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【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン![【オリジナル】

1 :名無しになりきれ:2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN P
前スレ

【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Z【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1356693809/

2 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN P
過去スレ
1:『【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 』
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1304255444/
2:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】  レス置き場
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1306687336/
3:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!V【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312004178/
4:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!W【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1322488387/
5:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!X【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1331770988/
6:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Y【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1342705887/


避難所
遊撃左遷小隊レギオン!避難所2
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1321371857/

まとめWiki
なな板TRPG広辞苑 - 遊撃左遷小隊レギオン!
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/483.html

3 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN P
【→マテリア 『人間難民』】

ヴァンディット以下"人間難民"十数名の子供たちは、一斉に路地の向こうへと向かって駈け出した。
遺貌骸装『遠き福音』の効果は一瞬、長くて一秒程度しか持たない。
発動までに対象が持っていた速度や勢いが一度キャンセルされるために、飛ぶ鳥は落ち、走る者は再び加速が必要になる。
逆に言えば、マテリアのように走り出す前の態勢の者に対しては足留めの効果が薄い。

「ヴァンディット、じきにあの女は追いついてくる!」
「分かってる。もう一度使うぞ――遺貌骸装『遠き福音』!!」

こちらへ向かって驚異的なスピードで追い上げてくるマテリアへ向かって、ヴァンディットは再び槍を振るった。
適当な壁にぶつけられた遺貌骸装が澄んだ音を立て、赤く輝く刃がその身に秘めた呪詛を解放する。
響きは路地を乱反射しながらマテリアへと至り、槍へ向かおうとする者の足を留める――はずだった。

「馬鹿な、何故停まらないッ!?」

マテリアの足はとまらない。
その軍属らしき、洗練された挙動による加速は十全に発揮され、彼女の身体は一直線に路地を駆け抜ける。
所詮子供の速度でしかない人間難民達との距離は、みるみるうちに狭まっていく。

「耳栓、あるいは防音結界でも張ったのか……!?だがそんな隙は与えなかったはずだ!」

事実――遺貌骸装『遠き福音』を防ぐ方法は決して皆無ではない。
確かに音という不可視の現象を媒介としているが故に目視での防御は困難だ。
だがその性質を音に依存するということは、音と同じ方法で無効化できるということだ。

単純に耳栓や、両手で耳を塞ぐだけでも充分に効力を弱めることができる。
魔術による防音結界ならばほぼ完全に音をシャットアウトできる。
マテリアはそのどちらも使った痕跡はなかった。
見れば、ただ耳に手を添えているだけ……塞いでいるわけではなく、あれでは音が丸聞こえだろう。

「あの女、さっき『音を操る』術式使いだって言ってた……!」
「情報戦型の魔術師か……!音を操るだと?マズいぞ!!」

>「やった!やっぱり出来た!……じゃなくて!『これ』、お返ししますよ!」

懸念は現実のものとなった。
音が聞こえた。それも、何もないはずの前方の虚空から、疾走する彼らへ向かって!
手元の十字槍が赤く輝く。遺貌骸装が発動する――!

「――!?」

人間難民の子供たちは、全員が一様に空中にて動きを停止した。
それは一瞬だったが、再び地面に足をついたとき、彼らの身に先ほどの速度は残されていなかった。
慣性の喪失。『遠き福音』の効力が発揮されたのだ。

「相性が最悪だ……!!」

『遠き福音』は、その音を聞いた者の足を留める遺貌骸装だ。
音は単なる媒介に過ぎず――その効力は『対象者』によって発揮される。
呪い、呪詛とはそもそも儀式を行うことで『自分に害意を持つ者がいる』ということを相手に悟らせ、
その精神的な圧迫によって対象を不幸に至らしめる技術のことだ。

同様に、遠き福音の発動には必ずしも槍から発せられる音が必要というわけではない。
『槍から発する音を聞いた』という、対象者の認識こそが肝要なのだ。
すなわち、彼らが『自分たちは呪いをかけられた』と認識しさえすれば、遠き福音は発動するのである。

ヴァンディット達は足をとめた。再び逃走を開始するために腰を落とした瞬間――槍を掴む手があった。
マテリアだ。追いつかれたのである。

4 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN P
>「……私は、さっきも言いましたけど、左遷された身でしてね。大人ってほど、大人じゃないんです。

彼女は息も切らさず、しかし顔中に安堵の色を浮かべて語る。
ヴァンディットを始めとした人間難民の子供たちが、議長に抱いている感情をほんの一部だが、確かに正鵠を射た。

>「お願いします。私に、あなた達を助けさせて下さい。
> あなた達のような子供に、こうしてお願いする事しか出来ない……
  そんな弱い私を……信じて下さい」

ヴァンディットは槍を引く。マテリアの手による固定は柔らかく、すぐにでも振り払えそうだった。
しかし、紡がれる言葉が、何よりもこちらを上目遣いに見据えるマテリアの両目が、彼にそれ以上の抵抗をさせなかった。

「あんたは――」

ヴァンディットは槍から手を離した。
穂先と柄を繋ぐソケットが一人でに外れ、穂先はマテリアの手に残り、収縮した柄棒が地面に落ちて乾いた音を立てる。

「あんたはどうして、この街で出会ったばかりの俺たちや議長のために、そこまで想ってくれるんだ……?」

逃亡劇は終わりだ。
この場でうまく逃げおおせたとしても、遅かれ早かれ守備隊に発見され追い回されることになるだろう。
しかしそんな損得とは関係なしに、この狡猾のようで愚直なマテリアという女を、彼は信じたくなった。

「今まで、俺達に近づいてきた大人は皆、懐疑や警戒……あるいは薄っぺらい同情しか持っていなかった」

悪い人間、ではなかったのだろう。
普通の人間からすれば、怪しい集団がいれば警戒するし、子供たちだけで行動していれば裏にある事情を汲んで同情する。
だがそこまでだ。それも当たり前だが、同情を超えて見ず知らずの子供たちを構おうとする人間など正気の沙汰ではない。
一線を越えて近づいてくるとすれば、それは奇っ怪な集団が周りに害を及ぼさぬよう見張るための接近だ。
ヴァンディット達が相手にしてきたのは、そういう真っ当な意味で『まとも』な大人達だけだった。

「逃げて、隠れて、挙げ句の果てにはあんたに一回呪いまでかけている。
 だが、あんたは俺達から離れなかった。それでも俺達を護ろうとした。
 こんな大人は……初めてだ。正直、まともじゃあないよな、あんた」

ヴァンディット、と諫めるような声が背後から聞こえてくる。
そんなことを言って、自分たちよりも遥かに強いこの大人を怒らせやしないかと。
彼は諫言を背中に聞いて、しかし言葉をやめなかった。

「……でも嬉しかったよ、マテリアさん」

思ったのだ。
このマテリアという女がただの派手な女なのか、何か裏の顔のある只者じゃない女なのか。
どちらであっても、たった今こうしてヴァンディット達の心に肉迫してくる彼女は、偽りのなき本物であると。
その、『助けたい』という気持ちに、八方ふさがりな彼らの状況を預けてみたくなった。

「俺達、"人間難民"十五名の前途、あんたに預けた!
 俺達だってこのまま逃げ続けられると思っちゃいない。議長を救いたいと、そう思ってる!
 だが俺達じゃあ、これから一体どうすりゃいいのか分からないんだ。
 遺貌骸装はあれど議長は行方不明で、ここは帝都から遠い地方都市……この街の夕暮れよりも、俺達の行く先は暗い」

ヴァンディットはマテリアの手の中にある槍の穂先を指さして言った。

「その"遠き福音"はあんたに預けておく。俺達が持っていても仕方のないものだしな。
 そいつがこの人間難民のリーダーの証だ。あんたが、俺達を福音の方角へ導いてくれ……!」


【マテリア→"人間難民"の懐柔に成功。遺貌骸装『遠き福音』を入手。これからどうするつもり?】
【遺貌骸装について:『遠き福音』は槍を完成させて音を鳴らせば効果は発動します。
             ただし魔族の血同士が反発するため遺才と同時には使用できません】

5 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN P
【→ノイファ、ファミア 『議長』】

大ルグス像の顔面跡地にて、議長が訥々と漏らした嘆願。
それを受けて沈黙を破ったのは、ルグス神殿の神殿騎士、ノイファだった。
彼女の足元から下の神像登頂部にかけて、幾人もの気配があることは察していた。
いずれ劣らぬ強者達……聖術を修めた神殿騎士たちだ。
彼らはノイファの手前、我先に議長へ飛びかかるような真似こそしなかったが、その敵意は死角にあってもひしひしと感じられた。

>『……皆、聴きましたね。二年前のあの夜を、あの悲しみを、再び繰り返そうとする者たちが居ます。

ノイファは言った。
ただの言葉ではない。その手に持った念信器は、おそらく階下の騎士たちに通じているものだろう。
そうして己の言葉を分け与える意味は一つ。

>『心に燈った熱を、湧き上がる義憤を、叩きつけてやりましょう。
 後悔したくないから、すべてを賭して護り抜きましょう。
 ――"私たち"の最高にカッコ良いところを見せ付けてあげようじゃないですか!』

アジテーションだ。
巧みに言葉を用い、怒りの矛先を議長ではないこの事件の本当の首謀者へと導いていく。
言葉一つで、煮えたぎるほどだった義憤や敵意を、この場で発露させないようコントロールしているのだ。

一朝一夕で身につく技術ではない。
打算だけでなし得る業でもない。
人間の感情の表も裏も知り、その上で己の感情に同調してもらうこと。
他人の心を操るのではなく、自分に共感してもらう術を、ノイファは知っているのだ。

>「まあ、このくらいで良いかしらね」

念信を終え、さらっと言ってのける彼女は、ほんの数十秒の演説でこの場を丸く収めてしまった。
仮にも議長を冠する自分でも、到底追いつけない高みの技術だった。

>「私は貴女の言葉を、覚悟を信じる。
>「ちょっと騒がしい場所だけど……きっと退屈はしないから。まあ私と、私の頼りになる仲間に任せなさい」

「あ、ありがとう、ございます。でもどこへ……?」

ファミアの後ろに隠れながら、議長はノイファの導きに応じる。
威圧、というわけではないが、どうにもノイファと直に見つめ合うということができない議長だった。

>「それじゃ行きましょうか。そうそう、お腹空いてるでしょう?」

問いに答えないというよりかは、ヒントを出して楽しむといった風情で、ノイファは言った。
時刻は既に宵の口。大通り以外はまばらな光だけが、街の稜線を綴っていた。

 * * * * * *

6 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN P
【ヴァフティア・揺り籠通り】

大ルグス像からの下像は滞り無く済んだ。
道中、何人もの神殿騎士達とすれ違ったが、彼らは先程のような敵意を向けることはなく、
理不尽と同情のないまぜになった顔をしてこちらを見送るだけに留まった。

「また追跡(や)ろうぜ。今度は神殿抜きでな」

というかどちらかというと神殿騎士たちの視線はほぼファミアの方に固定されていたのだが。
男たちはいい笑顔でファミアを見送った。

神殿で治療を受けていたごろつき三人組の一人が、こちらに気付いて手を振ってきた。
脱臼した肩は繋がったものの、包帯による固定が痛々しい。
議長が何度も頭を上げると、ごろつきは苦笑しながら元気であることを示すように怪我した方の腕をぶんぶん振った。
治療にあたっていた修道士に頭をはたかれ、再び治療の悲鳴を上げるところまでワンセット。
彼女たちが神殿を後にする頃には、彼の悲鳴は死に際の虫みたいにか細くなっていた。

「確か、噴水広場から北へ進むと住宅街の"揺り篭通り"に入るんでしたよね」

ヴァフティアの構造は噴水を中心とした四ツ辻の大通りに、そこから派生した路地という典型的な横町都市だ。
特に北南を貫く大通りは北を揺り篭通り、南をカフェイン通りと呼び都市経済の基礎となっている。
揺り篭通りは住宅街の生活道路として整備された大通りなので、この時間帯に南の繁華街ほどの賑わいはない。
それでも大通りらしく、近隣住民の憩いの場として酒場やナイトカフェの灯りが通りに点在していた。
ノイファが導いたのは、その中の一つ。通りから路地一本入ったところに軒を構える、一軒の酒場。

「リフレクティア青果店……屋号は青物屋(生鮮食品店)なのに、酒場なんですか?」

よく見れば、『リフレクティア青果店』と看板のかけられた建物は二軒分の横幅をもっていた。
そのうち明かりがついているのは通りから見て右半分。
瀟洒な玄関づくりと、凝った意匠を施されたドアノブを捻って入った先には、

「わぁ……わたし、お酒のお店って入るの初めてなんです!」

対面式のバーカウンターと、狭い店内に散財するテーブル席。
教本から切って貼ったような、典型的な安酒場だった。
まだ夜は始まったばかりだというのに、客の姿が一つもない。
カウンターの向こうでは、バーテンダーと思しき一人の男が椅子に腰掛けて黄表紙本を読みながら欠伸をしていた。

精悍な風貌の、若い男だ。
まったく気合の入っていない普段着にバーテンの前掛けだけをして、髪が散らないようバンダナを締めている。
彼は客が入店してきたことに気付くと野良猫のような俊敏な動きで黄表紙本を放り投げ、椅子から立ち上がって諸手を組んだ。

「い、いらっしゃい!三名様だな、こちらへどうぞ――!」

彼は客の顔も見ないで慌ただしくカウンター前の三席へ布巾をかけた。
脂汗が顔中を伝っている。手早く席の準備を済ませると、バックヤードに向かって声を投げた。

「お、親父――!客だ、3日ぶりのお客さんだ!!ここは俺が食い止める、早くお通しとお冷の用意をするんだ!
 ――ああ?作り方忘れた?ざっけんなクソ親父てめーが接客したくねーって言うから厨房譲ってやったんだろーが!
 んなんだから俺が帝都行ってる間に爺さんの代から受け継いでるこの店に閑古鳥が鳴く羽目になんだよ!」

なにやら厨房と喧嘩をし出したバーテンの男は、青い顔をしながらこちらに向き直った。

「ご、ごめんな!いま、あの耄碌ジジイを厨房から叩き出してくるから!
 ったく、ドリアの一つも作れねえって一体今まで何食って生きてきたんだあのオッサン」

7 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN P
男は荒っぽい手つきで水のボトルを取り出すと、カウンターにグラスを3つ置いて均等に注いだ。
グラスの底に刻まれた術式陣がカウンター側からの魔力供給を受けて作動し、中身の温度を低温に保つ。
男はそれを見届けると、バーカウンターからバイアネット(魔導砲に刃を取り付けた武装)を取り出して厨房に殴りこんだ。

「てめー今日を先代剣鬼様の命日にしてやるぜ!そして俺があらたなる厨房の支配者になる!
 おらおら対地重撃剣術轟剣の錆になりやがれええええええええぇ!!!」

しばらく刃のこすれ合う剣戟音と、魔導砲の砲声、術式の炸裂する爆音などが厨房から響き、

「ぎえええええええ!!!」
ボロ雑巾のようになったバーテンの男がカウンターの中に吹っ飛ばされて戻ってきた。

「く、くそぅ……いい年こいて息子に容赦がねーぜあの親父。親子喧嘩に遺才剣術使いやがって、それでも親か!?」

だが!とバーテンは叫んだ。

「戦いの中でも俺は、剣戟の合間を縫ってお通しを調理することに成功した!
 さあ召し上がってくれ、こいつがリフレクティア青果店名物、茹で青豆とパンチェッタのソテーだ!」

客である彼女達の前に置かれた3つの皿には、刻んだ干し肉と茹でた青豆、それから半熟に調理された卵が入っていた。
半熟卵を潰して青豆と絡めながら、お好みで塩コショウやオリーブオイルをかけて食べるのが通好みだ。

「そして俺は、料理を食べて満足するお客様の笑顔を見ることが何よりの生き甲斐なのだ……んん?」

そこで初めてバーテンの男は、三人並んだ客の顔をまともに見た。
ファミアを見て、その隣の議長を見て、その更に隣のノイファを――見た。
瞬間、先ほどとは比べ物にならないレベルの脂汗が彼の顔面を駆け落ちた。

「あ、あああれれれ?なんでこんなところに、フィ……ノイファしゃん」

ちらりと横目で酒場全体を見回した彼は、投げ捨てた黄表紙本が遠くの床に落ちているのを認めると、
瞬間的な踏み込みでそこまで移動し渾身の力で本を蹴った。
黄表紙本は肌色の中身を見せつつ回転しながら吹っ飛んでいき、カウンターの下に滑り込んだ。
その間に冷静さを取り戻したバーテンは、ゆっくりした動きでカウンターに戻り、その表情に険を宿した。

「……いやマジでおかしいぜ。遊撃課にヴァフティア行きの任務なんて、俺は振ってないぞ。
 有給でも取ったのか?申請したんなら俺のところまで決裁のハンコが回ってくるはずだが……。
 お、アルフート、お前里帰りするって言ってたよな。お前の地元こっちだっけ?」

バーテンの物言いに、今度は議長が眉を開く番だった。

「あ……この人、中継都市でわたしたちに近づいてきた男の人です!
 わたしたちの顔ジロジロ見てホッとしたような顔して去っていったので……。
 連れの者になんだったのか聞いたら『童女の顔面を観察して悦に入る新手の変態だ。気をつけろよ』と」

「そんな奇特な性癖は持ちあわせちゃいねーよ! 都会じゃそんな複雑な愉しみが流行ってんのか!?」
「帝都出版でいま一番の人気図書は、『念画百発!足の裏』だそうです……」
「もう滅びたほうが良かったんじゃねえの人類!」

ぜーはー肩で息をするバーテンに対し、議長は至って冷静にそれを指さしてファミアに訪ねた。

「それでファミアさん、結局この人は?」

「俺か?俺はリフレクティア!お前が今話してるアルフートの上司の上司よ!
 そしてそれは裏の顔!しかしてその実態は――当店のバーテンにして副店長!
 裏で大根一本切るのに小一時間かけてる先代剣鬼の二番目の息子さ!」

バーテンの男――リフレクティアは、エプロンの胸を叩き、言った。

「リフレクティア青果店へようこそ!」

8 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN P
* * * * * *

「いやあ、ホントは親父と兄貴と妹でこの店切り盛りしてたんだけどな。
 兄貴がなんかやらかして投獄されて、妹が帝都の学校に進学しちまったもんだから、
 こうやって俺が定期的に帰ってきて店を手伝ってんだよ。兄貴が釈放されるまでな」

リフレクティアは聞かれてもいないことを嬉しそうに語った。
苦労を誰かに知って欲しかったようだ。

「ここ二週間は、俺はずっとこの街にいたよ。
 しかしなんだって、遊撃課が二人も揃ってこんな訳の解らん辺鄙な田舎に来てんだ?
 任務じゃあねえよな。俺がボルトに仕事振らなきゃ遊撃課の任務は発生しないからな」

リフレクティアは、遊撃課の創始者にして窓口担当だ。
元老院から依頼される"御下命"を、任務という形に整えて遊撃課長のボルトに振る。
そして支給品や交通手段の手配、地元住民への根回しなどを行なっていくのが彼の役目だ。

「ボルトに手紙送っても返事も寄越さねえし。
 帝都からの定期連絡も、『本日も異常なし』ばっかで任務の話なんか一つもなかったぜ。
 一体どうなってんだこりゃ?」

遊撃課の課員は任務のない期間は基本的にオフである。
が、いつ任務が発生するかわからないので、休日であっても帝都を離れないのが原則だ。
外に出たい者は、随時申請を行うことによって、『この期間は任務参加不可』であることを意思表示する必要がある。
それらの申請ごともリフレクティアが一括管理しているため、有給の取得を彼が関知しないということはあり得ない。

「なんかの間違いで申請が下りたのか、ボルトの奴が勝手に決裁したかだな。
 後者だとしたらあの野郎、帝都に戻ったら上司権限でシメてやる」

ぶつくさやっていると、『議長』と呼ばれた少女がおずおずと手を挙げた。

「あのぅ……そろそろわたしの話にうつってもいいですか?」

「ん、お、おお、すまねーな。客の話ほっぽって自分のことばっか話しちまったぜ」

議長はこちらへ頭を上げると、椅子を少し引いてノイファとファミアが視界に入るように座り直した。

「お約束通り、わたしの身の上と、この街での目的について、お話しします。
 でもその前に、情報の重複を防ぐ意味で、みなさんの持っている情報を話していただけませんか。
 そのうえで、補完や説明の必要なところを、わたしが補うという形にしたいです」

「そりゃいいな。わざわざ俺の店を選んだってことは、遊撃課の関わる案件なんだろ?
 俺もここ二週間のオフですっかりわからないことだらけになっちまった。
 ここで一つ情報の共有をするってのが良いと思うぜ、えー……ノイファさん」

リフレクティアが微妙に呼びづらそうにノイファに頷き、議長は咳払いをする。

「では、まず貴女たちが何者で、どういう経緯でこの街に来て――どこまで知っているか。
 それを話していただけますか?」

旅装を解き、懐から出した水晶製の短剣をカウンターの上に置いて、彼女は問うた。


【リフレクティア青果店へ到着。遊撃課相談役・リフレクティアが同席】
【情報共有パート。それぞれ現状で持っている情報を出しあい、共有しましょう】

9 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN 0
>『……皆、聴きましたね』
議長の言葉に対し、念信機へと声を発するノイファ。
「みん……え?み、えっ?」
"皆"がどこにいる誰なのか、一瞬判断しかねるファミア。

その後の扇動により上がってゆく神殿騎士たちの熱とは裏腹、
ファミアの背筋は氷柱をぶっ込まれたように冷えていきます。
相手の掌の上を右往左往していただけと知れたのだから無理もないことでしょう。

>「まあ私と、私の頼りになる仲間に任せなさい」
ノイファが一席打ち終えて、議長の手を取ってそう言いながらファミアに一瞥をくれました。
「頼りになる」のあたりに何かしら引っかかりを感じますが、大丈夫、ただの被害妄想です。

先導に従って像を下りてゆくと、何度か神殿騎士たちとすれ違いました。
ノイファの弁舌により事なきを得たこの場ではありますが、あるいは暴発した騎士により戦闘に突入していたかもしれません。
そう考えると、なおファミアの温度が低下してゆきます。
>「また追跡(や)ろうぜ。今度は神殿抜きでな」
好敵手と認めてくれたらしい騎士たちのその言葉にも、へひひ、と曖昧な笑みで応じるのが精一杯。

なんだかガラの悪そうな人たちに対して酷く恐縮している議長を尻目に、ようやく神殿を出ました。
ファミアは一息ついて解放されたような気分。
聖堂をやたら開放的にリフォームしてしまった罪悪感はそれなりに感じていたようです。

神殿から広場、そこを北へ抜けて住宅街へ。
住居に混じっていくつかある店の佇まいは繁華街のものと違って落ち着いた外観でした。
あまり人目を引くようだと周辺住民からの突き上げがあったりするのでしょうね。
さてそんな店や住宅の並ぶ大通りから一本外れた裏通り。
どうやら目指すお店はすぐそこのようです。

>「リフレクティア青果店……屋号は青物屋(生鮮食品店)なのに、酒場なんですか?」
(リフレクティア。はてどこかで……?)
議長の言葉に屋号を眺めて首を一かしげ。
いくら直属ではなくつながりが薄いとはいえ上役の名前くらい覚えねば社会人は務まらないものでしょうに。

華美ではないながらも繊細な意匠の戸口をくぐり店内へ。
>「わぁ……わたし、お酒のお店って入るの初めてなんです!」
「あまりよいものでもないですよ」
ファミアはタニングラードでの自身の経験に照らし合わせ、
風速数十メートル級の先輩風を吹かせつつそう評しました。

10 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN 0
しかしその上から目線の評価も当たらずとも遠からずでしょう。
宵の口にも関わらず先客はなし。
唯一の人影である店員は、顔の前に本を立てて椅子にもたれている始末。
経験が浅くとも期待ができそうにないのは見て取れます。

>「い、いらっしゃい!三名様だな、こちらへどうぞ――!」
そのやる気のない店員は、一行に気づくなり機敏な動作で本を投げ捨て、カウンターに席を整え始めました。
よほど余裕が無いのか、最初から今に至るまでほとんどこちらを見もしません。

(ぜんぜん見ていないのに人数はわかっている……気配を?)
妙なところに感心するファミアの前で、店員は厨房にいる人物と口論を開始。
「えー、と、帰りませんか?」
思わずノイファの袖を引いて進言。まあ帰る場所もありはしませんが。

その後、荒い動作でしかし正確にお冷の支度をした店員は厨房で荒事を始めました。
「帰りませんか?」
再びの進言。厨房内で銃撃を行う店は衛生的に信用ができません。
幸いなことにすぐに片はついたようで、店員は悲鳴を抱えてカウンターへと舞い戻って来ました。
驚いた事に料理も携えています。
>「さあ召し上がってくれ、こいつがリフレクティア青果店名物、茹で青豆とパンチェッタのソテーだ!
> そして俺は、料理を食べて満足するお客様の笑顔を見ることが何よりの生き甲斐なのだ……んん?」

そこで店員はようやく一行の顔を正面から見ました。
当然ファミアも店員の顔をまじまじと見られます。
>「あ、あああれれれ?なんでこんなところに、フィ……ノイファしゃん」
「……リフレクティア相談役?」
言うまでもなく、遊撃課内での最上位者レクスト=リフレクティアその人でした。

>「……いやマジでおかしいぜ。遊撃課にヴァフティア行きの任務なんて、俺は振ってないぞ。
> 有給でも取ったのか?申請したんなら俺のところまで決裁のハンコが回ってくるはずだが……。
> お、アルフート、お前里帰りするって言ってたよな。お前の地元こっちだっけ?」
ファミアはレクストの問に返答しようと口を開きかけましたが、それよりも先に議長が声を上げました。

>「あ……この人、中継都市でわたしたちに近づいてきた男の人です!
> わたしたちの顔ジロジロ見てホッとしたような顔して去っていったので……。
> 連れの者になんだったのか聞いたら『童女の顔面を観察して悦に入る新手の変態だ。気をつけろよ』と」
レクストは議長の言葉を必死に否定していますが、
その姿を見るファミアの目に猜疑が浮かんだことは責めることはできないでしょう。
世の中、いろんな人がいるんですから。

その後、口を挟む間もないやり取りがしばらく続き――
>「では、まず貴女たちが何者で、どういう経緯でこの街に来て――どこまで知っているか。
> それを話していただけますか?」
情報の集約と整理をするべきだという結論が出ました。

11 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k :2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN 0
「了解しました。アルフート課員、報告を始めます」
議長だけでなくレクストもいるので言葉遣いもそれなりのものになります。
「不足があれば指摘をお願いします」
とノイファに頼んでおいてから報告を始めました。

「まず議長さんへの返答ですが、我々は帝国元老院直属、遊撃一課。職務内容は……まあ、いろいろと、です」
一言で説明しようとして事跡を振り返ってみると、とても人に言えないようなことばかりだったので言葉を濁しました。

「ヴァフティアへは元老院からの指令で。知っていることは……何もありません。なぜ我々が他でもない"ここ"へ送られたかも」
中央から遠ざけるだけならば他にも候補地はあったはず。しかし元老院はヴァフティアを選んだ。
今なら議長が口にした黎明計画なる企てのためであると理解できますが、そこに自分たちがどう関わっていくものなのか……。

ついでレクストに向き直り報告を続けます。
「我々が元老院の直属になった経緯ですが、その……ブライヤー課長が失踪したため、とのことで……」
またも語尾が濁りました。

「我々への命令と同時に課長の……解雇が通達されました。
 相談役は不在であられたので、さらに上に指揮権が移ったのだと思われます。
 その後、ヴァフティアへの特別列車内で元老院によって新設された遊撃二課なる集団の襲撃を受けましたがこれを撃退。
それに際してガルブレイズ、スイ、ハンプティの三名は課長の痕跡を追うため帝都へ帰還、
 アイレル、アルフート、ヴィッセンの三名はそのままヴァフティアへ向かいました」
何かを振り切るように一気に言い切っって、それから一つ深呼吸。

「ヴィッセン課員に関しては所在不明。ヴァフティア内にはいると思われるので、あとで合流を試みるつもりであります。
 それと、スティレット課員ですが……現在二課の所属になっています。以上、アルフート課員報告を終わります」
ざっくりと経緯を語り終えたファミアは、敬礼をしていた手を下ろしました。
なんだか、ひどく疲れたような気がしていました。

【説明っ!】

12 :スイ ◇nulVwXAKKU:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN 0
考えろ、考えろ、そう己に言い聞かす。
迎撃準備を整えた路地裏からスイはそっとセフィリアの方を伺う。
未だ敵は現れず、スイはひたすら思考を回転させる。
フウの操る遺才から、もう一度見直してみた。
まず、フウは水を操る。これは彼(?)自身が言っていたことだ。
そしてその能力は、分子レベルに至る水蒸気までも操る。
だが、スイが引っかかっていたのはそこだった。
水蒸気というのは気体のように見えるが、実質的には水の領域を脱していない。
そもそも、気体中に水はあるのに、フウはわざわざ持ち合わせていた水を使用している節もあった。
これらから、スイは一つの仮説を立てた。
フウが操れるのは、水と認識できるものまで。
それはフウが気体中にある水を操る様子が無いことが裏付けている。
ハンターだと自ら称していたフウは、恐らくスイと同等か、それ以上に人と戦うことに慣れている。
そしてスイは常に周りにあるものを利用して戦う。フウとて、操るものは違えど、本質的に見ればほぼ同じ戦い方をするはずなのだ。
もし、スイがフウの立場であって、空気中から水を作り出すことが出来たのならば、まず真っ先にスイはそのプロセスを実行する。
しかし、フウはしない。
つまり、フウは同じ水から出来たものであっても、氷や、空気中の水分を操るという事は出来ない、という考えだ。
なれば、スイとて対策が無いわけでは無い。
一番実現可能な方法は、気圧を下げること。
先ほど真空を作った要領で、それを広範囲で実行すればいいだけだ。
気圧が下がれば、水は氷になりやすくなる。
スイが狙ったのはそれだった。
しかし、フウのスピードは予想以上に速かった。

>「ヴェイパーフィスト!!」

蒸気の圧倒的圧力に補佐された拳は、セフィリアを確実に屠りに行く。
仮に避けれたとしても、あの破壊力では恐らくこの一帯は崩壊するだろう。

「しまった…!!」

流石はハンター、己の弱点をも熟知した上での戦闘法だ。
スイはすぐさま矢達を呼び寄せる。
同時に先ほど実行しようとした、気圧を下げる作戦を展開した。

>「我が宝剣よッ!力を……かせェェェェェェェェェッ!!」

セフィリアが、大気を震わせて吠えた。
腰に下げていた剣に手をかけ、抜刀、そのまま驚異的なスピードでフウを狙う。
僅か、ほんの僅かだが、彼女のスピードがフウを上回った。
吹き飛ばされたフウの体を目掛けて何本か矢を飛ばす。
フウが地面に打ち付けられた瞬間、その矢達はフウの服を地面に縫い止めた。
その時に気付くはずだ。
先ほどよりも、周りの気温が異常に低いということに。

「…まだ生きてるよな?お前には聞きたいことがあるんだ。
 まず第一に、何故俺たちを帝都から遠ざけた?邪魔であるならば、早々に排除した方が身のためだというのに、何故殺さない?…いいや、どちらかというと、何故俺たちを残しておかなければならない?」

路地からスイは姿を現し、短刀を構えつつもフウから距離を保ったままそう問う。

「そして、あともう一つ。俺たちの上司、ボルト=ブライヤー課長は何処だ?」

スイの声が、地を這うように吐き出された。

「あぁ、安心しろよ。逃げたければ逃げるがいいさ。追いかける気は、俺にはない」

【フウを拘束した上で質問。矢は多少暴れれば取れる程度にしか刺さっていません。逃げ出してもスイは追いかける気無し】

13 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN P
>「あんたは――」

ヴァンディットが『遠き福音』を手放した。
伸縮杖は地面に落ち、穂先がマテリアの手に残る――つまり彼らに、もう抵抗の意思はない。
分かってくれた。マテリアの頬がにわかに綻び――

>「あんたはどうして、この街で出会ったばかりの俺たちや議長のために、そこまで想ってくれるんだ……?」

だが続くヴァンディットの言葉に、彼女は一瞬、呼吸を失った。
辛うじて態度には見せなかったが――彼の問いに、マテリアはすぐに答える事が出来なかった。

>「今まで、俺達に近づいてきた大人は皆、懐疑や警戒……あるいは薄っぺらい同情しか持っていなかった」

どうして自分は彼らを助けたいのか――分からなかった。

彼らが可哀想だから。こんな小さな子供達が国に狙われるなんて間違っているから。
それとも――弱い自分にも誰かを守る事が出来ると、もう一度実感したかったから。
かつて戦場で、子供を救えなかった事への代償行為がしたいから。

どれが本心なのか。自分は本当に利己的な考えなしに彼らを助けたいのか。
彼らに信じてもらうに足る人間なのか――自分にも分からない。

>「逃げて、隠れて、挙げ句の果てにはあんたに一回呪いまでかけている。
  だが、あんたは俺達から離れなかった。それでも俺達を護ろうとした。
  こんな大人は……初めてだ。正直、まともじゃあないよな、あんた」

マテリアは賢しらだ。
だからこそ考えなくてもいい、考えない方が幸せな事まで考えてしまう。

>「……でも嬉しかったよ、マテリアさん」

言える訳がなかった。
彼らが信じてくれた自分の事を、本当は自分自身が信じられていないだなんて。

故にマテリアはただ微笑んで、何度か小さく頷いた。
彼らは嬉しいと言ってくれているんだ。
これ以上、言葉は必要ない――そう自分に言い聞かせる。

>「俺達、"人間難民"十五名の前途、あんたに預けた!
 俺達だってこのまま逃げ続けられると思っちゃいない。議長を救いたいと、そう思ってる!
 だが俺達じゃあ、これから一体どうすりゃいいのか分からないんだ。
 遺貌骸装はあれど議長は行方不明で、ここは帝都から遠い地方都市……この街の夕暮れよりも、俺達の行く先は暗い」

>「その"遠き福音"はあんたに預けておく。俺達が持っていても仕方のないものだしな。
  そいつがこの人間難民のリーダーの証だ。あんたが、俺達を福音の方角へ導いてくれ……!」

「……まぁ、確かに私も迷子みたいなものですからね」

心の中に渦巻く靄を払い除けたくて、冗談めかして笑ってみせた。

――守ってみせる。助けてみせる。
それさえ出来れば、何も問題なんてないのだ。

「確かに……受け取りました。任せておいて下さい。
 私が絶対に……あなた達に夜明けを見せてあげますから」

受け取った『遠き福音』を、魔導軽鎧のベルトに差す。
伸縮杖も拾い上げて懐へ。
それから改めてヴァンディットに向き直る。

14 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN P
「……これからについての話をします。まず、私達は……夜を待ちましょう」

一度空を見上げ、すぐに視線を戻す。

「空模様の話じゃないですよ。確かに移動は楽になりますけど。
 ……この遺貌骸装は、とんでもない代物です。
 この国の社会構造を、とても大きく変革させ得る物です。
 もしこれが本当に魔族の血から創られているのなら……それはつまり、
 人の才能を保存して、必要な時に、必要な人に配る事が出来るようになる」

だとしたら、遊撃一課が更なる左遷を受けた理由も――
そして自分達の行く末は――そこまで考えて、頭を振った。
今考えても仕方のない事だ。

「こんな物、放っておける訳がない。あの子もです。絶対に取り戻しに来る。
 その時が……夜です。追っ手を返り討ちにして、ふん縛って……それから多分、またお喋りですかね」

この戦いにおいて、マテリア達に完全な勝利の目はない。相手は国だ。
事が全て終わった後も、自分達はこの国で生きていかなくてはならない。
とことんやり合うなんて出来る訳がない――少なくともマテリアには、出来る気がしなかった。

だけど追っ手を退け、自分達を黙らせるには骨が折れると思わせれば、それは交渉の余地になる。
条件を少しでもマシに出来る筈だ。
そう考えると、やはりヴァフティアに来たのは間違いじゃなかった。
――国境のすぐ近くである事も、交渉には役立つかもしれないからだ。

「……それと、もう一つ」

そこで一度言葉を切り、ヴァンディットの眼を強く見つめた。
これは大事な話だ。

「あの子と、話をするべきです」

彼ら人間難民は――議長が呼び掛けて、集まったと言っていた。
何故、彼女はそんな事をしたのか――何となく、察しはつく。

あの子はまだ子供だ。
異形となり、国に狙われながら、一人逃げ続ける――出来る訳がない。
誰かに一緒にいて欲しかったに決まっている。
だから求め、そして望んだものを得た。

だがそれは、決して手放しに喜べる事ではなかった筈だ。
得てしまったからこそ、それが傷つき、失われる事を恐れた筈だ。

ちゃんと、手放しに喜べるようにしてあげるべきだ。

「さて……それじゃ、ひとまず移動しましょう。私の仲間を紹介しますよ。
 議長ちゃんも一緒にいる筈ですから、ちょっと待って下さいね」

そう言ってマテリアは両手を耳に添え――周囲に整然と展開する、幾つもの足音を捉えた。
明らかに組織的な動き――息を呑む。
まさか守備隊にこちらの位置を特定されたのか――いや、違う。
更に耳を澄ませてみると、聞き覚えのある音が聞こえた。

軽快な足音――音から推察出来る体重と、足音一つごとに移動する距離が釣り合っていない。
つまり、自重――体格や筋肉の量からはあり得ない膂力を発揮している。

「もしかして……アルフートさん?」

15 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN P
【→ユウガ】

>「リッカー中尉、私だ。対象者『コルド・フリザン』の迎撃に成功。これより帰投する。」

少女型の小型ゴーレムを通してフルブーストからの報せを聞いたバレンシアは、ソファへ深く身を預けた。
コルド=フリザンは遊撃一課に配属される予定だった遺才遣いだ。
単身を相手にするならば問題なく撃滅できるが、先行して帝都に入った連中と合流されると厄介だった。
故に、ここで早期に叩くことができたのが僥倖と言う他ない。
そして、

(フウ君がフィラデル通信官を追って出て行って戻らない……。またいつもの悪い癖が出たものかね)

フウは高い索敵・追跡能力と戦闘力を併せ持つ優秀なハンターだが、その戦い方は加減を知らない。
フィラデルの首だけを持って帰ってくることも充分に想定されるが、
もっと可能性が高いのは、逃げ惑う標的を追うことに夢中になりすぎて帰ってこないことだ。
大抵、夕飯までには飽きて、やっぱり首だけ抱えて帰ってくるのだが――。

「遅いね、フウ。フルブーストさんこっちに戻ってくるなら、ついでにフウの様子でも見てきてもらう?」

対面でオセロをひっくり返していたモトーレンが窺うように問うてきた。
撃墜が叶ったとは言え、遊撃一課を帝都に入れてしまった負い目を感じているようだ。
少し離れた席で木彫りの聖像を削っていたゴスペリウスが手元から目を離さず言う。

「拙僧意見しますに、心配するようなことでしょうか?
 相手はたかが事務員、十中八九ハンティングが楽しくなってきちゃっているだけかと。
 肉食昆虫のような短絡脳構造をしていますから、フウ殿は」

本人が聞いていたら速攻殴り合いが始まりそうなことを平気で口にする。
しかし、確かにフウは捕食中に別の獲物が通りがかったら手元の食料を放り出してでも狩りに行くタイプだ。

16 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN P
「下手に声をかけに行けば、こちらにまで累が及びかねません。
 彼の能力は、広域の敵を零すことなく撃滅するのに特化していますから」

「ゴスペリウス君、君の呪術でフウ君の現状を視ることは可能かね」

「可能ですが、いまはそちらに回している余裕がない状態です。
 拙僧の大陸間弾道呪術『白鏡』から応答がなくなりました――あの人間難民、なにかをしましたね」

「解呪を?」

「不明です。よって現在、状況確認用の遠隔視呪術を新規に構築中ですので――」

がり、と鈍い音がして聖像の首が飛んだ。
ゴスペリウスの手元が狂い、せっかく掘り抜いた顔を小刀で切り落としてしまったのだ。
さらに刃が親指の上を撫でたらしく、血の珠が指紋の形に浮き出ていた。

「あっつ――」

涙目になったゴスペリウスが親指を咥える一部始終まで見て、バレンシアは目頭を揉んだ。

「どうにも歩調が合わないな、この部隊は……」

「一課の遺伝子を脈々と受け継いでるってことじゃない?」

モトーレンが肩を竦めて微笑するのを横目に、バレンシアは小型ゴーレムを取り出した。
フルブーストへと繋げ、声を入れる。

「フルブースト中尉、聞こえるかね?こちら遊撃二課。
 一課の迎撃ご苦労だったね。このまま帰投してもらう前に、もうひと仕事頼みたい。
 我が隊の"水使い"フウ君が帝都3番ハードルにて任務中だ」

ユウガがゴーレムを注視していれば、少女の口から羊皮紙が吐出されるのを認めるだろう。
そこには帝都の中心街の地図と、一箇所「×」の朱を入れた場所が書かれているはずだ。

「いま、そちらにフウ君の位置情報を送った。
 彼は自分の仕事に横槍を入れられるのを嫌うタイプの人間でね。
 SPINを使用して3番ハードルへ向かい、気取られないよう彼の現状を報告して欲しい」

彼ら遊撃二課は、一課が無事にこの帝都へ潜入していることを知らない。
フウが、事務員相手に手間取っている理由を遊んでいるから程度にしか認識していない。
故に、一課と二課双方にとっての誤算こそが、ユウガ・フルブーストの存在であった。


【→ユウガ:帰りの遅いフウがどこで油を売っているかを確認し報告して欲しい】
【フウはプライドとこだわりが強く、自分の仕事に他人が介入することを嫌うので、見つからないようにスニーキングmissionとなる】

17 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN P
【→コルド】

ユウガによって吹っ飛ばされ、荒野へと激突したコルド。
意識を失った彼女に、近づく影があった。
のし、のしと一歩ごとに土煙を上げる影。

「………………」

一軒家ほどもある巨大な怪鳥だ。
翼は退化し、代わりに強靭な筋肉が鱗に覆われた両足を武装している。
猛禽類特有の鋭利な眼差しが、その双眸に地面へ伏すコルドの背中を捉えている。

帝国固有魔獣種・ハシリワシである。
大陸に数多く棲息する魔獣種の中でも竜種に近い祖先が派生した種であり、
微弱ながら遺才に近い能力を発揮することから通常の魔獣とは線引されている存在だ。
その健脚たるや、一週間で大陸の端から端まで横断し、時には大陸横断鉄道と並走してついていける程。

草木もまばらな荒野において、ハシリワシの主食は僅かな草食動物と――そして人間だ。
無謀にも荒野を抜けようとし、志半ばに倒れた旅人の肉が、彼らにとってのご馳走になる。
このハシリワシも例に漏れず、気絶したコルドを死体と認識して寄ってきたのだった。

「…………!」

ハシリワシは久々の食肉に喚起の鳴き声を挙げ、その鋭利なくちばしを大きくひろげた。
彼らは口腔内に歯を持たず、捕食方法は基本的に丸呑みだ。
そして胃袋のなかでじっくり時間をかけて消化するために、ひとたび食事をとれば一週間は餌を必要としない。
コルドの身体がゆっくりと、ハシリワシのくちばしの中へと引きずり込まれていく。

ハシリワシは腐肉食だが、生きている獲物も好んで食べる。
ようは抵抗しなければなんでもいいのだ。
コルドがこのまま目を覚まさなければ、彼女は荒野に生きる命たちの、尊い糧となるまでだ。
命と命を両天秤に乗せた賭けが、いま始まろうとしていた――!


【→コルド 失神中を狙って魔獣・ハシリワシが丸呑みにしようとしている】

18 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN P
>>14続きです】


一体何故追われているのか――見当も付かないが、多分それは誤解が原因とかではないのだろうと、直感した。
援護したいのは山々だが、そうもいかない。
足音の動きは組織的だ。しかし目的が捕縛ではなく誘導である事も分かる。
口頭での――傍受対策だろうか――情報伝達に混じって他愛のない軽口も聞こえた。
捕まっても大した事にはならないだろう。

だが自分は違う。
守備隊員を撃っているし、ブラフとは言え呪術を行使した事にもなっている。
表通りの会話を聞く限り、思い込みや過去の心的外傷からか、本当に具合を崩した者もいたようだ。

「……少し、移動しましょう。暫くは動き回れそうにありません」

誰かに見つかるのは非常に不味い。
ひとまず展開された包囲網の外まで出て、待機する事にした。
右手は耳に当てたまま、周囲の音は常に拾いながら、子供達を見る。

「何か暇潰しになるものでも、あればいいんですけど……。
 軍にいた頃の話なら面白いと思うんですが、地名とか人名とか、何も出せないんですよね。
 守秘術式って魔術があるんですよ。軍務に関して具体的な事を口外しようとすると、
 単語への認識力が狂って正しい語句が出て来なくなるんです。
 西方との国境線と言いたいのに、自宅のキッチンと言ってしまったりね。
 ……自宅のキッチンからリビングまで、威力偵察任務を行った話、聞きます?……こんな感じです」

それでも具体名を何とか避けつつ話をしてみたが、大した時間潰しにはならなかった。
追いかけっこはまだ終わっていないようだ。

ふと、マテリアはベルトに差した『遠き福音』を手に取った。
伸縮杖も取り出し、槍を組み立てる。

(この『遠き福音』……効果は、槍から生じた音を聞いた者を、槍の方向へ移動出来なくする事。
 その際に慣性は打ち消される。そして、私が複製した音を聞いても効果は発動した。
 ……恐らくは呪いの性質を持っているから。
 またその時、槍を持つヴァンディットは最後尾にいたのに、彼らは前方への移動が出来なくなった)

現時点で知っている『遺貌骸装』の効果は、こんな所だ。
そしてこれらの要素を複合的に考えてみると、

(……私の遺才と組み合わせれば、この効果を大きく拡張出来るんじゃ?)

複製した音を相手に聞かせ続ければ、一瞬しかない効果時間を伸ばせる筈だ。
音に指向性を与えて操れば、より自在に相手の動きを制限出来る。

(……試してみよう)

空を見上げる――薄闇の中に、まだ鳥影が泳いでいるのが見えた。
槍の穂先を地面に向け、右手は口元へ。

そして遠き福音を打ち鳴らし――瞬間、凄まじい激痛が全身を走った。
例えるならまるで――体中の血液が、その場から逃れようと暴れ回ったような。
思わず悲鳴が漏れた。

「ぐっ……な……に……今の……」

真っ先に危惧したのは呪いの副作用――だが、だとしたらヴァンディットにも同じ症状が出なければおかしい。
――ふと手を見ると、指や爪の先が赤く変色していた。毛細血管から出血している。
本当に、血液が体内で暴れていたのだ。

19 :マテリア・ヴィッセン ◇C.//sLZ/mM:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN P
(さっきは……こんな事はなかった……だとしたら……)

口元から手を離し、もう一度福音を奏でる。
今度は痛みもなく呪いは発動した。

(……遺才と同時に使うと、さっきみたいな事が起こる……?という事は)

『遠き福音』には二つの発動体系があるのだろう。
一つは純粋な呪力による発動――鳥は福音の音によって呪いが齎されるなど知らない。
もう一つは原始的な呪いの誘発――福音の効果を知る者の『呪いを掛けられた』という認識が、実際に呪いを呼び起こす。
そして後者の場合に限り、遺才の併用が可能。

(だけど……後者が使用出来る時はきっと限られてくる。
 思い込みによる呪いは、言わば自分で自分の魔力の制御を失って起こるもの。
 相手が優れていればいるほど、誘発は難しくなる)

とは言え、だとしても、この『遠き福音』は自分にとって貴重な戦術要素になる。
遊撃二課の、本物の天才達を相手取るにはまだ不安が残るが――そんな事を言っても、何にもならない。

「……追いかけっこは終わったみたいです。仲間が移動を始めました。私達も行きましょうか」

ノイファ達の移動を少し待って、こちらも動き始める。
目的地が分からないし、仮に聞いても場所の名前を知らなければ意味がないからだ。
なるべく路地を出ないように移動をした為、
マテリアがリフレクティア青果店に着いたのは、ノイファ達より大分後になった。

裏口の酒瓶や、随分と量は少ないが厨芥から、恐らくは酒場だと推察する。
途端に、空腹が鎌首をもたげてきた。
子供達を振り返る――彼らとこの店に入っていいものか悩んだのだ。
ひとまず中の様子を音で探る。

(……って、この声は……リフレクティアさん?)

何故彼がここにいるのかは分からなかった。
が、音から察するに、他には彼の父親くらいしか店内にいないらしい。
この分なら大丈夫だろうと、裏戸を叩く。

「えーと……団体客なんですけど、予約なしでも大丈夫ですか?」

合流した後はまた、色々な事を話さなくてはならないだろう。
特に遺貌骸装――魔族の血から創られ、遺才を与えられた物質。
どうして議長がこんな物を持っているのか、どうしてヴァフティアへ持って来たのか。
明らかにしておくべきだ。
それは国が自分達をヴァフティアへ追いやろうとした事とも、関係があるのかもしれない。



「――ほら。あの子の不安を一つ、取り除いてあげて下さい」

一通りの報告を済ませてから、マテリアはそう言ってヴァンディットの背を軽く叩いた。

20 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN P
【避難所容量オーバーの為新設致しました】

遊撃左遷小隊レギオン!避難所3
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1375014468/

21 :ノイファ ◆taXKZgQH5w :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
ノイファたち三人は結界都市の大通りを歩いていた。
二年前の降魔事変の時ですら無傷だったルグス神殿の半壊。
おそらくヴァフティア史に残るであろう一大騒動の後だというのに、その足取りは決して重くはない。

>「確か、噴水広場から北へ進むと住宅街の"揺り篭通り"に入るんでしたよね」

先導するノイファの後を、子犬よろしく嬉しそうに付いてくる"議長"の存在が、その大きな要因だろう。
ボルト=ブライヤー失踪に始まり遊撃一課を呑み込まんと迫る、誰彼かの謀略。
その生贄となる筈だった者を一人、確かに救えたのだ。
そしてそれは、後手に回らざるを得ない現状で唯一成った反撃と言っても良い。

「よく知ってるわね、観光案内は不要かしら?」

"揺り篭通り"は住宅街を貫く生活道路だ。
ゆえに大通りに面する建物は、生活用品や嗜好品、食料品といった日常的に必要とされる物を扱う店が多い。
ノイファは地元民らしく店の一つ一つを簡単に説明しながら、議長の歩幅に併せるようにゆっくりと歩く。
大通りの半分近くを踏破したところで横道に入り、目的の場所へ到着した。

>「リフレクティア青果店……屋号は青物屋(生鮮食品店)なのに、酒場なんですか?」

「初めての人はみんなそういうのよねえ。私もそうだったけれど」

定番とも言える質問に、あはは、と笑いながらノイファは答える。
リフレクティア青果店は三代に渡ってヴァフティア民に愛されてきた名物商店だ。
昼は青果を商い、夜は酒を呑ませる。
宵の口であるこの時間ならば、良質の果実酒を求める客で店内は大忙しの筈だ。

「はいはい、三名様ご案内っと――あれれ?」

精緻な意匠の施されたドアノブを捻り、瀟洒な造りの玄関をくぐる。
しかし予想とは反して、かき入れ時だというのに店内は閑散と静まり返っていた。
居るのはカウンターの向こうにバーテンが一人だけ。
看板娘の末娘が帝都に進学中と聞いてはいたものの、それだけでこうも落ちぶれるものかと首を傾げる。

>「い、いらっしゃい!三名様だな、こちらへどうぞ――!」

こちらに気付いたバーテンが、顔を隠していた黄表紙の本を俊敏な動作で投げ捨てた。
椅子から腰を上げると、低頭したままの姿勢で器用に席の準備を整え、厨房に向けて怒鳴り声をあげる。

>「お、親父――!客だ、3日ぶりのお客さんだ!!ここは俺が食い止める、早くお通しとお冷の用意をするんだ!
  ――ああ?作り方忘れた?ざっけんなクソ親父てめーが接客したくねーって言うから厨房譲ってやったんだろーが!
  んなんだから俺が帝都行ってる間に爺さんの代から受け継いでるこの店に閑古鳥が鳴く羽目になんだよ!」

そこから先は罵声の応酬だった。

>「えー、と、帰りませんか?」

くいくいっ、と袖が引かれる。
視線を傾けると、ファミアが心配そうな表情でこちらを見上げていた。

22 :ノイファ ◆taXKZgQH5w :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
寂れた店内に鋼の擦れあう音が響く。
それはノイファにとって大変聞き慣れた音だった。
刃と刃が噛み合って生じる軋み。すなわち撃剣の音だ。

>「てめー今日を先代剣鬼様の命日にしてやるぜ!そして俺があらたなる厨房の支配者になる!
  おらおら対地重撃剣術轟剣の錆になりやがれええええええええぇ!!!」

次いで砲声。更には術式を使ったと思しき轟音。
厨房につながる入り口から閃光が洩れ出で、衝撃が店を揺るがす。

>「帰りませんか?」

ファミアから再度の進言。気持ちはよく分かる。
そして店に閑古鳥が鳴いている理由もおそらく同様だ
どう返答したものかと数秒考え、結局、生温い笑みを浮かべることで申し出自体を聞き流した。

>「ぎえええええええ!!!」

断末魔よりは多少マシといった感じの悲鳴と共に、ボロボロのバーテンがまろび出る。
生まれたての動物のような足運びだが、手にした皿だけはしっかり保持しているのは職業意識の成せる技か。
カウンターに頬杖をつきながら、ノイファは呆れ顔でため息を吐いた。

料理を並べながら得意顔で口上を述べるバーテン。
力説はそっちのけで、ノイファは手馴れた動作で皿の中央に盛られた半熟卵を崩しにかかった。
ペッパーミルをぐりぐりと回し、オリーブオイルの瓶を傾ける。

>「あ、あああれれれ?なんでこんなところに、フィ……ノイファしゃん」

「……あ、やっと気づきました?」

黄身の絡んだ青豆を匙で掬い上げたところで、ようやくこちらの素性に合点がいったようだった。
入店から今まで、一度たりとも客を観察しなかったというのだから驚きである。
いくらヴァフティアが帝国内でも高水準の治安を誇るとはいえ、無用心に過ぎるというものだ。
もっとも多少なりでも知恵が働く者ならば、この店を標的に選びはしないだろう。

>「……リフレクティア相談役?」

ファミアがバーテンの顔を見回しならが、口を開いた。
妙にエプロン姿が板につく青年は、遊撃課における最上位者であり発足人。遺才剣術"轟剣"を継ぐ者、レクスト=リフレクティア。
そして厨房に篭っている店主ことリフレクティア翁は、一剣をもって鬼銘を賜るに至った、先代の"剣鬼"である。

(それにしても、本当に懐かしい空気ですねえ)

大人気なく議長と喚きあうレクストを眺めながら、ノイファは口元が緩むのを自覚していた。
もしも運命に転機というものがあるならば、二年前のこの街で、彼との出会いこそがそうだろう。
その時から何ら変わらない。責任のある役職を任され、想像以上の重圧もあるに違いない。

それでも何時だって、如何なる身分の相手であっても、彼は決して自分を卑下しないし他人を貶めない。
思想も立場も対立すらも全て呑み込んだ上で、対等の目線で話すことが出来る、そんな人物だ。

(まだ誰が敵なのかすら判らない、先の見えない戦いですけれど――)

共に死線をくぐった"彼"が居てくれるなら――。
必ずこの状況だって切り抜けられる。そう確信してノイファは薄く笑った。

23 :ノイファ ◆taXKZgQH5w :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
>「あのぅ……そろそろわたしの話にうつってもいいですか?」

気づけば二人のやり取りも終わっていたようで、おずおずといった様子で議長が手を掲げていた。
常識外れの歓迎と、懐かしい雰囲気にすっかり切り出すのを忘れていたが、本来の目的は議長の保護だ。

>「そりゃいいな。わざわざ俺の店を選んだってことは、遊撃課の関わる案件なんだろ?
  俺もここ二週間のオフですっかりわからないことだらけになっちまった。
  ここで一つ情報の共有をするってのが良いと思うぜ、えー……ノイファさん」

「あー……、先に神殿に寄ってきましたから。ファミアさんも粗方聞いてたとは思いますし、呼びやすい方でいいですよ」

微妙に呼びなれていない様子のレクストに、ノイファは昔の口調で返した。
神殿であれだけ別の呼び名で呼ばれていたのだから、今更隠す必要もない。
同席する二人に"ノイファ・アイレル"は偽名であると言外に伝える。

>「では、まず貴女たちが何者で、どういう経緯でこの街に来て――どこまで知っているか。
 それを話していただけますか?」

水晶の短剣を懐から出して、それを手放すことで、議長は敵意がないことを示した。
どちらから始めようか、とファミアに目を向ける。

>「了解しました。アルフート課員、報告を始めます」

視線を受けて、ファミアが報告の口火を切った。
自分たちの所属。ヴァフティア行きの指令。それが元老院から直々に告げられたこと。

>「我々が元老院の直属になった経緯ですが、その……ブライヤー課長が失踪したため、とのことで……」

そして――遊撃課隊長ボルト=ブライヤーの失踪。
そこから端を発する不可解な強制。遊撃二課との交戦はまさにその最たるものだ。
部隊を二分したことやフランベルジェの異動など、全ての報告を終えたファミアが敬礼の姿勢を解く。

「確か……ボルト課長とは友人でしたね」

ノイファは懐から封書を取り出し、レクストの前に置いた。その上に銀貨を乗せる。
造幣局で造られる貨幣と同様の、しかし中央に刻印されるべき皇帝の顔だけが削られた――無貌の銀貨。
封書の中には"上司"から受け取ったままの写真が数枚。ボルト失踪の調査現場が写っている。
死体は発見されていないことを付け足して、指で銀貨を数回叩く。調査に動いているという符牒だ。

「私からの補足は以上です。
 あとは……こちらの議長さんを保護する際にルグス神殿が少し崩れたくらいでしょうかね。
 そちらに関しては聖女様と話が付いてますのでご安心を」

沈む酒場の雰囲気を払拭するために、両手を打ち合わせると、いくらか明るい口調でそう締めくくった。
残る議長の話を聞くべく視線を向け、頷いたところで酒場の裏戸が叩かれる。
ノイファは椅子から腰を浮かせ、手を剣帯に伸ばした。複数の気配とそれに混じって響く聞き覚えのある声色。

「……どうやら全員揃ったみたいですね――」

剣の柄から指を離し再び椅子に腰を沈める。

「――そちらも、お疲れ様でした。大変だったでしょう?
 まあ中は……ちょっと閑散としてますけど、料理とお酒の味だけは保証できますから。
 ゆっくりして下さい」

そして裏口から姿を見せたマテリアに声をかけた。


【補足&情報開示】

24 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
>「気をつけて下さい、最終城壁氏!彼らは何かが変だ!」

「わかってる!そもそも、こいつら連携からして異常過ぎだからなっ!」

ランゲンフェルトが敵対者達に対して違和感を感じたのと同じく、
フィン=ハンプティもまた、彼らに対する警戒を強めていた

対峙する敵対者達の統制、恐怖の欠片も感じさせないゴーレムの様な行動の正確さ
それらが――――あまりに完璧すぎる事に

例えば訓練された暗殺者や死兵であれば、完成された【群れ】として動く事は敵うだろう
或いは、自動で動くゴーレムが存在すれば【集団】として完璧に近いものが出来上がるかもしれない

だが、眼前の彼らの動きはそう言ったレベルのモノではなかった

(そうだ――――こいつらは、同じ過ぎる!!)

防御に特化したフィンであるからこそ気付く事が出来る
彼らの攻撃における間の取り方や、ほんの僅かな癖、それらが別人では在り得ぬ程に合致している
群体でありながら個体であるかの様に動いているのだ
一人の人間がゴーレムを遠隔操作で同時運用しようと、ここまでの域には至れぬであろう

全が個で個が全

彼らの行使する力は、ある種完成した力であった

それでも攻撃をいなし、敵を砕き――――恐らくは敵の実体である人形へと還しながら、フィンは戦局を進める
始めは無数と思われた敵たちも、ランゲンフェルトによる攪乱と襲撃も相まって
徐々にその数を減らしていっている様に見えた



>「――遺貌骸装『偏在する魂』」

突如としてその場に響いた声。同時におこる赤色の発光
それらに視線をむけ、一匹の猫の姿をフィンが確認した次の瞬間……戦況が、動いた。動かされた

フィンとランゲンフェルトによって崩された人影……未だ人の形を模しているもの、ガラクタへと姿を戻したもの
その差異を問う事無く、無数の彼らの残骸が集まり――――巨大な人型と化したのだ
見上げる程の高さを誇るその黒衣の巨人は、驚くフィンに向けて叩き潰さんとでも言うべくその両手を振るう
更に同時に放たれたのは、再度の無数の投擲

タイミングは完璧だ。巨人の腕を防げば針鼠にされ、逆をすれば挽肉と化す
まさしく、回避不能の連携攻撃。完全の連携を用いなければ実現不可能な襲撃――――

大きな炸裂音と共に土煙が巻き起こる、衝撃は、大地が揺れたと錯覚させる程のもの
破壊の対象となった人間はまず助からないだろうと誰しもが思うその場面
僅かな沈黙を経て、やがてその場に一陣の風が吹き、土煙を散らすとそこには


「おい、襲撃者……ひょっとしてテメェらは、この程度で全力なのか?」


無傷……そう、無傷で立ち尽くすフィンと、全体が針の蓆と化した黒衣の巨人がいた

25 :フィン=ハンプティ ◇yHpyvmxBJw:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
そう、何の事は無い。
巨人は、かつてナーゼムという男やダニーという女の拳を受け流した時の様に
フィンにその両手に込められた力を容易く受け流され、バランスを崩され地に伏し、
その体を盾とし投擲群を無効化させられた……たったそれだけの事なのだ

服に付着した埃を払うと、フィンは両手両足を黒鎧に変えたまま、先ほど言葉を紡いだ黒猫へと一歩進む
その体幹は、遺才を行使していない時とは比べ物にならない程安定しており
戦闘の最中に外れたのであろう眼帯の下から現れた紅の瞳は、は人としての意志の光を明確に残している

「もしそうなら、折角の機会だからお前の敗因を教えてやるぜ」

一歩進む

「一つは、お前の攻撃が二流だった事……ナーゼムさんやダニーさん、ファミアみてぇな圧倒的な力も、
 ノイファっちとアネクドートみてぇな技巧も、レクストさんとか騎竜乗り、スティレットみてぇな制圧力も、
 ウィレムやセフィリアみてぇな手数の多さも、マテリアやクローディアみてぇな搦め手も……
 お前には何もかもが足りてねぇ。全てにおいて二線級が過ぎる」

もう一歩

「二つ目は、経験不足だな……【同じ】奴に何百回も攻撃されりゃ、読めるんだよ。攻撃パターンが
 同じ行動する人間を何人も相手にするなんて、いくらなんでも楽勝過ぎたぜ
 全員が全員、全くの別人だった方がまだ厄介だった」

もう一歩

「そんでもって最後に……これが一番の敗因なんだけどよ」

とうとうフィンは、黒猫の眼前までたどり着くと、拳を振り上げた

「お前は、俺の大切な仲間を傷つけようとした。だから俺は今、すげぇ怒ってる」



「――――お前ごときが『俺達の世界』に手ぇ出してんじゃねえぇぇ!!!!!!」



フィンが振るった黒鎧を纏う拳は、黒猫の僅か数cm横を通過すると、そのまま石畳に突き刺さるり……
かつて地下洞窟の壁を崩した時の様に、黒鎧が大地から『気』を奪い、周囲数mに渡る崩落を引き起こした


黒猫から視線を逸らさぬまま、フィンは少し離れた位置に居るランゲンに声をかける

「ランゲンさん。周りに怪しい動きをする奴がいないか見てくれ
 この猫が本体とは限らねぇしな」

「そんでもって、怪しそうなのがいなかったらこいつを締め上げようぜ」

「……ぜってー逃がさねぇ。何があろうと、どんな手段を使っても、課長の事を喋って貰うぜ」

フィンが纏うのは、明確過ぎる程の憤怒と殺意
嘗ての英雄もどきであったフィンであれば、決して他人に向けなかったであろう感情
人間らしい、まっとうな感情であった

26 :キリア・マクガバン ◆d6HV5zt509X0 :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN P
「は?」
「は、ではないよ、マクガバン二等帝尉。これは大変名誉な任務なのだ」

キリア・マクガバンは当惑していた。
長期の任務を終え、はーこれで終わったやれやれどっこいせ、等とぼやきながら帝都へと戻ったのが、数時間ほど前。
そこから間を置かずに勤務先へと呼び出され、頭を一つ二つ飛び越えての、所謂“上司の上司”の呼び出しを受けたのが、
その一時間ほど後の事である。
なんだよもー、一日くらい休ませろよとぼやきながら久し振りの、本当に久し振りの休日を返上し、職場へと登庁して、
そして――今に至る、のだが。

「……デラーナ二等帝佐殿。小官と致しましては、その様な任務は正気の沙汰とは思えません」
「正気ではない、とはなんだね。まあ、それは良いとするが……確かにこの任務は困難だ。しかしマクガバン二等帝尉、君の遺才を
 駆使すれば、困難であっても不可能ではない、と私は判断した」
「エルトラス連邦の施設に正面から侵入する事が困難、ですか。それも遺才一つを頼りにして。とてもそれで済む様な任務ではないように、
 私には思えるのですが」

その判断をしたお前の頭には馬の糞が詰まってるんじゃないか、と言う言葉が口から衝いて出そうになるのを必死に堪えながら、
組み合わせた手で髭の生えた口元を隠し、瞳を細めたデラーナの視線を、キリアは真っ直ぐに受け止めた。
努めて表情を変えないまま、今一度口を開く。

「確かに……確かに、不可能ではないでしょう。ですが、高空から砂浜に落とされたダイヤの一粒を見付け出すのとどちらが容易かと
 問われれば、言葉に詰まるレベルでもあります。再考をお願い致します」
「却下する。君に下された任務は変わらん。任務の内容を復唱し、成すべきを成したまえ」

しかし、結果は変わらなかった。取り付くしまもないとはこの事だ。
絡ませていた視線を解いて、キリアは深い溜息を吐いた。
自身に与えられた遺才である『虚栄』は情報収集に大きな威力を発揮するのは当然だが、大軍戦闘に措いても状況を動かす
一手と成り得るものである。
敵軍の司令官を越える位階の存在であると欺瞞した上で、相手を混乱させる指示をぶつけてやれば指揮系統を乱し、敵の
戦闘能力を殺ぎ、動きを鈍化させる事も可能であろう。――相当レベルでの範囲の拡大が行えれば、の話ではあるが。

それを、国家の為の、そして何よりも己の、己が豊かに暮らす為の力を、この男のちっぽけな欲に無為に磨り潰されて堪るものか。

一つ深呼吸をした後、キリアは自身の目標の一つ、遺才を駆使して出世街道に乗ると言う目的を放棄する事にした。
構うものか。軍を出たとしても、この遺才の生かし所など何処にでもあると言うものだ。
俯きがちに顔を伏せたまま、軍服の襟元を正すと、顔を上げてあからさまに蔑んだ視線をデラーナへと送る。
そして、視線に込められた感情を敏感に嗅ぎ取ったデラーナが口を開こうとしたところに、己が言葉を被せた。

「――そうか。で、ボーラ・デラーナ二等帝佐。貴官は、誰に向かって口を聞いているつもりかね」
 
 
 

27 :キリア・マクガバン ◆d6HV5zt509X0 :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN P
その後の事は、結果だけがあれば過程を語る必要もないだろうが――記しておこう。
『虚栄』を用いて作り出した将官の肩書きを利用してデラーナを部屋から叩き出すと、キリアはデスクの中身を漁り始めた。
――こいつは叩けば埃が出る。短い会話の中で、それでも得てしまった確信を裏付けるように、多くの不祥事の証拠がデスクからは溢れて来た。
こんな、証拠隠滅もろくに出来ないような三流のクズのために出世街道からドロップアウトか。そう思うとやるせない気分になったりもしたが、
こうなってしまったものは仕方がない。そう自分に言い聞かせながら、それらの一切合財を上層部へと送り付けた後、キリアは帰路に就いた。

それらの中には、遺才を有した者の幾人かが旨味の少ない、無謀な任務で使い潰されたと言う証拠が含まれていた。
それに、キリアはこう付け加えて、送った。
自分もまた、デラーナ二等帝佐より現実的でない任務への着任を強要されかけた。自分がそれに対し、遺才を使用して抗った際、
結果的にこの資料を見付け出した。自分は情報部所属のキリア・マクガバンである、と。

過程がどうあれ、結果がこれである。抗命に対するマイナス分は情状酌量と功罪の相殺及び、血筋によって減軽されるだろう。
が、そこまでだ。上官としては無能の一言ではあるものの、ボーラ・デラーナ自身も遺才持ち。更に発端が自身の身を案じて、
であるのだからマイナスがプラスに化けたりはしない。
一階級降格の上での左遷、或いは放逐辺りが落としどころだろう、とキリアは読んだ。
降格したとしても三等帝尉である。上手くすれば一階級や二階級は上がれるだろうし、そうなれば年金も馬鹿にならない。
その場合は軍に所属していても良い。
発端を誤魔化せば階級が上がる可能性もあるだろうが、その場合は上から徹底的に疎まれかねない。何らかの形で罰を受けておいた方が
後々にはプラスに働くはずである。
放逐された場合は――…再入隊の手続き用の書類も付いて来そうだが、その時は良い機会である。民間で力を生かそう。

そう考えていたキリアの元に遣されたのは、短く、味も素っ気もない辞令一つであった。
帝都王立従士隊・遊撃課にて軍務に付け、と言う――。



そして、左遷先にて、幾多の任務――と言う名の諜報・情報系の雑用――をこなしながら現状に至っている。
その任務の中に遺才を使い、忙しいお偉いさんの代理をしてくれ、などと言う物が混ざり込んでいたりもしたが、そこはご愛嬌だろう。
むしろ、キリアはそれによって自身の所属する課を気に入ってしまった。なんだ、結構面白いところじゃないか、と。――その時だけは。

技術者や戦闘要員はいても情報系の工作員は殆ど居らず、遺才持ちな事も相俟ってそっち関係のお仕事を殆ど振られ、
帝都から離れて仕事仕事仕事。
帝都で飲み会があっても、この仕事が出来るのはお前しか居ないんだ(本当はもう少し居るのだが)、の一言でキリアは一人単身赴任。
そんな中でボルト課長から差し入れが送られてきた時には、不覚にも涙した。極悪な労働環境を用意してくださっているのは課長本人だと
言うのに、俺、この人に一生付いていこう、なんて思わされた。

そんな気持ちが薄れ始めた頃の事であった。帝都のボルト=ブライヤー課長から、とある便りが届いたのは――。

記されていたのは、短い一文だった。

――ヴァフティア、リフレクティア青果店へ行け。

短い文面からきな臭い匂いを感じたキリアは、その日の内に任地を発った。
何がなんだか分からないが、行けと言うならば行きますとも。ですから、課長。終わったら仕事を減らしてくださいよ。
割と気に入っている上司の無事を願い、そう心中でつぶやきながら。



リフレクティア青果店の前に、男の影が現れる。
如何にも閑古鳥が鳴いて御座いと言った具合の雰囲気を物ともせずに、影は入り口へと歩を進め、ドアを押し開いて――声を上げた。

「帝都王立従士隊・遊撃課、キリア・マクガバン三等帝尉でありまーす。帝都から届いた便りに此方の店名がありましたので足を運ばせて
 いただいたのですが、ボルト=ブライヤーと言うお名前に聞き覚えはございませんかねー」

さあ一息付こうか、とか、良い話が始まるよ、と言うような中の空気を全く読まないままに。

28 :◇JryQG.Os1Y:2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN 0
「任務了解した。直ちに向かう」
依頼の追加を受け
指定されたポイントに行く。
「さてと、いるかな?……!!」
あわてて身を隠し偵察する。
(セフィリア・ガルブレイズ、風帝、あと一人………名前思い出せん。)

「リッカー中尉。」
連絡を入れる
「遊撃一課がいます。三人、追い込まれてますよ彼奴。」
「出来れば、増援を頂けるといいのだが?」
そう連絡する。
(ユウガ、一人では救出は困難と判断)

29 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN P
【→セフィリア・スイ】
ハンターズギルド百人長。『杯の眷属』。"水使い"。
フウを彩る数々のキャプションのうち、彼という人間を戦闘存在として読み解くならば、
その遺才、『ヴェイパーカノン』の正体から語らなければなるまい。

フウは、厳密に言えば水を遺才とする家系の出身ではない。
もっと血の"濃い"遺才――例えば『泉の眷属』とか、単純に『水の眷属』のような純系統とは大きく異なる。
杯とは、水を湛え飲み干すための道具だ。
いちから生み出すのではなく、そこに在るものを維持し扱うだけの遺才。
彼はセフィリアの双剣を『薄い遺才』と称したが――
その判断基準に則れば、ほかならぬ彼自身の遺才こそが薄い遺才であった。

>「ふざけるなよッ!」

高速飛翔に耐えうるよう、同様に高速化された視界の中、セフィリアの声が風を割って飛んでくる。
意識が加速しているために、太く間延びして聞こえるその言葉は、

>「私の努力はッ!遺才なんて言葉で説明されてたまるかッ!」

『薄い遺才』という、生まれた時から決定され尽くした運命に抗う叫び。
フウは犬歯を向いて怒鳴り返した。

「努力如きが!才能に勝てるかあああああああああ!!!!」

さながら自分に言い聞かせるかのように。
拳を弾丸に変え、己を砲として撃ち放つ。

フウは――己の遺才を完全に理解し、制御下におくことができる。
故に、薄い遺才でも100%の性能を引き出すことでその他の"濃い"遺才遣い達と渡り合ってきた。
この世界は徹底した才能至上主義だ。
努力は才能に勝てず――故に、才能を如何に使うかこそが戦いの鍵を握る。

フウは、空気中から水を作り出すことができない。
故に水の運用は、予め用意しておいたものを体内で循環させながら行なっている。
少量でも最大限のパワーを引き出せるよう水蒸気という形に変え膨大な体積を稼ぎ、
魔力で作り出した仮想の管を通すことで威力を集中させる。
全て、風使いのような莫大な物量を扱えないが故の苦肉の策だ。

だか、だからこそ強い。
セフィリア=がルブレイズの如き、己の遺才に振り回されている者とは違う。

>「こんな状況、『双剣』じゃ、絶対に勝てない……でも、勝ってみせるッ! 私は『双剣』を乗り越えるッ!!」

眼前、セフィリアは未だ動かない。
もう瞬き一つで彼女の首が飛ぶ距離だ。
勝てないと悟り、勝負を投げたか……?

(否! ……これは"攻め"の脱力!!)

フウがセフィリアの狙いに気付いたのは、彼女の両手が眩いほどに輝きはじめた瞬間だった。
ガードが間に合わない――空気が粘性を持ったかのように重い、超高速の世界――しかしセフィリアは、抵抗をものともせず動いた。

>「我が宝剣よッ!力を……かせェェェェェェェェェッ!!」

何かがフウの頬を叩いた。
風――よりも速い、圧倒的な剣気!!
フウの拳が空を斬る。つい一瞬前まで確かにセフィリアがいたはずの空間を。
次いで、パァン!と何かが破裂するかのような音がした。
それが、音速突破時に起きる衝撃波だと理解するより早く――
薙いだ拳を滑り登るようにして一対の剣だけが、見えた。

30 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN P
「『コントレイル』!!」

咄嗟、刹那の判断で口から大量の水蒸気を吐く。
威力を減衰するものではない。だがセフィリアの振るった双の白刃に水滴が付着する。
フウはその水滴全ての粘度を最大値まで引き上げた。

「ぐう……!」

瞬間、双剣が確かにフウの喉笛を捉えた。
肌の水分を硬化させて防御力を上げているが、その壁を貫通する威力をこの一撃は持っていた。
生死を分けたのは――フウの判断。
剣とは通常、刀身と対象物と間に発生する摩擦力によって切断する道具である。
無論、一部の大剣などはその限りではないが……セフィリアの扱う二本差しの剣は例に漏れていない。
刃に塗りつけた粘液が、双剣の切断力を著しく低下させた。
超高速で放たれた鋼鉄の塊二つは、切断力がなかったところで充分な殺傷能力を備えている。
フウは叩きこまれた打撃の威力を殺しきれず、一瞬の間を置いて吹っ飛ばされた。

「――!!」

石畳に背中からぶつかり、転がり、それでも勢いは止まらず路面を砕きながらフウは飛んだ。
天と地が何度も入れ替わり、方向感覚を失ったせいで『噴射』による姿勢制御ができない。
体中を破壊された石畳で強打し、内臓を護るために両腕の骨が粉々になった。
このまま際限なくハードルの向こう側まで吹っ飛ばされる――その前に、何かが彼の身体を地面に縫い止めた。
スイの放った無数の矢だ。

「ぐ……う」

フウは生きていた。
奇蹟と言ってもいいレベルで――両腕を砕かれながら、目も耳も遺才も失っていない。
その生き残った感覚器官で、彼は己を打ち飛ばした敵の姿を見た。

(これが……ガルブレイズの遺才だと!?)

セフィリア本人にはなんの変化もない。
だが、その両の手に携えた宝剣が、赤の輝きに満たされていた。
まるで……『遺貌骸装のように』。

(在り得ん――!『双剣』の遺才は、両手に剣を持った時にのみ発動する身体強化……
 『剣を使いこなすための強化』だ。こんな、超音速機動など――!)

双剣は純戦闘系の遺才ではない。
戦術規模の戦いになれば別だが、局地的な格闘戦になれば他の戦闘系能力者に遅れをとるはずだ。
しかし、たった今セフィリアは常軌を逸した高速動作によってフウを上回った。
赤く輝く双の宝剣が、唯一導き出される回答を有していた。

(そうか……双の武器を使いこなす能力!
 宝剣を『持ち主に絶大な力を与える剣』として、使いこなしたのだ!)

見たところ、ガルブレイズの宝剣は年季こそ入っているが、魔剣のように特別な能力があるわけではない。
だがセフィリアは、ただの剣を『能力のある剣』に変えた。
明らかに人間が振り回せるサイズではない石畳を、『片手ずつで振り回せる石畳』に変えたように――!

両手に持った得物を、その在り方すら変えてしまうレベルで使いこなす能力――
それが、ガルブレイズ家開闢以来、長きに渡って積み重ねてきた歴史が咲かせた花。
セフィリア=ガルブレイズの遺才だ。

「いい遺才(もん)持ってるじゃねえの……ガルブレイズ」

31 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN P
(まずはコントレイルでこの場を離脱して……)

考えが纏まったその時、石畳を踏むじゃりっという音が耳のすぐ側でした。
見上げれば、紫髪の風使い――スイがこちらを見下ろしていたのと眼が合った。

>「…まだ生きてるよな?お前には聞きたいことがあるんだ。

止めを刺される――そう思ったが、スイの目的はフウを殺すことではなかった。

>まず第一に、何故俺たちを帝都から遠ざけた?
 邪魔であるならば、早々に排除した方が身のためだというのに、何故殺さない?
 …いいや、どちらかというと、何故俺たちを残しておかなければならない?」

質問は、核心をついていた、。
思わずフウは唇を舐める。風帝、現場肌かと思ったら鋭いではないか。

>「そして、あともう一つ。俺たちの上司、ボルト=ブライヤー課長は何処だ?」

「…………。」

フウは黙考した。
ここで彼らに聞かれたことを全て答える義理はない。
いまこうして地に這っているのは自分だが、負けたというだけで死んだわけじゃない。
この場からどうにかして逃げ出して、他の遊撃二課と合流しさえすれば逆転可能だ。
いや、それよりもこの状況……

「げ、げららららら!!教えてやんねーよ、謎に頭抱えてなァーー!!」

フウは両手をスイに向けた。
この距離まで近づいてきたのが命取りだ。
そこはもう、ヴェイパーカノンの射程範囲内――!

「喰らってくたばれ!遺才魔術『ヴェイパーカノン』!!」

ヒュボ!!と空気の爆発的な膨張音が展開した術式陣から響く――はずだった。
響かない。手応えもない。術式は確かに発動しているのに、水蒸気がスイを襲わない。
フウは己の掌を見た。そして、全てを理解した。

「噴射術式が……凍って――!?」

否、命令媒体である術式が凍るなどという現象はあり得ない。
これは、術式によって繋がった仮想空間と現実空間との境界が、そこから出てくるはずの水が、凍っているのだ。
フウは水使い。氷は操作できない。

「馬鹿な……冷却術式ならば、対抗魔術が働くはず……!」

当然、フウとて己の弱点を放置するような愚は犯さない。
自分が水しか操れないことを敵に看破されれば、冷却術式を使って水を凍らせてくることは用意に想像できる。
だから、ヴェイパーカノンの術式を組む際に、冷却術を感知して破壊するよう予め対抗術式を盛り込んでおいたのだ。
それが発動しなかった。

「そうか……気圧を下げ、真空状態を作ったのか……!」

セフィリアを守った時と同じ、真空を創る魔術。
それをフウの術式を覆うように展開し、彼が気付くことなくその周囲に真空を発生させた。
あとは、こちらが一度でもヴェイパーカノンを使えば――噴射される水蒸気が、熱を奪われ一瞬で凍りつく。
――結論から言えば、スイの方が何枚も上手だった。
あの短い攻防でフウの弱点を的確に見抜き、セフィリアと交差したあの一瞬で遺才封じの魔術を構築、行使。
無数の矢による制圧も全てがデコイ。動き全部が罠だったのだ。

32 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN P
>「あぁ、安心しろよ。逃げたければ逃げるがいいさ。追いかける気は、俺にはない」

降ってきた声は、これまで受けてきたどんな打撃よりも強く、フウの頭を殴りつけた。
つまりスイはこう言っているのだ……『いつでも倒せる』と。
粉々にされたハンターとしてのプライドよりも、完全に上をいかれたこの傭兵への感嘆で、フウは天を仰いだ。

完敗だ――。

才能の壁という常識を破壊してフウに一撃を叩き込んだセフィリアも。
正確な洞察と的確な判断によって、フウを完全に制圧したスイも。

(これが、吾らの前任……遊撃一課の実力か)

空は高く、雲は速く流れている。
暫し、地面に背中をつけて空を見上げていたフウは、やがてぽつぽつと語りはじめた。

「……ブライヤーの行方なんて、吾は知らんよ。あいつを襲ったのは遊撃二課じゃあない。
 ああ、元老院からの特使がブライヤーを捜して吾らに合流してたな。
 つまり、ブライヤーの失踪は元老院の意図したところじゃねーってこった」

元老院がブライヤーを排除しようと考えれば、『失踪』などという曖昧な決着の付け方はしないはずだ。
彼らが抱えている凄腕の魔術師の中には、人格を支配することで望みどおりの言動を行わせることができる者もいる。
そういうのを使って、正式な退職と、遊撃一課に不満が出ないようフォローさせれば良いだけだ。
しかしいまこの場がそうであるように、ブライヤーの失踪に真相を求めて一課の連中が帝都に乗り込んできている。
それは、元老院の望んだことではないはずだ。

「だが、吾々も手掛かりぐらいは掴んでる。
 ――女だ。背の高い女が、ブライヤー失踪の晩に現場で目撃されている。
 現場は風俗街だ、女なんか石投げればあたるほどにいるだろうが……そいつは、巨大な十字架を背負っていたそうだ」

聖職者、という風体でもない町娘風の女。
しかし、その背には巨大な十字架があり、しかもうっすらと赤く輝いていたという証言すらある。

「風俗街に十字架なんて、あまりにも皮肉が過ぎるってんでな。通行人の印象にも残っていたらしい」

実際、その女がどこへ行ったのか、一体何をしていたのか、詳しいところまで知っている者はいない。
探らせるために放った調査員は、誰も帰ってこなかった。

「ブライヤーの消息について、吾が知っているのはこんなところだな……。
 そんでもって、最初の質問。何故、汝らを殺さず帝都から追い出したのか」

フウは、そこから先を言うのが愉快でしょうがなかった。
目の前で謹聴している遊撃一課に、定められた命運……それはどんな喜劇よりも痛快だ。
ここで全て喋ってしまうのがはばかられたが、元老院から口止めされているわけでもないので、言ってしまおう。
この先何年も続く、怨嗟と呪詛に繋がる核となる言葉を、彼はゆっくりと紡いだ。

「元老院はな、遠いヴァフティアの地で――お前らを、魔族に変えようとしているのさ」


【セフィリア・スイ→遊撃二課のフウを撃破!】
【得られた情報:ボルトを襲ったのは元老院ではない。
        現場では巨大な十字架を背負った背の高い女が目撃されている】
【『元老院は遊撃課を魔族に変えようとしている』】

【場面転換・議長パートにて詳細な説明シーンに入ります】

33 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN P
【議長→ノイファ、ファミア、マテリア】

「――遺才遣いを魔族に変える。それが元老院の画策する『黎明計画』の要諦です」

居るべき聴衆の全て揃った酒場の店内で、議長はゆっくりと、裡にある言葉を紡いだ。
目の前で彼女の話を謹聴するメンツは――

この街で出会い、そして議長が諦めた運命に共に抗ってくれた少女、ファミア。
ルグス神殿の神殿騎士にして、かつてヴァフティアを襲った事変を闘いぬいた女傑、フィオナ(本名)。
ファミアやフィオナの所属する"遊撃課"の上司、リフレクティア。
そして――

(『人間難民』のみんな……)

彼らは、遊撃課の情報共有が終了した段階でこの酒場を訪れた。
予め集合場所を示し合わせていたわけではない。
ヴァンディットを始めとする人間難民達をここへ連れてきたのは、一人の派手な女。
遊撃課のマテリア=ヴィッセンと呼ばれた女だ。

初対面のこの女性のことを、議長はしかし警戒しなかった。
マテリアが腰に槍の穂先を提げていたのを見たのだ。
それは遺貌骸装『遠き福音』。議長がヴァンディットに暫定副議長の証として預けたものだ。
これがいまマテリアの手にあり、ヴァンディットがそれを許容しているということは、
マテリアは人間難民の面々に認められたということに他ならない。

酒場で再会した際、心細い見知らぬ土地で離れ離れになった仲間の顔を見て、議長は泣きそうになった。
すぐにでも駆け寄り、体ごとぶつかって、仲間たちと無事を確かめ合いたいと思った。
しかし、それを制したのは意外にも何も考えていないと思われたヴァンディットだった。

「待て、議長。確かにここで出会えたことに、俺は深く神に感謝をしている。
 だが、俺達には優先すべき本題があるはずだ……そうだろう?」

と、そんな理性的なことを彼が言った驚きで、議長は空いた口が塞がらなかった。
こと人間難民においても議長への心酔度の高い彼は、真っ先に抱きついてきてもおかしくなかったからだ。

「フ……一体俺に何があったかだと?そいつは言えんな、守秘術式とやらで言動が規制されているからな。
 夜のキッチンから夜のリビングにかけて濃厚な威力偵察を行った話が聞きたいか?聞きたいのか!?
 こう、ホットドッグにチリソースとマスタードを一往復半、アンド一往復半。合わせて三擦り半――!!」

簡単な足し算すら間違える程に……この街で彼に何があったのか。
『リビングどころか土間まで届いちゃうううううう!』とか一人でヒートアップしているヴァンディットを横目に置き、
議長は椅子を引いて話を始めたのだった。
――で、現在に至る。

「……要諦とは言っても、あくまで『遺才遣いの魔族化』は手段であって目的ではありません。
 すなわち、遺才遣いを魔族に変えることによって、元老院――ひいては国家に、長期的な利益があるんです」

"遺才遣いの魔族化"――その言葉を口にした瞬間、遊撃課達の纏う空気が変わった。
ビリっと張り詰めた雰囲気に、議長は納得がある。
帝都出身の者で、二年前から戦闘職だった者ならば、『帝都大強襲』がどのような類のものだったか知っているからだ。
謎の魔導具"赤眼"を装用した者が、その血に宿る魔族の血脈を強制覚醒させられ、魔族化した事件。

眼前、リフレクティアが渋い顔をして拳を額に当てている。
この精悍ながらもどこか抜けた印象を持つ青年は、しかし遊撃課の情報共有の際に豹変した。
"遊撃課長"の失踪を聞いた瞬間、脱力していた身体に刹那で力が漲り、双眸をすっと細めたのだ。
それだけで、議長は彼の前から逃げ出したくなるほどの、強烈な威圧感に襲われた。
自分が敵意を向けられているわけではないにも関わらずだ。

34 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN P
口の中から一切の水分が失せ、慌ただしくグラスの中身を口に運ぶ間に、フィオナがカウンターに手を滑らせた。
木製の天板に置かれたのは何枚かの書類と、一枚の銀貨。
フィオナが指で軽く叩いたそれを見たリフレクティアは、何かを察して、ふっと肉体の緊張を解いた。
如何なるコンセンサスがフィオナとリフレクティアの間にあったのかは定かではない。
しかし確かに空間に漲っていた不可視の圧力が抜け、ようやく議長は人心地ついた。

――で、現在に至る(二回目)。
そんなことがあったので、ここから先を口にするのに議長は要らぬ前置きを必要としていた。

「わたしは、二年前の『帝都大強襲』で魔族化した……赤眼装用者の一人です。
 手や足が異形のものへと変わり、だけれど心だけはヒトのままで……それが怖くて、納屋に鍵をかけて閉じこもっていました。
 あの悪夢のような一晩が明けて、生き残った家禽の親を探す鳴き声で朝を知ったわたしは、朝日の中でまず姿見を捜して――」

納屋の中には母親が無造作に放り込んでいた鏡台があり、己の姿を確かめることはすぐに叶えられた。
血溜まり――おびただしい『自分の血』の中を這うように進み、鏡の中を覗きこんだ。

「――黒の甲殻に覆われた、異貌の化物。貴女がたも見た、それがわたしの魔族としての常態(デフォルト)です。
 魔族化とは、人間と魔族とを行き来するような現象ではなく……この身体は、既に完全に魔族のものに置き換わっています」

と、そこで議長は掌を宙へ掲げた。
瞬間。ずわっと皮膚が裏返り、手首から先が黒の鉤爪と光沢のある角質によって覆われた。
今度はたっぷり一秒かけて、再び皮膚が裏返り、議長の手が人間のそれへと戻っていく。

「いまのわたしは、魔族の種族特性である『形態の自在』を使い、かつて人間だった頃の姿を再現しています。
 魔族であるわたしの身体にとって、人間の姿でいるのは大きな不自然であり、負担です。
 だから、聖術による攻撃を受けたりすると――言わば『人間化』が解除されてしまったりするわけですね」

魔族は常態(デフォルト)という基本形態の他にも、己の姿形を自在に変化させることができる。
馬車をも飲み込めそうな巨獣に変身することもできれば、人間と変わらぬ容貌になることも可能だ。
議長は二年かけて種族特性を独学で学び、試し、訓練することで習得した。
ヴァンディット達は、議長の手が人外のものに変わる一部始終を見ても、眉一つ動かさなかった。
出会った頃に、これを見ても議長の元から逃げ出さなかった者達が、いまの人間難民の構成員なのだ。

「……本来、議長は魔族化――いや、『魔族の姿に戻った』ところで、それほど危険な存在という訳ではない。
 容貌が人外のそれであっても、理性があり、隣人を慈しむ心を維持しているからな」

言葉を引き取るように、ヴァンディットが説明した。

「だが、強制的に人間化を解除された場合は別だ。
 それまで人間の側に心を傾けていた分が、揺り戻されるように……魔族の、人類の天敵としての本能が目を覚ます。
 意識を失ってしまった議長に、それを制御する術はない。俺達のように、周囲が抑えこまない限りはな」

では――何故そんな危険な状態でこの街にやってきたのか。
そもそも『強制的に人間化を解除される』とはどういう状況なのか。
当然出てくるであろう疑問についての答えは、既に用意してあった。

「ファミアさん、フィオナさんはご存知かと思います。わたしの胸に刺さっていた『杭』……。
 あれは正式名称を大陸間弾道呪術"白鏡"と言います。
 いま、帝都を賑わせている遊撃栄転小隊。その構成員――ルミニア戦闘司祭、ゴスペリウス(洗礼名)の呪術です。
 この呪いが、わたしを『黎明計画』から逃がさないようにする、枷でした」

"白鏡"には、情報漏洩を防止するための守秘術式も盛り込まれていた。
具体的には、特定のワードを口に出すと、強制的に人間化を解除し、『聞いた者を皆殺しにする』――そんな内容だ。
故に議長は誰にも相談できなかった。
何も言わずともついてきてくれる子供の集団を率いて、帝都を離れることしかできなかった。

「半年前、引き篭もって文通ばかりしていたわたしのもとへ、元老院からの密使が訪れました。
 どうやって嗅ぎつけてきたのか、わたしの魔族化と、そして魔族としての固有能力をも、知られていました」

35 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN P
議長は脇に置いていた水晶の短剣の柄を握る。
遊撃課の面々は、誰も身構えなかった。反応できなかったのか、害意がないとわかっていたのか。
おそらく後者だろう。

「わたしの能力『黎明眼』は、他者の血脈内に眠る魔族の血を強制覚醒させ、先祖返りを引き起こす――
 そう、かつて帝都大強襲の引き金となった『赤眼』と同様の能力です。
 いえ、こう言うべきでしょう……装用者の眼膜に癒着し一体化した赤眼こそが、『黎明眼』の本体。
 二年前、とある一柱の魔族が画策した、ヒトを魔族に変えるメカニズムの完成形です」

そこから先の情報を、議長は初めて他者に語ることとなる。
それまで、『白鏡』によって言動を規制されていたために言えなかったこと。
半年前に元老院から"協力"を要請された、人道にもとる国策の全貌。

「黎明眼に気付いた元老院は、『魔族を生み出す』というこの能力を当初封印し、抹消しようと考えました。
 それは、常識的に考えて当然の帰結です。魔族は明確に、人類の天敵ですから……。
 この大陸でも、何千年も血みどろの争いを繰り返して何人もの犠牲を経て、人類が覇権を取り返しました。
 ようやく数えるほどにまで討滅した魔族を再び繁殖させる行為は、人類全体に対する重大な背信行為です」

しかし、と議長はグラスを煽った。

「元老院は、同時にもう一つ。人類規模での懸念を抱えていました。
 帝国の国力低下――ひいては、西方・南方を始めとした隣接する大陸国家との戦力拮抗です。
 侵略国家たるこの国は、大陸の中央大部分を占める国として長きに渡って君臨し続けてきました。
 全方位から侵攻を受けかねない悪立地でありながら、帝国が他国に対して優位に立ち続けられた理由。
 それは、遺才を始めとした『魔法』関係の人材的な格差です」

帝国が未だに旧態然とした封建制度にこだわり続ける理由もまたそこにある。
国家にとって遺才遣いは例外なく重要な戦略物資の一つだ。
そして帝国は、遺才に対する依存度が他国に比しても以上に高い。
それは、帝国領土の大半が荒涼とした荒れ地であり、まともな資源に恵まれなかったことに由来する。

ろくな資源が採れない上に、侵略国家として大半の国との国交が断絶している。
これでは工業的な技術は発達せず、産業の画一化も図れず、生産できる僅かな食料で細々と食い繋いでいくしかない。
そんな、赤字国家の典型的な末路を辿る帝国が、他国に肩を並べるには『人材』に頼るしかなかった。
祖たる魔族の力を宿す、一握りの天才たち。
遺才遣いを徹底的に重用することで、国家として未成熟のまま無理やり戦力的なバランスをとっていたのだ。

「帝国が他国に誇れるものは、ひとえに遺才遣いの層の厚さでした。
 他国がどれだけ技術を革新し、兵百人分の力を持つ兵器を投入しても、一騎当千の遺才遣いには束になっても敵わない。
 そんな遺才遣いを、帝国は自国・他国問わずに引き抜き、貴族として徹底的に厚遇していきました。」

帝国の強引な遺才誘致策は、戦時にあっては反則的な効果を発揮した。
他国が大きな技術革新や、大規模な農地を開発する度、帝国は遺才遣いを送り込んでそれらを侵略した。
帝国が名実ともに大陸の覇者となってから百余年、今をもってなお、帝国は遺才なしでは成り立たない国だ。

「現在も、帝国には自国で対他国規模の産業を行う国力をほとんど持っていません。
 大陸のほぼ真ん中という立地を活かし、他国から莫大な通商税を徴収して、国家経営を成り立たせています。
 徴税の根拠となっているのはやはり、遺才遣いという戦力をちらつかせた脅迫なのです……」

帝国が広大な大陸の、ど真ん中に領土を構える巨大国家である以上、その領土を横切らなければ物資を運ぶことはできない。
故に帝国は、他国に対して『帝国領通過時の物資の無事を保証する』という名目で高額な税を上乗せしているのだ。
帝国の承認を得ずに領内を荷馬車が通れば、たちまち『偶然現れた野盗』が隊商を襲う、という寸法だ。

こう書くと、帝国が他人から財を奪うことばかり考えているろくでなしの国家のように見える。
実際その通りだが、侵略国家としてはこの上なく正しい政治のやり方なのだ。
他国から徴税するシステムさえ作ってしまえば、あとはちょろちょろと内政をするだけで国家が存続する。
これ以上簡単な政治などない。
自国民から徴収する税も限りなく少なく出来る―― 一般的な帝国民の課税額は、近隣諸国の実に五分の一だ。

36 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN P
「ゆえに、武力を笠に着た略奪者は、その武力を維持することに何よりも腐心します。
 牙を欠いた肉食獣がたどる末路など、想像に難くありませんから……。
 しかし、いま、帝国はまさにその牙を摩耗させ、無害な非捕食者へ成り下がろうとしています。
 ――『魔法の衰退』という形で」

前置きがひどく長くなってしまったが、ここからが本論だ。

「現在、大陸にどれだけの魔族が残存しているか御存知ですか?
 ――百年前は、いまの百倍の数の魔族が存在していました。
 千年前は、概算でいまの千倍は跋扈していただろうと推測されています。
 有史以来、人類と魔族は幾度と無く生存権をかけて争いを重ねてきました。
 結果、圧倒的な力を持ちつつも物量で人類に後れを取った魔族は、着々とその数を減らしていきました」

魔族は無尽蔵に近い魔力と強力無比な膂力を併せ持つ究極生物だが、それでも生き物の領域を出ない。
その身体は不老であり限りなく不死に近いが、それゆえに極端に繁殖能力が低かった。
滅多に死なないから、種の保存を再優先する必要がなかったのだ。
魔族が新生児を設ける割合は百年に一体が多い方で、人類が反旗を翻してからは出生率を死亡率が上回った。
ゆっくりとだが、確実に個体数は減っていった。

「いま、大陸に生き残っている魔族は十に足りません。
 それも各国の諜報機関によって動向を補足され、いつでも討滅できる状況にあります。
 圧倒的支配者だった魔族は、もはや絶滅へのカウントダウンに入っているのです」

魔族は、必ずしも魔族同士で生殖活動を行うわけではない。
その姿形を自在に変化させられるということは、あらゆる生物との交配が可能ということだ。
魔獣と交わった結果が、大陸に広く分布する『竜』種であることは誰もが知るところであるし、
かつてヒトの祖と魔族が交わった結果が現在の人類であることも、ある程度の教養があれば知っていることだ。

「ちょっと待った。魔族が絶滅寸前ってのと、帝国の国力低下がどう関係するんだ?
 人類の天敵がいなくなるってのを喜びこそすれ、それを懸念するってのは常識的におかしくねーか?」

リフレクティアが口を挟んだ。
彼はいつの間にか新しい料理を作っていたようで、人数分の料理が盛られた皿がカウンターに整列している。

「それが、大いに関係があるんです。
 先刻言った通り、帝国が他国に対して切れるカードは、遺才――ひいては『強力な魔法』そのものです。
 では、人類が魔法、ないし魔力を得るに至った起源をよく考えてみてください」

問うと、リフレクティアは顎先を指で叩いて脳から記憶を引っ張りだした。

「……確か、ヒトの祖と魔族が交配して生まれた現行の人類は、魔族からの遺伝として魔力を得た、んだよな?」

「いかにも。だからヒトの祖と魔族の雑種から派生したいまの人類は、みな多寡に差はあれ魔力を持っています。
 正確には魔力をエネルギーとして扱う能力ですが……これは明確に、魔族由来のものです。
 人類の中でも魔族の血の濃い者達が、その身に強い魔法を宿す特異体質者――遺才遣いと呼ばれるように」

「例外は居るみてーだけどな。俺の知り合いにも、魔力を全く持ってないって奴がいるぜ」

「その『魔力欠乏者』が例外扱いされているのは、帝国内だけの話ですよ。
 特に南方共和国では、国民の約3割が魔力を持たない人間で構成されています」

リフレクティアが息を呑んで黙った。
これは特別、彼が国際情報に疎いというわけではない。
帝国が意図的に国内に対して隠蔽してきた事実だからだ。

「古くから遺才遣いを多く取り込んできた帝国ですら、魔力欠乏者が存在するんです。
 他の国々では、もっと多くの人が、魔力を喪って生まれてきているはずですよ。
 ――もうお分かりですよね。時代が下り、魔族の血が薄くなった現在、魔法は衰退傾向にあるんです!
 帝国は、百余年も覇権を支え続けてきた『魔法という既得権益』を、喪失するおそれにさらされているのです!!」

37 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN P
もしもこのまま衰えていくに任せて、魔法がこの世からなくなったら――
帝国は、他国に対して肩を並べられるものを何一つ持たない、大陸最弱の国家に逆戻りすることになる。
広げてきた領土はあっと言う間に奪還され、それまで他者から奪ってきた分の報いを受けることだろう。

「既に他国では、魔法に依存しない文明の構築を始めています。
 共和国では『電気』を生活エネルギーにする技術の開発が進められていますし、
 西方エルトラスでは大規模農園の経営によって貿易用の作物を大量生産する方法が発見されています。
 そんな中、帝国だけは、移ろいゆく時代に逆行し、失われていく魔法にしがみつこうとしています。
 そしてそれこそが、いま俎上に上がっている『黎明計画』の目的です」

議長は右手の水晶剣を見た。
磨きこまれた刀身に映る己の双眸は、やはり人外の赤。

「魔法が衰退し始めた原因、それは人類同士の交配が続いたことにより、魔族の血が薄くなってしまったから。
 ならば、再び魔族の血を取り入れれば血を濃くすることができるはず。
 しかし、当の魔族は他ならぬ人類の討滅によって絶滅寸前の危機に瀕しています。
 よって――元老院は、こう考えました。『いないんだったら、つくれば良い』。
 二年前の帝都大強襲は、魔族不足に頭を悩ませる元老院にとってまさに渡りに船でした」

赤眼は二年前の騒乱で失われてしまったが、しかし結果として魔族が残った。
魔族化していながら、人間の意識を保ち、ゆえに大強襲の際に討滅されなかった新生魔族達。
彼らに接触した元老院は、こう持ちかけた。
『もっと仲間を増やしたくないか――』と。
討伐の影に怯え、孤独を過ごしてきた人間難民達に、それは光明よりも眩しい救いの手だった。

「かつて、魔法が隆盛を誇った時代――人類の"黎明期"を取り戻す計画。
 ゆえに『黎明計画』。それが、魔族を人為的に生み出し、人類と交配させる国策事業のコードネームです」

話し終えて、議長はグラスの中身が空になっていることに気がついた。
そうとう長い間、緊張を伴う語りをしていたせいだ。
リフレクティアが手早くボトルの栓を切り、冷えた水をそこに注いでくれる。

「あなたたち、遊撃課がヴァフティアに向かうよう指示されたのは、おそらくあなた達が遺才遣いだからです。
 赤眼、及び黎明眼が魔族化させられるのは、その身に色濃く魔族の血を宿す者だけ――。
 二年前に、赤眼が貴族にばかり配られたのもそれが理由です。つまり……」

そこで、議長は言いよどんだ。
腫れ物に触れるのを厭うかのような気配を察知したのか、リフレクティアが口を開いた。

「つまり、遊撃課は黎明計画の実験体ってわけか。
 遺才遣いを魔族に変えるってのが必ず成功するとも限らねえし、
 よしんば晴れて魔族化したところで、今度は正気を失って人類の敵に回る可能性だってある。
 いや、むしろ黎明眼なんて能力の信頼性を考えれば、心配性のジジイ共は最初は失敗すること前提に動くはずだ」

議長は、唇を噛んで首肯した。
リフレクティアは肩を竦めて、もっと飲めと言わんばかりに議長のグラスに水を注ぐ。

「ご丁寧に遊撃二課なんてもんを据えたのも、一課に覚悟を決めさせるためだろうな。
 『お前らにはもう人間として帰る場所などない』……この分だと戸籍なんかも消されてそうだぜ。
 くっそ、もっと早く違和感に気付くべきだったんだ。遊撃課の設立が、なんですんなり通ったのか、俺は疑うべきだった……!」

拳が白くなるまで握りしめた彼は、絞りだすように言葉を紡ぐ。

「俺は、元老院にとってひたすら都合の良い人材をかき集めてきたことになる。
 遺才遣いで、仮にいなくなったとしても元老院としてはまったく困らない問題児達。
 考えれば考える程、遊撃課は黎明計画の対象としてうってつけじゃねえか」

38 :GM ◇N/wTSkX0q6:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN 0
リフレクティアは、遊撃課の発足者だと言っていた。
まだ齢若い、キャリアのエリートといった風でもないこの男が一部門の設立を任されたのにも裏事情があったのだろう。
全ては元老院の掌の上で転がされていた。
リフレクティアは両手をつき、頭をカウンターに沈めた。

「騎士嬢、アルフート、ヴィッセン。すまねぇ……俺のミスだ。
 俺は、あらゆるしがらみから解き放たれたこの部隊の有用性を証明できれば帝国の組織構造を変えられると思ってた。
 ダンブルフィードで、ウルタール湖で、タニングラードで、少しづつだけど認められてきたはずだった。
 だけど、実際はちっとも進んじゃいなかった――元老院の意思っていう一番でかいしがらみに、囚われっぱなしだったんだ。
 奴らは初めから俺達の有用性なんか勘案しちゃいなかった。
 『無用』であることを前提にしたこんな計画を組んでたぐらいだからな」

議長は再びグラスを空にすると、机に伏せるリフレクティアを端目にファミア達へ向き直った。

「本題です。わたしがこの街に来た理由は、この地の遺才遣いを残らず魔族化せよとの元老院からの指令ですが――
 "白鏡"による統御がなくなった以上、この街で何をしようがわたしの意思次第です。
 あなたがた、遊撃課の皆さんにわたしから提案をさせてください」

遊撃課の、女三人と一瞬づつ目を合わせる。
その動作で、これから話すことが伊達や酔狂によるものではないとわかってもらえるだろう。
議長は、ゆっくりと言葉を放った。

「いまの話を聞いた上で――魔族化、してみませんか?」

驚愕の気配が左右から発せられるのを議長は感じた。
左はカウンターに伏すリフレクティア。右は人間難民の面々だ。
構わず言葉を続けた。

「既に、元老院は黎明計画の対象者の排除を推し進めています。
 帝都に帰ったところで、あなたたちに居場所はないはずです――戸籍を抹消され、職場も別の人間に成り代わっています。
 ならば、そんな帝国に対して、これ以上義理立てする必要なんてないんじゃないですか?」

議長は本気だ。
彼女は世界に絶望し、失望している。
たとえそれが年端もいかぬ少女の、見聞の狭い世界であっても……力ある彼女はそれを現実にできる。

「魔族化しても人間の意思を失うわけではありません。
 ちょっとばかり見た目は変わりますけど、人間よりもずっと過ごしやすい素敵な身体ですよ。
 それで、みんなで魔族化して、大陸のどこかに逃げちゃいましょう!
 一人で逃げるのは寂しいですけど、みんなで逃げるんなら、きっと楽しい旅路になるはずです!」

議長は語調を強めた。
それは、明るく言っているように見えて、しかし縋るような調子でもあった。
彼女は、裏切りを乞うている。

「どうですか、魔族、なってみませんか?」


【説明パート終了】

【内容要約:
 『黎明計画』とは黎明眼によって遺才遣いを魔族化させ、国内に魔族を繁殖させる計画のこと。
 目的は時代の移り変わりによって衰退し始めた魔法を、魔族との交配によって再び活性化させるため。
 でないと魔法立国である帝国は魔法の衰退に引っ張られるように滅んでしまう】
【現状抱えている問題:
 元老院は黎明計画の初期ロットとして失敗しても惜しくない遊撃課を実験体にすることに決定。
 既に計画は発動し、戸籍を消され、職場は別の人間(遊撃二課)が成り代わっている。
 このまま帝都に帰っても居場所がない】
【議長の提案:
 どうせ居場所がないのならみんなで魔族化して逃げちゃいませんか?】

39 :ノイファ ◆taXKZgQH5w :2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN 0
GM様、マテリアさんへ
独断ですみませんが外部掲示板用意しました

遊撃左遷小隊レギオン!【古巣】
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/10454/1376802302/

40 :名無しになりきれ:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN P
保守

41 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN P
>「フ……一体俺に何があったかだと?そいつは言えんな、守秘術式とやらで言動が規制されているからな。

(……軍属時代の話、この子にするべきじゃなかったかなぁ)

マテリアがヴァンディッドを横目に、呆れ顔で溜息を零す。
疑問が浮かぶ――もう随分といい歳なのに、もしかしてずっとこんな感じだったのだろうか。

(そう言えばこの子達の親御さん、どうしてるんだろう……。
 この子達はあくまでも部外者……出来れば家に帰らせてあげたいけど……)

勝ち目のない戦いだと知って尚、議長の傍に居続けようとする優しさは、とても尊い。
それでも、だからと言って――このまま彼らを巻き込み続ける理由にはならない。
何とか安全な世界に戻って欲しかった。

>「――遺才遣いを魔族に変える。それが元老院の画策する『黎明計画』の要諦です」

だが――その事について考えるのは、後にしなければならないようだった。
議長の口から紡がれた言葉はあまりにも現実離れしていて――しかし同時に奇妙な真実味を帯びていた。
タニングラードでの一件を経た後のマテリアには――元老院ならやりかねないと思えるくらいに。

>「……要諦とは言っても、あくまで『遺才遣いの魔族化』は手段であって目的ではありません。
  すなわち、遺才遣いを魔族に変えることによって、元老院――ひいては国家に、長期的な利益があるんです」

元老院のする事だ。利益が伴わない訳はない。
平静な状態なら既に予想を立てる事も出来ただろうが――
衝撃的な事実に打ちのめされた今のマテリアには、ただ議長の言葉に耳を傾ける事しか出来なかった。

そうして語られたのは、まず議長の過去。
両親はどうしているのか――ふと疑問が脳裏を過ぎる。
だが、聞ける訳もない。

次に語られたのは帝国の現状と世界情勢の推移。
そして、魔族の――魔法の衰退。
元老院の目論見がぼんやりとだが、見えてきた。

「まさか……」

力なく声が零れた。
出来れば自分の勘違いであって欲しい――そう思い、首を小さく横に振る。
そんな事をしても、議長の言葉を遮り曲げる事など出来る筈がないのに。

>「かつて、魔法が隆盛を誇った時代――人類の"黎明期"を取り戻す計画。
  ゆえに『黎明計画』。それが、魔族を人為的に生み出し、人類と交配させる国策事業のコードネームです」

息が詰まる――胸の奥から何かがこみ上げてきて、気道を塞がれているような気分だった。
吐き気がする――その何かを胃液と一緒に吐き出してしまえたら、どれだけ楽になれるだろうか。
だが、そんな事は出来ない。子供達の前で、弱い所を見せられる筈がなかった。
それでも黙っている事が精一杯だ。項垂れるレクストに、何も言えない。

>「本題です。わたしがこの街に来た理由は、この地の遺才遣いを残らず魔族化せよとの元老院からの指令ですが――
  "白鏡"による統御がなくなった以上、この街で何をしようがわたしの意思次第です。
  あなたがた、遊撃課の皆さんにわたしから提案をさせてください」

提案――その言葉にマテリアの視線が議長へ向く。
議長もまた、マテリアを見ていた。
彼女の眼からは悲痛で、しかし強固な意志を感じた。

42 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN P
>「本題です。わたしがこの街に来た理由は、この地の遺才遣いを残らず魔族化せよとの元老院からの指令ですが――
  "白鏡"による統御がなくなった以上、この街で何をしようがわたしの意思次第です。
  あなたがた、遊撃課の皆さんにわたしから提案をさせてください」

心音が重く加速している――何か重大な事を言おうとしている者の音だ。
今まで語った事以上の事を。これ以上、一体何が――

>「いまの話を聞いた上で――魔族化、してみませんか?」

――マテリアの心音が跳ね上がった。
呼吸を忘れ、瞬きが増える。

>「既に、元老院は黎明計画の対象者の排除を推し進めています。
 帝都に帰ったところで、あなたたちに居場所はないはずです――戸籍を抹消され、職場も別の人間に成り代わっています。
 ならば、そんな帝国に対して、これ以上義理立てする必要なんてないんじゃないですか?」

>「魔族化しても人間の意思を失うわけではありません。
 ちょっとばかり見た目は変わりますけど、人間よりもずっと過ごしやすい素敵な身体ですよ。
 それで、みんなで魔族化して、大陸のどこかに逃げちゃいましょう!
 一人で逃げるのは寂しいですけど、みんなで逃げるんなら、きっと楽しい旅路になるはずです!」

議長は明るく振舞っている。
が、マテリアの耳はその奥に隠した不安も孤独も、聞き取れてしまう。
でも、それでも――

>「どうですか、魔族、なってみませんか?」

マテリアは魔族になんか、なりたくなかった。
もし仮になったとしても、同じ魔族になるのだったら帝国にいた方が有益で、賢明だ。
マテリアは戦力的にも精神的にも弱く、賢しらだ。故にその事がとてもよく分かっていた。

だけど、それをどう言えばいいのか分からない。いや――言える訳がない。
既に魔族になってしまった彼女に、魔族になりたくないだなんて、言っていい訳がない。
そして一方で――彼女の孤独と恐怖を和らげてあげたいという思いも、マテリアには確かにあった。

彼女に希望を持って欲しい。
その為にどうすればいいのか、マテリアは知っている。
その為に必要な才能も、持ち合わせていた。

不意にマテリアが立ち上がった。
そして議長の隣まで歩み寄り、何度か深呼吸をしてから――彼女を抱き寄せた。

人は人に抱き締められる事で安心感を得る。
それは精神的な理由ではなく論理的な理由からだ。
抱き締められるという刺激は、母親に守られていた頃を連想させる。

「……人の幸せは……人のいる所にしかありません。
 ……茹で青豆とパンチェッタのソテー、でしたっけ。もう食べてみましたか?
 卵のまろやかさが青豆の風味と見事に融和していて、とても美味しいですよ。
 けど……帝国を去れば、これを作る事も、食べる事も、出来なくなっちゃうでしょうね。
 人の世界の外側には、そんな些細な幸せさえ、無いんです」

また――心音は、人から人へ伝播する。
太鼓の音が祭りや戦いの際に用いられるのは、それが加速した心音を連想させ、人に高揚を齎すからだ。
同じように、抱き締められる事で、人は正常な心音を――落ち着きと安らぎの音を思い出す。

43 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN P
「私達は、人の世界でしか生きられません。あなたもそうです。
 もし私達が魔族となって、あなたに付いていっても……きっとあなたは、その事への負い目を忘れられない。
 そして潰れてしまう。あなたが人間だから」

彼女の求めるものを、求める言葉を、予測し、与える。
マテリアが議長に施すのは、計算された優しさだ。
それは決して誠実とは言えない行為だが――それでも、彼女を少しでも楽にしてあげたかった。

「居場所が奪われたのなら、取り戻せばいい。私達ならそれが出来ます。
 びっくりするくらい簡単にね。そのついでに……あなたの居場所だって、守ってみせますよ」

人間難民の子供達に視線を遣り、それから議長に微笑みかけた。

一瞬の沈黙――罪悪感が、胸に火傷のように滲む痛みを齎した。
自分は議長に希望を持たせようとしている。
自分にはそんな事を成す力などないと分かっているくせに。

「ですが、もし……私達が失敗して、もう何も打つ手が無くなってしまったら。
 その時は……帝国ではなく、あなたの傍にいます。絶対に。
 ……だから少しの間、私達を信じてみて下さい」

その無責任さに嫌気が差して、マテリアは最後にそう付け加えた。
自分でも実現出来る約束をする事で、少しでも罪悪感を緩和しようとしたのだ。
奇しくも、それもまた、計算された優しさだった。


【とりあえずちょっと落ち着こうよ】

44 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN P
ランゲンフェルトは、石畳を疾走しながらそれを見た。
大量の槍がフィンへと殺到し、その回避を阻害するように巨人が掴みかかったのを。
前後からの挟み撃ち。
槍と巨腕、いずれの打撃を受けようとも肉片と化すこと必至なこの状況、
双方が、完璧なタイミングで交錯する――!!

重なった音は地響きとなって路地を揺らした。
砕かれた地面が朦々と砂煙を巻き上げ、ランゲンフェルトはフィンが串刺し死体となる瞬間を見ることができなかった。
埃が晴れ、そこには目を覆いたくなるような惨状が――ほんのひと月ほど前に彼自身がやらかしたことだが――なかった。

>「おい、襲撃者……ひょっとしてテメェらは、この程度で全力なのか?」

フィンは、無事だった。
彼の肢体へと仮借なく牙を突き立てるはずだった槍の群れ。
それらが揃って生えているのは、フィンを背後から奇襲したはずの巨人だった。

(位置をズラした……否!投げ飛ばしたのですか、あの体重差を!)

フィンはあの場から一歩も動いていない。
にも関わらず巨人だけが地に伏し、槍を一身に受けている理由を想像することは難しくない。
襲いかかった勢いを利用されて、フィンに投げ飛ばされたのだ。
おそらくは――槍の楯になるような位置へと計算して。

(無論!これは尋常な挙動ではない……双方の体重差が二倍とすれば、彼が用いた技術の域は……!)

常識的に考えれば、格闘戦で有利なのは単純に体重の大きい方だ。
『拳』という武器が古式ゆかしい質量兵器である以上、その威力の殆どを攻撃者の体重に由来する。
そして逆もまた然り、拳による攻撃を受ける側もまた、体重によって防御力を大きく増減させる。
パンチは相手をぶっ飛ばせなければ意味がないからだ。

そして、これもまた論ずるまでもないことだが、攻撃に乗せられる体重とは一定ではない。
足運びや重心移動、攻撃のタイミング等によって、拳の重さというものは流動的に変化する。
最大限に体重を乗せてクリーンヒットを放つこともあれば、いわゆる腰の入っていない手打ちになる場合もある。
逆に言えば、いかに自身の攻撃の瞬間に体重を乗せ、相手の攻撃に体重が乗らないようにするかが、格闘者の駆け引きだ。
フィンは、相手の攻撃に乗せた重量がもっとも減るタイミングを針の穴を通すようなコントロールで見出した。
そこへ、同じく超精密な動作で以て、己の最大重量を効果的なベクトルに叩き込んだのだ。

(一朝一夕で身につく技術じゃあない。一体どれほどの攻撃を受ければ、達人の領域に達すると言うのです……!)

世の中の『技術』のバロメータは、その反復試行回数によって向上していくのが一般的である。
職人の技術は作れば作るほど上達するし、戦いの技術もまた戦うほどに上がっていく。
その経験値が一定以上に達した者が、いわゆる達人と呼ばれる領域に踏み込むことになっていくのだ。
だが、『攻撃の達人』はいても、真の意味で『防御の達人』となれるものは少ない。
本当に少ない。一握りだ。理由はひとつ。
『達人になるほど何回も攻撃を受けていたら、達人になる前に死んでしまう』からだ。

だがフィンは、そのかなしき遺才が、彼から途中退場を許さなかった。
どれだけ打ち倒されても、手足を砕かれても、地面に這いずっても、彼は死ななかった。

死なずに、護り続けた。

護ることから、逃げなかった。

>「お前は、俺の大切な仲間を傷つけようとした。だから俺は今、すげぇ怒ってる」

眼前、首から十字を下げた猫へ向けて、『最終城壁』が歩みを進める。
その足取りに不確かなものは一つとしてなく。
その双眸に、一点すらも曇りはなかった。

45 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN P
>「――――お前ごときが『俺達の世界』に手ぇ出してんじゃねえぇぇ!!!!!!」

打ち下ろされた拳。
どこから出現したものか、黒い鎧を纏った正拳突きが、猫のほんのすぐ側を掠めて石畳に激突する!
瞬間、世界に崩壊が上書きされた。
ピシリと放射状に広がった亀裂が、間断をおかずに破壊の二文字を戦場に確定する。
瞬間的に陥没した地面が、瓦礫の破片を周囲に景気よくぶち撒けながら沈んでいく。
ランゲンフェルトは飛んできた破片をスウェーで避けながらゆっくりとフィンに合流した。

「これはまた……派手にやりましたね、最終城壁氏。この石畳は二年前、魔獣のブレスに耐えたはずなのですが」

帝都のハードルを構成する大通りの石畳は、当然のごとく魔導技術の粋を集めて施工されている。
具体的には、路面に刻まれた特殊な呪詛が、超高硬度と衝撃の打ち消し、術式や環境への耐性被膜を付与している。
物理的な打撃はおろか、軍用の魔導砲による砲撃ですら微細な摩耗しか与えられないことを実証されている。
二年前の帝都大強襲で、他の建築物は破壊されても道路だけは無事だったほどだ。

(それが、こうも簡単に砕かれるとは……彼の拳に、それほどの膂力が?
 否、特別身体強化を施していたとも見られぬあの細腕に、それほどの威力を出せるとは思えない。
 それに、やはりと言うべきか――あの巨人も、もとのガラクタの寄せ集めに戻っている)

巨人が、あの猫が最終局面で発動した『遺貌骸装・偏在する魂』とやらの効果で生み出されたことは容易に推測できる。
あれが魔導具であれ呪物であれ、魔力による作用であることに間違いはない。路面被膜にしても同様だ。
そして、それら術式の賜物が、しかしフィンに殴られると途端に効力を失って巨人は人形に還り、路面は脆くなった。
まるで、術式を構成する『魔力を奪われた』かのように……。

>「ランゲンさん。周りに怪しい動きをする奴がいないか見てくれ。この猫が本体とは限らねぇしな」

「把握しました――が、どうやらこの近辺には人っ子一人いないようです。
 おそらくですが、この襲撃者達は襲撃開始時から範囲型の隔離結界を張っているようですね」

フィンの示した猫は、瓦礫の中に蹲って震えている。その首根っこをひょいと摘んで、
ランゲンフェルトは空を見上げた。そこから見える藍色は普段と変わらぬ色合いをもっているが、
本当の空と彼との間には不可視の膜を一枚隔てている。
隔離結界。暗殺者の常套手段として、ターゲットの周囲を見えない結界で空間的に隔絶してしまうのだ。
外からは、普通の風景として景色に同化するような隠蔽結界で。
結界自体は強度もさほど高くはなく、脱出も容易だが――

「――外部からはおろか、仕掛けられた当人もよほど注意しなければ気付かない。
 つまり、内部で確実に仕留めるだけの戦力を投入し、相手の増援を気にせず襲うことができる。
 そういうやり口です。逆に言えば、敵は結界の内部にしかいないということですよ、ハンプティ氏」

見張りもいらないので、結界の外に人員を置く必要性がない。
戦力の局所投入による物量戦と、本来静粛性の求められる暗殺とを無理やり両立させた技法なのだ。
他ならぬランゲンフェルト本人も、現役時代はよく使った手口だった。

>「そんでもって、怪しそうなのがいなかったらこいつを締め上げようぜ」

「本体がいたとしても、この戦場に残存している敵勢力はこの猫だけでしょうな。
 ご覧くださいこの首から下げた十字架を。これが恐らく、我々を襲った人形兵団の源です」

46 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN P
ランゲンフェルトは、この猫が『遺貌骸装』と唱え、十字架が光った途端に人形が動きを変えたのを見ている。
おそらくあれは、予め取り決めしておいたいくつかの命令の切り替えトリガーだったのだろう。
ならばさしずめこの十字架は命令を出す通信機か、それとも術式そのものの魔導具か。

ランゲンフェルトが十字架を握ると、猫はピクリと表情を動かした。
だが訓練された兵士の如く、ほんの一瞬感情をのぞかせただけでまたすぐもとの無表情の猫に戻ってしまう。
しかし、その一瞬を見逃すランゲンフェルトではなかった。

「ほう……」

彼はそもそもからして出自が犯罪者の、邪悪な心をもった正真正銘の悪人である。
悪人の標準スキルとして、『ひとの嫌がることをする』技術は他の誰にも遅れを取らない自負があった。
その悪人としての嗅覚が、この十字架が核心であると告げている。

>「……ぜってー逃がさねぇ。何があろうと、どんな手段を使っても、課長の事を喋って貰うぜ」

「そう、その意気ですハンプティ氏。我々に必要なのは手段を選ばないという意思そのもの!
 ……ところで、この猫がなにか手がかりを抱えているようですが……拷問しますか?」

無抵抗の猫をぶら下げてそのようなことをさらりと言う彼の手の中で、猫がぶるりと震えた。
やはり人語を解している。特別に頭脳明晰な猫というわけではなく、中身が人間なのだ。

「おやおや。どうやらこの猫、首から下げた十字架を後生大事にしているようですね。
 特に意味はないかもしれませんが、せめて我々を襲撃してきた連中への嫌がらせのため、破壊しておきましょう」

ランゲンフェルトが十字架を手に取り、ぐっと親指を当てて力を込める。
十字架は金属で鋳造されているが、作りは繊細なため、折り曲げるぐらいのことは容易いだろう。
瞬間、耐えかねたといった風で猫の口から人間の声がまくしたてられた。

「だああああ!も、もう限界だ!クランク8、機材を放棄し撤退する!ベイルアウト!!」

おそらく十字架へ取り付けられていた小型の念信器へ向けてであろう、声。
それは年若い男のもので、焦りを含んでいた。
『ベイルアウト』という文言が命令コマンドだったのか、十字架が再び赤く輝き、猫の身体も同じ色に染まる。
ベイルアウト――緊急脱出。
その言葉通りに、赤の光は猫の身体から発条仕掛けのように勢い良く飛び出し、

「させません」

ランゲンフェルトがひょいと十字架を猫から取り上げた。
赤い脱出光はそのまま見えない天井にバウンドして猫の身体の中に再び収まった。

「やはり、この十字架が人形を操り、あるいは猫に人間の意識を宿す魔法の媒体のようですな。
 発動者の手元から離せば命令が中断され、命令前の常態に強制回帰する……。
 これも一種のセーフティでしょう。自前の能力ではなく、外付けの武装であるがゆえの」

ランゲンフェルトは手の中でくるくると十字架を弄びながら、口を空けたままの猫を睥睨した。

「効果も使い方も大方の予測はついています。私が扱えるかは微妙なところですが……。
 試してみましょう。――遺貌骸装『偏在する魂』」

ランゲンフェルトは十字架を掲げ、見よう見まねで起動呪文を唱えた。
すると十字架が赤く光り、そして石畳だった残骸の破片もまた赤く輝く。
それらは宙に浮くと、瞬く間に瓦礫で出来た人型の何かを構築した。
背格好が襲撃者達と違う。これはまるで――ランゲンフェルトと同じ体格だ。
彼が頭に載せているハットまで再現されている。

47 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN P
「ふむ。使用者に制限はないようですな。いま、私の視界には二つの視点でものが見えています。
 一つは私自身の視点。もう一つは――ハンプティ氏、あなたを真正面から見る、その瓦礫人形の視点です」

言って、ランゲンフェルトは十字架の遺貌骸装を解除した。
瓦礫が形をうしない、ただの破片として地面へと次々落ちていく。

「推測ですが、この十字架型の魔導具……あるいは呪物の効果は、『魂の分割投影』。
 すなわち自分自身の魂を分割し、器物や別の生物に付与し、もう一人の自分として存在させる。
 多重発動すれば、先刻のようにまったく同じ挙動をする数十人の襲撃者、などという芸当も可能というわけです。
 ……もっとも、それだけの数を操るには相当の修練を積む必要がありそうですが」

ランゲンフェルトはそう言って、十字架を無造作にフィンへ向けて放った。

「私は特に要らないので貴方が預かっていて下さい。
 私の身体は一つあれば良い。そう、彼女をかき抱くこの二本の腕さえあれば……!
 ともあれ、我々はひとつ大きな戦果を得ました」

彼はずっとぶら下げていた猫を顔の高さまで持ち上げる。
見つめ合うと、猫は気まずそうに目線を逸らした。

「襲撃者の魂の一片を、この猫の中に拘束したということです。
 その十字架を奪われて、ベイルアウトを唱えられさえしなければ、おそらくこいつには何もできないでしょう。
 手っ取り早く拷問にかけて、必要な情報だけ絞りとって、あとは鍋にでもぶち込んで美味しくいただきましょう」

ランゲンフェルトの発言に目が泳ぎまくっている猫を横目に、彼は話を続ける。

「尋問の方法はお任せします。私のやり方では、おそらく猫の身体の方が耐えられない。
 我々が目下知りたい情報は二つです。『ハルシュタット卿の安否』と『ボルト=ブライヤーの所在』。
 あとはあなたが知りたいことを自由に略取するのも良いでしょう。こいつの中身の所属とかね」

しかし――彼は最も重要なことを考えから外していた。
遺貌骸装『偏在する魂』は、瓦礫の形こそランゲンフェルトを模していたが、しかし襲撃者と明確に異なる点がある。
襲撃者達は、ぱっと見から血糊などの細部のディティールまで完全に人間だった。
否、『人間に見える』ように認識阻害の術式が重ねがけされていたのだ。
遺貌骸装にそんな機能はない。そして囚われている猫は猫であるが故に、術式を持ち合わせていない。

他にもいるのだ、この場に。
分割した魂を分け与えられた人形たちに、人の皮を被せた魔術師が。


【『偏在する魂』撃破!】
【猫(敵in)を捕虜として獲得。尋問による情報の引き出しが可能です】
【遺貌骸装『偏在する魂』を入手!魂を器物や生物に乗り移らせて自分の複製をつくることができます】

48 :ファミア ◆2E3x6Jsp4u4i :2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN 0
差し出した封書に「死体は発見されていない」と一言添える。
ノイファの"補足"はひどくあっさりしていました。
(死体……話の流れからすると課長の?ということは襲撃されたことまでは掴んでいる?一体なぜ……)

謎多き女(23)の正体についてあれこれと思索を巡らせかけたファミアでしたが
(……いや、考えるより聞けば早いか)
と、そう思い直して上げかけた声を、戸を打つ音が遮りました。

>「……どうやら全員揃ったみたいですね――」
ノイファの言葉通り、戸口をくぐり抜けて現れたのはマテリア。
これで遊撃一課ヴァフティア分隊集合完了です。

さらにマテリアの背後からぞろぞろと連れ立って入店してくる集団。
みな一様に先刻までの議長に似通った黒い外套姿。
人間難民――議長が口にしていた"仲間"であると、ファミアは即座に直感しました。

再会の安堵からか立ち上がりかけた議長を、しかし集団の中で最も前に出ていた少年、ヴァンディットが制します。
>「待て、議長。確かにここで出会えたことに、俺は深く神に感謝をしている。
> だが、俺達には優先すべき本題があるはずだ……そうだろう?」
その立ち位置から議長に次ぐポジションにあると推察できました。

しかしヴァンディットのその毅然とした態度は次の一瞬で瓦解し、なんだかよくわからないことを口走り始めます。
(彼なりの感情表現なのかなあ?)
ファミアは触らないほうがよさそうなので放置することにしました。
議長の判断も同様らしく、椅子を引いて一同へ向き直り、そして――

>「――遺才遣いを魔族に変える。それが元老院の画策する『黎明計画』の要諦です」
ばきり、とファミアの口内で音がしました。
料理を口に運んでいた木匙を噛み砕いてしまったのです。
さらに続けられる言葉を、ファミアはぼりぼりと咀嚼しながら聞きました。

議長自身がここへ至った経緯、帝国を取り巻く情勢、そしてマテリアの呻き。
>「――元老院は、こう考えました。『いないんだったら、つくれば良い』」
さほどに鋭いたちというわけではないファミアでも、そこまで聞けば元老院の目的は見えてきました。
しかし、理解ができるということと納得ができるということは必ずしも等号で結ばれません。

>「かつて、魔法が隆盛を誇った時代――人類の"黎明期"を取り戻す計画。
> ゆえに『黎明計画』。それが、魔族を人為的に生み出し、人類と交配させる国策事業のコードネームです」
国策。
つまり帝国そのものがファミアたち遊撃一課を"人として否定する"と決めたということです。
それも物理的には魔族化、身分は家畜化という多重の否定。

もちろん、実際の待遇がどのようなものになるかはわかりません。
しかし、金の卵を生む鶏がいかに厚遇されていても、
自由のない家畜であるということに変わりがあるのでしょうか?

上げかけた声は、しかし音となることすらなく呼気として宙に消えました。
何を言って良いものやら分からないからです。
頭を下げるレクストに対してもまた、掛ける言葉が見つかりません。

49 :ファミア ◆2E3x6Jsp4u4i :2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN 0
誰もが同じような状態の中、議長から提案がなされました。
>「いまの話を聞いた上で――魔族化、してみませんか?」
ファミアの反応は「えー」という一声。

さっきまで居間がどうとか口走っていたヴァンディットの様子が思い返されたためです。
(魔族化するとあんなふうになってしまう可能性があるのでは……?)
などと考えてしまうのも無理のないことでしょう。
もちろんヴァンディット自身は純正の人間なので彼の奇特さは天から賜ったもの。
一安心ですね。何が?と問われると困るのですが。

そんなファミアをさておいてマテリアが議長の説得にかかりました。
議長の頭を胸に掻き抱いて、言葉を紡いでいきます。
>「居場所が奪われたのなら、取り戻せばいい。私達ならそれが出来ます。
> びっくりするくらい簡単にね。そのついでに……あなたの居場所だって、守ってみせますよ」

ファミアはそれに同調するように言葉を重ねました。
「私は、今まで色んな物を壊してきました。この街でだって神殿をボロボロにしてしまいましたし。
 ……だからきっと――必ず、あなたの運命だって壊せます」
多分、運命以外のものも色々巻き込むのでしょうけれど。

>「ですが、もし……私達が失敗して、もう何も打つ手が無くなってしまったら。
> その時は……帝国ではなく、あなたの傍にいます。絶対に。
> ……だから少しの間、私達を信じてみて下さい」
最後をそう締めくくったマテリアと抱かれたままの議長に対し、ファミアは口を開きました。
「もしそうなったらうちに来ればいいですよ」

正直なところファミアは帝国への帰属意識がたいそう薄いのです。
そんなんされるくらいなら家帰って婿とるほうがマシ、というのが率直な意見でした。
まあ、事成らず逃げ帰ることになるのであれば結婚なんてしていられる状況ではありませんが。

実際に匿うことが可能かどうかに関してですが、なにせ意識も距離も中央からは遠い僻地。
人別帳と実人口が釣り合ってないなんて日常茶飯事です。
それに――その発端の故にファミアの父は否とは言えません。

二年前、エストアリアへともたらされた魔導具、赤眼。
ではそれ以前はどこに――?
答えは帝国内外の各地。
赤眼は古今を問わずばらばらに進められていた研究を、ある錬金術師が自らのものに統合し完成されたものです。
そして、断片の一つがあった場所がアルフート伯領でした。

とはいえ、訳あって研究は放棄されていたので完成品と強く関係がしているわけではありません。
それでも二年前の騒乱、そして今に続く人間難民問題の一翼を担ってしまったという呵責を、
ヴァエナールの心から消す事は出来ないのです。

「領内には身を隠すところは多いですし、タニングラードにも遊びに行けますよ」
そんな事情を知ることのないファミアは、至って気楽に郷里のアピールポイントを上げるのでした。

【ウチくる!?】

50 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2013/09/01(日) 16:20:09.54 0
いまのはなんだったのだろうか……

セフィリアはいままでにない経験をした
きらめく戦刃が異様な、経験したことのないような速さで自分の腕から放たれた
普通なら確実に相手の頭と胴を真っ二つにするようなものであった
しかし、それを回避したところにフウの凄さがあった

セフィリアの音を置き去りにする剣、彼女自身なぜそれが出したかはわかってはいない
いや、理解できていないだけで、すでに彼女の中にはある
俺が伝えた
それを彼女がものに出来るかどうか彼女次第だろう
だが、俺は信じてるぞ

>「いい遺才(もん)持ってるじゃねえの……ガルブレイズ」

「感謝します……」

短くもいろいろと想い込めた一言だ
その言葉を口から吐き出すと体に巣食っていて黒いものも一緒に出たかのように
少しだけスッキリとした

眼前のフウは満身創痍、なれどその眼はギラつきまさにハンターと呼べるものであった
だがもうセフィリアは動こうとしなかった。否、動く必要がない
スイはすでに動作を完了させている。フウがどのように動こうがそれはもはや徒労に終わる

>「喰らってくたばれ!遺才魔術『ヴェイパーカノン』!!」

狂気の水蒸気はもはや姿を表すことはなく
ただ美しくも猛き氷柱が現れるのみであった

>「……ブライヤーの行方なんて、吾は知らんよ。あいつを襲ったのは遊撃二課じゃあない。
 ああ、元老院からの特使がブライヤーを捜して吾らに合流してたな。
 つまり、ブライヤーの失踪は元老院の意図したところじゃねーってこった」

51 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2013/09/01(日) 16:21:01.06 0
観念したフウは課長の行方へについて語り出した
答えは知らない
だが、手がかりはある

> ――女だ。背の高い女が、ブライヤー失踪の晩に現場で目撃されている。

「風俗街に女性……確かに身を隠すにはちょうどいいかもしれませんね
それに、ブライヤー課長の趣味とも合致しますね
……っと、それにしても大きな十字を背負ってるとなると目立つでしょうね……」

フィンとの合流を急がなければと思うセフィリアにフウは驚くべき事実を述べた
遊撃一課は魔族化させて魔法技術を衰退から救うという目的

「国家国民ののために命を差し出せというのならば差し出しましょう
だが、実験動物のように扱われるのは承服しかねます!」

フウに言っても仕方がない、だけど言わずにはいられない
だが、いますぐ元老院に殴りこんでやろうかという想いはぐっとこらえた

「フウさん、これ以上敗者を嬲るような真似はいたしません
情報を提供していただき感謝します
それでは!」

震える声で冷静を装ってフウへと言葉を向ける

「スイさん、ハンプティさんと合流いたしましょう
情報を共有して次に備えるべきです!」

【セフィリア:フウを放置 スイにフィンとの合流を提案】

52 :ノイファ ◆4M8oRuZ/aqaF :2013/09/03(火) 00:10:26.32 0
>「――遺才遣いを魔族に変える。それが元老院の画策する『黎明計画』の要諦です」

声量は決して十分とは言えず、声色も明瞭と言うには程遠く感情の色を滲ませている。
それでも、ゆっくりと議長が紡いだ言葉は、はっきりとノイファの耳に残った。

元老院の思惑を外れた活躍をしてしまう目障りな連中を僻地に押し込める、というのが今回の左遷の本筋だと思っていた。
細部に多少の差異はあったとしても、想定の枠を大きく外れることはない。
そう高を括っていた。
だが実際に語られたのは、そんな想像をはるかに飛び越えた――おぞましく深淵な"計画"だった。

減衰の一途を辿る国力をかつての隆盛へと戻すため。侵略国家としての体裁を保つため。
高まり続ける他国の文化・技術を物ともせず、これから先も蹂躙し続けるために、帝国の"人"を"魔族"へ変える。
そうして出来上がった"魔族"と"人"とを交配させ、強力無比な新たな"ヒト"を産み出していく。
それが『黎明計画』の行きつく未来だった。

(この度の一件……まさかこれ程に深かったなんて……)

帝国を、帝国たらしめるために必要不可欠な"魔法"の力。
貴き血に刻まれた"遺才"と呼ばれる力が、年代を重ねるごとに劣化していくなど思ってもいなかった。
貴族たちからすれば共通認識ともいえる事実なのかもしれない。
しかしノイファは後付けの遺才能力者だ。

(それでも、兆しはあったのに……)

かつて"地獄"を、帝国の版図に治めようとした男が居た。
その狂った考えは『地獄侵攻計画』と呼ばれ、形を与えられるた。
魔族が跋扈し、産出するものといえば瘴気と魔力しかないような不毛の大地。
手に入れたところで、人類が住むことなど到底適わないであろう土地に、なぜ執心するのかと訝しみもした。

魔族の王の一柱を宮中に招き入れ、"門"の資質を持つ少女の奪取に血道を上げ。
己が欲望のままに多くの無辜の命を死へと追いやった、帝国史上で最も狂っていたと言われる王。

だが、議長の話を聞いた今なら、共感こそ出来ないが理解できる。
かの狂王は、己の国を揺るぎないものとするために、"魔族"と"魔力"こそを欲していたのだ、と。
そしてその狂想を断ったのは、他ならぬ自分たちだ。
『黎明計画』と『地獄侵攻計画』。この二つの計画の目的を同じと考えるなら――

(――私たちが、『黎明計画』の実行を踏み切らせた切っ掛けになった……と言えるわけですね)

ギシ、と歯の根が鳴った。
ノイファは拳をきつく握ったまま、ファミアとマテリアを眺めた。
自分たちが"私怨"を晴らした結果が二人を、帝都に残った他の仲間を、窮地に陥らせることになった。

次に議長と、議長を取り巻く"人間難民"と呼ばれる少年たちを眺める。
自分たちが"行動"を起こしたことで、議長は『黎明計画』の実行役として利用されてしまった。

(救えたと、間違った道へ進もうとしていたのを正せたのだと、勘違いしていたんですね)

テーブルに置かれたコップがカタカタと揺れる。
いつの間にか拳を、震えるほどに握りしめていたらしい。
乾いた眼差しで自身の両手を眺めながら、ノイファは引きはがすように掌を開く。

53 :ノイファ ◆4M8oRuZ/aqaF :2013/09/03(火) 00:10:58.42 0
>「つまり、遊撃課は黎明計画の実験体ってわけか。――」

震える声で、絞り出すように声を吐き出したレクストに、議長が首肯する。
二年前の計画を叩き潰すため、先頭に立って戦ったのは他でもない彼だ。
おそらく同様の答えに辿りつき、そして遊撃課の発足者として、それ以上の責に苛まされているのだろう。

>「騎士嬢、アルフート、ヴィッセン。すまねぇ……俺のミスだ。
 俺は、あらゆるしがらみから解き放たれたこの部隊の有用性を証明できれば帝国の組織構造を変えられると思ってた。
 ダンブルフィードで、ウルタール湖で、タニングラードで、少しづつだけど認められてきたはずだった。
 だけど、実際はちっとも進んじゃいなかった――元老院の意思っていう一番でかいしがらみに、囚われっぱなしだったんだ。
 奴らは初めから俺達の有用性なんか勘案しちゃいなかった。
 『無用』であることを前提にしたこんな計画を組んでたぐらいだからな」

慟哭、後悔、そして懺悔。
その悲壮に満ちた告解に、ノイファは答える術を見い出せなかった。
そんなことはない。貴方は正しいことをしようとしたのだ。上辺だけの台詞が浮かんでは昏く裡へと沈んでいく。

全てを終え『銀の杯亭』に三人で集まった時の光景が、不意に脳裏に蘇えった。
あの時レクストの笑顔を見たことで、その手伝いをしようと決めて、帝都に残ることを選んだというのに。

(その結末が……"今"だというのならば……)

かつての戦いはまるっきり意味のない行為に過ぎなかったのか。
ただ自分たちの私怨を晴らし、より多くの同胞を道連れにする方向へ曲げてしまっただけだったのか。
力なく伏せられた手の甲に、涙が落ちる。

>「本題です。わたしがこの街に来た理由は、この地の遺才遣いを残らず魔族化せよとの元老院からの指令ですが――
  "白鏡"による統御がなくなった以上、この街で何をしようがわたしの意思次第です。
  あなたがた、遊撃課の皆さんにわたしから提案をさせてください」

提案という言葉にノイファはのろのろと頭を上げる。
順番にこちらの目を見据えながら、議長は本題となる言葉を紡ぎだす。

>「いまの話を聞いた上で――魔族化、してみませんか?」

その努めて明るい声を聴き、ノイファは息を呑み込んだ。
元老院に与えられた目的を果たすための方便ではない。そう、確信できた。
絶望と失望を滲ませながら、それでもまだ生を諦めていない真摯な瞳が、彼女の本気を証明していた。

議長の言う通り、帝国に義理立てする必要はないのかもしれない。
帝国の外でなら、追っ手に知られずに余生を生きることは可能かもしれない。

>「どうですか、魔族、なってみませんか?」

縋るように、乞うように、議長は言葉を続ける。

54 :ノイファ ◆4M8oRuZ/aqaF :2013/09/03(火) 00:11:29.28 0
>「……人の幸せは……人のいる所にしかありません。
  ……茹で青豆とパンチェッタのソテー、でしたっけ。もう食べてみましたか?
  卵のまろやかさが青豆の風味と見事に融和していて、とても美味しいですよ。
 けど……帝国を去れば、これを作る事も、食べる事も、出来なくなっちゃうでしょうね。
  人の世界の外側には、そんな些細な幸せさえ、無いんです」

言葉に詰まるノイファをよそに、マテリアが立ち上がり、議長をその胸にかき抱く。

>「居場所が奪われたのなら、取り戻せばいい。私達ならそれが出来ます。
 びっくりするくらい簡単にね。そのついでに……あなたの居場所だって、守ってみせますよ」

彼女は説得しているのだ。世界を恨み、裏切りを懇願する少女を。
しかしマテリアの言葉は欺瞞だらけだ。元老院を向こうに回し、国の在り方を覆すのがそんなに容易なわけはない。
もちろん議長だって理解しているだろう。

>「私は、今まで色んな物を壊してきました。この街でだって神殿をボロボロにしてしまいましたし。
 ……だからきっと――必ず、あなたの運命だって壊せます」

そこにファミアが加わった。
はにかむように、議長を救ってみせると請け負った。
"振り返ると奴がいない" などという異名を陰で囁かれ、いつだって逃げることを念頭に行動していたファミアが、だ。

>「ですが、もし……私達が失敗して、もう何も打つ手が無くなってしまったら。
  その時は……帝国ではなく、あなたの傍にいます。絶対に。
  ……だから少しの間、私達を信じてみて下さい」

>「もしそうなったらうちに来ればいいですよ」

気付けば、ノイファは椅子から立ち上がっていた。
胸の奥から込み上がってくる熱に突き動かされるように。
自分の、敬意を捧げるに足る仲間たちは、こんな状況に置かれてなお諦めていない。
その芯を折られていなかった。

(だというのに、散々焚きつけてきた私が――早々と脱落するわけにはいかないじゃないですか!)

再び、拳を握り締めた。
悔恨からではない。決意を固めるために。

「私は――私は、魔族になれません」

議長と人間難民の少年たちを見回しながら、ノイファははっきりと言葉に表した。
おそらく彼女たちはそれを拒絶と取るだろう。しかし事実を知ってもらうためには、言っておかなければならないことだ。

「"ならない"でも"なりたくない"でもなく、おそらく私は魔族に"なれない"――」

右目を隠すように下ろしている前髪をかきあげる。
そこにあるのは色素を失い真っ白になった瞳。

「――何故なら私も、二年前に"赤眼"をこの右目に付けたからです」

55 :フィオナ ◆4M8oRuZ/aqaF :2013/09/03(火) 00:12:51.88 0
赤眼を装着した者は殆ど例外なく魔族と化した、と言われている。
フィオナはその数少ない例外者だ。
庶民の生まれ故か、魔を灼き滅ぼすというルグス神の加護か、もしくは装用したときの特殊な環境がそうさせたのか。
今となっては知る由もない。ただ、結果として人の身のまま"遺才"のみを得た。

「全てお話します。二年前の"帝都大強襲"の夜、その裏で何が起こっていたのか。
 私やレクストさんが何をしていたのか――」

潤沢な魔力資源を得るために、魔族が住まう"地獄"を征服しようとした人間の王と――
太古の昔に封印された同胞を開放し、人の世を"地獄"に侵食しようとした魔族の王――
表向きは協力していたその二人の王によって、赤眼は帝都にばら撒かれることとなる。
それぞれ別の思惑によって。

だが、わずか数名の決死の行動により、人の王の野望は潰え、魔の王は世界より追放された。
それが二年前に天帝城で起こった事の顛末だ。

そして、赤眼の標的となった"不要な才能の持ち主"を正しく活用するために、レクストは"遊撃課"を立ち上げ、
フィオナはその力となるために、国内外の動向をいち早く知ることの出来る"三十枚の銀貨"と呼ばれる諜報機関の門を叩いた。
その後、遊撃課の正式な運用が決定されるのとほぼ同時に、書類をねじ込み、課員の一人として潜り込んで、今に至る。

「――私は……私たちが起こした行動の結果が、"黎明計画"の引き金になったのだと、そう判断します。
 ゆえに、責任を取らなければなりません」

議長の目を正面から見据える。

「でもそれは、帝国のための人柱になることなんかではありません。
 ……貴女たちの笑顔と、平穏を取り戻すことです!」

次いでマテリアとファミアに視線を向けた。

「騙していたことを許してくれとは言いません。ですが私も、一緒に戦わせてください。
 "遊撃課"の一員として」
 

【諸々ぶちまける→一緒に居ても良いですか?】

56 :名無しになりきれ:2013/09/03(火) 18:59:54.85 0
爆乳は宇宙を救う!
スレンダー爆乳は宇宙を救う!
ロリ爆乳は宇宙を救う!
小柄ロリ爆乳は宇宙を救う!
超乳は宇宙を救う!

57 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/09/03(火) 22:28:45.36 0
宿る技術は、素人同然。けれど、そこに込められる膂力は人間の限界を上回る
フィンの拳は帝国が誇る魔導技術の粋を集めた石畳、その構成の根幹を奪い去り、
単なる石塊であるかの様に砕き散らす――――

床石は蜘蛛の巣模様を描き、散った石片が宙を舞いフィンの周囲を彩った


……

かくして、局所的な闘争はここに一先ずの終結を見せた
首謀者と思わしき猫は、今やランゲンフェルトの手の中

>「――外部からはおろか、仕掛けられた当人もよほど注意しなければ気付かない。
>つまり、内部で確実に仕留めるだけの戦力を投入し、相手の増援を気にせず襲うことができる。
>そういうやり口です。逆に言えば、敵は結界の内部にしかいないということですよ、ハンプティ氏」

その言を借りれば、この猫こそが首謀者で間違いなく、他の存在がいたとしてもこの場にはいないであろうとの事
床を破壊してから暫くランゲンフェルトへと背を向け、己の右腕を見ていたフィンであったが
声をかけられた事で慌てて、既に黒鎧の剥がれ落ちた腕……右腕に、背中のマントを包帯の様に巻いてから
ランゲンフェルトの方へと、ぎこちない足取りで歩み寄る

>「……ところで、この猫がなにか手がかりを抱えているようですが……拷問しますか?」

が……そのタイミングでかけられたランゲンフェルトの言葉に、固まる事と成った

「え?あ、あー……拷問か……猫になぁ……」

突如として投げかけられた問いに対し、フィンの表情に浮かぶのは躊躇い
先程は感情に任せて攻撃を仕掛けたが、落ち着きを取り戻してみれば、相手の容姿はどう見ても猫である
英雄を演じるのを辞めたとはいえ、フィンの根幹は拷問狂でもサディストでもない
自身の愛する仲間達こそ優先するが、それでも無抵抗な弱者への蹂躙を好む様な性質ではないのだ
だからこそ、こういう場面でやらなければならないと頭で理解はしていても、覚悟が追随しない

58 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/09/03(火) 22:31:16.45 0
>「おやおや。どうやらこの猫、首から下げた十字架を後生大事にしているようですね。
>特に意味はないかもしれませんが、せめて我々を襲撃してきた連中への嫌がらせのため、破壊しておきましょう」

対して、作業の様に淡々と猫に対して精神攻撃を続けるのはランゲンフェルト
悪役が型に嵌りすぎているランゲンフェルトに言い表せない感情を抱くフィンであったが

>「だああああ!も、もう限界だ!クランク8、機材を放棄し撤退する!ベイルアウト!!」

しかし、流石に社会の裏側に生きてきた人間であるランゲンフェルトの手腕は確かであった
彼はとうとう、猫の本性……その中に巣食う襲撃者を燻りだしたのである
そして、猫が人間の言葉を話すと同時にフィンに浮かんでいた戸惑いの表情も消え去った
どうやら、ようやく相手を猫ではなく『敵』として処理する覚悟が決まった様である

――――

>「推測ですが、この十字架型の魔導具……あるいは呪物の効果は、『魂の分割投影』。
>すなわち自分自身の魂を分割し、器物や別の生物に付与し、もう一人の自分として存在させる。
>多重発動すれば、先刻のようにまったく同じ挙動をする数十人の襲撃者、などという芸当も可能というわけです。
>……もっとも、それだけの数を操るには相当の修練を積む必要がありそうですが」

「……おいおい、なんだよそれ。様はこの道具さえありゃあ、修練さえ積めば
 どんな奴でも遺才に似た力を発揮できる様になるって事か?
 そんな反則な性能の魔道具なんて今まで聞いた事ねーぞ……?」

襲撃者である猫の本性を燻りだしてからしばしの後、
猫の持ち物であった十字架……ランゲンフェルトによってしばし実験されたその魔道具(?)は、フィンへと投げ渡される事となった
取り落としそうになりつつ何とか十字架受け取ったフィンは、ランゲンフェルトによって語られたその性能に驚愕する
それもその筈だ。十字架の持つ能力は、どう見ても並みの魔術の範疇を逸脱しており、
遺才の域に達しているものであったのだから。
仮にこの道具が量産出来るとなれば……それは余りに、恐ろしい

59 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/09/03(火) 22:35:11.15 0
>「尋問の方法はお任せします。私のやり方では、おそらく猫の身体の方が耐えられない。
>我々が目下知りたい情報は二つです。『ハルシュタット卿の安否』と『ボルト=ブライヤーの所在』。
>あとはあなたが知りたいことを自由に略取するのも良いでしょう。こいつの中身の所属とかね」

フィンが受け取った十字架を何となく試す気になれず、胸元にそれを仕舞いこむと、
それを見計らった様に、ランゲンフェルトはフィンに尋問の権利を譲る旨の発言を向けてきた
彼程の人間が死なない程度に痛めつける技能を有していないとは思えないが、
或いは、ランゲンには彼なりの流儀というものがあるのだろうか

とにかく、フィンはその提案を迷わず受ける事に決めた
猫と向かい合うと、真剣な表情でその目を覗き込み、髭を一撫ですると

「とりあえず、お前さ。『ボルト課長が生きてるかどうかと、課長を襲った目的』
 『ハルシュタットさんをどこにやったか』……あと『お前の名前』を吐いてくれねぇか?
 後は……お前らの所属、と目的。『クランク』ってのが何かも聞きてぇな
 とにかく、全部吐け。いいか、全部だ。もし断れば――――」

フィンは猫の髭を一『束』、力任せに引っこ抜いた

「お前の毛を、抜く。言うまでずっと抜き続ける」

フィンは猫と無理矢理視線を合わせ、淡々とそのふざけた罰則を告げる。
……これまで日の当たる日常を生きてきた人間であるフィンに、高度な拷問スキルなど期待できようもない
故にフィンは、自身がこれまで受けてきた傷の中で、命に別状はないが苦痛は大きかった加虐を加える事を決めたのだ
『防御の遺才を持つ者が苦痛と感じた痛み』を加える事を、決めたのだ

「抜ける毛が無くなったら、次は爪を一本一本抜く。次は歯を抜く
 それでも我慢出来たら――――俺が聞きだすのは諦めて、ランゲンさんに引き渡す」

フィンの表情にいつもの快活な笑顔は無い。それは、冗談ではなく必ず有言実行をするという意志の顕れ
……だが、これでもフィンは甘いのだろう。ランゲンフェルトに引き渡すという選択肢
猫にとっての最も恐るべき結末までに、それなりの執行猶予を作っているのだから

60 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/09/03(火) 22:37:54.38 0
――――ところで

フィン=ハンプティはこの戦闘において両手両足に黒鎧・フローレスを纏うという暴挙を行ったにも関わらず
これまでの様に『副作用』……肉体の内外に強烈なダメージを受けるという現象を、受けていなかった
その理由は不明であるが……マントの下に隠した右腕の先端
人間の皮膚に『戻らなくなった』、黒鎧が付いたままの右拳が、
原因を解明する鍵となっている事は、間違いないだろう

【猫の毛抜き】

61 :スイ ◇REK82XblWE @代理:2013/09/04(水) 19:45:30.34 0
スイが告げてから、少し沈黙が落ちる。
やがてフウは口を開いた。

>「……ブライヤーの行方なんて、吾は知らんよ。あいつを襲ったのは遊撃二課じゃあない。
 ああ、元老院からの特使がブライヤーを捜して吾らに合流してたな。
 つまり、ブライヤーの失踪は元老院の意図したところじゃねーってこった」

上が、ボルトの失踪に関与していない、これはスイにとって驚きだった。
僻地へ一課のメンバーを押し込めようとした事と、ボルトが失踪したのが同時に起こったために、安直に上が計画したことと結びつけていたのだ。
計算外だ、とスイは歯噛みする。

>「だが、吾々も手掛かりぐらいは掴んでる。
 ――女だ。背の高い女が、ブライヤー失踪の晩に現場で目撃されている。
 現場は風俗街だ、女なんか石投げればあたるほどにいるだろうが……そいつは、巨大な十字架を背負っていたそうだ」

女、十字架、そのワードを頭にたたき込む。
熱心な信者だとしても、そこまではしないだろう。
巨大な十字架を背負うという行為は、宗教の中での話として聞いたことがある。
そして次にフウは帝都から追い出した理由を語り始めた。
魔法技術の衰退を食い止めるために、元老院の編み出した策――現在遺才を持つ者を魔族化させ人と交配することにより、再び最盛期へ押し戻そうとする、そのために実験体として遊撃一課のメンバーが選ばれたという事を。
馬鹿な事を、とスイは思う。
魔法技術の衰退は既に予想できるものであった。
だがそれから目を背け、魔法に頼り切り、ほかの発展を蔑ろにした、その代償が今まさに目の前に迫っているというのに、上は未だ魔法に依存することを決定したのだ。
時が流れるにつれ、物事は次第に変化していくのは当然である。
つまりは魔法が廃れていくことも必定であったというのに。
呆れてため息も出なかった。

>「フウさん、これ以上敗者を嬲るような真似はいたしません
情報を提供していただき感謝します
それでは!」
「ああ、それと、フィラデルさんをちゃんと送り届けて欲しい」

セフィリアがフウに挨拶をする間にスイは風を使ってフウを拘束していた矢を抜きつつ、未だ路地裏にいるであろう彼女を見遣る。

>「スイさん、ハンプティさんと合流いたしましょう
情報を共有して次に備えるべきです!」
「了解した。」

セフィリアの発案に同意し、スイはセフィリアの体を風で持ち上げ、自分も飛んだ。

「これだけ散々暴れた後だ。もう俺たちが帝都にいることなんぞ知れてるだろう。風で行く方が早いし、先に動ける。…行き先は風俗街でいいよな?」

【フィンさんとの合流を目指します】

62 :名無しになりきれ:2013/09/08(日) 23:42:15.83 0
保守

63 : 忍法帖【Lv=14,xxxPT】(1+0:8) :2013/09/11(水) 13:17:36.72 0
保守

64 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/17(火) 04:05:01.11 P
【ヴァフティア組:『リフレクティア青果店』】

もはや懇願に近い議長の提案は、それでも一句も減衰することなく三人の遊撃課員たちへ伝播した。
しかし議長は既に確信に近い予測を得ていた。
おそらくこの願いは聞き入れられない。
失うものが多すぎるからだ。

議長は意図的に説明を省いたが――常識的に考えれば、人間をやめることのデメリットは数えるまでもない。
彼女はそれを身をもって知っている。
家族にはもう会えないし、住んでた場所にも帰れないし、友達にお別れも言えない。
『別の存在になる』という行為は、すなわちいまの自分への否定に他ならないのだから。

だから、議長は覚悟をしていた。
目の前の女三人から放たれるであろう、恐らく最大限に配慮した拒絶の言葉を聞いて。
そしたらそのままどこかへ飛んでいって闇に身を隠そう。
それで良い。しょせんはヒトと魔族、交わることのできない存在だ。
ヴァンディット達ともここで別れることになるが、化物に振り回されるよりよほど安全だろう。

そう思っていた。
故に――

「……人の幸せは……人のいる所にしかありません」

マテリアの行動は、あらゆる意味で想定の範囲外だった。
立ち上がり、近づいて、マテリアは議長を抱きしめた。
その抱擁の暖かさや、ヒトの身体の柔らかさ、全てが議長の感覚器を塞ぎ、思考を奪った。
抱き心地はよくないはずだ。ヒトの形をしていても、議長は既に人間ではない。
皮膚は硬質で、肉は堅牢――きっと鎧にハグした気分になることだろう。
しかし、しかしだ。

>「……茹で青豆とパンチェッタのソテー、でしたっけ。もう食べてみましたか?
 卵のまろやかさが青豆の風味と見事に融和していて、とても美味しいですよ」

視界の端でリフレクティアがガッツポーズしている。
それはどうでもいいが、本当にどうでもいいが、既にその料理は賞味済みだ。
確かに、塩蔵豚肉のけもの臭さと干豆の青臭さを卵黄が濾し取り、確かな『うま味』へと昇華している。
この技術は帝国にしかないものだ。他の国は食糧事情が豊かなために、保存食の調理技術が発達していない。

>「私達は、人の世界でしか生きられません。あなたもそうです。
 もし私達が魔族となって、あなたに付いていっても……きっとあなたは、その事への負い目を忘れられない。
 そして潰れてしまう。あなたが人間だから」

マテリアは知っていた。
議長は決して強い少女ではない。魔族の身体を持っていても、心はヒトと同じように悩み、痛み、悲しむ存在だ。
『相手を巻き込む』ことを前提としている彼女の提案は、はじめから破綻する未来が確定していた。

>「居場所が奪われたのなら、取り戻せばいい。私達ならそれが出来ます。
 びっくりするくらい簡単にね。そのついでに……あなたの居場所だって、守ってみせますよ」

「居場所を……取り返す……」

もちろんそれは、遊撃課が帝都に帰還することを言っているのだ。
帝都への帰還。ポストに居座る遊撃二課を打破し、元老院の陰謀を打ち砕き、自分たちの存在を証明する。
それがどれだけ過酷な戦いとなり、果てしなく成功率の低い企てであるか、わからない議長ではない。
だから首を振った。

65 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/17(火) 04:06:06.25 P
「ムリです……遊撃二課には、護国十戦鬼もいるんですよ……?元老院付きの上位騎士だって……」

護国十戦鬼の戦闘能力は、それこそこの目で見たことがない者でも常識レベルで知っている。
他ならぬ魔法立国たる帝国が、唯一の外交カードたる『最強』を証すために集められた手練達だ。
掛け値なく帝国で最も強い遺才遣いを相手取って、勝てる道理はあまりに薄い。
そんな規格外の化物連中を動員するほどに、元老院が『黎明計画』に投じた熱量は計り知れない。

それでも、遥か天を衝く現実の壁を前にして――希望を捨てない者がいた。
ファミアだ。

>「私は、今まで色んな物を壊してきました。この街でだって神殿をボロボロにしてしまいましたし。
 ……だからきっと――必ず、あなたの運命だって壊せます」

横でリフレクティアが「お前そんなことしてたの」と騒ぎ始めたがフィオナのひと睨みで静かになる。
そうだ。いつだってファミアは立ちはだかる全てを打ち砕いてきた。破壊してきた。
一切の遠慮もなく。微塵足りとも躊躇せず。あらゆる障害から逃げず、向かい、打倒してきた。
自分はそんな彼女の姿にこそ憧憬を覚えたのではなかったか。

(運命を、壊す)

容易いはずだ。
二百年の歴史だって、彼女はぶち壊して見せたのだ。
――たかだか構想二年の陰謀など、何を恐れることやあらん。

マテリアは、例え居場所を取り戻せなくとも傍にいると言ってくれた。
ファミアは、新しい居場所を切り拓く道を示してくれた。
そして、遊撃課最後の一人、フィオナは――

>「私は――私は、魔族になれません」

その言葉に、込められた明確な意思に、議長の肩がピクリと震えた。
魔族化への拒絶。わかりきった、覚悟済みの反応に、しかし心が揺れるのをごまかせない。
だが、紡ぐようにフィオナの唇から滑った言葉には続きがあった。

>「"ならない"でも"なりたくない"でもなく、おそらく私は魔族に"なれない"――」
>「――何故なら私も、二年前に"赤眼"をこの右目に付けたからです」

彼女が常に右目を隠すようにして垂らしていた前髪をかきあげる。
顕になったのは、涼やかだがどこか愛嬌を残す大きな眼窩におさまる、色のない"眼"
それは盲人の霞んだ瞳でもなく、また魔族の真紅の虹彩でもない。
真っ白の瞳――何かが欠落した痕だ。

「"赤眼"の装用者――!?完全に馴染んでるのに、魔族になってない……!」

議長の驚愕と同時、カウンターの奥のリフレクティアもまた息を呑み、目を見開いた。
その表情には『驚き』はなかった……ただ、『良いのか?』という確認の意思が感じられた。

>「全てお話します。二年前の"帝都大強襲"の夜、その裏で何が起こっていたのか。
 私やレクストさんが何をしていたのか――」

何をしていたのか。
それは話を聞いただけで一から十まで理解できるほどに簡単な話ではなく。
だけれど厳然たる事実だけを切り取るならば、つまりはこういうことだった。

二年前、帝都を悪夢のどん底に突き落としたあの災厄を、三人の若者が終わらせた。
その『知られざる英雄たち』の一人こそが、遊撃課創始者のレクスト=リフレクティアであり。
――目の前で語りを終えた、右目に魔を宿す聖騎士、フィオナ="魔族殺し(デモンスローター)"=アレリイなのだ。

66 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/17(火) 04:07:23.34 P
議長は、『魔族殺し』というコードネームを知っていた。
遺貌骸装と共にもたらされた、いくつかの情報の一つだ。
何も知らぬ新興魔族に過ぎなかった議長へ、政治の知識を与え、大陸国家の実情を教え、未来への危機感を植え付け。
『遺貌骸装』などという呪いの集積物を押し付けた連中がいる。

>「――私は……私たちが起こした行動の結果が、"黎明計画"の引き金になったのだと、そう判断します。
 ゆえに、責任を取らなければなりません」

「そんな、貴女の責任じゃ……元老院は、魔族の遺した『赤眼』の尻馬に乗っているだけで……」

所詮元老院のやろうとしていることは二年前の劣化再現、二番煎じに等しい。
ということはすなわち、二年前の時点でフィオナ達が止めてくれなければ、もっと早く帝国は滅んでいたに違いないのだ。
それに、責を問うと言うのならば、彼女はずっと前から既に代償を支払っているはずだ。
右目に宿した魔が、おとなしく力だけを捧げてくれるわけがない。
視力か、魔力か。あるいはその両方を恒常的に喰われていることだろう。

しかしフィオナの真意は、彼女流の『ケリの付け方』は、そんな自罰的なものではなかった。

>「でもそれは、帝国のための人柱になることなんかではありません。
  ……貴女たちの笑顔と、平穏を取り戻すことです!」

かつて護るために戦った彼女が、再び剣を執る理由。
――救いを必要としている者が目の前に居る。それだけだ。

 * * * * * *

>「騙していたことを許してくれとは言いません。ですが私も、一緒に戦わせてください。
 "遊撃課"の一員として」

「もちろん俺も混ぜろよな?
 俺は、二年前にみんなでやらかしたことを全然まったくこれっぽっちも後悔しちゃいねーし、
 それは騎士嬢も、そしてもう一人の"魔族殺し"も同じだろうけれども。
 だからこそ、自分のしてきたことの正しさってやつは、俺自身が証明していきたいと思ってる」

リフレクティアは立ち上がり、頭に巻いていたバンダナを解く。
一瞬だけ顕になった短髪は、すぐに覆い隠される――従士隊のトレードマークたる蒼の防刃帽に。

「二年ぶりの現職復帰だ。"愚者の眷属"『轟剣』レクスト=リフレクティア、いまこの時より遊撃課に着任するぜ」

この。この瞬間――リフレクティア青果店は、真の意味での『遊撃一課』の前線基地となった。
二課に占領された帝都のオフィスではなく。
発足理念を体現する者達の存在拠点としてのシンボル。
付和雷同の遊撃課員『四人』の、肯定の最先だ。

67 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/17(火) 04:08:05.70 P
「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」

リフレクティアは壁に向かって声を投げる。
正確には扉。木造の分厚い扉がゆっくりと開き、そこから顔なじみの顔が挿入されてきた。

金髪に二重の碧眼。鼻筋がすらりと通っていて、形の良い顎までのラインが際立っている。
非の打ち所のない美丈夫だった。
しかし彼はその荘厳ささえ感じる美形を台無しにする勢いでにへらっと相好を崩した。

>「帝都王立従士隊・遊撃課、キリア・マクガバン三等帝尉でありまーす。
  帝都から届いた便りに此方の店名がありましたので足を運ばせていただいたのですが、
  ボルト=ブライヤーと言うお名前に聞き覚えはございませんかねー」

「いいからとっとと入ってドア閉めろ。虫が入ってきちゃうだろーが。
 あ、看板だけ下げといて。今日はもう店じまいするからよ」

するりと猫のように入店してきたこの男のことを、人間難民の子供たちは『誰?』といった眼で見ている。
そして遊撃課の女三人も同様の怪訝な視線で彼のことを見据えていた。
それもそのはず、彼と面識があるのはこの場でリフレクティアだけだ。

「お前ら、直接会うのは初めてだったよな。こいつはキリア・マクガバン、お前らの同僚だ。
 遊撃課にも実働と支援の二職種があってな、マクガバンは主に諜報を担当する支援員ってわけだ」

ざっくばらん過ぎる紹介をして、リフレクティアはマクガバンをカウンターの傍に呼んだ。
遊撃課の実働部隊を影で支える支援職、その存在を意識する機会はあまりに少ない。
例えば事務官のフィア=フィラデルも支援職であるが、彼女と書類のやりとりこそすれ直接話したことのある者は少数だ。
遊撃課には定時勤務というものがなく、任務の都度招集されることになる。
故に、実働職と支援職の橋渡しとなる窓口は課長たるボルトしかいないのだ。

「よく来たなマクガバン。ボルトの名前を出したってことは、お前ももう知ってるのか?
 あいつが――帝都で襲撃されて、行方不明になってることを」

リフレクティアとてその件については隔靴掻痒の思いがある。
フィオナが銀貨を示したことで、捜査の糸が途切れていないことを分かっていつつも、
教導院時代からの友人の安否が気にならないわけがない。
ましてやリフレクティアは、二年前の災厄でボルトと共通の友人を一人喪っているのだ。

――そして。
マクガバンの登場によって、完全に意識から追い出されていた案件がひとつあった。
他ならぬ、議長の説得である。

魔族化を提案し、最後には縋るかのように問うてきた彼女。
マテリア、ファミア、フィオナの三名から思い思いの言葉を聞いた小さな魔族の少女が、何を感じ、思ったのか。
もっと心を配り、慮ってやるべきだった。
全ては後先立たぬ後悔で――状況は否応なしに彼女を置き去りにした。

 * * * * * *

68 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/17(火) 04:09:05.98 P
 * * * * * *

最初に反応したのは、意外にもヴァンディットだった。
彼は、双眸をすうと細め、人差し指を唇に当てて周囲を見回した。
それだけで、ただならぬ様子に思うところがあったのか全員が息を詰め、声を潜める。

「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」

いつもの紳士病の発作でないことは、彼の表情を見ればわかった。
わかった上で、リフレクティアも調子を落とした声で問う。

「……根拠は?」

「遺貌骸装『遠き福音』。この槍に適合した者にもたらされる副次効果だ。
 自分に"向かってくるもの"の気配を知覚する。その感覚をもとに、槍を発動させるわけだ。
 そしてその副次感覚が、この店に向かって注がれる『視線』を捉えた。
 通りすがりのチラ見じゃない、もっと濃厚で敵意に溢れた視線だ」

「聞いたことのねえ魔導具だな……でもヴィッセンが納得してる様子を見るに、信頼出来るソースみてえだ。
 "覗き屋"が誰であれ、あんまり俺達が固まって会議してるとこ見られるのは芳しくねえなあ……」

場所を変えるか、と声に出さずにひとりごちた瞬間。
副次感覚を持たないリフレクティアでさえも明確に感じ取れる一つの気配が、彼ら全員の意識をノックした。
それは――攻撃の意思!!
瞬間、リフレクティアの口を衝いて出た言葉は、『伏せろ』でも『逃げろ』でもなく。

「何かが来るぞ!対応しろッ!!」

既に身体は機動を開始していた。
三歩の踏み込みをほんの一瞬で終わらせ、腰から閃かせたるは折りたたみ式の魔導砲。
先端で輝く銀の刃が、魔を宿して鈍く光った。

「対地重撃剣術!――『轟剣』!!」

発動した遺才剣術が斬撃を何十倍にも増幅させ、銀色の嵐となった刃が扉へ向けて殺到する。
同時、重厚な黒檀で拵えられた酒場の扉が――その周りの壁ごと吹っ飛び、店内へ向けて質量をぶち撒けた。
瓦礫の破片の波濤となって飛来する建材に、轟剣の刃が真正面からぶち当たり、迎撃していく。

「襲撃――!?おいマクガバン、お前さっき来たばっかだけど、通りに異常はなかったか!?」

瓦礫の礫を凌ぐリフレクティアだったが、しかし単純な物理法則が彼に防御を継続させない。
壁がぶち抜かれたのだ。家屋を支える柱ごと壁が破壊された場合、彼らのいる場所がどうなるか――想像は容易い。

「天井が落ちてくるぞ――!!」

支えを失った天井が、無数の鉄礫と共に降ってきた!!

 * * * * * *

69 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/17(火) 04:11:21.71 P
 * * * * * *

リフレクティア青果店の存在する路地の空に、二つの物体が浮遊していた。
それは岩の塊を切り出してきたかのような外見だが、先端には細かいパーツもついている。
板状の鉄塊から伸びる、五本の小枝のようなパーツ。
人間の五指と象ったそれは、乙種ゴーレムの腕部分だ。それが二個、蒼穹に浮いている。
そこにあるのはそれだけだった。
そしてその二つの腕は、今をもってなお毎秒20発近い速度で火を吹いている。
鉄の礫を発射する、ゴーレム用の実体砲だ。

「弾が勿体ありませんな。帝国資源は有限だというのに」

それを地上から眺めるのは、不気味なほどに背の高い男だった。
爬虫類を思わせるその双眸は、破壊の申し子を静かに眺め続けている。
男には、両腕がなかった。
平服の袖は両方共が途中で縛ってあり、中が空洞であることを示している。
しかしそれでいて、口に咥えたキセルにはきちんと火が灯っていた。
両手を使わねば着火できない構造にもかかわらずだ。

「クランク9、作業進捗に遅れなし。あと20秒でリフレクティア青果店の解体工事を完了します」

街頭の時計を横目に念信器へ向けて声を入れ、男――クランク9はゆっくりと紫煙を吐いた。


【議長の説得に成功?】
【レクスト=リフレクティアが遊撃課に参戦/キリア・マクガバンと合流→お互いに自己紹介願います】
【顔合わせ終了のタイミングでリフレクティア青果店を何者かが外から砲撃。連射で店が更地になりそう】
【エネミーデータ:クランク9 ゴーレムの腕パーツを義手に使う系男子。義手を遠隔操作し、通りの影に身を潜めている】

70 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2013/09/19(木) 22:56:34.73 P
>「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」

「とは言っても、まだまだシリアスな雰囲気っぽいんですけど? 
 ……いや、入ってきた後で言うセリフでもないんでしょうがねぇ」

後ろ手にドアを閉めながら、キリアは緩やかに周囲を見回した。
その場にいる者の表情、纏う雰囲気から、真面目な会話の最中だったことは見て取れた。そして、思う。

――ああ、やばい。空気読めてなかったっぽいわ、これ。

と言っても、分厚い黒檀の扉に遮られて中の様子を伺えなかったので仕方がないのだが、それでもやっぱり居た堪れない。
気まずげに視線を泳がせた後に唯一の知り合いである上司へと向き直って、――とりあえず、問いを一つ。

「隅っこで待ってた方が良いですかね?」

何とも気の抜ける言葉をおずおずと告げたのだが、話の早い上司殿はそんな悠長な事を許してはくれなかった。
そんなこたどうでもいいからこっち来い、と言わんばかりの手招きを目にして苦笑すると、キリアは素直にそれに従った。
その道中に周囲に視線を巡らせる事を忘れなかったのは、まあ、うん。
情報収集を主任務とする者の面目躍如と言ったところであろう。
ええ、もちろん、当然、周囲にいらっしゃる綺麗どころに視線を奪われた訳ではないのだ。
へらりへらりと笑いながらカウンターへと足を運ぼうとして――…

一瞬。ほんの一瞬だけ、その足取りが乱れた。
その時にキリアの視界が捉えていたのは、瓶の底の如き分厚いレンズを備えた眼鏡をかけている、黒髪の少女だった。
眼鏡越しにも分かる、紅く輝く瞳。魔族の証。それに驚いた、と言うのもある。しかし、しかし、それよりも――…
様々な感情が入り乱れ、混沌と揺らいだ――どこか、そう、置き去りにされた子供にも似ている――その表情にこそ目を惹かれた。
そして、思った。もしかして自分の到着が後十分、いや、数分でも遅れていたなら、この娘、こんな顔していなかったんじゃないか、と。

……この少女の事は気に掛けておこう。

何故こんな顔をしているかは分からないが、多分、自分の間が悪いせいでこうなったのだろうから。
一秒にも満たない間だけ瞳を伏せて、その思考を胸に留め置く。その瞬間だけは、にやけた笑みを消し去って。
まあ、刹那の後にはまた、緩んだ表情で顔を塗り潰していたのだけれども。

>「お前ら、直接会うのは初めてだったよな。こいつはキリア・マクガバン、お前らの同僚だ。
> 遊撃課にも実働と支援の二職種があってな、マクガバンは主に諜報を担当する支援員ってわけだ」

そうこうしている内にカウンターへと辿り着くと、キリアは迷わず手近の皿に手を伸ばして、……ひょいぱく。
そんな擬音がぴったりな手の早さで摘み食いをすると、形の崩れた敬礼を行った。

「外に飛ばされっぱなしの人間にどうやって会えるんですかねぇ、ってのはさておきまして。
 ご紹介に預かりました、キリア・マクガバンです。階級は先程口にした通り、三等帝尉。
 異才を利用して、諜報から雑用まで幅広くこなしております裏方です。――まあ、以後宜しく」

併せて、おどけた調子で改めての自己紹介を済ませると、キリアは視線をリフレクティアへと合わせた。
そのまま、肩を竦める。何も分かっていません、と言う現状を表すに、それ以上に適した行動はなかっただろう。

「今聞かされて驚いてますよ。……連絡が途絶したんで、妙な事になってるだろうって覚悟だけはしてきたんですがね。
 襲撃されて行方不明とか、何がどうしてそうなったんだか。手紙にも此処に行けとしか書いてませんでしたし――」

だから情報をくださいな。
その意を籠めて、キリアは周囲を見回した。序にさっきまでの雰囲気の理由も教えてくれたら尚有難い。
手近にあった未使用のフォークを手元に引き寄せ、腹ごしらえを行いながら、キリアは暫しの情報交換に勤しんだ。

71 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2013/09/19(木) 22:57:30.82 P
 * * * * * *

>「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」

一通りの情報を入手し終わり、なるほどねえと――内心では頭抱えて蹲りたくなっていたのだが――頷いていたキリアであったが、
不意に放たれた言葉を耳にすると、溜息を吐き出した。
荒事最前線に支援要員送り込むとか、課長に嫌われてたんだろうか、自分?と、そんな事を思ってだ。
まあ、なんにせよ、今此処に来たばかり、事情も把握したばかりのキリアに出来る事はない。
精々邪魔にならない様にしておこう、と蚊帳の外に居る事をあっさりと受け入れて、周囲の相談を横目にしていたのだが、
脳天を突き刺すような殺気を感じた瞬間、迷うことなく地を蹴った。行き先は周囲で最も安全であろう場所――…

リフレクティアの後方である。

身体能力とかからっきしな身では、下手な避け方をしたらそれだけで死ねる。
一番確実なのは、盾になってくれる相手の後ろに隠れる事。であるなら、頼もしいのは轟剣士だ。
頭から飛び込む様にリフレクティアが駆け抜けていった後の空間へと滑り込み――それと同時に、扉が爆ぜた。

連続して聞こえてくるのは、これは砲声だろうか。音の大きさからして恐らくはゴーレム用の手持ち武器であろう。
しかし、それにしては妙だ。ゴーレムなんぞが接近して来ようものなら気配など隠しようがないし、
最初からその辺に待機していたと言うならば此処に来るまでに機影の一つも目に入らなければおかしい。
見てきた範囲では、周囲にゴーレムを格納しておけるような建物はなかったはず――。

>「襲撃――!?おいマクガバン、お前さっき来たばっかだけど、通りに異常はなかったか!?」

「なかったですよ! 少なくともゴーレムなんざ影も形もありませんでした! これ手持ち砲の砲声ですよね、ゴーレム用の!?」

いち早く安全地帯に逃げ込んだ事で手に入れられた余裕を思索に費やし、纏めた情報を声を張り上げて伝えながら
リフレクティアの背を見上げたキリアの視界に、見るからに傾いだ天井の姿が目に入った。
普通の女性が十人いたら三人くらいは引っ掛けられそうな、何とも微妙なハンサム顔が見る影もなく引き攣る。

そして次の瞬間、崩落を始めたそれを目にして、キリアはげんなりとしたまま、呟いた。

――あ、やべ。死んだかも。



【自己紹介と、ちょっとした情報交換。議長のただならぬ雰囲気+手に入れた情報から、少し気にする事にしました】
【砲撃に対し、リフレクティアの後方に避難。これゴーレムの武装だよね!でも外にゴーレムなんていなかったよ!と叫ぶ。
 崩落する天井には対応不可。誰か助けて状態なう】

72 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/24(火) 02:22:54.32 P
【帝都組:3番ハードル】

地面に貼り付けにされたままのフウが語り出した情報は、事務官フィラデルをして衝撃の強いものだった。
と言うより信じられない。
魔族を人為的に増やすという背信行為もそうだが、全体的にプランが荒唐無稽すぎる。
国家最高の意思決定機関たる元老院が、こんな穴だらけの作戦に護国十戦鬼を動かしていること自体が非現実的だった。
否――。

(そこまで突飛な発想に頼らなければならないほどに、この国は追い詰められている……?)

フウの言うことを全面的に信用するならば、どれほど迂遠に演繹したとしても、そんな結論に辿り着いてしまう。
二年前の大災厄で、あるいはそれよりもずっと前から、この国は致命的な疾患を抱えていたのではないか。
フィラデルはちらと脇を見る。
フウの言葉を黙って聞いていた、セフィリアとスイ、遊撃一課の両名は、どう感じたのだろう。
国富政策の一環として、国家の犠牲になることを強要された遺才遣い達は――。

>「国家国民ののために命を差し出せというのならば差し出しましょう。
  だが、実験動物のように扱われるのは承服しかねます!」

言葉に出して異論を吠えたのはセフィリアだった。
彼女は高位の貴族出身でありながら、生まれの良さを覆してまで遊撃課へと左遷された特異な存在だ。
常に貴族たれと己に課しているがために、"個"としての自身を限りなく抑えて生きてきた。
彼女にとって自分とは、『ガルブレイズの末裔』であって『セフィリア』ではない……。
だから、帝国を衰退から救うという題目のもと発動されたこの計画に、不服はあれど甘んじて受け入れるものだと思っていた。

しかし、彼女はいま、明確に元老院の決定へ抗いの意思を示した。
封建制のこの国において、貴族が国家の命令に逆らうなど、お家取り潰しものの大罪であるにもかかわらず。

信頼していた先輩の離反。
所属していた国家からの排斥。
そして、己を縛り続けていた限界からの解放。

遊撃課配属時から書類を通して彼女を見守ってきたフィラデルには分かる。
ここへ来て、セフィリアの中に燻っていた何かが、確かに燃え上がったのだ。
胸の内で煌々と輝くその炎は、他ならぬセフィリア自身の存在証明。

>「フウさん、これ以上敗者を嬲るような真似はいたしません
 情報を提供していただき感謝します それでは!」

そうなったセフィリアはもう止まらなかった。
遊撃一課を襲撃し、命のやりとりまでしたフウをあっさりと解放し、スイへと水を向けた。
否、フウを赦したわけではなく――目の前の些事よりも、ずっと大きな目標を見つけたのだ。

73 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/24(火) 02:23:52.28 P
>「ああ、それと、フィラデルさんをちゃんと送り届けて欲しい」

「ええ!?」

一方、フウの話を聞いたあともしかめっ面で黙考していたスイは、もっとあっけらかんとしていた。
フィラデルを殺そうとしたフウの元へ割入って戦闘になったにもかかわらず、
彼女の護衛を他ならぬフウに依頼したのだ。
これにはフィラデルも頓狂な声を上げずにはいられなかった。
それは遠くのフウも同じだったらしく、彼もまた開いた口が塞がらないといった風にフィラデルと顔を見合わせた。
そして直感した。

(単なる無条件の信頼じゃない……これは、フウに対する釘刺し……!)

現時点で、スイとセフィリアはフウを完全に上回っている。
『お前如きいつでも殺せる』と、先ほどの攻防で証明したばかりだ。
つまり、フウがフィラデルを再度殺害しようものなら今度こそスイ達は容赦をしないだろうし、
ちゃんと送り届けることを条件に見逃してやると言われれば、フウもそれに従わざるを得ない。
そうなれば、フウがこれからスイ達を追ってその動向を元老院に報告することもできないわけだ。
すなわち、スイはたった一言で元老院からの追跡を全て封じたのである。

「かあ、敵わねえな……」

フウもそれを理解したのか、苦笑を零すようにつぶやいた。

>「スイさん、ハンプティさんと合流いたしましょう 情報を共有して次に備えるべきです!」
>「これだけ散々暴れた後だ。もう俺たちが帝都にいることなんぞ知れてるだろう。 
  風で行く方が早いし、先に動ける。…行き先は風俗街でいいよな?」

遊撃一課の二人は、二三言のやりとりを交わしただけで、そのまま飛翔術で飛んでいってしまった。
あとに残されたのは、拘束を解かれてもなお地面にへたり込むフウと、
ずぶ濡れのまま棒を飲んだように立ち尽くすフィラデルのみであった。

「……どうして、正直に全部喋ったんですか?」

いましかないと判断したフィラデルは、憑物がとれたように脱力しているフウへ声を投げた。
フウが全て偽りなく喋った確証などどこにもなかったが、それでもフィラデルは確信していた。
彼は嘘を言っていない。何故なら喋った内容は、それが虚偽だったとしても双方になんのメリットもないものだからだ。
だからこそ、余計なことを言わないという選択肢もあったフウが全部喋ったことがフィラデルには不思議だった。

「嘘言ったって何か吾が得するわけでもないからなあー。
 情報を提供することを引き換えに命だけは助けてくれるよう無様にお願いするつもりだったってのもある」

無駄になったけどな、とフウは苦笑した。
そこでフィラデルは気付く。よくよく考えて見れば、遊撃二課は別に悪の組織でもなんでもないのだ。
単に放逐された一課の後釜として設置された、本来の遊撃課と同じ仕事を代行する集団。
そしてフウは、遊撃二課の構成員である以前に、戦う力として遺才を研鑽してきた武人である。
それにな、とフウは続けた。

「強い奴には、最大限の敬意を払うべきだろ――武人的に考えて」

74 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/24(火) 02:25:43.02 P
 * * * * * * 

【帝都組:14番ハードル風俗街】

ランゲンフェルトが猫の拷問権をフィンに譲ったのは、殺さない自信がなかったわけではない。
もちろん彼の拷問術は家畜ではなく人間を対象としているために若干の補正は必要だが、
歴戦の悪人たる彼にかかれば猫に対しても最も苦痛を与える方法を見出すなど朝飯前だ。
本当の理由は――威力偵察に近い。

このフィンという満身創痍にして強力無比な若者が、何者であるのか。
朴訥とした物腰とは裏腹に、帝都の路面すら破壊してのけた攻撃力と、その際に見せたほんの一瞬の濃厚な敵意。
相反する二つの属性を抱えるフィンが、本当は"どっち側"の人間なのか。
拷問というわかりやすい暴力の発露を通して、それを見極めようと考えたのである。

>「とりあえず、お前さ。『ボルト課長が生きてるかどうかと、課長を襲った目的』
 『ハルシュタットさんをどこにやったか』……あと『お前の名前』を吐いてくれねぇか?
 後は……お前らの所属、と目的。『クランク』ってのが何かも聞きてぇな」

フィンはつまみ上げた猫と視線を合わせる。
それだけで猫の方は、声こそ出さなかったものの、蛇に睨まれたネズミのように竦み上がった。
うまいやり方だ。最初に要求を全て明らかにすることで、相手にこちらの真に知りたい情報を伝える。
『どこまで喋っても良いか』を検討させる余地を与えるのだ。

ランゲンフェルトの"経験"に則って言えば、この手のエージェントを拷問にかけた場合、結果は二種類に分別できる。
頑なに口を閉ざし、『最後まで』一切何も漏らさないか。
あるいは喋っても良いラインを見極め、クライアントとの契約に違反しない範囲で情報を提供してくれるかだ。

(この場合、厄介なのは前者ですな。
 一切合切を喋らないということは、自分の中で情報の重要度の区別がついていないということ。
 何もわからないからとりあえず黙っておこうとする愚者です)

だが、頑なな黙秘に際しては拷問側にも落ち度がある。
初めから『知っていることを全て話せ』と言ったのでは、相手にこちらが何も知らないと教えているようなものだ。
そうなれば、被拷問側も迂闊なことを言って相手に情報を与えないよう完全に黙ってしまうことになる。
双方の理解の食い違いから生じる、心のねじれ現象だ。

ことほど左様に、拷問とは日常会話より高度な対人コミュニケーションであるとランゲンフェルトは考える。
なによりも重要なのは、相手が何を感じ、何を求めているかを察して動けるコミュ力。
拷問業界の麒麟児と呼ばれたランゲンフェルトでさえ、ようやく上級者の領域に一歩を踏み入れたばかりなのだ。

(そこへ行くと、最終城壁氏……なかなかどうして拷問上級者ですな)

こちらの要求が明確ならば、相手はそれを基準に『喋っても良い情報』を判断できる。
何も言わずにだんまりを決め込むと言う最悪の展開に至る可能性が、これでだいぶ減った。
あと必要なのは、『喋ることのメリット』を相手に提示することだ。
これは拷問の場にあってはもはや暗黙の了解と言っても良いようなものだが、フィンは敢えて明示した。

75 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/24(火) 02:26:54.17 P
>「とにかく、全部吐け。いいか、全部だ。もし断れば――――」

ブチィッ!と、繊維の千切れる快音が路地に響き渡った。
猫の身体がびくんびくんと痙攣する。激痛に際して悲鳴こそ上げないものの、肉体の反射を抑えきれていない。
それもそのはず、フィンは行った"メリットの提示"とは……猫の髭を一束ぶち抜くことだった。
すなわち、『喋ればこれ以上の苦痛は与えないよ』というメリット――!!

「おお……なんとえぐい。この私をして目を背けざるを得ませんな」

とか言いつつもランゲンフェルトはしっかり一部始終を見ていた。
猫の鼻先から生えている髭が、放射状に伸びている繊維の束がごっそり一束抜け落ちていた。
猫の髭は、虫の触角にあたる感覚器の役割を持っている。
かの獣達は、その房に風を感じて風向きや天候を判断し、空気の微かな振動から得物の動きを見る。
故に、その先端には皮膚を遥かに凌駕する感覚密度で触覚が備わっているのだ。

それを、抜かれた。一束まるごとだ。
人間にしてみれば五指を力任せに骨ごと引き千切るかの如き暴力。
そして当然と言えば当然だが、「クランク8」と名乗った襲撃者は猫と感覚を共有していたようで。
それこそ想像を絶するような苦痛に猫の中身はのたうち回っていた。

>「お前の毛を、抜く。言うまでずっと抜き続ける」

対して、フィンの反応はあくまで冷淡だった。
いっそ機械的な印象すら受ける冷ややかな言葉が、痙攣を続ける猫へと投げかけられる。
臓器を傷めない以上確かに死にはしないだろうが、死よりも酷い絶望を叩き込むのに充分過ぎる所作であった。

>「抜ける毛が無くなったら、次は爪を一本一本抜く。次は歯を抜く
 それでも我慢出来たら――――俺が聞きだすのは諦めて、ランゲンさんに引き渡す」

「私のところまで回ってくるまでに、ショック死していなければ良いのですがね……」

襲撃者にとって真に不幸だったのは、猫の身では自決も図れないことだ。
舌を噛んだところで猫の薄い舌では失血死するほど血も出ないし、喉に詰まって窒息もできない。
むしろ、ベイルアウトという緊急脱出機能があるからこそ、自決の手段を講じなくともよかったのだ。

「私はこの隔離結界の解除をしてきます。
 拷問にはやや不便ですが、まだ襲撃者の増援が来ないとも限りませんので」

言うと、ランゲンフェルトは羊皮紙型の仮想表接続器を展開して結界の解析を始めた。
彼は魔術師ではないが、犯罪用の魔術には精通している。
この手のオーソドックスな隔離結界の解呪程度ならば、専用の術式の助けを借りればすぐだ。
結界展開の術式媒体となっている魔導具の特定と破壊。彼からすれば勝手知ったる我が領域である。

ランゲンフェルトが背を向けて後にしたその場では、見るも無残な拷問祭りが開催されていた。

76 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/24(火) 02:28:29.24 P
 * * * * * *

『クランク8』は、命の瀬戸際に立たされていた。
死ぬのは別に怖くない。
猫の中に入っている彼の魂は分割された一片に過ぎず、本体は安全なところに隔離されている。
例えここでクランク8が死亡しようとも、本体にはなんの影響もないのだ。
失われた魂の分だけ、体調を崩したり体力を消耗するかもしれないが、無視出来る誤差に過ぎない。
問題なのは――

(こいつ……フィン=ハンプティは!こんなにも可愛らしい猫ちゃんを拷問にかけることに躊躇がねェ!)

彼が猫の姿をとったのは、路地裏に違和感なく紛れ込める隠密性もさることながら、
愛玩動物の外見が多くの人にとって憐れみを喚起するものであると自覚していたからだ。
もっと具体的に言うと、よほど残虐な趣味の持ち主でもない限り、獣を食べるために苦しませず殺すことはあっても、
苦しませることを目的に危害を加え続けることはしないのが一般的だ。
そして――フィン=ハンプティがそういう嗜虐性癖の持ち主でないことは、事前の調査で明らかになっている。

(情報に間違いがあったってのか……?)

否、その可能性は低い。
クランク8たちは、開拓都市で、地底湖で、第三都市で、フィンのしてきたことを見ている。
彼が、どうしようもなくお人好しで、狂おしいほどに優しき彼が、他者の痛みに鈍感ではないことを知っている。
むしろ、他者の痛みを自分の身に引き受けることを至上の命題としているフシすらあった。

しかしいま、目の前にいる男はそれらの過去とは明確に違う。
他人の痛みに、容赦がない。
それも、殺さずに最大限の苦痛を与える方法を、誰に教わるでもなく体得している。

(聞いたことがある……日常的に自分の身体を痛めつけている者は、拷問がやたら上手いと……。
 相手をどこまで追い込んでも大丈夫か、その限界を、自分の身をもって理解しているから……!)

自分がやって一番痛かったことを、相手にそのまましてやればそれが最大の拷問になる。
その程度じゃ死にはしないことは、自分がいま生きていることで実証済みだ。
つまりフィンは、毛を毟られ爪を剥がれ歯を抜かれる痛みを知っている。
それだけの苦痛を受けてなお、誰かのために身体を張ることができる――!

「わ、分かった!言う、全部話す!!」

限界だった。クランク8は再び人間の言葉で暴挙の続きを制止した。
痛みに屈したわけではない。フィンの提示した『要求』は、喋っても致命的な情報にはならないと判断したのだ。
本当、痛みに屈したわけではないのだ。

「俺の名前はカーター。あ、本名は聞いてない?ならクランク8って言ったほうが良いかな。
 お前ら遊撃課がダンブルウィードやウルタール湖でぶつかった連中のお仲間さ!
 そういやタニングラードでも……ああいや、あの人はもう脱退した後だったのかな」

もたもたしていると髭の二束目の安否が憚られたので、クランク8はまくし立てるように言う。
言っても問題ないことだ。むしろ、示威行動として積極的に喧伝するよう上から言われてすらいる。

77 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/09/24(火) 02:31:12.08 P
「ブライヤーを襲ったのは俺さ。
 惜しかったなあ、もうちっとでとっ捕まえられたところだったんだけど、邪魔が入ってさ。
 あ、そうそう!邪魔と言えばついさっきのハルシュタットも、いきなり消えちまって困惑してるよ」

クランク8はひとつ嘘をついた。
ブライヤーを襲ったのも、ハルシュタットを襲ったのも、彼の単独によるものではない。
仲間がいて、その仲間はいまもこの近辺に潜んでいる。
『彼女』が猫の姿のクランク8を助けてくれるかどうかは微妙なところであるが――
そもそも助ける必要もないので、猫ごとハンプティを消し飛ばしてくれればそれで良い。
だからいまは、情報を提供することで時間を稼ぐことが先決。

――そして、その『時間稼ぎ』という判断は完全に間違いだった。
それを知ったのは、ランゲンフェルトが解除したらしき隔離結界が風船の弾けるように消失した瞬間だった。

「ブライヤーのときもいまも、何かコインの落ちる音がしたかと思ったら、捕獲対象の姿が突然消えてさ。
 とくにブライヤーなんか、あの深手じゃ遠くまで行けないはずなのに、現場以外には血の一滴も残ってねえの。
 こいつぁちょっとした摩訶不思議、ホラーだよな――っと、ん?」

膜が消え、隔てるもののなくなった空の向こうからだんだんと大きくなる影が見えた。
それは、高速で接近する二つ分の人影だった。
人影はまっすぐこちらへ向かって飛来し、地面すれすれで急ブレーキをかけると、ぼろぼろの石畳に軟着陸。

(増援――遊撃課の!)

クランク8は息を呑んだ。
降り立ったのは、眼鏡の女と紫髪の性別不詳。
遊撃一課のセフィリアとスイだった。情報では、二課の水使いと交戦していたはずだが……。

(水使い、やられたのか!?くそ、あっちに放っといた『魂』と同期さえできれば……)

クランク8の持っていた遺貌骸装『偏在する魂』は、諜報にこそその真価を発揮する。
何か小動物の中に魂を入れれば、本体は安全なままに情報だけをとってこれる便利な使い魔となるのだ。
しかし、分割した魂の見聞きした情報を本体が取得するには、一度回収した魂を本体と融合させる必要がある。
それは調査員の書いた報告書を後から読むようなもので、つまりはリアルタイムな情報収集には向かないということだ。
クランク8は、ベイルアウトの効かない現時点において、スイ達が何をしてきたのか詳細を知らない。

(だけどこれはチャンス――!)

クランク8は、フィンが仲間の到着に意識を向けた一瞬の隙をついて掴みを振り払った。
そのまま地面にするりと着地するが、このまま遠くへ逃げようにもスイの機動力があればすぐに捕まるだろう。
逃げてダメなら、懐へ飛び込むまで!

「ニャァァアアアン!!!」

自分でもなんでそんな声が出せたのか不思議なくらい完璧な猫の鳴き声を発しながら、
クランク8は瓦礫だらけの石畳を駆け、セフィリアの胸元へとダイブした。
傍からだと、さながら爆心地のようなこの路地で、フィンが一人で猫を拷問しているようにしか見えないだろう。
というか実際そうなのだが、猫の"中身"について知らない者からすればそれ以上の理解はない。

そんな状況で、自分の懐へ助けを求めて逃げ込んできた愛玩動物を、拷問者の元へ再び返すなどと、
そのような残酷なことが、まだ年端もいかぬ少女であるセフィリアにできるだろうか?
否、できない!と確信を持ってクランク8は行動した。飛び込んだ先は、硬かった。


【帝都組:セフィリア・フィン・スイが合流。→情報共有願います】
【クランク8:『己の所属』、『ブライヤーとハルシュタットを襲ったこと』、『両名とも邪魔が入って行方不明』を白状。 
       『自分の他にも襲撃犯がいる』ことは伏せる。一瞬の隙をついてセフィリアの懐へ逃げ込む】
【ランゲンフェルト:隔離結界を解除へ向かい、完了。そのうち戻ってきます】

78 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/09/24(火) 03:11:56.53 0
>「ムリです……遊撃二課には、護国十戦鬼もいるんですよ……?元老院付きの上位騎士だって……」

抱きしめて、努めて優しく声をかける。
対して議長が零したのは、酷く現実的な諦めの言葉。
その通りかもしれない――マテリア自身も、内心ではそう思っていた。
彼女の言葉を否定し切れる程の強さは、マテリアにはない。

>「私は、今まで色んな物を壊してきました。この街でだって神殿をボロボロにしてしまいましたし。
  ……だからきっと――必ず、あなたの運命だって壊せます」

だけど彼女――ファミアは違う。
彼女は幼いが、それでもマテリアよりもずっと強かった。
肉体的にだけでなく、精神的にも。

やっぱり敵わないと少し引け目を感じながらも、マテリアは小さく笑みを零す。
自分には言えない言葉を、ファミアは議長に言ってくれた。それは掛け値なしに嬉しい事だった。
同時に思う。きっともう一人の彼女も同じように――

>「私は――私は、魔族になれません」

――そしてマテリアは、鼓動の跳ね上がる音を聞いた。
議長と、自分の心音を。
瞬きを、呼吸を忘れる。それ程までに信じられなかった。
彼女が、ノイファ・アイレルが、この孤独な少女を前にそんな事を言うだなんて。

>「"ならない"でも"なりたくない"でもなく、おそらく私は魔族に"なれない"――」

だが――続くその言葉に、マテリアの驚愕は一旦、疑問によって塗り潰される。
自分は魔族になれない。一体どういう意味なのか。
ノイファの次の言葉に、耳を傾け――

>「――何故なら私も、二年前に"赤眼"をこの右目に付けたからです」

再び、先ほどとは比べ物にならない衝撃が、マテリアの思考を染め上げた。
一体何故。いや、あり得ない話ではない。
二年前に帝都に住んでいれば、身分次第だが誰もがその候補者にはなり得た。
だが、だとしたら彼女の身には何があったのか。
疑問は加速度的に分裂、増殖していく。

この混乱からは、簡単には立ち直れそうにない。
それこそ――本人の口から全ての真実を聞くまでは。
故に、マテリアはしっかりと、ノイファを見つめる。

>「全てお話します。二年前の"帝都大強襲"の夜、その裏で何が起こっていたのか。
  私やレクストさんが何をしていたのか――」

そして語られたのは――端的に言ってしまえば『歴史の裏側』だ。
街のどこか、職場のどこかで小耳に挟みそうな、現実味のない知られざる出来事。
普段なら、日常の中でなら、一笑に付してしまえる類の与太話だ。

だが――『これ』は違う。
この場の空気、ノイファの眼差し、心音、声色――その全てが、彼女の語った話が真実だと告げていた。

79 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/09/24(火) 03:13:13.90 0
真実を聞けば混乱から立ち直れるだなんて、甘い考えだった。
今やマテリアの心中には幾つもの感情が、ごちゃ混ぜになって、ひしめいていた。
荒唐無稽にもほどがある、だが嘘とも思えない告白への驚愕。
一方で本当にそんな事があったのかと、頭では分かっていても、心のどこか一部で信じ切れない、一抹の不信。
けれども、もしそうだとしたら彼女の驚異的な強さも当然だという納得。
そして同時に、自分にはそんな事、絶対に出来っこないと思い知った事による劣等感と畏れ。
複雑に入り混じった答えも実体もない感情――こんなもの、処理し切れる筈がない。

>「――私は……私たちが起こした行動の結果が、"黎明計画"の引き金になったのだと、そう判断します。
  ゆえに、責任を取らなければなりません」

けれども――それらをまとめて塗り潰してくれる感情も、マテリアの中には生まれていた。

彼女――フィオナには、真実を黙っているという選択肢だってあった。
議長の提案を躱すだけなら、赤眼を付けていた事を話すだけで良かった。
なのに彼女はそうしなかった。
それはきっと自分達を、信じてくれていたから。

>「でもそれは、帝国のための人柱になることなんかではありません。
  ……貴女たちの笑顔と、平穏を取り戻すことです!」

そして――議長を心から救いたいと思ってくれたからだ。
例え同じ不幸に襲われるにしても、理由が分かっていないよりかは、分かっていた方が辛くない。
その原因を悔やんだり、恨んだり――あるいは許したり納得する事もだが――出来るからだ。

>「騙していたことを許してくれとは言いません。ですが私も、一緒に戦わせてください。
 "遊撃課"の一員として」

逆に言えば――彼女はその事を覚悟して、秘密を明かしたのだ。
魔族化の、黎明計画の発端として恨まれる事も、
その秘密をひた隠しにしてきた不義の輩として誹られる事も覚悟した上で。

それがマテリアには嬉しかった。
議長は、そして自分は――彼女の中で、それだけの覚悟に見合うものなのだと、認められたように思えた。

「……私は、騙されていただなんて思ってませんよ。
 今まで誰にも明かさなかった事を、言ってくれた……それはとても、嬉しい事です。
 私の方こそお願いします。私と一緒に戦って下さい。この子達を……助けて下さい」

嬉しかった。それと同時に、彼女の誠意に応えたいとも思えた。
――その高揚と、ある種の使命感が、いつの間にか議長を抱き締める腕を緩めていた。

>「もちろん俺も混ぜろよな?
  俺は、二年前にみんなでやらかしたことを全然まったくこれっぽっちも後悔しちゃいねーし、
  それは騎士嬢も、そしてもう一人の"魔族殺し"も同じだろうけれども。
  だからこそ、自分のしてきたことの正しさってやつは、俺自身が証明していきたいと思ってる」
>「二年ぶりの現職復帰だ。"愚者の眷属"『轟剣』レクスト=リフレクティア、いまこの時より遊撃課に着任するぜ」

レクスト・リフレクティア――先代剣鬼の血を継ぐ者。
彼の持つ次元違いの強さはタニングラードで思い知らされている。
その彼が、二人の魔族殺しと共に戦える。
これなら戦っていける、最悪の状況を変えていけるような気がしてきた。

それにもう一つ、マテリアには心を惹かれる情報があった。
さっきフィオナが所属していると言った諜報機関の名前――『三十枚の銀貨』の事だ。
ウィットが言っていた、母が身を置いていたであろう『銀貨』と、フィオナが言ったそれは、恐らく同一のものだ。
ずっと気にかかっていた事だ。もしこのまま帝国を敵に回したら――母の足跡を追えなくなってしまうのではないかと。

80 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/09/24(火) 03:15:20.51 0
だが、もうその心配もない。
むしろフィオナの秘密を知った事で、『銀貨』との距離は今までよりも縮まったくらいだ。
母がどう生きて、どう死んでいったのか、『分かる』かも知れない――高揚は収まらない。

>「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」

と、不意にレクストが入り口の方へと声をかけた。
マテリアもそちらへ意識を向ける。確かに誰かの呼吸と鼓動が聞こえる。
いや――その『音』は、マテリアには聞き覚えがあった。

>「帝都王立従士隊・遊撃課、キリア・マクガバン三等帝尉でありまーす。
  帝都から届いた便りに此方の店名がありましたので足を運ばせていただいたのですが、
  ボルト=ブライヤーと言うお名前に聞き覚えはございませんかねー」

「……うわっ」

思わず、そう声が漏れた。
女性特有の、好意の対象でない男に向ける冷たい声色、態度だ。

>「いいからとっとと入ってドア閉めろ。虫が入ってきちゃうだろーが。
 あ、看板だけ下げといて。今日はもう店じまいするからよ」

>「お前ら、直接会うのは初めてだったよな。こいつはキリア・マクガバン、お前らの同僚だ。
 遊撃課にも実働と支援の二職種があってな、マクガバンは主に諜報を担当する支援員ってわけだ」

「……いえ、私はありますよ。会った事。そっちが覚えているかは知りませんけど」

それでも情報伝達は正確に――大層不服そうな訂正。

マテリアとキリアは左遷前、同じ帝国陸軍に所属していた。
二人の接点は、諜報任務における同行が主だった。
マテリアの遺才は、現在進行形での敵の動向や防衛機密、また一個人の言動の傾向を盗聴出来る。
彼女自身の技能や得手とする術式も、強行偵察に向いている。
その性質上、マテリアはキリアが本領を発揮するまでの足掛かりとして適任だった。
つまり彼が演じるべき人物の下調べや、彼を任務地まで誘導する係として。
自分が天才である事への自信に満ちていた頃のマテリアにとって、それはあまり歓迎出来る事ではなかった。

>「外に飛ばされっぱなしの人間にどうやって会えるんですかねぇ、ってのはさておきまして。
 ご紹介に預かりました、キリア・マクガバンです。階級は先程口にした通り、三等帝尉。
 異才を利用して、諜報から雑用まで幅広くこなしております裏方です。――まあ、以後宜しく」

が、何もそればかりが、マテリアの態度の原因ではない。

「優秀ですよ、彼は。
 人を欺く為の鋭い知性、静かな豪胆さ、容赦のなさ……そして才能を兼ね備えています。
 それを味方にまで向けてしまうのが、玉に瑕でしたがね。……左遷もそれが原因ですか?」

高い評価、だが刺のある補足と質問。
キリア・マクガバンは、しばしば己の遺才を悪用する事がある――と言われている。
大抵の場合は窃盗や――セクハラの為に。

マテリア自身が被害を受けた覚えはないし、あくまで噂の域を出ない。
が、それにしては噂の量が多すぎる。
天才としての序列などよりも、むしろこちらの方が、彼を好きになれない理由としては大きかった。

81 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/09/24(火) 03:18:03.74 0
>「よく来たなマクガバン。ボルトの名前を出したってことは、お前ももう知ってるのか?
  あいつが――帝都で襲撃されて、行方不明になってることを」

>「今聞かされて驚いてますよ。……連絡が途絶したんで、妙な事になってるだろうって覚悟だけはしてきたんですがね。
  襲撃されて行方不明とか、何がどうしてそうなったんだか。手紙にも此処に行けとしか書いてませんでしたし――」

「……あなたの遺才は、機密と陰謀の天敵ですからね。
 真っ先に狙われると踏んで、安全な所に隔離したかったのかもしれません」

『虚栄』――自分を相手の上司だと思い込ませる遺才。
どんな機密も陰謀も、キリアの手に掛かれば全て暴かれてしまう危険性がある。
裏を返せば、彼はこの状況をぶち壊してしまえる切り札にもなり得る。
だからボルトはいち早く、最も信頼出来る友人の元に彼を預けたのかもしれない。
ともあれ――キリアの事は相変わらず好きになれないが、分からない事だらけの今、彼と合流出来た事は大きい。
黎明計画と遺貌骸装、この二つの情報を持っている議長を確保する為の刺客を、元老院は送ってくるに違いない。
そこから真実と勝機へ繋がる糸を、キリアなら手繰り寄せられる。

(……でも、そう言えば、この遺貌骸装。これも元老院が絡んでいると思ってたけど……。
 黎明計画が政府の腹案なら、これは?
 純度の高い次世代を作る黎明計画と、遺才を物に留める遺貌骸装は、方向性が一致しない。
 最低でも現在の魔法水準を維持する為のサブプランって事?
 ……一応、この子に確認しておいた方がいいかもしれない)

それにもう一つ、聞きたい事もある。とても大事な事だ。
マテリアが議長に声を掛ける。

>「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」

――その直前に、ヴァンディットが不意にそう言った。
いつものように浮ついていない、真剣な声色だ。

>「……根拠は?」
>「遺貌骸装『遠き福音』。この槍に適合した者にもたらされる副次効果だ。
  自分に"向かってくるもの"の気配を知覚する。その感覚をもとに、槍を発動させるわけだ。
  そしてその副次感覚が、この店に向かって注がれる『視線』を捉えた。
  通りすがりのチラ見じゃない、もっと濃厚で敵意に溢れた視線だ」

そんな効果があったのか、とマテリアは腰に差した穂先を見る。
つまり彼の話を聞くに『遠き福音』は、聴覚と視覚――知覚情報に関する遺才を司っているようだ。
確かにそう考えれば、情報系の魔術を得手とする自分が使用出来た理由も、
そして聴覚情報だけに特化した自分の血が反発した理由も理解出来た。

(……だとしたら、私にその副次感覚は宿らない……のかな?
 でも、その方がいいよね。あんまり色々知覚出来ても、音が濁っちゃいそうだし)

>「聞いたことのねえ魔導具だな……でもヴィッセンが納得してる様子を見るに、信頼出来るソースみてえだ。
  "覗き屋"が誰であれ、あんまり俺達が固まって会議してるとこ見られるのは芳しくねえなあ……」

場所を変えるかとレクストが呟く。

「……相手が一人なら、今の内に叩いてしまうのも手じゃないですか?
 この子達と合流した事は、隠しておいて損はないと――」

対してマテリアは提案を返し――だが彼女がそれを言い終えるよりも早く、状況は動いた。
心臓を鷲掴みにされるかのような痛烈な殺意――反射的に重心を落とし、両手を耳に添えた。

82 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/09/24(火) 03:19:39.74 0
>「何かが来るぞ!対応しろッ!!」

聞こえる。
上空から大気を切り裂き何かが降り注ぐ音。
絶え間なく炸裂する砲火の音が。
一瞬の内に理解出来た。この攻撃は、自分では対処出来ない。

>「対地重撃剣術!――『轟剣』!!」

故にマテリアが最初に取った行動は、議長を庇う事だった。
肉体的な強度で言えば議長の方がずっと上だ。
だがそれでも、この子は守ってあげなきゃいけない――その一心での行動だった。

>「襲撃――!?おいマクガバン、お前さっき来たばっかだけど、通りに異常はなかったか!?」
>「なかったですよ! 少なくともゴーレムなんざ影も形もありませんでした! これ手持ち砲の砲声ですよね、ゴーレム用の!?」

「それにこの射角……一体いつまで撃ち続けられるんですか!
 これだけの火力、甲種じゃ出せない……。
 けど乙種ゴーレムをこんなに長時間滞空させられるなんて、あり得ないですよ!」

重い物を飛ばすには大きな力がいる。
そしてその状態を維持するのは、とても難しい事だ。
それは至極当たり前の事実で、魔術を用いる際にも同じ事が言える。

卓越したゴーレム乗りなら反発術式を用いて三次元的な機動が出来る。
が、それでも一時的な滞空や単純な方向転換が精一杯。
天才的な操縦技術を持つセフィリアですら、
外部の術式――結界壁を利用しなければゴーレムの滞空状態を維持するなんて事は出来ないのだ。

音の具合から、砲撃は間違いなくこの街、この路地の上空から行われている。
一体どうやって――右手を耳に当て、聴覚に意識を集中させる。
音を聞いて理解出来る事ではないかもしれないが、マテリアに出来る事はそれしかないのだ。
まずは――せめて敵の正確な位置を。そう思い、砲撃音の反響から索敵を行い――

(……見つけた!けど……これは、ゴーレムじゃ……ない?)

83 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/09/24(火) 03:21:10.78 0
音の反射によって浮き彫りになったのは、明らかにゴーレムとは異なる形状の何かだった。
激しい砲撃の中では正確な形状を聞き取れないが、大まかに言えばそれは――

(……筒?だとしたら……乙種ゴーレム用の火砲だけを上空に?
 確かに……それなら滞空の難易度も落ちる。代わりに操縦は遠隔操作が必要になるけど……
 ……だとしたら、操縦者はヴァンディット君の言っていた『覗き屋』……?)

>「天井が落ちてくるぞ――!!」

切迫した声色、警告――身体が強張る。
だが、やはり自分には何も出来ない。
そして――二人なら、絶対に何とかしてくれる。

「――聞こえました!リフレクティアさんの真正面!角度は五十!
 その先にゴーレムの火砲だけが滞空して、砲撃してきています!」

だからマテリアは臆さずに、そう叫ぶ事が出来た。
しかし、まだだ。まだ出来る事はある。
超聴覚は依然として発動し続けていた。

音が聞こえる。風の流れ、草葉の揺らぎ、一般人の喧騒や驚嘆の声、虫や鳥の鳴き声。
――その無数の雑音の中からもう一つ、探すべきものがある。

『――――――リフレクティア青果店の解体工事を――――』

――聞こえた。
選択的注意だ。
人間は無意識の内に、自分に関係のある音を鮮明に聞き取れるようになっている。

(だから聞こえた。今確かに、リフレクティア青果店の解体と――!)

右手を耳から口元へ――深く息を吸い込み、

「対地砲撃の……お返しです――!!」

腹の底から叫び上げる。
その大声を遺才によって増幅、制御――声の聞こえた路地に向かって打ち込んだ。


【反響定位で上空の筒?火砲?を観測→位置報告
 襲撃者がいると思しき地点に音の爆撃】

84 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2013/09/27(金) 04:29:22.68 0
いまだ議長を抱きしめたままのマテリアとファミアの目が合って、お互いに小さな小さな笑みを交わし合いました。
意味はそれぞれに少し違うけれど、突き詰めればそれが議長に対する好意からのものであることは一致しているはずです。

しかしその笑みを、ノイファの言葉が凍らせました。
>「私は――私は、魔族になれません」
この上なく明確な拒絶。
口になにか含んでいたら間違いなく吹き出していたことでしょう。

ファミアはうわー言っちゃったよこの人とでもいうような視線をノイファに向けました。
しかし、よく考えれば自分も明言はしていないだけで拒絶の意志を見せていたのではなかろうか、
いやでもこう言ってはなんだけれど魔族化はしたくないし……

などと、だいぶん不実なことを考えてるファミアをよそにノイファは言葉を続けます。
>「――何故なら私も、二年前に"赤眼"をこの右目に付けたからです」
言いながら見せた瞳に色はなし。
感情が浮かんでいない、という比喩ではなく文字通りに真っ白でした。

赤眼。
装着したものをほぼ例外なく魔族へと化さしめ、
帝都に比喩としての地獄をもたらした忌むべき魔導具。

>「"赤眼"の装用者――!?完全に馴染んでるのに、魔族になってない……!」
議長の驚嘆の声が示すようにそれはありえないといってしまって良いことでした。
当時はまだ故郷に居たファミアは赤眼の使用に伴う効果、その数少ない例外の結末は死であったと伝え聞いていました。
それも嘘ではなかったけれど、他にも"例"は存在したようです。
――自分が似たようなものだということまでは、もちろんファミアは知らないのですが。

そしてノイファは、世には伏せられた二年前の真実について語り始めました。
それは、帝国側の視点だけで言うならば黎明計画の拡大版。
というより、二年前の計画を縮小して適正な規模にしたものが今回の企てなのでしょう。
続けて、その大風呂敷をたたんだ経緯と、それ以降の動向についても。
>「――私は……私たちが起こした行動の結果が、"黎明計画"の引き金になったのだと、そう判断します。
> ゆえに、責任を取らなければなりません」

>「そんな、貴女の責任じゃ……元老院は、魔族の遺した『赤眼』の尻馬に乗っているだけで……」
議長の言うとおりだとファミアは考えました。
それどころか、むしろこちらが礼を言わなければいけないくらいのことです。
良くて帝国中枢の壊滅、悪ければ大陸世界全てに累の及んだ事件を阻止したのですから。

しかしファミアが議長に口添えをするよりも早く、ノイファは毅然として議長に言い放ちました。
>「でもそれは、帝国のための人柱になることなんかではありません。
> ……貴女たちの笑顔と、平穏を取り戻すことです!」

それからマテリアとファミアにも。
>「騙していたことを許してくれとは言いません。ですが私も、一緒に戦わせてください。
> "遊撃課"の一員として」

>「もちろん俺も混ぜろよな?
> 俺は、二年前にみんなでやらかしたことを全然まったくこれっぽっちも後悔しちゃいねーし、
> それは騎士嬢も、そしてもう一人の"魔族殺し"も同じだろうけれども。
> だからこそ、自分のしてきたことの正しさってやつは、俺自身が証明していきたいと思ってる」
いたずらを思いついた子どものような顔のレクストもそこに加わりました。
もちろんファミアは否とは口にしません。
まあ、事態の急転について行ききれなくて言葉が出ないだけなのかもしれませんが、それはともかく、
戦力的に考えれば魔族殺しの助力を断る理由はありませんし――情緒的には、言うまでもないことですね。

85 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2013/09/27(金) 04:30:48.41 0
>「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」
>「とは言っても、まだまだシリアスな雰囲気っぽいんですけど? 
> ……いや、入ってきた後で言うセリフでもないんでしょうがねぇ」
話にひとまずの区切り(といっても「みんなで頑張ろう」程度のことでしたが)がついたところで、
不意にレクストが戸に声をかけました。
応えて現れた人物は顔立ちは整っているもののどこかだらしない印象の男性。
その口ぶりも見た目のとおりといったところ。

レクストはその青年に中に入るよう促して、それから素性を課員に説明してくれました。
>「お前ら、直接会うのは初めてだったよな。こいつはキリア・マクガバン、お前らの同僚だ。
> 遊撃課にも実働と支援の二職種があってな、マクガバンは主に諜報を担当する支援員ってわけだ」
「そうでしたか、お初にお目にかかります、マクガバン三尉」
ようやく脳が追いついてきたファミアは、まずきちんとご挨拶。
どうやらマテリアには一応の面識と、含むところがあるようですが……。

>「よく来たなマクガバン。ボルトの名前を出したってことは、お前ももう知ってるのか?
> あいつが――帝都で襲撃されて、行方不明になってることを」
>「今聞かされて驚いてますよ。……連絡が途絶したんで、妙な事になってるだろうって覚悟だけはしてきたんですがね。
> 襲撃されて行方不明とか、何がどうしてそうなったんだか。手紙にも此処に行けとしか書いてませんでしたし――」
現状認識について尋ねるレクストと答えるキリア。
キリアは外向きの情報を集めているうちに内向きからは遠ざかってしまったようで、最低限の情報しかないようです。

一同は「何」と「どうして」に関して軽くキリアに説明しました。
とりあえずの共通理解を得たところで今度はこちらから質問です。
「あのう、マクガバン三尉。三尉が受け取った手紙の投函日や差出人についてなのですが……」

そう、キリアは手紙の指示によってリフレクティア青果店へやって来たのです。
ではその手紙は誰が、いつ出したものか――
これもまた元老院の罠ではないかという懸念が浮かんでくるのも無理のないことです。
何せなんの情報もないのですから、キリアはそのとおりに行動するしかありません。
労せずして黎明計画の素体が一つ増やせるわけです。

一方で課長からのものであるならば、次は日付が問題になります。
襲撃されたと思われる日より前であれば、安否確認には役に立ちません。
死体が見つからなかったということは、埋められるなり燃やされるなりして証拠を隠滅された可能性が出てきます。
ですが、もしもそれより後の日付であれば、それは手紙をしたためられる程度の状態ではあることの証左です。

――それ以外の誰か、の可能性にはファミアもさすがに考えが及びませんでした。

86 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2013/09/27(金) 04:31:48.69 0
しかしファミアが返答を受け取るより先に、ヴァンディットの声が事態のさらなる転変を告げました。
>「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」
ファミアはさっきの変な子がいったい真面目くさって何を言い出すんだろうか、と比較的失礼なことを考えました。
しかしその表情は真剣。少なくともレクストがそれを目にして発言の根拠を尋ねる程度には。

そして店に入ってから何度目かの質疑応答が終了した次の瞬間――
>「何かが来るぞ!対応しろッ!!」
声に対して即座にあるいは自らを、あるいは他者を庇う課員。

ファミアも手近に居た人間難民の少年少女をまとめて数人抱きかかえると、床材を粉砕しながら跳躍。
背中でカウンターをぶち破ってレクストの背後へその子たちを押し込みました。
そしてその直後、店内に鉄の豪雨が降り注ぎました。

みんな声を張り上げて会話をしていますが、床にべたりと伏せているおかげでほとんど聞こえません。
発射、破壊、迎撃の音はそれほどのものでしたが、少なくともレクストが何を言いたいかは大体理解出来ました。
亀裂が走り、見る間にそれが大きくなっていく天井を見上げて言う台詞なんていくつもないでしょうから。

>「――聞こえました!リフレクティアさんの真正面!角度は五十!
> その先にゴーレムの火砲だけが滞空して、砲撃してきています!」
これほどの騒音の中でもマテリアの声は常と変わらず耳に届きます。
さすが魔笛の奏者、「制圧射撃を受けている時となりにいてほしい人ランキング」があれば確実に一位か二位でしょう。

敵の位置がわかった以上、やることは一つ、叩き落として安全確保です。
ファミアは素早く高姿勢匍匐でカウンターに近づき、天板を一撃でひっぺがしました。
上司の実家でもまったく遠慮はありません。
ここでファミアが遠慮したところで襲撃者の手間がかすかに増える程度のことですしね。

素材は黒檀か色の濃い紫檀か。どちらにせよなかなか綺麗でとても重くてひどく頑丈な木材です。
ファミアは自分の身長を超えるそれを、間髪入れずマテリアの告げてくれた方角へ投げつけました。

回転しながら飛翔するカウンターは崩落しかけた屋根を内から外へ剥けて吹き飛ばして、宙へ浮かぶ砲へと一直線。
当たるか迎撃されるか避けられるかは定かではありませんが、とりあえず屋根の下敷きという事態は打ち砕いてくれたようです。

【ジャベリン発射】

87 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2013/09/29(日) 15:36:40.50 0
>「これだけ散々暴れた後だ。もう俺たちが帝都にいることなんぞ知れてるだろう。 
  風で行く方が早いし、先に動ける。…行き先は風俗街でいいよな?」

「もちろんです!」

スイの提案にのり、風で風俗街を目指すことになる
足で歩くよりもはるかに早く、公共機関を使う必要もなく
まったく便利なものだなとセフィリアは思う

自身の遺才には無いものを羨ましく思う
セフィリアは常に強さというものを追いかけてきた
これまで多種多様な遺才を見てきたがその思いは強くなるばかりだった

しかし、いまはその思いよりも強いものがある

元老院許すまじ……

プライドど信念の塊であるセフィリアはそれを傷つけられることをひどく憤りを持つ
清濁併せ呑むことも貴族としての常ではあるが、貴族でありながら貴族の現実とは程遠いところで育った
彼女は濁を知ることはなかった

貴族であるセフィリアなら正式な手順を踏めば公的な抗議もできる
もっとも、この状況下では黙殺されるのが落ちだろう、それが例えガルブレイズ家当主のセフィリアの父であってもだ

武力行使は最終段階であるという考えがあった
すでに遊撃2課とことを構えているのになにをと思うかもしれないが
元老院の意図はどうであれ、現在は遊撃課同士の内輪揉めという風に処理されているであろう
一連の騒動、しかし、元老院に対して直接ことを起こす段階に進めばどうなるかは全くわからなくなる

貴族として騎士としてセフィリアの信念からして元老院に歯向かうというのは非常に重大かつ深刻なことである
しかしながら、それを自身で肯定する考えもまたセフィリアの中で芽生えつつあった

88 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2013/09/29(日) 15:38:24.64 0
帝国を間違った方向へ導いてはいけない……
国家の将来を憂いているあいだにフウによる風の特急飛行は終わりをつげ
帝都の誇る歓楽街にやってきた

先ほどまでいた官公庁が立ち並ぶ3番ハードルの道路とは打って変わって
全く掃除の行き届いていない道路へと足をおろした

ハンプティさんはどこだろうと探す手間は取ることはなかった
上空からスイがフィンを補足し、そのそばに降り立ったのだ
さすがは元傭兵、目がいいと感心する

フィンの姿を確認し、特にこれといった怪我は無い様子に安堵する
と、同時に視界の端を高速で移動するなにかを見つけた
それが胸に飛び込んで来た時にそれが猫だと認識出来た

みた感じではヒゲがない、フィンの手には恐らくこのネコのものであろうヒゲが握られている
フィンがこのネコのヒゲを抜いたということはすぐにでも察しがついた
明らかなネコの虐待である
このネコからは「この可愛い僕をあの人がいじめるの!助けて!」っと訴えているように見えるのは明白だ
「ハンプティさん!こんな可愛い猫さんをいじめるなんてひどいですよ!」というリアクションを期待したのだろう

年若い少女の胸に飛び込んだのは正解、最適解、ベストな選択と言ってよかった
ただ最後の2択を間違えた

胸に飛び込むべきはセフィリアでなくスイだった……

「の、ノラ猫!汚い!」

貴族の子女が泥だらけの小汚いねこに飛びつかれた場合の正しい反応だろう
振り払ったネコは無様にも地面に落ちた

「……ごほん、それではハンプティさん情報の交換をいたしましょうか」

取り乱したことを取り繕うかのような咳のあとフウの出した情報をフィンに話し始めた

「ハンプティさんは課長の足取りをつかめましたでしょうか?」

【フィンにフウから入手した情報を話す ネコは拒絶 フィンに課長の足取りを聞く】

89 :フィン=ハンプティ ◇SlReoDOLNU@代理:2013/10/05(土) 16:46:53.88 P
>「おお……なんとえぐい。この私をして目を背けざるを得ませんな」
>「私のところまで回ってくるまでに、ショック死していなければ良いのですがね……」

(……言い訳してぇ。全力で、言い訳してぇっ!!)

敵である猫を前にしてあくまで無表情。
淡々とした様子を崩さないフィンであったが……よく見ると、その口元は微妙に引き攣っていた。
先程も述べた事ではあるが、フィン=ハンプティという青年の感性は
歪んだ部分や異常な部分もあるが、一般常識という面で見れば極めて「まとも」なのである。
であるが故に、必要であるとはいえ、どう見ても可愛らしい猫である敵に加虐を加えている姿を見られ
あまつさえ悪鬼羅刹であるかの様に言われるのは――――なんというか、胃が痛かった。

>「私はこの隔離結界の解除をしてきます。
>拷問にはやや不便ですが、まだ襲撃者の増援が来ないとも限りませんので」

「……あ、ああ。頼むぜ、ランゲンさん。俺は、こいつが吐いてくれるまで『作業』を続けないといけないからな」

それでも、自分が本気である事を見せる為に無表情を貫かざるを得ないフィンは
内面の葛藤を押し殺し、敵への拷問じみた質疑応答を続ける

――――恐らく、この情報収集は長期戦になる事だろう
敵は、異常な魔道具を用いる謎の集団の構成員だ
その口は堅く、生半可な事では組織のしっぽを見せる情報すら吐く事はn

>「わ、分かった!言う、全部話す!!」

「!?」

……訂正。敵である猫は、割と簡単にゲロった。
いかなフィンが自身も知り得ぬ拷問スキルを発揮したとはいえ、
加虐を加えたフィンの方が驚く程の短期決戦であった。

>「俺の名前はカーター。あ、本名は聞いてない?ならクランク8って言ったほうが良いかな。
>お前ら遊撃課がダンブルウィードやウルタール湖でぶつかった連中のお仲間さ!
>そういやタニングラードでも……ああいや、あの人はもう脱退した後だったのかな」

「……それが本当だとしたら、随分と俺達に突っかかってきやがる組織じゃねぇか」

そして猫――カーターの吐いた言葉は、更に驚くべきものであった。
何故ならば、彼の語る内容が事実だとすれば……彼の所属するクランクを名乗る者達が所属する組織は
遊撃一課が創設したその当初からずっとその傍で、まるで影の様に暗躍していたという事になるのだから

クランク達が暗躍する所に遊撃課が迷い込んだのか、或いは遊撃課の任務先を狙い澄ましてクランク達が現れたのか

それはフィンには知る由が無い。だが、それぞれの場所で引き起こされた事件。その規模を考えれば
クランクと名乗る者達の組織が、単なる小悪党の集まりでない事はフィンでも容易に想像が出来る
動揺こそ見せないが、見えてきた敵の大きさにフィンは内心で歯噛みする。

90 :フィン=ハンプティ ◇SlReoDOLNU@代理:2013/10/05(土) 16:48:30.58 P
【orz ミスりました。訂正版です】

>「おお……なんとえぐい。この私をして目を背けざるを得ませんな」
>「私のところまで回ってくるまでに、ショック死していなければ良いのですがね……」

(……言い訳してぇ。全力で、言い訳してぇっ!!)

敵である猫を前にしてあくまで無表情。
淡々とした様子を崩さないフィンであったが……よく見ると、その口元は微妙に引き攣っていた。
先程も述べた事ではあるが、フィン=ハンプティという青年の感性は
歪んだ部分や異常な部分もあるが、一般常識という面で見れば極めて「まとも」なのである。
であるが故に、必要であるとはいえ、どう見ても可愛らしい猫である敵に加虐を加えている姿を見られ
あまつさえ悪鬼羅刹であるかの様に言われるのは――――なんというか、胃が痛かった。

>「私はこの隔離結界の解除をしてきます。
>拷問にはやや不便ですが、まだ襲撃者の増援が来ないとも限りませんので」

「……あ、ああ。頼むぜ、ランゲンさん。俺は、こいつが吐いてくれるまで『作業』を続けないといけないからな」

それでも、自分が本気である事を見せる為に無表情を貫かざるを得ないフィンは
内面の葛藤を押し殺し、敵への拷問じみた質疑応答を続ける

――――恐らく、この情報収集は長期戦になる事だろう
敵は、異常な魔道具を用いる謎の集団の構成員だ
その口は堅く、生半可な事では組織のしっぽを見せる情報すら吐く事はn

>「わ、分かった!言う、全部話す!!」

「!?」

……訂正。敵である猫は、割と簡単にゲロった。
いかなフィンが自身も知り得ぬ拷問スキルを発揮したとはいえ、
加虐を加えたフィンの方が驚く程の短期決戦であった。

>「俺の名前はカーター。あ、本名は聞いてない?ならクランク8って言ったほうが良いかな。
>お前ら遊撃課がダンブルウィードやウルタール湖でぶつかった連中のお仲間さ!
>そういやタニングラードでも……ああいや、あの人はもう脱退した後だったのかな」

「……また『クランク』かよ。随分と俺達に突っかかってきやがる組織じゃねぇか」

猫――カーターの吐いた言葉は、更に驚くべきものであった。
何故ならば、彼の語る内容が事実だとすれば……今度の事件にもまた、
これまで散々煮え湯を飲まされてきた、クランクを名乗る者達の組織が関わっているというのだから

遊撃一課が創設したその当初からずっとその傍で、まるで影の様に暗躍し騒動を起こしてきた【クランク】

クランク達が暗躍する所に遊撃課が迷い込んだのか、或いは遊撃課の任務先を狙い澄ましてクランク達が現れたのか

それはフィンには知る由が無い。だが、それぞれの場所で引き起こされた事件。その規模を考えれば
彼らのの組織が、単なる小悪党の集まりでない事はフィンでも容易に想像が出来る
動揺こそ見せないが、見えてきた敵の大きさにフィンは内心で歯噛みする。

91 :フィン=ハンプティ ◇SlReoDOLNU@代理:2013/10/05(土) 16:49:12.17 P
>「ブライヤーを襲ったのは俺さ。
>惜しかったなあ、もうちっとでとっ捕まえられたところだったんだけど、邪魔が入ってさ。
>あ、そうそう!邪魔と言えばついさっきのハルシュタットも、いきなり消えちまって困惑してるよ」

「……」

そして、カーターは更に続ける。フィンの問いに対する解答。ボルトの行方についての話を。
自身が襲ったと、そう明言する。
あえて挑発する様な響きであるのは、何かしらの目的や算段あっての事だったのであろう

――――だが、しかし。

カーターはこの時、大きく選択肢を間違えた。
例え何が目的であろうと、その解答はするべきではなかった。
良識人である筈のフィンが、何の為に猫に拷問じみた加虐を加える様な真似までしたのかを、よく考えるべきであった。

「ああ……そうか。お前だったのかよ。ボルト課長を……俺の仲間を傷つけたのは」

カーターをその手に持ったまま呟くフィン。
その呟きは、先程までの様に淡々としたものではない。
どこまでも冷たく、それでいて煮え滾る何かを孕んだ声であった。

カーターは気づいていない様であったが、いつの間にかフィンの両目は赤く染まっていた。
瞳ではなく、眼球が。白から薄い赤色へと色を変えていた。

マントに包まれた右腕と、人の姿を保ったままの左腕……その両方に無意識に力が込められていく。
もしもカーターがボルトの無事を示唆する発言をしていなければ、
あるいはこのままの状況が続いていれば、恐らくは不幸な結末が訪れる事となっていたのであろう。
カーターとフィン、その双方に。

だが、幸運な事に――――今回は「そう」ならなかった。何故ならば

「あ……セフィリアと、スイか?」

フィンにとっての大切な物。自分の意志で守りたいと思う者達の姿を、見る事が叶ったから。
……二人の姿を見たフィンは、毒気が抜かれた様に尋常ならざる気配を霧散させ、更に眼球の赤化も消え去っていた。

そして

92 :フィン=ハンプティ ◇SlReoDOLNU@代理:2013/10/05(土) 16:50:31.69 P
>「ニャァァアアアン!!!」

気が緩んだ事で腕の力も緩んだのであろう。呆けたフィンの腕から、カーターが飛び出していった

なんか物凄いクオリティの猫の鳴きまねをして

「なっ……駄目だ!そいつを!!」

我に返り叫ぶフィン。だが……初動が遅れたが故に、間に合わない。
カーターは、真っ直ぐにセフィリアの胸へと飛び込み――――

>「の、ノラ猫!汚い!」

「えー……?」

ズザァ、と。地面をスライディングする羽目となっていた。
セフィリアの全力で貴族的な行動は、元貴族であり貴族に対してある程度の理解があるフィンでさえ
唖然とするものだったのだから、実際にその仕打ちを受けたカーターは余計に訳が判らなかった事であろう

>「……ごほん、それではハンプティさん情報の交換をいたしましょうか」

そして、その主犯である取り繕うように可愛らしく咳をした後、情報の交換を求めてくるセフィリアに
フィンがとっさに答えられた事と言えば

「いや……その猫が俺の手に入れた情報源なんだけどな。
 正確にはその猫に憑依(?)してるカーターっていう、多分オッサンが……スイ。その猫を拘束って出来るか?」

その程度の事でしかなかった

93 :フィン=ハンプティ ◇SlReoDOLNU@代理:2013/10/05(土) 16:51:12.26 P
―――――

「……なんだ、それ。いい年した大人が揃いも揃って、そんなふざけた計画実行しようとしてるってのか?」

「そんな計画の為に俺の仲間を傷つけて、十戦鬼まで動かして……」

「ひょっとして、元老院の奴らってのは……どうしようもなく馬鹿なのか?」

セフィリアの話……遊撃二課の一員から聞き出したという元老院の計画に、
フィンは嫌悪を隠すことなく、真っ直ぐな罵倒を吐き出した。
あまりにストレートな罵倒であるのは、言いたいことが多すぎて逆に言い表せなかったが故だろう

「……何かを強くしたいなら、変えるべきは『そこ』じゃねぇだろ。んな事、俺だって知ってるぜ」

左手で髪をガシガシと掻くと、フィンは大きく息を吐く
そして、どこか疲れた様子でセフィリアとスイを一度づつ眺め見ると

「そんじゃあ、次は俺の番だな。まず結論から言うと――――ボルト課長は生きてる可能性が高い」

そうして、フィンは語りだす。自身が手に入れた情報を。

・・・

ランゲンフェルトやハルシュタットとの出会いから始まり、
クランクを名乗る者達が所属する組織の存在、敵の保有していた謎の魔道具、
その他にも、カーターから絞り出した情報を余す事無く話したフィンは

「……で、情報は手に入れたけどよ。二人はここからどう動くべきだと思う?
 俺としては、さっきの話の中で思い浮かんだ――――多分、課長を土壇場で救出した奴に接触したい所なんだけどよ」

二人に対し今後の方針についての問いと、自身の希望を述べる。
彼が脳裏に思い浮かべるのは、カーターが語ったコインと共に課長が消えたという話。

……実に不可思議な現象であるが、フィンにはその現象に対して思い当たる節があった様だ。

「けどまあ、俺のはあくまで推測で希望だからな。二人が最適だと思う行動予定を教えてくれ
 ……こういう頭使う事は苦手だから、多分お前らの方がいい答えを出せると思う」

湖の情景と、一人の少女の影を思い浮かべながら、フィンは二人の提案を待つ。

【フィン:情報交換 コインと課長の入れ替わりに関して気になる人物あり】

94 :スイ ◇REK82XblWE@代理:2013/10/06(日) 23:05:58.69 P
フィンの姿を見つけ、彼の近くにセフィリアと共に着地する。
ぶわりと地面を叩いた風の残滓が、僅かに服をはためかせた。

>「ニャァァアアアン!!!」

と同時に、フィンの手から逃れた猫が、セフィリアの元へ向かって飛ぶ。
しかし、その猫は彼女のあっさりとした拒絶に無様に地面を滑るという結果になった。
恐らく助けを求めて飛んだのだろうが、この結果になったことは少なからずスイは同情する。

>「いや……その猫が俺の手に入れた情報源なんだけどな。
 正確にはその猫に憑依(?)してるカーターっていう、多分オッサンが……スイ。その猫を拘束って出来るか?」
「ん、あ、あぁ…」

スイにとっては単なる猫だが、フィンがそう言うという事はかなり重要な情報を持つのだろうか。
衝撃のせいで転がったまま動かない猫の首根っこを遠慮無く掴み、まじまじと検分する。
やはり、ただの猫だなと首をひねりつつ何時ぞや調達した糸で、猫を縛った。
セフィリアとフィンの情報を聞きつつ、縛りをきつくしたり緩めたりと軽く遊ぶ。
情報はこうだ。
まずスイ達が回収してきた元老院側の情報。つまりは『黎明計画』に関するもの。
対してフィンはボルトの事に関する詳細な情報だった。
しかし、犯人は今縛っている猫だという。
フウの提示した十字架を背負った女と合致しない。
又、ボルトはコインと共に襲撃現場から消えた、という話も気になった。
自分の直感が間違っていなければ、スイは一度その能力の持ち主と戦った事がある。

>「……で、情報は手に入れたけどよ。二人はここからどう動くべきだと思う?
 俺としては、さっきの話の中で思い浮かんだ――――多分、課長を土壇場で救出した奴に接触したい所なんだけどよ」
>「けどまあ、俺のはあくまで推測で希望だからな。二人が最適だと思う行動予定を教えてくれ
 ……こういう頭使う事は苦手だから、多分お前らの方がいい答えを出せると思う」

スイは少し間を置いてから、口を開いた。

「俺も、フィンさんの意見には賛成だ。恐らくフィンさんの想像している人物と、俺の想像している人物は一緒だ。
 それに、先ほど聞いたフウの話――十字架を背負った女も気になる。」

一度言葉を切って、セフィリアの方をちらりと見る。

「『黎明計画』の方も確かに気になるが…、実験場所としてヴァフティアがあるという事は、その詳細は恐らくフィオナさんたちが掴んでいるはずだ。今はあちらに任せよう。」

この場において二つのことを同時に行うのはリスクが高い。
どちらか一つに絞った方がいいのでは無いか、スイはそう提案した。

【フィンさんの意見に賛同。】

95 :名無しになりきれ:2013/10/10(木) 23:43:21.97 0
保守

96 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/10/10(木) 23:49:35.53 0
自身に突き刺さる無数の視線。
息を呑み込む音すらはっきりと聞こえる静寂。
その一切を、フィオナは微動だにせず受け止めていた。

恨み辛みを浴びせられるなら、まだマシだ。
ひょっとしたら、状況の変化に追い付けず狂を発したのでは、と思われているかもしれない。
だが、そう思われたとしても仕方のないことだろう。
それ程に、帝国上層部が行った情報封鎖は徹底していたし、何より"帝都大強襲"というある種の災害が残した爪痕は、
水面下で行われていた計画を隠蔽するのに十分だったからだ。

空気が重い。永遠とも思える時間を、ただじっと待ち続けた。
握りしめた掌が、じわりと熱を生む。

>「……私は、騙されていただなんて思ってませんよ。
  今まで誰にも明かさなかった事を、言ってくれた……それはとても、嬉しい事です。
  私の方こそお願いします。私と一緒に戦って下さい。この子達を……助けて下さい」

最初に静寂を打ち破ったのはマテリアだった。
予想もしていなかった言葉に、思わず仲間の顔をまじまじと見つめ返す。

不義だと謗られるのは覚悟していた。許されるなど思ってもいなかった。
それでもマテリアは、ファミアは、そんな自分に許しを与えてくれた。
今の自分は、おそらくとても間抜けな顔をしていることだろう。
ろれつの回らない感謝の言葉を繰り返しながら、慌てて両目を拭う。

>「もちろん俺も混ぜろよな?
  俺は、二年前にみんなでやらかしたことを全然まったくこれっぽっちも後悔しちゃいねーし、
  それは騎士嬢も、そしてもう一人の"魔族殺し"も同じだろうけれども。
  だからこそ、自分のしてきたことの正しさってやつは、俺自身が証明していきたいと思ってる」

立ち上がったレクストがそこに続く。あふれる程の自身に満ちた、ひどく懐かしい声色だ。
バンダナを解き、防刃帽を被る彼と視線が絡む。自然と笑みがこぼれた。

この素晴らしい仲間たちは、自分などより余程強い。心の底からそう思う。
同僚として長く同じ死線を潜ってきたが、初めて、本当の意味で、遊撃課の一員になれた気がした。

>「二年ぶりの現職復帰だ。"愚者の眷属"『轟剣』レクスト=リフレクティア、いまこの時より遊撃課に着任するぜ」

大見得を切りながら、レクストが言い放った。
ならば、返す言葉は決まっている。

「ええ、お帰りなさい。そして皆さん、改めてよろしくお願いします」

97 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/10/10(木) 23:50:43.78 0
こうしてリフレクティア青果店に四人の遊撃課員が揃った。
ただの四人ではない。大陸最強国家である帝国の、その中でも最上位の連中が張り巡らせた陰謀を砕く精鋭だ。
そしてもちろん動いているのはこの場に居る四人だけではない。
喉元である帝都に潜伏した三人の仲間もそうだし、きっと他にも動いている者は居る。

>「っと……しかし五人になりそうだな。入ってこいよ、良い話は終わったぜ」

実際すぐ近くに居たらしい。
レクストが壁に向かって声をかけ、応えるように一人の男が扉をくぐる。

今や遊撃一課の前線基地となった青果店に現れたのは、荒事とはとんと無縁そうな美丈夫。
しかも生半可な美形ではない。波打つ金髪は鮮やかに、深い碧色の目元は涼しく、顔立ちはまるで彫像のように整っている。
帝国子女が夢想する理想の貴族像を聞いて回ったら、おそらく彼が出てくるだろう。

>「とは言っても、まだまだシリアスな雰囲気っぽいんですけど? 
  ……いや、入ってきた後で言うセリフでもないんでしょうがねぇ」

ただ残念なことに、口を開いた瞬間その第一印象は儚くも露と消えた。
それまでの荘厳ともいえる雰囲気一変し、代わりにだらしなく相好を崩している。
どこぞの王子様が路地裏住まいの三下と入れ替わったかのような様変わりっぷりだ。

「……えーと、気を使わせてしまったようでごめんなさい。どうぞこちらへ」

新たに加わった同僚、キリア・マクガバンに椅子を勧めようと腰を浮かせたところで――

>「……うわっ」

――すぐ近くから、途方もなく冷たい声色の呟きが聞こえてきた。
視線だけを動かして確認すれば、心底嫌げに眉をしかめているマテリアが居る。

どうやらこの二人、遊撃課に所属するより以前からの顔見知りらしい。
諜報と通信。それぞれのエキスパート同士となれば、面識があったところで不思議はない。ないのだが。

(随分と嫌っているみたいですねえ)

マテリアの、キリアに浴びせる言葉の端々に見える棘。
あまり良好な関係とはいえない様子なのは疑うべくもない。

しかし、ヴァフティアに集まった面子を考えれば、情報戦を得手とするキリアは非常に貴重な人材だ。
現状を打破するためにも、彼には馬車馬よろしく働いていただき、相手の情報を獲得してもらわねばならない。
そのためには、騙すようで気が引けるところではあるが、円滑な交友を図るのが一番であろう。

「……まあまあ、マテリアさんもその辺りで。これからお互いの命を預けあわなければないませんからね。
 キリアさんも、遠路はるばる駆けつけて頂きありがとうございます。
 お疲れでしょうから、まずはぐいーっと、英気を養ってください」

カウンターの上に置かれたままのピッチャーを手に取り、キリアにグラスを持たせ、程好く冷えた中身を並々と注いだ。

98 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/10/10(木) 23:51:34.49 0
>「よく来たなマクガバン。ボルトの名前を出したってことは、お前ももう知ってるのか?
  あいつが――帝都で襲撃されて、行方不明になってることを」

レクストの言葉を切っ掛けに、情報を共有しようという流れへと場が変わった。
ボルトからの手紙による支持の下、この場所へ来たというキリアにそれぞれが"現状"を説明する。

ボルトの失踪。元老院による直接の指示。
帝都へ残った三人についてや、人間難民と呼ばれる子供たちの保護。
列挙するたびに問題点が山積みされ、自分たちの現状がいかに苦しいものか痛感せざるを得ない。

>「あのう、マクガバン三尉。三尉が受け取った手紙の投函日や差出人についてなのですが……」

一通りの説明を終え、ファミアが切り出す。
確かに気になる案件だ。

ボルトの失踪は、こと帝国領内であればごく些細な密事ですら網羅する『三十枚の銀貨』でも、後手に回らざるを得なかった一件である。
重要性が低かったから見落とした、などという理由ではない。
むしろ遊撃二課の設立という横やりがあった以上、一課とそれに属する課員の動向は最優先事項だったと言っても良い。

にも関わらず、その一切を出し抜いて届けられた一通の手紙。
キリアが現れたタイミングを考えれば、襲撃の前か、後か、どちらにせよそれ程時間を置いていないはずだ。

「……そう、ですよ。第一それ、どこから届けられた物でしょうか?」

無論、事の重大性からすれば差出人の封蝋などの身元を示す類は疑ってかかるべきだ、しかし――

「――ヴァフティアは帝国内に置ける最高峰の魔術都市です。
 それこそ帝国内外問わず、大陸内のありとあらゆる魔術が集まりますから。
 つまり……精査術式を専門に修めた高位術者の一人や二人、見つかるはずですよ」

帝国内で最もポピュラーな術式魔術に関して、フィオナはあまり詳しい部類ではない。
聖術というのは"願い"に近い。順序立て、構成を突き詰め、工程を簡略化していくそれとは真逆に位置する大系だ。
だが、この場にはレクストが居る。
フィオナと同様にヴァフティアの地理を熟知し、かつ術式魔術についての教養もあるはずだ。
さらに言えばレクストの父。リフレクティア翁は地元で知らぬ者の居ない顔役だ。
その人脈は年若い世代と比較すれば、まさに一線を画すだろう。

「どうですか……?」

期待とともに視線をレクストに移す。
だが、それと同時――事態は急変を告げることとなる。

99 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/10/10(木) 23:54:13.43 0
>「……見られている。何者かが、この店を監視しているぞ」

人間難民の一人、ヴァンディッドが不意に口を開いた。
もたらせれた情報の精度の確認と、状況の把握。
撤退、あるいは迎撃、そのどちらかを選ばなければならない。

にわかに高まる緊張に呼吸を忘れる。首筋を刺激する疼痛が勢いを増していく。
刹那、爆発的に膨れ上がった"殺意"が――店の扉を叩いた。

>「何かが来るぞ!対応しろッ!!」

「――っ!!」

ずきり、と。脳漿が悲鳴をあげる。
右眼にやどった朱い虹彩が、数秒先の世界をフィオナの視界に映し出した。

猛烈な勢いで降り注ぐ"白い"礫が、店内を"黒く"染め上げる。
外側から破裂する扉。打ち倒される子供たち。
何の行動も起こさなければすぐにも現実となるであろう、数秒先の"未来"だ。

>「対地重撃剣術!――『轟剣』!!」

目に見えぬほどの速さで抜剣したレクストが、鉄の礫を迎撃。
床を蹴ったキリアがその後ろへ蹲り、咄嗟に議長を庇ってマテリアが身を投げ出す。
数名の子供たちを抱えたファミアがカウンターを砕きながら床に伏せる。

「頭を抱えてしゃがみなさい!」

カウンターから離れたテーブルに座っていた子供たちへと叫びながら、フィオナは白刀を抜き放った。
奥まった位置取りにあるその場所は、まだ射角の外だ。だから、今のうちに"退路"を造る。

鞘奔った刀身を上段でくるりと回す。
砕けた扉の破片が頬を掠めた。裂帛の気合と共に床を蹴る。
加速を得た銀光が、三代続いたリフレクティア青果店の壁を斜めに切断。
そのまま返す刃で二度、三度と斬り付けた後――

「――よいっしょおおおっ!」

質の良い果実酒と抜群のサイドメニューで長く地元に愛されてきた名店が、客の暴力に屈した瞬間だった。
落ち着いた外観と、品が良いながら主張をしない内装。きっと壁材も拘りをもって選んだのだろう。
そんな一切合財を情け容赦なく、振り上げた足で、垂直に、とどめとばかりに蹴りつけた。

鈍い地響きをあげ、即席の出口が完成。
匠が見たら泣き崩れる程酷いリフォーム風景だ。

「レクストさん!こっちです!!」

撃剣と砲音が轟き、"砲"声と木製の即席弾が飛んで行く中、フィオナは声を張り上げた。


【出口作製】

100 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/10/15(火) 02:48:35.12 0
【帝都組】

助けを求めて懐に飛び込んできた愛らしい猫。
そんな彼を受け止めたのは少女のたおやかな抱擁、ではなく――

>「の、ノラ猫!汚い!」

無慈悲の平手であった。
セフィリアが無造作に振るった手がクランク8を直撃し、破壊された石畳へと墜落させる。
自分を頼って逃げてきた猫を見下ろす彼女の目は完全に畜生を見るそれだ。
血統書付きの、毛艶の整った品のある猫ならばともかく、クランク8の見た目はドブをねぐらにしている薄汚い野良猫である。
衛生観念とは無縁の、ヘタしたら病気や寄生虫の温床になりかねない汚物まみれの獣。
それがクランク8の実態だった。

それでも、セフィリアがもしも良い所のお嬢様にありがちな、頭の弱そうな薄っぺらいヒューマニズムに溢れた人間であったなら、
小汚いドブ猫にも身勝手な憐憫と無責任な慈悲から庇護下に加える目もないことはない。
だがセフィリアはそうではなかった。質実剛健を体現する武人の末裔である。

(こいつ……生き物に対して真摯だ……!)

どれだけ憐れだろうが、可愛らしかろうが、汚いものは汚い。
その生命に対して責任を負うつもりがないから、ほんの少しの情もかけてやることはない。
簡単なようでなかなか難しい、愛玩動物に対する正しい距離の取り方である。

>「……ごほん、それではハンプティさん情報の交換をいたしましょうか」

セフィリアは足元の猫を一瞥すると、何事もなかったかのようにフィンへ水を向けた。
いや、払いのけた手に不潔が移っていないか気にする素振りをしている辺り、もはやクランク8に逆転の目はない。

>「いや……その猫が俺の手に入れた情報源なんだけどな。
 正確にはその猫に憑依(?)してるカーターっていう、多分オッサンが……スイ。その猫を拘束って出来るか?」

髭をぶっこ抜いた張本人からすらも憐れみの目で見られた猫型のオッサンは、しかしこっそりと遁走する暇もなく拘束された。
捕獲したのはセフィリアと共に飛翔して来たスイ。
見事な手際でクランク8の手足に糸を巻きつけた彼女は、情報共有の間じゅう、ずっと猫を縛ったり解いたりで遊んでいた。

そして、一同に介した遊撃一課の三人が、それぞれが得た情報を統合する。
"風使い"から引き出した、元老院が画策する富国強兵策『黎明計画』の要諦。
そしてたったいまクランク8があらかた喋った遊撃課長失踪の謎について。

>「ひょっとして、元老院の奴らってのは……どうしようもなく馬鹿なのか?」

黎明計画について聞いて、はじめにフィンから出てきた感想がそれだった。
クランク8もそう思う。やりたいことは分かるのだけど、本当にそれしか手段がなかったのだろうか。
とは言え一概に元老院の愚かさを責めるわけにもいくまい。
なにしろ、

「無理もないさ。黎明計画……その草案を遺したのは、元老院の一席『ヨハン=ヴィエル卿』。
 絶大なカリスマを誇った彼が、アヴェンジャーに殺害されるまえに書き遺した構想書が発端だ。
 そのヴィエル卿が遁鬼によって暗殺され、非業の死であるがゆえに元老達の中でも神格化されてしまった。
 若くして死んだ天才の遺志を継ぐって大義が、元老院からブレーキを奪い取ったってわけだな」

フィンのもっともな疑問に、糸で吊られたままのクランク8はしたり顔で解説する。
猫が突然喋ったことに初見の者は驚くかもしれないが、もはや開き直りに近い態度だった。
実は、ヴィエル卿は死んだと同時に生きてもいて、遁鬼の暗殺も含めて全てが自作自演で、
つまるところ元老院を炊きつけたのは他ならぬヴィエル卿――彼らのボス"クランク1"だったりするのだが、
クランク8はそのあたりの情報も伏せた。

101 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/10/15(火) 02:50:22.19 0
>「そんじゃあ、次は俺の番だな。まず結論から言うと――――ボルト課長は生きてる可能性が高い」

クランク8は黙った。厳然たる事実であるからだ。
クランク8が仲間とボルトを強襲した晩、彼らは望む結果を得ることができなかった。
ボルトは遺才遣いでないにも関わらずクランク8を"5人"も倒したが、そこまでだった。
浅くない手傷を負わせ、逃げ場を塞ぎ、50人で囲んで――確実に殺せるはずだった。

しかし、一瞬。ほんの一瞬閃光が瞬いたかと思うと、ボルトの姿が煙の如く消失していた。
隠形術や視覚隠蔽魔術の可能性も検討したが、それらは姿を見えなくするだけで実体が消滅するわけではない。
蟻の這い出る隙間もなく路地を埋め尽くしたクランク8達の、誰にも接触せず逃げ出すなど不可能なだった。
それでも現実問題として、ボルトを殺すことも、ましてや捕縛することすらできないまま夜が明けてしまった。

残されていたのは、二枚の金貨。
まるでボルトの忘れ形見のように、石畳に転がっていた。
そしてそれは、ついさっき目の前から消えたハルシュタットの状況と酷似していた。

>「……で、情報は手に入れたけどよ。二人はここからどう動くべきだと思う?
 俺としては、さっきの話の中で思い浮かんだ――――多分、課長を土壇場で救出した奴に接触したい所なんだけどよ」

フィンは――彼のみならず遊撃課の面々それぞれが、"金貨の主"に思い至るところがあるようだった。
これは好都合だ。このまま情報提供を餌に彼らに同行すれば、ボルトとハルシュタットの居所も割れる。
ベイルアウトが出来ない限り仲間に情報を伝えることはできないが、隙を見てまた逃げれば良い。

>「俺も、フィンさんの意見には賛成だ。恐らくフィンさんの想像している人物と、俺の想像している人物は一緒だ。
 それに、先ほど聞いたフウの話――十字架を背負った女も気になる。」

スイもそれに賛同したが、聞き捨てならない情報を口にした。
十字架を背負った女――クランク8が共にこの路地裏を強襲した仲間の外見的特徴に合致している。
何故スイがそれを知っているのか……あるいは、地道な聞き込みの成果によるものだろうか。
いずれにせよ、いまもどこかで奇襲のチャンスを窺っている仲間のことは、既にバレている。
だが正味問題はない。遊撃課の、それも戦闘専門の三人が相手だが、仲間の持つ武装は数の不利を覆せる。

(でも、いまは泳がせておきたいんだよなあ……)

ここで遊撃課を奇襲し、倒してしまうのは最も手っ取り早い解決方法だろう。
それでとりあえず彼らの目的は達成できる。
だがそれでは、遊撃課と面識があると言うボルトやハルシュタットの救い手が誰なのか謎のままだ。
特にボルトは確実に処理しなければならない。

(奇襲の中止……それをどうやってあいつに伝えるか)

遊撃課をこのまま泳がせるならば、仲間に奇襲をせず黙って尾行するよう指示すべきだ。
しかし、猫の身体ではできることに限りがある。遺貌骸装にくっつけておいた念信器も奪われたままだ。
となれば肉声で叫ぶしかないが、それをすればどこそこに仲間が潜んでいるとフィン達に教えているようなものだ。

どうする、と逡巡を繰り返すうち、クランク8はその機会を永遠に失うことになった。
隔離結界が解除され、じきに人通りが戻ってくるだろう風俗街の路地に、一つの音が発生した。
ざり、ざり……と石畳を擦る音。人間の足音と、重い何かを引きずる音だ。
それは、路地の角の向こうからゆっくりとこちらに近づく足取りで聞こえてくる。
ざり、ざり、ざり……やがて、角から人影が音を伴って歩み出てきた。

女である。
外套に見を包んでいるが、襟は閉じられておらず、その下に着ているものが見えている。
否――より表現に正確を期するのいであれば、外套の下に着ているものなど見えていなかった。
着ていなかったからである。

102 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/10/15(火) 02:51:45.42 0
「クランク7……!」

猫は思わず声を出す。仲間の名前を声に出す。
外套を一枚だけ羽織り、その下には肌着型の水泳着衣のみを身に纏った女。
露出の多い、あまりに多い肌が日光を反射して目に眩しく、長い足とほっそりしたウエストのほとんどが外に晒されている。
女――クランク7は幸いにも若い女性だったが、もしカーター(本体)が同じ格好をしていたら即刻通報されているだろう。
さらに、彼女は外套の背に己の身の丈ほどもある金属の構造物を背負っていた。
棒を二本クロスさせて創りだされたそれは――巨大な十字架。

そして、同時に少しでも魔法に触れたことのある者ならば、目を閉じても感じられることだろう。
女の肌という肌から溢れ出る、一人の人間としてはあまりに規格外な莫大量の魔力――!
猫の知るクランク7は、その身から放出する甚大な魔力によって、触れたものを尽く風化させてしまう特質を持っていた。
着衣とて例外ではなく、その魔力放出に抗えるのは、非常に希少な魔導繊維を用いた衣服のみ。
あまりに希少なので、肌着と外套しか作れなかったぐらいだ。

「奇襲がバレているようだったから真正面から出てきてみたわ。捗っていないようね、クランク8」

女はろくな感情を感じさせない涼やかな声でそう言った。
風が吹いてもいないのに外套の裾がゆらゆらと漂い、ワンレングスに揃えた色素の薄い長髪も振り子のように揺れている。
そして、彼女の足元に何かが転がっていた。真っ黒で大きなズタ袋のようで、先ほどの石畳を擦る音の発生源はこれだろう。
視線に気づいたのか、クランク7は感慨もなさげに足元を見下ろした。

「ああ、これ?なんか、居たから……狩っておいたわ」

彼女はズタ袋を左手で掴むとまったく重さを感じさせない挙動で放り投げた。
想像以上に重い音をたてて石畳に激突したそれは、よく見れば四肢と頭部を持っている。
真っ黒の衣服に身を包んだ――人だった。
見覚えのある顔。ついさっき隔離結界の解除のためこの場を辞したランゲンフェルトだ。
彼は死んでいるのか気絶しているのか、これだけ乱暴に扱われてもうめき声一つ挙げやしない。

「……助けにきてくれたのか?」

「まさか。必要ないでしょう。
 『偏在する魂』がないとあなたの"本体"は役立たずなのだから、回収しなければならないというだけよ」

事実だ。猫の中に入っているカーターの魂は分割された一つに過ぎないから、彼の救出は重要ではない。
しかしその魂分けを成立させている遺貌骸装こそは、なんとしても回収しなければならない戦略物資だった。
カーターの代わりはいくらでもいても、その逆はないからだ。

「……奇襲をやめにしたことだし、名乗っておくことにするわ。私は『クランク7』。そこの猫の同僚。あとは秘密――」

パチリ、とクランク7は指を鳴らした。
同時、スイが拘束していた猫が風船のように突如『膨れ上がった』。
カーターの依り代となるこの猫は、遺貌骸装発動のためにクランク7から魔力供給を受けている。
その線状にして不可視の経路をいま、彼女は全開にした。
もともと容量の少なかった猫の肉体に過剰な魔力が一瞬で注ぎ込まれた。

「さようなら」

その別れの言葉は猫と遊撃課、どちらに向けられたものだったろうか。
極限まで膨張した猫は、やがて穴という穴から光の筋を零しながら、驚くほど穏やかに限界を超えた。
路地を揺るがす轟音と、それを裏付ける閃光。
その二つを両輪に、『大爆発』という現象が世界を上書きした。


【遊撃課・帝都組合流。方針決定="金貨の主"に会う】
【新たなる刺客:クランク7が登場。ランゲンを瞬殺し猫を爆発させる】
【猫爆弾:猫に対する魔力供給を全開にし、オーバーロードさせることで大爆発を引き起こす。
     至近距離での爆発のうえ、術式を噛まさない純粋な魔力爆発のため防御魔術の効果が薄い。
     また、クランク7の魔力特性により爆風に触れた物体を風化させる効果あり】

103 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/10/21(月) 01:52:33.40 0
【ヴァフティア組:リフレクティア青果店(だったもの)】

対地重撃剣術『轟剣』は、大陸に百は下らぬ剣の眷属――遺才剣術の大家群において、数少ない"直系"の剣術である。
ここに言う直系とは、すなわち遺才の元となった剣祖の魔族より直接教えを請い、その血脈より見出された技術のことだ。
百余年ほど前になるが、帝国にまだ生き残っていた魔族の中に、剣祖の魔族も存在していた。
"至道剣"アスモルファス。
遺才として遺された剣術のうち、『天剣』『震剣』『雷剣』そして『轟剣』を司る魔族であった。

遺伝によって受け継ぐという性質上、遺才遣いは生まれた瞬間から己がどんな能力を持っているかを知っている。
他ならぬ同じ遺才を持つ親が、あるいは兄や姉がそれを教えてくれるからだ。
親もそのまた親から、その親もまたさらに親から、遺才は技術と知識の双方を継承していくと言っても良い。
ごく一部の例外――生まれた直後に一家全滅とか、産後すぐに捨てられたとか――でもなければ、
自分の遺才を知らない遺才遣いなどというものは存在しないと言える。

轟剣は、そのごく一部の例外だった。
事故か、陰謀か――リフレクティア家は人類開闢から続く歴史の中で、一度完全に遺才を廃絶している。
いまから百余年ほど昔の話だ。一族が滅び、落ち延びたたった一人の嫡子はまだ目も開いていない赤子。
偶然拾われ、育てられた家庭は遷都前のエストアリアの辺境の農家。
剣など握る機会もないリフレクティアの末裔は、己の身に宿る遺才を知ることなく青年期を迎えた。

その頃に、剣祖の魔族アスモルファスと出会った。
大陸国家の討伐軍に追われ、傷つき、人に化けて逃げてきた彼女は、
遭遇こそまったくの偶然であったが――己の血を分けた子孫の気配を目ざとく嗅ぎ付け、庇護を求めて接触した。
純朴な羊飼いだった末裔に剣を振らせ、その才能を自覚させ、剣士として練成した。
大軍を相手にするのに有効な轟剣を習得させることで、討伐軍を足止めする尖兵としようとしたのだ。

結果から言えば、その目論見彼女にとって会心の大成功であり、痛恨の失敗でもあった。
末裔は見事に轟剣に目覚め、短期間の訓練で容易く遺才を使いこなし、迫る討伐軍をその剣で殲滅した。
アスモルファスは末裔を帯同し、討伐軍を差し向けた国家を攻め落とさんと野に下り――。
そこで首を落とされた。
とどめは轟剣による一閃で、討ち手は他ならぬリフレクティアの末裔だった。
現代より遡ること百余年。当時も変わらず、魔族は明確に人類の天敵だ。

――余談が長くなったが、つまり何が言いたいかと言うと。
そのモデルとなった魔族から直接の手ほどきを受け、洗練されたが故に。
『轟剣』は、数ある遺才剣術の中でも最も『魔族の理想』が色濃く反映されている剣である。
人間の戦闘用にブラッシュアップされていない。
魔族が、人間の大軍と戦うための剣術だ。

 * * * * * * 

104 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/10/21(月) 01:54:52.08 0
「つぉ――らららららららららららら!!!」

バイアネットを握る右腕が、羽撃きの如く蠕動する。
鳥の羽撃きよりかは甲虫のそれに近い、ヴン……という重い風切り音が響く度、右肩から先がヒトの動きを超越する。
轟剣は『対地』剣術。一定の範囲を斬撃で埋め尽くすその刃はまさに制圧力の化身。
神域の速度をもって繰り出される剣が、壁ごと扉をぶち抜いて降ってくる砲弾を片っ端から砕いていく。

>「なかったですよ! 少なくともゴーレムなんざ影も形もありませんでした! これ手持ち砲の砲声ですよね、ゴーレム用の!?」

通りに何か変化は?というリフレクティアの問いに対して、マクガバンは悲鳴にも似た返答を投じた。
そう、彼の指摘通り、この砲撃はゴーレムによるものだ。
敵と自分の撒き散らす破片や粉塵でろくに見えやしないが、さっきからどんどこ轟いてくる砲声が自己紹介している。

>「それにこの射角……一体いつまで撃ち続けられるんですか! これだけの火力、甲種じゃ出せない……。
 けど乙種ゴーレムをこんなに長時間滞空させられるなんて、あり得ないですよ!」

さっさとリフレクティアの後ろに逃げ隠れたマクガバンを横目に、議長を庇うように覆ったマテリアが大声で所感を述べる。
議長は息ができないのかマテリアの胸を猛タップしていたが、やがて脱力しておとなしくなった。
ともあれ、彼女の疑問もまた尤もだ。
上空から叩きつけるように降ってくる砲弾からして、射出源は高い位置にあると見て間違いない。
だがそれだけの射角をとるには、相当巨大なゴーレムを使うか、それこそ宙にゴーレムを浮かせる他にない。

(だけどこんな路地に置けるゴーレムのサイズなんか知れてる……滞空性能にしたってそうだ)

言うまでもなくゴーレムはその重量だけでも充分な質量兵器となり得る巨大兵器だ。
そんなものを宙に浮かせようと思ったら、飛翔術だけでも魔導炉が焼き切れかねないほどの魔力が必要になる。
その事実だけでも、『襲撃者』の持つ技術力に血の気が引きそうだ。
なにせ、相手はこちらの住居を割ったうえで強襲を仕掛けてきている。
こうやって物理的に攻めてくるならまだ対処のしようもあるが、水面下でどんな暗躍をされているか分かったもんじゃない。

(こいつら……ボルトを襲った連中と同じか?)

思考は纏まらず、上滑りする。
砲撃を迎撃し続けるのもそう長くは続かない。
どれだけ強力な遺才を持っていても、使うのが人間である以上、疲労や焦りによるミスはつきものだ。
そして、リフレクティアは焦ってミスをするタイプの人間だった。

(おいおい――砲撃終わらねえぞこれ。どんだけ弾持ってんだ!?)

轟剣を全開にしてようやく全て撃ち落とせるレベルの、これは砲による弾幕だった。
この規模の迎撃を長時間続けることは困難だ。遅かれ早かれ、限界が来る。
その前に――

>「――よいっしょおおおっ!」

壁がもう一枚ぶち抜かれた。
今度は砲弾による破壊ではなく――斬撃による刳り抜き!!
機会が機会ならそういうコジャレた内装の一環と受け取ってもらえそうなぐらい、綺麗に正三角形に抜かれた壁。
それはフィオナが白刀で作り出した安地への隘路であった。
信じがたいことに、彼女はこの工程に一切魔法を使っていない。
ただの人間でありながら、かつては魔族の王さえも切り伏せた神域の剣技である。

(親父との家庭内暴力合戦でもぶち抜けなかった壁だぜ――!?)

そりゃもちろん、壁に向かって本気で遺才発動したことはないからなんとも言えないが。
彼の父たる先代剣鬼の手ほどきを受けて、フィオナの剣はさらに鋭さを増していた。
そして、遊撃課が任務の度に大量の損害補填請求書を持って帰ってくる理由も理解した。

>「レクストさん!こっちです!!」
「よしきた!時間を作る――走れお前ら!!」

105 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/10/21(月) 01:55:35.52 0
リフレクティアは轟剣の速度を上げた。
さきほどまで結構な頻度で発生していた撃ち漏らしがなくなり、店内に安全が確保される。
あとはフィオナの作った穴へと人間難民の子供たちを先行させるだけだが――

「まずいぞ、年少組がパニクっている!無論のこと俺は大丈夫だがな!」

ヴァンディットが余計な情報付きの支援要請を振ってきた。
よほど求心力のない暫定リーダーらしく、まったく仲間たちを統率できていない。
子供たちの中でもとくに年若い数人が、突然の砲声と崩壊に驚き、泣き出し、へたり込んでしまっている。
肝心の真の統率者たる議長はというと、こちらもマテリアの腕の中で震えていた。

議長の震えは年少者のそれとは違う。
自身の生命が危機にされされているというショックよりも――仲間を鉄火場に巻き込んでしまった自責の念だ。
見かねたリフレクティアは、足元でうずくまっているマクガバンの尻を蹴った。

「出番だぜ後方支援!『虚栄』――やれるな?」

パニックになっている子供たちの対処をマクガバンに任せたは良いが、リフレクティアもそろそろ限界が近づいてきた。
もともと轟剣は一瞬のうちに大量の斬撃を叩き込む剣術だ。畢竟、持久戦には向いていない。
防性結界でも使えれば話は別だったかもしれないが、ルグスの神殿騎士でも耐えきれるかは怪しいところだ。
そして、ジリ貧になっていく戦況を、打破する一手が放たれた。

>「――聞こえました!リフレクティアさんの真正面!角度は五十!
> その先にゴーレムの火砲だけが滞空して、砲撃してきています!」

マテリアの音響解析が完了したのだ。
視界の遮られた、あるいは周囲を確認する余裕のない戦況において彼女の分析力は遊撃課の至宝。
もうちょっと具体的に言うと、制圧射撃を受けている時に隣に居て欲しい人材ナンバーワンだ。
そして意外や意外。遊撃課におけるナンバーツーは――

「ぶちかませ、アルフート!」

『抜山』の体現者、ファミア・アルフートである。
彼女は自分が生き残る為ならばあらゆる手を尽くし、無理も道理も叩き潰して実現させる天才だ。
畢竟、彼女の傍にいればとりあえず命は助かる、という評価をボルトが苦々しげにしていたのを覚えている。
ファミアがぶん投げたのは酒場のバーカウンター。そのもぎ取った天板である。
ついさっきべりべりと不吉な音が聞こえてきたのはこれだったのかと妙に納得。
あとから発生するであろうそのあたりの修理代を思って軽く卒倒しそうになっている間に、
崩落してきた天井を巻き込み空へとかち上げられた天板は、瓦礫と共に上空の砲手を逆襲した。

「見えたぞ――ゴーレムの腕だけだ!」

ファミアによってぶち抜かれた天井から夜空が見える。
回転しながら飛翔する天板が向かう先には、宙を浮遊する二つの物体があった。
そして、豪雨のように打ち込まれる砲撃はその二つから発生している。
巨大な二本の腕。乙種ゴーレムの腕だ。
円盤のように揚力を得て舞い上がった天板が、その腕二つにまとめて激突した。

「――――!!」

夜空を爆轟が染め上げる。
宵の口に入ったヴァフティアの蒼穹に、鮮烈な光の花が咲いた。

 * * * * * * 

106 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/10/21(月) 01:56:12.98 0
完全に想定外の事態だった。
クランク9――ゴーレム義手の男――にとって、まったく予想していなかった反撃だ。
上空からの一方的な砲撃。敵、遊撃課の課員達が効果的な対空手段を持っていないことは事前の調査で明らかだった。
ヴィッセン、マクガバンは非戦闘系。アルフートは極めて純粋な近接戦闘系。リフレクティアもいけて中距離までだ。
アイレルの使う聖術には遠距離攻撃が可能なものもあるにはあったが、いまこの時間帯――夜半には使用できないはずだ。
リフレクティアやマテリアは携行型の魔導砲も装備しているはずだが、対人兵装に墜とされるような装甲ではない。
しかし、

「まさか――天板を飛翔させて衝突させるとは――」

かつてクランク6――水龍戦艦クラーケンの艦長たる彼と対峙した際も、アルフートは奇天烈奇抜な策で危機を脱したと言う。
その可能性を念頭に置いていなかったわけではない。あの状況で天板投げを敢行できるアルフートの神経がどうかしている。
事実として、空に浮かせていた二つの腕は二つ揃って爆散していた。
もともと宙に浮かせるために限界まで肉抜きをし、装甲を削っていた兵装だ。
使い捨てゆえの過熱を厭わぬ長時間砲撃によって、砲そのものの耐久度も落ちていた。
それでも、予定していた半分の時間しか砲撃を加えることができなかった。

ふと、自分の両腕を見る。
『先ほどまで根本から失われていた』両腕。そこに収まっているのは、銀を基調にした一対の手甲。
彼の持つ遺貌骸装『迷える聖骸』である。
己の四肢や身体の一部を失う代わりに、形を模したものであれば失った肉体の機能を再現できる。
例えば腕を失う場合、腕の形をしているなら義手でも――ゴーレムの腕でも、『自分の腕』として扱えるのだ。
彼はゴーレムの腕部パーツに『迷える聖骸』を発動。腕の『高いところのものをとる』機能を再現して宙に浮かせた。

「まあ良いでしょう――使い終わった腕を破棄する手間を省けたと思って――」

>「対地砲撃の……お返しです――!!」

瞬間、路地全体がびりっと震えた気がした。
否、それは気のせいでは終わらず、クランク9の両耳へと確かな物理的衝撃となって打ち込まれた。
マテリア=ヴィッセンの音響砲――自在操作された大声である。
ボボン!と軽快な音を立ててクランク9の両耳から火が上がった。

107 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/10/21(月) 01:57:47.86 0
「ハウリングに耐え切れませんでしたか――やれやれ――また無駄にしてしまった――」

人間ならこれほどの勢いで鼓膜を震わされれば失神を免れない一撃。
しかしクランク9はそれを受けてなお平然としていた。
もくもくと煙を上げる両耳を、両手で同時に掴み、引っ張る。
次の瞬間、あっけないほど簡単に、クランク9の両耳が頭からスッポ抜けた。
正確には耳ではなく――耳を模した金属の板だった。義耳である。

「これは驚いた――この距離からこちらの位置を特定してくるとは――。
 ですが――それはなんの意味も持ちません――」

何故なら。
クランク9の本質たるところは、身体の機能を分離して離れ離れの場所に置いておくことである。
言うまでもなく――彼の眼は義眼だ。耳も、鼻も、舌さえも刳り、切り取り、人工物に換装してある。
そうして自分の五体から『分離』した各種の感覚器は、故に敵地に違和感なく忍ばせておくのに最適だ。

クランク9の『眼』が、リフレクティア青果店の瓦礫の中から、遊撃課の動向を見ていた。
クランク9の『耳』が、崩壊を生き残った壁に張り付いて店内の様子を伺っていた。
クランク9の『口』が、マテリアの腰に帯びた『遠き福音』の装飾として掘られていた聖者の口から言葉を発した。

『遺貌骸装――"迷える聖骸"』

起動呪文。
撃墜されたゴーレム腕の中から、赤く輝くもう一本の義手が矢の如く飛び出した。
射出された人間サイズの細腕は、腕の『遠くのものを掴む』機能を再現。
一直線にマテリアのもとへ奔ったかと思うと、彼女が背後に庇った議長の襟首を掴んだ。
同時、『掴んだものを引き寄せる』機能を再現し、瞬く間の速度で議長ごと半壊の店内を後にする。

「あっ――!?」

議長は助けを求める悲鳴を挙げかけて、マテリア、フィオナ、ファミアを見て、口を噤んだ。
そのまま腕に引き寄せられるに任せるままに、宙を振り回されて夜空へと消えていく。


【空中砲台を撃破!】
【クランク9:遺貌骸装『迷える聖骸』で議長の身柄を奪取。拉致開始】
【重要なポイント:議長の持ち込んだ遺貌骸装を、暫定敵勢力も使用していること】
【重要なポイントその2:元老院には大陸間弾道呪術があるので議長の身柄を拉致る必要はない】

108 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2013/10/22(火) 18:33:05.22 0
セフィリアは先ほどの猫への仕打ちを少し後悔していた
なぜならば、武人としてあの程度の小汚い猫を抱きとめる度量があって普通
弱きものを受け止める度量が貴族に必要
弱者を切って捨てる行為は恥ずべきことだとセフィリアは痛烈に反省していた
セフィリアは気高き精神を持ったノラ猫であることを期待し、願わくば許してくれることを祈った

しかし、こんなところに住んでる野良猫に対する対応としては間違ってはいないはずだ
年頃の女の子の対応としては多少過激と言わざるをえないが……

セフィリアと猫の話は明らかな脱線となるのでこのへんにしておこう

結論だけ述べるならこの対応は悪くはなかった

>「いや……その猫が俺の手に入れた情報源なんだけどな。
 正確にはその猫に憑依(?)してるカーターっていう、多分オッサンが……スイ。その猫を拘束って出来るか?」

歯切れの悪い、というか若干困惑した声が耳に入り、フィンに話しかけたことを思い出した
フィンがスイに突き飛ばした野良猫の拘束を依頼していた
触りたくないほど汚いのかな? とあさっての方向に思考を飛ばしながら黙ってことの推移を見守った
猫に対してオッサンといったのはフィン流の冗談か、などとまたくだらないことも頭の片隅にあった

>「ひょっとして、元老院の奴らってのは……どうしようもなく馬鹿なのか?」

計画の壮大さ、動員している人材のレベルからこういう言葉が出てきてもしょうがない
内心でセフィリアは大きくうなずいた

3日前のセフィリアならこのフィンの発言を厳しく咎めたであろうが、いまはそんな気持ちはわかなかった
怒りが忠誠心を上回るよくない状態ではあるが、問題は無いはずである
セフィリアの怒りを共有する仲間が共にあり、それをうまく抑えることができるからである

そんな話はどうでもよかった、俺の仲間を傷つけて……という人を悪くいうつもりはない

――

いい気持ちに浸っていたところに聞きなれない男の声が続いた

>「無理もないさ。黎明計画……その草案を遺したのは、元老院の一席『ヨハン=ヴィエル卿』。
 絶大なカリスマを誇った彼が、アヴェンジャーに殺害されるまえに書き遺した構想書が発端だ。
 そのヴィエル卿が遁鬼によって暗殺され、非業の死であるがゆえに元老達の中でも神格化されてしまった。
 若くして死んだ天才の遺志を継ぐって大義が、元老院からブレーキを奪い取ったってわけだな」

「ね、猫が喋った!!」

この世界、くまなく探せばしゃべる猫ぐらいならどこかにいるかもしれない
残念ながら、セフィリアは聞いたこともなかった……
ごく当然の驚きである。重要な情報を頭への書き込みを妨害するには十分だった
ここでおっさんが憑依しているという事実を思い出し、訝しげながらも納得せざるえない
正直な感想では、変わった遺才だなというのがそうだ

109 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2013/10/22(火) 18:33:42.82 0
フィンが自分の話を始めた
空中にぶら下がる猫が否応なく目に入り、若干の愛らしさを感じるが
中身が中年男性だと認識してしまった以上、ひどく不細工に見えるのは
セフィリアにもうら若き乙女な部分があるからだろうか?

フィンの情報を聴き終え、セフィリアはぽつりと一言呟いた

「……クローディアさん?」

まずはじめにでたのがそれだった
セフィリアにしてみれば、もはや知らぬ仲というわけでもない相手
あえてフィンとスイは口にしなかったとも思える
それを代わりに口に出したとも言えた

しかし、それ以上のこととなると言葉が詰まった
課長を救った人物の目星はついた
これは大いなる僥倖だ、だがその次のリアクションとなると難しいものがあった
それと気になるのはヴァフティアの動向だがこれはさすがに距離の問題もある
だが、これはさほど問題ではなかった

「アイレル女史に任せれば問題は無いと思います……」

視線を猫に移した

「さて、この中年男性が移った猫をどうしましょうか?
これ以上、必要そうな情報があるとは思えません
私達がクランクとかいうのを潰すために動くなら話は別ですが、そうではありません

私達の敵は元老院であり、遊撃2課です
クランクは障害であって敵ではありませんから、襲ってくるなら向かえればいいだけの相手……
各人の遺才を教えてくださるなら利用価値もありますが、優先すべきこと柄でもないでしょう」

なのでスパっと殺しましょう!
と提案したかったがこの外見では抵抗が無いといえば嘘になる
それでも、情報を与えてしまった以上、殺す以外の選択肢はない
他のものに同意は求めなかった
止まられることは明らかだったからだ……

相手に情報を与えるということは与えても問題がないという状況である

「……仕方ありま……ッ!」

言葉はそこで詰まった
なぜなら異様ならざる雰囲気が漂ってきたからだ
明らかな殺気を感じたからだ
剣を抜くこうとした手を握り直す

戦闘状態の握りだ

110 :セフィリア ◆0lAphgL/oYvT :2013/10/22(火) 18:34:14.15 0
なにかを引きずるような音が聞こえる

>「クランク7……!」

最悪のタイミングだった
あまりにも扇情的な姿をした女性、セフィリアが同じ格好をしても喜ばれることは無いだろう
一部そういった趣向のものがいることは否定しないが……
エロティシズムにあふれた格好は人体の美しさを感じさせるには十分だ

だが、それを楽しんでいる余裕、感じる感性を働かせることは出来なかった
膨大な魔力が溢れでて、彼女を彩っているが、セフィリアの目には地獄の瘴気のように感じられた

美しき悪魔と形容……実際、それに近い存在が目の前に現れた
彼女の背筋を冷たい汗が流れた
連戦、先ほどの大技の疲労は頭の中からは吹き飛んだ

ドサリと小麦が詰まった麻袋が落ちたような音
それが麻袋ではなく人間、ランゲンフェルトと気づくまでに少しばかりの時間が必要だった

「この人は……」

過去に戦った強い人、彼女の中でそう認識されていたランゲンフェルトが完敗している
おそらくは手も足も出なかったことは彼女の格好を見ればわかる

「……ッ!」

言葉は出なかった
ランゲンフェルトを凝視している間にもクランク7はゴーレムがしゃべっているかのように話す

>「……奇襲をやめにしたことだし、名乗っておくことにするわ。私は『クランク7』。そこの猫の同僚。あとは秘密――」

>「さようなら」

「……なッ!」

野良猫が急激に膨れ上がる
溢れ出る魔力からもうすぐ、暴発することは明らかだ
考えるより先に体が動いた!

爆発する猫、地面を転がるセフィリア
かけていたメガネが200年砂漠に放置したかのように朽ちた

「これがこの人の遺才ですか……」

爆発の被害はメガネだけではなかった
いたるところが朽ちていった

「私の髪が少し傷んでしまいました……
これは制裁ですね……」

セフィリアの精一杯の強がりだ
フウと戦った時の憎悪に満ちた精神状態であれば迷わず突撃していただろう
そうしなかったのは幸いか不幸かはいまはわからない

【相手の強さを警戒、様子見】

111 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2013/10/24(木) 22:30:04.11 P
>「……いえ、私はありますよ。会った事。そっちが覚えているかは知りませんけど」

知らぬ顔ばかりと思いきや、聞き覚えのある声が耳に届いた。
視線を向けたその先で、目に入ったのは随分前に目にした顔。
以前の任務での相棒、マテリア・ヴィッセンの姿がそこにあった。
驚きに瞠られたキリアの眼が気まずそうに逸れ、後ろめたさに視線が泳ぐ。
何故って、昔やらかしていた時期の知り合いだったからである。

出来れば会いたくなかった相手であることもあり、自然、落ち着く場所も離れたところになった。
が、しかし、それで話が済む筈もなかった。

>「優秀ですよ、彼は。
> 人を欺く為の鋭い知性、静かな豪胆さ、容赦のなさ……そして才能を兼ね備えています。
> それを味方にまで向けてしまうのが、玉に瑕でしたがね。……左遷もそれが原因ですか?」

「えっ」

向こう側から聞こえてきた言葉にキリアは愕然とした表情で振り向いた。
見様によっては何故それを知っているのか、と言う様な顔にも見えたかも知れない。ただし、結構な無理をすればの話だ。
が、大多数の人間には何言ってんだこいつ、
もしくは、それは誰の事ですか?俺の知ってる人?と言う内心が読み取れただろう。

マテリアとキリアが行動を共にしていたのは、数年ほど前の事である。
キリアの異才である『虚栄』は行き当たりばったりで使用してもそれなりの効果が見込める能力が、
真価を発揮するためにはやはり入念な下調べが必要となるのだった。

仮に、であるが、とある店で働くコックたちの中に料理に関しては門外漢である店のオーナーがやってきて、
「あれとかそれのレシピとか調味料の仕入先とか全部教えろ」などと突然に言い出したら、それはとても不自然ではないだろうか。
オーナーだったら下の人間に調べさせて、報告させればいいだけの事だ。
いちいち現場に乗り込んで聞き出そうとする必要は一切ない。どんなに偉かろうが、そんな行動を取れば怪しまれる事は確実だ。

そんな自身の危うさを、キリアは理解していなかった。マテリアと組んで任務に付いた当初までは。
それまでにヌルい任務ばかりをこなしてきた事も相まって調子に乗っていたところでの、難度の高い任務。
ヤバい、バレる、と思った回数数知れず。
それでも『虚栄』の制御のために取り乱す事は出来ず、
冷静に振る舞うその裏で背中を冷や汗と脂汗でぐしょぐしょに濡らしながら任務を行い――
マテリアの遺才におんぶにだっこになりつつも、どうにかキリアは目的を達することができたのだった。

鋭い知性と静かな豪胆さなんてものは唯の虚像でしかない。
高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することを基本戦略としていた、つまり遺才に頼った行き当たりばったりで
任務に臨んでいたキリアは、事前の情報収集の重要さを彼女との同行任務に措いて学んだと言っても過言ではなかった。

が、しかし、その時のキリアが目指していたのは出世街道、エリートコース。
組んだ相手であろうとも、弱みなど見せられる物ではなかった。
結果、重要な仕事をこなしてくれている相手だと言うのに、労い、扱いはおざなりに。
コンビが解消される時にも、視線を投げかけただけで終わりと言うアレな対応になった訳で――、
詰まるところが、実は今の状態が素なんです、なんて言っても一切信じて貰えなさそうな、
そんな振る舞いをキリアはマテリアに向けていた。
嫌われて当然であった。

が、味方にまでとか謂れのない言いがかりなのだがなんだそりゃ。
それは違う、と口を開きかけたキリアであったが、そこで心当たりを思い付いたらしく、あ、と間抜けな声を漏らした。

その心当たりとは、己が遊撃課に配属された切っ掛けとなった男である、ボーラ・デラーナだった。
何処に飛ばされたかはキリアも知らないが、アレがあることないこと吹聴して回っていたとしたならば、
遠方に居たキリアの知らぬ間に悪評を撒くことも容易いだろう。

112 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2013/10/24(木) 22:32:11.71 P
>「……あなたの遺才は、機密と陰謀の天敵ですからね。
> 真っ先に狙われると踏んで、安全な所に隔離したかったのかもしれません」

「あ、いや。俺は左遷直後から遠くに飛ばされてたんで、便利に使われてただけなんじゃないかなーと。
 つか状況整ってなけりゃ俺が浚えるのは浅い部分だけですし、そんな言うほど大層なモンでもねーですよ、いやマジに」

と、そんな思考を中断させたのは再び向けられたマテリアの言葉であった。
とげとげしい雰囲気に身を縮め、へこへこと頭を下げる姿は昔のキリアからは想像できないはずである。
その節は大変お世話になりまして、と今だから言える――と言っても如何考えても遅すぎる――礼の言葉を向けて、
後はとりあえず、流しておくことにした。
や、視線とか痛いし。マジ痛いし。正直向き合いたくないし。

>「……まあまあ、マテリアさんもその辺りで。これからお互いの命を預けあわなければないませんからね。
> キリアさんも、遠路はるばる駆けつけて頂きありがとうございます。
> お疲れでしょうから、まずはぐいーっと、英気を養ってください」

そこに出された助け舟に、飛びつかないと言う選択はない。

「あ、はは。こりゃどうも。んじゃお言葉に甘えて頂きますわ」

これ幸いと頂いた飲み物に口を付け、喉を潤していると、次いで問いが投げかけられる。

>「あのう、マクガバン三尉。三尉が受け取った手紙の投函日や差出人についてなのですが……」

途端にキリアは渋い顔になった。

先の事情を聞いた限りでは、誘き寄せられたのではないかと疑わずにはいられない状況であるし、
極秘の任務なんぞに付いていた訳でもないキリアの所在は、遊撃課を漁れば容易く探れる。
ファミアが憂慮する通り、キリアの下へと送られてきた指令書が本物である保証はどこにもない。

こういうのもなんだが、単独行動時に襲撃などのトラブルが発生した際の一時凌ぎに、
相手の認識を改竄して追い返したり、身元や足取りを容易く誤魔化せるキリアの異才は高い効果を発揮する。
だが、それは飽くまでも“単独行動を取っているならば”、と言う但し書きの上でだ。
複数人の足取りを隠匿する事に関しては、『虚栄』の異才は便利でこそあれ、十分に効果を発揮する事は出来ない。

黎明計画の素体は多い方が良い。
そう思ったのなら味方と合流させ、逃亡し難くするくらいの事はしてもおかしくないのではないだろうか。
その程度は、大した手間でもないのだから。

あるいは――、と悠長に思考をしていられたのは、そこまで。

113 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2013/10/24(木) 22:34:10.21 P
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任務に措いて追い詰められた事は何度かあれど、キリアは物理的な死を強く思わせるような光景にはほぼ無縁であった。
それを間近で見せられた事で思考回路は一時的な麻痺状態に陥ってしまっていたのだが、幸いそれも長くは続かなかった。

顔見知りが冷静に状況を把握して叫びを上げたかと思えば、引っぺがされたカウンターが落ちてくる天井を粉砕し、
更には麗しき美人さんが壁を切り裂き、退路を作り上げてみせると言う衝撃の光景。
それらは現実逃避しかけていたキリアの意識を現実に引き戻すには十分すぎた。

まあ、立ち直ったことを知らせるよりも早く尻を蹴っ飛ばされたのであまり意味はなかったのだけど。

>「出番だぜ後方支援!『虚栄』――やれるな?」

「……アイアイサー。おーっし、ケツ捲るぞガキども!」

蹴らなくってもそれくらい分かってますよ、と言う時間も惜しい。
床を手で掻くようにして無様ながらも立ち上がるとキリアは子供たちに向けて声を掛けた。

避難を出来るだけ速やかに為すために、リフレクティアに言われたとおり、
子供たちに向けて遺才を発動させ、作り上げられた出口の脇へと自身の居場所を移すと、避難を促していく。
振る舞いを作る必要はない。子供たちの上に立つのはガキ大将だと相場が決まっている。
素のままの自分として声を上げ、辿り着いた出口の横で子供の誘導を始めたのだが、一つ。懸念があった
逃げ出したその先で敵に出くわす可能性だ。

>『遺貌骸装――"迷える聖骸"』

だから出来れば護衛役が欲しい。
そう口に出そうとした瞬間の事である。小さな悲鳴と、聞き覚えのない男の声が耳に届いたのは。
反射的に振り向いたキリアの目に映ったのは、赤い輝きに抱き抱えられ、攫われていく少女の姿。

「……はぁ!?」

何故に!?
先程耳にした中で、元老院は超長距離から議長に呪術をかけられると言う話はキリアも耳にしていた。
だからこそ、わざわざ力尽くであの少女を攫って行く理由が、さっぱり理解できなかった。
議長を回収したいのならば、戦力を差し向ける必要などない。
ニード・トゥ・ノウを順守させた使者の一人でも寄越して、
戻らないと言うのなら真夜中に同じ事をしてやると言った具合に脅しでもすれば済むはずだ。
実際に行われた場合の周囲の被害を考えれば、恐らく彼女は抗えまい。

その上で、強引にでも彼女を連れ去る理由は何か。
一刻でも早く彼女を回収しなければならないような事態にでも陥ったか、元老院とは目的を異にする勢力が蠢いているのか、
あるいは彼女を拉致する事でこちらの分断を狙っている可能性も――と、そこまで考えて、キリアは首を横に振った。

……いや、待て。そこじゃない、今最も重要なのはそこじゃあない。
こちらにとっての重要人物、議長の身柄を取り返すこと、後は子供たちの避難誘導のことを考えるべきだ。

では、その為に自分が出来る事は何か? 索敵はヴィッセン、戦闘はその他の三人に任せておけば良い。
自分が敵を追うような真似は出来ない。足手纏いになるだけだ。であるなら、やはり避難誘導に集中するべきか。
だが、その前に何か、なにか…。

子供達を誘導しながら、キリアは思考を巡らせる。
その中で気になったのは、先程目にした赤い腕の事であった。

114 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2013/10/24(木) 22:36:20.65 P
ゴーレムの腕を操っていたことからして、恐らく敵の能力は物体の操作を行う能力である。
そして、マテリアの隙を付いて議長を奪っていった、あの赤い腕の動き。
あれほど精密で素早い行動は、何らかの方法で店内の様子を伺っていなければ出来ない筈だ。
では、どうやってこちらを伺っているのか。
この入り組んだ路地裏で、崩壊する店内の様子をつぶさに観察できるような場所に敵がいるのなら
敵の位置を特定したらしいマテリアの指示を受け、リフレクティアかファミアが其処に突っ込んでいるだろう。

観測手がいる? ノーのはずだ。
ただ単に伝えられただけの位置情報では、ああも見事な挙動は取れない。
そう行った方面に特化している遺才の持ち主が相方である可能性はあるが……、
それでも情報を直に脳に映し出すなりしなければ無理だろう。
と言うか、そんな奴が居るならそれこそもっと精密な攻撃を仕掛けるのではなかろうか。

聞こえた声からして、敵が使っているのは遺貌骸装。
そして先の会話で、遺貌骸装と遺才を同時に扱うことは出来ないと言う情報を自分は手に入れている。
であるならば、此方を伺う手段は、先の声が告げた遺貌骸装による物であると考えるべきである。
相手が操作していたのはゴーレムの腕、そして小型の赤い腕。
共通点は、腕である事。腕を操作すると同時に、それ自体に感覚を付与している?
ノーだ。マテリアの後ろに庇われていた議長を探そうとしているような素振りは一切なかった。

それに、あの声は? 透明化の遺貌骸装で接近していたということはないだろう。
タイミングからして、腕を操作していたのと同じ物であるのは先ず間違いない。
ならば、あの腕と同じように此方に何かを寄越した?
喋る何か、此方を観察できるもの、腕。連想できるものはなんだ。言葉を紡ぐのは――口?
議長の位置を確認するには視覚が必要。
身体の一部分、迷える骸。骸の意味は、死体、そして体そのもの。

キリアの脳裏に、一筋の光明が走り抜けた。

――“体”として働く物をこっちに飛ばしているのか? いや、目だけとは限らない。ヴィッセンのアレは音による砲撃だ。
あのえげつないのを叩きこまれた筈なのに、赤い腕の挙動には何の澱みも生じていなかった。
そして、“迷える”“体”! 恐らくは、体の機能を何かに移すか、それとして使っているものを操作するのが"迷える聖骸"の力。
それを利用し、奴さんがこちらを伺っている可能性は十分にある。その内訳は視覚、聴覚辺りが最有力!

そう思考を纏めた後のキリアの行動は素早かった。
議長が狙いであるのなら、既に向こうの仕事は済んだはず。
相手が“耳”を差し向けていたとしても、近々それは引き戻されてしまうだろう。
その前に『虚栄』の効果をぶつけてやらねばならない。

名も顔も、その素性も知らない相手だが、先ず間違いなく上役は存在するはずだ。
ならば間に合いさえすれば己の遺才は通じる。とは言え、状況が状況だ。
己の声が聞こえたとしても効果は落ちるだろうが――相手の行動に遅滞が生じてくれさえすれば良い。

「――作戦中止! 作戦中止だ! ターゲットの身柄を放棄して撤退しろッ! 命令だ!」

己に出来る最大限の援護行動としてキリアは『虚栄』の力を相手に及ぼすための声を張り上げた。、

「多分、体の機能を何かに移し替えて使ってきてます。合ってたら、――と言うか、向こうさんが聴覚をこっちに寄越してたら
 今のでちょっとは動きが乱れる筈です。んじゃ、後は宜しくお願いしますわ」

流石に、この状態で前衛が一人欲しいと言う言葉は口に出せない。
出口の近くにいるフィオナに向けて自身の推察と、間違ってても怒らないでくださいね、と言う言葉を残すと
キリアはリフレクティア青果店から抜け出し、いきなり全力で遺才を振るったためか、
僅かに体をふらつかせながらも子供たちの背を追った。

【誘導中に ふかく かんがえる。議長が攫われる瞬間の義肢の精密操作を目の当たりにし、
 襲撃者が身体の機能を何かに移すか、或いは複製して何かに宿す能力持ちである可能性に思い至る】
【子供の誘導を終え、自身の撤退前に『虚栄』発動。ただし、効力は低下気味】

115 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/10/31(木) 03:02:31.98 0
出来る事はした。だから後は必ず、彼女達が何とかしてくれる。
改めて結ばれた信頼と――その裏に未だ残る劣等感が、結果的にマテリアに適切な仕事をさせた。
彼女の遺才は元々、敵勢力の位置や装備、能力などが不明な状況――戦場において高い有用性を発揮する。
接敵の前に相手の情報を掴み、それ対して最適な部隊を当てる。
対応が不可能であっても、回避する事で相手の目論見を空振りさせる。

敵の強みを躱し、味方の強みを活かす――友軍がいてこその遺才だ。
マテリアが求めるような個人単位の対応力とは、残念だが対極の位置にある。
無論、マテリアもそんな事は分かっている。
分かった上で、それでも個人の力は必要なのだ。

>「ぶちかませ、アルフート!」

が、今はそんな事に懊悩している場合ではない。
大規模改築された天井の向こうに爆炎が見えた。
ゴーレムの火砲――滞空していた両腕が、ファミアの投擲した天板に破壊されたのだ。
鉄弾の雨がやんだ。出口は既に、文字通り切り開かれている。
リフレクティア青果店は既に原型を留めておらず、今すぐにでも崩れそうだ。
気持ちが逸る。だがまずは子供達を振り返る――キリアは与えられた仕事を確かにこなしたようだ。

茫然とする議長の手を引き脱出――直後に背後で響く崩落音。
思わず深く安堵の溜息が零れた。

「……さっきのゴーレムの腕。操縦者には爆音を降らせてやりました。
 さっさと叩いてしまいましょう。位置はあちらの路地――」

ゴーレムの両腕をこの街に持ち込める程の根回し、準備の周到さ。
間違いなく脅威だ。『仕込み』があれで終わりとも思えない。
素早く制圧すべきだと判断して、先ほど声の聞こえた方角を指で差し――

>『遺貌骸装――"迷える聖骸"』

不意に自分の腰元から声が聞こえた。
反射的に視線をそちらへ向けてしまった――音に敏感なマテリアだからこその反応。
その隙を突いて、彼女の死角から『腕』が一本、鋭い動きで飛来した。

>「あっ――!?」

風を切る音に反応して振り返るが、遅い。
赤い腕は議長の襟元を掴み、更に加速――咄嗟に腕を伸ばすが、届かない。
いや、もし議長が、彼女の方からも手を差し出してくれていたなら――頭を振る。
今考えるべきは、そんな事ではない。
大陸弾道呪術を有する元老院が、直接議長に手を出す必要はないだとか、そんな事でもない。

議長を取り返さなくては。彼女とこの子達の間にある絆を切らせてはならない。
マテリアの思考はその一点に収斂されていた。
どうすればいい――必死に思考を巡らせる。

あの腕の機動力は自分では到底追いつけない。
飛行能力がある事を考えるとファミア達でも難しいかもしれない。
なら追いかけて、回収地点に到達した所を叩けば――だが操縦者の元へ運ばれるとは限らない。
何処かでゴーレムや箒にでも中継されれば追跡は不可能になってしまう。

>「――作戦中止! 作戦中止だ! ターゲットの身柄を放棄して撤退しろッ! 命令だ!」

突然、キリアが叫んだ。
視線だけで彼を見遣り、意図を伺う。

116 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/10/31(木) 03:03:06.79 P
>「多分、体の機能を何かに移し替えて使ってきてます。合ってたら、――と言うか、向こうさんが聴覚をこっちに寄越してたら
  今のでちょっとは動きが乱れる筈です。んじゃ、後は宜しくお願いしますわ」

キリアの考察――過信は出来ないが、無視も出来ない。重要な判断材料の一つだ。
そしてもう一つの判断材料は――腰に差した『遠き福音』。

例えば拠点から撤退する際に隠匿式の爆破術式を仕込むなら、何処に設置すべきだろうか。
候補は幾つもある。例えば厨房、寝所、手洗い場など。
とにかく相手にとって欠かせない場所、物に仕掛ける事がポイントだ。

そして相手はその『仕込み』の対象として、遠き福音を選んだ。
これが決して放棄されない物だと分かっていたからだ。
つまり遠き福音の音色と、それが持つ効果を知っている可能性が高い。

(だったら……打つ手はこれしかない!)

再優先目的は議長の奪取。可能ならば友軍の援護。
二つの判断材料から考えられる可能性は四つ。

一、キリアの予想は正しく、敵は遠き福音の効果も知っている。
二、キリアの予測は正しかったが、敵は遠き福音の効果を知らない。
三、キリアの予想は間違っていたが、敵は遠き福音の効果を知っている。
四、キリアの予想は間違っており、敵は遠き福音の効果も知らない。

この全てに対応可能な選択肢を、マテリアは持っている。
口元に右手を当てる。深く息を吸い込み、そして音を発した。
『遠き福音』の音色だ。

福音の発動の仕方には二つのパターンがある。
一つは十字刃が発する音による発動――あらゆるものを対象とした呪物としての力。
もう一つは酷似した音を聞いた者が福音を使われたと思い込む事で発動する、原始的な呪いの力。

もし敵が遠き福音の効果を知っているなら、後者の発動が期待出来る。
その場合、福音は自在音声によって作られたもの。
つまり――本来はあり得ない音の流れが生み出せる。

福音は全方位から、押し寄せるように奏でた。
もし相手が福音の音色を知っているのなら、移動はもう叶わない。
キリアの予想が正しかったのなら――『仕込み』を動かす事も困難だろう。

そして、キリアとマテリア両方の予想が外れていた時の為に、福音はもう一つ奏でてある。
彼方から此方へと聞こえる福音を、議長に向けて。

(あの子は当然、福音の効果を知っている……。そして、私の遺才の説明も、まだしていない。
 思い込ませる為の条件は、彼女もまた満たしている筈……)

福音の効果は単なる動作の停止だけでなく、慣性の相殺にまで及ぶ。
キリアの『虚栄』も議長の放棄を命じている。
それらに力が働いてくれれば――マテリアには魔導短砲がある。
議長を掴む腕を撃墜出来る公算は高い。
それに議長自身が自力で拘束を解く事だって出来るかもしれない。

「行って下さい。あの子は私が。……移動は封じたつもりですが、動きがあればすぐに伝えます」

魔導軽鎧に刻まれた『噴射』の術式を用い、隣の建物の屋上へ。
魔導短砲を抜き、マテリアは夜空を――まだそこに議長がいる事を祈り、見上げる。

117 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/10/31(木) 03:03:41.34 0
 


また――マテリアは並行してもう一つ、行動を取っていた。
空いた左手で『遠き福音』の口元を撫でる。
無数に枝分かれした魔力の糸を貼り付けていた。

(この『遠き福音』は……決して放棄する事は出来ない。
 だからこそ、相手もこれを仕込みの対象に選んだ……。
 ですが今度は……こちらがそれを利用する番です)

相手の持つ遺貌骸装『迷える聖骸』は、呪文を唱える事で効果が発動される。
キリアの考察が正しいと仮定すれば――
呪文が必要になるのは恐らく『同種類の部位の操作対象を切り替える場合』だ。
福音の口は、呪文を唱えた。つまり既に発動状態にあったと言う事だ。
だが腕は違う。一度撃墜され、機能停止し、故に別の腕に切り替える必要があった。

(また同じ状況が訪れる可能性は十分にある……。
 操作対象を切り替える必要が生じ、その起点にこの福音の口を用いる状況が……)

魔力の糸は、その時の為だ。
マテリアは遺才によって、自分の魔力に音を吸収、伝播、増幅する機能を与えられる。

(次にこの口から音を発しても……それは決して言葉にはならない。
 この糸が吸収して散り散りにばら撒いてしまうから。
 そうすればきっと、相手の行動はワンテンポ遅れる。あの二人を相手にそれは……十分致命的になる筈)

【最優先目的は議長の保護
 思い込ませる方の福音で行動制限&議長にブレーキ狙い
 遠き福音の口に、次の起動呪文を打ち消す仕込みを】

118 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2013/11/02(土) 23:44:17.96 0
いっそ基礎の打ちなおしを考えてもいいほど開放感あふれる佇まいとなったリフレクティア青果店。
オープンすぎるテラスへと変貌を遂げたその屋根の向こうには、大輪の炎。

「ぎゃあー!」
直後、ファミアの顔面を縦に直撃する厚板。
砲の爆散に際して、投げ飛ばした天板が破断されて吹き飛んできたものです。

「うう、視界が……」
痛みに思わず横を向いて鼻を押さえました。
常人であれば陥没した鼻骨が脳に食い込みかねないレベルの衝撃でしたが、
ファミアなら涙目で済んでしまいます。
――しかしその涙のゆえに、一手、遅れが出ました。

>『遺貌骸装――"迷える聖骸"』
>「あっ――!?」
>「……はぁ!?」
立て続けに聞こえた声。

目を拭って顔を向けると、視界から外れていた議長の姿が高速で眼前を横切って行きました。
マテリアが伸ばした手はかすりもせずに空を切り議長との距離は開くばかり。
同じく咄嗟に伸ばしたファミアの手はそれよりもなお遠く、残り香すら手の内に入らないほど。

しかし離れたのであれば接近すればいいだけのこと。
ファミアは即座に跳躍しました。
「ぎゃあー!」
そして残っていた間柱に顔面から突っ込みました。

だいたい体ごと手を伸ばしきった状態からさらに跳ぼうというのが無理な話です。
しかし常人であればただ無理なだけで済んでしまうところ、
遺才が発動しているファミアなら行動に移せてしまうのでした。
結果、エネルギーは目標を外れた方向へ。

さて失敗しました、では終われません。ならば次の行動は。
「もう一度っ……!」
撃ち落とすのみ、と考え今へし折ったばかりの柱を掴んだファミアの手がはたと止まりました。

(ここからじゃ当てられない!)
そう、相手は議長を引っ張ってまっすぐ遠ざかっているのです。
つまり後方からの攻撃はすべて議長を直撃します。

危害を加えずに連れ去ろうとしているので、露骨に盾として使うつもりは向こうにはないでしょう。
ですがそのつもりがなくても、こちらが攻撃をすればそれが議長を害してしまう可能性は消えません。
それによって"解放"されるようなことにでもなれば……

では山なりに投げたり回転をかけて迂回軌道で腕を直接狙えばどうか。
到達する時間が増えて、その間に回避行動を取られるだけでしょう。
第一、そんな針の穴を通すような投球術をファミアは持っていません。

119 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2013/11/02(土) 23:45:14.26 0
的の大きさ、移動方向、速度――組み合わさった要素は相互に増幅し合い、可能性を無限に縮小していきます。
(どうしよう、どうすれば……)
痛みとは別の涙が浮かびかけたその時――

>「――作戦中止! 作戦中止だ! ターゲットの身柄を放棄して撤退しろッ! 命令だ!」
キリアの声が轟き、そしてマテリアの『福音』が鳴り響きました。
阻害ということであれば遊撃課の一、二の二人です。
その連携であれば必ず相手の行動に遅滞が生じるでしょう。

しかし、まだ足りません。何が?
――精度と速度です。

ファミアの能力なら速度は十分。追いつくことは確実に可能です。
しかし空中で方向転換をする手段はありません。
つまり最初の交錯で撃墜できなければ、そのまま逃げられてしまいます。
ですが、その一瞬で腕だけを破壊するような正確な攻撃はファミアには不可能です。

ではフィオナに任せるのはどうか。
列車の連結部を叩き斬るほどの斬撃。威力と精度は申し分なし。
しかし速度が足りません。剣が及ばねば業前も意味をなさず。
また遠距離攻撃用の聖術は、日の沈んだ今時分には十分な威力を持たないでしょう。

足りているものと足りないもの。
式の穴を埋めたのは、馬鹿らしいほどの単純な思考。
(――いける!)

服の裾が風を切る音を発するほどの速度で振り返ると、フィオナと目が合いました。
「えーとアイレルさんじゃなくてえーと……ごめんなさいっ!」
やる前に一言断りを入れておこうとしたものの言い慣れぬフィオナの本名はすんなりとは出てこず、
時間もないので仕方なく事後承諾で動くことにします。
フィオナに駆け寄ると、その腰回りをがしっと抱え込みました。

ファミアには精度が足りず、フィオナには速度が足りない。
しかしファミアが精度を獲得する方法はなし。一方のフィオナが速度を獲得するには――
そう、速度を外部から加えればいいのです。

具体的にはどうするか。
投げます。

「痛いのは最初だけですから!痛いのは最初だけですから!」
どう考えても最初だけでは済みそうにありませんが。

【つよいもの+つよいもの=すごくつよいもの理論】

120 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/11/04(月) 01:55:12.67 0
>「……クローディアさん?」
>「俺も、フィンさんの意見には賛成だ。恐らくフィンさんの想像している人物と、俺の想像している人物は一緒だ。
>それに、先ほど聞いたフウの話――十字架を背負った女も気になる。」

「まあ、探すといっても直ぐに見つかる様な奴でもないだろうから、
 改めて手がかりを探さねぇといけないんだろうけどな……どうすっか」

フィンの提案に、一人の少女の姿を思い浮かべつつ各々の考えを返す二人
その内容は、スイは肯定、セフィリアは保留というものであった
二人の回答に対し、自身の意見を押し通すつもりもなかったフィンは
話を煮詰める為に会話の続きを試みた
……と、その会話の最中セフィリアが零した一言

>「さて、この中年男性が移った猫をどうしましょうか? 」

「あー……ランゲンさんに預けて尋問でも続けるか」

フィンは、その言葉を軽く流してしまったが……恐らく、それは気が緩んでの事だったのだろう
強力な敵の襲撃を退け、情報を手にしたことで張りつめた緊張の糸が撓んでしまっていたに違いない
……いかに無力化したとはいえ、敵の耳に入る位置でこんな会話をするのは愚策だと、知らぬ訳でもあるまいに

そう。この時フィンは、セフィリアが思い描いた通りに、
クランクの憑りついた猫を殺してしまうべきだったのだ
或いは、早急にこの場を離れるべきだったのである

「まあ、とりあえずランゲンさんと合―――――っ!?」

――――そして、『それ』は悪寒を伴いやってきた

それが何かは判らない。だが、ズリズリと何かを引きずる様な音が聞こえた瞬間、
フィンは反射的に防御態勢に入っていた

これまで死線を何度も潜り抜けてきたフィンの経験
そして、その身に宿る防御を司る遺才『天鎧』が、かつてない程の警鐘を鳴らしている
見れば隣のセフィリアも戦闘態勢に突入していた

>「クランク7……!」

フィンがその音源の方へと体を向けるのと同時に呟いたのは、猫。

>「奇襲がバレているようだったから真正面から出てきてみたわ。捗っていないようね、クランク8」

現れたのは、一人の女

>「ああ、これ?なんか、居たから……狩っておいたわ」

巨大な十字架を背負う、無闇に露出度の高い服を纏う女
魔力を拒絶してしまう体質を持つフィンにさえ、魔力の存在を知らしめる、規格外の女
その女は――――襤褸雑巾の様になったランゲンフェルトを引きずり、やってきた

「な……ランゲンさん!?てめぇ!!」

>「……奇襲をやめにしたことだし、名乗っておくことにするわ。私は『クランク7』。そこの猫の同僚。あとは秘密――」

先程まで共闘を果たしていたランゲンフェルトを打ちのめしたクランク7と名乗る女に激昂するフィン
だが、女はそんなフィンなど意に反さず、淡々とした態度でただただ言い放った

>「さようなら」

その言葉の直後――――スイが拘束している猫が爆発した

121 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/11/04(月) 01:56:18.99 0
ただの爆発ではない。限界まで膨らんだ猫は、
まるでその内部に爆轟の術式魔術でも仕込まれていたかの様に凄まじい破壊を伴う大爆発を起こしたのだ

「っ……間に合え!!」

その瞬間のフィンの行動は早かった。フィンは、両腕に黒鎧『フローレス』を纏うと
セフィリアやスイへを庇うのではなく……爆心である猫の方へと駆け出したのである

(セフィリアは回避に動いてた!『爆発』ならスイが誰より上手く裁ける筈だ!
 だったら俺がするべき事は、爆発を少しでも緩和する事――――!)

そうしてフィンは、誰よりも近くでクランク7が巻き起こした、
まるでフィンの黒鎧のように全てを風化させる爆発に飲まれる事となったのである

……

>「私の髪が少し傷んでしまいました…… これは制裁ですね……」

無事に爆発を回避したらしいセフィリアの声が響いたのと同時に、
舞い起きた砂塵により閉じていた視界が開けていく

「っ、ぐ……!」

そして、瓦礫がどかされる音と共に聞こえるフィンの声
フィン=ハンプティは、生きていた

「ゲホッ……がはっ……!」

だが、その姿は万全とは程遠い
全身に石片による擦過傷が出来ており、遺跡で手に入れたマント以外の衣服は
それぞれ半分程が消え去っていた……そう、消え去っていたのだ
燃え尽きたのでもなく、千切れ飛んだのでもなく……まるで、年月の経過と共に風化してしまったかの様に

そして何より……

「……おい、セフィリアとスイ。聞こえてるよな。悪ぃんだけど、頼みがある」

「倒れてるランゲンさんを連れて、逃げてくれ。こいつは『やばい』」

爆風を妨げる為に付きだされたフィンの右腕……そこに装着されていた筈の
竜の吐息(ブレス)でさえも防いで見せる『完全』の名を有する黒鎧が、砕け散っていたのだ

皮膚を全て剥がされでもしたかの様に、鮮血で真っ赤に染まった右腕をだらりと下げたフィンは、
平然とした様子で砂塵の向こうから姿を現すクランク7を睨みつけたまま続ける

「今の爆発――――多分、俺以外がまともに喰らえば一発でアウトだ。
 ……というか、俺でも何発も堪え切れるもんじゃねぇ。
 だから、二人は俺が時間を稼いでる間にこの場を離れてくれ」

左腕を前へと突出し、無傷のクランク7へと向ける血まみれのフィン
その構図はおとぎ話の怪物退治の一場面の様だった
……ただし、フィンは狩られる怪物の立ち位置であったが

「俺も、お前らが逃げ切ったのを確認したら逃げるつもりだ
 ……ちなみに、他にいい案があったら教えてくれ。正直、結構分の悪い賭けだからな」

【フィン 爆発が黒鎧と魔術抵抗突破……右腕全体の皮が剥がされるレベルのダメージ】

122 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/11/07(木) 13:51:33.93 0
>「よしきた!時間を作る――走れお前ら!!」

フィオナの呼びかけに応じて、レクストが吼える。
同時、それまで辛うじて眼で追うことの出来た手指の動きが、その鋭さを増す。剣速を上げたのだ。
店内を満たしていた轟剣特有の羽音のような稼動音が、叫び声のように一つに連なり、耳朶を打つ。

「一人ずつ……、慌てないで」

手近に居る子供たちを宥め賺し、手を差し伸べて、店の外へと押し出した。
だが後続が来ない。もっとも幼い子供に剣林弾雨の真っ只中を這って来いというのも酷な話か。
砲音、轟音、剣戟音と、およそ恐怖を喚起する状況は十分揃っているのだ。
当然のように動くに動けず、その場で泣き出す者が半分。残りは泣き出さないまでも恐怖でへたり込んでいる。

>「出番だぜ後方支援!『虚栄』――やれるな?」

>「……アイアイサー。おーっし、ケツ捲るぞガキども!」

恐慌状態に陥っていた子供たちを、しかしキリアはたった一声で掌握してのけた。
つい先程まで混乱していた集団が、キリアの掛け声に合わせ、整然と避難を開始する。
己を相手の上司と思わせる遺才――『虚栄』。
果たして子供たちの目に彼はどう映っているのだろう。

「……あれほど混乱していた子供たちが、大したものですねえ」

大仰な身振り手振りと、どこか子供っぽい煽り口調で先導するキリアに向け、フィオナは感嘆の言葉を吐いた。
事実大したものだった。幼い子供というのは行動するにあたって感情を優先するものだ。
余計なしがらみが無い分、事の本質を見抜きやすい。
世の大人たちがその対応に手を焼くなどというのは、今更説明するまでもない普遍の摂理だ。

それにも拘わらず、キリアは遺才を用いて見事な統率を発揮していた。
他者の感情すらも手玉に取って欺いてみせる。絶世の詐欺師と言い換えても良い。

(――ん?)

ふと、キリアと視線が交わる。
おそらく逃がした先で敵対勢力と出くわす可能性を考えているのだろう。
その懸念は勿論フィオナにもあった。
これ程の鉄量で砲撃を浴びせられているのだ、店の周りも囲まれていると考えるのが当然だろう。

フィオナは店内の様子を確認するべく視線を走らせる。
折しも、夜闇を切り裂いて滑空していくバーカウンターが目に留まった。

(こ、こちらは……任せても大丈夫そうですね)

散々世話になった店が原型をとどめないほど破壊されていく様に冷や汗を流しつつ、視線を元に戻した。
さしあたっての急務は子供たちの避難だ。逡巡するキリアに頷きを返そうと思った矢先――

>『遺貌骸装――"迷える聖骸"』

その更に先から響く、力を持った言葉と

>「あっ――!?」

――赤く輝く腕に、襟首を掴まれた小さな少女。
まるで夜の闇へと引き込まれていくかのような、議長の姿だった。

123 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/11/07(木) 13:52:07.26 0
間に合わない。
剣を振るうには遠すぎて、攻性聖術を使うには暗すぎる。
そして一息で間合いを詰めるには殺到する子供たちが障害となる。
故に、自分は決定的に間に合わない。そう分かっていながらフィオナは一も二もなく駆けていた。

行動を止めなかった理由は単純にして明快。
この距離、この状況では何も出来ない自分の代わりに、仲間の誰かが行動を起こしてくれる。
それを確信していたからだ。

>「――作戦中止! 作戦中止だ! ターゲットの身柄を放棄して撤退しろッ! 命令だ!」

背後からキリアの叫び声。
高圧的な響きを含んだその物言いは、おそらく『虚栄』の使用を意味している。

>「多分、体の機能を何かに移し替えて使ってきてます。合ってたら、――と言うか、向こうさんが聴覚をこっちに寄越してたら
  今のでちょっとは動きが乱れる筈です。んじゃ、後は宜しくお願いしますわ」

「それで十分ですよ!」

感謝の声を置き去りにして、駆けた。
踏み込む足を故意に滑らせ、蹴り足に合わせて重心の移動。
出口へと集まる子供たちを躱しながら、走る。

同時に、室内とはもはや言えない空間を、澄んだ音が満たした。
マテリアが譲り受けた『遠き福音』、その音色の模倣だ。

フィオナは感嘆して口端を吊り上げる。
険悪だった口振りとは裏腹、即座にキリアの意図を理解してのコンビネーションは流石としか言いようがない。
確かに相手は不意を打って議長を捕らえた。
だが、こちらも黙ってやられるばかりではないのだ。

(間に――合えっ!)

地を這うように身を屈め、渾身の力を込めて跳躍。
空へと突き出した腕と、少女の名前を呼ぼうとして、そんな初歩的なことすら聞いていないことに今更気が付いた。
そんな惑いが明暗を分けたのか、延ばした腕は虚しく宙を掻く。
後は重力に引かれるまま議長との距離は開くばかり。

残骸の散らばる床を踏みしめながら、舌打ち。
まだ何か手立てはあるはずだと、視界を走らせ――そして目が合ってしまった。ファミアと。

>「えーとアイレルさんじゃなくてえーと……ごめんなさいっ!」

「ええっと、ファミリーネームのことならアレリイなのですけど……じゃなくて、えええ!?」

がしり、と。腰に回されるファミアの両腕。
その力強さは、この後何が起きるにしても決して逃れることは出来ないのだろうなあと、一瞬で覚悟するのに十分だった。

124 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/11/07(木) 14:02:07.60 0
>「痛いのは最初だけですから!痛いのは最初だけですから!」

「ちょっ、ちょっと落ち着いて、ファミアちゃん。
 何をしようとしてるのか凡そ予想は付くのですけど、考え直すつもりは――」

腰を掴まれたまま、腕力だけでひょいと担がれたことも驚きだが、
ファミアがこれ程に前のめりな方法を取ることは、更に輪をかけて驚きだった。

今の今まで、この小さな同僚が取ってきた行動は、報告書に書かれた文字でしか見たことが無かった。
普段は後ろ向きな思考ながらも、土壇場での発想力と行動力は抜群で、数々の危機的状況から仲間を救い出してきた。
報告書からフィオナが読み取ったファミアへの評価がそれだ。

だから、目的を果たすためなら手段を問わない。否、力技で押し通す現場を、実際に見るのはこれが初めてなのである。
問題があるとすれば、その初めて目の当たりにした行動の矛先が、自分に向けられていることだろう。

「――ああぁぁぁあぁぁ、絶対に最初だけで済まないじゃないですかあっ!!」

数歩の助走の後、不意にフィオナの視界が垂直方向へ流れていく。
ファミアが背筋を撓らせ、振り被っているのだ。

最初に感じたのはファミアが言ったとおり、痛み。
空気抵抗という言葉の意味を、全身で理解した。

次いで浮遊感。
空中を自在に移動することの出来るスイは、いつもこの様な感覚を味わっているのだろうか。
そんな益体もない考えが頭に浮かんで、即座にそれを否定した。
断じて違う。これは飛んでいるのではなく、飛ばされているだけだ。

(ええい、今はそれよりも――!)

議長を助けなければならない。
そのためにキリアが、マテリアが、そして方法はやや強引ながらファミアが、精一杯の援護をしてくれたのだ。
最後を任された以上その信頼に答えたい。

「共に……"遊撃課"の一員になると約束したのですからっ!」

白刀の柄を握り、同時に身を捩る。
反動を利用して抜刀。両手に魔力を集めていく。
虚脱感に頭がくらくらする。集めた先から刀身に魔力を吸われていくからだ。

真っ白だった刃が、次第に夜の闇に溶け込んでいく。
あらゆる物を切り裂く無銘の刀。
かつて心を通わせ、しかし戦わざるを得なかった"剣帝"が残した片翼。

一瞬、議長と視線が絡んだ。引き結んでいた口端がふっと綻ぶ。
まずは名前を教えてもらうことから始めなければ、と。そんな他愛もないことが頭に浮かんだ。

「私たちの"友達"を返してもらいます!」

夜空を滑空する真紅の義手へ、フィオナは刃を振り下ろした。


【義手にダイレクトアタック。その後のことはノープラン】

125 :スイ ◇REK82XblWE:2013/11/09(土) 00:03:08.00 0
全員の意見が出そろったところで、話は大体まとまった。
まずは三人の中に思い浮かんだ少女の捜索か、そう思ったところで、セフィリアが縛られていた猫に目を向けた。
先程猫が話すという非現実的なものを見せつけたそれは随分と大人しくぶら下がっている。

>「まあ、とりあえずランゲンさんと合―――――っ!?」

再び尋問するのか、フィンが答えに迷ったその時、異様な気配がその場を支配した。
フィンは防御態勢に、セフィリアは戦闘態勢に反射的に入っている。
スイはその強烈な気配に肌をジリジリと焼かれるような感触を感じながら能力を発動寸前までに準備する。
引きずるような音を響かせながら姿を現したのは女。
しかし、その格好は異常だった。
彼女が引きずっていたのはランゲンフェルトで、彼はまさに瀕死と表すにふさわしい状態であった。

>「……奇襲をやめにしたことだし、名乗っておくことにするわ。私は『クランク7』。そこの猫の同僚。あとは秘密――」

平坦な態度を変えること無く、女はあっさりとクランクであることを言う。
す、と静かな動作で上げられた手に意識をやる暇も無く、乾いた音が響いた。

「―――ッ!」

同時に膨大な魔力が動いたのをスイは感じ取った。
真っ直ぐにそれはスイの拘束する猫へと走り、猫を体の内側から押し上げる。

>「っ……間に合え!!」

フィンが爆発を緩和させるために猫へ向かって走り出した。
スイもまた能力を発動させ、猫の爆発と同時に八方から風を送り込み魔力を相殺させようとした。
しかし、相手の魔力が上回っていることは明白、スイも全力でもってして押さえ込もうとするが、やはり爆発の影響は免れなかった。
スイの上着が半分ほど消し飛び、舌打ちを思わずこぼす。
そこそこ気に入っていたというのに、と少し残念に思いながらもその場に打ち捨てた。
がら、と瓦礫が転がり落ちる音が響き、フィンが姿を現す。

>「……おい、セフィリアとスイ。聞こえてるよな。悪ぃんだけど、頼みがある」
>「倒れてるランゲンさんを連れて、逃げてくれ。こいつは『やばい』」

よくよく見れば、彼の手にあるはずのものは砕け散り跡形も無かった。
それの力は、竜の攻撃から守られたスイもよく知っている。
驚きを隠せないまま、スイはフィンの告げた言葉を己の中で繰り返した。
ランゲンフェルトの位置と、セフィリアの位置、そして自らの位置を素早く確認する。
確かにフィンを置き去りにし、この場から脱出するのは不可能では無い。
多大なリスクを伴うことも間違いないが、そこはフィンの存在で多少軽減される。
だが、スイは自らを捨て駒のように扱うフィンの意見に承服しかねた。

126 :スイ ◇REK82XblWE:2013/11/09(土) 00:06:00.91 0
>「俺も、お前らが逃げ切ったのを確認したら逃げるつもりだ
 ……ちなみに、他にいい案があったら教えてくれ。正直、結構分の悪い賭けだからな」
「…だったら、全員が逃げる、というのはどうだ」

スイがそう言ったのは、一つ気になる部分があったからだった。
それはあの女の言った、奇襲をやめる、ということ。
そして猫の様子を見ていれば、やはりあちら側もボルトが姿を消したことについて疑問を持っているとわかる。
だとすれば、今ここで無闇に潰してしまえば手がかりは無くなるだろう。
おそらくこの爆発を起こしたのは小手先調べの可能性がある。
実際に死んでしまえばそれまで、という程度だろう。さして重要度の無い攻撃だ。
今ここでスイ達を逃がせば、自動的に彼らもボルトの消息を知ることができる可能性が高い。
何も知らないのと、手がかりがあるのでは随分と差があるからだ。

「俺の風で飛んでいけばいい。あとは―――こいつ次第だな」

セフィリア達の体の周囲に風を纏わせ何時でも飛べるようにと魔力を込める。
そうしてスイは女を見遣った。

【逃がしてもらえる可能性高そうだから、全員で逃げよう提案】

127 :名無しになりきれ:2013/11/16(土) 10:24:51.42 0
保守

128 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/11/18(月) 03:02:06.48 0
【ヴァフティア組:リフレクティア商店(だったもの)】

キリアが子供たちを酒場から脱出させ、ファミアの射出した天板が空中砲を撃墜。
しかし確保された安全に彼らが胸を撫で下ろすにはまだ早かった。
次いで発動した"遺貌骸装・迷える聖骸"によって新たに現れた義手が議長を奪取したのだ。

「くそ、射線が通らねえ……!!」

リフレクティアは間断なくブレードを畳み、本来の魔導砲の姿を取り戻したバイアネットを片手に歯噛みした。
マテリアのものより砲身が長く、より遠距離を穿つことを可能とする己の得物であっても、砲である以上その攻撃は直線的だ。
義手は巧妙に議長を盾にし、狙撃を防いでいた。

一瞬で周囲に視線を走らせる。
いまこの場にいるすべての遠距離攻撃者もまた、一様にそのジレンマを抱えているようだった。
無論、人質は無抵抗な人間を盾にとってこそ効果のある戦術だ。
議長は無抵抗であるが――人間ではなかった。

おそらく、義手を撃ち落とす程度の攻撃ならば、巻き添えを食らったとて死にはしないだろう。
魔族の特質たる形態の自在化を用いれば、皮膚を硬化させ防御力を高めることなど造作もない。
それ以前に、人間に比べて遥かに強靭な生命力を持つ魔族だ。殺そうとしたって殺せまい。
だが、それでも。

(あの魔族娘を巻き添えにするようなことはできない、否――"しない"。そういう連中だよな、俺達は!)

あるいは効率を求めるならば、死にはしないという前提を持って最大攻撃力を叩き込むのがベストかもしれない。
そんなクレバーな正論など、犬にでも喰わせてここにいるのが遊撃課だ。
遊撃課は、正しいことをする組織じゃない。
そうすべきだと思った自分の判断を、怜悧な組織の哲学に否定されてきた信念を、肯定し返すための場所だ。

>「――作戦中止! 作戦中止だ! ターゲットの身柄を放棄して撤退しろッ! 命令だ!」

キリアがどこへともなく叫んだ。
その声音には魔力が付与されている――遺才詐術『虚栄』の発動だ。

>「向こうさんが聴覚をこっちに寄越してたら今のでちょっとは動きが乱れる筈です。んじゃ、後は宜しくお願いしますわ」

「壁に耳ありってヤツか――!アテは当たってたみてーだぞ!」

キリアの指摘どおり、街の上空まで駆け上がった義手はそこで一瞬停滞した。
その先端、拳が獣の頭のように揺れる。さながら、どちらへ逃げるか決めあぐねているかのように。

(『作戦中止』の命令に反応した……ってことは、やっぱ何らかの組織が、作戦として攻勢をかけてきてるってのか?)

リフレクティア家がどこぞの軍事組織に襲撃される謂れは(今のとこ)ないから、狙いは初めから議長だったことになる。
あの義手の主がボルトを襲った連中と同じ組織だとして、議長との関連性はひとつしか見いだせない。
すなわち、『黎明計画』。
その実験体たる遊撃課の課長と、計画の要たる魔族の議長。
だとすれば襲ってきているのは元老院の手先?
しかし、ならば何故大陸間弾道呪術ではなく物理奪還なのか。

(わからねーが……マクガバンの遺才が効くってことは、捕まえりゃ尋問ができるッ――!)

議長を取り返すことは無論、重要だ。
しかして同時に、この襲撃者を引きずり出して拿捕することも念頭に動く必要がある。

「ヴィッセン!」

呼ぶまでもなく、優秀な部下は既に行動を開始していた。
彼女は十字槍型の武装――ヴァンディットが言及していたものだ――を構え、遺才を発動した。

129 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/11/18(月) 03:02:58.04 0
高度に操作された音響術式は、対象ではない人間には知覚することができない。
見えないし、聞こえないからだ。何らかの魔力が迸った気配だけがあった。
再度空へ議長を引っ張りあげた義手が、抱えた荷物の重さに驚いたかのように停止した。
議長が一瞬だけ、空に縫い止められたのだ。

「――!駄目だ、抜けられる!!」

効果は一瞬だけだった。義手は再び加速を開始――。
マテリアは継続して今の『縫い止め』を行使しているのかもしれないが、議長が動きを留めることはなかった。
対策を施されたのか。
それでも、遊撃課が次の手を打つのに一瞬でも動きが止まれば充分だった。

>「痛いのは最初だけですから!痛いのは最初だけですから!

「なんの話だ!?」
ファミアの悲鳴じみた声。
そして、ついさっきまでリフレクティアが読んでいた肌色読本の内容染みた言葉。
お前がそれ言っちゃうのかよとばかりに振り返った瞬間目撃したのは、ファミアと――彼女に抱かれたフィオナ。

>「ちょっ、ちょっと落ち着いて、ファミアちゃん。
 何をしようとしてるのか凡そ予想は付くのですけど、考え直すつもりは――」

抱かれたというか、担がれていた。
言うまでもなくフィオナはリフレクティアと同世代の成人女性だ。
女性の中では長身の部類であり、手も足もすらりと長い。
そんな彼女が、一回りどころか二回りぐらい小さな少女の痩躯に、担ぎあげられているのだった。

「ま、待て待て待て!俺にはまったく予想付かねえぞ!一体何する気だアルフート!?」

リフレクティアの狼狽は、それまで彼が遊撃課の活躍をボルト伝いにしか知らなかったが為。
もしもかの遊撃課長がこの場にいたのなら、全てを諦めた目で首を振っただろう。
これから起こりうる受難の彼女に、最大限の憐れみを込めて。

>「――ああぁぁぁあぁぁ、絶対に最初だけで済まないじゃないですかあっ!!」

そして、フィオナは飛んだ。本当に飛んだ。
彼女の悲鳴の後ろの部分、『ないですかあ』のあたりは突風と共に散った。
ファミアがその遺才の全力を開放し、抱え上げたフィオナを上空へ向けてカタパルトしたのだ。
尋常ならざる加速度を受けた"魔族殺し"の身体は、二年前でも成し得なかった威力を持って空へ行く。

「なにィーーーッ!?」

リフレクティアが驚愕するその視線の先で、フィオナはそれでも健気に態勢を立て直した。
身を捻り、上半身の動きだけで抜刀。その白き輝きに、空中で魔力を宿す。
かつて剣帝と呼ばれた凄腕の、しかし哀しき剣士が遺した二振りの片割れ。
魔族の王すら斬り伏せた、『人類』の抗いの粋。
そしてそれを握るのは、絶対的な優位を誇る魔族にも退かず斬り結んだ聖騎士の右腕だ。
慣性力という翼を得たフィオナの剣撃は、議長の頭上を迂回してその襟を掴む義手を断ち切った。
爆発はなかった。まるで分かたれているのが常態であったかのように、義手は滑らかな切り口を夜風に晒した。

「――ッ!」

考えるより先に、リフレクティアの足は動いた。
驚愕に身を硬直させたのは一瞬。瞬き一つで切り替えた意識は、既にすべき行動を選択していた。
遺才を発動。祖先の魔族の似姿を形成するマテリアルは、バイアネットではなく――両の靴先に仕込んだ刃。
轟剣は高速多重の斬撃を繰り出す剣術だ。剣を握ればそれを振る手首と腕の動きが加速し、
――足に仕込んだ刃に用いれば、地面を切りつける足の動きを超高速に加速させる。

これが『轟剣』リフレクティア家次男の応用。
遺才を得てから二年の試行錯誤で編み出した、彼独自の遺才運用。

130 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/11/18(月) 03:03:32.79 0
「間に合わせる――!!」

遺才の加護を受けた疾駆は瓦礫を飛び越え、木材を刻み、石畳を砕きながら彼の身体を前へ飛ばす。
心臓が三回脈打つ時間で、リフレクティアが到達したのは――フィオナと議長の落下予測地点!
彼は両腕を広げて受け止める態勢に入る。
フィオナは結界を張れるし、"落下制御"の聖術ならゆっくり降りてくることもできるだろう。
だからはっきり言ってリフレクティアのこの行動は無駄以外の何物でもなかった。
が、ひとつだけ意味があるとすれば――

「ごめんなさい……それでもわたしは、いかなくちゃいけないんです」

義手から助け出し、落下の中でもフィオナがしっかり抱えて守っていた議長。
彼女の瞳は――輝いていた。赤く、昏い、魔族の色に。
逆さまに落ちていく中で、議長は懐から青く光る何かを取り出した。
それは結晶。鋭く尖った水晶に、申し訳程度の柄が十字型に取り付けられた、短剣。
薄く結ばれた唇に八重歯が浅く刺さり、こぼれ落ちた血の雫と共に、呪文。

「遺貌骸装――『千年樹氷』」

蒼の結晶に赤のラインが無数に走る。
その蜘蛛の巣じみた力線一つ一つから、細く透き通った枝が伸びた。
伸長は一瞬、その数は無数。さながら瀑布の如く地面の方向へ向かって伸びる。
放射状に広がった枝は、瓦礫と石畳で構成された地面に突き刺さり、水晶製の鳥籠を形成する。
中に囚われたのは、フィオナとリフレクティア。
透き通るような檻は、轟剣をどれだけ叩き込んでも破壊することができなかった。

「これや、マテリアさん、そして義手の人が持つ『遺貌骸装』は、元老院がもたらしたモノではありません。
 この街へ来る前、人間難民と合流する前に、『黎明計画』の特命を受けたわたしへ、更に接触してきた組織がありました」

水晶の檻の向こうで、議長が俯いたまま――頭を垂れたまま述懐する。
何を言ってる、とリフレクティアは叫んだ。
しかし、議長はそれを気にもとめない、聞こえていないかのように、自身の言葉を続ける。

「それが、『ピニオン』――そしてその構成員、コードネーム"クランク"。
 彼らから、わたしはこの国の抱えている病巣と、元老院の狙いを聞かされ、それを打ち砕かんと決意しました」

言われて、リフレクティアは当初から付き纏っていた違和感の正体に気づいた。
議長は年端もいかぬ少女だ。魔族だったとしても、その精神の有り様は酸いも甘いも知らぬ若者だ。
なのに彼女は、周辺諸国の情勢や、この国が数百年前から培ってきた魔族との関係に、『明るすぎる』。
黎明計画の為に知識を与えられた?そんな悠長なことを、追い詰められた元老院がするだろうか。

議長が持っている知識は、黎明計画を他人に分かりやすく説明する分には有用だが。
――実際に黎明計画を進行させるにおいてはまったく不要と言って良い情報なのだ。
元老院はただ命令と、その遂行を監視する大陸間弾道呪術さえあればよかったはずだ。
『ヴァフティアへ行って遊撃課を魔族化してこい』と、そう指令を与えるだけでことは済んだはずだ。
そして、実際そういう風にしたんだろう。元老院は、最低限の情報しか与えなかった。

では、酒場であれだけ饒舌に講釈した議長の知識はどこ由来のものだ?
――元老院とは別に、その目論見を看破して議長に接触し、入れ知恵を行った者がいるのだ。
それがピニオン。そしてそのエージェントたる『クランク』達。

「そういや、ダンブルウィードやウルタール湖の事件で、ボルトが報告書に書いてたっけな。
 クランク1とかクランク6なんてコードネームを持つ凄腕の遺才遣いが、影で暗躍してるって……!」

リフレクティアの指摘に、しかし議長は動じない。
聞こえてすらいないかのように。

131 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/11/18(月) 03:04:09.64 0
「わたしは、元老院の陰謀を打ち砕かんために、その内通者となりました。
 黎明計画の尖兵となり、その指令を忠実にこなしながら――情報を、ピニオンに提供し、見返りとして遺貌骸装を得ました。
 これが、わたしの目的に有用なものだからです」

パキン、と檻の頂点で何かが折れる音がして、水晶剣が議長の手元に降ってきた。
檻を形成する枝の根本にあった『本体』だけを、回収したのだ。

「遺才の本質は、魔族の力の再現。ヒトの血脈に宿る魔族の血と、似姿たるマテリアルです。
 言ってしまえば遺才遣いとは、その血とマテリアルを仲立ちする媒介に過ぎません。
 であれば、マテリアルと血を直接結びつけることができれば、遺才遣いなど不要になるはず――」

その理念に則って作られたのが遺貌骸装だった。
この武装の普及は、すなわち遺才遣いに依存しない社会の形成に繋がる。
遺才の影響力を取り戻そうとする元老院の思想とは真逆の代物だ。

「だからわたしは、どうあがいても絶対的に、遺才遣いの対立者です。
 フィオナさん、あなたやマテリアさんや――ファミアさんがわたしを助けてくれて、嬉しかった。
 もしもあなたたちが遺才遣いなどではなく、ただの人間か、あるいは魔族だったなら――」

議長はそこで言葉を止めた。
もはや考えても意味のないことだと、自分を納得させるように。
俯いていた彼女は、初めて顔を上げ、こちらを見た。
風が吹く。三つ編みにしていた髪が解け、煽られて、隠されていた部分を露わにした。
リフレクティアは息を呑んだ。彼女がどんな言葉にも動じず一方的にしゃべり続けた理由がそこにあった。

「――望むのは、魔族と人間の完全なる共存。そのために、中途半端な連中が邪魔なんです」

議長には、耳がなかった。
魔族の特質、形態の自在。それによって己の耳を消し去り、穴を塞いだのだ。
マテリアの妨害が聞かなかったのもこれが理由だろう。
耳のない少女の顔は、その双眸は、やはり輝きに染まっていた――人間離れした赤の色に。
そして彼女は、『千年樹氷』の柄に、そこにレリーフとして刻まれた聖者の『耳』に声を落とした。

「『クランク2』が命じます。――わたしの逃亡の手助けを!」

『クランク9、御意に』

応えは即座。今度は聖者の『口』が言葉を発した。
それは、酒場でマテリアの持つ遺貌骸装のレリーフから起動呪文が漏れたのと全く同じの現象。
すなわち、初めから襲撃者と議長――『クランク2』は、内通していたのだ。

議長は右手に握った短剣を振り上げた。その行動にリフレクティアが身構えるより早く、彼女は剣を打ち下ろした。
――己の左腕に。繊維を断つ強引な音と共に、彼女の左腕が地面に落ちた。
血は出なかった。代わりに切断面から黒い甲殻に覆われていき、やがて光沢のある鎧に全体が覆われた。

『――遺貌骸装"迷える聖骸"』

レリーフが再び喋る。唱えられたのは、酒場を襲ったのと同じ起動呪文。
地面を転がる議長の腕が、赤の輝きを宿し、ふわりと浮かび上がる。
方位磁石のように空中でくるくると回転して方角を定めると、一直線に酒場の方へ飛翔して行った。
議長は痛みに耐えるように奥歯を噛む。

「ヴァンディット達を責めないであげてください。
 彼らは、純粋にわたしを助けるためだけについてきてくれました。
 そして願わくば、彼らを連れてこの街から――ヴァフティアから脱出してください。一刻も早く」

檻に隔てられた少女の矮躯は、そのまま踵を返すと、路地の闇の中へと消えていった。
あとに残ったのは、地面に縫い止められた巨大な檻と、酒場から響く轟音、そして。
――魔族の王だって切り伏せ打ち砕いたはずの、魔族殺し達だった。

132 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/11/18(月) 03:04:53.38 0
 * * * * * *

クランク9は動いていた。
義手を破壊され、再発動しようにもヴィッセンの十字槍に付与した『義口』が反応を返さない。
完全にやり込められている。起点となったのは、ノーマークだった一人の男。
マクガバンと呼ばれた二枚目の彼は、"上官"によれば遊撃課の後方支援員だったらしい。
それまでの任務に一切顔を出さなかったがために、情報が集まりきっていなかった。

マクガバンの能力は、己の身に受けてみた感想としては、おそらく幻術系の遺才魔術だ。
近い系統のヴィッセンとの違いは、ヴィッセンが『情報』を操るのに対し、マクガバンは『印象』を縛っている。
そのため、奴が『作戦中止』を命令してきたとき、クランク9はそれを上官命令と認識して、従いかけてしまった。

(ですが……誤算があったようですね……)

自分の命令を上官命令と誤認させる幻術使い。それが推測されるキリア=マクガバンの遺才だ。
だが、彼はもちろん知らなかったのだろうが、いまこの場で成功させるにはツキが足りなかったようだ。
なにせ、クランク9にとっての上官――本物の指揮権限者は、彼のすぐ傍にいたのだから。

クランク2。
大陸国家組織ピニオンの、特務部隊『クランク』において、ナンバーツーの権力を持つ者。
それが、二年前の大強襲で魔族化した少女、すなわち議長であった。
はじめから彼は議長の命令で動き、リフレクティア家を襲撃した。
やり方は任せると言われていたので、クランク9が最も得意とする対地砲撃による殲滅を選んだ。

マクガバンが遺才を発動させた瞬間、『作戦中止』の命令が議長の声でクランク9に届いた。
だが、当の議長は義手によってこちらの手の中にある。不自然だ。
だから聞いた。作戦は中止ですかと。議長は違うと言った。クランク9は幻術の解除に成功した。

それでも一瞬の遅滞は致命的な隙を生む。
遊撃課きっての搦め手使い、ヴィッセンに遺才の行使を許してしまう。
ギィン!という金属音に聞き覚えがあった。遺貌骸装『遠き福音』の呪力鍵音だ。
遠く離れた路地から操作しているクランク9にとってそれは意味のない効果である。
彼自身は一歩も動いていないのだから。

だが議長は違った。
遠き福音の呪力をもろに受け、空中で慣性が消失した。動きが更に止まる。第二波が来る。
そこで議長は対策を施した。自身の耳を切り落とし、耳孔を埋めることで聴覚を潰したのだ。
ヴィッセンは遺才なしで十字槍の音をここまで届かせることはできない。
つまり、聴覚を利用した呪力の発揮はこれで完封したことになる。

しかし、その程度で逃げきれる遊撃課ではなかった。
今度はアルフートがアイレルを射出し、直接義手を破壊してきたのだ。
常軌を逸していると感じた。同僚をいとも容易く放り投げられるファミアの思考も。
――放り投げられたにも関わらず空中で抜刀し、正確に義手だけを切断したアイレルの剣技もだ。

133 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/11/18(月) 03:05:26.81 0
義手が真っ二つにされ、議長はアイレルと共に地面へと墜落した。
助けるべきだと思ったが、破壊された義手はもう使えず、再補充も叶わなかった。
どうやったのか、ヴィッセンの手元にある『義口』が呪文を発することができなくなってしまったのだ。

そして現在に至り、議長から新たな義腕を受け取ったクランク9は、遊撃課の足止めに奮闘していた。
酒場の跡地――ヴィッセン、アルフート、マクガバンの三名が残るそこへ義腕を飛び込ませる。
義腕は細く軽く、ゆえに動作が俊敏だ。初見では捉えられまい。

(まずは……一番厄介なヴィッセンの遺才を……封じます)

簡単だった。
義腕を飛ばし、マテリアの顔面へ飛びつき、その口を手のひらで塞いだ。
それだけで、『声』の遺才遣いたるヴィッセンの能力は8割がた使用不能となる。
アルフートやヴィッセンは気付くだろうか。この腕が、先刻議長が実演してみせた魔族の腕そのものであることに。

「義足二本――行け」

更に、クランク9本体の元にあった義足を2つ、酒場へ向けて飛ばす。
これには足の持つ『目的地へ進む』機能を再現した。
同時に、アルフートとマクガバンの両名へ向けて『踏み潰す』命令も与えた。

本体の元にあった義足とは、ゴーレム用の足パーツだった。
すなわち、対地砲撃時に使用していた腕パーツと対になるものだ。
その重量だけでも強力な質量兵器となるゴーレム脚が、酒場の跡地へ降ってくる。


<議長>
【義腕の撃墜に成功→議長はフィオナと一緒に住宅街へ墜落】
【フィオナ(とリフレクティア)を千年樹氷の檻に閉じ込め、ピニオンと内通した元老院に対するスパイであることを告白】
【クランク2(ピニオン特務組織副長)としてクランク9(襲撃者)に命令を出し、自分は闇の中へ撤退】

<クランク9>
【キリアの虚栄に引っかかるも、偽装された『上官』が議長だったため本人に確認をとることで解除】
【マテリアの妨害を受けるも、議長が自分の耳を潰すことで妨害封じに成功】
【議長が切り落とした腕を義腕として遺貌骸装発動、マテリアの口を塞ぎ、ゴーレム脚を二本酒場へ降らす】
【クランク9のミス:不意打ちと違ってゴーレム脚はどっちの方向から降ってきたかばっちりわかっちゃう】

134 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2013/11/23(土) 21:07:51.52 0
>「痛いのは最初だけですから!痛いのは最初だけですから!」
>「――ああぁぁぁあぁぁ、絶対に最初だけで済まないじゃないですかあっ!!」
>「間に合わせる――!!」

ふらつく体で酒場より抜け出そうとしたキリアであったが、何やら緊迫した場に全くそぐわないようなあれやそれやが
起こっているような、そんなやりとりが耳に入ったことで思わず足を止め、振り向いた。そして、自分の目を疑った。

幼げな少女が、人間を砲弾として投げ付けようとして頭上に振りかぶっている。

――え、何あれ。

いや、うん。理由は分かるけど。何となく直観的に理解できるけれども。
でも納得できるか?って言われるとどーしたってノーである訳で。

異才を唐突に全力行使した事による思考の鈍化もあり、キリア・マクガバンは鉄火場の真っ只中であるにも関わらず、脚を止めてしまった。

その間にも状況はめまぐるしく変化していく。
目に見えない範囲では、マテリアによる音と異才を用いての敵の行動の制限。
目に見える範囲では、空を飛び抜け、続いて地を駆け抜けていく剣士二人。中空から生え伸びていく、水晶の――…。

「水晶の、檻?」

ショック療法と言う訳でもないが、改めて予想外の光景が遠方にて展開されたことで、硬直していたキリアの思考は現実に立ち返った。

なんだ、あれは。誰の仕業だ? 二人の剣士にあんな水晶を操るような異才や装備があるとは聞いていない。
そして、落下の衝撃を弱めるためにアレが展開されたのなら、伸びた水晶は上向いた籠かバスケットのような形を取るはずだ。
あれは明らかに、内側へと対象を捕縛するために行使された物である。

そこそこに付き合いの長かったリフレクティア、そして彼に信頼されているフィオナが裏切ったと言う線は薄い、とキリアには思えた。
であれば、アレの行使者として候補に挙がるのはつい今しがた攫われていった小柄な少女くらいの物。
術か、魔族としての力の行使か、あるいは現在はマテリアの手の内にあるような、遺貌骸装を用いたのか。
何れにしろ、思考の終着点は唯一つだけ。

操られているのか脅されているのか、はたまた自身の意志でそうしているのか?
理由は分からないが、とにかく現状、攫われていったあの少女は敵である可能性が高い、と言う事。

連続して響き渡る金属音と檻の内側で乱舞する火花は、リフレクティアの轟剣による物だろう。
そこから見るに、リフレクティアは檻に囚われていると見て良い。
すっ飛んでいったもう一人、フィオナの方はどうか分からないが、保護対象から不意打ちを食らった格好になる以上は楽観視は出来ない。
前衛二人は無力化、あるいは足止めをされたと考えておくべきだ。

「……あー、あの二人が裏切るってな考えにくいし、だったらあれか。最初っからグルだったか途中で裏切ったかはともかくとして、
 つまりあの娘は敵ですよ、と。そういうことだよな、これ?」

状況を纏める為にか、あるいは現実逃避の一環か。
誰にともなく呟いたキリアは、途方に暮れた様に天を仰いだ。

135 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2013/11/23(土) 21:08:39.44 0
自身に戦闘力がない事を考えると、現状で戦力として考えられるのはマテリア、ファミアの二人のみ。
敵は魔族である議長と、迷える聖骸とやらを用いている襲撃者。そのどちらに対しても距離は離れている。
議長の攻撃手段は水晶を生成する事が分かっているくらいで、詳細不明。
襲撃者は――リソース次第になるが――まだ遠距離からの攻撃を加えてくる可能性がある。

はっきり言って、非常に拙い状況だ。

ファミアは筋力特化型。先程の人間砲弾を見るに、もともと遠距離攻撃は得手でないだろう。

では遠距離でも力を発揮できるマテリアはどうなのか、と言うと、向こうが聴覚を切り離せると言う点がネックになる。
物理衝撃すら伴うレベルの一撃でなければ、敵の動きは止められまい。

自身の異才が相手を縛っているのならとっとと撤退してくれる可能性もあるが、
自分自身がその効果の程に自信を持てないような状況で、それでも楽観論に走るとかアホの所業である。
未だ思考を己の命令に囚われているとしても、議長が襲撃者を担いで逃走、
担がれた側がマテリアの妨害に専念、なんて真似をされたらどうしようもない。

救いがあるとすれば、離脱が目的であっただろう議長がUターンして襲い掛かってくると言う可能性が低いところか。
後は、フィオナが無事で、もしかしたら追撃を掛けてくれるかも、と言う点。
ともかく、暫定敵対者である議長の身柄の確保は、酒場跡地にいる三人では出来まい。

「……あー。俺ぁもう的にしかならなさそうなんで、下がりますわ。襲撃してきた奴の確保だけしてもらえれば情報は引き出せると思うんで、
 後はよろしくお願い――…っ!?」

そしてどんな状況であっても今の自身は邪魔にしかならない。
だからとっとと下がろう。遅まきながらそう考えたキリアの視界の端を、駆け抜けていった物があった。
腕だ。何物かの――恐らくは、迷える聖骸に操作された腕。反射的に振り向いた先にあったのは、口を塞がれたマテリアの姿。

マテリアの異才の主な媒介は声だったはずだ。
それを封じに掛かった、…と、なれば。
振り仰いだ空に二つの影を認め、キリアは舌打ちを漏らした。

――そりゃそうだ。第二撃を加えてくるに決まって、……決まって、いるんだろうが、でも、あれぇ?

その影の向く先が、マテリアとファミアに対して、でないような。
ファミアと自分に対して飛んできているような。って言うか真っ直ぐにこっちに飛んできてるよ間違いなく。
二人と立ち位置が離れている事もあって、容易に判った。狙われている、確実に。

「標的間違ってんだろうがぁぁぁぁぁあああああッ!!」

よもや、現状では脅威度の最も低い筈の自分が狙われるとは!
戦闘力のある二人を始末してしまえば、その後は俎板の鯉に過ぎないであろう己が狙われると言う理不尽な展開――とは言え、
キリアの主観においてでは、だが――への憤りを叫び声として吐き出すや否や走り出した。

ファミアに向けてか? 否だ。
幾ら天板ミサイルが使える程の膂力であろうとも、あれだけの質量攻撃を受け止めて平然としているとは、キリアには思えなかった。
付き合いが長い人間なら違ったのかも知れないが、キリアは先程対面したばかりの幼女をそこまで頼り切れるような純真な性格ではない。
故に、後方。酒場の外に出てしまえば、そこは視界の通りにくい路地裏だ。まだ距離もあるのだし、一撃くらいは何とかなる筈である。

「助けてファミアさぁぁぁん! ヴィッセンはアレの落ちた轟音をぶつけ返すとかとにかく敵を何とかしてくれぇぇぇえええ!!」 

が、二発目、三発目が来て、と言うか至近距離に落ちてきた物が暴れ回っても切り抜けられる自信があるかって言われるとどー考えてもノゥ。
ぽっかりと空いた壁の穴を走り抜けざま、キリアは他力本願な事この上ない叫び声を上げた。


【夜闇と距離のお陰で何が起こったかも、話の内容も分からないながらも、遠くに水晶の檻が出来た事で、あれ、議長って敵?と考える】
【一応、義腕が議長を離脱させようとしていた事から逆撃してくることはないかなー、と判断――】
【――したのだが、大きな影が真っ直ぐ自分に飛んできたことで思考中断。このまま留まったら即死っぽいので回避するべく路地裏へ移動】

136 :名無しになりきれ:2013/11/27(水) 20:38:25.48 0
保守

137 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/12/01(日) 15:21:57.64 0
【帝都組:風俗街】

カーターの憑依していた野良猫を媒体とした間接魔力投射。
これは何も特別な技術ではない。術式を付与した道具や符に魔力を通して起動させるのと同じプロセスだ。
だが、流す魔力の量のケタが違った。
猫に付与されていた術式の回路など一瞬で焼き切れ、許容量を超えた魔力が暴走する。
常軌を逸した膨大な魔力が媒体である猫の身体を崩壊させ、その座標を中心に爆発を起こした。

直撃すれば乙種ゴーレムとて砂塵に帰する、風化の魔力爆発。
だが、敵もさる者――遊撃課の面々は刹那で最適の判断を行った。

>「……なッ!」

猫に最も近い位置にいたセフィリアは、投射された魔力を機敏に感じ取ったのか即座に身を倒した。
莫大魔力による回路のショートが現象として起こるよりも早く、彼女は渾身のバックステップ。
開いた空間へ、入れ替わるように身体を捩じ込む男の影。

>「っ……間に合え!!」

フィンが片腕に鎧を纏わせ掌底を繰り出す。
弾き飛ばすのではなく、腕全体を使って抑えこむ動き。
防御するのではなく、被害を最小限に留めるための挙動だ。

>「―――ッ!」

同時、フィンを包むように八方から不可視の力が動いた。
スイの魔術、風帝の遺才が大気を障壁として爆発を封じ込めにかかったのだ。
そして。

「流石に遊撃課、動けるじゃない」

それら死に物狂いの尽力をあざ笑うかのように、野良猫の身体は弾け飛んだ。
音はなく。光もない。ただ書き換え不可な『現象』としての風化が、遊撃課へと炸裂した。
その威力たるやフィンとスイの全力をもってしても減衰し切ることは叶わず、彼らの足元は一瞬で砂となった。
大気は『風化』し、水分を失い、腐敗し有毒なガスとなって汚濁した匂いを充満させる。
それも風帝の風が吹き飛ばした頃には、爆発のすべてが完結していた。

クランク7は分析する。
晴れた視界の先、風化をモロに受けたはずの遊撃課三人は、しかし誰一人として命を落としてはいなかった。
並の戦闘者が相手であれば、後には白骨が散らばるばかりであったろう。
その予想に反して、フィンも、スイも、セフィリアも、瑞々しい生を湛えた表情でこちらと対峙していた。
だが、無傷とは言えなかったようだ。

>「ゲホッ……がはっ……!」

見たところ、最も重傷を負ったのはフィンであった。
至近距離で爆発を押さえ込んだのだから当たり前だが、彼は誰よりも多くの風化をその身に受け止めた。
結果、衣服のほとんどはボロ布のようになって触れる傍から崩れ去り、脆化した礫片が全身に裂傷を与えている。
不可解なことに身にまとうマントだけは無傷のようだったが、おそらく肉体が遮蔽物になったのであろう。
有り体に言えば、いまのフィンは半裸。マントだけを半端に纏った生まれたままの姿。

138 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/12/01(日) 15:22:30.13 0
「フフ……おそろいね」

外套以外には水着しか身につけていない姿のクランク7は、そうつぶやくと妖艶に微笑んだ。

>「これがこの人の遺才ですか……」

対して、セフィリアのとスイの損害は軽微。
特にセフィリアは最も早く反応して飛び退いたから当然だが、犠牲は最小限で済んだようだ。
逃げ遅れた前髪が数本と、同じくあまりの速度に置き去りにされた眼鏡。
裸眼となったセフィリアは、双眸を眇めてこちらを注視していた。
その彼女の言葉に、クランク7は哄笑で返す。

「い、さ、い〜〜〜?これが!この力が!遺才なんてチャチな『残りカス』に見えるのかしらぁ?」

そう、遺才など祖先の力の残滓に過ぎない。
魔族が極めた能力を、遺伝という形で血脈に保存した。
それをたまたま血が濃かったという理由で引き出し間借りする中途半端な存在が遺才遣いだ。
クランク7は、『違う』。

そしてそんな残り滓達を護るように、フィンは無事な方の腕を掲げて立ちはだかった。
ケタケタと嗤うクランク7は、ゆらりと身体を揺らしながら近づいていく。

対峙する者達が身構える中、スイだけが魔術の行使に入っている。
攻性術式の気配はない。おそらく味方の機動力を底上げする魔法。
フィンと交わしていた会話はこちらからは聞き取れなかったが、おおかた逃げる算段でも整えているのだろう。
その判断は正しい。何故ならクランク7は彼らが三人束になっても敵わないほどの戦闘能力を秘めているからだ。

そして、逃がすメリットはこちらにもある。
ハルシュタットの消失に、フィンは最初こそ動揺したがすぐに落ち着きを取り戻した。
護る対象の安否を再優先にする護衛職らしからぬ反応に、違和感があった。
だが、今は得心がいく。彼はハルシュタットの無事を知り、その所在に見当をつけたのだ。
そして当初の目的たる遊撃課長の消息を知るために、必ず再度接触を図るはず。
それは他の遊撃課二人にも言えることで――

「貴方のことはよく知っているわよ、フィン=ハンプティ。
 その構え、攻撃ではなく防御の意思。時間を稼いで後ろの二人だけでも逃がそうという魂胆を看破したわ」

三人の中で、フィンだけは残滓ではない。
自分と同じ。遺才という枠に縛られず新たな領域へと自己進化を果たした真の絶対強者、その資質を持つ男。
まだ彼は己の本質に思い至っていない。クランク7のいる場所まで登ってきてはいないが、時間の問題だろう。
だから。

「――貴方以外の残り滓二人を殺すわ。全員仲良く逃して二手に別れられても面倒だもの。
 そして絶望なさい。それこそが自己進化の鍵、いまの己を破壊し、新しい自分へと変革する第一歩!
 貴方を"人間"に縛り付けている楔を二本、いまから抜いてあげるわ……!」

さて、フィンを除く二人だけをピンポイントで殺そうとすれば、当然フィンは妨害に入るだろう。
だからまずは全員を同時に無力化し、しかるのち必要な分だけ殺す手順を執る必要がある。
できる手札が、クランク7にはあった。

139 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2013/12/01(日) 15:23:06.24 0
背に担う巨大な十字架に手をかける。
そのサイズに反してまったく重さを感じさせない動作で抜き放たれたそれは、無論のことただの十字架ではない。
クロスした二本の金属板、その長い方は磨きこまれ、縁は更に研磨されて鈍い輝きを放っている。
十字型の大剣。それも『館崩し』を凌ぐほどに尋常ならざる長大な刃を持った剣だ。

「――遺貌骸装『赦しの秘跡』」

鋒を天に向けて掲げたクランク7が、その武装の発動呪を唱えた。
瞬間、赤い光が刀身を染め上げ、同時に磨かれた剣の腹の部分――平坦な板としてのそれが変化。
鈍い輝きを放つのみだった刀身が、曇りを払われたかのように輝きを増し、さながら鏡のように景色を反射する。
剣型の鏡となった『赦しの秘跡』の鏡面に、遊撃課三人の姿が写った。

「……さあ、すべてを告解なさい」

鏡に写り込んだフィン達の姿が、呪力によって歪められていく。
既に鏡像の内容は、それを見る者それぞれによって形を変えていた。
歪められた虚像が結ぶ形は、対象者の『過去』の姿。その記憶。

――『絶望』の記憶だ。

遺貌骸装・『赦しの秘跡』は鏡面に写し取った対象者の記憶を強制回顧させる呪具である。
よみがえらせる記憶は対象がかつて後悔・憎悪・憤怒・焦燥・罪過などの感情を得た際のもの。
おしなべて言えば『忘れたい過去』『消したい記憶』であり――『やりなおしたい』という想いの根源だ。

それは『かつて』に対する否定であり、そのかつてを礎とする『これから』の否定でもある。
対象者は自身の最も絶望した、消し去りたい過去を圧縮した時間の中で何度も見せられる。
その記憶に耐えられず、真なる忘却を望んだとき――『過去を否定』した瞬間、それは叶えられる。

対象者は消したい過去の時点から現在に至るまでの全てのすべての記憶を失う。
幼いころにトラウマを抱えた者がこの呪いを受け入れれば、トラウマになる以前の精神へ巻き戻る。
すなわち、忘れたい記憶を本当に忘れさせることによる、真の救済――!

その理念をねじ曲げられ、呪物と姿を変えた遺貌骸装がいま、発動し、その渦中に遊撃課三人を捉えた。
三人はそれぞれ、己の消したい記憶と直面し、その在り様を問われることだろう。

全ては一瞬の間に――しかし各々の主観時間では無限の時の中で進行する。
忘却という救いに手を伸ばし、過去の忘却を望めば彼らの記憶は失われる。
戦闘経験も、仲間との絆も、あるいは――『目の前の敵から逃げようと思った』ことさえ忘れて立ち尽くす。
そうなってしまった遊撃課をピンポイントで殺すことなど、クランク7には容易かった。


【クランク7:遊撃課の撤退判断を看破。しかし泳がせたほうが都合が良いのも確か。
       とはいえ三人仲良く逃すにはリスクがあるので、フィン以外の二人を殺しておこうと決定。
       遺貌骸装『赦しの秘跡』を発動し、遊撃課三人の無力化を狙う】

【赦しの秘跡:大剣型の遺貌骸装。刀身は鏡面になっており、ここに映った者の過去を喚び起こす。
       対象者は脳裏に直接『忘れたい記憶』を再現される。
       記憶の強制リフレインに耐えられず、忘れてしまうことを望むと、その過去の時点からのすべての記憶を失う】

140 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK :2013/12/02(月) 02:44:51.03 0
屋根の上で見上げる夜空、マテリアの視線の先、議長の動きが何かに引っかかったように止まった。
自在音声によって再現した『福音』が狙い通り、思い込みを起こさせたのだ。

(――やった!止まった!今なら……)

短砲を構え、息を止める。
魔力による弾丸は実体弾と違い、空気の抵抗を受けない。
標的の動きが止まっていて、狙いが正確なら、間違いなく命中する。
短砲の照準が目標と重なり――だが瞬間、再び義手が動き出した。

「なっ……!なんで!福音はまだ、確かに!」

奏でている。なのに議長の『縫い付け』が働かない。
これでは義手だけを狙い撃つなんて事は出来ない。
止めなくては、だがどうやって、何故福音は働かない――思考が加速し、しかし空回りする。
もうあの義手は止められない。真っ白になった頭の中を、非情で、覆し難い結論が支配した。
マテリアが奥歯を噛み締め、短砲を構える腕を力なく下ろし――

>「痛いのは最初だけですから!痛いのは最初だけですから!」

不意にファミアの、半錯乱と言った具合の声が聞こえた。

>「ちょっ、ちょっと落ち着いて、ファミアちゃん。
 何をしようとしてるのか凡そ予想は付くのですけど、考え直すつもりは――」

思わず視線を地上へ向け目にしたのは、ファミアと、彼女に抱き上げられたフィオナの姿。
マテリアは一瞬だけ呆然として、だがすぐに彼女の思考を理解した。

フィオナにとっては災難以外の何物でもないだろう。同情の念も感じる。
けれどもマテリアは――口元を綻ばせる事を禁じ得なかった。
確かに、そのやり方なら、まだ議長に追いつける。
目を輝かせて、笑みを浮かべ、右拳を握り締めて、フィオナに視線を注ぐ。

>「――ああぁぁぁあぁぁ、絶対に最初だけで済まないじゃないですかあっ!!」

そして彼女は飛んだ。より正確には投げ飛ばされた。
木製の天板でゴーレムの腕を、いくら中抜きがされているとは言え撃墜出来るほどの膂力。
『超力招来』によって放たれたフィオナの姿を、マテリアは目では追えなかった。

故に目を閉じ、耳に両手を添える。
空気を裂く音は初めは乱れていて、だがすぐに落ち着いた。姿勢が安定した事が分かる。
軌道も完璧だ。一度慣性を失って、再加速が必要な状態では、もう逃げ切れない。
二つの移動音が交錯、一層鋭い風切り音――目を開き、空を見上げる。
両断された義手の断片と、解放された議長を抱きかかえるフィオナが、落下していくのが見えた。

「やった……」

マテリアは思わず、そう言葉を零した。
これで議長は戻ってこられる。ヴァンディッド達と引き離される事なく。
自分は彼らの間にある絆を、守る事が出来た――まだ戦闘の最中とは言え、頬が緩むのが抑えられない。
深く息を吐き、胸を撫で下ろし、安堵する。

>「ごめんなさい……それでもわたしは、いかなくちゃいけないんです」

だからこそ直後に聞こえた議長のその言葉は、マテリアの心臓を、ひどく冷たく跳ね上がらせた。

141 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/12/02(月) 02:46:19.56 0
「……え?」

一体、何故。
だって議長は仲間を求めていて、それは間違いなく、このヴァンディッド達だった筈なのに。
彼女に彼らを手放す理由なんて、無い筈なのに。
呼吸が乱れる。心拍が加速していく。

>「これや、マテリアさん、そして義手の人が持つ『遺貌骸装』は、元老院がもたらしたモノではありません。
  この街へ来る前、人間難民と合流する前に、『黎明計画』の特命を受けたわたしへ、更に接触してきた組織がありました」

そうだ。確かに不自然な事はあった。
福音に仕込まれた口は、後から強引に貼り付けたようなものではなかった。
デザインの一部として、造形の段階から組み込まれているようだった。
それはつまり、遺貌骸装の出所が元老院ではなくて、他の組織であると言う証左に他ならなくて。

>「それが、『ピニオン』――そしてその構成員、コードネーム"クランク"。
  彼らから、わたしはこの国の抱えている病巣と、元老院の狙いを聞かされ、それを打ち砕かんと決意しました」

マテリアは咄嗟に、両手を口に被せた。
人間難民、ヴァンディッド達の声を魔力に乗せて彼女の元に飛ばす。
何も分からない故に、ただひたすら、議長がどうなったのかを案じる彼らの声を。
その声を聞けば、彼女なら絶対に心が揺らぐ。
彼らの絆を利用するような行為――だが、とにかく必死だった。

>「わたしは、元老院の陰謀を打ち砕かんために、その内通者となりました。
  黎明計画の尖兵となり、その指令を忠実にこなしながら――情報を、ピニオンに提供し、見返りとして遺貌骸装を得ました。
  これが、わたしの目的に有用なものだからです」

>「遺才の本質は、魔族の力の再現。ヒトの血脈に宿る魔族の血と、似姿たるマテリアルです。
  言ってしまえば遺才遣いとは、その血とマテリアルを仲立ちする媒介に過ぎません。
  であれば、マテリアルと血を直接結びつけることができれば、遺才遣いなど不要になるはず――」

けれども議長は、まるで動じた様子もなく、言葉を続けた。
確かに声を直接耳孔に打ち込んだのに。何故か弾かれてしまっている。

>「――望むのは、魔族と人間の完全なる共存。そのために、中途半端な連中が邪魔なんです」

「……私は、私達は!あなたの事を助けてあげたかった!
 あなたが魔族でも、人間でも!それじゃ……駄目だったんですか!」

悲痛な叫び――届く筈がないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
足音が、議長が、遠ざかっていく。今度こそ、もう止められない。

>「ヴァンディット達を責めないであげてください。
  彼らは、純粋にわたしを助けるためだけについてきてくれました。
  そして願わくば、彼らを連れてこの街から――ヴァフティアから脱出してください。一刻も早く」

最後に議長はそう言い残した。

(……やっぱり、あの子はまだ)

ヴァンディッド達に未練がある。
彼らとの間にあった繋がりを、完全に無かった事にしたくないのだ。
そして恐らくは、自分達にも同じ思いを抱いている。

「……だったら」

無意識の内に零れた、冷たい響きを孕んだ呟き。
だが、その続きが紡がれるよりも早く、マテリアに紅の閃きが迫った。
深く思案に潜っていた彼女は一瞬、反応が遅れる。

142 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/12/02(月) 02:47:57.09 0
「むぐっ……!」

マテリアの口に何かが覆い被さる――手だ。黒い甲殻に覆われた、魔族の腕。
体勢を崩し、屋根から落ちる。
咄嗟に壁を蹴り、その反動で状態を整え辛うじて着地――自分の口を塞ぐ何かを確認する。

(これは……まさか!あんな小さな子が、ここまでして……いや、違う!こんな事までさせて!)

瞬間、マテリアの胸の中に炎が燃え上がった。怒りと敵意の炎だ。
クランク――今も自分達の近くに潜む者。
彼らが何者で、何を考えていようとも、絶対に許せない。そう感じた。

唐突に、地響きが鳴った。
音の聞こえた方向へ振り向く――石畳を砕きながら接近してくるゴーレムの足が見えた。
マテリアは地面に膝を突いた状態から立ち上がり、それを睨み上げる。

「――このていどで、わたしのいさいをフウじたつもりですか」

そしてマテリアは、そう言葉を発した。
彼女の声、ではない。口は確かに塞がれている。
だが、彼女のマテリアルは手だ。それを口や耳に被せる事で遺才を発動する。

つまりこの状況――確かに発声は防がれたが、まだ遺才は使える。
マテリアは周辺の、様々な人が発する声を掻き集め、分解、再構築し、言葉を作り上げた。
無論、精度、実現可能な事象の範囲共に、平時の自在音声には到底及ばないが――このまま黙らされたままでいるのは、我慢ならなかった。

>「助けてファミアさぁぁぁん! ヴィッセンはアレの落ちた轟音をぶつけ返すとかとにかく敵を何とかしてくれぇぇぇえええ!!」 

「……わたしのオトは、そんなベンリなものじゃないんですがね。
 ……でも、ぶつけかえすというのは、おもしろいハッソウです。すこしシャクですけど」

思考が鮮明に冴えていた。
怒りの炎が、頭の中を照らしているようだった。
マテリアは腰から伸縮杖を抜き、再び『遠き福音』を展開する。

(議長ちゃんは……目的の為に、腕を切り落とした。あんな小さな子が……。
 だったら私も、あの子と同じだけの覚悟を決めなくちゃいけない……)

両手で柄を握り締め、体を捻る。
そして大きな弧を描く軌跡で穂先を地面に叩きつけた。
福音が鳴り響き――同時にマテリアは遺才を発動。

「う、ぐっ……!」

全身を巡る血液と遠き福音が反発し合う。
それに耐え切れず、指先を始めとした体中の細い血管が破れた。
体の各所に激痛が走る――だが、マテリアは遠き福音を手放さない。遺才の発動も中断しなかった。

(発動は、一瞬でいい!この福音に遺才で一瞬、指向性を与えてやれば……弓で放たれた矢のように、音はまっすぐに飛んでいく!
 この足が来た方向に!マクガバンの予想が正しいのなら、足は一瞬、慣性を失う!)

143 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2013/12/02(月) 02:49:25.55 0
マテリアは遺才によって、人の『呼吸』や『拍子』を高い精度で読む事が出来る。
そして人はそれらを乱されると、容易に行動を失敗してしまう事も知っている。
所謂呼吸を乱す、拍子を外す、機先を制する、と言った奴だ。

(そしてこの状況、機先は――踏み出す瞬間!そこを制してしまえば、後はもう、アルフートさんが何とでもしてくれる。だから、もう一仕事!)

先ほどキリアが叫んだ言葉、ぶつけ返す――確かにマテリアの操る音は、突き詰めれば空気の振動だ。
飛竜の飛行音や鳴き声によって地上のガラスが震え、割れる事もある。
だが、音の持つ破壊力と言うのは、所詮その程度だ。
いくらゴーレムの足が重く、強力だとは言え、そこから生じる音に多大な破壊力が宿ったりはしない。

(だけど……私の魔力は音を吸収、保持して、別の所へと伝える事が出来る。なら、この肌で感じるほどの『振動』も……)

マテリアの体から魔力の粒子が飛散していく。
その一部はゴーレムの足へ付着、同時に空間を漂っていた魔力同士を結合させ、糸を作り出す。
糸の伸びる先は――レクストとフィオナが囚われている水晶の檻だ。
そちらにも既に魔力の糸を、格子の全てに満遍なく絡めてある。

(これで振動は伝播し、『蓄積』する!いつかガラスと同じように、檻の格子が砕け散るまで!)

しかしゴーレムの足音分の振動だけでは、檻の破壊には到底威力が足りない。
ファミアがゴーレムの足をすっ転ばせる方がずっと早いだろう。
とは言え――ならば振動を上乗せすればいいだけの事だ。

「こうげきをツヅけてください。かならず、くだけます」

檻の中に囚われた二人に向けて、継ぎ接ぎの言葉を飛ばした。
もっとも、振動は固定された物を緩めるものだ。
檻が砕けるよりも、格子の突き刺さった石畳が駄目になる方が先かもしれない。

と、不意にマテリアが膝を突いた。消耗が激しい。
遺貌骸装による反発を無視して遺才を発動したし、通常の音よりも大きな振動を扱う為に大量の魔力も展開した。
だが疲労や辛さは感じない。精神の昂ぶりがそれらを完全に掻き消していた。

「まけませんよ。にがしもしません。ぜったいに。あのコのいばしょ、あなたタチのもくてき、すべて……しぼりだしてやります」



【遺才を用いて足が向かってきた方向に向けて福音を無理矢理飛ばす。ゴーレムの足を不安定な状態に。
 水晶の檻に「音(振動)を保持する性質を持つ魔力」を付着させる。檻か地面、どちらかが砕けるのを助長】

144 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2013/12/04(水) 23:24:36.93 0
フィオナを抱え上げたまま小さく後ろへ跳躍。
着地。
跳躍。
着地。
跳躍。
着地。
射出。

投擲の勢いのままブリッジの体勢になったファミアはそのまま頭頂を基点にもう半回転。
そのまま今度は手をついてさらに数度の回転、推進力を逃していきます。
それでも残ったエネルギーは上体を振り向かせることで消費しきって、
やりきったものだけに許される笑顔を最後に浮かべ、ファミアは投げ放たれた"賽"の行方を見やりました。

常人の視点からすればやりきったというよりやっちゃった系ですが、なに、大事なのは結果です。
視界の端ではマテリアも小さくガッツポーズをしながらフィオナの行方へ視線を向けていました。
そして、二人の視線が交差する一点ではその"結果"がすでに出ています。

>「やった……」
マテリアの呟きを耳にするまでもなく、ファミアは自分の企てが全て成功したことを知りました。
義腕、議長、フィオナ、全てが運動方向を変え、落下していきます。

「ええ、やりました」
ひとまず最悪の事態は避けたという安堵とともにそう言い切って、
残る襲撃者への対応へ視線と思考を切り替えました。
――"企ての外"にあるものへの理解を遅らせたその気の緩みは、はたして責められるものでしょうか?

>「水晶の、檻?」
キリアの声に顔を戻すと確かに議長のもとから透き通った枝が無数に伸びていました。
言われる通りの檻となったそれは地表に達したのちもさらに厚みを増していきます。

既に一度それを目にしているファミアは議長が落下を止めるために遺貌骸装を展開したのだと考えました。
しかし、どうにも様子が変です。
薄く透ける檻の中では明らかにレクストが剣を振っています。
見間違いでないことは響き渡る音が証明しているわけで、
つまりレクストは檻を破壊しようとしているのです。

>「……私は、私達は!あなたのことを助けてあげたかった!
> あなたが魔族でも、人間でも!それじゃ……駄目だったんですか!」
少し離れたところではマテリアが声を上げていました。
その叫びの意味はファミアには理解できません。

145 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2013/12/04(水) 23:26:27.41 0
>「……あー、あの二人が裏切るってな考えにくいし、だったらあれか。最初っからグルだったか途中で裏切ったかはともかくとして、
> つまりあの娘は敵ですよ、と。そういうことだよな、これ?」
「っ、いや、そんなことは……!」
ないはず。とまでは口にすることができませんでした。

考えて見ればおかしな話です。
さらわれた際に意識を失っていなかったので、千年樹氷はあそこに行くまでに起動できたはず。
これは襲撃者に対して抵抗する気がなかったということになります。

しかし――
初めて会ったあの噴水広場で駆け寄ってきた時の、喜色の浮かぶ顔。
神殿で握られた手の震え。
崩れた神像の上での決意の眼差し。
つい先程「魔族になってみないか」と口にした声に滲むかすかな不安。

(嘘、だったとは思えない……)
思えないのではなく、思いたくないだけかもしれません。
それでも、それは演技にしては真に迫りすぎていたんじゃあないかと、そうは思うことはできました。

マテリアのように遠くの音を聞くことができないファミアには議長の言葉は聞こえません。
だから――
(直接聞く!)

顔を突き合わせて目を見て、事情を直接聞くのだ。そう決断しました。
それで決別を告げられるのならそれでもいい。
だけど、さよならを直接言わずに別れるなんて、そんな礼儀知らずをさせるもんか。

そこまで考えたところで、はて自分はここまで前向きな人間だったろうかと疑問を抱き、
しかしその思考はみっともない声で遮られました。

>「標的間違ってんだろうがぁぁぁぁぁあああああッ!!」
仕留めやすそうなところから仕掛けていくのも正しいんじゃないかな、とファミアは考えて、そこで小さくため息を一つ。
キリアが助けてくれと喚いている割に遠ざかってしまっているからです。

「だったらこっちに来てください!」
言いつつも自分もまた遠ざかる方向へと跳躍。
降ってきたゴーレムの片足を回避して、今度はその上に乗るように跳びました。
これで、この足に攻撃されることはありません。
想像してみましょう。右足が痒いのを、右足だけでかくことがでますか?

倒れこんで自身ごとファミアを地面に叩きつけることはできるでしょうが、
そんな予兆の大きい攻撃は余裕を持って回避できます。
ファミアを引き剥がそうと思ったら別の部位を使う必要があるのです。
そして使えるものは今キリアを襲っているもう片方の足だけ。
他にもあるなら今既に投入されているはずです。

146 :ファミア ◆mBbjhI6Iks :2013/12/04(水) 23:28:00.23 0
まあ、ゴーレムの"操縦者"がそこに思い至るまでの数回の攻撃は自力でしのいでもらわねばならないのですが。
とはいえ、狭い路地に入り込んだ状態であればそこまで難しいことではないでしょう。
周り全部を踏み潰して更地にしてからゆっくり狙うような暇は与えません。

「あーもうスティレットさんがいればこんな面倒なことしないで済むのに!」
けれんも脈絡も突拍子もなくゴーレムを切り捨てる元同僚の姿を、
考えても仕方がないとわかりつつも思い浮かべることをやめられませんでした。
なにせ素手では決定打を与えられないのです。

転経器があれば多少は違ってくるでしょうがルグス神殿に置き去りです。
宗教施設を破壊し尽くした犯人の遺留物が他の宗教の聖具というのは全く以てよろしくありませんね。
ちゃんと痕跡を残さないようにしておくべきでした。

そんな閑話はさておきまして、有効打が与えられないのならどうしたものか。
――武器をこの場で調達するよりありません。

脚部は思い切り地面を踏みしめてその衝撃でファミアを振り落とそうとしています。
が、ファミアは何度目かの足踏みが地を打つ直前で飛び降り、降りてきた脚部を掴んで引き倒しました。
しっかりと舗装された路面はファミアの力を受け止めて十全に発揮させてくれます。
すぐに起き上がった脚部へ再度飛び乗り、嫌がらせを続行します。

今度は壁に叩きつけて押しつぶそうと動く足をあざ笑うようにひょいと屋根に飛び降りて回避。
もう一回足を掴んで地面に転がしました。
そうしているうちに襲撃者が業を煮やしてもう片足を接近させてくればしめたもの。
足をひっつかんで殴りかかるのです。

相手が犯した過ちは少なくともふたつ。
ゴーレムの部品を使ったこと、確固たる足場がある場所を選んだことです。
運搬や隠蔽にどれだけ不利であってもゴーレムを一体まるまる用意するか、
泥濘とまではいかずとも土や砂の上で襲撃をするべきでした。
そうであれば、いかにファミアといえどもゴーレムを"武器"として使うことは不可能なのですから。

【授業中にちぎった消しゴムを背後から投げるような感覚で】

147 : ◆0lAphgL/oYvT :2013/12/08(日) 19:06:13.34 0
目の前の相手は強い……自分よりも……

セフィリアはそう確信した
だが、相手は強いと認めても、それがそのまま負けを認めるわけではない
うかつに手を出すべきではない

相手の攻撃を感じた直後に回避運動をとった
そうしないとセフィリアは生きていけないからだ

遺才の性質上、セフィリアの防御力という点では常人と変わらない
多少は魔力で補正はかかっているが、それでも成人男性以下である
怪我をした場合、遺才で補うという事もできなくもないが
腱が切れたり、足の骨を骨折したら歩けないという至って普通の事になってしまう

多少の傷み程度なら克服できるが、重症に耐えることはできない
だから、セフィリアは回避する技術を培ってきた

前置きはこれくらいにしてもこんな反則級の攻撃を受けるわけにはいかなかった
どう考えても防御力などという問題ではない
触れれば終わり、実にシンプルな問題ではなある
眼鏡一つの損害ですんだことは幸運と言えた

この女は遺才を残りカスと吠えた
先祖の能力がたまたま残ってるだけ、ガルブレイズの遺才はまさにそうと言えた
セフィリアに関しては上澄み濃縮といった具合ではある
それが熟成し芳醇なものへと変わろうとしていることを目の前のクランク7は知らない
いや、当のセフィリアすら知り得てはいなかった

>「……おい、セフィリアとスイ。聞こえてるよな。悪ぃんだけど、頼みがある」

内容は俺が時間を稼ぐからランゲンフェルトを連れて逃げろというもの
自分も逃げるとはいってはいるが聞き入れれるものではない

ハンプティさんらしすぎる提案にセフィリアはニヤリと口元を緩ませた
半裸の彼の姿を直視しないようにとは心がけていた

「まさか、ハンプティさんは私がそのお願いをきいてあげるとでも?」

いささか挑発的な物言いはピンチの裏返しなのだろう
余裕が無いのだ

148 : ◆0lAphgL/oYvT :2013/12/08(日) 19:07:40.91 0
逆にスイは肯定的だった

>「…だったら、全員が逃げる、というのはどうだ」

これが最も現実的な案である
セフィリアもスイの能力を考えれば不可能ではないと考え、賛成しようとした矢先

「――貴方以外の残り滓二人を殺すわ。全員仲良く逃して二手に別れられても面倒だもの。
 そして絶望なさい。それこそが自己進化の鍵、いまの己を破壊し、新しい自分へと変革する第一歩!
 貴方を"人間"に縛り付けている楔を二本、いまから抜いてあげるわ……!」


来る、その直感が電流のように体を駆けまわり
瞬時に敵の動きに対応できるように身構える、警鐘を鳴り響いたのだ
今のセフィリアは眼鏡がなくなったことによって相手がよく見える

魔力リミッターが外れているので全力で動くことができる


>「――遺貌骸装『赦しの秘跡』」

直感がさらに上の警鐘を鳴らす、もう観察や様子見をしている段階ではない
自然と体が弾けた、低姿勢で床を蹴り、クランク7の下から斬撃を浴びせようという態勢だ
極力、正面面積を減らし、被弾面積を減らす工夫だ……クランク7の『風化』に効果があるかは、はなはだ疑問ではあるが……
しかし、狙うは喉元、訓練の成果が良く出ているいい踏み込みに抜刀だった

しかし、剣先がクランク7の喉元を切り裂くことはなかった

>「……さあ、すべてを告解なさい」

この言葉を最後にセフィリアの意識は途絶えた

視界に霧がかかる、というような平凡な例えがしっくり来るように
なにも見えない状況にセフィリアは不思議に思い眼鏡を袖でふき、かけ直した
普段なら母に怒られるような行動である

なにか違和感を感じつつも目を凝らして先を見据えようとすると
霧が晴れてきた大きな音が聞こえる
映るのはセフィリアの愛機、サムエルソンの姿だった

149 : ◆0lAphgL/oYvT :2013/12/08(日) 19:09:20.88 0
場面はつい昨日、愛機が密かに尊敬していた先輩に粉砕されているところだった
特に学生時代交流はなかったが同じ貴族、優秀な剣士として密かに尊敬していた

交流がなかったのはセフィリアとスティレットとはいろいろと所属しているところが違いすぎたからだ……

クランク7の『赦しの秘跡』――忘れ去りたい過去
自分の上にいる人間が自分の理想通りに動かなっかたこと
それに負けてしまったことである
これまでセフィリアは自分勝手に動いてきたことは前にも少し触れたが
貴族としては比較的に自由に育った彼女、それでも自分を律し研鑽を積み、遺才にあぐらをかかずに育ったのは立派といえる

しかし、彼女の本質はあくまで利己主義、利が『誇り』という自己完結のものであるから表面化はしなかったが
おそらく遊撃課で一番自分勝手なのはセフィリアだ
さきほどフィンの提案を聞き入れなかったのは単純に「自分がやりたくなかったから」
そこにフィンの身を案じている部分は僅かと言える

そして、負けず嫌いだった
セフィリアは最強ではない、学生時代、親兄弟、負けたことはあった
ごく最近でもスティレット・フランベルジュに以外にもタニングラードで子供に敗北している
謎の武術を使う軽薄な男にすら敗北している

忘れ去りたい記憶とは敗北と理想通りに動かないこと
スティレットとの戦いの敗北

赦しの秘跡それは強力なものであろう
多くの人間にとっては脅威極まりない
その記憶を拒否すればその記憶を消し去り、それ以前の記憶に戻す
古ければ古ければその代償は大きい、だがセフィリアにとっては一日分の記憶だ
素晴らしい勝利の記憶もあるが代償は圧倒的に軽い
いまも耳元では母が娘の誕生日焼く焼き菓子のように甘く柔らかい言葉がささやかれる

「忘れれば楽になる」「忘れた方がいい」「嫌なことから逃げられる」

セフィリアはそれに応じる素振りするみせなかった
なぜなら、この声は邪魔でしかなかったからだ
せっかく自分の敗北の場面を何度でも見れるのに、集中させてくれないこの声は
邪魔でしかなかった

150 : ◆0lAphgL/oYvT :2013/12/08(日) 19:10:29.96 0
自分の敗北から目をそむけることは簡単であった
だが、それになんの意味がある
忘れることになんの意味がある
敗北、失敗から先へ進むことは犬でも猫でもできる

敗北の記憶は武人にとっては糧だ
死ななければ真の敗北ではないというわけである

いま、セフィリアがやっていることはただの研究だ
自分の映像記録による分析はやったことがないわけでなかったが実戦、しかも敗北などとなると
観たことなどなかった

セフィリアは感謝していた
そして、幸福感すらも感じていた
だがしかし、一番、心の奥底に渦巻いているのは憎悪、嫉妬、後悔である

それは繰り返されれば、繰り返されるほど募っていく
また湧き上がった憎悪はスティレットへのものであることは言うまでもない
怒りによる興奮で曇る眼鏡

眼鏡……?
眼鏡は先ほど風化したはずでは……
頭に疑問符が浮かび、違和感を抱く

いや、そもそもこれはなんだ
なんで昨日のことを観ている?
当然の疑問が次々と頭を頭を駆け巡る
よく見わたせば自分がいる場所は観劇場のボックス席
そこに観客は自分一人、明らかに異常だ

早く抜け出さないといけない……
そうしなければ……

「先輩に勝てないじゃない!!」

思いはそれだけだった……
セフィリアの眼前が光りに包まれる……

赦しの秘跡は強力であるがセフィリアとの相性は悪かったのかもしれない

【セフィリア:赦しの秘跡を突破か?】

151 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/12/19(木) 02:28:00.85 0
振るった黒刀は、刃断ちの音一つたてずに真紅の義手を斬り抜けた。
中心で分かたれた偽腕の片割れが、それでも本来の役目を遂行させんと夜闇を切り裂き飛んでいく。

リフレクティア青果店を襲撃した実行犯が、この軌跡の先に居る。
夜陰に溶け込んでいるからか、あるいは単純に距離が開きすぎているからか、捕捉することは出来ない。
舌打ちを残して、フィオナは一度頭を振るう。

物事には優先順位がある。おおまかな敵の位置はすでにマテリアが捕捉済みだ。
自分がしなければならないのは議長の確保。後さしあたっては地表に落下するまでの安全確保だ。
腕の中に抱き留めた議長を視界の端に収めながら、ため息を吐き出す。

「良かった――」

安堵に気が緩んだというわけではない。
だがフィオナの呟きは、半ばで空に溶け、次いで体が傾いだ。

自信の意識が一瞬で地面へと落下するような虚脱感。
多量の血を失った時に起こる感覚に似ているが、失ったのは血ではなく魔力である。
神殿での未来視に、先ほど行った黒刀の開放。
僅かな時間で、立て続けに大規模な魔力を放出した結果だ。

魔術の大系に差はあれど、術式を行使するに当たって共通する要訣が一つある。集中力だ。
大昔の大魔術師や聖者と呼ばれる者たちの中には、呼吸するように魔術を行使した者も居たというが、
それも集中に要する時間が極端に短かかったに過ぎない。
逆に言えば意識が散逸するような状況では、魔術を行使することが難しいということだ。

(まず……――)

そして、まさに今のフィオナがその状況である。
朦朧とする意識の中、フィオナは議長を庇うように抱きしめた。
もっとも魔族の頑強さを持つ彼女ならば、この高度から落下したところで問題はないだろう。

しかし、そんなことは元より思考から外れていた。
騎士として、大人として、人として。子供を護ろうとすることに理由は必要ない。

(――……いいえ。何とか、なるかもですねえ)

それに、落下する最中においてフィオナは視界の端に、耳朶を通して、捕らえていた。
石畳を削る際に飛び散る無数の火花。無数の羽虫が一斉に羽を打ち鳴らすような風切り音。

>「間に合わせる――!!」

滑る様にヴァフティアの街並みを疾走する、レクストの姿を。
湖の底の洞窟で、城砦に囲まれた都市の中で、彼の手を何度望んだことだろう。
フィオナの口端が吊り上る。今度は、安堵で。

>「ごめんなさい……それでもわたしは、いかなくちゃいけないんです」

だから、腕の中に抱えていた議長の変化に、フィオナは気づくことが出来なかった。

152 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/12/19(木) 02:29:05.37 0
>「遺貌骸装――『千年樹氷』」

耳朶を打つ少女の声に、弾かれるように顔を向ける。
口唇からこぼれる血の赤が、妙に鮮やかに視界に映った。
蒼く尖った短剣に緋色の塊が溶け込み、無数の枝葉が咲き乱れた。

「これは……神殿で見た――」

嫌になるほど追いかけ回された、あの水晶の枝だ。
肺腑から息が洩れる。議長が空中で止まったのだ。
抱きかかえていた体勢は必然的にしがみ付くに変わり、落下の衝撃と驚きで、腕は容易く議長から剥がれた。

再度の浮遊感に身体を丸める。
下に待機していたレクストが受け止めてくれたことで、地面との接触は回避できた。
しかしそれは、議長にとってすれば閉じ込めるべき対象が、二つから一つに減ったようなものだ。

「レクストさん、上です!」

叫んでみたところで、互いにもつれ合った状態では瞬時に対応することは出来ない。
空中に広がった枝葉が、その穂先を垂直に曲げ、一斉に石畳へと突き刺さる。
あらゆる衝撃を吸収してしまう、水晶の監獄。
囚われたら最後、抜け出す手段は皆無だ。

>「これや、マテリアさん、そして義手の人が持つ『遺貌骸装』は、元老院がもたらしたモノではありません。
  この街へ来る前、人間難民と合流する前に、『黎明計画』の特命を受けたわたしへ、更に接触してきた組織がありました」

檻の向こう側から議長の声が聞こえた。
何を言ってる、とレクストが叫ぶ。返ってくる答えは無い。
答えるつもりが無いのか、あるいは別の理由があるのか。

>「それが、『ピニオン』――そしてその構成員、コードネーム"クランク"。
  彼らから、わたしはこの国の抱えている病巣と、元老院の狙いを聞かされ、それを打ち砕かんと決意しました」

「クランク……ですか。随分と因縁深い名前が出てきたものですね」

幾度か、遊撃課の前に立ちはだかった手合。それが"クランク"だ。
もっともフィオナ自身は直接対峙した経験はない。
しかしその名は聞いていたし、報告書に書かれた内容から決して侮れない相手だということも知っていた。

その"クランク"を要する組織が『ピニオン』であり、議長もまた『ピニオン』に属している。
表面上は元老院に服従し、裏では彼らに通じていたというのだ。

(……なんてことなの――)

フィオナは背筋に氷柱を刺し込まれたかのような感覚に陥る。
『ピニオン』の組織力がこれほどのものだとは思っていなかった。

153 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/12/19(木) 02:30:06.59 0
『黎明計画』は元老院が、すなわち帝国の中枢部が、国家の進退をかけて行っている最大級の機密計画だ。
この計画が外に漏れれば、それは帝国が窮しているということを大体的に喧伝するのと同義である。
にも関わらず、切り札ともいえる駒がすでに、『ピニオン』に奪われてしまっているのだ。

(――間違い……ない。少なくとも元老院クラスの地位の者が、『ピニオン』に通じている)

フィオナの決意は変わっていない。『黎明計画』は打破すべきものだ。
だがそれは、帝国という国そのものを、そこに息づく人々を、犠牲にしたのでは本末転倒だ。
信じている。人は愚かではない。より正しい未来を掴み取るために努力していけるのだと。

>「だからわたしは、どうあがいても絶対的に、遺才遣いの対立者です。
  フィオナさん、あなたやマテリアさんや――ファミアさんがわたしを助けてくれて、嬉しかった。
  もしもあなたたちが遺才遣いなどではなく、ただの人間か、あるいは魔族だったなら――」

「そんなことはないっ!……感情を殺す必要なんてない。
 嬉しかったと言うのなら、あとは手を取ってくれれば良いんです!」

そのためには、檻の向こう側で悲しそうにうつむく少女を、その絶望から救わなければならない。
声を張り上げ、拳を握りしめ、格子を叩いた。轟剣ですら傷一つ付かない水晶相手に無駄なのはわかっている。
それでも動かずには居られなかった。叫び続けなければいけなかった。

>「――望むのは、魔族と人間の完全なる共存。そのために、中途半端な連中が邪魔なんです」

一陣の風が、議長の髪を撫でつけた。少女の髪が解け、隠れていた相貌が露わになる。
声が零れた。赤い瞳をした少女の顔には、本来あるべきはずのパーツが無かった。

「……耳を、潰してまで」

魔族にとって人の身体はいわば擬態に過ぎない。
本人が望むのならば、いくらでも好きなように姿かたちを変えられる。

耳を消し去ったのは果たして決意の表れなのか、それとも決意が揺らぎそうになるのを防ぐためか。
ただ一つ分かるのは、今この場においてどれだけ声を張り上げようと、彼女には届かないということだけだ。
握りしめていた手のひらは自然と解け、水晶の格子を力なく撫ぜる。

>「ヴァンディット達を責めないであげてください。
 彼らは、純粋にわたしを助けるためだけについてきてくれました。
 そして願わくば、彼らを連れてこの街から――ヴァフティアから脱出してください。一刻も早く」

(もう届かない。声も、何もかも)

フィオナは唇を噛みしめた。あまりに強く噛みしめたせいか、鉄錆びた味が口内に広がった。
自分は無力だ。皆の想いを託されたというのに。
水晶の壁に添えたままの手が、無念さを代弁するかのように細かく震えていた。

154 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2013/12/19(木) 02:30:52.17 0
>「こうげきをツヅけてください。かならず、くだけます」

耳朶を打つ声。たどたどしいが聞き違えるはずはない。
――マテリアの声だ。

閉じかけていた瞼を開く。
水晶の檻に添えたままの自分の指先。
そして気づいた。違う。
震えているのは己の手ではない、格子そのものが振動しているのだ。

何故――この檻を破壊するため。
誰が――もちろん、マテリアが。
何のために――自分たちを、もっと言うならば議長を助けるために。

「レクストさん――」

弾かれたように、フィオナは駆け出した。
地面に転がったままの白刀を掴みあげ、放り投げる。
続けて腰の剣帯から引き抜いたレイピアも、同様に投げた。
傷一つ付かないはずの檻に、二振りの剣が突き刺さる。

「――使ってください!」

片刃の太刀と薄刃の細剣。
片方は人の持つ魂の粋を。もう片方は人が培ってきた技術の粋を尽くして生み出された剣だ。
実際、己には過ぎた得物だ。それでも、この二振りを託されたことを誇りに思う。

("遺貌骸装"はいわば形を持った魔族の血そのもの。それなら!)

フィオナは神に捧げる聖句を謳いあげる。
イメージするのは柔らかに全てを包み護る――堅固な殻。
ルグスの誇る防性結界術式、"聖域"だ。

「貴女は知らないでしょう――」

この声は届かない。

「――二年前、このヴァフティアの街は大規模な降魔術式の生贄にされました。
 多くの人々が、魔物に成り果てた者たちの餌食となった」

それでも叫ばずにはいられなかった。

「だけど、その街を救ったのは人間だけの力じゃありません!
 魔の血統に連なる人狼の一族、魔に呑まれても命を賭して戦った盗賊の青年。
 人と魔が、力を携え戦った。それがヴァフティアです!」

突き出した両腕の中に顕現する、ごく小さな、しかし高密度の魔力を込めた"聖域"。
これをレクストが穿つ穴にあわせて展開し、水晶の復元を抑える。それがフィオナが弾きだしたプランだ。

「私は決して諦めない!この街も、貴女と友達になることも!」

【削って出来た亀裂を聖術で押し広げる】

155 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/12/23(月) 23:10:59.87 0
黒鎧が剥がれ落ち、流れ出る血液に染まるフィンの右腕。
痛覚を含めた感覚を失ってしまった酷く惨めなその腕だが、今だけはその不自由に感謝するべきだろう。
もしその腕がまともであったなら、フィンは恐らくは襲い来る激痛に身動きが取れなくなっていた事だろうから。

「くそっ……こっちは右腕一本持ってかれてんのに、あっちは随分余裕そうじゃねぇか……」

そして、フィンの防御を容易く打ち崩す一撃を放って尚、疲労の色すら見せず君臨するのは、クランク7。
フィン=ハンプティがこれまで遭遇したどの敵よりも『強大』な力を持つ女。
爆風を辛くも乗り越えてからずっと、フィンはその脳内で眼前の女から逃げおおせる手段を模索していたが、
どれだけ防御の構想を練ろうとそれを容易く押し潰されるイメージしか浮かばない。
それ程までに力量差のある相手。
……なまじ『近い』からこそ、フィンにはその力の差が嫌という程理解出来る。出来てしまう。

この相手からは、誰かを切り捨て……贄としない限り、逃げ切る事は不可能だと、判ってしまうのだ。

そして、そうであるからこその先程の台詞。

見知らぬ他人の為に自分を殺すのはもう止めた
大切な仲間を護る為に生きようと――――そう願った
けれど、仲間の誰かを犠牲にして生き長らえるくらいならば、自分を切り捨て仲間を助ける

その意志の元に、フィンは仮初の英雄の意志ではなく、自身の欲望を根源として、
以前の自分の様な、自分を切り捨てる発言をしたのだ。


……フィンの感情を抜きにしても、ある意味でこれは正しい選択であるとう言えよう。
勝てる勝てないではなく、クランク7と対峙して最も生き残る時間が長いのは恐らくフィンであるからだ。
殿が生き残る時間の長さは、逃げ延びる時間の長さに直結する。
きっと、これが騎士団や軍隊の様に規律ある組織であれば、この選択が拒否される事は無かっただろう。

>「まさか、ハンプティさんは私がそのお願いをきいてあげるとでも?」
>「…だったら、全員が逃げる、というのはどうだ」

「……っ!」

だが――――忘れるなかれ
フィンが守りたいと思っている者達が所属する組織の名は『遊撃一課』。
どこぞの二課の様な光り輝く英雄達の集まりでもなければ、闇に暗躍する組織でもない。
突き抜けた才能を持つが故に爪弾きにされた、天才達の掃溜めなのだ。
一を極める才をその身に宿す彼女達が、フィンの提示した凡百の妥協案など許す筈が無い。

スイはクランク7の言動から『見逃される』可能性を冷静に読み取り、全員での撤退を提案する。
セフィリアは敵の強さをその身に感じても尚――――不敵な笑みを浮かべ、己が信念、或いは願望の名の元にフィンの提案を切り捨てる。

二人は、圧倒的な力量差を前にして後ろ向きな覚悟を抱きかけていたフィンの襟首を強引に掴み、
その視線を無理やり前に向けさせて見せたのである。

「はは……ったく。相変わらずうちの女性陣は強いな」

そうやって、襟首を掴まれ『英雄』から引き戻されたフィンは、思わず苦笑を浮かべる。
それは、仲間を庇護の対象として見てしまっていた自分の傲慢さへの嘲笑であり、
力量差如きで挫けかけていた自身の意志への嘆息であった。

そして、自身を切り捨てる安全策以外の、無理を通して全員で逃げるという選択肢を得たフィンは
覚悟の質を変え、眼前のクランク7を真っ直ぐに睨みつける。

156 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/12/23(月) 23:11:37.63 0
さて……果たして。この『全員で助かる道を選ぶ』事は正解だったのであろうか?

結局の所、逃走の選択肢はクランク7という女がどこまで『本気』を出すかに掛ってくるのだ。
全員を見逃してくれれば僥倖だが、そうで無ければフィン達は、格上の相手と全面対決する事となってしまう。

そして……最善の結果を容易く与えてくれる程、世界は優しくは無い。


>「貴方のことはよく知っているわよ、フィン=ハンプティ。
>その構え、攻撃ではなく防御の意思。時間を稼いで後ろの二人だけでも逃がそうという魂胆を看破したわ」

>「――貴方以外の残り滓二人を殺すわ。全員仲良く逃して二手に別れられても面倒だもの。
>そして絶望なさい。それこそが自己進化の鍵、いまの己を破壊し、新しい自分へと変革する第一歩!
 貴方を"人間"に縛り付けている楔を二本、いまから抜いてあげるわ……!」

「はっ、何が残り滓だ!この二人は俺なんかよりずっと強ぇんだよ!
 強すぎて大事だから、てめぇなんかに指一本触れさせてやるもんか!
 進化がしたきゃ一人で勝手にしてやがれ!!」

フィンがそう吐き捨てた直後……遺才を残り滓だと嗤うクランク7が取ったのは、
当然の如くフィンにとって最悪の選択であった。
彼女は、フィンの覚悟も仲間ごっこも茶番であるとでも言うかの様に、巨大な十字の大剣を抜き

>「――遺貌骸装『赦しの秘跡』」
>「……さあ、すべてを告解なさい」

直後、赤い光と共にフィンの世界は歪められた。

157 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/12/23(月) 23:13:45.24 0
Re:1
「…………あ、え?なんだここ。俺は……俺は、何したんだっけ?」

古めかしい石造りの洋館。気が付くと、その一室である長机が置かれた食堂にフィンは立っていた。
白いクロスが掛けられた机上には、様々な料理が並べられており、美味しそうな湯気を立てている。

「あ……これ、お袋、の?」

そして、良く見ればその料理はフィンの故郷に伝わる料理であり、幼い頃によく口にした物であった。
突然の出来事に混乱するフィンが周囲を見渡せば、食堂の椅子に複数の人影を見る事が叶った。
そして、その人影の顔を見た瞬間、フィンの目が大きく見開かれる。

『――――』
「な……親父、お袋っ!!?」

椅子に座る人影。楽しそうに食事を口に運び、会話するその人影は――――フィンの家族であった。
失われた筈の家族がそこに居る事に驚愕し、次いで歓喜の表情を浮かべる。
理屈は分からない。だが、とうの昔に失った者達が……守りたかった者達が戻ってきたのだ。
フィンにとって、その喜びは至上のものであった。
かつて失ったその光景に、フィンは手を伸ばし――――

「えっ」

瞬間、場面が切り替わり、紅蓮の業火がフィンの視界を覆った
砕ける平穏。赤い瞳を持つ人では無い何かが、フィンの家族を、友人を、全てを赤く染めていく。
大切で失いたくなかった物を、次から次へ、まるで襤褸屑の様に葬り去って行った

「あ……や、め……やめろおおおおおおおおおっ!!!!」

突然の出来事対しに、思考よりも先にフィンの口から漏れ出たのは、絶叫。
伸ばす手は赤目の怪物に触れ――――そして、すり抜ける。
何度手を伸ばしても、フィンの手は届くことなく、怪物は殺戮を続ける。
フィンの大切な物達を壊し続ける……

Re:2
全てを失う様子を最後まで見続けさせられ、愕然とするフィン。
そんな彼の耳に、次に聞こえて来たのは一つの声であった。

「……あ、ああ」

男か女か判らない中性的な声。その声はただの声であったが、
その『ただの声』を聞いた瞬間、呆けていたフィンの瞳に光が戻る。
そして、同時に表情に浮かぶのは――――恐怖。フィン=ハンプティに似つかわしくない、恐怖の感情であった。

「やめろ……ダメだ、ふざけんな。それは、ダメだ」

やがて、フィンの前に一つの光景が浮かび上がる。
崩れ落ちる岩盤と、流れ込む濁流の様な水。そして、そして―――――


『ハンプティ。お前は……もうちょっと落ち着きやがれってんだ。
 急いだ所で、待ってんのは精々この有様だぜ。こうはなりたくねえだろ、なぁ?』


当然の如く、フィンの伸ばした腕は届く事は無かった

158 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2013/12/23(月) 23:14:28.64 0
Re:3
Re:4
Re:104
Re:1245

Re:????

遺貌骸装『赦しの秘跡』
恐るべきその魔具は、フィンの記憶から彼が最も後悔し、怒り、懺悔する出来事を引き摺りだし、想起させた
そしてそれは一度ではない。無限に引き延ばされた時間の中で、フィンは無限にその光景を見続けさせられる事となった
自身の無力を、絶望の体験を……延々と繰り返した。

「……だ」

その無限の拷問は、常人であればとうに諦めるか、心を壊してしまっていた事だろう。
だが……フィンはそうはならなかった。
一度壊れ、捻じれ、再度修正された歪な精神は、この地獄への耐性を有していたのだ。
それに、フィンにとって過去は切り捨てるものではなく、背負うものだ。
そうであるが故に、忘却への誘いにも耐えられた。

……けれど。それは、飽くまでも『耐えられる』というだけに過ぎない。

過去は背負う物と判ってはいても、過去の出来事を飲み込む事までは出来ていない。
その域に至るまでには、フィンの持つ傷は新しすぎたのだ。
故に、フィンは手を差し伸べてしまう。
永劫の拷問の全て対し、無駄だと判っていても助けよう、救おうと手を伸ばしてしまうのだ。

以前の英雄的に在ろうとしたフィンならば、受け流す事が出来ただろう過去の重みを、
今のただの人間と化したフィンは、歯を食いしばって背負ってしまう。
培ってきた絆が、忘れられない友情が、刻み付けた誓いが、託された願いが……その全てが、
フィン=ハンプティから退路を奪い去ってしまう

「……いやだ、わすれるのは、いやだ」

こうして、フィンの決意は少しづつ『削れ落ちて』いった。
現実では僅かの間の事であろうが、もはやフィンの精神は自分の形状さえ忘れてしまう程に罅割れていた。

「おれは、おれは――――」

全身が黒い靄に覆われたフィンは、それでも繰り返される絶望の光景に立ち向かおうとする。
飽きる事無く繰り返される眼前の惨劇に手を伸ばし

……そして、フィンの意識はそこで途切れる。


そしてそれから暫くの後――――彼は目を覚ました

……これは『赦しの秘跡』にとってもイレギュラーな出来事かもしれない。
恐怖や絶望という、人間を対象とした術式。人でなくなりかけているフィンの肉体。
人外としてではなく、人間として硬過ぎたフィンの意志。
きっと、それらが複雑に絡み合った結果なのだろう。

ゆっくりと開かれた彼の両の眼は深紅に代わり
先の爆風で出来た『全身』の傷から、流れ出る血液の様にゆっくりと黒の外殻が湧き出初めていた――――

159 :スイ ◇REK82XblWE:2014/01/04(土) 00:16:10.17 0
徐々に勢いを増してゆく風の中、スイは静かに相手の動向を見つめる。
しかし、隙はなかなか訪れない。全員で逃げるのであれば一瞬でもいいから僅かな間が必要だ。
目の前の女、クランク7は不敵に笑い口を開いた。

>「――貴方以外の残り滓二人を殺すわ。全員仲良く逃して二手に別れられても面倒だもの。
>そして絶望なさい。それこそが自己進化の鍵、いまの己を破壊し、新しい自分へと変革する第一歩!
 貴方を"人間"に縛り付けている楔を二本、いまから抜いてあげるわ……!」

実際、血が薄まっている遺才は彼女の言うとおり、残り滓も同然なのだろう。
スイは巨大な十時の大剣が抜かれるのを見て、咄嗟に一歩引いていた。
邂逅していたときから分かり切っていたこと、それは圧倒的な能力の差だった。あの竜使いと対峙していたときと同じ警鐘がスイを警戒させた。
セフィリアが剣を抜刀し、その首元を狙って走る。
だが直後に女の声が響いた。

>「――遺貌骸装『赦しの秘跡』」
>「……さあ、すべてを告解なさい」

世界は、闇へと塗り変わった。

――――――――――――――――――
――――――――――――――――――

「…い、おい、スイ!!」

厳しい声に意識の覚醒を促され、スイは渋々と瞼を押し上げる。
目の前にいたのは、何故か懐かしいと感じる顔だった。

「にぃ…?」
「おおそうだ。お前、いくらここが戦場から離れているとはいえ、一応戦争の真っ只中なんだがな?」

兄、恐る恐るそう呼べば、彼は青筋を浮かべてそう言った。
目の前に立ち並ぶのは白いテント、見慣れた兄弟子達の姿。
それを懐かしいと思うのは。

「(成る程、記憶の再生か)」

何処か薄壁一枚を隔てたように感じていた原因は、それだった。
知っている、この光景はこの傭兵団が壊滅する数時間前の光景だ。
自分の体は慌てて起き上がり、ごめんなさい、と声を張っている。そんな自分の胸元に、まだ仲間を象徴するペンダントは無い。
そう、あの日スイは中々戻ってこない仲間を心配しつつも暇を持て余し、つい寝入ってしまったのだ。
スイの役目はこのテントの周囲の見張りもある。だからスイを起こした兄弟子は怒っていたのだ。

「なんだ、また寝ていたのか。それならいつまで経ってもこれはやれんぞ」

いつの間にか師父が側に来ていて、ペンダントを掲げて意地悪く笑う。それにスイは歯ぎしりをしていた。
あれも随分悔しい思いをしたモノだ。高々居眠り一つで、と思っていたのが懐かしい。
そう思えるほど、安全だったという事もあるのだけれど。

する、と再び闇が訪れ、そしてまた開けた。

160 :スイ ◇REK82XblWE:2014/01/04(土) 00:16:45.98 0
断末魔が、夜闇を裂いた。
幼いスイはそれで飛び起きる。隣で寝ていた師父もまた飛び起き剣を持っていた。

「師父!師父!!逃げてください!敵が…」

聞き慣れた一人の兄弟子の声が響き、直後に呻き声に変わる。
殺されたのだ、と理解した。

「スイ、どうだ」
「囲まれてる…師父、俺たち、死ぬのか?」
「…大丈夫だ」

まだまだ完璧に操れると言えない風を使って、周囲を探ればそこにはかなりの数の敵がいた。それがスイには死の恐怖を与えた。
スイを腕に抱く力が籠もったのを感じて、それに安堵を覚えた。師父が言うことは間違いない、という幼いが故の一方的な信頼からだった。
しかしその安心もつかの間、テントの布が乱雑に切り裂かれ、敵の姿が見えた。

「スイ、これをお前にやろう」

そう言って自分の首元に掛けられたのは、あのペンダントだった。

「師父…?どうして、昼間は駄目だって…」

驚いて見上げれば、師父は曖昧な笑顔を見せるだけで。
腕を伸ばされ、髪をかき回される。そしてその力強い腕に抱き込まれたとき、スイは見てしまった。
敵兵が、その剣を大きく振るったのを。死ね、という叫び声が轟き、剣の切っ先が師父の首に埋まる。
こうも人の首は簡単に飛び跳ねるのか、というほど呆気なく首と胴体は離れていった。
一瞬の間を置いてスイに覆い被さっていた体から血が吹き上げ、あたりを汚していく。
スイは必死で師父の首が飛んでいった方向を見た。その頭と目が合い、ひゅう、と喉が笛のようになる。
徐々にその頭の口が動き――

『い、き、ろ』

「っ、うぁぁぁああああああッッッ!!!」

そこでスイの視界は真っ白に染まった。
次に世界が色を取り戻したとき、スイは更地の中にいた。
死んでしまった、兄弟子達も、師父も。その事実が、およそ10前後であったスイに重くのしかかり、そこでスイの精神は崩壊した。
この時、表という存在が現れ、裏という人格はその記憶を封じられた。裏が常として血を見ることを望んでいたのは、それがある意味師父の死の情景を引き出す唯一の手段だからでもあった。
記憶と共に封じられた遺才は、十の時のままで、不安定でばらつきがあった。それを安定させるために、血で断片的に思い出させ無理矢理力を引き出していた。

再び世界は暗くなる。

161 :スイ ◇REK82XblWE:2014/01/04(土) 00:17:41.44 0
そうしてまた、呼びかけられる。

何度も、何度も。繰り返し―――…


『無力だった、仕方が無い、で済ますか?』

繰り返される記憶の中で聞こえてきた声。
表の声だった。
目の前の切っ先を見つめながら、スイは応えた。

「いいや。力はあった。それを使いこなせなかった己の無力さが恨めしいだけだ。」

微かに笑う気配がして、そうしてまた声が訪ねた。

『なら、今は?これからはどうする?』

師父の首が跳ね上がって宙を舞い、ごろりと地を転がってゆく。

「――課長の言ってくれた仲間を、守りたい。」

『なら、それで十分じゃあないか』

ふと、師父の気配を感じた。
厳しかったけれど、とても優しかった彼は、今は柔和に笑っていた。満足げに言った表の気配が消えて、徐々に視界が開けてゆく。

『忘れるなよ、師父の言葉を。飛べ、力は力だ』



そうして、スイは覚醒した。

人格が統合してもなお、使いこなせていなかった遺才を、力を、スイはこの悪夢を繰り返し見せる相手の能力を利用して、完全に支配下に置いていた。

「――礼を言おう、おかげで大事なことを思い出せた」

僅かながらに漂っていた風が、スイの術式を得て、吹き荒れる爆風へと姿を変えた。

162 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/01/13(月) 11:51:02.03 P
【ヴァフティア組・vs千年樹氷】

「轟剣――!」

叩き込む剣撃の重なりは、無数の火花として結果を返してくるが、それ以上の進展がない。
対地重撃剣術の局所集中を受けてなお、水晶の檻は健在だった。
これが対物破壊剣術たる崩剣であったらば、かような障壁など一太刀で砕き尽くせるはずだ。
轟剣は破壊のための剣術ではない。
リフレクティアの剣の破壊力よりも、この水晶の健在の方が優先されているのだ。

(轟剣は遺才剣術だ……遺才は全ての事象に優先するはず。ってことはこの檻も遺才製か!)

絶対の継承魔技たる遺才は、そのほかのあらゆる事象もいかなる理屈も超越して結果を約束する。
例えば世界で一番硬い鉱物も崩剣の破壊には抗えないし、アルテリアの遺才弓術は投射物のサイズや重さを無視できる。
それは単純に、魔族の力が人界よりも上位にあり、世界に対する優先度が高いからである。
現状、轟剣が止められているということは、水晶檻もまた同等以上の遺才によって優先されているということになる。

遺貌骸装。
元来遺才遣いを通してつながる魔族の血とマテリアルとを結びつけ、単体で遺才を発揮できる呪具。
それは、元老院の求める遺才遣いの優位性の復権を容易く揺るがし得る存在であった。

(どこの技術だ……南方か、エルトラスか?帝国内でこんなもんが出回った話は聞いたことがねェ!)

そして、それをこの街に持ち込んで、議長やその所属組織『ピニオン』はどうしようというのか。
単に新武装の性能試験ならば帝国有数の都市であるヴァフティアで行う意味がない。
遺才の天敵たる神殿騎士が最も多く駐屯するこの街ならばなおさら、リスクを増すだけにも思える。
つまり、何かがあるのだ。この街で、リスクを負ってでも果たしたい何かが――!

「くっそ、待て――って、聞こえねえんだったか!」

リフレクティアは議長について、殆どなにも知らない。
フィオナ達遊撃課が何故かこの街に居る、その疑問の隅っこにぶら下がっていた余録のようなものだった。
酒場での黎明計画に関する述懐でその存在感は増したものの、彼には彼女に執着する必然性がない。
だが、それでも。

>「レクストさん――」

隣で唇を噛み締めるフィオナの顔を見れば、あの議長という少女が彼女達にとって軽薄な存在ではなかったと断言できる。
リフレクティアにとって、最も信頼できる人物は己自身を除けば間違いなく――フィオナ=アレリイその人だ。
凄腕の神殿騎士/魔族殺し/轟剣の再現者であると同時に、二年前の死線を共に潜ってきた相棒でもある。
だから彼は予断なく動ける。他ならぬフィオナが、その判断に後押しをくれる。

>「――使ってください!」

投じられたのはふた振りの剣。
フィオナが腰に帯びていた瀟洒な装飾入りのレイピアと――流麗な反りの施された白刀。
2つの光はリフレクティアの両耳の脇を駆け抜け、それぞれ水晶檻へと突き立った。
轟剣をいくら叩き込んでもびくともしなかった檻に、しかし双刃は抵抗なく刃を埋める。
ふた振りともに尋常ならざる大業物だからこそ為せる業であり――リフレクティアはそれを知っていた。

「――使うぜ、こいつを!」

163 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/01/13(月) 11:51:55.55 P
水晶檻に垂直に突き刺さった剣を、それぞれ右手と左手で軽く握りこむ。
レイピアは水に触れているかのような感触で掌に吸い付き、白刀は巨木に寄り添うかのような力強い手応えを返す。
この剣達が、かつて誰の手の中にあったかをリフレクティアは知っている。
一人は遊撃課の発足の際に少なからぬ助力をくれ、一人はかつてにおいて刃を交わし、鋒を揃えて戦った。
もうこの世界のどこにもいなくなってしまった者もいるが――忘れない。
この剣が、哀しき剣士の存在を、今なお以て証明し続けている。
そして、双剣ともに微細な振動を帯びていることに気がついた。

>「こうげきをツヅけてください。かならず、くだけます」

伝うように、声が聞こえてきた。
雑踏の騒音を切り取ってパッチワークにしたような、ちぐはぐな音程で紡がれたのは、マテリアの声。
どうやら振動をこの檻に対して蓄積させているようだった。
先ほどの轟剣は全て衝撃を散らされてしまっていたが、それを一箇所に留めておけるならば話は別だ。
ダメージを溜めに溜め続けて、やがて来る崩壊を待てば良い。

(でもそれじゃあ時間が惜しい。『やがて』とか『いつか』じゃなく……いま!こいつをぶち壊さなきゃならねえんだ)

マテリアの振動蓄積と、轟剣による斬撃の継続。
それだけじゃ足りない。最後にひと押し、突破口となる起点が必要だった。

>「――二年前、このヴァフティアの街は大規模な降魔術式の生贄にされました。
 多くの人々が、魔物に成り果てた者たちの餌食となった」

リフレクティアが剣を握る背後で、囁くように、しかし通る声でフィオナが言葉を放った。
かつて。二年前。この街はとある危難に晒された。
終焉の月と呼ばれるエルトラスに連なる神殿組織が、遠き異世界『地獄』の召喚を図った事件。
降魔術と呼ばれる外法を使い、住民達を魔物に変え、街ひとつを生贄に異世界を再現しようとした。
リフレクティアやフィオナも現場に居合わせ、生き残るために戦い、結果として生き残った。
――とある盗賊の命と引き換えに。

>「だけど、その街を救ったのは人間だけの力じゃありません!
 魔の血統に連なる人狼の一族、魔に呑まれても命を賭して戦った盗賊の青年。
 人と魔が、力を携え戦った。それがヴァフティアです!」

フィオナが唱えたのは防性結界『聖域』の奇蹟再現。
太陽神ルグスが最も得意とする防御術を、しかし彼女はひとつアレンジして発動した。
対象領域をごく小規模に、発動座標をリフレクティアの握る双剣の剣先に。
あらゆる事象に優先する遺才の力だが、たった一つ優先度を譲る例外が存在する。
――神の力を再現する、聖術である。

「遺貌骸装の根源!魔族の力を絶ったのか……!」

お膳立ては整った。これで、轟剣の障害となるものは何もない。

「そうだったよな……!この街じゃとっくに、人と魔の共存って奴は出来てんだ!
 他ならねえ俺達が!そいつを証明してヴァフティアは今日まで続いて来たんだぜ!!」

>「私は決して諦めない!この街も、貴女と友達になることも!」

「だから刮目しろよ魔族娘!――俺達の最高に格好良いところ見て、ファンになりやがれ!」

164 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/01/13(月) 11:52:45.86 P
遺才剣術――轟剣――発動。
その斬撃回数に比して、響いた激音は一拍のみだった。
その一瞬に轟剣が生み出す全ての斬撃が集約され、聖域によって収束し、檻をへし折る方向にぶち撒けられた。
ドギャギャギャギャ!と連鎖的に幾本もの檻が連鎖的に切断され、砕かれ、粉々になって夜風に散る。
自重を支える柱を粉砕された水晶檻は、そのまま傾き、真っ二つになって轟音とともに石畳へ沈んだ。
季節外れの粉雪のように舞い散る水晶の破片の中、リフレクティアは二剣を納めてフィオナへ差し出した。

「……"これ"と競り合って、よく生き残ったよなぁ、俺達」

特に白刀は、本来の持ち主が振るえばその威力、この程度では済まなかったはずだ。
帝都において『剣帝』――剣鬼に迫る才の持ち主として帝と称された男。
魔力を破壊する"魔光波動"と呼ばれる技術……フィンや商会のダニーが使う『気』に類するものだが、
白刀の主はその技術の熟達した使い手だった。

人と魔が共存することは確かに難しいかもしれない。
魔は人よりもはるかに強すぎて――人は魔よりも数が多すぎる。
両者の能力と個体数に大きな開きがある場合、関係は共存ではなく『捕食者と被食者』でしかない。

では、大きすぎる隔たりのある両者が歩み寄るにはどうしたらいいか?
――その中間にある者達を橋渡しにすれば良い。
議長が、『中途半端な連中』と評した遺才遣いたちには、そういう役割を求めることができるはずだ。

「道は開いた、一気に突っ切るぞ!」

現状、敵性存在は2つある。
言うまでもなく『クランク2』と名乗った議長には追いつかなければなるまいが、彼女の遁走を手助けした者がいる。
クランク9、空翔ける義手の使い手であり、おそらくリフレクティア青果店を襲撃したのもこいつだろう。
いまの状況でフィオナと二手に別れるのは自殺行為……それはたったいま水晶の檻に閉じ込められて痛感した。
二人で追うなら議長とクランク9のどちらか片方を選ばなければなるまい。
リフレクティアは瞬間的に判断した。

「――ヴィッセン!義手使いの方角は?」

議長が逃亡援助をクランク9に申し付けている以上、恐らく敵はしんがりとしてここに残るつもりだ。
となればいま不用意に議長を追えば、背後から義手使いによる援護砲撃に晒される危険性が高い。
そしてそもそも議長は――二年前にそうなったばかりとは言え、混じりっけなしの魔族、本物の超越者だ。
しかも彼女は己の魔族としての種族特性を理解し、使いこなすまで研鑽を積んでいる。

単純な戦闘能力で言うなら、魔族殺しが二人揃っていても敵うかどうかはわからない。
かつて魔族との交戦経験がある身としては、暗闇の中でかの人越者と戦うのはそれこそ自殺の代名詞だ。
二年前のケースに照らして言っても、魔族を討滅した決め手となったのは都市破壊級の攻性術式だったのだ。
戦うにしても、交渉するにしても、増援は必至であった。

「クランク9とやらを捕まえて、締めあげて、洗いざらい吐かせるぞ――あの魔族娘と落ち合う場所とかな」


 * * * * * *

165 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/01/13(月) 11:53:40.89 P
【vsクランク9】

きぃん。
ここにはないはずの金属音が聞こえた。

「ぐっ……!?」

クランク9が細い呻きを返すと、身体の動きが一瞬だけ硬直する。
敵地に置いてきた『眼』が、己の"踏み出し"が一瞬だけ停滞したのを観測した。

「遠き福音……!?馬鹿な……遺才でここまで届かせたと?」

遠く離れた路地裏であるこの場所へ、通常の音が届くはずはない。
しからばマテリアは自在音声を使ったはずだが、同時に遠き福音の効果も発動している。
本来魔族の力が反発しあって併用不可のはずの遺貌骸装と遺才が、何故両立できるのか。
答えは、他ならぬマテリアの姿が物語っていた。

「反発するのを堪えた……?」

それも、防御手段を講じたとかそんなものではない。
血液が沸騰し皮膚が弾けるような強烈な反動を、殆ど気力だけで耐え切ったのだ。

「それでも……生半可な激痛ではなかったはず……一体どれほどの覚悟で……!」

無論、それだけの代償を払って、発動できたのは一瞬だけだ。
しかし、これも何度も言うことだが――遊撃課の連携に、一瞬あれば充分だった。

>「だったらこっちに来てください!」

間断なく放ったはずの奇襲だが、その一瞬でファミアに回避の余裕を与えてしまった。
彼女は地面に突き立った『脚』に飛び乗り、しがみつく。

>「標的間違ってんだろうがぁぁぁぁぁあああああッ!!」

一見して非戦闘員のような優男、マクガバンも一瞬の隙を最大利用して初撃を逃れきった。
クランク9は舌打ちする。
この踏みつけのような大振りの攻撃は、足を持ち上げる→狙いをつける→踏みつけると三段階のプロセスが必要だ。
そして、戦闘において3アクションというのは相手からすればそのまま三回殺せる隙を晒すということに他ならない。
狙いをつけている間に逃げられたり躱す態勢を整えられるために、攻撃の成功率も著しく下がる。
現に、何度踏もうとしてもマクガバンはその度にちょこまかと逃げ回っていた。
だから、この蹴撃は初見殺しであるが故に――初見で殺せねば意義を失う攻撃でもあった。

>「あーもうスティレットさんがいればこんな面倒なことしないで済むのに!」

「くっ……!」

そしてもう片方の脚はさらに状況が悪い。
ファミアが脛の部分に張り付いたまま取れないのだ。
どれだけ激しく揺さぶっても、わざと倒れこんで押しつぶそうとしても、
その度にカサカサと表面を這いまわり巧みに位置取りを変えていくために、このひっつき虫は一向に除去できない。

クランク9は、己の肉体を代替する義体達と、感覚を共有している。
だからこそ眼や耳がその機能を発揮できるわけだが、無論、脚にも触角があった。
想像を絶するこそばゆさだった。

166 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/01/13(月) 11:54:28.97 P
「こ……の……!!」

そこではたと気付く。
両手が使えない際、人は如何にして痒い脚を掻くか。
――もう片方の踵でごりごりやるのだ。

「ごりごりしてやる……!!」

マクガバンを追い立てるのを一旦やめにした。
どうせ非戦闘員、放っておいたって害にはならないだろう。
まずは脚にひっついているできものを取り払ってからゆっくり料理すれば良い。
クランク9はファミアの憑いてないほうの脚を持ち上げ、確実な狙いを定めて打ち下ろした。

同時。

クランク9は一本だけ"還ってきた"腕で懐から小瓶を取り出した。
それは帝都の地下市場で売られているとある魔導薬の一種。
濃い黄土色をしたこの液体は、空気に触れると皮膚を爛れさせ呼吸不能に陥らせる致死の殺戮気体へと変質する。
彼はその小瓶の封を切り、中身を一気に煽った。
微量の空気に触れた薬品がマスタードにも似た臭気を漂わせるなか、劇毒を口に含んだ状態で遺貌骸装を発動。

「――『迷える聖骸』!!」

瞬間、遠くリフレクティア青果店に居るマテリアの携える『遠き福音』、そのレリーフとして彫り込まれた聖者。
その『口』の部分から――濃い黄土色の気体が噴出された。
『迷える聖骸』によって"義体化"された生体部品は、距離に関係なく本体のあった場所と空間的に連続している。
どれだけ距離が離れていようとも、『義眼』で見た光は脳へと届けられるし、音も味も匂いもだ。
『義口』で何かを食べればクランク9本体の胃袋が満たされ――その逆も然りであった。

劇毒を含んだ口は爛れて使い物にならなくなってしまったが、どうせ替えの効く部品だ。
義体を通して転送されてきた不可視の死神が、リフレクティア青果店へと充満しそこに居る全ての者の死を約束した。


【リフレクティア:水晶の檻を破壊。追跡対象をクランク9に決定。マテリアさんに敵の方角を聞く】
【フィオナさん→マテリアさんから情報が来たら敵の場所まで向かうロールまでしちゃってください】

【クランク9:ファミアさん、ごりごりすべく、脚閉じる
       遠き福音の聖者の口(魔笛で封じたアレ)を通して猛毒霧噴射】
【ここ重要:迷える聖骸で義体化した部品は、距離に関係なく本体の箇所と空間的に連続している】

167 :キリア・マクガバン ◆XGfwuK/F.g :2014/01/18(土) 10:32:54.68 P
「おわぁぁぁぁあああっ!?」

徐々に大きさを増し、自身に覆い被さってくる影から逃れる様に地面へと頭から飛び込んで耳を塞いだキリアは、
その直後、巨大な衝撃に全身を揺られて身も世もない悲鳴を上げた。
だが、そのまま伏せている訳にも行かない。鉄槌は二撃、三撃と己に向けて振り下ろされる、もとい踏み下ろされる筈だからだ。
もっと悪ければ、足元に転がっているボールやゴミにそうするように蹴りを叩きこまれる可能性もある。
そんな力の入っていない蹴りであっても、ゴーレムの足と人間の質量差を考えれば食らった際の結末は一つ、全身を砕かれてご臨終コースだ。

立たねば。でなければ死ぬ。

危機感に突き動かされ、地面が揺れる様な感覚を強引に振り払って立ち上がると、追撃を躱しながら路地裏へ潜り込んだ。
案の定と言うべきか、眼が張り付けてあるだろう青果店の外に出てしまえば攻撃精度は見る影もないレベルであったこと、
そして踏み付けばかりで蹴りを使ってこなかった事が功を奏したと言える。

とは言え、あの状況では敵が冷静に行動できないのも当然なのだろうが。
逃げ出す寸前で目に入った光景――ゴーレムの足に取り付くと言う、常識の斜め上へと突き抜けたファミアの姿――を思い返して、キリアは乾いた笑いを漏らした。
いやまあ、ありっちゃありなんだろうが、何と言うか。あの少女はつくづく常識が通じない系統の人なのだと言う認識が完全に固まったらしい。
近くの壁に背中を預けて立ち止まると、乱れた呼吸を深呼吸で整える。一度、二度。三度目で、気分は多少落ち着いた。


と、追撃が止んでから十秒ほどをそのように過ごしていたキリアであったが、危機を脱したとなれば破壊音轟く現場が気になると言うもの。
基本的に利己主義なキリアでも一応の仲間を心配する程度の感性は有している。
いや、約一名は心配しなくてもたくましく切り抜けそうな気しかしないのだが――まあ、そんなことはさておきまして。
ともかく、キリアは一度は抜け出してきたリフレクティア青果店、現在となってはその跡地と言うべき所の様子を伺いに掛かった、その時であった。

あからさまに体に悪そうな、と言うか、どう見ても毒ガスにしか見えない黄土色の気体が、『遠き福音』より噴き出してきたのである。
それを目にしたキリアは、反射的に声を上げていた。何を考える余裕もなかった。

あるいは、激痛に呻きながらも遺才を行使したマテリアや、ゴーレムの巨躯―― 一部だけだが――に真正面から立ち向かっていったファミア、
再び響いた轟音と何かが砕け散る音色からして束縛から脱出したのであろう二人と言った面々と、現場から逃げ出した上でこっそり戻ってきた自身を比べて、
少しくらいは何かしなくちゃあ格好悪いよな、と言う意識もあったのかも知れない。
ともかく、キリアは動いた。肺の中身を全て絞り出すようにして、声を上げる。

「毒ガスだッ! 『遠き福音』から離れろォ―――ッ!!」

ただ、内容はあからさまなくらいに逃げ腰であった。
とは言え、注意喚起と言う目的だけは果たせただろう。多分、恐らく、きっと。

【踏み付け攻撃から逃げ回っていたら一段落したようなので、ひっそり様子を伺いに→どう見てもヤバそうな黄土色の煙が出て来たので叫ぶ】

168 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/01/27(月) 06:37:04.11 P
【帝都組:vsクランク7】

遺貌骸装『赦しの秘跡』を制圧兵器として見た場合の、反則的な強力さについては語るまでもない。
かの武装が眼前の敵を残らず滅することができる要諦は大別して3つ。

1.発動が高速で、広範な射程を持つ、不可避のものであること。
2.告解に晒される時間は対象者主観においては悠久に近いが、客観的には一瞬に過ぎないこと。

故に赦しの秘跡は射程に捉えて発動しさえしてしまえば、相手は回避すら叶わず、
傍からは一瞬で告解が終わるために、第三者による介入や告解阻止などが不可能なのだ。
だがそれらはあくまで、告解の開始をスムーズに行うための余録に過ぎない。
この遺貌骸装の最も恐ろしい本質たる部分こそが、要諦の3つ目。

3.人は簡単に過去を割り切ることができない。

その一点に尽きる。
それは決して人間の心が脆弱だからではない。
人の成長が、『反省』という学習行為を基礎として行われるがためだ。

人は過去から多くのことを学ぶことができる。
成功を反芻し、失敗を検討し、次の試行へ活かすことでより良い結果を求めること。
歴史や伝統に沿うことで、他者と軋轢を生むことなく人の輪へ溶けこむこと。
それら、人間の成長に必須の行為は、過去と向き合うことによって初めて選択肢として得ることができる。

――だが、過去の役割とは所詮その程度。
過去の失敗は多くの人にとって口に苦い良薬だが、摂取量を誤れば今度は毒にもなる劇薬だ。

失敗を強く意識しすぎて前に踏み出すのが怖くなったり。
かつてのトラウマから恐慌状態に陥り、まともな社会生活が営めなくなったり。
何事にも適量があるというのは定説だが、その匙加減が非常にシビアなのが過去という薬である。

だから人は忘却する。
心に刻むことで礎とする過去があれば――忘れることで前に進める過去もある。
思い出すことで心を縛るようなつらいことは、さっさと忘れてしまったほうがはるかにマシだ。

『赦しの秘跡』とは、だからこそ拒絶し難い救いの手だ。
眼前の三人の敵……遊撃課の遺才遣い達とて、その甘美な誘惑を拒めるものではない。

さて、それでは彼らにとっての劇薬のような過去とは、いったいどれほどのものか。
クランク7は、遺貌骸装に写り込んだ対象者の悪夢を、鏡面を覗くことで垣間見ることができた。

169 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/01/27(月) 06:37:57.05 P
 * * * * * *

セフィリアは、敗北の記憶を反芻していた。
遊撃課に来る前から、同じ職場――帝国騎士団に所属していた先輩にあたる少女。
対物破壊剣術『崩剣』の継承者、当代最強の剣術使い『剣鬼』、破壊と戦闘の申し子『上位騎士』。
フランベルジェ=スティレットへの彼女の憧憬と、その裏返したる憎悪は尋常なるものではなかった。

セフィリア=ガルブレイズは決して弱くはない。
彼女とて遺才の継承者であり、帝国剣術を修めた騎士であり、卓越したゴーレムの乗り手である。
遺才『双剣』は汎用性に優れ、あらゆる状況を己の武器として利用できる強力無比な応用力を持つ。
遊撃課に左遷されてからも数々の修羅場を潜ってきた彼女は、最早並みの戦闘者に遅れをとうことはないだろう。

だが、それでも、スティレットには勝てない。
それは、あるいは経験の差。
セフィリアが貴族としての教育――社交術や経営術を学んでいる間、スティレットはずっと現場で剣を振ってきた。
あるいは思い切りの差。
双剣が周囲の状況を観察し、利用するために思考を必要とするのに対し、崩剣はただ剣を振るだけだ。
あるいは、才能の差。
単純な鎬の削り合いで、崩剣に勝てる剣は存在しない――あらゆる理屈を無視して断つのがその遺才たる所以だから。

セフィリアがどれだけ血の滲むような努力をしようとも、才に恵まれただけの小娘は軽々とその域を越えていく。
それが、才能を徹底的に偏重してきたこの帝国の理不尽な現実。
より強力な遺才の持ち主にはどうあがいても勝てないという残酷なルール。

では、勝てない相手には黙って頭を垂れるのが賢い生き方か?
その通りだ。勝てないのだから、努力をしても無駄だから、早々に諦めて別のことに打ち込んだほうが良い。
だから、忘れる。
敗北はなかったことにして、その憎しみも憧れも忘れ去って、己を戒める過去を解き放つ。

この世界において、それは限りなく正しい選択で。
――決してセフィリア=ガルブレイズのやり方ではなかった。

>「先輩に勝てないじゃない!!」

彼女は忘却を選ばなかった。
何故なら、セフィリアにとって敗北とは絶望ではなく、さらなる研鑽に有用な情報だからだ。
忘れてしまえば、もう二度とスティレットに挑むことすらできない。
挑めない。戦えない。戦わなければ、勝てない。

そう。人が真に敗北するときがあるとすれば、それは喉元に刃を突き付けられたときではない。
圧倒的な力の差を見せつけられたときでもなければ、駆るゴーレムを完膚なきまでに破壊されたときでもない。
――勝とうとする意思を失ったときだ。

セフィリアを突き動かしているのは妄執にも似た武人としての誇り。
誇りの為に命すら投げ出す覚悟をしている彼女にとって、『殺されるかもしれない』は戦いをやめる理由にはならない。
剣を折られようとも、手足を砕かれようとも、喉元に喰らいついてさえ戦わんとする強靭な意思。

セフィリアは諦めていない。
勝つために――遺才という絶対的な差を覆す為なら、彼女は屈辱すら糧にしてみせる。

彼女が忘却を拒んだのは、忘れてしまったら勝てないから。
どこまでもシンプルなその欲求を呼び水にして、セフィリア=ガルブレイズは無窮の過去から帰還した。

 * * * * * *

【続きます】

170 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/01/30(木) 05:54:26.08 P
音が聞こえた。二つの音だ。
一つは、幾千――或いはそれ以上の斬撃を一重に束ねた鋭い風切り音。
もう一つは、それによって千年樹氷が砕かれた、苛烈で、しかし澄んだ、小気味いい破壊音。

(――やった!あの二人が解放された以上……後はもう、奴の居場所を知らせるだけ!)

>「――ヴィッセン!義手使いの方角は?」

聞かれるまでもない事――だがマテリアはヴァフティアの地理に詳しくない。
故に具体的な建物などの名称を述べられなかった。
ならばどうするか。思考は一瞬――雑踏から足音を抜き出して、それに先行させる形を取るという手をマテリアは考えた。
それなら単純に方位のみを伝えるよりも、ずっと正確に誘導が可能だ。
もっともレクストにとっては少し遅すぎるかもしれないが。

「ワかりました。ですがワタシはここらのチリにウトいのでアシオトをセンコウさせます。それをオッて――」

だが不意に、新たな音がマテリアの言葉を遮った。
短く特徴的な、何かを口から吹き出すような音。
瞬間、反射的な連想――遠き福音に仕込まれた義口。
思わず視線をそちらへ――

>「毒ガスだッ! 『遠き福音』から離れろォ―――ッ!!」

直後にキリアの叫び声が聞こえた。
毒ガス――咄嗟に官給品の外套の襟を掴み、頭を覆うように深く被った。
もしあのまま遠き福音に視線を向けていたら、眼を焼かれていただろう。

(間一髪……吸い込まずに済んだ。……そう大量には、ですが)

口内から鼻へと抜けてくるマスタードのような臭い。誤魔化しは利かない。

(この臭いは――!)

軍属時代に聞いた事があった。
高い残留性を持ち、体組織を爛れさせる作用を持つ劇毒。
吸入すれば神経に作用するのではなく、極々単純に、呼吸器を爛れさせる事で相手の呼吸を妨げる。

「――コウショへ!」

殆ど無意識の内に言葉を組み上げていた。
残留性が高いという事は、空気よりも重いという事だ。
路地の建物の屋上、瓦礫の上、少しでも高い所に逃げれば、それだけ被毒の可能性は下げられる筈だ。
しかし既に毒の散布地のど真ん中にいるマテリアは――動かない。
自身の装備に付属された『飛翔』の術式――それを使えば、毒を舞い上げてしまう。
動くには既に遅い――マテリアはその事を理解していた。

ともあれこの劇毒――吸い込んだものは酷く苦しむ事になる事も特性の一つだ。
皮膚は焼けるように痛み、息をする度に激痛に襲われる。
ただ殺すのではなく、恐ろしい苦痛を与え、敵軍の戦意を挫く事が出来る、優れた毒だと。

(い……痛い!喉が……肺が……焼け付くみたいに……)

喉と胸の内側を焼く激痛――意図せずも呼吸が乱れ、それによって更なる痛みが襲い来るのだ。
マテリアの顔が苦悶に歪む。

(……でも、まだ……まだ息は出来る……痛みを堪えて……落ち着けば……)

マテリアが吸い込んだ劇毒はまだ少量――致死量にまでは至っていなかった。
キリアの警告のお陰だ。

171 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/01/30(木) 05:55:08.97 P
(大丈夫、問題ない……このまま予定通りフィオナさん達を誘導して……後は決着まで、こうしていればいい……)

この劇毒は高い浸透性を持つ。繊維によって構成されている布程度では、到底防御し切れない程に。
つまり外套に包まっているだけのマテリアは、十分な防護策を取れているとは到底言えない状態にある。
毒は徐々に外套に浸透し、彼女の全身を爛れさせていくだろう。
だが――それでも少しばかりの時間稼ぎにはなる。

(戦闘が終われば、治療が……治癒が受けられる。フィオナさんなら……きっと……)

抑え気味の浅い呼吸を繰り返している内に、痛みにも若干だが慣れてきた。
足音による誘導に先んじて操音用の魔力粒子の散布を始めて――ふと、疑念とも懸念ともつかない嫌な予感がした。

(……敵がこんな致死性の低い毒を使った理由は、一体?)

この毒薬の優れている点は、見た目にも実際にも、とにかく大勢の敵を苦しめられるという事だ。
手や顔が爛れ、息をする事にすら苦痛を覚えさせ、本人とその周りの者達の心を折る。
長期的な戦闘が予想される軍にとっては非常に有用なものだが――逆説、この小規模で短期的な戦闘ではその利点は活きない。
ならば何故。

(……違う。活きないように思っているだけだ。何かある。絶対に)

呼吸は落ち着けたまま、考える。
敵はどうしてわざわざ致死性の低い毒を使ったのか。
だが悠長に考えている時間はない。腕や顔がひりつき始めた。喉や肺の痛みも強くなってきている。
速やかに敵を制圧して治療を受けなければ――

(……いや、そう思わせる事がまさに相手の目的だとしたら?)

一刻も早く解毒、治療が必要――そう思うのは被毒した本人だけではない。
他の仲間達も当然、同じ事を考えるだろう。
その結果、気が逸り――本来なら懸念すべき事態を失念しかねない。

(そうだ……そもそも議長ちゃんがあの檻を使った事の方が、敵からすればイレギュラーの筈。
 この腕もそう……。本来ならあの子を運んだ後ですぐに腕を再使用する為の代わりが用意されていたんじゃ?
 いや、ゴーレムの四肢を用意するような相手だ。していない方がおかしい)

クランク9の使用する遺貌骸装『迷える聖骸』は、非常に有用な兵器と言える。この劇毒と同じように。
体部位を模してさえいればゴーレムのパーツであろうと文字通り手足のように扱え――そして何より幾らでも替えが利く。

(そう、この遺貌骸装の最大の強みは使用者を叩かれなければ、物資の続く限り消耗戦が展開出来る事。
 この劇毒、少なくとも『口』のすぐ傍にいた私は確実に被毒させられる。
 こちらは決着を急がざるを得ない。使用者の追跡に私は付いて行けない……つまり分散させられる。
 そうなった後でまず誘導役の私にトドメを刺せば……)

遊撃課の全員が倒れるまで続く消耗戦の始まりだ。
仮に敵が用意した全ての義体を破壊しても、逃走用の『足』は別個に用意されているだろう。

(私をすぐに殺してしまったら、こちらは敵の追跡手段を完全に失う。そうなれば撤退せざるを得ない。
 相手が私達全員を始末したいなら……それは都合が悪い。だから私は生かされたんだ。
 ……けど、仮にそうだとして、どの道私にはもう素早い動きは出来ない。だったら……どうすればいい……?)

思索、暫しの沈黙――――そしてマテリアは、唐突に外套を打ち捨てた。
そして即座に魔導短砲を抜き、発砲――初弾は夜空へと。
更に立て続けに、今度は青果店の跡地や周囲の建物へ向けて盲滅法に。
まるで劇毒の苦痛と恐怖で錯乱してしまったかのように――だが、決してそうではない。

『……ゼンゲンテッカイです。すこし、ジカンをください。ヤツにコンドこそ、ワタシのオトをたたきこんでやります』

指向性を帯びた人工音声――仲間達だけに声を届ける。

172 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/01/30(木) 05:56:48.52 P
――射撃の意図は三つあった。
まず毒ガスが使用された以上、何もせずにいたら民間人を巻き込みかねない。
空へ射撃を放ったのは周囲の人間に分かりやすく、ここに脅威があると思い知らせる為――それが一つ。

次に――恐らくこの戦場の何処かに隠されている、敵の『眼』の位置を探る為だ。
先ほど福音の口は劇毒を吹いた。が、この薄っぺらな槍の装飾に毒薬が仕込まれていたとは思えない。
ならば毒は何処から現れたのか――恐らく、相手の口内からだ。
そもそも『口』とは声を発する器官ではあるが、声を作る器官ではない。
肺から吐き出された空気が、声帯で震えを帯びて声をとなり、そして口から発せられるのだ。
つまり、この『義口』が完全に独立した、ただの口であるのなら、声を発する事など出来ない筈だ。

(……繋がっているんだ!この口は、敵の体に直接!だからこそ喋る事が出来る!)

それこそが『迷える聖骸』の弱点――この状況を勝利へ導く為の突破口だ。
しかし敵対者であるマテリアですらその可能性に気付いたのだ。
使用者である敵も当然、それを理解しているに違いない。
故に今手元にある『口』は利用出来ない――必要な時以外は接続を断っていると考えるべきだ。

(だから『眼』なんだ。この戦場で恐らく唯一、常に使用者との繋がりが保たれているパーツ……)

そしてその位置は――大凡であれば既に予測が付いていた。

(キリア・マクガバン……あなたとの間には、何か相性のようなものがあるんですかね……。
 本当に不服ではありますが……とにかく、あなたはとても役に立った)

もっとも彼はただゴーレムの足から逃げ回っていただけだが――囮も立派な情報収集の一つだ。

(彼を付け狙っていたゴーレムの足……その足跡が描く半円、その反対側に『眼』はある筈……)

何故か――キリアを踏み潰そうとする際に、足は義眼の視界を遮らないように、
またキリアが視界の外に逃げてしまわぬように動く必要があった筈だからだ。
そうして目星を付けた範囲の反響音を拾えば、眼と思しき球体を見つけ出す事が出来る。
だがそれだけでは確実とは言えない――その為に魔導弾を撃った。

(私の不可解な行動、そして魔導弾!
 それが無意味なものだったとしても、近くに撃ち込まれれば眼で追わざるを得ない!
 確かに聞こえたぞ!球体が回転して、擦れる音が!)

銃撃によって気を引き、反応の有無によって『義眼』の位置を完全に特定する――それが二つ目。
そして最後に――音を鳴らす為だ。

マテリアの左手にうっすらと、炎のように揺らめく魔力が纏われていた。
視覚的に認識出来るほど高密度に集中した、集音魔力の粒子だ。
粒子は既に音を帯びていた。瓦礫や壁が砕ける破壊音、隣の通りで上がる悲鳴や困惑の声だ。
増幅された音――振動が、完璧な制御で一箇所に集中されている。
先ほど水晶の檻を砕いた時とは違う。これなら破壊が起こるのは一瞬だ。

(私は決して、戦いに長けた人間じゃない……。だけど『音』なら……それに関してだけは、絶対と断言出来るだけの能力がある)

例えば、マテリアは『轟剣』に対応出来るほどの反射神経はない。
だがそれに伴う筋肉の動き出す音や、刃が風を切る音は聞き取る事は出来る。
また音を精密に操作して、相手の耳に打ち込むような芸当も彼女は可能だ。
それはつまり『魔笛』という遺才が、音に関してのみマテリア自身の限界を越えた反応速度を与えてくれているという事だ。

(それはつまり……私が本当に追い詰められた時、頼れるのはやっぱりこの遺才しかないって事……)

これから先、遊撃二課の遺才使いや、それに匹敵する敵と戦っていくには――こちらも遺才を武器にするしかない。
決して戦闘用ではないとは言え――それでもこの『魔笛』は今の世まで生き残ってきた。
かつて魔族が世に溢れていた時代、『魔笛』の先祖はただ外敵の音に耳を立て、逃げ惑うのみで生きてこられたのだろうか。
いや――牙がある筈なのだ。この、マテリアの遺才にしかない牙が。

173 :マテリア・ヴィッセン ◆ylJAv3iKVhVX :2014/01/30(木) 05:58:46.93 P
(思い出せ……!自分の才能を信じるという事を!タニングラードで失った、天才としての自信を!私なら、出来る!)

マテリアが『義眼』に向かって歩き出した。
劇毒に晒された皮膚が、喉が、肺が、爛れていく事も厭わずに。

(無茶を、するんだ。あの子を止めたいなら……あの子がしたのと同じ分だけの無茶を)

夜闇が段々と濁っていく――目の粘膜も毒にやられたのだろう。
だが、目が見えなくとも問題はない。何故だろうか――いつもよりも更に鮮明に、音が聞こえる。
暗闇の中でも世界の輪郭がはっきりと掴めるくらいに。

(そしてそれが出来ないお前が……代えの利く部品ばかりを使い捨てて悦に入ってるお前が!
 あの子と一緒にいていい訳がない!あの子の居場所になれる訳がない!
 ……だが、そんなお前にも代えの利かない部品がある筈!)

マテリアの左手が、物陰に隠された『義眼』に伸びる。
纏った音はそれ掴むと同時にを粉々に破壊し――更にその余波は頭蓋や脳にまで、伝播するだろう。

(例え口が無くとも、叫び、泣き喚く事は出来るだろう!お前の居場所を皆に伝えるのは、お前自身だ!)

――もっとも、魔力によって収斂されていた音は、破壊と共に解放される。
クランク9が悲鳴を上げずとも、それだけで居場所を伝えるには十分過ぎるほどに違いない。


【深読み→増幅した音≒破壊力を義眼を通してクランク9の頭部へ】

174 :ファミア ◆2E3x6Jsp4u4i :2014/02/01(土) 16:33:41.96 0
ゴーレムの片足と、きゃっきゃうふふと戯れることしばし。
持ち上げられた脚の上から見渡せば、砕けた水晶が夜空に彩りを添えていました。
人間砲弾組は事態を文字通りに打開したようです。

また他方を見やればキリアもひとまず窮地を脱したようで、もう片方の足がすうと滑るように接近。
そのまま上空から、張り付いたファミアに狙いを定めて――一閃。
ファミアはかさかさと脚の裏側に回りこんでそれを避けました。

あわよくば誤爆を、と考えていたのですが、
なかなか精緻な動作が可能らしく特に衝突音などはありません。
目論見は外れたようです。

ならば当初の予定通り直接攻撃を加えようと、踏み降ろされた足を追って飛び下りました。
>「毒ガスだッ! 『遠き福音』から離れろォ―――ッ!!」
飛び上がりました。

もともとしがみついていた場所まで一飛びで戻って下を見ると、
なるほど黄色い煙がもうもうと立ち込めています。
滞留性は相当高いらしく中心部の見通しはすでに悪くなりはじめていました。

(……遠き福音て、あの槍のことだったような?)
ような、ではなくまさしくその通り。
であるなら――噴出の中心にはマテリアがいることになります。

まばたき数回ほどのあいだ観察してみましたが、福音を置いて退避しているらしき様子は伺えません。
「ヴィッセンさん!!」
叫び、飛び出そうとするファミアの体を自身の理性が押しとどめました。
(だめだ、近づいたら私もガスに……)

助けに行ったつもりが犠牲者が増えるだけ。
まっすぐガスの中に突っ込んでいけばいかに頑強なファミアといえどもそうなるのは必定。
ではいかにすべきかと頭を巡らせたものの、しかし策を完成させる暇は与えられませんでした。

すう、と月光がかげって、ファミアが思わずそちらを見た次の瞬間、
「んぎっ!」
ゴーレムの足裏が額と鼻っ柱を強かに直撃しました。

175 :ファミア ◆2E3x6Jsp4u4i :2014/02/01(土) 16:35:11.27 0
脚部表面を全力でつかみ、足ではこれまた全力で挟み込んで何とか堪えたものの、そのまま地上まで真っ逆さま。
――と行きかねないところでしたが、ゴーレムの足の甲におしりがついて、なんとか滑落は免れました。
その代わり、足と足の間で伸されてしまいそうなのですが。

「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」
甲虫の背中のあたりがきしむような、あんまり女の子が出しちゃいけない類の声が漏れています。
ちょっとした尊厳を引き換えに、ファミアは"足"に拮抗していました。

クランク9の思惑く通りにぐりぐりごりごりと足がにじられ、鼻の軟骨がぱきぱき鳴っています。
(こっ、このままだと顔面がフルフラットに……)
大丈夫、そうなったらそのまま全身フルフラットです。

「んぬうーっ」
なんとか額の一点で支えようと顎を引くと、少し視界も開けました。
その端を、どん、という音とともに輝線が通りすぎていきます。
マテリアの砲撃でした。

砲撃は更に続き、
「ぎゃあー!」
ファミアのすぐ横を直撃しました。

>『……ゼンゲンテッカイです。すこし、ジカンをください。ヤツにコンドこそ、ワタシのオトをたたきこんでやります』
(安息が……安息が欲しい……っ!)
状況が状況なので取り乱すこともかなわぬまま、ファミアはただじっと耐えることしかできませんでした。
しかし、その耐えるという行為は奇しくもマテリアの希望に合致するものでした。

クランク9にとって今この瞬間に最も警戒すべき相手は誰か。むろんマテリアです。
彼女さえいなければ、こちらがむこうを特定する方法は右往左往している一般人をひとりひとり捕まえて検めることだけです。
いきなりそれであたりを引く可能性だってそりゃあありますが、普通は無視できる程度の大きさでしょう。

そんなマテリアが、ガスで無力化されていないとなればどうするか。
その他の手段で害しようと考えるでしょう。例えば直接蹴りつけてみたり。

ファミアはクランク9の持つ迷える聖骸の能力を知っているわけではありません。
しかし、襲撃に際しての一連の行動からして、身体を模した物を遠隔で操作できるものであるという当たりはついていました。
そうであるなら――
(動かせる手足の数も人と同じ……つまり少なくともこの足二本はここで食い止めておける!)
そう、八面六臂の大活躍で七孔噴血など出来はしないのです。

あるいは聖骸ではなく使用者の能力の限界なのかもしれませんが、
人の身である以上、三本目の腕を動かすという感覚など持っていようはずがないのですから。
まあ三本目の足が出てくる可能性も無きにしもあらずですけれどね。
ね。

176 :ファミア ◆2E3x6Jsp4u4i :2014/02/01(土) 16:39:27.57 0
一方でファミアとしてはここでガレットにならない程度に頑張っていれば
あとは周囲が勝手に何とかしてくれるので楽なものです。
むしろ問題なのはゴーレムの足で潰されそうな状況を"楽"と感じてしまうことと――

(――それにしても時間がかかり過ぎているような……)
マテリアの方があとどれだけガスに耐えられるのか、でした。
ただ耐える状況というものは往々にして時計の進みを遅らせるものです。
その故に実際にどれほどの時間が経過したのかファミアにはわかりかねました。

さすがに首の骨からも良い音がし始めたころ、状況に変化が。
黄色い靄の向こうにマテリアの霞んだ姿が浮かび上がったのです。
マテリアはふらりと幽鬼の如き歩みでいささかガスの薄くなっている場所へ歩み出て、
それから屈みこむような素振りを見せました。

(まずい、もう持たないんだ!)
実際にはクランク9の"眼"を握り潰そうと手を伸ばした動きなのですが、ファミアの方からはそれが見えません。
もう持たないということであればこちらも同様なので、まずは脱出を図りましょう。

すねの当たりの装甲板を左手一本で凹みができるほどに掴み、右の手を開けます。
姿勢が苦しい中でも出来る限り呼吸を整えて――
「――せいっ!!」
自分の顔を踏みつけている"足"の側面へ、全力で掌打を叩き込みました。

もちろん、いくら脚だけとはいえゴーレムです。
その質量は片手の打撃ではびくともしません。
そしてびくともしないからこそ――その力は全てファミア自身へと返るのです。

わずか数十キロのファミアにかかった力はその体をほぼ真横に高速でスライドさせ、
つっかえ棒が外れた"足"はもう片足の上に踏み落とされました。
ローブの裾を挟まれたファミアは宙吊りになったのも一瞬、
ぶらりと揺れた反動で身体を振り上げて、"足"の上へ着地。マテリアへ目をやりました。


(地上から近づいたら私もガスを浴びる。でもこっちからなら……!)
すかさず裾を引きちぎって跳躍。
もちろん狙いはマテリアです。

上から見れば一目瞭然ですが、このガスは空気より重いので当然地上に薄く広く広がっています。
つまり、厚みはないのでその方向から侵入すれば最小限の接触で済むわけです。

それでもガスに触れた際の痛み痒みは耐え難いものでした。
(こんな中にずっといたなんて……なんて無茶を)

マテリアの背後に着地したファミアは、口元を袖で抑えながらもう片方の手をその脇の下へ差し込んで、再びの跳躍。
地上に居た時間は一瞬にも満ちませんでした。

噴射術式と違って空気をかき乱すこともなく、上空へと退避完了。
これほど急速な機動にマテリアが耐えられるかいささか心配ではありますが、
少なくともこれ以上の被曝に耐えられないのは確実でしょう。

【スカイフックでレスキュー】

177 :名無しになりきれ:2014/02/02(日) 15:19:18.91 0
http://haruka.saiin.net/~megalobabylonia/img/97_over.jpg

178 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/03(月) 01:23:31.29 P
【帝都組:vsクランク7  >>169続き】

一方、スイにとって過去とは封じるべき忌まわしき記憶であった。
所属していた傭兵団が滅ぼされ、家族と慕った者達が絶命していく瞬間。
その光景は幼かったスイの精神には重すぎ、彼女の心はばらばらに千切れ散ってしまった。

ぶち撒けられた破片を寄せ集め、最低限の人格として創りだされたのが、彼女が『表』と称する者の存在。
応じるように本来の人格を"裏"として、つらすぎる記憶は全てそちらに預けて心の奥底に厳重に封じた。
スイは一度死んで、別人として生まれ変わった。
そうして彼女は家族の死という現実を『別の誰かに起きた災難』として割り切ることで、
いま自分が天涯孤独であることとはなんの関係もないんだと納得させて、苦境との折り合いをつけてきたのだ。

幼く頼りない防衛機制により、心の均衡は確かに保たれた。
だが、代償もあった。
彼女の遺才は、彼女の親代わりをしていた師父から、その制御を教わっていた。
師父にまつわる記憶が封じられたいま、彼女は本当の意味での『風帝』の乗りこなし方を忘れたままだった。

セフィリアが過去へ真っ向から切り込むことで己の刃を磨き上げようとするならば、
スイは忘れることによって過去に縛られず前へ進む、正しき忘却者だった。
本質的には、スイに『赦しの秘跡』は効果がなく、必要もなかったかもしれない。
そんな、チャチな呪物なんかに頼らなくたって、彼女は自分の中の絶望から巧みに逃げ切っていた。

忘却は救いだ。
優しく、そして安直な、絶望への対処方法だ。
多くの人々が、酒を呷り、仲間と楽しい時間を過ごすのは、つらい今日を忘れ去って明日を強かに迎える為である。

それでも、決して忘れてはならない過去があるとするならば――
それは教訓だったり、学んだ技術のような、いまの自分を形造っている部品と言えるものたちだろう。

スイはそれを忘れてしまっていた。
赦しの秘跡が、彼女にそれを思い出させた。

>「――礼を言おう、おかげで大事なことを思い出せた」

スイの纏う魔力の質が変わった。
それまでの膨大でありながら無秩序に空間を埋め尽くしていた魔力が、一斉に同じ方向を向いた。
魔力の整列。それは術者による完全な統御を意味する。

「あなた……過去に何を見てきたの……?」

クランク7が思わず零した視線の先で、スイの輝きを取り戻した双眸と眼が合った。
スイは、記憶と共に師父から学んだ風魔術の粋を封じ込んでいままで生きてきた。
それまで彼女が扱っていた風帝の遺才魔術は、"裏"に血を見せて無理やり引き出した技術の断片に過ぎない。

指導者として師父は優秀だった。
若干十歳になるかといったスイに、風魔術の秘奥を既に学ばせ切っていた。
赦しの秘跡によって強制回顧させられた過去において、スイは忘れてしまったそれを学び直すことができた。

何度も。
納得がいくまで何度も、遺貌骸装が無限に繰り返す過去の中で何度も、彼女は学んだ。
かつて、幼い頃には耐えられなかった過去も、傭兵として成熟したいまならば受け入れられる。
いまのスイにとって、『忘れたい記憶』は存在しなかった。
遊撃課に左遷され、そこで仲間を得て、今度こそ守り通すために、必要な記憶だからだ。

スイは過去を受け入れて。
失った翼を取り戻した。

 * * * * * *

179 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/03(月) 01:24:14.08 P
 * * * * * *

クランク7は、二人の『残り滓』が見せた想定外の結果に舌を巻いた。
優しき忘却は、彼女たちから武器を手放させ、刈られるのを待つだけの麦穂に変えるはずだった。

しかし、セフィリアは度を越した負けん気から自身に救いを許さず、
スイに至っては再現される過去を逆手に取って遺才の完全制御を成し遂げた。
二人の女は、それぞれ手に剣と風を握り、フィンを庇うようにしてこちらの視線に割り込んできた。

「フフ……認めるわ、やるじゃない遊撃課……!
 でもダメね、私の優位は依然として変わっていないもの……!」

クランク7の指摘は至極、もっともである。
彼女は『赦しの秘跡』を用いたのは、それが極めて迅速に相手を無力化できる最良の手段だからだ。
そして、クランク7の持つ手札は無論、それだけではない。
例えば、そう、告解が効かないなら直接近づいて魔力解放で削り殺せばいいだけだ。
それをいますぐにでも実行しなかったのは、告解を受けたもう一人の遊撃課――
クランク7に最も『近い』ところにいるフィン=ハンプティに動きがないのを警戒してのことだった。

(残り滓二人ははじめから問題にならない……だけどフィン=ハンプティ!
 仲間を再優先で庇いに動く貴方を野放しにして他の二人に攻撃するのは危険と判断したわ)

フィンの攻撃は唯一、クランク7にとって致命傷になりうる可能性を秘めている。
ゆえに楽観視はしない。常に万全を期して行動するのがクランク7という戦闘者の戦術だ。
そして、フィンはまだ動かない。
大剣型遺貌骸装の鏡面には、未だ彼を縛り付ける過去が映し出されていた。

フィンの過去。
家族や友人が、人外の存在によって虐殺されていく光景。
大切なものなのに、力が足りなかった為に救えなかった者達の死。

そして。

(……随分新しい記憶ね?)

記憶の新しさで言えばセフィリアもだが、フィンのそれはセフィリアとはまた質の異なる新しさだった。
過去から今日に至るまでに経過した時間は半年程度。つい昨日のセフィリアのほうが遥かに新しい。
だが、フィンは半年前の出来事を"昨日のことのように"思い出し、足掻いている。
たったいま、この瞬間に至るまで、一日も絶やすことなく、彼は後悔し続けてきたのだ。

180 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/03(月) 01:25:02.39 P
仄暗い――洞窟の中だろうか、青く、黒い、水気に満ちた空間。
岩と濁流に囲まれた、死の匂いの濃厚な墓地めいた場所の光景。
記憶の中で、フィンは誰かに声をかけている。叫び続けている。
焦燥と、絶望に歪んだ視線の先には――青白い、死人のような顔の男が一人。

男は何事かを呟き、光を失った眼で洞窟の天を仰いだ。
クランク7から見ても、男は既に虫の息の、ただ冷えていくのを待つだけの死に体だった。
その男へ向かって、フィンは喉が枯れんばかりに声を張り上げ、手を伸ばしている。

(助けようとしてる……?これは過去の映像なのに?)

そう。フィンは、手を差し伸べていた。
単なる過去の映像に過ぎない、結末のわかりきった記憶のなかの死人に対し、フィンは全力で腕を伸ばしていた。
洞窟の男だけではない。
父親が、母親が、爪に囚われ牙の向こうに消えていく瞬間も。
幼い友人たちが首を飛ばされ、上等な衣服が中身ごと引き裂かれて血煙に変わる瞬間も。
フィン=ハンプティはその光景が何度繰り返そうとも、常に助けんと手を差し出していた。
そっちへ行くなこっちへ来いと、叫び続けていた。

そしてその、あまりに不毛で、絶望の上書きにしかならない行為は、確実に彼の心を削ぎ落としていった。
忘却とは、どうにもならない現実を、諦めて次へ進むための儀式だ。
フィンは目の前の死から親しき者を救うことを、諦めなかった。諦められなかった。
諦めきれない男の精神は、しかし無限の絶望を無傷で耐え切れるようには出来ていない。
否、むしろ、耐えることができたからこそ、ゆっくりと、どうしようもなくなるまで削れきってしまった。

『天鎧』の遺才は、あらゆる攻撃を受け流し、耐え切る防御系の極致とも言える能力だ。
翻っては、"耐え切るため"に必要な処置――裂傷の止血や、痛みの緩和、削れた肉の補填なども司る。
故にフィンは何度砕かれても立ち上がり、遺才によって補填された肉体は魔族のものを模した性質を宿していた。

では、削れた精神はどうなる?
――無論、天鎧はそれを補うように発動する。
ヒトの肉体が削れたら魔族の肉体で代替するように。
ヒトの精神が削れたら、魔族の精神がそれを埋めるように入り込む。

結果。
無限の時のなかで、ゆっくりと、フィンの精神は削ぎ落とされ、代わりに遺才が用意した魔族の心が継ぎ足されていった。

 * * * * * *

181 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/03(月) 01:25:51.26 P
 * * * * * *

「これは……自己進化が始まったのね……!」

現実時間にしてわずか数秒後、膠着していた状況に変化が起きた。
フィンの双眸が見開かれ、そこから溢れる色は鮮烈な赤――魔族の眼球色。
先だっての風化爆発によってすたずたに引き裂かれた肉体各所の裂傷からは、かさぶたのように硬質な何かが湧き出てくる。
黒曜石にも似た、皮膚の変質したような鎧。
魔族の外殻――かつてフィンの右腕だけを覆っていた『フローレス』が、全身にまでその版図を書き換えていた。

半裸に近かったフィンの身体はすぐに、黒の甲殻が覆い尽くした。
唯一人間味を残していると言えるのは、首から上の生身の頭――しかし、その双眸は人外のものに染まっている。
宵闇のように黒く、照り返しのない甲殻に、真紅のマントが僅かな色彩を添えていた。

クランク7は、快哉を叫びたい気持ちを抑えこんで、右手の長剣を振るった。
その刀身にはまだ、救えなかった者達を救おうとするフィンの足掻きが映し出されている。
彼は姿を変貌させてなお、未だに過去から戻ってきていないのだ。
だが、これは使える。

「おめでとう。貴方は資格を手に入れたわ。私たちと新しい時代を迎える資格を。
 だから、連れて行くわ。邪魔な連中を始末した後にね……!」

クランク7が十字剣の鏡面を指で弾くと、映しだされた過去がぐにゃりと歪む。
フィンの大切な者達を殺した人外が、その姿を変えた。
代わりに映しだされたのはセフィリアとスイ。
フィンの記憶に深く焦げ付いている憎悪の対象を、残り滓二人に書き換えたのだ。
赦しの秘跡は記憶を司る遺貌骸装。極まった遺才魔術ならば、この程度は容易い。

「貴方を人間に縛り付けている楔……自分で抜きなさい。
 そうして、私達の――ピニオンの作る時代の目撃者となるのよ……私と一緒にね……!」


【→セフィリア・スイ:それぞれの方法で赦しの秘跡の告解を克服】
【→フィン:遺貌骸装によって記憶を弄られ、家族を殺した人外をセフィリア・スイと誤認させられる】

182 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/02/06(木) 23:53:40.75 0
心を置き去りにして、思考だけが加速していく
そんな永劫とも思える繰り返しの内面世界の中――――それでも、かろうじでフィンはその人格を保っていた
摩耗する度に遺才によって補填される、人では無い魔族としての精神
人の身では抗いがたい遺伝子が喚起する変貌を、フィンは人としての意志……いや、意地で封じ込めていた

輪郭を失い、心を喰われながらも、それでもフィン=ハンプティは最後の一線を超えずに人間であった

(ダメ だ……オレには、まだ護りたい仲ま が、いるんだ……)

そして、そのフィンを踏み止まらせる最後の『楔』となっていた存在こそが、セフィリア、スイ。
これまで苦楽を共にしてきた、かけがえのない友人。遊撃一課の仲間達の存在である

失った仲間は居る、守れなかった家族もいる
――――だが同時に、守る事の出来た、守りたいと願っている者達もいるのだ

それが故に、フィンはギリギリの所で踏み止まる事を成していた。


だが


>「貴方を人間に縛り付けている楔……自分で抜きなさい。
>そうして、私達の――ピニオンの作る時代の目撃者となるのよ……私と一緒にね……!」


そこに……鋼の決意によってかろうじで保たれていたフィンの精神に、
クランク7という存在は、一滴の猛毒を落とした
即ち、記憶の改竄。フィンが守りたい者を害した者をフィンの護りたい者達に挿げ替えるという悪鬼の所業

(え……あ……?オレが、まもり……殺したのは……こいつら、こいつら?こいつらをどうにかすれば助けられるのか?
 まもれるのか?どうすればいいどうすればいいけどまもりたいあいては、すイとせフぃりあで
 けどこいつらが、なかまで、てきで……やめさせられないやめさせたい、どうすればいい  どうすればいい
 どうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすれどうするどうすればどうすどうどうすどうすればどういい
 どうすればどうすればどうすればどうsればdおうrばどうssどうううあどうううれば  どうすれば)

常であれば、その魔術抵抗力により防ぎきれたであろうクランク7の術式
けれども、摩耗したフィンの精神は容易くその介入を許してしまう
その結果引き起こされたのが――――思想の崩壊。感情の自家中毒
他の者であればいざしらず、護りたい仲間を自身の命と等価とすら考えるフィンにとって、
クランク7が混ぜ込んだ『毒』は致命的なものであった

183 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/02/06(木) 23:55:24.31 0
(どうすれば どうす れ ―――――)

大切な護りたい仲間こそが護れなかった仲間の敵であり、憎悪しなければならない相手である。
そんな矛盾の記憶を与えられたフィン=ハンプティの精神は……当然の如く破綻する。
限界まで張りつめていたフィンの心は、まるで塀の上から落ちた卵の様に惨めに壊れ果てた



……もしもフィンが無才の凡人であったのなら、ここで廃人と化して終わるという結末を迎えた事だろう
だが、フィンは『天鎧』の遺才を持つ者である。
先にある通り、今の彼の遺才は自身を護る為にその精神でさえも補填する。
完全に壊れかけた精神も、魔族の精神を漆喰代わりとして無理矢理再構築される。


クランク7によって含まされた毒をも構成素材の一つとして飲み込み、フィン=ハンプティは作り替わってしまう――――


・・・

フィンが目を開ければ、眼前に在るのは二人の少女達の背中、そして変わり果てた自身の黒い腕であった。
駆け抜けた思考の地獄が嘘であったのかと思う程に広がる光景は現実的であり、
その現実味が、先程まで見ていた光景が仮初の情景であった事をフィンに認識させた
彼は、目の前に付きだしていた腕を何かを確かめるかのように開閉してから引くと、
一度大きく息を吐き、それから真っ直ぐに前を見据える

「はっ。まさか……俺とした事が、精神攻撃なんてもんを喰らうとはな。流石に手強いぜ」

そして、吐き出した言葉は……けれどもいたって普通
容貌こそ魔族と成り果てているが、フィンの発言は極めて彼らしいものであり、
その声色にも演技をしている要素は見て取れない

「けど、それもここまでだ。次は喰らわねぇし――――俺の仲間も傷つけさせねぇ」

フィンは自身を庇う様に彼の眼前に立っているスイとセフィリアの元へ歩いていく

「そんでもって、こんなふざけた事やらかしてくれた恨みもまとめて返してやるぜ」

そうして彼は何一つ気負う事無く二人の背後に立つと、雑談をする時の様に
或いはいつかの戦場で彼女達の盾となった時の様に、フィンは少年を思わせるような笑みを浮かべ

184 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/02/06(木) 23:56:26.03 0
「さて。それじゃあ……とっととこの人間共を狩って
 ――――大団円と行こうぜ!なあ、『クランク7』!」

その笑みを『クランク7』へと向けると、
触れた物の気を奪い崩壊を与える黒鎧『フローレス』を纏う両拳を


――――スイとセフィリアの背へと向けて、放った


人間を遥かに凌駕する膂力と速度を持つその拳は、人間の背骨程であれば容易く圧し折る威力を有している。
そこに一切の手加減は無く……即ちそれは、フィンが二人を本気で殺しにかかった事を表していた。



……そう。フィン=ハンプティは壊れてしまったのだ
クランク7の記憶の操作と、遺才『天鎧』が実行した精神を護る為に魔族の精神を補充するという効果
それらが合わさり、もはや彼の中では仲間であるスイとセフィリアの二人と、
倒すべき敵であるクランク7の立ち位置が入れ替わってしまっていた
更には、大半が置き換わった魔族としての肉体は、人間を自身とは別の生き物だと本能的に認識させてしまっている


ああ、そうだ。フィンは、フィン=ハンプティは
英雄でもなく
ただの人間でもなく

ここに 怪物 と成り果てたのである

【抵抗失敗→ほぼ魔族化】

185 : ◆0lAphgL/oYvT :2014/02/14(金) 21:19:30.07 0
軽いめまいがセフィリアを襲う、しばらくして視界がひらける
どうやらクランク7の『赦しの秘跡』を突破出来たようだ

と、いう事実をセフィリアが確認したが安堵できる状況ではない
思考を戦闘モードに戻し、眼前のクランク7を見据えた

スイやフィンの無事も確認できセフィリアは心の中で胸をなでおろした
だが、それはセフィリアに取っては小さな確認事項に過ぎなかった
私に突破出来て他の2人が突破出来ないはずはないと確信していたからだ

『赦しの秘跡』によって擬似的な戦闘経験を数多く積んだセフィリアははやく試したくて仕方がなかった
少女が誕生日に親からもらうプレゼントを開ける直前のような気持ちの高ぶりである

メガネの奥で闘志を燃やす
あれを突破出来た三人ならクランク7も撃破できる
実際その可能性は高いと考えられる、が……

そんな考えは脆くもしかも、最悪の形で崩れ去ることになるのだった

>「これは……自己進化が始まったのね……!」

クランク7の喜びの声が場を支配する
なにを言っているのか理解出来なかった
だが、変化を感じることが出来た

「ハンプティ……さん?」

同僚の姿が禍々しく変わる
目は血走り……いやもはやそういう類でもない
深紅に変色した双眸はもはや人のそれではなかった

>「貴方を人間に縛り付けている楔……自分で抜きなさい。
 そうして、私達の――ピニオンの作る時代の目撃者となるのよ……私と一緒にね……!」

「魔族……化……これが」


理解できた
圧倒的な魔力の奔流に全身を震わす

>「はっ。まさか……俺とした事が、精神攻撃なんてもんを喰らうとはな。流石に手強いぜ」

「よかった……」

姿形は変化してもいつものハンプティさんだった

「そんでもって、こんなふざけた事やらかしてくれた恨みもまとめて返してやるぜ」

はい!と口から出ようとした言葉、それはかなわず、再び飲み込まれることになった

「さて。それじゃあ……とっととこの人間共を狩って
 ――――大団円と行こうぜ!なあ、『クランク7』!」

後ろを振り返る、フィンの拳が見える
いや、セフィリアにとってその拳を認識することは出来なかった……

【セフィリア:フィンの攻撃に反応することが出来ず】

186 :スイ ◇REK82XblWE:2014/02/16(日) 00:11:26.41 P
スイが『赦しの秘跡』を突破するのと同時に、セフィリアもどうやら意識を引き戻せたらしい。はっとした気配が伺えた。
残るはフィンのみ──そう思い視線を彼のもとへ遣り、息を飲んだ。
彼の全身は頭部を除き彼の遺才の象徴である『フローレス』に覆われ、尋常でない空気を漂わせていた。

>「これは……自己進化が始まったのね……!」

クランク7の歓喜に満ちた声が聞こえる。
仮にスイ達が呼び掛けたとしても、『赦しの秘跡』に囚われたフィンの耳には届かないだろう。
スイに出来ることは最悪の事態を、フィンがあのまま囚われ続け、クランク7側に寝返ることを想定し備える事だ。
トラウマを見せられ続けた精神は正気ではない。

>「貴方を人間に縛り付けている楔……自分で抜きなさい。
  そうして、私達の――ピニオンの作る時代の目撃者となるのよ……私と一緒にね……!」
>「魔族……化……これが」

加えてクランク7の言葉を聞けば、彼女がフィンを攻撃する可能性は限りなく低くなった事は分かる。その分、スイとセフィリアの危険性が増したことも明白。
スイは風を寄せ集め、空気の圧縮を始めた。
不可視の固まりは、ものを言うことなく、ただひたすら空気を強烈な圧力で押さえ続ける。

>「はっ。まさか……俺とした事が、精神攻撃なんてもんを喰らうとはな。流石に手強いぜ」

フィンの口から紡ぎ出されるのは、いつもの彼らしい言葉。それを聞いてセフィリアの緊張が緩むのを感じた。
それに対しスイが感じるのは強烈な違和感。
絶望の記憶を見せられて尚、その台詞を口にすることは出来るか?
スイから見て、フィンという人物はとても人間味のある人だった。遺才がどれほど強くても、彼はいつも人間らしかった。
人間らしさがあるという事は、その記憶を見せられれば多少なりとも戸惑い、閉口するだろう。
果たしてスイのその予感は当たった。

>「さて。それじゃあ……とっととこの人間共を狩って
  ――――大団円と行こうぜ!なあ、『クランク7』!」

そうしてフィンの拳が向けられた先は──スイとセフィリアだった。
迫り来る拳に触れることは出来ない。
完全に魔族化されたそれは圧倒的な力を持って襲いかかる。
セフィリアは突然の事に対応しきれていない。
スイは拳を顧みずセフィリアに手を伸ばした。
彼女の腕をつかみ、風の力を借りて後退、同時に圧縮していた空気を爆発させた。

「逃げるぞ!」

相手は魔力によって風化を起こすクランク7と、触ったものを風化させるフィン。
どちらも魔術耐性があり、下手に触れることも出来ない。
分が悪いと判断したスイのとった行動は逃走だった。

【圧縮させた空気をフィンの前で解放、運が良ければ吹き飛ばし、最低でも目眩まし。スイは逃走を選択】

187 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2014/02/18(火) 02:50:37.00 0
白刀と刺突剣。
二振りの刃を構えレクストが吼える。
解き放たれた斬撃は、甲虫のごとき刃鳴りを響かせ、中空に無数の軌跡を描く。

「ぐ……ぅ……――」

水晶の檻に突き立っていく剣先を眼で追いながら、フィオナは唇を強く噛んだ。
世界の理を蹂躙し産声をあげる"遺才"と、かつて世界を作り上げた神の力を模倣する"聖術"。
ことごとく相反する二つの超常の力。その相性は最悪を通り越して同時に顕在することは殆ど不可能だ。

すなわち、遺才剣術として振るわれる利器に聖術を掛け合わせることは出来ない。
ゆえに剣身そのものに"魔"を灼き滅ぼす力場をコーティングする"聖剣"は使えない。

ぶつり、と。舌に鉄錆びた感触が広がった。
剣そのものに聖術を乗せられないのなら、衝撃を伝える僅か一点。
双剣の切っ先に防性結界を展開し続ける。それがフィオナの出した攻略の手立てだ。

(――まだ途切れさせるわけには行かない……あと、少し!)

数百に及ぶ斬撃が描く軌道、それらを捕捉し続けるのは生半可な難度ではない。
また、フィオナ自身も聖術を行使する必要がある為、"未来視"は使えない。
聖術を用いるための要訣は、神の似姿たる"ヒト"の体そのものを奇跡の再現器とすることにあるからだ。

頼りとなるのは己の目と、勘。
視界の上下が狭まる。先程まで喘いでいた肺腑はまるで動くのを忘れたかのように落ち着いていた。
三十数合、フィオナが取りこぼした剣撃の数。

合わせているのが人知を超越した"轟剣"となれば、驚異的な精度といっていいだろう。
集中力だけで補える速度ではない。相手は遺才剣術、そもそも人の意識の先を行く剣速だ。

「これで……最後っ!」

だがそれを可能としているものが有った。
力を合わせて戦った強敵。共に潜った死線。数々の死闘を制した高密度の経験則。
たとえ思考が追いつかなくても身体が覚えている。レクストが得手とする間合や拍子、そして呼吸。

だから重ねられる。だから応えることが出来る。
フィオナにとって己以外で最も信頼できる人物――それがレクスト=リフレクティアなのだから。
加えてマテリアの援護もある。いくらか取りこぼしたところで、彼女の遺才が檻の強度を大幅に減衰させている。

>「だから刮目しろよ魔族娘!――俺達の最高に格好良いところ見て、ファンになりやがれ!」

"轟剣"の多重斬撃が、衝撃では決して壊れるはずの無い水晶檻を粉に砕いた。
瞬く間に寸断された支柱は夜の闇に溶け消え、支えを失った檻は自重で二つに圧し折れ地に沈む。
その光景を見届けて、フィオナはようやく唇を濡らす血を手の甲で拭った。

188 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2014/02/18(火) 02:55:23.87 0
>「……"これ"と競り合って、よく生き残ったよなぁ、俺達」

レクストから返された二剣を受け取り腰の剣帯へ落とした。

「本当ですよね――」

かつて魔王の一柱が揮った力すらも切り裂いた純白の刃。
『剣帝』と称された青年が用いた双刀の片割れ。

己の腕の延長のように、自在に剣を振るうその姿は、今なお鮮烈な記憶としてフィオナの脳裏に残っている。
剣士という在り方の一つの完成系として、剣術という理合の一つの到達点として。
最期こそ敵として戦わざるをえなかったが、目標と据えるにたる偉大な剣士だった。

「――でも、この剣に助けられた数はそれ以上ですから」

延ばした指先で、そっと白刀の柄を撫ぜる。
銘の無かったこの剣に、付けた名は"リンクス(左手)"。
『剣帝』の片腕を引き継ぐのと同時に、彼の叶えられなかった願いを、想いを、背負っていくと誓ったからだ。

口端を吊り上げ、ふいに沸いた感傷を頭の隅へと押しやった。
こちらを見るレクストに、フィオナは頷くことで準備が出来たことを知らせる。

>「道は開いた、一気に突っ切るぞ!」

夜闇に響くその声に応えるように、上体を沈めた。
姿勢を前へと倒し、石畳を蹴った。

檻から脱出することが終わりではない。
しかし全力で逃走することを選んだ議長に追いつくのは困難だ。

>「――ヴィッセン!義手使いの方角は?」

ならばどうするか。
答えは至って、単純にして明快だった。

>「クランク9とやらを捕まえて、締めあげて、洗いざらい吐かせるぞ――あの魔族娘と落ち合う場所とかな」

その逃走を手助けしたもう一人の敵対者を捕らえて、情報を引き出す。
フィオナたちの背後、リフレクティア青果店跡地から断続的に聞こえてくる破壊音。
議長が『クランク9』と呼んだ手合いは、一緒に逃走するのではなく攻撃の継続を選択している。

(彼女を追わせないための遅滞策か……、あるいはここで決着をつける心算なのか)

どちらを選んだのだとしても問題はない。
フィオナたちにとって一番困るのは、双方に逃げられ、追跡の糸口を見失うことだからだ。

「……私たちを侮ったツケを払わせてあげますよ!」

意気を吐き出し、フィオナは疾走する。

189 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2014/02/18(火) 03:06:07.10 0
>「ワかりました。ですがワタシはここらのチリにウトいのでアシオトをセンコウさせます。それをオッて――」

マテリアの応答が途中で途切れた。
神殿の柱のような巨大な義足を用いた『クランク9』の攻撃は間断なく続いている。
その攻撃に対応するため一旦間を置いた、そうフィオナは判断した。

脚は止めない。
高精度の索敵支援を受けられないことの不安はあるが、止まるのも引き返すのも、今の状況では悪手だ。

(それに、相手の位置はおそらく……)

最初手である砲撃の射出位置からそう動いていないと踏んでいる。
『クランク9』の攻撃は、いかに身体の各部位を自在に動かせるといっても、すべてが遠距離からの攻撃だ。
ほぼ一方的に蹂躙できる位置を確保すれば、動きながらよりは停止して行う方が、遥かに命中精度は向上する。

(あの時のレクストさんから見て正面。角度は……五十)

おおよその座標に目星をつける。
同時に、後方で魔導短砲の着弾音が連続して響いた。

「あれは、マテリアさんの短砲ですよね……」

何かがあった。それは間違いない。
たとえば義足への迎撃。即座に頭を振るう。
違う。あれほどの質量に対しての迎撃を行うなら遺才を使うはずなのだ。

つまり別の用途で魔導短砲を使う必要があったということになる。
短銃身のため射程距離は乏しく、ゴーレムのパーツに対する防御手段に用いるにはあまりに非力すぎる。
ならば必然、残るは反撃のための布石として使用したことになる。

>『……ゼンゲンテッカイです。すこし、ジカンをください。ヤツにコンドこそ、ワタシのオトをたたきこんでやります』

その考えを肯定するようにマテリアの声が届いた。
先ほどより更に鮮明さを欠いた、掠れた響きだ。

「マテリアさん――」

無事なのですか。と聞こうとして、それを問うことの無意味さに気がついた。
マテリア本人は既に決断を下している。だから信じる。同じ"遊撃課"の仲間として。
つい先ほど、皆の前で誓ったばかりだ。

「――……いえ、こちらはいつでも大丈夫です。存分に貴女の音を響かせてください」

一音も聞き逃すまいと、フィオナは上空に向け目を凝らした。
戦闘距離が延びているため前衛であるこちらから、後衛であるマテリアたちの状況を把握できない。
だが、届いた彼女の声から推し量るに、何らかの手傷を負っているのは疑いようがなかった。

ゆえに、一度。
マテリアが抉じ開ける反撃の機会を見逃すわけにはいかない。

190 :フィオナ ◆5/1/yfW8zc :2014/02/18(火) 03:06:37.58 0
「――聞こえた」

鼓膜がふるえる。あるいはそれは音ではなかったのかもしれない。
大気を伝わり伝播する振動。夜陰をつんざく苦悶。解き放たれた血の波長。
マテリアの遺才『魔笛』が発動したのだ。

フィオナはその場でぐるりと旋回し、その途中で足を止めた。
上空で揺れる影がひとつ。

(そこに、居ましたか)

捕捉と同時、フィオナは後方へ飛び退った。
片膝を石畳に押し付け、もう片方を立てた前傾の姿勢。
石畳の溝にひっかけた指先で上体を引き付け、それに合わせて再び地面を蹴りつける。

聖術の詠唱。再現する奇跡は"自由落下"。
家屋の壁面を足がかりに、一気に空中へと躍り上がる。
鞘走った白刀が、銀白の奇跡を描いた。

(命までは取りませんが……意識は刈り取らせてもらいますよ!)

獲物を定めた猛禽のごとく、フィオナは『クランク9』に襲い掛かった。


【柄頭でがつんと。後頭部をひっぱたきます】

191 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/24(月) 03:00:56.70 0
【帝都組:14番ハードル風俗街】

>「さて。それじゃあ……とっととこの人間共を狩って――――大団円と行こうぜ!なあ、『クランク7』!」

人間・フィン=ハンプティは死んだ。
殺したのはクランク7であり、そして他ならぬ魔族・フィン=ハンプティの手によるものだ。

記憶、経験とは人格の最も根源を構成する要素である。
心優しき者は過去に他者と痛みを分かち合った経験から優しき人格を獲得し。
打算的な者は心の繋がりを裏切られた記憶から他者との関わり合いに打算を求めるようになる。
スイが幼少期の凄惨な記憶を封じる為に新たな人格を作り出したように。
フィンもまた、かつて大切な者を護れなかった経験から、その身を削ってでも人を護る覚悟を手にしたのだ。

それを破壊した。
クランク7の『特性』、人越の風化魔法によって。
フィンは記憶を風化され、『護れなかった絶望』だけを、その怨嗟の対象をセフィリアとスイに書き換えた上で植え付けられた。

厳密に言えば、眼前の黒き存在は既にフィン=ハンプティではない。
彼が彼であるための要素、その根源の部分を失った、姿だけ似た別物であった。

(すごい……これが自己進化した遺才遣い!赤眼に頼らず魔族へとその身を練り上げた超越者!!)

フィンは拳を振るう。
黒甲冑を纏い、いかなる障壁も一撃の元に崩壊させる、超越者の拳。
アネクドートに用いたような、魔力消去の一撃ではない。
物体が存在し続けるために必要な"何か"を砕き、存在を否定する魔技。
タニングラードでの戦いから今日に至るまで、決して人間相手に使われることのなかった拳は、
しかし、いとも簡単に彼の仲間――スイとセフィリアのもとへ打ち出された。

フィンの振るった拳の向かう先で、セフィリアとスイは二者二様の動きを見せた。
仲間の変化を鋭く気取り、警戒していたスイはともかく、セフィリアはまったくの無防備だった。
フィンへの全幅の信頼から来るその無警戒は、彼女に裏切りを知覚させることなく落命させていたはずだ。

彼女を救ったのは、迫る拳より早くセフィリアの腕を掴んだ、スイの手だった。
引き寄せられた上体の、髪の毛一本分上空を黒い拳が擦過し、大気を崩壊させて真空を生む。
それを埋めるようにして風が爆発し、セフィリアとその身体を抱えるスイは中空へと跳躍した。

>「逃げるぞ!」

スイの判断は迅速だった。
瞬間的に彼我の戦力差を分析し、現戦力では勝機がないことを把握。
しかしてクランク7もフィンも、機動力自体は特に秀でていないことも理解し、迷いなく撤退を選んだ。

(流石に遊撃一課の魔術師ね……よく人を見ているわ。ガルブレイズも直前で反応していたようだったし)

セフィリアはまったくの無防備な状態から不意打ちを受けたが、それでも振るわれた拳を『見た』。
ほんの僅かな空気の揺れ動きや、魔力の変調を直感で読み取り、本能が警告を出したのだ。
応じて少しでも身構えていなければ、スイの救出も間に合わず、また異なる結果が見えていたことだろう。

「でも!その程度の戦略なら折り込み済なのよね……!!」

確かにクランク7は高速で移動することはできない。フィンにしたって同じだろう。
人間より遥かに強力な身体能力を持つ彼らとて、極めた魔術師が本気で行使する飛翔術には追いつけない。
だが、彼女たちは目的に合わせて定向進化を個人単位でやってのける生物だ。
必要であれば、風より疾く飛ぶ翼をその場で生成することだってできるだろう。

192 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/24(月) 03:01:54.75 0
それをやらないのは、必要ないからだ。
少なくとも、いまこの場においては。
空を駆ける風魔術師を墜とすのに、翼など要らない。
クランク7は肩に引っ掛けていた外套を、今度こそ後方へ放り捨てた。
ヒトにしては青白い、幽鬼のような肌が一切の遮蔽なく風に晒される。
春先とは言え底冷えの残る夜風が、僅かに残った体温を残らず洗って拭い去った。

「――枯れなさい!」

振り上げた腕の先で、虚空へ向けて指を鳴らした。
パチンと弾かれた魔力が風化の影響力を行使し、大気が急速に劣化していく。
伝染するように、『スイが飛翔のために放出した風』そのものを、風化させる。
スイは身にまとう風が己の制御下から外れたことに気付くだろう。
それはかつて遊撃二課の騎竜乗りが、騎竜の肺腑に風を吸い込んで変質させ、スイから支配権を奪ったのと同じ理屈。
強制的に『風化』させることで、スイが操っている風をまったく別のものに変えたのだ。

スイは風使い。
"風以外"に変えられたものは、彼女の支配に置かれない。
あたかも、水使いの操る水を氷に変えて無力化したのと同じ現象が、彼女の身にも起きていた。
浮力を失った風帝が、そのまま地面へと叩きつけられるのを彼女は覚めた眼で見ていた。

「逃げ足は潰したわ……何度飛翔術を使おうとも、何度でも風化させて撃ち落としてあげる」

スイの圧縮空気を眼前で食らったフィンを気遣いながら、クランク7はゆっくりと歩きで距離をつめていく。

「確かに、ハンプティさんの能力じゃあちょこまか逃げ切られるかもしれないわね。
 大筋での目的は達成できたことだし……ここは私が殺っておくわ」

クランク7は再び指先を構える。
再度フィンガースナップを放てば、セフィリアとスイの周囲の空気を丸ごと風化させて窒息に追い込むことができる。
あるいは、直接触れて魔力を流し込み、瞬く間に白骨化させても面白いかもしれない。
いずれにせよ、フィンの目の前でその残酷な死のシーンを見せつけることが重要だ。
ヒトの脆さ、醜さを目の当たりにさせることで、彼の中にわずかにでも残っている人間への未練を、完全に断ち切る。

一歩。
継続的に周囲の大気を風化させ、操るための風を失わせる。
一歩。
仮に決死の覚悟で突貫して来ようとも、フィンがこちら側に居る限り彼女たちの刃が届くことはない。
一歩。
よしんば白兵戦になったところで、この肌に触れれば刃が錆びついて砕けるのみだ。

そして。
クランク7はスイとセフィリアが蹲る傍までやってきた。
感情の乗らない睥睨が、二人の、少女と言っても良い年齢の遺才遣い達を見下ろした。

「恨まないでね。ヒトと魔族とが共存する新しい時代に、貴女たちのような中途半端な残り滓はいらないのよ」

決めた。『赦しの秘跡』、この長大剣で一度に双方の首を撥ねてしまおう。
首を刀身に乗せて、そのまま魔力を流せば生首が瞬間的に萎れていく爆笑必至な珍光景が見れるはずだ。
フィンはそれを見てどんな顔をするだろう。
笑ってくれるといいな。

それだけを想って、それ以外の一切の感情を介在させることなく、クランク7は剣を横に薙いだ。
音はなかった。そして、手応えもなかった。
振り抜いた剣先に、2つ並んで死に顔を晒しているはずの首が、しかしそこから忽然と消えていた。
代わりに、血飛沫一つ浮いていない刀身の上で、二枚の金貨が街灯の光を鈍く反射していた――。

 * * * * * *

193 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/24(月) 03:02:53.01 0
 * * * * * *

やってしまった。盛大にやってしまった。
風俗街の外れにある宿の、通りを一望できる一室の中。
灯りを落とした闇の中で、少女は息を殺しながら自分のしでかしたことの重大さを反芻していた。

(店は開業前から大赤字だっていうのに!赤の他人を助けるのに金貨を二枚も使っちゃったじゃない!)

少女――"商会"社長――亡き豪商ギルゴールドの末裔――クローディア=バルケ=メニアーチャは、
左目にあてていた遠眼鏡をベッドに放り捨て、背後に"呼んだ"予定外の散財の原因達に噛み付いた。

「あっ、あんたたち!なんつー化け物と張り合ってんのよ……!」

安宿の所帯感を隠そうともしない内装を背景に、金貨の対価として召喚されてきたスイとセフィリアが放り出されていた。
クローディアは彼女たちの戦闘能力を、ここ一年で嫌というほど目の当たりにしてきた。

優れた剣士であり、卓越したゴーレム乗りでもあるセフィリア=ガルブレイズ。
遊撃課最強の火力を誇り、中遠距離戦では比類するものなき風魔術師、スイ。
彼女たちと、その所属する遊撃課と、クローディア商会は幾度も小競り合いを繰り広げ、敗北を喫し続けてきた。

そんな、常人が十人束になっても敵わない人越者たる彼女たちが、しかし手も足も出なかった相手がいる。
クローディアは彼女たちの戦いを少し前から見ていて、そして勝敗の決する直前に召喚術で助けだしたのだった。

「風俗街のドン、ハルシュタット卿が何者かに狙われてるって話を聞いてたから恩が売れると思って監視してたのに、
 思ってもみないオマケがついてきちゃったじゃない。大誤算だわ、きっちりあんた達の上司に請求させてもらうからね!」

彼女が親指でぞんざいに指し示す方を見やれば、老人が一人安楽椅子に掛けているのがわかるだろう。
眠っているらしく、周期的な呼吸音とときどきいびきの欠片のようなものが聞き取れた。
この部屋には、クローディアとハルシュタット、そしてスイとセフィリア、
おまけに気絶したランゲンフェルトの五人だけが存在していた。
それ以外には誰もいなかった。
クローディアがぞろぞろ連れ歩いている部下も、片時も離れず控えているはずのナーゼムも、誰も。

それからしばらく、息を飲み込んだクローディアが遠眼鏡で通りの方を注視し続け、
やがてほっと肩を落として振り返った。

「……もう大丈夫。しばらく辺りを捜してたけど、諦めて撤退したみたいね」

彼女は力が抜けたようにふっと微笑んだが、すぐに肩を怒らせて眉を立てた。

「一体どういうことなのよ。新聞、読んだわ。いつの間に遊撃課はメンバー総とっかえしたの?
 あんた達クビになったわけ?女二人で風俗街に飛んでくるのも、そこでドンパチやらかす意味もわかんない」

仕事をクビになった女達が風俗街にやってくる理由など一つぐらいしか浮かばないが、彼女は意図的に頭から閉めだした。
それに――とクローディアは声を落とした。

「ハンプティの奴がいたような気がしたんだけど……あたしの遺才で召喚できなかったのよね。
 途中からあいつの姿を見失っちゃったし、どこに行っちゃったの」

 * * * * * *

194 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/24(月) 03:03:40.33 0
 * * * * * *

「消えた……?」

大剣を振り抜いたクランク7は、その刀身に敵の首の代わりに置かれた金貨二枚を手に取った。
金貨そのものは何の変哲もない帝国貨幣だ。造幣局の刻印もされている一般流通品である。
注視すれば、微細な魔力を帯びているのがわかった。転移や召喚の属性を帯びた魔力だ。

「肉体を金貨に封じ込める魔法……?」

封印術の一種にそういう類のものはある。
一般的には鞄の内側に術式を施すことで容量以上のものを持ち運んだり、
術式符の中には水や炎などの触媒を符の中に封じておいたりするものもある。
スイほどの卓越した魔術師ならば、一瞬でそのような術式を組み上げていたとしてもおかしくはない。

「……枯れなさい」

だから念のため、金貨を風化させてみた。
耐蝕性としてはミスリルに次ぐ金が、あっと言う間に錆付き、ヒビ割れていく。
金貨の中に肉体を封じ込めていたとするなら、これで術式が崩壊し封印が解けるはずだ。
しかし、崩れ落ちた金貨の残骸が風にさらわれても、何かが起きる気配はなかった。
封印術ではない。

ふと足元を見れば、地面に転がしておいた黒服の男の姿がいつの間にか消えていた。
そして、代わりにやはり硬貨が――今度は銀貨が、石畳に中途半端に刺さっていた。

「そう言えば、カーターが言っていたわね。
 ボルト=ブライヤーを襲撃したときに、死体の代わりに金貨が落ちてたって。
 同じ者が、逃亡の手引をした……?だとすれば、相当の手練。もう逃げ切られている可能性が高いわね」

クランク7はふうと息を吐いて、それきり遊撃課の追撃への興味を失った。
そんな些細な残り滓の動向よりも、ずっと気にすべきことがすぐ傍にある。
彼女は振り向きざまに、『自分の髪を形態変化させて』、新しい外套を生成し、羽織り直した。
流麗な動作でフィンへと一礼。

「はじめまして、と言うべきかしら。
 フィン=ハンプティ……いえ、ハンプティさん。ヒトから人ならざる者へと踏み込んだ者よ。
 私たちは貴方を歓迎するわ。貴方こそは、新しい時代の旗手となるに相応しい」

クランク7は、尊崇にも似た感情で己の中が満たされていくのを感じていた。
フィンは本物だ。残り滓に過ぎなかった遺才を練り上げ、自らの手で己を変革し、作り替えた。
自分はほんのすこし、その完成を早めたに過ぎない。
そう断言できるほどに、フィンの持つポテンシャルは別格だった。

195 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/02/24(月) 03:05:37.89 0
「いずれ貴方にはピニオンからコールサインを授与されるはずだけれど、
 その前に"同胞"として貴方に名乗るわ。クランク7なんて味気ないコールサインじゃない、本当の名前」

彼女の双眸には、遊撃課へ向かって剣を薙いだ時のような金属質な感情はなかった。
年相応に、憧れの対象へと向ける眼差しに満ちあふれていた。

「私はアルテグラ。二年前の帝都大強襲で赤眼を賜り、魔族に成った――『人間難民』」

彼女は二年前まで、帝都の内地に邸宅を持つ中流貴族の娘だった。
取り立てて病気もせず、教導院の科目もそつなくこなし、ブリオッシュと乗馬の好きな普遍的で幸せな少女だった。
あるとき原因不明の高熱にうなされ、親が下賜された赤眼を装用し、その晩に帝都大強襲が起こった。
彼女は魔族へと変わり果て、娘と気付かない家族に刃を向けられ、人間でいることに絶望し、ピニオンの理念に共感した。

クランク7――アルテグラは、ピニオンの指導のもと魔族としての力を磨き、そしてひとつの真理を得た。
魔族化は己の血に眠る魔族の力に身体の全てを委ねて変貌する行為だ。
遺才遣いではない、血の薄い自分ですら赤眼を付けただけでかくも強力な魔族へと変われた。
ならば、もともと血の来い『遺才遣い』が、もしも魔族化をしたら、一体どうなってしまうのだろう?
その答えが、フィン=ハンプティだった。

変貌した彼の姿を見た瞬間、その力の一片すら見せていないにも関わらず、アルテグラは彼に傅きたい衝動に駆られた。
それは同じ魔族としての格差、雄と雌の本能。
自分より遥かに強力な雄に出会った雌は、その力を自身の血脈に取り入れようとする。

端的に言えば、魔族流の一目惚れであった。
肉体が、"形態の自在"を勝手に行い、繁殖を行える状態にシフトしていくのが分かる。
形状不定の肉のうねりが、フィンという雄を求めて本能をくすぐり、彼女の身体を跳ねまわった。

「行きましょう、私の部隊を紹介するわ……。
 でもその前に。この金貨、ブライヤーやハルシュタットが消えた時も同じものが落ちていたのだけれど」

アルテグラは掌にある金貨をフィンへと捧げるように渡す。
ハルシュタット消失の際に、彼は確かにこの金貨を見て護衛対象の無事を確信していた。
何かを知っているはずだ。そして、それを教えない理由はいまの彼にはない。

「残り滓達がこれを見て行き先に見当をつけていたの。貴方は見覚え、あるかしら?」


【スイ・セフィリア→クランク7にトドメさされる直前に召喚。風俗街端のクローディアの宿に転送される】
【フィン→クランク7(本名アルテグラ)が仲間になった。本隊に合流する前に金貨を見せられ心当たりを問われる】

196 : ◆0lAphgL/oYvT :2014/02/28(金) 22:41:51.46 0
フィンの拳が眼前に迫った時、初めてなにが起こったのか理解した

それは理解したくなく、最も悪い結果である
フィンが『赦しの秘跡』の突破に失敗したことを意味していた
神への告解ではなく、悪魔に赦しをこいてしまったのだ

(なんという愚かしさ!!)

もし、セフィリア一人ならこれが人生最後の思考になったことだろう
フィンの境遇をよく知らない、その上彼の内面もそれほど理解していない彼女なりの価値基準を抱いて……

>「逃げるぞ!」

だけど、セフィリアは一人ではない。
3人から2人になったがまだ心強い味方がいるのだ

「助かりました!」

スイという魔術のスペシャリスト、傭兵の経験も持つ最高の味方が……
そのスイが選んだ『逃げる』という選択肢に彼女はなんの異論を挟む余地をなかった
騎士の中には逃走よりも死を選ぶ古風な考えを持つ人間もいるが、セフィリアにとってはそれこそ逃走と考えた
最終的に勝利すればいい、と若いなりの考え方だった
しかし、負けは負けである
敗北を感じたセフィリアの顔を暗かった……というわけではない

「フィン・ハンプティは死にました……」

仲間の『死』に暗くならない顔をセフィリアは持ち合わせていなかった
仲間の変わり果てた姿を『死んだ』と表現した
それは的を射ている発言であったかもしれない

そもそも、フィンのことを考える余裕があるのはスイの風に乗って逃走が成功したと思っているからだ
今日だけでなんど助けられたか、それがこの余裕……戦闘中であるということなら『油断』と言い換えてもいい
それが生まれたのだ……

>「――枯れなさい!」

鼻を強烈な腐臭が襲う
その直後に身にまとっていた風が消滅し、地面へと落下していく
空気を風化させたのだと体を捻り、猫のように着地しながら察した

肺に入っていく淀んだ空気を感じながら、この場が目の前にいる
クランク7に支配されているということを如実にあらわしていた

>「逃げ足は潰したわ……何度飛翔術を使おうとも、何度でも風化させて撃ち落としてあげる」

詳しい理論は魔術師ではないセフィリアには分からないが、彼女の言葉は脅しでも、ブラフでもない
ただの事実であると認めざるを得なかった

197 : ◆0lAphgL/oYvT :2014/02/28(金) 22:42:21.17 0
>「確かに、ハンプティさんの能力じゃあちょこまか逃げ切られるかもしれないわね。
 大筋での目的は達成できたことだし……ここは私が殺っておくわ」

どうやって殺そうか?
クランク7の思考が透けて見えるほど状況は絶望的だった
事態を打開する術をセフィリアはなにも持ち合わせていなかった

持ちあわせてはいないが思考は続けた
服のボタンを両手で持って投げてみるか?
それとも、メガネのレンズを両目分使って街灯の光を反射させて目眩ましに使うか?
身に着けているありとあらゆるもので風化覚悟で突撃するか?

フィンとクランク7のタッグは強力だ
強力すぎるぐらいだ

「せめてサムちゃんがいれば……」

強力な風化魔術を使うクランク7相手にゴーレムがいかほどの価値を持つのか
疑問点はあるが、現状生身で立ち向かうよりは雀の涙程度には勝率は上がるだろう

>「恨まないでね。ヒトと魔族とが共存する新しい時代に、貴女たちのような中途半端な残り滓はいらないのよ」

「……まだ、あなたが勝ったわけではないでしょう」

精一杯の強がりだ……
勝てる見込みなどない

ただ、負けたくなかった……
いやだ、こんなところで負けて死ぬなんて……

「私は認めないッ!絶対にッ!」

――絶叫

来るべき新時代への拒否、あるいはフィンが敵に回ったこと
そんな風にクランク7はこの言葉を取るかもしれない

実際にはただの負け惜しみだが
認めなかったところで事態が好転するわけもなくクランク7の体験が振り上げられ
きらめき刃が首筋へと一直線に迫る
きん、と乾いた金属音が耳に入ったとき
景色がガラリと変わった

198 : ◆0lAphgL/oYvT :2014/02/28(金) 22:43:24.58 0
――――――

クランク7の憎たらしい仏頂面から次に映ったのはどこかで見覚えのある背中だった

>「あっ、あんたたち!なんつー化け物と張り合ってんのよ……!」

手に持っていた遠眼鏡を放り投げ、開口一番怒鳴り声を発した

「クローディアさん?」

目の前にいる少女がかつて幾度と無く戦った相手、『商会』の長であり
セフィリアとも直接対峙したこともあるクローディア=バルケ=メニアーチャだった

「風俗街のドン、ハルシュタット卿が何者かに狙われてるって話を聞いてたから恩が売れると思って監視してたのに、
 思ってもみないオマケがついてきちゃったじゃない。大誤算だわ、きっちりあんた達の上司に請求させてもらうからね!」

請求という言葉を聞いて彼女がお金を対価にモノを召喚する能力だと思いだした

「上司に請求……と言われましても、現在課長は行方不明ですし……まとめ役のアイレル女史は遠方……あともう一人の方も……」

チラリと横のスイをみた

「スイさんには申し訳ありませんがここは私が払わせていただきます」

セフィリアは内ポケットを無造作にまさぐり、じゃらりと音のする小袋を取り出した

「クローディアさんは私達の命の恩人です、私達のためにどれほどの材を投げ打ったのか存じ上げませんが
少しでも足しになればいいんですが……」

その袋は金貨でぎっしりと詰まっていた
さて、これまでの経緯ではあまりわかりにくいかもしれないが
セフィリアの金銭感覚は常人と比べるとおかしい
近衛騎士団の初任給でゴーレムを買おうと思っていた程度にはおかしい
それ以来彼女は自分の給料がいくらぐらいあるのか考えたこともなかった
知識として領地経営や基礎的な経済や商売の方法などは持ち合わせているが
実践したことがないのであまり金銭感覚に影響はあまりなかった

スイと自分とでこの袋200袋分ぐらい必要だと思ってる
実際には金貨2枚だが、遊撃課に入るまで金貨以外の貨幣をみたことがなかった
無論、存在は知ってはいたが見たことはなかった
彼女にとって、金貨2枚とは喉が渇いたから屋台で甘いお茶でも買おう程度の価値でしかない

199 : ◆0lAphgL/oYvT :2014/02/28(金) 22:45:07.16 0
クローディアはセフィリアを助けたことを後悔しているようだが少し考えてもらいたい

目の前にいるのは遊撃課の『グラスリッパー』セフィリア・ガルブレイズであると同時に
大貴族ガルブレイズ家の末姫、セフィリア・ガルブレイズであるということを

ありていに言えばすさまじいまでの金づるが目の前にいるのだ
無頓着であまり考えたこともないがセフィリア自身の保有する財産だけでもそれなりにある
金貨換算でも先ほどの袋1000袋分ぐらいだろうか?

現在、腰にぶら下げてる愛刀2振りでも良い家が土地込みで帝都に建てられるだろう

>「一体どういうことなのよ。新聞、読んだわ。いつの間に遊撃課はメンバー総とっかえしたの?
 あんた達クビになったわけ?女二人で風俗街に飛んでくるのも、そこでドンパチやらかす意味もわかんない」

クローディアが打算的な目的で彼女達を救ったことではないということは疑いようもないことだが
彼女がそれに気づくのもそう時間がかかることではないだろう……

「実は……」

セフィリアが手短にかつ、フランベルジュ=スティレットのことを少々憎しみをこめた昨日、今日の出来事を
語り終えるぐらいには

>「ハンプティの奴がいたような気がしたんだけど……あたしの遺才で召喚できなかったのよね。
 途中からあいつの姿を見失っちゃったし、どこに行っちゃったの」

フィンのことを聞いてくるクローディア、当然の疑問
セフィリアは少しうつむき、声を震わしながら苦々しくつぶやいた……

「……ハンプティさんなら死にました。いまのフィンは悪魔に魂を売った敵です」

普段、名前で呼び捨てになど絶対にしない彼女がフィンを呼び捨てた
『赦しの秘跡』で記憶を上書きされた悲しい過去を乗り越えず、背負っていた男に対して
あまりにも冷たく、彼の立場を考えない物言いだ

フィンをよく知る人物なら怒るような言葉だが、彼女はフランベルジュに続きフィンも許せなかった
それは弱いと考える彼の心に対してなのか、クランク7に認められるほど遺才を高めた彼への嫉妬なのかは
彼女自身にもわからなかった……


【セフィリア:クローディアに事情を話す、今後のプランなどの具体的なことはなにも言わなかった】

200 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/03/04(火) 01:44:48.29 0
明確な殺意を伴い放たれたフィンの両拳。
不意を突いたその攻撃は――――しかし、スイとセフィリア両名の命を奪う事は無かった。
それどころか

「うおっ!?」

殺意の対象としていた筈の人物……スイの反撃を喰らう事と相成ったのである。
恐るべきは、スイの危機察知能力。
戦場によって培われる、勝つ為ではなく『生き残る』為の力。
戦闘向きの遺才を有するセフィリアですらも反応が遅れたこの事態を、
スイという遺才使いは、遺才ではなく己が才覚で切り抜けたのだ。


自身の急襲を迎え撃たれたフィンは、風の一撃により吹き飛ばされ背後の建造物へと叩きつけられる事と成る。
その勢いは生半可なものではなく、喰らったのがフィンでなく無才の凡人であったなら
恐らくは二度と立ち上がれない傷を受けた事だろう。
その証拠に、フィンが衝突した建造物は巨大な投石でも受けたかの様に瓦解してしまっていた。

……だが

「あー……いやー、油断したぜ。前より風の出力が上昇してんじゃねぇか、スイ。
 俺を油断させる為に実力を隠してたのか?」

瓦解した建物の中から、周囲の瓦礫を砂塵と化しつつ這い出るフィン。
快活な……まるでフィン=ハンプティの様に語るその姿は、無傷。
黒鎧には一点の曇りすらなく、露出している顔にさえ汚れ一つ見られない。つまりそれは

スイの一撃を、フィンが無力化したという事に他ならない


けれど、遊撃一課に名を連ねるスイもさるもの。彼女はこの可能性すら予見していたのだろう。
フィンが瓦礫から抜け出す僅かの間、その間に既に撤退の体制に突入していた。
風の魔術を行使し、今のフィンの膂力すら凌駕する機動力でこの場から離れていく

「……おいおいおい、ここまできて鬼ごっこなんてのは勘弁だぜ。折角俺の『敵』が明確になったんだ。
 ややこしい事になる前に綺麗さっぱり死んじまってくれよ。な?」

対するフィンは、遠ざかろうとするスイとセフィリアを追いかける為に、
無意識に体を作り変える事を試みる……何の訓練すらなくとも、彼の肉体はそれが可能であると本能の内に理解していた。
フィンは人間ではなく魔族としての身体機構を用いて、追跡に最適な翼を生み出そうとし

>「――枯れなさい!」

「……あ?」

だが、フィンが自身の身体を作り変えようとしたその寸前。
声と共に指を弾く音が響き……同時に、スイの風の魔術による飛翔が無力化された。
声の主は……クランク7。フィンの仲間である女。

>「確かに、ハンプティさんの能力じゃあちょこまか逃げ切られるかもしれないわね。
>大筋での目的は達成できたことだし……ここは私が殺っておくわ」

彼女は、フィンが唖然としている間にスイの操る風の権能を完全に奪い去り、
一歩……また一歩と二人を追い詰めていく。

201 :フィン=ハンプティ ◆SlReoDOLNU :2014/03/04(火) 01:46:25.90 0
>「恨まないでね。ヒトと魔族とが共存する新しい時代に、貴女たちのような中途半端な残り滓はいらないのよ」

「あー……そいつら勝手に殺られるのは、ちっとばかし困るんだけどなぁ」

ある程度までその様子を眺めていたフィンであるが、
やがてクランク7が二人に留めを刺さんとすると、まるでそれを妨害しようとするかの様に腕を伸ばし――――


だが、その直前。金貨が床に落ちる音と共に、二人の姿は忽然と消え去っていた。

>「消えた……?」

「ああ、成程。そう来るか――――クローディア」

突然の状況にクランク7は困惑の色を隠せずいる様だが、反対にフィンは冷静さを保っていた。
それは、フィンがその現象について知っている故。
記憶は摩耗しようとも、知識としてその現象を覚えていた為。

そうして一人納得していたフィンだが、そんな彼に対し、状況を整理し身支度を整えたクランク7が語りかける。

>「はじめまして、と言うべきかしら。
>「いずれ貴方にはピニオンからコールサインを授与されるはずだけれど、
>その前に"同胞"として貴方に名乗るわ。クランク7なんて味気ないコールサインじゃない、本当の名前」
>「私はアルテグラ。二年前の帝都大強襲で赤眼を賜り、魔族に成った――『人間難民』」

「ん?―――ははは!堅苦しい挨拶はよそうぜアルテグラ。
 『人間難民』も何も関係ねぇ。俺達は同じ種族で、魔族と人間の『正しい』関係を願う大切な仲間なんだ。
 もっと気楽に、もっと気安く接してくれていいんだぜ?
 俺はそういう付き合いの方が楽しくて好きだしな!……まあ、なんにせよこれから宜しく頼むな!相棒!」

クランク7……アルテグラに崇拝の念や生物としての本能を向けられるフィンであったが、
彼は向けられる感情を意に反す様子も無く、まるで長年の友人に接する様にアルテグラに肩を組む。
風化の魔術も気にせずに、何の邪気も見えない少年の如き笑顔を向けるその姿。
何かの代替行為の様に『仲間』へと全力の庇護と情愛を向けるその姿は、紛れも無くフィンハンプティだ
……けれども、決定的に違う点が二つ

>「行きましょう、私の部隊を紹介するわ……。
>でもその前に。この金貨、ブライヤーやハルシュタットが消えた時も同じものが落ちていたのだけれど」

「ああ、俺の記憶が正しけりゃあ、そいつはクローディアっていう人間が使ってた遺才魔術だな。
 金と引き換えに物を引き寄せるとかいう魔術だった筈だから、多分スイとセフィリアも、ボルトも、
 多分それを使って逃がされたんだろ。逃げに回られると厄介な能力だと思うぜ」

一つは、彼がかつての仲間……遊撃一課やその他の人々への信愛を無くしてしまっている事。

「まあ、対策としては――――ここら一帯をぶっ壊して行けば充分だろ。
 自分たちが逃げれば適当な人間達が犠牲になるって判れば、次からはそうそう逃げない筈だぜ。
 そういう奴らだからな。俺の敵は」

そしてもう一つは、もはや彼が人間ではなく、フィン=ハンプティの残滓を持つ魔族であるという事。

笑顔のフィンが、黒鎧を纏う右足を地面へと少し踏み込むと……まるで波紋が広がる様に
床が、木が、周囲の建造物が、存在する為に必要な何かを抜かれたかの如く崩れていく。
ある程度人払いがされていたとはいえ、その崩落に巻き込まれた人間がいれば重傷は必至だろう

「ん……この辺り全部をぶっ壊すつもりだったんだけど、いまいち加減が掴めねぇな。この妙に硬い石畳のせいか?
 ――――まあ、別にいいか。それじゃあ、行くとしようぜ。他の仲間とも顔合わせときてぇしな!」

【フィン→思い当たる金貨についての情報を全提供。及び、独断による破壊行為の決行】

202 :スイ ◇REK82XblWE:2014/03/08(土) 21:18:47.22 0
風に背中を後押しされるのを感じながら、スイは飛び上がった。
このままセフィリアを連れて一気に駆け抜ければいい、だが現実はそう上手くはいかない。

>「――枯れなさい!」

術式を滅茶苦茶に掻き回される感覚と共に、スイ達を支えていた風が無くなったのを感じた。
重力に従って落ちる体をひねり、右手を地に付けさらに体を半回転させて無理矢理着地する。
僅かに立った土埃の向こうで、クランク7が動くのを捉えた。

>「確かに、ハンプティさんの能力じゃあちょこまか逃げ切られるかもしれないわね。
 大筋での目的は達成できたことだし……ここは私が殺っておくわ」

間合いを徐々に詰めてくる彼女を見つめながら、スイは必死で周囲を見渡した。
風で逃げる、この手段は潰された。二度も同じ事を出来る相手では無い。
ならば空はと顔を上げてみても、のんきに空を漂う雲がぽつぽつと有るぐらいの晴れ。曇りであれば僥倖だったが、これではスイにとっての最大の攻撃は出来ない。
水は周りに一滴も見当たらない。
万事休す。

>「あー……そいつら勝手に殺られるのは、ちっとばかし困るんだけどなぁ」
「?」

フィンが突然、そんな言葉と共に腕を伸ばした。
スイは咄嗟に身構え――目の前の景色が消える。
差し替えられるように現れたのは、どこかで見た背中だった。
思わず辺りを見回しても、どこにでもある普通の宿の光景。

>「あっ、あんたたち!なんつー化け物と張り合ってんのよ……!」

そして彼女は口を開くなりスイ達を怒鳴りつけた。
理不尽、と思わずスイの心の中にその言葉が浮かぶが、クランク7達による圧倒的な差のある戦闘を見せられればそうもなるかと無理矢理納得しておく。

>「クローディアさん?」
「…ああ、あの時の」

スイにとってクローディアを直接見たのは前回の任地ぐらいしか無い。
その分セフィリアの方がより面識があるように見受けられたため、スイはこの場をセフィリアに一任することに決めた。

>「風俗街のドン、ハルシュタット卿が何者かに狙われてるって話を聞いてたから恩が売れると思って監視してたのに、
  思ってもみないオマケがついてきちゃったじゃない。大誤算だわ、きっちりあんた達の上司に請求させてもらうからね!」

クローディアの言葉に、セフィリアが彼女に向かって礼を言いつつ小袋を渡す。
じゃらりと音を響かせたそれに相当な量が入っている事が察せられた。
状況説明を求めるクローディアに応えたのもまたセフィリアだった。

>「ハンプティの奴がいたような気がしたんだけど……あたしの遺才で召喚できなかったのよね。
  途中からあいつの姿を見失っちゃったし、どこに行っちゃったの」
> 「……ハンプティさんなら死にました。いまのフィンは悪魔に魂を売った敵です」

仲間の一人を召喚できなかった事に対し、セフィリアは苦虫を噛みつぶしたような表情で言った。

203 :スイ ◇REK82XblWE:2014/03/08(土) 21:19:33.23 0
「…トラウマを見せつけられた上で、俺たちを敵だと認識するようにすり替えやがった。だが、どうなんだろうな、実際…」

スイが引っかかっていたのは、フィンの行動だった。
彼に何のトラウマがあるかわからない、しかし少なくとも敵と認識できるモノがあったという事。
だが、フィンは戦闘中確かにスイの名を呼んだ。そしてその威力を過去と比べた。
あれがあった後なら、敵の名を呼んでてもおかしくない。
また、ヴィジョン自体をすり替えたのだとしても、それまでのフィンを構成していたのはトラウマを含めた過去であるから、スイ達を敵と認識するにはそれらを完全に覆さなければならないのである。
果たして、あらゆるモノを枯れさせ、記憶を掘り起こす事を可能としたクランク7が、そんな芸当まで出来るのか?
たとえ彼女が未知数だとしても、彼女が万能であることはあり得ないと、スイは踏んでいた。
そして最後のフィンのクランク7を止めるような動作。
総合して唯一スイに確信できたことは、フィンにはまだこちら側に戻ってくる可能性があるかもしれない、という事だけだった。
そう、スイはその希望に縋ってしまっていたのだ。
それに気付いていながら、しかしそれしか出来ない己が情けなかった。

(仲間は、信頼し背中を預けても、依存する相手じゃあ無い。)

言い聞かせるようにそう思い、一つ息を吐く。
そして小さな空気の振動を感じ取り、スイは部屋に転がっていたランゲンフェルトを隅の方に投げた。

「そっちの壁際まで行け!早く!」

窮屈な部屋により固まるのは大分困難だが、死ぬよりましだろう。
相も変わらず穏やかな寝息を立てていた男の襟首を掴み、ランゲンフェルトの上に着地させるように飛ばす。
そして壁際にスイが体を寄せると、その足先で建物が崩れた。
目の前に広がった光景に、スイは確信する。
これを作ったのはフィンだ。

「やっぱり駄目なのかよ、フィンさん…!!」

血を吐くような思いで、スイは呻いた。

204 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/10(月) 02:31:06.50 0
【ヴァフティア組:VSクランク9】

クランク9――本名をガスケットと言う彼は、かつて西方連邦軍のゴーレム乗りだった。
西方エルトラス、そしてそこを統一する"正域教会"は、戦力として聖術を偏重する為に、
魔導技術の粋たる傀儡重機を軽視する傾向があった。
本国の神殿騎士様だちが快適に制圧活動を行えるように先立って現場を更地にしておくお仕事。
ガスケットが配属されていたゴーレム部隊に求められる役割とは、その程度のものだった。

戦略上の基本通念として、ゴーレム等の機材は替えが効くが、人間に替えは効かない。
それが、極めて厳正な修行を要する聖術使いであるならばなおのこと。
故にガスケット達ゴーレム乗りは、現場においては盾として使い捨てられる命運にあった。

建前上は、それでも良かった。
ゴーレムが撃墜されても、乗り捨てて基地へ逃げ帰れば新たな機体で再出撃できるのだから。
だが、言うまでもなく現実が建前通りに進むことなどなかった。
最前線で獅子奮迅の活躍を続け、同じ数だけ搭乗機が破壊されることも経験して。
十八度目の戦場で撃墜された時、彼の生身の部分は胴と首、そして顔面以外の頭部しか残っていなかった。
十数回に渡る搭乗機の破壊に幾度と無く巻き込まれ、爆発に肉を削られ、敵機の剣に四肢を斬り落とされた結果だった。

眼も鼻も耳も口も、皮膚の大部分も、五感の全てを失い傷病者として床に伏せた彼は、悠久の闇の中にあった。
優れた聖術使いや医術師の手にかかれば、身体を欠損していても肉を補填して回復させることは可能だ。
だがガスケットには、そういった高度な治療を希望するための声すら残されていなかった。
否、仮に意思表示をできたとしても、彼は治療を望まなかったことだろう。

覚悟をしていたことだ。
戦場で数えきれないほど乗り捨てた愛機達のように、自分もまた使い捨ての存在なのだろう。
中途半端に生き残ってしまったが、どの道この怪我では長くない。長生きする望みもない。
ならば、せめて最後まで、この残り滓のような肉体でも、何かの為に使って欲しい。
使い潰して欲しい。
使い、捨てて欲しい。

それが、ガスケットの最期の望みであり、
病床を訪れたピニオンと出会い、
彼はクランク9となった。

 * * * * * *

205 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/10(月) 02:31:48.88 0
>「毒ガスだッ! 『遠き福音』から離れろォ―――ッ!!」

キリアの注意喚起が路地に木霊する。
反応したマテリアが素早く『福音』を遠ざけ、外套でガスから肉体をガードする。
民家の軒下にぶら下がる天使像の"耳"でそれを聞いたクランク9は、付け替えたばかりの舌を打った。

「気付きが早い……流石に戦況を見ていますね……!」

ごく限定的な幻術使いであるキリアが、この小規模な戦闘で担う役割は大きくない。
そもそも戦闘系ではない彼が現場に出てきている時点で遊撃課は星を一つ落としているようなものだ。
侮っていた。故に足元を掬われた。
積極的な攻撃に晒されない分、現場を俯瞰して見ることができる彼は、毒ガスに予兆の段階から気付いていた。
おそらく、軍属なのだろう。同様の攻撃を後方から何度か見てきたに違いない。

そしてその判断が、至近距離から確実に行動権を奪えたはずのマテリアに、回避と思考の猶予を与えてしまった。

>「――コウショへ!」

またあの合成音声が響く。
既に彼女の周囲に滞留したガスにより、声を出すことは不可能となっているはずだ。
マテリアは毒ガスの真っ只中で、申し訳程度の外套による防御を行いつつも、目立った動きがない。
苦痛に悶えているのか、逆転の策を練っているのか――その両方か。
いずれにせよ叩くならいまがチャンスだ。

「その為にはまずこの邪魔者をすり潰しますか……!」

現状、クランク9が現場に投入できている戦力は、目耳口等の感覚器と、左右の脚。
うち物理的な攻撃力が期待できるのはゴーレムの両脚部だけだ。
そしてその二本は、現在ファミアを摩り下ろすために空中で重なりあっていた。

「くっ……この、しぶとい……!!」

両足は垂直に交わっている状態で、お互いを密着させんと動きあっている。
間に挟まったファミアを潰すためである。
彼女は2つの巨大質量の間で、背筋の力のみで圧着に耐え切っていた。
だが、永遠の拮抗ではない。
質量にかまけた力任せのゴリ押しを永続させられるこちらと違い、ファミアは消耗する。
体力的な意味でも、体積的な意味でも、彼女に安息はない。
押しこみ続けていれば、遠からず勝敗は決する。

そして――拮抗の崩壊は想定していたよりも早く訪れた。
口火を切ったのは、マテリアによる援護射撃。
彼女の持つ魔導砲が、めったらに乱射され、そのうちの数発がこちら(脚とファミア)にも飛んできた。

「精度の低い砲撃……悪あがきですか……!」

否、とクランク9は思い直す。
つい先程侮りの為に苦渋を舐めた経験をしたばかりだ。
マテリアは直接戦闘系でなくとも現場で仕事をしてきたれっきとした軍人。
苦痛を齎す攻撃のさなかでも冷静さを失わず行動する術など、それこそ幾度も訓練してきたはずだ。
他ならぬクランク9がそうだった。
だから、錯乱したあがきのように見えるこの攻撃にも、何らかの意味があるはず。

(例えば……こちらのパーツを砲撃し、その避け方から感覚器の場所を推し量る、とか……!)

206 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/10(月) 02:32:44.53 0
確かに遺貌骸装発動中の感覚器を攻撃すれば、そのダメージは本体にも繋がって届く。
攻撃せずとも何らかの手段で覆いでもしてしまえば、それだけで本体は継戦能力を喪失する。
クランク9もそれを想定して、不必要な感覚器は常時起動せず沈黙させてある。
だが、敵を捕捉し続ける都合上、眼球だけは常に繋げ続けていなければならない。
マテリアがそこまで読んでいたとすれば、更に推測の為の行動を起こしていても不自然ではない。

例えば現在ファミアを潰そうとしている脚部を砲撃したとする。
空中に浮かんでいるのだから砲撃を躱すことなど造作も無いことだが、一つだけ回避できない砲撃の角度が存在する。
脚部自身がブラインドとなって、死角を作ってしまう角度だ。
大まかな方角さえわかっていれば、あとは脚部の浮遊高さと反応のタイミングで、正確な眼球の位置も割り出せるだろう。
しかし、そこまで看破していればこちらとしても対処は簡単だった。

(脚部パーツなど捨て置けば良い……どうせ使い捨てなのだから!)

もともとファミアを潰したら役目を終えるパーツだ。
砲撃による激痛はあるだろうが、痛みなど等に慣れきった。
ならば砲撃を全て無視し、自身の攻撃にのみ専念すれば、マテリアが類推する材料は足りなくなる。
あとはガスが効いて行動不能になるのを待つだけだ。

(マテリア=ヴィッセン……敗れたり……!)

勝ち誇りが内心に芽生えた瞬間、想定していたよりも数段上の激痛が脚部に走った。
ファミアがゴーレムの義足に怪力のビンタをかましたのだ。
何を、と思考する間もなくファミアの姿が消える。
巨大質量に平手打ちをした反動で身体がすっぽぬけたのだ。

(な――!?)

全力でファミアを潰さんと圧力をかけていた脚が急に抵抗を失い、もう片足と密着する。
それはくっつくなどという生易しい表現では表せない――巨大質量同士の激突だった。
ゴーレムの脚部同士がぶつかり合い、岩と金属で構成された部品がひしゃげ、大音声を産んで崩壊した。

「――――ッ!!」

悲鳴を挙げなかった自分に賞賛を送りたい。
四肢を穿たせる苦痛には慣れていても、四肢が粉々に砕かれる痛みは彼の閾値を容易く突破した。
食いしばった頬を滝のような汗が駆け抜ける。
それでも、彼は自分の居場所を露呈するような叫びを上げることなく健気に耐えた。

(これで……これで!奴らにこちらの感覚器を特定する手段はなくなった……!!)

幸運にもファミアは脱出しきれず、衣服の裾を機構に挟み込まれて動けない。
引きちぎれば自由になるだろうが、そうなってもできることはせいぜいが仲間の救出程度。
クランク9にとって最も警戒すべきマテリアは、ガスに巻かれて動けなくなり放っといてもそのうち死ぬ。
そのマテリアが、止めていた脚をふらりと踏み出した。
動く度にただれた皮膚が衣服と擦れて激痛が走るのだろう。
おぼつかない足取りは、やがて遅々とした歩行となった。

207 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/10(月) 02:33:26.84 0
(既に眼も爛れましたか……光を求めて彷徨う虫のようですね……)

大勢は決した。
こちらの攻撃手段もファミアによって潰されたが、リフレクティア商店は更地になり、
仲間が被毒したことで遊撃課は議長の追撃に行ったアイレル達を呼び戻さなければならない。
これで議長の逃亡補助というしんがりの役目はほぼ完遂だ。
あとは自分自身がこの場を撤退すれば、全て滞り無く終了する。
自慢の自在音声でアイレルに助けでも求めているのだろうか、マテリアはふらつきつつも歩くのをやめない。

(……? こころなしか、ヴィッセンがこちらへ近づいてきているような……)

何かを探すように手を差し伸べながら、盲眼のマテリアはゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その足取りは徐々に確かなものになって行き、その分だけマテリアが近づいてきているのが『眼球』には見えた。

(ま、さか……知っている?この眼球を仕込んだ位置を!そんなはずはない、こちらからは何も情報を与えていない……!!)

マテリアの脚はもう迷わなかった。
ふらつきのない歩みが彼女を"眼球"の目の前へ運び、その片手がすっと伸びてくる。
クランク9はその一部始終を『目で追って』、ようやくマテリアが何を根拠にここへ辿り着いたかを知った。

(砲撃を目視した時の!"目で追う"という動き――眼球が眼窩の中で滑る音を、聴き当てたのか――!!)

先ほどのやたらめったらな砲撃。
それは義足を攻撃するためのものではなかった。
光を曳く飛距離の長い攻撃を目視させることで、反射的に目で追った動きの音からこちらを探ったのだ。

どんなに動じまいと身構えていても、生物である以上抗えぬ反応が存在する。
考えるより先に身体が動いてしまう、条件反射。
『高速で飛来する物体は目で追う』という、戦闘職であればまず養うべき素養を、逆手に取られたのだ。
これが普通のゴーレムであったならば、視覚素子が無音で動体捕捉をやってのけただろう。

遺貌骸装『迷える聖骸』の、術者も知らぬ弱点!
それは、人体の反射をそのまま再現してしまうこと……!!

「ひ……やめ……」

本体側で発したその懇願がマテリアに聞こえるはずもなく。
魔力をまとった右手が、クランク9の義眼を仮借なく握りつぶした。

目を潰される激痛と共に、義眼を通して開放された振動がクランク9の頭蓋骨を直接揺さぶった。

 * * * * * *

208 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/10(月) 02:36:26.39 0
ヴァフティアの夜道をフィオナと共に疾走しながら、リフレクティアは合成音声を聞いた。

>『……ゼンゲンテッカイです。すこし、ジカンをください。ヤツにコンドこそ、ワタシのオトをたたきこんでやります』

「なにか一案あるって感じだな。任せるぜヴィッセン」

先ほどからマテリアの短砲の砲撃音が背後で響いている。
彼女が相当の策士であることはタニングラードで実証済みだ。
おそらく何らかの布石として機能させるための砲撃だろう。
ならばこちらは、マテリアの支援が一番良く機能する位置取りを目指せば良い。

>「――……いえ、こちらはいつでも大丈夫です。存分に貴女の音を響かせてください」

フィオナも同じ結論に達したようで、その場で彼らは足を止めた。
マテリアはクランク9の位置を特定し、音響攻撃を仕掛けることで間接的にこちらに位置を教えようとしている。
敵の対応如何によっては、発生する音がごく僅かである可能性もある。
フィオナもリフレクティアも装備としては重装の類であるから、移動音を立てないほうが都合がいい。

一秒。五秒。十秒――そこで空気が動いた。
音と言って良いのかすらわからない、かすかな大気の震え。

>「――聞こえた」

「どっちだ!」

フィオナが反応するのに一拍遅れてリフレクティアも振り向く。
既に相棒はそこにはいなかった。
聖術の痕跡が光の残滓として空間に軌跡を描いていた。
光の道が向かう先は――

「――上か!」

フィオナは落下制御の聖術を応用した飛翔術で遥か上空へ躍り出ていた。
彼女が鞘を握って構える剣の先に、もう一つ人影があった。
赤く輝く両腕で頭を抱え苦悶の表情の男――クランク9に間違いない。
月明かりを背にクランク9の姿を認めた瞬間、男が迎撃するより疾くフィオナの剣がその首元へ打ち下ろされた。

ズガッ!と小気味良い音が響き、柄頭で後頭部を強打された男が高度を維持できず降ってくる。
既にリフレクティアは行動を完了していた。
石畳に片膝立ちの体勢でしゃがみ込み、ブレードを畳んだ魔導長砲バイアネットを展開。

「ようやく通ったぜ……てめーをぶち抜く射線がなぁ!」

膝射姿勢と呼ばれる機動性と安定性を両立した体勢で、クランク9へ向けて二回、引き金を引き絞った。
リフレクティアの魔力をシリンダー内のオーブが抽出し、砲塔内に刻まれた術式が最も攻撃的な魔術として練り上げる。
射出された魔導弾は極彩色の螺旋を纏いながら双頭の光条となってクランク9へと殺到。
赤く輝く男の両肩から先――義腕の根本を撃ち抜き、ふっ飛ばした。
義腕は赤を喪失しながらくるくると回転して夜空を横切り、近くの石畳へと激突して転がった。
後を追うように降ってきた、フィオナの攻撃で失神した男を受け止めると、その傍にふわりと女騎士が着地した。

「また格好良くなっちまったな、俺達」

魔族殺しはしたり顔でそう言って、二年前にそうしたように、相棒と拳を合わせた。

 * * * * * *

209 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/10(月) 02:37:09.67 0
目隠しと猿轡を施したクランク9を抱えてリフレクティア商店前へ戻ると、飛び出した時より更なる惨状が広がっていた。
ゴーレムと思しき手足のパーツの残骸が転がっているし、そこら中が蹂躙されてめちゃくちゃだ。
何よりも酷かったのは、マテリアが全身を糜爛させた状態で臥せっていたことである。
毒ガスによる攻撃を受けたらしい。
一応の応急措置は施されていたが、急ぎフィオナに解毒と治療を依頼した。
ファミアも同様に、僅かだが毒を受けていたので、こちらのケアもフィオナに任せる。

「それで、先代剣鬼様は店が襲撃されてる最中どこで何やっておられたんですかねえ……」

リフレクティアが嫌味たっぷりに問うと、商店の店主は無言で大根の輪切りを差し出した。

「練習の成果だと……!?このおっさん、店でドンパチやってる間ずっと大根切ってたのか!」

リフレクティアが食って掛かろうとすると、キリアが避難させた子供たちが間に割りこむようにしてそれを庇った。

「待て、おっさんを責めるな。おっさんは大根切りながらも避難してきた俺達を守ってくれた」
「そうそう、破片飛んできたけど包丁裁きで残らず粉々にしてたし」
「毒ガスもガスの粒子をピンポイントで切って無毒化したりしてくれたよな」

大根輪切りにする片手間で命を救われた子供たちが口々に感謝を述べる。
リフレクティアは頭を抱えたくなった。

「毒ガスや瓦礫斬った包丁で食材扱ってんじゃねえよ……」

ともあれ、と思考を切り替えて、マテリアの治療を終えた遊撃課の元へと戻る。
マテリア、ファミア、キリア、そしてフィオナとリフレクティアは、拘束したクランク9を囲んで立つ。
リフレクティアは現場から持ち帰った義腕を片手で掲げた。

「こいつが、お前らの言う『迷える聖骸』って奴でいいんだよな?
 魔族娘の持ってた遺貌骸装と同じように、発動中は赤い光を纏っていたしな」

使用方法や条件はまったくわからない。
が、効果としてはゴーレム等のパーツを自分自身の手足や耳目として使用することができるらしい。

「一応、この近辺を精査して目だとか耳みたいなのを象ってる像は全部簀巻きにしておいた。
 遺貌骸装も今は発動してないみたいだし、変な反撃食らう心配はねーと思うぜ」

うん、とリフレクティアは一拍置き、宣言した。

「これより尋問を始めます」

210 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2014/03/10(月) 02:37:53.08 0
まずはキリアに肩を組んで、クランク9に聞こえないように耳打ちする。

「マクガバン、お前の幻術でこいつをハメろ。上司を演じて報連相を徹底させろ。
 つってもお前の遺才、一度見抜かれた相手には効果が薄いんだっけな。
 ちょいと骨が折れる作業になるが、どうにかしてこいつから情報を聞き出すぞ」

キリアの『虚栄』は、自身を対象の上司に誤認させる遺才幻術だ。
その影響力は強力だが、無意識に刷り込むタイプの幻術だけに、一度看破されると次から抵抗されやすくなってしまう。
クランク9の上司は、あの議長――クランク2と名乗った少女だが、
彼女が現場にいる状態で遺才を使用した為に、クランク9はそれが幻術だと見抜いている。

だが、その程度で終わるようなものを遺才とは呼ばない。
確かにあるのだ。虚栄の効果が薄くなる条件があるように、逆に幻術効果を強化するような条件が。
キリアはそれを知っているはずである。
あとは、彼の話術と詐術の領域の話だ。

「そんでもって、幻術がキマったら尋問するぞ。
 ボルトから聞いたんだけどよ、認識撹乱状態を維持するには、連続性のある思考をさせないのがコツらしいぜ。
 ようは、会話を成立させないようにするってこったな」

催眠術式や自白剤による尋問の場合にも同じことが言える。
催眠とは夢を見ているような状態に近い。夢を夢だと認識してしまうと、覚醒も早くなる。
だから現場では複数人が入れ替わり立ち代り別々の質問をすることで、思考を逐次リセットしていくのだ。

「よって尋問は一人一回だ。
 あの魔族娘を止め、元老院の野望を打ち砕くために、必要な情報を吟味して問いかけるんだぜ」


【クランク9撃破!】
【リフレクティア商店に連れ帰り、尋問開始。幻惑を維持するため質問は一人につき一度】


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