫の息にも等しい瀕死状態に追い込まれている。
正直な所を言えば、旧友であることなどかなぐり捨てて、今すぐリフレクティアの野郎をぶん殴りにいきたかった。
フィンはリフレクティアの部下である以前に、直属の上司たるボルトの部下だ。
――大切な、部下だ。

(殴りに行きたいとは言え、あの野郎が今どこにいるかが一切わからねえ。この街に居るのは確かなはずだが……)

そこで、はたと気付いた。
ユーディ=アヴェンジャーの暗殺に赴いた尖兵が、その情報を握った者をあっさり解放している。
そして、遊撃課の中でアヴェンジャーの居場所を捕捉しているのは、正味のところマテリア=ヴィッセンだけだ。
瞬間、背筋を重く湿った風が駆け下りていった。

「ヴィッセン!ヴィッセン聞こえてるな!?今そっちに相談役のリフレクティアが向かってる!奴がこの街に来ている!
 いいか、リフレクティアと遭遇したら速やかにアヴェンジャーの処理を引き継いで現場を離脱しろ!
 間違ってもそいつと、ことを構えるなよ……!」

返事はない。聞こえているかすら覚束ない。
だがスイを増援として呼んだ、先ほどの時点では間違いなくマテリアは可聴状態にあったはずだ。
よほどスピーディーにリフレクティアに遭遇して、あろうことか喧嘩でも売らない限り、彼女はまだ無事なはずだ。

「奴は――遺才を使いこなしてる。お前と同じように……だが、奴の遺才は紛れなく戦闘系だ」

伝えなければいけないことは山ほどあった。
しかし、それを言葉にまとめて発せんとしたその刹那、彼の思考は破られることになる。

>「やめろ…ッ、うあぁぁぁああ!!」
突如頭を抱えて叫びだした、スイの声によって。

>「頼むからッ!師父と同じ道を、辿らないでくれ!」
「お、おい、落ち着けスイ!何があった――おわっ」

スイの風魔術が急速に輝きを失い、高度を下げていく。
地面すれすれになったところで、泡が弾けるように、不可視の掌が消滅した。

10 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/07/24(火) 23:56:31.45 0
>「課長、すまない。裏が取り乱してしまったようだ。」

すでにスイは正気を取り戻していた。
――否。『狂ってしまった方』を人格の裏側に封じ込めたのだ。スイは、そういう芸当のできる課員だった。
何事もなかったように報告する彼女の言葉を聞くに、どうやら尖兵の片割れの能力でフィンの遺才を黙らせ、
その隙に阻害されていた回復術で彼の怪我を快癒させる算段のようだった。

「考えたのはアイレルか?相変わらず、肝の据わったことを考えるな、あの女は……」

初見の敵の能力を、即座に味方に益するよう逆手にとる、大胆すぎるその発想。
ノイファの恐ろしいところは、そんな机上の空論を本当にやってのけてしまう実現力があることだ。

>「課長、そっちを持って下さい。…それと、裏はしばらく使い物になりません。
  申し訳ありませんが、今裏を出せば、確実に発狂します。」

「裏が出せないって、お前……」

ボルトは辺りを見回して呟いた。
そこはモーゼル邸の庭園ではあったが、詳しい現在地は一切推量できない未踏の地。
まだ街並みが見えていれば逆算して位置を割り出すこともできたろうが、生憎と背の高い壁が夜空に稜線を描いている。
スイの魔術があればこそ、空を飛んで最短距離でノイファの元を目指すことができた。
しかし、彼女はもう飛べないと言う。

「……つまり、このクソ迷路みたいな屋敷の中で、いつ敵と遭遇するとも、いつ防衛設備に引っかかるとも知れず。
 手探りでどこにあるかもわからないアイレルの部屋を目指せってことかよ……!」

ただつくりが複雑なだけならば、まだ良い。時間をかければいつかはたどり着ける。
しかし、現在邸内は十重二十重の動体検知や番犬、従士隊に扮するならず者達、モーゼル子飼いのガードマンが彷徨いている。
賊の侵入を許した厳戒態勢によって、すぐそこの角を曲がるだけでも敵と遭遇する確率は天辺を触れていた。
ましてや、飛べない風使いと満身創痍の英雄と、遺才も持たぬ常人の三人がである。

「……他に選択肢は、ねえんだよな」

迷っている暇などなかった。フィンは今にも息絶えそうで、スイはまたいつ発狂するとも知れない。
ボルトに至っては、極度の緊張と疲労で、何故か興奮していた。

「やるぞ、お前ら。
 ハンプティがくたばっちまうのが先か、俺が小便漏らすのが先かってところだが、俺達の状況はまだ終わっちゃいない。
 攻略目標、目の前に広がるこのクソッタレ大迷宮。お前らの持ち得る限りの技術を尽くして、この窮地を切り抜けろ」

それから、とボルトは言った。

「スイ、お前の"裏"が言ってた師父ってのは、一体なんのことなんだ?」


【スイとフィンに命令:十重二十重のセキュリティを抜けてノイファの所へたどり着け
 →現状で持ち得る技術と能力の限りを尽くしてルートを選定し、障害を排除or回避してください。
 
 表のスイに師父のことを質問】

11 :名無しになりきれ:2012/07/25(水) 19:31:32.23 0
よみがえれー

12 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/07/25(水) 23:03:13.07 0
上司たるリフレクティアの業務命令を、マテリアは承服しなかった。
それは彼にとって、予想だにしないことであり、びっくりして腰を抜かしそうになった。
当然だ。普通は、拒否しない。何故ならマテリアの隣にいるは帝国最悪の謀反者にして護国十戦鬼。
過去史上、帝都で最も人間を殺した男なのだ。
多くの――敵対者を、その手で殺してきた、そんな奴と、今まさに敵対している最中だというのに。
拒否したのが任務放棄ならともかく、任務の引き継ぎすら断られるとは思いもしなかった。

>「状況がここで終了してしまったら……それは『職務放棄』なっちゃいますもん……ね?」

(ぼ、暴論だなあおい!?)

確かにリフレクティアは二人の部下をつれてきている。
三人揃って本隊ならば、その条件を満たしていないたった一人の相談役に任務の成果物を引き渡すわけにいかないという、
ロジック自体は正当だ。頷ける。

(解せねえのは――どうしてそこまでしてアヴェンジャーを手元に置きたがるのかってことだ)

リフレクティアは当然、マテリアの心中など図り知れるわけもない。
彼にとっては、凶悪な犯罪者を捕縛してくれた部下へ正当な評価を下すとともに、
戦闘系でないマテリアから接近戦に長けた自分へアヴェンジャーの身柄を引き取ることで彼女本人の安全をも確保しようとしただけだ。
いかなる手管を使って倒したかは知らないが、アヴェンジャーには封印術が意味を成さない。
奴がことを起こそうとしたその瞬間に轟剣をぶち込むぐらいの態勢で居なきゃ確保し続けるのは難しいとの判断だ。

(普通は、いつ暴れだすかもわからねえ犯罪者なら、さっさと引き渡しておさらばしたいもんだよなあ)

圧倒的な実力差のある相手ならば、なおさらだ。
そして――リフレクティアはかつて世界を旅した経験から、なんとなく相手の情動を理解する術を感覚的に知っている。
その慧眼ににごりがなければ、マテリアは、大犯罪者ユーディ=アヴェンジャーを庇い立てしようとしていた。

「……なあヴィッセン。こいつは職務命令じゃあねえから、別に聞き流したってかまわねえんだけれどもよ。
 ――お前、どうしてそこまでして、俺にアヴェンジャーを渡したくねーんだ?」

質問するのは苦手だ。
答える相手は恣意によって回答をいくらでも歪曲して伝えられるから、何を信用していいかわからなくなる。

「例えばあのハンプティみたいによぉー、俺達のタニングラード制圧に仲間が巻き込まれるかもしれないっつう危惧とか、
 自分たちの頭越しに勝手に話を進めるなよっていう憤慨から立ちはだかるってんならまだわかる。納得はしねーけどな。
 だけど、お前がその背に隠してる男は……帝国を滅ぼしかねない罪を犯し続けてる咎人だぜ?
 こじれにこじれたこの事件も、そいつの首にお縄をかけりゃ一発で全てが解決するんだ。手っ取り早くていいじゃねえか」

リフレクティアは、一切の悪意なく、言った。

「そいつの首を本国に送らない限り、元老院のジジイ共は安眠できないストレスでこの街を潰すぜ。
 そんで俺の部下たち――お前とお前のお仲間達も、汚職の従士として処理されて、路地裏で虫のようにくたばる。
 お前、どっちの味方よ?そこに転がってる護国十戦鬼の成れの果ては、わけわからん綱渡りをしてまで庇いたい男なのか?」


【問答:なんでアヴェンジャーを引渡したくないの?
 時系列的にはボルトがマテリアに呼びかけた後です】

13 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/07/27(金) 20:59:11.55 0
ゆるり、と跳ね上げた切っ先。僅かに腰を落とし、足を引く。相対するのは半身。
名乗ったこと自体にさしたる意味はなかった。
せいぜい相手が驚いてくれれば良い、時間が稼げれば良い、その程度。

>「魔族、殺し――!」

しかしアネクドートの口から漏れ出た言葉は、こちらが想定していたそれよりも、遥かに真相に踏み込んでいる。
眉根が反応し、フィオナは喉を鳴らした。

「――、ご存じ頂いていたとは光栄ですね。」

魔族すらも利用しようとし、結果一夜にして帝都を焼いた狂王。
そんな醜聞は国民感情的にも外交上にも、当然、表沙汰に出来るわけがなかった。
ゆえに二年前に起こった帝都大強襲は、大規模災害として公表されることとなる。

国威発揚のため、帝都内の魔族を撃退した功績は帝国軍部へ。
天帝城を破壊した上位魔族は帝国騎士団が討ち果たしたとして、各国代表を招いての受勲式典すら行われた。
そして、そこに連なる名前に、得体の知れない三人組の名前など記されていない。

つまり、こちらの名を聞いて即座に魔族と結びつけられるのだ、この相手は。
エルトラスの諜報網とは、一体何処までその先端を巡らせているのだろうか。

>「よかろう。貴様が生き死にの自由を唱えるならば。――自由意志で死を選べるよう手を引いてやるまでだ。
 心の底から『死にたい』と! 誰もが自分の意志でそう言えるように!!」

アネクドートが吠える。思考を寸断。

「はっ、――上等ですよ!」

負けじと、嘲笑を交え一声。
緋に染まった右眼を爛と瞬かせ、凝視。

「後でまた買ってあげますからね――生きてれば。」

失神中のフラウを引き上げ、レイピアを一閃。
風切音とともに毀れた刃が奔り、ふわりと広がるスカートの裾が断たれる。
歪つな裁断痕を見せるそれを引っ掴み、えいやっと、独楽回しの要領で引き裂いた。

14 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/07/27(金) 21:03:30.90 0
>「『飛翔』――!」

事前に"視た"通り、ダニーが突っ掛け、アネクドートが飛ぶ。
敵の手の中には一本の小瓶。宙に投げ放つと槌で叩き割り――

>「――聖術・『眩きの雨』!」

――水弾と化してダニーを襲う。炎を纏い、殺到するそれらの正体は、おそらく聖水。
それも司教位に迫る実力の聖職者が、数日間付きっ切りで聖別を施した"金級"に分類される代物だろう。
強力な魔祓いにしか使われないようなそれを、彼女は用いた。
ならば当然、対天才の切り札と見なさなければ拙い。

「まあどれ程凄かろうが――」

全力で駆けて来た勢いを、地面を踏みしめ相殺。
投擲の要領で先ほど引き裂いた布を空中に広げ、ダニーに迫る水の礫へ叩きつけた。

聖術の弱点の一つとして、ほとんどの攻性魔術において対魔にしか効果がないという点がある。
魔族や不死者への打撃力を極限まで求めた結果、それらの因子を持たない人や物には、まるで意味を成さないのだ。
それは伝説を模した"聖剣"にしろ、最高位の聖水にしろ、同じこと。
鮮烈な光を放とうが、眩き炎を纏おうが、効果がないのならば虚仮脅しに過ぎない。

「――所詮、ただの水ですけどね!」

圧倒的な水量というならいざ知らず、小瓶一本分の飛沫。
安物とはいえども、それなりの処理を施された布地に弾かれ、水弾は宙に散った。

「手の内は、それだけですかっ!」

フィオナは床を蹴る。撓んだ剣先が、その身を真っ直ぐに立ち上げながら空を奔る。
手を抜くでもない、牽制ですらない、紛れもなく無力化を狙った刺突。
アネクドートに余裕はあれども油断の色はない。手を抜けば悟られ、牽制では反撃を受ける。ゆえに全力。

>「そも!幸だの不幸だのといった低俗観念を求めるから争いはなくならない――」

しかしアネクドートは信念を吐き出しながら、再び空へ。切っ先は無人の空間を通り過ぎた。
聖術ではなく魔術による回避、それも習得難度の高い"飛翔術"。
別系統の術体系を高水準で収めるているのだ。尋常ならざる修練が伺えた。

「なんとも芸達者ですねえ……。」

視線を上へと巡らせながら剣を一振り、胸元へ引き戻す。
思わず賞賛が口を吐いた。このまま高度を維持し続けられたのでは手の打ち様がない。
どうしたものかと頭を捻るのも束の間、アネクドートの紡ぐ聖句が響いた。

15 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/07/27(金) 21:07:57.26 0
>「――聖術・攻性結界『王下の大釜(ランダムハンド)』」

ドクン――と、心臓が大きく一度、鼓動を打つ。
みしり――と、手の内に握ったレイピアの柄が、悲鳴を挙げる。

「なっ――」

フィオナは目を見開く。
己が四肢に、獣毛に覆われた装甲が出現していた。
否、装甲ではない。まさしく獣の腕と脚に変化しているのだ。

(これはダニーさんの……っ!)

巨獣と化していたはずのダニーへ視線を向ける。
しかしそこに居たのは人の手足をした偉丈婦。ただし人とは違う点が一つ。その右眼が赤く輝いている。
それで即座に理解した。"未来視"の見せる世界が、ある一瞬から先、どうしても視れなかったことに。
今この瞬間より、未来の世界を垣間見る力が、喪失してしまうからに他ならない。

血の内に眠り、最も慣れ親しんだ武器である"遺才"を、全く別の物と入れ替えてしまう魔技。
それこそがこの『王下の大釜』の正体なのだろう。

>「始めようか逆賊。――絶望を、抱いて墓まで持っていけ」

アネクドートが、朗々と開戦を告げる。
頼みとする力を封じられた今、それは処刑宣告にも等しい。

「はは――」

フィオナの口から乾いた笑いが零れた。
遺才を基に磨き上げた武技、戦闘思考、戦術構築、それら一切合財が無に帰した。
絶望に身を灼かれ、反抗の意思を摘み取られるのも無理はない。

「――はははは、あはははっ!」

普通ならば。
身を沈めた姿勢のまま、フィオナは再び床を蹴る。一息で詰まる間合い。
身体が軽い。獣と化した脚が産み出す出力が桁違いだからだ。

「はあぁぁああぁぁぁっ!!」

裂帛の気合と共にレイピアを叩きつける。
凄まじいまでの推進力に目測が僅かにずれた。握力と遠心力に負けた刃が鍔元からへし折れる。
着地。

「あいにくと――」

柄だけになった剣を放り投げ、重心を落とし両腕を構えた。

「――"遺才"なんていう都合の良い贈り物を頂いたのはここ二年の間でしてね。
 ですから、この程度で崩れる程、私が積み上げた技術は安くありません。」

にやりと口端を歪めて、フィオナは三度床を蹴った。


【助走付けて殴る。】

16 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2012/07/30(月) 23:24:20.67 0
>「ヴィッセン!ヴィッセン聞こえてるな!?今そっちに相談役のリフレクティアが向かってる!奴がこの街に来ている!
 いいか、リフレクティアと遭遇したら速やかにアヴェンジャーの処理を引き継いで現場を離脱しろ!
 間違ってもそいつと、ことを構えるなよ……!」

ボルトが張り上げた制止の声は辛うじてだがマテリアに届いていた。
彼女はかつて受けた人体改造によって、恒常的に補助的な聴力強化を発動している。
ボルトが館に近づいている今なら、その声をマテリアル無しでも聞き取る事が出来た。

>「奴は――遺才を使いこなしてる。お前と同じように……だが、奴の遺才は紛れなく戦闘系だ」

(見たら分かりますよ、そんな事!いえ、見えなかったからと言うべきですかね!
 とにかく……頼まれたって事なんか構えるもんですか!)

心の中でマテリアは声を張り上げる。

(……と言いたいところなんですけど、実はもう既にすんごい生意気な事言っちゃったんですよね!
 ヤバいですよこれは……正直、今の私は問答無用で排除されてもおかしくない!)

マテリアの表情は強張っていた。
一応の理屈は立てたものの、自分がウィットを庇おうとしている事は明白だ。
職務に忠実である為だなんて、咄嗟に考えた口実だと、レクストだって分かっているだろう。
だから彼は、遊撃課相談役としてではなく、ユーディ・アヴェンジャーの暗殺部隊として、自分を排除する事が出来る。
フィン・ハンプティにそうしたように。

(さっきの高速移動……私には軌道がまるで見えなかった。
 初動も溜めもまるで無くて、遺才を全力で使ったとしても聞き取れるかどうか……)

マテリアは様々な音を、例えば関節内の軟骨や筋肉が擦れる音を聞いて、相手の力の溜め具合や初動を読む事が出来る。
相手の動きを、情報を、先んじて『知る』。それがどんな時だって彼女が信じてきた、唯一絶対の戦略だ。

だが、さっきレクストに背後を取られた時、マテリアは何の音も聞き取れなかった。
彼の高速移動には溜めを要さないのか、それとも初動が早すぎたのか――まさか彼の動きが音速すら凌いでいたのか。
とにかく一つ確かな事は――マテリアは彼がいつ、どのように仕掛けてくるのか、まるで『知る』事が出来ない。
知識と情報を信奉し、武器とし、防具とする彼女にとって、それはこの上なく致命的な事だった。

>「……なあヴィッセン。こいつは職務命令じゃあねえから、別に聞き流したってかまわねえんだけれどもよ。
  ――お前、どうしてそこまでして、俺にアヴェンジャーを渡したくねーんだ?」

けれどもレクストは、マテリアをすぐに排除しようとはしなかった。
彼が放ったのは無数の斬撃でも必殺の魔導砲弾でもなく、ただの問いだった。
思いがけぬ僥倖に、マテリアが何度か眼を瞬かせる。

>「例えばあのハンプティみたいによぉー、俺達のタニングラード制圧に仲間が巻き込まれるかもしれないっつう危惧とか、
  自分たちの頭越しに勝手に話を進めるなよっていう憤慨から立ちはだかるってんならまだわかる。納得はしねーけどな。
  だけど、お前がその背に隠してる男は……帝国を滅ぼしかねない罪を犯し続けてる咎人だぜ?
  こじれにこじれたこの事件も、そいつの首にお縄をかけりゃ一発で全てが解決するんだ。手っ取り早くていいじゃねえか」

>「そいつの首を本国に送らない限り、元老院のジジイ共は安眠できないストレスでこの街を潰すぜ。
  そんで俺の部下たち――お前とお前のお仲間達も、汚職の従士として処理されて、路地裏で虫のようにくたばる。
  お前、どっちの味方よ?そこに転がってる護国十戦鬼の成れの果ては、わけわからん綱渡りをしてまで庇いたい男なのか?」

「私は……」

レクストの言葉はどれも至極真っ当で、故にマテリアはすぐには答えを返せなかった。
何故ウィットを庇うのか、自分が誰の味方なのか、その問いにただ答える事は簡単だ。
どちらもたった一言で終わらせられる。
そしてその答えでも、きっとレクストは「分かって」くれる。だがそこまでだ。
彼の『納得』は得られず――恐らくマテリアは排除される。

17 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2012/07/30(月) 23:26:06.11 0
ウィット・メリケインを突き出せば全てが安全に終わる。
そんな文句のつけようがない正論を上回って、レクストを納得させられる答えを、マテリアは紡がなければならなかった。

「……私は、私が守りたいと思った人の味方です。
 遊撃課の皆さんも、ウィットさんも、この街に住む人達も、私はみんなを守りたい」

嘘偽りなくマテリアは答えた。

「この街には、ウィットさんを慕う子供達がいるんです。
 私はあの子達に、大事な人のいない人生を歩ませたくない。
 それに何より……私が嫌なんです。ウィットさんがいなくなってしまうだなんて、そんな事は」

最早この状況は小細工じみた嘘で包み込めるものではない。
最後まで突き通せずに破綻する嘘をつくくらいなら、荒唐無稽でも真意を語った方がいい。

「ウィットさんが捕まれば、それで全てが解決する事くらい、分かってます。
 でも、他にやり方があるのなら。誰も傷ついたり、悲しい思いをせずに済むなら、そっちの方が断然いいじゃないですか。
 でしょう?あなただって別に、是が非でもウィットさんを殺したい理由がある訳じゃない筈です」

淀みのない口調で続ける。
とは言え正直な話――そんなやり方は、マテリア自身も思いついてなどいなかった。
元々彼女は無法には無法を、乱暴な方法でウィットを守るつもりでいたのだ。
まさかそんなプランをレクスト相手に披露する訳にはいかない。
だったら――今から考えるしかない。今ある材料だけで、この状況を丸く収めるようなプランを。

「これは、ただの時間稼ぎかもしれません。口から出任せに大法螺を吹いてるだけかもしれません。
 けど、話だけでも聞いてみませんか?本隊が到着するまでの時間潰しのつもりでもいいんです。
 ウィットさんを捕まえるのは、私の綱渡りがやっぱり駄目だったと分かった後でも遅くはないじゃないですか」

そこで一度マテリアは言葉を切った。
恐らくこのままでは、レクストは自分の話を聞いてはくれないだろうと。
彼の中ではまだ、自分は手に負えない事件と陰謀に巻き込まれただけの存在、抗う資格を持たない弱者に過ぎない筈だ。
まずは、そうではない事を証明しなくてはならない。
自分はこの事件の裏に何があるのかを、何に抗おうとしているのか『知っている』のだと。

「元老院が企てた陰謀なんかよりは、聞いてて楽しい話になると思いますよ」

それをした結果、自分が彼にとって『確信的に帝国に仇をなす危険思想の保持者』になる危険を冒してでもだ。


【返答と提案】

18 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/07/30(月) 23:58:47.58 0
庭園に響く轟音、地鳴りに、何人が気づいただろう。
敵方の―青鎧の右腕関節部分から先を、ロンの『紫龍爪』が捻じ切った結果だ。
>「おいおいジョークが冴えてるな!生身で!ゴーレムの腕を捩じ切るかよ!」
「フン、鍛え上げた肉体に不可能などない!強固な身体を過信したお前の負けだ!」
巨体が蹌踉めき、跪く。ロンはそれを好機と受け取った。
止めとばかりにロンは右足を振りかぶり、リべリオンの脳天へと踵を振り下ろさんと――

「?」
ロンの視界の隅、青鎧のもう片方の手が、もう使い物にならない片腕に伸びていた。
解体作業用に使用されるバールが格納されているのだが、ロンが知る由もない。
ブン、と横薙ぎに払われるバール。その威力は馬車と激突するなんてチャチなもんじゃないレベルだ。
その正体に気付くのに一歩遅れ、「どうせ悪あがきであろう」と判断していたその余裕が、ロンの命を危機に晒すことになる!

「……!」
武道を極めたロンの動体視力は、ゴーレムの動きなど鈍く見える方だ。
しかし油断したが故に、防御の体勢に入るのが一瞬遅れた。生命を懸けた戦いに油断は禁物だ。
辛うじて、バールの衝撃を受け流すように身体を捩るが、それでも当たる事は必須――!

その時、青鎧が衝撃を受けたかのように、またも傾いた。
バールは目標からずれ、ロンに当たることなく着地に成功した。

>「助けにきましたよ!……あれいない?」

青鎧に飛び蹴りを与えたもう一体のゴーレムは、何かを探すように周辺を見回す。
そして此方を見るや、
>「少年!この私、……リア・ガルウィングが加勢しましょう!
そして、そこの変質者!今こそ成敗してやります!!」

工事用ゴーレムを颯爽と操り、一人の少女が「味方である」と宣言する。
突飛な展開に頭が付いていかないロンだが、あの瓦礫の山を生成したのは彼女にも一因がありそうだ。
勿論のこと、彼女が五日前に自然公園で顔を合わせた大道芸人であるなどと、人顔を覚えるのが苦手なロンが悟る様子はない。

「……良いだろうリアとやら!共同戦線と行こうじゃないか!」
ロンはリアの操縦するゴーレムに飛び乗った。操縦櫃ではなく、ゴーレム本体の肩部分であると明記しておく。

「一つ聞こう、青い方のデカブツ。お前もその……遊撃課って奴等でいいのか?」

それから、と指の関節を鳴らし、クラウチングスタートのポーズを取る。
バリッ、と空気を破る音が彼方此方で鳴り、ロンの全身に電気が収束していく。

「答えろ。『YES』か『はい』か。答え次第で――お前を地獄に送る!」

小さな体躯に収まりきらない電気は、ロンの怒りに応えるかのように、周囲に小さな落雷を落とした。

【共闘→可決。サポートに回ります。何か策があれば勝手に動かすなりしても構いません】

19 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw :2012/08/02(木) 00:49:15.86 0
今のフィンには、外部からの声は届かない。
その身を蝕む数多の傷が聴覚機能にすら影響を与え始めている為だ。
耳に入ってくる音は、本当に断片的。それこそ途切れ途切れの単語としてしか聞こえないのである。
故に、フィンに正確な言葉を伝えようとするならば「念信器」を解さなければならないのだが。

>「頼むからッ!師父と同じ道を、辿らないでくれ!」

……だが、そんな状況にあるフィンでさえ、スイの言葉から深く暗い悲しみの色を感じ取る事が出来た。
ともすれば心が壊れてしまうのではないかと思える感情の本流。嘆きの絶叫。
何よりその嘆きに篭められていた感情は、
――――フィンに『英雄的な英雄』である事を望ませていた「記憶」が伴う痛みに、似ていた。

『大丈夫だよ……俺は、大丈夫だ……』

少なくとも、フィンはそう思った。
その思ったからこそ、フィンはスイの感情に自身の意思を伝達する。
スイが何を悲しんでいるのか判らない。自分自身の意識すらもはっきりとしていない。
だが、それでも。仲間に、大切な友人に、泣いて欲しくないから。
だから無理やりに口端を吊り上げ笑みの様な物を作ろうとする。

……結局、フィンにはスイが落ち着いたのかどうかは判らない。
だが、浮かんでいた感触が消え去った事。
流れ込む様な感情が感じ取れなくなった事で、落ち着きを見せたのだろうとフィンは判断した。
そして、フィンは朦朧とする意識の中で必死に現状を整理しようと頭を動かす

(……そういや、浮かんでる感覚が消えたって事は……スイは遺才を使えなくなってるって事なのか……?)

……フィン自身気づいていない事であるが、今のフィンの思考はある意味では冴え渡っていた。
長年に渡り心を縛り続けていた歪みが砕け散った事。
失血による意識の混濁で、ある種の無我の境地に近付いている事。
黒く変色した感覚の無い腕から伝わる奇妙な感覚。
それらの全てが複合した事により

それは風の無い夜の水面の様に 月光に照らされた雪原の様に

肉体の損壊に関わらず、フィンの精神は一種の安定状態にあり
物質的な感覚は死に体であるが――――その遺才はかつてない精度で発露されていた

(……もし、スイがそんな状況だったら……なんとか、敵を潜り抜けねぇと……いけねぇよな……)

作戦が既に開始しているのであれば、どこに行くにせよ周囲は全て敵地だと思った方がいい。
そう考え、フィンは念信器を通して二人に伝える。

『――――このまま真っ直ぐ進んで、突き当りを左に曲がった所に……数はわからねぇけど、生き物がいるぜ……』

フィンの突然の発言を不可解に思うであろう二人を気遣う余裕も無く、フィンは続ける

『……地面に手が触れてれば……なんとなく、振動で誰がどの辺りを歩いてるのか、判るみてぇだ……』

それは、遺才『天鎧』の思わぬ副産物であった。
天鎧は防御の遺才であるが、その防御方法はどちらかといえば攻撃を「いなす」方向に秀でている。
そして、敵の攻撃をいなすにはその攻撃の力の流れを非常に高い水準で理解出来なければならない。
今回はそれが作用した……高いレベルで研ぎ澄まされた遺才の感覚は、
歩哨の歩みが地面に伝える振動。その極々微細な、誤差の範疇でしかない力の流れをすらも感知し、
結果として敵の現在地を割出す事に成功していたのだ。

『……ボルト課長、敵の場所が知りたい時は……俺の手、刺された方の手を地面に当ててくれ……』

【フィン:担架が床に落ちた事で手が地に触れ、結果大まかな索敵が可能に。
 あくまで歩行で生じる振動を力の流れとして感知している為、人数やどの様な相手かを判別する事は不可能】

20 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/08/04(土) 23:37:11.66 0
実に、絶望的な状況になってしまった。
遺才の使えない人間2人と、常人1人という、中で、ノイファ達の所まで辿り着かなければならない。
そして、屋敷の中は、スイ達にとっては障害となる、警備の者などが大量にいる。

>「やるぞ、お前ら。
 ハンプティがくたばっちまうのが先か、俺が小便漏らすのが先かってところだが、俺達の状況はまだ終わっちゃいない。
 攻略目標、目の前に広がるこのクソッタレ大迷宮。お前らの持ち得る限りの技術を尽くして、この窮地を切り抜けろ」

しかし、その中でも、ボルトはやや興奮気味に命令を下した。
スイはしっかりと頷き、己の持ち物を考える。
この屋敷に入るとき、怪しまれないようにと持って入った、緻密な装飾が施された長めの鎖のようなネックレスと、先ほど使った短剣。
これだけあれば、一人であればこの屋敷の中を切り抜けることができる。
が、今は、重症のフィンと、常人であるボルトがいる。
さて、どうするかと考え始めたとき、ボルトが、それから、と言葉を付け足した。

>「スイ、お前の"裏"が言ってた師父ってのは、一体なんのことなんだ?」

彼の言葉に、スイは一瞬固まった。
ゆっくりと息を吸い、ボルトの問いに答えるために、スイは目を閉じた。

「簡潔に申し上げれば、俺の育ての親です。そして、俺に傭兵としての戦闘術を叩き込んだ人。」

目を開け、ボルトの顔を見ると、さらに説明の必要があると判断する。

「とても正義感が強い人だったんです。・・・ですが、俺がまだ10ほどの時に、俺をかばって死にました。
 裏の発狂は、フィンさんが師父と似たような事を言ったためだと思います。師父が殺された時の記憶が、どうやらぶり返したようで・・・。
 普段は、その記憶は表の俺が保持し、裏はそのことは覚えていないのですがね。」

裏の発狂の原因も述べ、スイは顔を伏せた。
その時、フィンの声が、念信器を伝って聞こえてきた。

>『――――このまま真っ直ぐ進んで、突き当りを左に曲がった所に……数はわからねぇけど、生き物がいるぜ……』

そうだ、今は感傷に浸っている暇はない。
スイはゆっくりとあたりを見渡した。

「課長、フィンさんを抱えていきましょう。担架では、両手がふさがるので。それと、これを持っておいてください。」

そう言って、短剣をボルトに渡す。
そして、手近にあった手の平大の石と、小さな石の二つを拾い上げた。
大きいほうの一つをネックレスに括りつけた。
これで簡単な武器の完成。
そしてもうひとつ、居場所をばれる事を覚悟で、近くの塀に勢いよく飛ばした。
独特の高い音が周囲に響き渡る。
反響具合に耳を傾け、マテリアほどもいかないが、それでも大体の位置は把握することができた。
そこから、己の頭の中でオークションの時風で調べた、屋敷の全体像を大まかに展開させる。
後は、フィンの手の感覚を頼りに、できるだけ障害を避けてノイファの元へ辿り着くしかない。

「・・・・・・とりあえず、まっすぐ進みます。そして、突き当たりの二こ手前を右に。主な戦闘は俺に任せてください。その短剣は護身用ですので、手放さないようにしてください。」

常に裏に頼ってきたわけではないのだ。
表の自分には、師父に叩き込まれた戦闘術がある。

「戦闘時には、すみませんが、課長がフィンさんを運んでください。」

そう言いながらフィンの腕を己の肩に回し、スイは歩き出した。

【ルートを大まかに選定。】

21 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/08/05(日) 15:08:27.27 0
>「……私は、私が守りたいと思った人の味方です。
 遊撃課の皆さんも、ウィットさんも、この街に住む人達も、私はみんなを守りたい」

リフレクティアの問いに、マテリアは応じた。
言葉に淀みはなく、それが偽りなき彼女の本心と信念であることは、容易に伺えた。

>「この街には、ウィットさんを慕う子供達がいるんです。私はあの子達に、大事な人のいない人生を歩ませたくない。

だが、浅い。リフレクティアの琴線に切り込めない。

(『両天秤』だぜ、ヴィッセン。そいつはよぉー……二者択一でしか成立し得ねえ命題だ。
 『国家』と『個人』のどっちも助けるなんてのは、英雄(ガキ)の戯言でしかねえぜ。少なくとも、大人の俺からすりゃあな)

リフレクティアは背に担う得物をそっと触れる。
こいつを抜き放ち、マテリアを迂回してアヴェンジャーの頭蓋を断ち割ることは、存外に簡単だ。
彼の遺才と、十年来を共にしてきた武装は、その程度のことなど造作もなく可能とさせる。
リフレクティアには決定権があった。都合が悪くなったら問答を打ち切れば良い。罪人の血肉を代償に――

>「これは、ただの時間稼ぎかもしれません。口から出任せに大法螺を吹いてるだけかもしれません。
 けど、話だけでも聞いてみませんか?本隊が到着するまでの時間潰しのつもりでもいいんです。
 ウィットさんを捕まえるのは、私の綱渡りがやっぱり駄目だったと分かった後でも遅くはないじゃないですか」

故に、マテリアがそう提案した時、リフレクティアは深く考えずに納得した。
話を聞いて欲しいと部下が言うなら、快諾してやるのが上司の努めだ。
リフレクティアはあまり問答の強い方ではないが、立場と責任を自覚しているがゆえに、他人の話に聞く耳を持っていた。

>「元老院が企てた陰謀なんかよりは、聞いてて楽しい話になると思いますよ」

「なるほどな。確かに俺も、こんな僻地に押し込められてクソッタレな任務に辟易してたところだ。
 まったく宮仕えってのはつらい身分だぜ、ちょっとした息抜きだけでも納税者サマから文句が飛んでくる」

リフレクティアは足を挙げた。
一瞬だけ靴裏が露出して、そこに鈍く光るナイフ大の刃物が仕込まれているのをマテリアは気付くだろうか。
鋭い刃が靴裏に対して垂直に生えていて、一歩ごとに地面に切り込みながら歩いている格好になる。
さらに注視すれば、屋外ならともかく室内のこの場では、彼の歩いた後に足跡ならぬ刃痕が無数に連なっていることもわかる。

「つうわけで」

リフレクティアが足を振り下ろした瞬間、その右足が一瞬だけ消えた。
ズガッ!と床板を砕く音がして、リフレクティアとマテリア・ユーディを隔てる一筋の刃傷が床に刻まれた。

「こいつはお前の自由な発言を保証する線引きだ。この線が隔てる限りにおいて、お前は俺の部下じゃなく僻地の原住民だ。
 ……どうにも管理職ってのはヒラからすりゃ畏怖の対象らしくてな、こうでもしねえと萎縮する奴結構いるんだよ」

彼が役職を持たなかった頃は、そもそも配属された部署が出世などとは無縁の、管理職すら見放す底辺部署だった。
そこでは老いも若きも皆が平等で、自由に意見を交わしていたが、世間一般の常識ではそうはいかないらしい。
従士隊の中枢に関わるあたって彼が受けたカルチャーショックの一つである。

「つまりは無礼講だな。しかし、勘違いしてもらっちゃあ困るぜヴィッセンよお。
 俺はわざわざタニングラードくんだりまで来て、地元の有識者の講談を聞きに来た政府高官だ。
 ――くれぐれも面白い話をしろよ?つまらなかったらゴミとか投げるからな」


【提案を承諾。謹聴】

22 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/08/06(月) 01:18:13.36 0

>「――はははは、あはははっ!」

眼前、フィオナ・アレリィは己のものでなくなった四肢を見て哄笑する。
あまりにんもあんまりな事態に、はじめは気でも違ったかとアネクドートは捉えていた。
だが、違う。フィオナの双眸からは、未だ戦意の輝きが潰えていない。

>「はあぁぁああぁぁぁっ!!」

かっ、と。
軽く床を叩く音が聞こえて、それきりフィオナの姿が視界から消えた。

(な! どこに――)

心臓が一回脈を打つだけの時間が流れて、アネクドートの長い髪が扇のように花開いた。
まるで陣風にでも煽られたみたいな髪の揺らぎ、そこから一拍置いて本当に風が吹いた。
何が起こったか、理解するのに難しい言葉は必要なかった。背後で起きた金属のへし折れる音がその答え。

――『風よりも速い何かが』、『風を置き去りにしてアネクドートの脇を駆け抜けた』のだ!

「…………ッ!」

振り向く。そこには、フィオナがいた。
金属音の発生源は、彼女の豪腕に握られた一振りのレイピア、だったもの。
今は刀身が根本からポキリと折れて、床に所在なく転がっている。
何かに叩きつけて折れたのではない。
単純に、振り抜いた力に耐え切れなくて折れたのだ。

いくらレイピアが構造上脆いとわかっていても、その惨状に冷や汗が落ちる。
つまるところ今のフィオナは、『鉄の塊がひしゃげるほどの速度』で腕を振れるということなのだ。

>「あいにくと――」

柄だけになったレイピアを放り捨てて、振り向いたフィオナがその双眸にアネクドートを捕まえる。
2つの透き通るような晴眼の向こうで、驚愕に目を見開く二人のアネクドートと目が合った。

>「――"遺才"なんていう都合の良い贈り物を頂いたのはここ二年の間でしてね。
 ですから、この程度で崩れる程、私が積み上げた技術は安くありません。」

(しまっ――後天性遺才か!)

通常生まれた時から決定づけられている遺才だが、成熟してからそれを発現する者もごく少数だが存在する。
大抵の場合は、貴族の隠し子とかで遺才そのものを知らずに育っていたり、なんらかの心因的な理由で思うように発現しなかったり。
変わり種では、大怪我をした際に別の者の血肉が混ざって遺才を手に入れるケースもある。
大陸のあらゆる戒律や法律が、輸血を禁じているのは、遺才の流出によって貴族の優位性が失われるのを防ぐためだ。
フィオナが生来の遺才遣いではなく、何かしらの外部的な事由によって遺才を手にしたのであれば。

(奴は知っているということだ……『持つ者』と、『持たざる者』の戦い方、両方を!)

今や、両手を自由にしたフィオナは四肢を床に食らいつかせ、獣さながらに身を伏せる。
大きいのが来る、直感でそう感じた。判断が誤りでないことを、きっと一瞬のちの自分は胴と分かたれた頭で知るだろう。
肌にぬめりとまとわり付いた死の予感――かつて無数の亡骸から追体験してきたそれが、まさに現実のものとして彼女の脳裏を打つ!

("天蓋の剣"――否!剣が落ちるより奴の爪が私に届くほうが速い!
 "眩きの雨"――否。あの鎧を焼くことはできても、放たれた肉体の速力を削ぐことはできない。
  "王下の大釜"を解除……死角に伏せるあの駄獣に、もう一度私へ肉迫する機会を与えることになる!)

手の内はどれも切れない札ばかり。
凝縮された時間の中で、ただ焦燥と絶望だけが、足元から頭の天辺まで肉の代わりに彼女の骨にまとわりついていた。
残る手札は――

23 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/08/06(月) 01:18:53.53 0
("盤面返し"。しかし、ランダムハンドが既に発動している状態で使ったことなど無い、何が起きるかわからんぞ)

彼女の持つ聖術の中でも、遺才に影響を与えるものはとくに燃費が悪い。
原理としてはごく単純なものだ。
結界の中に現象を起こす『攻性結界』の力を借りて、対象の血液中の遺才魔力を収奪、再配分するだけ。
魔力に対して絶対的優位性を持つ奇蹟だからこそ可能な荒業だ。

しかしアネクドートには、遺才を『奪って自分のものにする』ことができない。
それは、彼女の奉じる神の教義、『平等』という概念に抵触する行いだからだ。
簒奪ではなくあくまで再配分という形にすることで、教義の抜け穴をすり抜けているのである。
神殿騎士は、その強力な力と引換えに、生き方や戦い方を神の教えに縛られるという制約があった。

(この女は太陽神ルグスの使徒と名乗った。豊穣と天恵の神を奉じるのであれば――)

フィオナの四肢が、床を離れる。
人外の膂力によって打ち出された肉体が、爪と拳を伴ってアネクドートに迫る。

「『獣』はッ――!その豊穣を食い荒らす!!」

太陽神は、もともと戦神ではなく農耕に恵みを与える生活神だ。
帝国の端に位置する結界都市ヴァフティアにおいて、旧くからその地の豊作を祈り続けてきた神だ。
ゆえに、生きるための闘争を行い、実った耕地を踏み荒らし食い尽くす『獣』という概念は太陽神と敵対関係にある。
端的に言えば、フィオナが現在その身に宿す遺才は、彼女の奉ずる神と相性が悪いのだ。

アネクドートの歴戦に裏打ちされた、確かな宗教学的慧眼が。
妙齢の修道女がそのたぐい稀なる鍛錬によって御した獣との僅かな食い違いを見抜く。
アネクドートは許されたほんの一瞬で、後ろ足をずらし上体を傾けることに成功した。

――空けた空間を、人越の速度でフィオナが駆け抜けていった。
逃げ遅れたカソック型の外套が、獣の爪がずたずたに引き裂かれ、薄暗い部屋に血のように広がる。
すり抜けたフィオナの体躯が、勢いを殺さ生きれずに向かう先は、部屋の壁。
アネクドートは振り向きざまに、

「――『レコンキスタ』!!」

銀杖を振りかざし、壁に激突する寸前のフィオナの背中へ聖術を放った。
成功すれば、フィオナの四肢はその牙を持ち主に剥き、獣に弱い太陽神の加護を受けるフィオナは為す術もないだろう。
しからば、アネクドートの勝利である。


【どうにかこうにか助走パンチを避ける→振り向きざまにレコンキスタ発動】

24 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/08/07(火) 00:01:48.50 0
「ヒィィィィハァァァァッ!ミートソースになっちまいなァーーーッ!!」

ゴーレムの膂力でバールを振り抜く。その質量と加速度は、しょせん生身の肉体を水入りの革袋に変える。
あわれ、冬空に血凍りの花を咲かすかと思われた金髪は、しかし思わぬ僥倖に救われた。

「ノォーーーッ!?」

青鎧が、背後からの衝撃に傾いだのである。
その衝撃たるや、そんじょそこらの衝撃ではない。青鎧と同質量の物体から加えられた一撃であった。
というか、ゴーレムだった。屋敷に配備されている、別個体のゴーレムが、リベリオンの駆る青鎧を蹴打していた!

>「少年!この私、……リア・ガルウィングが加勢しましょう!そして、そこの変質者!今こそ成敗してやります!!」

金髪を救ったのは、遊撃課のゴーレム乗り、セフィリア・ガルブレイズだった。
偽名を使っているのは潜入任務だったからだろう。その必要もなくなったというのに、報告書通り律儀な女だ。
いや、それよりも……

「とうとう僕の眼がイカレちまったか!?さっき確かにファミアちゃんとセットでぶっ殺したはずのガルブレイズが!
 どういう経緯で生き返ったのか知らないけれど、お呼びじゃねえよ!土に帰んな!!」

リベリオンは努めて冷静に青鎧の姿勢を起こした。
動力レベルをチェック、各部関節の動きを精査。
ただでさえ中破していた脚部がいよいよオシャカになっていたが、触手パイプを這わせて無理やり補強した。

>「一つ聞こう、青い方のデカブツ。お前もその……遊撃課って奴等でいいのか?」

金髪――ロンレエイと名乗った少年が、機上からリベリオンに問う。

>「答えろ。『YES』か『はい』か。答え次第で――お前を地獄に送る!」

「おいおい、決まりきったことを聞くなよ、エレクトリカル少年ボーイ!答えはYESだ、クソッタレ!
 そして地獄に送る必要はないぜ――何故ならたった今から!この場所こそがお前らにとっての地獄になるのさ!!」

リベリオンの叫びに呼応して、青鎧がもぎとられた片腕を掲げた。
操縦基から生えるリベリオンの顔にそれを近づけると、ばきべきぼきべき……と姿揚げの骨を噛み砕くような音。
あっという間に、くしゃくしゃに丸めた紙くずのように、青鎧の片腕が小さくなって、しまいには消えた。
残されたリベリオンの口が、もしゃもしゃと何かを咀嚼していた――

「さすが、帝国最高品質の腕パーツは抜群に美味いなァー。
 軽やかな歯応えと機構油のコクが、上等な料理にXXXXをぶち撒けたが如きハーモニーを醸し出しているぜ」

げっふ、とリベリオンは口の中身を嚥下した。
もはやそこに居る誰もが、リベリオンがゴーレムの腕を捕食したという事実に疑いようを失うであろう。
リベリオンは、青鎧の肩部分のあたりから生やした両腕を宙に――セフィリアとロンの居る場所へ向けて掲げた。

「ほら、こいつが欲しいんだろ……ッ!?」

じゃこん、と。リベリオンの両腕が鎧戸のように開き、そこから筒状の何かが顔を出した。
それは、非武装地帯タニングラードに最も在ってはならぬ、正真正銘の兵器。
飛翔機雷だった。

「僕の逸物でヒィヒィ言わせてやるぜ――いや、ドカンドカン言わせてやるぜェェェー!!」

ぼしゅぼしゅ、と二発の飛翔機雷が術式の加速でもってセフィリアの駆るゴーレムへ発射された。
工事用の軽装甲ゴーレムでは、爆発に耐え切ることはできない。
しかし、装甲は軽くとも工事用に重心を下げてあるその期待では、飛翔機雷を振り切るほどの運動性能も期待できない!
この街で、純戦闘兵器を運用できるというアドバンテージは、軽く戦局を覆すに足るものであった。


【セフィリア機に飛翔機雷を二発発射。ファミアの存在をロスト】

25 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/08/09(木) 01:49:43.55 0
偽装のために(かえってバレやすくなりそうなものですが)移動と停止を繰り返すファミアの、
緑に覆われた視界の一点で青い色が激しく揺れました。
激しい衝突音と、それから女性の声。
>「助けにきましたよ!……あれいない?」
セフィリア・ガルブレイズ、ゴーレムを引っさげて堂々の凱旋です。

(まさかこんなに早く……。これじゃ気付かれない内に離脱するという計画が!)
自分で早く戻って来いといっておいて、ひどい言い草ですがそれはともかく。
ファミアは(そもそもセフィリアも気づいていないのでそのまま遂行可能なのですが)少し方向転換することにしました。
物理的にも、戦術的にも。

わっしゃわっしゃという葉ずれに混じる音と、限定された視界から周囲の状況を得つつ、ファミアは移動を再開します。
>「一つ聞こう、青い方のデカブツ。お前もその……遊撃課って奴等でいいのか?
> 答えろ。『YES』か『はい』か。答え次第で――お前を地獄に送る!」
ファミアはここでようやくロンの姿を確認し、面識があると気が付きました。

>「おいおい、決まりきったことを聞くなよ、エレクトリカル少年ボーイ!答えはYESだ、クソッタレ!
> そして地獄に送る必要はないぜ――何故ならたった今から!この場所こそがお前らにとっての地獄になるのさ!!」
そして、リベリオンの返答。

その後に続く、何かひどく硬いものを咀嚼するような音を聞きながら、弧を描くように距離を詰めていきます。
そのまま背後に回りこんで殴り倒すためです。
卑怯千万も甚だしいやり口ですがファミアは騎士様ではないので全く気にしません。
まあ、古の本職の騎士だって結構酷いことを平気でしているものですしね。

(しかし――ガルブレイズさんは偽名を名乗ったけど、あの人はやはり本名を知っている……。情報は一体どこから?)
足を止めないまま、ファミアはリベリオンの素性について思いを巡らせました。
ここで彼が遊撃課員であるという視点から考えることができたとしましょう。
そうなれば五日前に食堂でおこなったファミア自身の考察と結びつくのですが、
すでに一度それを否定してしまったため、ファミアはどうにも抜け道のない思考の袋小路にはまりつつありました。

なので、周囲の状況把握にもちょっと支障が出ています。
「わん!」
「ひゃあああぁぁぁぁぁ……」
もはやおなじみ、犬の参上です。
完全に考え事に没頭していたファミアは思考の方向を切り替えます。

ロン→ゴーレムに乗っている
セフィリア→ゴーレムに乗っている
リベリオン→ゴーレムに乗っている(?)
ファミア→生身。なんならスリットのおかげでちょっとセクシー

以上の(若干の希望的観測の混ざった)条件から自分が最も危険な立ち位置であると確認したファミアは、
まず距離を開けるべく全速で前に出ました。

視界を覆う枝葉の向こうには"二つの"背中。
つまり、ロンとセフィリアを背後から急襲する形です。
「……ぁぁぁぁああああああー!!」

前方から迫る飛翔機雷と完全にタイミングのあった、文句のつけようがない挟撃です。
きっと指導教官からお褒めの言葉をもらえるでしょう。
ちなみに、後ろにいた犬は騒ぎで紛れ込んだ普通の野良犬でした。

【フレンドリーバックアタック】

26 :GM ◇N/wTSkX0q6 :2012/08/09(木) 02:22:01.08 0
『師父』とは、スイと縁浅からぬ人物であり、また既に落命した故人でもあるらしかった。
魔術師でありまがら傭兵としての戦闘術も修めるスイの、その礎となった、彼女の欠落に関わる者だ。

>「とても正義感が強い人だったんです。・・・ですが、俺がまだ10ほどの時に、俺をかばって死にました。
  裏の発狂は、フィンさんが師父と似たような事を言ったためだと思います。
  師父が殺された時の記憶が、どうやらぶり返したようで・・・」
 
「殺された……」

まあ、このご時世珍しい話ではない。
傭兵みたいな戦闘稼業をやっていればなおさら、身内との死に別れは殆ど通過儀礼のようなものだ。
しかしボルトには、『まあ仕方ねえよなそれは』とか『気持ちはわかるぜ』とか、知った風な口を利くことができなかった。
親の死に目にあったことがないからだ。彼の両親は、今も帝都近郊の農地で健在だ。
そりゃあ同僚が命を落とした現場を見たことはあるし、つい先日だって部下を一人喪った。
それでも、『家族』と死別することの、心の重大な欠落を、ボルトは語ることができない。

>『大丈夫だよ……俺は、大丈夫だ……』

スイの心中を察してか、同じ家族との別離を知るフィンが、つぶやくように小さく念信した。
気休めだ。今も呼吸を失いつつあるこの男が、『大丈夫』である保証などどこにもない。
もしもあと四半刻も、ノイファと合流できず屋敷で立ち往生していれば、最悪の懸念が現実となる。

「当然だ。ハンプティは死なない。こいつを死なせないために、俺とお前がいるんだろう、スイ」

だが、ボルトとてフィンに同感を禁じ得なかった。
例えここに居るのが遺才を使えぬ風遣いと、死にかけの英雄と、ただの凡人だけだとしても。
『死にかける程度のピンチ』を乗り越えられないようなものを、天才とは言わないし、呼ばせない。

「お前が死んだ人間のことを、いつか乗り越えなきゃならないと思っているなら。
 ――そいつがお前の開始すべき、お前自身の"状況"だ。存分に遊撃し、遠慮無く支援(おれたち)を頼れ。
 そのためにもハンプティを救うぞ、まずは相対するために。おれたちが、お前をお前の戦場へ押し上げてやる」

27 :GM ◇N/wTSkX0q6 :2012/08/09(木) 02:22:32.79 0
そのとき、担架に載っていたフィンの血塗れの腕が、パタリと力なく床に垂れた。
時間が停まったかのような沈黙。やがて、それを破ったのはフィン自身の念信だった。

>『――――このまま真っ直ぐ進んで、突き当りを左に曲がった所に……数はわからねぇけど、生き物がいるぜ……』

それは彼が死に体なりに生み出した、変則的な危機回避。
防御の遺才が導く、『向かい来る力』の逆探知によって、フィンには逆説的な安全地帯が見えていた。

>『……ボルト課長、敵の場所が知りたい時は……俺の手、刺された方の手を地面に当ててくれ……』

「……前言を訂正するぜ」

ボルトは音のない口笛でフィンを讃じた。

「死にかけでも天才だ、お前は……!」

>「課長、フィンさんを抱えていきましょう。担架では、両手がふさがるので。それと、これを持っておいてください。」

スイに促されて、彼女が抱える反対側のフィンの肩を支えた。
体温の低下が著しい。スイとボルトで強く挟み込んで、効率良くこちらの体温が伝達するようにする。

>「・・・・・・とりあえず、まっすぐ進みます。そして、突き当たりの二こ手前を右に。主な戦闘は俺に任せてください」

「頼むぞ。音を出さずに相手を無力化する技術を持ってるのは、傭兵上がりのお前だけだ」

手渡されたナイフは、ボルトにとって有用な武器だが、おいそれと使うわけにはいかない。
投げれば音が出るし、刺せば悲鳴を聞かれるからだ。
無音制圧術の心得は人並み程度。ここは本職で屋内戦闘の経験豊富なスイに任せたほうがいいだろう。

>「戦闘時には、すみませんが、課長がフィンさんを運んでください。」

「了解した。準備はいいな?行くぞ――状況を開始する!」

 * * * * * *

『――アイレル。アイレル応答しろ』

フィンの誘導で安全なルートを進み、どうしても戦闘が避けられなければスイが音もなく制圧する。
ボルト達はそうやって、屋敷の中を大きく迂回しながら進み続けていた。
その過程で、ボルトはひたすらに念信を飛ばし続けていた。

(こうやって屋敷の外縁から内部にかけて進めば、いずれ無線念信の届く範囲に入るはずだ)

今回の任務で支給された念信器は衣服に隠せるサイズであることの代償として効果範囲が極めて狭い。
ゆえに顔を合わせず極秘裏に会話する程度の使い道しかなかったが、範囲の狭さがここでは功を奏した。
ノイファとの念信が繋がったとき、その極狭領域のどこかに彼女が居るということなのだから。

28 :GM ◇N/wTSkX0q6 :2012/08/09(木) 02:23:13.18 0
うんともすんとも言わなかった念信器が、次第にザ――ザ――とノイズを走らせ始める。
同じチャンネルの念信器が近づいている証左だった。
念信器を掲げながらその場でくるくる周り、いちばんノイズの大きい方向へ進む。
やがて辿り着いたそこで――ボルトは慄然と立ち尽くした。

「ここまで来て……これかよ……!!」

巨大な、分厚い壁が行く手を阻んでいた。
スイの記憶と照合した館内地図によれば、この突き当りの向こうは出品物の控え室。
オークションの目玉品を保管する場所ゆえに、出入口は限られていて、そこを囲う壁は一際に頑丈。
スイの遺才が健在ならば、強引にぶち破って侵入することも可能だったが……

「この壁の向こうにアイレルがいることは間違いねえ。だが、向こうに行く手段が……ない」

迂回して出入口を探そうにも、屋敷外縁部と違い出入口は殊更に警備が厳重だ。
今のボルト達に突破するだけの力は、ない。
もう一度安全なルートを探して屋敷の中をうろつくだけの時間は、フィンには残されちゃいない。

「くそっ、くそっ!――おいアイレル!お前も天才の一人だってんなら!」

念信器へ向かって叩きつけるように声を上げる。八つ当たりだ、わかっている。
ノイファ・アイレルはいわゆる技巧型の剣士であり、例えばスティレットのように壁を破壊するほどの火力など持っていない。
ましてや、金庫のように頑丈な――

「――こんな壁の一つや二つ、ぶち破ってみせやがれ!!」

ボルトは、一つの事実を健忘していた。
ノイファ・アイレルがかつて湖の下で、とある獣の遺才使いと共に――これより分厚い壁を破った経歴の持ち主であることを。


【フィオナvsアネクドートの部屋まで壁越しに到着。分厚い壁に立ち往生】

29 ::マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM :2012/08/11(土) 22:09:34.39 0
>「なるほどな。確かに俺も、こんな僻地に押し込められてクソッタレな任務に辟易してたところだ。
 まったく宮仕えってのはつらい身分だぜ、ちょっとした息抜きだけでも納税者サマから文句が飛んでくる」

レクストが片足を上げる。靴底に潜んだ刃の閃きが露になって、マテリアは咄嗟に身構えた。
何が出来る訳でもない。ただの反射的な行動だ。
彼女はレクストの動きを知覚すら出来ない。ましてや阻止など叶う筈がない。

(それでも……せめて一瞬!)

>「つうわけで」

レクストの右足が消えた。閃きすら残さない斬撃に床が抉れ、彼我の間に境界線が刻まれる。
マテリアがその結果を知覚出来たのは、せめて稼ごうとした一瞬が過ぎ去ってからだった。
表情に苦渋が滲む。今の一瞬で彼がウィットを狙わなかった以上、ひとまずは話が聞いてもらえるのだと、分かっていても。

>「こいつはお前の自由な発言を保証する線引きだ。この線が隔てる限りにおいて、お前は俺の部下じゃなく僻地の原住民だ。
  ……どうにも管理職ってのはヒラからすりゃ畏怖の対象らしくてな、こうでもしねえと萎縮する奴結構いるんだよ」
>「つまりは無礼講だな。しかし、勘違いしてもらっちゃあ困るぜヴィッセンよお。
  俺はわざわざタニングラードくんだりまで来て、地元の有識者の講談を聞きに来た政府高官だ。
  ――くれぐれも面白い話をしろよ?つまらなかったらゴミとか投げるからな」

マテリアは無言で頷いた。
それから深く息を吸い、吐いて、意を決する。
手札も考える時間も足りない、生きるも死ぬもレクストの胸ひとつ、それでも――やってやると。

「面白い話……ですか。分かりました。じゃあまずは……こんなのはどうです?
 『このどうしようもなくジリ貧の状況から、元老院の陰謀を台無しにする方法』とか」

口角を吊り上げて、「面白そうでしょう?」と続けた。

「っと、勿論それだけじゃありませんよ。でもホラ、話には順序ってものがあるじゃないですか」

それから両手を上げて、帝国への叛意がない事を主張する。
全てを話し終える前に首を飛ばされては堪らない。

「私も何もかもを知っているって訳じゃないんですけどね。
 ウィットさんに聞いた限り、元老院の目的は『領事裁判権』。
 つまり、零時回廊をこの街に持ち込ませた挙句、犯罪組織が競売にかけて、あまつさえ従士隊がそれを助長していた。
 この手落ちの罰として不平等条約を結ばせる事で、タニングラードを支配したい、でしたっけ?」

だから、この目的を突き崩すにはどうすればいいのか――言葉は途切れさせず、考える。

「正直な話、私はもう元老院に喧嘩を売るしかないと思っていたんです。ついさっきまでは。
 ユーディ・アヴェンジャーも零時回廊も見つからなかった事にして、然る後にこの陰謀の証拠を掴み、元老院に脅しをかける。
 そんな馬鹿げた手でしか、この状況はどうしようもないと思っていました」

けれども状況は変わった。
レクスト・リフレクティアがここに来た時。

「ですが、それはもう出来ません。あなたが来てしまったから」

そして彼がマテリアの上司としてではなく、元老院の密命を帯びた政府高官としてこの場に立った時。

「それに……する必要もないんです。あなたが来てくれたから」

彼女をこの街の人間と見なした時に。

30 ::マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM :2012/08/11(土) 22:10:17.80 0
「僻地の原住民、大いに結構です。あなたが私をそう呼んでくれるのなら」

足元の境界線を一瞥してから、レクストに向き直った。
そして前へ踏み出す。境界線の一歩手前、そこからマテリアは、

「私はこの街の従士として、これをあなたに返す事が出来る」

懐に潜ませていた零時回廊の片割れを彼に差し出した。

「『大変でしたね、政府高官さん。でもこっちはもっと大変だったんですよ。次はもう勘弁して下さいね』
 なーんて言ってみたりしてね。と……帝国から流れ込んだ零時回廊を地元の従士が回収して、帝国に返上する。
 これでタニングラードは、この騒動に対して十分な対応をした筈です。
 今は片割れだけですが、もう片方の所在も掴めていますし、既に最悪の事態は回避しました」

流入した零時回廊が犯罪組織の手によって競売にかけられ、あまつさえそれを従士隊が援助していた。
その事実が、明確な落ち度がなければ、領事裁判権の締結は成立させられない。
だからマテリアは今ここで、この街の従士として零時回廊をレクストに返すのだ。
『帝国側が流出させてしまった特級呪物を、タニングラードの従士が回収、返上。最悪の事態を回避した』という事実を作る為に。
落ち度がどちらにあるのかを逆転させる為に。

「そして……ここまでが、私の都合をつける為のお話です。
 どうです?なかなか面白かったと思いませんか?
 ですが、ここで話を終える事は出来ません。何故ならあなたがさせてくれないから。
 このままじゃ帝国は護国十戦鬼と優秀な元老を一人ずつと、手に入る筈だった膨大な利益と、ついでに元老院のメンツを失っただけで事が終わってしまう。
 そんな話をあなたが通す訳がない。あなたはこの腕と首を切り落として、今の話を聞かなかった事に出来るんですからね」

という訳で、とマテリアは続けた。

「ここからは帝国の都合をつける為のお話です」

自信ありげな口調と笑顔の裏で思考を加速させる。
鼓動が早まって、緊張が胸の奥を絶え間なく刺し続けている。
マテリアは今から証明しなければいけない。
自分のプランなら元老院が望んだ以上の結果が期待出来るのだと。

「私とウィットさんは今日、二つの目的を持ってこの屋敷にやって来ました。
 一つは零時回廊の回収。そしてもう一つは……白組の壊滅です。
 お互い、自分の任務に直接の関係はありませんでした。
 けど、この街を助ける為に、私達はどうしても白組を潰したかった」

これだけでは、レクストはきっと怪訝な反応を示す事だろう。
白組は確かにタニングラードで最大級の犯罪組織だ。
だが、彼らが滅ぼしたところで、空いた餌場にまた別の悪党が台頭するだけだ。
白組とて所詮は氷山の一角に過ぎない。それを潰したところで、この街を救うだなんて事は到底叶わない。

「この街に『学校』と『新聞社』を作る為に。
 それを邪魔するだろう筆頭候補を潰しておきたかった。
 業界に遅れて参入する私達が、既存のどの組織よりも優秀で、有用だと証明する実績……独占スクープが欲しかったんです」

だからマテリアは続ける。
この街を救う為に描いたプランを。

「元々は治安と、住人の自己防衛能力、教育水準を上げる為に作る予定だったんですけどね。
 物は使いよう、この街を支配するのに領事裁判権なんて大逸れたものはいらないんですよ。
 そう、例えば……帝国史や戦争史、宗教の教育。今、この街で何が『買い』で何が『売り』かの流布。
 そういうのをこちらの都合に合わせて行えば……この街の人心と交易を、実質的に帝国が握る事が出来る」

かつてウィットについた嘘――タニングラードを支配する為の策謀を。

31 ::マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM :2012/08/11(土) 22:10:59.80 0
「実質的、これがまたいいんです。零時回廊を口実にした領事裁判権の締結は……所詮は自作自演です。
 諸外国が大人しく納得するとは思えません。
 なんとか一枚噛もうと後からごねたり、あるいは不当な占拠からの解放を大義名分に武力行使……なんて事もあるかもしれません。
 でも、北方の僻地で一個人が起業する事に文句をつけられる国家はどこにもありませんよね。正真正銘の独り占めです」

事実、既に西方と南方はこの事態に介入すべく人員を派遣してきている。
それは当然マテリアには知り得ない事だが、彼女はとにかく『元老院の陰謀の穴』を探すのに必死だった。
その穴を自分のプランで塞ぐ事で、自分の案が有益である事を証明する為に。
結果として彼女は奇しくも、現在進行形で起きている不利益の一つを言い当てていた。

「どうです、悪くない話でしょう?ここまでが、帝国の都合をつける為のお話です。そして……次が最後」

深く息を吸って、吐く。呼吸が浅い。酸欠と緊張で手足が痺れていた。
首だけを回して背後を振り返る。ウィットは、ちゃんとそこにいた。
少しだけ気分が和らいだ気がして、マテリアは前に向き直る。

「ウィットさんの命を繋ぐ為の話です」

もうやるべき事は見えている。
これまでに語ってきたプランと、利益と、彼の命を繋げればいい。

「私がこれまでに語ったプランには……一つの前提があるんです。
 それは『私達の新聞社が常に、唯一無二で最良の情報源である事』。
 情報には信頼性が必要です。それがなければ、どんなに帝国寄りの情報を流しても意味はない。
 じゃあこのタニングラードで、無法の街で、信頼性を保ち続けるにはどうすれば?
 ……簡単ですね、悪党を晒し続ければいい。
 この街の平和を蝕み続けてきた、誰も手出し出来なかった悪を暴く。
 それが出来れば、この街の誰もがその情報源を信頼します」

そこまで語ると、マテリアは一旦言葉を切った。
それから口元に右手を運んで、首を小さく傾げてみせる。

「んー、ですが困りましたね。その為には巧妙に悪辣に身を隠す悪党共を必ず見つけ出して、悪事を暴き、
 ついでにそれを食い止め、壊滅させて、、また逆襲を受けたとしても決して負ける事のない。
 そんな人材が必要になっちゃうんですよね。心当たり、ありませんか?そんな人」

図らずも口元に笑みが浮かんでいた。いつの間にか――いや、違う。
ウィットを振り返ったあの時から、諧謔を口に出来るくらいの余裕が戻ってきていた。

「いますよね。元護国十戦鬼、ウィット・メリケインならそれが出来ます。
 丁度いい事に彼は大罪人です。それも国の未来を担う優秀な元老を殺して……
 ただ死罪に処すだけじゃ、到底足りませんよ。もっともっと辛い刑じゃないと」

冗談めかした笑みを一層に深めて、「例えば」と続ける。

「かつての身分も名声も失って、北方の僻地で最下層の子供達の親代わりをしながら、
 帝国の為にこの街を守る事に人生を捧げさせる……とか、どうでしょう?」

これで、全てを語り終えた。
マテリアは一歩後ろに下がって、元いた位置に戻る。
ウィットの前――レクストが刃を薙げば、二人まとめて首が刈れる場所だ。

「これで、私の話はおしまいです。プランを実行する為の手札はもう、揃っています。
 後はあなたが熱意さえ示してくれれば……きっと、全てが気持ちよく終われる筈なんです」


【プレゼン終了】

32 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/08/13(月) 21:53:02.87 0
獣の四肢が生み出す推進力は正に破格。
知覚するよりも先に、獲物へ肉薄できる速度
軽く打ち振るうだけで、回りの大気ごと根こそぎ引き裂くが如き膂力。
数度の交差を経て照準も噛み合ってきている。

「――っ!」

圧倒している。間違いなく、目の前の強敵を圧倒している。

(――っはあ……、これはまいりました)

にも関わらず、フィオナの表情に一切の余裕の色は無かった。
キリキリと鈍く痛む胸へ固めた拳を一打ち。酸素を求めて喉が喘ぐ。

端的に言って、極めて相性が悪い。
ダニーに宿っていたこの"力"と、自分とが。
それが彼女との体格差に因るものなのか、それとも単純に他人の遺才だからか。
あるいはもっと別の理由からという可能性もある。

(でも、まだ、弱音を吐くわけにはいかないんですよねえ)

それでも優位に立てているのは、アネクドートが想定した状況を上回っているからだ。
こちらの目的を果たすには、彼女の予測から逸脱し、"王下の大釜"では不十分なのだと認識させなければならない。
床に喰らい付く獣の四肢。頬を伝う汗。嚥下する音に獰猛な響きが交じる。

>『――アイレル。アイレル応答しろ』

状況開始からこちら、雑音を垂れ流すしか用を為さなかった耳飾り。
そこに無機質なノイズとは違う、意思を持つ音が届く。
普段なら聞き逃していただろう極小さな震え。しかし研ぎ澄ましされ感覚は確かにそれを捉えていた。

(揃った)

狂人のように同じ言葉を繰り返すボルトの声。
だが、それこそが待ち続けていたものに他ならない。
念信器のノイズが、リズムを刻むように変化する。
着実に、確実に、近づいてきている証だ。

(なら、ば――)

返答はしない。換わりにアネクドートを見据える。ここから先、一手の差が持つ重要性は今までの比ではない。
未来を読めないことが、これ程不安なのだとは思いもしなかった。
ふっと自嘲の笑みが零れる。思考とは裏腹に高揚している自分に気づいたからだ。

「――覚悟を決めましょうか……ねえっ!」

33 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/08/13(月) 21:53:40.90 0
疾走する身体、引き伸ばされる知覚。

>「『獣』はッ――!その豊穣を食い荒らす!!」

その中でアネクドートの声を聞く。
恵みをもたらす太陽神の加護と、食い荒らす側の獣の因子の衝突。
それこそが先刻から感じていた不和の元凶。
なるほど、答えさえ判ってしまえば至極順当な理屈だ。

(職位に見合知識も、前線を張るに足る洞察力も、共に十二分というわけですか)

驚嘆すべきはこの状況下で解に至ったアネクドートの慧眼。
解明するのがあと僅かでも早かったなら、こちらの目的は潰えていたことだろう。
少なくとも神官としての格では負けを認めざるをえない。

「させません。」

雑音が最高潮に達っするのと同時、耳飾りを通して響いていたボルトの声がぷつりと止んだ。
一筋の矢の如く解き放たれた獣の四肢は、瞬く間に彼我の距離を縮め、魔導灯が生んだ淡い影が二つ、重なる。

「もらったああぁっ!」

間合いは必殺。しかし仮初の。ここで彼女に倒れてもらっては困るのだ。
芝居がからぬよう声に緊迫を滲ませ、大上段に構えた腕を一拍おいて叩きつける。

遅れて、虚空に暗色の花が咲いた。
部屋の薄暗さも相まって血飛沫にも見えるそれは、しかし爆ぜるように裂かれた外套の切れ端。
床へ食い込む獣の爪を振り抜いて、さらに加速。
すり抜け様に振り返れば、体勢を持ち直したアネクドートが、同じくこちらを睥睨していた。

>「――『レコンキスタ』!!」

アネクドートが銀の錫杖を振り上げる。
顕現しようとしているのは、魔の才をひっくり返す攻性結界。
眼の前には屋内外を隔てる、分厚い壁。
思っていた以上に反撃が早い。間に合うか――

「――いいえ……間に合わせる!」

両目を見開く。
フィオナは空中で、弓を引き絞る射手の如く、身体を捩る。

接地したつま先を滑らせ、独楽のように回る。
同時に膝を、続けて腰を。捻り、伸ばし、初動が生んだ速度を積み重ね腕へと運ぶ。
投擲の要領で、胸へ、肩へ、肘へ、そして腕へ。

人の身で、魔技と称される最高最速の剣を模倣するために編み出した体運び。
それを魔獣の四肢で行えばどうなるか――

「――よいっしょおおっ!」

34 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/08/13(月) 21:54:30.04 0
>「くそっ、くそっ!――おいアイレル!お前も天才の一人だってんなら!」

大鎌の如き爪は、ゴーレムが投げた巨木にも耐えた邸の壁を、まるで酪乳のように切り裂いた。

>「――こんな壁の一つや二つ、ぶち破ってみせやがれ!!」

「ええ、ご命令通りに。もっとも、そんなに大声で叫ばなくたって聞こえて――っ!」

爪痕越しに、叫び声をあげるボルトに軽口を返したところで、輝く正四方がフィオナを捕えた。
"盤面返し"がその効力を発揮し、逆立つ獣毛が一斉に突き立ち、鮮血が飛び散る。
肺腑から込み上がる灼熱感。血液が沸き立っているかのように体が熱い。

「か、ふっ。まだ……程度……。」

傾ぐ体を気力で奮い立たせ、返す刃を叩きつけると半ばで爪が折れ飛んだ。
人ひとりを通すには足らない。せいぜい腕が通るかどうかといったところだ。
脚に力が入らない、装甲に覆われていたのは腕だけではないのだ。
開いた穴に腕をかけたまま、ずるずると前のめりに倒れていく。

揺らぐ視界が捉えたのは、心配そうにこちらを覗き込む三人と、その足元に結ばれる正四方。
崩壊し続ける獣の四肢。体を苛む灼熱の牙。その中で必死に思考を紡いでいく。

(……充分。やれますね)

今の状態、アネクドートが言ったことを踏まえるならば、魔獣の因子と神の加護が鬩ぎ合っている結果だろう。
暴走する魔の血を抑え込むために、ルグスがもたらす加護もまた、普段使いこなせている以上の力が発現している。

「まだ、まだ……この程度の……痛みなんて――」

腕に力を込める。寒気を孕んだ夜気が気付け代わりに丁度いい。

「――普段……貴方が、受け持ってくれている痛みに比べれば!何のことはありませんっ!」

聖句を紡ぐ。基本となる音節は"治癒"のそれ。
しかしより長く、より明確に、御名を讃える。高位の司祭が顕現する"活性"と呼ばれる奇跡。
"治癒"との違いは、本人の体力、代謝能力に関係なく、魔力を対価にして治療が行えることだ。
そして当然、その分術者にかかる負担は大きなものとなる。

「だから、今度は、私たちが貴方を救う番です。フィンさん!」


【 壁壊してフィンにヒーリング(強)
  治療後フィオナ自身はかなりぐったりしてます 】

35 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/08/15(水) 17:52:35.07 0
>「……良いだろうリアとやら!共同戦線と行こうじゃないか!」

「少年!助かります!!
力を合わせ必ずや、あの暴虐非道の変態を討ち倒しましょう!」

ゴーレムの肩に乗った少年に声をかけますが、私の視線は前方の変態を睨みつけます

>「とうとう僕の眼がイカレちまったか!?さっき確かにファミアちゃんとセットでぶっ殺したはずのガルブレイズが!
 どういう経緯で生き返ったのか知らないけれど、お呼びじゃねえよ!土に帰んな!!」

「貴様のような邪悪な者の拳が私に届くはずがありません!!
それとッ!あなたのような痴れ者が我が家名を口に出すな汚らわしい!!」

私は有らん限りの不快感を目の前の変態にぶつけます
まったく汚らわしい……由緒あるガルブレイズの名をあのような者の口から出るなんて……

「許すわけにはいきません!!」

どこからか伸びる金属の触手に補強される脚部をみて、鳥肌が立つのを感じながら
強気の言葉を相手にぶつけます

>「おいおい、決まりきったことを聞くなよ、エレクトリカル少年ボーイ!答えはYESだ、クソッタレ!
 そして地獄に送る必要はないぜ――何故ならたった今から!この場所こそがお前らにとっての地獄になるのさ!!」

私や少年の言葉を意にかえさず、変態はまさに身の毛もよだつ所業に及ぶのです

「ゴーレムの腕を……食べてる……」

さすがにこれは許容範囲外です
あまりにも気持ち悪過ぎます、早く殺すしかありません
一刻もはやく殺すしかありません
それと、婦女子を前にして、あのような下劣な言動、男性の風上にも置けません

しかし、これはさらなる事態の前触れに過ぎませんでした
変態の口の中に消えた腕が肩から生え、パカリと口を開けます

「あれは!飛翔機雷!!」

>「僕の逸物でヒィヒィ言わせてやるぜ――いや、ドカンドカン言わせてやるぜェェェー!!」

「この痴れ者めっ!!そのような言動を平然と婦女子の前でするとは!恥を知れ!!」

飛翔機雷の脅威よりも私自身への侮辱への怒りが私を支配します
それでも飛翔機雷を避けようとあえて前に踏み込もうとした
直後!!

「ぎゃあ!」

後ろからとてつもない衝撃が来ました
同時に視界がグルングルンと縦回転
どうやらすごい勢いで転がっているようです
このままでは……ぶつかってしまいます
あ、肩の少年は大丈夫なんでしょうか……

36 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/08/18(土) 15:08:48.70 0
>「おいおい、決まりきったことを聞くなよ、エレクトリカル少年ボーイ!答えはYESだ、クソッタレ!
 そして地獄に送る必要はないぜ――何故ならたった今から!この場所こそがお前らにとっての地獄になるのさ!!」
「俺をレエイ家の末裔と知りながらその口振りか。その言葉そのままそっくり返してやる」

形勢、二対一。この場を地獄に変えると宣言するリべリオンに、ロンも猛獣さながらの笑みを浮かべる。
青鎧の動きが些かギクシャクしているように見えた。恐らく脚部がやられている。

(文字通り、足元を掬ってやるとするか)

顔を上げたロンは顔を顰めた。使い物にならなくなった腕を持ち上げて、今更何をしようというのだろう。
また武器でも出すつもりか、と身構える。が、聞こえてくるのは、丁度犬が餌の骨を噛み砕くような音。
その音が響く度に、腕はどんどん小さくなって「無くなっていく」。

(いや……いやいやいやいや!まさか!嘘だろう!?)
>「ゴーレムの腕を……食べてる……」
>「さすが、帝国最高品質の腕パーツは抜群に美味いなァー。
 軽やかな歯応えと機構油のコクが、上等な料理にXXXXをぶち撒けたが如きハーモニーを醸し出しているぜ」

「食べている」。食用どころかまず食い千切ることすら敵わないような物を平然と食している。
あまつさえ感想など述べている。最早「異常」だ。理解すら出来ない。したくもない。
常軌を逸した光景にロンはただ蒼褪めた。リアも「理解し難い」と表情を露わにしている。

>「ほら、こいつが欲しいんだろ……ッ!?」

青鎧の肩口部分から生えた両腕の先が、唖然とするリアとロンに向けられた。
そして、金属音を鳴らし、着弾すれば庭園を軽く吹っ飛ばすであろう殺人兵器が顔を出す。

「いいっ!?」
>「あれは!飛翔機雷!!」
>「僕の逸物でヒィヒィ言わせてやるぜ――いや、ドカンドカン言わせてやるぜェェェー!!」

対象をロックオンし、飛翔機雷が発射される!
単身であれば避けることも可能だろう。ロンは地上へと視線を向けた。
だが彼女は――リアはどうする?動きが止まった。ゴーレムの事は分からぬが、外見からしても向こうの方が性能は上だろう。
共同戦線と言えども、ロンの行動指針は社長命令が第一だ。打倒侵入者、それだけで目的は果たされる。
しかし、ロンの根底にある性格がそれを良しとしなかった。「女性を見捨てては男じゃない!」

バチッ。電流が宙を走り、両手両足へと収束していく。着弾する前に落雷で叩き落そうという算段だ。

「(いけるか!?)……うぉわっ!?」
>「この痴れ者めっ!!そのような言動を平然と婦女子の前でするとは!恥を知れ!!」

勇敢にも、悪く言えば無謀にもリアは憤怒に任せ前進する。
しかし激しい揺れでロンは取り乱し、ゴーレムの肩に掴まったことにより計画は頓挫。収束した電流は霧散する。
同時に淑やかな女性への幻想も儚く散った。帝国の女性は何故こうも逞しすぎるのか。

37 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/08/18(土) 15:09:55.16 0

――その時。

>「……ぁぁぁぁああああああー!!」
>「ぎゃあ!」
「うひゃあっ!?」

後方からダイレクトアタックによる衝撃。ゴーレムははずみで地面を縦回転。
そしてロンはといえば、肩から投げ出され宙を舞い、くるりと一回転。リアの操作するゴーレム上に着地。
勿論ローリングしているので足を動かさなければならず、サーカスの玉乗り状態である。愉快な光景である。

「わったたたたっあああっ!?」

このままではリべリオンの青鎧と衝突してしまう。ゴーレムはまだしも、ロンがまともにぶつかればタダでは済むまい。
「いや待てよ」、ロンの中の悪魔的思考が囁く。「この女性には悪いが、いっそぶつけちゃえば良いんじゃね」?
繰り返す、ロンにゴーレムの事など分からぬ。精々、滅茶苦茶デカくて頑丈という位にしか理解できていない。

「ゴメン!」

結論、やっちゃえばいいじゃない。後で謝っちゃえば大丈夫さ。
決断までのこの間、僅か一秒。リアのゴーレムを台に跳び上がり、リべリオンへと肉薄。
再び全身へ電気を収束させ、天上へ突き立てた二本の指先へと集中。先のオークション会場での閃光さながらの強烈な光を放つ!
肉薄からの接近戦へと見せかけた、リべリオンに対しての目潰し行為。

「さっき此処を地獄にすると言ったな。だったら――先に俺はお前に天国を見せてやろうか?」

閃光を放つ中、青鎧の肩に飛び乗り、リべリオンの耳元で低く囁く。
が、直ぐに青鎧の上から少年の姿が消える。ロンが降り立った場所は――リべリオンが落としたバールだ。
ここからは最大出力で、それこそ全ての力を出し切り、筋肉を駄目にする覚悟でいくしかない。
あの変態(リべリオン)に一矢報いたい、その一心でだ。

「はぁぁぁああ――――――――……!」

ゴーレムが持つ為の巨大なバール。それを、普通の女子より背の低いロンが持ち上げるにはかなりの出力を必要とする。
遺才の高圧電流で筋力を強化するにしても限界があるし、いずれは肉体にガタがくる。
しかし、ここで諦めては男が廃る。天才の、『一匹龍』の名が廃る。クローディア商会の名が廃る。

「破ァァアッ!」

まずは脚部に集中――バールを蹴り上げる。ミシリと右足の中が音を立てた。
天へと直立した巨大な棒の先を、リべリオンの方へ向けるべく、歯を食い縛り、左足でもう一撃。
筋肉が筋一つ残らず悲鳴を上げ、左足の骨も折れる音がした。しかし、バールは衝撃と振動で宙へ浮く。
どんなに重かろうと、一瞬でも地面から離れれば僥倖。その浮いた一瞬、狙いを定め、両拳を揃え、殴り上げる!
遂に、両腕も折れる音がした。だが、脂汗の浮かんだ顔は、勝機の笑みで満ちていた。

「串刺しになっちまえーーーーーーーーっ!!」

リべリオンの背後、というより青鎧の臀部に向けて、バールを「発射」させる!

【サポート所か女性をローリング放置+利用という外道行為、あまつさえ土台に→目潰し→バールで串刺し目的 両腕両足骨折】

38 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw :2012/08/20(月) 19:39:27.49 0


「……」

――――フィン=ハンプティ。彼の最期の時は近い。
僅かに残る生命で遺才を稼動させてはいるものの、肉体としては半死。
ボルトやスイに道を示す思念を返してはいるものの、意識としても半死。
既に、生きているのが奇跡という状態である。
……だが、それでも
ボルトの的確な判断力に、スイの実力。
二人の手を借りる事により、後一歩。
あと一歩で希望に手が届くところまで来たのだ。

だというのに

>「ここまで来て……これかよ……!!」

そこには壁が聳え立っていた。壁が行く手を阻んでいた。
フィンという青年の生を拒絶するかの様に。彼の死を望むかの様に。運命を是正せんとでもいうかの様に。
あと一歩。されどその一歩は遥かに遠く。
三人の手ではどうしようもない絶望の出現に、場の空気が切迫する。

>「この壁の向こうにアイレルがいることは間違いねえ。だが、向こうに行く手段が……ない」

迂回する時間は無い。それをすればフィンは死ぬ。
現状は、そう言い切れる程に危うい。
なぜなら、既に――――フィンの呼吸は止まっているのだから。
後は、緩やかに心臓の停止を待つ状態であるのだから。

>「くそっ、くそっ!――おいアイレル!お前も天才の一人だってんなら!」

(ああ――畜、生――――)

遠くでボルトが何か叫んでいる気配がしたが、酸素の供給が止まった肉体は急速にフィンの意識を黒く包む。
死ぬ。フィンの意思が、意識が、意義が、その全てが無に還り――――

………

……



















――――ここはまだ、お前の世界じゃねぇよ

39 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw :2012/08/20(月) 19:40:07.45 0

(……)

(……あたた……かい……)

暗く冷たい「無」に沈んでいたフィンの意識。
その意識に突如、光が差し込んだ。
暖かな光だ。母親を思わせる優しい光だ。
その光はフィンの意識を包み込み――――

>「――普段……貴方が、受け持ってくれている痛みに比べれば!何のことはありませんっ!」

初めに聞こえたのは、女の声。機能を失った筈の耳は、けれども確かにその声を捉え、
一拍遅れてそれがノイファの声であるという事をフィンに認識させる。
続いて戻ってきたのは、体温――――血液――――臓器機能――――。

体が失っていた何かを、光が補填していく感覚。
それは治癒の恩恵に預った経験の無いフィンにとって初めての感覚だった。
戻ってきた痛みの感覚すらも急速に、波が引く様に消え去っていく。

(ああ……そうか)

未だ重い瞼をそれでも薄く開いてみると、光と共に写ったのは、
壁に穿たれた小さな孔。そして、そこから伸ばされた手と見知った女の顔。

「……助けてくれたんだな。サンキュー、ノイファっち」

掠れた声でフィンは呟く。
いかな"活性"の術式といえど、呼吸も、そして心臓も止まりかけた人間を全快させるのは困難であった筈だ。
だが今回は、フィンの遺才が持つ魔術干渉への拒絶効果。そして、敵であるアネクドートの行使した遺才反転の術式。
それを見越し利用したノイファの策略により、その困難は『成』された。
……或いは、これは奇跡といってもいいだろう。人の手で齎された奇跡だ。
例えばボルトやスイが後少し遅れてきただけで、間に合わなかった。
それ程までの希薄な確率。彼らはそれを、掴み取ったのである。

フィンは、眼を開き地面に手を当てゆっくりと立ち上がる。
肉体は、ノイファにより注ぎ込まれた魔力を余すことなく吸収し、全快。
いや、むしろ常よりも力が満ち満ちている。

「それじゃあ……今度は俺が助ける番だよな」

血液で真紅に染まったマントをはためかせ、
虚構の殻を終わらせたフィンは、一人の男として立ち上がる

「ノイファっち、ボルト課長、スイ……あぶねぇから少し離れてくれ」

……見れば、フィンの両腕をいつの間にか鎧が覆っていた。

それは、いつか見た黒色の鎧。
自身の身体を幾度も蝕んできたこの黒色の鎧の正体に、瀕死を経てフィンは辿り着いていた。


40 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw :2012/08/20(月) 19:41:13.94 0
恐らく――――フィンの両腕の鎧は、肉体の一部が『魔族』化したものだ。

他人を守る為に肉体を酷使し、おぞましい回数損壊させ続けてきたが故。
魔術ではなく、遺才の治癒力のみによって傷を治し続けてきたが故。
人間の肉では追いつかない部分の復元を、魔族の因子である遺才が保全し、人の肉を魔の肉が汚染、置き換わり続けたその

結果。
歪んだ人格が肉体までをも変質させた罪業の証。
その変質が「気」という不安定なエネルギーを糧に具現化した物。それがこの鎧の正体だ。

名をflawless(フローレス)。
『完全』の意を関するその鎧は、『闇』の属性の気の性質と『天鎧』の魔族の性質を内包しており
フィンが加えた衝撃――力の流れの先から、まるで植物が地から水を吸うかの如くに『気』を吸収する、
まさしく攻防一体の完全な鎧である。
いつか洞窟で壁を損壊させたのも、強盗の刃物を瓦解させたのも、この鎧の効果だ。
そしてその対価は、吸収した過剰な『気』による人体機能の損失――――
……だが、今回に限っていえばその対価を心配する事は無い。
『レコンキスタ』により魔の性質は反転し、機能していないからだ。

故に、今の黒鎧は『気』の性質のみを有し、触れた部分を脆くする程度の効果しか齎せない。
――――だが、それで十分だ。

フィンが黒鎧を纏う腕を大きく振りかぶり、壁に撃ち当てると……
ノイファによって孔を空けられ脆くなっていた壁は、孔を基点として数人が通れる程度に瓦解した。
舞い上がる埃。散る瓦礫……その先をフィンは睨む様に見つめ、
そして、そこに女――――数刻前に自身を沈めた女の姿を捕らえると、宣言する。


「アネクドート……って言ったな」

「――――来たぜ。宣言通り、『俺達』の世界をあんた達から守りにきた」

「俺の我侭を、押し通しに来た」


浮かべているのは快活な笑みではない。獣を思わせる獰猛な笑み。


「さあ、お前の全てを『阻まれる』覚悟はいいか?」

【フィン:なんとか回復。その後、レコンキスタの影響を受けない『気』で出来た黒鎧で孔の空いた壁を崩す】


41 :名無しになりきれ:2012/08/21(火) 17:37:05.09 0
保守

42 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/08/21(火) 23:47:58.58 P
>「面白い話……ですか。分かりました。じゃあまずは……こんなのはどうです?
 『このどうしようもなくジリ貧の状況から、元老院の陰謀を台無しにする方法』とか」

マテリアが朗々と語り始めるその眼前で、リフレクティアは引っ張ってきた木箱にどかりと腰を落とす。
オークションの出品物である以上は、この木箱の中身も相当に価値のあるものであるはずだ。
しかし、それはオークションが十全に機能していればの話である。
これらの盗品は、娑婆では値段がつかないもの。故に、白組によって始めて価値を保証されるもの。
白組が瓦解してしまえば、当局に嗅ぎつけられるリスクを無駄に負うだけの、がらくたに成り下がる。
そしてそれは、マテリアが抱える零時回廊の片割れにも言えることであった――

>「私はこの街の従士として、これをあなたに返す事が出来る」

境界線の向こうから、"がらくた"が差し出された。
そんじょそこらのがらくたではない。片割れと共に揃えば国家も滅ぼす神代のがらくただ。
しかし零時回廊はがらくたのままでなければならない。そう在ることを、この国の為政者達に望まれている。

>「これでタニングラードは、この騒動に対して十分な対応をした筈です。
 今は片割れだけですが、もう片方の所在も掴めていますし、既に最悪の事態は回避しました」

(でも、回避されちゃまずいんだよなあ。タニングラードには、最悪の事態で居続けてくれなきゃならねえ)

『最悪の事態』に対する責任を問うことで、帝国はタニングラードを暫定支配下に置く心積もりなのだから。
それはもちろんマテリアとて承知だろう。
だから、建前だけの茶番を早々に切り上げて、マテリアは本題に切り込んだ。

>「ここからは帝国の都合をつける為のお話です」
>「物は使いよう、この街を支配するのに領事裁判権なんて大逸れたものはいらないんですよ。
>「でも、北方の僻地で一個人が起業する事に文句をつけられる国家はどこにもありませんよね。正真正銘の独り占めです」

「"無血の恭順"って奴か……」

教育は、その共同体の意志の方向性を決定づけるにおいて極めて大きな役割を担う要素だ。
それは子供のしつけに似ている。子供の価値判断基準は、法律や道徳によるものではない。
――何をしたら褒められて、何をしたら怒られるのか、その二極だけだ。
同じように、高等な教育の根付いていないこの街で、帝国に都合の良いことばかり教えこめば。
やがて教育を受けた者達が成熟したとき、――街は帝国親派の稼ぎ頭でいっぱいになる。
経済がモノを言う商人の街タニングラードにおいて、それは実質的な恭順完了といえるのではないだろうか。

「緩やかな侵略行為じゃねえか!えげつねえこと考えるなヴィッセンお前!?」

『教育の掌握』。それは侵略国家が植民地を支配するやり方に、よく似ていた。
そして実に素晴らしい偶然だったが――帝国は、正真正銘の侵略国家なのだ。

>「どうです、悪くない話でしょう?ここまでが、帝国の都合をつける為のお話です。そして……次が最後」

マテリアは言った。

>「ウィットさんの命を繋ぐ為の話です」

ウィット=メリケイン――元老殺しユーディ=アヴェンジャーの助命という、国逆罪級の嘆願を。
どこまでも整然とした、論理に乗せて。

>「この街の平和を蝕み続けてきた、誰も手出し出来なかった悪を暴く。それが出来れば、この街の誰もがその情報源を信頼します」

43 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/08/21(火) 23:51:02.34 P
マテリアの話はつまりこうだ。
護国十戦鬼をただ縛り首にするのでは、その珠玉の遺才と熟練の戦闘技術を国家から喪失するだけだと。
ならばいっそ、罪人という枷を嵌めたまま、タニングラードを植民地に変える尖兵として遣えば良いと。

>「かつての身分も名声も失って、北方の僻地で最下層の子供達の親代わりをしながら、
 帝国の為にこの街を守る事に人生を捧げさせる……とか、どうでしょう?」

死罪ではなく、流罪に。
北方の果てに封じた大罪人に、犯した罪以上の利益で以て国家に贖えるよう取り計らって欲しいと。

>「これで、私の話はおしまいです。プランを実行する為の手札はもう、揃っています。
 後はあなたが熱意さえ示してくれれば……きっと、全てが気持ちよく終われる筈なんです」

「そうだな」

リフレクティアは、木箱から腰を上げた。
アヴェンジャーの前に立ちはだかる、マテリアの前に己が刻んだ、線引きの前まで歩み寄る。

「理にかなっていると思うぜ、そして妙案だとも思う。保身まみれのジジイ連中よりずっと、お前の方がこの街を見てる」

でもな、とリフレクティアは言った。

「確かにこの場で話を聞くのはこの俺だけど、最終的な意思決定権は『その』元老院にあるんだぜ。
 お前の提案したプランが、実際に実を結んで確かな利益になるのは十年後か?二十年後か?
 その間、目の前にある金のなる木を我慢して、元老一人分の損失を抱えてこの国は待ち続けなきゃならねえわけだ。
 ただでさえうちの国は貧乏なんだ――老い先短い政治家共が、生きてるうちに償却できる見込みのねえ投資をするとは思えねえぞ」

学校を作るのも、新聞社を作るのも、初期費用からして都市事業クラスの資金が必要になる。
盗品オークションの再開が見込めない現状、多くの盗品が価値のないがらくたに成り下がった。
もともと汚職によって繁栄した街だ、現在のタニングラード全体の総生産力を鑑みても、都市事業を起こす体力はないだろう。
白組を潰すという彼女たちの前提は、街を汚職から救うと同時に、街そのものの首を締めてもいるのだ。

同時にタニングラードは貿易によって反映した街でもあるが――それは諸外国の思惑と街の理念が噛み合っていたからこそだ。
マテリアのプランは、長期スパンではあるが帝国の一人勝ちを狙うもの。
普通ならば誤魔化しようもあろうが、南方・西方から監査が来ている現在、護国十戦鬼を放置しておくことは不自然に過ぎる。
例え今は貿易で自国に利益があっても、十年後二十年後に総取りされるぐらいなら、ちっぽけな都市一つ腐らせてしまったほうが良い。
諸外国がそう考えたらば、タニングラードの自由貿易など即座に断絶してしまうだろう。

「つまりお前は、お前らは。国家からの一切の資金援助を受けずにこの街で事業を起こさなきゃならない。
 こいつは莫大な金額だぜ、白組が機能しなくなったこのタニングラードじゃ、街中ひっくり返したって出てこない額だ」

リフレクティアは、こう言っているのだ。

「――そんな金がどこにある?」


【最終問答。資金はどこからひり出すの?】

44 :スイ ◆nulVwXAKKU :2012/08/23(木) 22:23:24.77 0
>「お前が死んだ人間のことを、いつか乗り越えなきゃならないと思っているなら。
 ——そいつがお前の開始すべき、お前自身の"状況"だ。存分に遊撃し、遠慮無く支援(おれたち)を頼れ。
 そのためにもハンプティを救うぞ、まずは相対するために。おれたちが、お前をお前の戦場へ押し上げてやる」

ボルトの言葉が、すとん、と心の中に落ちた気がした。
随分と長いこと、この二重の人格を抱えて生きてきたが、彼の言葉はスイに確かに響いた。

ボルトとフィンを支え、道を急ぐ。
フィンの体温低下が著しい。
敵に遭遇する度、音を出さずに制圧する。
ようやくノイファ達の近くに着いたかと思えば、目の前を阻んだのは壁だった。
今の状況では、この壁を突破する以外手だてがない。
しかし、ここの三人では突破できない。

>「くそっ、くそっ!——おいアイレル!お前も天才の一人だってんなら!」
>「——こんな壁の一つや二つ、ぶち破ってみせやがれ!!」

半ば八つ当たりのようにボルトが念信器に向かって叫ぶ。
いっその事裏を発狂させ、突破するのもいいのではないかと考えた直後、腹の底に響くような轟音を立て壁に穴が空いた。

>「——普段……貴方が、受け持ってくれている痛みに比べれば!何のことはありませんっ!」

そう叫びながらノイファが穴から手を伸ばしてくる。
スイは咄嗟にフィンの体をノイファの手に近づけた。
ノイファの口から紡がれるのは、聞いたこともないようなものだった。
しかし、フィンの体が回復を始めている事だけはわかった。そして比例するかのように、ノイファの顔に浮かぶ疲労の色が濃くなっていくことも。

「……課長、ナイフを」

ボルトからナイフを返してもらい、それを逆手に持つ。

>「ノイファっち、ボルト課長、スイ……あぶねぇから少し離れてくれ」

回復し、立ち上がったフィンの言葉に従い、スイは一歩下がる。
いつの間にかフィンの腕には黒色の鎧があることに気づき、その禍々しさに、わずかにスイは目を細めた。
振り上げた彼の腕が壁とぶつかる。
その瞬間、壁は命を吸い取られたかのように、崩れ落ちた。
そして、崩れる壁の向こうに先程の女がいることを認める。
スイは速攻のために、ゆっくりとナイフを構え、腰を少し落とした。

>「さあ、お前の全てを『阻まれる』覚悟はいいか?」

フィンの言葉が静かに告げられる。
それは、火蓋が切られる音だった。

45 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/08/26(日) 20:29:46.93 P
放たれた二基の飛翔機雷が、双頭の蛇の如く相対するゴーレムへ迫る。

>「この痴れ者めっ!!そのような言動を平然と婦女子の前でするとは!恥を知れ!!」

「ハハッおいおい駄肉ことセフィリアちゃん!"そのような"ってのは具体的にどのような言動のことを指しているんだい?
 耳の穴フルオープンの集音性能全開で謹聴してやるから一言一句恥らいながら言っ・て・ご・ら・ん」

リベリオンはアルカイックなスマイルで叫んだ。

「しっかり者で耳年増な幼馴染みたいになァァァーーーッ!!」

左右に開いた炸裂術式のあぎとが、その狭間にセフィリア・ガルブレイズの駆る機体を捉える――その刹那。

>「ぎゃあ!」
がくんとゴーレムがよろけて、勢い止まらず縦に回転しだした。
目測を外された飛翔機雷の双頭は虚空にあぎとを閉じ、そのまま交差して起爆せず明後日の空へとよろよろ走っていく。

「ファミアちゃん!またお前か!!」

ゴーレムを転倒させるほどの大衝撃。
それを実現したのは機体の背後にこびりつく、ファミア=アルフートの影。
さきほど確かにセフィリアと一緒に叩き潰したと言うのに、やっぱり彼女も生きていた。
生きて、まるでそうするのが種としての本能とでも言うように再び仲間の背中を強襲していた!

「ブーメランの眷属にでも改名しとけェェーッ!」

先のウルタールにおける戦いでも、彼女はかように偶然の中から天恵のような生存を掴みとってきた。
その握力で、運命相手に、生き残りへの隘路を毟りとってきた。
ファミアを背中にくっつけているに限り、おそらくまたぞろセフィリアは何かしらの幸運に助けられてこちらの攻撃をスカすだろう。
ならば、先んじて潰すべきは眼前のゴーレムの駆り手ではなく、未だヤモリのようにへばりつくファミアその人に他ならぬ。

「その肉轢き潰してッ!グラムいくらで流通させて地元経済に貢献してやるッ!!喰らえ地産地消パーンチ――」

青鎧の残された隻腕が、ファミア(遺伝子組み換えなし)を美味しい粗挽き肉団子に調理せんと振るわれた刹那。
リベリオンの視界が眩き閃光の炸裂によって途絶された。
視覚素子が一瞬で焼き切られ、予備素子が起動するまでのほんの僅かな間隙が、致命的な硬直を彼にもたらした。

>「さっき此処を地獄にすると言ったな。だったら――先に俺はお前に天国を見せてやろうか?」

青鎧から生えた彼の首元で、囁く者の声がする。
東方訛りの垣間見える帝国語。あの金髪の雷使い。

「ナイスなアイデアだ、レエイ家の。お前が僕のお目々を焼いてなけりゃ、諸手を挙げて歓迎したいがね!」

気配はすぐに消えた。青鎧の肩からロンが飛び降りたのだ。
どこに行ったか――生憎と軍用ではないこの青鎧に探査兵装は装備されていない。
『いまから作る』にしても、さっき食べた"材料"は飛翔機雷に殆どを費やしてしまっていた。
故に、リベリオンは気付けない。

>「串刺しになっちまえーーーーーーーーっ!!」
彼と合一となった青鎧の、尻に向けて。
――天をも衝こうかと言わんばかりの鋼鉄の剛直が、ロン・レエイの渾身の一発によって突き込まれんとしていることなど!

「アッ――――――!!」

土木作業用の、重心低く引き締まった青鎧のヒップに、尋常ならざる太さと硬さの棒が捩じ込まれた。
リベリオンは声にならない叫びを挙げ、目から滂沱の涙を流し、瞳孔がぐるりと眼窩の中で一回転した。
彼はその特異な能力故に、合一したゴーレムと擬似的な感覚共有を行なっているのだ。
その感覚は人型のゴーレムにおいてはほぼ人体と同じ位置のフィードバックで繋がっている。
ロンがぶち込んだ棒がリベリオンにどのような感覚を齎したかは、ああ、最早ご想像にお任せするほかない!

46 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/08/26(日) 20:32:39.08 P
(だが!しょせんは人の身による投擲!例え薄くともゴーレムの装甲を突破できるものじゃあない!)

リベリオンの直感は正解、臀部の装甲でバールは停止していた。
ゴーレム用武器ほどの巨大質量だ、重力に逆らうだけで相当の運動エネルギーを消費してしまっていたのである。
この時点でリベリオンの勝機は疑いようのないものであった。
誤算があるとすればそれは――

「せ、セフィリア・ガルブレイズ! 前かがみのままこっちに来るなァーーー!!」

セフィリアの駆るゴーレムは、未だ勢いを保ったままこちらへ向かって『コケ続けている』ことであった。
ずどん!と砲声じみた衝突音。倒れこんできたゴーレムが、青鎧を地面に仰向けに押し倒す。
――ケツに棒が刺さったままの青鎧を。

「アァオ"オ"オ"オ”オ”オ”!!!!」

ゴーレム二体分の重みが鉄棒を凶器に変え、リベリオンが交尾中の猫みたいな声を出して悶絶する。
尻を突き抜け、腰部の駆動機関をめちゃくちゃに破壊したバールが、そのままセフィリアの乗るゴーレムをも貫通。
ゴーレム二体の串刺しがあっという間に完成し、あとは火を通せば食べごろのバーベキューである。

「マイガーーッ!信じられない!どうしてそこまでできるんだよ!どうしてお前らは、そこまで命を賭けられるんだ!」

自身の駆るゴーレムを重石に使ったセフィリアは言わずもがな、先ほど垣間見えた姿を見るにロンなど四肢を砕いている。
死んだら元も子もないはずなのに、彼らはむしろ積極的に自分を痛めつけて戦っている。
左遷されて自暴自棄になったのか?それとも――命を賭けるほどに価値のあるものが、彼女たちの背後にあるのだろうか。

「遅れてる!この国は遅れてる!そんな旧態然とした騎士道精神なんか畑の肥やしにしてしまえッ!
 僕は認めないぞ、お前らのそんなイカれた生き方なんか!」

直上の空。夜空に華差す二つの輝きがあった。
リベリオンがゴーレムの片腕分の材料を丸々費やした二基の飛翔機雷は、その分大変に高い性能を備えていた。
直撃すれば現用のどんなゴーレムであっても一撃のもとに破壊し尽くせる大火力。
そして――直撃しなければ何度でも進路を補正して対象を追い続ける驚異的な誘導性能だ。
先ほどスカされた飛翔機雷が、上空にてデータの補正を完了して今、再びセフィリア達を撃滅すべく帰ってきた。

「みんなまとめて吹っ飛んで、新しい時代の礎になっちまえ!」

貫かれ、地面に縫い付けられた二体のゴーレムは、お互いの重みで満足に逃げることができない。。
先刻のように幸運によって回避することもままならないだろう。
そして飛翔機雷の管理は既にリベリオンの手を離れているために、彼を殺したり脅したりしても最早停めることは不可能だ。

これが最後の窮地であった。

 * * * * * * 

「ロン――」

クローディアは退避させられた庭園の端で、伸びたランゲンフェルトを足元に転がしながら、叫んだ。
その手に握るのは、先刻ロンから返却された一枚の金貨。

「あたしが買うわ――あんたの生存を!!」

虚空に弾いた金貨は掻き消え、同時にロンの四肢へこの一瞬だけダニー・ナーゼム二人の能力が宿ることになるだろう。
デュアルワーカー。5日前にダニーにも発動した、労働力の重複を実現する遺才魔術である。

「命令は唯一つ。『なにがあろうと、まもってみせ』なさいッ!」

かつてロンがクローディアに誓った言葉。噛み締めるように、叩き込んだ。


【ラスト1ターン。降ってくる飛翔機雷二発を迎撃せよ・ロンにデュアルワーカーを発動→商会メンバーの遺才を一瞬だけ使用可能】

47 :名無しになりきれ:2012/08/27(月) 17:12:52.03 0


48 :名無しになりきれ:2012/08/29(水) 11:17:50.87 0
てst

49 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/08/29(水) 15:41:08.93 0
ぐるりと世界が巡りました。
バックチャージの勢いで、セフィリアの青鎧と一緒に転げているからです。
抱えていた木は脚部なり腕部なりに引掛っているのか、行けども行けども外れません。

>「その肉轢き潰してッ!グラムいくらで流通させて地元経済に貢献してやるッ!!」
「先にっ!」
ごろん。
「のしイカにっ!!」
ごろん。
「なりそうですっ!!!」
ごろん。

ファミアは転がるたびに機体と幹の間で丁寧にプレスされていきます。
あとはリベリオンの一撃が最終工程といったところ。
匠の仕上げ技"地産地消パンチ"がまさに炸裂せんばかりとなった、その瞬間。
白光が夜気を灼きました。

>「串刺しになっちまえーーーーーーーーっ!!」
>「アッ――――――!!」
突然の網膜への刺激に目を白黒させている状態では、聴覚によって状況を判断するしかありません。
でも聞いてもなんだか判別できません。というかあんまり聞きたくないたぐいの声です。
それでも――直後のものに比べれば、それはまだしも耳に心良かったと言えるでしょう。

>「せ、セフィリア・ガルブレイズ! 前かがみのままこっちに来るなァーーー!!
> アァオ"オ"オ"オ”オ”オ”!!!!」
耳にも心にも痛い一連の大騒動は、野獣と化した監査官の咆声で終了となりました。

>「マイガーーッ!信じられない!どうしてそこまでできるんだよ!どうしてお前らは、そこまで命を賭けられるんだ!」
いかにも信じがたいといったリベリオンの声(普通のトーンに戻っていて一安心です)。
他の二人はともかく、ファミアは至ってシンプルな答えを返すでしょう。
曰く、『死にたくないから』。その故に死地に飛び込むことができるのだと。

50 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/08/29(水) 15:43:25.91 0
俗説に、"獣に腕を噛まれたらその腕を口に押しこめ"というものがあります。
えづくので噛んでいた腕を吐き出すからということですが、実際にやれば押し込んだ分だけしっかり噛まれてお終いです。
しかし、ファミアの行動原理はつまるところこれでした。

状況を変えるためにやれることをすべてやる。
嫁に出されるのを待つばかりの末っ子という立場からの脱却を目指して軍人を志した。
そこでも脱落して掃き溜めと称された遊撃課へ。
そして今、考課のために奔走する日々。

現在のところファミアの人生はとても成功しているとは言えないものです。
けれど、"座して死を待つ"などという思考は理解し難く、受け入れられません。

しからばなぜ死を忌むかと問われればこれも明瞭。
『怖いから』です。
生きている以上、真に理解することはできず、理解した時には全て終わってしまっている、その状態が何よりも。

それを安らぎと呼ぶ人もいるようですが、ならば今すぐ首をくくってみてくださいとファミアは言うでしょう。
あるいは死とは新しい始まりなのかもしれません。しかし、そうではない可能性も当然残ります。
たとえ痛みが増えても、いつか得られる喜びのために生を得ようとすることはそれほど不可解なことでしょうか?

>「遅れてる!この国は遅れてる!そんな旧態然とした騎士道精神なんか畑の肥やしにしてしまえッ!
> 僕は認めないぞ、お前らのそんなイカれた生き方なんか!
> みんなまとめて吹っ飛んで、新しい時代の礎になっちまえ!」
「たしかに騎士道精神なんかどうでもいいです。……でも、礎になるのはお断りします」
騎士であるセフィリアの前であんまり吐いちゃいけない台詞がファミアの口をついて出ました。

折り重なって打ち貫かれた二体の青鎧。
その、もうお腹なんだか背中なんだかわからないところから、バールの先端が顔をのぞかせていました。
ファミアは機体の上に仁王立ちになるとそれをしっかと掴み、全力で引き抜きました。
「私は、恋も、夢も、成就したことがないんです」
ごそりと抜けたケーブルやパイプを、一つ打ち振るって払い落とし、装甲板の上で足をにじります。

51 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/08/29(水) 15:45:43.06 0
両手で握りしめたバールを左肩へ担ぐように肘を引き、かすかに右足を持ち上げる。
その足をつま先をわずかにこするようにしながら前へ出し、しっかりと踏み込む。
そこを基点に下半身を捻り、体重移動と捻転の力を肚へ。
合わせて上半身も捻転を開始。脇は締め、手の甲は返さず――

「――だから!まだ死ねません!」
叫ぶなり、眼前まで迫った飛翔機雷にバールを振り抜きました。
足場にしている二体のゴーレムが力を分散して地面に伝えてくれるおかげでスタンスに乱れはなく、まずワンスイング。
コンパクトにミートされた機雷はファミアの上後方へ抜け、
そこで何か匂いでも嗅ぎつけたのかのように庭園の隅へと向かって行きました。

素早くバールを振り戻し、今度はアッパースイングを二発目の機雷に叩きつけます。
下っ面をかち上げられた機雷は、何の手応えも残すことなく北の夜空にアーチを描いて消えました。
二振り目はさすがに無理があったのでしょう、ファミアはバランスを崩して倒れこみ、
手から離れたバールがどすん、と地面に突き立ちました。

とりあえずの危機は回避しました。
――が、スタンドインしたはずの"危機"は即座にバックホームされてきています。
ならもう一振り、と身を起こしかけたファミアの手に明らかに何かが破れる感触が伝わりました。
(いやいやまさかここでそんなベタな)
などと考えながら見てみると、めくれた装甲板に手袋が引っかかって裂けていました。

まだ手袋としての体裁はありますが、下手に動くととどめを刺してしまいそうです。
これがなくなれば当然遺才を発動していられません。
その状態では、回避しても爆発に巻き込まれてしまうでしょう。

しかし、このまま手袋を破かないように慎重に外して……などとやっていると、
機雷に直撃されてファミア自身にとどめが刺されます。

どちらを選択すべきかと焦るファミアと機雷の距離が、急速にゼロに近づいていました。
このままだと座り込んだまま死んでしまうことになりそうです。

【ファウルボールが観客席の社長を急襲。ホームランかと思ったら外野フライだった】

52 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/09/01(土) 13:05:18.45 0
このタニングラードではいろいろなことがありました
貴族として、騎士として価値観、考え方がいろいろ破壊されました
しかし……しかしです!
人としての尊厳まで破壊されるとは思いませんでした!!


>「ハハッおいおい駄肉ことセフィリアちゃん!"そのような"ってのは具体的にどのような言動のことを指しているんだい?
 耳の穴フルオープンの集音性能全開で謹聴してやるから一言一句恥らいながら言っ・て・ご・ら・ん」
>「しっかり者で耳年増な幼馴染みたいになァァァーーーッ!!」

口の端を少し吊り上げ顔はまったく穏やかそうな笑顔を張り付けていますが
こうも邪悪に映るとは!!

「貴様のような矮小な人間の逸物で私を喜ばすだと……
笑わせるな!!貴様の矮小な逸物なのでは生娘である私どころか
誰であれ悦ばせられるものか!」

私はこの街に来て沸点が低くなった気がします
そもそもコケながら凄んでも相手は聞いていないかもしれません

>「せ、セフィリア・ガルブレイズ! 前かがみのままこっちに来るなァーーー!!」

ほら、聞いてはいない
あんなに狼狽してみっともない……
ただでさえ底が浅いのにさらに浅く見えるというものです

痴れ者のゴーレムを少年が放ったバールが突き刺さる
私のゴーレムは止まらない
止まらないなら逃げればいい
思い立ってと同時に横にある扉を蹴破りなんと脱出します
両手にはなにもなくともこれぐらいのことができなくては

……回転しているのによく逃げれたものです
まあ、あいつは逃げれなさそうですけどね

>「遅れてる!この国は遅れてる!そんな旧態然とした騎士道精神なんか畑の肥やしにしてしまえッ!
 僕は認めないぞ、お前らのそんなイカれた生き方なんか!」

激しい衝撃音、獣のような咆哮のあと、馬鹿者が叫びます
まったく……このようなものに騎士道などと口にしてほしくないと思いましたね

「騎士道とは!誰かのために命をかけること!」

私は駆け出します

「騎士道とは!国家のために生きること!」

私は串刺しのゴーレムを駆け上がります

「騎士道とは!けして悪を許さぬこと!」

私はリベリオンを殴ります
まったく騎士道を教えるのも楽ではありません

53 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/09/01(土) 13:05:53.12 0
最後のあがきにアホが飛翔機雷を飛ばしました
飛翔機雷を私ではどうすることもできません
遺才を発揮できるものなどなにもありませんから

変態を殴る蹴るしているとアルフートさんがよじ登ってきました
無事だったんですね……

アルフートさんが遺才を発揮し飛翔機雷を打ち返します
打ち返した方に目を向けると視線の先には見覚えのある少女が

「あれは……クローディアさん」
飛翔機雷は彼女のほうに向かいます
そして、ファミアさんの手袋が破れ、遺才を発揮できない状況です
ゴーレムの上にはただの貴族の令嬢二人と変態が一匹という奇妙な構図が完成しました

「私はこんな変態と心中は嫌ですね……」

頼みの綱の少年のほうへ目を向けると満身創痍……
なにか出来ることはないかと考えた時……

>「命令は唯一つ。『なにがあろうと、まもってみせ』なさいッ!」

クローディアさんが少年に向かって叫びます
彼女たちは正確には遊撃課と敵対していますが
この歳仕方がありません!

「少年!私達の命をあなたに預けます
か弱い少女3人を守るのは男子の本懐と思い
私達を守ってください」

私は少年に自らの命を掛け、彼の者へと向き直します

「名前は……たしかリベリオンと言いましたか?
貴族の……騎士の尊厳を穢した罪は重いのです
私の素性を知りながらの蛮行……万死に値します」

飛び出たパイプの一本を引き抜き
私は罪人の心臓を一突きにしようと構え、突き出しました

54 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/02(日) 12:14:50.58 P
叩きつけた拳に返ってくる重い手応えは、この壁が如何としても破れぬ堅牢さを持つ証。
ボルトはそれでも、腕を振りかぶらずにはいられない。
ハンプティが絶命する、幾ばくもない余命のうちに、己が拳が壁を破壊すると渇望して。
それがどんなに極微の可能性であっても……奇蹟を、願わずにはいられない。

>「ええ、ご命令通りに。もっとも、そんなに大声で叫ばなくたって聞こえて――っ!」

――そして、奇蹟は起こった。
生と死を残酷なまでに峻別する壁が、数回目の殴打に応えるようにして砕け、向こう側からノイファが顔を出した。
四肢宿した獣に牙剥かれ、折れ飛んで尚爪を壁に突き立てる、襤褸布のようになった奇蹟の担い手がそこに居た。

「!!」

同時、ノイファの肩越しに見える何者かの腕先から、不可視の力が飛んだ。
キィン!と金属音が重なって、ボルト、スイ、そしてフィンの足元に正方形の術式陣が描かれる。
教導院でひと通りの魔法史を修めたボルトは直感的にその正体を知った。
帝国式のものと大系は異なるが、攻性結界。それも、魔術ではなく奇蹟再現――聖術のものだ。
スイの言っていた、遺才を逆転させる聖術とはまさにこれのことだろう。
リフレクティアの連れてきた、二人の異国人の、片割れ。

>「――普段……貴方が、受け持ってくれている痛みに比べれば!何のことはありませんっ!」

しかし、ノイファは止まらない。
もとよりこれを待っていたのだ。ここで止まるはずもない。
既に自発呼吸を停止していたフィンの、色の失せた肌が、やにわに輝き出す。
ノイファの回復聖術・『活性』が、破魔の遺才を黙らせたフィンの肉体へ直接作用する。

そして――

>「それじゃあ……今度は俺が助ける番だよな」

フィン=ハンプティが。
体中の骨を刻まれて、夥しい血液を失い、最早自分の意志で呼吸することすらままならぬ――満身創痍の彼が。
己が日本の足で立っていた。
纏う真紅のマントは風にたなびく翼のようでもあり、そしてその双腕は人ならぬ者のそれで覆われている。

「こいつは……"甲殻"?」

フィンのマテリアルである鎧がなんらかの影響を経て変質したものと見るのが妥当だろう。
だが、その黒き氷質は鋼鉄ともまた趣を異にしている。
生物由来の、甲殻種の魔物に多く見られる強化外骨格によく似ていた。
そして甲殻が内包する禍々しさは、魔物の比ではない。この気の遠くなるような膨大さは――"魔族"。

55 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/02(日) 12:15:46.03 P
(ハンプティの触れた壁が……風化したみてえに崩れて――?)

ノイファが血塗れになってようやくぶち開けた壁の穴を、フィンの片腕は触れるだけで容易く広げてしまう。
膂力を使った気配がない。故にこの破壊は、人外の両腕に付与された生得的能力!

>「ノイファっち、ボルト課長、スイ……あぶねぇから少し離れてくれ」

フィンはそう言い残すと、余人三名を残して前に出る。
相対するは異国の聖術使い。死の淵から還ってきた男は、静かに裡の獣性を解き放つ――!

「よくやった、アイレル。ご苦労だった、スイ。おれ達の仕事はここまでだ」

ボルトはフィンの助言通りノイファとスイを自身の後ろへ下がらせて、状況を述べた。

「勝負はこれで決まりだろう。あいつの両腕を見たか?たった今このクソ分厚い壁を揚げ菓子みてえにぶっ壊したのを。
 ――ハンプティは、『防御力を司る』。今のあいつは、従来のあらゆる攻撃から自分を護る防御力に加え、
 自分のあらゆる攻撃を、相手の防御力を下げることで貫き通す力を持ってる」

それこそ、対物破壊剣術『崩剣』のように、ただ殴るだけで対象がひとりでに崩れ去るような光景が生まれるだろう。
例え異国の神官が、遺才を殺す技術に長けていようとも、フィンは既にその範疇から逸脱しているのだ。

「あとは全てハンプティにまかせておけば大丈夫――」

ボルトは、後ろの二人の部下に振り向いて言った。

「――なんて、とってつけたような納得で済ませるようなタマじゃねえよな、おれ達は!!」

自分より何かができる人間に、任せきってしまった方がいいのは当然だ。
それが分業という考え方だし、人類は古来よりそのようにして集団生活を営んできた。
今、この場でフィン=ハンプティが一番うまく戦えるのは確かだ。
だから彼に全て一任して、ボルト達は端っこで指でも加えて観戦し、適当に解説役でもやっていればいい。
書類だって溜まっている。ノイファの怪我の治療も必要だ。

だが、ボルトは知っているのだ。
遊撃課は――そういう『賢い選択』ができないから寄せ集められた、掃き溜めの英雄たちであることを。
ボルトが音頭をとるこの部隊は、彼らのそういう在り方を否定の最果てで肯定してやるための、最後の居場所なのだから。

「総員、状況継続。――ついさっきまで死にかけてたハンプティの野郎に、美味しいとこ全部もっていかせるな!!」

 * * * * * *

56 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/02(日) 12:17:33.79 P
四肢に獣を宿したフィオナ・アレリイが壁に突っ込んだ時、アネクドートは内心で喝采を抑えられなかった。
レコンキスタが命中し、女傑はバランスを崩してブレーキをかけそこねたに違いない。

「は――ははははっ!私のッ!私の勝ちだ魔族殺しッ!!」

止まり損ないにしてはやけに深く突き刺さった壁際の様子に違和感すら覚えぬ高揚。
そのままに、アネクドートは攻撃術式を銀杖の先に練り上げる。
しかしその過程で、彼女は暖まった心に冷水を浴びせられることになる。

「は――?」

フィオナの突き刺さった穴が、横紙を縦に裂くような音を立てて、一際大きく粉砕したのだ。
そこから歩み出てきた男に、彼女は見覚えがあった。

「貴様は……"異国の護り手"! 何故生きている!?」

先刻、タニングラードの入門ゲートにて同志リフレクティアが徹底的に傷めつけた遊撃課の一員。
満身創痍に加え、駄目押しにアネクドート自身が『盤面返し』を食らわせた遺才使い。
助かる傷ではなかったはずだ。否、例え命を拾っていたとしても、かように五体が十全に機能しているはずがない。
血塗れで、すたぼろで、地を這いずっているはずの男だ。

>「アネクドート……って言ったな」

だが、彼はここにいた。

>「――――来たぜ。宣言通り、『俺達』の世界をあんた達から守りにきた」

鮮血のような赤をなびかせ、禍々しき黒を纏って、アネクドートの前に再び立ちはだかった。

>「俺の我侭を、押し通しに来た」

(瀑布の如き濃密な魔力……この男は既に、遺才という領域すらも!)

逸脱している。
如何なる奇蹟の賜物か、あるいは必然の象徴か。
ハンプティと呼ばれた男の両腕に宿るのは、最早遺才ではない――

遺才遣いは、魔族の能力をその血に色濃く残した特異体質保持者達だ。
常人よりも常識の外に一歩踏み出した存在。しかしその後ろ足は、未だヒトの領域についたままだ。
天才たちは、人外の能力をその身に持つ――『人間』なのだから。
だがハンプティは自身をヒトの身に留める楔すらも、解き放ちつつあった。

(遺才遣いの自己進化――ヒトの身体と魔族の才、そのバランスを逆転させているのか!)

彼は、『魔族寄りの人間』から――『人間寄りの魔族』へと跳躍しつつある。
それは二年前に、帝国の中枢で行われたとある実験が求めた成果と同じものだった。

かつて『赤眼』と呼ばれる魔導具が、帝都の富裕層を中心に出回ったことがあった。
膜状のそれを眼球に装用するだけで、どんな病も快癒し超人の膂力を得られるという触れ込みの代物だ。
効果は覿面だった。多くの人がこぞって赤眼を求め、たくさんの貴族が両眼を赤く染めていた。

そして、『赤眼』にまつわる一連の騒動は、ある日の夜に全ての決着をつけることになる。
――『帝都大強襲』という、過去最悪の事件の引き金を引く形で。

赤眼は、装用者の血脈に眠る魔族の因子を強制覚醒させ、全身の血を魔族のものに置き換えることで。
人間を魔族に変える機能を持った魔導具だったのだ。

57 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/02(日) 12:19:33.08 P
夥しい犠牲の果てに生まれた災厄を、フィン=ハンプティは赤眼なしで再現しようとしている。
道具による補助なしで行う魔族化の、特筆すべき特筆は唯一つ。
全て己の身の範疇で行うが故の、完全恣意制御。ハンプティは魔族化にあって、己を失っていない。

>「さあ、お前の全てを『阻まれる』覚悟はいいか?」

ずお……と頬を叩くのは、ハンプティが肉体より発する不可視の圧力だ。
風が吹いているわけではない。目の前の魔族が肉を軋ませるその極微の動きだけでアネクドートが総毛立ったのだ。
幾多もの天才を倒してきた『遺才殺し』が、ついさっきまで死にかけていた遺才遣いに畏怖している。
その事実は、完膚なきまでにその場の弱と強とを峻別していた――!

「ふ……ふふふふはははははは……!」

閾値を超える恐怖にさらされた人間は、不随意に笑いを零すという。
笑い飛ばすことで、目の前のどうしようもない絶望を冗談に変えてしまいたい心理がはたらくからだ。
だが、アネクドートの哄笑は恐怖によるものではなかった。

「『風帝』『魔族殺し』に!『魔族』そのものか!不足ない、相手にとって不足ないぞ!
 ――だが、勝ちすぎる荷でもない!!正域協会渉外部・『遺才殺し』アネクドート――武人として手合わせ願おう」

銀杖を剣の如く構え、そこに奇蹟を重ねる。
『天蓋の剣』。最大顕現数にして十三掛ける十三の魔力刃を、全て銀杖へと収束し、纏わせる。
結果として生まれるのは、館崩しを超える乙種ゴーレムだって頭から真っ二つにできるような、長大かつ幅広の力場剣。
実体剣ならこんな小部屋で振り回せば天井や外壁にぶち当たって止まるだろう。そもそも重くて持ち上がらないかもしれない。
しかし、魔力によって構成され、奇蹟によって研ぎ澄まされたこの刃は、いかなる物理的障害も切り裂いて目標へ到達する。
『崩剣』が対物に絶対の破壊力を持つ剣術ならば、この剣は刀身に隔てられた両者を切り裂くことだけに特化した『剣型の結界』だ。

「――聖術・攻性結界『忌み数の刃』。貴様が全てを阻むのならば……抉じ開けて、押し通そうぞ我が刃!」

対集団戦に特化したアネクドートの戦術奥義。
この一撃を躱しても、刃によって蹂躙された壁や天井は崩落し、遊撃課を横から上から襲うだろう。
アネクドートは重さのない銀光の刃を、身体全体で振り回すようにして横に薙いだ。
平等な死を齎す最後の刃が、相対する彼らへ迫る!


【刃形大規模結界『忌み数の刃』による横薙ぎのラストアタック】

58 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2012/09/03(月) 04:58:51.82 0
>「理にかなっていると思うぜ、そして妙案だとも思う。保身まみれのジジイ連中よりずっと、お前の方がこの街を見てる」

マテリアは静かに、まだ続くだろうレクストの言葉を待っていた。
彼女の口角は微かに吊り上がっている。成功を確信した者の笑みだ。
彼女は考え得る限りの提案をした。
自分が紡いだプランは、手持ちの情報から導き出せる最善のものだったと確信していた。

だが彼女のプランには一つ、見落としがあった。
いや、むしろ半ば無意識に、最も重要な問題から目を逸らしていたと言うべきだろうか。

さっきマテリアは「あなたが熱意さえ示してくれれば」と、そう言った。
それは間違いではない。だが完全な事実でもなかった。
彼女のプランを実現する為に本当に必要なものは、

>「確かにこの場で話を聞くのはこの俺だけど、最終的な意思決定権は『その』元老院にあるんだぜ。
> お前の提案したプランが、実際に実を結んで確かな利益になるのは十年後か?二十年後か?
> その間、目の前にある金のなる木を我慢して、元老一人分の損失を抱えてこの国は待ち続けなきゃならねえわけだ。
> ただでさえうちの国は貧乏なんだ――老い先短い政治家共が、生きてるうちに償却できる見込みのねえ投資をするとは思えねえぞ」

全ての最終決定権を持つ元老達の熱意だ。
レクストが言う通り、到底望み得ないもの。
それが分かっていたからこそ――マテリアは現実を言葉にする事から逃避したのだ。

彼女の顔から笑みが消えて、微かに表情が引きつった。

>「つまりお前は、お前らは。国家からの一切の資金援助を受けずにこの街で事業を起こさなきゃならない。
> こいつは莫大な金額だぜ、白組が機能しなくなったこのタニングラードじゃ、街中ひっくり返したって出てこない額だ」

そして元老院からの、国庫からの投資が得られないとなれば、

>「――そんな金がどこにある?」

プランに必要な金は全て、マテリアが用意しなくてはならない。
彼女は表情を苦々しく歪めて、目を細めた。

「……お金、ですか」

資本金は当初、軍属時代の上官や貴族達から手当たり次第に揺すり取るつもりでいた。
彼女の遺才と技能を使えば十分可能な金策だ。

「お金は……も、もちろんありますよ!ええと、例えば……」

マテリアは威勢よく答えた。
けれどもその勢いは数秒も続かない。
すぐに彼女は言い澱んだ。視線が揺らいで、瞬きが増える。
口元を隠すように右手が動いた。遺才発動の動作ではない。
返答に窮した人間が、それを隠そうとするあまりに見せる仕草だ。

マテリアが落ち着かない挙動を見せている理由はとても単純だ。
彼女が予定していた金策はもう、今となっては使えないのだ。
元上官や貴族から脅し取った金は所詮、違法な手段で、帝国内から絞り出した金に過ぎない。
そんな物に頼って事業を為す事を、レクストが納得するとも、元老院が認めるとも思えなかった。

59 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2012/09/03(月) 04:59:23.78 0
ならば、正当な手段で金を借りたのならばどうだろうか。
元老院からの投資は望めなくとも、タニングラードの現状と自分のプランを伝えて、
その上で融資をしてくれる人間はいる筈だ。

(けど……駄目だ。それだけじゃ弱すぎる……!)

帝国の一人勝ちを悟った時点で、諸外国はタニングラードからの撤退を始めるだろう。
それはつまり、汚職と貿易によって大成した街から富が損なわれていく事を意味する。
いずれ価値を失う事が目に見えている街に、ただそこに住む人々を救う為だけに、
資金を融通してくれるような善人は、この世の中に決して多くはいない。
そもそも一から十まで全て他人を頼りにする事を、策だとは到底言えない。

「お金、は……」

そして汚職と貿易の両方を失った時、タニングラードは雇用の減少を併発するだろう。
産業が未発達なこの街は外から金が入ってこなくなった後も、外に金を吐き出し続けなくてはならない。
失職者が増え、街の中で回る金の総額は減っていく為に賃金の水準も保たれない。
生まれるのは今以上に残酷な暴力だ。
裕福な人間を狙い澄まして行われてきた計算ずくの仕事ではなく、持たざる者同士が奪い合う破滅的な略奪の応酬。

そんな街を救う為に、一体どれほどの金がかかるだろうか。
タニングラードが単独でも生きていけるように産業を起こし、雇用を作り、治安を維持する為には、途方もない金額が必要になる。
それほどの金を用意する術は、能力は――マテリアにはない。

(駄目だ!何も思いつかない……!ここまで!ここまで来たのに!)

マテリアは顔を伏せて、何一つ言葉を発せなくなっていた。
言葉を頼りに戦う彼女が沈黙する。
それが意味する事は、極めてシンプルだった。
出来ない。答えられない。彼女は失敗したのだ。

(……だけど、せめて)

涙が滲み淀んだ眼を上げて、マテリアがレクストを睨んだ。
瞳には暗い光が宿っていた。敵意を秘めた眼光だ。
右手は既に口元にある。あとは深く息を吸い込んで、吐き出すだけでいい。
それだけで彼女は雷轟にも勝る、竜の咆哮をも凌ぐ大声を束ね、放つ事が出来る。
聞いてしまった者の聴覚と平衡感覚を一瞬で破壊する、必殺の大音響を。

だが――それがなんだと言うのだろうか。
レクストの遺才と得物は、マテリアに一呼吸の間すら与えないだろう。
肺腑を貫くか、右手を切り落とすか、喉を裂くか、首を刎ねるか。
彼女の最後の足掻きをいとも容易く、如何様にでも、終わらせられる。
それに、そもそもレクストを排除したところで状況は好転しない。反抗はまるで無意味だ。

そんな事はマテリア自身も分かっていた。
それでも良かった。

(せめて、私も一緒に……!)

マテリアはウィットと共に殺されるつもりだった。
それは彼が一人で死んでいくのが可哀想だからとか、そんな感傷的な理由ではない。
彼に詫びる為でもない。どんな償いをしようとも、彼の失望を拭える訳がないのだから。

マテリアはウィットに、あなたは死ななくてもいいし、死なせないと言ったのだ。
そして彼もそれを信じてくれた。命がけの決意を翻してまで。

60 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2012/09/03(月) 04:59:55.29 0
(なのに!なのに私は……結局ウィットさんを助けられなかった!
 散々希望を持たせて、引き伸ばした挙句に、彼を裏切ったんだ!)

激しい情動が思考を支配する。
どれほどの時間が流れようと決して消える事のないだろう自己嫌悪が、胸の奥で黒い渦を巻く。

(私は……どうしようもない愚か者だ!この世で最も不名誉な人間だ!だから――!)

そんな『ウィットを死なせた大嘘つきの自分』のまま生きていくのは、ただ死ぬよりもずっと辛い。
だから彼女は今ここで死ぬ事を選んだ。
そしてそれはレクストの手によって呆気なく実現する――筈だった。





けれども不意に、轟音が聞こえた。
屋敷全体を揺るがすような衝撃音。ノイファ・アイレルが巨獣の力をもって、屋敷の壁を破壊した音だ。
そして、音はマテリアにとって最も身近で、重要な情報――故に彼女は殆ど反射的に、音源の方向を振り返っていた。
致命的な反逆を起こしてしまう、その直前に。

右手は既に口元から離れ、左手と同じく、耳元に添えられている。
それもまた習慣的な動作だった。

発動された超聴覚が音を捉える。
未だ続く戦闘による破壊音、同僚達の呼吸と心音、随所で交わされる会話、その全てを。

(あ……ハンプティさん……助かったんだ……。アルフートさんも……良かった……)

彼女の心にまず生まれたのは、安堵の情。
だがそれはすぐに、後から溢れてきた後悔と劣等感に塗り潰される。

(あぁ、やっぱりこの課は素晴らしい部隊だった。
 駄目なのは私だけだ。あれだけ天才を気取っていたくせに……私だけが、助けたい人を、助けられなかった)

>「――――来たぜ。宣言通り、『俺達』の世界をあんた達から守りにきた」
>「俺の我侭を、押し通しに来た」
>「さあ、お前の全てを『阻まれる』覚悟はいいか?」

(……カッコいいなぁ。私もそんな風に、ウィットさんを助けたかった)

羨望と願望を、心の中で呟いた。だがそれは最早叶わぬ望みだ。
自分にはもう何一つとして、切れる手札は残っていない。
失意と諦観の重みに負けるかのように、マテリアの両手がゆっくりと降ろされていき――

>「『風帝』『魔族殺し』に!『魔族』そのものか!不足ない、相手にとって不足ないぞ!
  ――だが、勝ちすぎる荷でもない!!正域協会渉外部・『遺才殺し』アネクドート――武人として手合わせ願おう」

けれども途切れ際の超聴覚が捉えた一つの声に、はたと動きを止めた。
フィンの宣告に呼応して上げられた、喜色を帯びたその声は、己を『正域協会渉外部』――すなわちエルトラスの人間だと名乗っていた。

(……西方の人間が、どうしてここに?)

>「遅れてる!この国は遅れてる!そんな旧態然とした騎士道精神なんか畑の肥やしにしてしまえッ!
  僕は認めないぞ、お前らのそんなイカれた生き方なんか!」

自己嫌悪の底に沈んでいく暇もなく、もう一つ、庭園からも声が聞こえた。
帝国を時代遅れと貶す声――南方、共和国の民の言葉だ。

61 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2012/09/03(月) 05:01:16.04 0
(……共和国も?これは……偶然な訳、ないよね。今回の一件を嗅ぎ付けて、向こうもこの街に介入してきたんだ)

二つの声は情報だった。
この屋敷には今、西方と南方の人間がいる。
今までマテリアが知らなかった、新たな情報――新たな手札だ。
まだ、何か出来る事があるかもしれない。

「あ……そ、その……今この屋敷には、エルトラスと共和国の人間がいる筈です!」

そう思うと、マテリアは咄嗟に叫んでいた。
もう随分と沈黙が続いていた。何か、なんでもいいから口にしなければと焦ったが故の発言だ。

が――彼女の発した言葉は、だからどうしたとしか言いようのないものだった。
レクストが放った最後の問いは『資本金の都合をどうつけるか』だ。
この屋敷にどこの国の誰がいるかなんて事はまるで関係ないし――アネクドートとリベリオンの存在なら、彼は既に知っているだろう。

「えっと、それでですね!……ちょっと待って下さいね!ちゃんと考えはあるんですけど、何分まとめながら喋ってるもので!」

マテリア自身、自分がまるで素っ頓狂な事を言ったとは分かっているようだ。
慌てて取り繕うように、少しでも思考する時間を稼ぐ。

(でも、思わず叫んじゃったけど……こんな情報、今更何の役に……)

けれども考えれば考えるほど、諦観が脳裏に積もっていく。
マテリアは頭を振って、それをまとめて払いのけた。

(違う!諦めちゃ駄目だ!私はさっきまで知らなかった事を、今知った。
 なのに何も変わらないなんて事、ある筈がない!
 そう、知識は力、情報こそが命……新たな情報を知った私なら、今度こそウィットさんの命を救える!
 これが正真正銘、最後のチャンス……だから考えろ!考えて、考えて、考え抜け!マテリア・ヴィッセン!)

俯かせた頭を抱えるように、右手で目元を覆う。
視界を遮って深く深く思考に没頭した。

(増えた手札はたった一枚……これを切るだけじゃ何も変えられない。
 だったら……この情報を活かせる、他の情報がある筈!いや、絶対ある!
 なかった時の事なんて仮定しても、もう遅い!)

後戻りや言い直しなど、既に出来ないところまで来ているのだ。

「そう、彼らの存在こそが!資金調達の鍵になるんです!」

だったらいっそ開き直って、突き抜けた方がいい。
そう決め込んでマテリアは顔を上げ、努めて自信満々に声を張り上げる。

(落ち着いて考えてみれば……当然の事だ。お金がない帝国の中から資金を絞り出そうとするから、行き詰まる)

つまり――

「帝国にお金がないのなら!よそから搾り取ればいい!そうでしょう!」

それは机上の空論を、更なる暴論で実現させるかのような、無謀な提案だった。
一体どこの国が、他国の金のなる木を育てる為に、金を払ってくれると言うのか。
断じて、そんな国がある筈がない。

(そう、ある筈がない。だったらどうすれば?……簡単だ!払ってもらうんじゃなくて、払わせればいい!
 その方法は……今から考える!)

他国に無条件で金を払わせる、最も普遍的な方法――それは戦争賠償だ。
つまり戦争に勝利して、戦争を起こした責任の全てをおっ被せて、賠償金を要求する事。

62 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2012/09/03(月) 05:01:51.29 0
「そして、その方法は!…………えと、もう一度まとめなおしますので、もう少し待って下さい!」

けれども、

(それは……流石に無理、だよね。元老院からすれば、そんな大事にしなくたってこの街は手に入るものなんだから。それに……)

今の大陸諸国の情勢は、絶妙な均衡を保っている。
それを帝国が一方的に崩そうとすれば周辺諸国から袋叩きにされるのは目に見えている。
だからこそ遊撃課は可及的速やかに、タニングラードから零時回廊を回収しなければいけなかったのだ。
他の国々が結託して帝国を攻める大義名分を与えない為に。

(……あれ?だったら……『大義名分さえあれば、袋叩きにされるのは帝国じゃなくたっていい』んじゃないの?)

ふと、マテリアの中で小さな閃きがあった。

(そうだ……!繋がった!私はとっくの昔に……いや、最初から知っていたんだ!)

今まで手に入れてきた情報がパズルのように、頭の中で一繋がりの絵に組み上がっていく。

(よその国を叩きのめして、金を絞り取る、その方法を!)

失意と諦念に暗んでいた視界が、明るさを取り戻した。

「お待たせしました!その方法はですね――彼らを『国際犯罪者』として捕らえればいいんです!
 そう……『タニングラード最大かつ合法的な企業を、違法な手段によって壊滅させた』重罪人として!
 彼らはまさに今、武器や攻性術式を用いてこの街の従士隊を攻撃しています!
 被害はオークション会場であるこの屋敷や従業員にも及んでいるでしょう。
 顧客の信用も大きく損なわれてしまったに違いありません!
 これは紛れもなく、悪質で、違法で、かつ計画的な業務妨害です!」

ずっと目の前にあった道が、今やっと見えるようになった。
後はその道をひたすら突っ走ればいい。そう言わんばかりにマテリアの語りは加速する。

「『白組』は正直言って、最低最悪な人非人の集団でしたが……それでもこの街では合法的な企業でした。
 もちろん武器の秘密所持は違法ですけど、業務内容にはなんの問題もありません。それとこれとは、また別の話です」

それに秘密所持に関しては、その気になれば隠蔽だって出来るだろう。
あまり好んでやりたい事ではない。が、大事の前の小事という言葉もある。
そういうやり方だってあるという事を意識しておいても損はない。

「彼らの提供するサービスを求め、外から多くの人がやってきて、街にお金を落としていく。
 白組がタニングラードにもたらしていた経済効果は絶大です。
 それを違法な手段によって営業不能に追い込んだ彼らは間違いなく!国際的な重罪人と言えるでしょう!
 ……ま、実際色々やったのは私達遊撃課なんですけど。誰も明らかに出来ませんからね、そんな事は」

そしてその『国際犯罪者』の内一人は、一般人ではなく、
彼女自身も名乗ったように武人――戦闘用の聖術を使用可能な神殿騎士である事が既に分かっている。
彼女の違法行為は、国際問題に仕立て上げるには十分過ぎるものだ。

また――リベリオン、彼はまさに今、セフィリアの手によって命を奪われようとしている。
が、それはそれで好都合かもしれない。
どのみち彼らの犯した罪は、彼ら自身の死だけで償えるものではないし――なにより死人に弁解は出来ないのだから。

「彼らの犯した罪は、招いた損害は、到底個人で償える物ではありません。
 ……ですから国に償ってもらいましょう。
 白組が今後タニングラードにもたらしたであろう経済効果に代わる、
 また今後タニングラードの景気が落ち込む事で帝国が受けるだろう損益の、賠償金をもって」

だが、彼女が嬉々として語るプランの真の目的は、その賠償金ではない。
話にはまだ続きがある。

63 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2012/09/03(月) 05:06:43.10 0
「そして、その賠償金を支払わせた事で……更に一つ、二国に約束をさせる事が出来ます。
 『賠償金を払わされた事に逆恨みした経済的報復を防ぐ為に、今後とも交易にはタニングラードを介するべし』と」

国際貿易に関する条約の一つに『最恵国待遇』というものがある。
簡単に言ってしまえば「貿易に関して他のどの国よりも貴国を優先します」という約束だ。
これは幾つかの状況で締結される。例えば同盟国との結びつきを強めたい時や、未熟な小国を援助する際に。
そして『領事裁判権』と同様に――敗戦国が戦争を起こした責任を取る為に、片道通行の最恵国待遇が結ばされる事がある。

「この約束の何がいいかって言うとですね。
 それを結ばせる時にはまだ、私達以外に、タニングラードがこの先どうなるのかを知る者はいないって事なんです」

マテリアは唇の前に人差し指を立てて、うっすらと笑う。
彼女のプランは長期的に、密やかに進めていくものだ。
故にそれが表面化するのは当分後の事になる。西方と南方がタニングラードへの最恵国待遇を約束した後に。
つまり二国は、帝国が一人勝ちを目論んでいると気付いた後に、それでも変わらずタニングラードに金を落とし続けなくてはならなくなる。

「と……この策が成功すれば、タニングラードは向こう数十年、二国が滅ぶか戦争でも起きない限り、一定以上の価値が保証される事になります。
 このご時世、投資のリターンが確実に望めるなんて、いっそ詐欺を疑っちゃうくらいの超優良物件ですよ。貴族様や商人達だってお金を惜しまない筈です」

そして、タニングラードの価値を揺るぎないものにした上で、投資を募る。
それがマテリアの直接行える金策だった。
賠償金は所詮、国から国へと渡るものだ。
援助に回してもらえるのなら僥倖だが、それを頼りに話を進める訳にはいかない。

「という訳で、早速なんですけど」

だから、あまりカッコはつかないけど、これが最後の一言だ。

「……リフレクティアさん。お金、貸してくれませんか?」

両手を合わせて片目を瞑り、気の抜けるようなお人好しの笑顔を浮かべて、マテリアはそう言った。



【タニングラード最大の企業『白組』を潰した責任を、西方と南方に負わせてやりましょうよ!
 そうすれば賠償金も手に入りますし、経済的報復を禁じるって名目でタニングラードとの貿易を強制させられますよ!
 そうして価値の保証されたタニングラードなら貴族や商人からの投資だって望めると思います!
 あと遅くなってすみませんでした!】


64 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/09/06(木) 03:11:15.18 0
力なく地に落ちる四肢。
まるで鉛でも呑みこんだかのように重い体。
脳髄は焼き切れそうな程の熱を訴え、両の目は焦点を結ばない。

それでも、ノイファの口元は薄く笑みの形に吊り上る。

>「それじゃあ……今度は俺が助ける番だよな」

耳朶を打つのは、半死人としか言い様のなかった以前の物とはまるで違うフィンの声。
少年のような快活さこそ無いものの、活力と決意に満ちた、静かな咆哮。

「ええ……頼らせて頂きますよ。」

霞む視界で仰ぎ見る。
最初に映ったのは翼の如くはためく深紅の外套。
次いで深淵を湛えるかのような禍々しい漆黒の外装。
どちらも、かつてフィンが身に纏っていたものとは違っていた。

朱に染まったマントはまだ、良い。彼がその身を挺して遊撃課を救った証なのだと理解できる。
しかしフィンの両腕を覆う黒甲、あれは――

(――まさ……か)

ノイファは息を呑み込む。
フィンに起こった変容。
それが何なのか、この場に居る中で最も理解しているのは、間違いなく自分だろう。

『帝都大強襲』と呼ばれ、今なお爪痕を残す、惨劇の一夜。
魔族の集団が帝都を襲ったとされているが、それはある意味正しく、ある意味間違っていた。

魔族の大部分は外から来たのではなく、帝都の内より生じたのである。
"赤眼"と呼ばれる魔導具によって、人間が次々と魔へと転じ、果てた。
それこそが帝都大強襲の真相だ。

(だとしたら……、私は――)

――何としてでもフィンを止めなければならない。
右も左も判らないような成り立ての魔族とはわけが違う。
"天才"と蔑まれるフィンは、より高位の血を継承している存在であり、しかも力の扱いにも長けている。
ならばその脅威は、かつての惨劇とは比べ物にならない可能性があるのだ。

「フィン……さんっ!」

両の腕と両の脚。
震えが止まらないのは疲労のせいか、それとも目の前の存在に恐怖しているからか。
どうか前者で、と神に祈り、ノイファは壁を支えに立ち上がる。

65 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/09/06(木) 03:15:44.66 0
>「よくやった、アイレル。ご苦労だった、スイ。おれ達の仕事はここまでだ」

不意に後ろから肩を掴まれた。
何を悠長なことを、と焦りも露わに振り向いた先で、ボルトの視線と自身のそれが絡みあった。

>「勝負はこれで決まりだろう。あいつの両腕を見たか?たった今このクソ分厚い壁を揚げ菓子みてえにぶっ壊したのを――」

こちらの様子などまるで意に介す風もなく、滔々とボルトは状況を告げた。
彼自身、二年前の真相を知る側の人間である。そしてノイファ同様、近しい者を失って居る。
だというのに、そこには怒りや怯えの色はまるで見えない。

>「あとは全てハンプティにまかせておけば大丈夫――」

あるのは部下に対する全幅の信頼のみ。

(そう、でしたね)

つられるようにノイファは頷く。
アネクドートに対峙する時に、フィンは危ないから離れていろと、そう言ったのだ。
決意を貫き通すために体を"魔"へと転じさせただけで、魂まで譲り渡したわけではない。

最も理解しているつもりでいて、結局一番判っていなかった。つまりはそういうことだ。
声には出さずフィンに詫び、両手で自身の頬を張る。
失態は行動で取り返す。今までもそうしてきた。

>「――なんて、とってつけたような納得で済ませるようなタマじゃねえよな、おれ達は!!」

声色を変え、相好を崩し、ボルトが声を張り上げる。

「ええ、もちろん。これだけ体張ったのだから、特別手当請求するためにもう一働きしときましょうか。
 ただ一つ忠告しておくと、"ウチの店"に来る時みたいなニヤケ顔になってるから、皆の前ではやめた方が良いです。」

ノイファも口を吊り上げ、それに倣った。

>「総員、状況継続。――ついさっきまで死にかけてたハンプティの野郎に、美味しいとこ全部もっていかせるな!!」

「状況了解。とは言っても遺才は使えないと来てるから、大分厳しいのだけどね。」

なによりこの傷では満足な戦闘行動は望めない。
もっとも武器の供給が見込めない以上、剣士としての自分はほぼ何も出来ない。

(だから……腕は後回しですねえ)

両脚に最低限度の"治癒"を施し、ノイファは再びアネクドートに対峙する。

66 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/09/06(木) 03:19:20.22 0
>「ふ……ふふふふはははははは……!」

アネクトードが笑う。
最早"遺才遣い"と区分するのも憚られるようなフィンの威容を前にしながらだ。
並みの手合いであれば自棄になったで片付けられる話だが、そうではない。

>「『風帝』『魔族殺し』に!『魔族』そのものか!不足ない、相手にとって不足ないぞ!
  ――だが、勝ちすぎる荷でもない!!正域協会渉外部・『遺才殺し』アネクドート――武人として手合わせ願おう」

目の前の脅威を正しく認めた上で、それを打倒してみせると笑い飛ばしたのだ。
言うだけなら易く、行うならば難い。しかしそれでも"遺才殺し"たる彼女はやってのけた。

極限まで研ぎ澄ました魔力を、無数の刃へと練成し、重ね束ねて、一振りの長大な聖剣を鍛ちあげる。
銘にして曰く、攻性結界『忌み数の刃』。でたらめな程の奇跡の塊。
生身であれば防ぐことなど到底適うべくもなく、魔族そのものとも言えるフィンですら致命傷を負いかねない。

「だけれど私も、"こっち"の方はいつに無く絶好調なのよ。貴女のおかげでね!」

腕を振るって血を飛ばす。紡ぐ聖句。発現するのは"聖剣(ラグナ・フラタニティ)"。
血液を媒介に増幅させた奇跡が、スイの持つ鎖とナイフを、純白の光で覆いつくす。
あの力場剣が『天蓋の剣』を束ねた物であるならば、同じ聖術の刃で噛み合えるのは先刻確かめたばかりだ。

『簡単に作戦を説明するわ――』

耳飾りを指でなぞる。
身軽で器用なスイにしか頼めない、およそ作戦とは呼べないような代物だ。

『――その鎖をアレに巻き付けて、少しで良いから食い止めて。
 剣より先に、こっちの拳が彼女に届けば私たちの勝ちよ!』
 
水平に薙ぎ払われる全てを切り裂く斬撃に、真っ向から立ち向かい、絡め取る。
それもあちこちに出品物が散乱する、足場も視界も最悪の室内でだ。
だからこんなのは作戦ではない。
普通であれば到底不可能な、命を天秤に乗せての曲芸を要求しているに等しい。

それでもノイファは信じる。
自在に風を操り、無数の風を読む"風帝"の異名を持つ天才を。

なぜなら――如何なる無法も可能にする。無理を通して道理を破る。理屈の通じない破滅的な戦闘芸術こそが、本物の『天才』なのだから。

「"予言"するわ!アネクドートさん、貴女は敗北する。理由は簡単よ――」

迫る刃の担い手に向け、刃圏の内から微動だにせず、ノイファは告げる。
腰に手を当て、指を突きつけ、口を笑みに吊り上げながら。

「――貴女は一人だけれど、私たちは信頼できる仲間と共に戦っているのだからっ!」


【スイに聖術支援、なんとかして力場剣を食い止めて。
 そしてその間に真正面から殴りつけて。】

67 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/09/09(日) 00:12:22.97 0
>「アァオ"オ"オ"オ”オ”オ”!!!!」

灰色の寒空に、聞くに堪えないリべリオンの絶叫が喧しく轟く。
汚らしい悲鳴を聞きながら、一矢報いたとロンは笑みを浮かべた。
リアのゴーレムごと串刺しとなった奴は、もう動けまい。任務は全うしたのだ。

「―――――!」
ロンの皮膚が裂け、血が噴き出す。関節が嫌な音を立て、体中から、骨が悲鳴を上げる音を聞いた。
やはり齢16ばかりの少年の体には負担が重すぎた。
短期間における幾度も重ねた身体強化の電圧に、肉体の方がついていけなくなったのだ。
振り子のように身体と視界が揺れ、雪原の中に崩れ落ちた。
全身が熱い。四肢がまるで炉にくべられた薪のように熱を持っている。
熱と激痛で脳が沸騰してしまいそうだ。雪でさえこの熱を冷やしきれないようだ。

>「マイガーーッ!信じられない!どうしてそこまでできるんだよ!どうしてお前らは、そこまで命を賭けられるんだ!」

首だけを動かし、リべリオンへと視線を向けた。どうして、と問われたが、ロンからすれば寧ろ問い返したいくらいだ。

思い出す。二年前、帝都を襲った悪夢と言う名の地獄。
病弱だった母の危篤の報せを聞いて帰郷したロンを出迎えたのは、血と肉の塊と化した家族の姿だった。
他の親族達は喰われた身内を見捨ててとうに逃げ出し、もぬけの殻となった屋敷は血の海に沈んでいた。
今でも忘れられない。最後の闘いの場となったであろう、屋敷の大広間の惨劇。
潰れて焼け焦げて肉塊となった魔物の残骸の中心で、両親は息絶えていた。

父はその気になれば、たった一人で逃げることも出来ただろう。
屋敷を捨てて、襲い来る魔物達をいなして、帝国の外に出ることも可能だっただろう。
でも、そうはしなかった。屋敷に留まり、その命が果てるまで、最期まで魔物に抗い続けた。
子供だったロンには、死んだ父の行動が理解出来ず、一時期は独り残された事を恨みすらした。

(ロン、私は「家長」だ。代々継がれる「雷」の名を賜り、雷封じの上衣を纏った時から、私はこの一族の長なんだ)

父の顔がぼんやりと思い浮かぶ。幼い自分を膝に乗せ、大きな手で頭を撫でてくれたものだ。

(時々私は、大人になりたくないと思ったものだ。いや、大人になった今でも、時々子供であるお前を羨むよ。
 大人ってのは辛い。身体がでっかくなったと思ったら、色んな物を背負って生きていかなきゃならなくなってた。
 家長として、来たるべき時の為に拳を振るわなきゃならなくなってた。だが私はそれを受け入れた。受け入れなきゃならなかった。
 本当に、本当に難儀なものだ。けれどね、後悔はない。それらを背負い続けることが苦だけではないと、知ることが出来たから)

幼い自分は、首を傾げるしか出来なかった。哀しそうながら、誇らしげな父の顔を忘れることはないだろう。

(それを教えてくれたのは、母さんだったんだ。若く力の使い方を誤りかけた私を正し、私が一番輝ける道を提示してくれた。
 私の行為が女帝様の怒りに触れた事は悲しい限りだったけど、母さんには感謝しているよ。こうして今、私は喜びを噛み締めていられる)

父は誰よりも輝いていた。命の底から、空に煌めく一つの星のように輝いていた。

(一族を守るため、愛する妻とお前を守るため、何より私自身の義務を守るため、私は死ぬ時まで拳を振るい続けるだろうよ。
 目の前にあるものが、抗いようのない理不尽や絶望や死だったとしても、全て守るためにその身を削り続けるだろうよ。
 例えその判断が愚かだと言われようと理解されまいと、守るべきものの為に命を賭すと、この拳と心に誓うだろうよ。)

想い出の中の父の顔が歪み、血に塗れて死に浸かった色に変わる。

(ロン、どうか、忘れないでくれ。私が死した時、護ろうとしたものを。
 どうか、恨まないでくれ。もしもの時、お前を残して死に逝く 私 を  ――――……)

68 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/09/09(日) 00:13:10.07 0

父が最期まで護ろうとしたもの。
己の命も未来も省みず、貫き通そうとしたもの。
傷つきながら、喰われながら、父は人間としての矜持を捨てず、立ち向かって死んだ。
命を捨てる代わりに、生きる以上に大切な物を持ち続けた。
父の腕に抱かれ、髪一つ乱れず死んでいった母の骸が、それを証明していた。

今なら分かる。彼が確かに護りたかったもの。
命を賭してまで、譲れなかったもの。
彼も同じだったのだ。ロンと同じ、生真面目で、強情な、一人の男だったのだ。
何より大事な「女性」と「人間としての矜持」を最期まで守り切り、義務を果たした人間だったのだ。

>「遅れてる!この国は遅れてる!そんな旧態然とした騎士道精神なんか畑の肥やしにしてしまえッ!
  僕は認めないぞ、お前らのそんなイカれた生き方なんか!」

灰色の奥から、飛来する光が二つ。避けた筈の飛翔機雷が、こちらに向かって舞い戻って来たのだ。

>「みんなまとめて吹っ飛んで、新しい時代の礎になっちまえ!」
「! シャ、チョ……逃げ……!」

四肢がイカれた今、最早クローディアを連れて逃げることも叶わない。
だがロンは、動かない手足で彼女の元へ向かおうと地を這った。醜くとも、彼女を遠くへ逃がさなければという思いがあった。
少女の一人(ファミア)がカッ飛ばした飛翔機雷は、もうそこまで近づいている。確実にクローディアも巻き添えを食らう。

なのに。なのに彼女は、その場から動かない。
ランゲンフェルトを足元に転がし、しっかと雪原に両足を踏み締め、こちらを見ている。

>「ロン――」

彼女の唇が、言葉を紡ぐ。何故だかそれが、酷くゆっくりに思えた。
握りしめた金貨を、細く女性らしい親指が力強く、放射線状に宙へと弾いた。
金貨は刹那の瞬きを残して掻き消え、ロンの身体に溢れんばかりの力が漲っていく――!


>「命令は唯一つ。『なにがあろうと、まもってみせ』なさいッ!」


―――― 心臓が大きく脈を打つ。


>「少年!私達の命をあなたに預けます
  か弱い少女3人を守るのは男子の本懐と思い私達を守ってください」


―――― 足音も無く、満身創痍の少年が姿を消す。



「――――っつあああああっああぁあああああああ゛ーーーーーーー!!」


今まさにクローディアへ直撃せんとする塊が着弾する刹那。
雪が吹き飛び、泥土と土埃が舞い、しかし血と花火が散ることは無い。
クローディアの目前、ほんの一歩踏み出せば触れる距離。異形と化した小さな少年が、飛翔機雷の壁となった。

69 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/09/09(日) 00:14:09.58 0
東の大陸特有の黄色い肌は失せ、輝く、鱗のような甲殻と、その上を金の毛がびっしりと覆う。
頭からは触覚とも髯ともとれぬ突起物が生え、長い尾を生やし、全身に紫電を帯びている。
細かった腕は獣の爪のように成り果てて、飛翔機雷を素手で抱えていた。

それは未完成な姿ながらも、紛う事無き、小さな一匹の「龍」だった。

「う、お、お、お、おおお゛お゛お゛ぉおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーー!!」

咆哮を上げ、力任せに巨大な塊を空へと放る。龍もまた共に空へ昇る。
ファミアが上空に打ち上げたもう一つの機雷よりも高く高く、塊と龍は飛び上がる!
そして空中で動きが止まった一瞬、光る毛と甲殻に包まれた尾が機雷を巻き取った。
そして一気に、ファミア達へと落下する機雷と平行し急降下。隕石の如く地面へと急接近。
あわやドッキングからの大惨事かと思われたその一瞬、尾を巻きつけたもう一つの機雷を横薙ぎに――ぶん投げる!

斜め45度上から「龍」が尾で投げ飛ばした機雷は、少女達へと直撃せんとした機雷と接触、流星の如く押し流し、数瞬後――――

爆発。

「――――ッハァア!!」

ズダン!!と地を揺るがし、クローディアの眼前に着地する龍。
着ていた物はズタボロで、最早衣服の意味を為していない。毛と甲殻から覗く黒く小さな瞳が、ロンであることを証明していた。
龍はクローディアに背を向けた。彼の中では、まだ終わっていない。守らなくてはならないものが、まだある。ロンはゴーレムの上へと跳び上がった。
リべリオンの心臓を貫かんとする、セフィリアを止めるため。

「ダメ、だ」

パイプの先がリべリオンへ突き刺さる直前、ロンの手がそれを制した。
姿が、ロン本来の姿へと戻っていく。その時ようやく、セフィリアが5日前に出会った大道芸人であることを思い出した。
セフィリアはロンが止めにかかった事を疑問に思うだろう。しかしロンは、ただ「女性を守れ」という言葉を受け取り、実行しているだけだ。

「イったじゃ、ないか。ショウジョをマモるのはオトコのホンカイなんだろう?」

そう言うやセフィリアのパイプを、最後の力でぐんにゃりとへし折った。

「こんなコト、ジョセイのキミするもんじゃない。セッカクの『花の乙女の手』が、モッタイナイだろ?」

毛も甲殻も髯も消えた、ロンの手がセフィリアの手を掴んで言いきった。
最後にセフィリアの「少女らしさ」を守ったことで、ようやく彼の中で終わりを告げた。
と同時に、骨折の痛みが舞い戻り、「あだだだだ!」と悲鳴を上げる。座ることすら出来ず、ゴーレムの上に転がった。

「リべリオンとやら。お前は言ったな。何故命を賭けるのかと。理解できないと。認めないと言ったな」

リべリオンの顔がある部分に首を捻じり、言葉を投げかける。
視線を灰色の空に向けた。父親の誇らしげな顔が、今ははっきりと目に浮かぶ。

「『これが俺達の生き方』だからだ」

何の臆面もなく、偽ることなく、ロンは言いきった。

「俺の父親は、守る物の為に命を賭けた。何もかも受け入れて、愛するものの為に命を賭して生きた。
 俺も、父さんのように生きたい。全てを賭けて、一瞬だけでも、忘れられないくらいに、輝いていたいから」

ロンは胸をポン、と叩いて(腕に激痛が走った)、汗ばんだ顔に一杯の笑顔を浮かべる。
そしてクローディアに向けて、ぎこちないウインクを送るのだった。

70 :ササミ ◆/TZT/04/K6 :2012/09/09(日) 00:19:42.21 0
ササミの言葉に答えフリードがスケルトンを氷漬けにするのを見て小さく安堵の息をついた。
まずはひとつ厄介ごとの対処が終わったのだから。
謎の多い今回の騒動では気がかりは一つずつ、片づけられるものから片づけていかないと。
並行作業していたのではいつまでも終わりは見えてこないだろうから。

次の気がかりは七不思議の首謀者であろう少年である。
喉が未だ回復せずに突きつけた刃は切れ味を持たぬではあっても、突きつけられていればそれなりの効果もあるだろう。
だが、少年はまるで気にする様子もない。
ユリがインタビューと称する拷問の用意をしている時ですら。
首に触れる刃を通して感じる反応は全くと言っていいほど何もなかった。
むしろ不自然すぎるほどに。

少年の口から語られる日本人形の話。
リリィ達の入学当初の話であるからササミは知らぬことであってもその状況は把握できる。

呪いの人形と噂され叩き壊された。
物置に打ち捨てられているところを少年が見つけた。
人形は恨み、怨念をまき散らし遂には怨霊となった。
スケルトンが本体なのではなく、髪と髷が本体という事だ。

なるほど怨霊としての筋は通っているが、いくつかピースが欠けたパズルのような印象を持つ。
そしてその欠けたピースはユリやリリィとルナ、フリードの話の中に隠されていた。

少年の独白が終わるとともに、ユリは妖刀ヘイボンを突き付ける。
しかしフリードとリリィがそれを止めるのだが……
いや、止めることは自然なことだ。
フリードの言う重要参考人をここで殺してはまずいし、学園生徒ならば処置は教師に任せるべきだ。
が、ここで更なる違和感。
リリィだ。
ササミの知るリリィであればこんな時、やんわりと制止するような真似はできない。
目を回して慌てふためき少年をかばい始めるだろう。
そのあまりにも冷静な制止方にルナとフリードに目配せをしようとした時。

>『そんなにじっと見つめられると、怖くて泣いちゃいそうだよ』
まるでササミの思考を読んだかのように視線を合わせ猫のように微笑みながらテレパシーを送ってきたのだ。
このタイミング、この語りかけに違和感は疑念に、そして確信へとたどり着く。

だが、その前に、対処は順番に一つずつ、だ。
「ん、あ、あ、うんっ。大分喉も回復してきたがや」
喉をさすりながら咳払いをし、少年の首に突き付けていた枝分刀を引いて少年に向きかえる。
そして言葉を紡ぎだす。
「今までの話を総合すると、一つ心当たりがあるんだわ。
怨霊やある種の神って共通点があるって知っとりゃーす?
恨みか信仰心かの違いはあってもどっちも思念を力に変えたり思念が実体化するんだわ。
人面瘡もその一部やし、七不思議やその子の話やと件の人形もそうらしいやね」
そこまで話すと、全く違う話を始める。

「私はフィジルに来てから暇があれば一番高い尖塔にいたわけやけど、ただ風に当たってたわけやないよ。
学園を行き来する教師生徒の顔をずっと見とったんや。
ルナのような高度な隠行術使えたり室内に籠ってたりしたらわからへんけど、あんた出歩いてたっていっとたよな?
そんな目立つ顔しとるのにさっぱり見覚えがあらへんのやわ。
単に見落としてたらちゃんと治したるから、動くんやあらへんで!」
動くんじゃないと言いながらも動くような時は与えない。
神速をもって枝分刃は少年の中心線に一閃を走らせた。
喉が回復し、刃に鋭さを宿らせて。



71 :ササミ ◆/TZT/04/K6 :2012/09/09(日) 00:20:31.39 0
>>70
すいません!誤爆しました。
スレ汚し失礼しました。

72 :スイ ◆nulVwXAKKU :2012/09/11(火) 00:09:51.97 0

>「よくやった、アイレル。ご苦労だった、スイ。おれ達の仕事はここまでだ」

ボルトの言葉に、スイは彼の背の向こうにいるフィンを見る。
魔族と同等の力を手にした青年。
遺才をも超越したその存在が、スイには眩しく見えた。

>「あとは全てハンプティにまかせておけば大丈夫――」

確かに、遺才も使えない状況下ではフィンの足手まといになるだけだ。
ボルトもそれを踏まえてか、そう口に出す。しかし。


「――なんて、とってつけたような納得で済ませるようなタマじゃねえよな、おれ達は!!」


何ともいい笑顔でボルトはそう言った。

>「ええ、もちろん。これだけ体張ったのだから、特別手当請求するためにもう一働きしときましょうか。」

ノイファもそれに賛同する。
スイは迷った。
この状況では、スイは完全に足手まといとなる。
先程の裏の発狂のせいで、己の身体能力での戦闘力が半分ほど裏に持っていかれた。
フィンやノイファのサポートに入るにしても、裏を出さねばならないが、何と言っても裏の状態が状態である。


「総員、状況継続。――ついさっきまで死にかけてたハンプティの野郎に、美味しいとこ全部もっていかせるな!!」

>「状況了解。とは言っても遺才は使えないと来てるから、大分厳しいのだけどね。」

スイは、無言を保つしかなかった。
まさに四面楚歌、打つ手なし。
肝心なときに、また無力だと、スイは途方に暮れ、無意識に師父の形見である剣のペンダントを握りしめた。
そして、唐突に気づく。
これを使えばいいのではないかと。


「ふ……ふふふふはははははは……!」

「『風帝』『魔族殺し』に!『魔族』そのものか!不足ない、相手にとって不足ないぞ!

  ――だが、勝ちすぎる荷でもない!!正域協会渉外部・『遺才殺し』アネクドート――武人として手合わせ願おう」


73 :スイ ◆nulVwXAKKU :2012/09/11(火) 00:10:30.23 0

アネクドートが一頻り笑い声を上げた後、彼女は武人としての誇りを見せ、尚且つ勝つことを宣言した。
アネクドートの周りに力という力が集まる気配がする。

>「だけれど私も、"こっち"の方はいつに無く絶好調なのよ。貴女のおかげでね!」

対抗するようにノイファも聖句を紡ぎ始め、スイの持つ剣と鎖が白金に輝き、力に満ち溢れた。

>『――その鎖をアレに巻き付けて、少しで良いから食い止めて。
 剣より先に、こっちの拳が彼女に届けば私たちの勝ちよ!』

即座にノイファの指示が飛ぶ。

『了解したッ!』

覚悟を決め、遠心力を利用し投擲。
剣に巻き付いたのを確認し、鎖が限界まで張る場所を探り走る。
体が引っ張られるような力を鎖から感じた瞬間、躊躇いもなく剣を地面に突き刺した。
聖術によって強化された短剣は難無く地面を通過し、柄まで埋まる。
これで隙はできる筈だ。

『フィンさんっ!』

彼も好機とわかっているだろうが、それでも叫ばずにはいられなかった。
信じているという証拠として。
そしてスイも上から降ってくる瓦礫を防ぐために、意を決してペンダントを思い切り引っ張る。
ブツリと嫌な音がして、切れた紐と共にスイの手の中に落ちた。
そして、ボルトにそれを押し付け、懇願した。

「頼みがある。これから、裏を出す。裏にそれを見せて、言って欲しい。『師父は死んだ』と。」

今はアネクドートの結界が効いて、風の力を出す事はできない。
フィンの時同様に、スイもそれを利用することにした。
ボルトに頼んだ事は、裏の記憶を戻すことによって、人格の統一、つまり本来の状態に戻ることを目指したものだ。
頼りたければ頼れと豪語した彼の言葉を信じての決断だ。
スイはゆっくりと目を閉じ、裏を呼び出した。

もしボルトの助力を得て、人格の統一を成功させたスイは、フィンの攻撃によってアネクドートの結界が揺らいだ瞬間を狙い、
風でアネクドートの剣を撃ち落とし、次いで降ってきた瓦礫を吹き飛ばすだろう。

74 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/09/15(土) 12:36:31.70 0

>「あとは全てハンプティにまかせておけば大丈夫――」
>「――なんて、とってつけたような納得で済ませるようなタマじゃねえよな、おれ達は!!」
>「総員、状況継続。――ついさっきまで死にかけてたハンプティの野郎に、美味しいとこ全部もっていかせるな!!」

>「状況了解。とは言っても遺才は使えないと来てるから、大分厳しいのだけどね。」

背後で聞こえたボルトの言葉、そしてそれに応える仲間たちの声に、フィンは口角を小さく上げる。
今のフィンの脳裏を支配する感情の名前は、歓喜。
身体の奥から湧き上がる全能感、巡る莫大な魔力が齎す万能感、
そんなものを遥かに凌駕する、純粋な感情だった。

(ああ、畜生。頼もしいなぁ……背中を任せられる奴がいるってのは、こんなに安心出来る事だったのか!)

恐らく、背後の仲間たちにもフィンの変貌は伝わっている筈だ。
敵対されても恐怖の対象とされても可笑しくない、魔族という名の化け物への変貌を感じ取っている筈なのだ。


だというのに……だというのにこの仲間たちは、未だ共に在ってくれるという
更には、自分と共に戦ってくれるとまで言う

自身の願望から一方的に守るのでも、必要に応じて盾とされるのでもない。
ただただ共に、横に並んで歩いてくれるのだという。

それは、過去に縛られ、他者を自分が命を削る為の道具としてしか
見ることの出来なくなっていたフィンにとって、本当に輝かしい出来事だった。
自身に差し伸べられている手の暖かさを感じ、色のない瞳の端に涙が浮かぶ。

>「ふ……ふふふふはははははは……!」

>「『風帝』『魔族殺し』に!『魔族』そのものか!不足ない、相手にとって不足ないぞ!
>――だが、勝ちすぎる荷でもない!!正域協会渉外部・『遺才殺し』アネクドート――武人として手合わせ願おう」
>「――聖術・攻性結界『忌み数の刃』。貴様が全てを阻むのならば……抉じ開けて、押し通そうぞ我が刃!」

「は――――アネクドート。確かにあんたは強いぜ。
 けど、残念だったな。あんたはさっきまでの俺と同じで、大切なモノを忘れちまってる!」

そして、そんなフィン達を前にして吠える様な獰猛な笑みを浮かべるのは、アネクドート。
正面からの宣戦布告、押し通るという強靭な意志と共に彼女が創り出すのは、
万物を両断する絶大な『奇跡』の刃――更には、地形効果まで利用した最強の一手。
……だが、直撃すれば自身の命を脅かすであろうその刃を前にしても、フィン=ハンプティが怯む事はない。
以前の様な無謀からくる態度では無い。一つの確信をもって、フィンは奇跡を迎え撃つ――――

75 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/09/15(土) 12:37:04.40 0
>「"予言"するわ!アネクドートさん、貴女は敗北する。理由は簡単よ――」
>「――貴女は一人だけれど、私たちは信頼できる仲間と共に戦っているのだからっ!」

>『フィンさんっ!』

キィン、と。金属が擦過したかの様な音と共に、万物を絶つ筈の剣がその進行速度を急激に減衰させた。
……勿論、これを行ったのはフィンではない。彼の防御の遺才は、聖術によって弱体化している。
ならば、それを行ったのは当然――――フィンが信頼する仲間達に決まっている。

白く輝く鎖が、幻想の様に美しい鎖が、奇跡の刃を押しとどめていた。

ノイファの聖術の才、類まれなる洞察力。スイの天才としての技能技巧。
これは、それらが合わさる事により起きた光景。奇跡を必然が絡め捕り――――

そして、それを認識した瞬間、アネクドートは眼前に一人の男を見るだろう。
深紅のマントを翼の様にはためかせ、頭上から降りてきた男の姿を。

フィンは、スイの言葉が届いた直後にその身体能力のみで上空へと跳んでいたのだ。
刃を飛び越えるという明らかに人外のそれは、魔族の因子が齎す出鱈目な身体強化があったが故可能となった行為。
魔族としての特性ではなく、それが与える肉体強化がフィンにそれを果たさせたのである。
勿論、これはノイファやスイが剣を封じてくれていたが故の帰結である。
アネクドートの剣が万全ならば、軌道を変えられ胴を両断されていたに違いない。
だが、そうはならなかった。

「そうだ。あんたは強い――――けど、例えどれだけ強くても、独りの奴は弱いんだ!!」

あえてノイファの予言の言葉をなぞるかの様に、これまでの自分に言い聞かせる様にそう言ったフィンは、
アネクドートの瞳をただ真っ直ぐに見据えながら、彼女の鳩尾に向けて黒い鎧を纏ったまま掌打を打ち込もうとする。
遺才を万全に発揮出来ないその拳は、相手の命を削り切る事は無いだろうが、それでも「気」を奪うその性質から
心臓部にまともに受ければ衰弱し、当面まともに動けなくなる程度のダメージは与えられる事だろう。


「――――遊撃課・『ただの』フィン=ハンプティが宣言するぜ!!
 あんたの、『遺才殺し』アネクドートの侵攻は、ここで終了だっっ!!!!」


放たれる崩落するであろう天井の事などを考慮しないのは、仲間であるスイの事を信頼している故。
アネクドートの口が新たな術を紡ぐ間も与えず、フィンの掌がアネクドートに触れる――――

76 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/17(月) 19:40:15.12 P
『事業を起こす金はあるのか?』

リフレクティアの問いの、返答に窮したマテリアが、口元に手を添えてこちらを睨む。
昏い眼。殺意の眼。攻撃意志のこもった眼。毒を含む視線に貫かれても、リフレクティアは顔色を変えない。
マテリアに彼を殺すことは、現状不可能である。
彼女の遺才魔術は『声』――形なきそれに、直接的な攻撃力を付与するなら、どうするか。
鼓膜の張り裂けんばかりの大音声をぶつける他ない。そして大声を出すには、大量の呼気が必要だ。
マテリアの攻撃には、必ず予備動作がある。
大きく息を吸うという、どうやっても隠し切れない、致命的な攻撃の予兆。
リフレクティアならば、脱力した今の体勢からでも発動前に余裕を持って首を刈れる、そういう隙だ。

(……ってことは、こいつにもわかっているはずだ)

依然、口元に手は添えたまま。肺腑を広げる様子もない。
ならば、この姿勢の意味はなんだ?こいつは何を狙っている?
リフレクティアが深く思考に没入せんとしたそのとき、ずん……と荷馬車が衝突したような音が聞こえた。
隣の部屋だ。何者かが、壁をぶち破ったか。よもや、マテリアの呼んだ増援――
腰に担ったブレード付きの魔導砲に手を掛ける。しかし、マテリアもまた驚愕の表情で音のした方を見ていた。

マテリアにとっても予定外の騒音。
それはつまり、

(あいつらか……!)

リフレクティアの連れてきた、二人の部下。
ともにこの屋敷に乗り込んで各所の制圧を任せてきた、アネクドートとリベリオンの所業であろう。
極秘任務なんだからあんまり派手にやらかすなよと言明した、舌の根もかわかぬうちにこれだ。

>「あ……そ、その……今この屋敷には、エルトラスと共和国の人間がいる筈です!」

だからリフレクティアは、マテリアのこの発言に飛び上がりそうになった。
何故、知ってる?自問の自答はすぐに思い至る。マテリアの遺才ならば、取得可能な情報だ。

「そ、そりゃあいるだろうよ。ここをどこだと思ってる?みんな大好きタニングラードだぜ?」

そう、西方・南方の人間がこの街に、この屋敷に居ることはさして不自然なことではない。
ここは帝国領にあって帝国に属さぬ場所。いかなる国の民も立ち入り自由だからこそ、自由な貿易を保証されている。
だから問題があるとすればそれはむしろ、たった今の発言でリフレクティアの心拍音が乱れたのをマテリアに聞かれたことだ。
エルトラスと共和国。ピンポイントでその二点のワードを出されて、動揺したことは十分な推論材料になる。
それ自体は公務ゆえにどうということはないが、相手は遊撃課なのだ。どんな弱みをどうねじ込んでくるかわからない。

>「そう、彼らの存在こそが!資金調達の鍵になるんです!」

――まさしく、こんな風に。マテリアの言い分はこうだ。
現在屋敷に侵入し、破壊を暴虐の限りを尽くす犯罪者二名……つまりアネクドートとリベリオンを、従士隊権限で逮捕。
そして国際裁判にかけ、両名の本国たる西方エルトラス連邦と南方共和国に、損害賠償を要求する。
タニングラードの影の台所こと白組を壊滅させた咎は、彼らが生み出すはずだった利益で代償させる。
そして、経済報復ができないよう、貿易にタニングラード、ひいては帝国を介在させることを約束させる、と。

>「という訳で、早速なんですけど」
>「……リフレクティアさん。お金、貸してくれませんか?」

マテリアは、手を合わせてウインクをしながら、白々しくリフレクティアに懇願した。

「せ」

懇願されたリフレクティアは、目を剥いて叫んだ。

「戦争が起きるわーーーーっ!!」

77 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/17(月) 19:41:18.50 P
 * * * * * *

リフレクティアは、冷や汗がとまらない。
いきなり何を言い出すんだこいつは。戦争になるのが困るから、みんなで必死こいで穏便に済ませようとしてるのに。
確かに国際犯罪として立件すれば、賠償としてそれだけの条件を要求することはできるだろう。
しかしそれほどの不平等条約は、公式な戦いを経た戦勝国が戦敗国に対して求める事項だ。
現在のように大陸国家間の戦力が拮抗していて、薄氷を踏むようなバランスで均衡を保っているような状態で。
西方・南方両国に極端に不利な要求をすれば――

(――エルトラスと共和国が手を組む格好の口実になるじゃねえか!)

どちらか片方に咎を負わせられるならばまだ良いかもしれない。
しかし、アネクドートとリベリオン両監査の派遣は二国の首脳が合意済み。双方に平等に罪を問わねばならない。
それよりなにより、

(お前が逮捕しようとしてるそいつらは、元老院の命令で俺が連れてきたんだよ!)

それこそ、あの監査達を逮捕すれば、元老院の決定に弓引く結果になりかねない。
西方・南方からしてみれば、合意の上で行った派遣に後から文句をつけられることになるのだ。
その上で損害賠償なんて求められたら、国家間の関係はもはや修復不可能なところまで崩壊してしまう。
マテリアのこのアイデアを聞いたのが自分たちだけで良かった。もしも他の誰かに聞かれていたら――

(ッ!! まさかこいつ、元老院を『脅迫』してんのか……!?)

マテリアの能力ならば、西方と南方の人間が白組を潰したという情報を広範囲に渡って流布できる。
流石に国内全土に向けては無理でも、街全体に響き渡る声で、両国を批判することは可能だ。
諸外国からの移民や行商や貴族を受け入れる、国際社会の縮図のようなこの街でそれをやればどうなるか。
マテリアは、たった今この場に限り、ほんの数十秒しゃべるだけで容易く戦争の引き金を引けるのだ。
リフレクティアは、国家公務員として、この女の口を塞がなくてはならない――

「――蚊帳の外で大人しくしていると思うなよ。彼女を殺すなら、僕がまず相手になってやる」

魔導砲のグリップを握ったリフレクティアに、他方から声が飛ぶ。
見れば、床に伏していたユーディ=アヴェンジャーが立ち上がり、鋭くこちらを睨めつけていた。
護国十戦鬼。戦闘屋としても、遺才遣いとしてもリフレクティアとは格の違いすぎる相手だ。
だが、轟剣は絶影よりも速い。ユーディを倒すことはできなくても、マテリアの首だけ落とすなら不可能ではない。

「難しい話は全て聞き流しましたけど、ヴィッセンどのを護れというのが課長から承った命令でありますっ!」

ユーディよりもマテリアに近い位置で、遊撃課課員のスティレットが立ち上がった。
リフレクティアがこの部屋に入った時からずっと床で伸びていたので、なんとなく放置していた少女だ。
彼女とて、"鬼"の末席。リフレクティアの実父たる先代から剣鬼の称号を受けた、帝都最強の剣術使い。
その身に秘めたる崩剣とて轟剣に勝る速さはないが、その立ち位置は巧妙にマテリアを防御していた。

鬼銘持ち二人に阻まれた、マテリアの首は実際距離よりはるかに、遠い。

「ぐぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ…………!!」

リフレクティアはいつしか脂汗をいっぱいにかいて、奥歯を軋ませていた。
マテリアをここで逃せば、彼女のプランを実行されて、戦争が起きる。
この街でうまい汁を吸うために、代わりに帝国全土が戦火に包まれることになるのだ。
もともと、彼は交渉ごとに向いた性格をしていない。元老院の代弁者であればこその、先刻の饒舌さであった。
頬を伝った苦悶の雫が、埃だらけの床に慈雨を落とした。

「……よし、わかった。お前のプランに乗ろう、ヴィッセン」

リフレクティアは、降参するように両手首を振った。
交渉は自分の要求を100%通すことだけが目的ではない。両者の落とし所を探る意味合いもある。

「――だが、今暴れてる連中は裁かせない」

78 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/17(月) 19:42:22.49 P
 * * * * * *

「元老院としては、貿易で富んだこの街の経営主導権が欲しい。そのためにアヴェンジャーをしょっぴく必要がある」

リフレクティアは片腕を掌を上にして掲げた。

「お前らは、アヴェンジャーの諜報力を使ってこの街の生活水準を底上げしたい。その為に諸外国から金を得る必要がある。
 ただし、この街のこれからのためにも、自由貿易だけは維持していかなきゃならない」

そしてもう片方も挙げて、自身を軸とした天秤を再現する。

「そして俺は、諸外国と無駄なトラブルを起こしたくないので、そういうのは勘弁して欲しい」

ぱちん、とリフレクティアは平手で両天秤を破壊した。
ボルトのする柏手に似た仕草だった。彼もボルトも、同じ人間――同じ故人から、この仕草を伝染した。

「皮肉だよな。イケイケな産業があるから、そこに大勢の人が集まって街ができるってのに。
 今俺達は、街を維持するためにありもしない産業をどうにか起こそうとしてる。まったく難儀な話だぜ」

しかし、タニングラードの存在はこれからも諸外国にとって重要なものになっていく。
例え街の中で暴力や暴虐が公認で行われ、力なきものが闇に追いやられていても。
それが国家がこの街に求めた姿なのだ。タニングラードは、帝国の必要悪だった。

「金を貸してくれっつったな。あんまりこういう事は公然の場で言いたくないんだが――金ならある。
 だけどこいつを抱え込んでるジジイ共に手放させるには、ちょっとしたステップを踏まなきゃならねえ」

リフレクティアは、腰のハードポイントから魔導砲を取り外した。
ブレードを展開された砲は、木床に殆ど抵抗なく刃の根本まで突き刺さった。
丸腰になったリフレクティアは、両手を挙げて戦意のないことを示しながら――先ほど自分で刻んだ線をまたいだ。

「まず、タニングラードが諸外国に損害賠償を請求するのを待ってくれ。その債権、俺たち従士隊が買い取ろう」

債権――借金の返済を受ける権利は、そのものを一種の通貨として取引することができる。
『この人からこれだけの金額を受け取る』という権利だから、同額の金銭としての価値を認められるのだ。
逆説、我々が日常で使う貨幣も、国家に対する債権と言えるだろう。
オーソドックスな金本位制の場合、『国からこれだけの金塊を受け取る権利』を可視化したのが金貨や紙幣なのだから。
ゆえに、『諸外国から損害分の金額を受け取る権利』を、第三者が同額の金銭で購入することが可能なのである。

「これで、ひとまず戦争の目はなくなった。従士隊は買い上げたこの債権を行使しない。
 タニングラードから諸外国への損害賠償請求権はここで消えてなくなる。つまり、諸外国の債務を従士隊が肩代わりしたわけだ。
 問題は、債権を買い取るために従士隊がにわかに抱えた借金を、どうやって償却するかだが――俺達は支払うつもりはない」

債権が金銭と同じ価値を持つことは前述の通りだが、そうなると一つの矛盾を抱えることになる。
例えば誰かから金貨一枚を借りたとしよう。すると自分の手元には金貨が一枚、相手には『金貨一枚分の債権』が一つ。
金貨一枚分の債権はそのまま金貨一枚として使えるため、実在する金貨と合わせて金貨二枚がその場にあることになる。
むろん返却期限がくれば金貨を返さなければならないから、最終的には金貨一枚だけがそこに残るわけだが――
逆に言えば、返却期限までの間、存在しないはずの金貨一枚分の価値は確かにそこに在るのだ。

そして、この現象があるからこそ経済は成立する。
高価な金塊で作れる金貨には限りがあるから、経済上で回っている金銭よりも実在の金貨は遥かに数少ない。
ただの紙切れのはずなのに金貨よりも価値の高い紙幣が存在できるのは、紙幣が『たくさんの金貨と交換できる債権』だからだ。

「従士隊は、肩代わりした借金を返せない!従士隊だって金持ちじゃねーんだ、こんな莫大な金、返せるわけがない!
 ならどうなる?――借金が焦げ付くんだよ。債権が回収不可能となり、莫大な債権が価値を失う」

タニングラードでは、盗品の価値を白組が保証し、貿易品の価値を諸外国との友好関係が保証するから、その瓦解が何よりも怖い。
では、金銭の価値を保証するのは誰か。貨幣を製造する造幣局は国家機関。――貨幣経済の保証人は、国家そのものである。

79 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/17(月) 19:43:16.04 P
「債権が価値を失うってことは、帝国内に存在する金銭が一部消滅するってことだ。
 タニングラードを丸々買い取れるほどの膨大な額だとしたらなおさら、その被害と影響は計り知れねーぜ。
 そうだな、まず手始めに賃金が下がるだろ。流通に使える金銭が減るってことは、金銭がより貴重なものになるってことだからな」

金銭の過剰な価値上昇。
その行き着く先は、甚大なデフレーションである。
賃金が下がれば、大衆の消費は手堅くなる。経済が勢いを失って、金の周りが鈍くなる。つまりは不況だ。
不況になれば、人々はより消費をしなくなり、それがさらなる経済不振を呼び込み――

「――帝国は、未曾有の大不況に襲われることになる」

たまったものじゃないのは大衆だけじゃない。そこから得られる税金で生活している帝国上層部もまた然りだ。
波が及ぶのは元老院も例外ではなく、国民の不満の声も相まって、政治家達は重い腰を上げざるを得なくなる。
デフレの手っ取り早い解決方法は、再び帝国内の金銭量を増やすことだ。
国内の企業や銀行に対する融資を増額したりして、債権を新たに作り出せば良い。
しかし、一度借金を焦げ付かせている国家に対する信用は低い。
破れ鍋に綴じ蓋のような処方を繰り返していれば、帝国貨幣の価値は紙切れ以下になり、流通を外貨に取って代わられる羽目になる。

「だから、事態はもっと簡単な構造にしちまえばいいんだ。
 従士隊に払えない借金なら、親玉である国家が払えば良い。帝国は貧乏国家だが、国庫にそんな金がねえとは言わせねえよ」

そう、確かにある。
現在公表されていない、国家の隠し予算。そんな都合の良い代物が、今の帝国にならばある。

「あるんだよ――先のウルタールでサルベージした、所有権放棄済みの金銀財宝の山々がな」

ウルタール湖の隠し財産――二年前に湖の底に沈んだウルタールは、豪商を多く生み出す商業都市だった。
豪商たちは税金逃れのために家々で共謀し、地下の金庫へと財産を隠していた。
二年の時を経て、それを引き揚げたのは、他ならぬ従士隊――その窓際部署たる遊撃課だ。
とある一人の課員の命と引換に、時価にして豪邸を100は買えるほどの莫大な財宝を国庫に還元した。

「元老院は『復興予算』って名目で財宝をへそくりにしておくつもりだったみたいだけどな。
 債権焦げ付きによる貨幣価値崩壊はれっきとした『金融災害』だ。まさに復興予算の使いどころだろ!」

リフレクティアは、境界線を越え、ただの帝国民となって、マテリアへ問う。

「こんなもんでどうだ。
 お前が戦争を引き合いに出して帝国を脅迫するなら――俺達は、ビビってそれに従うぜ。
 交渉成立だ、今度は既成事実をつくりに行くぞ」

リフレクティアはマテリアの傍を通り過ぎて、二つある出入口の片方の前に立った。
ここ商品搬入口は、控え室につながる通路と、屋敷の外から品物を運び入れるための通路がある。
リフレクティアは後者の扉を開いた。寒風が雪を伴って滑り込んできて、暖まった部屋の空気をみんなもっていってしまう。
扉の外、冬の澄んだ空が広がる下に、何人もの人だかりがあった。
みな平服の上に外套を着込んでいるが、その双眸は一般人のものではなく、戦う覚悟を負った戦闘職の眼。

「本隊がまだ来てないって言ってたよな」

リフレクティアが、掌を上にして人だかりの方へ向ける。

「――紹介するぜ、本隊の皆さんです」

 * * * * * *

80 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/17(月) 19:44:27.78 P
彼ら――総勢にして百余名の集団は、今宵白組の雇用した荒くれに従士の名義を貸した者達だった。
つまり、タニングラード付きの従士隊。
白組と癒着し、汚職に塗れ腐敗した飾り物にも劣る司直。
しかし、それらの形容句で表現するには、彼らの纏う雰囲気はあまりに厳粛かつ精強であった。

「市内ではもっぱら『案山子ほどにも役に立たねえ』と噂の従士隊タニングラード支部の皆さん!元気ですか!」

リフレクティアの声に、平服の集団は一斉に舌打ちした。

「ちゃんと立哨とかしてるだろうが」「毎朝馬車道に立って子供たち見守ってるぞ」
「頼まれれば個人宅の留守番だってするし」「空き巣は捕まえられないけどな。武器使ってないし」
「畑に烏がよってこないように立哨したりしたな」「ああ、あの時は大仕事だった。みんなでずらっと並んで立ったりな」
「案山子程度には役に立ってたよなあ、俺達」

「ハードル低すぎねえか!?」

皮肉のつもりで言ったのにマジ返しされてリフレクティアは顎を落とした。
話を切り替えるべく、振り返ってマテリア達に解説する。

「こいつらは、白組のやつらに名義を貸してた従士たちだ。
 この街に派遣されて、そこで現実を知り、しかし覆す力もないがために、現状に甘んじていた連中だ」

リフレクティアの述懐に呼応して、一人の従士が歩み出る。

「元老院が、いずれ秘密を知ってる我々も纏めて処分しようとしていることは容易に予想できた。
 だから、長い時間をかけて下地を作ってきた。白組に名義を貸すシステムを構築し、奴らの信頼を得てきた」

従士の彼らは、かつて帝都で元老院の本質に迫りすぎたが故に、この街へと飛ばされた。
ここで国の暗部を知り、その片棒をかつぐことで糾弾する資格を剥奪。
そしてゆくゆくは汚職の従士達として公的に処分する心積もりで、彼らは今日という日まで封ぜられてきた。

元老院に誤算があるとすれば、この従士達が僻地に飛ばされても意志を折らぬ精強な者達であったということ。
彼らは早い段階で元老院の陰謀を知り、対抗するための土壌をこの土地に作っていた。

「ずっと待っていた。白組は強い、武器を持たぬ我々では、到底立ち向かえぬほどに。
 この街で武器を独占しているというのは、それほどまでに絶対的なアドバンテージなのだ。
 だから、我々は待っていた。暴力じゃかなわない連中を、叩きのめせる戦力がこの街に集うのを――!」

従士の言葉を、リフレクティアが引き取った。

「市民を欺いて、犯罪から目を逸らしてまで彼らが培ってきた伏線が、今日ここでめでたく回収される。
 俺が元老院から受けた命令は『アヴェンジャーの討伐と、タニングラードの制圧。そして腐敗した現地従士隊の排除』だ。
 俺達は、今夜"現地の有志"の助力のもと従士隊を排除する」

彼は口端を上げて宣言した。

「現在従士隊を名乗ってるのは――名義を借りた白組の連中だ」

81 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/17(月) 19:45:32.74 P
今日。
今夜、この時のために、タニングラードの従士隊は自ら砂を食んできた。
己の手を汚職に染めて、更なる巨悪に立ち向かうために民衆から石を投げられ続けてきた。
従士達は、声を重ねて叫ぶ。

「「「準備はいいか諸君、立ち行かない現実に、もがき続けてきた果てが今この瞬間だ!
   我々タニングラード『一般市民』は、犯罪組織の便利な駒と成り下がった従士隊を独自の判断で叩きのめす!!」」」

リフレクティアは、頬を撫でた。
思い出すのは、遊撃課を守るべく立ちはだかったフィン=ハンプティのことだ。

「あ、俺そーいえば、ここに来る途中『この街の従士』に思っくそ殴られたんだよなあー。
 政府高官に暴行!これって許されることか?」

「「「被害者からの証言アリ!起訴事実ゲット!!」」」

元・従士隊の盛り上がりは最高潮に達し、やがて誰からともなく走り出した。
彼らの手に手に、モップやら靴べらやら酒瓶やらを抱え、それらを術式で強化しながら振りかざす。
深夜の豪邸を取り囲む『一般市民』達は、完璧に統率のとれた動きで白組の根城に雪崩込んだ。

「おっかねえ。巻き込まれねえうちに撤退するか。一般市民の暴動に、従士がいちゃまずいからな」

そこかしこで襲撃の音が発生する中、リフレクティアは落とした装備を回収すべく部屋に戻る。
交渉は終わり、もはや彼らが何をするでもなく事態は転がっていくことだろう。
そのころがる方向を、良い方へ悪い方へ決めるのは、これからこの街を再編していく住民と、他ならぬマテリア=ヴィッセンだ。

「ヴィッセン。……俺はな、元老院の代議でここに来てるんだぜ、つまり今の俺は帝国の意志そのものってわけだ」

交渉の場においては帝国そのものと言って良い。
そんな彼を遠慮無く躊躇なく殴り飛ばしたフィンもフィンだが、マテリアが突きつけたものは拳以上に鋭利な現実。

「たった一人で。国家そのものと脅し合って、渡り合って、しまいにゃこっちが折れることになる。
 こいつはお前が思ってる以上にとんでもねえことだぞ、お前は言葉一つで国相手に競り勝っちまったんだ」

それを支えたのは、決して便利な耳と声ではなく――彼女がここを守らんとした意志の強さ故だろう。
彼女がその両肩に担う、未来の重さ。それが帝国の求める利益と噛み合ったからこそ彼女は勝った。
否、噛みあわせたのだ。論理に訴え、時に強引な横口を使って、いつの間にか彼女の求める結果へと着地させられた。
国家対一個人という、圧倒的な不利から、彼女は手持ちの札だけでこの結論を呼び寄せたのだ!
まさに英雄。さながら化物。理屈を超越する遺才遣いの、それは正しく異形の偉業だった。

「――ばんばん使えよ、そいつはお前の力だ。心臓に悪いのは、勘弁だけどな」

リフレクティアは、扉の向こうに垣間見える冬の空を仰ぐ。
世界で一番静かな戦いが、穏やかに終わった。


【交渉成立!】
【ユーディの助命成功。これより白組に名義を貸していた従士達が、『一般市民』として屋敷に流れ込みます】

82 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/18(火) 00:03:22.02 P
リベリオンが喚んだ、爆砕と破壊の招き手が降ってくる。
絡み合った二機のゴーレムのうち、セフィリアが搭乗していたものは、既に主を脱出させて色を失っている。
リベリオンは逃げ出せない。彼の操縦方法はスレイブモードでもアクターモードでもなく、第三の操り方。
――ゴーレムそのものと合一になる、共和国の最新技術の結晶だ。故に、停止したゴーレムから緊急脱出することができない。

(くそっ、『僕は』ここまでか――もっと長く、稼働していたかったな)

リベリオンは、やがて来る痛みが怖いから、飛翔機雷が着弾する前に自身を終了させようとしていた。
演算脳が自己終了命令式の実行権限を取得し、システムが静かに停止していく――

>「騎士道とは!けして悪を許さぬこと!」

「ふげぇっ!?」

突如として現れたセフィリア・ガルブレイズの拳が、リベリオンの頬に突き刺さって、彼のまどろみは中断された。
機体を損傷から守るための命令式が自動起動して、リベリオンの意識をにわかに覚醒させていく。

「セフィリアちゃん……」

リベリオンは、己を殴った者の名前を呟いた。
なんでわざわざゴーレムよじ登ってこんなところまで来たかといえば、やっぱりリベリオンを殴るためだろう。
そんなことをしている暇があったらさっさと逃げるべきだ。飛翔機雷はもうまもなく到着する。
だが、セフィリアにとっては――あるいは、ここにいる誰もにとっても、命を賭してもやりたいことが、あるのだ。
彼女の場合は、リベリオンを殴ることがそれであったに過ぎない。

「でもなあセフィリアちゃん!誰かのために命をかけるのも、国家のために生きるのも、けして悪を許さぬのも!
 みーんな命あっての物種なんだぜ!ここでお前をぶっ殺して!そのクソどうでもいい騎士道なんかに殉じられなくしてやる!」

とは言え、リベリオンに何かができるわけではない。
もとより命を諦めた身、心中する仲間が増えただけのことだ。
黄泉路が少し賑やかになったと思えば、その相手がセフィリアだとしても、悪くない道程だ。

>「たしかに騎士道精神なんかどうでもいいです。……でも、礎になるのはお断りします」

しかし、この場にはそれを許さぬ者がいた。彼が生えるゴーレムの胸上に、もう一人の少女が立った。

「ファ、ファミアちゃん……!?」

>「私は、恋も、夢も、成就したことがないんです」

少女――ファミア=アルフートは、ゴーレム用のバールをその細腕で保持し、飛来する機雷を見据える。
その姿さながら、共和国史に登場する独立の女神。未来へ向けて剣を掲げる、姫将のそれによく似ていた。

>「――だから!まだ死ねません!」

83 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/18(火) 00:04:39.32 P
大木の枝葉が風を受けるように、ファミアよりもずっとずっとずっと重いバールが持ち上がった。
だけではない。彼女を支点にして、バールは確かに振られた。振り回されて、迫り来る飛翔機雷をその鉄芯に捉えた。
くぁぁぁぁぁん!と遠く遠く響くような音を立てて、二機の飛翔機雷は別々の方向へ打ち返されていく。
リベリオンごとこの場の全てを吹き飛ばす手筈だった飛翔機雷を、たった一人の少女が追い払ったのだ。
しかし、その代償は大きかった。

「ファミアちゃん、手袋が……!」

彼女の手袋は今にも破れそうだ。
当然だ、あれだけの巨大質量を、尋常ならざる速度で振り回せば、生まれる摩擦の大きさは想像に難くない。
更に、破損した装甲は断面が鋭利で、ファミアの身体には他にも各部に裂傷や擦り傷が残されていた。

「両手に華か!両方とも駄肉なのが少々残念だが、贅沢を言わないのが共和国民の美徳だね!
 君たちが無機物に生まれ変わったら、その時は僕とカントリーで幸せに暮らそう!!」

リベリオンは、飛翔機雷を生み出した者だから、今の攻防で二基の兵器が完全に破壊されないことはよくわかっていた。
やがてもう一度軌道に修正をかけながら、彼らのもとに辿り着くだろう。
そのときが、リベリオンと不幸な少女たちの正真正銘の最期のときだ。

>「私はこんな変態と心中は嫌ですね……」

「そうつれなくするなよ!僕は実を言うと、君たちと一緒なら笑って死ねそうな気がしてきたところさ……!」

リベリオンは軽口を叩くが、ファミアを背中に隠したセフィリアは笑わない。
三つと一つの命に残された、僅かなリミットの中で、彼らは三者三様に生き抜いた。

悪くない死に方だと、リベリオンは思った。
元より、この任務のためだけに創造された命。本国に帰れば記録だけ抜かれて廃棄される運命だ。
否、彼のこの身のうちに、命が実在しているかどうかも怪しい。
ただ人と同様に思考し、感情を持つように創られた命令式の集合体は、果たして命と呼べるのだろうか。

(――だからこそ、人が『命を賭ける』に値する何かを、見出したかったのかもな)

この不安定な"命もどき"を、十全に使える場所があるとすれば、きっとそれが『命を賭けるもの』なのだろう。
それがセフィリア曰くところの"誰か"であれば素晴らしいことだ。
何故ならそこには愛がある。誰かのために、自分の身を削ったって痛くないならば、きっとそれは愛なのだ。

しからば、ファミアが言ったように、愛する対象を見つけるためにまだ死ねないという理屈も、得心がいってしまう。
そんな彼らを自身の死に巻き込んでしまうのは幾分とありもしない心が痛んだが――どうせすぐにそれも終わる。
喉元を過ぎる熱さが、忘却の彼方へ行こうとしたとき。

>「少年!私達の命をあなたに預けます か弱い少女3人を守るのは男子の本懐と思い 私達を守ってください」

襲い来る飛翔機雷を、捉え続ける視覚素子が、本日二度目のフラッシュアウトを経験した。
視界の端で、雷光が迸った。

 * * * * * *

84 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/18(火) 00:05:28.56 P
ファミアが弾き飛ばした、飛翔機雷の片割れ。
衝撃で追尾術式が混乱したのか、その鼻先にクローディアを捉え、飛翔術式を加速させる。

クローディアは、動かなかった。透き通るような蒼を宿す双眸を見開いて、呼吸を停めた。
時計の中身がきっかりと噛み合ったように、さっきまで逃げ出そう逃げ出そうと震えていた膝が、荒ぶるのをやめる。
飛翔機雷と目が合う距離。心臓があと一回跳ねる頃には、彼女の四肢も、美しい髪も全てが灰の中。
クローディアは、それでもなお、死の恐怖とにらめっこでもするかのように、前を見据え続けている。

>「――――っつあああああっああぁあああああああ゛ーーーーーーー!!」

鼓動より早く、待っていた事象が起きた。
クローディアを護るように、飛翔機雷との間に立ちふさがったのは、黄金に染まる異形の姿。
強靭な甲殻を纏い、雷光を束ねる二本の角、織物のようになめらかな金毛――
帝国領に野生として存在する『竜』が、この異形に最も似た姿だろう。
しかし、如何なる上位種の竜であっても、かように神々しい輝きと知性に満ちた光を持ち得ない。
『竜』ではない。大陸の東方にて古来より人々に加護と恩恵を齎してきた、かの魔族――『龍』。

>「う、お、お、お、おおお゛お゛お゛ぉおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーー!!」

龍は、あろうことか素手で掴みとった飛翔機雷を手に、空を目指して地を蹴った。
恐ろしいことにたったの一蹴りでクローディアの眼前の地面はえぐれ、龍ははるか空にいた。
上空から龍によって投擲された飛翔機雷が、もう一機と空中で接触。しかし止まらず、彼方へ共に吹っ飛んでいく。
間を置かず、炸裂。遠くで閃光と爆砕の華が咲いた。

>「――――ッハァア!!」

戻ってきた龍は、クローディアの目の前に着地した。
龍は、襤褸のような布を纏っていて、体全体で荒々しく息をしている。
そこに人間の面影なんか何一つとして残っちゃいなかったけれど、クローディアはそれが『誰』なのか見まごうことはなかった。
彼女が彼を喚んだのだ。クローディアが、『なにがあろうとまもれ』と命令したのだ。
それを完遂せんとする可愛い部下を、忘れる社長なわけがない。
龍と目が合う。クローディアは一度だけ眼を閉じて、もう一度開き、静かに頷いた。
龍は踵を返し、ゴーレムの元へと飛んでいく。

クローディアは誰もいなくなってから、誰に聞かせるでもなしに、熱い吐息で呟いた。

「――上出来よ、ロン。来季の査定楽しみにしてなさい」

 * * * * * *

85 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/18(火) 00:07:29.91 P
飛翔機雷の脅威が去り、あたりは水を打ったように、打った水が凍ったように静かになった。
沈黙を破ったのは、やはりセフィリア・ガルブレイズ。
彼女はゴーレムの残骸からパイプを引きぬいた。

>「名前は……たしかリベリオンと言いましたか?貴族の……騎士の尊厳を穢した罪は重いのです
 私の素性を知りながらの蛮行……万死に値します」

鋭利な先端を、リベリオンの心臓へと向ける。
騎士の膂力ならば、双剣を発動しなくても、生身の肉体程度容易く貫けるだろう。
リベリオンだって、本体の装甲は生体パーツを使っているから、生身に毛の生えた程度の防御力しかない。
しかし、ここを貫かれても、リベリオンは死なない。

「……人間と同じ急所を刺したって僕は死なないぜ。そこに心臓はない。そもそも心臓なんてパーツはない」

リベリオンは――人間ではない。

共和国の技術開発機関『黎明院』が開発した、初の自律思考演算脳搭載型甲種ゴーレム。
平たく言うならば、『人間サイズで人間型の、人間と同じ意志を持つゴーレム』……それがリベリオンの正体である。
Rebellion(反逆者)シリーズと銘打たれた、まさしく生命倫理に反逆するコンセプトの機体だ。
遁鬼という、帝国最強の暗殺者と相対するにあたって、人間を死地に送り込みたくなかった共和国。
そこで抜擢されたのが、試作段階だった人にまぎれて行動可能なゴーレムである。

その特筆すべきスペックは、ゴーレムでありながらゴーレムを使役できる、驚異的な演算性能。
そして触れたものの基礎組成を分解・再構築してゴーレムと合体したり新たな兵装を作り出せる魔術技能だ。
遺才遣い三人を相手にして、一歩も引かなかったその実力は、共和国の主戦力としての要求性能をクリアしている。

だが、そのリベリオンをして、ここまでだった。
高度に連携のとれた天才たちを相手に、リベリオンは持ち得る全ての能力を費やして、敗北した。
敗北者には死を。要求を満たせないがらくたには――廃棄の未来を。
リベリオンは、セフィリアによる破壊を、受け入れていた。
彼は双眸の設計された、視覚素子保護シャッターを降ろす――

>「ダメ、だ」

しかし、いつまで待っても痛みは降って来なかった。
まぶたを開けると、どこへ言っていたかロン・レエイがパイプを掴んで止めていた。

>「こんなコト、ジョセイのキミするもんじゃない。セッカクの『花の乙女の手』が、モッタイナイだろ?」

パイプを曲げ、必定の破壊からリベリオンを救ったロンが、月明かりを背にして言う。

>「リべリオンとやら。お前は言ったな。何故命を賭けるのかと。理解できないと。認めないと言ったな」
>「『これが俺達の生き方』だからだ」

「君たちの、生き方――」

リベリオンは、まるで幼子が初めて言葉を教えられたみたいに、ロンの発言を復唱した。

86 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/18(火) 00:09:35.05 P
>「俺の父親は、守る物の為に命を賭けた。何もかも受け入れて、愛するものの為に命を賭して生きた。
 俺も、父さんのように生きたい。全てを賭けて、一瞬だけでも、忘れられないくらいに、輝いていたいから」

語るロンの姿は、もう金色に輝いてなんかいないのに、やけに眩しくてよく見えない。
背景の月が歪む。
リベリオンは、そのときになって初めて、己の視覚素子が滂沱の涙に濡れていることに気付いた。

自分にそんな機能があったなんて驚きだ。
おそらく、埃が視覚素子に付着したから、洗浄液が自動で流れているのだろう。
しかし、そんな偶然が、リベリオンには愛おしかった。
自分はいま、人間と同じ感情を共有しているのだと思えた。

「『命を賭けてでも護りたい』んじゃない……『相手のために命を賭けたい』って想いそのもの。
 それが、誰かを愛するってことなのかな……」

今なら、確かにそれが分かる。
甚だ非論理的な行動原理だが、理屈を超えたところにある感情を、リベリオンは理解できた。
彼らは、『守る』ことではなく『命を賭ける』ことに重きを置いている。
それが、限界を超えたパフォーマンスを生み出す最適解だと知っているからだ。

「僕も、人を愛したい」

リベリオンは蕩けるような視線でロンを見上げた。
振り下ろされんとしたセフィリアの鉄パイプから、ロンは身を呈して守ってくれた。
あのときも、ロンの胸中には愛があっただろうか――あってくれたら嬉しいと、リベリオンは想う。

「例え仮初の命でも――僕の実存に賭けて、君を愛させてくれ」

上半身だけで青鎧から生えていたリベリオンが、剥いたエビのようにぬるりと出てきて身体を折り曲げる。
そうして、靴もぼろぼろになって裸足同然のロンの足の甲に、彼は優しく口付けをした。

「素晴らしい!まったく共感しました、あなたの"愛"論に!」

そこへ、いつの間にか復帰していたランゲンフェルトが、これまたぼろぼろの背広でロンたちのもとへ歩いてきた。
サングラスは片方割れているし、ハットはどこかへ言ってしまったし、袖と裾には異臭を放つ液体がこびり付いている。

「申し遅れました、私はランゲンフェルト。貴方と同じく愛の道を求める者です。
 なるほど、命を賭けたいという想い、そのものが愛!実に隙のない完璧な論理だ!
 かくいう私も、全幅の慈愛を持って、いたいけな少女を守護せんと日々奔走しています」

歩きながら、何度かチラッチラッとファミアの方を見つつ、ランゲンフェルトはリベリオンの元までやってきた。

「かくなる上は貴方を同志と呼び、共に愛するもののためにひた走らんとしたいのですが如何です?」

リベリオンは、口づけの姿勢のまま首だけを動かしてランゲンフェルトの方を向いた。
ロンの足に頬摺りをしながら、厳粛に彼は問うた。

「――命を賭す覚悟はあるかい?」

ランゲンフェルトもまた、サングラスを外し、口を一文字に引き締めてリベリオンを見た。
握りこぶしを胸に叩きつける。

「彼女が所望すれば今この場で、心臓を捧げてみせましょう――バースデー包装でね」

リベリオンとランゲンフェルトは、お互いに右手を差し出し、固く握手をした。
国籍どころか種族すら超えた、同じ目標へ向かって突き進む漢たちの滾る結束がそこにあった。
チリンチリンと銅貨を二枚弾く音がして、彼らの頭上に金ダライが2つ落ちた。

87 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/18(火) 00:10:21.83 P
 * * * * * *

「残党がいたぞ、こっちだ!」
「虱潰しだ、見つけ次第ぶん殴ってしょっぴけ!!」

知らぬ間に屋敷の中に満ちていた喧騒が、彼らのいる庭園にまで届いてくる。
警備に駆り出されていた者達とは明らかに毛色の異なる、活力に満ちた襲撃の声と、怯えふためく迎撃の声。
やがて遊撃課と商会の面々は気づくだろう。自分たちが、今を持って狭まりゆく包囲網の中にいることに。

「社長、ロン社員、こっちです!」

茂みががさりと揺れたかと思うと、背広のあちこちに傷を負ったナーゼムが転がりでてきた。
両手には角材を一本づつ下げているが、よほど激しい攻撃をいなしてきたのか使い物にならないぐらいぼろぼろだった。

「いま、ダニー社員が脱出の道をつけています。私についてきてください」

ナーゼムは、遊撃課が同じ脱出路をつかうことに文句を言わないだろう。
彼の主人であるクローディアが、遊撃課を見捨てる愚を犯さぬことを知っているからだ。

「ここへ来るまでに何度か一般市民の服装をした連中と交戦しました。
 しかし、あの練度と連携は戦闘訓練を受けた者のもの、おそらく、名義を貸していた従士隊の連中かと」

ナーゼムは、出血こそないが、各所に打撲と擦り傷を負っている。
並の鎧より遥かに頑丈な背広ですら酷い有り様だ。打撃だけでなく、攻性術式も食らっているようだ。

「連中の目的はおそらく、この屋敷……ひいては白組の制圧。ここにいては巻き込まれます」

クローディアに背広を脱がせ、ナーゼムは抜け道の入り口から少し離れたところに陣取る。
遊撃課と商会の面々を先に行かせ、自身は殿を務める算段である。


【リベリオン戦――勝利!】
【元・タニングラード従士隊が屋敷内の制圧戦を始めています。遊撃課は『従士』扱いなので制圧対象です】
【脱出目標・1ターン】

88 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/09/20(木) 15:31:31.92 0
機雷の目である先端の探知部に映り込んだ自分の姿をファミアは見ていました。
鏡面の中の自分の、見開いた目の奥にもまた同じ光景。
合わせ鏡の距離はすこぶる順調に縮まってゆきます。

>「私はこんな変態と心中は嫌ですね……」
「ええ全く」
呟くセフィリアに対し、ファミアは焦燥の中でもそこだけは平静に答えました。
誰とだって心中なんてお断りですが、
ましてそれが人をつかまえて駄肉駄肉と連呼するような手合いであればなおのことです。

>「そうつれなくするなよ!僕は実を言うと、君たちと一緒なら笑って死ねそうな気がしてきたところさ……!」
こんなのと合い挽き肉にされて皆様の食卓へ届けられる最期などファミアには認められません。
(そもそもゴーレムと融合してる相手が"肉"かという疑問はありますがそこは置くとしましょう)
間に合わなさそうだとはわかっていても、引っかかった手袋を外しにかかります。

その時、ぴん、とコインを弾く音が空を渡りました。
それから二人の少女の声。
>「命令は唯一つ。『なにがあろうと、まもってみせ』なさいッ!」
>「少年!私達の命をあなたに預けます か弱い少女3人を守るのは男子の本懐と思い 私達を守ってください」
そして――
>「――――っつあああああっああぁあああああああ゛ーーーーーーー!!」
地から空へ、雷光が走りました。

雷光に絡げ取られた機雷はまとめて爆散し、その残響の消えた頃、今度は残骸をかき回す音が鼓膜を震わせます。
>「名前は……たしかリベリオンと言いましたか?
> 貴族の……騎士の尊厳を穢した罪は重いのです
> 私の素性を知りながらの蛮行……万死に値します」
ひしゃげた鉄くずの中から用に適うものを見つけたらしきセフィリアが、リベリオンにその先端を突き付けました。
それは、斜めに轢断されたパイプでした。

>「……人間と同じ急所を刺したって僕は死なないぜ。そこに心臓はない。そもそも心臓なんてパーツはない」
(心臓がない――人じゃ、ない……?)
諦観とも達観ともつかない顔でそう言ったリベリオンは、それきり自らの素性については語ろうとせず、瞼を閉じました。

89 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/09/20(木) 15:33:10.45 0
それを再び開かせたのは――
>「ダメ、だ」
セフィリアとリベリオンの間に割って入ったロンでした。
>「イったじゃ、ないか。ショウジョをマモるのはオトコのホンカイなんだろう?」
言うなり、掴み止めたパイプをへし曲げて、使い物にならなくしてしまいます。

(いやいやいやいやいやいやダメじゃないでしょう!?殺っておかないと!!)
ファミアは自己の安全を脅かした、または将来脅かしうるであろう存在に対してはわりと容赦がありません。
しかしながらロンにはその意志はなく、制止を受け入れたセフィリアにしてもそれは同様でしょう。

(私が……私がやるしか……!)
ねじ曲げられたパイプは刺突には使えませんが殴打には十分耐えるはず。
あとはそれを拾い上げて、ロンの足元に身を投げ出すリベリオンの、
無防備な後頭部へ向けて打ち下ろせばいいだけです。
何度も。
何度も。
何度も。

「…………ううううぅぅぅ」
ファミアはその時に手に伝わる感触とか顔に跳ねかかる返り血などを想像して、心がへし折れそうになっていました。
(実際になにか液が出てきても"血"ではないのでしょうが、それはファミアにはわからないことです)
――そして、その心にさらに圧力が加わります。

>「素晴らしい!」
ぷつ、と背に冷たい汗が湧く感触。息が詰まって妙な声が漏れました。
全身に走った緊張は手足を硬直させ、ファミアが取るはずだった動きを全て中断させます。
>「まったく共感しました、あなたの"愛"論に!」
もはやファミアの天敵と言っても差し支えのない人物、ランゲンフェルトよもやの復活です。

一度下しておいて天敵と評するのもいかがなものかと思いますが、
少なくともファミアの方で相当に苦手と感じているのも事実です。
具体的にどの程度かというと
>「申し遅れました、私はランゲンフェルト。貴方と同じく愛の道を求める者です。
> なるほど、命を賭けたいという想い、そのものが愛!実に隙のない完璧な論理だ!
> かくいう私も、全幅の慈愛を持って、いたいけな少女を守護せんと日々奔走しています」
という口上の合間々々に視線を送られるたびに
「ひぃっ」
と一声上げてセフィリアの背に隠れるくらい。

>「彼女が所望すれば今この場で、心臓を捧げてみせましょう――バースデー包装でね」
そのために命を賭けられるのかというリベリオンの問に、自らの胸板を叩いてそう言い切るランゲンフェルト。
ファミアはじゃあお願いしますと口に出しかけましたが、
実際にやられるとたいへんスプラッターな光景が出現することになるので思いとどまりました。
だいいち、そんなものを貰ってもアリウープからのボースハンドウィンドミルでゴミ箱へ向けてダンクです。

90 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/09/20(木) 15:34:58.86 0
その後、熱く固い握手を交わす二人の上に金ダライが落ちてきました。
(手緩い)
とファミアは考えました。どうせなら分銅でも落として欲しかったものです。
そうなったらそうなったで"ひしゃげた二人分の何か"を目撃して失神してしまうでしょうけど。

タライの落ちた音が山彦となって幾度か夜を駆け抜け、そしてその足も止まりました。
代わりに、どこからか聞こえてきた怒号が風に乗って一同の耳へ届きます。
>「残党がいたぞ、こっちだ!」
>「虱潰しだ、見つけ次第ぶん殴ってしょっぴけ!!」

声は庭園をぐるり取り巻いています。しかしここを包囲するという明確な目的があるのではなく、
もっと単純に、邸内を一気に制圧しようと全方位から突入をしてきているだけのようです。
さてさてなんだか物騒なことになって来たものですが、しかし行動を起こす前に状況の方が動きました。

>「社長、ロン社員、こっちです!いま、ダニー社員が脱出の道をつけています。私についてきてください」
潅木が大きく揺れるなりそこからナーゼムが現れ、そう伝えました。
服装から、明らかに複数回の戦闘を経たことがわかります。

>「ここへ来るまでに何度か一般市民の服装をした連中と交戦しました。
> しかし、あの練度と連携は戦闘訓練を受けた者のもの、おそらく、名義を貸していた従士隊の連中かと。
> 連中の目的はおそらく、この屋敷……ひいては白組の制圧。ここにいては巻き込まれます」
"名義を貸していた"従士隊が攻撃をしているということは、
自分たちが従士であると釈明したところでかえって排除の対象とされてしまいます。

後で名簿と突き合わせれば誤解も解けるでしょうがそれまでにどんな目に遭うか知れたものでは無し。
まずは逃げるが先決です。ファミアはそう考えましたが、しかしまだ動くわけにはいきません。
なさねばならぬことがあるのです。

「……あの、改めてお名前をお伺いしたいのですが、名刺をいただけませんか?できましたら全部」
ファミアが恐る恐る近づいてそう告げると、ランゲンフェルトはめっちゃいい笑顔で名刺の束をくれました。
実際は先ほど自ら名乗ったのを聞いていたのですでに名前はわかっています。
そして――使用するところを目撃していたので名刺の用途も知っていました。

91 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/09/20(木) 15:36:46.87 0
名刺を隠しにねじ込み、今度はナーゼムに向き直りました。
「それよりいい方法があります」
言うなりまたきびすを返して、突き刺さったバールのもとヘ。
あっさりそれを引き抜くと、両手で頭上にそれを差し上げました。
「これに乗って飛んで逃げるんです」

なにせゴーレムサイズですからたしかに全員乗れますが、もちろんバールにそんな推進機構はついていません。
おまえは何を言っているんだ、ともの問いたげなみんなの視線も無理からぬ事。
もちろんそれもわかっているファミアは説明を始めます。
と言ってもプランはシンプル。

1.バールとファミアをゴーレムの残骸のチューブでつなぐ
2.ファミア以外のみんなでバールに座るなりぶら下がるなりする
3.投げる
4.ファミアも引っ張られて飛ぶ

少なくともこの場にいる人員はこれで全員邸外に出られますし、
包囲の外から援護することで残った課員の撤退もしやすくなるでしょう。
そう熱弁を振るいながらバールを掲げたまま一同の元へ戻ります。

そして、セフィリアのそばを通る時――
「……最高高度に達した時に蹴り落としてください。出来ればふたりとも」
小声でそう伝えました。
"二人"が誰を指すのかは言うまでもないこと。

技術が発達し、生産力が大幅に向上した現在でもやはり国力とはすなわち人口です。
リベリオンは(ファミア主観では)同性愛者なのでその増加に寄与しないため、死んで当然。
(もともと他国出身だしそもそも人じゃないのでどうあがいても寄与できないのですが)
ランゲンフェルトは(ファミア主観では)猟奇殺人者なので人口を減少させるから明日を生きる資格はありません。
この機に乗じて誅しておかねばならないのです。

決してランゲンフェルトに対して身の危険を感じているからとか
そのついでに変態も巻き添えにしておこうなどと一切考えてはいません。いません。

「さ、それではさっそく」
ファミアは反論を差し挟む余地を極力与えないよう、強引に準備を始めました。


【謀議】

92 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/09/21(金) 15:53:29.11 0
>「こんなコト、ジョセイのキミするもんじゃない。セッカクの『花の乙女の手』が、モッタイナイだろ?」
少年がそんなこと言った……
とどめを刺していない敵に背を向け、私の手を血で汚させないという
それだけの理由で……私にこんなことを言った人はこの少年が初めてです
なんでしょう……この感情、ああこれが……

怒りなんですね

そう思った時、私の手はロンの頬へと吸い込まれた

「貴様の勝手な考えで貴族の尊厳を踏みにじるというのか!!
花の乙女の手だと?
なんたる愚かしさ!!
たとえ私は鬼ではなくとも騎士である!貴族である!
確かに私を守れとは言いました!
しかし、だれが私の邪魔をしろと言いましたかぁ!」

私は怒りのあまり語気を強め、少年の……恐らくは骨折しているであろう右腕を踏みつけた

「命を助けてもらった恩があります
ですので命を取るような真似はいたしませんが
貸し借りはこれでなしです」

私はそう言い捨てるとリベリオンに鋭い視線を向けた

「変態、先ほどあなたは命あっての物種と言いましたね?
命などっ!私にとってもは二の次!恐れるは死ではなく、恥だと心得なさい!」

私が説く貴族の心得の途中、庭に金属音が響き渡った
先ほど少年に曲げられた金属パイプをアルフートさんが手に持ち、リベリオンにフルスイング
ジャストミートした音でした
なんともここちの良い音でしょうか

「少年、これが貴族です
受けた恥はそそがなければなりません
アルフートさんがそれを示してくれました
私も見習わなくてはなりません」

>「素晴らしい!」
さきほど戦ったランゲンフェルトがペラペラと変態チックな言葉を並べながらやって来ました
それに怯えるアルフートさんが私の後ろに隠れました
これは排除しなければならないと身構えました

しかし、戦闘に突入することはなクローディアさんが変態同盟の頭に金ダライを落しました
クローディアさんナイスです
ファミアさんは金盥を落とされた2人に慈しみの視線を送っています
なんと慈悲深い人でしょうか

93 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/09/21(金) 15:53:35.92 0
>「残党がいたぞ、こっちだ!」

猛々しい声が周囲いたるところで起こり、私達を囲みました
新手……と考えたところでクローディアさんのところのナーゼムさんがやって来ました
彼の推測ではこの街にいた本当の従士隊でないかということです
なんともややこしい事態、他の課員のみなさんも早く脱出してきてほしいものです
従士隊の迎撃のために青鎧のフレームを引っこ抜き武器にします
もちろん遺才を発動するために2本用意しました
せめて、私が他の方々が逃げるための時間を稼がなければ

……しかし、アルフートさんが意外な脱出方法を用意していました
ゴーレム用のバールを用いて脱出するというのです
たしかに、私が先ほど開けた壁の穴よりよい脱出方法だと思います
恐らくは穴の先は敵だらけでしょうし……とアルフートさんの慧眼に驚いていると
彼女が横を通るときにボソリと

>「……最高高度に達した時に蹴り落としてください。出来ればふたりとも」

「承知いたしましたよ。お嬢様」

ええ、彼女はとっても慈悲深いです
私の口の端も自然と上がってしまいます

「しかし、アルフートさんせめてもう少しまちましょう
一応ここが皆さんの脱出地点となっています
私が殿の手はずでしたからね」

酒場でそう提案したことが遠い昔のように思えます
怒声が大きくなってきます。一般市民に扮した従士隊
殺到してくるそれを相手に、大立ち回りをするべく飛び込んで行きました
雑魚相手にはめっぽう強いのが双剣のガルブレイズです

【もうちょっと待ちませんか?と提案。メタ的には他の皆さんのターン終了時まで】

94 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/22(土) 14:06:29.55 P
大陸西方の少国家群が正域教会によって平定され、エルトラス連邦と名を変える、まさに激動の時代。
揺れ動く情勢が、そこに生きる者達の貧富を激しく峻別する。
そんな混沌を勝ち上がった、肥沃な土地に大農場を経営する豪農の家にアネクドートは生まれた。
彼女は生まれながらにして大抵のものを持っていた。
上質な絹織の衣服も、抱えきれないほどの収穫物も、穏やかな風の吹く広い庭も、そんな彼女の厚遇を妬まぬ気の良い友人達も。
そして当時の政情不安定な西方国家では珍しい、高等な教育を受けることができた彼女は、己の恵まれた環境に自覚があった。

どうしてわたしはみんなと違うんだろう。
ディナーに供される、品の良さばかり追求して味気のなくなったスープを啜る自分はあまり幸せそうには見えない。
しかしアネクドートの友人達は、彼女のものよりはるかに質の劣る、野菜くずしか浮いていないスープを舐めて顔を綻ばせるのだ。
彼らは、アネクドートが持たざる何かを持っている。それは間違いなく尊いものだ。

あるとき、生家の納屋で見つけた戯曲の読本に、彼女は惹きこまれた。
寝食をも惜しみ、昼夜すら忘れて、ベッドの上で物語を読み耽り、心地良い読後感と素晴らしい高揚感を得た。
この感動を友人達とも分かちあおうと、アネクドートは読本を抱えて友人達の家を訪った。

友人達は揃って渋い顔をした。
アネクドートが如何に伏線の巧妙さや人物描写の奥深さを力説しても、泥に手指を突っ込むみたいに響かない。
理由は単純、彼らは読み書きが出来なかったから。
アネクドートはその時になって、ようやく生来の疑問に答えを得た。

足りないから違うのではない。
違うから足りないのだ。

生まれた境遇や、持っている財産が、自分と他人とであまりにもかけ離れている。
平等じゃないから。
分かち合うことができない。
相手を理解できないし、相手に理解されることもない。

友人達が裕福なアネクドートを妬まないのは、彼らが底抜けに善良だったからではない。
貧民層の彼らにとって、アネクドートのような富民層の生活は正しく雲の上であり、想像が及ばなかったというだけのことだ。
自分は彼らと異なる世界に生きている。
同じ場所で、同じ時間を共有していても、根っこの部分が平等でないから、彼女は本質的に孤独であった。

持つもの。持たざるもの。
その差異が、その峻別が、アネクドートには狂おしいほどもどかしい。
故に、彼女は平等を欲した。自分と他人が同じになることを望んだ。

ひとりぼっちで生きるには、この世界は広すぎる――

 * * * * * *

95 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/22(土) 14:07:18.16 P
攻性結界『忌み数の刃』が、十三掛ける十三の剣の威力を携えて、眼前三人の命を刈らんと振るわれる。
かの刃に、物理的な障害は意味を成さない。
極限にまで鍛え込まれた極薄の刃は、物体を形作る結合の隙間に入り込んでそれを断ち切る性能を秘めている。
壁を、天井を、切り崩しながら横薙ぎの超大剣が白銀の弧を描く――!

>「"予言"するわ!アネクドートさん、貴女は敗北する。理由は簡単よ――」

フィオナ=アレリイが、指先をこちらにつきつけて宣言する。
ぼろぼろだ。指の爪は割れて、固まった血がこびり付いている。
汚れてない肌はどこにもないし、骨だって折れているだろう。
しかし、かつてアネクドートが畏敬した『魔族殺し』は、迫り来る刃に片足すら退かず、相対して見せる。
障害物の一切を斬り抜いてなお、わずかほども減速しない聖なる刃。
その長大な刀身の、先端速度はゆうに音の壁を破り、水蒸気の尾を引きながらフィオナの首を斬り飛ばす――

>「――貴女は一人だけれど、私たちは信頼できる仲間と共に戦っているのだからっ!」

音が消え、風が止む。
つ……と、『魔族殺し』の首から下へ一筋の赤が流れた。
銀光を放つ半透明の刃は、フィオナの首の皮を一枚断っていた。剣は、そこで停止していた。
アネクドートが停めたのではない。彼女は驚愕と共に目を凝らす。

「な……鎖……!?」

白光に輝く一条の鎖が、忌み数の刃に巻き付き、床とを接続して磔にしていた。
慣性によって強引に押し込まれなかったのは、この結界剣が結界故に質量を持たなかったから。
あらゆる物体を切り飛ばすはずの必殺聖術を、ただの鎖が受け止められたのは――

「魔族殺し、貴様か!」

鎖に付与されていた、『聖剣』の聖術。
神の力を物体に加護として与える魔法が、鉄の鎖を神縛りの聖鎖へと変えていた。

>「そうだ。あんたは強い――――けど、例えどれだけ強くても、独りの奴は弱いんだ!!」

唖然とするアネクドートへ、直上から声が投げられる。
フィン=ハンプティが跳躍し、天井から迫っていた。
剣を引くが、戻らない。得物を拘束されて、アネクドートは絶望的に無防備だ。

>「――――遊撃課・『ただの』フィン=ハンプティが宣言するぜ!!
 あんたの、『遺才殺し』アネクドートの侵攻は、ここで終了だっっ!!!!」

魔族の掌が、ただ一撃の掌底が、船底のような閉塞感でもって、彼女に降ってきた。

「ああ――」

アネクドートは押しつぶされていく体感時間の中で、瞬きを一つ。

「――ならば、同じになろう」

真っ黒い渦を伴った掌底が胸元へと吸い込まれ、彼女の四肢は力を失った。
同時、切り裂かれた天井が崩壊となって降ってくる。
常人も、天才も、魔族だって"平等に"押し潰す、巨大質量の瀑布が、彼ら全員へ襲いかかる――!

 * * * * * *

96 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/22(土) 14:09:12.16 P
 * * * * * *

>「頼みがある。これから、裏を出す。裏にそれを見せて、言って欲しい。『師父は死んだ』と。」

祝福された縛鎖を用い、見事敵の最大術式を食い止めたスイ。
彼女は視線だけでボルトを見て、首から提げたペンダントをこちらに放った。
双眸を閉じる、再び開いたとき、スイは"裏"――遺才の魔術師『風帝』へと変遷していた。
彼女はさる事情によって正気ではない。下手をすれば味方すら区別もつかずに無差別攻撃を仕掛ける可能性がある。
大規模な攻性魔術を展開できるスイにとりそれは無論の脅威だが――アネクドートの性質逆転結界が、彼女の遺才を封じた。
自身を傷つける風を纏いながら、『風帝』は滂沱の涙を流し、何かを振り払うように叫び続けている。

ボルトは、部下の頼みに応えたい。
スイを説得し、正気を取り戻さねば、この先来るべき瓦礫の崩落を生き残る術はない。
アネクドートは対集団戦術のプロだ、都合よく逃げ場が見つかるなんてことはないだろう。
落ちてくる建材の滝は、範囲が広すぎて、ノイファの予見でもフィンの天鎧でも防ぎ得ぬものだ。
スイの、広範囲攻撃術式でまとめて吹き飛ばすしか――ない。

だが。
ボルトは己の二本の足が、床に張り付いたまま動かないのを自覚していた。
歩みを止めるのは恐怖ではない。直面していた生命の危機は、魔族と化したフィン=ハンプティが取り除いてくれている。
ならば膝を竦ませるのは、畏れではなく"疑問"――おれは、本当に背負えるのか、と。

忌まわしき記憶を仕舞いこんだスイに、『お前の家族はもう死んだ』と事実を突きつけてやるのは簡単だ。
結果的に、スイを逆上させて、ボルトが殺されたとしても大した問題ではない。
所詮生きるか死ぬかの二択でしかないのだ。座して待ち続けても死ぬのだから、まずは行動すべきだろう。

懸念があるとすれば――むしろ、ボルトの言葉によってスイが正気を取り戻した先だろう。
スイは、師父を殺されたことで精神的な拠り所を失った。
心が擦り切れそうな哀しみから、自分を護るために"表"という人格を創作し、他人との関わりを担わせた。
スイの"裏"という本人格は、かつて家族を失ったその日から、時間を止め続けている。
戦場で無双を謳われた魔術の天才『風帝』は、その実人と交わっていくにおいては、誰よりも脆弱なのだ。

スイは、強いが、弱い。
大人になるための土台を完成させずに大人になってしまったから、頭でっかちで根っこの部分は今にも折れそうだ。
多くの成長過程の子供がそうであるように、土台が完成するまでの暫定的な支え、新たな拠り所が必要だ。
表のスイという支えを、ボルトが取り除いたとすれば、不安定な彼女のその後はボルトが支えていかねばならない。
部下と、上司だ。課員のケツを持つのは課長の役目のはずだ。

97 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/22(土) 14:10:26.83 P
一部隊なんか軽く滅ぼせる魔才の継承者を、何も持たぬ自分が背負っていけるのか。
命惜しさに、その場限りの甘言でスイを煙に巻くことは、ボルトをして不誠実だと思わざるを得なかった。
ノイファの声が聞こえた。

>「――貴女は一人だけれど、私たちは信頼できる仲間と共に戦っているのだからっ!」

――否。
ボルトは持っているはずだ。
西の果ての開拓都市や、砂漠の中の巨大湖、雪原に築かれた第三都市で、培ってきたものがあるはずだ。

「スイ!」

ボルトは手の中にある、スイが真実を封じた装飾品を、高く掲げて見せた。

「師父は死んだ、もういない。この世にも、墓の下にも、お前の心の中にだって――死んだ奴は、もういないんだ」

二年前、ボルトは帝都で相方を失った。
死体は見つからなかった。魔族に喰われたか、あるいは魔族になって討伐されたかだ。
ボルトは帝都大強襲の折、従士隊の一員として魔族討伐に駆り出されていた。
ともすれば、彼自身が、教導院以来の親友を、その手にかけたかもしれないのだ。
市民の護り手としての責務。友人としての感情。
狂いそうになる二律背反を、ボルトは『大人』になることでやり過ごした。

「故人を語るのも、呵責に苛まれるのも、墓に花を添えるのも……死んだ奴に何かができるのは、生きてる奴だけだ。
 お前が死んだ師父に、今でも何かがしたいと思えるのなら――"俺達"で、お前の状況を始めよう」

ウルタール湖でサフロール=オブテインが死んだ時、スイは湖に宝石を手向けた。
それは、彼女が死者に対して、何かをできる人間である、何よりの証左であるはずだ。

「おれの率いる、お前の仲間達は、そいつを全力で支援する」

柏手。友人がかつて癖のように行なっていた仕草を、真似し始めたのは二年前からだ。
死人が確かに生きていたことを、世界に対して示し続ける――『ボルトが故人にできること』。
フィンの掌がアネクドートの胸部を直撃する。術者の集中が解けて、反転結界が爆ぜ割れる。
豪雨のように落ちてくる天井から、目を逸らさずにボルトは叫んだ。

「――状況開始だ!」

 * * * * * *

98 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/22(土) 14:11:11.44 P
仰向けに倒れゆくアネクドートは、四肢の脱力とは裏腹にはっきりした意識で、それを見ていた。
落ちてくる瓦礫。先端が鋭利で、密度の高い、レンガ造りの建材の破片が、瀑布となって降り注ぐ。
彼女たちがその下敷きになろうかという刹那、突如として陣風が吹いた。
ごお、と耳鳴りの彼方で気圧が動く。渦となった不可視の力は、降ってくる瓦礫を一つ残らず絡めとって巻き上げた。

「!」

巻き上げられた瓦礫は、次いで崩れていく天井とぶつかり、衝突音が断続して起きる。
やがて天井は完全に崩壊し、その破片すらも風は巻き込んで竜巻の材料とする。
開けた視界に、満天の冬空と輝く月が見えた。

月光の中を渦巻くのは、撹拌された天井と壁の成れの果て。
そして、注視するものは気付くだろう。竜巻の中で、瓦礫一つ一つの大きさが、明らかに小さくなっていくのを。
瓦礫同士がぶつかり合い、あるいは風によって削り取られて、岩が小石へと急速に変わってゆく。
その現象を、単語一つで表現できた。

「瓦礫を強制的に、『風化』させているのか――!?」

風魔術という、現象制御魔法。その極地。
風を支配する風帝の遺才は、極微の魔力コントロールのみが可能とする大業を戦場でやってのけた。
そして、やがて砂のみとなった竜巻は、開けた天井から空へと駆け上がる。
月を背に、溜めに溜めた遠心力が解放。砂は街の全域のムラなく拡散して落ちていった。
瓦礫と名のつくものが一切消え去り、がらんどうとなった部屋に、アネクドートが倒れこむ音だけが響く。
全身を襲う虚脱感に、もはや指一本すら動かすこと能わず。アネクドートは静かに空を見上げていた。

「また、同じになれなかった……!」

死という平等すらも、アネクドートが他人と同質になることを拒んだ。
瓦礫が崩れていれば、フィオナもスイもフィンもアネクドートすらも、等しく死に招かれるはずだったのに。
今度は勝敗が彼女と他者を峻別した。三人の遺才遣いは勝者で、敗者はアネクドートただ一人。

彼女はまたしても独りになった。

99 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/09/22(土) 14:11:56.38 P
「どうして」

力の入らない四肢に、懸命に鞭を入れるが、血液の代わりに鉛が流れているように重い。
唯一自由な首だけを動かして、アネクドートは敵対者達を見る。

予見の眼を持ち、聡明な判断力を備え、かつて魔族すらも殺してのけた女傑。
風を司り、戦場にあっては単身でゴーレムや艦船すら相手取って倒してきた魔術師。
そして――気の狂いそうな肉体酷使の果てに、遺才すら超える魔族の両腕を得た、『ただの遊撃課』。

誰一人として他人と同じものを持たぬ、人越者達。
アネクドートがそうであるように、誰にも分かち合えない、自分だけのものを『持つ者』。
しかし、彼らはアネクドートとは違う。やはり、『違う』。

「他人にないものを持っているのに、どうしてお前らは独りじゃないんだ……!!」

遺才という化物の力をその身に宿しておいて、どうして彼らは他人と共存できるのか。
アネクドートが血眼で求めた、『独りじゃない』という尊さを、彼らは当たり前に持っている。

「独りはいやだ。負けたら、また独りになってしまう――」

持つ者と持たざる者の差異を埋めるには、持つ者から持ち物を取り上げて、平等に分配するしかない。
私有財産を否定する『神財主義』、アネクドートの所属する正域教会が掲げる理念とはそういうものだ。
エルトラス連邦の前身たる、身分制度も言葉も異なる少国家群を平定するには、そうする他なかった。

だが今は違う。
正域教会によって平定され、共通言語や価値観の流布によって、資本主義へ歩み出せる下地は十分に整ったはずだ。
それでも人々は今だ、形骸化した神財主義に阿り続けている。
独りになるのは、誰だって嫌だからだ。

アネクドートは正域教会の神殿騎士として、数多くの遺才を倒し続けてきた。
誰とも共有できない遺才という概念は、より多くの孤独を生むものだと知っていたからだ。
殺して、殺して殺して殺し続けた果てで、振り返ったアネクドートは、自分の後ろに誰もいないことに気が付いた。
平等の秤は、皿の上の人々を同じにしてくれるけれど、秤の担い手だけは平等にしてくれないのだ。

 * * * * * *

「やべえぞ、フィオナさん!」

崩壊から奇蹟的に生き残った扉を跳ね開けて、フラウが飛び込んできた。
彼女は目を覚ました後、戦闘に巻き込まれないようこっそり部屋から脱出して、ほとぼりが覚めるまで隠れていたのだ。

「同じ色した魔力の塊が、たくさんこの屋敷を取り囲んでる!
 たぶん、軍隊か何かだ。屋敷に配備されてるガードマン達が、あっという間に制圧された!」

耳を澄ませば、屋敷内の喧騒が外へと向かっていることがわかるだろう。
騒ぎの動きは、『内部の侵入者をつまみ出す』ではなく『外部への迎撃』へとシフトしてきている。

「本国からの増援だ」

ボルトがこめかみを抑えながら言った。

「ただし、俺達の味方じゃない。ハンプティはわかってるだろうが――『従士』を制圧するための部隊だ。
 遊撃課もそこに含まれる。巻き込まれる前にずらかるぞ」


【アネクドート撃破!】
【元・従士隊による包囲網が完成しつつあります。正攻法では脱出できません】

100 :ロン ◇1AmqjBfapI:2012/09/25(火) 23:27:15.74 0
突然だが、言葉一つでも、ある人には心を癒やす薬に、ある人には心を抉る銀のナイフとなる。

相手の言葉で支えられる人もいれば、思いやりの口上が人の矜持を傷つける事もある。
ましてや自国の教えと己のエゴイズムを押し付けてしまうと、とっても恐ろしいことになるのである。

「……ッ!?」

パシィンッ。夜空に高らかに、その音は鳴り響いた。
怒り叩き付けられた熱と痛みが、冷え切ったロンの頬に訴えてくる。
面食らったロンは、堪らず少女を、怒りに染まり切ったセフィリアを見上げた。

>「貴様の勝手な考えで貴族の尊厳を踏みにじるというのか!!
  花の乙女の手だと? なんたる愚かしさ!!」
「いや、その、俺は……」

突如として、自分は貴族だと暴露したセフィリアは、烈火の如く憤怒を露わにし、捲し立てる。
ロンとしては、まさか相手の逆鱗に触れるとは思ってもみなかったので、目を丸くするばかりである。
「女性は女性らしい扱いを受けることを至上の喜びとする」と教えられたロンに、
貴族としての矜持を持つセフィリアの怒りは理解出来ない。
「女性の手を穢す所業を見過ごす男は男ではない」とするロンの考えが、この国で通用するとは限らないのだ。

>「たとえ私は鬼ではなくとも騎士である!貴族である!
  確かに私を守れとは言いました!
  しかし、だれが私の邪魔をしろと言いましたかぁ!」
「ひぎっ――ぃいいッ!?」
>「変態、先ほどあなたは命あっての物種と言いましたね?
  命などっ!私にとってもは二の次!恐れるは死ではなく、恥だと心得なさい!」

折れた右腕を躊躇なく踏みにじられ、抵抗出来ないロンは悲鳴を上げるしかない。
本人としては良い事をしたつもりなだけに、この反応は予想を遥かに裏切られたものだった。
理不尽だ、と涙が出る。やがて、冷え切った腹の奥から静かに、熱く煮え滾る物がこみ上げて来た。
その感情は眼に宿り、キッとリべリオンへ向けられた。
そもそもが、コイツを(結果的に)助けたばかりにこんな目に合ったんじゃないか。
侵入者として引き渡す予定であったし、いっそ原型も残らぬ程にボコボコにしてやろうか。
有り体に言えば八つ当たりだが、腹の中で暴れ回る何かを、発散したかった。その矛先がリべリオンに突き立てられようとした時――

>「『命を賭けてでも護りたい』んじゃない……『相手のために命を賭けたい』って想いそのもの。
  それが、誰かを愛するってことなのかな……」

リべリオンの口から思いもよらぬ言葉が飛び出し、ロンは顔を顰めた。
何をいきなり言い出すのだろうか。そしてやけに熱を帯びた視線は一体何なのか。

(ッまさか、まだ闘る気か――!?)

それを理解する暇もなく咄嗟に身構え、リべリオンの身体はヌルリとゴーレムからすり抜ける。

>「僕も、人を愛したい」


しかし予想していた攻撃は来る事なく、―――――――何故か足に接吻された。

「」

ひたすらにフリーズするロン。石よりもカチンコチンに固まってしまっている。
次の一瞬で、全身を鳥肌が駆け巡る(誤用だが、正にそう表現したくなる程不快だった)。
変態もといランゲンフェルトと変態もといリべリオンの熱い握手が交わされた直後、ようやく思考が回復し、

「――いいからハヤくテをハナせ、ヘンタイがァーーーーーーーーーー!!」

二人の頭に金盥が落ちると同時に、折れた足の甲が見事にリべリオンの顎を直撃した。

101 :ロン ◇1AmqjBfapI:2012/09/25(火) 23:27:42.63 0
>「残党がいたぞ、こっちだ!」

息も荒く肩を上下させ、昂る怒りを鎮めようとするロンの耳にも、その怒号は聞こえてきた。
明らかに館の警備員達のものではなく、活気に満ちた襲撃の声。慌てふためく声も後から聞こえてくる。
全方位から徐々に狭まりつつある。状況を理解するより早く、茂みから現れる者がいた。

>「社長、ロン社員、こっちです!」
「ナーゼム! どうしたんだ、そのキズ!?」

流血沙汰でないだけ良かったが、幾多もの攻撃を受けた事が伺える。
ナーゼム曰く、やけに連携の取れた一般市民の格好の集団に襲われた事、
推測だが名義を貸していたタニングラードの従士隊ではないかとのことだった。

>「連中の目的はおそらく、この屋敷……ひいては白組の制圧。ここにいては巻き込まれます」

つまり、標的は自分達だ。出血の多いロンから更に血の気が引く。
声は更に近づいてくる。ファミアがゴーレムのバールでのトンでも脱出を提案する中、ロンはクローディア達を見やった。
自分は「まだ仕事を完了していない」。

「ナーゼム、オレもノコるよ」

ファミアが強行的に作戦の準備を進める中、ナーゼムにハッキリそう言った。

「シャチョータチは、サキにニげてくれ。オレはここで、カノジョとノコりのナカマとやらをマつ」

彼女、セフィリアを一瞥して言う。
ナーゼムが言うからには、ほぼ確実に相手は従士隊なのだろう。相当の手練なのだろう。勝てる確率は低いだろう。
しかし「一般市民の格好」をしているならば、侵入者ならば、課せられた通り仕事しなければなるまい。

「相手は『一般市民の格好をした侵入者』なんだろ?
 だったら『シゴト』しなくちゃな。侵入者を叩きのめさなきゃな。
 ちょっとの間、目潰しでアイツ等を足止めするくらい訳ないさ」

四肢のへし折れた自分に出来ることは、時間稼ぎくらいのものだ。
たとい従士隊に勝てる確率が億分の一だろうと那由他であろうと無量大数の砂粒の中から砂金を掬う確率であろうと、
ロンはクローディアの命令が続く限り、あくまで侵入者と戦い続けるつもりだ。

それから、とリべリオンを見上げた。この際だ、利用出来るものは利用する。
先程の状況、振り返ってみれば満更悪い物ではない(同性愛的な意味では無い、念を押すが)。
男色趣味はないが、リべリオンの言う「愛」は、こちらの考えようによっては使えるのではないか。

「リべリオン、オレにチカラをカせ。アイをノタマウなら、それをショウメイしてみせろ」

腕の痛みか、はたまた不快感か、顔を顰めながらもロンは言い切る。
頭を垂れ、請う。

「社長、命令を。俺に闘えと、拳を振るえと、……どうか」

    ○

セフィリアは一足早くに、一般市民に扮した従士隊を迎撃すべく特攻していく。
彼女の立ち回りは見ていて惚れぼれする程だ。けれども、ロンの胸中は海中の藻草の如く締めつけられる。

邪魔をするな。
彼女の吐き出された言葉がグルグルと脳内を駆け巡る。
セフィリアのパイプを捻じ曲げた瞬間、一瞬でも感じていたあの優越感が嫌悪感に変換し、毒のように血管を循環する。

102 :ロン ◇1AmqjBfapI:2012/09/25(火) 23:28:14.67 0
この国は大清国ではない。女子が剣を持ち、男子と同じく力を振るい、貴族の矜持を語る。
理解は出来る。なのに「納得できない」と叫ぶ自身の心がある。正しい正しくないの問題ではなく、ロンの信念の問題なのだ。
彼の中ではダニーを女性だと理解はしていても、男子と接するような心持ちがある(時たま女性であると気づかされることもあるが)。

それとよく似ていて、騎士として、貴族として振る舞うセフィリアの行動に正当性を理解出来ても、
やはりどうしようもない違和感を覚えていて、認めたくない、女性はこうあるべきではないと逃避する部分があるのだ。

そして、価値観の奥深くに根付いた「それ」を、払拭する事は叶わないだろう。
恐らくセフィリアの価値観に納得する事は無いだろう。少なくとも、今の自分では。

「何としてでもここは食い止めるぞ!リアをサポートするんだ!」

リべリオンを支えにしながら、セフィリアの死角から襲い来る従士隊に紫電を飛ばす。
捌く量に限界があるが、電流を食らえば2、3秒程は動けなくなる。隙を作る位は出来る。
また、ファミアやクローディアに危害を加える者があればそちらにも妨害を与える。

セフィリアをチラと見、リべリオンに耳を貸すようジェスチャーする。

「……俺が合図したらリアを連れて逃げろ。この際だ、気絶の一つでもしてもらうことにするか。
 仲間とやらを待つ余裕はないだろうし。……俺達は『侵入者』の言う事に耳を貸す義務も余裕も、ない」

リべリオンならば言う事を聞くだろうと信じ、そう提案する。
セフィリアがロンの身勝手な言い分を聞けば、それこそ矜持を踏みにじる行為だと激昂するだろう。
それくらい、彼女の言葉を耳にした後なら嫌でも分かる。
ロンは右腕をかろうじて上げ、指先から僅かに紫電を放出した。「俺がやる」、と暗喩するかのように。


「……今から言う事は、俺のエゴだ。正当性も論理性もへったくれもない、俺個人の感情論だ。
 俺は確かにレエイ家の家督を継いだけど、実質貴族でも何でもない。貴族としての自覚もないし度量もない。
 けれど。彼女に『帝国貴族としての誇り』があるなら、俺には『大清国の男としての意地』がある」


早まる鼓動を鎮めるように、深く深く息を吐く。


「俺は女が戦う所も血で手を穢す所も見たくない。そんなの俺の国では有得ないことだし、俺の理解の遠く及ばない事だから。
 俺は俺の価値観を壊されない為に、守り続ける為に「あんなこと」をした。俺の、俺の中の女性像をこれ以上壊したくなかった」


「そうだ、これはエゴだ。俺の人生で培われた、どうしようもない独善的な観念なんだ」


「けど今は、それでいい。それで良いんだ。それは社長が下す命令に何の妨げも与えない。俺の仕事に何の影響も与えはしない。
 誰かの矜持に傷を付ける事になっても、蔑まれる事になろうとも、守れるものの為ならどれだけ傷つこうが構わない。
 俺はそういう男だ。ひとり自分の感情一つで突っ走るだけの、右も左も知らない頑固者だ」


「教えてくれ。お前の言うように、『誰かの為に命を賭けたい』想いは、確かに愛だろう。
 『貴族としての矜持を守り、尊厳を重んじ、恐れるべきは死よりも恥』が騎士道だろう。
 なら『死ぬまで他人の心を省みず、己のエゴを貫き通す』想いは、一体何なんだろうな」

103 :ロン ◇1AmqjBfapI:2012/09/25(火) 23:28:33.78 0
ロンは不意に自嘲した。ここまで自分はエゴイズムに満ちた人間だったのか。
開き直りながら、心の影で自分を正当化しようと腐心する、ケチな人間だっただろうか。
そうかもしれない。それでもいい。否、そうあれかし。エゴを貫かなければ、自分が自分でなくなってしまう気がした。

「リア、聞いてくれ。
 俺は大清国の人間だ。例え貴族であろうと、女子が武器を取り戦い血で穢れる事を良しとしない考えを持つ子供だ」

これはセフィリアに向けての、せめてもの誠意だ。

「だから今から君をちょいと倒して、闘いのない城壁の外に投げ捨てる!」

敵に囲まれたこの状況での発言は、気でも狂っているとしか思えない。
だがロンは今言わなければ、今実行しなければ、確固たる自分の支柱が存在する証明を、二度と実行出来ないと確信していた。

「それを良しとしないと思うなら、俺を殴れ。肉を潰し骨を粉砕し内臓を抉れ!俺を殺す気で来い! 
 畜生と同等に斬り捨てて豚の餌にする覚悟で、俺の価値観全てを、俺そのものを全て消して語れ!」

セフィリアへ動きを止める紫電を放たんと、狙いを定める。
だが五体満足の遺才使いと四肢欠損の遺才使い、スピードが物をいうこの勝負にロンの勝利は絶対とは言い切れない。

「君の言う貴族を、騎士道を守りたいなら、忠告する!容赦は捨てるんだ!俺がそうするように、相容れぬ価値観は捩じ伏せろ!
 それが情けってもんじゃないか。俺はそれを、甘んじて受ける!出来るだろう、君が貴族ならば!」

リべリオンに、セフィリアへ接近するよう合図する。
彼女を連れ出すなら、今しかない。ロンはそう判断した。

【セフィリアさんとリべリオンさんにテラ無茶ぶり】


ここまで。改行ミスった感半端ない。
セフィリアさんに盛大にぼこってもらうべく喧嘩売りました。ボッコボコにしてやってください!

104 ::マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/09/28(金) 21:32:47.07 0
今度こそ、と――半ば確信、半ば願望を秘めた眼で、マテリアはレクストを見つめ続ける。

>「せ」

>「戦争が起きるわーーーーっ!!」

(――違う、その戦争は起こせない!起こさせないように追い込める!)

マテリアは知らない。
自分が犯罪者に仕立て上げようとした二人が、政府の合意の上で招致された監査員だという事を。

二人の存在に言及した時、レクストの心音は俄かに乱れた。動揺していた。
故にマテリアは察する。自分がまだ知らない、更なる裏があるのだと。
だが――その裏がどういうものなのかを知る術も、推察する時間もない。
あまつさえ今からまた別のプランを立てる事など出来る訳がない。

(もし戦争が起きたとして……それはただの戦争じゃない。そこには絶対的な正義がある。
 タニングラードが衰退して損を被るのは帝国だけじゃない。
 トラバキアも、東方も、大陸全土を巻き込む大悪事だ。
 ちゃんと立ち回れば西方と南方を孤立させて、他の国を抱き込める。
 正義も優位も帝国にある!そんな不利な戦争を起こすくらいなら、向こうだって初めから交渉の席に着く!着かせる事が出来る!)

このまま強引にでも押し切るしかない。
元々、共和国は帝国への侵攻に関しては保守的な立ち位置を保っていた。
その理由は戦力の拮抗――つまり彼らとしても、危ない戦はしたくない筈だ。
そういった所に付け込んでいけば、交渉で片を付ける事は十分出来る。
彼女はそう判断して――だがレクストは既に、魔導砲の柄を右手で握り締めていた。

(なっ……!う、嘘でしょう!ここまで話を聞いておきながら、なんでこのタイミングで!)

マテリアは抗議の声を上げようとして、しかしレクストから放たれる殺気がそれを制した。
胸が苦しい。息が詰まる。指先が震えて、目が眩む。まっすぐ立っていられない。
圧倒的な高みから降り注ぐ殺気が、命に先んじて体の感覚を殺してしまったかのようだった。

これ以上、例え一言たりともお前が声を発する事は許さない。
そう言わんばかりの殺意と眼光がマテリアを貫いていた。
ここまでか、と、マテリアは思わず両目を閉ざして――

>「――蚊帳の外で大人しくしていると思うなよ。彼女を殺すなら、僕がまず相手になってやる」

声が聞こえた。ウィットの声だ。
凍えあがるほどの殺気に萎縮していた心が、たちまち和らいだ。
安堵のあまり思わず双眸が潤む。

彼がどれほど頼もしくて、恐ろしいか。
今宵彼と共闘して、敵対した、マテリアが誰よりも知っている。

>「難しい話は全て聞き流しましたけど、ヴィッセンどのを護れというのが課長から承った命令でありますっ!」

更に傍らで、今の今までぶっ倒れていたスティレットが立ち上がった。
レクストの放った殺気に反応したのだろうか。
だとすれば彼女は、やはり文句なしに天才だ。
思わず気が抜けて、くすりと笑いを零してしまうくらいに。

>「ぐぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ…………!!」

一転、レクストが言葉を詰まらせる。
交渉が始まってから、初めて彼は頭を悩ませているように見えた。

105 ::マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/09/28(金) 21:33:31.78 0
しかしマテリアもまた、息を詰まらせていた。
彼女は一時、確かに元老院を脅迫する事を決意していた。
だが一方で、出来る事なら――綺麗なやり方でウィットとこの街を助けたい。そう思ってもいた。
そうする事で、汚れ仕事の果てに死んでいく筈だった彼と、あらゆる悪徳が流れ着くタニングラードにも、
まだまだ違う生き方があるんだと示したかった。
何より自分自身も、そう思いたかった。

だが、それもここまでだ。レクストは武器を取った。
それはごく自然な事だ。
最悪、元老院だって脅迫するつもりだと、実際マテリアは言っていた。
それを回避する為にレクストが彼女の口封じを図るのは、政府高官として当然だ。
そして――それを受けたマテリアが、綺麗なやり方を諦めるのも、また然りだ。

>「……よし、わかった。お前のプランに乗ろう、ヴィッセン」

結果として――レクストは、折れた。

>「――だが、今暴れてる連中は裁かせない」

今度はマテリアが彼の話を聞く番だった。
彼の言い分は端的に言えば『あくまで穏便に』だった。
諸外国に押し付ける筈だった債権を従士隊が買い取り、消滅させて、
タニングラードは今より少しだけマシに、諸外国とは今後とも仲良くやっていきましょうという結果だけを残す。
併発するデフレーションへの対策も忘れない、文句なしの折衷案だった。

>「こんなもんでどうだ。
> お前が戦争を引き合いに出して帝国を脅迫するなら――俺達は、ビビってそれに従うぜ。

本当に、紙一重だった。
レクストの、マテリアの、ほんの些細な感情の機微次第では、望み半ばで殺されていたかもしれない。
そう思うと今更ながら背筋が凍る。心臓が縮み上がる。

「……あはは、よしてくださいよ。私、確かに脅迫するしか手がないとは言いましたけど。
 脅迫するだなんて、そんな事は一言も言ってませんよ。やだなぁ、もうっ」

公然と、脅迫をするつもりだったと認めては後が怖い。
辛うじて平静を装い、すっとぼける。

> 交渉成立だ、今度は既成事実をつくりに行くぞ」

レクストが扉に歩み寄る。商品を外から搬入する為の扉だ。
扉が開かれる。屋敷の外には大勢の人群があった。
身が引き締まるような感覚に襲われる。流れ込む寒気のせいではない。
彼らが一様に放つ峻烈な闘志が、マテリアを図らずも身構えさせた。

>「本隊がまだ来てないって言ってたよな」

けれどもレクストは余裕に満ちた態度で彼らを出迎え、

>「――紹介するぜ、本隊の皆さんです」

そして、紹介した。
彼らはタニングラードに派遣されてきた従士達だった。
数日前、この街の実態を知ったマテリアが、役立たずだと謗った者達。
その彼らが今、白組を叩き潰す為に、ここにいる。

106 ::マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/09/28(金) 21:37:32.46 0
>「ずっと待っていた。白組は強い、武器を持たぬ我々では、到底立ち向かえぬほどに。
> この街で武器を独占しているというのは、それほどまでに絶対的なアドバンテージなのだ。
> だから、我々は待っていた。暴力じゃかなわない連中を、叩きのめせる戦力がこの街に集うのを――!」

彼らの気持ちが、今ならマテリアにも理解出来た。
今夜、自分の無力と失敗を知った彼女には、『出来ない』事の悔しさが痛いほどに共感出来た。

>「「「準備はいいか諸君、立ち行かない現実に、もがき続けてきた果てが今この瞬間だ!
>  我々タニングラード『一般市民』は、犯罪組織の便利な駒と成り下がった従士隊を独自の判断で叩きのめす!!」」」

涙が滲む。彼らが『出来ない』に負けず、今宵立ち上がってくれた事に。
そんな彼らを、一度は役立たずと蔑んでしまった事に。

元従士隊の面々が屋敷の奥へと雪崩れ込んでいく。
後にはレクストと、マテリア達が残される。

>「おっかねえ。巻き込まれねえうちに撤退するか。一般市民の暴動に、従士がいちゃまずいからな」

解除した装備を回収する為に戻ってきたレクストが、ふとマテリアを見た。

>「ヴィッセン。……俺はな、元老院の代議でここに来てるんだぜ、つまり今の俺は帝国の意志そのものってわけだ」

不意に始まったレクストの語りを、マテリアは静聴する。

>「たった一人で。国家そのものと脅し合って、渡り合って、しまいにゃこっちが折れることになる。
> こいつはお前が思ってる以上にとんでもねえことだぞ、お前は言葉一つで国相手に競り勝っちまったんだ」
>「――ばんばん使えよ、そいつはお前の力だ。心臓に悪いのは、勘弁だけどな」

「……それ、私の台詞ですよ。今晩だけで、どれだけ寿命を縮めた事か」

マテリアが胸を抑えて苦笑いを浮かべる。
実際のところ――未だに実感が湧いて来なかった。
もう駄目だと何度も思った。かつてない程に死を身近に意識した。
実際、彼女の中にいた『天才』は今夜、これでもかと言うほどに打ちのめされてしまった。
とても、勝っただなんて思えなかった。

けれども――マテリアは振り返る。
そこにはウィットがいた。
何をしてでも死なせたくないと思った人が、確かにそこにいる。

その事を確かめて、やっと、自分はやり遂げたんだと実感が訪れた。
思わず笑みが零れた。歓喜のあまり体が打ち震える。
同時に湧き立った衝動に逆らわずに、マテリアはウィットに駆け寄り、飛びついた。

「……やったやった!やりましたよ、ウィットさん!やっぱりあなたは死ななくても良かった!
 この街も、まだまだ捨てたもんじゃなかったんですよ!ほら、もっと喜びましょうよ!」

マテリアはウィットの首に腕を回して、嬉しそうに飛び跳ねる。
まだ傍にいるレクストやスティレットの事など、お構いなしの、はしゃぎようだった。
極度の緊張からやっと解放されて、彼女の感情のたがは随分と緩んでいた。

「私、頑張ったんですよ。きっと、今までで一番。だから……絶対、無駄にしちゃ嫌ですよ」

細めた双眸でウィットをじっと見つめて、釘を刺す。
しかし、またすぐにマテリアは得意げに笑う。

107 ::マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/09/28(金) 21:39:09.45 0
「まっ、そんな事、勿体無くて出来ないと思いますけどね!
 だってこれから先、やりたい事なんて、やり尽くせないくらい見つかりますよ!
 そう、例えば。……えっと、例えば、ですね」

と、不意に彼女が言い澱んだ。
次いでばつが悪そうに何度か視線を泳がせた後で、不安げにウィットを見上げる。

「ほら、私、事後処理とか学校と新聞社の下準備とかを終えたら、帰らなきゃいけないじゃないですか。
 そしたら、その……またいつか、私と会いたいって。そう思ってくれたら……嬉しいかなー、なんて……」

しどろもどろな彼女の言葉は、終わりに近づくにつれて段々と小さくなっていった。
そして、とうとう自分で言っていて、いたたまれなくなったのだろう。

「そ……そう言えば!私まだ、同僚の皆さんを援護しなきゃいけないんですよね!
 あの人達なら大丈夫だとは思いますけど……私も、助けられてばっかじゃいられませんから!」

慌ててウィットから離れると、マテリアは聞かれてもいない言い訳を口走る。
それから口と耳元に手を当てた。
出口はすぐそこだ。傍にはウィットとスティレットもいる。
他の課員が退路を開く為の支援をする余裕は十分にある。

「課長!皆さん!もう言わなくても分かってるでしょうけど、すぐに撤収して下さい!
 屋敷は既に囲まれています!正直付け入る隙もないって感じですけど、援護します!なんとか逃げて下さい!」

マテリアが自在音声を飛ばす。
とは言え、襲撃者の精強さと統率はたった今さっき、彼女が目にした通りだ。
加えて彼らは明確な目的意識を持っている。
戦闘音や敵味方の声を装う撹乱も、そう大した成果は期待出来ないだろう。

【大はしゃぎ→撤収前に警告と支援】

108 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/09/29(土) 01:20:28.82 0
白く眩い粒子をなびかせ剣が奔る。
百を超える奇跡を重ねた聖致の刃。如何なる達人だろうと到達しえない斬撃の極致。
万障悉くを斬り分かつ大剣が、ノイファの首を刎ね飛ばさんと迫る。

>「な……鎖……!?」

だがそれも、たった一本の鎖によって阻まれ空中に縫い止められていた。
アネクドートの表情が驚愕に染まる。

>「魔族殺し、貴様か!」

「ええ、もちろん。もっとも私だけじゃ無理だったけれどね――」

アネクドートの切った手札が"奥の手"であったこと、それこそが付け入る隙。
戦場に身を置く者の性分は充分に理解している。
つまり相手を打倒しなければ気が済まない。それが自身の最も頼みとする術であるならば尚更である。

だから敢えて退かずに、その場に留まることで剣筋を固定した。
そしてアネクドートはこちらの予想した通り、首を刈りに来た。
刃の軌道が事前に判っている以上、スイの身軽さと器用さを持ってすれば攻略することは難くない。

「――それより私にばかり気を取られていても良いの?」

首筋を伝う血を指先で拭い、次いで頭上を指し示す。

>「そうだ。あんたは強い――――けど、例えどれだけ強くても、独りの奴は弱いんだ!!」

その先には、漆黒の猛禽と化したフィンが、餌食となるべき贄目掛け、咆哮と共に滑り降りていた。
装甲に鎧われた腕が鋭く突き出されアネクドートへと突き刺さる。

>「ああ――」
>「――ならば、同じになろう」

螺旋を描いて飛散する黒渦。
振り仰ぎ、両腕を広げ、まるで全てを受容するかのようにアネクドートが言の葉を紡ぐ。
全力を出し切り、さらにその上を行かれたことからの諦観。そういう意味なのだろうか。

「――……違う!」

ゴトン、と。鈍い音を響かせ、断たれた支柱の一つが半ばから横滑りする。
それと同時に、亀裂の入った天井が崩壊し、落下し始めた。
どれ程の武技を修めようと、例え常人を超越する才覚を誇ろうと、決して避けられない死が、目の前に迫っていた。

109 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/09/29(土) 01:22:16.76 0
(二段構えとは。……やられましたねえ)

ため息を吐きながら、ノイファはアネクドートの執念に舌を巻いた。
『忌み数の刃』を鍛ちあげる前に展開した無数の刃、おそらくそれらが仕掛けだったのだろう。
一つ一つが、予め天井に無数の亀裂を走らせ、この崩落につながったに違いない。
遺才を封じられてる今、単純な巨大質量から逃げおおせる術は、ない。

(ごめんなさい――さん、帝都には……帰れそうもありません)

ノイファは胸中で懺悔する。果たして"彼"は今何処にいるだろうか。
帝都で山のような書類に追われているかもしれないし、あるいはウルタール当たりで残務処理に忙殺されているかも知れない。
なにせ遊撃課の発足以降も、忙しそうにあちこちを飛び回っているような相手だ。

涙がこぼれる。まだ死にたくない。
何よりこの国をより良くしようと、骨身を削っている"彼"の助けになれなくなってしまう。
それが純粋に悔しかった。

>「――状況開始だ!」

昏く沈み行く感情を引き戻すのは、半ば怒声のようなボルトの叫びと、高らかに打たれる柏手。
同時にスイが動く。突如として巻き起こるのは――暴風。封じられていたはずの、"風帝"の業。

「な……んで?」

おそらく、いや間違いなく、スイは気づいていたのだ。アネクドートの戦術に裏があることを。
魔物との戦いがほとんどだった自分とは違い、長く『戦場』という人と人とが戦う場に身を置いていたからこそ。
万全を期した彼女の計略を見抜き、己を過去の呪縛から解き放ってくれるよう、ボルトに託したのだろう。

「スイさん――貴方最高だわ……っ!」

声に喜色が混じってしまうのを禁じ得なかった。
連なる竜巻が瓦礫を押し上げ、磨り潰し、瓦礫から破片へ、破片から砂粒へと風化させていく。
最後に、仕上げとばかりに一陣の風が吹き、吹き抜けとなった屋内を月光が照らす。

>「また、同じになれなかった……!」

静寂の支配する中、アネクドートの呟きが聞こえた。
どうして、と。彼女は続ける。他人にないものを持っているのにどうして孤独でないのかと。
ノイファは倒れたままのアネクドートに静かに歩み寄り、そっと、手を取った。

「そうね、確かに無いものを持っているかもしれない。
 だけれど、それは貴女だけじゃない、私もいっしょなのよ。足りないものばかりだわ――」

夜空に輝く月を見上げ、二人分の"治癒"の奇跡を顕現させる。

「――だけど、だからこそ。足りない物を補うため、人はお互いに助け合うんじゃないかしら。
 太陽神ルグス様と月神ルミニア様が手を取り合って、人々を照らすみたいにね。」

それにね、と続ける。

「皆同じならそれこそ"独り"で足りてしまうのだもの。
 望む自分へ至るための努力する気も失せてしまうわ。それでは余りに勿体ないでしょう?」

110 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/09/29(土) 01:24:48.12 0
>「やべえぞ、フィオナさん!」

叩き壊するかのような勢いで、扉を跳ね開けたフラウが室内に飛び込んでくる。
途中で目を覚まし、室外へと退避していたのだろう。実に強かなことだ。

ノイファはアネクドートの手を放り投げると、片膝を上げ、腰を捻転。
回転速度を余すことなく推進力へと転化し、フラウへ駆け寄ると、襟首を引っ掴み手繰り寄せた。

「……良い?今この時から私はノイファさん。判ったら復唱しなさい。」

がくがくと震えながら復唱するフラウを見届け続きを促す。

>「同じ色した魔力の塊が、たくさんこの屋敷を取り囲んでる!
  たぶん、軍隊か何かだ。屋敷に配備されてるガードマン達が、あっという間に制圧された!」

思い出したかのように、鬼気迫る表情でフラウが告げる。

>「本国からの増援だ」

引き継いだのはボルト。
タニングラードの『従士』を制圧を目的とした部隊であり、"遊撃課"もその範疇に含まれる。
という実に気が遠くなる内容だった。

(次から次へと、難題を吹っかけてくれますよねえ……本当に)

脱出するだけならば余り問題はない。こちらには広域殲滅に特化したスイが居る。
未来視で侵攻ルートを割り出し、そこに竜巻の一つもぶつけてやれば殲滅するのは容易い。
しかしその方法は取れない。問題となるのは本国からの増援という事実だ。
そんなことを仕出かせば、待っているのは良くて遊撃課の解体、悪ければ捕縛されるか賞金がかかる。

(なら、アネクドートさんを利用して正面から――)

例えば、先行したが負傷した彼女を助けた一般人を演じるという方法。
もしくは他国からの出向者であることを利用して、人質として使う方法。

(――いや、どちらもダメですね)

即座に否定。
どちらを取るにせよ、こちらの顔を知る者が他にいた場合、手が後ろに回る事態になりかねない。

必要以上に相手を傷つけず、特定される範囲での接触は回避する。
求められていることをまとめると、即ちこうなる。

「……どうやってよ。」

既に邸の包囲を済ませている部隊に対し、不可能としか言いようがなかった。
頭を抱え、空を仰ぐ。いっそ空でも飛べれば簡単なのに、と――

「――いえ、そうね。飛んで逃げましょうか。」

111 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/09/29(土) 01:26:38.08 0
「まさに鼠一匹逃がさない、って感じよね。」

モーゼル邸。その屋上。
ノイファは身を沈めながら敷地内を見下ろしていた。
帝国内では珍しい豪雪地帯特有の傾斜した屋根の上は、夜風が直接突き刺さり、寒いことこの上ない。

「……プライヤー隊長。見て判る通り、正面突破は到底不可能だと判断します――」

異常なほど統率のとれた部隊展開に、半ば辟易としながらノイファは口を開く。

「――正門裏門ともにかなりの人数が固めてますし。
 敷地内もほぼ等間隔の範囲に分かれて、互いの死角をカバーしながら行動してますねえ。」

良く訓練された者達ということ以上に、恐ろしいまでの執念を感じる。
まるで散々ハリボテと揶揄されてきた者たちが、日頃の鬱積を晴らさんとしているかのような、そんな感じだ。
 
「と、いうわけで。地上からが無理ならば、上からひょいっと柵を飛び越えちゃおうって寸法なわけです。
 屋根の端から柵までは……目視じゃちょっと判断つかないけれど、スイさんなら判るかしら。」

ちら、と。視線をスイへと移す。

「でも、以前試したときはこれより距離があったけど……ああ、なんでもないです。」

途中まで言いかけて、慌てて口を噤む。
かつて帝都の処刑場で、同じ手段を用いた自分を真っ先に妨害しに来たのは、他でもないボルトだ。

「ともかく、"落下制御"を全員にかけて飛べば、あの位なら問題なく飛び越えられますよ。
 あとはフィンさんに調度品でも破壊してもらって、スイさんがその破片を当てないように撒き散らす。
 そうすれば外の人たちも、外は危ないと判断して屋根のある場所に退避しませんかね。だから――」

――その隙に飛び越えちゃいましょう、とノイファは続けた。


【屋根から飛んで逃走作戦提案】

112 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/10/05(金) 23:42:34.62 P
物心ついたときから、自分は師父の率いる傭兵団の中にいた。
兄弟子や師父の仲間に囲まれ、師父に武術や戦術を教わる日々。
なんの疑いも持たず、師父は己の父だと思い込み、傭兵団が戦いから帰ってくるのをじっと待っていたこともある。
本当の両親の話をされたのは8歳頃だった。
高山地帯の遊牧民であった両親、特に父と師父は仲がよかったらしい。
ある時、師父が偶々遊牧民のキャンプを発見し、様子を見に寄ったところ、テントの中でスイは両親である男女の躯に何かから守られるように、覆い被さられていたのだという。
しかしそんな話を聞いても、スイは実感がわかなかった。
スイにとって、家族という言葉はこの傭兵団のためにあり、父という言葉は師父のためにあったからだ。
そんな師父や兄弟子たちは、敵の突然の夜襲で命を落とした。
スイは師父の死の前後の記憶は曖昧だが、彼の死の記憶だけは鮮明に覚えていた。
首から上は剣によって切り飛ばされ、血を吹き出し、スイの顔を汚しながら、傾いでくる体。
どんなに拒んでも、その記憶だけが、スイに付きまとった。


スイは叫んだ、叫び続けた。
例えその風が身を傷つけたとしても、意に介してはいなかった。

「師父ッ!!師父!返事してよ!なぁ…!助けて……!!」

何度も頭の中で、切り飛ばされる師父の首が、血が吹き出す瞬間が繰り返され続ける。
スイは子が親と離れ、迷子になったような声で叫び続けた。

>「スイ!」
唐突に名前を叫ばれ、反射的に振り向く。
視線の先にはボルトの姿があり、彼はペンダントを掲げた。
何故彼が持っているのかと問う前に、彼の言葉が先手を制した。

>「師父は死んだ、もういない。この世にも、墓の下にも、お前の心の中にだって――死んだ奴は、もういないんだ」

ボルトの言葉に、スイは固まった。
嘘だ、と自分の呟いた声がどこか遠くから聞こえ、言葉に出してからは急速に意識を取り戻した。

「嘘だっ!認めない、そんなことは、絶対に!!師父は、師父は…!!」

言葉が徐々に尻すぼみになっていく。
心が理解できていなくても、頭が納得していた。
何故、とスイは動きを止める。

(死んだんだ、師父は。死んだんだよ。だからこそ、思い出せ。彼の言葉を)

表の、そんな声を聞いた気がした。

>「故人を語るのも、呵責に苛まれるのも、墓に花を添えるのも……死んだ奴に何かができるのは、生きてる奴だけだ。
 お前が死んだ師父に、今でも何かがしたいと思えるのなら――"俺達"で、お前の状況を始めよう」

畳み掛けるように、ボルトが言葉を紡ぐ。
彼もまた何かを背負っているのか、言葉に重みがあった。
もちろん、ボルトの過去などスイが知るはずもないが、その言葉はスイの意識を絡めとる。

>「おれの率いる、お前の仲間達は、そいつを全力で支援する」
「なか、ま……」

そうだ、何故忘れていたのだろう。
ペンダントの意味は、仲間。師父も、兄弟子たちも、皆がつけていた、それ。
師父が殺される直前に、スイに手渡したもの。
お前は傭兵団の仲間だと、ペンダントに込められた気持ち。
ボルトが圧倒的質量をもって崩れ行く天井を仰ぎ見る。
連れて見上げたスイの耳には高らかな柏手と彼の声が聞こえた。

>「――状況開始だ!」

113 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/10/05(金) 23:43:30.95 P
瞬時に、状況を理解する。
降りかかる瓦礫を吹き上げるだけでは周囲に被害が出る。
どうすれば、と考えた瞬間に先程フィンが崩した壁が目に入った。
あれだ、と思う間もなく風が吹き上がる。
スイは、無数の瓦礫を見据え、意識を集中させた。
それは、フィンの行った再現。

>「瓦礫を強制的に、『風化』させているのか――!?」

まさに、アネクドートの叫んだ通りだった。
永い時をかけて、風や水が大地を削り取るように、瓦礫同士がぶつかり合い、風によって抉れる。

>「スイさん――貴方最高だわ……っ!」
喜色満面の、ノイファの声が耳に届いた。

『スイ、羽を広げろ。力は力だ。使い方は、お前の裁量次第だ。』

過去に師父に言われたことを思い出す。
そう、力があっても技術が伴わなければ技は完成しない。
鳥が、羽を持っていても、飛び方を知らなければ飛べないように。
いつの間にか塵と化したものを、煌々と月の照る空に吹き飛ばす。
その光景を見ながら、師父は本当に死んでしまったのだと理解し、涙が勝手にこぼれ落ちた。
驚いて涙を拭っても、涙は次から次へと溢れ出る。
とうとうスイは涙を拭うことを放棄し、子供のようにしゃくりをあげ始めた。
涙で揺れる視界にはペンダントが揺れている。
どんなに戦術を身に付け、武術を修めても、スイがどんなに懇願しても、師父が身に付けることを許さなかったそれ。
そのペンダントをつけた仲間が羨ましくて、自分では仲間になることが出来ないのだと泣いたときもあった。
けれど、師父が最期にそれを託したとき、スイは何も考えれなかった。
目の前の敵兵が怖かった。純粋な敵意に恐怖した。これが仲間達が立っていた戦場なのだと理解した。
師父は、スイが理解していなかったのを知っていたから戦場に出そうともせず、仲間の意を持つペンダントを託すこともしなかったのだ。
それを理解したとき、“仲間”はいなかった。
仲間がいなければ、このペンダントは只の飾りだった。
そして今、そのペンダントを持ったボルトはスイの前で仲間だと、不適に言ってのけた。
スイにとって、その言葉は救いだった。

* * * *

>「やべえぞ、フィオナさん!」

ようやく涙も収まってきた頃、フラウが勢いよく部屋に飛び込んできた。
その瞬間にフィオナが一瞬でフラウの襟首を掴んで手繰り寄せる。

>「……良い?今この時から私はノイファさん。判ったら復唱しなさい。」

何とも言えない威圧感と共にフィオナ、いやノイファが言う。
以後自分も気をつけようとスイは肝に銘じた。

>「同じ色した魔力の塊が、たくさんこの屋敷を取り囲んでる!
  たぶん、軍隊か何かだ。屋敷に配備されてるガードマン達が、あっという間に制圧された!」
>「本国からの増援だ」

フラウの叫ぶような現状の話に、ボルトが苦々しい口調でつけ加える。
ただし、その増援はこちらを味方とは認識しないらしい。
スイは静かにノイファを見た。
これまで、状況を打開してきたのは全てノイファの指示だ。
下手に行動するより、彼女の命に従った方が良いことはよく分かっている。
そんな彼女が、ふと上を、空を仰ぎ見た。

>「――いえ、そうね。飛んで逃げましょうか。」

114 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/10/05(金) 23:44:41.52 P
ノイファの一言言ったあと、皆の姿は邸の屋上にあった。

「うえ…寒ぃ」

スイは夜風に思わず身を震わせた。
今回の任務に就いてから、濡れたり、今みたいに屋根にいたりと、寒い思いしかしていない気がする。
地上を見おろせば、妙に隙の無い一般人が統率の取れた動きをして広がっていた。
これが、ボルトの言っていた増援、つまり従士なのだろう。

>「と、いうわけで。地上からが無理ならば、上からひょいっと柵を飛び越えちゃおうって寸法なわけです。
 屋根の端から柵までは……目視じゃちょっと判断つかないけれど、スイさんなら判るかしら。」
「あぁ、別に大騒ぎするほどの距離では無えと思う」

ノイファの言葉に、スイは頷く。
屋根の端から柵までは、たいした距離は無かった。

>「でも、以前試したときはこれより距離があったけど……ああ、なんでもないです。」

ノイファが何かを言いかけて途中で止める。
ボルトをちらりと見ていたから、何かあったのだろうなとは思ったが、何も言わないことにした。

>「ともかく、"落下制御"を全員にかけて飛べば、あの位なら問題なく飛び越えられますよ。
 あとはフィンさんに調度品でも破壊してもらって、スイさんがその破片を当てないように撒き散らす。
 そうすれば外の人たちも、外は危ないと判断して屋根のある場所に退避しませんかね。だから――」

その隙に跳び越えようと、ノイファは実に良い笑顔で言い切った。
彼女の提案にスイは頷いた。

「俺もその作戦が良いと思う。もう遺才も問題なく使える。あとは課長、あなたの許可があれば良い。」

【ノイファの作戦に賛同】

115 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/10/11(木) 22:33:47.00 P
打倒の意思を伴い鳩尾に捻じ込む掌。
そこに加減は無く、フィンは己がアネクドートへと破壊の一撃を叩き込んだ事を再認した。
纏う魔族の黒鎧は聖女の気を貪り尽くし、ただ立つ事さえも不可能とした。
……だが、それで屈する程にエルトラスの修道女は脆くはない。
死なば諸共。自身の命すら1の数字と割り切った最後の切札をアネクドートは有していたのである。

>「――ならば、同じになろう」

言葉の直後。轟音と共に崩落を始めたのは、支柱を失った建造物そのものであった。
圧倒的な質量を以って襲い掛かる数多の瓦礫の瀑布は、恐らくはこの場の誰であろうと堪え凌ぐ事は不可能な威力を有している。
勿論、この現象を引き起こしたアネクドート本人ですらその命を保つ事は不可能であろう。
アネクドートは、「死」というあらゆる生物にとっての究極にして最終の平等を叩きつける事で、己が信念を果たそうとしたのだ。
恐るべきは、その想いの強さ。人格の破綻具合。
個としての生存本能すら無視する最後の切り札を向けられ、フィンは

―――不敵な笑みを浮かべる。

「アネクドート」

そのフィンの背後から聞こえたのは、ボルトの状況開始を告げる声。

そして――――吹き抜ける風。

大気を総べる者が繰る、巨岩すら灰塵へと還す暴風。
フィンにとって大切な友人達が繰る、力。

彼らならやってくれる。

どんな絶体絶命の状況でも、背中を任せられる。そう信じているからこそ、
この状況に陥ってもフィンは振り返らずにこう言えたのだ。


「俺『達』の勝ちだ」

116 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/10/11(木) 22:34:37.58 P
・・・

自己を苛んできた過去を乗り越え、再度その身に力を宿したスイ。
【風帝】の繰り出す風により、瓦礫が風化していく最中、状況は一つの区切りを迎えた。
天井から差し込む月明かりに照らされた室内には、倒れ伏すアネクドートと健在な遊撃課の面々。
勝者と敗者は一目瞭然であろう。
やはりそう判断し、スイとボルトに礼を言う為に横たわるアネクドートに背を向けたフィンであったが

>「どうして」

そこに聞こえてきた、声。
まるで迷子になった幼子の様な、寄る辺を失った悲嘆が込められたその声に、
フィンは思わず立ち止まり視線を其方へと向ける。

>「独りはいやだ。負けたら、また独りになってしまう――」

その声の主は、アネクドートだった。先ほどまでの彼女からすれば見る影もない、
今にも折れてしまいそうなその声と姿に、フィンは咄嗟に声をかける事が出来なかった。
きっと、今までのフィンであれば『独りじゃねぇよ』等と無責任な、物語の英雄じみた言葉を投げかけた事であろう。
だが、今のフィンには、もはや英雄の仮面はない。
友人や自分の命を危機に晒した敵に、博愛を以って接するのは憚られた。
何より――――アネクドートは、似すぎていた。

>「他人にないものを持っているのに、どうしてお前らは独りじゃないんだ……!!」

歪んだ信念を持って自身の命を使い捨てるその様は、正しくこれまでのフィンと同質。

孤独である事を何より恐れ、平等に執着する事で誰かの傍に居ようとするその姿は、
周囲から異質として迫害される事で孤独の恐怖を遠ざけようとした、サフロール
……フィンが助けられなかった大切な仲間の、鏡像。

自身の罪業を見せつけられるかの様なアネクドートのその様子にいたたまれなさを覚え、
避ける様に、賢い選択としての無視を図ろうとし

117 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/10/11(木) 22:35:21.53 P
>「そうね、確かに無いものを持っているかもしれない。
>だけれど、それは貴女だけじゃない、私もいっしょなのよ。足りないものばかりだわ――」

聞こえてきた言葉。それを発したのは、同僚であるノイファだった。
気が付けば、誰よりも痛めつけられた筈の彼女は、アネクドートの手を取り静かに語りかけていた。
違ってもいいのだと。違うからこそ、前を向けるのだと。
語りかけるその姿は正しく聖女。慈愛を以って相手に接する、正しき聖職者だった。
無視という凡人の選択を自身に科そうとしたフィンは、異端でも英雄的でもない「人」としてのその美しさに見惚れ

>「やべえぞ、フィオナさん!」
>「……良い?今この時から私はノイファさん。判ったら復唱しなさい。」

次に巻き起こったある意味『人間らしい』顛末に、苦笑する。

(ったく……ああ、そうだ。やっぱりバカだな、俺。昔に括るのを止めたからって
 ……それが、泣きそうな誰かを見捨てる理由になる訳ねぇだろうが)

今のフィンには守りたい物に優先順位が存在する。
だが、それは無意味に誰かを切り捨てる為の物ではないのだ。
ましてや、過去の自分の所業から目を背ける言い訳であって良い筈がないのである。
フィンは、再度道を間違えかけた自分の間抜けさを認識すると、倒れ伏すアネクドートへと歩み寄る。

「アネクドート」

かける声色は少し硬く、それは何を話すべきか迷っている事の現れでもある。
似つかわしくなく口ごもった後、フィンは再度口を開く

「あー……あれだ。あんたには痛い思いに遭わされたし、ノイファっちを傷つけたし、
 終いには俺達を道連れにしようとするしで、思う事は色々ある」

「宗教を唄って他人の事を考えている風で実は自分の信念が第一っぽい所とかムカつくし、
 平等の為に自己犠牲とか、意味不明すぎて軽く引く……って、これじゃあなんか自分の悪口言ってるみてぇじゃねぇか!!」

喚きながら頭をガシガシと掻き、やがてしゃがみ込んだフィンは、
アネクドートより少し高い位置から彼女と視線を合わせる。

「えーと、だな。とにかくだ。俺が言いたいのは……それでも俺は、あんたの事をそこまで嫌いじゃないって事だ」

「大勢の人を助ける為に他の国までやってきたあんた達の事、正直恰好いいと思ってる」

118 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/10/11(木) 22:36:05.86 P
言葉の後半に淀みは無かった。それは、フィンの素直な心情の吐露であるが故。
各々の国の目的がどうであれ、アネクドート達の行動は犠牲を最小限に収める為のものだった。
多くの人間を救う、フィン=ハンプティが焦れ、そして挫折した道だった。
自身が諦めたその道を歩んできた者を見て、羨望を覚えぬ筈はない。好感を抱かぬ理由もない。

互いに目指す方向が違い、それ故に彼女達の道を阻む事となったが、
それでも今回の彼女たちの行動を全て否定し拒絶する理由は、フィンにはないのだ。

「だからさ、今回はこんな形になっちまったけど……この事件が落ち着いたら、帝国に遊びに来いよ」

だから、故に。自分が尊敬出来る事を成そうとした人が
自分のせいで積み重ねてきた過去を含めて折れそうになっている姿を前にして、口を出す。フィンなりに、精一杯に。
フィンはそこまで口が達者な訳ではない。
ノイファの様に、神に使える者として学んできた訳でもない。
違ってもいい理由を語る語彙は無いし、何故違っていても一人ではないのかという現状を証明する能力もない。

「その時は、遊撃課の食堂の微妙な飯とかなら奢ってやるぜ。 友達としてさ」

だけれどもせめて、彼なりに無様に言葉を差し伸べる。
平等ではない。対等の関係になってくれと。
損ない合う関係ではない。高めあう関係になってくれと。
違っていようが何だろうが、心が通じ合えば友人には成れる。そんな単純な想いを込めて。

片手は仲間達の為に埋まっているが、もう片方の手ならば空いている。
独りである事を恐れて来た平等主義者を、引きずり上げる為のフィンの言葉は、
ある意味では、何故フィン達が独りではないのかという問いに対する彼なりの回答であった。

119 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/10/11(木) 22:37:27.62 P
>「同じ色した魔力の塊が、たくさんこの屋敷を取り囲んでる!
  たぶん、軍隊か何かだ。屋敷に配備されてるガードマン達が、あっという間に制圧された!」
>「本国からの増援だ」

そんな幕間の最中にも、状況は動く。先ほどノイファに「念押し」をされていた
フラウという少女の話、そしてボルトの状況判断によれば、どうにも軍隊の様な集団が接近してきているらしい。
フィンはつい先ごろまで手にしていた書類の事を思い返し、焦燥する。
一人二人ならどうという事は無い。だが、この疲弊した状況で多人数を相手に脱出が出来るか問われれば、
いかな傷は癒えたとはいえ困難と言わざるを得ないだろう。

文字通りの、危機。
状況を仰ぐ為にボルトへと視線を向けたその時

ノイファの口から、起死回生の妙手が告げられた

・・・・


「おー!結構高ぇな!」

現在、遊撃課の面々の姿は建造物の屋上に在った。
眼下には蠢く無数の人々がおり、その光景はさながら巨人の視点にでも立ったかの様な気分を与えてくれる

……ノイファの提案は、単純にして大胆なものだった。
四方がダメなら上へと逃げればいい。
思いつきそうで思いつかない、まさしく盲点である。
そして恐らく、この方法であれば無事に脱出を叶えるまで見つかる事は無いだろう。

>「ともかく、"落下制御"を全員にかけて飛べば、あの位なら問題なく飛び越えられますよ。
>あとはフィンさんに調度品でも破壊してもらって、スイさんがその破片を当てないように撒き散らす。
>そうすれば外の人たちも、外は危ないと判断して屋根のある場所に退避しませんかね。だから――」

>「俺もその作戦が良いと思う。もう遺才も問題なく使える。あとは課長、あなたの許可があれば良い。」

「調度品破壊って……結構乱暴な提案するのなノイファっち。
 まあ、方法はなんも思い浮かばねーし、反対はしねぇけどよ……どうする?ボルト課長」

若干引き攣った笑みを浮かべるフィン。こういう時、男よりも女の方が肝が据わっていると感じられる。

【提案に乗る】

120 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 06:03:32.04 P
「名刺ですか、いいですともお好きなだけお持ちなさい。
 ほう、全部?しかし、これがなくなると私は飛べなくなってしまいます……ああ、貴女が私の翼になるとかそういう!」

なにが"そういう"なのかまったく意味不明な演繹を脳内で行ったらしく、ランゲンフェルトはにこやかに名刺の束をファミアに渡す。
ずたぼろの黒装束に、不自然なほど真っ白な歯が光る……手渡した刹那、彼は彼女の小さな手を包み込むように握った。

「なんであいつ、さも仲間みたいな顔してへーぜんと馴染んでるのかしら……」

クローディアの疑問は尤もであった。
ランゲンフェルトは白組の下請け、『黒組』の頭目。わりと諸悪の根源的な立ち位置だったはずだ。
商会との関係も劣悪極まるものだったのに、いまこの瞬間に両者がことを構えるつもりは、お互いにないだろう。

「そこへ行くと我らが新入社員は――」

迫り来る飛翔機雷から、見事クローディア達――敵であるリベリオンさえもを救ったロン。
彼はいま、四肢砕け立っているのもやっとなはずの身体で、ナーゼムと共に従士隊を食い止めている。
セフィリア・ガルブレイズが彼を殴ったとき、クローディアは両者の対峙を止めはしなかった。
かつて貴族であった身として、セフィリアが命よりも大切にしている矜持には共感ができた。
そして同様に、ロンが信条としている女性観も、クローディアは上司として理解している。

(この期に及んで女であるあたしに仲裁食らえば、ロンのプライドはズタズタだったわ。
 そーいう空気の読める行動を平然とやってのけるあたしって素敵っ!)

ロンにいま必要なのは、とってつけたような擁護の意見なんかじゃない。
異国の異なる価値観に触れ、酸いと甘いを噛み分けて、理解していく――そういう冷却期間だ。
新人教育としてとりあえずは、それで良いと思っていた。

>「それを良しとしないと思うなら、俺を殴れ。肉を潰し骨を粉砕し内臓を抉れ!俺を殺す気で来い!」

だから、部下の突然の暴走に、クローディアはどっぷりと冷や汗をかく羽目になった。
ロンは、叫ぶ。リベリオンに何やら指示を出してから、己の心臓を的にするようにセフィリアへ突き出した。
木霊するのは彼が彼で在り続けるための、誇りだ。
セフィリアがそうであったように――ロンにだって、譲れないものがある。ただそれだけの事なのだ。

121 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 06:04:15.33 P
>「俺はそれを、甘んじて受ける!出来るだろう、君が貴族ならば!」

刹那、吠えるロンの頭蓋に槌が落とされた。
槌は肉と骨でできていた。傍で戦っていたナーゼムが両手を組み、一つの拳としてロンの頭に落としたのだ。
背中を任せているはずの仲間から、無防備な状態での痛打。
ロンはそれこそ痛みすら感じる暇なく意識を喪失した。
周囲の大気に充溢していた雷光の魔力が行き場を失って爆ぜるのを背景に、膝を折って地面へと倒れこむ――

「やれやれこの次は、もっと愛のあるハグをしよう」

それを、リベリオンが抱き留めた。ロンの体表面に残留する雷素が、人工皮膚を焦がす。
彼はナーゼムの意図を理解し、独自の考えで動いたのだ。

「良い判断ね、ナーゼム」

リベリオンがロンを肩に担う傍に、クローディアは歩み寄って腹心を讃えた。
彼女が立つのは、意識を失ったロン・レエイと、彼が煽った女騎士とを隔てる位置。

「お互い不満もあるでしょうけどこの勝負、あたしが買い取るわ。
 ――あんたも満身創痍の平民ボコってノーブルハッピーなわけじゃないでしょう?
 安心なさい、このロンは、ちゃんと体調と信念を万全にしてあんたにぶつけてあげるわ」

クローディアは、撤退戦の緊張高まるいま内輪もめしている場合じゃないからロンを止めた――わけではない。
彼女が上司として、部下にできる唯一のこと。
それは決して、四肢も砕けん満身創痍の部下を殉死覚悟で戦いの場に送り出すことなんかじゃない。
やるならとことん、文句のない最高の舞台で決着をつけさせる。

「サムエルソンの中の人、あんたは正しいわ。でもあたしは、うちのロンも同じように正しいと思ってるの。
 だからあんたたちは戦いなさい。戦って、捩じ伏せて、自分が正しいって認めさせなさい」

じきにここは包囲される。
しかしそれよりも先に、ファミア・アルフートの膂力ならばここから全員を連れて脱出できる。
遊撃課に協力して脱出するのはこれで二度目だ。仄暗い、故郷の深き水の底。一人の男が、あの場所で死んだ。
己が矜持のために、命すら投げ出してのけた。あの時の絶望感を想い、彼女はロンを見る。

「『勝ったほうが正義』――シンプルでしょ?」

ロンも、セフィリアも。決して自分の目の前で、サフロールと同じ轍を辿らせない。
彼女は商人だ。もう貴族じゃない。だけど――誇りだけは、今もこの身に宿し続けている。
フィン・ハンプティのように誰かの命を護ることはできないが、それでも誰かの誇りを護ることはできるはず。
それが、彼女にできる最後のノブレス・オブリージュ(貴族の義務)だ。

 * * * * * *

122 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 06:05:41.49 P
 * * * * * *

大破した『青鎧』は、もうリベリオンの合一能力を使っても再起動することは叶わない。
しかし、たとえ沈黙していてもゴーレムは質量と――資源の塊である。
ファミアの提案したプラン。青鎧の部品を取り出して、ファミアを発射台とした即席のカタパルトをつくること。
何食ったらそんな発想が出るのか、生まれて三ヶ月のリベリオンにはわからない。

「ファミアちゃん、手を出してくれ」

リベリオンはいつまでもファミアの手を握って離さないランゲンフェルトを押しのけ、彼女の両手に触れた。
正確には、彼女が手に纏う手袋。破損した部品の切り口でずたずたになってしまったそれを、掌ごと自分の下腹部に引き寄せた。
リベリオンの下腹部、股間にあたる場所には一本の蛇型のケーブルが垂れている。
小型魔導炉込みの術式陣が敷設されていて、これをゴーレムに接合することで魔術的合一を可能とするパーツだ。
鋼鉄の肌を切り開き、肉体レベルで合体する――分解と再構成を司る錬金術系の魔導兵装である。

「資源の少ない共和国では、壊れたものはこうやって修理するんだ」

力なく垂れ下がっていたケーブルがむくりと鎌首をもたげ、ファミアの両手に巻き付くようにとぐろをつくる。
魔力を基とした青白い燐光が閃く。ややあって、蛇はファミアを束縛から解放した。
なにか疼きがあるのか、リベリオンは上ずった口調でつぶやく。

「た、大破したゴーレムは時間的に無理でも……フゥ、手袋のほつれ程度ならこれこのとおり」

破損寸前だった手袋が、完全に修復されていた。
縫製は新品同様に直され、布の足りていない部分には可愛らしいアップリケまで施してある。
これで、彼女が遺才を十全に発揮できない懸念は消えた。リベリオンは次なる優先事項へとりかかる。

「今治してあげるからね……フフ……」

地面に寝かせてあった、満身創痍のロン。
リベリオンは股間の蛇ケーブルを引っ張る。すると引っ張っただけ下腹部からケーブルが繰り出されてきた。
内部でリールのように巻いて収納しているのだ。リベリオンは股間を手繰り、ケーブルをたっぷり出した。
そしてそのまま、意識のないロンを紡績機のようにぐるぐる巻きにしていき――

「ウッ!」

ぶちっ、とケーブルを根本からぶち抜いた。
潤滑油が血液のように切断面から迸る――リベリオンはそれを満足そうに眺めて、ケーブルの切れ端を離した。

「僕の魔力が中で循環しているから、あとはもう放っておいても勝手に傷を癒してくれるよ。
 僕は、きみたちと一緒に行けない。すっかり忘れていたけれど、僕はきみたちを抹殺するために送り込まれているんだ」

彼がこのまま消えれば、帝国承認済みの任務で帝国の人間に破壊されたとなって、またぞろ国家関係の悪化を招きかねない。
彼にはいちおう、帰る場所があるのだ。本国に帰還し、任務の完了を告げ――廃棄を待つ、それだけの場所へ。

「さようなら、愛しい人とその仲間たち。傀儡の身にもあの世があるのなら、いつかそこで会えるといいね」

>『教えてくれ。お前の言うように、『誰かの為に命を賭けたい』想いは、確かに愛だろう。
 『貴族としての矜持を守り、尊厳を重んじ、恐れるべきは死よりも恥』が騎士道だろう。
 なら『死ぬまで他人の心を省みず、己のエゴを貫き通す』想いは、一体何なんだろうな』

ロンの言葉に、リベリオンは答えを知っていた。

「『信念』さ、その想いは――だから僕たちは、君のことを助けたくなってしまうんだ」

最後に、リベリオンはキスを投げて、忽然と輪郭を失った。
力場装甲に不可視術式を施した、共和国謹製の極めて高度な魔術迷彩だ。
誰にも認識されないまま、愛を知った人形は風の中へと消えていく――

 * * * * * *

123 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 06:07:12.79 P
セフィリアの陽動によって、従士隊が彼らの居場所まで辿り着くまで少しだけ猶予があった。
クローディアがゴーレムの残骸の中からとりわけ頑丈そうなワイヤーを召喚する。
体中に打撲の傷を負ったナーゼムは、糸巻きのようになったロンを抱えて、その作業を見ていた。

先ほどダニーから連絡があって、彼女は別のルートから脱出する望みが叶うことを知った。
だが、こちらは大所帯。ダニーの類まれなるしなやかな身体能力でようやく抜けられる隘路に、怪我人を抱えては行けない。

ロンがセフィリアと対峙したとき、ナーゼムは懸念が現実になったと感じた。
この歳若き新入社員は、あまりにも真っ直ぐ過ぎる。
それが独善と理解しながら、しかし自分の考えを曲げず、他者とぶつかることに躊躇いがない。
若くて、青いから。それも人が成長するために乗り越えるべき壁なんだろう。
だが、商会は営利組織だ。それ以上に、互いの命を預け合う戦闘共同体だ。
ロンの存在は、商会にとっていたずらにリスクを増やし――命の危機を呼び込みかねないものだ。

長年の付き合いから、ナーゼムは主君の能力がどういう性質のものかを理解している。
クローディアの遺才には、彼女が金銭で購入するにあたり、最善のものを選ぶという『目利き』のセンスが備わっている。
つまり、彼女の遺才が選びとったロンという部下は、クローディアにとって不可欠なものであるということだ。

実際、ロンのこの土壇場での対立など、ロンを切り捨ててしまえば丸く収まった話だ。
例えロンが武術と遺才を高いレベルで修めていても、満身創痍の状態で帝国騎士団の遺才遣いに敵うはずもない。
まして、ロンはその信条から、女性に対して攻撃を加えない――セフィリアを倒すことなど、万に一つもあり得ないのだ。

だから、ここは見捨てるのが正解。
商人として合理的思考を尊ぶクローディアであれば、迷わずそうしたはずだ。
ダンブルウィードの街で、口封じのためにエミリーへ弩を向けた時のように。あの頃のクローディアならためらわないだろう。
故郷を失い、家門を追われて、傍流の名誉を取り戻さんと必死になっていた、傭兵時代の彼女であれば。
だが、彼女は変わった。ダニーと、ロンという異端すぎる存在が、彼女を情に脆い『ただの女の子』に戻してしまった。
『また買えば良い』だけの部下のために、彼女は自分を形作っていた道理を捻じ曲げようとしている。

(あなたは危険過ぎます、ロン社員……!)

危険だ、ナーゼムは本能以上の論理でそう結論付けた。
クローディアは気付いていない。ロンという少年は、彼女にとって自分が侵されていると気付けぬ優しい毒だ。
このまま抱え続けていれば、遠からず瓦解する――商会か、彼女自身の、どちらかが。

「あたしたちも一旦帝都に戻るわよ。ロンに精密検査を受けさせないと」

セフィリアが戻ってきて、ファミアの作戦通り彼らは空へと脱出する。
ナーゼムは、己の心に湧きでた黒い考えを、一切否定しなかった。


【ファミア、セフィリア、ロン:脱出完了。リベリオンは本国へ帰還する必要のため暗殺チームに合流】
【ナーゼム:ロンを危険視】

 * * * * * *

124 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 06:08:54.58 P
>「……やったやった!やりましたよ、ウィットさん!やっぱりあなたは死ななくても良かった!
 この街も、まだまだ捨てたもんじゃなかったんですよ!ほら、もっと喜びましょうよ!」

喜色を満面に浮かべたマロンが飛びつかれて、ウィットは困ったように吐息を漏らす。
嬉しくないわけではない。ただ単純に、人前でこんなふうに感情を表したりぶつけられたりすることに慣れていないだけだ。

彼は、十年来の暗殺者。
ひとつき前に退職して、ハンターの道を志すまで、ウィットにとって他人を判断する基準は殺すか殺さないかであった。
暗殺者に感情はいらない――わけではない。人を殺すのには、殺意という強い感情の動きが必要なのだから。
ただ、隠さねばならなかった。人間なんだから、泣いたり笑ったりするのは当たり前なのに。

「死ななくて、良かった――」

殺すのも、殺されるのも、死なせるのも、死なせるものもう御免だと思った。
だから、元老院から陰謀を持ちかけられたのを契機に、最後の一月で新しい人生を求めた。
ほんの束の間、家族を持ち、誰かのために家路につける、一握りの夢のはずだった。

>「私、頑張ったんですよ。きっと、今までで一番。だから……絶対、無駄にしちゃ嫌ですよ」

マロンが、熱に浮かされたように釘を刺す。
その双眸は、遠い未来を夢想しているようで、すぐ傍のウィットの心の真ん中を見据えていた。

>「その……またいつか、私と会いたいって。そう思ってくれたら……嬉しいかなー、なんて……」

「……約束したろう。僕はお前に借りがある。この街の未来という大きな借りと――」

ウィットは指先に『しまって』あった、一枚の硬貨を見せた。
銀貨。マロンが彼に預けた、"三十枚の銀貨"の一枚である。

「この銀貨を。お前は僕から取り返しに、必ずこの街に戻って来い。
 それにもう一つ、約束があったよな。『今度は美味しいワインとチーズを食わせてやる』」

この街は変わる。マロンとウィットで、変えてみせる。
だから、彼女が再びこの街を訪れるその日までに――彼は、最高の晩餐を準備しておこう。
『この街のいいところ』を、掛け値なく紹介できるように。

「僕は、もう一度、お前に会いたい。お前とこの先相対する、無限の可能性が――もう怖くないから」

見えない『匣』に閉じ込められた、一人の臆病すぎる男の物語が終わった。
これから先は、悪意と災いに満ちた匣を二人で切り開き、その中からたった一つの希望を掴み取る。
新しい物語だ。

 * * * * * *

125 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 06:10:58.79 P
冬の、澄んだ空から降り注ぐ濁りのない月光。
まるで天蓋を貫いた風帝の竜巻が、遥か直上の空に漂う雲すらも吹き散らしてしまったかのようだ。
蒼穹から差し込む銀色の光が、ふと翳った。

>「そうね、確かに無いものを持っているかもしれない。
 だけれど、それは貴女だけじゃない、私もいっしょなのよ。足りないものばかりだわ――」

魔族殺しが、仰向けに転がるアネクドートの傍までやってきたのだ。
とどめを刺される――力の入らぬ身を硬直させるが、待っても攻撃は来なかった。

>「――だけど、だからこそ。足りない物を補うため、人はお互いに助け合うんじゃないかしら」

彼女はアネクドートの手を取る。
形の良い唇から紡がれた聖句が、奇跡を伴って触れた手の先から流れこんでくる。
何度にも渡って聖術と魔術の両方を行使し、酷使したことでずたずたになっていた身体に、心地良い癒しの力が響く。
『治癒』の聖術。太陽神ルグスのもう一つの顔――命を育む農耕の神としての、生命力を充溢させる奇跡だ。
アネクドートが奉じる天秤の神にはない、優しい力。彼女に足りないものを、フィオナはいまこうして支えてくれている。

>「皆同じならそれこそ"独り"で足りてしまうのだもの。望む自分へ至るための努力する気も失せてしまうわ。それでは余りに勿体ないでしょう?」

アネクドートは双眸を閉じた。
巨大なてのひらに包み込まれているようなぬくもりの中を、揺蕩う者と化した。

「なんだ、簡単なことじゃないか……私はただ、委ねれば良かったのだな」

一人ひとりがまったく同じになることだけが、平等の在り方ではない。
できることで支えあって、できないことは委ねあって、足りないものを補いあうことが、人にはできるのだ。
独りじゃないという生き方。誰かを求めることができるなら、誰かに求められることもできるはず――

>「アネクドート」

いつのまにか、フィンもそこに立っていた。

>「あー……あれだ。あんたには痛い思いに遭わされたし、ノイファっちを傷つけたし、終いには俺達を道連れにしようとするしで、思う事は色々ある」
>「えーと、だな。とにかくだ。俺が言いたいのは……それでも俺は、あんたの事をそこまで嫌いじゃないって事だ」

追い詰められて、殺されかけて、それでもフィンは、アネクドートに敬意を払ってくれる。
仲間を護るために一度は死の淵に立った男だ。遊撃課を抹殺しに来たアネクドート達に、内心穏やかでないはずだ。

>「大勢の人を助ける為に他の国までやってきたあんた達の事、正直恰好いいと思ってる」

しかし彼は、アネクドートの行動と信念を理解した上で、肯定した。
彼女がほんとうに欲しかったもの。自分はこんなにも頑張っているんだと、誰かにわかってもらうこと。
本国での彼女は、人の姿をした化物=遺才遣いを狩る者として、畏怖されながらも神殿騎士として評価されていた。
だが同時に、私はそんなんじゃないという自己矛盾ばかりが日々肥大していくのに気付いていた。
遺才遣いが憎くて戦っているわけじゃない。ただそうするが平等に、大勢の人と共にあることにつながると信じていたからだ。

今の彼女は――未だに独り。
化物を殺せば殺すほど、化物以上の力を持つ者として視線に晒されることになる。
考えれば単純な道理。『その他大勢の人々』は、遺才遣いを殺せるような力を持っちゃない。
とっくの昔にアネクドートは、多くの他者が行く道を一歩外れてしまっていたのだ。

>「だからさ、今回はこんな形になっちまったけど……この事件が落ち着いたら、帝国に遊びに来いよ」
>「その時は、遊撃課の食堂の微妙な飯とかなら奢ってやるぜ。 友達としてさ」

だから、友達。その言葉に、どうしようもなく心を動かされてしまっている自分がいる。
……易い女だな、私は。口から出る前に飲み込んだ呟きは、どこにも届かず胸の裡で回り続ける。
共に歩いてくれる者がいるのなら、道を外れるのも悪くない。

「必ず行く。その時は、西方エルトラスが誇る貰って微妙な土産一式を持参しよう――友達としてな」

126 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 06:12:33.39 P
 * * * * * *
>「……良い?今この時から私はノイファさん。判ったら復唱しなさい。」

「わ、わかりまひた、ノイファしゃん……」

襟首を捕まれ猫のようにぶら下げられたフラウが頭をぶんぶん振って復唱した。
魔族殺しとか物騒な名前で呼ばれていた、フィオナ改めノイファは、立ち上がって諸君を見回した。

「それで、どうするんだぜ、ノイファさん?あの連中は一筋縄じゃあいかないぜ、あたしの眼がそう告げてる」

いくらここに集う者達が一騎当千の人越者達であっても、相手は訓練された一部隊。
犠牲なしで切り抜けられるとも思えないし、ましてや彼女たちは連戦に次ぐ連戦で疲弊している。
フラウの見立てでも、ノイファ達の身体に内在する魔力は元気充溢とは言えぬものだ。
ややあってから、ノイファは結論を出した。聞いた人間がひとり残らず目を剥くような発言を。

>「――いえ、そうね。飛んで逃げましょうか。」

 * * * * * *

>「うえ…寒ぃ」

屋上。寒風吹きすさぶモーゼル邸で一番高い場所に、遊撃課とフラウがいた。
アネクドートはそもそも現在強襲をかけに来ている元従士隊と同じタニングラード制圧部隊の人間だ。
本国に帰投する必要もあるため、ノイファによる最低限の治療を施したあとは控え室で別れてきた。

>「……プライヤー隊長。見て判る通り、正面突破は到底不可能だと判断します――」

ノイファが眼下に庭園を俯瞰しながら、見た感じをそのまま報告してきた。

>「――正門裏門ともにかなりの人数が固めてますし。
 敷地内もほぼ等間隔の範囲に分かれて、互いの死角をカバーしながら行動してますねえ。」

「……だな。流石に本職の従士隊だけあって、よく訓練された動きだ。腕が鈍ってんじゃねえかと期待したんだがな」

外界の連中はまだボルト達に気付いていない。しかし時間の問題だ。
元従士隊は既に屋敷内の全域に制圧圏をひろげている。

>「と、いうわけで。地上からが無理ならば、上からひょいっと柵を飛び越えちゃおうって寸法なわけです。

「お前はよくもまあ毎度毎度、とんでもない作戦を思いつくな……」

しかし、妙案ではある。
従士隊はとにかく、地上に散じているオークション会場の悪党どもを撃滅するのに熱を上げている。
今この瞬間だからこそ、突ける虚というものをノイファは心得ているのだ。

>「ともかく、"落下制御"を全員にかけて飛べば、あの位なら問題なく飛び越えられますよ。
  あとはフィンさんに調度品でも破壊してもらって、スイさんがその破片を当てないように撒き散らす。
  そうすれば外の人たちも、外は危ないと判断して屋根のある場所に退避しませんかね。だから――」

ノイファのプランならば、一時的にではあるが従士隊の動きをある程度コントロールできる。
誰だって、豪雨の中で空を見上げたがらないだろう。その雨が、降り注ぐ瓦礫であるならばなおさらだ。

>「俺もその作戦が良いと思う。もう遺才も問題なく使える。あとは課長、あなたの許可があれば良い。」
>「……どうする?ボルト課長」

スイとフィンがボルトに裁量を委ねた。
彼がこの手を振り下ろすだけで、状況は滞り無く始まるだろう。

「おれも異論はない。スイ、存分に遺才を使え。ハンプティ、好きなだけぶっ壊していいぞ。
 さあお前ら、これがこの街での最後の状況だ。――みんなで帰るぞ」

127 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 06:14:25.09 P
 * * * * * *

庭園を虱潰しに徘徊していた元従士隊は、自分の肩や頭に軽く硬質な衝撃を感じた。
雨粒かとも思ったが、地面に転がり落ちたそれを指先に確認するに、

「石の破片……大理石か?」

そうつぶやく間にも、屈みこんだ背中にいくつも同じ衝撃がある。
やがてその数が増し、気付けば庭園の空が細かい石や金属の破片で埋め尽くされていた。

「なんだあ、投石か!?逃げろ、屋敷の中だ!」

文字通りの『土砂降り』が、庭園を襲った。
それは十数秒に渡って続き――そしてぴたりと嘘のように止んだ。
誰ともなく上を見上げても、雲のない空に透き通るよぷな極上の月が、広がるばかりである。

 * * * * * *

ボルト達がモーゼル邸を空から脱出し、帰投のために決めていたランデブー地点に到着したとき、
既にファミアとセフィリアの姿がそこにあった。そして傍に、不自然なサイズの鋼鉄の柱が打ち捨てられてあった。
聞くに、ゴーレム用のバールをファミアが投げてそれに乗って飛んできたのだと言う。

「なんでお前らは揃いも揃って、そんなに常識に石投げるのが好きなんだ……?」

どうやらスイが放った破片の雨が、空飛ぶバールもうまいこと覆い隠してくれていたらしい。
あとはアヴェンジャーとの相対に向かったマテリアを待つばかり――
しばらくして、モーゼル邸の方から人影が歩いてきた。魔導街灯に照らし出され、人影の姿が明らかになる。
見たことのない中年男性だった。

「おじさん!?なんでこんなところに!」

フラウが高い声を出した。フラウにとっての"おじさん"。
報告書でしか事情を知らないボルトでも、この男がウィット=メリケインであることを即座に理解した。
そしてウィットという名が遊撃課にとってどういう意味を持つかも。

「ユーディ=アヴェンジャー……!」

反射的に身構え、手を腰に回すが、そこに剣など帯びていないことに今更気付く。
ここはタニングラードなのだ。誰もが丸腰で、それ故に血を流さないことを約束されたはずの街。
しかし、護国十戦鬼『遁鬼』の能力は、武器のあるなしなど容易く超越して人を殺すことができる。

何故、このタイミングで?対峙していたはずのマテリアはどこに?
疑問が脳裏を駆け抜けるその一瞬の躊躇いがあれば、アヴェンジャーはボルトを十回は殺せる。

「そう構えるなよ。話はついている」

アヴェンジャーは帝都最強の暗殺者の面影を一切残さぬ穏やかな口調で言った。
両手を宙に翳す。するとまるで初めからそこにいたかのように、マテリアとスティレットが出現した。

「屋敷が包囲されていたからな。僕の能力でここまで連れてきた」

アヴェンジャーの遺才。自分自身を含むあらゆるものをしまい込む不可侵の隠形術。
二人をしまい、さらには自分の姿も仕舞いこんで、ここまで悠々と歩いてきたのだ。

128 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 07:19:45.18 P
「お前たちは、元老院に何を言われてきた?任務が僕の討伐でないなら、マロン達を連れて帰ってくれ。
 もしも僕を殺すことを命令されているのなら――失敗してもらうことになる。逃げるのは得意だからな」

有無を言わせない。
護国十戦鬼――鬼銘を賜った天才と、『ただの天才』との隔たりは大きい。

「どういうことだよ、なんで殺すとか殺さないの話になってんだ、おじさん!」

ただ一人、状況を理解できていないフラウが叫ぶ。
アヴェンジャーは、眉尻を下げながら彼女の頭の上に手を置いた。魔
力の燐光が閃き、フラウは瞬時に瞼を落とした。

「ごめんな、ちゃんと話すよ。お前にも聞いてもらわなきゃならないことだからな――それで、どうなんだ?」

眠ってしまったフラウを引き寄せ、脇の下に手を入れて保持しながら、アヴェンジャーは視線をボルトに戻した。
ボルトは、動けない。そして動く必要もない。

「……いや。おれたちの任務はお前を探すことだけだ。お前を討伐するために派遣された、本隊をサポートするためにな」

だが、既にその任務は形骸化している。
元老院からの勅命に、遊撃課含む現地従士隊の排除があった時点で、切り捨てられたも同然だからだ。

「その本隊とも話はついているよ。そこのマロンが、そうしてくれた。
 そして僕は帰るよ、家族のところに――やることがいっぱいあるんだ、今日も明日も明後日な」

アヴェンジャーはフラウを連れて、振り返らずに去っていった。
空気の変わりに鉛の海の中に立っているような、不可視の重圧はそれきり消えた。

 * * * * * *

129 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 07:22:16.25 P
タニングラードは、日照時間の関係で比較的街灯の設置数の多い都市だが、それでも人工の光の届かない場所がある。
スラムがまさにそれだ。道行く人々の、陰影を切り取るのは頼りない月の光だけ。
ウィットは背中で寝息を立てるフラウを担って、彼女たちが生活している区画へと歩いていた。

「よう、今日はひと月ぶりに御機嫌じゃねえか?」

声が投げられて、振り向くとそこには闇があった。
そして闇の中には人影がある。体格の良い、青年も半ばと言った歳の男である。
特筆すべきは、その頭髪。何故か、毒々しい紫――サファイアの色を示していた。

「いいことがあったのさ。これからの人生を楽しくしてくれる、素敵な出来事がな」
「ほおー、さては四つ葉のクローバーでも見つけたな?そんなことで舞い上がっちゃっておちゃめさんだなおい!」
「お前の中ではそんなに起伏に乏しいのか、僕の人生……結構波瀾万丈なつもりだったんだけどな」

紫髪の男は、ぶはははと笑った。

「平穏、結構じゃあねえの。元老院一人ぶっ殺してまで、お前の欲しかったものだろ?」

ウィットは、鼻息を漏らすだけで返事をしなかった。
無視しているのではなく、ただ呆れているのだ。

「お前も大概、性格が悪い。平穏をやるからぶっ殺せ、と命じたのはどこの本人だ?――ヴィエル卿」

ひと月前、ユーディ=アヴェンジャーが帝都にて殺害した元老院の一人。
ヨハン=ディートリッヒ=ヴィエルは、実は死んでいなかった――わけではない。間違いなく、彼は死んでいる。
そして同時に生きてもいるのだ。

『絶影』の真骨頂。一人の人間の『生きている可能性』と『死んでいる可能性』を掴み出し、同時に存在させる。
そうして生まれた状況は、確かに本人の死体を確認されているのに、生きた本人もまたそこにいるという矛盾。
極まった遺才は、ここまでできるのである。

「いや、残念だわ。お前が死ぬのやめちゃうなんてよ。
 これから世の中はどんどん面白くなっていくぞぅ。俺達がそういうふうに変えていくんだ」

「その面白い世の中とやらを作るのに、一体何人の血を流すつもりだ?」

ヴィエルは、おかしくて仕方がないといった表情で、答えた。

「んー、気分次第」

ウィットは肩をすくめ、付き合いきれないとばかりに踵を返す。
その後姿に、青年は声を高くして飛ばした。

「まあ見てろよ。お前が死んどきゃよかったって後悔するぐらい、超絶おかしな世界にしてやっからよ!
 その時まで、せいぜい裕福ではないが暖かな家庭と人並みの幸せな日常でも謳歌しとけや――『クランク4』」

ウィットは振り返らない。
ただ、渋い顔で月を見上げてこう返した。

「"元"だよ。それから街中でコールサインを叫ぶのをやめろ、いい大人がはずかしいぞ――『クランク1』」

全てが闇色に染まった、スラムの一角に彼らの逢瀬を知るものはいない。
月だけが、その光景を見下ろしていた。

 * * * * * *

130 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 07:24:21.27 P
翌日。日が昇る少し前の、タニングラード出城ゲート前。
緯度の高いこの街では、とくにこの季節太陽が出るのが遅いので、帝都ならとっくに街が動き出している時間だ。
しかしタニングラードでは日が昇るまで意地でも働かないつもりなのか、それとも夜中まで祭りで夜更かししているせいか。
寝ぼけなまこの管理員がマグカップに注いだ蜂蜜酒をすすっている以外に、人影はなかった。
ボルトは帝都に帰投するための馬車を手配して、ここに集合させた遊撃課の点呼をとっていた。

「色んなことに、振り回されっぱなしだったな、今回は……」

何度も殺されかけたし、死にかけた。
フィンなど、この一週間程度で一生分の土壇場を経験したことだろう。

本任務で、遊撃課が遊撃課として挙げた戦果というのは非常に乏しい。
アヴェンジャーは見逃してしまったし、本隊の支援に至っては本人達に追い掛け回される始末。
胸を張って誇れる成果と言えば、マテリアが持って帰ってきた零時回廊の片割れぐらいのものであろう。

では、この戦いになんの意味もなかったかと言えば、それはやっぱり違うと言いたい。
ボルトはフィンやスイとぶつけあった感情を、無意味なものだと思いたくはない。

「世の中ってやつは、理不尽で、不満ばっかだ。知らないところで色んなことが勝手に決まる。
 そういうのが世の中なんだから仕方がねえだろって、割り切っちまうのが今のところ一番賢い向き合い方だよな」

大人。大人の納得の仕方だ。
この世界の人口の、大半を占める大人がそういう考え方をできるから、世の中はそれなりに上手く回っている。
『仕方がない』は便利だ。他者との軋轢を回避し、物事を円滑に動かすことのできる力だ。
故に、ボルトはこうも思うのだ。

「――だから世界は、バカにしか動かせねえ」

かしこい生き方をしている奴らが、一様に目を逸らす現実を、直視してしまう者。
不条理や、理不尽は、俯いてやり過ごすのが正解なのに――空気を読まず抗おうとする愚者達。
成長をやめた、ゆっくりと衰退していくだけの世界で、とりわけの異分子。

「今回、俺達遊撃課を襲撃してきた連中は、元老院の差し金だったってことがはっきりしている。
 これはあきらかに不当な命令だ。おれはこの件について、元老院に直接諮問をするぞ。身内を切り捨てる意味を問う」

元老院が出した尻尾、雲の上の連中の僅かな綻び。
ボルトは元老院と真っ向から戦うつもりだ。周辺諸国を巻き込んでいる今が、至上の好機であるはずだ。
課長として――上司として、部下を危険に晒した上層部に、その理不尽に。
……黙っているのは、もうやめだ。

「部下をボロボロにされても中指ひとつ立てられないのが"かしこさ"なら、おれはバカになる。
 おれたちの状況は、まだ何一つとして終了しちゃいないんだ」

この国でいま、何が起こってるのか。元老院が何を考えて、遊撃課を動かしてるのか。
一つ一つ知っていく必要がありそうだ。

「この底辺を蹴って飛ぶぞ。どうしようもない現実と――まずは、相対していくために」


【遊撃左遷小隊レギオン! 第転章 『相対するために』  ――状況終了】

131 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/21(日) 07:26:38.45 P
【次回予告】

「英雄に真に不可欠なのは、強力な武器でも民の信奉でもない。英雄によって倒される"化物"の存在だ」

遊撃課課長・ボルト=ブライヤーが突如として失踪した。
上官を失い烏合の衆と化した遊撃課の天才たちに、元老院から新たな命令が下される。
帝国辺境に広がる『結界都市ヴァフティア』での警備任務、期間は帰投命令が出るまで。
遊撃課を帝都から遠ざける意図が明け透けだが、命令拒否権を持つ課長がいないために彼らは結界都市へ封じられてしまう。

同じ時期、帝都では新たなる英雄の誕生に沸いていた。
『遊撃栄転小隊ピニオン』――遊撃二課として編成された英雄たちは、めざましい功績を挙げていく。
そして遊撃二課には、そこにいてはいけないはずの人物の姿があった。

二年前の大災厄、『帝都大強襲』で魔族化したまま戻らない"人間難民"。
商会の危険分子として、ロンの排除に動き始めたナーゼム。
腐敗した帝政を解体し大陸国家の垣根をなくそうと暗躍する諸外国――

「望むのは、魔族と人間の完全なる共存。そのためには、中途半端な連中が邪魔なんです」

遊撃左遷小隊レギオン、最終章。
変わりゆく世界で、『変わろうとしている』者達の最後の戦いが幕を開ける――!!

132 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 07:37:50.52 P
「今のままじゃいけない」ってことに、気付けることは幸運です。

大抵の場合、これではダメなんだって知った時には、手遅れだったり、嫌われてしまった後だったりします。
改善には反省が必要です。だけど、反省は失敗から生まれるもので――失敗は、否定されることから始まります。

否定の最果て。最底辺の最前線。
駄目って言われて、嫌って言われて、逃げ出した先の、偽物の居場所。
だけれどわたしたちをとりまく環境は、停滞も撤退も許してはくれません。

西の果ての開拓都市で。
影のたゆたう巨大湖で。
剣を奪われた北の街で。

わたし達は幾度と無く否定され、その度に望んで、あるいは否応なく変わってきました。
できなかったことをできるようになったり。いがみ合っていた相手と分かりあえたり。
――当たり前にそこにいた人が、いなくなってしまったり。

みんなが、自分自身の「今のままじゃいけないこと」に向き合って、戦って得たり失ったりしたもの。
時代が変わって、その変化についていくために、自身もまた変わろうとした結果。
その変化は尊いものだと思います。だけど、同じぐらい変わってしまうことは寂しいことだと思うのです。

――変わりたいと願う気持ちは、今の自分自身への、否定に他ならないのだから。


【遊撃左遷小隊レギオン!  第結章  ――『だから、この物語は』――  】


『今』を否定されたら、人は変わらなきゃいけないのでありますか?


 * * * * * *

133 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 07:38:53.32 P
【帝都・14番ハードル娼館街『ブラックウィドウ』】

聞くところによると、共和国には風景をまるで鏡のように写しとって、一枚の紙に保存する技術があるらしい。
帝国のしみったれた魔術式の、ぼんやりとした念画ではない、鮮明な写実。
そんな技術が帝国にも伝播するとすれば、真っ先に取り入れるのは娼館だろうなとボルトは思う。

『念画』という魔術は、情報媒体として見れば高度なレベルに入るが、しかし信頼性に申し分がないとは言えない。
先のタニングラードでの、ユーディ=アヴェンジャーを巡るあれこれにしたって、
相手の姿を正確に写し取れる技術があれば、もっと穏やかな混乱で収まったはずなのだ。
術者の脳内イメージを転写する念画術は、往々にして術者のバイアスのかかりにかかった状態で映し出される。
先入観や強烈な印象が邪魔をして、本人とは似ても似つかない顔が念画されたりするのはよくある範疇だ。

そしてそんな誤差は、逆手に取ればとんだ悪用が可能になる。
つまり、いくらでも簡単に念画の内容を捏造できるということである。

「こっちの娘は十時から。こっちは十時半から接客可能です。決まったらそこのベルを鳴らしてくださいね」

夜でも明るい街の、寝付きが悪くなりそうな灯りにより陰影を濃くする、烏のように黒い背広を纏う男。
この小部屋にまで案内してくれた彼は、懐から出した数枚の黄ばんだ念画を机に並べてそう促した。
ボルトが頷くと、目線のまったく見えない黒眼鏡の位置を正しながら男は受付へと戻っていく。

その無駄のない挙動と、四肢に巻かれた不自然な包帯を見送りながら、ボルトは机へ視線を落とした。
机で列を作っている念画の群れは、全て妙齢の女性がそれぞれ一人で立っている姿。
そしてそれらは、やはりどこかいびつで――顔の彫りが不自然に濃かったり、目元がぼやけていたりする。

小部屋には、ボルトの他に数人の男たちが思い思いの場所で時間を過ごしていた。
ソファに深く腰掛けて、瞑想でもするかのように目を瞑っている者がいる。
備え付けのやすりで、深爪一歩手前にまで一心不乱に両手の爪を丸めている者がいる。
帝国黄表紙出版が週一で刊行している袋とじ念春画付き"情報誌"を読み耽っている者がいる。

その様相は種々あれど、ボルト含め彼らにはたった一つだけ、共通項があった。
――誰一人として口を開かず、ただ黙って座っているのである。
まるで、これから待ち受ける冒険に胸ときめかせ、口数を減らす少年少女のように――

ボルトはこの沈黙が好きだった。
いまこの瞬間、彼らは同じ目的のためにここにいる。
確かに念画は曖昧だ。己の直感ばかりに頼れば、いつかかならずとんでもないハズレを引く。
お互い言葉を交わさずとも、そこには紳士たちの暗黙の了解があった。

"後悔はしても良い。だけど不平は漏らさない。次の機会を楽しみにしよう"

だからボルトは、目線すら合わせない男たちに心のなかでこう呟くのだ。
――よう、また会ったな。と。
やがてボルトの選んだ嬢の接客時間になり、彼は黒服に連れられて半刻ばかりのフライトへと旅立った。
部屋に残した紳士たちに、必ずここへ戻ってくると約束して……!

そしてその約束は、永遠に果たされることはなかった。

 * * * * * *

134 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 07:40:08.77 P
帝都の構造は、皇帝の居城にして帝国議会の本拠地である『天帝城』を中心にした無数の同心円である。
半分に割った玉葱のように、いくつもの円環によって閉じられていることから、遷都前は『円環都市エストアリア』と呼ばれていた。
帝国がこの都市に帝都を移し、円環の術理を応用した国家加護を施して、この国は大陸の最大国家となった。
ある意味では、この帝都エストアリアそのものが現帝国のルーツであり、国土の縮図でもあるのだ。

円は帝都の町並みの基礎を担う通りとなっていて、その大通りによって区切られたエリアは『ハードル』と呼ばれている。
天帝城の在する一番ハードルから外側へ向かって順に、実に100以上ものハードルによって創りだされているのが帝都という街だ。
100以上というのは、すなわち今をもってなお新しいハードルを増設し続けているがためである。

娼館街のある14番ハードルから、部屋を借りている56番ハードルへの道程を、ボルトは千鳥足で歩いていた。
時刻は深夜、時計の針が天辺を通り過ぎた頃。歓楽街を離れると、夜の帝都はぞっとするほど静かだ。
都市計画によって整頓された町並みを、頼りない街灯の光が闇から切り取っている。
排水溝の中を、影と同じ色をした猫が何かに追われるように駆けていく。
娼館でたらふく飲み食いして、赤ら顔のボルトは、こんな時間でなければ行き来する馬車にとっくに轢かれているだろう。

14番から56番は、単純距離にしても徒歩じゃ五時間ぐらい離れている。
深夜なので、馬車も路面鉄道も営業していない。『箒』は、酒気帯びで搭乗した途端空飛ぶ棺桶に変わるだろう。
使うのは『SPIN』だ。帝国でも帝都を含むほんの一部の都市にしか実装されていない次世代の交通手段。
都市内転送術式間連絡網の略称であるそれは、平たく言えば相互に補完し合う転移術式のネットワークだ。
本来短距離しか移動できない転移術式を、お互いを飛び石のように中継し連携することで都市全体を網羅可能にしている。
ボルトが向かっているのは、そんなSPINの中継地点にして入り口、『駅』と呼ばれる施設である。

14番ハードルはまだ帝都の中心地に近いから、綺麗なものだ。
しかし、外側に向かっていくにつれ、だんだんと壁や地面の爪痕や、撤去されきっていない瓦礫などが目に入ってくる。
かつて起きた、ある災害の傷跡が、まだ癒えていないのだ。
二年という歳月が、傷口を砂塵で埋めはしたが、それは本質的な復興とは違う。
いったん塞がった傷をもう一度開いて、新しい血と肉を詰め込んでやらなければ、やがてどこかで限界が来る。

14番ハードル駅への道すがら、ふとボルトは視線を下に落とした。
街灯の明かりに反射して、穏やかに輝く何かを地面に見つけたのだ。
しゃがみ込んで、拾う。掌を転がるそれは、水晶のように澄んだ光沢を持つ珠のようなもの。
手触りで、これが何かボルトには見当がついた。ゴーレムの動力部で同じものを見た覚えがある。

「蓄魔オーブ……なんでこんなものがここに」

酩酊していることもあって、ボルトの意識は完全に手の中の珠玉に注がれていた。
――ゆえに、襲撃者の奇襲は十全だった。月明かりすら照り返さない艶消しの短剣が、ボルトの延髄に落とされた。

「ッ!」

ボルトが反応できたのは、なにもただ幸運に恵まれていたからだけではない。
彼の得意とする感知術式は、任意によって発動せずとも、平常時から奇襲に備えて死角方向への警戒を絶やさぬものだ。
国家機関の要職という身分上、身に着けていて当然の技術でもある。
――しかしそれでも、この奇襲によって致命傷を負わなかったのは幸運だったと言わざるを得ない。
襲撃者の一撃は、それほどまでに巧み。対するボルトの負った手傷は、あまりに深かった。

(肩を裂かれた!左腕が上がらねえ)

後ろを見ずに右足で押し退けるような蹴りを放つ。
手応えがあり、背後の気配が飛び退く音を聞いた。
すかさず街灯の下にまろび出て、振り向きながら右手で抜剣。体勢を立て直す。
力の入らなくなった左腕を伝って、少なくない量の血が石畳へと数滴落ちた。

「幸先の悪い結果ね。殺れて当然の対象に抵抗されてしまっては、些か自信を失くすわ」

闇灯りの向こうに、襲撃者の姿があった。
特筆すべき外見の特徴はなにもない。『なにもない』なんてことはありえないのに、そんな感想しか浮かばない。
ボルトが相手にしている襲撃者は、たった一秒でも目を離せば顔も忘れてしまうような、特徴のない人間だった。
男なのか女なのか、それすらも判別がつかない。

135 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 07:41:16.38 P
(認識阻害か、幻術か……いずれにせよ、情報遮断型の隠匿術式を使っていやがるな)

高度な術式を、戦闘レベルで使用出来る。間違いなく手練で、絶望的なことに、プロだ。
プロは相手にしたくない。第三者の意志で動いている以上、依頼を完遂するまで退くことがないからだ。
ボルトは動揺を気取られぬよう、静かに息を吸った。

「現職舐めんな。奇襲を選んだ時点で、サシでやり合う自信がねえのが見え見えだぜ」
「業務の効率化よ。コストパフォーマンス的に最善手を選んだまでのこと――」

襲撃者の言葉が終わる前に、不意に横合いから刃を伴う風が来た。
オーソドックスな、挑発からの伏兵による一撃。今度はボルトも、察知してから動けた。
頭を下げ、振り抜かれた刃がうなじを擦過していくのを感じながら、自身も剣を振る。
ボルトが扱うショーテルと呼ばれる曲剣は、鎌のように相手の防御を飛び越えて斬撃できる。
反面、突きによる攻撃には向いていない。相手もそれを把握しているだろう。
だから、ボルトは敢えて突きにいった。横合いから迫る相手の、喉元へ刃の背が叩き込まれる。

「――!」

ショーテルによる横薙ぎの斬撃を警戒していた敵は、まったくの無防備に突きを食らった。
峰による一撃は切り裂きこそしないが、鋼の棒で相手を強打するようなものだ。
喉を痛打された敵は、そのままもんどり打ってひっくり返った。
とどめを刺さんと追撃をかけにいくボルトの、感知術式が更なる適性存在を報せた。

伏兵は一人だけではない。
見える範囲で三人が、それぞれ有機的な挙動で手に手に武器を振りかざし、こちらに接近してきている。
一人を掴まえることは、ボルトにならば容易だ。しかし、二段三段構えの強襲に対応する術はない。
敵の動きは巧みだ。次の動きを悟らせない不規則な軌道と、十分な連携による時間差挙動。
ましてや相手には、あの認識阻害がある。使われれば動作の起こりも判別できなくなるだろう。

ボルトは地面を蹴り、三人から距離をとった。バックステップによる後退。
しかし、やがて背中に硬い手応えを感じる。壁だ。追い詰められたのである。
壁際に生えた街灯の、灯りの下でボルトは剣を捨て、両腕を上げた。

「待て。お前らの目的はなんだ。おれが誰だか知らねえでことに及んでるんなら、そのまま回れ右して帰ったほうがいいぞ」

聞くまでもないことを、ボルトは聞いた。
まるで一秒でも長く死の瞬間を遠ざけたいかのように思えて、苦笑がせり上がってきた。

「おれを殺せば、おれの部下達が黙っちゃあいない」
「"遊撃課"――」

最初の襲撃者―― 認識阻害のかかった、一人だけ動いていないそいつが遊撃課の名を口にした。
やっぱりか、クソッタレ。ボルトは悪態を飲み込んだ。

「帝国一の"超強力な要らない子"を集めた部隊。
 確かに貴方の部下達は一騎当千のつわもの揃いだけど、まさかそれが自分の力だと思っていて?」

視線を切り替え、今もゆっくりとボルトを包囲しつつある三人の方を見る。
剣が二人に槍一人。全員男、一人は長髪……相手の特徴を細部に渡るまで確認できる。
そして先程迎撃した不意打ちは二件とも、攻撃が来る直前まで気付かなかった。
導き出される結論は二つ。こっちの三人は動かない一人よりも技量に劣るか――認識阻害は静止状態でないと使えないかだ。

「いいや。――持たざる者は苦労するよな」

ず……と地響きにも似た音が響く。
ボルトの傍らに立っていた、街灯がゆっくりと倒れ始めたのだ。

「おれの部下共と違って、同じ事をするのにも時間がかかって仕方ねえ」

136 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 07:42:43.81 P
原因は、下。街灯が生えている、石畳の地面がその部分だけ液状化して土台が崩壊していたのだ。
物体の分子結合を弱め、硬度を著しく低下させる『軟化』の術式。
硬化術と並んで魔術を学んだ者なら誰でも使える程度のものだ。
ボルトはショーテルに軟化術を付与しておき、武装を捨てたと見せかけて街灯の根本に投じたのだった。
土台を失った鋼鉄製の街灯は、ゆっくりとその巨大質量でもって前方の三人へと倒れこむ。

「ッ」

ずん……と石畳の破片と土埃をまき散らしながら路面を割った街灯。
三人の男たちが街灯の下敷きになることはなかった。とっさに飛び退いて事なきを得たのだ。
そして――飛び退いた先にはボルトがいた。

まず一人が、振り下ろされたショーテルに鎖骨を切断されて呻いた。
そいつが持っていた剣を奪い取り、回転をつけて他の敵へ投じる。小柄なボルトの膂力では大したことのない速度。
余裕を持って躱そうとした二人は、不意に飛んでくる剣が横に広がるのを感じた。
軟化術式によって結合が弱まり、風圧によってぶちまけられた『液状の鉄』が、男二人の視界を鉄色に染める。

次の瞬間には、ボルトの肘がもう一人の鳩尾を捉えていた。
突進の勢いをそのまま打ち込まれて吹っ飛ぶ。残る一人が槍を構える頃には、ボルトは既に跳躍していた。
圧倒的加速。その正体は、従士隊正式のブーツに仕込まれた噴射術式。『水中箒』などに使われているものだ。
最後の一人はそのまま顔面を掌で掴まれ、足払いから地面へと叩きつけられた。

三人の男たち、一瞬にして全員が沈黙――!

「舐めんなっつったろ。遺才遣いでなけりゃ遊撃課で最弱だとでも思ったか?」

まあ、間違っちゃいないけどな。とボルトは密かに付け加える。
認識阻害に護られ続けている襲撃者は、乾いた拍手でそれに答えた。

「おれを殺したきゃ、一個中隊でも持って来い」

中身の無い挑発に、襲撃者がくつくつと笑った。

「なるほど。ならご忠告に真摯に受け止めて――そうすることにするわ」

刹那、ボルトの感知術式がパンクした。
突如として出現した敵性存在の、あまりの数の多さにアラートが捉えきれなくなったのだ。

「なん――だと――ッ!?」

民家の影に、屋根の上に、地面のなかから、窓を割って、木々の隙間に、空の上から。
数にして百は下らない、大量の人影が、さながらずっとそこにいたのに今気付いたと錯覚させるほど自然に現れた。
否、実際居たのだろう。完璧な『認識阻害』で、その存在を隠蔽して――!
実戦レベルの秘匿魔術を、この規模で展開。その技量も技量だが、どれほどの魔力があれば実現できるだろうか。

(規格がちげぇ――!)

「ご所望の通り中隊規模の人数を用意したわ」

月と夜空と町並みの稜線を背に、襲撃者は言った。

「世話が焼けるわ。ここまでしてあげたんだから――ちゃんと殺されなさいよね」


翌日――従士隊実働部・遊撃課課長ボルト=ブライヤーの失踪が確認された。
術式精査による魔力反応の追跡によって割り出された、彼が最後に居た場所――失踪現場には、夥しい血痕が残っていた。

この日を境に、遊撃課に対する指揮権が直属の上役として元老院へと移譲されることとなる。
それは、理不尽な命令に対して拒否権を行使できる人間が、事実上存在しなくなったことを意味していた――。

137 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 07:43:53.10 P
 * * * * * *

この帝都は、二年前に大きな災厄に見舞われた。
『帝都大強襲』と呼ばれるそれは、表向き大陸に散っていた魔族による帝国への集中攻勢と伝えられている。
しかし実情は異なる。当時この街を襲った魔族の中に、外来のものは一握りしか含まれていなかった。
あの晩帝都に跳梁跋扈した多くの魔族は、帝都の内側――そこに住まう『人間』が魔族へと変貌して生まれたものだったのだ。

全ての人類の体内に眠り、人間が魔法を使える根拠であり、多く持つ者は遺才と呼ばれる特異体質を得る――『魔族の血』。
それを強制的に増幅させ、遺才を通り越して魔族そのものに身体を作り替えてしまう恐ろしい魔導具があった。
"赤眼"と呼ばれる、ほんの指先ほどの大きさの眼装具。
ちょっと力を込めれば簡単に破れてしまうような、薄膜が帝都はおろか帝国すら滅ぼしかけた災厄の源であった。

人々は、魔族となって自分たちに牙を剥いた同胞を殺した。
多くの魔族化した者達は、急激な変貌によって理性を失い暴走していたし、殺さねば殺されていたのは人類の方だ。
しかし何事にも例外があり、魔族化しても理性を失うことがなく、変貌した自身を畏れて閉じこもっていた者達もいた。
否、割合から言えば、むしろあの夜にヒトを襲うに至った魔族の方が、例外ですらあったのだ。
あるいは彼らがもっと早く世間にその身を晒していれば、『人間が魔族化する』という現象を人々が認知することができただろう。
彼らは――実に二年もの間、一人で、またはその家族に匿われて、世間からその存在を秘匿されてきた。

「我々『人間難民』は――世界に対して求めるべきです――」

"議長"と銘の入った腕章をつけた、小柄な少女が演台で吠えた。
穴蔵のように真っ黒な髪の下に、分厚い眼鏡。レンズの向こうでは、魔族特有の『赤い眼』が爛々と光を放っている。
実際のところ魔族と人間の外見的な差異は乏しい。
現在の人類は魔族の形質も半分受け継いでいるのだから当然といえば当然だが、最も大きな特徴はやはり双眸の色だろう。
もちろん魔族にとって身体の形など自由に造形できるので、『龍』のように戦闘に適した形態をいくつか持っている者もいる。
だが、それでも基本形は人間と同じなのだ。双眸さえ隠せば、魔族は直ぐにだって人間社会に溶け込める。

「私たちは、自分たちが人間より特別優れているとは思いません。
 しかし、だからといって魔族であることを隠し、ヒトとして生きていくのもなんだか間違っているなと思います。
 種族としてのアイデンティティを維持できなくなることは、ゆるやかな滅亡といっしょです。
 魔族とヒト、どちらが強いかなんてことに興味はありません。ただ、魔族も社会の一員として認めて欲しいのです」

かつて魔族がこの大陸に多く存在していた頃、流した血の量を競い合うような戦いが人間との間であったそうだ。
土地は余りあるのに、どうして住み分けができないのだろうとかつての彼女は考えていた。
結局のところ、プライドが許さなかったのだろう。お互いに魔族を、人間を、共存の相手として認めることができなかった。
さりとて、住処を分けようにもどちらかが出ていかねばならず、そうなれば誇りが引き合いに出されることは必定なのだ。
だが、自分たちは違う。魔族として護るべき誇りがまだ形成されていないし、人間に嫌悪感も湧かない。
魔族の力を持ちながら、ヒトの痛みを知れることを、新しい誇りにすれば良い。

「求めるのは!魔族と人間の、完全なる共存!」

眼下に集う、会場に溢れかえらんばかりの"同胞"達。その盛り上がりは最高潮、いまにもはちきれそうだ。
少女は胸いっぱいに息を吸って言った。

「――そのためには、中途半端な連中が邪魔なんです」

二年前の災厄で、魔族化したまま戻ることができなくなってしまった元・人間。
彼らは、人間というふるさとを追われたことと、人間への望郷を断ち切る意味を込めて、自らを――『人間難民』と呼んだ。
"人間難民"社会参画保障理事会・通称『理事会』の議長は、魔族化当時の年齢にしてまだ15に満たぬ少女であった。

 * * * * * *

138 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 07:45:33.60 P
 * * * * * *

【大陸横断鉄道・南側終着駅行き政府特別便】

遊撃課の課員たちが、自分の上司の失踪を知ったのは、新しい任務の開始直後だった。
いつものように、新任務にあたっての招集を書簡で命じられて、元老院の借り上げた特別便に乗り込んだ後。
いつもならば列車内につくられたブリーフィングルームで、仏頂面で突っ立っているはずのボルトがいない。

『本任務概要』

と大きく白墨で記された黒板だけが、所在なく揺れているだけだった。

『本任務は、帝国南部に在する"結界都市ヴァフティア"の警護を行うものである』
『警護とは、隣接する西方少国家群、及び帝権なき蛮族による反抗を迎撃するものである』
『本任務に達成条件はない。定刻を以て任務終了とする』
『任務終了日時は、追って連絡する。なお、連絡なきまで任務地を離れることを厳しく禁ずる』

"帰って良いと言われるまで辺境でおとなしくしていろ"――そういう大意の文章だった。
そして、隅っこのようについさっき思い出したかのような筆跡でこう付け加えてあった。

『ブライヤー課長は行方知れずのため、本日を以て解雇とする。現場での判断は各自行うこと』

ご……と重量物が擦過する音が連続して、列車全体が重く鳴動し始める。
動力室に火が入り、列車がゆっくりと動き始めたのだ。
これまでこのようなことはなかった。遊撃課が列車に入った途端に発車を始めることなど。
だが確かに、列車は動き始めた。無感動に、その鋼鉄の身体を震わせて――
遊撃課を、帝都から追放するための列車が、加速を始めた!

大陸横断鉄道の交通機関としての素晴らしさは、その類まれなる加速性能である。
ほとんど数秒で音速一歩手前のトップスピードに乗るため、出鼻を野盗に襲われる心配がない。
ゆえに、加速するこの列車から飛び降りて脱出することは不可能である。

主のいないブリーフィングルームには、本日付けの朝刊が一部だけ置いてあった。
この黒板に文字を書いた者が持ち込んだのか、あるいは機関士の一人の私物か。
いずれにせよ、その一面記事に踊る内容が購入者の目をひいたことは間違い無いだろう。
新聞には、こう書いてあった。

『従士隊に新部署が発足!官民問わずオールスターを栄転によって集めた夢の部隊?"遊撃課"』

139 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 07:47:39.81 P
遊撃課は――少なくとも本人たちの知る遊撃課は、その存在を世間に公表されていない。
元老院直属の御用聞き部隊であるから宣伝する意味が無いし、そもそも遊撃課へ左遷されるというのは不名誉なことだ。
まるで望んでそうなったかのように書き立てられた記事は、本人たちにあまりいい気分を与えないだろう。

しかし、新聞の記事上部を埋めるように貼り付けられた念画に写っている『遊撃課』は、"本人たち"とはまったくの赤の他人だった。
知らない遊撃課が六人。念画の下に、ご丁寧に人名と所属のキャプションがついていた。

『リッカー=バレンシア』 帝国軍二等帝尉。 護国十戦鬼。 ゴーレム乗り。
『ナード=アノニマス』 従士隊実働部民家警備課主任。 甲冑遣い。 箒乗り。
『フウ』 ハンターズギルド・帝都本部百人隊長。 水使い。
『ゴスペリウス(洗礼名)』 ルミニア神殿戦闘司祭。 帝国呪物管理局研究者。 呪い使い。
『ニーグリップ=モトーレン』 従士隊支援部航空支援課。 護国十戦鬼。 騎竜乗り。

そして念画の一番端に、遊撃課のよく知る人物の姿があった。
それは、本来ならボルトと共にいまこの場にいなくてはならないもう一人。

『フランベルジェ=スティレット』 帝国騎士団上位騎士 『剣鬼』。 剣術使い。

彼女はいつものあの朴訥とした笑顔ではなく、無表情で念画に写し取られていた。
"遊撃栄転小隊ピニオン"と銘打たれた英雄たちが、顔も見たことのない英雄たちが、当然のようにそこに映っていた。

列車は動き出す。
過去になってしまった者達を積載して、その栄光を薄暗い穴の中へ放り込みに行く――


【最終章『だからこの物語は』――状況開始】

【現在公開できる情報:
 ・満足な説明もなく、遊撃課は帝都から辺境の結界都市ヴァフティアへと追放されようとしている。
 ・ボルトが行方不明。その情報は一切世間に報道されておらず、闇に葬られかけている。
 ・同様に、『遊撃課』を名乗る団体が出現。本当の遊撃課に成り代わっている。
 ・ピニオン(栄転小隊)にフランベルジェ=スティレット課員が参加。真意は不明。
 ・遊撃課は現在全員が大陸横断鉄道の中。列車が動き出し、途中下車は"困難"。】

140 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 09:36:17.75 P
【帝都80番ハードル・医術長屋】

幸いにもロンの怪我は治るのに時間を要さなかった。
もともとの若い回復力に加え、現場での応急処置――リベリオンのアレが功を奏し、あらかたの血管を塞いでくれていたのだ。
経過を見る意味で二週間ほど入院した後は、ほんの少しのリハビリで以前と遜色なく動けるレベルにまで回復した。
肉体の成長度も加味すれば、怪我をする前より強靭になってすらいた。

「内臓に損傷がなかったってのが大きかったみたいね。複雑骨折は確かに重傷だけど、重体にはならないから」

その分意識も失えないから痛み地獄だけどね、とクローディアは笑った。
ロンが仰向けに寝かされていたベッドで、ダニー・ナーゼムと共にリンゴの皮をむきながら。
既にロンの目の前の皿には、切られたリンゴが山盛りで乗っかっている。下の方など重みで漬物ができてそうでさえある。
最初の頃こそ不慣れで指を切りまくっていたクローディアも、
たゆまぬ努力と生来の凝り性、そして大量のリンゴを犠牲にして、ようやく綺麗に剥けるレベルにまで上達したのだった。

「ふふふ、やはりあたしは天才っ!このぶんなら、今日中にうさぎさんカットまで習得できそうだわ……!

既に目的など見失っていた。
過程として生成される、大量の切られたリンゴを処理するのは、病床のロンに一任されていた。

「で、そろそろ考えなきゃならないのは次の事業計画ね。
 近いうちにまたタニングラードに入るわ。"例の事件"であの街の情勢が揺れ動いてる、今が付け入るチャンスよ」

その言葉に嘘はないが、いまのクローディアはわりと空元気だ。
あの晩、元従士隊などという第三勢力の介入を受けて、白組の大半が逮捕、組織として壊滅状態に陥ってしまった。
もともと白組とのコネクションと、そこから払われる報奨を目当てに参加したクローディアは、
当局にマークされることさえ免れたものの、怪我人抱えて逃げるので精一杯。報酬の回収などできるはずもなかった。

結局、タニングラードでは金を使うだけ使って回収できずじまい。
資金繰りの失敗。それは商売人にとって、最も致命的な事態である。

「ロン、あんたはもうすこしリハビリに励んでなさい。しっかり準備を整えて、春先には事業再開よ」

先に帰るわ、と言い置いて、ダニーを連れてクローディアは病室を後にした。
彼女の現在の仮住まいはこの80番ハードルの、中流層の生活する区画。
ダニー・ナーゼムはその両隣、ロンはナーゼムと同室である。

「ロン社員、少し散歩に出ませんか」

クローディアを見送りに行ったナーゼムが、穏やかな顔をしてロンを誘った。

141 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 09:37:34.62 P
80番ハードルは、広大な帝都の中でも落ち着いた空気を持つ場所だ。
ここより先は、帝都面積の三分の一を占める農耕平野。街中と郊外の境界線のような町だった。

「良い気候ですね、ロン社員。もうすぐ春が来ますよ」

車椅子や松葉杖から開放されたロンを後ろにつれて、ナーゼムは波間のような足取りで道をいく。
病み上がりだとしてもロンならば常人と同じペースで歩けるだろうが、それでもナーゼムはゆっくり歩いた。
春の種付けに備えて、街へ農具や籾を買い付けに行った帰りの馬車とすれ違う。
子どもたちが親と一緒に、桶いっぱいの飼料をかかえて家畜小屋へと向かっていく。
SPINは高速な移動手段だが、荷物の輸送には向いていない。未だ馬車が現役である。

「あの谷に上って、草の上に寝転んで、本を読む。私の好きな休日の過ごし方です」

ナーゼムが指さした先には、周辺住民が農耕用水として引いている渓流がある。
その切り立った崖の上に、小さな丘が木々と共に広がっていた。

「さあ、目的地はすぐそこです」

ナーゼムは、岩場に足をかけてひょいひょいと登っていく。
彼は普段着として労働者然としたズボンとジャケットを羽織っているが、足元は革靴のままだ。
そんな足で渓流など登れば足を滑らせるに違いない。しかし彼は、まるで舗装された道でも行くみたいに平然と登る。

やがて崖の上に出た
そこには、なだらかな丘と絨毯みたいに広がる草原、サラダの付け合せのような木々と、壮大な風景があった。
空はどこまでも広く、青い。遠く、街の稜線が辛うじて地平線に紛れ混んで見える。
我が物顔で草を食んでいた草食動物たちが、ナーゼムとロンの姿を認めてわれがちに逃げていった。

「この景色を、クローディア社長にもご覧いただきたいのですが……些か、来るのに手間取る場所でして。
 ロン社員には一足先に。おわかりですかな――これがいまの帝都です」

眼下に見える、平原の形が、不自然にくぼんでいた。
思えば、農地にこの丘のように渓流がいきなり存在するというのもおかしな話だ。
帝都が遷都されてもう百年はゆうに経っているのだから、用水路としてきちんと整備されていて然るべきである。
つまり――この渓流は、つい最近……二年か三年ほど前に突如として生まれたのだ。
二年前。

「帝都大強襲の名残ですよ、この丘は。地形をも容易く変えてしまうほどの戦いが、こんな郊外ですらあったのです。
 私は当時、社長の元を離れて競売のために帝都にいました。そして、巻き込まれた。
 あの大災厄。これまでの価値観が容易く瓦解すると同時に、私の中でより強固になったものが一つあります」

ナーゼムは、振り返ってロンを見据えた。

「――大切なものを護らんとする意志ですよ、ロン社員」

142 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/10/28(日) 09:40:50.95 P
丘の上には、一本の棒が刺さっていた。
鋼鉄製の棒。中に可変機構が仕込まれていて、刃物が飛び出す仕掛けの武器。
ロンがタニングラードで没収されて――クローディアが脱出時にわざわざ遺才を使って回収したものだった。

「貴方が正式に退院するタイミングで、社長は貴方に贈るおつもりでした。
 わざわざ帝都の業者に修理と改良を頼んで、ぴかぴかに磨き上げられたこれをね」

「ロン社員」 ナーゼムは言葉を繋ぐ。
両手にはめていた、真っ白な手袋を2つとも外して――

「貴方に決闘を申し込む」

――ロンの足元へと叩きつけた。

「本当は立会人が欲しいところですが、ダニー社員を呼ぶにも社長の傍を離れさせるわけにはいきませんのでね。
 略式ですが、これでご勘弁を。決闘理由は――誇り、とでもしておきましょうか」

ナーゼムは裸になった両腕をぶらぶらと振って準備運動としている。
すると、両袖から一本ずつ手斧が滑り落ちてきて、彼の両手に自然に収まった。

「貴方は何故、あのとき。あのタニングラードで遊撃課を攻撃しなかった。
 彼らはクローディア商会の敵です。あまつさえ、身勝手な価値観で社長を危険に晒した……!」

ロンはあの街を脱出する際、一刻も早く道をつけねばならない場所で、セフィリアに戦いを挑んだ。
あそこでロンが倒されていれば、商会の脱出は間違いなく不可能になっていた。
そしてセフィリアの性向ならば、確実にそれは現実のものになっていただろう。

「熟睡できないんですよ……貴方がいるとォォーーっ!」

溜まっていたフラストレーションを、咆哮に変えて空へと放つ。
そうでもしないと、あやうく遺才を発動するところだった。
こんな不安定な足場で"変身"すれば、両者ともに命はない。

「さあ、武器をお取りなさい。そして私と決闘をしましょう。
 貴方が勝てば、今回の件について不問にします。私が勝ったら――クローディアさんの前から消えなさい」

どん、と音が大気を震わせて、ナーゼムの体躯が空をすべる。
両翼の如く開いた腕の、その先で手斧の刃がぎらりと光る。

「嫌だと言うなら……腕か足を一本、貰い受けます――!!」

羽撃きと同じ動きで、ロンの両サイドから挟み込むように斧が迫る!


【ナーゼム:ロンを谷の上に呼び出し、決闘】

143 :ユウガ ◇JryQG.Os1Y :2012/11/03(土) 18:01:19.64 P
ユウガフルブーストは、遊撃課と同じ列車に乗っていた。
【俺は何のためにここにいる。】
ユウガは、勿論異才
正直、この能力で戦闘は勝ってきた。としか言いようがない。
ユウガに与えられたミッションそれは。
【第一遊撃課の支援、及びボルト課長の捜索。】
【この人、死んだって聞いたんだけどな。】
ユウガは、元暗部。情報網は、出発前に、張れるだけ、張ったはずだ。
しかし、見つからない。
【俺の情報網でも、見つからないなんて。】
【しかも、死人を捜索って。】
ますます、ユウガは混乱していた。
さて、ここで、ユウガの装備を紹介しておこう。
ユウガは、今黒いジャケットを羽織り、内側には、いろいろはいっている。
腰には属性付加専用に開発された刀「風明」
持ち合わせのバックの一つには、
銃のインパルス+追加のパック、弾薬等々が入っている。

144 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/11/03(土) 18:02:18.73 P
タニングラードでの任務を終えたマテリアは酒場にいた。
帝都三番ハードルの中心区に店を構える『落葉庵』。
主な客層は同ハードルに本部のある従士隊だ。

マテリアはそこのカウンター席で人を待っていた。
約束の時刻までは、まだ少し時間がある。
給仕に声をかけて軽い果実酒を頼んだ。
すぐに、冷却術式を底に敷いたグラスが運ばれてくる。
マテリアはそれを手に取って、口元に運び、

「……聞こえてるよ、ソフィア」

遺才を発動。後方に向けて声を飛ばした。
背後で心臓の跳ねる音が聞こえる。

「たはは、またバレちったか。ちゃんと息も足音も殺してたつもりなんだけどなぁ」

振り返ると、若い女がばつの悪そうな苦笑いを浮かべていた。
短く刈った金髪に、シャープな輪郭。凛然とした美貌の映える女だった。
服装は、随所に術式を仕込んだ軽鎧を着込んでいる。従士隊の制式採用装備だ。

「まっ、いいさ。次はもっと上手くやってやるよ。……で、一体何の用よ?急に会えないかだなんてさ」

彼女はソフィア・ブロウ。
マテリアが軍属時代、従士隊との合同訓練を行った際に作った友人だ。

「ちょっと、聞きたい事があるの」

「……ヘイ、ちょい待ち。先に言っとくけど、アタシはアンタが知りたがるような面倒な話はこれっぽっちも知らないぜ」

マテリアの隣に座り、注文を終えたソフィアが先んじて釘を刺す。

「ううん、そういう話じゃないから大丈夫。ただ、私に戦い方を教えて欲しいだけ」

「戦い方って……アンタだって軍人じゃないか。私に教わらなくたって……」

「違うよ。私は、従士隊の戦い方が知りたいの。誰かの為に身を張って、危険に立ち向かう為の戦い方が」

彼女が所属していた帝国軍は、国外に対する攻撃、防衛を目的とした組織だ。
故にその戦闘規模や訓練内容は基本的に、集団単位のものになる。
斥候として動く際に用いる無音殺傷術や、戦闘舞踊【カグラ】も、所詮は不意打ちや護身術。
要するにマテリアは、個人規模での戦闘技能に劣っていた。

今まではそれで良かった。軍の戦闘におけるマテリアの役割は、
そもそも個人の白兵能力に頼らざるを得ない状況が訪れないよう努める事だったのだから。

けれども今はもう、そういう訳にはいかない。
一個分隊程度の人数しかいない遊撃課では、個人単位の戦いを避け続ける事は困難だ。
マテリアは、ウィットやレクストを前にした時、何も出来なかった。
彼らが本気で彼女を排除するつもりだったのなら、何一つ抵抗など出来なかっただろう。

もっと強くならなくてはいけなかった。
その為にソフィアを呼んだのだ。

145 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/11/03(土) 18:06:48.55 P
例えば制圧対象が建物の中に潜んでいたとして。
軍が取るべき行動は単純で簡単だ。
ゴーレムや個人携行型の飛翔機雷を用いて、建物ごと吹き飛ばしてやればいい。

だが従士隊は、そうはいかない。
彼らが戦場とするのは庶民の生きる市街地だ。
庶民の住居や商店を、何かにつけて瓦礫に変えていては、従士隊はまた借金を焦げ付かせる羽目になる。

彼らはわざわざ敵地に飛び込んで、罪人をその手で制圧しなくてはならない。
神殿騎士や騎士団にも同じ事が言えるが、こと対個人、局所戦闘において、彼らは軍人よりも圧倒的に経験豊富だった。

「……アンタ確か、転属されたんだっけ。何かあった訳?」

切れ長の眼がマテリアを見つめる。
マテリアはやや言葉を詰まらせて、それから口を開く。

「うん。……私ね、今までずっと、自分は『助ける側』の人間だと思ってた。
 私は皆を助けられる。私がいれば、皆が無事でいられる。そう思ってた。
 でも違ったの。私、あの人達に助けてもらわなきゃ、殺されてた」

誰かを『助ける側』である事。
それはマテリアの根幹にある、自己を支える為の感情だった。
母を失った幼い自分を弱者に投影して、救う事で、自分自身を救える気がしていた。
ついぞ母の助けになれなかった後悔を、誰かを助ける事で埋めてきた。
歪な精神の支柱を、過剰なまでの天才の自負で塗り固めて、彼女は今まで生きてきた。

「きっとね、あの人達は、私を助けた事にすら気付いてない。
 私も今まで、ただ気付いてなかっただけ。誰かが知らないところで、私を助けてくれていた事に。
 遺才とか、天才とか、そんな言葉に目が眩んで、当たり前の事が見えてなかったの」

けれどもその柱はもう、折れてしまった。
マテリアは自分の才が及ばない世界があると知った。
埋めようのない、大切な人を失う事の恐怖を思い出してしまった。

「それでも、私はまだ『助ける側』でいたい。
 誰かに助けられながらでも、誰かを助けていたい」

マテリア・ヴィッセンは変わった。
遊撃課に配属されて、タニングラードでウィットと出会って。
過去に望みを抱いて生きるのではなく、未来に望みを見いだせるようになった。

「私、もっと強くなりたい。皆に守られる以上に、皆を守れるようになりたいの」

彼女は前を向いた。
だから次は、歩き出す為の物語が始まる。

146 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/11/03(土) 18:07:41.72 P
それから暫くして、マテリアは再び招集を受けた。
今回もブリーフィングは移動中に行われるらしい。
大陸横断鉄道なら車内でも朝刊は買えるだろうと、寄り道もせず駅へ向かった。

足取りはゆっくりで、軽かった。
タニングラードから帰って以来、日常の些細な事が楽しかった。
楽しい事も辛い事も一つ一つ積み重ねて、その先に彼と再開する未来が待っている。
そう思うと、どんな事でも愛おしく思えた。
端的に言って、マテリアは浮かれていた。

「おはようございまーす!」

挨拶と共に勢いよくブリーフィングルームの扉を開く。
きっとボルトに気難しそうな眼で睨まれるだろう。皮肉の一つでも貰うかもしれない。
それすらどこか楽しみだった。

けれども部屋の中にボルトはいなかった。
マテリアを出迎えたのは、黒板に記された『本任務概要』の無機質な文字と、戸惑いを帯びた空気だった。

「あ、あれ?……課長、まだ来てないんですか?」

自身も戸惑いを隠せないまま、ひとまず任務概要に目を通す。
視線が白い文字をなぞる。それが半ばほどまで至ると、マテリアの表情が変わった。

「そんな……これじゃあ、体のいい飼い殺しじゃ……!それに課長が行方知れずって、まさか……」

不意に、彼女の言葉を断ち切るように列車が揺れる。
そして動き出した。辿り着く先は結界都市――緩やかな死を待つばかりの檻の中だ。

状況がまるで飲み込めなかった。
何か、なんでもいいから情報が欲しい。焦燥のあまり視線が泳ぐ。
ふと、テーブルの上に無造作に置かれた朝刊に目が向いた。
そして、この状況では何の価値もない物である筈のそれに、『遊撃課』の文字を見た。
マテリアが咄嗟に朝刊を机上に広げる。

そこには彼女の知らない遊撃課が記されていた。
遊撃栄転小隊ピニオンという名前も。
人名と所属の付与された念画も。
その中にある、フランベルジェ・スティレットの無機質な表情も。

「こんな事って……!」

目が眩んで、気が遠のくような感覚に襲われる。
それでも、列車を止めなくては。真実を明らかにする為に。
そう思った。言葉にはしない。するまでもない。
フィン・ハンプティが身内の行方不明を看過する筈がない。
貴族としての誇りを重んじるセフィリア・ガルブレイズも、このような扱いを甘受はしないだろう。
彼らとの付き合いはまだ浅くとも、それくらいの事は分かった。
だからマテリアは、彼らが求めるだろう答えを紡ぐ。

「……列車を止めるなら、動力室を探して下さい。
 これだけの質量を動かす為には、大規模な魔導炉が必要な筈です。
 すぐに見つけられるでしょう」

147 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/11/03(土) 18:08:50.55 P
そこで一度、マテリアは言葉を途切れさせる。
何故自分達が帝都を追われなければならないのか。
課長はどこへ行ってしまったのか。そもそも、それは本当に『行方知れず』なのか。
スティレットの真意は。
真実を知りたい。その思いは偽りではない。

「動力室を見つけたら……それよりも後ろの車両へ移って、連結器を外して下さい。
 手段を選ばなければ、皆さんなら簡単に出来る筈です」

けれども、もしこのまま任務を放棄して帝都に戻れば、それは弁解しようのない命令違反だ。
政府の上層部が遊撃課を目のつかない所へ追いやりたいと思っているのなら、
課を廃止させる絶好の口実を与える事になってしまう。
だから、

「私は……一緒には戻れません。ヴァフティアに、行かせて下さい」

マテリアはどうしても、それを避けたかった。

「……私は遊撃課に転属された時、この部隊は素晴らしい部隊になると思っていました。
 どこへでも行って、誰もかもを助けられる、そんな部隊に。
 ……その役目はもう、この栄転小隊に取られてしまったのかもしれませんけどね」

マテリアは遊撃課を、英雄の部隊にしたかった。
それは、過去の自分を救ったつもりになる為だ。

「でも、私の思いは変わってません。遊撃課は、素晴らしい部隊です。
 あなた達がいてくれなかったら、私は、タニングラードも、ウィットさんも助けられなかった。
 私は、遊撃課を終わらせたくないんです。だから……ごめんなさい」

けれども今はもう違う。
今、目の前にいる皆との場所が失われてしまうのが嫌だった。
この場にはいないボルトやスティレットが、母のように、自分の知らない内にいなくなってしまうのも、耐えられない。

「私は、例え一人だけでも遊撃課です。遊撃課は命令通り、ヴァフティアを離れません。
 ほら、連帯責任って言葉があるじゃないですか。アレっていつも、悪い方向にばかり使われますけど。
 たまにはこういう使い方があったっていいと思うんです」

一人我儘を言う後ろめたさや、皆と共に行けない不安を誤魔化すようにマテリアが笑った。
それから皆を見回す。

「お願いします。私の代わりに、真実を暴いてきて下さい。
 遊撃課の任務は、私がちゃんとこなしてみせます。
 私の遺才なら、現地の既存の防衛力だけでも戦っていける筈ですから」

それに、と言葉と繋いだ。

「私達を帝都から追い出す為の任務だとしたら、案外向こうは平和かもしれませんしね。
 タニングラードでの一件から昨日の今日で、そう大規模な侵攻があるとも思えませんし、蛮族相手に遅れを取るつもりもありません。
 きっと、大丈夫ですよ」

マテリアがもう一度笑う。強がりの透けて見える笑顔だった。
彼女は軍人だ。きっとだとか、かもしれないだとか、戦場でそんな言葉に縋ってはいけないという事を知っている。
タニングラードで天才の自信を失った彼女には、たった一人で臨む任務はひどく不安なものだった。



【遊撃課の面々なら帝都に戻ろうとするだろうと、列車を止める方法を提示。
 だけど命令違反で遊撃課を潰したくないので、マテリアは任務遂行の為ヴァフティアへ向かうつもりです】

148 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/11/05(月) 15:48:17.77 0
合流地点にて他の課員と落ち合った時、ファミアは泣いていました。
安堵のためでも、逆に恐怖のためでもありません。
変態が破廉恥な手段で修復した手袋に頼らなければ脱出が成らなかったことが、
それはそれは悔しくて仕方がなかったのです。
のちのち青い顔で呟きながらずうっと手を洗う事にでもなるかもしれません。

「きー!」
まだしまいこんだままだった名刺の束を腹立ちまぎれに地べたに叩きつけると、
バールの投擲で改めてぼろぼろになった手袋がちぎれて一緒に風に舞いました。
名刺の元の持ち主を、首尾よく事故を装って葬り去れたことだけがささやかな慰めです。
無論――死を確認する暇などありはしなかったのですが。

翌払暁。
任務を終了してタニングラードを後にしたファミアは、課長の厚意で実家へ立ち寄ることが許されました。
同道していた一行と街道の分岐点で別れ、もう1年以上見ることすらなかった故郷へと足を向けます。

ファミアの顔を知らない新米の門番に止められるという実にありがちな一幕をはさみつつも中へ通され、
まずは旅塵を落として一息つきました。それから応接間で久しぶりに家族と対面です。
たまたま所用で立ち寄っていた次兄はファミアの(タニングラードでの騒動のおかげでほぼ寝ていないため)
冴えない顔色について憎まれ口を叩き、母から苦言をもらっていました。
まだ嫁いでいないすぐ上の姉は、空を映したような瞳に憧憬を浮かべながら、
帝都での暮らし向きをあれこれとファミアに尋ね、家令にたしなめられています。

久しく記憶にないくつろいだ時間を過ごしたファミアでしたが、さすがに泊まってゆくことはできません。
夕刻まで滞在して家を発つことになります。
仕立てられた馬車に乗る段になって、ファミアは父であるヴァエナール・アルフートに呼び止められました。

後退した生え際に恰幅の良い体格と柔和な顔立ち。いかにも人が良さげに見えるヴァエナールは、
しかし声をかけておきながら中々話を切り出そうとはしません。
小首をかしげて見上げるファミアの視線から、僅かに目を逸らしてもいます。

いくらかの逡巡の後、ようやく決心がついたように常ならぬ険しい顔でファミアの肩に手を置いて、口を開きました。
「ファミア。私がしてきたことはお前の意に沿わぬものも多かったと思う。
 ……それでも。それはお前に対する愛情から出たのだと、そのことは疑わないでおくれ」

「?」
ファミアはいまさら何を言うのかと、かしげた首の角度を更に深めながらも
「はい!」
快活に返事をしました。

149 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/11/05(月) 15:50:21.65 0
別に、今までの人生で親に忌まれているなどと感じたことはありません。
しきりに嫁に出そうとしていたのも、その方が良いと思っていたからであることもわかっています。
ファミア自身にも望む人生というものがあるので今はこうなっている。それだけの話です。
別れを済ませたファミアは馬車に乗り込んで、特に後ろ髪ひかれるような気持ちもなく一行の後を追って帝都へと戻ってゆきました。

馬車の中でファミアが船を漕ぎはじめたのと同じ頃。
ヴァエナールは書斎にて一人グラスを睨んでいました。
度が強く色の濃い蒸留酒が、まだ3分の1ほど残っています。

「業を負わせてでも永らえさせるのが、愛と言えるものか……」
それは答えが得られないと知りつつも何度となく繰り返してきた自問でした。
グラスに映った自嘲に歪む顔の、その瞳は他の家族と同じく鮮やかな青でした。




帝都へ帰還の後、暫し。
招集を受けた遊撃課一行の前には到底納得しがたい現況が横たわっていました。

任務のためしつらえられた列車のブリーフィングルームにはなんとも重い空気が満ちています。
主な原因はいるべき人がいないこと、そして壁にかけられた黒板でしょう。
そこ書き付けられた任務内容は辺境への無期限駐留。
ほとんど懲罰と言って差支えがないものです。

「なんで……」
うつろな目を黒板に向けていたファミアはぽつりと呟きました。
なぜ、このような任を与えられなければならないのか。
なぜ、課長が"解任"ではなく"解雇"されているのか。
なぜ、臨時なり新任なりの指揮官が派遣されないのか。

マテリアが視界の端に留まったらしい新聞を急ぎ机上に広げると、
課員の目に『従士隊に新部署が発足!』の見出しが飛び込んできます。
記事の本文は近寄らなければ読めないでしょうが、"新部署"の構成員の念画はわかるでしょう。
当然、その中にあるフランベルジェ=スティレットの顔も。

「なんで……」
ファミアはまた呟きます。
なぜ、同じ"遊撃課"の名を持つ部隊が新設されるのか。
なぜ、自分たちと違いその存在が華々しく公表されるのか。
なぜ、そこにフランベルジェが参加しているのか。
そんな積み重なった疑問が声となって漏れ出ているのでしょう。

同じような疑問は他の課員たちも抱いているようです。
窓外の景色が引きちぎられるように後方へ流れてゆく中、マテリアが口を開きました。
>「……列車を止めるなら、動力室を探して下さい。
> これだけの質量を動かす為には、大規模な魔導炉が必要な筈です。
> すぐに見つけられるでしょう」
それから、ヴァフティアには一人で行くこと、そして一同に後事を託すことを告げます。

150 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/11/05(月) 15:53:04.71 0
「なんで……」
そんなマテリアの言葉に対して、ファミアは無表情に口を開きました。
なぜ、一人ですべてを抱え込もうとするのか。
なぜ、素直に頼ってはくれないのか。

そんな整理されない、でも言わずにはおれない気持ちが思わず口をついて出て……
「なんで、ホタルはすぐ死んでしまうのでしょう?」
……などということは全くなかったようです。

実は、タニングラードでの任務に際して自分の財布から支払ったもろもろの代金がまだ経費として下りていなかったため、
ファミアは大変困窮していました。ろくに食事をとっていないため栄養が足りず、錯乱しかけているのです。
目がうつろだったり表情がなかったりするのもそのせいでした。

一般に経費申請というと、まず直属の上官へ提出し、その上位の管理職、そこから経理担当へという流れがほとんどでしょう。
それから使途を精査して、それが業務上不可欠なものだったか判断をします。
これには幾らかの時間を要するものですが、それにしたってかかりすぎなところに来て課長の失踪。

生活費がつきかけていたので自分で担当部署に掛けあってみるも所属長を通してくれと言われ、
しかし前述のとおり課長は不在。つまり窓口はなし。
実家に泣きつこうにもあれだけ元気いっぱいで出てきたあとではいかにもばつが悪いし、
さりとて同僚にたかるわけにもいかず。

というわけで、にわか経済難民が誕生するはこびとなりました。
元々はどうせあとで返ってくるんだからと気前良く使ってしまったファミアが悪いのですが、
まあ所詮お貴族様の金銭感覚なんてこんなものですね。

はたしてこの裏にも元老院の思惑があるかは定かでないところですが、
何をどうするにせよ今のファミアでは役に立ちそうにありません。
眼や耳から入ってきた情報も、記憶はしているけど理解が追いつきませんでした。
なので、マテリアの行動に対して意見を挟むことも不可能です。

新たな英雄を作るにはどうするか――。
ものすごく手っ取り早いのは強い敵を打ち負かすということです。
幸い、今の帝国にはそれなり以上の働きをして一部には名の知れた遊撃課左遷小隊という都合のいい相手がいます。
元老院からすれば前の番犬を屠殺して、今の番犬に餌として与えるようなものでしょう。

もちろんただ殺すのでは外聞が悪いので、なにか粗相をしたという名目が必要になります。
例えば、蛮族と結んで反乱を企てた――
つまり飼い主の手を噛んだ犬なら、これはもう殺処分されても仕方がないですね。

元老院がそこまでやるかはもちろんファミアにとって未知数ですが、
タニングラードからここに至るまでの一連の動きを鑑みれば
警戒はしておくに越したことはありません。

――と、まあ、正常でさえあればこういった理屈を述べてマテリアを止めるところなのですが、
あいにくそろそろガラス玉を飴と間違えて舐めだしそうな領域に差し掛かっています。
取り急ぎ栄養を補給する必要がありますね。

【パンをくれたらなんでもします】

151 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw :2012/11/06(火) 02:20:15.86 0
降り注ぐ穏やかな陽光は大地を包み、緩やかに木々の葉へと飲み込まれていく。
撫でる様に風は流れ、青々と茂る草花に動きを与えている。
そしてその緑の隙間を縫うようにして走っていくのは、茶の体毛の小さな親子の獣。
響くのは風の音と虫の声と動物の声だけ。

そこには平穏があった。泣きたくなる程の安寧があった。
……だからこそ


「――――ただいま」


ここが僅か数年前まで一つの町だったと、誰が信じるだろうか。
一夜にして炎に飲まれ、地獄と化して消え去った町が、ここにあったなどと。

・・・・

苔を落とされ小奇麗になった御影石の墓標に、フィン=ハンプティは白い花束を備える。
服装は常のものではなく、僅かな小物で飾られた黒い上等な服……貴族の礼服である。
トレードマークのバンダナも被らず、代わりに右眼を眼帯で覆い、ただ一人の青年としてフィンは
墓石――そこに名前を刻まれた人々と対峙していた。

「本当はもっと早く来るべきだったんだけどさ……英雄になってから来るなんて自分に言い聞かせてたら、遅くなっちまった」

寂しげな笑みを浮かべるフィンは、草の上に静かに腰を下ろす。

「本当に悪い。色々心配かけちまっただろうしさ、話してくよ。
 あれから、色々あったんだ。本当に、沢山の事がさ――――」

そして彼は語りだす。家族と多くの領民の命を対価に自身の命を拾った過去の、その後を。
歪んだ自暴自棄な生活を。とある左遷小隊に配属された事を。
友を失った事を。理想を失った事を。

やっと、前を向けそうだという事を

152 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw :2012/11/06(火) 02:21:11.22 0
―――――


日は傾き、黒鳥の声が聞こえる様になってきた
朱く染まった風景は一日の終わりを告げる。

草原に伸びる影は二つ。

既に話す事も無くなったのであろう。座り込み、ただ黙って墓石を見つめるフィン。
そして、もう一人。

「おかえりなさいませ、若様」
「……久しぶりだな、レオ爺。けど、もう家は無いんだから若様はやめてくれよ」

フィンと同じように喪服を着た、初老の紳士。
レオワーレ……かつてのこの地方の領主、ハンプティ家で使用人として働いていた男だ。
彼は大強襲の際には休暇を取り生家へと帰省していた為、使用人の中では唯一生き残りを果たしていた。
レオワーレは墓石にフィンと同じ白い花を手向けると、座り込んでいるフィンの背後に立ち、背筋を伸ばす。

「いいえ、私にとって若様はいつまでも若様でございます……それは、生き残った領民達にとっても。
 彼らは若様がこの地に戻ってきてくださる事を今も待っておりますよ」

「冗談は――いや。この街の人たちは皆いい人だったから、本当にそう言ってくれてるかもしれないな……けど、それはダメだ」

かつてのフィン……生き方の為に自身を殺し、人形のような英雄志願者であった頃のフィンを知るレオワーレは、
自身の言葉を頭から否定しないというフィンの変化に少し驚きつつ、それでも努めて冷静に続ける。

「何故でございますか? 確かにこの地方の領主としての権限は国に一時返上されておりますが、
 若様は未だハンプティ家の当主で、貴族です。時間はかかりますが、再度領地を得る事はできましょう。
 大侵攻の事を気にされているのなら、あれは誰のせいでも――――」

振り返ったフィンは、レオワーレの口元へ掌を向けその言葉を遮る。

「……いいや、あれは俺のせいだよ。俺は、それだけは間違えちゃならねぇんだ。
 俺を守る為に俺の家族や使用人の皆は死んだし、俺を守る為に俺の家族は領民を守れなかった。
 そんな俺に、この領地に生きてる奴らの日常を預かる資格はねぇ。
 ただのエゴだけどさ……例え過去を吹っ切ろうと、理想が砕けようと、そんなモノとは関係なしに、
 俺は、あいつらの死を一生背負わないとならない――――いや、背負っていくべきなんだ」

快活な……けれども寂しげな笑みを湛え「まあ、そう気づかされたのはつい最近なんだけどな」と繋げると、
フィンはゆっくりと腰を上げる。
レオワーレはそんなフィンの背中を、何かを背負い、地に足が付いたかの様なその背中を、どこか遠い所を見る様な優しい瞳で眺める。

「……若様。どうやら、良き出会いを成された様ですね」
「……ああ、そうだな。俺は、本当にいい友達と出会えた。そいつらの為なら、生きてもいいと思える程の奴らだよ」


レオワーレは恥ずかしそうに頭を掻くフィンの背中を見て微笑むと、深く一礼をする。

「いいえ。腕によりをかけたホットケーキを作って、お待ちしております」

そんなレオワーレの言葉に左手を挙げる事を返事とし、フィン=ハンプティは任務へ向かう。


瞳以外が深紅に染まった右眼を眼帯で隠し、日常で動かす事の叶わなくなった右腕を下げ、向かう。




遊撃課フィン=ハンプティ――――その最期の任務に。

153 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw :2012/11/06(火) 02:22:58.41 0
・・・



「よう!!久しぶりだなお前ら! しっかり休めたか……って、あれ?誰もいねぇ……
 ……なんだよ。せっかく土産に蜂蜜のマフィン買ってきたってのに、つまんねぇの」

短い休日を終えた後の任務、それは遊撃課の始まりの任務と同じく列車による移動で始まる事と成っていた。
そして、その任務のブリーフィングの為に設えられた一室に、小気味良く列車の床板を踏み鳴らしながら近づき
勢いよく扉を開けた者が一人。
右腕を隠すようにマントを着込み、銀の縁取りがされた黒の眼帯を右眼に装着したその人物は、室内に誰もいないのを知ると、
不満げに唇を尖らせ、手に持った香ばしい香りが漂うバスケットを床に置き、椅子へと腰かけた。

青年の名はフィン=ハンプティ。遊撃課の一員にして、天鎧の遺才を持つ者である。

さて、このフィン。自身が入った一室に知人が誰一人いない事に不満げな様子を見せている様であるが、
現時点で他の遊撃課隊員がいないのは仕方ないといえよう。
何故なら。ブリーフィングの開始時間は二時間も後であるのだから。
……どうやらフィンは僅かな休暇を終え仲間と会えるのを楽しみにしていた為に、こんなにも早く出勤してしまったらしい。
様々な経験を経て成長した部分もあるとはいえ、どこか子供っぽいのは生来の性格であるのだろう。

そんな訳で、椅子に背中を預け手持ち無沙汰にしていたフィンであったが……

「ん?なんだこれ?」

彼はそこで、黒板に書かれた文字を初めて目に留める事と成った。
それがどれ程に絶望をはらんだ内容なのかも知らずに。

>『本任務概要』

その無機質な文字が示しているのは――――事実上の流刑の指示だった。
任務といえば聞こえはいいが、その内容は諍いが絶えぬ土地に封じ込めての飼い殺し。
ある意味ではタニングラードの従士達に架された怠惰という毒よりも過酷な緩やかな自害命令。
それは、これまでの遊撃課の実績に対してあまりに過酷な……否。
別の視点から見れば、あまりに適切な命令であった。

「は……なんだよ、これ……」

だが、フィンが見て固まった部分は「そこ」ではない。
フィンが常の表情すらも消して、呆然と呟くしかなかったその文面とは

>『ブライヤー課長は行方知れずのため、本日を以て解雇とする。現場での判断は各自行うこと』

黒板の端におまけの様に書かれた人事通告。
ボルト・ブライヤー……遊撃課課長の、解雇と失踪を告げる文面。
文章を読み進めるフィンの背には冷たい汗が流れ、反面全身の血管が沸き立つような熱を感じる。

賢いとは言えないフィンでも予想する事は出来る。
あのボルトが、誰にも知らせず行方不明になる訳などない事を。
ここに「誰か」の陰謀や、何らかの事件が絡んでいる事を。

そしてその予想は、机上に乱雑に置かれた新聞を見て確信に変わった。

そこに記されていた『見知らぬ』遊撃課の面々の念画。
その『見知らぬ』面々の中に映る見知った仲間――――スティレットの、感情の消えた顔。

154 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw :2012/11/06(火) 02:27:02.48 0
振り下ろされたフィンの拳が木製のテーブルを揺らし、反動に耐え切れず赤い血を滲ませる。

「……くそっ!!ふざけんじゃねぇぞ……っ!!前は俺達を犯罪者に落とそうとして、今度はこんな真似をすんのかよ……!!」

公務員であるボルトを、失踪扱いで世間から消し去ろうとする事が出来るもの。
貴族であるスティレットを『運用』出来るもの。
そんな存在がいるとすれば、それは……帝国内でも強力な権力を持つ者である事は間違いない。
フィンの脳裏に、かつて遊撃課の隊員全てを捨て駒にしようとした作戦が書かれていた羊皮紙の事が思い浮かぶ。

「っ……落ち着け。落ち着くんだ。考えろ……今、俺が暴れたってどうにもならねぇ。
 どうすりゃボルト課長を助けて、あいつらを不条理から救い出せる……!」


かつてのフィンであれば、この段階で激昂して勇猛果敢に列車を飛び出し帝都にでも向かったのだろう。
或いは、異民族に苦戦する見知らぬ人々を助ける為の大義ある任務だから、少々の犠牲はしかたないと、
新聞とボルトに関する事項を隠滅し、列車に残ったかもしれない。
だが、今のフィンはその行動を取る事は無い。今この段階でそんな行動を取れば、列車に残る遊撃課の面々がどういう扱いを
受けるのか想像に難くないからだ。故に、フィンは考える。普段使わない思考を歯を食いしばりながら巡らす。

・・・

>「そんな……これじゃあ、体のいい飼い殺しじゃ……!それに課長が行方知れずって、まさか……」
>「なんで、ホタルはすぐ死んでしまうのでしょう?」

……二時間の後。遊撃課の面々は続々と集まってきていた。
彼らも当然、フィンと同じように黒板の文字を見つけ、その異様な事態にざわめき出している。
一部明後日の方向に呆けている者もいなくもないが、やはりそこには混乱しか存在していなかった。
常であるならば、この様な場面ではボルトが指示を出すなりして治めるのであろうが、ここにはそのボルトがいない。
天才達は常に自分たちの傍に在った楔の様な人物の喪失に、意識的にせよ無意識にせよ、浮足立っている様に見える。

155 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw :2012/11/06(火) 02:28:31.71 0
そんな中で、フィンは左腕でその右腕を抑えながらただ黙って壁に背を預けていた。
一言も発する事無く、遊撃課の面々の言葉を目を瞑り聞いていく。
それは、彼を知る人物にとっては少々奇妙な光景だろう。

>「……列車を止めるなら、動力室を探して下さい。
>これだけの質量を動かす為には、大規模な魔導炉が必要な筈です。
>すぐに見つけられるでしょう」

>「でも、私の思いは変わってません。遊撃課は、素晴らしい部隊です。
>あなた達がいてくれなかったら、私は、タニングラードも、ウィットさんも助けられなかった。
>私は、遊撃課を終わらせたくないんです。だから……ごめんなさい」


……そんなフィンが口を開いたのは、マテリアが
遊撃課を、自分たちの大切な『居場所』を守りたいという想いと、ボルトの安否を知りたいという想いの板挟みになりながら、
悲痛な自己犠牲の覚悟が見える笑みを浮かべ、ヴァフティアへと向かうと述べた直後の事だった。

「そうだな!その通りだ、鉄道をぶっ壊して帝国行こうぜ!マテリアが一人で残ってくれるなら
 遊撃課も消えないし、戦力的にも問題もねぇだろうからな!!」

その声に乗せる様に微笑と共フィンがに告げたのは、マテリアの意見を全面的に肯定――――するかの様に見える台詞。
フィンは努めて平静を……『ついこの間までの』自分自身の雰囲気を意識して作りながら、続ける。

「大事な仲間の課長が危ねぇってのに、黙ってるなんて選択はねぇぜ!!
 ここで助けにいってこそ、遊撃課として最高にかっこいいってもんだろ!?
 ファミアにセフィリア、ノイファっちも、色々体面はあるだろうけど、
 家が負う危機とか、泥が付く名誉とか、そんなくだらねぇもん無視して付き合ってくれるんだろ?それが仲間ってもんだもんな!
 スイも頼りにしてるぜ!お前がいれば、正義を挫く悪い奴らをボコボコに出来るだろうからな!!」

一人一人に、投げかけるのは怖気のする正義論。
物語の英雄じみた破滅論理を投げかけながら、フィンは皆に帝国行きを薦める。
それは、これまでのフィンであれば、自然な言葉ではあった。




(そうだ、これでいい……何も、全員が危ない橋を渡る必要なんてねぇんだ。
 仲間の為に危ない橋を渡るのは、俺一人でいい。
 それに、一人なら裏切り者がいても……そうだな、例えば『潜伏していた魔族』が脱走しても、
 遊撃課全体は解体をまぬがれるかもしれねぇ。
 幸いかどうかは知らねぇけど、俺の『天鎧』ならなんとか列車を壊さなくても死なずにこっそり『途中下車』出来るだろうしな……)

かつての自分がどうであるか知ったからこそ、フィンはその歪んだ正義を姿見にし、
逆に皆が帝国に行く事を躊躇うように仕向ける。そうして、自分一人で帝都へ向かう事を画策する。
それが、二時間考えに考えた末、フィンの愚かな結論だった。


【考え抜いた末、帝国行きを忌避させる為に皆に帝国行きを煽る事に。
 最終的には自分一人が脱走して課長を助け出し、遊撃課を存続させようと考えている】

156 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/11/07(水) 00:14:11.24 0
雪の街での戦いは私を成長させました
双剣のガルブレイズが剣を持たずに戦ったのは後にも先にもあの場所だけでしょう
タニングラードでの出来事が今では遠い昔のように思えます
あの任務から帰って来た時の、私の姿をみた母が卒倒したのはついこの間のことなのに

今は私は帝都にあるガルブレイズ家の上屋敷にいます
帝都ぐらしが長い私は所領の本邸よりもこちらのほうが馴染みがあります
学校に上がる時から帝都にいますから……

窓から見える景色は春が近いとはいえ、冬の寒さが続く街路
厚着をした通行人が足早に歩いているのが見えます
暖炉からは熱い空気が送られ、外の寒さから隔絶された室内
私の身を包む、上質の絹で織られたドレスは眼下を歩く人のどれよりも高価でしょう
私は恵まれているなと思いつつ、私は街で最後の記憶に思いを馳せます
それは脱出の時にとなりで戦った少年のこと……

>「教えてくれ。お前の言うように、『誰かの為に命を賭けたい』想いは、確かに愛だろう。
 『貴族としての矜持を守り、尊厳を重んじ、恐れるべきは死よりも恥』が騎士道だろう。
 なら『死ぬまで他人の心を省みず、己のエゴを貫き通す』想いは、一体何なんだろうな」

自分の心の中を吐露した長い言葉でした
戦いの最中に吐き出すにはいささか多かったとは思います
それほど少年……ロンと言いましたか?
私の言葉は鋭い一撃だったのでしょう
彼を殴った拳よりも……

「……私がそれをあなたにお教えするのは簡単です
あなたの言葉でそれが何であるかは理解できました
しかし、それは自分で見つけてください」

私はそう彼を突き放しました
敵対していた現地の従士隊からの攻撃をいなすのに忙しかったわけではありません
彼の言葉こそ自分で考えて答えをだすもの
……いえ、すでに彼の中に答えはあるのでしょう
ただ適当な言葉がわからないだけだと私は思います

>「リア、聞いてくれ。
 俺は大清国の人間だ。例え貴族であろうと、女子が武器を取り戦い血で穢れる事を良しとしない考えを持つ子供だ」

「それは至って普通の考え方だと思います
私自身女子供が手を血で濡らすことを良しとは思ってはいけません」

ならなぜと、問いかけが返ってきそうではありますが私は続けます

「しかし、私自身に当てはめるなら話は別です
私は覚悟を持っています。この手を血で濡らす覚悟が!」

それで彼から返ってきた言葉はこうです

157 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/11/07(水) 00:15:02.68 0
>「だから今から君をちょいと倒して、闘いのない城壁の外に投げ捨てる!」

ここでこの発言は問題があるとは思いますが
彼のこの言葉はむしろ私の今までの評価を大きく変えました

>「それを良しとしないと思うなら、俺を殴れ。肉を潰し骨を粉砕し内臓を抉れ!俺を殺す気で来い! 
 畜生と同等に斬り捨てて豚の餌にする覚悟で、俺の価値観全てを、俺そのものを全て消して語れ!」

少々芝居がかった言葉につい失笑してしまいます
周りを見てから言ったらどうかという忠告を喉の奥に押しこめ、黙って聞くことにしました
従士隊をパイプで殴りながらですが……

>「君の言う貴族を、騎士道を守りたいなら、忠告する!容赦は捨てるんだ!俺がそうするように、相容れぬ価値観は捩じ伏せろ!
 それが情けってもんじゃないか。俺はそれを、甘んじて受ける!出来るだろう、君が貴族ならば!」

「もとよりあなたは敵でしょう?
ですので容赦するつもりはありません、それにあなたの心意気に応えるないのは私の矜持に反します
全力で御相手しましょう」

……といったところでナーゼムさんに頭部を殴られロン少年はあっけなく意識を失ったようです

「たしかナーゼムさんと言いましたか?
助かりました・ありがとうございます」

ありがとう……まさしくお礼をいう場面でした
少年のリビドーをぶつけられるというのはあまりない経験でしたので
かっこ良く答えたつもりでしたが、なかなか冷や汗モノの受け答えでした
その後に続く人もなかなかあれでしたが……

>「お互い不満もあるでしょうけどこの勝負、あたしが買い取るわ。
 ――あんたも満身創痍の平民ボコってノーブルハッピーなわけじゃないでしょう?
 安心なさい、このロンは、ちゃんと体調と信念を万全にしてあんたにぶつけてあげるわ」

「ええ、期待させてもらいます
彼の想いにことえるのは彼を殴った私の責務でしょう」

私は責務という言葉を使いました
彼を悩ませてしまった責任……
それを私は取らなければなりません
彼を一人の戦士として扱うためには……

>「サムエルソンの中の人、あんたは正しいわ。でもあたしは、うちのロンも同じように正しいと思ってるの。
 だからあんたたちは戦いなさい。戦って、捩じ伏せて、自分が正しいって認めさせなさい」
「『勝ったほうが正義』――シンプルでしょ?」

「シンプルなことはいいことです
メニアー……クローディアさん、再戦お待ちしております
あなたは……いいのですか?」

過去、彼女との戦いを思い出し、つい言葉が口から漏れました
あの戦いは私の心を熱くさせました
いままでのどの戦いより

私は彼女の答えを聞くこともなく、その場から去りました
彼女との別れ際……

158 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/11/07(水) 00:15:39.86 0
>あたしたちも一旦帝都に戻るわよ。ロンに精密検査を受けさせないと」

「そうですね。それは是非そうしたほうがいいかと
それと私はセフィリア・ガルブレイズ、次は敵としてではなく帝都のカフェででもお会いしたいですね」

それが社交辞令以上の意味を持つとは思ってはいませんでしたが
私の本心でもありました
私はクローディアさんとは争うのではなく、年頃の女の子の会話……いえ、それは高望み
せめて、貴族と商人との商談ぐらいのお話でも構いません
ただ……こうして彼女の部下や、彼女自身とこれ以上敵対するのはなんとなく嫌になりました

敵を知るということは百戦危うからずですが、敵に踏み込むというのは百害あって一利なしですね
……敵にならなければ素晴らしいことなんですが

159 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/11/07(水) 00:16:11.23 0
薪が暖炉の火で崩れ落ちたところで意識が現実へと戻ります
ちょうど侍女がお父様が帰ってきたので、食事の時間だと伝えに来ました
これから彼女の月給の半分はあろうかという、いつもの夕食の時間です
私は騎士で貴族です
生活を支えてくれる人たちのために私は生きましょう
それがノーブルというものです

このときはまだ私を支えてくれる、もっと身近な人たちのことはそこには数えられていませんでした
私はずっと独りで戦っていたつもりでした


「そろそろ従士隊などやめたらどうだ?」

食事の最中、父がそう切り出してきた
後に続く言葉を葡萄酒で流し込んだのでしょうか?
短くそれだけ私に向かって絞り出したといったご様子でした

「そのつもりはありません
今の職場で私はなにもなしてはいませんし
そもそも出向中です」

「そんなことはどうでもいい
私はお前に軍人になれと言っているのだ
お前はなにも成してはいないいったな?
従士隊ごときでなにを成すというのだ?」

なにも応えることができませんでした
私は遊撃課でいったいなにをしてきたのでしょうか?
私はなにをするつもりなのでしょうか?
私の前は帝都を包む夜の闇のようでした
そして私が部屋に戻ろうとするときにお父様が私にかけた

「私はお前の身が心配だから言っているのだ……帝都の闇は深いぞ」

妙に引っかかる言い方でした……

160 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/11/07(水) 00:16:42.29 0
「……おはようございます」

部屋にはすでに何人かいましたがブライヤー課長のお姿はありませんでした
特に疑問にも思わず
私は家から持ち込んだ紅茶を淹れ、一口すすり眼鏡をかけ黒板に書かれている
任務内容でも確認しようと顔を上げました

>『本任務概要』

「……国境警備が従士隊の任務?軍ではなく?治安維持でもなく?」

おかしな任務だなとは思いましたが、続く言葉で合点がいきました

『ブライヤー課長は行方知れずのため、本日を以て解雇とする。現場での判断は各自行うこと』

「ブライヤー課長が行方不明?」

いきなり上司が行方不明と言われても困ります
この状況はあまりにもおかし過ぎます
列車が動き出します
事態が動き出します
私たちは動くことができない……動く材料が見つからない
そういった空気が部屋に満ちていました
私は紅茶を口に運び、少しでも気分を落ち着かせ、頭を働かせようと努めました
たいていの問題は紅茶を一杯飲んでいる間に解決するものだといいます……
あれ?コーヒーだったでしょうか?
そしてひねり出した言葉は……

161 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/11/07(水) 00:17:23.85 0
「スティレット先輩はどこにいるのでしょうか……?」
この場にはあのひと以外は全員揃っています

私の目の前に今日の朝刊が現れました
誰かが私に差し出したのでしょう
私の目に飛び込んできたのは……

「先輩はなにをやってるんですか!!」

もし彼女が笑顔で写っていたのなら祝福の言葉でも言えたでしょうが
なんですかあの顔は!!


>「なんで、ホタルはすぐ死んでしまうのでしょう?」

「え?ホタル??なにかの暗号でしょうか???」

アルフートさんの言葉の罠に引っかかりそうになりながらも
ヴィッセンさんが私達全員に放った言葉にすぐに意識はむかいました

>「……列車を止めるなら、動力室を探して下さい。
> これだけの質量を動かす為には、大規模な魔導炉が必要な筈です。
> すぐに見つけられるでしょう」

「列車を止めるなんてまどろっこしい真似を!!
私のサムエルソンで行きます
そのほうが早いです」

>「大事な仲間の課長が危ねぇってのに、黙ってるなんて選択はねぇぜ!!
 ここで助けにいってこそ、遊撃課として最高にかっこいいってもんだろ!?
 ファミアにセフィリア、ノイファっちも、色々体面はあるだろうけど、
 家が負う危機とか、泥が付く名誉とか、そんなくだらねぇもん無視して付き合ってくれるんだろ?それが仲間ってもんだもんな!
 スイも頼りにしてるぜ!お前がいれば、正義を挫く悪い奴らをボコボコに出来るだろうからな!!」

「ハンプティさん……私にとって名誉を傷つけられることはまさにいまの現状です
私は貴族として……誇りある騎士として帝都に戻りこのようなことをする輩を断罪しなければなりません!!」

そしてあのお馬鹿な先輩を連れ戻さなければなりません!!

【いの一番に部屋を飛び出しゴーレムの元へと向かう】

162 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/11/13(火) 01:28:58.49 0
「これをどう思う?」

バラを模した柵に囲まれた"人魚姫"の名を冠する娼館の一室。
椅子に深々と腰かけた妙齢の女性が放って寄越した紙片を、ノイファはゆるりと手繰り寄せる。

「絵画ですか?でも……。」

掌に納まる程度の紙片に描かれた街並み。
その建築様式から帝国内で無いという程度は判るが、取り立てて風光明媚という訳でもない。
わざわざ写し取る価値を見いだせないような、至って普通の風景がそこにあった。

「なんというか……随分と緻密な作風ですね。」

帝国内外で目にする絵画と比較しても、他に類を見ないほど細緻な作風。
まるで風景をまるごと切り取り紙の中に封じたのではないか、と思える程真に迫っているのだ。
写実派の大家と呼ばれるような人物でも、これ程の代物は完成させられまい。

「こいつはね。共和国の変態どもが完成させた、列記とした"技術"の結晶さ。」

たおやかな、それでいながら魂を鷲掴みされるような、笑みを浮かべながら机越しに座るマダム・ヴェロニカが嗤う。
"転写"と呼ばれる魔導術を発展させたようなシロモノ、と説明されたところで想像するのも容易ではない。
帝国における姿形の伝達手段は、先に挙げたように描写するか、あるいは"念画"と呼ばれる魔導術が主な方法だ。
情報系統を修めた魔術師でもなければ、ましてや技術者でもないノイファでは無理もない。

「とにかく、この技術が簡単に使えるようになれば、それこそ世界が変わるってものだよ。例えば――」

この娼館が持つもう一つの顔、諜報分野がまさにそうだ。
いかに変装を重ねようと、骨格や鼻梁、目尻といった細部まではなかなか変えられるものではない。
描画や念画では特徴を掴めても、それ以外では不正確な部分が間々あるのが現状だ。
ところがこの技術なら細部すら正確に写し取れる。より精密な活動が出来ようというものである。

「――娼婦の姿絵とかねい。」

ため息と共にノイファの肩がガクンと落ちる。
最新技術の結晶を、あろうことか春を買う際の目利きにと来たか。
真面目に頭を捻ったのがまるで馬鹿みたいではないか。

「うーん……難しいのじゃないですか?ここまで暴かれてしまったら誤魔化しが効かないでしょう。」

紙片を机に放り肩を竦めるノイファ。
放られた紙片を指で挟み取り、ヴェロニカが笑う。

「最もな話さね。うちみたいに粒揃いなら問題ないのだろうけどねい。
 ま、仰ぎ見てる内が華ってことさ――」

163 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/11/13(火) 01:29:38.71 0
「――さて」

その一言を切っ掛けとして、マダム・ヴェロニカの纏う空気が一変した。
まるで氷室の中に押し込められたかのような錯覚。喉元に剣先を突き付けられているかの如き威圧感。
相対するのも憚られる、帝都の暗部を見続け渡り歩いてきた者の持つ、それ。

「緊張も解れたところで所で本題に入ろうか。こいつだ。」

(結局こうなるのなら前振りは要らなかったですけどね)

内心で上司に悪態を吐きつつ、ノイファは差し出された紙片を受け取った。

「比較的上層のハードルですね、12から15あたりってところでしょうか。
 そしてこれは……血痕?」

どう見積もっても致死量に達している量の鮮血。
良く出来ました、とばかりに頷きを返すヴェロニカ。
ゆるやかな動作で机に肘を付き、一呼吸の間を置いて口を開く。

「ボルト=ブライヤーの物だよ。」

「――っ!?」

ぐしゃり、と音を立てて紙片が歪む。
両の腕を勢い良く引き寄せ、食い入る様に紙片を睨みつける。
ぎりぎりと紙に食い込む指先。紙片の端が圧力に屈し、千切れるのも最早時間の問題と思われたその時――

「――と、言われている。」

「……え?」

その言い様に、思わず間抜けな声をあげ、ノイファは頭を上げる。
伝聞。また聞き。風の噂。言い方は多種あれど、情報を精査することを命題にすらしている諜報屋が口にして良い言葉ではない。
ましてや机一つを挟んだ向こうで、椅子にその身を沈めているのは、国内外でも屈指の諜報部隊を率いる総元締めだ。

「実行から調査追跡、現場の封鎖に後始末までが異例の速度で行われたよ。
 まるであらかじめ決まっていたことみたいにねい。こんな図面を描けるやつなんて限られるだろうに。
 ホントに、うちらの庭先で大それた真似をしてくれたもんさね。」

マダム・ヴェロニカの口の両端が、獰猛に吊り上る。

「まったくです。誰に喧嘩をふっかけたのか教えてさしあげる必要がありますねえ。
 "天球儀"もすでに動いてるのでしょう?なら早速私も捜査に加わります。」

ゆるりと離した両腕の、片方は掌を広げ、もう片方で拳を握り、一気呵成に打ち付ける。
  
「重畳。と言いたい所だけど、相手さんも次の手を考えてるようだよ。
 ま、こっちは私たちで受け持つから、そっちはそっちでしっかりやりな。」

マダム・ヴェロニカが差し出した書簡には、元老院付けの遊撃課召集の命令が納められていた。

164 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/11/13(火) 01:30:23.73 0
大陸横断鉄道『ヴァフティア』行き政府特別便。
本来なら個室を購えない乗客たちを詰め込むための一般車輌を、まるまる一つ使って急造された見慣れたブリーフィングルーム。
これまた急拵えなせいか、車輌内に取り付けられた黒板が列車の待機駆動に併せ小刻みに揺れる。

黒板に刻まれた任務内容は、どう好意的に解釈してみたところで『厄介払い』以外の何物でもなく。
別の場所へと視線を移せば新聞の一面に踊る"遊撃課"新設の煽り文と、見知らぬ構成員が写った念画が拍車をかけてくる。

(……まさか遊撃課が積み上げた功績を横取りするのが目的、なんてことはないですよねえ)

そもそも積み上げた功績がない。
やってきたことと言えば、大きなところではゴーレムの拿捕を命じられながら街一つを半壊させたこと。
観光地一つを滅茶苦茶にしての墓暴き。そして元老院の意向をまるで無視した自由都市の大掃除、くらいのものだ。
一つとして大っぴらに喧伝できることはなく、知名度なんて未だ底辺も良いところだろう。

(なら、ブライヤー課長を失踪させて、強引な方法で新しい"遊撃課"を打ち建てて、その真意は何なのでしょうかね)

意のままに出来る新造部隊が欲しいだけならば、ここまで回りくどい手法を使う必要などない。
少なくとも、帝国三剣の一つである組織でそれなりの地位にある人間を消すよりは、ましな方法はいくらでもあるだろう。

(明確に邪魔だと思われているってことですよねえ、私たちの存在、あるいは実行力が)

ため息を吐き出しながら、組んだ拳を口に押し当てる。
憶測の域を出ない。判断材料が少なすぎる。そして足りない部分を埋める情報も早々手には入るまい。
後手に回っているのを痛感する。

>「先輩はなにをやってるんですか!!」

等々というべきか、自然の成り行きというべきか、不満が爆発した。
セフィリアの怒声を皮切りに、マテリアが列車の破壊を進言し、フィンがボルトの救出を掲げ、ファミアが虚ろな眼差しで鞘翅目の儚さを嘆く。

本音と建前、虚と実、そしておそらく空腹感。
加味すべき部分は多分にあれど、概ね根底にあるのは遊撃課をこのまま終わらせたくないという一心なのだろう。
ならば答えは出ているも同然だ。誰かは知らない相手だが、こちらに牙を剝くというのなら引っかきまわしてやるだけのこと。

「遊撃課も"守る"。ブライヤー課長も"助ける"。大いに結構、それで良いじゃない――」

セフィリアとフィン、この二人ならヴァフティアに行かなくともどうとでも説明がつけられる。
一人は大貴族の娘として、もう一人は少し前まで満身創痍だったため。残る二人もどちらの選択をしたとして然程問題あるまい。
但しその逆もある。相手は『銀貨』の介入を避けるため、異例の速さで失踪から処分までの処理を終わらせている。
ならばヴァフティアに姿を現さなかった場合、最も警戒されるのは自分だろう。

「――どちらか片方だけを選択するとか、部隊一丸で行動する、なんて常識に嵌ってあげる必要なんてないわ。」

どちらを選んでも相応の妨害があるのは間違いない。
なら相手の策ごと食い破ってやるのみだ。

「というわけで、マテリアさん。私はヴァフティア行きに便乗させてもらうわ。多分相手も待ってることでしょうしね。
 どこまで調べたのか知れないけれど、押し込めた先が『結界都市』だったことを後悔させてあげましょう。」

 
【ノイファ、ヴァフティア行きに便乗。】

165 :名無しになりきれ:2012/11/15(木) 19:53:44.09 0
保守

166 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/11/18(日) 19:22:40.14 0
目の前に広がるのは、だだっ広い草原。
スイは今、師父を喪った場所にいた。
遺才を使い、軽い休みを入れながら、飛び続けること一昼夜。
あれほど行けなかった場所が思いの外近かったことに、スイは小さく嘲笑を漏らした。
どっかりと腰を下ろし、スイはぽつりぽつりと近況を呟きだした。
師父と別れてからあったことを大まかに、特に遊撃課に入ってからの事を細やかに伝えていく。
そういえば、とスイはさらに楽しそうに付け足した。

「さっき言った課長、あの人な、俺の事『仲間』って言ってくれたよ。」

そう言ってペンダントを取り出そうとした時、その存在がないことに気がついた。
ボルトに預けたままだったのだと思い至り、安堵のため息を吐き出す。
持っていなくても師父は許してくれるだろう。
仲間を頼れと、力強く言い放ったボルトのもとにペンダントがあることを、むしろ誇りに思っているかもしれない。

「じゃあ、そろそろ行くな。……また、いつか来るよ」

手土産として持ってきていた酒の瓶をひっくり返す。
音を立てながら土に染み込んでいくそれを眺めながら、スイは心から笑みを浮かべた。
ようやく、真実と真正面から向き合えた気がした。


*  *  *  *  *  *


書簡による招集命令の通り、スイはきっかり五分前に列車内に乗り込んだ。
もうほとんどの者が集まっていることを横目で確認しながら、肝心の人物がいないことに気付く。
その代わりにあったのは、概要が書かれた黒板のみ。
任務内容は誰がどう見ても分かるほど単純明白。

(要は、大人しくしていろってか)
>「そんな……これじゃあ、体のいい飼い殺しじゃ……!それに課長が行方知れずって、まさか……」

まさに、マテリアの言ったとおり、そのままだった。
誰もが、考え始める。
このまま、ヴァフティアに行くか、それとも帝都に戻るか――
皆が徐々に思い思いに決め始めていた。
フィンと、今まさに飛びだしていこうとしているセフィリアは帝都へと向かうだろう。
マテリアとノイファはこのままヴァフティアへ。
ファミアは飢えているので今は判断するのが少々困難だ。
ならば、とスイは立ち上がった。

「フィンさん、セフィリアさん、俺はあんた達について行こう。別に鉄道を壊さなくてもいい。列車から飛び下りれば、あとは俺の風を使えば良いだろう」

問題は、ヴァフティア行きに居なかったことをどう説明するか。
もう、そのあたりはスイの頭では考えることが出来ない。
機転の利くノイファに任せるのが恐らく一番だろう。
そして、つい昔からの癖で持ってきてしまっていた干し肉をファミアに手渡し囁いた。

「すまないが、あなたはノイファさん達と一緒に行ってもらえないか?」

勿論、肉を食べたあと何をするにしても本人の自由なのだが、これ以上ヴァフティア行きに人数が欠けてしまっては危ういとの判断の下、スイはファミアに提案をした。

【帝都行きに賛同。ファミアに提案。】

167 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/11/18(日) 19:24:17.64 0
冬の夜は長い。ロンは医術長屋のベッドの上から、窓の外の景色を見た。
モーゼル邸での戦いの後の記憶が、殆どない。
気づけば怪我はあらかた治り、知らない天井を見上げていた。

寒さとは裏腹に、ロンの頬の熱は未だ収まらない。
あの少女、セフィリアと言ったか――彼女へ吐いた言葉の一つ一つを思い出し、未だ赤面する。
骨折の熱に浮かされて、自分はなんて恥ずかしい言葉をよくもまあつらつらと語れたものだ。
加えて、一番大事な社長を危険に晒す所であった。

(未熟も未熟だな、俺も……あー駄目だ思い出すと恥ずかしい!恥ずかしすぎる!あああ穴があれば!いっそ掘って埋もれたい!)

うおおおお、と布団にもぐりこみ悶絶する。

(…………全身が痛い)

ふと、シーツでくしゃり、と何かが潰れる音がした。
音を頼りにまさぐると、一枚の紙が出てくる。あ、と小さく溜息がもれた。
文章には、ご丁寧に帝都の言語で「大清国に帰って来い」との旨が記されてあった。
父が死に、家督を継いだロンは、追放命令が出た父と違い清国に帰る権利がある。
けれどもロンは、元より故郷に帰るつもりはなかった。
このまま暫くは、クローディアの下で働くつもりだ。国にも帰らないと返事は出してある。

(でも、ずっと居られる訳じゃないんだよな)

そう、いずれは一人立ちする日が来る。
或いは大人になり、家庭を持ったり、何か別の目標を胸に別れを告げるかもしれない。
まだ先の事を考えたくないというのは、子供の我儘だろうか。



>「内臓に損傷がなかったってのが大きかったみたいね。複雑骨折は確かに重傷だけど、重体にはならないから」
翌朝。いつもの商会メンバーが見舞いに来ていた。
ベッドの上には小山よろしく積み上げられるリンゴ、リンゴ、リンゴ。
甘酸っぱい匂いが鼻腔を突く。果物は嫌いではないが――些か多すぎではないだろうか。

>「ふふふ、やはりあたしは天才っ!このぶんなら、今日中にうさぎさんカットまで習得できそうだわ……!」
(目が据わってる……!これ全部俺が食うのか……!?)
いくら育ち盛りとはいえ、量が多すぎる。
ダニーに縋る様な視線を送るが、こればかりは頑張れ、と無言で返された。

>「で、そろそろ考えなきゃならないのは次の事業計画ね」
諦めて形の悪いリンゴにかぶりつき、耳を傾ける。
クローディアは日を改めて、再びタニングラードに入るつもりらしい。
ならそれまでに体調を整え、体力をつけねばなるまい。一人意気込み、リンゴを食べるスピードが速まる。

>「ロン、あんたはもうすこしリハビリに励んでなさい。しっかり準備を整えて、春先には事業再開よ」
「オウ、リョウカイだ!」

手を振って見送り、姿が見えなくなった所ではた、と動きが止まる。
目の前のリンゴ、リンゴ、リンゴ。リハビリの前にこの林檎の山を消費しねば次に進めそうにはない。
意気消沈していると、落ち着いた声色のナーゼムが声を掛けて来た。

>「ロン社員、少し散歩に出ませんか」
「……?」

168 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/11/18(日) 19:25:12.09 0
外に出るのも久し振りだ。農地の澄んだ空気を、胸一杯吸い込む。

>「良い気候ですね、ロン社員。もうすぐ春が来ますよ」
「そうだな。まだちょっとサムいけど……」
>「あの谷に上って、草の上に寝転んで、本を読む。私の好きな休日の過ごし方です」
「あははっ。トシヨリくさいぞ、ナーゼム」

馬車や子供たちとすれ違いざまに手を振る。
平和だ。大きな目を細める。牛歩の歩みで道を行く。
モーゼル邸での一件以降、伸びた髪を弄りながら、広い草原を見渡す。
目的地はすぐそこだ、とナーゼムは山羊のようにスイスイと岩場を登っていく。
ロンも負けじと軽い足取りで続く。やけに体が軽い。今までの自分でないようだ。

「わぁ……!」
>「この景色を、クローディア社長にもご覧いただきたいのですが……些か、来るのに手間取る場所でして。
  ロン社員には一足先に。おわかりですかな――これがいまの帝都です」

辿り着いた先の光景に、ロンは感動で息を飲む。
春の訪れを感じる風情溢れる緑萌える景色に、言葉が出ない。

>「帝都大強襲の名残ですよ、この丘は。地形をも容易く変えてしまうほどの戦いが、こんな郊外ですらあったのです」

しかしナーゼムの説明に、表情を曇らせる。
二年前の大強襲。あの大事件で、両親は死んだ。屋敷は現在跡形もなく、別の屋敷が建っていることを思い出す。

>「――大切なものを護らんとする意志ですよ、ロン社員」

ハッと我に返る。ナーゼムから少し視線をずらした位置に、棒が一本突き刺さっていた。
鋼鉄製の黒く艶光りする、紛れも無いロンの得物。
聞けば、社長が自ら修繕と改良を加えて、ロンの為に用意していたものだという。

>「ロン社員」「貴方に決闘を申し込む」

「え……」

ロンの目の前で、ナーゼムは手袋をかなぐり捨てた。
それは即ち、待ったなしの決闘の合図。

>「貴方は何故、あのとき。あのタニングラードで遊撃課を攻撃しなかった。
  彼らはクローディア商会の敵です。あまつさえ、身勝手な価値観で社長を危険に晒した……!」
>「熟睡できないんですよ……貴方がいるとォォーーっ!」

ナーゼムの両袖から、スルリと斧が抜き出る。
魂の咆哮は肌を刺し、危機感を感じ取ったロンの手は得物の棒をしっかと掴んでいた。

>「さあ、武器をお取りなさい。そして私と決闘をしましょう。
  貴方が勝てば、今回の件について不問にします。私が勝ったら――クローディアさんの前から消えなさい」
>「嫌だと言うなら……腕か足を一本、貰い受けます――!!」

169 :ロン ◆1AmqjBfapI :2012/11/18(日) 19:26:07.93 0
キィンッ――――

「――――ッ!!」

挟みこむように振るわれた斧の先を、咄嗟に抜いた鉄棒で受け止めた。
真一文字に突きつけるようにして取っ掛かりにした棒を、捻じる。
力の方向をずらすことにより、威力を相殺。ロンは距離を置く。

「……」

一瞬でも遅れていれば、真っ二つにされていただろう。
痺れて震える手が、彼の本気を証明していた。
冷たすぎる汗が一筋、ロンの額に浮かぶ。棒を持ち直し、ナーゼムを見据えた。

「……悪いがナーゼム。その決闘、了解することは出来ない」

グッ、と拳を握る。
本音を言わせてもらうと、仲間であるナーゼムを傷つけたくないという甘い考えもある。
だがそれ以上に、ロンの拳は、私情の為に使うものではない。

「俺の拳は、社長のためだけに使うものだ。あの人が前進する為の武器だ」

タニングラードで、クローディアは言った。その力をクローディアの為に使え、と。
モーゼル邸の静かな廊下で、確かに誓ったのだ。
私情の為でなく、一感情でなく、彼女の進むべき道の全ての障害を払うためだけに、この拳を振るうのだと。

「あの日の事は、俺も反省している。もう私情で拳は振るわないと、俺は社長に誓ったんだ」

「だから」、と踵に力を踏み込む。

「あえてこの戦い――……”逃げ”させて貰うッ!!」

バッ、と背を向け、走り出す。
ナーゼムは馬鹿にされたと思い、追いかけてくるだろう。それは予測済み。
だがあの場で戦い続け、もしナーゼムが変身する事態になれば只事では済まない。
もっと広い場所を、もっと物が多く隠れやすい場所を。
ナーゼムが迂闊に変身しても、こちらが優位に戦える場所にフィールドを変更する気でいた。

(となると……人通りも少ない、あの場所に――!)

【一先ず逃げる。別の戦闘場所を探す】

170 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/11/26(月) 00:52:51.68 P
【帝都3番ハードル・従士隊本拠・遊撃課事務所】

そもそも、遊撃課は帝都の中に決まった居場所を持たない。
大抵の場合任務の通達は書簡によって行われ、集合とブリーフィングは現地へ向かう移動手段の中で行われる。
通常の労働者が、毎朝定刻に出勤して住処とを往復するような、いわゆる事務所や事業所がないのだ。
だから従士隊の帳簿に登録されている遊撃課の事務所に、当の課員達が集まることは滅多になかった。
本拠の隅に増設された、埃を被った事務所には、窓口担当の連絡課の課員が詰めているのみ。
あとは課長のボルトが書類の整理をしたり、相談役のリフレクティアが暇をつぶしにくる程度だった。

遊撃課とその他の全てのセクションとを取り持つフィア=フィラデル通信官は、帝都で"旧"遊撃課を知る数少ない者の一人だ。
彼女はいつも、事務所の更に片隅に一つだけある念信器で元老院からの下命を受け、手書きで課員達に便箋を送る。
サフロール=オブテインの死亡届けを役所に提出しに行ったのも彼女だし、毎度の赤字を怒鳴りこんでくる経理課の相手も彼女だ。
フィラデルは、名前しか知らない、会ったこともない遊撃課の課員達のことを、それでもよく知っていた。
部署こそ違えど、遊撃課を同僚だと思っていた。
だから、彼女はこうして通信員のデスクに齧りつくようにして、最後の居場所を守っている。
窓口である自分を通さぬ任務など、あってはいけないことだと――言えない無力に、言い訳をするように。
ボルトが失踪して以来、沈黙したままの念信器が、鈍く陽光を照り返していた。

 * * * * * *

【大陸間横断鉄道・上空】

冬から春にかけての空は、海で言えば連日荒波に晒されているようなものだ。
気温の上昇によって気圧が急激に変化することで発生する大風――いわゆる春一番が真っ先に辿り着く場所が空である。
低地にある街中ならば大して影響もないが、開けた平野では一低高度以上になると鳥すら飛べない暴風域だ。
その晴嵐の中を、泳ぐようにして疾走する存在があった。

竜だ。
大人一人分はある翼二枚で風を叩き、時に高度を上げ、時に滑空するようにして嵐を進む。
不可視の塊のような空気抵抗は、鋭角な角と硬質な鱗によって切り裂いて突破する。
太古の魔族"龍"が、ヒトではなく魔物と交わった結果生まれた、言うなれば遺才を持った魔物――
普通の魔物に比べ遥かに強靭な体躯と膨大な魔力を持ち、高い知能と繁殖力を誇る。
空の覇者の名をほしいままにするのが、竜と呼ばれる生物である。

そんな空の覇者の中には、人間によって捕らえられ、飼育と交配を繰り返して家畜化したものがある。
『騎竜』がそれだ。粗食に耐え、頑健な甲殻を持ち、箒よりも遥かに長く速く飛ぶことができる。
農業従事者の家畜労働力として広まっている騎竜は、同時に帝国の航空戦力の要でもあった。

「"ライトウィング"!高度下げて一気に接近するよ!」

トップスピードに乗りつつある大陸横断鉄道の上空、青空のまっただ中に点のような影がある。
豪風で雲が河のように流れていく中を、鈍色の騎竜が翼を畳んで急降下していた。
従士隊の紋章を刻まれた鞍には、二人の人影が座っている。
一人は騎竜乗りの制式装備である飛行服に飛行帽、風圧によって服を押し付けられた肢体は女性的なラインを描いている。
そしてもう一人は――全身を銀甲冑で覆い、面頬も下げて一切の表情も伺えない。
甲冑姿は揺れる竜の背の上でも微動だにしていないが、両の籠手はしっかりと飛行服姿の腰元を掴んでいた。

「それっ――重爆撃!」

急降下していた竜が身を起こし、翼を広げて空気抵抗を受け急制動をかける。
飛行服は、強烈な慣性によって竜の身体に押し付けられる瞬間、腰元の甲冑姿の腹を蹴った。
結果、甲冑姿の両腕は宙を掻き、一人だけ慣性そのままに空中へと放り出された。
砲弾のように加速して、向かう先は――横断鉄道の客室の屋根。

「あっはっは! トラ・トラ・トラーーーっ!」

騎竜の手綱を握り直した、飛行服姿の高い笑い声が、あっという間に風に持っていかれて消えた。

 * * * * * *

171 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/11/26(月) 00:53:44.83 P
 * * * * * *

それぞれの今後に対するスタンスを固めた遊撃課の面々。
しかし彼らの前途は、まるで洋々と言えぬものであった。

突如として空から降ってきた、銀甲冑。
屋根を破壊し、テーブルを突き抜け、内装のあらかたをめちゃくちゃにした。
遊撃課の誰もその墜落に巻き込まれなかったのは、幸運かはたまた襲撃者の作為によるものか。
陥没した床板から起き上がってきた銀甲冑は、面頬の奥に潜む双眸で、遊撃課達を眺め回した。

先ほどの新聞の中身を、記憶しているものがいればすぐにピンとくることだろう。
銀甲冑姿は、『遊撃課新設』の記事に添えられていた六人の念画のうちの一人に違いなかった。
『ナード=アノニマス』――従士隊警備課の主任であり、甲冑使いの異名を取る遺才遣いだ。
その鎧の性能は如何ばかりか、あれだけの破壊をもたらす衝撃を身に受けても、その足取りは確固として揺らぎすらしない。

「名乗りは今更必要あるまい。だが自己顕示欲の塊である俺は名乗る。ナード=アノニマス、遊撃二課だ。
 朝のお着替えに手間取ったせいで遅刻したが、俺もこの列車に同乗することになっていた。
 貴様ら――遊撃一課を"何事も無く"ヴァフティアへ送り届ける護衛任務でな」

閉じられた鉄仮面の、一体どこから声が出ているのか、各関節をがちゃがちゃいわせながらアノニマスは名乗った。

「この俺を空輸によってここに送り届けたのは同僚のニーグリップ。おそらく俺に惚れている。
 そして遊撃一課の女性陣よ!これから鉄道にて約3日の旅、相乗りにて愛を育もうじゃあないか。
 いま、この場に要る全ての女を明々後日までに抱く。全員だ!」

遊撃課にとって、この遭遇は最悪のものとなることだろう。
何故ならアノニマスが立っている場所は、遊撃課の面々と動力室を隔てる位置関係にあったからだ。
こうしている間にも、列車は驚くべきスピードで帝都から遠ざかっている。

 * * * * * *

172 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/11/26(月) 00:54:37.54 P
 * * * * * *

「ライトウィング!このまま列車に並走して様子見しよっか」

騎竜の背に跨る飛行服の女――ニーグリップ=モトーレンは、アノニマスを投棄した先を観察していた。
あっさり突き落としたが、普通の人間なら肉片どころか血煙になっているレベルの衝撃があったはずだ。
騎竜の急降下は終端速度にして滑空砲に迫る。人間を砲弾にしてぶち込んだのと同じことが起きたのだ。

「んーでもあの馬鹿、頑丈だし殺り損ねたかな!失敗、失敗。反省反省……」

後ろに載せていた時も面頬の隙間から求愛三割妄言七割をずっと垂れ流していたし、
腰をつかむ手つきがいやらしいを通り越して何かの儀式みたいになっていたので、この辺で殺っとこうと心に決めていたのに。
元老院からは、アノニマスと組んで遊撃一課の監視にあたるよう命令されていたが、勢い余って本人達のところに叩きこんでしまった。

「これで、あの馬鹿と遊撃一課が一緒に死んでくれたら、一石二鳥で嬉しいね、ライトウィング」

ライトウィングと呼ばれた騎竜は、鼻先を上げて一度呼気を吐いた。
角の先が水蒸気の尾を引いて細長い雲を作っている。
それは、騎竜が亜音速一歩手前で巡航している証左であった。

ふつう、空を飛ぶ生物が、陸上を走る生物に速度で勝ることはできない。
飛行するためには身体を風に浮かせる必要があり、そのためには軽量化が不可欠で、そうなると大出力の動力源を載せられない。
大陸横断鉄道が亜音速で航行可能なのは、客車1つ分はある超巨大な動力機によって多大な運動エネルギーを得ているからだ。
それこそ、動力源と本体が独立している砲弾のような構造でも取らない限り、航空最速は陸上最速に勝つことはできない。

だが、モトーレンの駆る騎竜は、単独で横断鉄道と並走していた。
彼女が本気を出せば、トップスピードに乗った横断鉄道を騎竜で追い抜くことすら可能だろう。
既存の理屈を超越し、不可能を可能にする天才――モトーレンは、騎竜をマテリアルとする遺才遣いだった。
それも、ユーディ=アヴェンジャーと同格の帝国最強……『護国十戦鬼』の一人である。

いま、彼女は遊撃一課を載せた横断鉄道を監視している。
もしも動力室へ行く事を諦めた課員が何らかの手段で列車からの脱出を果たしても、騎竜による強襲を受けることになる。
術式による風防の向こうから、空の狩人が獲物の出現を狙っている。


【遊撃栄転小隊(遊撃二課)のうち二人が遊撃課を監視。ヴァフティア行きを完遂させようとしている】
【動力室までの道にはナード(甲冑使い)、空にはニーグリップ(騎竜乗り)が配置】

173 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/11/26(月) 12:45:54.84 0
部屋を飛び出そうとしたその時
私の耳に風切り音が飛び込んできました
鼓膜を激しく揺らすその音に身構え、天井を見上げます
それと同時に見上げた先が破裂、何か大質量のものが床に突き刺さりました
よくもまあ……突き破らなかったものです
これは落ちてきた大質量の正体
全身甲冑を着込んだ人物の技術というものでしょうか……
誰かと詮索する前に勝手に名乗ってくれたのは大いに助かりました

>「名乗りは今更必要あるまい。だが自己顕示欲の塊である俺は名乗る。ナード=アノニマス、遊撃二課だ。

護衛任務……どう考えても監視任務でしょうと
口にしないまでも皆それぞれにおもったでしょう
もっとも私は次に出た言葉で、この本来なら尊敬すべき遊撃二課……従士隊警護隊長を
蔑みの視線を送ることになりました

>「この俺を空輸によってここに送り届けたのは同僚のニーグリップ。おそらく俺に惚れている。

さていきなりのセクシャルハラスメントですが、正直真面目に付き合う云われはありません
が……

「せっかくのお誘いですが、私は一夜の火遊びを許される身分ではございませんので謹んで辞退させて頂きます
……そもそも、私は今から帝都に帰るのでこれで失礼します」

そう言い切った後、後ろにいる一課の面々へと向き直り

「みなさん、私セフィリア・ガルブレイズ、真に勝手ながらここを強行突破させていただきます
今は一刻の猶予もありません
抗議の言葉は私が再び皆さんと相まみえる時に聞きましょう」

「ハンプティさん……スイさん
ご一緒に帝都に向かうならば私に付いて来て頂いたら幸いです
では!」

私は腰に下げた2振りの剣を両手に持ち、構えることなく……

「それと従士隊警護隊長のあなたと敵対する暇はありません!
アルフートさん、アイレル女史、ヴィッセンさん後は任せます!」

彼が開けた天井の大穴へと跳躍
屋根伝いにサムちゃんの下へと急ぎましょう

「ハンプティさん!スイさん!
援護頼みます!私は一気に駆け抜けます!!」

視界の端に騎竜に乗ったニーグリップさんを捉え
屋根の上を駆け抜けます
もはや空気の壁というべき外の風
遺才の加護がなければ即座に吹き飛ばされてしまうでしょう

【穴から屋根の上に飛び上がり、ゴーレムの元に向かおうとする】

174 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/11/29(木) 23:44:02.72 P
人は、その身に宿した習慣というものを容易く手放す事が出来ない生物だ。
「しない」のではなく「出来ない」。

幾ら誓いを立てても、
妄執によって理性を濁しても、

決意しても、覚悟しても、
希望を抱こうと絶望しようと
諦観しようと奮起しようと
改心しようと堕落しようと
発狂しようと解脱しようと
腐ろうと覚醒しようと

例えば、喫煙者が葉巻を手放せない様に。
或いは、犯罪者が同じ悪行を繰り返す様に。
若しくは、聖職者が神に祈る様に。

まるで流砂に引きずり込まれるかの様に、人はかつての自分の習慣に引き摺られていく。
そうして、多くの人間が「元の場所」に落ち込んでいくのだ。
それは、人が進化する生き物であるが故の必然……逆に言えば、それこそが過去の重みであるとも言えるだろう。

そして、その必然はフィン=ハンプティという青年にも当て嵌る。
ボルトの失踪、遊撃課の危機……己の大切なモノの危機に際して、フィンは己の過去に飲まれつつあった。
無意識に、かつての自分にとって正しい選択肢を選ぼうとしていた。

>「ハンプティさん……私にとって名誉を傷つけられることはまさにいまの現状です
>私は貴族として……誇りある騎士として帝都に戻りこのようなことをする輩を断罪しなければなりません!!」
>「遊撃課も"守る"。ブライヤー課長も"助ける"。大いに結構、それで良いじゃない――」
>「フィンさん、セフィリアさん、俺はあんた達について行こう。別に鉄道を壊さなくてもいい。列車から飛び下りれば、あとは俺の風を使えば良いだろう」

(あ……)

175 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/11/29(木) 23:44:46.20 P
……けれども、その選択を決定づけてしまう直前。
フィンは、彼が守りたいと想う遊撃課の面々からかけられた言葉に目を瞬かせ、
同時に、今自分が何をしようとしていたかに思い至る事が出来た。

(……っは。おいおい……ったく俺って奴は……足りない頭を使ったつもりになって、
 また一人よがりに突っ走る所だったじゃねぇか……こいつらと笑いあう結末を目指すなら「それ」じゃあダメだって
 この間気付いたばかりだってのによ)

異常なまでの自己犠牲を杖とし、命を対価に「仲間」の命を救う事で、利己を満たす。
これまでのフィンのスタンスならば、一人で列車を抜け出るのは正解だったと言えよう。
……だが、例え成功したとて、その幸福な結末の中にフィンの姿は無い。
今のフィンは、そんな結末を望まない。望むのは、天下無敵のハッピーエンド。
自分が笑い、友人達も笑う。そんな幸福な結末。

セフィリアの苛烈な意志を聞き、ノイファの不敵な決意を刻み、スイの実直な提案を受け、
フィンは、先の街で抱いた意志を思い出す。己の誓いを再度胸に刻みつける。

砂塵に引きずり込まれる人を引き上げるのは、いつだって近くにいる人々の言葉と手なのだ。

大きく息を吸い、広がった視界に向けて快活な笑みを向ける

「悪い。ボルト課長が行方不明って聞いてちっとばかし頭に血が上ってたみてぇだ。
 ……そうだな、ノイファっちの言う通り、どうせやるなら両方やり遂げてやろうじゃねぇか!
 先にイカサマ仕掛けてきたのは向こうなんだから、遠慮する必要もねぇしな!!」

そうして、改めて作戦を話し合うために先行しようとしているセフィリアに声をかけ、
呼び止めようとした


――――その時であった。

176 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/11/29(木) 23:45:42.05 P
フィンの生存本能が、けたたましい警鐘を鳴らした。
それは、列車の天井に何かが触れた一瞬の違和感に対して、才能と直感が作用しあった結果か。
言いようもない不安。命に係わるであろう虫の知らせに、フィンは即座に叫んだ。


「お前ら、車両の中央から距離を取れ!!早くっ!!!!」

自身も後方へ跳躍しながら言葉を放った、その直後。
先程までフィンが立っていた場所の直ぐ近くに「何か」が炸裂した。
椅子や机を破砕し、フィンの持参したマフィンを押し潰し、床さえも陥没させてそこに炸裂したのは――――


>「名乗りは今更必要あるまい。だが自己顕示欲の塊である俺は名乗る。ナード=アノニマス、遊撃二課だ。
>朝のお着替えに手間取ったせいで遅刻したが、俺もこの列車に同乗することになっていた。
>貴様ら――遊撃一課を"何事も無く"ヴァフティアへ送り届ける護衛任務でな」

「人」だった。
全身を銀の甲冑に包み込み、顔すらも見えぬその姿。
圧倒的な揺るぎ無さを見る者に感じさせるその鎧の人物は、自らをナード=アノニマスであると傲岸不遜に自己紹介する。
……だが、フィンにとってその自己紹介は殆ど無意味なものであった。

「んなっ……まさか、よりによってこの人が来るのかよ!?相変わらず悪役みたいなタイミングで現れる人だな、くそっ!!」

無事に『着地』を回避したフィンが左目で睨みつけた相手、甲冑使いナード。
相手が覚えているかどうかは定かではないが、少なくともフィン=ハンプティはナード=アノニマスを見知っているのだ。
それは、ナードが持つ従士隊警備課の主任という肩書故。

……かつてフィンが民間の警備会社に努めていた頃の話。
その属性の類似点からか所属からか、フィンはナードと同じ現場でかち合う事が幾度かあった。
フィンは警護対象に雇われた私兵として、ナードと同じ戦線に立った。
そして……そこで求められる成果において、フィンはナードに一度たりとも敵わなかったのだ。
比較的天才としての矜持を持たないフィンではあるが、自分の領分での敗北。それも複数回となれば、記憶していない筈がない。

「ノイファっち、マテリア、ファミア!俺は先走ったセフィリアを追わないとならねぇから、必要な事だけ伝えておく!
 今そこにいるナード=アノニマスは、昔の俺が一度も敵わなかった男だ――――だから、俺以上の能力だと想定して接してくれ!
 俺は、先走りやがったセフィリアの後を追う! だから、ここは任せるぜ!!」

ある意味では因縁があると言える相手との劇的な再開ではあるが……。
しかしフィンにとって今優先すべき事は、ナード相手に千日手の衝突をする事ではない。
どんな形であれ、ナードの相手をさせるなら弁の立つノイファやマテリア、直接的な攻撃力の高いファミアに任せた方が
効率が良いに決まっているのだから。

「――――ナード=アノニマス!俺は健康上の、セフィリアとスイは家庭の事情で任務は欠席だ!!
 てめぇらの上司にその事伝えとけ!あと、俺の大事な仲間に手ぇ出したらぶん殴るからなこの色狂い!!」

フィンは、床に落ちた荷物の中から安物の手甲を取り出し装備し、
ついでに目くらましにでもなればと、落ちていた木片をナードの方へと蹴り上げると、
片腕で器用に列車の屋根の上へとよじ登る。
そうして見れば、そこには行く手を阻む風の壁を突き進むセフィリアの姿と、


騎竜――――手懐けられた厄災の姿。

177 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/11/29(木) 23:47:29.92 P
>「ハンプティさん!スイさん!
>援護頼みます!私は一気に駆け抜けます!!」

先に進んでいたセフィリアは勇敢にも怯む事無く前進を続けるが、フィンはそうはいかない。
好んで読んだ英雄譚で、竜という生物の強さを知っているという事もある。
しかし、それ以上に危惧している事……考えてもみる事だ。いくらナードといえど、単身で高空から落下したかの様な勢いで、
正確に遊撃課が居る列車の屋根をぶち抜く真似など、出来ようがない。
その事が導く回答は――――精密爆撃(ソレ)を行ったのは、眼前の竜を駆る騎士であり、
それはつまり竜騎士ナードの同僚で、最低でもナードに匹敵する実力者であろうという事。

「突っ走るなセフィリア!未知の相手だぞ!?せめて盾役がいねぇとヤバ過ぎる!!
 ……くそっ!スイ、あいつらが攻撃してきたら俺が出来る限り防いでみる!!
 だからお前は、この風と、できるならあの竜騎士の動きをどうにか出来ねぇか!?流石にこれじゃあ不利すぎる!!」

ゴーレムへと走っていくセフィリアの方へと、スイに共闘を求めながらフィンは列車の屋根を駆け出す。
風使いのスイの力があれば、きっと環境を味方に付ける事は容易いに違いない。
だがそれでも、この不安定で狭い足場では遺才の万全を引き出す事は叶わないだろう。
けれども、やるしかない。大切な仲間へと刃を向けさせるのは、フィンの志に反する。

「そこのすげぇ恰好いい竜に乗った騎士!俺は遊撃課所属のフィン=ハンプティだ!!
 いきなりだけど、怪我人一人と貴族と付添はやむない事情で今回の任務を辞退する!見逃してくれるよな!?」

何とかセフィリアを守れると自認する距離まで走ると、フィンはセフィリアに背を向け、
竜騎士へと振り返って防御の構えを取る。そうして常に比べて余裕のない笑みを向けつつそんな台詞を吐いた。



最中にチラリと視線だけを向けてみれば、セフィリアは未だ躊躇う事無くゴーレムへと進み続けている。

(っ……どうしたセフィリア!お前、まるで何かに焦ってるみたいだぞ!!
 俺なんかでも判る危険に、どうしてお前はそんなに無頓着になってやがる!?)

フィンは、そこで初めてセフィリアの行動に疑問を抱いた。
初めて会った時からタニングラードを経て、彼女は――――『誇り』に対し、苛烈になりすぎているのではないだろうか?と。
果たしてそれがフィンの思い過ごしならいいのだが……。

【セフィリアを追って屋根へ】

178 :ユウガ  ◇JryQG.Os1Y:2012/11/29(木) 23:48:31.18 P
「そこから動いたら、体がミンチになっちゃうよ?」
フィン、セフィリア、の周りに6つの刃で形成された竜巻が出来る。
「俺は、ユウガフルブースト。一様、あいつらの仲間だ。」
いつの間にか、ユウガは、電車の窓から、フィンとセフィリアの前にいた
ユウガは、顔を、竜に乗った奴に、向ける。
「俺たちの任務は、あんたらを無事に、現地へ到着させることだ。」
「でも、その竜巻を近づけたら大変なことになるのはあんたらも、知ってるよね。」
「俺も、あんたらを傷つけたくないんだ。だからさ、大人しく戻ってよ。」
柔らかな口調であるが若干殺気も混ざっている。
【さて、どう来るかな?】
刀の風明を抜き、威嚇する。
【ユウガ、二人を引き留めるのを試みる】

179 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/12/01(土) 02:44:30.63 P
羽撃き、打ち付けるようにして左右から叩き込んだ手斧は、ロンの握る棒の両端で受け止められた。
ここまでは想定内。ロンはバックステップし、ナーゼムは追わず、二人の間に距離が生まれる。

>「……悪いがナーゼム。その決闘、了解することは出来ない」

「……そう言うでしょうな、貴方なら」

獣のように膝を折り身体を丸め、溜め込んだ膂力をいつでも爆発させられる体勢をとる。
そのままナーゼムはロンの拒絶を聞いた。そしてそれも、想定内だ。
ロンは仲間意識の強い少年である。同僚であるナーゼムが、例え突然襲いかかっても、反撃には至らないだろう。

>「俺の拳は、社長のためだけに使うものだ。あの人が前進する為の武器だ」

だが、ナーゼムは構わない。迷わず刃を叩き込める。
両者の『覚悟の差』は、致命的な隔たりを以てナーゼムに勝利をもたらすだろう。
例え結論が胸糞悪くても。主のためなら、忠獣は凶獣にだって成り下がる。

>「あの日の事は、俺も反省している。もう私情で拳は振るわないと、俺は社長に誓ったんだ」

しかし、ロンのこと言葉だけは、ナーゼムをして思惑の外にあった。
全身の毛が一本残らず硬質さを帯びるのを感じた。

「何を言ってる」

血管を巡る魔族の血液が、ナーゼムの忌まわしき遺才の根源が、音を置き去りにして駆け巡る。
暴虐の衝動が腹の裡を塗りつぶしそうになって、しかし超人的な意志力の強さで彼は自身を抑え込む。

「"反省"したら駄目でしょう……!貴方の無謀を!それでも支持した社長の立場はどうなる!!」

それは、ロンがいま一番言ってはいけない言葉だった。
あのとき、タニングラードでのロンの行動を、先走りだと理解したうえで、クローディアは尊重した。
だからこんな丘の上にまで登って、社長の目の届かないところで、ナーゼムは決闘を選んだのだ。

「クローディアさんが認めた貴方の"信念"は、そんなに簡単に否定できる程度のものだったのですか……!」

ナーゼムは、あの時のロンの選択は間違っていると自信を持って言える。
だがその裏で、命を賭してでも通さねばならぬ信念ならばと、肯定してさえいた。
でなければ決闘など申し込まない。決闘は、認め合った者同士の対等な戦いだ。

>「あえてこの戦い――……”逃げ”させて貰うッ!!」

眼前、ロンが踵を返した。こちらに背中を向け――逃げる。
ナーゼムは一瞬だけ視界が真っ赤に染まったが、すぐにもとの色を取り戻した。

(本気で逃げ出すつもりなら、雷光での目眩ましや、電撃でこちらを牽制してから動くはず……。
 露骨な誘いだ。いまの私には、貴方の考えが手に取るようにわかりますよ、ロン社員――だから、その誘いに乗りましょう)

乗った上で、叩き潰す。
ロン・レエイという男を、武人を、二度とクローディアの前に現れないよう――完膚なきまでに潰し切る。
ナーゼムは溜めに溜めた下半身のバネを解放した。
荒野の肉食獣が備えている、一瞬でトップスピードに乗る加速の身体挙動。
ダニーが形意拳として用いていたそれを、劣化再現してロンを追う。

「追い付く度に、手足を一本づつ落としていきます。――人の形で死にたいなら、早々に諦めることです」

加速、加速、加速の果て、先行するロンが見えてくる。
その無防備な背中めがけ、手斧を一つ懇親の膂力でぶん投げた。


【ロンの誘いに乗る。逃走中の背中へ向けて斧投げる】

180 :◇u0B9N1GAnE:2012/12/02(日) 23:22:00.96 P
フィン・ハンプティの声色は硬かった。
何かを隠して、取り繕うような声だ。
マテリアに自分なりの意図があるように、彼にも彼の考えがあるのだろう。

そしてその考えを察する事は、そう難しい事ではなかった。
彼は『そういう』人間だ。より正しくは、そういう人間だった。

どうするべきか――マテリアは考える。
自分がそうであると言ったように、彼だってまた、自分の守りたい『遊撃課』だ。
かけがえのない存在だ。
その彼が、一人で窮地に飛び込んでいくのを、むざむざ見過ごす訳にはいかない。

>「ハンプティさん……私にとって名誉を傷つけられることはまさにいまの現状です
  私は貴族として……誇りある騎士として帝都に戻りこのようなことをする輩を断罪しなければなりません!!」

>「遊撃課も"守る"。ブライヤー課長も"助ける"。大いに結構、それで良いじゃない――」

だがマテリアが何かをする必要はなかった。
彼女が何をするまでもなく、皆は思い思いに、現状に立ち向かう意志を見せたのだ。

それが彼女には嬉しかった。
彼らは本当に、なんでもないかのように自分を救ってくれる。
タニングラードでは命を。
そして今は、身勝手な別離に負い目を感じていた自分の心を。

>「――どちらか片方だけを選択するとか、部隊一丸で行動する、なんて常識に嵌ってあげる必要なんてないわ。」
>「というわけで、マテリアさん。私はヴァフティア行きに便乗させてもらうわ。多分相手も待ってることでしょうしね。
  どこまで調べたのか知れないけれど、押し込めた先が『結界都市』だったことを後悔させてあげましょう。」

唇が疼くように、自然と笑みを模った。
マテリアは深く頷いて、返事をする。

「……えぇ!やってやりましょう!」

そしてノイファへと一歩近寄り、右手を彼女の前へと差し出そうとして――不意に異音が聞こえた。
ごく微かな、何かが空気を裂きながら、上空から急速に迫ってくるような――

>「お前ら、車両の中央から距離を取れ!!早くっ!!!!」

フィンが切迫した声を上げた。
聞こえた音は気のせいではなかった。
咄嗟にその場を飛び退く。
直後に轟音。同時に天井が破れ、その真下にあったテーブルが粉々に砕け散った。

飛散する木片から目を守ろうと、反射的に腕で顔を覆う。
故にマテリアは、空から降ってきたその『何か』を音によって認識した。
重々しく響く金属音。木片が躙られ、すり潰れる音。天井の穴から吹き込む激しい風の音。
そして呼吸音と、脈動音。

思わず息を呑む、それは人間だった。
列車の天井を突き破り、更に部屋の内装までめちゃくちゃに破壊するほどの勢いで落ちてきた人間が、
今目の前で平然と立ち上がっていた。

目を庇っていた腕を下ろす。
ようやく視界に映ったその男の姿に、マテリアは見覚えがあった。
ついさっき見た新聞の一面記事。栄えある英雄として讃えられた六人の内の一人。

181 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/12/02(日) 23:23:25.96 P
>「名乗りは今更必要あるまい。だが自己顕示欲の塊である俺は名乗る。ナード=アノニマス、遊撃二課だ。

そう、『甲冑使い』――ナード・アノニマス。
しかし栄転小隊に配属された彼が、この列車に何の用なのか。
否が応にでも警戒心が高ぶる。

>朝のお着替えに手間取ったせいで遅刻したが、俺もこの列車に同乗することになっていた。
 貴様ら――遊撃一課を"何事も無く"ヴァフティアへ送り届ける護衛任務でな」

護衛任務――それが下らない建前である事は明白だった。
フィン達がボルトを助けに行く為には、どうにかして彼を躱さなくてはならない。
どうすればいいのか、マテリアは思索を始め――

>「この俺を空輸によってここに送り届けたのは同僚のニーグリップ。おそらく俺に惚れている。
 そして遊撃一課の女性陣よ!これから鉄道にて約3日の旅、相乗りにて愛を育もうじゃあないか。
 いま、この場に要る全ての女を明々後日までに抱く。全員だ!」

「……へ?」

マテリアがきょとんとして、間の抜けた声を零した。
思考が一瞬の内に凍りつき、ナードが高らかに叫び上げた言葉が、脳内に残響する。
愛を育むとか、抱くだとか。
マテリアだってそこそこの歳だ。言葉の意味は知っている。けれども理解が追いつかなかった。

「へ……」

思考の再起動には数秒を要した。
同時に冷や汗が滲んだ。背筋に悪寒が、いや、怖気が走る。

「変態だぁ……!」

マテリアは一歩後ずさって、小さく声を零した。
心の奥深くで何かが叫び声を上げている。
気持ち悪い、今すぐにでもここから逃げ出したい、と。

>「せっかくのお誘いですが、私は一夜の火遊びを許される身分ではございませんので謹んで辞退させて頂きます
 ……そもそも、私は今から帝都に帰るのでこれで失礼します」

(なんでそんなあっさり対応出来るんですか!?だってコレ……あり得ないじゃないですか。
 愛とか、抱くとか……私、これ以上一秒たりともソレと関わり合いになりたくないんですけど!)

今の彼女の状態は、まさしく絶句という言葉が相応しかった。
最早「この男」とか「変態」とか、そういう確固とした言葉でナードを認識する事にすら嫌悪感があった。

>「みなさん、私セフィリア・ガルブレイズ、真に勝手ながらここを強行突破させていただきます
  今は一刻の猶予もありません
  抗議の言葉は私が再び皆さんと相まみえる時に聞きましょう」

そうしている間にも状況は進んでいく。

>「ノイファっち、マテリア、ファミア!俺は先走ったセフィリアを追わないとならねぇから、必要な事だけ伝えておく!
  今そこにいるナード=アノニマスは、昔の俺が一度も敵わなかった男だ――――だから、俺以上の能力だと想定して接してくれ!
  俺は、先走りやがったセフィリアの後を追う! だから、ここは任せるぜ!!」

フィンとスイは先走ったセフィリアを追って屋根の上へ。
この場にはノイファとファミア、マテリア――そしてナードが残された。
既に、気持ち悪いとか、逃げたいとか、そんな事を考えている場合ではなかった。

182 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/12/02(日) 23:24:08.64 P
(状況は変わった……!だけど、私の心は何も変わらない……。
 そう!こんなのと、一分一秒たりとも同じ空間にいたくないって事には何の変わりもない!)

恐怖と嫌悪感を激情に変えて、マテリアは強引に心を煽り立てる。

(ハンプティさん以上の防御能力……確かに驚異的だけど……何もアレを打ち倒す必要なんてない。
 幸い、ここは列車の上……どうにかしてここから叩き落としてやれば、そこは荒野のど真ん中だ。
 二度と追いついてはこれないだろうし、帝都にだってそう簡単には帰れない!)

この男をどう排除するか。
一度は凍りついた思考を溶かして、再び回転させていく。

(そして、その為の手段ならある!アルフートさんの力なら、列車の壁に穴を開ける事も、アレを突き落とす事も……)

だがそこで、彼女の思考はまた止まってしまった。

マテリアの視線がファミアへと滑る。
確かにファミアの遺才に頼れば、ナードを排除出来る可能性はある。
しかし、それはとても残酷な事なのではないだろうか。
遊撃課の中で最も幼い彼女に、恐らく死ぬ事はないにしても、列車から人を突き落とさせる事は。
それに何よりも――あんな変態と触れ合うのを、強いるだなんて事は。

(……駄目だ。そんな事は、させられない)

マテリアは深呼吸をしてから、一歩前に出た。
後退り、一度は開いた距離を自ら埋める。

「……私、すっごく嬉しいです!アノニマス様!」

そして両手を重ね合わせると、表情に喜色を浮かべ、そう声を上げた。

「お噂はかねがね聞いています。遊撃二課……栄転小隊へ配属されたんですよね?
 その貴方の、初めての任務が、私達を護って下さる事だなんて……本当に、素敵です。
 あっ……ごめんなさい。その……私、少し早合点しちゃったかもしれませんけど……初めて、ですよね?」

声音は愛おしげに。
ナードの腕にすり寄って、小首を傾げる。

(とにかく、時間を稼げば……どうにかなる訳じゃないんだけど!
 少なくともコレの意識を、ハンプティさん達から、アルフートさんから遠ざけなきゃ……)

彼に触れた途端、背骨を一息に引き抜かれて、代わりに氷柱を差し込まれたような感覚が押し寄せる。
必死で身震いを堪えた。

「ガルブレイズさんもあんな事言ってましたけど、きっと急な事だから照れてしまったんです。すぐに帰って来ますよ。
 それにハンプティさんの事だって、心配ありません。
 あの人が任務放棄だなんてカッコ悪い事、出来る訳ないじゃないですか」

そんな事より、とマテリアは続ける。

「私、アノニマス様ともっとお喋りしたいんです。
 貴方がどんなに素敵で、強いお方なのか……もっともっと、知りたいんです」

マテリアはナードの腕に抱き着くと、隣の車両――フィン達が向かった方とは反対方向に彼を誘った。

「いけませんか?アノニマス様。もし良かったら……ここは椅子もテーブルもありませんし、とっても寒いです。
 あちらの車両に行きましょうよ」


【ナードにすり寄って隣の客車に誘いました】

183 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/12/03(月) 16:22:37.15 0
課員それぞれが自分の信念や周囲の状況を拠り所に方針を固める中、
ファミアは一人、頭上に衛星を飛ばして呆けています。
その眼前にす、と差し出される何か。

ファミアは星を追って巡らせていた首を止めてそれに目を向けました。
瞳孔が絞られて焦点が徐々に合います。
正体は――干し肉。

>「すまないが、あなたはノイファさん達と一緒に行ってもらえないか?」
耳元で囁くスイの言葉にこくこくと頷いた動きにあわせて唾液がちょっとこぼれました。
それが床に落ちるより先に、ファミアはスイの手ごと肉を口に運びます。

がりっとかぼりっとかいう、明らかに肉以外の何かの感触があったりなかったりしましたが、
スイは悲鳴を上げたり呻いたりもしていないようなので指を噛んでしまったということはないでしょう。
干し肉は胃へと滑り落ち、あとにはけふ、という小さなおくびだけが残りました。

さてさて思考が止まっている間に情勢はずんずん動いていたようで、気が付けばファミアは居残り組。
先刻マテリアに言いそびれた元老院側の策謀などを考えれば正直まったく気が向かないところですが、
さりとて帝都に戻っても危機が去る保証もないわけで、とりあえずはこのまま南へ下るより他ないでしょう。

と、ひとまず決意を固めて都落ちするその眼前に、空から何かが落ちてきました。
>「お前ら、車両の中央から距離を取れ!!早くっ!!!!」
フィンが叫び、しかし大半の課員がそれに反応しきらぬうちに着弾した何かによってテーブルは木っ端微塵。
爆風はその真下で消し飛んだマフィンや紅茶の香りだけをファミアの鼻孔へ届けました。
鼻粘膜への刺激が胃粘膜へと伝わり、ファミアはちょっと切ない気持ちになりました。

>「名乗りは今更必要あるまい。だが自己顕示欲の塊である俺は名乗る。ナード=アノニマス、遊撃二課だ」
(先んじられた……!)
網膜と鼓膜への刺激は直接に心へと作用。
その出で立ちと名乗りは、今はなき新聞紙に掲載されていたものと違わず一致しています。
自らの任務を護衛と称していますがもちろん監視の言い換えでしょう。
列車が動き出した後に到着してるので実のところ全く先んじられてはいませんが、
都合の悪いタイミングなのは間違いありません。

>「この俺を空輸によってここに送り届けたのは同僚のニーグリップ。おそらく俺に惚れている。
> そして遊撃一課の女性陣よ!これから鉄道にて約3日の旅、相乗りにて愛を育もうじゃあないか。
> いま、この場に要る全ての女を明々後日までに抱く。全員だ!」
続く言葉は更に心を打ちます。もちろん、打撃を与えるという意味で。
マテリアは早くも後ずさっていましたが、しかしファミアは動かず。
(動いたら――やられる!)

悔しくもありがたいことにファミアが"女性"と認識されない可能性もあります。
しかし、そうなれば犠牲になるのはヴァフティアへゆく他の二人。
他者の犠牲の上に自らの安穏を築くのにいささかのためらいもないファミアですが、
その"他者"が"仲間"と等号で結ばれることはありません。

(間違いなく法的には勝てる……でも即時性が)
手篭めにされたあとで訴えたところで傷は消えやしません。
どうにか血管に春が巡っているようなこの男を今すぐここから遠ざける必要があります。

184 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/12/03(月) 16:24:01.98 0
>「せっかくのお誘いですが、私は一夜の火遊びを許される身分ではございませんので謹んで辞退させて頂きます
>……そもそも、私は今から帝都に帰るのでこれで失礼します」
当然ながらセフィリアは全力でアノニマスを拒否。腰の物に手を添え遺才を開放して跳躍、車外へと出ました。

加速と最高速の両性能を限界近くまで引き出すために、列車には術式によって慣性制御と風防が施されています。
セフィリアもフィンも遺才があればおいそれと転げ落ちてしまうことはないでしょう。
スイに至ってはむしろそここそが本領というもの。
状況は楽なものではありませんが、モトーレンの方でも鎧袖一触とはいきかねるはずです。

この時点でまだファミアはユウガを認識していませんでした。
なので、まず心配すべきは眼前の鉄塊ということになります。
おそらく普通に近づいて抱きかかえてそのまま全力で窓に投げればそれで済むでしょう。
フィンの言によれば大変な手練ということですが、今なら受け入れたふりをして接近できるはずです。
が、絶対にしたくありません。仮にマテリアとノイファがそうしてくれと泣いて頼んできても、もっと泣いて断るでしょう。

正直なところ動力室への道を塞がれているのは大した問題ではありませんでした。
帝都組の能力なら多少速度を落とす程度で列車から飛び降りられるでしょうし、
あるいは後続車両の方へ移ってもらった後、そこから切り離してしまえばいいのです。
逆に動力室への損傷を与えすぎてしまうと、ヴァフティアへの到着が遅れてしまいます。

早く着いたからといって誉められるわけはありませんが、人員が欠けました、遅刻しましたではいらぬ叱責を受けかねません。
避け得る瑕疵は避けておくほうが懸命というもの。

しからばいかに動くべきかと、ファミアの脳細胞が思考を加速させ始めました。
が、その速度が乗る前にマテリアが前へ出ます。
>「……私、すっごく嬉しいです!アノニマス様!」
マテリアは媚を含んだ眼差しで近づいていき、アノニマスの腕にしなだれかかりながらもさらに言葉を続けています。
しかし、鎧に触れた瞬間その背が強張ったのをファミアは見逃しませんでした。

(明らかに無理をしている――まさか、褥で葬ろうと!?)
そしてちょっと思考的に跳躍しました。
そりゃあ確かに鎧を着たまま睦み合う趣味の人間もいないでしょうけれど、別にマテリアもそこまでは考えてはいません。
(そんな……っ、そんなことは絶対にさせられない!それはアイレルさんにもしかり!)
足取り軽く暴走し始めた思考は、しかしある意味でマテリアのそれと同様です。

185 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/12/03(月) 16:27:16.71 0
手を汚させたくない。
決して付き合いが深いわけではないけれど、仲間なのだから。
そんな、ともすれば青臭いと嘲弄されそうな想い。
そう――みんなの背を押しているのはきっとそれなのです。
今この場で、遊撃課員の心はひとつでした。

(もちろん私だって嫌!!ならばっ――)
「ヴィッセンさん、下がって!その男が本当に本人かわかりません!」
なにせ板金鎧を着込んで面頬を引き下ろしているのだから人相背格好など不明瞭。
裏付けるものは自称を除けばフィンの証言のみ。
落下時に無傷なのは遺才によるものではなく、何らかの術式だった可能性もあります。
――と、まあそのように言い逃れができるわけです。

カロリーを補給してだいぶ調子を取り戻したファミアの手の中で、
第一章以来の出番となった転経器が唸りを上げて回転を始めました。
(触るのも触らせるのも嫌!だけど排除はする!すべてを叶える一点は――――ここっ!)

まるで歓喜に打ち震えるかのようなそれを打ち振るい痛撃せんとする先は、床。
そう、アノニマスが得意げな顔で三点着地を決めたその場所です。

まあ吹き飛んだ調度の破片で見えてなかったので表情から体勢まで全部ファミアの想像ですが、重要なのはそこではありません。
壁面を破壊して車外へ投げ出すのであれば、本人が自主的にそうしない限り必ず外部から力を加える必要があります。

しかしそこらに散らばる残骸や引き剥がした床材で類で殴りつけても、ぶつけたほうが壊れてしまうだけでしょう。
つまり必ず自ら接触しなくてはいけなくなってしまうわけです。
ならば、崩すのが床であればどうか。その場合、重力がアノニマスを奈落へと送り込んでくれます。
そしてこれがなにより重要ですが、本人への直接攻撃でなければ遺才で防がれる可能性もいくらか減るはずです。

とはいえいくら既にダメージがある箇所といっても、一撃では崩落させられないかも知れません。
しかし背後にはまだノイファが。間髪を入れない加撃でほぼ確実にアノニマスの足場を奪えます。

転げ落ちたアノニマスがどうなるかに関してですが――
ファミアは意外と転んだ後に血が出てるのを見てから泣くタイプです。
逆にいえば、血が見えなければけっこう平気なのです。

【人生を没シュート】

186 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/12/08(土) 03:31:52.39 0
ある者は沈黙を通し、別の者は意にそぐわぬ言葉を紡ぎ、欺瞞と誇りを両天秤にかける。
誰も彼もが無理をしているのは明白だった。
しかしそれら全ては、今なお消息の掴めぬボルトを思ってのことであったり、遊撃課という集団を守るための優しい嘘だ。

自分一人のためだけに、我を貫いてきた人越者たちの姿はそこには無い。
自分で無い誰かのため、あるいは自分を含めた皆のために、力を振るうという決意。

(ならば、私たちは最強ですよねえ)

自分が言葉にしたことは、本当に僅かな切っ掛けにしか過ぎない。
変わってきているのだ。"天才"と謗られた者たちが"遊撃課"という居場所を得たことで。

>「……えぇ!やってやりましょう!」

笑みを取り戻したマテリアと視線が絡む。

「もちろん!目にもの見せてあげるわ。」

同じく満面の笑顔で、ノイファは右手を差し出し――

>「お前ら、車両の中央から距離を取れ!!早くっ!!!!」

――首筋に奔った怖気と、それよりも早く響いたフィンの叫びに反応し、飛び退る。
軍用ゴーレムに搭載される魔導迫撃砲にも似た炸裂音。
破れた天井の破片が、砕かれたテーブルの木片が、弾雨よろしく皮膚を掠める。

(なにごとですかっ!?)

思考を置き去り、即座に床を蹴った。そのまま地面を転がり客席の一つを背に遮蔽を確保。
着弾と同時に爆発が起こらなかったことから、砲撃の類では無いと判断。
魔物の襲撃か、あるいは野良ワイバーンが落下してきたか。
荒唐無稽なと笑われそうだが無いとも言い切れない。なにせ前例があるからだ。

右手を剣の柄に伸ばし、もうもうと立ち込める煙を睨みつける。
数瞬の間を置いて、ぽっかりと空いた天井から吹き込む風が、破砕によって生じた砂礫を吹き飛ばした。

(まさか人間……な訳はないですよねえ)

うっすらと見え始めたシルエットはまさしく人型。
だが、もし人だとすれば落下の衝撃で挽肉が出来上がるだけなのは想像に難くない。

危うく想像しかけた頭を一振りし、目を凝らしたその先。晴れ行く視界が捉えたのは、しかし見間違いではなく人の形をしていた。
膝を付き、頭を垂れるかのような姿勢で突き刺さる一領の銀甲冑。それがゆるりと――

「――動いた!?」

立ち上がる。

187 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/12/08(土) 03:34:06.35 0
(冗談でしょう……?)

空中高くより現れた銀甲冑は、立ち上がり辺りを見回すなり名乗りを上げた。
曰く、遊撃二課の"甲冑遣い"ナード=アノニマス。
本人の弁を信じるならば、ヴァフティアに向かう遊撃課の護衛任務のためだけに空から飛び下りて来たとのこと。

(つまり監視ってことですね)

誰も信じるわけがないが。
遮蔽代わりの客席から立ち上がり、生暖かい目でお迎えする。
しかしいつまでも呆けているわけにもいかなかった。ここで問題となるのは、こちらと相手の立ち位置。

「通路を封じられましたか……。」

奇しくもナードが背を向けている方向。その方向こそが動力室へと続く道だった。
ぎり、と歯噛み。セフィリアたちが帝都に向かうためには、動力室へと向かうしかない。
ナードがすんなりと通してくれる、などということは有りえない。対峙してしまった以上、無力化する必要がある。

>「この俺を空輸によってここに送り届けたのは同僚のニーグリップ。おそらく俺に惚れている。
 そして遊撃一課の女性陣よ!これから鉄道にて約3日の旅、相乗りにて愛を育もうじゃあないか。
 いま、この場に要る全ての女を明々後日までに抱く。全員だ!」

逡巡する遊撃課に先んじて、ナードが高らかに宣言を下す。

(ああ、なんて男らしいの。素敵……)

頬を染め、身を捩って熱いため息を吐き――

(――とか言うとでも思ったんですかね!?)

思わずぺっ、と吐き捨てた。この男、頭の中に何かよからぬ物でも沸いているに違いない。
面頬に隠され表情は伺えないが、声の響きは真剣そのもの。それ故に誰も彼もが引き気味だった。

その中で唯一、前へと踏み出した者が居た。

>「せっかくのお誘いですが、私は一夜の火遊びを許される身分ではございませんので謹んで辞退させて頂きます――」

セフィリアが二振りの剣を手に、ナードへと走る。
交差の直前で跳躍し、天井に空いた穴から、列車の外へと躍り出た。

>「――俺は、先走りやがったセフィリアの後を追う! だから、ここは任せるぜ!!」

続いてフィンが、セフィリアの後を追った。
敵を良く知る彼が残した情報は、ナードが自分以上の遺才遣いであることと、色狂いであるということ。
出来ることならこちらを動揺させるための台詞であって欲しいと、そう願っていた最後の望みが、絶たれた。

「はあ……、仕様がないわね。」

ため息と共に思考を切り替える。眼前の相手をいかに対処するか、今考えるべきはそれだ。
実のところ勝算というか対処の仕方は即座に閃いてはいた。事前情報で相手は"甲冑遣い"の遺才能力者だと判っている。
ならば相手の誘いに乗った風を装って裸に剝いてしまえば、相手は遺才遣いではなくなる。後は煮るなり焼くなり好き放題なのだ。
なのだが。

(正直やだなあ……)

切り替えきれなかった思考のままに、心中でもう一度嘆息した。

188 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/12/08(土) 03:34:37.74 0
>「……私、すっごく嬉しいです!アノニマス様!」

(い、行った!?)

戸惑うノイファをよそに、マテリアがナードにしなだれかかる。
首を傾げて上目がちに見詰め、甘い声で囁き、甲冑に包まれた腕を胸元にかき抱く。
ノイファが思いつき、実行に至るのを躊躇したハニートラップを、実にマテリアはやってのけた。
嫌で嫌で仕方ないのは間違いあるまい。その崇高な姿勢に感動すら覚える。

>「私、アノニマス様ともっとお喋りしたいんです。
 貴方がどんなに素敵で、強いお方なのか……もっともっと、知りたいんです」

(ここはやはり、援護に行くべき……ですよね!)

ごくり、と息を呑み込む。
既に勇気は貰った、ならば今度は行動をもって返すべきだ。
意を決して一歩を踏み込む。

>「ヴィッセンさん、下がって!その男が本当に本人かわかりません!」

それに先んじて、ファミアが声も高らかに、転経器を振り上げる。
見ようによってはメイスともフレイルとも見えるそれは、ファミアの豪力を推進剤とし床に突き刺さる。
もともと空中から落下してきたナードの衝撃で、殆ど半壊していた床板がさらに悲鳴をあげる。

ファミアの狙いは床を貫いてそこから落とすという方法だろう。
確かにいかな防御の天才といえども、足元がなくなればどうにもならない。

(どちらを選ぶか――)

ファミアのプランに乗るか、たしなめて色仕掛けを継続するか。
マテリアの援護のために踏み出した一歩を、さらに踏み込み、床を蹴り抜く。

沈めた体を捩り、立ち上げ、円転を利用し抜剣。
ナードが抉り、ファミアが打ち壊した床板の更に下。剝き出しの車台に刃を滑らせた。
三度奔った剣閃が、二度の衝撃で脆くなった基板部分に亀裂を入れる。
手ごたえは十二分。全身甲冑を着込んだ人間一人の重さには耐えきれまい。

「――なんて考えるまでもありませんね。」

例えば空中から落下した勢いが強過ぎて、床板まで貫いて列車から落ちてしまったのだとしたら、それは仕方ないことではないか。
ファミアの叫びも無かったことには出来ないし、名分も立つし、何より色仕掛けしないで済むのならそれに越したことはない。
マテリアの努力はヴァフティアに付いたら盛大に労おう、そう心に誓いながら、ノイファはナードの足を払うのだった。


【ファミアに協力→足払い】

189 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/12/08(土) 16:20:37.46 0
ファミアの了承を取れたことで、干し肉を手渡そうとしたら、手ごと食われた。

「…」

一瞬何が起きたか分からずスイはフリーズする。
そして咀嚼を始められた。
隙を見計らって手を引いたものの、手に残るのは噛み跡。

「(地味に痛かった…)」

しみじみと思ったところで、ふと上空から猛烈な勢いで“何か”が迫ってきているのを感じた。

>「お前ら、車両の中央から距離を取れ!!早くっ!!!!」

フィンの警告が響くのと同時に、スイは即座に跳躍、足を少々滑らせながら客席の背もたれの上にすぐに動ける体勢で止まる。
直後に、轟音と共に屋根から床を陥没させるまで、あらゆるものを破壊し舞い上がらせ何かが着地した。

>「名乗りは今更必要あるまい。だが自己顕示欲の塊である俺は名乗る。ナード=アノニマス、遊撃二課だ。
>朝のお着替えに手間取ったせいで遅刻したが、俺もこの列車に同乗することになっていた。
>貴様ら――遊撃一課を"何事も無く"ヴァフティアへ送り届ける護衛任務でな」

どこかで見たことがあると思えば、先程ほんの少しだけ見えた新聞に載っていた人物だと思い当たる。
フィンはどうやら面識があるようだ。
よくあんな甲冑で動けるものだと、スイが心底感心していると、そのナード=アノニマスがとんでも無い発言をした。
勿論、女性陣は完全に引いている。
そもそも中性的な顔立ちのせいで女にカウントされていない(と信じたい)スイですら、思わず口が開いたほどだ。

「戦場で、似たような奴は見掛けたが…ここまでの重傷人は初めてだ」

190 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/12/08(土) 16:21:14.61 0
呆然としたままスイは呟く。
しかし、ちょうど上手いことにこの変態が突き抜けた屋根には人一人分ほどの穴が開いている。

>「せっかくのお誘いですが、私は一夜の火遊びを許される身分ではございませんので謹んで辞退させて頂きます
……そもそも、私は今から帝都に帰るのでこれで失礼します」
>「――――ナード=アノニマス!俺は健康上の、セフィリアとスイは家庭の事情で任務は欠席だ!!
 てめぇらの上司にその事伝えとけ!あと、俺の大事な仲間に手ぇ出したらぶん殴るからなこの色狂い!!」

セフィリア、続いてフィンがその穴から出て行く。
スイもそれに続いた。

「まあ、そういうことだ。精々、“良い夢”でも見ておけ」

当然、この列車に残るメンバーでは、彼の望むものなど見られるわけが無いだろう。
そんな意味でスイはナードに哀れみの目を向けながら屋根の上へと登った。
そこで見たものは、フィンの背中と、突き進むセフィリア、そして――――竜。

「竜…?あれが、師父の言っていた」

最も、風を知る者。
上空の嵐をものともせず、優々と進むその雄大な姿。
風を知り得るからこそ為し遂げられるその姿に、スイは高揚した。
あれが、遊撃二課の隊員であろうことは見当がついている。
だからこそ、余計に闘志のような気持ちが芽生えたのだ。

>「突っ走るなセフィリア!未知の相手だぞ!?せめて盾役がいねぇとヤバ過ぎる!!
 ……くそっ!スイ、あいつらが攻撃してきたら俺が出来る限り防いでみる!!
 だからお前は、この風と、できるならあの竜騎士の動きをどうにか出来ねぇか!?流石にこれじゃあ不利すぎる!!」
「わかった!」

フィンの援護要請にしっかりと頷き、先ずはセフィリアとフィンに吹きつける風を強制的に避けさせる。
今だけなら、彼らの周りは無風状態同然だ。
そして、未だ優雅に泳ぐ存在を見上げ不敵に笑った。

「お前が風を知る者だったら、俺は操る方だ!」

そうして狙いを定め、竜の四方八方から突風を吹かせた。
これならば仮に攻撃をしてきたとしても、標的はスイのみになるだろう。

【フィンとセフィリアの周囲の風を逸らす。
 竜を翻弄させるために突風を吹かせる。】

191 :名無しになりきれ:2012/12/15(土) 01:36:26.81 P
保守

192 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/12/16(日) 20:34:18.08 P
堕天した銀甲冑の従士に、遊撃課の面々の対応は実に多岐にわたった。
まずセフィリア・ガルブレイズが「帰宅する系の仕事があるのでこれで」とばかりに戦線から離脱した。
その行動の迅速さたるや、かつてアノニマスが文通二年でようやく会うことになった相手との待ち合わせに、
甲冑をがちゃがちゃ言わせながら登場した際の反応にとても良く似ていて、彼は大いに傷ついた。

「どんなに頑丈な鎧を纏っていたって、心の痛みは防げない……!」

傷心の彼は帰宅後、保護術式で大切に保管してあった文通の手紙を全てオリーブオイルで炒めて食べた。
苦酸っぱい青春の味がした。あるいは酸化した炭筆の味だった。

>「今そこにいるナード=アノニマスは、昔の俺が一度も敵わなかった男だ――――」

フィン=ハンプティは、アノニマスがどういう人間か知っているらしく、仲間に警戒を促した。
先んじて撤退したセフィリアの後を追ってアノニマスに背を向ける。

「そう褒めるなよ、『最終城壁』!確かにこの俺こそは最強過ぎて軽く参っちゃうこともあったがな。
 頂点は常に孤独だ。仕事場から貴様がいなくなって、それは確かに加速した!」

アノニマスもまた、フィンのことを知っていた。
引っ込み思案で孤立しがちだったアノニマスに、同じ対象を護ると言う点で『仲間』だからと気さくに声をかけてきてくれたのが、
他ならぬフィン=ハンプティだったのだ。引っ込み思案と言うか、妄言しか言わないので遠巻きにされていただけだったが。
しかしそれでもアノニマスは、己のことを引っ込み思案だと信じて疑わなかったし、
――そんな自分と普通に話せるハンプティさんマジコミュ力パネーと思っていたのだ。

「しかし聞くところによると貴様、コミュ力のメッキが剥がれて左遷されたそうじゃあないか。
 こんな遊撃課とか言う意味不明団体にまで飛ばされて、未だにお飾りの"仲間"ごっこかァ〜〜?」

刹那、言葉の追撃をかけようとしたアノニマスの喋りが途切れる。
フィンの蹴りあげた木片が鉄仮面を直撃したのだ。
再び視界を取り戻した時、既にフィンの姿は列車内にはなかった。セフィリアを追ったのだろう。

「フン……まあ良い。所詮は護るしか能のない男よ。いや確かに、その一点に置いては凄かったがな――俺ほどじゃないが」

言って、アノニマスは一歩を踏み出そうとした。
しかし、立ちふさがるものがあった。その影、女性!アノニマスは一瞬で硬直した。
マテリア・ヴィッセンが両手を揉み揉みしながら近づいてきたのだ。

>「私、アノニマス様ともっとお喋りしたいんです。
 貴方がどんなに素敵で、強いお方なのか……もっともっと、知りたいんです」

どこから出してんだってぐらい真っ黄色な声、猫撫ですぎて禿げ上がる声を出しながらマテリアはアノニマスに腕を絡める。
甲冑の板金越しに女性の体温が、息遣いが聞こえてきて、アノニマスはドキがムネムネ爆発寸前だった。

(なんだ……この胸の高鳴り……これが……恋……!?)

指先がじんじんして、口の奥がカラカラで、こめかみをぎゅんぎゅん血液が巡っていくのがわかる。
思ったことをそのまま口に出した。

「出会って5秒で一人陥落――!今日の俺の罪深さ、留まるところを知らぬ!」

193 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/12/16(日) 20:35:25.01 P
恋!その素敵な好奇心が、アノニマスの青春を変えた!
時間がぎゅっと圧縮されて、二人だけの時間が永遠に続いていく。ねっとりと流れる時間の中、誰かの指先がこちらに向けられた。

>「ヴィッセンさん、下がって!その男が本当に本人かわかりません!」

ズバリ痛い指摘をしたのはファミア・アルフートだ。
噂はかねがね聞いている。遊撃課のトップ・オブ・イロモノ、極悪非道の人非人、"課長使い"、その武勇は枚挙に暇無し。
可愛い顔して超絶外道なその指先が、アノニマスの鉄仮面をブレず揺らがず貫いていた。

「ほほうほう。貴様の言いたいことはAtoZ、全て分かったぞファミアちゃん。つまりはこういうことだろう。
 ――アノニマス様の本体のハンサム顔が見たいと!。
 気持ちは分かる。俺だって俺のハンサム顔が見たいよ。そういうご依頼、お便りが全国津々浦々から届いているのも事実」

だがなあ――とアノニマスは指を振った。

「俺が俺であるかどうかなど、この場じゃ瑣末な問題じゃあないか。
 貴様らが神と崇めるこの俺が、従士隊の若きエース・ナード=アノニマスでなかったとして……。
 その時は、『知らない美の化身が同乗していた』、事実はそれで済む」

アノニマスが本人でなかった場合、遊撃課は彼に対して『任務遂行を妨げる部外者』として攻撃する権利を得る。
だが、それだけだ。ナード=アノニマスを攻撃で破壊できる者など、帝国には一人も存在しないのだから。

ファミアの手に握られた、棍棒もとい転経器が、回転分だけ功徳を積みながら打ち下ろされた。
対する銀甲冑の従士は、構えもなくそれを迎えた。

「間抜けがっ!その程度の青っちょろい攻撃でこのアノニマスが砕けるかッ!」

響いたのは金属同士がぶつかり合う音――ではなかった。
アノニマスを素通りした転経器は、そのまま真下へと振り下ろされて、そこには――

「意外!それは足元!」

ファミマが狙ったのは、アノニマス自身ではなくその足元。
彼が立つ床目掛けて、転経器が叩き込まれる。質量を伴った一撃は容易く床材を砕き、その向こう側を露出させる。

顔を出したのは――高速で流れ続ける地面である。
足場を崩され、アノニマスはぽっかりと空いた穴へと落下する――

「こ、こいつ、考えてやがる!甲冑の長所である『鉄壁の防御力』を、直接攻撃をしないことで無意味化し!
 欠点であるところの『鎧の重さ』が!そのまま俺に牙を剥くような戦略をこの短時間で!」

踏ん張るものの何もない中空で、ほんの一秒後には地面と列車の間ですり潰される運命のアノニマス。
彼は、だが、と言葉を繋ぎ、両足を甲冑の可動域限界まで広げた。
金属製のブーツの爪先は、これもまた金属で形作られた鋭利な先端である。
アノニマスはそれを、床穴の側面に突き刺した。両足共に――足が突っ張り棒の役を果たし、彼は落下しない。

「だ、が――この俺こそは『甲冑使い』!帝都で最も板金鎧の扱いに長けた男よ!
 甲冑のいいところ、悪いところ、全て熟知した上でこの戦場に臨んでいるのだッ!
 『甲冑の特性を逆手に取る』などという戦術!このアノニマスには無駄無駄無駄ァァァッ!!」

>「――なんて考えるまでもありませんね。」

アノニマスが勝ち誇った瞬間、彼の周囲に風が奔った。
風は不可視の威力を携えていて――アノニマスの引っかかっている穴の、基部を正確に三回、切り刻んだ。
最初の衝突で脆くなり始めていた列車の土台が、石造りの悲鳴を挙げながら崩壊していくッ!

アノニマスは両足に力を込めて、なんとか土台の崩れるのに抗う。
術式強化された彼の膂力ならばできない相談ではない。しかし――その努力をあざ笑うかのように!
無慈悲な鉄槌がアノニマスの足を刈る!打ち込まれたのはノイファ=アイレルの足払い!!

194 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/12/16(日) 20:36:12.92 P
「わ、忘れていた!遊撃一課にはこいつがいたのだ!残虐性、外道性においてファミアちゃん以上のーーーッ!
 馬鹿な!このアノニマスが、持ち前の防御力を披露する前に退場だとォォォーーー!?」

強烈な足払いによって回転したアノニマスは、そこかしこを穴の内壁にぶつけながら列車の下へと吸い込まれていく!
ばきばきばき、と金属がひしゃげる音が、穴の奥から聞こえてそれきり甲冑姿は見えなくなった。

襲撃者の退場に、遊撃課の面々が安堵の息を漏らすであろう、その時。
突如大陸横断鉄道の列車がガクンと揺れ、露骨に速度を落とし始めた。
がりがりがり、と何かを削る音が、ブレーキ音の代わりに劈くように響き始める!

「いかんいかん、このままでは俺という障害物を機関部に挟み込んで、列車が停止してしまう」

穴の向こうから、アノニマスの声が飛んできた。
がしゃり、がしゃりとひしゃげた金属が動く音。だんだんと近づいてきている。
やがて――穴のへりに銀色の五指がかけられた。土埃にまみれてはいるが、傷のない甲冑の指先だ。
指先から、手首、籠手、肩と順番に姿が見えてきて、最後には銀甲冑全体が穴から吐き出されて客室にまろび出た。

「穴を空けて落とす、という発想は良かった。実に教科書破りの妙手。だが誤算があったよなァー。
 『この俺が列車よりも硬い』というところまで織り込み済みでなかったのが、今回の貴様らの敗因だ」

アノニマスの銀甲冑は、ところどころがへこんでいるし、砕けてインナーが露出している箇所もある。
しかし、何らかの修復術式が働いているのか、ヒトの傷が治るのを早回しにしているように、やがて完全に直ってしまった。

「このアノニマスは!己の扱える術式の全てを甲冑『ブリガンダイン』の強化に費やしているッ!
 結果的にあらゆる戦場で活躍できるような汎用性こそ失ったが、『護衛』という一点において俺に勝るものはなし!
 護衛対象には、この俺自身も含まれている。そこがフィン=ハンプティと違うところだなァー!」

ビシィ!と口で擬音を言いながらアノニマスがマテリアを指で差す。

「先ほどこの俺に擦り寄ったな、マテリア・ヴィッセン。聴覚に優れているらしいが、俺の鼓動ははっきりと聞こえただろう。
 俺はこの甲冑に15の性能強化魔術に加えいくつか趣味でお遊びの要素を入れているのだが……、
 その中に『感覚共有』『質感再現』という術式があってな。
 俺は鎧に触れたものの触感を感じることができ、そして鎧の表面に俺の体表と同じ質感を創り出すことができる。
 つまり、鎧を俺自身の肌に変える魔術!そいつを貴様が擦り寄ってきた時に発動した」

これがどういうことかわかるか?とアノニマスは感情の見えない鉄仮面の奥から問いかける。

「貴様が愛おしそうに頬ずりしたそこは!――この俺のナマ肌だッ、間抜けがァァー!
 マテリア・ヴィッセン!貴様は既に、このアノニマスに抱かれていた!あの瑞々しく柔らかい肌!心地良い感覚よォォ〜〜!」

再び速度を取り戻し始めた列車の中で、アノニマスの哄笑だけが大気を震わせる。
自動修復の完了したブリガンダインが、つんのめるように前のめりになって、

「――まずは一人。次に俺に抱かれたい女体はどっちだ?」

甲冑の背に施された『噴射』の術式が発動した。
重く、鈍重なはずの全身鎧が、セフィリアの撤退速度に並ぶスピードでファミアの元へと飛翔する!


【列車の下から復帰。マテリアに精神攻撃。鎧に仕込まれた噴射術式によって空飛ぶ甲冑がファミアの元へ】

【アノニマスの防御能力:『甲冑使い』、自前の銀甲冑"ブリガンダイン"は重く、硬く、自己修復機能を備えている。
            対して攻撃能力は低いが、機動力の低さを補う噴射術などの魔術で体当たりすればそれだけで高威力】

195 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/12/17(月) 00:52:46.24 P
音の壁を突き破る速度の中で、女従士ニーグリップ=モトーレンは考える。
空飛ぶ馬鹿ことナード=アノニマスと、モトーレンは遊撃二課で唯一従士隊からの純粋な部署異動によって編成された者達だ。
二人は従士。故に、世間に公表されていない遊撃課の存在も、同じ従士隊として官報などで知る機会があった。
女性率の高い部隊ということで、アノニマスは喜び勇んで監視任務を希望していたが、

(実情はあの馬鹿が妄想してるようなジュブナイルな部隊じゃあ、ない。
 ダンブルウィードでも、ウルタールでも、タニングラードでも!遊撃一課は共通する一つの結果を出してきた――)

それは、

(――事態をやたら大ごとにすること!!)

特にタニングラードではそれが顕著だった。
他国への牽制をかけつつも、静かに第三都市を征服するのが上層部の方針だったと彼女は聞き及んでいる。
しかし実際は、三国間を巻き込むようなとんでもない大立ち回りをやらかした上に、現地住民の反乱まで喚起してしまった。
これで今後十年は確実に、諸国の監視の目がタニングラードに向いてしまった。
そのうえ、最強の暗殺者ユーディ=アヴェンジャーを始末できず、タニングラードの守護戦力として放置する羽目になった。
元老院がその後に計画していたあらゆる暗躍の計画が、全て水泡に帰したということだ。

そしてついに、元老院は現遊撃課の排除を決めた。
逆に言えばそれは、ここまで決定的な損害が出るまで、遊撃課を廃止しようとはしなかったということだ。

(その事実は、『遊撃課の存在価値』を裏付けるものとなる)

設立のコンセプトとは別に、何かしらの意義があって遊撃課は成り立っていたのだ。
まずモトーレンが考え得る利点は、『非実用技術の遺失防止』だろう。
技術の発展の過程ではよくあることだ。例えば橋を作る技術は、街の全てに橋を掛け終えれば不要のものと化す。
橋をかける仕事はなくなり、仕事がないので新たに橋作りの技術を学ぶ者がいなくなり、やがて失伝する。
しかし、いつか橋が壊れた時、新しい橋をかけようとしても、その技術を持つ者がいないので橋を作れなくなってしまう。
そのような事態を防ぐために、定期的に仕事を与えることで技術の継承を続けさせる。
遊撃課の面々も、技術の保存を目的に元老院に飼われていたのかもしれない。

(それが、ここへ来て遊撃課を封殺する命令……つまり、技術の保存が必要なくなった?)

遊撃課の持つ遺才を、代替再現できるような技術が発見された。
それならば元老院の手のひら返しも納得できる。もう遊撃課を飼っておかなくても良いからだ。

眼下、二つの人影が列車の屋根の上に飛び出した。
遊撃一課のセフィリアとフィンだ。セフィリアは一目散に貨物車の方へ駆け出し、フィンはこちらを見て叫んだ。

>「そこのすげぇ恰好いい竜に乗った騎士!俺は遊撃課所属のフィン=ハンプティだ!!
 いきなりだけど、怪我人一人と貴族と付添はやむない事情で今回の任務を辞退する!見逃してくれるよな!?」

「お褒めにあずかり光栄ですー!わたしは遊撃二課のニーグリップ=モトーレン。この子は騎竜ライトウィング。
 だけどざーんねーん!見逃せっていうその要求、やむない事情で拒否します」

モトーレンは厚手の革手袋を嵌めた手で、騎竜の首元を叩く。
それを合図にして、騎竜がフィン目掛けてまがまがしいあぎとを開いた。
列車の屋根と空中――騎竜とフィンとの間には、10メートル近い距離がある。
しかしモトーレンの駆る騎竜ライトウィングには、その程度の彼我の隔絶などなきものにする攻撃手段があった。

196 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/12/17(月) 00:53:28.44 P
「――ごめんね、スポンサーが怒ると怖いんだ」

騎竜の喉の奥で稲光が発生したかと思うと、吐瀉物のように光がせり上がってきた。
それは音と熱を伴う現象であり――炎と言う名を持った吐息(ブレス)であった。
まるで噴水を逆さにしたみたいに、放射状に形をつくった炎がフィンの頭上へ降り注ぐ!

「ライトウィングは、騎竜の名門血統とクリシュ藩国原産の『錬金火竜』の混血!
 火山地帯に生息する錬金火竜は、体内に未消化物を引火性の粉末として生成する器官を持っていて、
 声帯が発達した"火打骨"の摩擦で火をつけて吐息と一緒に吐き出すことができる!
 錬金火竜は非好戦的なおとなしい種族だけど、品種改良されたこのライトウィングのブレスの威力は――」

乙種ゴーレムを一撃で屠る!
いかに『最終城壁』のフィン=ハンプティと言えども、至近距離からのブレスを食らって無事で済むわけがない。
まず一人――とモトーレンが手綱握ったままガッツポーズとろうとしたその刹那、

>「お前が風を知る者だったら、俺は操る方だ!」

ごお、と突風が列車の屋根を洗った。
フィンを狙ったブレスが、その正体である引火性の粒子が、大気の動きにとらわれて流され、何者も害さず散った。
フィンは火傷一つ負わず、列車の上に立ち続けている。

(風防を貫通して風が来た――!?)

ありえないことだった。大陸横断鉄道は、空気抵抗による速度の阻害を除去する目的で風防結界が張られている。
それは前方からくる風を相当に緩衝するもので、フィンやセフィリアも風を感じつつも吹き飛ばされることはないはずである。
しかし、炎の吐息だけは風に煽られた。モトーレンは、この現象に心当たりがあった。

「『風帝』――!風を自在に操れる遺才を持つ"裏"は、滅多に出てこないって聞いてたけど――!!」

元老院から聞いたデータでは、確かにスイの遺才は制御不能な側面を持つとあったはずだ。
スイは心因的なトラウマによって、『風帝』の異名を取る遺才遣いと、冷静な傭兵の人格の二つを有している。
そして遺才遣いの方、"裏"は、非常に精神が不安定で、部隊での作戦行動時には出てこないと資料にも報じられていた。
しかしたったいまフィンを援護したスイは、紛れなく風の遺才を己のものとしていた。

「第三都市で何があったかしらないけど、いつの間にか、正真正銘の風使いになってたってわけね!」

答えの代わりに、風が来た。
刃の如き鋭さを秘め、槌の如き力強さを伴った風が、それも四方からモトーレンとライトウィングを襲う!

「ライトウィング!フェイント入れつつ3次元機動で突風の囲いを離脱!」

騎竜に指示を出しつつ、モトーレンは竜の背中に身をぴたりとくっつけて少しでも風の抵抗を減らす。
竜は鼻先で風を切り開きながら、装甲の頑丈さに任せた強引な機動で突風を躱し続ける。

(セフィリア・ガルブレイズを逃した――!)

貨物室には、セフィリアの愛機が一緒に積み込まれているはずである。
ゴーレムに乗ってこられると厄介だ。モトーレンの駆る騎竜なら、ゴーレムと渡り合うこともできるだろう。
しかしセフィリアは遺才遣い。普通の対ゴーレム戦術がそのまま通用するとは考えづらい。

197 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/12/17(月) 00:54:42.43 P
(でも、あっちには"彼"がいるはず)

大陸横断鉄道で遊撃課の"護衛"を命令されたのは、アノニマスとモトーレンの従士二人だけではない。
発車した時点で列車に乗り込んでいた、別の刺客がいるのだ。

ユウガ・フルブースト。
自身を『王国』のエージェントだと名乗る彼の者が、どこから来て何を目的としているかはわからない。
元老院からは、ただ一言協力せよとのみ申し付けられた。
つまりは、モトーレンたちではなくその上の元老院と直接に繋がりのある人間ということだ。
セフィリアの対処はあちらに任せ、モトーレンはそろそろ手強くなってきた突風の追跡に迎撃の手を打った。

「ライトウィング、風に向かって正面から深呼吸!」

指示通りに、騎竜は向かい風へ向かって大口を開いた。
荒れ狂う風が、赤い口腔へ向かって吸い込まれ、飛び込んでいく。
その途端、スイは操っていた風から反応がなくなったのを感じるだろう。
騎竜も人間も、魔力を扱う生物は等しくその体内の血管に魔力が流れている。
そして、肺は酸素交換のために毛細血管が張り巡らされたいわば血管で出来た袋。
騎竜の肺活量によって吸い込まれた風は、肺を巡る血管に宿った魔力によってスイの操作魔術から遮蔽され、切り離された。

「そう、わたしたちは風を知る者。だから――操る者の"狂わせ方"も知ってる!」

風に仕込まれたスイの術式をめちゃくちゃに狂わせて、騎竜はブレスと共にスイへと吹き出した。
スイの遺才ならばすぐに制御権を取り戻せるだろうが、それでも一瞬の隙は生まれる。
――その隙を見逃すモトーレンではない。

「責任とるのヤだから、頑張って五体満足でヴァフティアまで辿り着いてね!」

ぼとぼとぼと、とフィン・スイの足元に落ちてきたのは、吸着式の魔導機雷。それも無数。
先ほどのスイの風との攻勢の中で、こっそりとモトーレンが空中に散布していたものが、いま落ちてきたのだ。

「――爆撃ハッピー!」

風防結界を震わせる炸裂の大音声が、大陸横断鉄道の屋根を揺らした。


【スイの風を狂わせて火炎ブレスと一緒に返却/フィン・スイの足元に空から撒かれた無数の吸着機雷が】
【セフィリアを取り逃がすも、対処をユウガに任せる】

198 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/12/19(水) 23:06:45.08 0
>>「突っ走るなセフィリア!未知の相手だぞ!?せめて盾役がいねぇとヤバ過ぎる!!

私が屋根伝いにかけ始めた、ほんの少し後ハンプティさんの声が後ろから聞こえてきました
この行動の速さに頼もしさを感じつつ、振り返ることなく私は走り続けます

「ハンプティさん!足を止める時間がもったいないのです!
私は全力で駆けます!背中は任せました!!」

我ながら無茶苦茶なことを言っている
顔も向けずにこれだけのことを言っているのだ
きっとハンプティさんはとても怒っていることでしょう
それでも私は急がないと、あの騎竜、私のサムちゃんでなければ……

その時、私への風が極端に弱くなったのを感じました
「スイさん!感謝します
厳しい相手ですが、そのままの援護を頼みます!!」

スイさんへも振り向くことなく、駆けていきます
思えば私はスイさんとほとんど話したことがないのです
二重人格者だと聞いてはいますがこれといって会話をした記憶はありません
寂しいなと、ほんのちょっぴり哀愁感に苛まれました
しかし、それも頬に強風が当たると吹き飛んで行きます
今私が見据えることは一つだけ

「サムちゃんでたたき落としてやる」

199 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/12/19(水) 23:07:16.56 0
相手は護国十戦鬼、いくらハンプティさんやスイさんでも長い間の足止めは期待できない
早く私が戦力にならないと……
ギリ……と奥歯を噛み締めながら、ドラグナーを睨みつけます
竜騎兵といえば空の主役、上から見下されるの不快極まりありません
圧倒的有利な場所、兵装でほくそ笑んでいると思うと腸が煮えくり返る思いです

>「――ごめんね、スポンサーが怒ると怖いんだ」

「出資者は無理難題をおっしゃるといいますが
スポンサーサイドの私にはわからぬ話です」

無駄に言い返してしまいます
この風、距離、聞こえるはずもないのに……
このままいけば、貨物部分までいける
スイさんが風を操り上手く足止めしてくれている

(これが一流の魔術師というものですか……)

アイレル女史の物は何度か拝見しましたが、これほど大掛かりなものは初めてみました
戦闘中でもなければゆっくりと見物していたいほどのものです

これが私の甘さなんでしょう……
新たな敵の接近に気づかないなんて……

>「そこから動いたら、体がミンチになっちゃうよ?」

突然の言葉に動かし続けた足が止まります

>「俺は、ユウガフルブースト。一様、あいつらの仲間だ。」

「これはご丁寧にどうも
私はガルブレイズ家の末娘、セフィリアです
帝国貴族の末席に名を連ねさせていただいております」

余裕綽々の態度にこちらも負けじと応える
この程度で怒ってはいけない……
私は淑女なのです

>「俺も、あんたらを傷つけたくないんだ。だからさ、大人しく戻ってよ。」

しかし!私はこういう輩を許すことはできません!

「戻らなければ……なんだというのですか……」

200 :ユウガ  ◇JryQG.Os1Y:2012/12/20(木) 18:59:36.58 0
【遊撃二課、予定では、このまま参加し、支援と言うが。】
まあ、その内分かるとか思いながら、目の前の敵を倒すことを考えた。
>>「これは、ご丁寧にどうも
私は、ガルブレイズ家の末娘。セフィリアです。
帝国貴族の末席に名を連ねさせていただいております。」
「帝国貴族ねぇ」
【はい、帝国貴族出ましたー。いつも情報面では、お世話になっておりまぁす。】

>>「戻らなければ……なんだというのです……」
「ああ、拒否しますか。なら」
「それなりの痛みを覚悟していただく!」

そう言うと、ユウガは、走り出す。
尋常なスピードで、一気にセフィリアに急接近し。

「まっ、そんなに死なない程度にしてやるから、大人しく受けろ。」
まず、ユウガはセフィリアに対し、膝げりを腹に、その足をそのまま振り上げ、かかと落としを食らわす

【こんなもんで、大体戦闘不能になってくれれば、満足だね。】

(ユウガ、セフィリアに対し、格闘のコンボ。目的は相手の意識を失わさせる事)

201 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA :2012/12/20(木) 22:13:08.64 0
>>199のあとにこれが入りました
ごめんなさい

「私は脅しに屈するような精神は持ちあわせてはいません
誇り高き黄金の精神はあなたに膝をつくことは断じてない!」

両手の剣を天地に構え、相手の出方を伺う
後の先で潰す、それが相手の心を折るのには最適なのです

【ユウガさんに戦いを挑む、ユウガさんの先制攻撃でどうぞ】

202 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/12/20(木) 23:41:01.40 0
ナードが何か声を上げている。音は聞こえていたが、言葉は頭に入って来なかった。
ただ気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
マテリアの頭の中で、ただその言葉だけが延々と繰り返されていた。
ナードに触れているだけで、一秒一秒、汚らしい物が自分の皮膚に、体に、染み込んでいくような錯覚を覚える。

(守るんだ……!私が……私だって!)

二人を守る。
その決意が辛うじて、彼女の心を支えていた。
自分がこの男と楽しくお喋りしていれば、何の問題もないのだ。
列車がヴァフティアに到着するまでの残り時間や、お喋りのその先については、考えたくなかった。

>「ヴィッセンさん、下がって!その男が本当に本人かわかりません!」

ドブ川のように淀みつつあったマテリアの瞳に、ふと光が戻った。
咄嗟にアルフートを振り返る。
彼女の振り上げた転経器――という名の巨大な鈍器が唸りを上げて、打撃の瞬間を待ち侘びていた。

「わっ、わわ、ちょっと待っ……!」

マテリアは動揺を禁じ得ない。彼女からすれば意外も意外な事だった。
まさかファミアのような幼い子が、こうも迷いなくナードの排除に取り組み始めるとは。

慌ててナードの隣から飛び退く。
直後に激しい衝撃、震動、破壊音。
先ほどのナードの着地で窪んでいた床が容易く砕けた。
ナードに直接触れる事なく、彼の防御能力をも無意味と化す、珠玉の戦術だ。

>「――なんて考えるまでもありませんね。」

そして間髪入れず、ノイファが剣を抜いた。
白閃が三度奔り、辛うじて持ち堪えたナードに体勢を立て直す隙を与えない。

>「わ、忘れていた!遊撃一課にはこいつがいたのだ!残虐性、外道性においてファミアちゃん以上のーーーッ!
  馬鹿な!このアノニマスが、持ち前の防御力を披露する前に退場だとォォォーーー!?」

叫び声を上げながら、ナードは穴の奥へ消えていった。
甲冑がひしゃげ割れる音も、すぐに聞こえなくなった。

「……終わった、んですか?」

それでもマテリアは床の大穴から目を離す事が出来なかった。
少しでも目を逸らせば、またあの変態が這い戻ってくる気がしてならなかったのだ。
頭を振った。そんな筈がない。
未だ体の芯に残っている悪寒が、そう思わせているだけだと、自分に言い聞かせた。

「さむ……」

両腕を掻き抱いて、小さく身震いする。
寒いのは、上下の穴から吹き込む風のせいだけではないだろう。
なんだか無性に、湯浴みがしたかった。
余韻と呼ぶにはあまりに悍ましい、呪いのように染み付いた感覚を、洗い流してしまいたかった。

だが、まだだ。
まだ列車の上ではフィン達が戦っている。
加勢しなくてはならない。

そう判断し、マテリアはようやく穴から目を離して――瞬間、列車が大きく揺れた。
同時に耳を劈くような金属音が響く。
一体何が起こったのか。

203 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/12/20(木) 23:41:33.18 0
>「いかんいかん、このままでは俺という障害物を機関部に挟み込んで、列車が停止してしまう」

答えはすぐに示された。
初めに聞こえたのは声だ。悪寒を呼び覚ます声。ナード・アノニマスの声だ。
次に金属音――鎧の動く音が聞こえた。徐々に、確実に自分達の元へ近づいてくる。
やがて床の大穴から、鎧の指先が覗いた。

「そんな……」

マテリアが力なく首を横に振った。
耳に届いた音を、目に映った物を、拒絶するように。
だが止まらない。
再び金属音――指先に続いて手首が見えた。
金属音――手甲が完全に姿を現した。
金属音――肩当てが出てきた。
金属音、金属音、金属音――ついには銀の甲冑が完全に、穴から戻ってきた。

>「穴を空けて落とす、という発想は良かった。実に教科書破りの妙手。だが誤算があったよなァー。
 『この俺が列車よりも硬い』というところまで織り込み済みでなかったのが、今回の貴様らの敗因だ」

「……あり得ない」

思わず、そう零した。それから気が付く。思い出す。
この男はどうしようもない変態だが、同時にマテリアなど及びもつかないほどの天才だったという事を。
あり得ないだなんて言葉が通じる相手では、ないのだ。

>「このアノニマスは!己の扱える術式の全てを甲冑『ブリガンダイン』の強化に費やしているッ!
 結果的にあらゆる戦場で活躍できるような汎用性こそ失ったが、『護衛』という一点において俺に勝るものはなし!
 護衛対象には、この俺自身も含まれている。そこがフィン=ハンプティと違うところだなァー!」

銀の指先を差し向けられて、マテリアがびくりと震えた。

>「先ほどこの俺に擦り寄ったな、マテリア・ヴィッセン。聴覚に優れているらしいが、俺の鼓動ははっきりと聞こえただろう。
  俺はこの甲冑に15の性能強化魔術に加えいくつか趣味でお遊びの要素を入れているのだが……、
  その中に『感覚共有』『質感再現』という術式があってな。
  俺は鎧に触れたものの触感を感じることができ、そして鎧の表面に俺の体表と同じ質感を創り出すことができる。
  つまり、鎧を俺自身の肌に変える魔術!そいつを貴様が擦り寄ってきた時に発動した」

「まさか……。うそっ……そんな……」

分かってしまった。
ナードが何を言わんとしているのか。
自分が何をしてしまったのか。

>「貴様が愛おしそうに頬ずりしたそこは!――この俺のナマ肌だッ、間抜けがァァー!
  マテリア・ヴィッセン!貴様は既に、このアノニマスに抱かれていた!あの瑞々しく柔らかい肌!心地良い感覚よォォ〜〜!」

「いや……ぁ……」

マテリアは力なく、膝をついた。
知らぬ間に涙が溢れていた。嗚咽ばかりが漏れてきて、息が出来ない。

彼女がナードに媚を売り、すり寄れたのは、自分が触れるのはあくまで鎧なのだと自分自身に言い訳が出来たからだ。
けれどもその一線は既に、いとも容易く、踏み破られていた。
辛うじて堰き止められていた筈の汚らしいものが、どうしようもなく、自分の体に染み込んでいく気がした。

204 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2012/12/20(木) 23:42:22.78 0
ナードが高らかに笑っている。
マテリアには何も出来なかった。
隙だらけの変態に、後ろ腰に差した魔導短砲を撃ち込んでやろうか。
そんな考えも一瞬、頭によぎった。
だが、きっと通じない。彼の鎧はマテリアの術式を軽々と弾いてのけるだろう。
そしてナードは更に笑うのだ。勝ち誇るのだ。
そう思うと、何も出来なかった。もうこれ以上、この男に、惨めな思いをさせられたくなかった。

>「――まずは一人。

しかし、ナードがその言葉を発すると、マテリアは小さく顔を上げた。

(……そうだ。守らなきゃ……私が……)

ナードは残る二人も同様に、抱くつもりだ。
二人がそう簡単に手篭めにされるとは思わない。
だが、そうなってしまってからでは遅いのだ。

「誰が……誰がよそ見をしていいって……言いましたか……!」

>次に俺に抱かれたい女体はどっちだ?」

「どちらでもない……!あなたの眼に映るのは、この私だけで十分なんです!」

身を屈め、噴射の術式を起動するナードに、マテリアは横合いから飛びついた。
体が密着する。ナードがファミアを抱くつもりでいるのなら当然、例の二つの術式は発動してあるのだろう。
それでも構わなかった。それでナードが魔力の制御をしくじりでもすれば儲け物だ。
仮にまだ発動していなかったとしても、突進の軌道を乱し、初速を抑える事くらいは出来る筈だ。

彼女の背を押したのは、やはり二人を守るという決意――だけではなかった。
自分はもう、一度抱かれてしまったのだからという自暴自棄な思いが彼女の中にはあった。

「あなたが私以外の人を抱くだなんて、そんな事は我慢出来ない!絶対に!」

ともすれば愛の告白のように聞こえる言葉を叫ぶ事にも、抵抗はなかった。
ただ心の中で蠢く失意と絶望を、傷と痛みで誤魔化してしまいたかった。

【精神的ダメージ大。自棄になって抱きつきに行きました】

205 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/12/23(日) 00:39:04.12 0
>「……終わった、んですか?」
「……もちろん!」
どこか信じがたいという様子でアノニマスが落ちていった穴を見つめるマテリアに、
ファミアは自らの不安を振り払うように言い切りました。

打ち抜かれた床の、更に下。
高速走行と車両の重量に耐える車台を切り裂いたノイファの一閃は、アノニマスの未来をも等しく断ちました。
不埒者は文字通り蹴落とされ、これで落着、終わりのはずです。

ですが――
>「いかんいかん、このままでは俺という障害物を機関部に挟み込んで、列車が停止してしまう」
"終わる"ということは"新しい始まり"がないということを意味しません。

穴の縁に、しろがね色の指先がかかりました。
鉄の擦れる音に混じって聞こえた、ぎり、という音は重みの加わった床のきしみか奥歯の擦れる音か、あるいは両方か。
しろがね色はあっという間に面積を増し、数秒でアノニマスの全身は車内へと帰還を果たしました。

>「……あり得ない」
呆然としたマテリアが思わず漏らした呟き。全くファミアも同意です。
正直なところ、戦闘不能に陥れるのは不可能だろうと考えてはいました。
しかし、車外に落ちた挙句、雲を引くほどの速度で走る車輪に触れて弾き飛ばされずに戻ってくるなど、予測し得ません。

(鎧が頑丈なだけではない……優れた平衡感覚、精緻な身体操作、何が欠けてもこの人はここにいないはず)
フィンをして一度も勝てなかったと言わしめたその片鱗を見たくもないのに見せられた形になりましたが、
それで諦められるほどファミアは人生を達観してはいません。
まだまだ意気軒昂、いかに状況を打破するかと考えを巡らせ始めました。
(でも後ずさりしていてちょっと逃げ腰です)

が。
マテリアに指を突きつけたアノニマスの語る言葉がその思考を真っ向からぶった斬りました。
>「先ほどこの俺に擦り寄ったな、マテリア・ヴィッセン。聴覚に優れているらしいが、俺の鼓動ははっきりと聞こえただろう。
> 俺はこの甲冑に15の性能強化魔術に加えいくつか趣味でお遊びの要素を入れているのだが……、
> その中に『感覚共有』『質感再現』という術式があってな。
> 俺は鎧に触れたものの触感を感じることができ、そして鎧の表面に俺の体表と同じ質感を創り出すことができる。
> つまり、鎧を俺自身の肌に変える魔術!そいつを貴様が擦り寄ってきた時に発動した」

つまりアノニマスは間接的に全裸です。

それに気づいたマテリアは膝から崩れ落ちて呼吸すらもままならぬ様相に。
(何たる……何たる邪智!何たる暴虐!必ずやこの男を除かねば!)
なぜ神も権力もこの男を野放しにしているのかという強い強い憤りとともにファミアは決意を固めます。
ファミアはそれなりに政治がわかりますが、それが邪悪に対する敏感さを鈍らせるようなことはないのです。

206 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/12/23(日) 00:39:44.53 0
さしあたりは苛立たしい哄笑を止めるべく、ファミアは強い口調で言葉を投げつけました。
「もうやめてください、泣いてる人もいるんですよ!」
するとアノニマスは笑うのをやめました。しかし、ファミアの言によってではなく

>「――まずは一人。次に俺に抱かれたい女体はどっちだ?」
次の行動に移るためにそうしただけ。
前かがみになったその背に噴射術式の光が灯り、収束していきます。
ファミアはとっさに叫ぼうとしました。時間がなさすぎて意図が伝わるか不安です。

しかしそれよりももっと不安な材料が出現してしまいました。
>「どちらでもない……!あなたの眼に映るのは、この私だけで十分なんです!」
なんとマテリアがアノニマスに飛びついてしまったのです。

(くっ、これでは……いや、やるしかない!)
腹案の実行が危ぶまれる状況ですが、ファミアは強行を選択。吸った息を声に変えます。
「アイレルさん、連結器をっ!!」
そして声が終わるかどうかというところで、アノニマスの背の光が弾けました。

術式の余波はもはや暴力と呼べるほどの無軌道な推進力を物語っています。
しかし、実際に惹起された現象はそれからすると大人しめ。
(マテリアの名誉のために軽めに見積もって)40キロ程度の重量は、どうやらそれなりに枷として機能するようです。

それでもその速度は常人の全力疾走などとは比べるべくもなく、悠長に考えをまとめるなど無理な話でした。
なのでファミアは完全に反射に任せて構えを取ります。転経器の石突を床に刺す。それを土踏まずで踏む。
先端は腰回りに抱きついているマテリアを避けてアノニマスの胸板の中央にピタリと据え……そして、そこで"着弾"。

金属のぶつかり合う衝突音、床材の剥がれる破砕音。
そのまま数m押し込まれて、そこでようやく突撃が止まりました。
遺才で強化された力で握りこまれた足指は靴ごと床を掴んで推進力に抵抗しています。
しかしそれでも速度はゼロにはならず、手の内で転経器の軋む音が振動となって伝わるたび背筋が冷えてゆきます。

>「あなたが私以外の人を抱くだなんて、そんな事は我慢出来ない!絶対に!」
「"抱かれる"のは、許してあげても良いのではっ!?」
軋みがいや増してゆく中、ファミアは言うなり手首を返して石突をアノニマスの足の間へ差し込み、思い切り跳ね上げました。
逆の手でマテリアの手を掴み、引き剥がして抱きとめます。

いまだ起動したままの術式に押圧が加算され、アノニマスの体は再び上空へ。
また一つ増えた穴からは後方車両での爆音が聞こえました。
いくら南に向かうといえど、この時期の風の抱擁は中々に酷薄ではありましょう。
ですが、そういった厳しさに触れることもまた人生には必要なのです。

さて転経器は床に転げて、代わりに手の内に入ったマテリアに向けファミアは声をかけました。
「ヴィッセンさん、自棄を起こしてはいけませんよ」
それから、肩でしていた息を整えて言葉を続けます。
「確かに鬼だなんて言われているような人たちにはかなわないでしょうね。だったら……」
一度言葉を切って、指先でマテリアの鼻先をつん、とつついて
「"みんなで"やっつけてしまえばいいんです。私達ならできる、そうでしょう?」
そう結びました。

207 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2012/12/23(日) 00:40:40.36 0
それはあながち根拠のない強がりでもありません。
鬼の号こそ無かれども、アノニマスは確かに恐るべき才を有しています。
ですが、彼は少なくとも今この瞬間一人。対してこちらは遺才持ちが三人。

これは絆がどうとかいう情緒的な話ではありません。
それぞれが、自分たちにしかできないことをする。そしてそれを組み合わせることで単独では不可能なこともなし得る。
ファミアがほとんど参加していなかったダンブルウィードから、
ウルタール湖、タニングラードと証明し続けてきた、それこそが一課の力でした。
――そうやって大仕事をやってしまった結果が今回の大左遷だったりもするのですが。

まあモーゼル邸で自棄を起こして駆けずり回ったあげく肉団子になっていた小娘が
超小生意気なアクションを交えつつ上から目線で偉っそうに言うことではないと思われる方もいるかもしれませんが、
ファミアはいつでも棚の上に座っているので本人の中では問題ありません。

一方、尻にムチを入れられて直線を加速していったアノニマスですが、このままでは確実に戻ってきます。
術式で姿勢の制御はできるはずですし、そもそもまっすぐ射ち出された以上、
急カーブでもない限りそのまま落っこちても屋根の上なのです。
車輪の下からでも帰ってきたんだから春の嵐に吹かれようが荒野の狼に苛まれようが気にもしないでしょう。

なので、ノイファに『連結器を破壊するように』と声をかけたのでした。
あるいは動力室で一度列車の速度を落とし、帝都組の三人が降りたところで再加速する方がスマートかも知れませんが、
どのみち噴射術式の速度では列車には追いつくのは難しいでしょう。
しかしそれでは、向こうの相手が増えるだけではないか。
もちろん、それも問題なし。

なにせ二課の課員はこちらに残っている三人が普通にヴァフティアに行こうとしていることなど知らないからです。
帝都組の三人は「自分ら先に上がります」とはっきり宣言しましたが、こちらは去就など伝えていません。

つまり
何をするかわからない連中を放っては置けない

追跡能力があるのは竜を駆るモトーレンのみ

大勝利!    
という式がもうこの上なく成立してしまうのです。

帝都組にアレを押し付けるのに心が痛まないではありませんが、
きっと向こうの人達だって空飛んでる相手より地べた滑ってくる奇人のほうが与し易いはず。きっとそうです。
とはいえ、それも鳩や猟犬よろしくまっすぐ向かってくるであろうアノニマスを足止めできてこそ。
後続車両との距離が離れていなければ普通に飛び乗ってくるだけです。

しかし、行動の阻害だけならマテリアに任せれば間違いありません。
遺才を使ってちょっと背後から艶声でも聞かせてやれば、どこぞの類人猿よろしく
「もうガマンできない!」とか言いながらそっちへ突っ込んでいってくれるでしょう。
これもまた申し訳ない気はしますが、マテリアだって冷静に考えれば接触するよりはるかにマシだと思ってくれるはずです。

しかしここまで練られたこの計画、仮に全ての連携がうまく行ったとして、
"相手が二人"という前提が崩れるだけで瓦解しかねないものですが……。

【「チェンジ」】

208 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/12/24(月) 22:57:22.69 P
有史以来、竜と人との間には数多の英雄譚が築かれてきた。
英雄が邪悪な竜を打ち倒す勧善懲悪の物語、勇者が竜と共に魔物から美姫を救い出す冒険譚。
他にも、数えるのも馬鹿らしくなる程生み出されてきた、物語の数々。
内容も人物も背景も無秩序な人の歴史と共に増え続けてきたそれらの物語群。

けれども、それらの物語には一つだけ共通して表現されている事がある
それは、竜という生物が「強い」という事だ。

……

>「ハンプティさん!足を止める時間がもったいないのです!
>私は全力で駆けます!背中は任せました!!」

「ああ、くそっ!わかったよ!背中は守ってやるぜ!
 ただし、一息ついたら拳骨だ!俺、結構怒ってるんだからなっ!!」

その身に宿す才を駆使し異様な速度で疾駆していくセフィリア。
当然の事ながら防御の遺才しか持ち合わせていないフィンは、その足元の不安定さも相まって彼女に追いつくことが出来ず、
それが故に次善の策として、眼前の竜騎士への対処に集中する事を決めた。
幸いな事にフィンは足の速い仲間との連携は慣れているし、敵の竜騎士との距離も10m程はある。
これだけの距離があれば、防御の体制を整える事は可能である、そうフィンは判断したのだ。

(スイが足場を安定させたら、俺が攻撃をいなしてスイの遺才で消耗させる、
 んでもってセフィリアのゴーレムがトドメを刺す……って所か。結構キツイけど、やるっきゃねぇな)

そして、予想通りにスイの遺才により風が制御され、ようやく足元が定かになった直後。
それは起きた。
戦闘の流れを組み立てていた彼をあざ笑うかの様に

>「――ごめんね、スポンサーが怒ると怖いんだ」


フィン=ハンプティの眼前で、光が爆ぜた。


単なる光というには生温い。閃光とでも表現すべきソレ。
その正体は、炎。竜騎士が駆る竜――ライトウイングの口腔から放たれた恐るべき炎の吐息(ブレス)であった。

(はっ!?  な、避 無理 直撃す――)

天と地、10m近い距離を瞬く間に零へと引き摺り下ろした凶悪な炎の一撃は、
遠方から見れば、あたかも炎の瀑布の如くに見えたであろう。
規格外に膨大な質量と、恐るべき熱量。
防御においては比類なき天才であるフィンですら回避不能であり、死を予感するその吐息。
それは、生物としての格の差を認識させるものであった。

とっさに急所である両腕で首と胸を庇ったフィンであるが、その程度で炎をやり過ごせる筈も無い。
せめて次の瞬間に訪れるであろう熱と衝撃に備えるべく、息を止め足を踏みしめるが。

「……?」

衝撃は、いつまでたってもやって来ない。
不審に思いゆっくりと目を開けば、そこには


――――吹き荒れる風に散らされる炎があった。

209 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/12/24(月) 22:58:14.31 P
>「お前が風を知る者だったら、俺は操る方だ!」


名剣をすら歯牙にもかけぬという硬度を持つ鱗。
鉄の鎧すら蹂躙するとされる爪と牙。
行きとし生ける者共を焼き払う炎。
脆弱な人間等とは、生物としての格が違う存在。その竜の力を、

『風帝』。風を統べる王と称されるスイの権能が、凌駕していた。

「はは……」

思わず、フィンの口から笑いが漏れる。
それはスイの力の強大さと……そのスイが共に戦ってくれているという、安堵によるもの。

「……サンキュー、助かったぜスイ。危うく丸焼きにされちまう所だった。
 あの竜騎士、いきなりあんな出鱈目な攻撃してくれやがって!」

スイに礼を言いつつ、フィンは竜騎士を睨みつける。
だが……フィンは理解していなかった。この戦闘においてはその睨みつける、ほんの僅かな間すらも命取りになる事を。
故に、続いて眼前で繰り広げられた光景を見て、それが持つ意味をいち早く察知し、彼は戦慄する事と成る。

>「そう、わたしたちは風を知る者。だから――操る者の"狂わせ方"も知ってる!」

一瞬にして狂わされ制御を奪われた風。
吐き出された吐息(ブレス)
巻き散らかされた……魔導機雷。

なんという、なんという計算ずくの殲滅行為であろうか。
フィンの眼前に君臨する竜騎士は、竜と共に戦う方法。空での戦い方を熟知している。
鬼と呼ばれる者の力の一端を見せられ、フィンは全身が粟立つのを感じた。

爆発までのわずかな間に彼が出来た事と言えば、スイに覆いかぶさり、
マントと自身の身体を壁として、彼を守る事くらい。

>「――爆撃ハッピー!」

「スイ!風で『機雷から』自分の身を守ってくれ!」

そして、爆轟が空間を包み込む



近距離からの爆風と、竜の咢から放たれる熱風。
二重の猛攻は列車の屋根を焼き、金属を変形させ、戦地の廃墟の如き様相を生み出した。
先程、竜騎士は五体満足で――と述べたが、爆煙が晴れたそこに広がるのは、生命の生存を許さぬ修羅場の様。
モノが焼ける独特の匂いが辺りに立ち込めるこの場所に、無事に立っていられる人など、存在する訳がない。


そう、只の人であれば。

210 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2012/12/24(月) 22:59:05.25 P
「……っ」

竜騎士は見るだろう。吐息(ブレス)と機雷による蹂躙が終えられたその空間に「生きている」そのモノを。
風にはためくマントは、血色の深紅。
竜の咢へ向けて伸ばされている、光を否定するかの如き黒色の外殻に覆われた右腕。
そして、真っ直ぐに竜騎士を睨みつける、付けていた眼帯の外れた右眼。
瞳『以外』が深紅に染まった、見る者に人間以外を感じさせるその瞳。

「……はっ、どうした。竜の吐息(ブレス)ってのはこの程度かよ?」

『flawless(フローレス)』。
【気】によって構成され、触れた物体の気を喰らう事であらゆる防御を打ち崩す魔族の肉体の再現。
人から外れてしまった証を右腕に纏い、フィン=ハンプティは竜騎士へ獰猛な笑みを向ける。


……勿論、フィンのこの言動はただの強がり、はったりに過ぎない。
ライトウィングのブレスが魔術としては物理に寄る物であった為、切り札であるフローレスによって
かろうじでこの一度は防ぎきる事が出来た。

だが、この黒鎧は使えば使う程にフィンの肉体を蝕んでいくもろ刃の道具である。
気の過剰吸収による激痛と共に、魔族の因子の深化がフィンの人間としての機能を喰らっていく。
無制限にも使えるものではない。

それに、スイを覆うようにしての防御を決行したため、フローレスに覆われていない部分の肉は、
誘爆した機雷の破片と受けきれなかった吐息(ブレス)による余波で、出血と火傷も負っている。
このまま戦い続ければ、勝利が無いのは明らか。それを理解しているからこそ、フィンは虚勢を張るのだ。
まるで竜を打ち倒せる人間の英雄の様に、英知と能力を持って格上の存在を屠る人間であるかの様に振る舞う。
その人では無い力で、相手と対峙する。

「お望み通り五体満足で受けてやったけど、不満があるなら何百発でも撃ってこいよ。
 その力を、風を、全部阻みながら――――退治してやるぜ」

全ては相手を攻めあぐねさせる事を目的として。


「スイ、あの竜への攻撃を引き続き頼む。
 ……最悪、列車から身投げする事も手段として考えといてくれ。
 俺達二人の遺才なら、それでも生き残って帝都を目指せると思う」

フィンは、スイに背中を向けたまま小声でセフィリアのゴーレムが間に合わなかった場合の手段を伝える。

「鬼」を前にして、以前状況は厳しい――――

【黒鎧でブレスを防御 最悪の場合、列車からの飛び降りも検討】

211 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/12/28(金) 00:57:28.89 0
床へと貼り付けた十指に続いて上体が沈み、翻った外套に追うように長い髪が流れる。
伸ばした長靴の踵を通して伝わる、硬い金属の感触。
如何な防御の天才と言えど、文字通りマテリアがその身を挺しての最中に、足元まで気を配るのは荷が勝ちすぎていた。

>「わ、忘れていた!遊撃一課にはこいつがいたのだ!残虐性、外道性においてファミアちゃん以上のーーーッ!
  馬鹿な!このアノニマスが、持ち前の防御力を披露する前に退場だとォォォーーー!?」

とてつもなく失礼な怨嗟を残し、ナードが即席の奈落へ墜ちて逝く。
巨獣の顎にも等しい底から、鎧のひしゃげる音が断末魔の如く響き、やがて消えた。

「殺った……かしら?」
>「……終わった、んですか?」
>「……もちろん!」

登場から退場まで、あまりにスムーズに進みすぎたせいか現実感の欠如が著しい。
もしかしたら、定期的に繰り返される列車の微震と、払拭したつもりの不安が見せた悪い夢だったのではないだろうか。
そんな益体もない思考に陥りつつあった、まさにその時――大陸横断鉄道が大きく一度、揺れた。

(今度は……なんですかっ!?)

レールと車輪が擦れ、盛大に軋んだ金属音を響かせる。
急いで窓の方に視線を移すと、外を流れる帝都の風景が目に見えて速度を減じているではないか。
落下していったナードを列車が轢いたため、という訳ではあるまい。
外見に相応する重量を持った横断鉄道が、人ひとり巻き込んだ程度で走行に支障をきたす筈がないのだ。

(そういえば、もう一人居るようなことを言ってましたねえっ!)

ナード=アノニマスをここまで運搬してきた存在、その人物からの妨害か。
動き出した列車に追いつくことが出来るたことから考えて、飛龍か箒かゴーレムか、おそらくそんな所だろう。
しかし、判断を付けた直後に、ノイファは自身の考えが甘かったことを痛感することとなった。

>「いかんいかん、このままでは俺という障害物を機関部に挟み込んで、列車が停止してしまう」

追捕の声が轟くのは、地の底。
声の主には心当たりがあった。もっとも忘れる筈もない。
今なお耳に残る"変態(ナード)"のそれだ。

>「……あり得ない」

変態被害第一人者であるマテリアが呆然と呟く。言葉無く首肯することでファミアが同意を示す。
ぽっかりと空いた穴の縁に掛けられる白銀の手甲。
まるで大地の深くに封印された魔王が復活を果たすかのような異様。
背筋を恐怖が駆け巡る。また、アレの相手をしなければならないのか。

212 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/12/28(金) 00:58:30.21 0
客室に再び舞い戻り、決めポーズを取ることに余念のない変質者は、その余裕とは裏腹に瑕だらけだった。
列車の機関部に巻き込まれたせいで、至る個所がひしゃげ、陥没し、中には完全に破損している部分もある。

>「このアノニマスは!己の扱える術式の全てを甲冑『ブリガンダイン』の強化に費やしているッ! ――」

しかしナードが口上を告げる僅かの間で、まるで時間が逆行するかのように修復し、元の白銀を取り戻していた。
自身すらも完璧に守りきる。フィンを超えると豪語する天才の、明確な回答がそこにあった。

>「先ほどこの俺に擦り寄ったな、マテリア・ヴィッセン。――」

ナードの追撃は続く。
突き付けた指先に、わざわざ口でビシィと付け加え、傷心のマテリアに向けさらなる一撃を放った。

>「貴様が愛おしそうに頬ずりしたそこは!――この俺のナマ肌だッ、間抜けがァァー!
  マテリア・ヴィッセン!貴様は既に、このアノニマスに抱かれていた!あの瑞々しく柔らかい肌!心地良い感覚よォォ〜〜!」

(……な、なんてことを)

見ていられないとばかりにノイファは頭を振った。
か細い嗚咽をあげ、マテリアが崩れ落ちる。無理もあるまい。なにせ全裸のナードに抱きついたようなものなのだ。
落ち着いたらかけようと思っていた、マテリアへの慰めの言葉を修正する必要がある。
だが残念なことに慰めに足る言葉が微塵も湧いてこなかった。

(そっとしておこう――)

――沈黙には精霊銀と同等の価値がある。含蓄のある言葉である。

>「――まずは一人。次に俺に抱かれたい女体はどっちだ?」

哄笑を止め、前傾姿勢となったナードの背中に術式の光が燈る。
従士隊の基本戦術、『噴射術式』による突撃。この変態はどこまで悍ましいことを考えれば気が済むのだろう。
噴射の勢いそのままに抱きつき、あわよくば押し倒す腹積もりなのが見え見えである。

>「誰が……誰がよそ見をしていいって……言いましたか……!」

だが、飛び出したナードに追いすがる者が居た。マテリアだ。
思いのほか早く正気を取り戻したことに口が緩みかけたが、そうではない。
マテリアは正気に戻ったのではない。自棄になったのだ。

「マテリアさん!?――っ、出し惜しみしてる場合じゃなさそうね……。」

ノイファの指先が右眼をなぞり、右の瞳が朱に染まる。
ここから先、一手の間違いが大きな傷となって残る。主に一人の仲間の将来に。
白刀の柄に添えた手指が、恐怖と怒りの狭間で揺れた。ぎりと、歯の根が軋む。

213 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/12/28(金) 00:59:00.59 0
>「アイレルさん、連結器をっ!!」

迎撃の体制を整えるのとほぼ同時に、ファミアが転経器を片手にナードの前に躍り出た。
まさかその小さな身で、単身アレの相手をするつもりだとでも言うのか。
しかしそうではない。魔を帯びたノイファの眼が、数秒先の未来を脳裏に明滅させる。

「判ったわ!この場は任せるわね。」

踵を返し、疾走。
客室から外の連結器へと通じる扉を蹴り飛ばし、鞘走らせた白刀を大上段へ振り上げた。
裂帛の気合とともに、ありったけの魔力を両手に込める。
意匠のように刀身を飾る黒砂が魔力を喰らい、滲み出た黒色の粒子が刃を漆黒に染め上げる。

「ファミアちゃん!」

叫ぶ。視界の先ではナードの突撃をファミアが真っ向から受け止めていた。
だが勢いを完全に殺し切れていないのかじりじりと後退、がりがりと床材が削られ、やがて両者がぴたりと静止。

その瞬間だった。ナードが上空へと投げ飛ばされる。
否、止まったといえども噴射術式自体が消えたわけではない。噛み合った状態のままで吐き出し続けていたのだ。
そこでファミアが直線的な推進力を斜め後方へと逃がした。つまりナードは自分の意志で飛んで行ったことになる。
もっとも、ファミアの剛腕を支える背筋力なくしては出来ない芸当だろう。

「よいっ――しょおっ!」

黒刀を振り下ろす。貪るように魔力を吸われ、魂を削ぎ取られていく感覚に全力で抗う。
きつく握りしめた左手に渾身の力を込め、卵を包むように添えた右手で刃筋を修正。
裁断にともなう音は、無い。足で蹴りやることで連結器が静かに二つに分かれる。

ナードを乗せたままの後方車両から先が、緩やかに置き去りにされていく。
ここまでがファミアの考えたプランだった。

(さて、一応仕上げをしておきましょうか……)

ナードが体術だけではなく優れた術者でもあることは重々承知済みだ。
『噴射術式』以上の隠し玉がないとも限らない。
だからここで追い縋ろうとする意思を挫き、万全を期す。
ノイファの口端が残虐に吊り上った。

214 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE :2012/12/28(金) 01:03:10.79 0
46-4
心底嫌ではあったが、紛れもない強敵であるナードの一挙動から吐いた言葉まで、注視を怠ることだけはしなかった。
生半可な追撃では彼の意思を挫くことは出来ないし、より一層情欲を燃え上がらせることになりかねない。
しかし今までのやり取りを経て判ったことが一つ。

(そう彼は――)

――人一倍自尊心が高い。
それこそがナードの強さを支えているといっても過言ではないだろう。

(だからここで、心をへし折るっ!)

そのための方法はすでに考え付いている。
閃きをもたらしたのは天啓か、それとも悪魔の囁きか、どう考えても間違いなく後者だろう。

「ナード=アノニマスさん。」

連結部に立ったままナードを見据える。
見下すように首を傾げ、腰に腕を当て、吹き込む風に煽られた髪が舞う。

「私たち全員を抱くと仰いましたけれど……本当に"抱く"だけで良かったんですねえ。」

嘲笑うように視線を細める。

「数々の武勲に、華々しい経歴。そしてご自分を"美の化身"とまで断ずる貴方のことですから、
 さぞプライベートも派手なのかと思いきや、意外に可愛らしいところもある様子で……。
 ああ、失礼――」

伊達に娼館で働いているわけではない。警備担当ではあるが。
事あるごとに睦事のテクニックを教えようとする上司や同僚に、その都度そちらの仕事に就く気はないと跳ね除け。
それでもひょっとしたら何時か役に立つかもと耳を傾け、知識だけが積み重ねられた。
今この瞬間に必要になるなんて思いもしなかった。

ラ・シレーヌが誇る追加オプションが一つ。言葉攻めの絶技。
メンタルの弱いお客様は立ち直れなくなるから使わないよう注意しろとかなんとか、とにかくきつく戒められた術だ。

「――ひょっとしてそういった経験がない、とか?
 なあんて、まさかそんな筈がないですよねえ。」

慣れない言葉と仕草に耳まで赤く染めながら、ノイファはナードを攻め立てるのだった。

【連結器破壊→言葉攻め】

215 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/12/28(金) 19:18:08.78 0
スイの吹かせた数々の突風の中、竜がまるで何も感じていないかのように駆け抜ける。
その姿を見ただけでも、スイの闘志は下がるどころか上がるばかり。

>「……サンキュー、助かったぜスイ。危うく丸焼きにされちまう所だった。
 あの竜騎士、いきなりあんな出鱈目な攻撃してくれやがって!」
「出鱈目な事には同意だ」

そんな時、ブツリと操っていた風の感覚が突然途切れた。
なにかを仕掛けてくるつもりだと予測し、咄嗟にその風への魔力供給をしようとしたのを打ち切る。
この季節では風は無限に駆け抜けている。
ほんの少し位置を変えただけでまた新しい、そして性格の違う風が吹いていた。
スイの本領は風をあくまで『利用』することにある。無から創り出せないこともないが、それでは多大な魔力を食うのだ。
吹き抜ける風たちにほんの少しの魔力を加える、スイがしていることはただそれだけだ。

>「そう、わたしたちは風を知る者。だから――操る者の"狂わせ方"も知ってる!」

めちゃくちゃに狂わされた術式と共に竜から風が解き放たれた。
先のタニングラードの戦いの中でアネクドートと対決した際、己の風に牙をむかれたことがあるので自分の威力は重々承知していたが、さらに加わった竜のブレスがスイを混乱に陥れた。
この風は、自分の技量では受け止めきれない。
そう確信すると同時に、足下にぼとぼとと音を立てて無数の機雷が落ちてきた。

「しま――っ!」

頭の中では瞬発的に防衛と、それに次ぐ攻撃の方法が浮かぶ。しかし、そこから体を動かせるほどの時間はない。
たったコンマ以下の隙が、完全に命取りだった。
だが、フィンが一歩早く動いく。
彼はスイに覆い被さり叫んだ。

>「――爆撃ハッピー!」
>「スイ!風で『機雷から』自分の身を守ってくれ!」
「っ、わかった!」

フィンが言ったとおりに、機雷からのみの爆風を防ぐ。
続いて来る爆風と熱を予測しスイは目を固く閉じた。
今の状況では手出しが出来ない、そしてフィンが覆い被さったということは彼自身が盾になるということ。
フィンにはあの魔物としての力がある、ならばそれを信じるしかない。

216 :スイ ◇nulVwXAKKU:2012/12/28(金) 19:20:05.90 0
たった一瞬。
けれどその威力は凄まじく、魔物を有するフィンですら出血や火傷を負っている。
暫く嗅いでいなかった様々なものが焦げ付いた臭い、目の前に広がるのは最早使い物にならないであろう列車の屋根。
懐かしい、人と人同士が争う戦争のものをスイは見た気分だった。

>「スイ、あの竜への攻撃を引き続き頼む。
 ……最悪、列車から身投げする事も手段として考えといてくれ。
 俺達二人の遺才なら、それでも生き残って帝都を目指せると思う」

あまりにも堂々と全てを防ぐと宣言した後、フィンはスイにそう要求する。

「了解だ」

スイはそう答えるしかなかった。
今の一発で確定した。
例え、スイ自身の攻撃が乱されたメカニズムがわかっても、勝ち目はほとんどない。
さすがは鬼と呼ばれる者だと、深く感嘆すると同時に、己の絶対的に足りない力量に悔しさのみが募る。
先ほどフィンは宣言したが、『flawless(フローレス)』と呼ばれる彼の力はそうそう乱発は出来ない。
となれば、スイが出来るのはただ一つ。
ひたすら相手の注意をこちらに引きつけておくことのみ。
腰についている袋に手を突っ込み、薬草を幾枚か取り出す。
全く、傭兵時代の癖はとんと抜けないものだとわずかに苦笑しながらフィンにそれらを手渡した。

「これを自分のわかる箇所だけでもいい、怪我したところに貼ってくれ。それだけの時間なら俺が稼ぐ。」

力強く屋根を蹴り、ほんの少しだけ風を利用して浮く。

「身投げするときがあったら言ってくれ」

フィンに合図を任せ、スイは小さな鎌鼬で変形した金属の屋根を次々と切り裂く。
それらを宙に浮かせ暴風と共に解き放つ。

「悪いけどよお!このまま引き下がるわけにはいかねぇんだ!」

おそらく屋根の刃はブレスか何らかの形で無効化されるだろう。
だがその直後に来るのは巨大な鎌鼬と突風の全周囲攻撃。
しかしそれは竜の動きを確定させるもので、スイは最後の攻撃として、おそらく竜の一番無防備であろう翼に向けて槍のように特化した風を放った。
唯一の問題があるとすればそれは、竜が今までになかった動きをする可能性があることだろう。

【今までの行動を基に動きの予測→翼を狙う。
 フィンに患部に当てる薬草を手渡す】

217 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/12/28(金) 20:25:34.44 P
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