特能スレ二次SS

エピローグ小枝・名無し#################

430 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2005/07/16(土) 15:34:27
好きに乱れつつでっち上げてみたよ


朝。スズメの囀りとカーテンを通した淡い黄色の光で目を覚ます。
上半身を起こし、今は腰まで伸びた髪を束ねてベッドの上からするりと抜け出した。
隣で体の左側を下にして寝息を立てている男の人を見る。引き攣れた頬、ただれた首筋。寝具の下に隠れて見えないけど、
同じような痕は腕全体にも広がっている。一年前、わたしのせいで負った火傷の跡だ。消そうと思えばいつでも消せる。
しかしこの人はそれをしない。

部屋を出てキッチンへ向かった。コーヒーメーカーのスイッチを入れ、沸くまでの間に顔を洗う。
のちに彼は「あの時お前がなんであんな真似をしたのかわからない」と言った。
わたしに言わせれば、自分のこともわかっていない人に他人のことがわかるわけが無い。
彼はたぶん自分のことを狡猾で抜け目が無いとでも思っているのだろう。間違ってはいない。
でもそれはあくまでも「一面」だ。わたしから見れば姑息でスケベで寂しがり屋で、優しい。
「死なせるのがもったいないと思った」なんていう程度の理由で、命がけで人を助けにくる大馬鹿だ。
もっとも余計な回り道をしながらも会社を興す資金は確保しているのだから、やはり抜け目無いのは間違いない。
コーヒーメーカーからこぽこぽという音がし始め、芳しい香りが部屋を満たす。それを嗅いでようやく目も冴えてきた。
カップにコーヒーを注いだ。ポーションとシロップをスプーンと一緒にソーサーに置く。トレイに乗せて、寝室へ持って行った。
別にやれと言われているわけではない。毎朝好きでやっていることだ。ついでにいえば飯は上手く作れとか
いつも綺麗でいろとも言われていない。むしろ出勤時にはごみを持って行かせている。

部屋の中はさっきよりも黄色くなっていた。サイドテーブルにトレイを置き、ベッドに腰掛ける。
未だ目を覚ます気配の無い彼の顔を覗き込んだ。引き攣れた頬、ただれた首筋。
消せばわたしとの繋がりがなくなると思っているのだろうか?やはり姑息だ。
こんなものが無くてもわたしは……
彼が寝返りを打った。顔が真直ぐ上を向く。わたしは体をかがめて、右の頬にキスをした。
ざらっとした感触が唇に伝わる。
顔を少しだけ離して、揺すりながら声をかけた。
「朝だよ」
もう一度。
「起きて」
彼がまるでスイッチが入ったみたいに目を覚ます。覗き込んでいるわたしと視線が合った。
「おはよう」
上半身を起こした彼の頬にあらためて口付けをした。彼はとても怪訝そうな顔でわたしを見ている。
わたしはその顔を見て小さく笑った。
また一日が始まる。
平穏で、変化も無く、退屈で、逃げ回ることも、騙し合うことも、命を削ることも無い一日が。



エピローグ・亜門#################

457 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2005/07/30(土) 16:20:45
>452

夢を見ていた。
火に包まれた議事堂…。壁や床が燃え爆ぜる音。腕の中のすらりとした女の重み。焼ける建材の臭い、こげる髪や肌の臭い。
コーヒーの匂い。…コーヒー?疑念が生まれた瞬間、体を揺さぶられていることに気づいた。目を開く。
上から覗き込んでいる女と目が合った。夢で見たよりは幾分ふっくらとした、しかし同じ作りの顔。唇が動く。
「おはよう」
俺は無言で上半身を起こした。女が顔を寄せてくる。恐らくキスをされたのだろう。俺の頬には感覚がないので確かなことは言えないが。
一年前、目の前の女を助けた時に負った火傷のせいだ。頬、首、肩、腕…右上半身のほぼすべてを覆っている。
しかし何故こんなことを?その思いは顔に出ていたらしく、女はくすくすと笑った。よほど怪訝な顔をしていたようだ。
ベッドの上で女が持ってきたコーヒーをすすった。好みの豆の種類など言ったことはなかったはずだが、なぜかこの女はそれを知っている。
飲み干したカップをトレイに載せ、女が部屋を出る。俺もすぐ後に続いた。

玄関へ行き、郵便受けに刺さっている朝刊を引っこ抜いた。キッチンへ行く。女が朝食の支度を整えている。
レジスタンスに所属していたころは調理を担当していたそうで、実際に料理の腕前はかなりのものだ。
鼻歌交じりにキッチンを動き回る姿を新聞越しに眺めながら考えた。ずいぶんと明るくなったものだ。
これが地だったのか、不安の無い生活が心境に変化をもたらしたのか。
…俺は変わったのだろうか?わからない。わからないといえば何故この女がここにいるのかも未だにわからない。
同情や傷の舐めあいで体を預けるほどぬるい女じゃない。それはわかる。ならば恐らく惚れられているのだろう。
しかし何処に惚れるというのだろうか。人を騙し、利用することに何の抵抗も無いようなこの俺の。
容姿だって酷いものだ。面相は右半分が綺麗にただれ、目など左に比べ幾分かふさがっている。
しかし…酷いと自覚しているのなら、何故俺はこれを消さないのだろうか。自問する日々は続いている。

食事と片づけを終え、出勤の準備をする。ゴミ袋を片手に、連れ立って玄関を出た。
8階建ての最上階、角部屋。実にいい条件だ。少々エレベーターから遠いが。
緑のネットが一面にかけられたビルからは槌音が聞こえる。そのビルのすぐ近くからは地ならしをする重機の排気煙が立ち上っている。
破壊と創造。今日も世界は歩む。ゴミ袋を肩越しに担ぎ、歩き出した所で後ろから声をかけられる。
「…宗一さん、生ゴミの汁が染みてる」
「うおっ!?」
慌ててゴミ袋を下ろし、作業着を脱いだ。手のひらほどの大きさの濡れた跡がある。担いだ拍子に魚の骨か何かが袋を破ったようだ。
女が弾けるように笑い出した。こうして腹の底から笑うようになったのはここ数ヶ月くらいだろうか。
まだ復讐のために生きていた1年前には絶対にしなかっただろう。そういえば結局復讐は果たせたかは聞いていない。
知らなくても良いことだし、知りたくも無いことだ。本人も何も言わない。だからそれで良い。
「ま、どうせ汚れるし、かまわねえな」
作業着を羽織りなおす。
「いつまでも笑ってないで、行くぞ!よそ様に負けてらんねえだろ」
周囲の工事現場を顎で指しながら言った。
「はいはい、わかりました」
小枝は目尻に浮いた涙を指先で拭い取った。
吹きぬける風が槌音を運ぶ。破壊と創造。今日も世界は歩む。
そして、俺たちも同じように。