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学園ものTRPスレッド★3

1 :名無しになりきれ:2012/05/22(火) 20:54:32.04 0
前スレ
学園ものTRPスレッド★2
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1317330091/

2 :名無しになりきれ:2012/05/22(火) 20:55:40.88 0
広辞苑
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/575.html

学園もの雑談スレ
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1316090050/

3 :名無しになりきれ:2012/05/31(木) 21:22:29.71 0
保守

4 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/04(月) 23:10:19.63 0
突然だけど僕って奴は銃とか剣とかナイフとか、そういうの大好きなんだ。
というか男の子なら、全人生の中で一度は必ず武器・兵器に憧れる時期があると思う。
よっぽど厳格なお家庭や、鬱屈した少年期を過ごしてなければ、テレビの中のヒーローの必殺技を真似たりするはずだ。

例えばかめはめ波。例えばアバンストラッシュ。例えば飛天御剣流九頭龍閃。
あれ全部人殺しの技なんだぜ。いや使う相手は専ら人外の化物かもしれないけど、敵を殺すという共通項にブレはない。
見た感じ牧歌的なアンパンチだって、バイキンマンのロボットを粉砕するほどの破壊力を秘めている。

なのに僕らが、そんな物騒なものに、しかも威力が凶悪であればあるほど憧れる理由。
――『憧れることのできる理由』。
それは、ひとえにリアルな暴力に対する想像力がないからだ。
他人の痛みに、鈍感だからだ。

人を殺したことがないから、敵を殺す技をカッコイイものとして受け入れられる。
自分は人を殺すわけがないってわかっているから、人殺しの道具に恐怖を感じず、素直に憧れることができる。

――だから今の僕には、手の中で煙を上げる鉄塊が、吐きそうになるぐらい恐ろしかった。


>「……悪いな、九條。カッコいいとこ、盗っちまった」

僕の指先が二度目の引き金を引く前に、三発の銃声を立て続けに轟かせたのは、隣に立つ長志くんだった。
彼の手元に握り込まれた銃が、僕のものと同様に硝煙を立ち上らせて……その照星は嶋田を捉えていた。
表情を変えない嶋田。その胴体に、赤く滲むのは――血?

「な、なにやってんだ、長志くん!?」

ついさっき自分もぶっ放したことを完全に棚に上げて、僕は悲鳴じみた声を挙げた。
長志くんが、嶋田を撃ってしまった。僕みたいに外したわけでもなく、きっちり胴体に当てて――!

>「そんでもって、だ」

どうやら防弾チョッキが嶋田の命を救ったらしい。
しかし、妙だ。いくら防弾とはいえ、貫通しないぶん弾丸の運動エネルギーはもれなく嶋田の腹に叩きこまれたはず。
嶋田がいくら我慢上手で顔色ひとつ変えなくたって、トカレフの弾を三発も受けて身動ぎ一つしないのはどうしてだ。
ピンポイントで電車に撥ねられたようなものなのに、吹っ飛ぶどころか衝撃すらなかったように思える。
疑問が頭を支配するうち、長志くんは撃ったばかりの銃口を自らの側頭部に突きつけ――。

パァン!と、鉛玉を撃ちだすには些か軽い発砲音が響いた。
僕は驚きのあまり、いつの間にか尻が床とキスしていた。

>「どうだ、肝と頭は冷えたか?」

「ひ、冷えたよ……冷えたとも。今ならヘソで美味しい麦茶が作れそうだ」

長志くんの頭を染め上げた赤――それは血ではなく、演劇用の血糊だった。
当然彼の脳漿は飛び散っていない。顔の半分を鮮やかな赤に塗れながら、亡霊のように詩人は謳う。
腰を抜かした僕は、もう笑うしかなかった。――笑う余裕が、心に生まれた。

>「アイツの言いなりになってどうするよ。そんな事がしたくて、ここに来た訳じゃないだろ?」

僕は無言で、手の中にあるトカレフを見た。
長志くんのものとは違う、ガチの実銃。人を殺せる道具――だけど、嶋田を殺せなかった役立たずの武器。
だけれど今の僕には、機能を果たせていないその鉄塊がたまらなく頼もしく思えた。
殺さずに済んだ。だから、まだ僕はこいつを、格好良い武器だと言って良いんだ。

>「クールダウンするついでに、こいつを預かっといてくれ。何かの拍子に壊れちまうかもしれないからな。

長志くんからスマホを放られる。
僕は拳銃を握ったままそいつをお手玉し、両手で挟みこむようにしてなんとか受け取った。

5 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/04(月) 23:10:50.73 0
> ……まぁ正直な話、壊れちまってもそう大して困らないんだがな」

「そう言うなよ。……Amazonと楽天からのメールを受け取るのに必要じゃないか」

長志くんの携帯が業者からのメールマガジン以外を受信するのを見たことがないけれど。
着拒された女の子の数なら三桁を超えるこの僕が直々にメール術を指南すべきだろうか。
……まあ、すべてはこの場戦いが終わったら、だね。

> 一体何が、アンタをそうさせるんだ?」

僕が心中で華麗に死亡フラグを立てている間に、長志くんは嶋田と相対を始めた。
テーマは、『嶋田って何がしたいの?』ってな感じ。
それは僕も気になるところで――ふと見上げると、小羽ちゃんが青い顔でガタガタ震えていた。

>「そうだ、私のせいだ……私が悪い私が悪いんだ……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
 ごめんなさいごめんなさい……私が悪い……ごめんなさい……」

「小羽ちゃん、何を、」

いつも眼鏡で覆われた、だけど本当は黒曜石のような鋭い意志と美しさを秘めた小羽ちゃんの双眸――
それが今や見る影もなく、瞳孔は収縮し、酸素を求める金魚のように大きく見開かれた眼窩を泳ぎまわっていた。

>「お前らも今までの自分の行動に責任を持てるなら、どうすればいいか判るやろ?
 さあ、しっかり『反省』するんや」

「――ッ!!」

不可解な小羽ちゃんの動揺、その『理由』が、幻の風を伴って僕にも伝わってきた。
染み出す毒煙のような悪意が、皮膚を、肺を、眼を通して身体の中に入ってくる。
つい先程の僕のように。手放さなかったトカレフを握る手に、再び力がこもる。
もうなんでもいいから、あの糞野郎をぶち殺してやりたくなる。

「くそ、手が……!」

搾りかすのような理性が必死に警鐘を鳴らす。
しかし意志とは裏腹に、あるいは紛れなく僕自身の意志で。銃を構える右手が再び持ち上がる。
嶋田を、その頭を。防弾チョッキなんかあるわけもないその額に、照星を突きつける。

駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!また同じ事を!長志くんが体を張って防いでくれたあの過ちを犯す気か!
だけど、嶋田は言った。自分の行動には自分が責任を負う。
ならば、僕が全ての罪を追うなら、あいつを殺したっていいんじゃないか?
事後承諾の事後後悔で、一発限りの誤射(あやまち)を、僕の人生を費やしてでも叩き込めばいいじゃないか。
遠慮なんかしなくていい。悪いことをしたら罪を償わなくちゃならないのは当然だ。
――となれば逆説、罪を償うならどんな悪いことだってできるんじゃあ、ないか?

罪の全てを、僕が背負うなら。
そして僕にはそれができる。この法治国家において、罪に問われるのは罪を犯した者一人だ。
僕が罪を被れば、たとえ嶋田を殺したって、僕の大切な仲間たちは何の咎もなくこれからの人生を謳歌できる。
そう、この国の法律にはあれがない。なんて言ったっけ、そう、学校ではよくある理不尽なアレ。
止めなかった、看過したという理由で実行犯と同じだけの咎を背負わされるアレが――

――――♪

僕のブレインストーミングが満場一致でまとまりかけたその時。
手元から音楽が聞こえた。古き良き16和音、まるで十年前の携帯電話に初期設定されてるみたいな面白みのないメロディ。
音源は、僕の手の中。長志くんから預けられたスマートフォン。
メールの着信を伝えるディスプレイには、名前ではなく役職で、コールの主が表示されていた。

6 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/04(月) 23:11:28.59 0
――――――――

「駄目だっ!小羽ちゃん!!」

小羽ちゃんが自分の首を締めている、その右腕に僕は飛びついた。
身長差があるので、ぶら下がる形になる。全体重をかけて、彼女の腕をその白い細首から遠ざける。
まるで万力みたいに締め上げる両腕は、右側に若干傾きつつも、しかし以前変わらず主人を縊り殺そうとしていた。

「長志くん、左腕を頼む……!」

手持ち無沙汰のポエマーにそう懇願し、僕はその体で嶋田を見た。
小羽ちゃんの右腕にコアラのようにひっつきながら、ありったけの力を込めて、その悪意の玻璃から奥を透かし見る。

「……『自分でしたことは自己責任』。そう言ったよな、嶋田。
 僕らがしでかしたこと、僕らのために起きた被害、その全てに自分自身で"けじめ"をつけろ、そう言ったな」

僕は、足元に転がる拳銃を見る。
手のひらのように吸い付いたように離れなかったトカレフは、憑き物が落ちたように床と邂逅していた。

「違うよ、違うんだよ、『嶋田先生』。行動に相応の責任が伴うなんてのは、娑婆の、大人の理屈だ・
 ――僕らは違う。生徒(僕ら)が居て、教師(嶋田)が居て、校則(風紀)がある、この場では。僕らは学生で、あんたは先生だ」

割れた窓。そこから吹き込む寒風に混じり、外を包囲する陽動隊の声が聞こえてくる。
それは剣戟の雄叫び。抗いの凱歌。血戦の咆哮。僕らの背を押し、僕らの足元を支える確かな力の響き。

「僕らは確かに悪い子だ。そして――僕らを止めない学園全土の生徒たち、彼ら全ても悪い子だ。
 全員で、この戦いの音頭を取った。ヤクザに手を出し、教師を殴る、その乱痴気を"見過ごした"。
 学校じゃこういうの、なんて言うか、思い出したよ」

僕は、訝しげに眉を立てる嶋田の眉間を指さして、言ってやった。

「『連帯責任』だ。みんなで渡れば――赤信号だって、怖くないッ!!」

部屋中を覆っていた嶋田の不可視の暗雲が、外から流れこんでくる風で、押し戻される。
少しだけ、陰陽の範図が覆される。嶋田は、不愉快そうに口を開いた。

「それがどうしたっちゅうねん、ガキ。所詮は子供の、苦し紛れの自己弁護、屁理屈や。
 しかも最悪の……『責任転嫁』。他人に罪を押し付けて、自分は悪くないとでも言いはるつもりか?
 お前の主張は、どうにも薄っぺらくて、根拠が足りん。そんなんじゃ、大人は納得させられへんぞ」

だが、すぐにそれは盛り返された。
波打ち際の砂と海の境界線のように、両者は嶋田優勢のまま揺らぎ合う。
もう一つ、決定打が必要だった。そしてその手は既に、打ってあった。

7 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/04(月) 23:11:50.34 0
『――ぇと、N2DM部賑やかし担当、楯原まぎあです!』

どこからともなく、拡声器もない生声で、しかし不思議とどこにいても耳にするりと入り込んでくる声質の、報。
声帯自在の人越者、我らがN2DM部賑やかし係・楯原ちゃんの、声。

『たった今、ありえないぐらい長文のメールが転送されてきて、えと、戸惑ってます!
 私達の"部長"は、お腹を刺されて病床に入ったっきり、人工呼吸器付きっきりでろくに声も出せない状態なのですが……
 意識の戻ったここ数日間で、これを書き上げたみたいです。これを、今から、要所だけ掻い摘んで読み上げます!』

しん、と一瞬だけ水を打ったような静けさのあと、楯原ちゃんは朗々と部長からのメールを朗読し始めた。

『――暇だ!せっかく見舞いが来ても、鼻にチューブとか刺さっててとても喋れたもんじゃねえから、ここに日記をつける!
 こいつはあくまで俺の一人ごとで、とくに他意も大意もねーから、そこ、間違わねーように!』

――紛れも無い、部長の声で。
声帯模写のスペシャリストでありながら、一度だって人間の声を真似たことのなかった楯原ちゃんが。
しかし寸分違わず、僕らの部長の声を写しとって、その確たる意志を外界へと解き放った。

「お前はこいつが嫌だったんだろ、嶋田」

僕は便乗するように不敵に笑って、嶋田に言ってやる。

「部長が、部長の言葉が。学園の生徒を煽動し、その魂に火を灯し、理不尽を打ち砕く原動力となるその声が。
 だから、部長を刺した。声も出せなくなるぐらい、深刻なダメージを与えて、あの人を病室へと封印した!」

嶋田は、どこか部長と似ている。
それは顔的な意味じゃなく、ましてや纏う雰囲気がそうであるわけもなく。
だけれどそのアジテーターとしての能力。その言葉で、他者の心の有り様に大きく影響を与える、人として当たり前の能力。
部長も、嶋田も、人越者ではない。ただ、誰かと共感しその道を正して・歪めていくことのできる、凡人。
ベクトルがプラスかマイナスかだけの違い。

「本物の責任転嫁って奴を見せてやるよ嶋田……僕たちの『責任者』!直属の上司の会見を聞けーーーッ!」

時を超えて届けられた、部長の言葉がいま、慈雨のように降ってくる。


【自決をとめようと小羽ちゃんの腕にぶら下がる。
 部長が病床にて書きためたと思しき長文を受信、楯原ちゃんに転送して読みあげてもらう
 
 部長の最後の演説については、長志くん、頼んだ!】

8 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/10(日) 21:22:33.90 0
明日だ。明日には投下出来る……と思う。遅くとも明後日には必ずする
まさか自分でもこんな遅くなるとは思ってなかった
もうちょい早く報告するべきだった。すまん

9 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/11(月) 05:03:51.02 0
>「そうだ、私のせいだ……私が悪い私が悪いんだ……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
  ごめんなさいごめんなさい……私が悪い……ごめんなさい……」

>「小羽ちゃん、何を、」

後ろから聞こえた二つの声に、長志恋也は振り返る。
何か様子がおかしいように見えた。いや、実際おかしいのだ。

「……小羽?どうかしたのか?アイツに言ってやりたい事があるのなら……遠慮する事はないんだぜ」

だが、今の長志恋也にはそれが分からない。
疲労困憊、意識朦朧、嶋田の言葉に惑わされる余裕すらない彼には。
もっとも――仮に平常な状態だったとしても、彼が女の子の表情の変化をすぐさま見抜けるのかは怪しいが。

>「はっ……おいおい、なんや、まるで俺が無理矢理やらせたみたいなこと言うな自分は。
  そんなに自分は正しいと思い込みたいんか?」

小羽を気遣いながら嶋田に言葉を返すほどの余裕も、長志恋也にはない。
細く尖らせた視線のみを返して、後の言葉には反応も返さず、小羽の顔を覗き込み――

>「お前らも今までの自分の行動に責任を持てるなら、どうすればいいか判るやろ?
 さあ、しっかり『反省』するんや」

不意に背後に押し寄せた粘つくような響きに、思わず嶋田を振り返った。
感じたのは、左手の痛みも、体を満たす倦怠感をも忘れるほどの不快感。
声がすれ違いざまにどす黒い何かを体の中に残していって、それが癌細胞のように自分を塗り潰していくような、悍ましい感覚だった。

意志が揺らぐ。疲弊故にかえって一心不乱に保てていた嶋田への復讐心すら侵食されていく。
頭を右手で押さえながら九條と小羽を見た。
再び嶋田を撃とうとしている九條と、自らの首を締め上げている小羽を。

(駄目だ……!しっかりしろ……こんな時くらい、役に立てなくてどうする……)

何かを言わなくては。嶋田の言葉を払い除けられるような何かを。
だが思いとは裏腹に言葉は何も浮かんでこない。
使い物にならない左手を、再び血が滴るほどに握り締めても、何も。

(こんな時、こんな時に……アイツなら……なんて言うんだ?アイツが……ここにいれば……)

追い詰められた長志恋也の思考が、ここにはいない男に、決して起こり得ない仮定に縋り始める。
その時――音が聞こえた。長志恋也の携帯電話、そのメールの着信音だ。
この状況に限りなく不似合いで安っぽい電子音が、図らずも場の空気を揺らがせた。。

>「駄目だっ!小羽ちゃん!!」

直後に、九條が動いた。
自分で自分の首を締める小羽の右腕に飛びつき、なんとか首から手を引き剥がそうと全体重をかける。

>「長志くん、左腕を頼む……!」

「お前、俺が怪我人だって事忘れちゃいないだろうな!」

恨み言を吐きながらも長志恋也はすぐさま小羽に駆け寄った。
手で掴むのではなく両腕を絡め、全身の力で小羽の左腕を引っ張る。
それでようやく、彼女の左手を首から僅かに遠ざける事が出来た。
しかしそれでも小羽は止まらない。以前として自分を絞め殺そうとしている。
少しでも気を抜けば、さっきの状態に逆戻りだ。


10 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/11(月) 05:04:09.63 0
>「……『自分でしたことは自己責任』。そう言ったよな、嶋田。
  僕らがしでかしたこと、僕らのために起きた被害、その全てに自分自身で"けじめ"をつけろ、そう言ったな」

息をつく余裕すらない長志恋也とは裏腹に、今度は九條が嶋田に問いを放つ。
問答、窓から聞こえる学生達の声――ほんの僅かにだが、室内の雰囲気が変わった。

>「それがどうしたっちゅうねん、ガキ。所詮は子供の、苦し紛れの自己弁護、屁理屈や。
  しかも最悪の……『責任転嫁』。他人に罪を押し付けて、自分は悪くないとでも言いはるつもりか?
  お前の主張は、どうにも薄っぺらくて、根拠が足りん。そんなんじゃ、大人は納得させられへんぞ」

それでも、まだ足りない。
この場は依然として嶋田の言葉が支配している。

>『――ぇと、N2DM部賑やかし担当、楯原まぎあです!』

だが黒霧が立ち込めたようなその空間に、前触れもなく新たな声が割り込んだ。

>『たった今、ありえないぐらい長文のメールが転送されてきて、えと、戸惑ってます!
 私達の"部長"は、お腹を刺されて病床に入ったっきり、人工呼吸器付きっきりでろくに声も出せない状態なのですが……
 意識の戻ったここ数日間で、これを書き上げたみたいです。これを、今から、要所だけ掻い摘んで読み上げます!』

体の内側に巣食っていた不快感を、期待感が拭い去っていく。

>『――暇だ!せっかく見舞いが来ても、鼻にチューブとか刺さっててとても喋れたもんじゃねえから、ここに日記をつける!
 こいつはあくまで俺の一人ごとで、とくに他意も大意もねーから、そこ、間違わねーように!』

絶望の中で縋りたかった、男の声が聞こえた。
部長の声が、言葉が、霞がかった視界と思考を晴らす。
崩れ落ちてしまいそうなほどに追い詰められていた心と体に活力を与える。

>「お前はこいつが嫌だったんだろ、嶋田」

長志恋也は再び、風を感じていた。

>「部長が、部長の言葉が。学園の生徒を煽動し、その魂に火を灯し、理不尽を打ち砕く原動力となるその声が。
> だから、部長を刺した。声も出せなくなるぐらい、深刻なダメージを与えて、あの人を病室へと封印した!」
>「本物の責任転嫁って奴を見せてやるよ嶋田……僕たちの『責任者』!直属の上司の会見を聞けーーーッ!」

嶋田に反省を強いられた時とは真逆の、恐れや疑念や迷い、それらをまとめて吹き飛ばす追い風を。

11 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/11(月) 05:05:20.82 0
 


『――とりあえずだ!どいつもこいつも俺が寝ようとしてんのに構わず話しかけてくんのはどうにかならんのか!
 なんかもう完全に死者に語りかけるようなノリじゃねーか!
 反応返そうにもとにかく体がダルいんだよ!ついこないだまで死にかけてたのは伊達じゃねーぞ!』

『でもまぁそのお陰で、俺もこの病室の外で何が起こってんのかなんとなく掴めてきた。
 クロ子にQJ、バイソンにサレ夫、他にも書き連ねていったら、
 終わる頃には俺もすっかり健康になってるんじゃないかってくらい大勢の奴らが、俺の仇を討とうとしてくれているらしい。
 いよいよもって俺がまだ生きてる事を皆忘れてるんじゃないかと不安になってきたぞ。……流石にそれは冗談だけどな』

『ともあれ、だな。しつこいようだがこれは俺の一人ごと、ただの日記だ。
 だからこれから先に記すのは、単に俺が感じた事、思った事、それだけだ』

『そんで、まず最初に言いたいのは……俺は今、わりと本気で怒ってるって事だ!
 一言で言うなら無茶すんなこのバカタレ共!これに尽きる!
 ヤクザに真っ向から喧嘩売るとか正気の沙汰じゃねー!俺が言うのもなんだけどな!』
 
『ヤクザ相手に無茶したのは俺の自業自得だ。
 幸いにも命は助かったんだし、大人って怖え!殺されなくて良かった!で済ませれば、それで万事治まってたんだ』

『――でも、そんな事は俺が言うまでもなく、アイツらだって分かってたに決まってる。
 クロ子は俺なんかよりずっと賢いし……そういうのは損得で言えば損な事だって、誰よりも知ってる筈だ。
 QJも危なげのない生き方ってのが出来る奴だ。出来るだけで普段からしようとしないのは問題だけどな!主に女子とかスパッツとか。
 バイソンは暴走しがちな奴だけど、それを止めてくれる風紀委員の仲間がいる。
 サレ夫は……アイツ結構逃げ癖があるしな。部活巡りの後で最後の逃げ場にN2DM部を選んだのは、まぁいいセンスだが!
 とにかく、復讐なんて何の得もなくて、危なっかしいだけだ。そんなの誰だって分かる!』

『なのにアイツらはそれでもやろうとしてる。それが俺はすっげー嬉しい!』

『本当なら、俺はこのチューブとか色々引きちぎってでもアイツらを止めに行くべきなんだと思う。
 俺みたいに、俺よりもっとひどい事になるかもしれないのを、見過ごしていい訳がない。
 でも俺は止めない。それは、アイツらの意思を尊重するだとか、
 そういうもっともらしい理由はいくらでも考えつくけど……根っこにあるのは、俺が嬉しかったからだ』

『アイツらは俺の大事な部員達で、そうじゃない奴らも俺の為に動いてくれていて、俺は皆を止めなきゃいけないのに、止めなかった。
 だから……アイツらが何をしようと、何が起ころうと、それは部長であり、事の真ん中にいる俺の責任だ。誰がなんと言おうとそこは譲らん!』

『という訳で、アイツらはなんの気兼ねもなく嶋田をぶん殴ってくればいい!
 まぁ、俺が言うまでもなくアイツらならそうするだろうけどな!なんといっても俺の自慢の部員達だ!
 むしろ既に俺に全ての責任を押し付ける算段を立てている可能性も否めん!』

『俺はただ、アイツらが持ち帰ってきた武勇伝で、この暇が潰せるようになるのを待ち侘びていればいいのだ!よし、こんなもんか!疲れた!寝る!』


 

12 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/11(月) 05:05:39.80 0
 


部長の言葉が止んで、暫しの静寂――長志恋也は細く長く、息を吐いた。

(あぁ、そうだ。こうだったな……。アイツは底なしに、他人を肯定するのが上手かった)

そしてそれこそがN2DM部の本質でもある。
人の名前と顔を覚える事以外に取り柄のない男が、それでもあの学園の中で存在する為に作った部活。
一芸を、有能を、極めた者達が出来ない『何か』を拾う為に、『なんでも』全てを受け入れる部活。
その長たるあの男は――いつだって何かを肯定しながら、学園生活を渡り抜いてきた。

(それにしても、やれやれだ……さっきまで必死こいてアイツならなんて言うのかを考えていたってのに。
 まぁ、いいか。精々、ありがたく便乗させてもらうとするぜ)

長志恋也は想像する。
過去から届けられた言葉を受けて、今、何を言えばいいのかを。

「――そういう事だぜ、嶋田。俺は……別に自分が正しいだなんて思い込めなくてもいいんだ。
 なにせ俺はな、正しい事をする為にここに来た訳じゃない。
 俺はただ……自分のしたい事をする為にここに来た!間違っていると、いけない事だと分かっていても!
 お前に目にもの見せてやる為に!そのいけ好かないニヤケ面を叩き潰す為にここに来たんだ!お前達だってそうだろう!?」

学友達の雄叫び、部長の言葉――追い風は十分。

「そして……教わってばかりじゃ申し訳ないからな、お前にも一つ教えてやるよ。
 お前は俺達に『反省しろ』と、そう言ったよな。だけどな、『反省』ってのは……失敗した後にするものだぜ。
 俺達はまだしくじってなんかいない。むしろ、ようやくここに、お前の元にまで辿り着いたんだ。
 分かるか?俺達の復讐は……ここからが、本番なんだ」

後は嶋田の言葉を、片っ端から切り捨てるのみだ。

『さて……ここで一つ質問だ。俺達とお前、反省させられるのは……一体どちらだと思う?答えてみろよ、なぁ先生?』

最早ろくに拳も握れない自分に代わって、小羽が、九條が、嶋田を仕留めてくれると信じて。
力を振り絞って戒めていた小羽の左腕は、とっくに解放していた。
あの男の声を、言葉を、小羽が聞き逃す筈がないと、戒めはもう必要ないと分かっていたから。

『――自己責任!まったくいい言葉だな!お前が俺達をガキだと見くびって、その結果ぶちのめされようとも!
 全てはその言葉一つで収まるって訳だ!だったら遠慮はいらないよな!
 やっちまいなお前達!アイツと、ついでに気が向いたら俺の分も合わせて、力いっぱいにぶん殴ってやれ!』


【遅くなってすまなかった。
 この件に関する責任はやたらと高いハードルを置いてきた九條に丸投げさせてもらうぜ。
 冗談はさておき、アイツを最後に動かすのが俺ってのは、少し申し訳ないものがあるな。まあ、ほんの戯言だがな】

13 :小羽 鰐 ◆MycOkVT6XA :2012/06/16(土) 23:20:02.60 0

絶望は麻薬に似ている。
一度堕ちてしまえば、容易くは這い上がれないという点において。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

焦点すらも定まらず、震える声で懺悔を続ける小羽鰐。
常として白いその肌だが、今は病的に、白蝋の様な無機質な色に染まり、
双眸からは、拭われる事の無い水滴が流れ出している。
今まで数多の暴力を振るい、結局誰も守ることの出来なかったその腕は
ゆるりと小羽自身の首へと伸びていき、徐々にそこに込める力を増していく。
動脈を絞める事により血色の良くなった小羽は、未だ懺悔を続けながら、泣きながら……微笑む
自身を罰するという行為が救いであるかの様に、自身の命の灯を吹き消そうとする。
もはや此処に来た目的すら忘却しており、

>「駄目だっ!小羽ちゃん!!」
九條がかける言葉すらも耳に入らない……いや。耳には入っているが、心に届かない。

>「お前、俺が怪我人だって事忘れちゃいないだろうな!」
長志が小羽が自身へ絞殺を仕掛けているのを止めてくれている事すら、意に返せない。

両の腕を掴む二人の少年の善意に、気付けない。

言葉で救われた少女にとって、それ程までに嶋田の言葉は猛毒であった。
絶望を知っているが故に、容易くマイナスの思想へ引きずり込まれる。
今の小羽は、周囲の全ての不幸は自身のせいであるとまで思い込まされていた。
ただ、それでも一息に自身にとどめを刺さなかったのは

>「『連帯責任』だ。みんなで渡れば――赤信号だって、怖くないッ!!」

九條が、嶋田の言葉に問いを投げかけた事が原因だろう。
悪意に正面から歯向かう意思は、ほんの少しではあるが小羽の心が沈みきるのを食い止めた。
……だが、足りない。その言葉だけでは、足りない。
踏みとどまる事は出来ても、引き返す力には今一歩不足している。

故に、もし。絶望から立ち上がろうとするのならば後一手。
言葉を繰るプロであり、感情を導く鬼才である、嶋田に匹敵する存在が必要となってくる。
けれどもそんな都合の良い存在がいる筈――――

>『――暇だ!せっかく見舞いが来ても、鼻にチューブとか刺さっててとても喋れたもんじゃねえから、ここに日記をつける!
>こいつはあくまで俺の一人ごとで、とくに他意も大意もねーから、そこ、間違わねーように!』

「あ……」

声が聞こえた。N2DM部に属する一人の少女が騙る、一人の少年の『言葉』。
本人と寸分違わぬその意思は、黒い沼の中に沈む小羽の心にすら、容易く届く。

>『という訳で、アイツらはなんの気兼ねもなく嶋田をぶん殴ってくればいい!
>まぁ、俺が言うまでもなくアイツらならそうするだろうけどな!なんといっても俺の自慢の部員達だ!
>むしろ既に俺に全ての責任を押し付ける算段を立てている可能性も否めん!』

>『俺はただ、アイツらが持ち帰ってきた武勇伝で、この暇が潰せるようになるのを待ち侘びていればいいのだ!よし、こんなもんか!疲れた!寝る!』

部長。N2DM部の部長の声。
誰よりも無能で、誰よりも力強い少年の声だった。

「わ、たしは……」

その言葉を耳にしただけで、小羽の瞳に光が戻り、自身を絞殺せんとしていた腕から力が抜ける。
そして、同時に小羽を助けようとしてくれていた二人の少年の声が――――届く。

14 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/06/16(土) 23:24:04.19 0
>「お前はこいつが嫌だったんだろ、嶋田」
>「――そういう事だぜ、嶋田。俺は……別に自分が正しいだなんて思い込めなくてもいいんだ。
>なにせ俺はな、正しい事をする為にここに来た訳じゃない。
>俺はただ……自分のしたい事をする為にここに来た!間違っていると、いけない事だと分かっていても!
>お前に目にもの見せてやる為に!そのいけ好かないニヤケ面を叩き潰す為にここに来たんだ!お前達だってそうだろう!

?」

それらは強い言葉だった。陽光の様な言葉だった。
天才が、鬼才が、幾ら弁舌を尽くそうと表現出来そうに無い凡俗の言葉達。
引き摺られる様にして小羽が俯いていた顔を上げ、周囲を見渡してみれば、そこには不適な表情を浮かべる二人の仲間の姿
そして、苦々しさを隠そうともしない嶋田の姿。

(ああ、そうか――――)

……直後に、拳が殴打する音が室内に響いた。

「っは……全く、全く私は何をしてたっすかね……いつまで失恋相手におんぶに抱っこされてるつもりっすか。
 どこまで友達に甘える、迷惑な構ってちゃんなんっすか……
 我ながら、どうしようもない馬鹿女っす……ここまでして貰わないと、立ち直る事すら出来ないなんて」

拳を自身の額に叩きつけ、だらだらと赤い血を流す小羽。
赤に濡れるその顔に浮かぶのは……どこかふっきれた様な、楽しげな苦笑。

「そうっすね。確かに私は悪いっすよ……嶋田『先生』。貴方の言うとおり、自己責任を知らないガキっす」

そうして一歩、嶋田へと足を進める。

「暴力に頼って友達も仲間も失ったし、好きだった人を守れず、殺されかけたっす。
 無能ここに極まれり。九條さんや長志さんに常識を語る資格があるかどうかってレベルっすね」

更に一歩。空間を制圧する様なイメージと共に歩む。

「だけど、考えてみたら」
「私が手段を間違えてきたからといって、貴方の行為を容認していい理由にはならないっす」
「例え貴方に今回の出来事の全責任がなくても、貴方が反省しなくていい理由もないっす」

>『――自己責任!まったくいい言葉だな!お前が俺達をガキだと見くびって、その結果ぶちのめされようとも!
>全てはその言葉一つで収まるって訳だ!だったら遠慮はいらないよな!
>やっちまいなお前達!アイツと、ついでに気が向いたら俺の分も合わせて、力いっぱいにぶん殴ってやれ!』

「オーライっす、長志さん……さて、先生。嶋田先生。手段への反省は後からいくらでもするつもりっすけど、
 とりあえずは。貴方にも『反省』してもらうっす――――転嫁された責任を更に転嫁させて貰うっすよ。
 今日は、その為に此処に来たっすから」

「は……ええか、ガキ共」

嶋田は、余裕を取り繕い口を開こうとする。恐らくはこの状況でも自身が優位に立つ自身があるのだろう。
部長の声があったとはいえ、結局は記録をまぎあが読み上げたものに過ぎない。
ならば、時間をかけて会話をすれば自身が有利に返り咲けると判断したのだろう。
賢しくも自身の懐に腕を入れ、何時でも何かを取り出せる姿勢を取りつついる嶋田。だが

「――――問答無用。謝る前に言い訳するなっす」

響いたのは、巨大な風船が炸裂するかの様な音。
広がる光景は、中空に若干浮き上がった嶋田と、一瞬にして距離を詰め、左手を嶋田の頬に向け振りぬいた姿勢で静止している小羽。

右頬を張り倒された嶋田は、椅子から落ち、壁へとしたたかにその背を打ち付ける。
小羽はそんな嶋田の様子を気にも留めず、九條へと視線を向ける。次は貴方の番だとでも言う様に。
【何気にハードルが高くて私の文章処理能力が追いつかない件っす……!】

15 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/21(木) 23:36:10.12 0
『学園』の屋上、陽動大隊の後方指揮を執る盤石の担い手は、無線機越しに響く声を聞いた。

>『本当なら、俺はこのチューブとか色々引きちぎってでもアイツらを止めに行くべきなんだと思う。
 俺みたいに、俺よりもっとひどい事になるかもしれないのを、見過ごしていい訳がない』

彼女の立つ屋上を含む建屋の群れ、委員会棟の一棟『保健棟』では、今も"彼"が臥せり続けている。
人越者による治療を施されたとは言え、重要な内臓器官に刃傷を受けてたったの数日で復帰できる人間など居ない。
生命補助装置を接続されたまま、戻った意識と辛うじて動く指先だけで、必死に書き上げた――それは正しく血文だった。

「しかし、それでも、高確率で断言できます。彼ら、N2DM部の残党達は、熟慮せずとも理解できてしまったのでしょう。
 ――もしも『部長』以外の誰が同じ憂き目に遭遇したならば、きっと『部長』は今の彼らと同じことをするだろう、と」

彼女は、オーケストラの指揮を執るように指を踊らせ、それを反映するオペレータに指示を送っていく。
敵部隊の動きに策を感じれば、その裏の裏の裏の裏まで読み、どの段階からでも迎撃可能な位置へ自軍を配置。
絶対予測の魔慧、『神託機械』。その知の髄は、このような俯瞰視点での部隊指揮でこそ真価を発揮する。
主君――生徒会長の右腕となるべく感情を廃したはずの人越者は、しかし謳うように声を紡いだ。

「責任の所在を問うならば」

彼女は応える。

「我々も同罪です――彼らのその理解と判断に、一切の異論なく共感してしまったのですから」

――――――――

16 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/21(木) 23:36:43.01 0
地上、ヤクザビルの玄関前で、二台のモンスターバイクを相手取る女子剣道部の双姫は、空から降る声を聞いた。

>『でも俺は止めない。それは、アイツらの意思を尊重するだとか、
 そういうもっともらしい理由はいくらでも考えつくけど……根っこにあるのは、俺が嬉しかったからだ』

一瞬で法定速度を超過する加速力を持つ改造エンジンに、むせ返るような煙幕を吐き出す上下二連の排気筒。
そして何より、殴るだけでは凹みもしない頑丈な鉄板のボディが、彼女たちに決定打を許さない。
しかし二対の双眸は、今や肉食獣のように燦然と輝き、その瞳の奥にバイクのライトを捉える。
彼女たちに絶望など、徹底的に似合わない。

「そう、それでいいのよ。私達は、私達がやりたいことをやりたいように全力でやってるだけなんだから」
「戦う理由に"正当性(もっともらしさ)"なんて要りませんっ!誰の心にも持ち得る剣が、血に飢えた――ただそれだけのこと!」

二人は獰猛な顔を見合わせると、初めて意見が合ったかのように拳を突き合わせた。
手を開き、指を絡め――そこへ飛び込んでくるように走ってきたバイクの乗り手に合体させた拳を叩き込んだ。
バイクの速度がそのまま威力に枚乗され、バイクから放り出される搭乗者。乗り手を失った鉄塊はビルに突っ込んで圧砕した。

「部長さんのお墨付きも出たことですし」
「さあ、学生らしく」

絡めた手を解き、再び背中合わせになった二人の剣姫は、残るもう一台のバイクに指先を突きつける。

「「――くだらないことに熱中しましょう」」

――――――――

17 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/21(木) 23:37:24.73 0
生徒会第二位、学園最強に次ぐ者の名を欲しいままにする副会長は、仇敵との決着に佳境を迎えながら、声を聞いた。

>『だから……アイツらが何をしようと、何が起ころうと、それは部長であり、事の真ん中にいる俺の責任だ。
  誰がなんと言おうとそこは譲らん!』

ステップを踏むように、林立する武器の間を飛び回っては、地面に刺さったそれらを死角から投擲してくる仇敵。
瞳孔が開き、息を乱しながら、それでいて汗ひとつかかないアンバランスさを見せる女に、彼は真っ向から対峙する。

「ふん、当然だ。元を正せば我々生徒会が隠密に進めていた事柄を、君たちが表面化させたのが発端なのだからな」

あの『部長』には、自分のような器用さはないし、自分の仕える主の如き絶対の優秀さもない。
致命的に不器用で、絶望的に無策無慮。それが彼の審美眼が『部長』に下した値踏みであり、同時に評価でもあった。
物事の中心で立ち回るということは、同時につきまとう重圧や責任の一切を受け入れるということである。
それこそ、痛みも、悲しみも。

「――その不器用さこそが、君を『部長』たらしめていた。
 あの人越者の集まる部が、たった一人の凡人を欠いただけで、ああも無様に噛み合わなくなるのは、きっとそういうことだろう」

頭が良くて、器用で、立ち回りの上手い――そんな奴がいるなら、そいつはきっと角の立たない丸い人間なんだろう。
触れてもどこにも刺さらない、故にどこにでも居場所をつくれる人間。確かに、集団の中ではそれこそが理想像だ。
だが、歯のない歯車では、何も動かせない。

「自分の足らない部分を他人の尖った部分と噛みあわせて、人は仲間をつくっていく。
 君は、不器用で、無能であるがゆえに、誰もを全力で求めることができた。はみ出し者達に、居場所を作ってやれた」

ギィン!と金管楽器をぶちまけるような音がして、狂気の女は瞳孔を狭めた。
彼と彼女を繋ぐ手錠の鎖が、幾度にも渡る攻撃によって、ついに断ち切られたのだ。
三日月もかくやとばかりに口端を吊り上げる女。これで、動きを制限するものはなにもなくなった。
しかし、彼女の意識はそこで終わった。最後に視界に映ったのは、副会長の両腕から放たれる拳で形成された"壁"だった。

彼が女を束縛していたのは、戦術的な意図があったからではない。
単に、彼が殿を務めた強襲部隊が姿を消すまで、女が自分以外に害を及ぼさぬよう拘束しておく必要があったからだ。
彼は――もともと両手を使ったほうが強い。
秒間十発はあろうかという両拳の連打を食らった女は、そのままふっとばされて壁に激突し、動かなくなった。

「だから」

副会長は、拳を引きつつ、零すように言った。

「勝手にいなくなるんじゃあ、ない。――君には、あの唐変木どもを繋いでおく"責任"がある」

――――――――

18 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/21(木) 23:38:10.04 0
小羽ちゃんと、長志くんの隣で、僕は部長を代行する楯原ちゃんの声を聞いた。

>『俺はただ、アイツらが持ち帰ってきた武勇伝で、この暇が潰せるようになるのを待ち侘びていればいいのだ!』

僕らと嶋田を阻むものは距離と空気、それだけだ。
上長の許可が出た。僕らは、一切の仮借と事後の心配をすることなく、戦える。

>『――自己責任!まったくいい言葉だな!お前が俺達をガキだと見くびって、その結果ぶちのめされようとも!
  全てはその言葉一つで収まるって訳だ!」

「そしてお前の自己責任には、連帯責任が効かないんだぜ。だってお前は――大人だから。
 そっくりそのまま言葉を返すよ、大人なんだから、自分でやったことの始末は自分で被らないとなああああっ!」

この戦いは。
断罪じゃない。糾弾でもない。大義名分の一つもない。
僕たち、学園全ての生徒たちが付和雷同に頷いた――単なる大げさなしっぺ返しだ。
ドラえもんのオチみてーに!調子に乗りすぎた報いをその身で受けろ、嶋田。

>「やっちまいなお前達!アイツと、ついでに気が向いたら俺の分も合わせて、力いっぱいにぶん殴ってやれ!』
>「オーライっす、長志さん……さて、先生。嶋田先生。手段への反省は後からいくらでもするつもりっすけど、
 とりあえずは。貴方にも『反省』してもらうっす――――転嫁された責任を更に転嫁させて貰うっすよ」

小羽ちゃんの言に、嶋田は何かを返そうとした。
しかし、開いた口から言葉が出ることはなく――代わりに掌を叩きこまれた。

>「――――問答無用。謝る前に言い訳するなっす」

それは、瞬間的に突進した小羽ちゃんの、捻りをしっかり効かせた強烈なビンタ。
先端が音速でも超えたんじゃないかと錯覚させるソニックブームが、彼女の掌の着弾点から吹き上がった。
嶋田は、声を上げることすらかならず、壁へと叩きつけられて這いつくばる。

「っせえええええええええい!!」

嶋田が面を上げたところに、追い打ちをかけるように僕の渾身のドロップキックが炸裂した。
もちろん、こんな芸当を軽々やってのけるほど僕の身体は物理法則に石投げちゃいない。
小羽ちゃんが合図のように僕の顔を見遣った瞬間、その辺で暇そうにしていた神谷さんにおもいっきりぶん投げてもらったのだ。

「げふぅ!」

小柄ゆえに、嶋田を吹っ飛ばすほどの力はない。
ドロップキックの態勢から着地を誤って、背中を思いっきり床に打ってしまう。情けない声が出た。
だけど、すぐに立ち上がる。僕の怒りは、こんなもんじゃ済まないからだ。

「これは、長志くんの分!」

未だ頭を垂れたままの嶋田の頭目掛けて、仮借ないサッカーボールキック!
嶋田は躱せなかった。飛び退いて、頭を護ることもできない。
なぜなら、先ほど蹴りを入れたついでに嶋田の両手を床にくっつけてやったからだ――長志くんの治療に使った、とりもちの余りで。
絨毯に縫い付けられた嶋田は、無抵抗で、喋ることもままならないまま、僕の靴底を受け入れた。

「そして、こいつはあああああああ!他ならぬ僕の分だッ!!」

渾身の膂力を込めて、僕は拳を嶋田の顔面に突き立てた。
バキィ!と、嫌な快音が聞こえた。

19 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/06/21(木) 23:39:10.19 0
――僕の拳がイカれる音だった。

「いってええええええええ!!!!!」

当たり前だが、僕は素手で人間を殴る訓練なんか積んでいない。
諜報活動の一環で、闇討ち的に相手を無力化する術は知っているけど、そもそもタイマンでの殴り合いなんて専門外だ。
そして人体って意外に堅い。ろくな握り方も知らない拳で骨を打てば、畢竟負けるのは構造的に脆弱な関節の塊である拳の方だ。
――そこらへん、小羽ちゃんのようにうまくはいかない。

「無様やな、ガキィ……!お前らがどんだけご高説垂れ流そうが、やっとることは単なる暴力行為に変わらへんで。
 ええか、今日のところは、お前らが飽きるまで殴られたる。なんぼでも好きなだけ殴ったらええ。
 俺は暴力には屈さへん。その場限りの謝罪と反省で誤魔化して、また何度でも同じ事を繰り返したるわ!
 幸い金はまだまだあるし、鍛えとるから身体も丈夫や。教えたる――人は、諦めなければ絶望からだって這い上がれることを!」

「この状況で良い事を言うなああああッ!」

だが、確かにこいつの言うことには一理ある。
僕らは確かに、嶋田の呪縛を突破してこいつを殴ることに成功した。
だが、嶋田自身はどうだ?こいつは本当に、しこたま殴られたぐらいで反省するタマか?

今から考えるべきは。
――僕らが嶋田に、何をしてやれるか。
僕は長志くんを見る。そこには、既に答えがあった。

「それでいい。お前にトドメを刺すのは僕じゃないッ!
 聞くところによると嶋田、お前、春のあの事件で部長に殴られたのを根に持ってるそうじゃないか……」

屋上からヘリで逃げようとした嶋田に追いついた部長は、交渉に応じる振りをして嶋田の顔面に一撃くれてやったらしい。
そのときの傷は、まだ嶋田の顔に残ってる。右側のエラが不自然に凹んでいるのは、そこを骨折した形跡だ。

だけど嶋田は、単なる逆恨みで部長を刺したわけじゃない。
自分と同じ力を持つ『天敵』の彼を、これから自分の支配する学園から排除したかった。

嶋田が"敗北"を喫したのは、後にも先にも部長相手の一回だけなのだから。

「僕らはお前を殴りたいんじゃない。お前を"負かしたい"それだけだ。
 とっておきの毒をくれてやるぜ嶋田。全ての発端にケリをつける、因果応報の一撃には――適任がいるだろ」

僕は振り向き、長志くんの切れ長の双眸、その『奥』に向かって言った。

「――ですよね、部長!」


【"嶋田に『敗北』をもたらすには"   長志くんに向かって部長を呼ぶ】

20 :名無しになりきれ:2012/06/23(土) 22:25:52.55 0
鯖オチにて保守

21 :名無しになりきれ:2012/06/28(木) 06:34:57.71 0
オサレ生きてる?

22 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/28(木) 20:11:29.97 0
生きているとも
ただ、行動指針をどうするのかに大分時間をかけてしまってな
今日中に投下出来るかちょっと怪しい。すまん

23 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/29(金) 21:17:39.88 0
>「――――問答無用。謝る前に言い訳するなっす」

小羽鰐のビンタが一閃した瞬間、長志恋也は思わず拳を握っていた。
後に続こうなどと思ったのではない。それは単純なガッツポーズだった。
友達と呼ぶのも憚ってしまうくらいに大事な奴が、自分に代わって大一番を決めてくれた。カッコいい所を見せてくれた。
長志恋也にとってそれは、十分過ぎるくらい嬉しい事だった。
彼は自分が、カッコよくない奴だと知っている。
学園に溢れる天才や秀才達に勝つ術など持っていないし、小羽のように窮地を打ち破る力や、それに匹敵する技能もない。
あるのは少しばかりの浅知恵と、身に合わない誇大な妄想だけだ。

>「そして、こいつはあああああああ!他ならぬ僕の分だッ!!」

もちろん小羽や、そして九條にだって、自分の力や才が及ばない時くらいあるだろう。
だが彼らは――それでも前へと踏み出し、拳を突き出す事の出来る気概がある。

長志恋也にはそれすらない。
歯止めの利かない膨大な妄想が、いつだって彼に自分の失敗する未来をちらつかせる。
そうやって失敗して、『カッコ悪い奴』になってしまうのが嫌だから、長志恋也は二人に決めの一手を、最後の見せ場を譲ったのだ。

(これでいい……。最後まであまりカッコはつかなかったが……それでもワインみたく、
 十年後にでも思い出して楽しめる程度には、マシな立ち回りが出来ただろうよ)

長志恋也はもう、自分の役割は、ロールプレイは、終わったものだと思っていた。
この後、反省など到底しそうにもない嶋田をどうにか再起不能にするとしても、
その一撃を叩き込むのは自分以外の、自分よりもずっと優秀な誰かだと確信していた。

>「僕らはお前を殴りたいんじゃない。お前を"負かしたい"それだけだ。
  とっておきの毒をくれてやるぜ嶋田。全ての発端にケリをつける、因果応報の一撃には――適任がいるだろ」

だから――

>「――ですよね、部長!」

九條が振り向きざまに自分をそう呼んだ時、長志恋也は一瞬、完全に固まってしまった。
目を見開き、何度か瞬かせて彼は呆然の態を晒す。
それから辛うじて口を開く。だが何を言えばいいのか分からない。皆目見当がつかなかった。
一呼吸置いて、ようやく理解が追いついた。

「九條……お前って奴は、本当に……!」

そう呟いた長志恋也の表情は苦く、歪んでいる。
だがそこには同時に――喜色を含んだ笑みもまた、確かに混じっていた。

『カッコ悪い奴』になりたくないから、彼はいつだって逃げ回ってきた。
けれどもそれさえカッコ悪い事だと、彼は気付いていた。
一度くらい、自分だってカッコいいところを見せたいと、いつだって思っていた。
だからこの瞬間、長志恋也は笑みが禁じ得ない。

やめておけと、この期に及んで失敗したらカッコ悪いなんてモンじゃないぞと
足に絡みつく妄想を振りほどいて、一歩前に出る。更に一歩、また一歩と、嶋田に歩み寄っていく。

嶋田のすぐ傍――形は違えど、そこはかつて部長が立っていた場所だった。
長志恋也が憧れた、終劇の地。
期待と不安が一層膨れ上がっていく中で、彼は再び考える。
今、この状況で、あの男ならなんて言うのか。何をするのか。
考えて、考えて、考えて――

「……無茶言うなよ」

そう、小さく言葉を零した。

24 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/29(金) 21:21:18.58 0
嶋田が一瞬だけ驚愕の表情を浮かべ、それからほくそ笑むのが見えた。
そして長志恋也もまた――その様を見て、獰猛な笑みを浮かべるのだ。
尊大で、高圧的で、居丈高なあの男のように。

「俺達は、弱いんだ。お前らになら分かるだろ……なぁ、『クロ子』『QJ』」

彼が一度たりとも使った事のない、あの男だけが用いる愛称と共に。

「――だから俺は、みんなに訴える事にする」

言うや否や、彼は九條へと振り返る。

「携帯、返してくれるか、QJ。さっきも言ったけど、いくら俺でも誰かに電話をかける事くらいは出来るからな!
 俺は俺に出来る事をしようと思う!ちなみにこの期に及んで電話ってなんだよ!とか言うのは禁止だ!最後の最後で俺に頼るようなお前が悪い!」

加速する演技。携帯を受け取り、宣言通りに電話をかける。
かける相手は――この戦いにおいて情報支援や広報活動を請け負っている、放送部に。

「やあやあ◯△(まるやま)君!□×(かどなし)君!支援活動、本当にご苦労さん!
 そんでもってだな、悪いけどご苦労ついでにもう一つ頼まれて欲しい!
 なに、そんな難しい事じゃない。この通話をみんなに聞こえるようにして欲しいだけだ。
 お前らになら出来るだろ!ん?なんかキャラが違うって?色々あったんだよ!説明すると長くなるから後でな!」

待つ事数秒、すぐに準備が出来たと返答があった。

「あーあー、どうだ、聞こえてるか?聞こえてるよな?
 そんじゃ……よう、みんな元気か?まぁ元気だろうな!
 薬に溺れた不良やヤンデレ女やヤクザ相手にへたるほど、お前らはやわじゃない!
 お前らに憧れた俺が、誰よりもそれを知ってる!」

隠し切れず発露する、演技の中だからこそ言える長志恋也の本音。

「さて、なんだか既視感を覚えてる奴も大勢いるだろうけど、まぁ聞いてくれ!
 俺達は今、嶋田のすぐ傍にいる!ていうかもう見下ろしてる!後は殴るも蹴るもやりたい放題って体だ!
 けどな、どうやらコイツはその程度じゃめげてくれないらしい。じゃあどうすればいいと思う?
 いっそ手足の一つでも駄目にしてやるとか?取り返しのつかない大怪我でもさせてやるか?
 まぁ、一つの手段ではあるよな。でも……それはコイツがあの男にやった事と同じだ。
 俺はそんな事を、お前らと分かち合いたくない!」

一呼吸置いて、更に言葉は続く。

「だからもう、帰っちゃおうぜ。俺達」

長志恋也が放ったのは、意外過ぎる提案だった。

「何言ってんだコイツ、とか思うやつもいるだろう。だがちょっと待って欲しい!
 そもそも俺達は今日、なんの為にここに来たのか、覚えてる奴はいるか?
 嶋田に目に物見せてやる為?友達を助ける為?他にも色々あるだろうけど、
 そういうの全部ひっくるめて……俺達は今日、『授業』を受けに来たんだ。
 そして実際、色んな事を学んだ。大人って怖いとか、友達って大事だとか、
 あと高いところも怖かったな!なんの事だか分からなかったら気にしなくていいぞ!」

「まぁとにかく、俺達は今日、授業を受けに来て……それに対して嶋田もわりと乗り気だった。
 こんなにも大層な教材を揃えてくれたんだからな」

けど、と長志恋也は言葉を繋ぐ。

25 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/06/29(金) 21:21:58.09 0
「俺達がここから『下校』したら、後には何が残る?
 生徒が消えて、校則も無くなって、その後に残るのは?」

また一呼吸――問いに対して考える猶予を。

「そうだな……まずヤク漬けになった不良達だろ?それからソイツらを留めておく為の薬も。
 それに拳銃なんておっそろしい代物まであった。そして……少し前に犯罪を犯して、それを金で揉み消したヤクザが一人。
 犯罪の証拠が盛りだくさんだな!こんだけの規模で集めたそれらを……俺達が帰った後で、嶋田はすぐに隠せるかな?」

電話への口上を一度止めて、横目で嶋田を見下ろす。

「俺は、無理だと思う」

そして不敵に不遜に笑いながら、そう続けた。

「俺達みんなが後味の悪い思い出を共有してまで、仕留めてやるだけの価値が嶋田にあるか?
 俺は自信を持って言えるね!そんなモンはないと!だから俺達は帰っちゃえばいい!
 それから悠々と、警察にでも通報すればそれでおしまいだ!まぁ、要するに!」

「俺は社会(みんな)に訴える事にした!
 俺一人じゃ出来ない事が、俺達になら出来た!
 なら俺達でも出来ない事は、もっと大勢でやってやればいい!そうだろ!
 嶋田があの男を病室に閉じ込めようとしたように!みんなの手で嶋田を牢獄に封じ込めてやろうぜ!」

語りが一段落ついて、通話は繋いだまま、長志恋也は再び嶋田へと視線を向ける。
身に纏っていた演技を解きながら。

「ま、そういう訳だ。なぁ嶋田、今の気分はどうだ?負け惜しみの一つでも言ってみるか?
 そうだな、例えば……俺は社会に負けただけや。お前らに負けた訳やあらへんで、とかな。
 でも違う。そうじゃないんだぜ、嶋田」

「お前は社会に、社会的に、殺されるけど……それでも俺達に負けるのさ。
 そもそもお前はなんでここに犯罪の証拠を山ほど集め始めた?
 俺達から身を守る為だろ。お前の負けは、もうずっと前から決まっていたんだよ。
 お前が俺達を恐れて、逃げの手を打ったその時、既にな」



「――なんて、大層な事を言ってみたのはいいが……。
 結局のところ、他力本願って事には変わりないんだよな。
 やれやれ、最後までカッコよく決まらなかったな、俺って奴は」

全てを語り終えてから、長志恋也は小さくぼやいた。



【ここが『学校』でなくなれば、後には大量の犯罪の証拠が残る。
 だから帰っちゃおうぜ。そして社会的に、社会の手で、嶋田を殺してやろう】

【今回ばかりは……いや、今までも相当だったんだが、とにかく本当にすまなかった
 遅くなった上ににどうも後に繋がらないロールになってしまった】





26 :名無しになりきれ:2012/07/04(水) 17:21:37.21 0
あれ?落ちた?

27 :こはわにー:2012/07/06(金) 00:29:21.63 0
【毎回毎回遅くなってすみませんっす……もう少し時間をくださいっす】

28 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/07/09(月) 00:16:25.84 0
九條が嶋田の顔面へとその拳を放ち、逆に痛めるといった芸当を見せている最中。
小羽はじっと自身の右手をみつめていた。
振りぬいた掌は僅かに薄く熱を持ち痺れ、嶋田を打ち抜いた事を伝えている。
ここに至るまでに徹頭徹尾願った、嶋田を殴るという目的を果たした事を知らせてくる。

……これまでに嶋田が小羽達にしてきた事を考えれば、一度殴った程度で許せる筈は無いだろう。
憎しみはある。恨みもある。怒りもある。それらの炎は未だ心の中で燃え滾っている。

が、不思議な事に。小羽にはこれ以上嶋田を殴ろうとする気は起きてこなかった。
それがどの様な心境の変化であるのか、小羽自身にも判っていない。
ある意味で満足した……のかもしれない。だから

>「無様やな、ガキィ……!お前らがどんだけご高説垂れ流そうが、やっとることは単なる暴力行為に変わらへんで。
>ええか、今日のところは、お前らが飽きるまで殴られたる。なんぼでも好きなだけ殴ったらええ。
>俺は暴力には屈さへん。その場限りの謝罪と反省で誤魔化して、また何度でも同じ事を繰り返したるわ!
>幸い金はまだまだあるし、鍛えとるから身体も丈夫や。教えたる――人は、諦めなければ絶望からだって這い上がれるこ

とを!」

「……いやいや、この場面で主人公っぽい台詞を吐くなっす」

嶋田が詭弁を弄し、反省の意思すら見せないと宣告している事に対し、
小羽は先ほどまでと比べ感情が揺れ動かなかった。
不快だと思うし、苛立ちもするが、何時もの淡々とした小羽として受け取る事が出来たのだ。
そして恐らくは。方向性こそ異なるものの、九條にも多少なり感情の変化はあったのかもしれない。

>「僕らはお前を殴りたいんじゃない。お前を"負かしたい"それだけだ。
>とっておきの毒をくれてやるぜ嶋田。全ての発端にケリをつける、因果応報の一撃には――適任がいるだろ」

恐らく。だから。九條は腕力による制裁を辞め、呼んだ。
その人物の名を。嶋田に敗北を与えたその男の名を

>「――ですよね、部長!」
>「九條……お前って奴は、本当に……!」

言葉が向けられた先は、長志。長志恋也。
N2DM部が部員にして、想像力の寵児。
そして、恐らくこの中では一番……ある意味では、小羽や九條以上に「成長」した少年。

>「……無茶言うなよ」

言葉とは反対に喜色を浮かべたまま。長志は嶋田へと歩み寄っていく。
かつて、とある部活の部長が立っていたその場所に。
己の足で、一歩。また一歩と。

身動きも取れず長志が近づくのを待つ事しか出来ない嶋田は、そんな長志が発した「無茶を言うな」という言葉を
文字通りに理解したのか、一瞬安堵の表情を見せたが


29 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/07/09(月) 00:16:52.81 0
>「俺達は、弱いんだ。お前らになら分かるだろ……なぁ、『クロ子』『QJ』」

「……なん、や……なんなんや、それは……っ!」

直ぐに、その安堵が過ちであった事に気付いたのだろう。
長志の表情をみて、言葉を聞いた瞬間。先ほどまで持っていた余裕……精神的な優位性が、霧散した。
先ほどのまぎあによる通信は、結局の所一方通行の伝聞に過ぎなかった。
どれだけ似ていても、対話でない以上薄い紙一枚を間に挟んでいるかの様な違和感があった。
だからこそ、嶋田は部長の意思をぶつけられた後でも悪態を付いて見せる事が出来た。
だが。今眼前にいる少年は、先ほどの手紙とは違い……相互の意思疎通が叶うという嶋田にとっては最悪の武器をもってい

た。
別人である筈なのに。
容姿も、声質も、人格も。その全てが異なる筈なのに。
長志という少年は、かつて嶋田を敗北に追い込んだ少年を見事に創造していた。

部長……否、彼を体現した九條は、
告げる

>「――だから俺は、みんなに訴える事にする」

告げる

>「あーあー、どうだ、聞こえてるか?聞こえてるよな?
>そんじゃ……よう、みんな元気か?まぁ元気だろうな!

>「だからもう、帰っちゃおうぜ。俺達」

宣告する。

>「俺は社会(みんな)に訴える事にした!
>俺一人じゃ出来ない事が、俺達になら出来た!
>なら俺達でも出来ない事は、もっと大勢でやってやればいい!そうだろ!
>嶋田があの男を病室に閉じ込めようとしたように!みんなの手で嶋田を牢獄に封じ込めてやろうぜ!」

「……ま、待て。ちゃうやろ?それは間違っとる!
 よく考える事や!俺を封じ込めたってお前らの心は晴れへんやろ!?
 例え捕まっても、俺は無事に生きて、いずれは社会に復帰するんや!
 そんなすっきりせん決着にするよりは、今ここで、しっかり白黒付けるべきやろ!」

嶋田がまくし立てるが、その言葉には余裕がない。
そして、言葉が最も力を持つのは、その人物の底知れなさ、或いは器の大きさ。それらが明確に伝わっている時である。
それ故に、今の島田の言葉は、その言葉が持つ力は削がれていた。
それ程に、長志の提案した策は嶋田にとっての最悪だったのだろう。
学園生徒達が去り、倒れた暴力団組員とヤク中の不良や拳銃が散乱する建造物。

言い逃れが、利かない。
先ほどは金と謝罪でどうにかするといったが、
それも『不良生徒の暴動に対する正当防衛』という名目あってこそのもの。
責任を押し付け、糾弾すべき生徒達。彼らがいなくなれば、嶋田はこの騒動の責任を全て自分で被らなくてはならなくなる。

正真正銘の自己責任だ。

30 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/07/09(月) 00:17:14.33 0
>「お前は社会に、社会的に、殺されるけど……それでも俺達に負けるのさ。
>そもそもお前はなんでここに犯罪の証拠を山ほど集め始めた?
>俺達から身を守る為だろ。お前の負けは、もうずっと前から決まっていたんだよ。
>お前が俺達を恐れて、逃げの手を打ったその時、既にな」

「ぎっ……ち、ちゃう……こんなん、認めへんぞ……!」

止めの一言をぶつけられ、嶋田は渋面を作り唸る。
そんな嶋田を見て、小羽。小羽鰐は、これまで閉じていた口を静かに開く。


「……先生。嶋田先生。貴方が私達に教えたい事がまだ沢山ある。
 やってもらいたい事がまだまだある、その事は十分に伝わってきたっす。
 だけど……残念っすけど、そこから先は貴方の『担当教科』じゃないっす。
 いくら教師でも、学んでこなかった事は教えられないっすよね?
 だから、これから私達は、今日の事を糧に、自分自身で学んでいこうと思うっす。
 つまり……貴方の授業の時間はもう終わりなんっすよ」

 「――――『先生さようなら』っす」

長志の提案に同意する意思を込めて放つ言葉は、初等部の生徒が使う一日の授業終了の合図。
それは、彼女にしては珍しく、明るい――――酷薄な笑みと共に。



>「――なんて、大層な事を言ってみたのはいいが……。
>結局のところ、他力本願って事には変わりないんだよな。
>やれやれ、最後までカッコよく決まらなかったな、俺って奴は」

嶋田に別れを告げた後、軽く一礼して一歩後ろへと下がった小羽は、
自重する長志の頭にポンと手を置き……身長差の関係から見上げる形になるのだが、彼の頭をぎこちなく撫でる。

「……いや。そんな事無いっす――――格好良かったっすよ『長志』さん」

部長の模倣をしていた事に関して触れないのは、小羽の中で先の演説を長志自身の言葉として認めたが故。

……それにしても。

「『三人も四人も集まって必死こいて頭捻って、ようやくあの男一人分の仕事をする』っすか……全く、その通りっすね」

長志の頭から手を離しつつ、小羽は小さな苦笑と共にそう呟いた。

【すみませんっす。本当にすいませんっす。自分の遅筆が嫌になるっす。ご迷惑おかけして申し訳ないっす……】

31 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/07/09(月) 03:30:39.39 0
まぁなんだ、俺はこういう時になんて言うべきかを知っているぜ

自分のペースで進めればいいさ
だが自虐は良くないな。気力を削ぐし、多分美容にも良くない

……ちょっと無理があるな。ま、気に病むなって事だ。少なくとも俺は気にしちゃいない
むしろお前がもうちょっと気に病めよってツッコミは現在受け付けていないので悪しからずだぜ

32 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/09(月) 20:58:16.09 0
全員遅筆でなんだかんだうまくまわってるこのスレが好きだよ

というわけで、もうエンディングに入っちゃってもいいのかな?
なにかやり残してるイベントとかあるかい?

33 :こはわにー:2012/07/10(火) 22:42:34.79 O
……二人共、ありがとうっす。少し楽になったっす。


私はクライマックスまで突き進んでも大丈夫っすよ

34 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/07/11(水) 21:40:08.75 0
返事が遅れてすまない
俺も異論なしだ

35 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/16(月) 12:31:02.38 0
思ったより時間がかかりそう。
ごめんね、もうちょっとだけ待っててね

36 :こはわにー:2012/07/20(金) 23:22:24.92 O
了解っす
無理しないでゆっくり書いてくださいっす


37 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/21(土) 12:53:00.52 0
土日には投下します!

38 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/22(日) 04:18:37.32 0
突然だけど、僕の『学園観』について語ろうと思う。
かつて、かの生徒会長女史は言った。
学園観――自分が学校という場所に向き合うスタンスを見つけていくことが、学生生活の第一義だと。
つまりは、『きみにとって学校ってどんな場所?』という問答だ。

勉強ばかりで退屈な場所と、斜に構えて言う奴もいるだろう。
友達と楽しく過ごすかけがえのない場所と、キラキラした目で言う奴もいるだろう。
あるいはうちの上司あたりなら、『我が部の主要な活動場所だ!』とかへったくれもないことを言うかもしれない。

僕は、学校を、『わけがわからない場所』だと思ってる。今でも、そう思ってる。
多分卒業するまで思い続けるんだろう。
意味不明な三角関数に打ちのめされたと思いきや、学食のうまさは感動モノだし、保健の授業は刺激的だ。
本当に、わけがわからないよ。わけがわからなくて――知りたくなった。興味が湧いた。
学校がどんな所か、安直に結論を出すには、僕はあまりにもこの場所について知らなさすぎる。

きっと、在学中に答えを出すことはできないだろう。
だからさしあたって、調査レポートとして、知っていることをここに記そうと思う。
これから語る内容は、単なる覚え書きに過ぎないことを肝に銘じて欲しい。

まずは、あの話から始めようと思う。
学園の全てを巻き込んだ、あの壮大な乱痴気騒ぎのその後。
後日談を。


▼N2DM部・最終依頼▼
依頼人:――――
依頼内容:『それからの話』

――――――――

39 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/22(日) 04:19:18.71 0
「嶋田珍助を完全に討伐できたわけではありません、九條さん。この国の刑事罰制度には、自由刑の限界があります。
 刑期満了や保釈金により封印が解かれれば、再び復活することは遠い未来ではないと推測されます――王手」

東別院さんは、単騎自陣に乗り込んできた銀将で僕の王将を追い詰めながらそう零した。

「そんな、魔王復活みたいなノリで言われても……」

あの戦いを期に戦略系のゲームに目覚めたらしく、彼女は事あるごとに将棋やチェスに誘ってくるようになった。
僕も色々と事後処理の関係で生徒会に出入りすることが多くなったから、暇潰しついでに相手をしている次第だ。
戦績は、もちろん全敗である。
東別院さん強すぎ。頭の出来が違う上に、上達本読み込んで戦術を再現してくるから手に追えねー。

「来るべき再戦のときまでに、我々は更に強くなる必要があると予測されます。
 この世に悪が蔓延る限り、当方生徒会に高枕の日は訪れることはありません。――私達の戦いは、これからかと」
「おお……なにやら燃える展開だね。頑張ってよ応援するから」
「肯定(ポジティヴ)。そうでなくとも、悪辣の者は嶋田珍助だけではありません。
 そう低くはない確率で、この先も、第二第三の嶋田珍助が発生し、学園を混迷に陥れることでしょう。
 我々にできることは、有事の際の的確な避難訓練と、可及的速やかな情報の共有です。特に今回の件で、それを痛感しました」

……うーん、確かに。
嶋田は相当な悪知恵を持っていて、その影響力が学園の情報網を大変に混乱させた。
最終的に学園全員を動員したのは、ありゃ戦いとしては下策も下策だ。
関わる人が増えれば、そこに割かねばならないフォローの手も増える。生徒会は、あの後殆ど寝ずに事後処理に追われたそうだ。
しかし、東別院さんの物言いだと、なんだか嶋田が天災かなにかみたいに聞こえるなあ。

「学園社会に対して与えうる影響力という点では、嶋田も台風も同質かと。
 ――そして、大切なのは全てが終わった後に、当事者である私達がどう向き合っていくか、という点でも」
「ほほう。というと?」
「この件の全てを嶋田珍助ひとりのせいにして、逮捕されれば万事解決、というわけにはいきません。
 薬物に関わった生徒や、離反した風紀委員、金銭に釣られて嶋田勢力に加担した生徒の処遇などは、これから決めねばなりません。
 具体的には、各部活動及び委員会への労働奉仕を含めた派遣所属などを構想していますが」

ぱちん、と巧妙に歩の影に潜伏させていた僕の虎の子の飛車が持っていかれる。
銀将の持ち味である斜め背後への攻撃。それは敵陣で首級駒を相手にするときに最も凶悪な性能を発揮する。

「へぇ。ジャンキー達に強制的に部活をやらせるわけね。いいじゃない、健全な精神は健全な肉体に宿ると言うし」
「早速人体実験部と黒魔術研究会からそれぞれ30名ずつの求人が来ています」
「ひとつも健全じゃねえ!ていうか人体実験部ってよくそんなの設立許可出したね!?」

N2DM部が正式な部に昇格すんのにどんだけ苦労したと思ってんだ!
まさか人体実験部より学園での重要度が下だったとは……。

40 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/22(日) 04:20:06.63 0
「それは、そうでしょう。人体実験部は新薬の開発などで莫大な利益をわが校にもたらしています。
 対して貴方がたの、えーと、なんでしたっけ?なんとか部?」
「なんでも部だよ!通称N2DM部!」
「そう、なんでも部。が、一体どれほどの利益を生み出していると言えますか?」

ぐぬぬ……。た、確かにN2DM部は非営利団体だから、金が生まれるとしたら文化祭出店なんかの副収入くらいしかない。
生徒会と部活の関係は、生徒会から下りた部費に見合うだけの実績を残して初めて成立する。
体育会系みたいに、大会で実績をつくれるわけじゃない僕ら文化系の部活は、わかりやすい実績で言えばやはり金なのだ。
どれだけの収入を得て。どれだけ生徒会に納税したか、という1点において、僕らは最下層にいた。

「実際、元請けとしては何パーセントぐらい中抜きしてるの?人体実験部の収入から」

東別院さんは、目をそらし、黙って指を二本立てた。

「にじゅっ……っ!?しかもそこに法人税と所得税も入るんだろ!?」
「正直に申しますと、左うちわが留まる所を知りません」
「悪辣の者いたよここに!誰かこの汚職役員を今すぐリコールしようぜ!?」
「怪物と戦う者は、自らもまた怪物にならぬよう気を付けなければならない……」
「もっともらしいこと言ってるーーっ!?」

第二第三の嶋田が現れるとか言ってたけど、早速自分がなりかけてるじゃないか!
いくら学園内だからって、そうやすやすと娑婆の法律(下請法とか)に弓引かれても困る!

「とは言え、そう非人道的な実験を行なっているわけではありませんのでご安心を。
 例えば今回などは、新開発のマッサージ機の効力を検証するのに大勢の被験者が必要になるというだけです」
「へえ、マッサージ機」
「肯定、電気刺激を主軸にした徹底的な按摩指圧により――どんなに凝り固まった人間性も30秒で素直になります」
「それマッサージ機!?」

閑話休題。
大勢の決した将棋盤を端によけたかと思うと、東別院さんはすごろくのような紙のボードとサイコロを引っ張りだした。
いくつか付属のカードもある。不動産買収ゲーム、モノポリーである。
マイナーなゲームを知ってるなあ……。

「私達の戦いが、これで終わりではないということは確かです。
 そして、これからも続いていくのは、何も戦いだけというわけでもないのです、九條さん」

東別院さんは、当たり前のことを、噛み締めるように言った。

「――ここは非日常なんかよりも、日常のほうがこの先ずっと多い、『学園』なのですから」

――――――――

41 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/22(日) 04:21:22.91 0
「あ、九條さん。たったいま暖簾上げたばかりですけど、寄っていきます?安くしておきますよっ」
「……ここ、剣道部の部室だったよね?」

路上でプラカードを持ってウロウロしていた明円ちゃんに声をかけられた僕だったが、
ふとそちらに目を遣った途端に空いた口が塞がらなくなった。
ここは部室棟、その最南端にして剣道場のすぐ傍、男子・女子両剣道部が軒先を連ねるエリアであった。
男子の方は相変わらず殺風景なプレハブ小屋に寂寞な風が吹いているが、隣の女子剣道部は全然違った。

「女子剣道部のサイドビジネスとして、ガールズカフェを常設することになったんです」

明円ちゃんは胸を反らして解説する。解説されたので理解はできる。理解と納得は別だけれど。
女子剣道部の部室は、夜の歓楽街を切り取ったような目に痛いネオンで装飾され、絢爛豪華な看板が軒下にかかっていた。
客引きのつもりなのか、明円ちゃんは以前のようにチャイナドレスを着込んで突っ立っていた。

「うーん、文化祭のテンションならいざしらず、平常時にこんな格好してる人を目の前にすると……
 興奮するってより、ただただ引くなあ」
「辛辣ですね!?」
「というかサイドビジネスの意味がわからない。剣道部なら、大会実績で納税免除されてるはずだろ?」

なにせうちの剣道部、とくに女子の方は全国大会の常連さんだ。
主に最強すぎる主将と、その1コ下の層の厚さに定評があり、スポーツ推薦も多く輩出していた。

「剣道ってお金がかかるんですよ、九條さん……」

明円ちゃんは、頬に手を当てて目を伏せた。溜息なんかついちゃってる。
聞く所によると、どうにも普段の練習から竹刀はおろか防具まで壊しまくっているせいで、女子剣道部は万年金欠なのだそうだ。
高いもんなあ、防具。籠手とか消耗品だし。
特に面は、頭の形に合ったものをオーダーメイドするととっても具合が良いので、必要経費が跳ね上がる。
学園に部活用具を納入している販社は、生徒会の方針で複数業者での入札方式になっているから、娑婆よりはお安く買えるんだけどね。

「そこで、文化祭のときに大繁盛していたガールズカフェを、臨時ではなく常設で始めようということになったんです。
 部員たちが練習の休憩がてらに交替で。わたしはこれをセルフ・オブ・セカンドジョウと名付けました」
「セルフ二匹目のドジョウね。まあなにはともあれ、資材調達やら何かあればうちにも一枚噛ませてよ」
「そうですねぇ、じゃあ店長に話を通しておいてもらえますか」

店長?と僕が聞こうとした刹那、画面外からすっ飛んできた配膳盆がフリスビーのように明円ちゃんの頭を直撃した。
いや!当たってない!明円ちゃん、人越の反応速度で白刃取りしてやがる!

42 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/22(日) 04:22:32.99 0
「客引きがサボってんじゃないわよーっ!」
「わ、その格好で往来に出て来ないでくださいよ、店長!」

フリスビーの主は、店の入り口でフォロースルー体勢で怒鳴っていた。あれが店長?
店長凄い格好だな!露出度の高いボンテージに鋭利なデザインのドミノマスク、手には……何故か竹刀。
やっべ、ボンテージとかリアルで見たの初めてだよ……。
SM女王様のステロタイプとして馴染み深い服装ではあるけれど、実際に対面すると引くな。うん、引くわ……。

「……って、誰かと思ったら副部長じゃないか。てっきり本職の人を召喚しちゃったのかと思ったよ」
「店長もとい副部長は、ガールズカフェの意味合いを取り違えたまま後に引けなくなってあんな感じなんです。
 最初は笑って済むような勘違いで終わっていたんですけど、あれが変に人気が出ちゃって……」

明円ちゃんがげんなりした顔で解説する。
なるほど確かに、ボンテージの胸のあたりに『当店指名ナンバーワン!』とか書いてある。

「うちの店の収益は五割がたあたしが支えているわ。自分の商才が恐ろしいわね!」

副部長は、ドミノマスクの向こうからでもわかるぐらいドヤ顔だった。
何が彼女をここまでさせるのだろう……。やっぱ金か。金の魔力か。

「まあこの格好ですから、一見さんは『そういうプレイ』を望んで指名する人が殆どなんですけど、
 いざ席につくとかいがいしくお茶を入れてくれて朗らかにお喋りするだけみたいで。そのギャップが逆に新鮮とのことです」
「そういう才能の在り方っていうのもあるんだねえ……」

そういえば、女子剣道部と言えば名物の三人娘だけど、筆頭の姿が見当たらないな。
というかあの戦いの後から見かけた覚えがない。なにかすごく大事なことを忘れている気がする。

「そうだ!神谷さん、今でも(精神的に)若返ったまんまなの?」

あの時、催眠術がドハマリしちゃって記憶が十年前にまで戻ってしまった神谷さん。
結局解除するタイミングがなくてうやむやになっちゃったけど。

「主将ですか?幼児退行しちゃってたんで、みんなで頑張って育て直したんです」
「育て直した……?」
「そしたら一日で元に戻りました」
「あの人の十年間って、一日で取り戻せちゃう程度の内容なの!?」

『ふっかつのじゅもん』でセーブしてた頃のゲームソフトみたいな頭しているなあ……。
頭の中に剣道と小羽ちゃんのことしかないんだろうか。
そんな神谷さんがここにいないということは、おそらくまたぞろ小羽ちゃんにちょっかいかけに行っているのだろう。

「じゃ、また何かあったら一報ちょうだいね。金の匂いがするなら電話一本で駆けつけるよ」

明円ちゃんと副部長は、それぞれ片手を挙げて僕に応じた。

「そっちの部長さんにもよろしく言っておいてもらえるかしら。快気祝いにはうちの店をどうぞご贔屓に」

「サービスしますよぉ。やりたいこと、楽しいこと、難しいこと。
 ――ひっくり返した玩具箱みたいなこの場所が、『学園』なんです」

――――――――

43 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/22(日) 04:24:27.35 0
「喜べ九條君。梅村君がようやく退院したらしいぞ」

学園大通りのちょうど真ん中につくられた、噴水広場の一角で城戸くんがテンションを上げた。

「知ってるよ、同じ部活なんだから。部長の快気祝いも合わせてこれから部室で退院祝いしに行くところだよ」
「なんだ、なんだなんだ随分と喜び量が少ないな。君が喜ばんのなら僕が過剰に喜ぶぞ。ヒャホー!」

城戸くんのキャラが未だにわからない……。なんだよ喜び量って、変な単位を創造するなよ。
なんで城戸くんが噴水広場にいたかと言えば、噴水の飛沫を見切って拳で打ち払う鍛錬をしていたらしい。
まあ、わかるよ。思春期はいろんなものにパンチしたくなるもんな。
蛇口から落ちる水滴とか、ぶら下がった電球の紐とか、舞い落ちる木の葉とか、同級生の肩とかね。

「梅村君は我が青春を燃やすに値する好敵手と定めた唯一の人間なのだから喜ぶのは当然だ。
 ところで青春、青春と言うが具体的な定義とは一体なんなんだろうな?」
「知らないよ!往来でおもむろに青臭い議論をしかけてくるなよ!
 ……でも真面目にマジレスすると、ムネがドキドキしちゃうような出来事のことを言うんじゃないの」

それは具体的な定義とは言わん、と城戸くんは首を振った。
どうでもいいけど、こうやって僕と話している最中にも彼は水しぶきを叩き続けている。忙しいなこいつ。

「調べてみたところ、青春の辞書的な意味とは、若い時代そのものずばりを指す言葉だそうだ。
 若いくせに青春したいなどと抜かしおる奴は、小学生にでもなりたいんだろう」
「女湯に入れるのは良いよね、小学生の特権だ」
「ん?ということはつまり、青春とは女湯に出入りすることか」
「確かにムネがドキドキするよね。これは人類史上大いなる発見だ、青春という言葉に定義を見つけた」

ピシガシグッグッと僕らは固く握手をした。
閑話休題、城戸くんは飛沫パンチをやめ、ベンチに腰掛けてスポーツドリンクのボトルを傾けた。
タオルで顔をごしごしやって、眼鏡をかける。その奥の双眸が僕を鋭く捉えた。

「ところで身も蓋もないことを言ってもいいかね」

僕が先を促すと、彼は大仰に咳払いをした。

「あの戦い、最後は長志君の再現した君らの所の部長の鶴の一声で、嶋田を残して皆で撤退したよな」
「したね。後ろ暗いものを残さず溜飲だけはキッチリ下げる、実に長志くんらしい妙案だったよ」
「ビルに集めたジャンキーと銃器と薬を証拠に、最終的に警察に頼るのであれば。
 ――別に危険を冒して乗り込まずとも、始めから通報しておけば嶋田は勝手にしょっぴかれたんじゃないのか?」
「本当に身も蓋もないなあ!全部終わってすっきりって時にそういうこと言う?フツー!」

僕は頓狂な声を上げてしまった。
いや、確かにその通りだけれども!

「あれはあれで意味があったんだよ。司直に逮捕されても金ばらまいてまた出てくるってのは春先の件で実証済みだからさ。
 どうしても僕らの溜飲を下すために……嶋田に有効打を与えるために、直接出向いてぶん殴る必要があった」
「確かに。ただ僕が思うに、意味などなくても皆があの場に駆けつけていただろうな」

どういうこと?と僕が問うと、城戸くんの眼鏡がきらりと光った。

「嶋田は殴られ損で、僕らは殴り得。実に結構じゃないか。意味のないことに全力を費やすのも、また青春だな。
 僕ら学生は、結果ではなく過程で……なにができたかじゃなく、どれだけ頑張ったかで評価される」

それは、噴水の飛沫をパンチではたき落とすという意味不明な修行をしている男が言うと、とても説得力のある言葉だった。

「身も蓋も、タネも仕掛けもない曖昧な"青春"に殉ずることのできる場所。それが『学園』だ」

――――――――

44 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/07/22(日) 04:27:11.33 0
「買ってきたよ、ケーキとチキンとシャンメリー!」

N2DM部の部室のドアを足で横着して開けながら、僕は声高にそう言った。
既に部室は人の熱と暖房で暖まっていて、凍えた頬にじんわりと沁みる風が吹いた。

「鍋の用意は済ませたかい?いただきますのお祈りは?机の隅でコトコト煮込んで鍋奉行する心の準備はOK?」

ドサドサと買い出したものを机に広げる僕。
購買部のフェアで売られていた、部活用の一際巨大なケーキに、一羽まるごと焼いたみたいなローストチキン。
それから、アルコール御禁制なので強炭酸のシャンメリーの大瓶を買ってきた。
全て、文化祭の売上の余りから出た金である。

「部長と梅村くんの退院、クリスマスまでに間に合って良かったねえ」

そう、今日は何を隠そう12月の25日、今をときめくクリスマスだ。
イブを思い思いの場所で過ごした僕らN2DM部だったが、ちょうど部長と梅村くんの復帰と時期が重なるので、
なら快気祝いとまとめてクリスマスパーティなど催そうという流れになったのだ。

「やあ小羽ちゃん、イブはどうだった?執拗に共に過ごそうとする神谷さんの追跡は逃れられたかな」

ちなみに僕は、イブの夜は重大な商戦の時期なので、色んな店を股にかけて資材を卸しまくり、私腹を肥やしまくりました。
いやもう、僕ぐらいの人越者になると、カップルなんか羨ましくなくなるね。
リアル女体は結構です。僕はスパッツを履いた女の子が好きだけれど、もうスパッツ単体でも良い気がしてきた。
今夜は枕元に靴下の代わりにスパッツを提げて就寝する所存です。

「長志くん、プレゼント交換のブツは用意してきたかい?きみともあろう者がまさか無難な選択はしてないだろうね」

僕は既に数日前から手配してある。
ここでスパッツとか用意しちゃうと思っているならそれは素人考えだ!
僕は自分の趣味を他人に押し付けるほど狭量な男ではないし、そもそも他人にくれてやるスパッツなどない。
全世界のスパッツは全て須らく僕のものだ。
ズバリ、僕のプレゼントは『蟹』である。冬と言ったら鍋に蟹、これは国境を超えた共通言語だ。
生物研究部、通称ナマ研がバイオテクノロジーの粋をあつめて創造した、巨大毛ガニ。
通常は小ぶりのサイズゆえに味が濃縮されててうまい毛ガニを、味はそのままに大きく育てた夢の食材である。

「さて、メインゲスト達が到着するまで、UNOでもやって時間を潰そ、うん?」

噂をすれば影なのか、部室の前に二人分の人影が。
久しぶりだからなのか、どんな顔をして入ればいいやら、逡巡している雰囲気がありありと伝わってくる。
今すぐ席を立って、扉を開けて迎え入れるのは簡単だ。
だけど、僕らはこういうそわそわして、うきうきする時間を、みんなが楽しんでいた。

ようやく扉が開く。
僕の放ったクラッカーの紙吹雪が宙を舞い、バージンロードのライスシャワーのように彼らの帰還を祝福する。

『なにもかもが終わった後に、"彼"を笑って迎えてあげられるのは、私たち"学園"だけなんです』

会長女史の言葉がリフレインする。
きっと、部長やあの人にとっての『学園』は、そういう場所なんだろう。
それなら、僕らが代弁する言葉は一つだ。
考えなくても、口を出た。


――おかえり。


【最終依頼。エピローグ・後日談的な感じで主要キャラ達のその後とか書いてほしいな】

45 :名無しになりきれ:2012/07/25(水) 19:32:46.47 0
よみがえれー

46 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/07/27(金) 22:56:00.91 0
戦いは終わった。
憎き嶋田は警察に捕まって、ついこないだ公判が始まったと報じられた。
その件で柄にもなく新聞を読んでいたら、何故かそれだけで方々から生暖かい視線が注がれるような、他愛もない日常が帰ってきた。
九條も、小羽も、長志恋也も、皆が日常に帰ってきた。

「よう、失礼するぜ」

長志恋也が乱雑に扉を開けて、それを足で押し止める。
分厚い扉の上には風紀委員室と記された札があった。

「……失礼する、と言いながら本当に無礼を働く奴はこの学園にもそうおらんぞ」

部屋の奥、他に比べて随分と足の長い椅子に座って事務業に勤しむ葉村が、目を細めて長志恋也を睨む。
無数の印鑑と書類を操っていた鎖が数本、蛇の威嚇に似た姿勢を取った。

「そりゃ……意外だな。お上に盾突く連中なんて、この学園にゃ掃いて捨てるほどいるだろうに」

「その通りだ。だから実際に掃いて捨てていたら、いつの間にか一人もいなくなってしまってな」

「……まぁ、そんなこったろうとは思ったよ。にしてもアンタ、平然とここにいるけど大丈夫なのか?
 あの時……確かアンタ、撃たれてたろうに」

轟く風の音の中でも聞こえていた、あの銃声。
自分の目で見た訳ではないが、葉村は確かに銃撃を受けた筈だった。
嶋田がプロデュースした正真正銘の戦闘員であるヤクザ共に。
いかにコミュニケーションに難のある長志恋也でも、心配しない方が無理な話だ。

「なんだ唐突に。柄にもない事を。だがまぁ、何の問題もないとも。
 全部いなしたからな。銃口の向きから弾道を予測して、後は鎖で道を作ってやればいい。造作も無い事だ」

平然と答える葉村に、長志恋也は目を細めて、一体どう言葉を返したものかと頭を悩ませる。
その様子を見て葉村の表情に、しくじったと言いたげな苦味が浮かぶ。

「……この制服と、鎖で編んだ帷子で重傷は免れた。暫くは鎮痛剤の世話になる。さっきのはただの冗談だ」

「……アンタが言うと冗談に聞こえないんだよ。九條の奴がとうとうセクハラで訴えられたと言ってるようなモンだ。
 それはさておき、さっきの言葉、そっくり返すぜ。一体どうしたってんだ、唐突に、柄にもない事を」

また九條に何か吹き込まれたかと続ける長志恋也に、葉村は首を横に振った。

「いいや、違う。あれから私も少し考えるところがあってな。
 私はずっと、正義とは太陽のようであるべきだと思っていた。
 太陽のように皆を照らし、導き、全ての悪事を暴き出す存在であるべきだと」

「だが……空の上からでは見えないものがあった。
 山崎の恋心の深さが、私には見えていなかった。その熱を感じられていなかった。
 それのおかげでアイツが風紀委員の活動に力を入れるなら、別によかろうと、そのくらいにしか思っていなかったのだ」

「私がアイツの気持ちをちゃんと知っていたら、きっと何かが違った筈なんだ。
 今更悔やんだところでどうにもならない事でも、せめて次はもっと上手くやりたい。
 正義とは太陽でありながら、同時に皆の隣人でなければならないと、私は知ったのだ」

葉村は静かに語る。
氷の錠前を彷彿とさせていた法の従者は、初めて会った時とは異なる表情を見せていた。

47 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/07/27(金) 22:56:35.02 0
「で、まずは人並みに冗談でも言ってみようって訳か。まぁ、いいんじゃないか。
 ……欠点を見せるってのは、相手に親しみを感じさせるには有効な手だしな」

「あぁ、そうだとも。だから私の冗談が壊滅的なまでに笑えなかったとしても、
 それは皆に親しみ深く思ってもらう為なのだ」

「……それも冗談って事でいいんだよな?まぁ、それなりに息災そうでなによりだ」

「ああ。……で、それだけか?」

「……やっぱり見舞いの品くらい用意しといた方が良かったか?」

「とぼけるなよ。お前がわざわざ私の安否を知る為だけに訪ねてなど来るものか。何か用があったんだろう。
 それとも……なんだ、私に隠し事がしたいのか?風紀委員長であるこの私を相手に」

刃の眼光に貫かれて、長志恋也が思わず目を逸らす。
それからやや躊躇ってから懐に忍ばせていた、折りたたまれた紙切れを取り出した。

「隣人と呼ぶにはちょっと高圧的過ぎるんじゃないのか、アンタ」

それは書類だった。
風紀委員が管理する特殊監房に収容された、とある人物への面会許可の申請書。

「別に隠そうとしたわけじゃないぜ。ただ、今の流れじゃ言い難かっただけだ」

元風紀委員、山崎に会う為の申請書だった。
紙面を撫ぜた葉村の双眸が細り、眉間に微かな皺が寄る。

「一体何の為だ?お前達に刃を向けて……梅村を傷付けたアイツに、何故会いたがる?」

「逆だぜ、風紀委員長。だからこそだ。俺はな、漫画でもゲームでも……後味の良い終わり方が好きなのさ」

48 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/07/27(金) 22:57:08.80 0
 
 
 
「――よう、随分と容赦のないやられ方をしたんだな」

技術研謹製の特殊ガラスの壁越しに、長志恋也は山崎に声をかけた。
監房の中で座り込んで俯き、糸の切れた人形のようになっていた山崎が、微かに顔を上げる。
だが長志恋也の顔を一瞥すると、すぐにまた視線を床に戻してしまった。

一瞬だけ見えた山崎の顔は痣と擦過傷に塗れていた。
しこたま殴られたのだろうと、長志恋也でなくとも容易に想像出来るほどだ。

「……それにしても、その格好は酷いんじゃないのか?
 いくら特殊監房たって、ここは学園だぞ。シャワーや着替えくらいあるだろうに」

髪は使い古した箒のように乱れ、制服も薄汚れて、山崎は酷い有様だった。
梅村への恋に燃えて、どす黒く輝く太陽のようだった彼女の面影はどこにもない。
今の彼女は例えるなら、灰と煤に汚れた燃え残りだ。

「もう……どうでもいいんですよぉ……どうせ……もう二度と……梅村君には会えないんですから……」

抑揚のない、小さな答え。

「おいおい、もう一度言うが、ここは学園だぞ。外の世界で無期刑を食らったって訳じゃないんだ。
 いずれはお前だってそこを出してもらえる。原稿用紙三百枚ほどの反省文は書かされるかもしれないけどな」

長志恋也が軽口を返し――直後、彼の視界の端を白い閃きが駆け抜けた。
同時に鋭い痛みが眼のすぐ横で生じた。反射的に手で抑える。
目尻からこめかみに至るほどの傷が出来て、血が流れていた。
一体何をされたのかと、揺らいだ視線を山崎に戻した。

まず最初に眼に映ったのは、床を濡らす血だった。
滴り落ちる血の軌跡を遡った先には彼女の親指があった。
そして察する。今さっき自分のこめかみを裂いていった白い閃きの正体を。
爪だ。彼女は親指の爪を噛みちぎって、それを食事を搬入する為の小窓から、長志恋也目掛けて飛ばしたのだ。

「……風紀委員長に教えてやらなきゃな。よく考えりゃアンタ達、存在そのものが冗談みたいなモンだったじゃないか」

「へえ……じゃあ今のも冗談に思えますかぁ……いつかはここから出られるって……
 それがどうしたって言うんですか……ここから出て……どんな顔して……梅村君に会えるって言うんですか……」

「少なくとも今の顔じゃないって事だけは確かだ。……待て待て、イラつく度に飛ばしてたら爪が何枚あっても足りないぜ。
 まぁ、まずは人の話を最後まで聞けって」

今度は人差し指を口元に運んだ山崎を宥め、長志恋也は続ける。

49 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/07/27(金) 22:57:46.11 0
「なんだかんだでしれっとラスボス戦まで付いていったがな。俺って実は、結構なクソ野郎なんだぜ。
 自分の都合で勝手に部を抜けて、帰ってきて。
 少年ジャンプに連載されていれば再入部を認めるか認めないかで一悶着あったり、
 ひと月くらいかけて俺が起こした事件の過去編をやったり、
 再入部が決まった後もやっぱり肝心なところじゃ信用出来なかったり、
 きっとそういう展開があったであろうくらいにはな」

「でも、そんな事は一切なかった。なんでだと思う?
 教えてやるよ。アイツらが皆、良い奴だからだ」

「ま、お前はもうちょっと時間がかかるだろうけどな。
 あの猛牛頭がかつての相棒を、いつまでも憎み続けられるとも思えん。
 いずれは許してもらえるだろうさ」

「肝心なのはその後だ。アンタの上司は、もっと良いやり方があった筈だと、変わろうとしてたぜ。
 この監房は……考え事をするにはちょうどいい場所だろ」

そんでもって、と長志恋也が続ける。
身を翻して山崎に背を向けながら。

「アンタが反省して考えを改める様とか、そういうのを見届けるつもりは、俺にはないんだ。
 俺はただ、種が撒きたかっただけだ。アンタもいつかまともになって、平和な日常に帰ってくるかもしれない、
 誰も傷ついたままじゃ終わらない、そんな後味の良い未来の種がな」


50 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/07/27(金) 22:58:20.25 0
 
 
 
「さて……後は誰を尋ねたものかな。あのなんちゃって武侠女は……まぁ、俺より適任がいるだろう。となると……」

「あぁら、誰かと思えばなんちゃってアウトローちゃんじゃないのぉ。おっひさぁ〜」

背後から投げかけられた声に、長志恋也の表情が苦く歪んだ。
振り向けば筋骨隆々の巨漢、KIKKOが乙女走りで近寄ってくる。
悪夢、凄惨、混沌、地獄絵図、それらに類する語句を全て並べても、到底言葉足らずな光景だった。

「……言いたい事は山ほどあるが、とりあえずその呼び方は誰から聞いた?また九條の奴か」

「違うわよぉ。あなた、この前の件で何度か演説打ったじゃない?
 今まで散々ワルぶってたのに、友達を大事にしろとか、後味の悪い思い出なんていらないとか。
 あーんな事言ったら、そりゃなんちゃって扱いもされるわよぅ」

反論の余地もない言い分に長志恋也はただ眉根を寄せる。

「まっ、でも、いいんじゃないの?自分がなりたい自分になろうと頑張れるのって、きっと今だけよ。
 いつか大人になって社会に出たら、誰かが求める自分にならなきゃいけない時が来る。
 私が何度風紀委員に叱られても盗撮セクハラその他諸々をやめないのは、ちゃーんと考えあっての事なのよん」

「……アンタ、案外まともな奴だったんだな。いや……これはアレか。
 馬鹿な奴がたまに鋭い事言うと以後ずっと「実は頭の切れる奴」と思ってもらえる現象と同じだな。前言撤回だ」

「へし折られてえか、テメエ」

「冗談だ冗談、勘弁してくれ。……そうだ、アンタに一つ聞いておきたい事があるんだが、構わないか?」

「あら、別に構わないけど……なにかしらぁ?」

尖らせた唇に人差し指を添えて小首を傾げるKIKKOから目を背けつつ、長志恋也は尋ねる。

「……悪い事するのって、どんな気分だ?」

問いを受けて、KIKKOはほんの僅かに双眸を見開いた。
質問の意図がいまいち掴めなかったのだろう。瞳には疑問の色が浮かんでいる。

「悪い事?……んー、そうねぇ。色々あるけど、一言で言うなら……やっぱり楽しい、かしらねぇ。
 みーんなが私だけを見つめて、正しい道に引き戻そうと追い掛け回してくるのよ?ねっ、素敵じゃない?
 ……けど、どうしたのよ急に。そんな事聞いて」

「いや、なに、ちょっとした反抗期さ。なんちゃってだとか、偽悪者だとか、そういうレッテルをまとめて蹴飛ばしてやりたくなってな。
 考えてもみろよ。今の俺はあの戦いを経て、『想像力』と……『説得力』を手にしたんだ。
 この二つを使えば、相当面白い騒ぎが起こせるぜ。なぁ、『そう思うだろ』?」

不敵な笑みと共に放たれた最後の一言。
『想像力』と『説得力』の込められたその一言に、KIKKOは一瞬、心からの同意を抱いていた。
一呼吸置いてからようやく、自分がそのように思わされたのだと気がつく。
驚愕の波紋に揺らいだ眼が何度も瞬きながら長志恋也を見下ろした。

「なんてな。これもただの冗談……いや、未来の種って奴だ。
 馬鹿馬鹿しくて、無駄に盛大な日常は、これから先もまだまだ続いていくのさ」

51 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/07/27(金) 22:58:51.51 0
 
 
 
>「買ってきたよ、ケーキとチキンとシャンメリー!」

「ようお疲れ。外は寒かったろうに、お前の外回り根性にゃ恐れ入るよ」

九條が買い出しに出向いている間、長志恋也は暖房機器の前で縮こまっていた。
鍋の準備を手伝おうにも、技量でも手際でも小羽の方が遥かに上回っている。
そう手伝える事もなく、手持ち無沙汰に陥った末の有様だった。
やった事と言えば精々、部の冷蔵庫にあったハーゲンダッツを全て奥に隠した事くらいだ。
なんとなく、本当になんとなく嫌な予感がしたが故の行動だったが、何故だか間違った事はしていないという確信があった。

>「部長と梅村くんの退院、クリスマスまでに間に合って良かったねえ」

「あぁまったくだ。でなけりゃ……パーティをするのにわざわざ保険棟に乗り込まなきゃいけなかっただろうからな」

軽口を叩きつつ、人数分の食器を用意する。

>「やあ小羽ちゃん、イブはどうだった?執拗に共に過ごそうとする神谷さんの追跡は逃れられたかな」

「……おい九條。小羽に聞いて俺には聞かないってのは一体どういう了見だ?」

もっとも尋ねられたところで浮ついた話などまるでなかったのは間違いない。
クリスマスイブは他の部活動や委員会の仕事を手伝っている内に終わっていた。
決して華やかな聖夜にはならなかったが、長志恋也に不満はなかった。

かつて蔑ろにしてきた奴らと、今度はちゃんと向い合って接したい。
あの戦いが始まる前に望んだ事が、やっと出来たのだから。

>「長志くん、プレゼント交換のブツは用意してきたかい?きみともあろう者がまさか無難な選択はしてないだろうね」

「はっ……愚問だな。この俺が、こういう小洒落たイベントで遅れを取るかよ。
 とは言え、俺一人だけハードルを上げられるのはやや不服だな。
 小羽、悪いがお前も巻き添えだ。正直あの二人が気の利いた物を用意出来るとは思えないし、期待してるぜ」

ちなみに彼が用意したプレゼントは、万年筆付属のレターセットだった。
製作には美術部が関わっていて、彼らが意匠の限りを凝らした便箋と万年筆はコレクタブルアイテムとしても価値があり、
というか使うのが勿体無くて手紙が書けないという、どうにも本末転倒な事になっている逸品だ。
遅れを取るかよと言いつつわりと皆が使えそうな物を選んでいるのは、言及してはいけないところだ。

>「さて、メインゲスト達が到着するまで、UNOでもやって時間を潰そ、うん?」

「おっと……お待ちかねだな」

扉の外で戸惑う二人分の影を、長志恋也は含み笑いを浮かべて待つ。
九條達の視線が彼らに集中している中で、隠し持っていた品を取り出しながら。

扉が開く。九條が用意していたクラッカーを鳴らした。
小気味いい破裂音と共に紙吹雪が舞い上がり、更にその中に白と桃色の花びらが混ざる。
考える事は長志恋也も同じだった、という訳だ。

クリスマスを彩る雪のような花びらは、ストックという花のものだった。
その花言葉は平和と思いやり、そして――見つめる未来。

――物語がここで終わっても、彼らの学園生活はまだまだ続いていく。


【後は頼んだぜ、小羽】

52 :こはわにー:2012/08/06(月) 00:02:57.21 0
完成度75%
すみません。もう少々お待ちくださいっす……

53 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/08/06(月) 21:57:31.00 0
オーキードーキー

54 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/08/08(水) 22:31:01.63 0
―――――

私は『学園』が嫌いでした。
それはもう、嫌悪していたと言ってもいいでしょう。
そこに存在するあらゆる存在が気持ちが悪くて仕方ありませんでした。

大きくも無い街から同じ年頃の子供を集め、更に狭いコンクリの小屋に閉じ込める。
押し込めた子供を平均的な人間にする為に『集団行動』を学ばせ、生きる為に役にも立たない知識を詰め込む。

有り余る筈のエネルギーを発散するために外に出る事も許されず、
ただただ活力を削ぎ取られ続ける……まるで、監獄の様な場所

それが私にとっての『学園』で、私は『学園』が大嫌いでした。


55 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/08/08(水) 22:31:44.62 0
―――――



「――ふふふ、悪いな鰐。私の勝ちだ!ロン!!」

「それ、チョンボっすよ」

「え?」

「役が成立してないから反則負けっす」

白んだ蛍光灯に照らされる室内。
古めかしい壁紙と、もはや映像通信機器として機能していないであろう
ダイヤル式のブラウン管テレビが配置された部屋に、二人の少女の声が響く。
一つは、凛として一本の筋が通った、真剣を髣髴とさせる清清しい声。
もう一つは、どこか冷たく気だるげで、まどろむ野生動物を彷彿とさせる涼しげな声。

神谷美紀と小羽鰐。

学園において、戦闘力上位に数えられる少女達。
その二人の少女は今―――宿直室に設置されたこたつのに足を入れ、のんべんだらりと二人麻雀を行っていた。
そして、会話を聞くだにその勝負は小羽の勝利、というよりは神谷の自爆で幕を閉じたようである。

「ば、馬鹿な……だって、こんなにカラフルではないか!これは私の勝ちだろう!?」

「……え?そこ(ルール)から知らなかったっすか?」

……いや、そもそも自爆以前の問題だったようだ。
とにかく、どうにも二人はかなり長い間遊戯に興じている様で、机上の小羽の側には点棒がうずたかく積まれていた。
敗北したばかりの神谷はそれを確認すると、精根尽きたかのごとく机に突っ伏す。

「ば、馬鹿な……私の昼食代がこんなにも毟り取られるなんて……」
「勝負の後は骨も残さないのが流儀っす」

ポニーテールを叱られた犬の如く力なく垂らす袴姿の神谷に、
学生服の上から臙脂色の「どてら」を着込んだ小羽はそう言い、ニヤリと笑う。
かつての小羽からは想像出来ない悪戯好きの子供の様な笑みを見て、神谷は頬を膨らませる。

「……むぅ!嫌だ!なんか納得できん、こうなったらやはり剣道の試合で決着を――――!」

「まあまあ落ち着いてください、神谷センパイっ!
 昼食代を出すって事は、これからずっと小羽ちゃんと一緒にお昼を食べられるって事じゃないですか♪」

だが、神谷が子供のように怒り出すその前に、焼きたてのクッキーが乗せられた皿を机にドンと置き
国民的青タヌキロボの声を模しながら会話に割り込む少女が一人。

「ドラ――――じゃない。まぎあさん、ずいぶんと早かったっすね」
「えへへ。料理って、工夫次第で素敵な魔法みたいに時間を短縮できるんですよ?」

そそくさと炬燵に足を入れてきた、ペンギンの刺繍が入ったエプロン姿の少女の名は、楯原まぎあ。
N2DM部部員である彼女は、宿直室に何故か設置されているオーブンで先ほどまでクッキーを焼いていたのだが、
どうやら謎の技術でその高速完成を果たしたらしい。
12月の昼下がり。
楯原が机に座り神谷が「なるほど、その発想は無かった!」と言いながら惚けた笑みを浮かべ、談笑が始まる。


56 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/08/08(水) 22:35:52.80 0


嶋田が引き起こした事件が収束を見せてから、小羽と神谷と楯原の三人は何とは無しにこうして集まるようになっていた。
特段深い理由があった訳ではないが、やはり女性としては体験した様々な出来事を話す相手が欲しかったのだろう。
小羽が宿直室で生活している事が二人の耳に入り、そこが意外と過ごし易い空間であった事も理由の一つかもしれない。
三人は今日も他愛も無いことで談笑を繰り広げていたが……やがて話題も尽き、
狭い室内に沈黙が広がった所で神谷がポツリと零した。


「……しかし、あれから色々あったな」


本当に不意に漏れ出た言葉。
神谷の言った『あれから』とは当然、嶋田の引き起こした騒動の事であろう。
つい最近の事であるのに、言葉を受けた小羽と楯原は遠い昔の事を思い出すかの様な瞳になる。

――――事件の隠蔽工作から、小羽が出した退学届けに関する一悶着、楯原の家庭問題。

あの後、思い返すだに沢山の出来事が起きたてしまった為か、学園を揺るがす程の事件であったにも関わらず、
ニュースから思い出へと、事件は彼女たちの中でその立ち居地を変えてしまっていた。

「……あの後、嶋田先生捕まって、当分出てこられなくなっちゃったんですよね。
 私、あの先生の授業ってちょっと現実的過ぎてあんまり好きじゃなかったんですけど、
 それでも、いなくなるとそれなりに寂しいですよね……」

「……楯原、空気を読まないか。鰐の前だぞ」

「あっ……小羽ちゃん、ごめんなさい。
 ……あと、神谷先輩に空気読めって言われました……もう立ち直れません」

謝りつつ絶望のポーズを見せる楯原と、その発言に「どういう意味だ!」激昂する神谷。
彼女らのどこか漫談染みたやり取りを見て、小羽は苦笑交じりに答える。

「気にしなくていいっすよ、美紀さん。まぎあさん。もう過ぎた事っすから。
 それに……確かに、嶋田先生は人間の屑で、大人失格で、犯罪者で、社会のゴミの様な人でしたけど
 ―――いなくなって寂しいっていうのは同感っすからね。実は私、あの先生の授業は結構好きでしたっす」


57 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/08/08(水) 22:36:38.60 0
小羽のその発言にキョトンとして顔を見合わせる二人の少女。
そんな少女達の視線を受けながら、小羽は置かれたクッキーを一つ齧る。

「……小羽ちゃん、変わったね」
「うむ。出会った頃の鰐なら、問答無用で潰したい位は言ったんじゃないか? いや、勿論私は今の鰐も好きだが」

神谷と楯原は、各々好きなクッキーを手に取りながら何やら考え込み、
小羽は二人の少女の前に置かれた湯飲みに急須からお茶を注ぎつつ返事を返す。

「まあ、毎日これだけ色んな生徒と触れ合えば変わりもしますし、成長もするっす。
 その上、ウチの部活は全員が全員個性の塊みたいなものっすからね――――二人は、どうっすか?」

逆に問いかけられた二人は、暫く目を閉じ沈黙をしていたが、やがて噛み締めるようにして瞳を開く

「成長かぁ……そうですね。私は……部長さんや九條さん、長志さんに梅村さん。
 他にもいっぱい……いっぱい。面白い人達と一緒に過ごして……うん。変われ、たのかな?」

楯原は、少し前までの自分。キャラクターという仮面を被り、心を殺す事で笑顔を浮かべていた自分を思い返す。

「私は私のままだな。変わってはいない――――けれど、そうだな。
 それでも、我が部の部員達やお前たちと出会えた事。それは、私の一生でも誇れる事だと思っているぞ!!」

変わっていないと胸を張る神谷は、けれどかつての強さ至上主義から脱却し、友や仲間との出会いを誇っている。

それぞれ変わり………或いは成長した少女達。彼女達の表情に懐古はあるが、後悔はない。
そんな二人を見て、そして自分自身を振り返り、小羽は思う。

(ああ。ひょっとしたら、学園っていうのはこうやって『変わる』事の出来る場所なんっすかね――――)











「それにしても私達、なんでクリスマスイブに女の子三人でいるんでしょうね!」

「……それは言わない約束っす」

「まあ、私は鰐がいれば――――」



――――――――



58 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/08/08(水) 22:37:44.42 0


そして、12月25日(クリスマス)。
相も変わらずなN2DM部の部室において、部長と梅村の復帰を祝うという名目の元で
クリスマスパーティの準備が着々と進んでいた。


>「買ってきたよ、ケーキとチキンとシャンメリー!」

「お疲れ様っす九條さん。鍋の準備は万端っすよ」

九條が机の上に並べる買出しの品を確認しつつ、小羽は土鍋に小匙一杯の醤油を足す。
暖かな部屋に立ち上る鍋の湯気は室温を上昇させ、窓硝子を白く曇らせる。
長志が何やら冷凍庫の奥を弄り回しているが、特に気にするものではなさそうなので口は出さない。

>「部長と梅村くんの退院、クリスマスまでに間に合って良かったねえ」
>「あぁまったくだ。でなけりゃ……パーティをするのにわざわざ保険棟に乗り込まなきゃいけなかっただろうからな」

「そうっすね……一時は本当に間に合わなそうでしたけど、気合で全快させたあの二人には治療の担当者も驚いてたっす」

部長を担当する医師と梅村を担当する保険委員達が唖然としていた姿を思い返し、小羽は小さく笑う。
全く、思春期の少年達の回復の早さときたら、これはもう奇跡的であるとしか言いようがない。
生徒会長の支持で彼らの警護に回っていた庶務の少年も軽く引いていたレベルの健康優良具合である。

>「やあ小羽ちゃん、イブはどうだった?執拗に共に過ごそうとする神谷さんの追跡は逃れられたかな」
>「……おい九條。小羽に聞いて俺には聞かないってのは一体どういう了見だ?」

「……や。私としても、九條さんが想像する私がイヴを過ごす相手が美紀さんだけなのはかなり微妙な気分っす」

続いて放たれた九條の台詞には微妙な気分になる小羽であったが、実際、神谷と楯原の二人に押し切られる形で
まるで男っ気のない寂しいイブを過ごしていたのは事実であるので、反論出来ない。
……まあ最も。青春としてはかなり赤点であっても、そのイブの時間は決して悪いものではなかったが。
ちなみに、九條が長志に聞かなかったという行為自体を否定しなかったのは、お察しくださいという奴だ。

>「長志くん、プレゼント交換のブツは用意してきたかい?きみともあろう者がまさか無難な選択はしてないだろうね」
>「はっ……愚問だな。この俺が、こういう小洒落たイベントで遅れを取るかよ。
>とは言え、俺一人だけハードルを上げられるのはやや不服だな。
>小羽、悪いがお前も巻き添えだ。正直あの二人が気の利いた物を用意出来るとは思えないし、期待してるぜ」

「と言われても、私は二人が期待する程のものは用意出来てないっすけどね。実は私……結構貧乏っすから」

やがて、他愛無い話は各々が用意したプレゼントの事へと移っていく。
まあ、クリスマスを祝うのであるから交換用のプレゼントは必須な訳で、当然小羽も用意はしていた。
しかし長志の期待とは裏腹に、白の紙袋に梱包されたそれ――――今回小羽が用意したプレゼントの中身は、腹巻である。
随分と少女らしくなく且つセンスも無い品であるが、一応これは手編みである為セーフだと願いたい。
ちなみにこの腹巻。毛糸の中に防刃繊維が編みこまれており、ナイフ程度であれば防ぎきる事の出来る優れものである。
なぜそんなモノを編みこんだのかは……まあ、これもお察しくださいという奴だ。


59 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/08/08(水) 22:38:43.89 0

さて、料理の準備は終えた。既に鍋は食欲を刺激する香りを放っており、
ローストチキンと巨大ケーキも飾り付けられ、高級レストランとまでは行かないが上等な雰囲気を纏っている。

(さあ、後はメインゲスト達が現れるのを待つばかりっすね)

>「さて、メインゲスト達が到着するまで、UNOでもやって時間を潰そ、うん?」

そして、小羽が思うのと全く同じタイミングで九條が言い放ったその時。
小羽の耳は、響く二つの足音を捕らえた。

>「おっと……お待ちかねだな」

長志の声から程なくして、ドアに備え付けられた窓に映った二つの影。
それを確認した小羽は、事前に準備していた祝砲を手に構え、こみ上げる笑みを抑えられないままその時を待つ。


そして――――
開かれたドアが外の空気を運び込むと共に、小羽の手から紅白の紙帯と共に破裂音が響き渡った。
いや、小羽だけではない。それは、長志や九條、N2DM部の部員、全員の手からも響いていた。
考える事は、皆同じだったという訳である。

祝砲の雨を受けて驚愕の表情を浮かべる二人に、小羽は満面の笑みを向ける。

そして、言うのだ。

60 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/08/08(水) 22:39:32.12 0








「  おかえりなさい――――N2DM部へ、ようこそ!!  」









61 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/08/08(水) 22:40:57.93 0
―――――


私は、学園が嫌いでした。

……けれど。
その学園で日々を過ごしてみれば、そこは思いの他暖かい場所で。
馬鹿な生徒や、勤勉な学生。情けない教師や熱血教師。
斜に構えたお人良しの厨二病患者に、少々思春期が行き過ぎた営業志望者。
喧嘩っ早い風紀委員に、声域がやたらと広い不思議ちゃん。
普通だけど普通じゃない部活の部長。
それはもう、混沌も混沌。想像していた牢獄とは程遠い場所で。
喧嘩をしても、変わっても、その後に笑い合う事が許される場所で……

学園は、どれだけ自分が馬鹿をやろうと、それでも帰る事の出来る場所でした。

だから……私は、いつのまにかそんな『学園』が好きになっていて。
そしてこれからも、この学園で日々を過ごしていくのです。


私達の青春は続く――――



【   学園ものTRPGスレッド   】

62 :こはわにー:2012/08/11(土) 19:56:21.11 0
【見返せば何たる長文っすか……遅くなってすみません。
 さて、どうしましょうか。
 投下はしましたっすけど、私のレスでしめるのは若干恥ずかしいっす】

63 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/08/12(日) 21:59:21.67 P
返事が遅くなっちゃってごめんね!
乙でした

考えうる限り最高の締めだったと思うよ
本編はこれで完結・・・って感じがベストだと思う
長志くんが到着次第、しみじみとスレを振り返ってみるのもいいんじゃないかな!

64 :長志 恋也 ◇4PYkPn.guGfT:2012/08/13(月) 22:12:26.40 P
俺はてっきり、九條辺りがハイテンションに打ち上げというか、慰労会の流れに持っていくと思ってたんだがな
まぁアイツにも色々と事情があるんだろう
とりあえず今の内に色々、中の人が言いたい事を言っちまえばいいんじゃないのか?
そうすりゃ大トリは晴れて九條の奴に丸投げ出来るぜ


とか言ってやるつもりだったんだが、まさか規制に巻き込まれるとは思わなかった
つくづく俺はカッコつけられない奴だよ
ま、それはさておき、俺も九條に賛成だな

65 :こはわにー:2012/08/14(火) 12:46:24.85 0
……了解したっす。それではこれにて本当に

【学園ものTRPGスレ・完】




考えてみればこのスレも随分と長く続いたものっす
……お二人とも、私の遅筆で稚拙な文章に付き合ってくださってありがとうございましたっす。
お二人のフォローがあったからこそ、こうして完結まで辿り着くことが出来たんだと思うっす
本当に、本当にありがとうございましたっす

66 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/08/14(火) 14:50:42.47 P
改めて、小羽ちゃん、長志くん、お疲れ様でしたっ

すげー楽しかったです。レスが楽しみでしょうがなかった。
僕も僕で進行遅らせまくっちゃったりしてお世話かけたと思います
スレ始動から考えると、まるまる一年やってきたんだねえ
いろいろ試行錯誤してるうちに、自分でも気付かない芸風になったり得るもののすごく多いスレでした
きっとこの先もTRPGをプレイするにおいて、大事な僕の一部分になっていくんだと思います
それもこれも、小羽ちゃんや、長志くんが色んなやり方に気付かせてくれたおかげです

普通じゃない学園で、普通じゃない連中が繰り広げる、『至って普通な学園もの』。
一年間ありがとうございました。また、どこかのスレで共演できる日を切望しています。

次はもうちょっと真っ当なキャラをやるよ!

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