【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Ⅴ【オリジナル】
- 1 :名無しになりきれ[sage]:2012/03/15(木) 09:23:08.05 0
- 前スレ
【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Ⅳ【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1322488387/
- 2 :名無しになりきれ[sage]:2012/03/15(木) 09:27:23.47 0
- 過去スレ
1:『【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 』
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1304255444/
2:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 レス置き場
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1306687336/
3:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Ⅲ【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312004178/
避難所
遊撃左遷小隊レギオン!避難所2
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1321371857/
まとめWiki
なな板TRPG広辞苑 - 遊撃左遷小隊レギオン!
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/483.html
- 3 :名無しになりきれ[sage]:2012/03/15(木) 09:54:26.41 0
- 【五日後・夜通り『モーゼル邸』搬入口近く】
「おう、待ってたぜ」
メッセンジャーから符牒を受け取ったフラウは、既に労働者に変装して集合場所に待機していた。
いつもの"よそ行き"の服に、今日はぼさぼさの髪も梳いてある。
「あれ、今日はカモ女いないのか?こっちのトリ女は健在みてーだけどよ」
リアの方を横目に見て、にやりと笑う。どうにもこの少女は、リアに対してだけは馴れ馴れしい節があった。
フラウはこの五日間、常にモーゼル邸を監視し続けていた。新聞の切れ端をまとめたメモ帳を引っ張り出す。
「警備員の大まかな動きと外から見える分だけの配備位置、それから偽装ゴーレムの停機位置だ」
人数分の写しは、仲間たちに頼んで作ってもらった。
帝国式魔術では簡単な部類に入る『転写』の術式はまだ習っていないため、手書きによる写経である。
フラウはそれを、フィオナとリア、それから二人が首に輪をつけて連れている奴隷の女に手渡した。
彼女がフィオナの言っていた『増員』なのだろう。穢された高貴なるもの、没落貴族である。
「あたしにできるのはここまでだ。屋敷の外を彷徨いてるから、撤退のときは何かしらの合図をくれ。
予め用意してある逃走ルート……スラム街の子供しか知らない抜け穴がいくつかあるから、手引きをしてやるよ」
* * * * * *
予め申請してあった書類を搬入口に見せると、門番は屋敷の裏に立てられた検査小屋へと案内してくれる。
出品者と、出品物は、ここで一律に検査をうける。それはどんなに常連であっても例外はない。
『武器を所持していないか』 『出品物はきちんと盗品か』
『身元は明らかになっているのか』『どこからどうやって盗んできたのか』
様々な検査術式と、たくさんの質問を検査人にされるだろう。
ノイファとセフィリアは、それらの問に淀みなく答えなければならない。不審に思われれば、出品拒否さえ有りうるのだ。
やがて問診が終われば、いよいよモーゼル邸の屋敷へ足を踏み入れることが許可される。
出品物は出品エリアへ。出品者は、屈強な二名の黒服によって監視される出品者特待席へ。
出品者の表向きの扱いはゲストだが、しかし接待の恩恵を受けられるわけではない。
薄汚い盗人として、金持ちに見下され、侮蔑され、後ろ指刺されながら席から一歩たりとも動くことを許されない。
盗品を求めるゲストが、しかしそれを提供する盗人には唾を吐く。それは二律背反ではない。本気でそういう価値観なのだ。
この街は、もうずっと前から狂っていた。なまじ『犯罪が起きない』(無論、それは検挙されないという意味である)から、
人々の中から次第に遵法意志が失せていって、しまいには利己的な自己判断だけが残る。
裏でどんなに汚いことが横行していようと、知らないことは知ったこっちゃない。それが金持ち達の犯罪に対するスタンスだ。
二一〇〇時――モーゼル邸のホールから明かりが消え、壇上だけが煌々と輝きはじめた。
燕尾服をきた恰幅のいいオークショニアが、拡声魔法を使って司会の声を轟かせる。
『紳士・淑女の皆様、大変長らくおまたせしました。第223期『白組』オークションをこれより開催いたします。
今宵お集まりいただいた落札者の皆様には、お手元の入札カードを使って入札額を提示していただきます』
スイが既に会場入りしているなら、カタログの巻末に挟まっているカードの存在に気付くだろう。
トランプ大のそれには、100、500、1000、5000、10000といった具合に数字が刻みつけられている。
このカードは会場の全てのカタログと魔術的に関連付けがされていて、数字を指で擦ればその額だけ入札ができる仕組みだ。
またオークションには『即決価格』というものが存在し、これはその値段なら競りを経ずに即座に落札できるという金額である。
多少値が張ってでも絶対に他に渡したくないという商品があった場合に、これを提示するのである。
『それでは早速参りましょう、まずは最初の商品。クリシュ藩国よりアンバー盗賊団が窃盗した、『星海石』の二級品。
精錬したものは優秀な刃の材料となりますこちらの入札開始価格は5000、さあ、皆様振るってご入札ください――!』
【オークション開始】
- 4 :名無しになりきれ[sage]:2012/03/16(金) 23:27:56.21 0
- tsi
- 5 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/16(金) 23:53:34.85 0
- >>3は私です
- 6 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/17(土) 20:18:20.10 0
- 【モーゼル邸・警護課詰所】
街で一番の貴族であるマウザー=モーゼルの屋敷には、催事・応接フロアや居住フロアに比べ幾分か質素な区画がある。
このクラスの貴族邸宅には特段珍しくもない、住み込み使用人の生活スペース。詰所フロアである。
家政婦や雑用夫から、庭師、御者に果ては奴隷に至るまでが部屋分けされて暮らす長屋に、警護課の詰所もまた軒を連ねていた。
壁際にロッカーが整列し、巨大な談話テーブルには雇われた警護の者たちが休憩中に摘むケータリングと中断されたポーカー。
クローディアはその中から塩味のクラッカーを摘み上げて、一噛りするとたちまち青くなった。
「なにこれ、まずっ」
流石にこの部屋にまでは掃除婦の手も入っていないらしく、菓子の入った器も随分と手が付けられていない様子だった。
よく見れば皿の縁にうっすらと埃が積もってさえいる。このクラッカーは何ヶ月前のものだろう。
冬場ゆえに、腐っては居ないようだったが、包みから出されて長く経っているのか完全に湿気っている。
食べれなくはなさそうだが、少なくとも口いっぱいに頬張りたいものではなかった。
おそらく、エールか何かと一緒に供されたものだ。素面でそのまま食べるのでなく、酒で流し込む味である。
もっと単純に形容するなら、男所帯の味だった。
「警護課の連中は、よくこんな家畜の餌みたいなクラッカーが食べられるわね」
元貴族である彼女にとって、クラッカーとは軽い歯ざわりと香ばしい香りで温かい紅茶と共に供されるものだ。
傭兵に身を窶し、家名を捨てて独立したあとでも、その振る舞いから貴族らしさを捨てるつもりはなかった。
ハングリーでも、エレガントに。それがクローディアの座右の銘である。
しかし現在彼女は雇われの身。周りを見回せば八方で雑魚寝したり着替えたりしている『同僚』たちは、
他の街なら表を歩いているだけで司直にマークされるような、見るからに悪人面の者たちばかりだ。
実際、悪人なのだろう。白組から雇われ、従士隊から名義を貸されて集められたタニングラードのならず者たちである。
「ようお嬢ちゃん、名前はなんてえんだ?俺は『サファイア』っつうもんなんだがよ」
思案する彼女の目の前で、湿気りきったクラッカーを五枚ぐらい摘んでいった太い指の持ち主が、頭上から声をかけてくる。
見あげれば、身の丈2メートルを越す大男がクラッカーを一度に頬張りながら、細い目でこちらを見下ろしていた。
30代後半といったところの、短く刈り込んだ髪は何故か紫色を示し、鼻梁を横断するようにして大きな刃傷が入っている。
(なによそれ、サファイアって顔……?)
飲み干したエールのジョッキを持って、隣に腰を下ろしたサファイアに対し、クローディアは尻半個分だけ座位置を遠ざける。
巨体のサファイアが座りやすいよう気を遣ったのもあるが、この男が隣にいるとまるで壁際にいるような錯覚を得たのだ。
「あたしはクローディア。嫌いなものは冷めた紅茶と湿気ったクラッカーよ。よろしく」
名乗ると、大男は怪訝な顔で首を捻った。
「『クローディア』ぁ?そんな名前、名簿にあったか?」
「あるわけないじゃない、実名だもの。あたしは書類上は白組傘下に入ってるけど、白組のために働くつもりはないわ。
っていうか、働くつもりがそもそもないわ!!」
「背広を着てんのにか……?」
クローディアは、今回この仕事に自ら顔を出すつもりはなかった。
ダニーとロンに後のことは任せて、自分はホテルで全てが終わるのを湿気てないクラッカーでも噛りながら待つつもりだった。
ここへ来るつもりになったのは、フィンのことがあるからである。
あの男の無事を、ひいてはこの白組を邪魔しに現れるであろう彼の健在を確かめねば、夜も眠れないと思ったからだ。
本当は私服で顔を出すつもりだったのが、紛らわしいから黒服を着てくれという運営本部の要請があって、
しかしドレスなどダニーの為に仕立てられた一着しかなかったから、やむを得ず背広を着用しているのだ。
着てみると、なるほどこれは安定感があると思った。最新の魔導縫製が使われていて、下手な鎧よりも打撃に強い。
あのあと、ダニーが持ち帰った名簿と土産話から、警護課は全員偽名を選択して名乗るということがわかった。
しかしクローディアは、もと金持ちのプライドが邪魔をして、また実働しないという意思表示のために、偽名を拒否した。
故に彼女は警護への参加資格を満たしておらず、オークション終了までこの詰所から出られない。
事実上の軟禁状態にあった。フィンの復帰を見届けに来たのに、とんだ本末転倒である。
- 7 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/17(土) 20:19:08.68 0
- 「まあ、なんでもいいがよ。俺ぁお嬢ちゃんに忠告に来たんだ」
忠告?と鸚鵡返しになったクローディアに、サファイアは人を食ったような笑みを向ける。
「この街で何が一番ものを言うか知ってるか?『力』だ。金の力とか権力とか、そういう比喩で言ってるんじゃねえぞ。
筋肉の力、つまり筋力だ。武器を持てないこの街じゃあ、当然、身体がでかくて筋肉の多い奴が強い。――こんな風にな」
ミシィ!と凄まじい音がして、サファイアの持っていた鋼鉄製のジョッキがひしゃげた。
そのまま両手で雑巾でも絞るようにジョッキを細長く形成していってしまう。
「ぶはははは、ビビってるようだな!人間の身体に対してこいつをやったらどうなるか、生々しく想像できただろう!
今夜ここに集まった連中や、モーゼル子飼いのSPどもは、みんなこういうことができると思っていいぞ。
お嬢ちゃんの細腕や、お嬢ちゃんの連れてた『女』や『ガキ』なんか、一瞬だ。二秒もあればミンチにできる。
わかったら、手下引き連れてとっとと帰んな!でないと巻き込まれて『不幸な事故』が起こっちまうかもな……!?」
権利関係の書類を見てわかったことだが、白組から降りる給金は白組が請けたモーゼル邸警護報酬の人数割り、
つまり報酬を警護課の連中で平等に山分けするという方式らしかった。
だから、こう考える者が現れる。『警護の人数が減れば、自分の取り分が増えるんじゃないか』……
実際それは正解で、このサファイアという男もそう考えてクローディアに粉をかけにきた手合いなのだろう。
警護員同士の争いはもちろんご法度だが、『自主的に降りる』ことを強要するのはとくに禁じられていない。
味方同士の潰し合い。白組もそれがわかっているから、必要な人数よりも多くの警護員を雇うのである。
「……ご忠告痛み入るわ」
クローディアは肩を竦めた。
「いやホント、ありがたいと思ってるわ。
右も左もわからないあたしに、親切心から声をかけてくれる人がいるなんて、この街もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
「ああ……?」
サファイアが眉を顰める。皮肉をそのまま受け取られたような、妙な手応えの無さを表情に出している。、
「でも心配は無用よ。あいにくとうちの会社はタニングラードも真っ青の真っ黒企業。
社訓は『どんとこい労働災害!』……ミンチになったら、産地偽装して出荷するぐらいの鬼畜は、やるわ」
「お嬢ちゃん、いつか社員に刺されるぞ……」
「何言ってるの、タニングラードに刃物が持ち込めるわけないじゃない」
「正論だとぉ!?」
「サファイア、あんたはこの街で一番ものを言うのは力だって言ったけどね。あたしはそうは思わない。
金が欲しい、力が欲しいっていう欲望――『意志』よ。あんただって、力が欲しかったから身体を鍛えたんでしょ」
外の喧騒がぴたりと止んだ。休憩室で待機中の黒服たちにも緊張が奔る。
オークションが始まったのだ。
「あたしは諦観しない。『追い続ければ夢はきっと叶う』なんて世迷いごとを、現実に変えてみせる。
偽善の綺麗事に満ちたこの街だけど、欲望にだけは嘘をつかない、裏切らない。
綺麗事だって、胸を張って貫き通せばそれは――美談になるのよ」
【クローディア:休憩室にて待機】
- 8 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/03/19(月) 03:40:00.75 0
- 昂ぶった心を落ち着けようと、マテリアは深く息を吐いた。
それから果実酒の注がれたゴブレットを口に運ぶ。
>『それはどうでしょうか。確証を得るための犠牲としては大きすぎるように思います』
>『マテリアさんの気持ちも分かりますが……私もファミアさんの言葉に賛成です。』
けれどもファミアとノイファの言葉を受けて、ゴブレットを掴む右手に怒気と力が籠もる。
苛立ちが心に立ち込めていくのを禁じ得ない。
(……だったら、どんな犠牲なら妥当なんですか。
アヴェンジャーが行動を起こして、その結果生じる被害なら、必要な犠牲だったと言えるんですか?
それとも危険な事は全て、後詰めの本隊にたらい回しにしろとでも?)
自分の遺才はこの任務において高い有用性を有している。死ぬ訳にはいかない。
だからと言って、危険な事は全てどこかの誰かに任せればいいと。
時間と共にアヴェンジャーが何らかの行動を起こす可能性は募っていくのに、
それによって犠牲が生じるリスクに背を向けろと言うのか。
遊撃課がスクランブルで出撃したのは、収束に火急を要する事態だからこそだろうに。
(私が負えばそれで済むリスクを……他の誰かに押し付けろって言うんですか。私はそんなの御免ですよ)
黒い霧のような苛立ちが念信器から漏れ出さないように、強く自制する。
ファミアやノイファ、セフィリアが言っている事だってもっともだ。
誰だって自分にとって有用で、近しい命を大切に思うに決まっている。
ただ、彼女達の言い分はもっともだからこそ――『天才』であるマテリアはそれを受け入れられなかった。
>「――私自身"ウィットさん"が悪人だとは思えませんのでね。
彼が助けて、生き抜く術を教えた"子供達"に触れて感じた、いわゆる勘に過ぎませんけれど。」
ふと、鋭敏な聴覚がノイファの零した呟きを捉える。
その言葉はマテリアの怒りを少しだけ和らげて、代わりに困惑をもたらした。
(……そりゃ私だって、出来る事なら彼を信じたいですよ)
だが彼女にとって、情報とは命そのものなのだ。
知識だけが、どんな時でも自分を助けてくれる唯一絶対の味方だと、彼女は信じている。
(だから私は……知らなきゃいけないんです。彼の正体を、真意を)
頭の中に、過去が浮かび上がる。
何も知る事が出来ないまま、どこかへ消えてしまった母の姿。
何も知らないが故に死んでいった、二年前に見つけた少女の亡骸。
マテリアに強迫観念にも似た知識欲を植えつけた過去が。
『……分かりました。少し、考え直す時間を下さい』
一旦、マテリアは退く姿勢を見せた。
無闇に反抗して同僚や上司の心証を損ねるよりも、
一度納得した素振りを見せた方が得策だと判断出来るくらいには、彼女は賢しらな人間だった。
- 9 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/03/19(月) 03:40:32.76 0
- 【5日後】
>『ヴィッセンは――ウィット=メリケインに同行。だが間違えるなよ、お前の任務はアヴェンジャーの拘束じゃない。
監視と牽制、事態の真相を見極めて、それをおれたちに伝えるのはお前にしかできないことだ。
差し違ってでも情報を得る……なんてことは許可しない。――スティレット』
しかしボルトとて、これまで遊撃課の長として天才達の手綱を取ってきた男だ。
マテリアが何を考えているのかくらい、読めない筈がない。
>『スティレット、ヴィッセンに随伴しろ。相手が"遁鬼"なら、同じく鬼銘を持つお前が顔を出せば警戒するはずだ。
少なくとも迂闊に手を出せなくなる。スティレットを真っ先に潰しにくる可能性もあるが……』
>『――その時は、お前がフォローしてやれよ、ヴィッセン』
釘のように鋭い眼光と言葉がマテリアを刺す。
対して彼女は、
『あはは、そう上手くいけばいいんですけどねー。なにせスティレットさんは上位騎士様ですから!
フォローどころか、私が足を引っ張ってしまわないか不安ですけど……微力を尽くさせて頂きますね!よろしくお願いします!』
いつも通りの口調でそう答えた。
言葉の内容とまったくそぐわない、明朗な口調だ。
マテリアは言動とは裏腹に、自分が失敗するなどとはこれっぽっちも思っていなかった。
当然だ。なにせ彼女は天才なのだから。やろうと思えばどんな事だって成し遂げられた。
自分の才が唯一届かないと思っていた母の正体すら、この街で手かがりを掴む事が出来た。
だから彼女は常に『結果ありき』で行動する。
頭では困難だ、無謀だと分かっていても、心から自分の失敗を想像する事が出来ないのだ。
この街に潜り込んで間もない頃「自分だけは例外」「鬼相手でもそう簡単に見つかるつもりはない」と、フィンを相手に言っていたように。
横領を犯していた上官を不名誉除隊に追い込んだ時だってそうだ。
彼女は「自分は悪い事なんてしてないのに」とぼやいていたが、それも結果論に過ぎない。
本来なら彼女はもっと時間をかけて証拠を集め、信頼出来る人間と共に、確実に上官を追い詰めるべきだった。
彼女が横領の事実を広めた事でかえって、上官が逃げ道の確保に走ってしまう可能性だってあった。
結果が出たからとワンマンプレーが許されるほど、組織というものは甘くない。
たった一人の手に成否の全てがかかってしまう事、たった一人の人間が失敗のリスク全てを背負ってしまう事。
それはとても恐ろしい事だ。そんな事が出来てしまう人間は、組織にとってまさしく爆弾でしかない。
魔導線の見えない、いつ爆発するかも分からない、全てを台無しにしてしまう爆弾だ。
>『さあ、状況を始めるぞ。何の因果かこの街に迷い込んだクソッタレの特級呪物を、箱詰めにして帝都に送り返してやる。
この任務にあたってお前らに下す命令は一つ――"うまくやれよ"それだけだ。準備はいいな、現時刻二〇三〇をもって、』
マテリアにはその自覚がなかった。そして今も、自覚していない。
彼女は今回も、自分が失敗するとは思っていない。
ウィット・メリケインの正体と真意を暴き、零時回廊を奪還して、アヴェンジャーを捕らえ、この街を救い、皆で生還する。
自分ならその全てが成し遂げられると盲信していた。
>『――状況開始だ!』
今夜、彼女は恐らく、再び否定される事になる。
彼女が抱える天才故の思い上がりを。
そうでなければ、彼女の命そのものを。
- 10 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/03/19(月) 03:41:07.22 0
- ――夜通りセーフハウスに向かう道中。
「――ところで、スティレットさん。ウィットさ……いえ、ウィット・メリケインに会う前に三つ。
三つだけ覚えておいて欲しい事があります。
いくら上位騎士様のスティレットさんでも、それくらいなら覚えていられますよね!」
清々しい笑顔で失礼な事を抜かしながらマテリアが人差し指を立てる。
「まず初めに……私達なんかテンションが被ってる気がするんですよね!
なので暫く喋らないでいてくれますか!あるいは今すぐイメチェンして下さい!」
相手が相手ならぶった斬られてもおかしくない台詞を吐きつつ、中指を立てる。
「と、まぁそれは冗談ですけど……マロン・シードル。
ウィットの前で私が名乗っている偽名です。これは覚えておいて下さいね」
最後に薬指を立てた。
「そして、私は皇帝からとある極秘の任務を仰せつかっている……という事で通しています。
スティレットさんはその任務の内容を知りませんし、知る必要もありません。
ただ私を守り、時には敵を断つ為の剣であれとしか聞かされていない。覚えておくのはこの二つだけで十分です」
兎にも角にも、スティレットには潜入や演技といった技能が期待出来ない。
付け焼き刃の演技でウィットに余計な疑念を抱かれるくらいならば、
いっそ最初から何も知らせない方がボロを出さずに済むだろうとマテリアは考えた。
そもそもスティレット自身も、適性があるのはそういう『用途』だろう。
ダンブルウィードで指揮官たるボルトの護衛を命じられていたように、
彼女は何も考える必要のない、単純な使命を帯びた『剣』である事こそが適任だ。
良くも悪くも、色んな意味で、だが。
知識と情報の信奉者であるマテリアからすれば、『何も知らせてもらえない』という事は、
自分の命を剥き身のまま誰かの手に委ねる事に等しい。
もし自分に課せられた任務が悪意と陰謀に満ちたものであっても、
自分が決して勝てない相手に挑まされたとしても、彼女にはそれが拒めないのだから。
(ま……そんな事には私がさせませんけどね)
そうこうしている内に、セーフハウスの前に着いた。扉の前で立ち止まる。
この向こうにウィット・メリケインがいる。そう考えると図らずも双眸が僅かに細った。
(あなたが何を隠して、何を考えているのか……暴いてみせますよ。ウィット・メリケイン)
目を閉じて決意を固め、それからドアノブに手を伸ばした。
- 11 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/03/19(月) 03:44:00.32 0
- >「時間通りだ、流石だな。積もる話もあるが、とにかく行動を開始しよう。
> この街を救うために――この街に巣食う魔物退治と洒落込もうか」
「褒め言葉なら、まだ取っておいて下さいよ。今から使ってたんじゃ後で足りなくなっちゃいますよ。
……あぁ、この方はただの『剣』ですので、お気になさらず。
まぁ、皇帝陛下がいかに本気なのか、察して頂ければ幸いです」
本心を覆い隠す笑顔の仮面を被りながら、スティレットの紹介を手短に済ませた。
そうして移動を開始する。
「さて、それではモーゼル邸の警備についてですけど……潜入のプランはありますか?
いえ、勿論ここ数日の内に下見はしておいたんですけどね。
あの屋敷に関しては、やっぱりあなたの方が一日の長があるでしょうし」
動体検知の魔導灯とそれに同期された背広、手練のガードマン、そして番犬。
マテリアは既にそれらの存在を確認している。
動体検知は戦場でも警戒すべき術式だったし、ガードマンと番犬は外から『盗み聞き』するだけで知る事が出来た。
「ま、私見を述べるなら……あの魔導灯には、あまり手を出したくないですかね」
術式に干渉しようとすれば当然、魔力線を伸ばして魔導灯に接続しなければならない。
が、ほぼ間違いなくその魔力線は別の術式によって検知されるだろう。
魔導灯そのものが外部からの魔力を受け付けておらず、干渉されれば即座に警報がなる可能性もある。
モーゼル邸の広大な敷地ならば、そういった魔導設備を置くだけの場所だってある筈だ。
ならばまずはそちらから無力化するという選択肢もあるし、実際マテリアは内心ではそれも出来ると思っている。
けれども、そんな事をするくらいならもっと簡単な方法があるとも思っていた。
「そうですねぇ。ガードマンを誘き寄せてあの背広を奪うか……やるなら搬入口が楽でしょうね。
事の最中に誰かに見られても面倒ですし、ある程度出品者が出揃うまで待つ必要がありますけど。
それが嫌なら、正門の奴らをやりますか。私達なら、可能ですよ」
出品者が出揃うのを待つのは、ノイファとセフィリアの潜入を阻害しない為でもあった。
だがその事は口にしない。
ウィットにとって有益になり得る情報を、わざわざ与える必要はもうなかった。
「あるいはモーゼル邸に向かう途中の客からカタログを奪うか。
人質を買いに来たのか、それともただの悪党なのか、そこのところは見極めなきゃなりませんが」
音を自在に操るマテリアにとって、秘密裏に敵を無力化する事はそう難しくない。
相手が手練揃いだったとしても、彼女には不意打ち専用と言ってもいい『切り札』がある。
「そんなとこですかね。まぁどんなやり方でも構いませんよ。どうせ結果は変わりませんから」
- 12 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/03/19(月) 21:36:41.30 0
- >『アイレル、ガルブレイズは奴隷商として、アルフートを"商品"にして潜入。パンプティはそのバックアップ』
会議は踊らず、座して進む――存外にも今回の作戦計画はスムーズに進んだ。
フィンは自身が申し出た通りに、面々の後方支援という位置に付く事が叶った。
……少なくとも、この時のフィンはそう思っていた。
――――
遊撃課の隊員達が続々と食堂を後にする。
それに倣うように、激痛を訴え続ける右半身を杖によって支えながら、フィン=ハンプティも、食堂の外へと
向かおうとしていた……が、そのフィンが扉に手を触れようとする直前。彼を呼び止める声が響いた。
>「パンプティ、お前ちょっとこっちに残れ」
ボルト。遊撃課においてフィンの直属の上司たる男の奇妙な指示に
怪訝な顔を浮かべるフィンだったが、特に逆らう理由も無い為従う事とした。そして
>「――壁の外に馬車を手配してある。陽動の後詰はおれが担当するから、お前は一足先に帝都へ帰投しろ」
「は……何、言ってんだ……?」
告げられた宣告。一瞬、フィンにはボルトが何を言っているのか理解が出来なかった。
呆けた声で問い返すが、そんなフィンにボルトは淡々と言葉を放つ
>「お前の傷状については医者から知った。その左腕、もう感覚がないんだってな。眼も悪くしたと聞いてる。
>帝国法労働規則第40項抵触事由だ、直属の上司の責任を以って、お前をこれ以上戦わせるわけにはいかない」
>「その身体じゃどの道長時間の戦闘は無理だ。とくにお前の配置は陽動、最も敵の火線に晒される場所……
>お前、死にに行くつもりか?――またおれに、部下を喪わせるつもりか」
それは、ボルトの並べ立てるその宣告はつまり、フィンに対しての作戦からの除外。戦力外通告。
しばし呆けていたフィンであったが、やがてその驚愕から立ち直り、
言葉の内容を理解すると同時に、ボルトへと焦燥が混じった怒りの表情を向ける
「おい、待てよ。冗談だよな……?つまりそれは、俺に、俺「だけ」にこの作戦を降りろって事か?
……ふざけんな!!んな事されてたまるかよ!!降りるなら部隊全員で降りさせやがれ!
それが無理っていうなら、それこそ一番危ない場所に俺を配置するべきだろ!!
こんなもん……大したこと無い怪我だ!そんな事で退いて、仲間を危険に晒すなんて出来るか!!
皆が帰れないのに、俺だけが帰るなんて絶対お断りだ!!」
感覚の無い左腕を軋む程の勢いで机に叩きつけ、灰色の色を認識出来ない瞳でボルトを強く睨み付ける。
それは、フィンという青年の普段のキャラクターには見られない言動だった。
「命令を取り下げろ!あんたはサフロールを殺した無能だろ!?今更余計な慈善意識なんて持ち合わせんなよ!!
俺を使えば『仲間』が生き残れる可能性が上がる事くらい、判ってんだろ!?
俺が許す!俺の命を使い潰す事を許してやる!!だから、それ以上喋るんじゃねぇ!!」
そう、何故かいつになくフィンは必死だった。
言ってはいけない言葉、言ってはいけない言葉。八つ当たりの様な言葉、支離滅裂な言葉すらも含め、
エゴイスティックな感情を、眼前の男に怒りと共に叩きつけ抗議する。
だが……そんな激昂するフィンに対して、それでもボルトはただ伝えるべき事を告げる。
確固たる信念を持って、命令を告げた。告げてしまった。
>「お前はこんな否定の最果てで死んでいって良いような人間じゃない。
>それにな、おれたちは国命を帯びて任務に挑んでいるが――それでも、ただ一人の社会人であることに変わりはないんだ
(略)>「おれは時々思うんだ。食うためにやってる仕事に、命を掛けるのって……なんか違うんじゃねえかってな」
「……っ!!」
ボルトの告げたその言葉は……紛れも無く正論だった。人としては極めて全うで、上司としても正しい命令だった。
その発言を受け「自分の命よりも仲間が大事」などという価値観を体現した様な青年は何かを言おうとし
……けれど俯き、沈黙するしかなかった。
- 13 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/03/19(月) 21:37:48.04 0
-
――――しばしの沈黙。そして
フィンは、ボルトの差出したチケットを受け取った。
ただ、受け取る事しか出来なかった。
- 14 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/03/19(月) 21:39:05.88 0
- ・・・
タニングラード発のキャラバン小隊。
彼らが商品を荷台に積み込み、街から出立する準備を整える光景を、
フィンは炉辺の意思に腰掛け、光の失せた目でじっと眺めていた。
服装は執事服ではなく既に私服に戻っており、地面には数少ない私物が入ったバッグが置かれている。
そしてその右手には、この街を抜け出す為の切符。
時刻は夜。星々と月の明かりが周囲を照らしていた。
(……)
廃人のように動かない「お客様」のフィンに声をかける者は居ない。
キャラバンの面々は忙しそうに荷物を搬入している
(……これでいいんだよな。もう俺には関係なくなったんだから)
「仲間を守りたい」「命をかけても仲間を守る」「英雄の様に仲間を守りきる」
フィン=ハンプティという青年は、世間一般では高潔とも言われるそんな意思を持っている。
見せ掛けだけではなく、それを実際に実行する程の強い意思だ。
……けれどもフィンには、ボルトの命令を突っぱねる事が出来なかった。
何故か。その理由は……フィンのその強い意思が実の所、空っぽだったからだ。
仲間を守りたいとは言うが、フィンには『何故、仲間を守りたいのか』という理由が無い。
「仲間だから仲間を守る」「守る為に守る」
あるのは英雄譚から引用した、あるいは過去の罪悪感から発生した、そんな薄っぺらい借り物の意思だけ。
故に、ボルトから事実上の命令という形で「遊撃課」という「仲間の枠」を否定された結果、
たったそれだけでフィンは、遊撃課の面々を助ける理由を全て失ってしまったのだ。
命をかけて守る理由を、いとも簡単に失ってしまったのである。
そしてこの気質は、フィンが社会から「否定」された原因の一端でもあった。
所属が変わっただけで、今までの仲間を敵と躊躇い無く認識し、
今までの敵を仲間として何の遺恨も無く認め、命がけで守る。まるで御伽噺の登場人物だ。
そんな人間は気味悪がられ、否定されて当然だろう。
そして今回も、同じ部署の「仲間」である為の理由を奪われたフィンは、
受けた後遺症や思い出を容易く切り捨て、躊躇い無くこの街を去っていく筈であった。
が……しかし。
(なんだよこの感覚……)
胸の奥に、何かがつっかえている感触
>「おれは時々思うんだ。食うためにやってる仕事に、命を掛けるのって……なんか違うんじゃねえかってな」
「俺は……」
先にかけられたボルトのその言葉が、何度も、何度も何度も、フィンの脳内で繰り返される。
何十、数百回。それ程の自問を繰り返す。そうしてやがて……やがてフィンはぽつりと呟いた。
「俺は……何で命をかけてまで、仲間を守りたいんだ……?」
思考の果てに呟いたのは、答えを持っていて当たり前の問い。
そして、かつて起きた魔物の大強襲の後よりフィンがずっと目を背けてきた問い。
身を削り、心を削り、人格を削り
そうしてやっと、フィンはその問いにたどり着いた。
――――だが、自問は所詮自問。そこに未だ解は在らず。
少し離れた位置にある巨大な屋敷で、明かりが消えた。
オークションが始まったのだろう。ようやく悩み始めた青年の事など待つ程に時間は優しくはない。
状況は、開始する
- 15 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/03/20(火) 00:27:29.81 0
- 五日後
あれから色々画策しようと動いてみたものの結果は大型扇風機そのものだった。
何かを考えることはあっても自分の体の範囲を越えて何かを動かそうという、
権謀術数の素養が全くないダニーには荷が重かった。
録に体を動かさず自重し諸々気に食わない相手が殴れないというのは、
非常にストレスの貯まるものである。端的に言うとそろそろ誰かを殴りたい。
海より広いダニーの心も、ここらが我慢の限界であった。
せいぜい小火騒ぎでも起こそうかとも思ったが、新参者故に内勤はさせてもらえず、
今は建物の外で警備というより待機を命じられているようなもので、
建物の内側で踏ん反り返っているクローディアとはまんまと分断された形だ。
現在ダニーは以前のラフな格好から一転して頭の黒い忘六者が拵えたドレスに身を包んでいた。
燕尾服の代わりだから色はこの際気にしないがレースのミニとは何事だ。花の十九に送るなら
プリンセスラインくらい用意しろ馬鹿野郎と彼女は内心で毒づいた。ブーツが悪目立ちしているではないか。
こうなっては仕方がないので諦めて地道に刺客を返り討ちにする作業しか
手はないかも知れないとダニーは思った。
オークション会場にひしめく満場の悪漢共を吹き飛ばせれば話は早いというのに。
そういえばまだロンの姿が見えないが、服の着付けに手間取っているのだろうか。
辺りは既に夜を迎え、吐く息もはっきりと白く色づいている。
もしかすると自分とは違う場所を任せれたのかも知れない。
競売の時間が迫り一人ひとりを会場へ案内するが、
どいつもこいつも見分けが付かないくらい同じ顔と臭いをしており不快感が酷い。
またいやにダニーをじろじろと見てくるので気分も落ち着かなかった。
屈強な護衛は多々いるし彼女と同じような体格の者はごろごろいるのだが紅一点とでも言おうか、
そんな中に本物の女性がいたのではどうやっても視線を集めてしまうのだろう。
あらかた客の搬入が済んだ現在、ダニーは庭園を巡回していた。
クローディアと引き離す魂胆が見え透いているが今は仕方がない。
庭園では黒服以外に動くものがおらず、番犬がやたらと吠えかかってくる以外は特に異常はなかった。
- 16 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/03/20(火) 00:31:58.25 0
- 退屈さから来るあくびをかみ殺していると時間が来たのか、
周囲のニセ従士隊員たちが気合いを入れ始めたのに対し、
反対に特にすることのないダニーは気にもせず、暇つぶしで取り留めもないことを考え始めた。
最初に思い浮かんだのは自分の雇い主である六日知らずのことだった。
自分でも不自然なくらいに入れ込んでいる少女。
ここまで面倒を見ようと思える程の付き合いは無く義理もない筈なのに、つい一緒にいてしまう。
実は始めて会った時の印象は「アヒルみたい」で、正直ガーガー喧しいずべ公と思ったものだ。
だが蓋を開けてみれば中にいたのは向こうッ気の強い白鳥の子だった。
しかしクローディアは自ら白鳥であることを捨てた。
この前以外を決して見ようとしない「みにくいアヒルの子」を、ダニーは無性に気に入ってしまった。
片や既に人を使う勤め人の少女と、片や趣味で体を鍛えてるだけのドカチン女。
探してみれば、つつがなく生きようとしているだけのダニーよりも「強い」人間はいくらでもいる。
彼女も最近になってそのことに段々と気づき始めていた。
「・・・・・・・・・」
或いはただの一目惚れか、と彼女は思った。気だるげな表情に浮かんだ物憂げな瞳は、
この場に沿ぐわない光を放っていたが、生憎今は見つめ合う相手もいない。
彼女は頭を振って思考を続ける。
この街の者達は他所よりも輪をかけて金と暴力が大事らしい、正直理解に苦しんだ。
金も暴力も確かにあれば役には立つし必要な物ではあるだろう。
だが所詮「有れば有るほどいい物」であり、砂の山に縋りつくようなものだ、如何にも頼りない。
人間相手の物はどれだけ持っていても、当てにはできないのだ。
もうじき十代の終わる彼女が、人並みの青春を対価に塀の中で学んだのは、
日常とか当たり前と言われる事柄の脆さや頼りなさ、
およそ普通と言われるものが、思っていたほど普通に有ったりはしないということだった。
ダニーはなおも考えようとしたがどうやらオークションが始まったらしく、
やむを得ず退屈しのぎを切り上げることにした。もっとも、今のところ不審者の姿はないので、
仕事といえば引き続きあくびを堪えるくらいしかなかったが。
【ちなみに偽名はドリスと名乗っています】
- 17 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/03/20(火) 03:44:46.70 0
- 突っ走り始めたマテリアに全方位からツッコミが入りました。
>『……分かりました。少し、考え直す時間を下さい』
ツッコまれた当人はそれを受けて翻意。それがその場しのぎの言い逃れとか、
考えなおした結果同じ結論が出てくる可能性に思い当たらないファミアは一安心です。
その後、各人が今作戦における分担を表明し、ひとまずこの場はお開き。
『ハンプティさん、あまりご無理はなさらないでくださいね』
まさか後日フィンが作戦開始を目前に街を出てしまうなどと考えもつかないファミアは、そう念信を送りました。
これから行く先に、絶影とまで評された男がいてもしも相対することになるのであれば、
全員分の『無理』が必要になりそうなのですが。
五日後、同じ食堂にて。
>『作戦を確認する』
課長の念信が一同へ向けて発せられました。
ただしそこにファミアはいません。被略取者としての『仕込み』のためです。
直前まで街中観光などしていては関係者の目に留まってしまう可能性があります。
また、その日に揚がったばかりのお貴族様を鮮度はそのままにオークションに持ち込んだところで
『価値の裏付けがない』と門前払いをされてしまうでしょう。
という訳でそのまま二日ほどフィンと行動を共にした後に『拐かされる』事にしました。
熟成期間を経て仕上がった商品として出荷されるためです。
「……することがない」
路地裏の子供たちが街中にいくつか抱えている拠点の一つで引きこもり生活を始めたファミアは、
初日から無為と退屈にサンドイッチされて平たく伸されてしまいそうになっていました。
流通というのは生半なことではないなあと、自分の生活を支えている社会システムに思いを馳せます。
身体を動かせないと頭が勝手に動きだしてしまうもので、
考えてみたところで益の無いような事ばかりが脳裏を駆け巡ってしまいます。
こめかみから白煙が立ってまたぞろ脳が弾けそうになりましたが、
しかし気分転換に外に出たいと思っても出られないので、ファミアはそのうち考えることをやめました。
でも本っ当に何一つすることが無いのでまたすぐに思索に戻りました。
三日ほどそんなことを繰り返している内に、何故かファミアの手元には立派なキルトが。
様子を見に来てくれる子供たちや『人さらい』の二人に無理を言って持ってきてもらった道具で拵えたものです。
小人が閑居していると布繕を為してしまうのはもはや避け得ません。
日が落ちた今も、布に針を入れています。その手がはたと止まりました。
ノイファとセフィリアが、最後のブリーフィングから戻ってきたのです。
早速、潜入のための身支度を整え始めます。とはいえ、いかにも見栄えを取り繕うために取り急ぎ用意された感たっぷりな
シンプルで縫製の荒い安ドレスに着替えて、似たような手袋をつけてそれで終わりです。
がちゃん。
「あれ?」
最後に、アクセントとしてチョーカーをもらいました。世間一般では首輪と呼ばれるタイプです。
それからフード付きのマントをすっぽりかぶって少し顔をうつむかせれば、卑劣な犯罪の犠牲者が完成。
あとは養豚場の豚よろしく、首輪の鎖で引き立てられてゆくばかりでした。
魔力灯を落とした部屋の中、手明かりの頼りない光がのキルトの上に投げかけられています。
(……ちゃんと仕上げをしに、戻って来ないと)
ファミアがそう考えながら閉じた扉の向こうで、それは闇に溶けました。
ただの糸と布の塊も、モチベーションの補強材としては優秀なものです。
- 18 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/03/20(火) 03:47:01.41 0
- >「おう、待ってたぜ」
路地裏の子供たちの中でも頭立った存在であるフラウとは、これが初めての顔合わせとなりました。
が、なにせ作戦前の立て込んでいる頃合いでのことなので、事務的にやり取りを済ませていざモーゼル邸へ。
フラウの情報をまとめたメモは、その短い距離の間に覚えて丸めて投げ捨てました。見つかると面倒です。
警護の詰所然とした小屋へ通されたファミアは、
二人とは別にされて名前、出生地、誘拐された当時の行動などについて事細かに質問を受けました。
不利益をもたらす人間が偽装して潜入するのを防ぐためですが、もちろんここは入念に打ち合わせ済みです。
次のボディチェックでも、服飾品のほかは首輪を付けているだけの人間に問題があるはずもなく。
めでたく邸内へと潜入することができました。一人で。
「あれ?」
検査所で別れたまま、合流することなく搬入されてしまったファミアはとたんに不安に襲われました。
出品物の待機場所には数名の黒服と大量の商品ほか、いかにも魔導士らしい雰囲気の男が一人。
あまりそれっぽすぎるので囮か何かではないかとも思えますが、
武器ではなく『技術』を持ち込む敵も当然想定されているということでしょう。
適当に置かれた椅子の一つに腰を落ち着けたファミアは、視線を左右に走らせて目的の物を探します。
そう、逃げ道です。優先順位は間違ってはいけません。
普通に買われて運び出されるのもひとつの手段ですが、必ずそうできるという保証はないのですから。
選択肢は多く持つことが生き残るコツです。
(えっと、外の配置からすると)
しくしく
(多分手薄なのはあっちだけど……)
しくしく
(館の……中心の方だから)
しくしく
(手薄といっても……逃げるのは……)
しくしく
「うっ……ぐす……」
脱出ルートを検討している内に、隣の椅子に座っている女の子の涙がファミアにも感染しました。
あくまでも『盗品』を扱うオークションだということなので、この子も拐われてきたのでしょう。
年の頃はファミアと同じくらい(つまり外見上は向こうが年上に見えるわけです)、
髪や肌の色艶からするとそれなり以上に裕福な暮らしはしていたようです。
ファミアはその腕にそっと手をかけて慰めようとしました。
「あの……大丈夫だから、ね?そんなに悪いことにならないと思うから……」
言ってる当人が鼻すすり上げて目を真っ赤にしていて、全く大丈夫そうではないのはさて置くとしまして、
逃げ出す機会が得られるにせよ、このあと起きるであろう騒動に巻き込まれるのはふつう『悪いこと』に分類されます。
なんだか回廊の片割れを確認するどころじゃなくなってきましたが、最悪の場合でも出品される直前には分かるはずですし、
壇上に出てしまったとしても出品者席の二人と連携して入手までは可能だと踏んでいるファミアには、
当面、泣き止まない女の子のほうが問題なのでした。
【君からもらい泣き】
- 19 :名無しになりきれ:2012/03/21(水) 21:50:04.07 0
- tesu
- 20 :名無しになりきれ[sage]:2012/03/22(木) 20:07:40.09 0
- もう終わりでいいよ
誰も必要としてないし
- 21 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/03/23(金) 05:30:35.41 0
- 大衆食堂『陸の孤島』。
ボルトの声が、念信器を通して響く。
最初の内は噛み合っていなかったボルトの演技も、すっかりと堂に入ったものへと変わっていた。
散見する客はおろか、店員に至っても、最早彼の一挙動を気にする様子はまるでない。
街に溶け込むという唯一点においてならば、おそらく及ぶ者は居ないだろう。
(なるほど、なるほど、実に大したものですねえ)
思いのほか見事な間諜ぶりに舌を巻く。
しかしノイファも徒に五日の時間を潰していたわけではない。
ボルトが街の住人としての立ち居地を確立した様に、ノイファもこの日のための布石を打っていた。
修道服を脱ぎ捨て、軽装に代え、裏の世界に顔を売る。
お世辞にも柄の良いとは言えないような場所を渡り歩いた。
コナをかけてきた相手を叩き伏せること数回、その度に大きく稼げると評判の盗品オークションの情報を相手に吐かせる。
つまりは噂を浸透させることに費やしていた。
正規の流通ルートには乗せられない代物を捌きたがっている女が居る、と。
>『アイレル、ガルブレイズは奴隷商として、アルフートを"商品"にして潜入。パンプティはそのバックアップ』
仮身分の相方を務めるセフィリアと、後詰を頼むフィンへ、ちらと視線を送る。
"商品"役のファミアはこの場に居ない。
三日前から"路地裏の子供たち"が保有する拠点の一つで待機してもらっている。
人目につかないこと、それ自体が布石だからだ。
"買い手"として参加するスイ。
ウィット=メリケインに同行し、監視および牽制を行うマテリアとフランベルジェ。
それぞれに役割が割り振られ、ボルトの拍手で状況が開始される。
(さて、と。それでは行きましょうか)
オークションの受付が始まるまで後数刻。最後の仕上げをしなくてはならない。
途中ボルトに呼び止められるフィンを尻目に、ノイファは『陸の孤島』を後にする。
その時は、割り振られた役割について、細かい打ち合わせをするのだろうくらいにしか思わなかった。
夜通りから伸びる脇道を数本曲がったその先、子供たちが保有する拠点の一つ。
セフィリアを伴い、その扉をゆっくりと開ける。
「ただいま戻りました。あら、しっかり着飾ってるようですねえ。あ、そうそう――」
出迎えるのはファミア。今宵のオークションの"商品"として供される少女。
動きやすさを重視して選んだ安物のドレスだが、やはり血筋によるものなのか、それなりに映える。
同色のレースの手袋も可憐さを演出するには十分だろう。もっとも彼女にとっては装飾以上の役割を持つのだが。
「――はい、これ。大人しく待っていたファミアさんにお土産ですよ。」
ファミアの頤に指を這わせ、有無を言わせずその細首に艶と光沢を放つ獣皮の首輪を填める。
>「あれ?」
「良く似合ってますよ?殿方じゃなくても思わず値を吊り上げたくなるくらいには、ね。」
戸惑うファミアに笑顔で応じ、中心から下がる装飾、に見せかけた留め具に、鈍く輝く鎖を掛けて準備完了。
会場までの道すがら目立たぬように、その上からフードの付いたマントを被せ、かくして"商品"の出荷準備は万端整った。
「それではセフィリアさん。こちらも着替えて、『モーゼル邸』へ出向くとしましょうか。」
- 22 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/03/23(金) 05:30:55.86 0
- >「おう、待ってたぜ」
つなぎ役の少年に案内された先、『モーゼル邸』の搬入口付近にはすでに変装を整えたフラウが待っていた。
以前と同じ"おじさん"が買ってくれたという他所行きの服に、以前と違う綺麗に梳かれた髪。
少々幼さは残るものの、見事に化けていた。これなら問題ないだろう。
「待たせたみたいね。」
"奴隷商"としての仮面用に誂えた言葉で、フラウに応じる。
言葉や立ち居振る舞いに合わせ、出で立ちも変えた。
襟ぐりのカットの深い深蒼のローブ・デコルテに黒哭鳥の羽をあしらったケープを羽織り、足元は大立ち回りにも耐え得るヒールの低いロングブーツ。
ある程度のドレスコードが必要だというフラウの忠告通り、気合を入れて変装してきたのだ。
>「警備員の大まかな動きと外から見える分だけの配備位置、それから偽装ゴーレムの停機位置だ」
渡された子供たちが作った手書きの配置図にさっと目を通す。
思いのほか厳重なそれに眉をしかめる。ましてやここに記載されているのは平時のものだ。
オークション当日ともなれば増員されていると考えない理由はない。
「……ふぅん、思いのほか骨が折れそうなことね。
そうだ、もう一人バックアップ役が居るの。同じ写しがあるなら、それを渡してくれるかしら。それと――」
配置図を指差す。
「――この辺りの茂み、そう搬入口と正規の入り口の近く。
木の棒でも何でも良いから二つ、可能ならばで良いから、必ず"双つ"隠しておいて。」
屋敷の中には何も持ち込めない。
ゴーレムに取り付ければセフィリアの偉才を如何なく発揮できるが、そこに辿り付くまでに見張りと出会った場合の保険が居る。
「取り敢えず、こちらからの注文はその位かしら?」
ファミアを繋いだ鎖が耳障りな音を立てる。
事前に出来る指示は一通りしただろうか、隣のセフィリアへ視線を向けた。
>「あたしにできるのはここまでだ。屋敷の外を彷徨いてるから、撤退のときは何かしらの合図をくれ。
予め用意してある逃走ルート……スラム街の子供しか知らない抜け穴がいくつかあるから、手引きをしてやるよ」
「……お待ちなさいな。」
立ち去ろうと踵を返したフラウの、襟首を引っ掴み、止める。
どうやら五日前に自分で言ったことをすっかり忘れているようだ。
あるいは、他人に何かを求めることに、単純に慣れていないのかもしれない。
「一体何処へ行こうと言うのかしら?貴女の分の衣装も、ちゃんと用意してあるわ。」
フラウ用に購ったドレス一式の入った袋を手渡す。
「それを着て中まで付いてくるかどうかは、貴女に任せますよ。」
ノイファはその一瞬だけ仮面を取り去り、フラウへ片目を瞑ってみせた。
- 23 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/03/23(金) 05:31:58.30 0
- 「随分と派手に嗅ぎ回ったようだな?」
搬入口を警護する私兵に、申請書を渡した際に開口一番言われたのがそれだった。
オークションに参加したがっている女が居る、という情報がここまで伝わっているのだろう。
五日間掛けて浸透させた甲斐があるというものだ。
「御誂え向きな儲け話が転がっていたからね。」
出品者を表す札を受け取り、ノイファは応じた。
ぶしつけな男の視線を真っ向から受け止め、表情は変えず、しかし心の裡で舌を出す。
示された先は屋敷、ではなくその裏に建てられた小屋。
(ここでみっちりと検査を受けるってことなのでしょうねえ)
案の定、"商品"であるファミアと離され、小屋へと通された。
『――武器を所持していないか』
世間話を期待していたわけでもないが、着いて早々に、周りを護衛に囲まれた検査人による質問が始まった。
とはいえ、買い手となるのがこの街での権力者層、つまり金持ち連中と来れば、この程度の詰問は織り込み済みだ。
事前にセフィリアと打ち合わせた"設定"を述べるだけである。
「その言葉で何人を裸にしてきたのかしら?」
挑発的な視線で答える。この質問自体に意味はないのだ。隣に立った別の男が、検査用の術式を走らせているのだから。
首から下、隠すスペースのある部分を重点的に、術式の光が這い回る。
耳飾に偽装してある念信器は軍用の最新式だ、既存の検査術式に対する抗術式や欺瞞は完璧だろう。
『――出品物はきちんと盗品か』
「きょろきょろとお上りさん丸出しでうろついていたから、私たちの懐を暖めてもらうことにしたわ。」
拐かした、と説明は要るまい。相手も手馴れたものである。
『――身元は明らかになっているのか』
質問には答えず、胸元から取り出した指輪を男へ放る。宝石の類が埋め込まれているわけではない。
だが、ことここにおいてはそれ以上の効果を持つ代物だ。
「それはそれでお金になるでしょうから、気が済むまで検査したら返して頂戴。」
平台に刻まれているのは家紋。ファミアから拝借した正真正銘の本物である。
血統を何より重んじる貴族が、自身の証明印としても用いるそれは、血族の血に反応を示す。
入国の際に、"偽名"を使わなかったファミアだからこそ可能となった裏技とも言えよう。
『これで最後だ――どこからどうやって盗んできたのか』
じろり、と男の眼つきが細く、険しくなる。
「それについては私よりも詳しい者が居るわ――」
しかし所詮はそこらのゴロツキに毛が生えた程度の眼力に過ぎない。
師や上役、あるいはこれまで対峙してきた相手のそれとは比べるべくもない。
「――リア、説明よろしく。」
椅子の背もたれに寄りかかったまま、余裕たっぷりに足を組みなおし、ノイファは隣に座るセフィリアへ声をかける。
- 24 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/03/23(金) 05:32:31.77 0
- (何とも下種な視線ですねえ。購うのは盗品でも、自分たちの手は汚れていない、とでも思ってるのでしょうか)
用意された出品者特待席に腰掛け、ノイファは苛立ちを裡に押し込めていた。
出品者たちが一身に浴びるのは、買い手たちの侮蔑や嘲り。
特別待遇といえば聞こえは良い。例えそれがマイナスであったとしても特別は特別なのだ。
全ての検査が終われば、多少なりともファミアと合流できるのでは、という考えが空振りとなったことも苛立ちを募る要因だろう。
特待席は屈強な男達に囲まれ、商品は相手の手の内。
挙句勝手に席を立つことはおろか、一歩も動くことすら許されない。
(当分、こちらから行動は起こせそうもない、か。
……こうなると、スイさんが買い手として参加してるのが救いですねえ)
>『紳士・淑女の皆様、大変長らくおまたせしました。第223期『白組』オークションをこれより開催いたします。
今宵お集まりいただいた落札者の皆様には、お手元の入札カードを使って入札額を提示していただきます』
数瞬の暗闇の後、壇上を光が照らし、オークションが始まる。
司会の男以外は実に静かに、淡々と商品が競り落とされていく。
しかしそれでも、このオークションホールが次第に熱に包まれていくのが判った。
(今の内にスイさんの居場所くらいは把握しておいた方が良さそうですね……)
髪を整える風を装い、ノイファは耳飾に指を伸ばした。
【オークション開始。スイに連絡を試みてみる。】
- 25 :ロン・レエイ ◆1AmqjBfapI [sage]:2012/03/23(金) 19:21:05.10 0
-
「なあ、ホントウにこれイジョウ、タケがチイさいのはナイのか?」
オークション当日。
背丈の高い男衆の中で場違いも甚だしい少年が1人。
ロンは若干だぼつく背広を睨めつけてケチを付けたが、我儘は言えない。
先にランゲンフェルトに注文を付けておけば良かったのだが、そうなると彼に
借りを作ってしまうような気がして、妙な意地を張って今日まで何も言わなかったのだ。
その結果がこれである。動きにくいことこの上ないが、仕方ない。
ランゲンフェルトが居なくて良かった。
彼がこの姿を見ようものならありったけ愉快そうになじってくる事だろう。
あの嫌味全開の横顔を思い出すだけで腹が立つ。
腹が立つといえば……5日前の彼のあの言葉。
――あまり社会人を舐めるなよ。俺一人を殺したところで、"俺達"は止まらない。
個を倒した所で、代わりは幾らでも立てられる。そのような言い草もまた、ロンの神経を逆撫でさせた。
あのような輩が潜んでいるような、此処(タニングラード)よりも腐った場所が今までにあっただろうか。
「(この街、嫌いだ)」
スン、と鼻を鳴らすと冷たい空気が鼻孔に滑りこんできた。
小さなくしゃみを一つし、ドリスもといダニーの居る場所へと向かう。
客の搬入を済ませた頃、ロンは迷子になり、警護課詰所付近をうろついていた。
「(ん?クローディア?)」
中からクローディアと男の声が聞こえたが、立ち聞きする暇もなく周りにいた警護班たちに
「なんで子供がいるんだ」とどやされ、警護班の一人だと言うと「見張り位置が違う」と追い返された。
けちんぼめ、とぼやき引き続きロンはダニーを探す。
しかし中々見つからない。諦めかけたその時、耳に装着した例の物を思い出した。
「"泣き虫お目々のランゲンフェルト"! ダニー、イマどこだ?マヨっちまってさ」
念信器を使ってダニーに呼びかける。数分もすると彼女を見つけ出すことに成功した。
「いよっす!オクれてごめん、ダ……じゃなかった、ドリス!」
ぶんぶんと袖を振り回し(腕が袖まで通りきってないからだ)、ダニーもといドリスへ手を振る。
従士隊の中で、ドレス姿の巨人女と背広に着せられている子供というアンバランスなコンビは一際目立っていた。
【偽名はロナルドと名乗っています】
- 26 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/03/25(日) 03:49:17.63 0
- 【五日後】
集合場所に指定された大衆食堂、五日前と同じ席に腰掛ける
頼んだ果実酒にちびりちびりと口を付け、プライヤー課長の話が始まるのをゆっくりと待っていました
店内に視線を巡らせるとみなさんすでに席につき、各々すきに過ごしていられるようです
私がおつまみのナッツに手を伸ばしたとき、念信機から課長の声が響きます
零時回廊の奪還、それだけを念頭に動け、課長はそのような出だしで話を始めました
オークションに出品されるであろう零時回廊を手段を選ばずに入手する
我々が力を合わせれば難しいミッションではないはずですと私はそう信じています
>『アイレル、ガルブレイズは奴隷商として、アルフートを"商品"にして潜入。パ ンプティはそのバックアップ』
そう私とアイレル女史はアルフートさんを商品にしてオークションに売り手として参加することになりました
この五日間、私は私なりに行動していました
行動といっても昼は公園で大道芸人として、夜は賭場や裏路地などでオークションの話を聞き出そうとしました
かぎ回っている女ということです
これはアイレル女史の行動に合わせてということです
相方役がなにもしていないというのも不自然な話です
私のほうも少なからず立ち回りがありましたが、なんとか遺才を使わずに乗り切ることが出来ました
あまり強くない人が相手だったのも幸いでした
かぎ回った結果でしたが、私が持っている情報以上のものを得られることは出来ませんでした
状況 開始と言う課長の言葉とアイレル女史が立ち上がるのと同時に私も席を立ち、後ろに続きます
目指すはアルフートさんがいるセーフハウス
扉を開けるアイレル女史のあとに続く私が見たのは綺麗に着飾ったアルフートさんでした
「綺麗ですよ、アルフートさん。いい値段がつきそうですね」
商品として彼女はとても魅力的と思えました
私がアルフートさんがつけるレースの素材を見て『安物だな~』なんて心の中で呟いていました
>「??はい、これ。大人しく待っていたファミアさんにお土産ですよ。」
アイレル女史が取り出したのは黒光りする獣皮の首輪でした
>「あれ?」
「良く似合ってますよ?殿方じゃなくても思わず値を吊り上げたくなるくらいには、ね。」
「ええ、なかなかワイルドでいいんじゃないでしょうか?……わたしには似合わないと思いますが」
アルフートさんは驚いた顔をしていましたが、それは私も同じです
まさかアイレル女史がこのようなものを用意しているとは私はまったく聞いていませんでした
なぜか凄い笑顔のアイレル女史に私は背筋に冷たいものを感じました
さて、妙に首輪が似合うアルフートさんと共にモーゼル邸に向かいます
フードをかぶり首輪を付けた貴族令嬢というのもなかなか背徳的だと思いませんか?
- 27 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/03/25(日) 03:53:07.37 0
- >「おう、待ってたぜ」
モーゼル邸の搬入口付近、人目につきにくい場所で待っていた フラウと合流します
よそ行きとと言っていた格好に身を包み、髪を梳かした姿はこの前とはガラリと印象を変えるものでした
またアイレル女史が悪い顔をしているようなきがしますけど
>「あれ、今日はカモ女いないのか?こっちのトリ女は健在みてーだけどよ」
「まったく口が減らないガキだな、仕事の前にその口から屁を垂れる癖を直してやってもいいんだぜ?」
任務の前に頑張って覚えたスラングを披露することが出来ました
自分で言うのもなんですがなかなか自然に言えたと思います
口調とは逆に私の格好はミッドナイトブルーの燕尾服に白いタイ、白いウエストコートと男性の礼装に身を包んでいます
所詮は安物ですが、ドレスコードには引っかからないでしょう
>「警備員の大まかな動きと外から見える分だけの配備位置、それから偽装ゴーレムの停機位置だ」
フラウの手から渡されたそれは見て、安心出来るようなものではありませんでした
警戒厳重、ねずみ一匹は入り込む隙はないといった様相を呈していました
’平時で’です。今日のようなオークションのような日なら倍程度ではすまないでしょう
> 「??この辺りの茂み、そう搬入口と正規の入り口の近く。
木の棒でも何でも良いから二つ、可能ならばで良いから、必ず"双つ"隠しておいて。」
「出来るだけ形が似ているものがいい、材質はなんでもいい」
『アイレル女史、お心遣いありがとうございます
さすがに会場に私の能力を発揮出来るようなものはもちこめませんからね』
実は1対だけ持ち込んでみたのですが、果たして役に立つかどうか……
>「取り敢えず、こちらからの注文はその位かしら?」
アイレル女史からの視線が「あなたはなにかある?」と語っていました
「そうだな……祝杯のエールを用意しといてくれ。とびっきり濃いやつをな」
祝杯を楽しめる状態だといいんですけどね、なんて一抹の不安が胸を横切ってしまいました
>「あたしにでき るのはここまでだ。屋敷の外を彷徨いてるから、撤退のときは何かしらの合図をくれ。
予め用意してある逃走ルート……スラム街の子供しか知らない抜け穴がいくつかあるから、手引きをしてやるよ」
立ち去ろうとするフラウの襟首を引っ張って強引に引き止めます
一瞬息が止まった様子だったのですが、その姿が小動物を連想させて少しかわいらしく思えてしまいました
そう、アイレル女史はあれを渡す気なのでしょう。私とともに選んだあれを
>「一体何処へ行こうと言うのかしら?貴女の分の衣装も、ちゃんと用意してあるわ。」
そう彼女用のドレス一式です
私が預かっていた袋をアイレル女史に渡すとフラウに手渡しました
「あなたに似合うようにと私たちで選んだドレスです。お似合いになると思いますよ」
先ほどまでのチンピラ口調ではなく私の本来の口調
- 28 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/03/25(日) 03:55:00.19 0
- 口ぶりで話し始めました
「ああ、了解了解。俺は昼間、公園で大道芸をやってるしがない芸人だ。で、見るからに貴族のお嬢さんが物珍しそうに見てるわけよ。護衛もいない様子だったからね。攫っていったわけよ。簡単だったで興味津々で裏通りをきょろき ょろとだ
後ろから一発だったよ。その夜には姐さんにいい獲物がとれたって報告にいった次第だ。ねえ?姐さん
で、オークションで高く売りつけてやろうって話よ。あんたのピカピカ脳みそでもわかる簡単な話だろ?」
ペラペラと事前に用意していた話を口から紡ぎだしました
身振り手振りでなかなかいい感じに話せたんじゃないでしょうか
検査も無事終了しアルフートさんに会いにいけると思ったのですがどうやらそうはいかないのでした
出品者として特設の座席に案内されてそこから一歩も動くことが出来ない上に
(彼らはノブレスオブリージュという言葉を知らないのではないでしょうか?
いえ、高貴なる者などこの場には誰もいないでしょうね)
私はあきらかに贋作なオ ーベルヌの風景画を自信満々に落札しようと躍起になる人たちに心の底から侮蔑の感情を送りました
しかし、このまま席に座っているだけでは埒があきません
「そこの屈強なお兄さん、お花を摘みにいきたいんだけどいいだろ?会場に垂れ流すわけにはいかないわけだし」
【トイレに行って自由になれるのでしょうか?】
- 29 :スイ ◇nulVwXAKKU [sage]:2012/03/25(日) 19:33:54.96 0
- 【五日後】
スイはこの五日間、ひたすら宝石を売り、商人としての皮を被り、金を集めることに邁進した。
勿論、商人の顔を売ることも忘れてはいない。
また、裏の方にもちょくちょく顔を出しておいた。
そうすれば、悪徳商人としての名が渡るだろう。
食堂で、ボルトからオークションの参加権を受け取り、カウンター席に座る。
次々とボルトの口から出される各自の命令を頭の中に叩き込む。
>『さあ、状況を始めるぞ。何の因果かこの街に迷い込んだクソッタレの特級呪物を、箱詰めにして帝都に送り返してやる。
この任務にあたってお前らに下す命令は一つ――"うまくやれよ"それだけだ。準備はいいな、現時刻二〇三〇をもって、』
>『――状況開始だ!』
ボルトの号令に、机を小さく叩き、了解の意を示した。
モーゼル邸に苦労すること無く入れたスイは、カタログをぱらぱらとめくる。
最後に挟まっていたカードを見つけ、それを手にとって目の前に翳す。
「(魔術…か…?)」
眉間に皺を寄せながら小さく唸る。
考えても分からないからやめよう、と腕を降ろした。
『即決価格』には手が届きそうに無かったから、諦めた。
>『紳士・淑女の皆様、大変長らくおまたせしました。第223期『白組』オークションをこれより開催いたします。
今宵お集まりいただいた落札者の皆様には、お手元の入札カードを使って入札額を提示していただきます』
オークションが始まるのと同時にスイは直ぐさま壁際に移動する。
こうすれば全体が見渡せるからだ。
次々と競り落とされる商品を見つめながら、『零時回廊』の登場を待つ。
そうして待っていると、耳飾が誰かと繋がったのを伝えてきた。
耳の裏を掻くふりをしながら、接続する。
『スイだ。…どうかしたのか?』
しかし、繋げてきたノイファとはある程度の距離があるから、鮮明には聞こえてはいないだろう。
スイは大人しく相手の返答を待った。
【オークション開始。念信器には多少の雑音】
- 30 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/03/26(月) 12:32:46.41 0
- >>27と>>28の間が抜けていました。申し訳ありません
モーゼル邸に足を踏み入れた我々を待っていたのは
>「随分と派手に嗅ぎ回ったようだな?」
アイレル女史と私の行動はさすがに広まっているらしく、開口一番の先制パンチでした
「情報収集するのはそこいらの犬でもやってることだろ?」
小さな小屋に通されていきなりこの言葉というのはわたしの想像の遥か上です
アイレル女史はいったいどれだけ暴れ回ったのでしょうか
>『??武器を所持していないか』
「護身用の短剣でもっていいたいところだけどな。お生憎様、この街で刃物は御法度だろ?
なんにもないよ。強いていうならこの羽根か?あんたの鼻をくすぐる程度にしかつかえないけどな」
乾いた笑いとともに手に持つ極彩色の羽根をひらひらと検査人のまえではためかせます
「まさか乙女の礼装をひんむいて調べるなんて野蛮なことをしないだろ うね?」
>「その言葉で何人を裸にしてきたのかしら?」
安い挑発に躍起になるほどこの人たちは暇ではないでしょう
私たちへの追求はこれ以上なく、検査術式による検査も無事通過することが出来ました
>『これで最後だ??どこからどうやって盗んできたのか』
>「??リア、説明よろしく。」
最後の質問にアイレル女史からのパスが飛んできました
想定内の質問ですので、私は今朝の朝ご飯のメニューを話すような口ぶりで話し始めました
- 31 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 00:57:54.94 0
- 【ウィット】
>「――ところで、スティレットさん。ウィットさ……いえ、ウィット・メリケインに会う前に三つ。
三つだけ覚えておいて欲しい事があります。いくら上位騎士様のスティレットさんでも、それくらいなら覚えていられますよね!」
「おーっ!任せて欲しいであります!3つと言わず4つ5つぐらいまでなら高確率で覚えられるでありますよ!」
マテリアの痛烈な皮肉にはもちろん気付かず、スティレットは安請け合いした。
当然、お手盛りがある。高確率というのは、三歩歩いた時点で5つ覚えたうちの2つは忘れているであろうという意味である。
朝に笑い話を聞いて夕方に笑い出す驚愕の処理速度を誇るスティレットであった。
>「まず初めに……私達なんかテンションが被ってる気がするんですよね!
なので暫く喋らないでいてくれますか!あるいは今すぐイメチェンして下さい!」
「い、いめちぇん……」
いきなりとんでもないハードルが来た。
とはいえ彼女とて貴族の娘、着飾ることに慣れていないわけではない。
現在のなんちゃって民族衣装から、適当な町娘にでも変装することはそう難しくないだろう。
……スティレットが服の袖の通し方を忘れていなければの話だが。
>「と、まぁそれは冗談ですけど……マロン・シードル。
ウィットの前で私が名乗っている偽名です。これは覚えておいて下さいね」
>「そして、私は皇帝からとある極秘の任務を仰せつかっている……という事で通しています。
スティレットさんはその任務の内容を知りませんし、知る必要もありません。
ただ私を守り、時には敵を断つ為の剣であれとしか聞かされていない。覚えておくのはこの二つだけで十分です」
「りょ、了解であります」
憶える案件が二つなら大丈夫だ。両手のひらにひとつずつメモっておけば良い。
もちろんそれをアヴェンジャーに見られては大変なので、薄革の手袋をしておかねばならなかった。
(でも、良かったであります。ヴィッセンどの、この前みたいな怖い顔はもう見たくないでありますし)
5日前の報告会でのマテリアの私憤は、流石のスティレットも心臓を痛めずにいられなかった。
良くも悪くも(悪いほうが多いが)脳天気なスティレットにとって、怒りを露わにする他人は腫れ物でしかない。
ただ座して、萎むのを待つか。あるいは自分でつついて爆発させてしまえば案外楽になれるかもしれない。
- 32 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 00:59:46.36 0
- それに、マテリアは――彼女はウィット=メリケインのことを「ウィットさん」と言いかけた。
揺れているのだ。未だ彼女の中で、親しみを込めた敬称と、事務的な名称の、どちらを使うべきか。
ひいては、ウィット=メリケインに対してどういうスタンスをとるべきかを、迷い続けている。
いずれにせよ、仰せつかったのはマテリアの護衛だ。
護らねばならない。もうかつての湖での一件のように、与り知らぬ場所で仲間を喪うのはごめんだ。
だから「護れさえすればそれで良い」という今回のシンプルな任務は、彼女にとって僥倖ですらあった。
無意識のうちに握りしめていた、首から下げた水筒の中身が、ちゃぷんと波を立てた。
たどり着いたセーフハウスの扉が開く。
粉雪と寒風を同伴者に、『鬼』が出るか蛇が出るかの伏魔殿へと足を踏み入れた。
* * * * * *
>「褒め言葉なら、まだ取っておいて下さいよ。今から使ってたんじゃ後で足りなくなっちゃいますよ。
肩に積もった雪を払いながら、マロンは滑りこむように部屋に入ってきた。
否、マロンだけではない。その背後に、もう一名の人影が見える。
『銀貨』の仲間だろうか――そう見立てたウィットの推測は、その斜め上を行く事実によって裏切られた。
マロンの肩の向こうから、ひょっこりと覗き込むように顔を出したのは。
(『剣鬼』――――ッ!?)
危うく動揺を顔に出すところだった。『銀貨』を提示された時並の衝撃をウィットは受けた。
剣鬼。崩剣。破嬢槌。歴代最年少で最強の剣士の銘を得たフランベルジェ=スティレットの名は、武門に知らぬ者はない。
否、そうでなくとも――ウィットだけは、例え彼女が剣鬼でなくとも知っていただろう。
他ならぬ『前職』。上位騎士という職場で、何度か共に任務をこなした経験があった。
>「……あぁ、この方はただの『剣』ですので、お気になさらず。まぁ、皇帝陛下がいかに本気なのか、察して頂ければ幸いです」
「……なるほど。こりゃ確かに、一大事だな」
ウィットは肩を竦めた。それは降伏のポーズではなく、「やってられない」といった風情だった。
先代ならばともかく所詮"なりたて"の鬼銘だ。搦め手でいいなら、いくらでも彼女を殺す方法は思いつく。
ただし、それはスティレットが単身で存在しているときのみの話だ。
『銀貨』――並ならぬ戦闘力を裏付けに持つ特務機関の構成員が傍に控えている以上、迂闊に手を出すことも叶わない。
言って見れば、この女たちはお互いをお互いの保険にしてここに来ているのだ。
ウィットという『鬼』を相手にして、少しでも生存率を上げるために。生きて、この街から帰るために。
- 33 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:03:37.09 0
- (今しばらくは、『光栄だ』とでも思っておこうか。この国のトップに、そこまでビビらっせた僕のリードってことで)
それに、ことを構えるべきは彼女たちではない。
戦わなければならないのはこの街を腐敗させる白組と、この国を腐敗させる元老院の陰謀だ。
戦力が増えたとでも思って、ありがたく使わせてもらおう。
>「さて、それではモーゼル邸の警備についてですけど……潜入のプランはありますか?
>「ま、私見を述べるなら……あの魔導灯には、あまり手を出したくないですかね」
ウィットは内心で舌を巻いた。なるほど、そこまで調べていたか。
屋敷に配備された戦力は、おおまかにわけて二つに分類される。『陰』と『陽』の警備システムだ。
『陽』は言わずもがな、見るだけでそれとわかるガードマンや猟犬の警備態勢。
そして同時にそれは『陽動』でもある。そのものだけでも強力な戦力だが、屋敷の警備は一枚壁ではないのだ。
『陽』の警備をクリアして、油断したところを捉える本命の『陰』の警備――という二段構え。
ガードマンや番犬を無力化しても、眼には見えない動体検知や偽装ゴーレムが侵入者を絡めとるのである。
(モーゼルが独占してる『盗用技術』は、帝国の魔導技術よりも遥かに優秀で巧妙――
この僕ですら、フラウや子供たちに協力してもらったここ一月の地道な草の根活動で、ようやく知ることのできた情報だ)
それを、たったの五日でマロンは看破した。
『銀貨』という組織力のなせる技か、はたまた何らかの"天才"か――いずれにせよ、この若さで末恐ろしい女だ。
>「そうですねぇ。ガードマンを誘き寄せてあの背広を奪うか……やるなら搬入口が楽でしょうね。
>「あるいはモーゼル邸に向かう途中の客からカタログを奪うか。
街を歩きながら、ウィットはマロンと意見を交換し合う。
- 34 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:04:32.89 0
- 「カタログを奪うのはやめておいたほうがいいな。
時間があるならともかく、今これからカタログの所有者登録を誤魔化すよう工作するのは、流石にリスクが大きすぎる」
なにせ無法者の集うタニングラードだ。『盗む』ことは無論のこと合法であるから、所有者側にも自衛策が求められる。
その内の代表的なものが、所有者の魔力を読み込ませて認証を行うシステムや、簡易位置補足魔術の施術である。
これは一月前、かつてウィットが『白組』に下見に行った時――『買い手』として参加した時に知った情報だ。
金の使い道に困っていた彼は、片っ端から奴隷の子供たちを競り落した。
それが今のウィットのもう一つの手足――『路地裏の子供たち』の前身である。
「ガードマンを誘き寄せる……これができるならそれに越したことはないが……」
彼は足を止めた。
そこは、『白組』オークションの開催場所、モーゼル邸の裏――搬入口。
既に全ての搬入が終わり、会場の破裂しそうな気運の高まりが裏口から漏れてきて彼らの頬を叩くようだ。
大型の馬車も入れそうな搬入口の両端に、屈強な男が二人。モーゼル子飼いのガードマン達である。
「しかし僕らの現在の身分はあくまで一般市民。客でもない身で、任務中のガードマンを誘き寄せるなんてできるのか……?」
【ウィット:マロンと合流。ガードマンから背広を奪う案が最も現実的だが、どう誘う?】
- 35 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:06:12.21 0
- 【フラウ】
>「――この辺りの茂み、そう搬入口と正規の入り口の近く。
木の棒でも何でも良いから二つ、可能ならばで良いから、必ず"双つ"隠しておいて。」
>「出来るだけ形が似ているものがいい、材質はなんでもいい」
いかにも悪人っぽい格好をしたフィオナとリアから、フラウは謎の要請を受けた。
「双つ……?わかった。仲間に頼んで、半刻以内に全て整うよう手配しておくぜ。
……それじゃ、頑張ってくれよな。もちろんあたしたちも全力で支援するけれども、実働は――」
>「……お待ちなさいな。」
そそくさと退散しようとする背後から肩をおもむろに掴まれた。
あまりに不意打ちだったので、ひぃっ!?と情けない声が出てしまう。
>「一体何処へ行こうと言うのかしら?貴女の分の衣装も、ちゃんと用意してあるわ。」
(悪役似合うなあんた……どハマリじゃんか)
あくまで奴隷商の仮面を崩すことなく、品物に飾りを施すような仕草でフラウに紙袋を押し付ける。
中身を検めると、それは確かにフラウの注文したドレス一式だった。
忘れていたわけではない。ただあの場で啖呵を切ったはいいものの、敵も味方もプロ同士の駆け引きだ。
下手に素人のフラウが首を突っ込むよりかは、いっそ全てを彼女らに任せてしまったほうがいいのではないかと思ったのだ。
そうだから決して、忘れていたわけではないのだ!
>「あなたに似合うようにと私たちで選んだドレスです。お似合いになると思いますよ」
>「それを着て中まで付いてくるかどうかは、貴女に任せますよ。」
「う…………」
そこへ来てダメ押しのように素に戻り、女の目から見ても酷く魅力的なウインクをされると、フラウはもう何も言えないのだった。
大人しく着付けを手伝ってもらいながらも着替え、金持ちの中に混じっても遜色ない身なりになって、同行することにした。
* * * * * *
- 36 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:07:33.37 0
- 無事に検査を乗り越え、ここで『品物』の少女と別れた三人の"盗人"は、出品者席へと案内された。
ここに来るまでフラウは生きた心地がしなかった。検査室での女二人のやり取りはあまりに心臓に悪かった。
「大丈夫かよ、あんなに煽っちゃって……」
フィオナもリアも、結構イケイケな感じで検査人を挑発しまくっていたのだ。
あくまでものをよく知らぬフラウの主観であるから、悪党特有のスラング、軽口の叩き合いなのかもしれないが。
結果的には疑いをかけられることなく突破できたわけで、絶妙な匙加減があったのだろう。
『相手を怒らせず』かつ『適度な品の悪さを演出する』というのは、相当に神経を使う作業であったはずだ。
冷や汗一つかかずにそれをこなした二人の器の大きさは、もう流石の貫禄と言う他ない。
(『人質の姉ちゃん』は……流石にここからじゃ見えないか)
商品の控え室はサプライズ性を重視して会場のどこからも見えない位置に秘されている。
かの少女が再び陽の目を浴びるときがくるとすれば、それは彼女が競売にかけられる際である。
『人間』の商品はなるべく早くはけたほうが運営側にも都合がいいので、その時はそう遠くないとフラウは朧気に推測した。
そしてオークションが始まる。
オークショニアのよく通る拡声魔法が、淡々と時にドラマチックに競りの白熱を演出していく――
>「そこの屈強なお兄さん、お花を摘みにいきたいんだけどいいだろ?会場に垂れ流すわけにはいかないわけだし」
リアが出品者席の警護にあたっていたガードマンに中座を要請した。
打ち合わせ通り、ここで『オークション中の単独行動が許されるか否か』を確かめるための一石。
筋骨隆々の肉体を漆黒の背広に封じ込めたガードマンは、耳に手を当てて一人ごとを呟いたかと思うと、露骨に舌打ちした。
「……ついてこい」
答えは――『ガードマン同伴ならば可』。
リアを伴ってガードマンが一人、出品者席から消え、入れ替わるように後詰と思しき別のガードマンが入室してきた。
「後詰の補充がえらく早いな。たまたま交替のシフトと被っただけか?……どう見るよ、フィオナさん」
交替の人員を呼ぶなら、この部屋の壁にも取り付けてある有線の念信器を使うのだろうが、彼らは一切そんな素振りを見せなかった。
ガードマンの一挙一動を逃すことなく見張っていたフラウは、何故か同じように耳を弄っているフィオナにぶつける。
無知な彼女よりも、相応に修羅場をくぐってきたであろうフィオナならば、そのからくりを見破れるかもしれない。
- 37 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:09:39.17 0
- 『さあ続きましてお次の商品はこちら!ここタニングラードにてフィオナ誘拐団が拐かしました現役貴族のお嬢様!
確認がとれましたところによれば帝国北部のさる諸侯のご令嬢ということで、
"転売"如何によっては大いなる利益を生むことでしょうこちらは100000からのご入札でございます!』
首輪と枷をされた例の『人質の少女』が台車に乗せられて魔導灯の下に引っ立てられた。
身なりこそ質素なものであるが、柔らかな髪と白く瑞々しい肌、人形のように愛嬌のある容姿はやんごとなき身分のそれ。
いかにも小動物といった感じの不安を隠さぬ仕草が金持ち達の嗜虐欲、あるいは庇護欲を煽り、入札はどんどん重なっていく――!
『おおっこれはすごい、二十万、三十万、五十万、百万まだまだ上がります!!
……出ました!『即決価格』入りました!入札終了です、落札された方は後ほど権利書を交付しますので――』
こういった裏オークションは、競りの品が法に触れれば触れるほど、徳に背けば背くほど盛り上がる傾向にある。
とくに人身売買の場合、『奴隷を買う』という行為に対して『人売りから救ってあげる』という考え方をする者は多く、
奴隷の少女にとっての『英雄』になる否かという、歪んだ善意が白熱を呼ぶ直因となっている。
「後で助け出すとは言え……良い人に買われてたらいいな……」
かつて地獄のような奴隷身分から"おじさん"に助け出してもらったフラウは、率直にそう零した。
聞きようによってはもの凄く不謹慎な物言いではあるが、彼女なりの心配でもあった。
『それではそろそろ今回のオークションの目玉商品に入りたいと思います。
……競りを始めます前に、皆様お手元のカタログ巻末の用紙をお取りください。そちらは"誓約書"でございます。
本日これから行います商品に関しては、見聞きした情報を絶対に他者に漏らさぬことを誓約していただきたく存じます』
- 38 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:10:41.74 0
- それまでの明るい商売口調から一転して声のトーンを落としたオークショニアが、参加者たちにカタログの閲覧を促す。
つまりはそれだけ重大な――『重大な違法物件』であると。言われずとも誰もがそれを理解した。
『なおこの商品については、例外的に一切の詳細、出品者、窃盗方法を明かすことはできません。
それらをご了承の上で競りへの参加をお願いします――』
魔導灯がステージを一際に照らし、運ばれてきた商品に光と視線の両方が集まっていく。
それは、間違いなく『零時回廊』の片割れであった。しかしあれだけよく喋ったオークショニアは、一切の解説をしない。
『ここにお集まりの皆様であれば、帝国史の中で幾度かお目にかかったことがあると存じます。
私共も何故この品がこの街にあるのか、そして"もう片方"はどこへ行ったのか、一切の仔細を知りません。
ただ専門家の分析によって、この片割れが紛れなく"本物"であることだけは、『白組』が保証致します』
オークショニアは、"それ"の名前を呼ばなかった。
名前を呼べば、つまりはこの物体を『零時回廊』と呼んだ途端、『白組』はこの特災級呪物をそれとわかった上で所有したことになる。
持っているだけで危険な代物とわかっているのに届出もせずに、あまつさえ販売したことが当局に知られれば――
例え治法権の及ばぬこの街だとしても、例えどんなに政治が腐敗していても。国家が白組を潰すために動くことになる。
零時回廊が封印もされずに野放しになっているという事態は、紛れも無く『有事』だからだ。
だから、どれだけ白々しくてもオークショニアは『これがそんな大変なものだなんて知らなかった』と言い張らなければならないのだ。
「あのガラクタ、そんなに凄い代物だったのかよ……」
オークショニアや参加者達の間で生まれた緊張を『色』で感じて、フラウはため息のように零した。
具体的にどういったモノなのかはわからないが、とにかくヤバくてスゴいブツらしいことは、彼女にだってわかる。
『それでは皆様お立会い、入札開始は二百万から――あーっと!いきなり即決価格です!御落札おめでとうございます!』
【『零時回廊』出品。即落札】
- 39 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:11:53.85 0
- 【クローディア】
は、暇をしていた。
当然だ、気心の知れた部下は三人とも仕事に出てしまったし、休憩中の荒くれどもは話し相手になりもしない。
手慰みに始めたポーカーでは何かのイカサマでも食らったのかボロ負けし、惜しくもないクラッカーをチップ替わりに巻き上げられる。
念信器を指でカリカリと掻いて、ダニーやロンと繋げようとするも、何やら雑音が酷くてうまく繋がりもしない。
これだから金のかかっていない道具は信用ならないのだ。
クローディアはその遺才の性質上、自分で取引した商品の性能に関しては他ならぬ血によって保証される。
そしてどういう因果が働いているのか、支給品やタダで貰ったものに関しては、殆どと言っていいほど不具合が発生するのだ。
「あいつら、ちゃんと働いてるかしら」
怪我がなければいいけど――労災適用しなきゃいけないから。と益体もないことを考える。
労働災害の申請は本当に面倒なのだ。特に『商会』のように、表向きは戦闘職であることを掲げていないと特に。
こっちは毎月安くもない労働税を払っているのに、役所の窓口は申請の度に嫌味を吐いてくる。
そりゃ確かに、結構、いやかなり頻繁に労災保険を貰いに行ってはいるけれど、それだってちゃんと医者の診断書付きだ。
どうせお役所仕事なのだから、いちいち無駄な詮索をせずにとっとと労災金を出してくれればいいのだ。
ますます人間が嫌いになる。自分が給料を払ってない人間と、一秒とだって関わっていたくない。
クローディアは、他者との繋がりを金銭の支払いによってでしか維持する方法を知らなかった。
幼い頃から貴族として、商人として、そして多くの労働者の生活を保証する経営者としての教育を刷り込まれ、
反面いわゆる「まとも」「普通」の人付き合いの仕方などまったく教えられてこなかったからだ。
そりゃあ、社交界に出れば人付き合いも必要になる。しかしそれも商人からしてみれば、全て金絡みだ。
それは実家を破門され、傭兵に身を窶したあとも変わらなかった。
なんのことはない、金を払う側から貰う側に変わっただけだ。金で繋がれた関係には違いなかった。
傭兵を辞め、再び経営者として傭兵仲間のナーゼムを雇い稼業を始めたときも。
家名を捨て、ただのクローディアとしてまっさらな身分になっても、彼女は金の亡者で在り続けた。
- 40 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:12:53.24 0
- 世の中金が全て――それは概ね正しい。社会構造を最も単純化したとき、最後に残るのは各々の資産だ。
己の資産を他者とやり取りする共同体の最果てが、現在の都市社会なのだと教導院は教えている。
簡単な社会論だ。魚採りのうまい者が、畑を持っている者と、それぞれの所有物を交換して豊かな食事を実現する。
やがて交換の手間を簡略化するため、二人は同じ土地で共に住むようになる。
そこに木の実をたくさん持っている者や、裁縫の上手いものやらが加わって、群れになり、村になり、街になり、国になる。
人間関係とは、財産の交流を最適化するための手段に過ぎない――クローディアは自分なりに社会学を読み解いて、そう結論づけた。
そして財産の交流こそが人間関係の本質であるならば、そんなもの、金でいくらでも代用できるじゃないかと。
だから世の中は金が全てなのだ。お金をたくさん持って、随時必要な人間関係を買えば良い。
他者とうまく関わりを持てなかった少女が、苦し紛れに選んだ自論。それは正しく、そしてそれ以上に寂しい結論だった。
しかし、この街に来てからのクローディアは端的にいって『らしくない』ことばかりしている。
街に入るのを拒絶されても、なおダニーと共に乗り込むために一緒に頭を捻ったり。
一銭にもならないのに、フィンを助けるため商売の金に手をつけ、赤字を出してまで彼を救い。
彼女のために啖呵を切ってくれたロンに、みっともなく取り乱して怒りをぶつけてみたり。
自分でもなんだかおかしなことになってしまったなという自覚はある。
こと金銭に関しては、焼結ミスリル鋼のように固く硬く閉ざされていた彼女の心が、酷く緩みつつある。
それはきっと、かつて故郷のあった湖で得た教訓に基づく変異なのだろう。
気づいてしまったのだ。あのウルタールの闇深き穴蔵の中で、この手をすり抜けて死んでいった男が教えてくれたこと。
――『世の中には金で買えないものがある』なんて、あまりにも当たり前すぎる常識を、ようやく知ることができた。
喪われてしまったものは、最早どれほどの大金を積んだとしても、決して贖えはしないのだ。
- 41 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:14:45.70 0
- 未熟なクローディアは、心に芽生えた感情をうまく定義できない。
だけれど、あえて近い言葉で言い表すなら、きっとこういうことなのだろう。
見かけに違わず屈強で、見かけによらず聡明な巨人。
よき友であり、よき相談相手でもあり、クローディアの間違いは諫め、上手くやれたときは静かに認めてくれるダニー。
見かけに違わず俊敏で、見かけ通りに真っ直ぐな少年。
その俊足で、その直情で、クローディアが足踏みするような闇をも切り裂いて道を示してくれるロン。
彼女たちを、そして彼女たちがクローディアに向けてくれる好感情を――失いたくない。
ダニーやロンに嫌われたくない。彼らに好かれる自分で在りたい。そして自分もまた、彼女たちを好きでいたい。
初めて得られた『自分だけのもの』。失えばお金じゃ絶対に買えない、いわゆる『好意』みたいな感情を、ついに実感したのだ。
金によって繋がれた、上司部下の垣根を超えた――友情や愛情を、しかしまだ彼女は言語化できない。
でも、今はそれでいいと思った。ビジネスじゃないんだから、急ぐ必要なんてない。
じっくり、ゆっくり考えていこう……そう思った途端、何故だか無性にダニーやロンと話したくなった。
念信器に指を這わせ、今一度、部下たちのチャンネルに合わせ――
>『スイだ。…どうかしたのか?』
「……誰?」
『無線念信は国内では軍用のものしか認められていないので、暗号化はしてありませんが使用には影響しないかと』
という、ランゲンフェルトの言葉が、ものすごい勢いで頭の中にリフレインした。
【ダニー、ロンと会話を試みて念信器を使うも、混線。ノイファとスイの念信に図らずも介入することに】
- 42 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:15:32.61 0
- 【ボルト】
フィンと別れたあと、ボルトはこの街の市場で購入した外套を纏って、夜歩き中の住人を装い彷徨いていた。
三白眼はいつにも増して瞬きが多く、固く結ばれた口はへの字に反っている。
噛み潰した苦虫の味が、いつまでも口の中に残っている気分だった。
>『あんたはサフロールを殺した無能だろ!?今更余計な慈善意識なんて持ち合わせんなよ!!』
放たれたフィンの言葉に、今更動揺するほどボルトは人格者であるつもりはなかった。
元からそうだったはずじゃないか。おれは、あいつらの命を使い潰して食うための金を貰っている。
部下を殺した無能。それはどこまでも正しい評価で、そして大きな見当はずれでもあった。
その采配によってサフロールを死なせたのは紛れなくボルトであったし――遊撃課において、課員を死なせることは無能ではない。
ボルトの意志はどうあれ、上層部……元老院からしてみれば、厄介者の天才などどんどん死んでくれたほうが良いのだ。
事実、その件でボルトは元老院から棒給とは別の報奨を貰っている。
(クソが。無能の方がよほどマシじゃねえか)
ボルトは自分を過大に評価しない。そして自分が特別有能だとは思っていないが、無能だとも思っていなかった。
与えられた任務において、求められた結果を出してきただけ――そういう責任転嫁を、許される身分だ。
だが、今だけは、『部下を死なせた無能』という謗りがボルトの心に強く響いた。
不当な評価に動揺したわけではない。正当な評価だと安堵したのだ。
ああ、こいつは、この男は、部下を死なせたおれを無能と言ってくれる。死なせたことに怒りを感じていてくれる。
人の命を数字の上でしか測れない権謀術数の渦中に立つボルトにとって、その純粋な激情は酷く暖かなものに思えた。
フィン=ハンプティは良い奴だ。
だからこそ、死なせるわけにはいかなかった。
元老院の顎先一つで行先が絞首台になりかねない遊撃課という泥船に、いつまでも乗せておくわけにはいかないと思った。
(お前は生きろよ。憎まれ者じゃなくても、世に憚れよハンプティ……!)
その時、背嚢に仕込んである無線念信器が着信を知らせた。
課員たちに支給したものではなく、指揮官のみに配備された長距離念信も可能な大型モデルだ。
生憎と小型念信器の方とは念波のチャンネルが合わないために、今回の任務では埃を被っていた代物である。
『――――――』
発信者は、今回の任務では連携をとっていないはずの従士隊タニングラード支部。
オープンチャンネルで全無線に放たれた緊急念信は、ボルトにとって驚愕の内容だった。
「馬鹿な――帝国はこの街を見捨てたのか!?」
* * * * * *
- 43 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:16:50.94 0
- 【タニングラード入城ゲート・ドック →フィン】
フィン=ハンプティが出発を待つ隊商の馬車は、野党対策のために武装をしているため街中には入れない。
しかしややこしい入城審査を積み込みのためだけに何度も繰り返すのは甚だ不合理だという要請に従い、
隊商の馬車だけが出入りできる区画を城壁の内側に設け、そこから一歩も街中に出ないという条件で馬車の駐留を許している。
タニングラードにあって武器を持つことのできる、数少ない例外。その一つがこのドックなのだ。
「お客さん、そろそろ出るから支度してくれよな」
ボルトの手配した帝都行きの馬車が、全ての積み込みを完了して出発する気配を見せ始めた頃。
一台の馬車が粉雪を引き連れてドックへと滑りこんできた。予定にない所属不明の馬車の侵入に、職員たちが身を固くする。
すわ、野党かはたまた攻めこんできた隣国の先遣隊かと憶測が飛び交う喧騒の中、幌に積もっていた雪がずるりと落ちた。
すると雪の重みで倒れていた、馬車用の小型の旗がピョコリと頭を上げて、職員たちはさらに目を皿にする。
旗は、帝国旗だった。それも政府要人が公用で使う高速馬車の識別旗である。
帝国法と切り離されたこんな辺境の地に、政府高官が何の用で――?
その場に居合わせた者が例外なく感じたであろう疑問と、それを問う穴の空きそうな注視の中、馬車の扉が開いた。
降りてきたのは、三人の男女だった。
- 44 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:17:07.41 0
- 一人は巨躯の男。
逆立った短髪は輝くような金色を示し、彫りの深い鼻筋に双眸は鮮やかな蒼。
頑丈な布で織られた裾の広いスボンに、牛の革で作られた荒々しい装飾の靴。同じく革のジャケットに、庇の大きな帽子。
一目で異国の者だと分かる扮装だ。帝国の南方に在する共和国のものだった。
一人は痩躯の女。
鋼を思わせ鈍く照る銀髪は長く、首の後ろでひとつ結びに纏めてあり、切れ長の双眸に収まる灰色の二球。
白と黒の硬質布で仕立てられた軍服に、上等なカソック型の外套を合わせ、フードによって鋭い眼光を覆い隠している。
そのカソックと軍服のデザインから、帝国の西隣――西方エルトラス連邦軍の軍人であることが窺い知れる。
最後の一人は精悍な容貌をした青年。
戦闘用に高度に練り上げられた体つき、腰には細身の長剣がまるで身体の一部のように吊ってある。
官給品の外套の下には従士隊制式採用の軽鎧、双眸の上には制式の防刃帽が鎮座していた。
前述の二人が青年の後ろについていることから、この集団の中では彼が代表者であることがわかるだろう。
「ワオ、寒い!やっぱりママに無理を言って、新しいセーターを仕立ててもらうべきだった。これでまだ冬始めだって?ウソだろ?」
巨躯の男が肩を竦めながら腕を摩る。
他の二人が冬らしい外套姿なのに対して、この男は明らかに軽装だった。
「……同志、歓迎の催しはないのか?祖国では外から来る旅人は神の財産として三日の宿と三晩の宴を受ける権利があるのだが」
痩躯の女はフードの目庇から覗かせる、生き馬の目も射抜くような矢切眼で周囲を睨めつけながら問うた。
いかにも西方正規の軍人らしい、定規で測ったように伸ばされた背筋と一切ぶれない体幹は流石の立ち振舞である。
「んーまあ、ここお前らの国じゃねーからな。どっちにしたってお忍びなんだから歓迎なんかされねえよ。
そう、お忍びだ。本国から何言われて来たのか知らねえけど、物見遊山じゃないってことはわかってるよな」
防刃帽の青年の確認に、後ろの二人は一様に肩を竦めた。
――――
- 45 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/03/29(木) 01:18:01.70 0
- 元老院の一席を殺害し、北端の街に逃げ込んだ護国十戦鬼、ユーディ=アヴェンジャー。
彼が盗み出し、同様に消息を絶った特殊災害級呪物、『零時回廊』。
そして――帝国法から独立し、故に周辺諸国の全てに恩恵を与え続けてきた無法の貿易街タニングラード。
既に事態は帝国一存で解決できる規模を逸脱し、国際関係にも大きく波紋を投げかけるものへと発展していた。
タニングラードが貿易、ひいては国際社会全体にもたらしている利益はどの市場よりも重大だ。
となれば、街一つ容易く滅ぼせる『零時回廊』がかの街にある現状は、帝国含むあらゆる国家の危惧するところである。
特に、帝国との関係が芳しくない『西方エルトラス』と『南方共和国』は、ここぞとばかりに積極的な介入意志を見せてきた。
武力では未だ大陸最強を誇る帝国に、戦争ではなく政治的な責任を問う介入口実を得た形になったのである。
事件に即応すべく送り込まれた遊撃課の先遣メンバー。
それとは別働隊で、各国上層部の意志をより直接に反映すべく二次派遣の遊撃課を急設した。
現場でのイニシアチブを帝国のみに握らせない為、西南それぞれの国から一人づつ監査役を同行させている。
国家間の垣根を超えた『国境なき左遷』として、遊撃課に出向してきた者たちだ。
それが、たった今タニングラードに到着した三人。
巨躯の男の本国は、大陸内では最も進んだ魔導技術を持ち、先進的な制度を多種採用している南方共和国。
国家司法機関『夜警院』より出向の遊撃課南方監査・ジョージ=リベリオン。
痩躯の女の本籍は、大陸西方に広がる少国家群にして、私有財産を否定する『神財主義』を掲げる西方エルトラス連邦。
国家が崩壊し無政府状態の連邦を治める神殿機関『正域教会』から出向の西方監査・アネクドート。
共に遊撃課を監査し、同時に遊撃課の助力となるべく左遷された者たちである。
「さあ、現場だ現場!今後とも世界がよろしくやれるように、しっかりお仕事こなそうぜ!」
そして防刃帽の青年に関しては、フィンも面識があることだろう。
他ならぬ遊撃課への左遷の際にボルトと共に面接を行った、遊撃課の発足者にして相談役。
「――『ユーディ=アヴェンジャーの暗殺』と、『タニングラードの制圧』をなあああああああっ!」
先代剣鬼の嫡男にして、"剣"の眷属、対地重撃剣術『轟剣』を継承する男。
レクスト=リフレクティアである。
【ユーディ討伐隊(遊撃課の二次派遣隊)が現着。国家間上層部の協定により、タニングラードを武力制圧する予定】
【ボルト含む先遣の遊撃課には一切そのことは伝えられていない模様】
- 46 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/03/30(金) 01:11:24.25 0
- 唱和される泣き声に、さしも鉄面皮の黒服たちもいいかげん厭気が差してきたと見える頃。
その内の一人が出し抜けに二人へ歩み寄ると、ファミアの隣の子を引っ立てて行きました。
よっぽど諦めきっているらしく顔を俯けたまま連れて行かれたその背を見送って、
次はいよいよ我が身かとファミアはただおののくばかり。
(……そういえば『回廊』は!?)
内心が不安で埋まってしまったせいで完全に本来の目的が押し出されていたのを、
すんでのところで引き戻したファミアは慌てて首を左右に巡らせました。
はたから見れば立派な情緒不安定です。
そしてついに、目的の物を視線の端に見止めました。
教本の挿絵で見た通りの外観のそれは、順番が近づいてきたため、
別の、恐らくはもっと厳重に警備されている場所からこちらに移されてきたのでしょう。
さっそく念信を入れて今後の行動を他の課員に諮ることにします。
がしゃん。
「あれ?」
上から檻が被せられて、外界と遮断されてしまいました。
どうも探しものに没頭するあまり自分の順番が回ってきて移動させられているのに気が付かなかったようです。
下は台車になっていてそのまま会場へと搬送されたファミアは、思わず目をしかめました。
ことさら薄暗いわけではないものの、光量が抑えられた『舞台袖』から、
スポットライト華やかなりし『舞台上』へ何の備えもなく出たためでした。
そんなファミアに構いつけることなく入札の開始が告示され、値は夏草のごとくに伸びてゆきます。
どうも檻だの首輪だのがファミアにはよくわからない不可思議な効果を上げているようです。
(さっきの子よりは高値みたい……)
その様子を見ていたファミアは、なんだかちょっと得意げ。
(……駄目!この優越感はなにか違う気がする!)
割と正解です。残念ながら報奨はありませんが。
>『……出ました!『即決価格』入りました!入札終了です、落札された方は後ほど権利書を交付しますので――』
そんな葛藤など知りもしない周囲の世界は、ファミアを置き去りにさらに加速を続けて、終端速度まで達しました。
身柄の引渡し自体はその場で行われますが、代金を支払って権利書を受け取るまでは『自由』にはできない、ということのようです。
落札者は人品卑しからぬと見える初老の紳士で、ファミアは一安心。
――見た目だけで、実はこの紳士、夜ごと子犬を一匹絞め殺さないと安眠できない性癖の持ち主なのですが、
もちろんファミアがそれを知ることはありません。
- 47 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/03/30(金) 01:12:08.25 0
- 落札者はこの後のオークションにも参加予定があるらしく、会場に残りました。
借りてきた猫にも見下されかねないような様子を装った(八割まではただの自然体です)
ファミアは、これ幸いと脱出路の検討を始めます。
邸宅外に出ればフラウたちの助力が得られますが、そこまでは自力でたどり着かねばなりません。
>『それではそろそろ今回のオークションの目玉商品に入りたいと思います』
しかしまだ部屋の形状すら確認し終えない内に本日のメインイベント到来。
誓約書だなんだと勿体ぶって、出てくるのが『回廊』ではないなどということは有り得ないでしょう。
(都会の人って忙しないから嫌い……)
田舎娘には街のリズムは合わないのです。
>『それでは皆様お立会い、入札開始は二百万から――あーっと!いきなり即決価格です!御落札おめでとうございます!』
「」
リズムだのテンポだのを踏み越えたあまりの速度にファミアは思わず絶句。
(父さま、母さま、この街では何もかもが過剰です……)
暗くほこりっぽい空と青く霞む山々が恋しくなりました。
しかしながら、今は田舎道を通って故郷に帰りたいとか考えてる場合ではありません。
ファミアはスイとノイファの二人へ向けて念信を送りました。
『動きますか?』
セフィリアの姿が見えないこと、ファミア自身の立ち位置がほかの課員とほぼ真逆にあることなど
問題がないというわけではありませんが、力づくで事を進めるのであれば機は今でしょう。
【独断は怒られそうなので他人に相談という形で責任を回避】
- 48 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/04/01(日) 19:37:43.07 0
- >「カタログを奪うのはやめておいたほうがいいな。
時間があるならともかく、今これからカタログの所有者登録を誤魔化すよう工作するのは、流石にリスクが大きすぎる」
>「ガードマンを誘き寄せる……これができるならそれに越したことはないが……」
>「しかし僕らの現在の身分はあくまで一般市民。客でもない身で、任務中のガードマンを誘き寄せるなんてできるのか……?」
「んー、そうですねぇ……」
マテリアは腕を組み、大げさなくらい神妙な表情を浮かべて、考え込む仕草を見せる。
「まぁ、無理でしょうね。私が酒瓶片手に胸を晒しながら踊ってみせたら、どうか分かりませんけど。
それは最後の手段って事で。……あ、代わりにあなたがやってみるとか、どうですか?」
しれっとスティレットに無茶振りをしつつ、彼女は懐から二つの物を取り出した。
一つは折りたたみ式で長方形の黒い手鏡、もう一つは派手な装飾のついた髪飾り。
どちらも複雑な紋様が刻まれている。
手鏡は左手で保持したまま、マテリアは髪飾りの装飾部分を口元に近づけた。
「――だから代わりに、俺が連中を呼んでやればいい」
前触れもなく、ウィットの背後で男の声がした。
この状況だ。突然後ろから、それも接近された気配もないまま、
誰のものかも分からない声をかけられるというのは、さぞや心臓に悪い事だろう。
「面白い玩具でしょう?でも貸してはあげませんよー」
マテリアが軽やかに笑いながら、髪飾りを見せつける。
それは正真正銘、ただの玩具だった。書き込んである紋様は魔法陣もどきだ。
解析困難な術式に見せかける為だけのもので、魔力を流しても何も起きはしない。
彼女のマテリアルは自分の両手だ。
そして遺才を完全な形で発揮するには、口と耳、両方に手を添える必要がある。
それは戦闘時において、とても大きな制約だ。少なくとも知られて良い事はない。
だから彼女は自分の遺才を単なる魔道具の効果だと、発動条件もろとも偽装するつもりだった。
これから先、敵になるだろうウィットに対して。
とは言えマテリアは一度、彼の傍で遺才を発動してしまった事がある。
もしもその時の事を彼がつぶさに覚えていたら、この行為は逆効果にもなってしまうだろう。
「さて、それじゃ早速……」
手鏡を耳元に添えて、超聴覚を発動。
搬入口を見張るガードマン達の声を覚え、次に意識を邸内全体へ。
仕草や言動から警備員の位置、詰所の位置を探っていく。
そして髪飾りを口元へ近づけて自在音声を発動。
- 49 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/04/01(日) 19:38:27.07 0
- 「こちら搬入口。さっきからこちらの様子を伺ってる奴らがいる。
商品を取り戻しにきているのかもしれん。二三人で回り込んで、排除してきてくれ」
詰所にいた警備員達に、搬入口のガードマンを真似た声を飛ばす。
頭の奥に直接響くような、念信器特有の音質で。
「少し場所を変えましょう。今、『彼が』警備員を呼びました。
不審な奴らが商品を取り戻しにきたのかもしれない、とね」
それから待つ事暫く、居もしない不審な奴らに回り込むべく正門から、警備員達がやってきた。
周囲を捜索しているのが見える。
再び自在音声を発動。彼らの周囲に足音や物音、話し声を飛ばして分散を図った。
「自分の分は、自分で調達して下さいね。まさか、か弱い乙女に一から十まで全部こなせだなんて、言いませんよね?」
愛嬌のある笑顔と共に小首を傾げてみせた後で、マテリアは動き出す。
遺才で自分の足音を隠蔽しながら、分散した警備員の一人へ早足で接近。
そしてその後ろ首に固く握り締めた髪飾りを突き刺し、えぐった。
自称か弱い乙女の一撃は警備員の頚椎を破壊――呼吸筋が麻痺して叫び声すら上げられずに警備員は崩れ落ちた。
「……この街じゃ合法、でしたっけ?」
一仕事終えると、マテリアはウィットの方を振り返る。
彼の戦闘を、その片鱗でも認めておけば後々有利に働くかもしれないからだ。
彼もスティレットも『鬼』の銘を持つ者だ。相手が優れた体術の使い手でも、事を仕損じたりする筈はないだろう。
「それでは行きましょうか。もう随分と盛り上がってるみたいですよ」
警備員から奪った、ややだぶつく背広を羽織り、超聴覚を発動しながらマテリアはそう言った。
しかし、屈強な男揃いの警備員の中に自分達が紛れ込んで不審に思われないか。
彼女はその事をやや懸念していたが、何故か他の警備員が女二人に見た目情けない男一人を訝しむ事はなかった。
クローディア達の事を知らないマテリアは、眉をひそめて首を傾げる。
けれども考えたところで理由が分かる訳もないと思考を中断。
遺才に頼るまでもなく聴こえてくる音を辿って落札者席へと向かった。
手筈通りに事が進んでいるのなら、そこにはスイがいる筈だ。
【落札者席へ】
- 50 : ◆L2ncxGVyg2 [sage]:2012/04/02(月) 00:20:27.40 0
- >>「"泣き虫お目々のランゲンフェルト"! ダニー、イマどこだ?マヨっちまってさ」
ダニーの耳にやや大きめの声が通った。誰かと思えばロン・レエイだ。
今庭園にいるから建物の外を回っていればそのうち会えるだろうと言うと、
少しして服がブカブカないしはダボダボの彼と合流することができた。
>>「いよっす!オクれてごめん、ダ……じゃなかった、ドリス!」
「・・・・・・」
ハローロナルドと返すと彼女はそのままロナルドことロンと巡回を続けることにした。
袖がかなり余った彼の姿は随分と可愛気があったが、戦闘になったらまず間違いなく
脱いだほうがいいだろう。ぷらぷらと振られる袖が微笑ましい。
仕事で寒空の下を無為に練り歩くというのは存外に閉口するものだが、
それで務めを疎かにする二人ではないので、たまに話したり黙ったりしながら、
淡々と会場の周囲を歩き続ける。
するとダニーの視界の端で、黒服が一人足早に歩いて行くのが見えた。
慌ただしく動く姿を、さして気にも留めずにそのまま巡回の一周目を終えようとした。
入れっぱなしの念信器からは雑音混じりにオークション会場の音が届いている。
物欲というものは不思議だと彼女は思った。
自分の持っていたものが無くなったから、欠けたから、足りなくなったからそれを補おうと、
取り戻そうと求めるのは分かる。彼女だってそうだ。だがそれだけに、
不足もなしに次から次へと欲しがることがダニーには分らない。彼女はロンに声をかけた。
「・・・、・・・・・・・・・」
なあロナルド、お前は何か物をとても欲しいと思ったことはあるか
そう口にした後、彼女は自分の言葉を反芻すると何でもないと手を振り軽く謝った。
普通はあるに決まっているのだ、馬鹿なことを言ったなとダニーは思った。
彼女は些か気まずくなったこの空気をどう切り替えるか思案に暮れていたが、
不意にある臭いを鼻先が捉えた。急速に空気が張り詰めるのを感じながら、嗅覚を頼りに臭いの本を探しだす。
- 51 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/04/02(月) 00:21:33.55 0
- 温かい空気が寒気の中によく広がるように、立ち上る鉄臭さは二人を呼び寄せた。
首から血を流した死体が一つ、服も着ないで夜の庭に捨てられていた。
触って確認してみるが、やはり死んでいる。まだ体温を残しながらも、
後はただ冷たくなるのを待つだけになった躯は酷く淋しげで、何より孤独だった。
「・・・・・・」
クローディアに連絡しようとダニーは念信器に手を伸ばすが、一向に繋がらない。
小さく舌打ちするとロンに、クローディアへこのことを伝えてきて欲しいと言った。
彼を向かわせようとするにはそれなりに理由がある。
ロンは自分より遥かに「疾く」、いざとなれば自分よりも護衛に向いていると
考えたからである。勿論これは勝手な行動だったが彼女にとって優先すべきは社長である。
そして再び念信器に触ると今度は別の人物のチャンネルに合わせた。
ロンは嫌がるだろうから彼女が代わりに言うことにした。
気は進まないが今やるべきことを避けることは誰にも許されていない。
「・・・・・・」
ランゲンフェルトか、とダニーは言った。事前に登録されていたものだが、実際に
かけることになるとは思わなかった。何事も無ければ敵は彼らだったが、
別に現れてしまってはどうしようもない。幸い足軽頭の方にはすんなりと繋がった。
現在地と今見たことを簡潔に報告する。即ち、黒服と思しき人物が殺害されていたこと。
思しきというのは服が剥ぎ取られていたからであること。首を一突きにされていることや、
他に外傷が無くやり口がかなり「小慣れている」こと、死んでからあまり時間が経っていないこと等だ。
通信中に死体の傷口を握り凍らせて塞ぐと、少しだけ避けておいてやりながら、
ダニーは通信先の上役に指示を仰いだ。あくまで一応のことではあるが。
「・・・・・・」
今までに客の暗殺に来た奴はいたのか、とダニーはランゲンフェルトに聞いた。
こめかみの辺りがチリチリと疼く。眼前の危機が増大しつつあることを、ダニーの本能は教えていた。
【警戒モードに移行】
- 52 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/02(月) 00:44:20.55 0
- >「お客さん、そろそろ出るから支度してくれよな」
愛想の欠片も無いキャラバン隊の言葉に、思考の迷路に陥っていたフィンは顔を上げる
見れば、荷運びに参加している人員は先にフィンが確認した時に比べ減っており、
後は数少ない荷物と人員を乗せれば、いつでも出発出来る様になっていた。
「……ああ、そうか。わかったぜ……今、乗る」
その言葉に引き摺られる様に、未だ答えを出せていない暗い瞳で
フィンが力無く腰を上げた――――その時であった
力強い馬の嘶きと共に、一台の馬車が粉雪を引き裂く様な勢いでフィンの居るドッグへと辿りついた。
余りに急なその馬車の進入が齎した驚愕に、その場の人々は思わず硬直してしまう。
その驚愕の中において一切の硬直をせず反射的に迎撃防御の姿勢を取れたのは、
やはりフィンが遺才持ちであるが故だろう……が、結果としてその警戒は無意味なものであった。
何故ならば、その馬車は夜盗でも武装集団のものでもなかったからだ。
いや、立ち居地からすればそれらとは真逆に位置すると言ってもいいだろう
馬車の上に立つ旗は――――帝国旗
つまり、その馬車に政府の高官かそれに順ずる者が搭乗している事を証明するものであった。
(なんで、政府の高官がこんな所に来てんだ……?)
その場には馬車が危険人物のものではない事に対しての安堵の空気が流れていたが、
フィンは一人疑問を孕んだ視線でその馬車を見つめる。
それはそうだろう。そもそも、遊撃課を先遣隊的な役割で危険な任務に送り込んだのは政府のお偉方なのだ。
であるのに、まだ状況に対しての「決着」が付いていないこの危険な状態で、
何故高官の馬車がやってくるのか、疑問に思わないほうがおかしいというものだ。
……
やがて、軋む音と共に開かれた馬車の扉が開かれた。
>「ワオ、寒い!やっぱりママに無理を言って、新しいセーターを仕立ててもらうべきだった。これでまだ冬始めだって?ウソだろ?」
>「……同志、歓迎の催しはないのか?祖国では外から来る旅人は神の財産として三日の宿と三晩の宴を受ける権利があるのだが」
>「んーまあ、ここお前らの国じゃねーからな。どっちにしたってお忍びなんだから歓迎なんかされねえよ。
そう、お忍びだ。本国から何言われて来たのか知らねえけど、物見遊山じゃないってことはわかってるよな」
二人の男と、一人の女。
馬車から歩き出たその三人を視界に捕らえた瞬間、フィンの背筋が粟立った。
(――――こいつら、強い)
満身創痍であるとはいえ、マテリアルである手甲の代用品である添え木代わりの鉄板を装着し、
微弱に遺才を発現している今のフィンは、眼前の三人の所作から、どの様な方向性であるかは判らないものの
彼らが相応の強者であるとの判断をした。
……が、しかし。それだけならば問題は無い。タニングラードの様な無法地帯に訪れるのだ。
どんな理由かは知らないが、強いというのは持ってしかるべき条件だし、そもそも彼らは敵対者ではないのだから。
「……それに、もう俺には関係ねぇ事だしな。遊撃課の事も、この街の事も」
皮肉気に口端を歪め、自嘲気味の笑みを浮かべた
そう。もうフィンには関係の無い事なのだ。
ノイファも、スイも、セフィリアも、ファミアも、マテリアも、
スティレットも、ウィレムも、クローディアも、ダニーも、ロンも、ボルトも
遊撃課を辞める事となった今となっては
【仲間】でなくなった今となっては、関わりが切れた今となっては
彼らはフィンにとって全て関係が無い人々なのである。
この街で彼らの中の誰が殺されようと、街自体が消失しようと、
遊撃課と、遊撃課隊員として関わったクローディア達の全てが全滅しようと
命を懸けて守る理由はそこに存在しな――――
- 53 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/02(月) 00:45:33.25 0
-
>「さあ、現場だ現場!今後とも世界がよろしくやれるように、しっかりお仕事こなそうぜ!」
>「――『ユーディ=アヴェンジャーの暗殺』と、『タニングラードの制圧』をなあああああああっ!」
「……っ!?」
叩きつけられたかの様な衝撃を、フィンはその精神に受けた。呼吸をする事をすら忘れた。
先に抱いていた思考など容易く吹き飛び、キャラバンの馬車にかけていた手を離し
声の主――――三人の内の、恐らくはリーダー格であろう男の方へと振り返る。
そして、防刃帽を被る精悍な容貌をした青年のその姿を再度見て、フィンは再度驚愕する事となった。
色覚を失った事で先程は判断を付けられなかったが、そこに居たのは紛れも無く
――――レクスト=リフレクティア。
フィンが遊撃課へ所属する際の面接で出会った男。遊撃課の発案者たる男であったからだ。
(どういう事だ?制圧って、なんで……だって、任務の内容はそうじゃなかっただろ?
あのレクストって奴の言った任務が本当なら、それこそ俺たちの任務は情報集めの捨て駒で、
制圧するっていう情報をしらない以上、下手したらこの街と一緒に潰されちまうんじゃ……
まさか、ボルト課長が、あの無能が嘘付いてたってのか?……いや、違う。多分、そうじゃねぇ
だって、もしそうなら俺だけを今ここで脱出させる意味がねぇ、なんで……)
あまりの出来事に、フィンの思考は混乱の局地へと向かう事となった。
先の言葉を発したのが余人であるならば、戯言か何かだと切り捨てる事が出来たかも知れない。
だが、その言葉を発した人物の素性を考えれば、恐らくはその言葉は真実であるのだろう。
……そんなフィンの恐慌が解かれたのは、
キャラバンの馬車の騎手が「早く乗ってくれと」声をかけた事がきっかけであった。
(……ああ、そうだ。なに言ってんだ俺は。あいつらとはもう他人だろ?
仲間じゃない以上、助ける理由がねぇ。どうなったって構わない……構わないんだ……)
フィンは、感覚の無い右手に握ったチケットを握り締める。
・・・
キャラバン隊の馬車が、薄い粉雪を車輪で巻き上げながら進んでいく。
この街を去る者達をその中へと乗せて。
目的地は法と秩序の在る街。タニングラードとは比べようの無いまともな世界。
騎手は黙々と馬を操作し、嘆息するかの様に口から白い息を吐きながら、
薄曇に覆われた空を静かに見上げた。
- 54 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/02(月) 00:48:38.68 0
-
「――――待ちやがれ」
レクスト達に、背後から声をかける者がいた。
それは紅いバンダナを巻いた、蒼い髪の青年であった。
両腕には手甲を嵌め、白の外地に青の裏地のマントを羽織っている。
笑顔が似合いそうな、一見して物語の英雄のを思わせる出で立ちの青年であった。
唯一物語の英雄とと違う所があるとするなら、彼が無様に杖を付き、
頭部以外の皮膚が見える部分には、包帯が巻かれているという事だろうか。
青年はその灰色の瞳でレクスト達を、視線は逸らしながら見て続ける
「あんた確か、レクスト……さん、だよな。悪ぃが、さっきの話、聞こえちまった」
語る声には常の様な、今までの様な、快活さも、勢いすらも無い。
迷いながら、戸惑いながら拙く紡いでいる。そんな印象を受ける言葉だった
「……聞いちまっといてなんなんだけど、実はあんたの話。『俺』にはそんなに関係無ぇんだ。
ただ、関係はねぇんだけど……どうしてかわかんねぇけど、あんた達を引きとめちまった
……そう。引き止め『ちまった』んだ。だって、聞いちまったから」
恐らく、その姿は無様だろう。自分に言い訳を重ねるそこらの青年の様であろう。
「なあ、暗殺ってどういう事だよ。制圧なんて話、聞いてねぇぞ」
そうしてしどろもどろにそこまで言ってから、
改めて青年はレクスト達を見つめる。ただし今度は真っ直ぐに。
「全く、訳がわかんねぇ……けど、それでも。訳がわかんねぇけど。
とりあえず……あんた等をこのまま行かせる訳にはいかねぇ……気がする。
――――だから、全部話してもらうぜ。あんた達の目的と、知ってる事を」
青年は、手に持ったチケットを破り捨てる。
破片と成ったチケットは雪と共に風に流れて行き、直ぐに見えなくなった。
【フィン:マテリアル装備でレクスト達の前に立ち塞がる。とりあえずいろいろ問い正すつもり
ただし、迷いは吹っ切れておらず、立ちふさがった理由も自認出来ていない】
- 55 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/04/02(月) 03:26:23.60 0
- (はあ――、それにしても、ある所にはあるものですね)
表向きは静かに、その実感情を剥き出すように燃え盛る会場の熱気に辟易としながら、ノイファは観客席を眺めていた。
つい先ほど落札された盗品の値段と自身の給金を対比し、嘆息。
汗水垂らして稼ぐ金額の実に半年分。
それが今の一声でやり取りされたのかと思うと何ともバカらしくなってくる。
やりきれなさをぶつける様に耳飾りを指先で一弾き。
乾いた音を奏で、くるりと揺れる。
>「そこの屈強なお兄さん、お花を摘みにいきたいんだけどいいだろ?会場に垂れ流すわけにはいかないわけだし」
>『スイだ。…どうかしたのか?』
雑音が混じったスイからの返答とほぼ同時、セフィリアが動いた。
屈強な黒服を伴い席を離れるのを見送りながら、ノイファは耳飾りに指を這わせる。
『どうしたもこうしたも。散々見下されるし睨めつけられるし、まるで針の筵ですよ。
出来ることなら全員の両目を縫い付けたいくらいです――』
八つ当たり気味に、スイに返答。
スイからすればいい迷惑だろうが、半分くらいは本心である。
『――それはさて置き。
そちらの場所を把握しておきたいので、どの辺りにいるのかと、簡単な合図を下さい。』
視線を走らせ、確認。
把握した旨を伝えようと耳元へ手を伸ばし――
>「後詰の補充がえらく早いな。たまたま交替のシフトと被っただけか?……どう見るよ、フィオナさん」
――横から挟まれたフラウの声に、指を止める。
確認すべく視線を走らせるが、確かに監視の人数に変化はない。
部屋の隅に備え付けの念信装置があるが、わざわざ疑問を挟んできた以上、使った様子は無かったに違いない。
(偶然……、ってわけじゃないようですねえ)
舌打ちが漏れる。
黒服を着た監視全員が、ノイファ同様、耳に付けた飾りに指を伸ばしていた。
開発したばかりの最新型の筈なのだが、技術の流出、あるいは他国の近似モデル、おそらくそんなところだろう。
雑音がする理由も、異なる二つの波長域があるためかもしれない。
何れにせよ、身分を隠して行動せざるを得ないこの街での数少ないアドバンテージ、それが崩れた。
「多分、遠くの"お友達"とも話せるのじゃないかしら。私みたいにね。」
劣勢は変わらず、どころか優位は失われた。掌がじわりと熱を帯びる。
それでも余裕を崩さず、ノイファはフラウに、耳飾りに擬した小型念信器を指し示す。
- 56 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/04/02(月) 03:27:09.33 0
- >『さあ続きましてお次の商品はこちら!ここタニングラードにてフィオナ誘拐団が拐かしました現役貴族のお嬢様!――』
(組織名も決めておけば良かった……)
まさかの本名紹介に首筋が熱くなる。ボルトが会場担当で無かったのが唯一救いだろうか。
他の場馴れした出品者に倣いアピール。笑顔を繕い、手を振って応える。返ってきたのは冷ややかな視線。
(はいはい、そうでしたそうでした。判ってますよ)
深くため息を吐き、両腕を組んだ不遜な態度に変える。
概ね把握してきた。観客が望んでいるのは、"悪"たる"出品者"から、"商品"を"金"の力で救うことなのだ。
そんな倒錯した性質と、壇上のファミアが見せた"演技"も相まって、値段は跳ね上がり、直ぐに即決価格がコールされる。
ついでに言うと、先ほどノイファがへこたれそうになった商品よりも桁が一つ多かった。何とも複雑な気分なのは否めない。
>「後で助け出すとは言え……良い人に買われてたらいいな……」
「そうね。購入者のお顔くらいは拝んでおこうかしら。どれどれっと――」
他の観客へ、慇懃にお辞儀をしてみせる購入者の目がこちらを向き――背筋に冷たいものが走った。
姿形こそ好々爺然とした初老の紳士だが、その眼だけが、とてつもなく凍えている。
例えるならば、夜ごと子犬を一匹絞め殺さないと安眠できない、そんな異常者のそれ。
(な、なんとしてもご破算にしないといけませんね)
悲壮な決意を水面下で固め、ファミアに心配するなと目で訴える。
どういうわけだか得意気な様子が少し引っかかったものの、思いのほか動揺は少なそうだ。
>『それではそろそろ今回のオークションの目玉商品に入りたいと思います。――』
オークショニアの声高な宣言が、不意に響き渡る。
視認できそうな程に高まっていた客席の熱が、その一声で水を打ったように静まり返った。
会場内の誰も彼もが、いよいよ出てくる規格外の"商品"に表情を変える。
厳かに運ばれてくるのは――『特別災害級指定呪物・零時回廊』。
>「あのガラクタ、そんなに凄い代物だったのかよ……」
フラウが息を呑み込み。
「一歩間違えれば、街一つが消し飛ぶ程には、ね。」
ノイファが肩を竦めてそれに答える。
- 57 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/04/02(月) 03:51:47.51 0
- >『それでは皆様お立会い、入札開始は二百万から――あーっと!いきなり即決価格です!御落札おめでとうございます!』
零時回廊はオークションの目玉である。
当然競りも白熱する筈だった。
帝国内最高峰の呪物。その片割れということも相まって、値段は天井知らずに積み重なって行くと誰もが予想したことだろう。
その即決額ともなればどれ程になるのか、カタログのないノイファには知る由もなかった。
「――は?」
ところが蓋を開けてみれば終了は一瞬。即決額を提示した者が居たのだ。
手元に置くだけで満足するなら良いが、こんな特級の危険物を欲する手合いは何をしでかすか知れたものではない。
ゆえに、本気で競り落としにかかる人物ぐらいは把握しておくべきかと注視していたのだが、それも徒労に終わった。
もっとも落札者の狙いもそこにあるのかもしれない。
最初から即決額を入れることで、特定されるのを避ける心算だろうか。
>『動きますか?』
耳飾りを通じてファミアの声が届く。
(まだ早いか……いや――)
零時回廊は落札されたが、オークション自体が終わったわけではない。
だがもし落札者の思考が想像した通りなら、最後まで残るか正直怪しい。
直ぐに帰りもしないだろうが、もう二つ三つ終わったあたりでの退席は十分に考えられる。
(――頃合、ですね)
フラウの膝先に手を伸ばし、指で数回、リズムを変えて叩く。
行動を起こす際の合図。しかし、今直ぐに動くわけではない。
下準備が全て整っているか確認する必要がある。
『聞こえますか――』
続けて念信器に指を這わせる。
対象はセフィリア。彼女が自由に動ける状況にあるかどうか、それが鍵となるのだ。
『――セフィリアさん、そちらの状況を教えてください。』
【行動開始の前段階。セフィリアに状況を確認。
モーゼル側と混線してることには気づいていません。】
- 58 :ロン・レエイ ◆1AmqjBfapI [sage]:2012/04/02(月) 15:07:56.04 0
-
ドリスとロナルド――もといダニーとロンは会場の周囲を警備の為巡回する。
今のところ周囲に異常無し。ダニーと取り留めもない事を話したりしつつ、警戒は怠らない。
念信器から入って来るオークション会場の音が喧しく、ロンは舌打ち一つと共にチャンネルを切った。
薄汚い欲望丸出しの声が癪に障る。中には人身売買まであるそうだ。
極東の母国でも違法で人身売買が為されていたが、外道の考えることは皆同じなのだろうか。
人が人を売り買いする時、そこにある筈の罪悪感は何処に消えるのだろう。その背徳感を快感として受け止めるのか。
何故か金を持つ人間というものは輝く物や絢爛な物に憧れる傾向にある。
その共通点はどの国でも同じ。煌びやかなものなんて、欠片も武芸の役には立たないのに。
金の輝きに惹かれる感情も、人間を物として見る感覚も、拳一つだけを信じてきたロンには一生理解できない境地だ。
>「・・・、・・・・・・・・・」
>なあロナルド、お前は何か物をとても欲しいと思ったことはあるか
「エッ?」
素っ頓狂な声が出た。偽名で呼ばれた事で一瞬誰を呼んだのか分からなかったこともあるが、いやそれより。
彼女の口からまさかそんな質問が出るとも思わず、答えを用意する前に「なんでもない」と謝られてしまった。
そのまま押し黙ってしまった彼女の横顔を見上げ、ロンも黙り込んだ。答えを欲していないなら無言が正解なのだろう。
欲しいもの、か。ついぞ考えた事もなかったような気もする。
食欲から来る珍しい料理に手を出したいだとか、好奇心から何かしらの物品をつついた事はあれど、
修行の邪魔でしかない物欲を抑えつけるため、基本的に何かを欲しいと思ったことはなかったように思う。
否、もしかしたらあるかもしれないが、修行第一という思考に一瞬にして塗りつぶされていた気もする。
それよりも、ロンはどちらかといえば精神的欲求に突き動かされることが多かった。
それは気に食わない敵をぶちのめしたいという怒りからだったり、父のような武の達人になりたいという憧れだったり。
彼女達はどうだろう。目の前のドカチン女と、詰所で暇を弄ぶ社長と。
高貴な身なりの割りに俗っぽい性格を持つクローディアはともかくとして、ダニーはそれほど物欲が強い方には見えない。
今までを振りかえって随所でみられた、冷静とも無関心ともとれる態度を見てからかもしれない。
ダニーが何を思い先のような質問をしたのか、結局ロンには分からなった。
「ん? このニオイ……」
何故なら、その疑問に脳が答えを弾きだす前に、二人の鼻が「異常事態」を捕えたからだ。
「これは……!」
庭へ駆けつけてみれば、人が一人息絶えていた。ロンはこの顔に見覚えがある。確か警備員の一人だ。
ダニーが触診し、死亡している事を確かめ舌打ちした。ロンは事切れた警備員の項を見て戦慄を覚える。
悲鳴を上げさせることもないよう、何か鋭利な物で素早く頚椎を抉られている。躊躇いなど一切ないことが伺えた。
恐らく相手はその道の者だ。背広を着ていないのは、殺害した後で奪ったのだろう。
犯人は既に紛れこんでいる――!そう判断した矢先、真っ先にクローディアの横顔が浮かんだ。
- 59 :ロン・レエイ ◆1AmqjBfapI [sage]:2012/04/02(月) 15:09:06.57 0
-
>「・・・・・・」
「任せろ、直ぐ伝えてくる!」
ダニーの言葉に従い、言うより早く電光石火の如く弾かれたように走り出す。
走るよりは鹿が跳ねるような走法で、体当たりするように詰所に飛び込んだ。
「シャチョー!!」
木製のドアが乱暴に押し開かれ、ドア付近に居た何人かが壁に挟まれるかドアに鼻を叩きつけられた。
何事かと他の警備員達が振り返る中、わき目も振らずクローディアへ駆けよる。
興奮し肩で息をしながら、男たちやクラッカーの皿を押しのけ、有無を言わさずクローディアの腕を掴んだ。
大勢の前でこの事実を言えばパニックになる恐れがある、頭の隅でうずくまる冷静な部分がそう言っていた。
「悪いな社長、大勢の前で聞かせる訳にはいかない話でな。悪い話と良い話がある」
男所帯の部屋から外へと連れ出し、まだ興奮が冷めやらぬ様子で早口気味にまくしたてる。
まだ犯人は詰所まで足を運んでいなかったようだ。それが幸いというべきか。
「聞いてくれ、警備員が一人殺された。首を一発だ、恐らく殺しに慣れてる。背広を奪われてた、これが悪い報せ。
もう一つ、殺されたのはドリスや俺じゃなく、社長も殺されてない、ここには多分来ていない、これが良い報せ」
そういうと肩を竦めた。今頃ダニーはランゲンフェルトに連絡を取っているだろうとも伝える。
勝手な行動を取ったことで怒られる事は承知の上。だがそれ以上に社長の身の安全が重要事項だ。
「シャチョウ、イマすぐココからデるべきだ。ここはキケンすぎる。
ヒトリじゃアブないからナーゼムをヨんでこよう。シンパイするな、オレたちがスグにハンニンをミつけダしてやる」
そう言って念信器に手を伸ばしかけ、ふとクローディアへ視線を向けた。
「シャチョウ、オレたちはアンタのブカだ。メイレイはゼッタイキかなきゃいけない。
でもそれイジョウに、オレタチはシャチョウをマモるギムがあるハズだ。ウエをマモるのはシタのヤクメ、そうだろ?」
右の拳で左の掌に叩き、クローディアに片膝をついた。彼なりの忠義のポーズだ。
頭を項垂れたまま、静かな声でロンは言う。
「俺の拳は社長のためにある、そう言ってくれたよな? だったら今こそ――貴方の為に振るわせてくれ、シャチョウ」
立ち上がると、ロンは屈託のない笑みを浮かべた。
物欲はなけれども、彼女等の為に力を振るうことを、ロンは今欲している。
【詰所のドア壊れたかもだけど気にしちゃいけないぜ社長。事件発生、逃げた方がいいと思うけどどうする?】
- 60 :セフィリア ◆LNOccQOx3Y2N [sage]:2012/04/02(月) 23:26:26.66 0
- >「……ついてこい」
事前に申し合わせた通り、どれだけ単独で自由になれるかという確認
答えはガードマン同行なら許可というものでした
ガードマンとの一対一になれれば私にもやりようがあるというものです
遺才を使わなくてもこの程度のガードマンなら、幼少より戦闘訓練を受けた私になら……
いえ、ここで下手に騒ぎを起こすのはよろしくありません
騒ぎを起こすのは決まっていますが、それがわたしでなくてもいいでしょう
決して、この人の腕の太さが私の胴ぐらいあるからというわけではありません
断じて違います!!
……とまあ、冗談はこのくらいでよいでしょう
私の体で遺才を使わずに私よりふた回りほど大きく、体重は3倍以上ははあろうかという巨漢
しかも素人ではない相手に私が勝てるはずがありません
現実は非常です。体格差というものは技術云々で覆せるものではありません
か弱い女性が屈強な男性に正面から戦って勝つなどは冒険小説の中だけです
しかし、しかしです
それを可能にするのが遺才です
私の遺才があればこの男性を倒すことなど造作もない
この遺才を持っていることを神に感謝しましょう
「ついたぞ」
ガードマンの野太い声で意識が現実に引き戻されます
「寒い……!」
最初に感じたのは寒さでした
「うそだろ?冗談はてめぇの足の匂いだけにしておけよ。外じゃねえかよ。こんなんじゃ出したもんもすぐにアイスキャンディーになっちままうぞ」
案内されたのは廊下の奥にある扉、開け放たれたそれのさきには薄暗い庭が広がっているだけでした
「女の出品者用のトイレはない、外で我慢しろ」
「……!」
この貴族に私に!騎士の私に外で用を足せと!
馬鹿な!そんなこと、そんなことあっていいはずがありません
ガルブレイズの末姫である私がそ、そとでなんて!!
「な、なかではだめなのかミスター?」
「決まりだ。あきらめろ。それに異常性癖のやつに襲われてもいいなら案内してやるよ」
さすがにオークション会場で狼藉を働くものはいないだろうが、この気遣いは彼なりの優しさ?なのでしょうか
なら、トイレの前で警護してくれてもいいでしょうに
「決まり、そんなもんでこんなか弱い女の子を外に放り出して、あまつさえ小便しろだぁ!?
お前に男としてのプライドってもんがねぇのか」
「いやなら、中に入れ」
短くそれだけいうと彼は後ろを向いて黙ってしまった
早くすませと背中で語っている
実際に用をすませたいわけではありませんが、彼の実直な人柄に敬意を表して草むらに向かうとしましょう
「……この匂いは」
経験としてはそれを嗅いだことは少なくはありません
戦いに身を置いているいじょうそれは常に目にし、鼻にするものです
ここでその匂いを嗅ぐということはよくないことでしょう
「血の匂いだ」
- 61 :セフィリア ◆LNOccQOx3Y2N [sage]:2012/04/02(月) 23:27:39.73 0
- ガードマンさんも匂いに気付いたようです
私たちは言葉を交わすことなく、それぞれ同時に匂いのほうに向かいました
「……!!」
それは人というにはあまりにも大きすぎました
大きく、分厚く、重く
そして大雑把すぎました
それは正に肉塊でした
そこにいたのはクローディアさんのところにいると思われるダニーさんでした
「どうしたい、仲間割れかい?
……というふうにはには見えないね。プロの手口って感じだよ」
動いたのは……ヴィッセンさんでしょうか?
それとも別の誰かか……
>『――セフィリアさん、そちらの状……ゲンフェルト」
聞き取りづらいです
アイレル女史ともう1人の女性の声が混じっています
ゲンフェルト、人の名前でしょうか?
念信機が絡まってるとでもいうのでしょうか
もしや、相手方にも念信機があるとでもいうのでしょうか
『アイレル女史、こちらは回りに屈強な人間が何人かいます
それとどうやら見回りが一人殺されたようです
動くならいまかと、ガードマンの意識が別の方向に向いている。いまがチャンスです』
回りに出来るだけ気付かれないようにアイレル女史に返答します
正直、返すかどうか迷いましたがすぐに騒ぎが起きれば怪しまれることなど些細なことでしょう
【セフィリア:ダニーさんと接触、死体を発見、ノイファさんに行動を促す】
- 62 :スイ ◇nulVwXAKKU [sage]:2012/04/04(水) 12:06:30.61 0
- 次々と出品される商品を横に見ながら、繋がったはずの念信器に意識を集中させる。
しかし、その動作も裏の呟きによってそう長くは持たなかった。
「(風の動きが変だ。何か来てるんじゃ無いのか?)」
「何が、とは何だ」
「(わかんねぇ。遠すぎる。ただ…ヤな予感がする)」
「…そうか」
なんとも曖昧な表現にため息をつく。
だが、こういう時の嫌な予感とは何かと当たるものだ。身構えておくことに越したことはないだろう。
>『そちらの場所を把握しておきたいので、どの辺りにいるのかと、簡単な合図を下さい。』
ノイファからの念信が入り、もう一度会場を見渡す。
『俺の位置か?扉から北側に壁伝いにおおよそ3、40といった辺りだ。』
自分の位置を確認しながら慎重に言葉にした。
そして、ダイレクトに伝わるように念信器を軽く指で叩く。これで合図とした。
ファミアが競り落とされるのを見て、そろそろか、と推測する。
>『それではそろそろ今回のオークションの目玉商品に入りたいと思います。 』
会場内に緊張が走る。スイも、入札すべく札に手を翳した。
が━━━
>『それでは皆様お立会い、入札開始は二百万から――あーっと!いきなり即決価格です!御落札おめでとうございます!』
「ちっ」
反射的に舌打ちをする。僅かに幾人かの視線がこちらに向いた気がするが、そんなものに構っている余裕はない。
>『動きますか?』
ファミアの問いにスイは、ノイファとファミアに向けて念信を飛ばした。
『野蛮だが、強奪、という手も有りじゃないか?俺は風で大体の位置がわかる。明かりを消せば上手くいくと、思う。
あくまで一つの意見だ。参考に出来たらしてくれ。』
ここは年長者であり、また、数々の修羅場を潜ってきたであろうノイファに指示を仰ぐのが妥当と判断したスイは、大人しく彼女の念信を待つ。
「(おい、二人……誰か来たぞ。)」
裏の言葉に扉に視線を向ければ、警備員の背広を着た見知った影。
マテリアとウィットだ。
スイは、マテリアにのみ聞こえるよう、小さく呟いた。
「例のモノは、他の者に落とされた。」
そしてもう一つ、続いてスイは呟く。
「風の動きが妙、らしいんだ。なにか、異変は無いか?なんでもいい。何かあれば教えて欲しい」
情報が無ければ、行動を起こすにしても不穏分子が付きまとう。
出来れば、それを削ぎ落としたい一心で、スイはマテリアに問うた。
【念信器の混戦には気付いてないです。】
- 63 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/11(水) 00:36:34.90 0
- >「あんた確か、レクスト……さん、だよな。悪ぃが、さっきの話、聞こえちまった」
二人の異国人を後ろに、剣を携え、非武装の街へと踏み入れようとしていたリフレクティアの背後から声が飛んできた。
雪風に攫われて消し飛んでしまいそうなぐらいか細く、たどたどしい言葉だった。
「……ああ?」
間の抜けた返しをしながら振り向くと、灰色を書割りに青年が一人、立っていた。
青い髪に赤いバンダナのコントラストは眼に鮮やかなはずなのに、どこか生気の薄い印象を受ける。
首から下の殆どを血の染みた包帯で念入りに梱包している姿など、墓の下から這い上がってきた死人の如くだ。
>「なあ、暗殺ってどういう事だよ。制圧なんて話、聞いてねぇぞ」
リフレクティアはこの男を知っていた。
だがしかし彼と出会った『かつて』と比べるにおいては、今の彼はあまりにも人間としての同一性を欠いていた。
単純に、"変わった"――この男をその人たらしめていたものの欠落を、容易に感じ取らせる貌をしている。
それでも、リフレクティアは今でも、彼の名を諳んじることができた。
>「 ――――だから、全部話してもらうぜ。あんた達の目的と、知ってる事を」
フィン・ハンプティ。
リフレクティアが設立し、相談役を務める部署の、構成員の一人。
つまりは、リフレクティアの部下である。
「誰かと思えばお前、ハンプティか。"雇われ英雄"のフィン=ハンプティがなんでこんなところにいんだぜ?
ボルトの奴、本国に帰投させるって言うから経理課に無理言って旅費下ろしてやったってのに……」
ぶつくさと怪訝を露わにするリフレクティアは、フィンが破り捨てた紙片を目ざとく眼に捉えた。
「って、あーーーーっ! お前、お前、なんつーことしてくれてんだ!?
お前が今適当に破ったそのチケットのお代はなぁ、世間様が汗水垂らして働いて納めた血税から出てんだぞ!
もっ、始末書じゃゼッテー許さねえ!お前も税金でご飯食ってるなら、ちったぁ考えて行動しやがれ!」
フィンを指さし、地団駄を踏むその姿はいい大人のそれではない。
ひとしきり、思いつくままに罵りの言葉を並べ立てた後、リフレクティアは肩で息をしながら零すように答えた。
「……お前らが確保しようとしてる『零時回廊』な、二つ合わさると本当にヤバいモンなんだよ。
被害の規模もヤバいにゃヤバいが、モノの本質はそこじゃねえ。いいか、そいつが引き起こすのは『天災』だ。
つまり、そいつによって起きた滅びや、損害は――『誰のせいでもない』。それが、国としては致命的にまずいんだ」
この世界において、『街一つ滅ぼせるもの』は意外にも少なくない。
人間よりも上位の存在、ヒトに魔力を遺伝させた祖先、現在も人知れず生きる『魔族』はいわずもがな。
都市破壊級の攻性魔術や、魔導兵器、城ほどもある巨大な魔獣――街すら滅ぼす威力の担い手は、確かにこの世に存在する。
しかしこの零時回廊という、発動が不安定で、規模の調節も対象の設定も不可能な、兵器ではない『呪物』が――
上記のなによりも凶悪である点は『天災を呼ぶ』という機能のみに尽きる。
例えば街を滅ぼしたのが凶悪な魔族であるならば、共通の敵として国家間が協力しあって魔族討伐へと乗り出すだろう。
究極の魔導兵器が国土に風穴を開けたならば、同じ事が起こり得ないよう入念な議論や協定が国家間で交わされるだろう。
だが零時回廊はそれらとは事情が明確に違う。
天災だから。誰が悪いわけでもないから。――悪意なき嘆きを防ぐべく『それを管理する責任』が所有者には発生する。
特別災害指定呪物は国家の管理管轄。つまり零時回廊の発動によって起こりうる被害の全ての責任は、管理者たる帝国に帰属するのだ。
「それでも帝国内で暴発してくれるなら自業自得ってことで良かった。良かねえけどな、まあそれはともかく。
でもいま滅びの危機に晒されてるタニングラードって街は、帝国法の及ばない、事実上の独立自治領だ。
タニングラードにおける損失は、帝国を含む周辺諸国の損失――つまり、帝国は金の成る木のタニングラードを失った上に、
更に周辺諸国から責任を問われて袋叩きにされちまうってわけだ」
- 64 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/11(水) 00:37:21.82 0
- 起きる被害は同じ『街一個』なのに、問われる責任の量は文字通りケタ違いに膨れ上がる。
おそらくタニングラードでの交易に関わる全ての大陸国家に賠償するだけの金は国庫にはない。
国庫の尽きた国家が、賠償を完遂させるには――金以外のものを差し出す他ない。
例えばそれは土地であったり、資源であったり、人材であったり――『国そのもの』であったり。
賠償の不履行を理由に他国からの内政干渉を許せば、それはもう国が乗っ取られたも同然だ。
「――零時回廊は、巡り巡って帝国そのものすら滅ぼしかねない呪物になっちまったのさ」
本当はもっとややこしい国際法のあれやこれやや、元老院と他国家首脳同士の取り決めやらもあったのだが、
現場に必要な情報ではないということでリフレクティアたち暗殺チームも詳しくは知らされていなかった。
「そこで元老院は考えたわけよ。独立自治領タニングラードに帝権が介入できないから、こんなややこしいことになっていると。
零時回廊を街に持ち込んだアヴェンジャーの首を上げ、それを許した無能なタニングラードの従士隊を断罪することで、
他国に『ああやっぱタニングラードのことは帝国さんに任せとけば安心だな』って思ってもらう。
そうすりゃこの街に帝国として介入する大義名分ができるし、犯罪者の巣窟になってるこの街を国家戦力で一掃できるってわけだ」
左隣のアネクドートが、失笑するように硬質な言葉を飛ばした。
「……同志、もっとはっきり言ったらどうだ?『帝国はこれを期にタニングラードの交易経営を手中に入れようとしている』と」
右隣のリベリオンが、快活に謳うような調子で応じる。
「おいおいレック、『先遣の遊撃課も"タニングラードの従士"に入ってる』ってことは教えてあげなくていいのかい?」
リフレクティアは露骨に渋面を作って肩を竦めた。
「身も蓋もねえことを言うなよ。あーハンプティ誤解すんな、遊撃課の連中だって、『後から』釈放するよう口利きするつもりだぜ?
お前は……もう今回の任を解かれてるんだったな。じゃあ丁度いいや、ハンプティお前、俺たち暗殺チームに合流しろよ。
どっちにしろ馬車が次出るのは明日の昼頃だ、破り捨てたチケット代くらいは、追加で働けよな」
リフレクティアは、もとよりそのつもりでフィンに全てを話していた。
急編成の暗殺チームであるから、現状この三人だけでアヴェンジャーを暗殺するつもりはなかった。
先遣遊撃課の誰か――ボルトあたりに手引きをさせるつもりだったが、ちょうど暇になった人員が目の前にいるではないか。
「同志、勝手に話を進めていいのか?そのハンプティとやらが合流を拒否するだけならまだ良いが、
拒否した後に元の"お仲間"に今の件を告発されたら、我々の制圧任務に支障を来すだろう」
「僕たち暗殺チームに合流するってことは、のちのち『市内で作戦行動中の全ての従士』と敵対することになるわけだからね。
つまりは先遣の遊撃課……彼の元お仲間を"制圧"する任務さ。土壇場になって逃げ出されても困るよ。
まあもっとも、この場から逃げ出したとしても、僕の『道具』ならどこまでも追跡できるけどね」
「私の『術』ならば拘束ができる」
左右二人の意見を両耳から聞いて、リフレクティアは首をコキリと鳴らした。
そして左腰に吊った長剣の、柄に手をかけて――刹那。腕から先が一瞬だけ陽炎を纏ったようにブレた。
それだけで、フィン立つ場所から後方五メートルに渡って、足首まで積もっていた雪が全て吹き飛んだ。
舞い上がった粉雪の中で、ただリフレクティアだけが抜き身の長剣を右手に、切っ先をフィンへと向けていた。
「――俺の『剣』なら、制圧できるぜ」
【フィンに色々説明&暗殺チームへの合流を命令】
- 65 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/11(水) 22:53:42.56 0
- 誘拐組織『黒組』頭領ランゲンフェルトが報せを受けたのは、出品物控え室にて一仕事を終えた帰りだった。
五日前に取り逃がした少女の身元を検める作業に、少女の顔を知る者として呼ばれたのだ。
街での"本業"もそこそこに、少女が五日前と同一人物であることを保証し、また職場へと蜻蛉返りする矢先のことだった。
>「・・・・・・」
警備の黒服が殺害された。それも、相当に手練なやり口で――
『抵抗されずに人を殺せる技量を持った者』が、『それだけのことをする動機を持った者』が、邸内に侵入している。
それは獅子の身中に紛れ込んだ毒虫だ。見えず、触れず、しかし一瞬で凶悪な牙を剥く。
ランゲンフェルトは色の悪い汗が毛穴から噴き出すのをはっきりと感じた。
>「・・・・・・」
客を暗殺しに来る者――あるいは『商品』を取り戻そうと乗り込む者は過去、少なからず確かにいた。
だからこの屋敷の警備の者は実戦に慣れているし、『この街での戦い方』をよく心得ている。
そして『暗殺者』や『奪還者』が、実際にその目的を完遂したことは過去、一度たりともなかった。
単純に練度の違いと数の利が、絶対的な壁として立ちはだかっているのだ。
「ご心配なさらず。確かに賊の侵入を許したことは過去数回御座いますが、しかしここは我らの庭。
如何に"影"の如く人の眼を掻い潜ろうとも、"影"に人は殺せません。必ずどこかで尻尾を出します。
これより私共は賊の追い込みに入ります。そちらはゲストの身柄の安全確保を第一に、逐次状況を伝えてください。
ホウ・レン・ソウはお忘れなきよう――たとえ貴女が死ぬとしても、情報だけは確実に残してください。
特に今は、妙なノイズが入っていていつ断線するやも――」
ぶつん、と無愛想な音が耳に響き、言った傍から念信が途切れてしまった。
ランゲンフェルトは舌打ち一つで頭を切り替えると、壁に備え付けられた有線念信器に触れてオープンチャンネルを呼び出した。
館内の全ての無線念信器に、一律で情報を送信する。
『"スケアクロウ(立哨)"より全館職員。搬入口にて警備員が一名死亡。賊によるものと思われる。
本部、応答願います――はい、かなりの手練です、無音殺傷術を習得していると見て良いでしょう。
賊の目的はわかりませんが、ゲストの護衛を最優先に秘密裏に処理致します』
過去数回の襲撃であっても、オークションが中断されることは稀だった。
ゲストの生命に危害が及ぶ前に賊を処理できていたし、その過程で警備の者が何人死んでも、オークションの利益で十分ペイできた。
だから、『安全第一』は戯言だ。利益を優先し続けることが、結果的にゲストの命を守ることにも繋がるのだから。
そして同時に、ランゲンフェルトには心得があった。
五日前にあの少女を取り逃がした時から怪しいと思っていたのだ。
馬車に打ち込まれた砲撃といい、少女自身の妙な逃げ足の速さといい、不自然な点が多すぎた。
砲撃はまるで『馬車ごと少女を殺すぐらいの勢い』で、そして少女の逃げ足は『まるで自分が狙われることを知っていた』かのよう。
そこから導き出される結論は一つ――
(――あの少女は、何者かに命を狙われている!?)
不意に胸の奥に炎が芽生えた。人を殺すのは別に良いが、武器を使って人を殺すのは許しがたき悪徳だ!
絶対に、かの悪逆の刃を少女に届かせてはならぬ。商品を守るのは、商人の義務だ。
過日、彼が悪辣非道な目潰し少年の策略に溺れ、守り切ることができなかった少女と、今日再び出会うことができた。
いかなる運命の采配か!神は再び私に好機を与えたもうた。ランゲンフェルトは勇ましく跳躍し、落札者席へと飛んでいった。
そこには、犬とか好きそうな朴訥とした老紳士と共に、彼に落札された例の少女がいた。
「今度こそ、必ず貴女を護ります――!!」
色眼鏡の奥に熱を帯びた双眸を隠しながら、ランゲンフェルトは颯爽と少女の元へと傅いた。
【ランゲンフェルトの勘違い:ファミアは命を狙われているのでは?】
- 66 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/13(金) 00:21:44.68 0
- >「――は?」
「あっ……っという間だったな。即決価格、ちょっとした家が買える値段じゃねえか……」
フィオナの隣で足をぶらぶらさせていたフラウは、競りの推移を見て開いた口がふさがらない。
『零時回廊』、その片割れ。
ただ一つだけを持っていても書類押さえにしかならないそれを、大枚はたいて求める者がいる。
一月前までのフラウならば、『食って栄養がないものは無価値』と言って憚らなかった彼女ならば理解できなかった領域だ。
しかし、今は確かにわかる。それを本当に大切に想っている人にしかわからない、不可視のプレミア――。
(競り落とした金持ちには悪いけど、それはおじさんのだ。返してもらうぜ)
隣に目配せすると、フィオナが耳に指を這わせて何事か思案していた。
耳を中心に魔力の『色』が変わっている。なんらかの魔術がそこで発動しているのだ。
先程彼女が言った『遠くのお友達と会話する』魔術の類だろう。
一月でおじさんから習ったのはトラップや隠身術に関するものばかりで、フラウはかなり基礎的な帝国式魔術を知らなかった。
フィオナの指が耳たぶからフラウの太ももに降りてきて、子猫を起こすように軽く数回啄いた。
なんだか妙な気持ちになったが、予め取り決めておいた合図だ。
フラウは眼だけを動かして周りを見た。
この出品者控え室には出入口が全部で3つある。
搬入口に繋がるものと壇上に降りるもの、そしてリアの出ていった非常口だ。
フラウはそれらの閉ざされた扉を凝視し、そこに見える魔力の色を感じ取った。
「……搬入口に二人、壇上が三人、非常口が一人――壁の向こうに『色』が見える。
でも非常口は駄目だ、懐に別の色が……ありゃ多分、背広に隠せる大きさの魔導暗器だ」
見えた情報をフィオナにささやくフラウの眼は、魔力だけを色として見ることができるため――
壁程度の厚みのものならば透過してその先の『色』を視認することができた。
そして色の違いから、相手が懐に何を隠しているかも大まかにわかった。
非常口のガードマンが隠しているのは、形状から見るにおそらく何らかの攻性魔術を偽装して施した靴べらだろう。
「閃光術ぐらいならすぐに組めるけど……やるか?」
【サーチアイにて援護】
- 67 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/04/13(金) 23:28:48.19 0
- 気温とはまた違った意味冷え込んできた庭園に、ダニーは今一人でいた。
ロンは去り、死体の側でランゲンフェルトと連絡を取り合う。
雑音混じりの念信器から届く声は聞き取りにくく、これで停電と共に切れたら完全にホラーだと彼女は思った。
>>ホウ・レン・ソウはお忘れなきよう――たとえ貴女が死ぬとしても、情報だけは確実に残してください。
特に今は、妙なノイズが入っていていつ断線するやも――」
ダニーは本日の上役からの余計な一言を聞き流しつつ通話を切ろうとすると、
その手間を省くようにいきなり念信が途絶えた。直後に再び通達が来る。
全員への呼びかけを目的としたそれは、今度は何に阻まれることなく耳に届いた。
『"スケアクロウ(立哨)"より全館職員。搬入口にて警備員が一名死亡。賊によるものと思われる。』
最新式が聞いて呆れる、そう思いつつ再度死体を検める。鈍器で殴られた痕も首を絞められた跡もない。
全裸でないってことは男物の下着に用はなかったのだろう。つまり下手人は「下は着ている」男か女、
なるほど確かに幽霊の仕業ではない。
などとくだらない事を考えていると、建物から人が二人こちらにやって来るが見えた。
片方は黒服でもう片方は小柄な黒髪の女だった。ダニーは黒髪の女セフィリア
(現在はリア)を視界に捉えながら黒服にどうしたと聞くと、どうもトイレに出てきたらしい。
"済ませた"のかどうかは敢えて聞かなかったが、とにかく彼らも血の臭いを嗅ぎつけたのだという。
>>「どうしたい、仲間割れかい?
……というふうにはには見えないね。プロの手口って感じだよ」
そう口にしたのはしげしげと死体を覗き込んでいたリアだった。
外見に育ちの良さがある程度見え隠れしているのに蓮っぱな雰囲気との調和が取れているのは、
出自だけはいいという種類の人間なのかも知れない。
「・・・・・・・・・」
かもしれないが、少なくとも力自慢じゃなさそうだ。
リアの言葉に返事をするが、生憎彼女は何かに気を取られているようだった。
恐らくは念信だろうが、こちらと同じで回線の状況はかなり不調らしい。
- 68 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/04/13(金) 23:31:04.43 0
- (・・・?)
待てよ、とダニーは思った。
ふと気になってもう一度ランゲンフェルトに連絡を取ろうとするが、今度はこちらも繋がらなくなった。
ダニーは役に立たない念信器を耳から外すとそれをどこかに突っ込んだ。
自分は馬鹿かと自問する。たった今暗殺者がこれまでに来たかと尋ねたばかりではないか。
暗殺するということは、人に知られずに行うということだ。
そして人に知られないということは、助けを喚ばせないということでもある。
この通信不全の状況が既に相手の手の内の一つなのだとしたら・・・・・・
特にどうもしない。
考えてみれば例えそうだとしても何処で誰がこの妨害をしているのかも分らないし、
敵が単独なのか複数なのかも判明していない。
もしかするとオークションの商品のせいですらあるかもしれない。
可能性を捏ね回したところでどうしようもないのが現状だった。
今できることを探せば、やはり持ち場を守ってマメに連絡を取り合うくらいだろう。
カカシが畑の外へ出てはいけない。
「・・・、・・・・・・・・・。・・・」
とりあえず、俺は見回りを続ける。そっちもその娘を連れて持ち場に戻ったほうがいいだろう。
ダニーは自分が再び見回りに戻ることを告げると同時に、彼らにも戻るよう促した。
中にはロンが行っている以上、ここで自分まで離れては不味い。
何よりも女の勘か、それとも獣の嗅覚か、或いは両方がこの場に留まることを命じていた。
「・・・・・・」
危ないから用を済ませたら早いとこ戻りな
相手が従士隊の一員とも気づかずにダニーはリアにそれとなく警告をすると、
巡回に戻るために彼女に背を向けた。
【気づかずに素通り】
- 69 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/14(土) 12:50:37.79 0
- >「――だから代わりに、俺が連中を呼んでやればいい」
「っ!」
不意に背後から囁きが聞こえて、ウィットは無意識のうちに後ろへ手を伸ばしていた。
身体の軸を一切ブレさせない、完璧に最短の動作で、声のした方へ付き出した貫き手は、しかし虚空を掻くに終わる。
>「面白い玩具でしょう?でも貸してはあげませんよー」
「……洒落にならない冗談はやめてくれ。今日の僕は特段に臆病なんだ」
胸を撫で下ろしつつの言葉とは裏腹に、彼の鼓動は一切変調していなかった。
ウィットはプロのハンターだ。敵地の真ん前で、背後への警戒を怠るほど無能でいるつもりもない。
彼が安心したのは、背後に敵が差し迫っていなかったことにではなく――もしも背後に誰かがいたら、間違いなく殺していたからだ。
常に敵対する者の攻撃に怯え、人の気配に敏感で、ベッドの中でも安心して眠れない。
つらく、過酷な騎士団での経験が生んだ、過剰なまでの防衛本能……それは彼にとって忌むべきものの一つだった。
さて、マロンの言う『玩具』は――推察するに、過日に経験した他者の声を操る類の魔導具だ。
どれぐらいの声域を、どれぐらいの範囲で操るのか。
『声』は自前のものを改造しているのか、はたまた他人のものを採取しているのか。
それらの情報を一見して見破ることはできなかった。
えらく複雑な術式を書き込まれているが、ウィットの知らない文法のものだ。
魔術発動の意思決定文たる術式は、言語と同じように特徴によって体系分けされたいくつかの文法がある。
例えばそれは帝国魔術と共和国魔術の違いだったり――単純に儀式魔術と命令魔術の違いだったりする。
言ってみれば魔術の"方言"みたいなもので、魔術を修めるにあたって術者の個性を決める重要なものでもある。
マロンの持つ魔導具は、帝国の魔術師が一般に学ぶ文法とは異なるつくりをしている。ウィットにわかったのはそれだけだった。
(……ん、しかし五日前にこんなもの、持っていたか……?)
変装をしていたようだから、どこかに隠していたのかもしれない。
いずれにせよ、今後敵対するつもりもない人間の装備事情など、頭の中から締め出すべき事項だった。
>「さて、それじゃ早速……」
>「少し場所を変えましょう。今、『彼が』警備員を呼びました。
手鏡を耳元に添えて、餌を貪る魚のように口をぱくぱくさせた後、マロンは静かにそう言った。
ウィットは魔術を発動した気配だけは感じられたものの、彼女が一体なにをしていたのかまではとてもわからなかった。
フラウを連れていたら、彼女の特別な眼があれば、魔力の収束傾向から魔術の性質を割り出せたかもしれないが。
そういえばあの娘は今なにをしているだろう。大人しく留守番をしてくれていればいいのだが。
>「自分の分は、自分で調達して下さいね。まさか、か弱い乙女に一から十まで全部こなせだなんて、言いませんよね?」
「皇帝直属の特務諜報員と、最強の剣術使いのコンビに言われると、ここまで白々しい言葉もないな」
ウィットは肩を竦め、スティレットが動き出すよりも早く膝を曲げた。
バネを用いて駆け出すと同時、そのまま『風にでも攫われたように』、そこから姿を消してしまった。
「悪く思うなよ、タネが割れたらこっちも商売食い上げだ」
そしてウィットはすぐに姿を現した。ガードマンがいたはずの場所に、ガードマンの着ていたはずの背広を着用して。
『中身』はどこへ行ったのか――声ひとつ上げず、周りに物陰があるわけでもないのに、一瞬にして消失していた。
- 70 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/14(土) 12:50:55.07 0
- 「うゎんっ」
こんなところには配備されてないはずの番犬の吠え声が聞こえたと思ったら、スティレットだった。
彼女がなにやらガードマンに向かって吠え立てたかと思うと、屈強な警備員は途端に膝から崩れ落ちた。
いそいそと背広を剥ぎ取るスティレットの足元で、眼球をぐるぐるさせながらガードマンは失神していた。
ウィットは気絶した男も『消してから』、スティレットに声をかけてみた。
「驚いたな。剣がなくても戦えるのか」
「え? わたしは剣がないと凡人以下でありますよっ!」
(――?)
噛み合ってない会話に腑に落ちなさを感じながら、先行していたマロンに続く。
既に背広を着込んだマロンが、足元にガードマンの死体を転がしながら待っていた。
>「……この街じゃ合法、でしたっけ?」
「最近の"か弱い乙女"は、随分とご立派な遵法意識をお持ちのようだな……」
確かにこの街では武器はタブーだが、だからって日用品でこうもあっさり人殺しをされると反応に困る。
刃物もなしに体格差をないものにした自称・か弱い乙女は、なんの感慨もなさげに先を促した。
>「それでは行きましょうか。もう随分と盛り上がってるみたいですよ」
「おい、死体こんなところに置いといたら――」
もう一人分ぐらい消すこともできたが、そうすると三人分の重量を背負って行動しなければならなくなる。
流石に中年にさしかかろうとするウィットにそこまでの重労働は憚られた。
やむを得なく、物陰に隠すにとどめてマロンを追いかける。
(死体の処理は潜入の基本だろうに……本当にこいつ、『銀貨』なのか?)
大男一人を殺してみせた手際は確かにプロのそれだったが、事後の処理が甘すぎる。
人殺しには慣れているのに、それを隠そうとする意識に欠けている――
まるで『おおっぴらな殺人に慣れている』ような……そう、例えば戦場での戦い。隠さなくて良い殺人が、習慣づいているフシがある。
急速に膨らみゆく疑念を抱えながら、マロンと共にたどり着いたのは、『白組』の落札者席だった。
そこには見知った顔――ハルトムートが盛装をして待っていた。
「ハルトムート……?どうしてここに」
マロンの目的が白組の壊滅ならば、その護衛たるハルトムートは現地で落ち合う戦闘役だろうか。
なるほど、先んじて内部に送り込み、内情を探らせるための密偵か。
(だったら初めから全員で落札者として参加すれば良かったんじゃないか?)
ということは、マロンには狙いがあるのだろう。
わざわざ警備員を殺してまで、リスクを犯してまで潜入――そうするだけの理由が。
「死体はいずれバレる。あまり長くはいられないぞ――どうする?」
【落札者席に到達】
- 71 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/04/14(土) 20:47:42.45 0
- 背後の紳士から何だか妙な威圧感を感じつつ、仲間からの反応を焦れて待っていると、
耳元に手をやる黒服たちの動作が目に止まりました。
数人が少しずつ時間をずらして同じ動きをしています。
(念信器?でもあれほど小型のものは開発されたばかりのはずでは……)
性能の程度は不明です。自分たちが使用しているものと同等以上なのか、
あるいは部屋に備え付けの念信器の中継ができる程度か。
しかし問題なのはそこではなく、自分たちと似たようなものを、自分たちと似た手順で使用しているという点でしょう。
すなわち、向こうも遊撃課員の動作に気がつく可能性があるということです。
もともと気を使いながらの使用でしたが、より注意が必要になるとファミアは考えました。。
>『野蛮だが、強奪、という手も有りじゃないか?俺は風で大体の位置がわかる。明かりを消せば上手くいくと、思う。
> あくまで一つの意見だ。参考に出来たらしてくれ。』
とはいえ、発信はともかく受信には特別の動作は必要ないので、スイからの返答は問題なく受け取れました。
ファミアは知らないことですが他に誰も念信器を使っていないタイミングだったので混線もなく鮮明です。
そちらへと目をやると、ちょうど警備の増員が到着したようです。
が、よく見てみればそれはマテリアとフランベルジェでした。
そしてもう一人、口頭で説明を受けた通りの人相風体の男性。
(あれがウィット――! …………うーん?)
どう見ても鬼銘を冠する手練には思えませんでした。
まあ外見から人物を決めつけてしまうのはあまり良くないことですが、
そんなことはともかくとして、これから如何にすべきか。
一番良いのは本人の言どおりスイが奪還することです。
表面上は相互に無関係なので『誘拐団とその被害者』に疑いが及ぶことはまずありませんし、能力的にも適任でしょう。
そのまま単独で退散できれば、こちらはびっくりしたねーとでも言い合いながら普通に屋敷を出ればいいのです。
支援が必要になっても、警備側の虚を突ける分だけ有利になるでしょう。
次善はノイファ達が着手すること。
フラウの魔力視があれば無視界下でも行動は可能なはず。
セフィリアが席を外しているのもかえって好都合といえます。
しかしながら聡い相手であれば誘拐そのものが偽装だったと気がつくでしょうし、
そうなればファミアまで嫌疑の対象になります(疑惑ではなくて事実なのですが)。
つまり、視認できる距離とはいえ、完全に分断された状態から合流する必要が生じてしまうのです。
が、その場合でもやはりスイは『無関係』なので、向こうの初動のやりやすさは確保されるはず。
次いで今しがた合流したばかりのマテリアとフランベルジェ。
立場、能力の両面から見れば申し分ないチームです。
しかし、ウィットすなわちユーディに回廊を近づけてしまうのが気にかかるところ。
もちろん回廊を私する意志があったならばオークションに流すなどしませんが、
その素性も最終的な目的も知るところではない方からすれば懸念が残ります。
- 72 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/04/14(土) 20:49:06.70 0
- とはいえ、それでもファミアにお鉢が回ってくるよりは不安はないでしょう。
能力的に全く向きませんし――
>「今度こそ、必ず貴女を護ります――!!」
その上、マンツーマンで警備がついてしまったからです。
しかも、見知った顔――『人さらいの頭領』ランゲンフェルトでした。
(これはまさか……勘付かれた!?)
向こうの内心など当然わかるはずもないファミアが導き出すものとしては、もっとも適当な結論ですね。
ランゲンフェルトの言葉も、つまりは『もはやのがれられんぞ』という意味だと捉えていました。
色眼鏡の隙間から覗く血走った(受傷時よりはるかにマシなのですが)目がより一層その思考を補強しています。
本当に勘付いているのならあんな帰宅した家人を迎える犬みたいな接近の仕方はしないものでしょうが、
緊張の連続の中ではそんなことに気づく余裕もなくなるものです。
ファミアは即座にこの後の行動をシミュレート。
経験と知識から最適な解を引きずり出そうと脳内で電流が東奔西走を始めました。
耳から白煙が上がり、それが黒煙へと移り変わり、そして――
「ふあああぁぁ」
泣きながら駈け出しました。しかも仲間たちとは逆の方向に。
もちろん黒服やオークション参加者たちが止めようと前に立ちはだかりますが、
錯乱してる割には冷静なストップアンドゴーとフェイントで次々に抜き去っていきます。
たどり着いた先がゴールではなく扉なのが惜しまれるところ。
走ってきた勢いでその扉をぶち破って自分の形を残したファミアは、
そのまま屋敷の奥へと駆け込んで行きました。
やにわに起きた騒動に会場はざわめきを隠せません。少数の警備がファミアを追って会場を出て行きました。
補充があるとはいえ、いまこの瞬間は確実に手薄になっているわけで、より容易く回廊の奪還ができるでしょう。
ファミアはお腹が空いたら勝手に帰ってくるかもしれませんね。
【結局独断で動いた】
- 73 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/15(日) 02:23:13.01 0
- (ふふふ……見えてきたわ……このポーカーに使われてるイカサマのタネがっ……!
圧倒的……圧倒的閃きっ……!ここ一番での神引きは運否天賦(ラッキー)じゃない……理合いによって制御された技術っ……!)
持ち前の貪欲さと、ゲームなのにマジになっちゃう負けず嫌いがかっちりハマり、今やクローディアはカードの虜だった。
ハイテンポで飛び交うチップ代わりの湿気たクラッカー、手垢とヤニで黄色く染まったトランプ、水みたいなエール。
イカサマを逆手にとったクローディアの奇策により、彼女の手元にはクラッカーの塔が何棟も建立されている。
ポーカーという遊びは、遊びでやるなら勝つのにそれほど苦労をしない。
ようは相手がこれ以上賭けられなくなるまでひたすらレイズを重ねれば良い、ただそれだけで勝てる。
金のかかったポーカーと違い、掛け金の上限額が設定されていないから、結局は多く賭けられるものが勝つのだ。
資金の多いほうが勝つ。貧乏人はそもそも勝負の土俵にすら上がれない。
考えてみればなるほど、これほど現実の闘争に即した話もない。まるで縮図だ。人生の縮図……。
オークションに限らずあらゆる商取引きではより多く金を出せる者が絶対的に強いし、
マネーゲームに限らずあらゆる競い合いではより多くの物量を投入できた方が勝つ。
戦争然り、戦闘然りだ。
多くの場合において、勝ち負けは戦う前から概ね決している。
負ける方はどう足掻いたって負けるから――その負けの"度合い"を、八分負けなのか、六分負けなのか、決めていくのが実際の戦いだ。
『どちらが勝つかわからない』なんてことは、条件が平等に整えられている、盤上遊戯の中だけのものなのだ。
現実の闘争とは、実戦闘に入る前に如何に自分を有利な立ち位置にもっていくかの駆け引きに終始する。
だから、とクローディアは思う。
戦いは互いに武器を向け合った瞬間には終わっている。
血みどろの殺し合いは、大勢の決した後の、消化試合的なデモンストレーションでしかない。
真実の意味では、もっと前、敵対したその瞬間、あるいは互いが生まれたときから戦いは始まっている。
つまり――『人生は、戦いだ』。来たるべく闘争の時に、相手に必ず勝つために自分を高める戦いなのだ。
退けば、負ける。
負ければ、死だ。
人生はいつだって常往戦陣。肝要なのは、『最前線に在り続ける覚悟』――
積み上がったクラッカーの上に、新たに獲得した五枚を慎重に乗せる。
既に30枚は重ねたそれは、湿気を吸って歪に膨張しており塔の建材としてはあまりにも不安定。
状況はポーカーなどとうの昔にどうでも良く、皆はひたすらに少女の建立するクラッカー・タワーの動向に一喜一憂していた。
固唾を飲んで、揺れる焼き菓子の塔の竣工を見守る。
「……息を止めて。ちょっとの鼻息でも倒れちゃいそうだわ」
額に脂汗を浮かべながらのクローディアの懇願に、屈強な男たちは静かに頷く。
指先の震えを渾身の集中力で制御しながら、塔の最上段のクラッカーからゆっくりと手を離していく。
途端にタワーは風に煽られた案山子のようにゆらりと揺れて、皆の心臓を一段跳ね上げる。
ゆら……ゆら……と小刻みに振れながら、やがて根が生えたようにぴたりと動かなくなった。
「――っ!」
クローディアと休憩中のガードマンたちは、声に出さずに祝杯の叫びを上げた。
お互いの顔を見合わせ、頷き合い、共に極限の緊張を耐えぬいたことを讃え合う。
いまこの瞬間だけは、生死を共にくぐり抜けた仲間のように彼女たちの心は一つだった。
そう、一つだった。誰も、クローディアでさえ、当然の事実に気付いていなかったのだ。
――物事の勝ち負け、成否というものは、多くの場合始まる前から決まっていると。
- 74 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/15(日) 02:24:13.85 0
- >「シャチョー!!」
「ああーーーっ!?」
例えばそれは、タワーが安定した途端に飛び込んでくる部下だったり。
ロンがぶち開けたドアは風を産み、クローディアが暇の全てを費やして建立したタワーはあっけなく吹き崩された。
駆け込んできたロンが散らばるクラッカーの山さえも押しのけて、テーブルの上の偉業は跡形もなく消え去ってしまった。
>「悪いな社長、大勢の前で聞かせる訳にはいかない話でな。悪い話と良い話がある」
「あらそう!たったいま悪いニュースを現場からお聞かせされたところだど――って、ちょっとぉ!?」
だぼだぼの袖ごと伸びてきた手がクローディアの腕を仮借なく掴み、部屋の外へと引っぱり出された。
そのときになって、さすがのクローディアものっぴきならぬ事態をロンの表情から把握した。
「……何があったの?」
>「聞いてくれ、警備員が一人殺された。首を一発だ、恐らく殺しに慣れてる。背広を奪われてた、これが悪い報せ。
「ころ――っ!?」
血の気が引いた。警備員が殺された、首を一撃で。つまりは不意打ち、それも明確な目的を持った殺しだ。
それだけの手練が殺意を持ってすぐ傍まできている事実にまず寒気がし、そして。
>もう一つ、殺されたのはドリスや俺じゃなく、社長も殺されてない、ここには多分来ていない、これが良い報せ」
「そう……よね。まずそこが一番の幸いってところだわ」
――背広を奪うための殺害。
つまり下手をすれば、ダニーやロン、ナーゼムやクローディアが狙われる可能性もあったということだ。
背後から首を一撃、完全なる不意打ちをくらえば、如何に武芸に優れていたとしても多くの者は抵抗できない。
つまりは部下たちが無事なのは、まったくの幸運に頼った結果でしかなかったというわけだ。
こればっかりは、死んでみるまでわからない。無差別殺人は、あらゆる勝負の努力を無に帰す災害だ。
「ランゲンフェルトの奴に連絡をとったの?――そう、良い判断だわ」
同時にランゲンフェルトからのオープン放送が聞こえてくる。
この場で上長としての権限を握っているのはクローディアではなくあの男だ。
被害の拡大防止と早期警戒に勤める点でも、部下二名の判断はファインプレーだろう。
>「シャチョウ、イマすぐココからデるべきだ。ここはキケンすぎる。
ヒトリじゃアブないからナーゼムをヨんでこよう。シンパイするな、オレたちがスグにハンニンをミつけダしてやる」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あたしもここの警護で給料貰ってる身、職場放棄して逃げ出すことはできないわ!」
実働せずに休憩室に引きこもっている分際で大口を叩くのは憚られたが、それは変えようのない事実であった。
『商会』リーダーのクローディアが逃げ出せば、他の部下がどれだけ頑張ったところで商会そのものに汚名を帯びてしまう。
大人の社会は信用社会だ。
ランゲンフェルトが納期の調整にあれだけ必死だったように、一度契約履行できなかった社会人は著しく信用を失うことになる。
企業にとって、他者からの信用とは『誇り』だ。眼には見えねども、欠けざるべき稀有な財産だ。
例えそこが、誰が敵とも知れぬ戦場であっても――退くわけにはいかない。退けば、負ける。
けれどもロンは、クローディアよりも年下に見える少年は、諭すように言うのだった。
- 75 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/15(日) 02:24:31.90 0
- >「シャチョウ、オレたちはアンタのブカだ。メイレイはゼッタイキかなきゃいけない。
でもそれイジョウに、オレタチはシャチョウをマモるギムがあるハズだ。ウエをマモるのはシタのヤクメ、そうだろ?」
「…………っ!」
東国式の敬礼――跪くロンの姿は、牧歌的であどけない未熟な従者のそれではなく。
その拳で何を護るか見出した、武人の眼をしていた。
>「俺の拳は社長のためにある、そう言ってくれたよな? だったら今こそ――貴方の為に振るわせてくれ、シャチョウ」
「ふっ、」
何故か、笑いがこみ上げてきた。
命が危うい状況で、覚悟を決めた部下の前で、全然、ちっとも、これっぽっちも笑いどころなんかないのに。
「ふふふ……あーーーーーーっはっはっはっは!!!」
違う。これは――快いのだ。
誰かからの信頼が、心望が、情愛が、彼女がかつていらないものと切り捨てた数々の感情たちが。
今は、こんなにも快い!
「そうだったわ。そうだったわねロン、ロン・レエイっ!
あんたはあたしの『力』、あたしだけの騎士!だったら始めっから答えは出てるじゃない!
『あたしのしたいようにする』――やりたいことを実現するために振るうものを、『力』と呼ぶんだから!」
嫌いなあいつをぶん殴りたい。美味しい料理を腹一杯に食べたい。素敵な恋人と添い遂げたい。
人の欲求に果てはなく、それを叶えるために必要なものが『力』である。
それは単純に腕っ節の『力』だったり、金の『力』だったり、女子力だったり――
そしてそれ故に、全ての欲求は力によって実現できるものなのだ。
クローディアには、力があった。ロン・レエイという名の、誰かを護り敵を穿つ拳の力が。
それは自分と他人に板挟みになって、雁字搦めで身動き取れない彼女を解き放つ破魔の刃だ。
今なら、切り拓ける。
「社長命令よ!ロン、あんたはあたしを護りなさい!あたしの敵と倒しなさい!
クローディア総合商会に退路はないわ!あるのは未来へ繋がる隘路のみ!あんたの拳で抉じ開けるの!」
背広を脱ぎ去り、いつもの質素なドレスを纏った姿で社長は鬨の声を上げた。
「――――業務開始よ!」
【クローディアの決断:逃げずに賊を迎え撃つ。危険なので護ってね
混線した念信器からは遊撃課サイドの情報もダダ漏れです。適当に活用して絡みに行くのもオススメです】
- 76 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/18(水) 01:33:49.06 0
- >「って、あーーーーっ! お前、お前、なんつーことしてくれてんだ!?
>お前が今適当に破ったそのチケットのお代はなぁ、世間様が汗水垂らして働いて納めた血税から出てんだぞ!
>もっ、始末書じゃゼッテー許さねえ!お前も税金でご飯食ってるなら、ちったぁ考えて行動しやがれ!」
どこか生意気な子供を彷彿とさせる態度でフィンへと罵詈雑言を投げかるレクスト。
地団駄を踏むその姿はとても年齢相応であるとは言えない筈なのだが、
しかし、何故かその不相応が似合っていると思わせる空気を彼は持っていた。
そして、レクストが自然に纏うその空気とは、ある青年が意図的に纏おうとしてきたものであった。
フィン=ハンプティ。英雄であろうとした青年が長年をかけて自分自身に貼り付けてきた、理想の英雄像。
奇しくもレクストという人間性は――――それに、とてもよく似ていた。
勿論、レクストはそうは思っていないであろうし、フィン自身も認めはしないのであろうが。
そして、一頻り罵声を吐いた後。レクストは以外にも容易く先の言動の真実を語りだした。
その内容とは――――『零時回廊』という呪具が齎す、副次的な災禍について。
>「――零時回廊は、巡り巡って帝国そのものすら滅ぼしかねない呪物になっちまったのさ」
>「……同志、もっとはっきり言ったらどうだ?『帝国はこれを期にタニングラードの交易経営を手中に入れようとしている』と」
「なん……だよ、それ」
想像を遥かに超えて、現状は逼迫していた。絶望的に絶望だった。
それはもはや、街どころか一つの国を滅ぼしかねない物と化しているいうという。
場所と時。それぞれが最悪の状態で重なり合った、悪魔的な現状であるという。
さらにはその滅びを齎すのは、天災の呪具ではなく、数多の人々の思惑であるという。
「……っ、そういう事だったら、俺にも」
手伝わせてくれ――――最悪を食い止める手伝いをさせてくれ。フィンは、確かにそう言おうとした。
当然だろう。いくら遊撃課と関係がなくなったとはいえ、フィンの根幹には未だ英雄という仮初の柱が立っている。
仲間ではないとはいえ、見知らぬ「誰か」が。
多くの他人が犠牲になるというのなら、それを自分が力を貸す事で助けられるのなら、助けたいと思ってしまう。
――けれども、そんなフィンの言葉はリベリオンの放った言葉により霧散する事になった。
>「おいおいレック、『先遣の遊撃課も"タニングラードの従士"に入ってる』ってことは教えてあげなくていいのかい?」
「!?」
驚愕。目を見開いたフィンの反応を表現するのならばその一言に尽きるだろう。
(断罪……誰を……?タニングラードの従師隊の中に、あいつらが含まれてるって、一体……)
フィンには眼前の人物が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
>「身も蓋もねえことを言うなよ。あーハンプティ誤解すんな、遊撃課の連中だって、『後から』釈放するよう口利きするつもりだぜ?
>お前は……もう今回の任を解かれてるんだったな。じゃあ丁度いいや、ハンプティお前、俺たち暗殺チームに合流しろよ。
>どっちにしろ馬車が次出るのは明日の昼頃だ、破り捨てたチケット代くらいは、追加で働けよな」
そして、そこに追加されるレクストの言葉。今度こそフィンは呆然とするしかなかった。
同時に、いやがおうにも理解させられる事となった。
つまり今フィンの眼前にいる者達は……遊撃課の面々を捨て駒扱いし危険な任務に放り投げた揚句、
一時であるとはいえ犯罪者として扱うと、そう言っているのだ。
「それは――――」
そんな彼らに自分でも判らない何かをいう為か、無意識の内に一歩踏み出したフィンであったが
>まあもっとも、この場から逃げ出したとしても、僕の『道具』ならどこまでも追跡できるけどね」
>「私の『術』ならば拘束ができる」
>「――俺の『剣』なら、制圧できるぜ」
その無意識でさえ、一本の剣によって沈黙を強いられる事と成る。
- 77 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/18(水) 01:37:13.74 0
- ――――フィンの後方。大地に積もった白雪が、一瞬にして中空へと舞い散った。
風にマントをはためかせるフィンは、その時、指先一つすら動かす事が出来なかった。
それは、指先一つでも動かせば自身の命が危うい事を防御の天才としての直感で感じ取った故。
自然現象でもなければ、魔術による奇跡でもない。
一人の人間によって繰り出された、人為的な現象。
修練の果てにたどり着いたと思われる、一個の技巧。
眼前のレクストという男が繰り出した、爆撃の如き剣戟。
もしも自身が万全で――相手がレクスト一人だとして。
それでも勝率は半分にすら満たないであろう。
それは恐らく才能の違いではない。もっと根幹に位置する何かの違い。
そして、レクスト程ではなかろうが、それと同格と思わしき人員が後二名。
戦えば確定的な敗北以外は残るまい。
(そうだ……それに、そもそも戦う理由もねぇじゃねぇか。
だって、あいつらが言ってる事は『正しい』んだからよ……間違いなく、正義だぜ)
フィンの脳裏にそんな考えが過ぎる。そして、その考えは概ね正しかった。
仮にここでフィンがレクスト達の行為を妨害したとして、
その結果として齎されるのは『零時回廊』が発動するリスクの上昇と、帝国崩壊の危機。マイナスの要素しかない。
だが、レクスト達に協力をすれば、反対にそれらの危機は未然に防げるのだ。
遊撃課の面々は罪人として逮捕され、タニングラード住む人々の命も危うくなるが、
最悪の事態を想定した時の犠牲者数から比べれば微々たる物だ。
もはや遊撃課の面々との仲間としてのつながりは切れている。
『英雄』を志望するフィン=ハンプティであれば、むしろ喜んで手を貸すべきであろう。
故にフィンは肯定の言葉を吐くべきであるのだ。
仲間ではない彼らの事など見捨てればいいのだ。たかが知人でしかない彼女らの事など捨てやればいいのだ。
だからフィンは
「――――お断りだ」
それは、拒絶の言葉だった。
おそらく、フィンがその判断を下す事を予期した者は少ないだろう。
発言した当の本人が一番驚いているのだから、疑いの余地は無い。
「っ……俺は、その……だな」
しどろもどろになるフィン。当たり前だろう。
自分が何をしたいのか判っていないのに、その行動の説明など出来る筈が無い。
けれども、手探りですすむかの様に無理矢理言葉をつなげて行く
「……俺は……あんたらみたいな奴らが来るなんて、命令は……受けてねぇ。
それに……命令だ。命令を出した相手を自分で断罪する部隊を送るなんて、常識的にありえねぇ。
後は……そうだ、レクストさん。あんたが、帝国を裏切ってる可能性もある……だって、
他の国と仲が悪ぃのに、合同作戦なんてやるはずがねぇ……」
紡がれた言葉達は、どれも稚拙で語るに落ちる反論で、それらを搾り出すようにして
そう告げたフィンは――――やがて顔を上げ、正面の三人を睨みつける。
「わかんねぇ……くそっ、わかんねぇけど……俺は……っ!!」
もはや守る理由も無い筈の遊撃課の面々の顔。彼らとの、厳しくも楽しかった日々。
それらがフィンの脳裏を駆け抜けていく。
歪んだ人生観と記憶が混ざり合い、灰色になった思考の中で、フィンは吼える
「俺は、お前らをあいつらの所に行かせたくねぇんだよっ!!!!」
必死に何かを吹っ切ろうと、或いはなにかを見つけ出そうとしているかのように。
- 78 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/18(水) 01:38:32.83 0
-
「我が名はフィン=ハンプティ!!ハンプティ家最後の当主にして『最終城壁』!!」
未だどうして自分がこんな行動をしているのかは判っていないが、
英雄としての仮面を被った自分ではなく、一人のフィンとして。
ボロボロで惨めでみっともなく、勢いに任せただけの様な言葉を叫ぶ
「ここを通りたいなら、俺を倒してから行きやがれっ!!」
【フィン:自分でも判らないまま、レクスト達の進行を妨害する事を決める。】
- 79 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/04/18(水) 15:52:00.46 0
- >『――動くならいまかと、ガードマンの意識が別の方向に向いている。いまがチャンスです』
念信器からセフィリアの声が響く。
その声は先刻からの雑音に紛れ、途切れ途切れではあるものの、明確に始動の刻を告げていた。
(それにしても一体誰が――)
置き去りにされた警備員の死体。
隠蔽もせず、むしろ見つけてくれと言わんばかりの、それ。
(――いや、考えるまでもないですね)
身内に因るものと見て、まず間違いあるまい。
死体を隠さなかったのも、他の身回りに見つけてもらうことを目的の一つとしたからだ。
(……まあ、だいぶ乱暴ですけれど)
"特別席"を見張る黒服に悟られぬよう、指先で口許を覆う。
誰が考えたかは判らないが大したものだ。
否、残ったメンバーから考えれば、それも大よその検討はつく。
実行者は、わざと目に付く場所に死体を置き去りにし、侵入者の存在を匂わせた。
そうすることで警備の目を屋敷の内へと向けさせたのだ。
詰まるところ一連の騒動は、これから外で一暴れするセフィリアへの、援護とみて良いだろう。
>『"スケアクロウ(立哨)"より全館職員。搬入口にて警備員が一名死亡。賊によるものと思われる――』
隠した口の端を吊り上げるのと同時、耳飾りが予期せぬ声を拾う。
会話の内容から推察する限り、声の主はモーゼル子飼いの私兵といったところか。
視界が細まる。
相手がどう動くか、何を優先するか。一端とはいえ、知り得ることが出来た。
敵の意識は館の内へと向けられている。
強奪者か、あるいは暗殺者か、何れにせよ客人への被害を最も恐れているのだ。
(ほんの些細なことで十分。会場内で騒ぎを起こせれば――)
――導火線を奔る火種の如く。
警備兵たちの間に満ちた緊張を一気に爆発させることが出来る。
セフィリアの言葉の通り、機は、今をおいてない。
欠片が嵌まる。後は何を火種とするかを決めて、行動を起こせば良い。
視線を走らせる。会場の隅から隅へ。指針となるべき意見はすでにあった。
壇上を煌々と照らす、大振りの魔導灯。それを沈黙させ、会場を闇に落とす。
暗闇に乗じての目的物の強奪。スイが提案したプランだ。
「――それではそろそろ、こちらの手番とまいりましょうか。」
音もなく掌を合わせ、ノイファは呟く。
- 80 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/04/18(水) 15:53:26.42 0
- >「……搬入口に二人、壇上が三人、非常口が一人――壁の向こうに『色』が見える。
でも非常口は駄目だ、懐に別の色が……ありゃ多分、背広に隠せる大きさの魔導暗器だ」
(ああ、それで――)
――いつぞやセフィリアを制圧してのけることが出来たのか。
緊張で強ばるフラウの表情とは裏腹に、何とも場違いな感想をノイファは抱いていた。
彼女の持つ魔力の流れを色として識別できる特異の瞳。
その眼が部屋の外に居る警備兵の人数を、正確に捉えたのだ。
出品者控え室から出るために選ばなければならない三つの扉。そのどれにも門番が待ち構えている。
そして何よりも、扉に辿り着くためには、室内に居る黒服を打倒しなければならない。
(実際骨の折れる注文ですよねえ)
数で負け、装備もない。
館の構造など知る由もなく、下手を打てば街そのものを敵に回しかねない。
ここまで圧倒的に不利な状況というのは、過去を振り返ってみても唯一度くらいだ。
だというのに、ノイファの口の端は一層歪みを増す。
誰にはばかることなく、笑みの形に吊り上がる。
逆に言えば不利だというだけ。この程度の逆境に屈するような素直さは疾うの昔に棄ててきた。
>「閃光術ぐらいならすぐに組めるけど……やるか?」
「やらない理由がないわね。タイミングはこっちで合図するから。」
フラウの提案に即答。
そのまま耳飾りに擬した念信器のオーブを指でなぞる。
『スイさん――』
相変わらずの耳障りな雑音。
ただ、ところどころに別の念信の一端が交じっているのが、今なら判る。
しかしそれは、こちらの会話も相手に拾われる可能性があるということだ。
『――貴方の提案に乗ります。
手段は問いませんから壇上のやつ全て、沈黙させて下さい。』
構わず続けた。知られたところでこちらの場所までが判るわけではない。
どちらにせよ相手は後手に回らざるをえないのだ。
『セフィリアさん――』
次いで屋敷を抜け出した"撹乱役"に。
『――手筈どおりに。こちらに集まった"観客"を、そちらに呼び戻して下さい。』
両目を閉じて、息を吸い込む。
『それでは、状況開始です!』
パンッと両手を打ち鳴らし、フラウへ合図を送る。
爆発的に室内を満たす光を背に受けながら、ノイファは手近な黒服へと躍りかかった。
【状況開始!黒服へ先制攻撃。目指すのは搬入口→出品物控え室です 】
- 81 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/04/18(水) 19:39:32.63 0
- >「ハルトムート……?どうしてここに」
「さぁ?……きっと彼女も、あなたが気になって仕方がないんですよ」
笑顔と共に、あながち間違いでもない冗談を飛ばす。
>「例のモノは、他の者に落とされた。」
「ん。……まぁ、仕方ありませんよ。欲しかったんですけどね、あの子。可愛いし。
国庫からもう何百万か、持ってきても良かったかもしれませんねー」
既に競り落とされたファミアを目で追いつつ、冗談を重ねる。
今度は演じている役柄を意識して。
>「風の動きが妙、らしいんだ。なにか、異変は無いか?なんでもいい。何かあれば教えて欲しい」
「風……?確かに外で何人か始末しましたけど……」
髪飾りを耳元へ、遺才を発動――近辺で慌ただしく動き回る幾つもの音。
>「死体はいずれバレる。あまり長くはいられないぞ――どうする?」
「いえ、どうやら既に悟られたようです。流石に優秀ですね」
しかし声色も表情も揺るがない――それどころか不敵な笑み。
けれどもマテリアは『妙な動きの風』を見誤っていた。
なまじ周囲が騒がしかったが為に、それこそがスイの言う異変だと思ってしまったのだ。
「でも、それでいいんです。私達に迫れば迫るほど、白組の首は締まっていくんですから」
>『スイさん――』
不意に頭の中で響く声――ノイファの念信だ。
>『――貴方の提案に乗ります。
手段は問いませんから壇上のやつ全て、沈黙させて下さい。』
(なるほど……なんとなく、やり方は分かりましたよ)
>『セフィリアさん――』『――手筈どおりに。こちらに集まった"観客"を、そちらに呼び戻して下さい。』
「ウィットさん、今から『賊』が商品を奪う為に動き出します」
味方が動き出すまでの猶予は僅か――早口に、小声で密やかに説明。
「その隙に私達は、お客の皆さんを暗殺しちゃいましょう」
- 82 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/04/18(水) 19:50:01.21 0
- 笑顔と共に突拍子もなく。
「暗殺とは言っても、失敗でいいんです。むしろ成功しちゃいけません。
大事なのは客を危険な目に遭わせて、傷つける事」
流石にそれだけでは何も分からないと補足を続ける。
「私達が今から殺すのは、白組の信用です」
社員が何人死んだって組織は死なない。
だが信用を失った組織は社会から孤立して、瓦解する事になる。
大人の社会は、信用社会なのだから。
客には暗殺未遂で怪我を負わせ、更には落札済みの商品を盗み出せば、
白組の信用に傷をつけるには十分すぎるだろう。
元々が金持ちの集団だ。警備員の人死のように、金による補填も通用しない筈だ。
それでも彼らを黙らせる術はあるにはあるが――白組がそれを実行するとは、俄かには考えられない。
「スティレットさんは……えーっと、まぁ、つまり、
出来るだけ大勢に「二度と来るか」ってくらい怖い思いをさせてやりましょうって事ですよ」
説明はやはり肉声で。
こればっかりは混線気味の念信器越しに聞かれない方がやりやすい。
>『それでは、状況開始です!』
室内に満ちる閃光――同時に手近な落札者の肩口めがけ髪飾りを振り下ろす。
事がどう転ぼうと暗殺失敗は成功――警備員にぶん殴られる前に後ろへ飛び退く。
「さて、ある程度暴れたら撤退しましょう。白組の信用をとことん貶めるには、暗殺者が捕まる訳にはいきませんからね」
客が取り落とした落札用のカードを拾い、『硬化』を施し他の客へ投擲。
目的は二つ――出来るだけ多くの客に傷を負わせ、また負傷した客の保護に警備を割かせる為。
「……あぁ、そうです。折角ですから私達も何か、火事場泥棒していきますか?
盗まれる商品が多いに越した事はありませんし。欲しい物があるなら、お手伝いしますよ」
マテリアの問いかけ――至って個人的な行動。
ウィットが何を思い、何をするのかが知りたい。
ウィットが零時回廊を追おうとするのなら、彼を取り押さえ、全てを聞き出したい。
どうして元老を暗殺して、零時回廊をタニングラードに持ち込んだのか。
なのにどうして今度はこの街を救おうとしているのか。
- 83 :セフィリア ◆LNOccQOx3Y2N [sage]:2012/04/20(金) 04:53:07.78 0
- 前門のゴリラ、後門のメスゴリラ
私の状況を端的に言葉に表すとこういう感じでしょう
筋骨隆々としたガードマンさんが2人、その内の1人は我々と因縁浅からぬクローディアさんの部下ダニーさん
話には大きい女性だとは聞いていましたが、まさかこれほどまでに大きい女性だとは思いませんでした
私にもこの半分ぐらいの体があれば……
>「・・・、・・・・・・・・・。・・・」
ガ「そうか、後は頼んだ」
しかし、この独特の喋り方はすごい威圧感を感じてしまいます
そして、もしかしたら彼女と一戦を交えなければならないとそう考えると背中に冷たいものが落ちていきます
>「・・・・・・」
「当たり前だよ、誰が好き好んで暗殺者がうろつくお庭を散歩するって言うんだよ
さーて、なんだか引いちゃったし戻るかな。ねえ、旦那」
どうやら正体はバレなかったようです
幸運ですね、しかし、それはもはや関係のないことですけどね
>『――手筈どおりに。こちらに集まった"観客"を、そちらに呼び戻して下さい。』
『了解』
私が短く答えると同時に会場の窓から強烈な閃光が漏れました
それから一拍ほど遅れて聞こえてくる悲鳴
状況が開始した証拠でしょう
「うわぁぁぁ」
驚いたていを装い、草むらに飛びこみました
これはあまり褒められた演技力ではありませんが……
燕尾服に刺さった枝を取りながらな私は急ぎます
そう、路地裏の子供達が用意してくれた私の獲物の場所に向かっているのです
「まさか、これで戦えっていうのですか!」
ついつい声に出してしまいましたが、まさか木の棒程度に考えていましたら、骨とは
しかもおそらくは動物の骨
しかたなくそれを拾います、ないよりはマシだと考えるしかありません
(どうやら犬の骨みたいですね)
ポケットには鳥の羽根、手には犬の骨
「あとは猿の手とでもいうのでしょうか」
などとくだらないことを口にしているのは、遺才を発揮出来るようになったからでしょうか
- 84 :セフィリア ◆LNOccQOx3Y2N [sage]:2012/04/20(金) 04:53:31.06 0
- 「私も状況を開始しましょう」
後ろからゴリラのガードマンさんが追いかけてこないうちに次の目的地に向かうことにしましょう
近づくために木の枝に飛びのり枝伝いにゴーレムの元へ空を駆けます
「まっててね、ゴーレムちゃん!」
予想通ゴーレムにはすでにむこうの搭乗者が乗っているようでした
なかなか早い対応ですが、しかしです。
遺才を発揮出来るようになった私には難しいことではないでしょう
重機用の上から操縦櫃に飛び込む、重機用の操縦櫃は乗り降りをしやすいように扉一枚で保護されています
飛び込んだということなので蹴り破ったのですが
「いわゆるホールドアップというやつですね?」
決めてみたものの搭乗者はすでに扉との衝突で伸びていらっしゃいました
これで適当に暴れ回りみなさんが撤退しやすくすればいいのでしょう
手始めに庭の木を引っ込抜き屋敷に投げつけるということから始めましょう
【ダニーさんと別れゴーレムに搭乗。暴れ始める】
- 85 :ロン・レエイ ◆1AmqjBfapI [sage]:2012/04/20(金) 23:09:00.25 0
- 社長が壊れた。少なくとも一瞬はそう思った。
唐突に高笑いを始めた社長もといクローディアを、若干引き気味に唖然と見つめる。
かと思えば、今度は瞳を輝かせ、力強くクローディアは言う。
やりたいことをやる――何かを実現させる為の手段こそが力だと。
今クローディアが実現させたい「何か」のために、ロンは、此処に居る。
>「社長命令よ!ロン、あんたはあたしを護りなさい!あたしの敵と倒しなさい!
クローディア総合商会に退路はないわ!あるのは未来へ繋がる隘路のみ!あんたの拳で抉じ開けるの!」
「ミライを、オレが……?」
現実味の沸かない言葉に、ただロンの視線はクローディアに釘付けとなる。
ただ、じわじわと心にエールが染み渡るように、言葉にし難い胸を熱くするものが広がる。
自分の部下にすら身銭を切って、煽てられ易くて、自信家で若すぎる女王様(クローディア)。
ならばロンは、彼女と敵陣(賊)へと突き進む素手の騎士(部下)。
王(白組)なんて知ったことか。ただ女王の為に、絶対に王手を口にはさせない!
>「――――業務開始よ!」
「応!!」
無防備な華奢な外見には似合わない背広を颯爽と脱ぎ去り、たった一人の騎士の士気を上げる!
ロンもまた、拳を掌に当てて力強く頷いた。
「……あ、シャチョー、サムいからウワギはキていたホウがイいかと」
かと思いきや妙に冷静さを取り戻して雰囲気を台無しにするのもお約束。
とりあえず、彼女の中では進撃と決まったらしい。そうとなればダニーに連絡を取ろう。
耳の念信器のチャンネルを入れる。だが、聞こえるのは雑音ばかり。
「おっかしいな、さっきは――」
>『野蛮だが、強奪、という手も有りじゃないか?俺は風で大体の位置がわかる。明かりを消せば上手くいくと、思う。
あくまで一つの意見だ。参考に出来たらしてくれ。』
「―――――――――ッ!?」
誰 だ ?
全く知らない声。ダニーではない。性別の判断がつかない声が、かなり穏やかでない言葉を幾つも紡ぐ。
突然舞い込んできた謎の情報。ロンに向けた台詞ではない事は確かだが、一体何者なのか。
強奪、と聞いて、不意に寒空の下、野晒しにされた死体が脳裏に浮かぶ。
賊。まさか。嫌な予感が背中を駆け抜ける。
- 86 :ロン・レエイ ◆1AmqjBfapI [sage]:2012/04/20(金) 23:09:37.01 0
-
>――――さん――』
別の声が入る。女だ。誰かの名を呼んだのだろうが雑音で拾えなかった。
>『――貴方の提案に乗ります。 手段は問いませんから壇上のやつ全て、沈黙させて下さい。』
確定だ。もう賊は紛れこんでいる!しかも発言からして、複数犯と見ていいだろう!
壇上ということはオークション会場ということになる。
ロンはまたも有無を言わさず、クローディアの腕を掴み走り始めた。
説明している暇などない。尚も女性の言葉はロンの焦りを急き立てる。
>『――手筈どおりに。こちらに集まった"観客"を、そちらに呼び戻して下さい。』
「畜生ッ!」
発言の数々は脳の回転が良くないロンでも簡単に、それもかなり嫌な方向を予想させる。
矢張り社長だけでも置いていくべきだったかもしれない。
単独犯ならまだしも、複数、少なくとも3人は居ると見た――俺は社長を守りきれるだろうか。
四面楚歌となり、あの死体のように喉を搔っ捌かれる自分の姿を想像した。
途端に、目に見えない冷たすぎる重圧がクローディアの手を伝って流れてくる錯覚を覚える。
走りながら、ロンはちらっと若社長を盗み見た。思う事は色々とある。たった5日前のあの濃密過ぎる1日。
公園でダニーと拳を交わし、酒屋で失態を侵しナーゼムの背中に隠れ、人攫い馬車を皆で追いかけて――
「……バカだな、オレは」
フッ、と笑いがこみ上げる。何を不安がるのだ、自分はと。
あの誘拐事件の時、自分は一度馬車から放り出されて死にかけたじゃないか。
けれども、事実ロンは此処に居る。一度失くしかけた命を掬った人が隣にいる。
恐れるものなんかない。その事実が見えない、言葉に出来ない安心感を生みだした。
そうだ、賊が何だ。ダニーと、ナーゼムと、ロンと、それらを従える社長とがこの場に居る限り――
「なあ、クローディア。タノみっていうかさ。その……」
言い淀んで、言葉にならない。適切な言葉が見つからない。
しまいには「ああもう!」と叫んでスピードを保ったままクローディアを背負った。この方がお互いに楽でいい。
「シャチョウ、『給料を前借り』ってデキないか?」
金を大事にするクローディアにとって、この発言は鬼門だったかもしれない。
それを重々に承知の上で、ロンは続ける。
- 87 :ロン・レエイ ◆1AmqjBfapI [sage]:2012/04/20(金) 23:10:40.98 0
- 「コウカをサンマイだけでいいんだ。カナラずカエす。ヤクソクする」
走るスピードを上げる。オークション会場までもうすぐだ。
別に給料が欲しい訳ではない。硬貨であることが重要なのだ。
3枚要求したのは、彼の故郷の数字の縁担ぎからだ。3は財、つまり蓄財=金を表す。
金を表す数字と硬貨の組み合わせで、自身の運気を上げる、というよりはプラシーボ効果を促す為。
何のために、と言われれば――まあ、百聞は一見に如かずだ。
>『それでは、状況開始です!』
「くそっ!アイツ等、おっ始めやがった!!」
念信器から聞くまでもなく、オークション会場の入り口から悲鳴や怒号が聞こえてくる。
「シャチョー、ツカまってろ!!」と合図すると、電光石火の勢いで会場に突入する!
入った直後、両目を開けていられないほどの閃光。ロンは咄嗟に瞼を閉じた。
場内を飛び交う声と音。集中する。――――目を使っては駄目だ。死んだ父の声が蘇る。
『良いか息子よ。闘いにおいて目を信用してはいけない。時として視覚とは弱点ともなり得る。
目に頼ってばかりでは自分の命を危機に晒すこともあり得る。信じるならば――』
「(己の内の"流(リュウ)"を信じよ、ですね父上)」
意識を瞬間的に全体に張り巡らせる。彼が追うのは気配。万物が自分の意思に関係なく放出させるもの――微量の静電気だ。
レエイ家一族の遺才は、異常なまでの帯電体質にある。僅かな電気エネルギーでも取り込み、蓄積させる。
彼らは武術に長けた血もあってか、身の内にある電流の流れを掌握し、帯電・放出させることが出来る逸材だ。
そして電流を掌握し極めた者は、無意識にも他者の放つ気配を静電気と言う形で把握する事が可能なのだ。
「(1、2、3……多いな。それに障害物が多すぎる)」
押し合いへし合いする邪魔者達を器用に避けつつ、状況を把握する。
気になるのは先程の念信器で謎の声が言っていた「強奪」「風」「明かりを消す」という単語。
他にも気になる言葉が幾つかあるが、「強奪」という事は、何か「物」を狙っている。
その為に何故「明かりを消す」のか。撹乱だ。会場内を混乱させ、目的の物を狙っているのではないか。
この場で奪える物となれば有り得るのは、オークションの商品だ。彼らの狙いはそれと見ていい。
「(ならば……!)」
爪先を唸らせ向かう先は、出品物控え室。彼らが狙うとすればそこだ。
一つか或るいは複数かは定かではないが、要は来ると分かっている場所で待ち伏せてしまえばいい。
物品があるので何か武器に使える物があるかもしれないし、小柄な自分達が隠れる場所は幾らでもある。
後は(かなり卑怯ではあるが)息を潜めて賊たちを待ち、一網打尽。これだ。
「よっと、失礼!」
混乱に乗じて控え室に素早く忍び込み、入口から死角となる位置を見定め、クローディアと揃って物影に隠れる。
少々物が多すぎて狭いが仕方ない。ロンは硬貨を一枚取り出し、掌に包んで腕ごと電流を収束させる。
昔、父から教わった、異常なまでの電気を帯電した物体(硬貨等)を指先に乗せ、神速が如きスピードで弾き飛ばす技だ。
それを今、入口から侵入するであろう賊たちの隙を狙って放とうと、虎視眈眈と機会を伺っていた。
【出品物控え室にて賊を待ち伏せなう】
- 88 :スイ ◇nulVwXAKKU[sage]:2012/04/22(日) 18:39:58.30 0
- >「いえ、どうやら既に悟られたようです。流石に優秀ですね」
「……そうか」
違う。
マテリアが言ったことを本能的に否定するが、もう時間が無い。
>『スイさん――』
ノイファの呼び掛けに、軽く身構える。
>『――貴方の提案に乗ります。
手段は問いませんから壇上のやつ全て、沈黙させて下さい。』
『了解した』
そう答えて、懐に手を突っ込んだ。
「(こんな時に持ってきて、正解だったなぁ?)」
裏の笑う声に、便乗して少し口を歪ませる。
この五日間、、ただ宝石を売ったりしてきたわけでは無い。
手にあるのは、短剣の柄の感触。
そう、この街に入ったとき持ち込んだ剣だった。
入れ替わるために、目を閉じる。
「よっしゃ、さっさと潰そうか」
そう呟いた矢先、得体の知れない、勢いを持った風が、スイには感じられた。
咄嗟に振り向き、会場内を見渡す。
異状は無い。ならば、一体何なのか。
この、全身を襲う、嫌な感覚は。
例えるならばそう、『剣鬼』の名を持つ、スティレットと対峙したような、言い表しがたい、恐怖にも似た感覚。
しかし、スティレット以上にその感覚は強い。
「あーもー、マジで最悪だ…」
本当に嫌なことしか起こらなさそうだ。
さっきの風は、冷静に考えれば、離れたところから来たものだろう。
なれば、それを生み出したものがここまで来るには時間が掛かるはずだ。
>『それでは、状況開始です!』
ノイファの合図と共に、懐から短剣を引き抜き、風の道を魔導灯に向けて作る。
大ざっぱに作ったところで、閃光と共に勢いよく短剣を投げた。
風の軌道に乗った剣は、煌々と会場を照らしていたオーブを破壊し、天井に突き刺さる。
派手に音を立てて破壊されたオーブの破片を風で受け止め、ゆっくりと地に落とす。
「これで怪我人出したら、怒られるしな-。」
天井に刺さった剣は、まあ後で回収するとしよう。
とにかく今は時間との勝負だ。
目つぶしが効くのもそう長い時間では無い。
すぐさま檀上へ駆け上がり、風を生み出した。
- 89 :スイ ◇nulVwXAKKU[sage]:2012/04/22(日) 18:40:15.99 0
- 「どっりゃぁぁあああ!!」
気合いを入れ、一気に地へと風を吹きつけ、強力な横風を巻き起こす。
それは、不可視の拳に殴られたような威力を持って、黒服に襲いかかるだろう。
全員気絶したことを確認して、スイは立ち上がった。
抵抗されない方が今は楽で、時間の短縮にも繋がる。
鎌鼬をつくりだし、黒服の首を切り付ける。
そして、ゆっくりと移動して出品物控え室の入り口の横に立った。
中にいる者に悟られないように、足下ギリギリに風を流し、探る。
「(1、2…一人は異才持ちか?変な感触がするな…)」
スイは、考えた。
この場に待機してノイファが来るのを待つか、それとも、一人で飛び込むか。
そして、スイは前者を選択した。
耳飾りに触れ、ノイファに念信を飛ばす。
『スイだ。出品物の前にいる。来てくれないか?』
中に異才持ちがいることは、スイに一つの推測があった。
すなわち、こちらの話が漏れていること。
だから、スイは簡潔に用事を伝えた。
やがて、ノイファが訪れれば、スイはこう言うだろう。
「中に二人。一人は異才を発したままいると思う。どうする?」
【出品物控え室前で待機】
- 90 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/23(月) 00:34:50.20 0
- 【ランゲンフェルト】
ランゲンフェルトは、護ると決めた少女の反応を、辛抱強く待った。
彼にだって人の心はある。突然の事態にびっくりして硬直してしまう人情もわかる。
だから、かの少女が自分の意志でこちらの手を取れるように、ただ静かに傅いて一切の動向を見守っていた。
静かにといっても、ここまで走ってきたのだから当然呼吸は荒くて。
口を閉じて鼻で息をしているので、肺腑が酸素を求める度に、深い鼻梁に穿たれた二穴から頻繁に空気を出し入れしている。
色眼鏡の向こうの双眸は、五日前にうけた傷がまだ癒えず充血したままだ。
……つまりは客観的に見れば、黒尽くめの男が鼻息荒くして、血走った眼で少女を下から見上げていた。
>「ふあああぁぁ」
少女の行動、正解である。
「何故!?」
だっと踵を返して走りだした少女。
ランゲンフェルトはわけも分からず、しかし追わないわけにはいかなかった。
彼女の護衛が彼の任務だ。少女に付き纏うことがランゲンフェルトの至上の転職だ。
すぐさま膝立ち姿勢を解除、逃げ惑う背中へ飛び込むように走りだす。
「なっ、フェイントだと……っ!?」
しかし少女もさる者、ランゲンフェルトの他にも会場を警備する者は大勢いるが、その全てを的確な進路選択で抜き去っていく。
時には視線や肉体挙動を用いた錯覚誘導さえも使い、一切の追手をその肌に触れさせることなく閉じた扉へ到達し、
――決して薄くはない扉をぶち抜いて会場を飛び出した。
「俺が追う!お前らは会場の混乱鎮静を優先しろ!」
部下に指示を飛ばしながら、ランゲンフェルトは普通に扉を開けて部屋から出る。
その後ろでもの凄い閃光が瞬いたのを背に受けたが、ランゲンフェルトは一切振り向かずに少女の追跡を続行した。
ご丁寧に革靴で絨毯を踏みしめていってくれたお陰で、足跡を追うのは難しいことではなかった。
「お待ちを!私は貴女に危害を加える者ではありません!私共の目の届かぬ場所に行かれては……!」
ランゲンフェルトの視界から少女が消えれば最後、邸内に張り巡らされた動体検知術式に引っかかってしまう。
そうなれば、自動的に解き放たれる20もの訓練された猟犬が、少女を美味しくたいらげてしまうことだろう。
あまりに凄惨な光景を想起して、ランゲンフェルトはぎりりと奥歯を食いしばった。
どうすればあの少女に、危惧される可能性を簡潔かつ過不足なく伝えることができるだろう。
考えて、走りながらランゲンフェルトは叫んだ。
「……(犬が)貴女を食べてしまいますよ!?」
と、少女を追う傍らでどこかで見たような黒の人影とすれ違った。少しだけ足を止めて、『見上げる』。
漆黒のドレスに身を包む、筋骨隆々の偉丈婦――ドリスである。膨張色である黒が、今宵の彼女をより巨体に見せている。
ランゲンフェルトは空咳一つで見事に通常状態に戻り、事務的にダニーへ命令する。
「…………『落札品』が一人、脱走してしまいました。街に出られると非常に厄介です、必ず捕まえてください」
端的にそれだけ伝えると、また少女を追って走りだす――その一歩目で。
少女だけを中央に捉えていた視界が、緑色の何かによって突如閉ざされた。
「『植え込みの木』だと……っ!一体どこから!?」
それは、モーゼル邸の緑化に一役買っている中型の広葉樹だった。
根こそぎ引っこ抜かれて、どこかから投げ飛ばされたようである。
- 91 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/23(月) 00:35:07.64 0
- 「こんな芸当、それこそゴーレムでもなければ――」
ズン、と地響きと共に、屋敷の影からランゲンフェルトの指摘通りの物体が顔を出した。
鋼鉄によって強化された四肢、石畳すら掘り返す頑丈な鉄爪、夜間の作業も可能とする中央二つの魔導燭灯……
傀儡重機、ゴーレム。D-カーター社製汎用モデル『青鎧』の重作業カスタム品である。
むき出しの操縦基には、何故か指定の搭乗員ではなく、見知らぬ黒髪の眼鏡女が座っていた。
「まさか、こいつが『暗殺者』……っ!?」
殺されていた顔も知らぬ同僚を思い、一瞬だけ身を固くする。
だが、ランゲンフェルトは管理職だ。彼の一挙一動には多くの部下と尊いお客様の命運と責任が乗っている。
その両天秤の重量が、辛うじて彼の足をその場に留めていてくれた。
(『退路』は責任が塞いだ……ならば、『活路』へ踏み出す背中を推すのは!)
――社会人としての矜持、である。
ランゲンフェルトはドリスを見上げ、そして視線を前に戻した。
「……甚だ不本意ですが、私には貴女の力が必要です、『商会』の腕貸し女史。
『罪のない』人々を危険に晒し、ひいては正当な対価のもと引き渡された商品が、あの侵入者に奪われようとしています。
共にあの傀儡重機を打ち倒し、囚われの姫君を奪還しましょう。――もちろん、業務命令です」
背広の前を開き、ネクタイを緩め、紳士帽を深く被り直す。
『黒組』頭領、ランゲンフェルトの戦闘態勢。ゆっくりと、研ぎ澄ますように闘志を充溢させていく。
彼は、労働者だ。白組という資本に対して、自らの能力を商品として企業に切り売りすることで、その日の糧を得る者だ。
そしてその商品を高く買ってもらっているからこそ、頭領という管理職の地位にある。
黒組は犯罪集団であり、誘拐集団であると同時に、戦闘集団だった。
ランゲンフェルトが白組に高く買われた『商品』とは――戦闘能力である。
「私が道をつけます」
言うやいなや、ランゲンフェルトは革靴で石畳を強く蹴りこみ、爆発的な加速を持って飛び出した。
目の前に横たわる倒木を足がかりに、靴底に刻まれた反発術式を使い大きく跳躍、ゴーレムの搭乗者と同じ目線にまで飛び上がる。
空中にいる彼は、ゴーレムの豪腕を躱せない。一撃でも喰らえば人体など簡単に砕け散ってしまうほどの強靭な豪腕を。
しかしゴーレムが拳を打ち込んでも、ランゲンフェルトを捉えることは叶わないだろう。
彼は空中で移動する術を持っていたからだ。
「黒組が頭領、ランゲンフェルトと申します。お見知りおきは結構ですので悪しからず」
操縦基の眼鏡女にそう告げると、おもむろにランゲンフェルトは懐から紙片をばらまいた。
それは、ランゲンフェルトの所属と連絡先を記した名刺だ。そしてその裏には魔術の刻印が光っている。
反発術式。蹴ることで靴裏のものと相乗させ、空中にありながら名刺を足場にしてランゲンフェルトは跳躍できる。
紙吹雪のように舞う名刺はさながら飛び石だ。彼は空中を自在に闊歩し攻撃を躱しながら、ゴーレムを撹乱する。
そして隙を見つけたならば、容赦なくしなやかな足先からの蹴りが降ってくることだろう。
【ランゲンフェルト:ファミアを追ってダニーに合流。セフィリアの駆るゴーレムと遭遇し、ダニーに協力を仰ぐ】
- 92 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/24(火) 23:58:46.81 0
- リフレクティアの『業務命令』は、客観的に正当性の認められるものであることには違いない。
フィン=ハンプティの所属する遊撃課は国家に属する機関であるから、国のために戦うことは当然だ。
そして、タニングラードは『国』ではない。国土を間貸ししているだけの、帝国ならざる領域だ。
他ならぬ帝国民の安寧のために、街一つを武力によって支配するのは、誰にも咎められるはずのない国務であった。
>「――――お断りだ」
しかし。それでも。
――誰よりも誰かのために戦おうとした男は、辿々しくもはっきりと命令を拒否した。
フィン=ハンプティ。かつて己の家を失い、拠り所を他者に求めた『天才』が一人。
そして、のべつ幕なしの依存のために、多くの場所から拒絶されて遊撃課へと落ちてきた左遷者。
『護れるのなら誰でも良い』を己が身律としていた彼の、それは始めての他者への執着だった。
("誰しもを護る"ってのは――言い換えりゃ、そいつ個人のことはどーだって良い、ってことだもんな。
つまりハンプティにとっちゃ、人間だろうと犬畜だろうとその辺の石っころだって、護る対象ならみんな同列ってわけだ)
リフレクティアがフィンを面接したとき、最初に感じた違和感がそれだった。
破滅的な利他主義のようでいて、その実徹底した利己主義者――『護りたい病患者』と、彼はフィンの性向を定義した。
しかしいま、目の前に立ちはだかる瀕死の男はどうだろう。
片腕の感覚を無くし、視界から色を失って、しまいには『護る』という大義名分すら消え去った彼が――
あろうことか多くの人民の生活とたった十数名の『元同僚』の名誉を天秤にかけて、後者を選択したのだ!
>「……俺は……あんたらみたいな奴らが来るなんて、命令は……受けてねぇ。(略)
フィンは、己の選択に自分でも疑問を感じているようだった。
だから、もっともらしい理由を探して、繋がらない論理を紡ぎ続けている。
自分の迷いを、受け入れるために。その選択を、正しいものだと言えるように。
>「わかんねぇ……くそっ、わかんねぇけど……俺は……っ!!」
>「俺は、お前らをあいつらの所に行かせたくねぇんだよっ!!!!」
そして最後は、論理を捨てた。
ただ感情の赴くままに、心が掴みとった答えを確定する叫びを得る。
>「我が名はフィン=ハンプティ!!ハンプティ家最後の当主にして『最終城壁』!!」
口上は、『らしくない自分』を肯定するための真言。
>「ここを通りたいなら、俺を倒してから行きやがれっ!!」
『雇われ英雄』でもなく、『護りたい病患者』でもない――彼は、『本物の英雄』になろうとしている――!
「はっ」
リフレクティアは短く快哉を飛ばした。
精悍な顔つきに喜情が宿り、口端を上げてにやりと笑みを濃くして言う。
- 93 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/24(火) 23:59:04.36 0
- 「いいぜぇ、お前みたいな大馬鹿野郎が俺は大好きなんだ。お前はそれでいいんだよハンプティ。お前みたいな天才はな。
重要なのはそこだ!受け入れらんねえ提案に!全力のノーを言って返すこと!そいつがお前らに求める在り方だ!」
社会の歯車になることは、自分を決まった型に押し込めることで成立する。
嫌なこともノーとは言えない自由度の低さと引換えに、集団は大きな困難に立ち向かう力を得たのだ。
だが時としてそういう社会の在り方は、必要のない制限まで他人に課してしまう側面がある。
『自分がこれだけ苦労している』という事実に対し、苦労を解消する努力ではなく『お前も同じ苦労をしろ』と結論づけてしまう。
大きさの合わない歯車を噛み合わせるなら、大きい方の歯を削って小さくしてしまう方が遥かに楽だからだ。
平和になったこの時代、人間の敵は人間だった。
だから、遊撃課をつくろうと思った。
咬み合わない歯車を無理に削るよりもいっそ独立させて一つの機械として動かし、集団と対等に戦えるように。
社会になんか属せなくても、やりたいことしかやれなくても、きっと何かができると証明するために。
「だから俺はお前の否定(ノー)に、更なる否定を言って寄越すぜハンプティ!
俺は国を助けるために!お前を倒してこの街を潰す!!お前の仲間の地位と名誉を貶める!!」
リフレクティアは外套を脱ぎ捨て、従士隊制式の軽鎧姿を雪風に晒した。
右手には剣、左腰には鞘、そして背中には中折れ式のブレード付き魔導砲を背負っている。
「お前に敬意を表して名乗るぜ……俺の名はレクスト=リフレクティア!リフレクティアの馬鹿な方の息子にして、『愚者の眷属』!
ここが否定の最果てだ、拳と剣を主張代わりに、ボッコボコにしてやんよ"最終城壁"!!」
アネクドートとリベリオンが溜息と共に肩を竦めるのを一顧だにせず、リフレクティアは吠え立てる。
「――刮目して見せろよ、お前の最高に格好良いところをなぁぁぁぁぁっ!」
踏み込みと同時、剣を持つ右手が一瞬だけ、"ブレた"。
それだけで肩から腕にかけて積もり始めていた粉雪が飛び散り、羽音のような震えが耳朶を打つ。
無数の―― 一閃一閃に達人の鋭さを秘めた剣撃が、まるで嵐のようにフィンのもとへと殺到する。
今度は脅しではない。確実に仕留めるための斬撃である。
【イベントバトル!
勝利条件:リフレクティアの攻撃に耐え切るor追撃から逃げ切って仲間に事態を伝えるor肉弾戦でリフレクティアを倒す
※轟剣はとっても速くて数が多いですが剣そのものは官給品かつ本人の腕力も標準なのでぶっちゃけ大火力ということはありません。
『天鎧』が万全ならノーダメージ余裕、不完全でも反撃の余裕がある程度とお考えください】
- 94 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/04/25(水) 01:37:57.46 0
- インペリアルアスコットの芝を駆け抜ける駿馬のごとき力強い踏み込みで絨毯に足跡を刻むファミアの背を、
ランゲンフェルトの声が追い抜きました。
>「お待ちを!私は貴女に危害を加える者ではありません!私共の目の届かぬ場所に行かれては……!」
>「……貴女を食べてしまいますよ!?」
それを聞いたファミアはもちろん
「ぴぎいいいいいー!」
屠殺される豚のようなみっともない悲鳴をあげながらさらに加速。
(――まさか守るって、私を食べて一つになることでどうこうとか、そういう……!?)
身体だけではなく思考も止まることなく加速していきます。
『危害は加えない』と言っておきながら直後に『頭から食っちまうぞ』と、
(ファミアの主観では)矛盾した言動をしているのですから、このような人物評も無理からぬこと。
いやはや男女の間というものはすれ違いが多いものですね。
そんな二人の間をさらなる障害が隔てました。
根こぎにされて投げ飛ばされた木です。
走りながら飛んできた方にファミアが顔を向けると、らんらんと光る双眸と視線がぶつかりました。
無論、セフィリアが鹵獲したゴーレムの作業灯です。
が、それがまっすぐ向いているということは逆光になるわけで、つまり正体が見えません。
オークショニア側が庭木を引っこ抜いて屋敷に向かって投げつけるなどということをするはずがないので、
潜入前のブリーフィングと合わせればセフィリアだと簡単に理解できるはずなのですが……
「……おばけー!」
あんのじょう事態を受け止めかねたファミアはついに三段目の加速を開始。
湖の巨大ウツボに比べれば、陸の鉄ガニくらいなんてことなさそうなものですが。
もはや羽根があれば飛行できるレベルの速度に達したファミアは、しかし
(無理に乗り越えようとすれば罠があるかも……)
錯乱しまくってるくせに妙に冷静な思考でそう判断して外壁への跳躍を断念。
やや速度を落として水平方向へターン、ついにランゲンフェルトの視界から完全に消えました。
- 95 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/04/25(水) 01:38:38.35 0
- 数秒後。
「やだあああー!!」
邸内のどこからか放たれた猟犬が即座にフォーメションを展開してファミアを包囲していました。
犬の牙が文字通り"歯が立つもの"かはあまり試したくありません。
なので、盛んに前掻きをして今にも跳びかかって来そうな犬たちの動きをよくよく見ていると、背後から風の唸る音。
とっさに身体をひねりながら横へ跳んだファミアと、高速で回転しながら突っ込んできた虎毛の犬が空中で交錯しました。
着地したファミアは間髪入れずに跳ね起きてダメージをチェック。
スカートが切り裂かれてスリットが入ってしまった以外は無事なようです。
虎毛の方は"熊すら屠る一撃を、まさかかわされた"とでも言いたげな驚愕を顔に浮かべています。
犬たちがとったのは、つまるところ勢子が注意を引きつけて背後から一撃、という戦術でした。
確実に今のファミアより頭が回ります。調練士の腕が良いのでしょうね、教育は本当に大事です。
しかし種が割れた以上、そうそう遅れをとるものではありません。
とはいえ全周を囲まれているため、背後からの攻撃はやはり来てしまうのですが。
立て続けの攻撃をあるいは滑り込み、あるいは飛び越えてかわしたファミアは、
陣形の乱れを目ざとく見つけてそこから包囲を突破、勢いを落とさずに駈け出しました。
ちなみに来た方角でした。
さて当然そのまま進んでいけば邸内投擲事件の現場へ戻るわけですが、
そこでは人さらいの頭領から殺人鬼青ひげへと転身を遂げたランゲンフェルトが縦横無尽に空を駆けていました。
間の悪いことにセフィリアのゴーレムはまたファミアと正対しているので、いぜんとして搭乗者が見えません。
踵を返したくなったファミアですが、背後からは再び犬が迫っています。
丁度その時。
屋敷に投げつけられた木の、その向こうにいる人影に気が付きました。ダニーです。
当たり前のことながらファミアは商会一行が警備に加勢していることは知りません。
それでも服装を見て、少し考えてみれば、歓迎しがたい理由でここにいる可能性が高いという結論が出るはずです。
「たーすーけーてえええええええ!」
言うまでもなく考える余裕など持ち合わせていないファミアは見知った顔を見つけた安堵から号泣しつつ、
ダニーの腰のあたりに飛びついてそのまま押し込みました。
【がぶり寄る】
- 96 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/26(木) 23:25:43.49 0
- >「いえ、どうやら既に悟られたようです。流石に優秀ですね」
>「でも、それでいいんです。私達に迫れば迫るほど、白組の首は締まっていくんですから」
窮地であろうこの状況で、マロンはしかし強かに笑った。
>「ウィットさん、今から『賊』が商品を奪う為に動き出します」
>「その隙に私達は、お客の皆さんを暗殺しちゃいましょう」
「……なんだって?」
笑ったまま放たれた言葉に、流石のウィットも硬直した。
それは一瞬の逡巡だったが、この鉄火場では永劫にも感じられる思索に陥る羽目になった。
>「暗殺とは言っても、失敗でいいんです。むしろ成功しちゃいけません。
>「私達が今から殺すのは、白組の信用です」
「! ……そういうことか」
白組は、戦闘をするための集団ではない。商売をするために集められた者たちの集合体だ。
当然、そこに集う客には血を見ることへの覚悟がない。当然だ、彼らは用意された『英雄』に酔いに来ているだけなのだから。
自分が傷つくことや、誰かを傷つけることなど、最初から勘定のうちに入っていない。
覚悟のない者が、己の危機に瀕したとき――その恐怖は、驚異的な速度で伝播する。
金持ちが逃げ出せば、市場は瓦解する。
>「スティレットさんは……えーっと、まぁ、つまり、
出来るだけ大勢に「二度と来るか」ってくらい怖い思いをさせてやりましょうって事ですよ」
「おーっ!そうゆうのは大得意でありますよ!?
教導院の頃は、よく『お前は人をうんざりさせる天才だな』とお褒めに与ったわたしであります!」
金なくしては企業は成り立たない。
『白組』そのものではなく、その資本を攻撃して金の流れを断ち切る――
まさに金が全てのタニングラードでものを言わせるやり方だ。この五日で考えたのなら大した奇策士である。
>「さて、ある程度暴れたら撤退しましょう。白組の信用をとことん貶めるには、暗殺者が捕まる訳にはいきませんからね」
直後、閃光が室内を眩く照らした。
魔術によるものだということは理解できたが、逆光になってそれがどこから放たれたものかは判断できなかった。
スティレットなどは、目を覆いそこねて床をのたうち回っている。
そしてすぐに、今度は明かりが落とされてまったくの闇が広がった。
>「……あぁ、そうです。折角ですから私達も何か、火事場泥棒していきますか?
盗まれる商品が多いに越した事はありませんし。欲しい物があるなら、お手伝いしますよ」
「バカ言うな、ここにある物は全て正当な持ち主がいる。盗品だからって、盗んで良い理屈は……あるのか。この街なら」
ウィットは首をコキリと鳴らして頬を撫でた。気持ちを切り替えるときにする仕草だ。
既に『夜目』の魔術は行使済み、明かりがなくともものの輪郭は判別できる。
「……そうだな、逆に言えば、この状況で火事場泥棒を考える輩は、僕たちだけとも限らない、というのが僕の懸念だ。
ここのガードマン共はモーゼルの子飼いだけじゃなく、街の荒くれを雇った者も配備されてる。奴らは、危ない」
- 97 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/26(木) 23:26:08.24 0
- どうせその日限りの忠誠など、数多の街を追われてタニングラードへ流れてきたならず者達にはあってないようなものだ。
この混乱に乗じて、めぼしい品を勝手に持って姿を消す、なんてことも大いにありえてしまうのだ。
マロンがその可能性を考慮せずにこんな大それた作戦を立てるといは思いにくいが――
>「どっりゃぁぁあああ!!」
その思考を、叫びと烈風が吹き飛ばした。
ハルトムートの声だ。そして、同時に放たれる風魔術。
小規模の嵐とさえ形容できるそれが会場内を洗い、ガードマン達を床に叩きつける!
「……なるほど。配慮も完璧というわけか」
ウィットは気絶した大男を飛び越え、闇の中マロンと共に壇上へ上った。
両眼を抑えて右往左往しているオークショニアに一撃くれて昏倒させ、懐からカギを奪う。
それは、出品物搬入口と壇上とを繋ぐ扉の鍵。夜目の中での細かい作業は苦労したが、なんとか鍵穴を回すことに成功した。
「とにかく、メイン商品を確保しよう。『零時回廊』だ――」
果たして、そこにそれは存在していた。
ウィットがかつて、『故意に盗まれて』ここに流れ着いた、特殊災害級指定呪物。その片割れ。
彼は、これを取り返すつもりはなかった。むしろこれは、ここになければならないものだった。
「よし、ブツの安全は確保した。あとは事態が終焉するまでこいつを護り通そう。
マロン、お前の親玉には連絡を入れてあるか?上手く行けば、夜明けには本国の司直を呼べるだろう。
こいつの所持は国際法でもきびしく取り締まられている。――つまり、『領事裁判権』が適用できるはずだ」
領事裁判権。国家間の間に取り決められる、いわゆる不平等条約の一つである。
外国の者が国内で犯した罪を、その者の母国においてのみ裁くことができる……一種の治外法権だ。
犯人が国に帰らない限り、裁かれるべき犯罪者に何の刑事罰も下されないという不平等。
そしてそれを受け入れざるを得ない、国家間の支配的な力関係の象徴のような権利である。
……であるが。
そもそも司法のないタニングラードにおいては、これはまったく正反対の意味をもつことになる。
すなわち、『法がないのをいいことに他国で好き放題やらかす犯罪者を、帝国法で取り締まれる』。
目には目を、歯には歯を。治外法権には――治外法権を。
法の眼を欺くタニングラードの犯罪組織に司法の手が介入できる、これがウィットの、その後ろの者たちの"切り札"である。
領事裁判権を締結するには、該当国家に明確な落ち度があると国際的に認められる必要がある。
『零時回廊』という国際規模の危険物を野放しにしていた罪は、それほどに重い。
"切り札"とは、外交カードのことである。
「これが僕が元老院から受けた特命だ。その為に僕は元老を一人殺し、零時回廊を奪った。
――この街を滅ぼし、そして帝国の礎となって死ぬために」
ウィットは――ここでユーディ=アヴェンジャーを殺す。
【零時回廊に纏わる陰謀:自作自演】
- 98 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/27(金) 23:41:06.25 0
- 【クローディア】
>「応!!」
良く出来た部下は、弾けるような返事で気を充溢させた。
クローディアは鷹揚に頷き、いざ賊を迎え討たんと踵を返したところで、
>「……あ、シャチョー、サムいからウワギはキていたホウがイいかと」
「……いらんオチをつけんでよろしい」
真顔のロンに、社長は半目で応えた。
と、不意に耳に嵌めた念信器から、知らない誰かからの念信が舞い込んできた。
途切れ途切れに紡がれる言葉を埋めあわせて要約すると――こいつらこそが賊だ。
隣で同様の念信を耳にしたであろうロンは、悔しがったり笑ったり忙しく表情を変えながら、やがて決心したように言った。
>「シャチョウ、『給料を前借り』ってデキないか?」
「この状況でそういうこと言う、フツー!?」
いくら生活に困窮していたとしても、こんな鉄火場で明日のご飯の心配はしない。
今日死んだら、明日から食費ゼロでいいじゃない、とさえ言ってのけるブラック社長クローディアである。
>「コウカをサンマイだけでいいんだ。カナラずカエす。ヤクソクする」
ロンはあくまで真剣だ。緊急で用立てねばならないものがあったろうか。
両者は走りながらしばし睨み合っていたが、やがて肩で息をするクローディアの方が根負けした。
ミスリル金庫より堅い彼女の財布が、悠久の時を経ていま、解き放たれる。
「……いいわ、経費でおろしたげる。返さなくていいから、無駄遣いするんじゃないわよ」
クローディアがロンの掌に押し付けたのは、三枚の硬貨――それも金貨だった。
ロンが要求したのは硬貨であるから、別に銀貨でも、それこそ銅貨だって良かったはずだ。
しかしクローディアは、我が子のように大事にしている金貨をロンに預けた。
物資換算で言えば、上等なワインが樽ごと買える額だ。
「客先にはまずアポをとってから訪問すること。奴らがそんな常識も知らない連中なら、
――うちの授業料は高いってこと、思い知らせてやりなさい」
そしてたどり着いたオークション会場は、既に混乱の最中であるようだった。
ゲストの悲鳴。顧客を何より大事にするあのランゲンフェルトが、賊の襲撃を客に漏らすようなヘマをやるとは考えにくい。
ということはこの混乱はただのパニックではなく、実際に襲撃を受けてのもの。
つまり、この扉の向こうにはリアルタイムで敵がいる――!
- 99 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/04/27(金) 23:41:24.47 0
- >「シャチョー、ツカまってろ!!」
小柄な騎士の呼び声に、頼りない二の腕を全力で抱きしめる。
身体がぐんと引っ張られるのを感じた。扉が開く。瞬間、閃光。視界がホワイトアウトし、振り回されるに従うのみ。
>「よっと、失礼!」
ロンは、どこかへクローディアを連れ込んだようだった。
しばらくして目が慣れると、いつのまにかあたりは暗闇で、自分が何かの物陰に押し込まれていることに気付く。
外から声が聞こえてきた。
>「中に二人。一人は異才を発したままいると思う。どうする?」
魔力を伴う微風が頬を撫でて、背骨を氷が伝っていくような感覚がした。
中性的な声はどこかで聞いたことがある気がするが、抑揚に乏しく聞き取りづらい。
だが、言ってる内容はよくわかった。
間違いない。賊だ。
『どうするの、ロン!相手はこっちの位置も、攻撃のタイミングも分かるみたいよ!』
叫ぶように囁くクローディアは、ほとんど声が出ていない。口の中がカラカラだ。
しかたがないのでこの短距離で念信を使うはめになった。
クローディアはロンに命令できる権利を持つが、それが正しい保証はない。
むしろ、こういう鉄火場に慣れているであろう武闘派のロンの意見を素直に聞いたほうが、きっと合理的だろう。
しかししかしだからと言って、座して待てばジリ貧なのが丸わかりな現状を変えようとしない彼女ではなかった。
『あたしが"壁"をつくるわ、うまく活用しなさいよ、あたしの騎士!』
銀貨を一枚、音を立てないように弾く。
遺才を発動。銀貨の対価として『無数の薄い木板』が、外の賊とロン達を隔てるように降ってきた。
木の板は安いため、銀貨換算で言えば軽く百枚はゆうに超える数が召喚され、木材の壁が形成されつつあった。
安価故に非常に薄く、女子供でも簡単に割れるものだが、『風』を遮り姿を紛れされるには十分だろう。
【風対策と奇襲のために1メートル四方ほどのベニヤ板を大量召喚】
【フラウはノイファさんにくっついています。聞けば魔力視による情報を教えてくれるNPCとして使ってください】
- 100 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/04/28(土) 23:14:00.59 0
- 「できること」と「できないこと」は些細な事柄によって分けられることがままある。
今回の賊の捜索もそうだ。猟犬を一匹連れてくる、ランゲンフェルトに死体になった男を照会させたり、
シフトを確認する等採れる手段は色々あるが、いずれもダニーの立場では「できないこと」だった。
一方で「できること」とは何か。賊が中に入った以上、当然今度は出てくるだろう。
繰り返しになるが出てきた相手、またはそれを助けようとする者を捕らえればいい。
そう都合良くはいかないがやるべきことは決まっているのだ。
その時だった。黒服と少しだけ話して別れようとした際に、セフィリアが喋ったのは。
>>「当たり前だよ、誰が好き好んで暗殺者がうろつくお庭を散歩するって言うんだよ
さーて、なんだか引いちゃったし戻るかな。ねえ、旦那」
ー瞬間、意識が凍ったー
暗殺者
言っていない。誰も、一言も、"暗殺者"とは。
状況を見れば確かにそういう単語が出てもおかしくはない、
黒服なら尚更だしこのオークションに来る人間なのだから堅気でもないだろう。
或いはただの決め付けかも知れない。それらの可能性を考慮して猶、
気味の悪い確かさが在った。
(・・・・・・)
今なんて言ったんだ、とダニーは心中で先程の言葉を反芻する。
『暗殺者がうろつく』セフィリアはっきりとそう言った。
いるかも知れないではない、うろつくとも言った、はっきりと。
中にはいないとでも言いたげで、しかしそんな筈はないのだ。
偶然だろうか、言ってもいない言葉を口にし、状況を確定するこの女の言葉は。
そもそも何故黒服の一人は殺されたのか、
そして本当にリア(セフィリア)が言った通り暗殺者がうろついているのだろうか、
これまでのことを一度整理してみよう、ダニーは髪をかき上げた。
- 101 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/04/28(土) 23:16:15.05 0
- 考え方はこうだ。まず第一に「暗殺者の目的は黒服の服だったのか」、
そしてセフィリアの言う通り「暗殺者はまだにこの庭にいるのか」どうかだ。
図にするとだいたいこんな感じだ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l セフィリア 真 l セフィリア 偽 l
黒服の服が狙い____l___________l___________l
黒服の必要はない___l___________l___________l
暗殺者の狙いが黒服の服でありセフィリアの言うことが真(左上)の場合、
暗殺者は黒服の一人に成り代わり表にいることになる。
中に入らずわざわざ外にいるということは少なくとも外にいる必要がある。
客として来ていないということは金がないか、黒服である必要があると思われる。
次に暗殺者の狙いが黒服の服でありセフィリアの言うことが偽(右上)の場合、
やはり黒服に成り代わり内部に侵入していることになる。
これが現状に一番近い。そして模範回答でもある。必要性は同上。
三つ目は暗殺者の狙いが黒服ではなくセフィリアの言うことが真の(左下)場合、
あたかも中に侵入したように見せて実はまだ外にいる。
これはつまり陽動か待ちぶせのどちらかである。
特定の人数または誰かを呼び出そうとしたか、会場内の警備を引きつける為の犯行。
目的はどうあれ結果は同じ、ただしここの偽従士隊員の素性を考えれば、
死体を野ざらしにするのは的を絞った呼び出し方とは言えない、後者の可能性が高い。
最後に四つ目、暗殺者の狙いが黒服の服ではなくセフィリアの言うことが偽(右下)の場合、
二つ目と同じく既に中にいることになるが、内容は三つ目に近い。
中で何かをするために警備の目につく所に死体を置いたか、もしくは
死体になんらかのメッセージが込められている、或いは両方の場合。
どの可能性も単独犯と複数犯を分けるものではない。
そこに、『客は外出時には警護の者と一対一で出かける』という仕組みを加えると
一つ目と三つ目が不自然だ、付き添いに出てった奴がいつまで経っても戻らなければ誰だって不審に思う。
- 102 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/04/28(土) 23:18:01.24 0
- それに一人で黒服に成り済ましたままずっと外にいる意味がない。
かといって報復目的の待ちぶせなら、殺しの手口に比べてあまりに素人臭い。
そしてもう一つ。複数犯の場合、四つの可能性がに成り立ち、意味のあるものになる。
現実的に(悪い方に)考えてもまずそうだろう。ただこの場合、思ったよりも敵の数が多いことになる。
最低で四人だが経験上不安材料が最低限で留まってくれた試しがないので、
二人足して六人だと勘定するとかなり不味い事態であることが分かる。
売る奴と買う奴と見張る奴に均等に二人はいる計算だ、
それがこういう行動を起こしたとすると・・・・・・
「!」
遅かったか、とダニーは先刻までと毛色の異なる興奮にざわめく会場を見上げた。
セフィリアを追っていくつか質問しようと思ったが機会を逃してしまった。
出入口を固めるために建物を回り込むと悲鳴と怒鳴り声のようなものが聞こえた。
>>「ぴぎいいいいいー!」
声のした方を頼りに角を曲がると、遠くへ駆け去っていく物体を視認する。
そして背後から気配が現れたのもそれとほぼ同時、彼はダニーを追い越すと一旦止まって、
彼女を振り仰ぐとそそくさと居住まいを正した。男はランゲンフェルトだった。
>>「…………『落札品』が一人、脱走してしまいました。街に出られると非常に厄介です、必ず捕まえてください」
さっきの屠殺時の子豚みたいな声の主がそうかと思い上司と共に走りだそうとした刹那、
庭と同系色でありながら向きのおかしな物が二人の前に飛び込んできた。。
厳密には投げ捨てられただけなのだが、何にせよ分かりやすい異常事態だった。
投げて寄越された木に少し遅れてこちら側の装備のはずのゴーレムが、
耳に不健康な角張った音を発しながら現れる。乗っているのはこの時間の空と同じ髪の色をした女、
さっき花を摘みに来たセフィリアだった。
犯人は現場に戻るというがこのためだったのだ。まんまとしてやられた形だった。
>>「……甚だ不本意ですが、私には貴女の力が必要です、『商会』の腕貸し女史。 」
最初に大事なこと(用件)を言うのは大事なことだ。残りは聞き流しつつダニーは手で返事をした。
- 103 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/04/28(土) 23:20:06.72 0
- ランゲンフェルトが先行したのに対してダニーは目の前に横たわる木に手を添えると、
息を一つ吐いて持ち上げる。強度や威力はさて置き、大きさではゴーレム用の武器に十分成りうる。
>>「たーすーけーてえええええええ!」
どこか楽しげな光を目に灯して木を振りかぶった矢先に、下腹に強過ぎる力が加えられた。
それは構えたままのダニーを後方へと押しこんでいく。止めようとしても止まらない。
地面に対して平行に流されているような錯覚を覚える程、ダニーの抵抗が虚しいくらいに力は強かった。
なんとか下を見れば相手の正体は、押し込んでいる巨体の半分あるかないかの小柄な少女だった。
顔がとてもひどい状態だったが辛うじて見覚えのある人間だと分かる。確かファミアだ。
こんな顔してこんな場所にいるということはフィンは恐らく駄目だったのだろう、現実は無情だ。
確認したいことや説明したいこともたくさんあるが、生憎と今は戦闘中である。
一度に多量の情報が噴出したことでダニーの頭は混乱しそうだったが、
非常時にまごつくことは命を縮めることに他ならない。ほぼ反射に近い形で彼女は決断した。
まず木を手放し未だに自分を押し続けているファミアの襟首を掴んで持ち上げる。
ファミアの腕がもう少し長ければ閂をかけられていたかも知れない。
地面から離れて手足をバタつかせる少女の背中の部分の服を両手で掴みまずは円を描くように回す。
二度ほど回したら次に体ごと四回から五回ほどの横回転へ移る。
「・・・・・・!」
奥歯を噛み締め、最後は体を畳み、捻り、ぎゅっと加速させ全身の力と共にファミアを天空へと解き放つ。
確かな手応えにダニーも思わず吼える。少女はすぐに見えなくなってしまった。
動物的直観から導き出された民間人を可及的速やかに戦場から避難させつつ、
知り合いも逃がしてやるという合理的な方法だった。
改めて木を持ってゴーレムの前まで来ると、黒服の頭領が空中を闊歩しているところだった。
「・・・」
女の子は助けたぞ、と報告しつつ彼女もまた木を振り回してセフィリアへ応戦し始めた。
【ファミアさん→人間ハンマー投げ セフィリアさん→植え込みで応戦】
- 104 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/29(日) 23:15:24.32 0
- 戦闘に置いて最も重要な要素とは何か。
歴史に置いて数多の軍師と研究者が挑んできたその問には、未だ明確な解は存在しない。
が、それでも極めて正答に近いと言われる解は幾つか存在する。
例えば間合いであり、或いは破壊力であり、もしくは物量であり、加えて言うのなら情報もそうである。
そして「速度」という物もその正解の一つであると言えよう。
>「お前に敬意を表して名乗るぜ……俺の名はレクスト=リフレクティア!リフレクティアの馬鹿な方の息子にして、『愚
者の眷属』!
>ここが否定の最果てだ、拳と剣を主張代わりに、ボッコボコにしてやんよ"最終城壁"!!」
>「――刮目して見せろよ、お前の最高に格好良いところをなぁぁぁぁぁっ!」
未だ自分自身の行動に対する解を持たぬフィンに、レクストは喜色を浮かべながら明確な敵意を向けた。
正義を否定したフィンの奇行を是とし、自身が立ちはだかる壁であるという事を宣告する。
そうして……本気の敵意。相手の命を奪うという覚悟を込めた刃を向けてきたのであった。
(――っ、落ち着け。まずは攻撃に対処しろ、意識を研ぎ澄ませ。
大丈夫だ。あの程度の剣なら、掴み取るか殴るかすれば『砕ける』筈だ)
一瞬の後に放たれるであろう攻撃に対し、フィンの思考が先程までの錯乱した物から戦闘を意識したものへと切り替わる。
迷いがあると言えど、フィンとて遺才を色濃く引き継ぐ天才である。
本領を発揮出来る場に遭えば、バッドコンディションでも相手を容易く凌駕出来る。
故に、今回も剣撃を容易く掻い潜り、勝利を掴み取れていた筈だった。
レクストが『轟剣』という名の業を有してさえいなければ。
ウルタール湖底洞窟において、面として迫る矢でさえ防いで見せた事から解るように、
フィンという青年は、防御に必要な動体視力にという要素に関して、他の追随を許さない程のモノを持っている。
更には『轟剣』を見たのは、以前にノイファが使っていた、轟剣に類似すると思われる剣術を含めてこれで三度目。
それらの要素から、フィンの色を失った瞳は今回、かろうじではあるが確かにレクストの剣の軌跡を追えていた。
それによって解った事は――――この轟剣という剣術が異常な程の速度で繰り返される連続剣撃であるという事。
つまりは魔術の類ではないという事だ。
それ故、理論上は触れる事も可能であるし、受け止める事も可能。そう判断し、フィンは正面からの迎撃を決意した。
レクストが繰り出した剣撃の初撃にタイミングを合わせ、その刃に手甲を纏う指が触れ
「ぐ、がっ……!?」
フィンの全身から噴出した鮮血が、花びらの様に舞い散り雪を染めた。
(なんだ、この速度……っ!?)
フィンの指は、確かに剣に触れた。だが、触れられたのは指だけだった。
掴もうとした時には既にその場所に剣はなく、次の剣撃が別の箇所へと放たれていた。
それは正しく、絶技と言えよう。
轟剣の圧倒的な速度は、間合いを潰し、人数の差を覆すものだった。
異常なまでの手数は、速度に特化した事で失われる攻撃の重さを補い、相手の行動の自由を奪うものだった。
『轟剣』とは、戦闘に置ける全ての優位を確保し、全ての弱点を唾棄すべく編み出されたかの様な、
普通の人間ならば例え思いついたとしても、決して手を出そうなどとは思わない異様の剣であった。
対峙した者は手の出しようが無くなる、無双の剣技の名であった。
幾らフィンが天鎧の遺才を有すると言っても、指先で触れる事しか出来ないのならば防げる筈も無い。
おまけに、現在のフィンはまともな部分の方が少ない程の負傷を負っている。
ただでさえ不利であるというのに、回避しようと動けば動くほど傷口が開くなど、もはや笑い話だ。
- 105 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/29(日) 23:17:41.40 0
- こういった場面で自分が地に伏す姿までも想像できてしまうのは、天才であるが故の弊害か。
戦闘に特化させた筈のフィンの思考は焦りによって緩み始め、取り留めの無い思考がノイズの様に混ざり始める。
まるで、走馬灯の様に。
(っ……痛ぇ……なんで、俺はこんな事してんだよ……こんな間違った事を……。
遊撃課の連中は、もう俺の仲間じゃねぇんだし、無駄に戦ってないで謝って許してもらえばいいだろ……?)
一閃。頬に切り傷が生じた。
(今の俺の行動だって、正義じゃねぇし、英雄っぽくもねぇ……ちっとも俺らしくねぇ。
なのに、なんで……なんで俺はこんなに必死に、変な言い訳してまであいつらの事を庇おうとしてんだ……
……そうだ、やめるべきだ。やめちまうべきだろ、こんな無駄な事は)
上体を右に逸らす事で脳天への一撃を回避。左脇腹の傷口が開く。
(……)
小指で剣先に触れる事により刺突の角度をずらし、攻撃を回避した。
(……でも、ここで俺が退いたら、きっとあいつら困るよな)
回避動作が遅れ、右肩と左大腿部がそれぞれ僅かに切り裂かれる。
(怖いのが苦手なファミアは泣くだろうし……マテリアは、不法だとか騒ぎそうだなぁ)
刃を掴もうとするも失敗。追撃が服を切り裂く。
(スイはいつも通り憮然としてそうで、ノイファっちとセフィリアは……あの二人は本気で怒りそうだよな)
右腕の薄皮一枚で逆胴の一撃を回避。
(そうだ。クローディアの所の奴らも、怪我とかするかもしれねぇよな……)
胸部を小指の先程の深さで抉られる。回避の続行は可能。
(ダニーはあんな感じだから色々誤解されそうだし、ロンって奴とナーゼムは、
クローディアを守る為に戦って、もしかしたら殺されちまうかもしれない……)
一歩後退する事で左足への攻撃を回避。更に、刃に触れ軌道を操作……刃に触れられず失敗。
(…………それは、嫌だな。あいつらが傷つくのは、嫌だ)
二歩目の後退。回避し切れず左腕に二本の刀傷が生じる
(……。ああ、そっか)
首筋、頚動脈の真横を薄く剣が切り裂く。
右腕を剣が切り裂く。左足を剣が切り裂く。右肩を剣が切り裂く。
……
とうとう耐え切れず、フィンはその膝を地に着けた。
レクストの刃はその隙を逃す事無く、フィンを捕らえ
「――――そっか。俺、あいつらの事が大好きだったんだ」
直後。レクストの剣が、フィンのシルエットを貫いた。
- 106 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/29(日) 23:25:38.54 0
- ……
ポタリ、ポタリと、雪に小さな紅い花が乱れ咲く。
それを生み出しているのは剣に貫かれたフィンの肉体。
――――守りたいのは、守る理由は、守る相手の事が大好きだから。
かつて家族の血溜まりの中で『答え』を失った青年が『答え』を再度得たその場所は、
自分自身の血溜まりの中であった。
今まで、フィン=ハンプティという人間が誰かを助けたがったのは、確かに懺悔の様な利己主義が原因であった。
だが、決してそれだけが理由ではなかったのだ。
その事に、仲間を助けたいと思ってきたその『理由』に。
馬鹿馬鹿しい日常と仲間の死を経て、仲間である理由を奪われて、身を削られて、
執念も圧し折れて、情けない程ボロボロになって
……そうしてようやく、フィン=ハンプティは気付くことが出来たのであった。
「……だったら、尚更あいつらの所に行かせる訳には行かねぇよな」
――――だから。
気付けたからこそ、フィンは立ち上がれる。
……レクストの剣撃は、確かにフィンを貫いていた。
そう。フィンが咄嗟に前に突き出した、感覚の無い右腕。
そこに装備された手甲の掌部を、貫通していたのだ。
「レクスト……レクスト=リフレクティア。あんた達の行動は確かに正しくて、
正しい目的の為に戦う姿は、カッコいいと思うぜ……沢山の人達を助ける。全く持って英雄だ。俺が好きな英雄だ」
片目に流れ込む血も気にせず、フィンは両眼でしっかりとレクストの眼を見つめる。
羨望と憧憬。そして、自分が捨て去ろうとしているモノを持ち続けている事に対しての僅かな嫉妬が入り混じった瞳で。
自身が何者であるかを理解出来た、『少年』から抜け出す事の出来た、一人の男としての喜色が燃える瞳で。
「……俺もあんたみたいになりたかったけど――――どうも俺は、英雄になれないらしい。
守りたかったのは、知らない誰かじゃない。俺が守りたいのは……大好きな『仲間』達だったみてぇなんだ。だから」
そこまで言って、フィンは一瞬だけ言葉に詰まる。
その一瞬とは、これまでの『知らなかった自分』を捨てるという恐怖から生まれた時間。
そこでふと、かつて今の自分と似たように過去の自分を捨て去る決断をしたクローディアの姿が思い浮かび、
当時は気付かなかったその時の彼女の力強さに気付いて、フィンは今の自分の軟弱さに苦笑した。
「……だから、英雄になれなくてもいい。悪人だって罵られたって構わねぇ。
それでも俺は、お前らを意地でも止める。お前らの正義を否定する。否定し尽くしてやる。
俺は、あいつらが好きだから、あいつらなら全部上手くやれるって信じてるから、
あいつらを邪魔しようとするあんた達を、ここから先へは通さねぇ……!」
そう宣言したフィンが手首を下へと傾けると、レクストの剣が軋む様な音を上げ始める。
手甲「剣砕き」―――それは、過去のハンプティ家の当主が過去の『剣鬼』を降す事を目指し作らせた防具。
自身の手を貫かせ、それにより剣の動きを封じ、手甲の構造と遺才を組み合わせ、剣自体をへし折る。
肉を切らせて刃を折る事を目的とした防具であり、剣士に対する奥の手であった。
「英雄共、この場所にあんたらは必要ない……」
- 107 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/29(日) 23:26:12.50 0
-
「 ――――ここから先は、俺達の世界だっ!!!! 」
- 108 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/04/29(日) 23:27:31.23 0
- フィンは、剣を砕く事を試みつつ残った左腕を振りかぶると、レクストの頬目掛けて力任せに振り切った。
それは何の才能も無い、ただの拳。けれども、重い拳。
剣の動きを封じて至近距離で放ったその一撃は、容易く避けられるものではない。
……この戦い。恐らくフィンに勝利は無い。
レクストと呼ばれる男が、剣の一本を折られた程度で戦う手段を失う筈が無いのもそうであるし、
そもそも敵は眼前のレクストだけではないのだ。背後に控えた二人の存在もあるのである。
そして何より……今のフィンは、かつて仲間であったサフロールにとても良く似ていた。
「大好きな人たち」の為に命を賭して時間を作る事は出来るだろうが、自分の命を守りきる事は難しいだろう。
これが、今のフィンが一人でたどり着ける限界の解――――
【遺才で轟剣の軌道を少しずらすが、不完全な為に全身切り傷だらけ。
手甲『剣砕き』を利用して剣を折って殴ろうとする】
- 109 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/05/01(火) 16:57:18.40 0
- 閃光が走ったのは一瞬だった。
室内を満たす阿鼻と叫喚。
黒服を纏う警備兵も、"特別席"に腰を沈めた出品者も、一様に両の眼を抑え苦悶の声を挙げる。
「さて――」
例外は二人。
「――よいっ……しょおっ!」
一人はノイファ。
椅子から立ち上がる勢いもそのままに、手近な黒服の頭を掴み、引付け、膝頭を顎に叩き込む。
パガッ、っという小気味良い打撃音と共に、仰向けに倒れる黒服。
「主よ――」
身を沈めた恰好のまま、ノイファの口から聖句がこぼれる。
続く音節は"――我が身に羽の如き軽やかさを"。
重力の頸木から逃れ、鳥の柔毛のように空を渡る、神聖魔術が一つ"落下制御"の奇跡。
両腕を床に付け、短距離走者の如く疾走。
壁に激突する寸前で床を蹴って跳び上がる。壁面を蹴りつけ、再度上昇。
仰け反るように空中で体を変え、天井を地に見立てて三度目の跳躍。
ちらと、頭を"下げる"。真下には警備兵。
その肩口に、ちょうど肩車をしてもらうような恰好で、着地。
「特別恨みはないですが、しばらく眠っててくださいねっ。」
首筋に両足を巻き付け、体を捻った。
ぐるん、と黒服に包まれた巨体が回転し、床に頭部を打ち付けた鈍い音が響く。
彼らも、それなりに修練は積んでいたことだろう。
しかし視界を奪われた状態での格闘戦など早々経験できるものではない。
仮にあったとしても、対抗手段はほぼ皆無だ。
それ程に近接戦闘において眼が果たす役割というのは大きいのだ。
「さあ、ここは制圧出来ましたし……、頂くもの頂いてさっさと退散するとしましょう。」
両手を払いながら、事もなさげにノイファは告げる。
それに対し、もう一人の例外であるフラウが、「容赦ねえ」とでも言いたげな様子でこちらを見ていた。
「ほらほら、ぼうっとしてないで。ここからは時間との勝負ですよ。」
フラウの手を掴み寄せ、ノイファは扉を開ける。
- 110 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/05/01(火) 16:58:16.93 0
- 扉をくぐると、そこは怒号と、喧騒と、暗闇が支配していた。
オークション会場、その壇上。
一歩を踏み出せば靴底で硬質な音が響く。
おそらくスイが破壊した魔導灯の破片だろう。それを踏み割ったのだ。
(確か……出品物が置かれてるのはこっちの方――っ!)
出品者席から見た記憶を頼りに、手探りで進もうとしたその刹那――屋敷が揺れた。
思わずつんのめる。庭に面した方向から窓ガラスの破砕音。
地震の類とは違う。相当の質量をもった物体を、外からぶつけられたのだ。
(随分と……派手にやりますねえセフィリアさんっ!)
心当たりは一人しか居ない。
そして、これだけのことをやってのけるということは、首尾よくゴーレムを奪い取れたのだろう。
内心吐き捨てたぼやきとは裏腹、ノイファの口端が笑みへと吊り上る。
相手の対応よりも一歩先んじている。此処までは、こちらの予定通りに運べているのだ。
いける。そうほくそ笑むのと同時、首筋に走る悪寒。
ここにいては拙いのだと、理解し飛び退く。
(気取られた!?)
果たして敵襲ではなかった。
頭上から来た何かが、ドレスの裾を切り裂き、すこん、と床に突き立つ。
「――……え?」
一振りの短剣。
逆手で引き抜き、目を細める。
装飾の類は一切なく、大振りでは無いものの身幅の厚い豪壮な拵え。
貴族や商人が護身用として選ぶ物とはそもそもの用途が違う。むしろ戦場に身を置く者が持つ、それ。
なにより一切の武器を禁じるタニングラードには、決してあってはならない代物だ。
(誰の物かは判らないですが……遠慮なく使わせてもらうとしましょうか)
手の中でくるりと回す。
細身の柄が手に馴染んだ。ひょっとしたら本来の持ち主は自分と同性なのかもしれない。
ふっ、と笑いが漏れた。
今はそんな益体もない思考を巡らせてる場合ではない。
つい先ほどフラウに言った通りだ。時間が経つほどに相手は冷静さを取り戻す。
統制を取り戻されれば、数に任せて押し包まれて終わりだ。
「と、なれば……急いで仕事を終わらるとしましょうか。」
手にした短剣を振り下ろす。
半端に裂かれていたドレスの裾を、根元まで断ち切った。
稼動域の広くなった両脚を存分に伸ばし、深呼吸を一度。
>『スイだ。出品物の前にいる。来てくれないか?』
耳飾りから聞こえるスイの声。
「お待たせしました。」
控え室への扉の前に佇むスイを確認し、ノイファはその隣に滑り込む。
- 111 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/05/01(火) 16:58:59.51 0
- >「中に二人、一人は異才か術式を発したままいると思う。どうする?」
「間違いなく待ち伏せってことでしょうねえ。具体的にどんな魔力か視えますか?」
隣のフラウへ協力を仰ぐ。
魔力視の瞳を持つ彼女なら、中で待ち伏せる相手がどんな魔力を発しているか判別ができる。
壁一枚程度ならば、それを透して視れるのは先刻確認済みだ。
「――雷……か、少々厄介な手合いかもですね。」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
数ある魔術体系において、稲妻を操る術式は随一の対人制圧力を誇るのだ。
まともに受けようものなら即座に意識を奪われ、掠めた程度でも動きを束縛される。
放たれた電撃は剣を伝って這い回り、神聖魔術による治癒も効果は薄い。
雷を自在に操る術者は、まさに自分にとって天敵のような相手なのだ。
「かといって手をこまねいているわけにも――って!」
覗き見ていた室内に変化が起こった。
一枚、二枚、三枚四枚と次々召喚される薄い板。
それが幾重にも積み重なり、壁を成そうとしていた。
(あれが完成されたら、少々どころではなく拙いですよ)
完全に彼我が遮断される。
退かそうと出て行ったところを狙撃される羽目になる。
こちらは中にあるだろう"零時回廊"に用があるが、相手は時間稼ぎさえ出来れば良いのだ。
混乱から抜け出した仲間が応援に来てくれれば、挟撃の形となるのだから。
先に仕掛ける以外の道はない。
短剣の刃に指を添える。
「スイさん――」
鋭く漏れる呼気。腰溜めに捻った腕を抜刀の如く振り抜き、投擲。
組み上がる最中の板と板の間に、投げ放たれた刀身が突き立つ。
「――思いっきり、中を引っかき回しちゃって下さいっ!」
【 隙間作ったのでそこから送風開始作戦
ノイファは出品物控え室に"零時回廊"があると思ってます 】
- 112 :セフィリア ◆LNOccQOx3Y2N [sage]:2012/05/02(水) 17:00:40.63 0
- ああ、楽しい、仕事中にこんな楽しいことをしていていいのでしょうか
いいんです!
も、申し訳ありません、はしゃぎすぎてしまいました。ついつい嬉しくて
私がこんなにもはめを外しすぎるぐらいには、今の無敵感は相当なものです
例える巨人が小人の群れを蹴散らす感じとでも言いましょうか
いえ、事実はそれに近いです
ゴーレムでガードマンさんを蹂躙するというには先ほどのたとえは正鵠を射た表現といえるでしょう
私が右腕を振るうと後ろに下がり、左足を踏みつけると茂みに飛び込む
私に立ち向かおうとする人間はいません
当然です。ゴーレムに挑むなど命を捨てるようなもの、ここにいるような『雇われ』の人間が自分の生命を賭してまでかかってくるような人間はいるはずがありません
もし、向かってくる人間がいれば私は敬意をもってお相手しましょう
>「黒組が頭領、ランゲンフェルトと申します。お見知りおきは結構ですので悪しからず」
いました
そんな勇敢を通り越して無謀ともいえる行為に及ぶ人が
彼は名乗ります。ランゲンフェルトと黒組の頭領と
おそらくは。ここの警備のボスでしょう
トップの人間が自ら強敵に相対するのは馬鹿で自信家か真の強者のみでしょう
仕事として相手をするなら前者ですが、私の個人の意見としては後者です
「これはご丁寧に、私はリア・ガルウィング。旅の芸人です。でも、あなたを倒す人間の名前ぐらい覚えておけばどうです?」
私の口端が自然と上がります
この人は後者だ。この人の発する全てからそれを感じます
空を舞う紙片、振るうゴーレムの腕が空中で身動きがとれないランゲンフェルトさんを捉えた
そう、思ったんです。人間が空で自由に動けますか?動けません
しかし、彼は動きます。上へ下へ右へ左へ
寒空を舞う木の葉とも思えるばらまいた紙片を足場にです
「反発術式!!」
紙片の正体にすぐ気付かなかった私が馬鹿だったのです
気付いたときにはもう遅い、ランゲンフェルトさんの強烈な蹴りが襲います
とっさに腕で防ぎますが、激しい振動、腕には大きなへこみ
魔術で強化された足から繰り出される一撃の重みに嫌な汗が止まりません
「あ、ファミアさんだ……」
つい呟いてしまいます
なぜなら、目に空を飛ぶファミアさんが飛び込んできたからです
その間にさらに蹴りを一撃、肩にあび、さらにはさきほどのダニーさんが奮う……
「木ッ!なんていう怪力ですか!!」
迫り来る木をなんとかかぎ爪で掴み、もう片方の手でランゲンフェルトさんを近づかせないように腕を振るうのが限界です
振るえば振るうたびに紙片が舞い、彼の手助けをしてしまっている気さえして来ました
「ファミアさん……助けて……」
空を飛ぶファミアさんには届かないでしょう
それでも彼女の助けなしにはこの強敵2人にやられてしまうのは火を見るよりあきらかです
- 113 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/05/02(水) 21:41:51.44 0
- 部屋の明かりが落ちて、辺りが闇に包まれた。
マテリアは物音や、その反響音で周囲の状況を把握する。
何の問題もなくウィットに追従出来た。
>「とにかく、メイン商品を確保しよう。『零時回廊』だ――」
その言葉を聞いた瞬間、マテリアは自分の胸の中で色んな物が揺れ動くのを感じた。
期待――この期に及んで、ウィットが自分の信じた善良な人間であって欲しい。
敵意――そんな甘い話がある訳がない。この男は元老を殺して、天災をこの都市に持ち込んだ売国奴だ。
疑念――何を企んでいるのか。この都市に住む全ての人間の命よりも重い、そんな企みがあるというのか。
この男が仕事熱心で助かった、そんな呑気な呟きが頭の片隅で浮かび上がった。
自分は今、とても剣しい目つきでウィットを睨んでいるだろうから、と。
>「よし、ブツの安全は確保した。あとは事態が終焉するまでこいつを護り通そう。
ウィットが今後のプランを語り出す。
胸の奥に広がる様々な感情が一層大きくざわついて、
>「マロン、お前の親玉には連絡を入れてあるか?上手く行けば、夜明けには本国の司直を呼べるだろう。
こいつの所持は国際法でもきびしく取り締まられている。――つまり、『領事裁判権』が適用できるはずだ」
>「これが僕が元老院から受けた特命だ。その為に僕は元老を一人殺し、零時回廊を奪った。
――この街を滅ぼし、そして帝国の礎となって死ぬために」
次の瞬間、それら全てが思考もろとも一斉に凍りついた。
ただ、帝国の礎となって死ぬために――その言葉が頭の中で何度も反響する。
呼吸が止まった。剣呑に研ぎ澄ましていた眼が意思に反して大きく見開いた。
本能的に、駄目だ、と自分に言い聞かせる。
まだ仮面を取り落とす訳にはいかない、平静を保て、口を動かせと。
「それは、まぁ……本当に仕事熱心な事、ですね……。
ですが……元老院からの特命なのに、その過程で元老を殺すというのは……一体どういう事だったんですか?
ぱっと考えられる可能性は二つですけど……つまり、どちらかに問題があった。彼か……あるいはその陰謀に」
少しでも情報を引き出さなくてはならなかった。
強迫観念と言っても間違いないくらいに、理由なしにそう思った。
「あぁ、それと……」
情報を引き出して、それで今から自分は何をしようとしているのか。
自分でも分からなかったし、今は考える余裕すらない。
「第二の人生は、楽しかったですか?」
ただ口が勝手に動いて、そう尋ねていた。
何故自分はこんな事を聞いたのか、考える。答えはすぐに出た。
自分はウィットの言う「死」がどういうものなのかを、確かめたかったのだ。
それはつまり、自分の中に二つの可能性を作り上げているという事だ。
彼のいう「死」が、正真正銘の命の終わりを意味しているのか。
それとも『ユーディ・アヴェンジャー』としての死に過ぎないのか。
思考は連鎖する。
次の「何故」は、自分がわざわざ二つ目の可能性を見出した理由。
それもすぐに分かった。自分は――その二つ目の可能性に、縋りたかったのだ。
- 114 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/05/02(水) 21:42:21.04 0
-
『やるしかない』――そう思った。
今動かなければ、もうチャンスは来ない、とも。
大丈夫だ。もし自分が勘違いしているだけだったら。
この任務はユーディにとって引退前の大仕事で、彼の第二の人生はこれから始まるのだとしたら。
なんの根拠もないが、ウィットは多分笑って許してくれる気がする。
彼の受けた特命において、「この街の人々が救われる」事はあくまで副次効果に過ぎない。
帝国がタニングラードを手中に収めた結果として、多少は治安がよくなる――それだけの事だ。
それでも彼は言ったのだ。このタニングラードを、弱者を、救いたいと。
そして実際にスラムの子供達に生きる術を与えた。
そんな彼なら、きっと許してくれる。
「もし……私が何か勘違いしてるだけだったら、すっごく申し訳ないんですけど」
そしてそんな彼だから――
「私は、貴方に死んで欲しくありません」
マテリア・ヴィッセンは知ってしまった。
元老院の陰謀を。彼の望みを。彼が死ねばきっと悲しむ人達がいる事を。自分の気持ちを。
故に――叫ぶのだ。上官の不正を知ったあの時と同じように。
『スティレットさん。耳を、塞いで下さい』
念信器で一言だけ、すぐ近くにいるスティレットに警告する。
それから深く息を吸って、髪飾りを握り締めた右手を口元へ。
「だから――!」
腹の底から叫び声を上げる。
自在音声を発動――自分の声を爆音をも凌ぐ大音響に『拡声』した。
ウィットが零時回廊を回収したばかりの今なら、彼は耳を塞ぐ為の手が空いていないだろう。
「その零時回廊は、私が頂戴します!」
この至近距離で轟音をまともに聞けば、いくら隠鬼と言えど隙が生じる筈。
そう信じて、マテリアは零時回廊へと左手を伸ばす。
【質問を二つ→バインドボイス→零時回廊を奪おうと手を伸ばす】
- 115 :スイ ◇nulVwXAKKU[sage]:2012/05/02(水) 22:01:15.81 0
- 到着したノイファにさっそく相談したスイは、じっと、彼女のの指令を待つ。
>「間違いなく待ち伏せってことでしょうねえ。具体的にどんな魔力か視えますか?」
ノイファの言葉からして、フラウの能力は魔力が何らかの形で見えるのだろうと推測した。
随分と、便利そうな能力だ。
>「――雷……か、少々厄介な手合いかもですね。」
「げ…雷か…」
スイにとって苦手なものは、自然系の力を操れる者達だ。
自身が、風という自然の力を使うが故に、その自然との相性も熟知している。
特に雷は、一番苦手な部類だった。
炎ならまだ良い。風を止めて、酸素の供給を無くしてしまえば良いのだから。
しかし、雷は、相殺するでも無く、助長するでも無く、実に戦い辛い相手だった。
>「かといって手をこまねいているわけにも――って!」
ノイファが息を呑むのと同時に、次々と板が召喚され壁を為そうとしていた。
その時ふと感じた、別の風の気配。
先刻感じた、あの風だった。
今度は変則的に、しかし連続して、同じ所を狙っているらしい。
「(何かを相手にしている…?……というか、気持悪い…)」
う、と口を塞いで、俯いたところにノイファの声が頭上から響いた。
>「スイさん――」
「あ、それ、俺の」
彼女が手に持った短剣を見て、思わず呟く。
戦闘態勢に入ったものは仕方が無い。
スイは、風の探知を自分の周囲にまで絞った。
情報は入りにくくなるが、今は目の前のことに集中するべきだと判断した。
>「――思いっきり、中を引っかき回しちゃって下さいっ!」
「…了解したっ!」
乾いた音と共に板と板との間に短剣が突き刺さった。
ノイファの言わんとしていることを悟り、上着の懐から、装飾用の鎖を取りだし、上着を脱いで手に巻きつけてその鎖を掴んだ。
「(落ち着け…!!)」
板を壊さないように、だが確実に風を侵入させなければならない。
特定の点に風を送ることは、裏のスイにとってはかなりの集中力を要する。
深く息を吸って、吐いて、再び吸って――
「はッ!!」
気合と共に風を飛ばし、鎖もほぼ同時に飛ばした。
鞭のようにしなりながら、鎖は短剣に巻き付く。
しっかりと、固定されたのを確認して短剣を手元に戻すべく引き抜いた。
同時に、侵入させた風の威力を爆発させる。
楯となるはずだった板は、今や竜巻を起こす矛と化していた。
【スイの たつまきこうげき!▼】
- 116 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/04(金) 13:23:08.67 0
- 【暗殺チーム】
対地重撃剣術・『轟剣』――剣祖の魔族から継承し、リフレクティア家がその血に宿す剣技の名。
ひとたび剣を振るえば、瞬きよりも早業で、羽撃きよりも膨大な斬撃が、眼前全てを穿ち尽くす無双無比の剣である。
対人でもなく、対物ですらない――『対地』。局所制圧に特化した遺才剣術だ。
人を相手に使う剣ではない。ましてや満身創痍の、何の武器も持たぬ部下相手に仮借なく振るえるような力であってはいけない。
しかしリフレクティアは躊躇わなかった。彼には正義があるからだ。
幾十万にも上る自国の民を救うためという大義名分は、一切合切の事情を排して背中を押してくれる。
彼はこのときに限っては、人ではなかった。ただ帝国の意志を現場に届かせるための道具(ツール)――
(正義じゃ人は救えねえよなハンプティ……!平等は、弱いやつには辛辣だ。諦めて、強くなっちまえよ)
正義とは、特定の誰かを助けるための概念ではない。
その他大勢の今後を保証するための制度。公平で、それ故に冷酷な秩序の名だ。
多くの者が標榜する『正義』に照らし合わせれば――
たった数人の仲間のために国家そのものを危険に晒すフィン=ハンプティの行動は、その経緯がどうあれ看過できるものではなかった。
正義は、公平だ。特定の誰かを『不当に』救ったりなんかしない。
たとえそれが異国の地で信じる国家に裏切られ、陰謀の渦中に飲み込まれゆく者たちであっても――!
フィンの肢体は瞬く間に鮮血を帯びていく。
吹き出した血は雪国の冷気に当てられすぐに凍りついて、血色の氷が瘡蓋の代わりに彼の皮膚へと積もっていく。
リフレクティアの剣がその肌を傷つけること、既に百を越え――最早地肌の色がどうだったかすらわからないほどであった。
「どうした、"最終城壁"! 俺の正義が、そんなに重いかああああああっ!?」
ついに、フィンは積雪の上に膝を投げ出した。
陥落寸前の最終城壁に、リフレクティアは攻城の手を休めない。一切、躊躇わない。
ここでこいつを倒さねば、その背に負った民の未来を手放すことになる。
(お互い荷物が重すぎたよな――)
とどめの一撃を、横薙ぎに打ち込む。
肉を貫く音、雪面を汚す血飛沫。固いものと軟いものを同時に貫いた、確かな手応え。
>「……だったら、尚更あいつらの所に行かせる訳には行かねぇよな」
リフレクティアは刮目し、手元を見ていた。
癖のない官給品の直剣は、確かにフィンを貫いた。――彼の、手甲と掌を。
>「……俺もあんたみたいになりたかったけど――――どうも俺は、英雄になれないらしい。
守りたかったのは、知らない誰かじゃない。俺が守りたいのは……大好きな『仲間』達だったみてぇなんだ。だから」
守りたくて、守れなくて、それでも、死ぬほど、誰よりも――『英雄』を求めた天才。
かつてと異なる色の決意がその眼にあった。フィン=ハンプティは、淀みなく、断言する。
――英雄なんかいらない、と。リフレクティアの掲げる正義に、真っ向から相対して見せると。
>「英雄共、この場所にあんたらは必要ない……」
不意に耳朶を打った音は、軋みだった。
音源は右手に握る剣。フィンの右腕に埋まったままの、その手甲に挟み込まれたままの、剣。
ゴーレムに踏まれたって折れやしない、頑丈さだけが取り柄の官給品が、ただ人の子の膂力だけで悲鳴を上げている。
- 117 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/04(金) 13:23:46.71 0
- 「お、おい……マジかよ……!」
冷感が背筋を駆け巡り、その時になってようやくリフレクティアは剣から手を離すという選択肢に思い当たった。
しかし、それは遅すぎた判断だった。
剣士という技能が、武器を手放す危機感が、――何よりも、絶対的な優位を自負する実力が、その判断を鈍らせた。
>「 ――――ここから先は、俺達の世界だっ!!!! 」
バキン!と冗談みたいな音を立てて剣が半ばで吹っ飛んだ。
それだけではない。剣を砕いた勢いそのままに、フィンの拳がこちらの頭へと迫っていた。
「お――」
瞬き一つの猶予もなく、その一撃はリフレクティアの左頬をえぐり込むように捉えた。
積雪の中に踏み込み、体重を載せた一撃が、正義の使者の顔面に深く深く突き刺さった。
「っ――!」
視界がぐるりと回転し、天地の感覚が消失する。
殴られたリフレクティアは、その慣性を余すことなく打ち込まれ、右半身を軸に宙を舞った。
脳みそが頭蓋の中で縦横無尽に跳ね回り、失神と復帰を繰り返しながら、とりわけ厚く積もった雪の中へと頭から突っ込んだ。
純白の海に溺れながら、リフレクティアは動かなくなる――
――アネクドートとリベリオンが動いたのはその瞬間だった。
修道服型の外套を解き放ち、軍服の腰に差していた棒状の物体をフィンに向けるアネクドート。
ミスリル銀によって鋳造され細部に華美な装飾を施されたそれは、細身の棍棒、メイスである。
「聖術・攻性結界『盤面返し《レコンキスタ》』――!」
キィン!と澄んだ金属音が響き、フィンを中心に正四角形の輝線が描かれる。
そしてその中に立つフィンは気付くだろう。
遺才によって辛うじて塞がっていた傷口が開き、遺才が防いでくれていた身を刺すような寒風を『まるで常人みたいに』感じることを。
彼の血に宿った能力が傷を塞ごうとすればするほど、寒さに耐えようとすればするほど、それらはどんどん悪化する。
さながら、『逆効果』――己に利するはずの遺才が、己を害しているかの如く。
リベリオンは、革で織られた貫頭衣(ポンチョ)の中から鋼の塊を抜き放った。
帝国ではおそらく誰も見たことがないであろう、携行サイズの実体砲。回転式の弾倉が嵌めこまれている。
まるで飛び掛かる寸前の狼のような気配を秘めた鉄塊のあぎとを、結界に封ぜられたフィンへ向ける。
「同志・リフレクティアとの話はついたのだろう?――ならば、次は私たちと交渉だ」
「ま、交渉といっても僕らはレックと同様暴力でしかものを語れないお馬鹿さんだから、こうなるのも仕方ないよね?」
西方エルトラスを治める正域教会の戦闘修道士、アネクドート。
共和国の司法機関・夜警院の外交官、ジョージ=リベリオン。
ふたりの戦闘能力は、いずれとってもリフレクティアに劣らぬものだが、彼らを強者たらしめるのは何も戦いの強さだけではない。
自国の者を切り捨てる苦渋の判断を迫られたリフレクティアに比べ、他国のいざこざに介入するだけの彼らには、遠慮がない。
――例えば目の前のフィン=ハンプティを、一切の弁明も許さず殺すことだって、彼らには仮借なくできるのだ。
他人事だから。何も考えず任務に没入できる。目的だけを遂行できる。落とし所を探る必要がない。
それが彼らの強さ。表向きはリフレクティアの指揮下に入っているから、今までは黙っていたに過ぎない。
その指揮官が無様にも敗れ去った以上、彼らを止める枷は一切が消え去っていた。
- 118 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/04(金) 13:25:33.39 0
- 「悪く思うな、異国の護り手よ。我らは護るものが違ったのだ――」
アネクドートの言葉に応じるよう、リベリオンの握る実体砲の引き金が引き絞られる。
帝国に普及している魔導弾とは違い、実体弾は遠くの相手にも剣や槍を使うようなダメージを期待できる。
攻性魔術のように魔導金属によって散らされたりしないし、術者の魔力に関わらず射程は一定だ。
魔力資源に乏しい共和国ならではの進化を辿った武器であり、魔術全盛の帝国においては天敵となりうる兵器。
そして頼みのフィンの遺才は、アネクドートの結界によって効果を逆転させられていた――
「やめろ、お前ら。命令だ」
そのとき、あの羽撃きにも似た音が再び轟いた。
アネクドートとリベリオンの周囲に積もった雪が一斉に跳ね上がり、粉雪が視界を白くする。
舞う雪が晴れたとき、そこにはリフレクティアの姿があった。左頬を腫らし、しかし双眸には一層の剣呑さが宿っている。
彼の足元を注視することができるなら、積雪がリフレクティアの足より先に存在しないことがわかるだろう。
さながら、足元に轟剣を喚びおこしたかの様相である。そしてそれこそが、この一瞬の高速機動のタネであった。
「煩わしいよ、レック。元はと言えば君が業務をほっぽり出して"最終城壁"を勧誘し出したのがこの停滞の原因だろう?
寄り道は嫌いじゃないがね、それはカントリーでうららかな春の昼下がりに限る話さ」
リベリオンは分厚い筋肉に覆われた顔面を歪ませてリフレクティアを睥睨する。
その先では、彼の臨時の上官が、背に下げていた魔導砲の砲門を開いて突きつけていた。
「そも、我々には同志の気散じに付き合う義理はないはずだ。このような瀕死の男など、無視して作戦を開始すれば良い。
それでも我らが何も言わず控えていたのは、同志による"説得"が功を奏せばそれで良しとの一点のみ。
その芽も潰えた以上、早々に本国より仰せつかった任務を遂行するになんの仮借があろうか」
アネクドートは、フィンから一切目を逸らさずに、トーンを変えず言った。
しかし警戒は確かに、結界に封じた満身創痍の男よりも、武器を持った上官の方に向いている。
「それは同志とて同様なはず。一体なんの理由があって、同志は我らの邪魔をする?」
リフレクティアは、痣になりつつある頬を、冷えた手の甲で叩いて、応えた。
「ハンプティの所属……暗殺チームと遊撃課、どっちの仲間になるかを賭けて、俺とそいつは戦った。
そんで俺は負けた。ハンプティは、遊撃課に味方する資格を得た。――そいつには、遊撃課と合流する権利がある」
「でもそれは、レックと彼との間だけでの取り決めだろ?僕ら外野にそれを順守する義務はないと思うけど?」
リベリオンの返しに、リフレクティアは目を伏せ、
「そうだな、お前らに従う義務はない。……だけど俺には、お前らを従わせる義務がある。
だってそうだろ?タイマンで負けたからって、仲間に報復頼むなんてのは――」
叩きつけるように叫んだ。
「――めちゃくちゃカッコ悪いだろうがああああっ!」
- 119 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/04(金) 13:28:14.03 0
- キィン!と再び金属音が響き、フィンの足元に描かれていた正四角形の方陣が消失した。
同時、逆転していた遺才が復帰し、彼の傷を塞ぎ寒さから身を守ってくれることだろう。
アネクドートは、メイスを取り落としていた。雪に埋まったメイスは赤く過熱し、周囲の白を急速に溶かしつつある。
「……時間切れだ。どこぞの馬鹿が屁理屈を捏ねるせいで、遊撃課を始末する第一頭の機会を逸してしまった」
リベリオンも肩を竦め、構えていた砲をしまった。
フィンの遺才が復帰している以上、この砲単体では命を刈り取るほどの威力は望めない。
「カッコ悪いなら仕方ないね。男の子にとって、そいつは死活問題だからさ」
二人の武官が戦闘態勢を解き、臨戦の熱を寒風が浚っていく――
リフレクティアは、ボッコボコに腫れた顔で、フィンの方へと歩み出る。
「俺にも、大事な人はいるぜハンプティ。その他大勢とそいつを天秤にかけられたら、迷わずそいつを選ぶような。
そんな風に、『特別扱い』をし合いながら生きていくのが人だってんなら、正義って奴は一体誰のためにあるんだろうな?」
懐から、丸めて封蝋された羊皮紙を取り出し、フィンに向かって放る。
それは、リフレクティアたち暗殺チームに渡された元老院からの辞令書だった。
先刻彼がフィンに語ったのと同じ内容が、もっと堅苦しい文体で記されている。
「――誰かを救うのに、正義なんか、いらない。
でもな、正義を否定するってのも、こいつはまたなかなか覚悟の要ることだぜ?
倫理に石投げて、道徳に背を向けて、えこひいきのズルをしながら大切な人を守っていくんだ」
これをボルトや作戦行動中の遊撃課に届ければ、制圧に対する最低限の備えが可能になるはずである。
フィン=ハンプティが懊悩の末、命がけで手に入れた、僅かな抗いの可能性だった。
「いいか、勘違いすんなよハンプティ。お前は決して、正しい選択をしたわけじゃあ、ない」
リフレクティアが回復し次第、暗殺チームはタニングラードの制圧任務に着手するだろう。
フィンにできたのは、ほんの時間稼ぎでしかないかもしれない。結果は何も変わっていないかもしれない。
同様に、彼が為したことがこの先の全ての未来に多大な影響を与えるものである可能性もまた、否めないのだ。
リフレクティアは、人好きのする笑みを浮かべて、言った。
「――お前は格好良い選択をしたんだ」
【イベントバトル:リフレクティアに勝利! アイテム『元老院からの辞令書』を手に入れた】
- 120 :ロン ◆1AmqjBfapI [sage ]:2012/05/05(土) 23:32:12.34 0
-
待機から暫くし、人の気配を察知する。一人か。
魔力を含んだ僅かな風が肌を掠め、ロンの肌が自然と粟立った。
只の風ではない。自分と似た気を感じる。そう察した時、声が聞こえてくる。
>「中に二人。一人は異才を発したままいると思う。どうする?」
ばれている!中に自分達がいること、更にはロンが遺才を発動させていることまで!
抑揚のなく掴みどころの分からない話し方は、つい先程念信器で闇討ちを持ちかけた賊の声だ。
「――ッ!? ひえっ!?」
ゴクリと唾を飲み込むとクローディアの声が耳元にダイレクトに伝わった。色んな意味でビビって肩が跳ねる。
至近距離にも関わらず、横で我らが社長が念信器を使ったせいだ。声が若干掠れている。幸い、こちらの声は相手には聞こえなかったようだ。
>『どうするの、ロン!相手はこっちの位置も、攻撃のタイミングも分かるみたいよ!』
「(それ、心臓に悪いぞ社長……)いや、まだカンペキなイチまではツカまれていないハズ。キシュウすれば……」
そうは言うものの自信のほどは伺えない。まさか賊が自分達を探知できる術を持つなんて予想外だった。
言い訳にもならないが、まだ此方にも利はある。まだ正確な自分達の攻撃方法が相手に気取られていない以上、
技を行使し奇襲をかけ、一気に一網打尽にすれば良い。自分はその作戦を行えるだけの技量がある。
最も、相手は先程の風から察するに自分と似たような相手であることは確かだ。その手が通じない可能性もなきにしもあらず。
入口を睨んだその時。
>『あたしが"壁"をつくるわ、うまく活用しなさいよ、あたしの騎士!』
「(おおおっ!?)」
クローディアが音もなく銀貨を一枚弾けば、大量の無数の薄い木板が召喚される。
それらは瞬く間に敵との間に木材の壁を形成していく。その様はロンが一瞬茫然とするほど。
壁は視界を阻みこちらの動きを察知させにくくするし、破壊すれば目潰しにもなり奇襲にも使える。
まさに今の状況にはうってつけ。今にも高圧電流を溜めこんだコインを発射しようとし――
「(ん?)」
カンッと耳障りの良い乾いた音で、ロンの動きが止まる。
物影から顔を出し、目を細めて木版の壁を注視する。木目の壁があるばかりで特に変化はない。
だが確かにあの音は、木に何かを突き刺したような音だ。つまり木板に何かを突きさしたのだ。
けれども、そんな事をして何になるというのか。
――――刹那。背筋に先程の奇妙な風以上の悪寒が駆け抜けた。
- 121 :ロン ◆1AmqjBfapI [sage ]:2012/05/05(土) 23:33:02.61 0
-
動物的本能が彼に警告した。 何 か が ヤ バ イ ! !
「シャチョー!! 『絶対に俺から離れちゃ駄目だ』!!」
発射しかけたコインを口に咥え、クローディアを片腕で抱きかかえたその瞬間!
目も開けていられないような強烈な突風が部屋中をかき乱し、壁を形成していた筈の木板が今度は自分達へと襲い来る!!
「~~~~~~~~~~~~ッ!!」
クローディアを抱く腕に力が入る。ロンは咄嗟に、風に逆らうのではなく流される形を取った。
吹き荒ぶ風に身を任せ、無理にこじ開けた視界に映る木板を次々と空いた手でいなす。
彼女が案じた一計が思わぬ結果を招いたが、責めている場合ではない。
この状況を覆す!今やるべきことはそれだ!!
「!!」
視界いっぱいに広がった木版を手刀でいなした瞬間、目の前に迫る部屋の壁。
このままでは激突は必須。避ける暇なんてあるわけがない。そう、普通の人間ならば。
ロンは、頭で考えるより先に体の方が反応し目の前の問題に対処する直感タイプだ。
激情にでもかられない限り、戦闘においてそれは遺憾なく発揮される。考えるより動けタイプだ。
『避けられないならどうするか?』
その答えは脳と脚部に同時に流れる電流が物語っていた。
電流によって刺激を受けた脳は脚部の筋収縮のリミッターを外し、爆発的な破壊力を生む!
「壁を避ける位なら、いっそ『突き刺さって』しまえばいいのさァッ!!」
真っすぐ突き出した軸足は通常の何倍もの威力を発揮し、見事(文字通り)壁に突き刺さった!
壁に片足をつっこんだまま片膝をつき、咥えていた金貨を(歯型が付いていなくて幸いだ)吐き出す。
木板が飛び交う空間で、再びコインに高圧電流を流し込む。狙う先は、木板の壁の向こうの賊達だ。
「行けぇえッ!!」
弾かれたコインは賊に向かって、周囲の物を吹き飛ばしながら音速が如き速度で突風の中を突き抜ける!
【筋収縮リミッター解除、壁に片足埋まる】
【音速コイン弾with電流発動】
【片足埋まったまま】
- 122 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/06(日) 23:13:32.97 0
- >「たーすーけーてえええええええ!」
「ああっ!言わんこっちゃない!」
オークションの晩に合わせて給餌調整をし、最高のパフォーマンスを発揮しながらも強く飢餓を覚えるよう調教された番犬。
二十を数えるそれらを引き連れて、人質の少女が逃げ戻ってきた。
しかし彼女が飛び込んだ懐は、ランゲンフェルトにとって隔靴掻痒を極めるが、ダニーの肉厚のそれであった。
ランゲンフェルトは、ゴーレムの追撃を躱しながら、それでも少女の行く末を視界の端に見届ける余裕があった。
(こちらの攻撃は有効打になり得ませんが――それはあちらとて同じ。そして私には、商会の加護がある)
対する敵のゴーレム乗りは、実質的に二人を一人で相手取らねばならぬのだった。
これがだだ広い平野の戦場であれば、ゴーレムという優位性は数の利を大きく覆すほどのものであるはずだ。
現代最強の陸戦兵器。それに生身の人間がたった二人で渡り合えるのは、ひとえに状況の特殊さゆえに他ならない。
一つ、土木作業用カスタムという名目のための、装甲の薄さ。
戦場で運用される戦闘用のゴーレムならば、いかに魔術強化されているとしても、細身の男の蹴り一発がダメージになるはずもない。
しかし街中の、それも非武装を掲げるタニングラードにあっては、重装甲はむしろ唯一法に抵触するおそれがある。
だから軽装甲。操縦基なんかは、ゴーレムの『鎧』性を排するためにほとんど剥き出しだ。
ゴーレムの強さの一つである、圧倒的な防御力が、この"青鎧"にはまったくと言っていいほどないのだった。
そしてもう一つ。ランゲンフェルトの"青鎧"に対する戦術的な習熟だ。
言わずもがな、青鎧は彼の職場の主戦力である。搭乗したことだって一度や二度ではないし、何度もその機動を傍観してきた。
だから、彼には見えている。青鎧の構造的な死角や、腕を振るう際の予備動作、操縦基からの操作を受けて動き始める時間の誤差など。
余裕を持って大局的に注視すれば、剥き出しの操縦基から見えるリアの動作で、ゴーレムの動きまで予測できてしまうのだ。
ランゲンフェルトは、こと青鎧と対峙するにおいては、絶対の安全が保証されているに等しかった。
「貴女の名前を憶えておきます、リア・ガルウィング女史。そう、名前をここで聞いておけて幸いでした。
すぐに貴女をそこから引きずり下ろして、たっぷりと尋問にかけて差し上げましょう――自分の名前も思い出せなくなるぐらいに」
ランゲンフェルトはネクタイを解き、一本の布として夜風にたなびかせる。
そしてそれは一瞬のちには、硬質な布製の長剣となって彼の手にあった。硬化術式によってネクタイを硬直させたのだ。
刀身に切れ味こそないが、鋭利な先端は簡単に人体を貫通するだろう。ランゲンフェルトはそれを、槍投げの要領で構える。
反発術式を併用して投げ放てば、矢のように宵闇を貫いてリアの胴へと吸い込まれることだろう。
彼は腕先に力を込め、しっかりと狙いを定めて――
>「あ、ファミアさんだ……」
リアが呟くと同時、背後を質量をもった物体がものすごい勢いで駆け抜けていった。
空中にいる彼の背後を、である。
「な――!?」
見あげれば、遥か夜空の星に並んで、砲弾の如き勢いで遠ざかる人影があった。
信じられないことに――それはあの生贄の少女だった。
>「・・・」
ドリスはなんでもないふうに報告した。――女の子は助けたぞ、と。
ランゲンフェルトは顎がはずれるかと思った。
- 123 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/06(日) 23:14:46.56 0
- 「た、助けた……?」
空をとぶファミアと呼ばれた少女と、それを飛ばした張本人の助けたとの言。
どちらかが過労ゆえの幻であってほしかった。できればどちらも幻聴幻影であって欲しかった。
確かにファミアは犬に追われていたのだから、その牙から救い出したことを助けたと言っていいかもしれない。
犬は空を飛べないからだ。
しかし、ランゲンフェルトの価値観では――いや、社会通念上の常識で言っても、助けたとは命の保証をしたという意味で良いだろう。
犬は空を飛べないが、しかしあの少女に空を飛べるとは思えない。いや跳んだが、飛ぶとは限らない。
(いや! 仮に無事着地する手段を持っていたとしても……彼女が孤立すれば、また犬に襲われることになる)
屋敷に配備された犬はなにもこの二十頭だけではない。
複数の外敵に対応するために、いくつかのセクションに分けて迎撃管理をしているのだ。
着地先で、黒服による視認がなかった場合――今度こそ、誰にも頼れない状態で、ファミアは犬と相対することになる。
思い立ったら、行動は早かった。
「ドリス女史! このお客様の応対はお任せします!」
ランゲンフェルトは叫びながら、空中で膝を抱えた。
それは屈脚。膝のバネを溜めに溜めて、一気に解放するための予備動作。
そこへ、ゴーレムからのかち上げるようなアッパーが到来した。全て、彼がリアの動きから読んだ通りである。
足先に鉄腕が触れた瞬間、全開の反発術式と、魔術強化した膝腰のバネを全解放。
巨大質量のアッパーと組み合わせれば、青鎧の腕はこの瞬間に限り、ランゲンフェルトを夜空に打ち上げるためのカタパルトだった。
「間に合ええええええッ!!」
パァン!と破裂するような音は、一瞬にしてランゲンフェルトが音の壁を突破した証。
振り上げられたゴーレムの、腕先から発射された黒衣の男は、裾や袖から水蒸気の尾を引きながら音速に迫る勢いで空へ上る。
特別製の背広を着ていなければ、この時点で彼の五体は弾け、赤い雨が庭園に降り注いでいたことだろう。
それでも各所に看過できぬダメージを追いながら、それでもランゲンフェルトはひたむきに上を目指した。
「見えた――!」
そして、遥か上空で運動エネルギーに翻弄されるファミアの姿を発見した。
ランゲンフェルトの打ち上げ軌道上からは逸れていたので、名刺の反発術式を使い強引に軌道を修正してファミアに迫る。
彼は、ついさっきリアが零した名前を、躊躇いなく呼んだ。
「おおおおおおおおおおおお!ファミアさん、貴女のお側にいいいいいいいいい――!!」
月のよく見える宵の空、粒の大きい雪を背景にして、高速で飛行する男女の邂逅。
ランゲンフェルトは両の腕を大きく広げ、ファミアを胸に誘う形で、彼女の下から姿を現した。
犬は空を飛べなくても、人は空を飛べるのだ。
二人が接触するまで、残り一秒あるかないか――
【打ち上げられたファミアを追って、ゴーレムのアッパーに乗り空へ】
- 124 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/05/09(水) 01:38:36.14 0
- 立会いで強く当たられたダニーでしたが、さらりとそれをいなして逆に勢いを転化してファミアを投擲。
吹き散らされて霧になった涙と、それに照明が当たってできた小さな虹だけを残して、
ファミアはヤコブのはしごを駆け登って行きました。
ダニーにしがみついてからずうっと閉じていた目を開けると、
北の一つ星、西には連星、南へ落ちる流星、東天を覆う星雲……。
澄み切った夜気の中、星々が触れられそうなほどの近さに迫っていました。
思わず手を伸ばしたものの、しかしその瞬間に光は遠ざかり始めて、
実際には掴むことの叶わぬ輝きと知ってはいてもどこか拭い切れない寂しさが、ちくりとファミアの胸を刺します。
さて撲天の領域で情緒に浸るファミアの頭はすっかり冷えていました。
というか、北国の夜にこの高度ですから単純に寒いのです。
しかし射出角の関係から、その高度ほどには距離は稼げていないと目算。
風向き悪しく、上昇気流も捕まえ難し。この機に乗じての離脱は断念したほうがよさそうです。
しからば無事に同僚たちと合流する算段を立てねばと、ひとまず屋敷に目を戻すと、同時に破裂音が轟きました。
視界の中の一点が急速に大きさを増し――歪んだ血塗れの顔になりました。
もちろんこれはファミアを追って跳躍してきたランゲンフェルトですが、
音の壁を超えた際に負った傷と、顔に受ける空気抵抗のおかげで判別できません。
ちなみにファミアは遺才が表情筋にも作用するので変な顔にはなっていません。いませんったら。
ファミアはあまりの衝撃に、危うく回転しながらヘドを吐き散らかしつつ
失神して失禁するところでしたが、気力を奮い立たせてなんとか意識を引き戻します。
終端速度のまま、土ならまだしも石畳にでも叩きつけられたら無事で済むとは思えません。
>「おおおおおおおおおおおお!ファミアさん、貴女のお側にいいいいいいいいい――!!」
ねじれの位置から接触軌道へと割り込んできたランゲンフェルトが、腕を広げてファミアへ迫ります。
そこでようやく"顔"の正体に気がついたファミアの目から、諦めの涙が溢れて夜空の星に混ざりました。
(ああやっぱりこのまま殺されて内蔵は良く煮て食べられた挙句お腹に綿を詰められて防腐処理をされた上で
着飾らされて私の脂肪から作ったロウソクで照らされたディナーのテーブルにつかされるんだ……)
やたらと具体的かつ猟奇的な未来予想図を描き上げたここまでで0.2秒。
彼我の距離は思考開始前のおよそ3分の1。
(いや、まだ手はある!だけど……だけど、それは……)
逡巡の間に0.5秒。半分を切りました。
(でも、背に……腹は……っ!)
噛み締めた奥歯が鳴るかすかな音。0.7秒、行動。
ファミアは膝を抱え込むように背を丸めて体勢の上下を入れ替え、
そしてスカートの裾を掴んでためらうことなくそれを広げました。
同時に上半身でも風を受けるように体を捻ります。
もちろん一連の動作の最中、スカートの中身は全開です。
下着ったって膝下丈のドロワーズじゃあないかと言う者もいるかもしれませんが、
それは怒りを覚えるほどの蒙昧ぶりです。
見せるのは裾だけなのが淑女の嗜みですし、そもそも羞恥に露出面積は関与しません。
"パンツだから恥ずかしい"という感情こそがすべてを支配するのです。
- 125 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/05/09(水) 01:41:10.73 0
- 打ち砕かれた品位と引換えに得た2つの抵抗は、合成されて螺旋軌道を生み出しました。
木の葉の落ちるような動きでねじれの位置を回復したファミアは、
ランゲンフェルトと一瞬だけ背中合わせになり、そのまますれ違います。
先に打ち上げられた飛翔体に追いつくほどの速度は、この場合、急な減速や方向転換を妨げる要因でしかありません。
無事にオーバーシュートさせたファミアは即座に手を離して頭を下にむけ、最高速度で屋敷を目指します。
ランゲンフェルトが追いついてくる前に邸宅直上に到達したファミアは、
再度スカートを広げて減速を開始。一度吹っ切れてしまうと後が楽でいいですね。
しかしタイミングが遅かったようで、行き着く先は降りるつもりだった庭ではなく、なんと煙突の中。
雨水よけの錫張り笠をぶち破って煙道を真っ逆さま、そのまま熾火に突っ込みました。
「んっぎゃああああーー!」
ファミアは薄いグラスなら割ることができそうな叫び声を上げながら飛び出します。
いくら寒かったとはいえ直火焙煎されて暖を取る趣味はありません。
転げ回って服についた火を消してようやく一息つく余裕ができました。
膝を床についたまま、首だけを巡らせて見回すとどうやら厨房のようです。
料理人や給仕の姿はなく、淑女にあるまじき一連の醜態を人目に晒さずにすんで一安心。
――ただし、代わりに犬の目がありました。
目が合った瞬間、ファミアは膝だけで跳躍してそのまま天井に"座り"ます。
顔を"上"に向けて室内の位置関係を確認して、打ち粉まみれの大理石板へ着地。
状況はよくありません。まず出入口は一箇所。当然犬が立ち塞がっています。
大きなお屋敷ですから厨房もそれに見合ったものですが、十数匹の犬の襲撃をかわし続けるにはいささか手狭。
おまけに複数の作業台が空間を細断して――
(……あれは――っ!)
その台の一つに、子牛の肉を細かく細かく挽いて、香味野菜と混ぜあわせたものを、豚の腸に詰めたものが乗っていました。
通常の腸詰めは保存のために燻製や日干しにしますがこれは生で、一般的にはそのまま茹でて食べます。
特徴としてはふわふわで肉汁たっぷりな食感と、皮の頑丈さでしょう。
どれくらい頑丈かというと、犬を殴りつけてもまったく破れないくらいです。
そんなわけでファミアは切られていない腸詰めを一本ずつ両手に持ち、思い切り振り回し始めました。
クリームの入ったボウルが黒い犬と一緒に壁に叩きつけられ、
グレービーが暖まっていた手鍋が別の犬の鼻っ面を直撃します。
直接殴られた犬が、さっきファミアが転げ出てきたかまどに転がり込んで、
さっきのファミアよりひどい声を上げながら飛び出してきました。
- 126 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/05/09(水) 01:42:13.07 0
- しかし犬たちも振りぬかれる凶器を掻い潜ってファミアに跳びかかり反撃を試みます。
先ほど同様、あるいは飛び、あるいは転がってそれをかわすファミア。
それを繰り返すうち――
「……!?」
(う、動けない!!)
すっかり腸詰めが全身に巻き付いてしまいました。
おまけに伸縮性に富む腸ですから、引きちぎることも出来ません。
ひも状の武器というのは扱いが難しいものなのです。素人がうかつに手を出してはいけませんね。
でんぐり返しの姿勢のまま身動きが取れないファミアを、犬たちが取り囲みました。
もちろん囲まれた当人には見えないのですが、気配でわかります。
(ああ、結局このまま食べられて食べ残しは庭に埋められるんだけど
どこに埋めたか犬が忘れちゃったもんだからそのままそこで朽ちていくんだ……。
――いや、この体勢なら……ひょっとして?)
再度諦めかけるファミアの脳裏に、先ほど見たばかりの光景が去来します。
丁度そこで犬が三方向から同時に襲撃。
しかし次の瞬間、大きく弾き飛ばされて壁に叩きつけられていました。
犬たちを弾き飛ばしたもの、それは――高速回転する球体でした。
言うまでもなくファミア(牛肉20%)です。
先ほど庭で襲撃を受けた際もそうでしたが、犬たちは回転しながらの一撃を得意としているようです。
畜生にできて霊長にできない道理がありません。さらに古人も言っています。"急がば回れ"と。
攻撃、防御、移動をすべて同時に行える、これぞまさに妙手でした。
はからずも新たなる力を得たファミアは、厨房内を駆け巡り犬どもを駆逐して行きました。
これはとても敵わぬと見て取った数匹が戸口から駆け出ていくのを追ってファミアも厨房を後にします(見えないのに)。
そのまま床との間にどういうわけか火花を散らしながら加速し、道を間違えて階段を走破。
作動する幾多の罠を肉のカーテンで防御しながら二階を打通せしめ、勢いを緩めることなく窓から飛翔。
眼下にはダニーと、セフィリアの駆るゴーレムの姿。
そう、さまざまな紆余曲折を経て今、ファミアは天丼をしに還って来たのです。
本人の意図とは無関係に。
というわけで高速回転から得られた縦への鋭い変化でダニーの背を急襲するファミア。
このままダニーがまともに攻撃を食らうとその向こうにいるセフィリアにまで害が及びそうですが、
大丈夫、味方を撃っても"一発だけなら誤爆"で済むのです。
【高速縦スライダー】
- 127 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/09(水) 23:14:15.70 0
- ユーディ=アヴェンジャーが目に見えぬ『匣』の存在を自覚したのは、十八を迎え、一人前の男として成熟した頃のことだ。
中流貴族の三男に生まれ、家督を継ぐわけでもなく、領地はないが働かなくとも暮らせる程度に蓄えられた親の金で彼は放蕩していた。
何をするでもなく、ただ兄たちの営みに便乗して、そのおこぼれを貰って糊口をしのぐ毎日。
生活に困窮しているわけではなかったから、彼の怠惰を咎める者は家にはいなかった。
生産者階級――貴族に生まれて跡継ぎにならなければ、ユーディのような人生を送る者はそう珍しくはない。
働かなくても生きていけるし、働こうと思えば親の伝手で騎士団なり商売なりどこにでも入れるのだ。
そういう不自由のない生活を保証されて、しかしユーディは自分ほど束縛された者はないだろうと考えていた。
環境だとか、金銭だとか、外的要因に拘束されていたわけではない。
彼を雁字搦めにしていたのは、ただひとえに彼自身に宿った臆病さだけだ。
怪我をするのが怖いから、騎士にはならない。
損をするのが怖いから、商売はしない。
腹を壊すのが怖いから、初めて見る食べ物を口にしない。
嫌われるのが怖いから、友達を作らない。
怖い、怖い、怖い――彼は何もかもに怯え、あらゆることを警戒した。
明日を迎えることは、中身の見えない『匣(はこ)』を開けるようだった。
災厄や天恵、『可能性』という名の何かがその匣には入っていて、開くと飢えた猫のように飛び出して襲いかかってくるのだ。
生きることとは、匣の中から飛び出す無限の可能性を受け止めて、自分の未来として確定する作業だった。
……では、中身が全て飛び出したあとの匣はどうなる?
あるときそんな疑問が顔を出して、ユーディはその段になって始めて、可能性の抜け殻、"空き匣"とでもいうべきものを認識した。
それは視界のどこにでも転がっていて、誰にも認識されることなく、静かに世界に堆積していく埃のような代物だった。
ユーディの才能はその空き匣に触れ、からっぽになった場所に、別の何かを収納することを可能とした。
空き匣には、なんでも"しまう"ことができた。
しまわれたものは、その場からは消え去って、『存在している可能性』だけをその匣の中に残した。
そしてユーディは匣から可能性を選び出し、未来を確定することで再びしまわれたものを取り出すことができる。
空き匣は、どこにでもあった。地面にも、風の中にも、ポケットの中にも――他人の身体の中にだって。
この能力を使えば、自分を害する敵を可能性の藻屑に変えることも、自分自身をしまい込んで一切の危害を避けることさえもできた。
匣を開けることに躊躇いがなくなり、彼は未来に怯えなくなった。
臆病な気質はもとのままだったが、以前よりも行動的に、例えば騎士となって戦う未来を選択することが出来た。
そうして幾多の戦いを生き残り、数多の敵を殺した彼は、いつしか帝国最強の英雄たる十指のうちに数えられるほどとなった。
――彼は、己の才能ですら見えない巨大な『匣』を、知らず知らずのうちに開き始めていた。
それは、全ての未来を蹂躙する、悪意と作意に満ちた『陰謀』という名の匣――
ユーディ=アヴェンジャーが、ウィット=メリケインになる、ほんの少し前の話。
あるべき恐怖を克服し、開けてはいけない匣の紐に手をかけてしまった男の物語。
* * * * * *
- 128 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/09(水) 23:14:45.80 0
- >「ですが……元老院からの特命なのに、その過程で元老を殺すというのは……一体どういう事だったんですか?
ぱっと考えられる可能性は二つですけど……つまり、どちらかに問題があった。彼か……あるいはその陰謀に」
マロンの疑問は尤もだった。
元老の命令で、元老を殺す。甚だ不合理だが、不可解ではない。矛盾もしない。
単純に元老院が一枚岩ではないと言うだけで答えにはなるし、そうすることが布石になるのだとも言うことが出来た。
しかし、ウィットが真にマロンに答えるべきはそんな尤もらしい理由ではなく――
(そもそもの前提に『嘘』がある。……と、そんなことまでこの女に話す必要があるかどうかは、また別に考えなきゃな)
マロンの言通り、元老院と皇帝との間に意見の食い違いがあるのであれば、両者の代表であるウィットと彼女もまた対立者だ。
ただ、今この場においてだけは利害が一致しているに過ぎなく――余計なことまで喋り過ぎてもいい結果にはならないだろう。
そしていまのウィットにとっては、このタニングラードの問題こそが最重要であり、上層部の足の引っ張り合いなどどうでもよかった。
>「あぁ、それと……」
>「第二の人生は、楽しかったですか?」
ぴくり、とウィットの肩は意志に反して揺れた。
マロンの言葉は、どこかウィット本人よりも、その背後に向かって放られた問いに思えた。
見透かされた――というよりかは、霧中で遮二無二に斉射しているような、手探りの感覚。
>「私は、貴方に死んで欲しくありません」
だからそんな疑念に紛れて、ウィットは決定的かつ致命的な隙を見逃すことになる。
――マロンが大きく息を吸った、その瞬間を。
>「その零時回廊は、私が頂戴します!」
ギィン!と彼女の口元を中心にして不可視の衝撃波が発生し、爆風のように部屋中を蹂躙する!
鼓膜を直撃した『大音声』に、ウィットは己の意志と関係なく硬直を強制された。
「あっぐ……!」
揺れる視界の中、マロンの左手が伸びてくる。
狙いは手元の零時回廊、両腕に抱えるようにして持ったそれを――掴む軌道。
裏切られた。この土壇場で。
瞬間的に事実を認識したウィットは、しかし身体が追いつかない。零時回廊を抱えた腕は、指先ひとつ動かない。
だが、それは何の問題でもなかった。腕を動かす必要など、始めからなかったのだ。
「――『絶影』」
ウィットの両腕を塞いでいた零時回廊が、『消えた』。
彼の遺才が、空き匣に零時回廊を収納し、『存在の可能性』だけが残ったのだ。
空を切ったマロンの左手。自由になったウィットの腕は、彼女の左手を絡めとり、逃さぬよう掴み込んだ。
- 129 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/09(水) 23:15:02.79 0
- 「お前がどうしようもない欲にまみれた大馬鹿で、土壇場でこいつを独り占めしようと心変わりした"可能性"……
藁にも縋るようなそれが残っているから聞いてやる。こいつを盗って、どうするつもりだ?」
フッ、と蝋燭の炎を吹き消すよりも簡単に、障害なく、当たり前のように能力が発動した。
ウィットの両手に拘束された、マロンの左腕が、肘より先から服ごと綺麗に消え去った。
血は出ない。断面からは血管と骨と筋肉と脂肪が見えているが――まるでガラスに押し付けたように滑らかだ。
おそらくマロン本人には、痛みすら感じないはずである。
「そして問いを無視するのは忍びないから答えてやる……お前が言った『二つの質問』ッ!
元老――ヨハン=ヴィエルの暗殺を依頼したのは、他ならぬヴィエル卿本人だ。
そして僕は依頼通り、彼を殺した。社会的な意味とかそういうお茶濁しじゃない。生きた彼を、死体に変えた。間違いなくだ」
2つ目の質問――ウィットはそこで口を噤んだ。
第二の人生。ユーディ=アヴェンジャーでいることを辞め、宮仕えを脱し、遠く離れたこの街での一ヶ月間。
反逆者にして犯罪者の彼の逃避行は、決して生易しいものではなかった。
上位騎士という地位も、名誉も、富や帰る場所すら失って、投げられる石から逃げながらの一月だった。
楽しくなんて、なかったはずだ。
帝国のために命を捨てる、余命のような一月にしては、あまりにも生きづらい日々だったはずだ。
「僕は――」
ウィットの掌が、今度はマテリアの右腕を狙う。
両腕さえ落としてしまえば、あの厄介な魔導具を使わせることはないはずだ。
「帝国史上最悪の、裏切り者だ。その死に際が華々しくあったなど、あっちゃいけないことだ」
唇を噛み締めながら、遺才の宿った腕を振り抜く。
【マテリアの左腕を『収納』。右腕も狙う】
- 130 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/05/10(木) 23:08:16.32 0
- 楽しい
戦いの高揚感はダニーの顔を無邪気な少年のように染め上げた。
闘争の中には一切の差別も虚飾もない。敵の目には自分が映り、自分の目には敵が映る。
人かどうかの区別は追いやられて、終わりまでせめぎ合っていく。
彼女にとって闘争はコミュニケーションでありスキンシップであり何よりもサービスである。
強者を求めるのも全ては「戦い」になる手合いを求めるからだ。
それは相手が大型重機を駆っていても変わることはない。
願わくは敵が自分を人として、ダニーという個人として見てくれれば一番良いが、
それは望むべくもないことだった。
人間から生まれた者は人間のはずである。しかし、異才という確かな不純物が混じっていたなら、
不純物の持ち主が貴族でないなら、そしてもしもそのことが純粋な人々に知られたらどうなるのか。
決まっている。格別陳腐な明日が自分を待っているのだ。
『自分が何者であるかは自分が決める』 これはあくまで気持ちの有り様だ。
個人としての自分はいつも自分を見る者が決める。考えてみればごく当たり前のこと。
柱に小便を引っ掛けた犬が己を犬にするのではなく、
小便を引っ掛けられた柱が犬を見て「犬だ」と思った時に初めて「犬の己」が存在するのだ。
しかし彼女を人間だと思ってくれる者は稀少だった。
だからこそ己を人間にしてくれる柱を害そうとする者たちが牙を剥かれたのは必然であった。
そしてまた、彼女が『自分で居られる場所』を求め始めたのも。
現在『自分で居られる場所』の中で、ダニーは庭木を振るい二対一で侵入者を追い詰めている。
生憎とランゲンフェルトの腕が大分立つことによって早くも勝負が付きそうだった。
(・・・・・・)
つまらん、と木を使ってゴーレムとの綱引きに堪えていた巨人は小さく鼻を鳴らす。
純粋な力の眷属という訳ではない彼女ではゴーレムとの力比べは耐えるので精一杯である。
夜気に汗が吹き出すのも構わず「青鎧」のかぎ爪に取られた木を体の全てで引くが、
劣勢であることは変わらない。しかし彼女にはその不利が心地良かった。
(・・・・・・・・・)
まあ仕事だしな、と自分に言い聞かせて勝勢に移ろうとした時、
臨時上司が急にスタンドプレーに走るのが見えてしまった。
- 131 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/05/10(木) 23:13:28.95 0
- >>「ドリス女史! このお客様の応対はお任せします!」
黒服の頭がダニーを偽名で呼ぶと行き場のないピーターパンのようにせかせかと空中を動きまわるのを止め、
先程投げ捨てたファミアの元へ文字通り飛んでいった。正直見ていて気持ちが悪い。
わざとゴーレムにかち上げられることで自身を発射したらしいのだが、
そこまでする程の価値があの少女にはあるのだろうか。
なんにせよ好都合なので聞いてはいないだろうが了承の返事をしておく。
これで青鎧は晴れて両腕が使用可能になった。しかしまだ動きはなく膠着状態であった。
上方向に物を引こうとすれば自分の下方へも反作用が働く。
薄い装甲の継ぎ目から中の配線と基礎骨格が見え隠れしているが、傷む様子はない。
(・・・・・・)
引いて駄目なら、と今度は逆に木を力一杯押し込み体勢を崩そうと試みる。
ランゲンフェルトが去りセフィリアがこちらへ向き直ることを想定しての崩し。
タイミングをずらすことで主導権を握る算段だったし、実際に上手く行きそうではあった。
背中にファミアが降り注ぐまでは
「・・・・・・っ!」
背中が押し伸ばされ軟骨に響く衝撃で息が詰まる。前のめりになっていたせいで、
ダニーは勢いのまま地面に這いつくばる。なめし革の工程を踏んでいるように思えるくらい、
謎の回転物質の一撃は重かった。
完全な不意打ち、セフィリアに集中していたことに加え、攻撃に転じようとした瞬間への正確な打撃。
正体の見えない攻撃は威力を底上げしダニーを強烈に打ち据える。
動揺を噛み殺しかろうじて顔を上向きにしたダニーは視界の上端に目標を捉えたが、
何かが猛回転しているらしいことしか分からなかった。
新たな敵にも思えたそれはどこか生臭さと焦げの臭いをまとい、巨体が倒れた拍子に跳ねたのか、
勢いを落とすことなく今度はゴーレムのコクピットへ向け突っ込んでいった。
【攻勢失敗→背面からの奇襲の直撃を受ける→回転する物体はセフィリアさんへ】
- 132 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/05/12(土) 18:33:48.57 0
- 大音声は確かにウィットの鼓膜を直撃した。
彼は身動ぎ一つ取れないでいる。
(取った――!)
マテリアは自分の成功を疑わなかった。
零時回廊を掴み、前のめりになった勢いを利用してひったくり、逃走する。
全てが上手くいく自信があった。
その成功の確信が、彼女を深く深くウィットの懐へと踏み込ませる。
>「――『絶影』」
だから零時回廊がウィットの手の中から消えた後で、マテリアは致命的なまでに隙だらけだった。
何の前触れもなく零時回廊が消失した事への驚愕と疑念が、更に彼女の対応を後手に回す。
体勢を立て直す間もなく、マテリアはウィットに左腕を掴まれてしまった。
>「お前がどうしようもない欲にまみれた大馬鹿で、土壇場でこいつを独り占めしようと心変わりした"可能性"……
藁にも縋るようなそれが残っているから聞いてやる。こいつを盗って、どうするつもりだ?」
振りほどこうと体をよじった直後に、今度は左腕が『消えた』。
すっぽ抜けるようによろめいたマテリアが自分の左腕の断面を見て、表情を凍らせる。
(腕!私の腕……!)
パニックに陥りかけた頭を左右に振って、落ち着けと自分に言い聞かせる。
痛みはない。だが感覚もない。
軍属生活で身についた習慣が眼球と左腕部に魔力を集中させた。
『精査』『看破』『解呪』――理解出来ない現象に出くわした際にはまず使用しろと教え込まれた魔術を発動。
けれどもそれらがかえって、マテリアに『左腕がない』という事実を突きつける。
(これが……遁鬼!破壊するでも、切り取るでもなく、
物体を完全に消し去るほどの術式をなんの予備動作もなしに行えるだなんて……!)
事実の後に、今度は戦慄が訪れる。
『絶影』――それは同じ遺才という括りの中にはあるものの、マテリアのそれとはまるで格が違った。
彼女の超聴覚や自在音声は、常人の延長線上にあるものだ。
聴覚の強化は身体強化や探査系の術式があるし、風や振動を操る事で声を制御する事は常人にも出来る。
彼女はただ、それを限りなく上手く出来ると言うだけで。
しかし遁鬼は違う。彼の『絶影』は既存の術式をいくら複合したところで再現は不可能だろう。
魔鉱石や蓄魔オーブなどに頼った膨大な魔力と、幾重もの演算陣を用いてようやく可能になるかもしれない代物。
まさに唯一にして孤高の能力なのだ。
>「そして問いを無視するのは忍びないから答えてやる……お前が言った『二つの質問』ッ!
ウィットは臨戦態勢を保ったままで、だが腕ではなく口を動かした。
マテリアにとっては命拾い以外のなにものでもなかった。
驚愕と畏怖に思考が満たされた一瞬、それを突いて再びあの『絶影』を使われていたら。
今度は、失うのは腕だけでは済まなかっただろう。
>「元老――ヨハン=ヴィエルの暗殺を依頼したのは、他ならぬヴィエル卿本人だ。
そして僕は依頼通り、彼を殺した。社会的な意味とかそういうお茶濁しじゃない。生きた彼を、死体に変えた。間違いなくだ」
(ヴィエル卿、本人が……!?何故、どうして?いや、違う。今考えるべきはそうじゃなくて……!
あの『絶影』をどう凌ぐか……発動するには手で触れる必要が?消えた物はどこへ?
なにより、解除させる方法は!?少なくとも魔術であるのなら、気絶させればもしかしたら……。
とにかく零時回廊を取り戻さないと……でも、取り戻したとして……一体どうすれば……)
過去を、今を、未来を、全てを知らなければ。でないと状況は変えられない。
強迫されるように回転させた思考の処理が間に合わず、頭の中が煩雑に乱れていく。
- 133 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/05/12(土) 18:35:39.23 0
- >「僕は――」
口を噤んでいたウィットが再び言葉を発した。
同時に重心の移動と膝の僅かな沈みが見えた。
(来る――!とにかく今に集中しないと……ここでやられたら、何もかもおしまいなんだ!)
そう、ウィットの命も、自分達の任務も。
いつの間にか自分の中で、任務よりも彼の命が念頭に来ている事には、マテリアは気付いていない。
ただ、止めなくては。零時回廊を取り返さなくては。それだけが思考を支配していた。
>「帝国史上最悪の、裏切り者だ。その死に際が華々しくあったなど、あっちゃいけないことだ」
ウィットが踏み込んできた。
狙いは右腕――何もかもを消し去るウィットの掌が迫る。
(わざわざ右腕を……?けど、これは――!)
脳裏に浮かぶ疑問――だが好都合ではあった。
胴体を、特に腕のない左側を狙われていたら、防ぐのは困難だった筈だ。
右足を軸に左足を後ろへ、ウィットの側面へ逃げるように飛び退く。
同時に髪飾りによる苦し紛れの刺突。
短刀を用いた戦闘の基本に従い、相手の突き出してきた腕――掌めがけて。
(知らないと!何か、一つでも多く!)
髪飾りは所詮、即席のフェイク。失ってもいい。
とにかくウィットと『絶影』について、少しでも知らなくてはならなかった。
――スイを相手に一度逃亡した彼の、本当の白兵能力は?
――『絶影』の発動条件は触れてから行うのか、触れた瞬間に発動されるのか。
知ったところで状況を変えようもない些細な事だろうと、知らなくては。
(そう、知らないと……)
無知は人を殺す。
かつては名も知らない少女を、そして今度はウィットを。
(そんなの……嫌だ!なんでウィットさんは、死ななきゃいけないと分かっていて……)
押し寄せる新たな事実と攻撃に手いっぱいで、今まで考える暇のなかった疑問が俄かに膨張する。
死んで欲しくないという切願。一度心の中で、彼を裏切り者と謗ってしまった事への後悔。
なんで彼が、と、発散しようのない怒りと悲しみ。様々な感情と共に。
際限なく膨れ上がっていく感情が、心を圧迫する。
「……どうしてですか!どうしてあなたも、ヴィエル卿も!自分から死を選んだりするんですか!」
気づけばマテリアは涙を零して、声を張り上げていた。
心を押し潰してしまう感情を吐き出す為に。
「私は、私はただ……あなたに死んで欲しくないだけで!だから……!」
零時回廊を奪おうとした。
そうすれば、ウィットの死は先延ばしになる――筈なのだ。
帝国がタニングラードを手に入れるにあたってわざわざ零時回廊を持ち込ませたのは、
それが周辺諸国を納得させる最低条件だったからだと、マテリアは考える。
単純にタニングラードを制圧したいだけならば、帝国の命運を左右する呪物を持ち込む危険など、冒す必要などない。
てきとうに、例えば『大量破壊兵器を製造、所有している』だとか、いちゃもんを付けて侵略してしまえばよかった。
だが、それでは他の国が納得しないから――実際に零時回廊をウィットに持ち込ませたのだ。
だからここで零時回廊を奪えば、元老院の陰謀を物証のない『いちゃもん』にしてしまえる。
- 134 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/05/12(土) 18:36:02.88 0
- しかし――それも、例え成功したとしても、一時凌ぎにしかならない事は分かっていた。
いつまでも零時回廊を確保し続ける事は出来ないし、そもそもウィットの生存は彼の任務失敗を意味する。
莫大な国益を生む筈だった、本人が望んだとは言え元老一人の命を代償にした極秘任務の失敗を。
彼が売国奴である事実も今更変えられず――どう足掻いても、帝国に彼の居場所はない。
「だから……いいじゃないですか。零時回廊は取り返せて、でもユーディ・アヴェンジャーは見つからなくて。
ここにいたのはウィット・メリケインっていう、暗殺者にはまるで見えない、優しい人だった。
それでいいじゃないですか。なのに、なんで……なんであなたは、むざむざ死のうとするんですか……」
それでもまだ、彼が死なずに済む道なら――あるかもしれない。
その僅かな望みを、マテリアは縋るように、細々とした声で紡ぐ。
「私には……分かりません。教えて下さいよ……ウィットさん」
ウィット・メリケインは良い人だ。
マテリアはその第一印象を疑っていない。
彼の正体が帝国最強の暗殺者だと知った後でも、この街を救いたいと語った彼への印象は変わらない。
むしろこの状況に至って、改めてその認識を固くしていた。
ウィットにはもう、マテリアに付き合う理由なんてない。
この街に来る前に聞いた噂では、ヴィエル邸を警護していた騎士達は彼の姿すら見ていなかったらしい。
恐らくウィットは、自分の姿すら消し去れるのだろう。
なのに彼はここから逃げ去らないばかりか、自分の問いにまで答えてくれた。
先ほどの攻撃だってそうだ。右腕を狙わず胴体を狙っていれば、回避はもっと困難だった。
そもそも消し去るのではなく、即席の凶器や攻性術式を使ったって良かった筈だ。
なのにそれをしなかったのは――彼が優しいからだと、マテリアは確信していた。
(そして……だからこそ、きっとウィットさんはまだ付き合ってくれる……。問いを放置するのは忍びない……って)
マテリアはその優しさに付け込むように、新たな問いを重ねた。
少しでも時間を稼いで、話を聞いて――隙を伺い、彼から零時回廊を奪い返す為に。
卑怯で、彼という人間を侮辱するような手だとは分かっていた。
(それでも私は……あなたを死なせたくない……絶対に!)
ウィットがこれ以上は喋りすぎだと判断してしまったら、
あるいは少しでも不味いかもしれないと思ってしまったら、
その時点で彼は逃走を開始してしまうだろう。
そうなればもう、マテリアに彼を止める術はない。
『――隙を見て、私が仕掛けます。チャンスはきっと一度きりでしょう。
彼は……とても慎重で、あるいは臆病でしたから』
そうだ。これは千載一遇の機会なのだ。
帝国一の暗殺者を相手に、真正面から、自分のタイミングで仕掛けられるなど。
『……もしも私が及ばなかったら、その時はお願いしますね』
僅かに沈んだ口調――マテリアの中で天才故の自信が揺らいでいた。
自分はどうあってもウィットを完全に救えない。ただ死なせない事すら、このままでは叶わない。
その覆しようのない事実が、彼女に自分には出来ない事があると教えてしまったのだ。
【毎度遅くなってすみません。次くらいに仕掛けます】
- 135 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/13(日) 04:13:53.47 0
- 【フラウ】
>「――思いっきり、中を引っかき回しちゃって下さいっ!」
>「…了解したっ!」
突如として無数の板が壁を形成した時は、魔力の膨らみを目撃していたとはいえ、いささか心臓に堪えた。
突然の現象にびっくりしたわけではない。味方の身を案じていたのだが――しかし、それは無用な心配だった。
フィオナが天井からの贈り物、この街ではご法度の短剣を壁に投擲し、そこへスイと呼ばれた魔術師が術を放つ。
敵の動きを牽制し、その先手を逆手にとった一転攻勢――見事なまでの連携だ。
(すげぇ……これが『外』から来た連中の――!)
フラウは、出身こそ帝国内の小都市で売られた身だが、人生の殆どはこの街で過ごした。
近隣諸国に市場をおもねる開放的な気風を持ちながら、身内であるはずの帝国にはどこか閉鎖的に接するタニングラード。
そこに根を張る人買いの元で、泥を啜るような生活をしてきた彼女には、
フィオナ達のような猛々しくも鮮やかな戦い方を目にする機会がなかった。
荒くれ達では、こうはいかない。
おじさんの講義の中で幾度と無く聞いた――間違いなく、洗練された戦闘技術を持つ者たちの姿だった。
スイの放つ風魔術は、風を操ると言うよりも"司る"と換言すべき領域のもの。
ただ突風を起こすだけでなく、幾条にも伸びる風の"道"ひとつひとつにまったく異なる意志と意味を介在させている。
フラウには魔力の流れが可視化されているから、その高度さ、複雑さが一目に理解できた。
例えるならば、右手で精巧な肖像画を書きながら、左手で民間政治学の都市契約説を論証するようなものだ。
既に、"卓越"という言葉に余るレベルの所業。人越者のそれであった。
フィオナの戦闘能力については、今更特筆するまでもなく、フラウはその様をまざまざと目撃した。
なにせ彼女には容赦がない。
『ちょっとそこ通りますよ』ぐらいのテンションで人間の顔面に膝蹴りをぶち込める人間をフラウは初めて見た。
魔力にも恐ろしいほど乱れがない。一体どれほどの戦闘経験を積めば、これだけ場慣れできるのか。
というより、何年生きれば……の域である。
そして彼女はまたもや平然と、当然のように降ってきた短剣を躱し、それを戦闘の起点にする驚異の対応力を見せつける。
(歳いくつなんだこの人……?)
自問自答に正解はなく、そして爆発した風にフラウは意識を向け直した。
敵の生み出した壁――召喚か、転移か、生成か、いずれにせよこれだけの数を短時間で。敵もまた人越者である――が崩れ去る。
崩壊し、風に押され、視界を遮りながら一枚一枚がなかなかの攻撃力を持つ無数の礫となってまだ顔も見ぬ敵を襲う!
「いいぞ!これなら耐え切れずに飛び出してきた所・あるいは風に燻り出された所を確実にやれる!
そしてあたしの"眼"なら――どこに・いつ飛び出してくるかも予測がつくぜ!」
フィオナの傍に立ちながら、フラウは嵐の向こうを注意深く見遣った。
魔力が二つ、重なるようにして風に翻弄されている。すると突然、雷の方の魔力に乱れがあった。
それは、術式を使うための動き。
- 136 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/13(日) 04:14:10.01 0
- 「! やつら、魔術を使おうとしてやがるぞ。この嵐の中から、仕掛けてくるか――!?
だけど、強風がピンポイントで吹き荒れる中で、一体何をしようってんだ?。
真正面から飛び出してくれば、身構えるこっちの迎撃の餌食……奴らの牙が届く前に対処できるッ!
さりとて飛び道具は――弓や投石機はもちろん、仮に魔導砲を持ち込んでたとしてもこの嵐じゃろくに狙いをつけられないぜ!?」
これだけの突風を集中的に受けていれば、照準が定まらない以前にまともに立つことすらできないだろう。
スイの風はフィオナの指示によって、どう転んでも完全に敵の行動活路を塞ぐ戦術を成立させていた。
能力と思考、二人のどちらが欠けてもうまくはいかないだろう戦い方だ。故にそれは、類まれなる信頼関係の賜物だった。
共に死線をくぐり抜けてきた密度が違うのだろうと、フラウは適当に推測し――
そのとき、嵐の向こうでチリンと硬化の跳ねる音。
一拍置いて、頭上から水が降ってきた。
バシャアッ!と滝のような水音が響き、梳いた髪も、仕立ててもらったドレスも、愛用の肌着までいっぺんに濡れそぼる。
夕立にやられたみたいになったフラウが薄目を開けて見回すと、フィオナやスイにも同様に頭上から水が降ってきたようだ。
彼らが落水に対処できずフラウ同様濡れ鼠になったか、察知して躱すことに成功したかは薄目の彼女にはわからない。
ただの水ではないことは、頬についた水滴を舐めてみてわかった。
塩辛い。
極めて濃度の高い塩水だ。
「な、なんだこれ……どっから降ってきた?なんのために降ってきた?」
フラウの脳裏にいくつもの疑問符が浮かぶが、どれも正解には至らない。
だが、嵐の向こうの魔力の高まりに嫌な予感がして、そちらを見た。
木板が飛び交う嵐の中、そのときおり木板の間から垣間見える向こう側では、少女を抱きかかえた少年がいた。
突風吹き荒れる中で、しかし少年は揺らがない。
壁に足を突き刺していた。
「あんな方法で固定を――!?」
そして少女を抱えていないほうの腕がこちらに伸びていた。
手の先に構えられたのは、一枚の金貨。指先に挟むようにして、まっすぐフラウ達を捉えていた。
普通に見たぶんには、その構えがどういう意味を持つのか本人にしかわかりはしないだろう。
しかしフラウには眼力があった。『砲塔のように形成された雷の魔力』の存在を、はっきりと見ていた。
そして誂えたように降ってきた塩水。想定される事象は、一つしかない。
「掠っただけでもヤバいのが、来るぞぉぉぉぉおおおおっ!!」
スイとフィオナに大声で警告しながら、フラウは射線から逃げ惑った。
【フラウ:コイン弾について非常に説明足らずな警告をしつつ退避】
【クローディア:塩水召喚。これを事前に食らっているとコイン弾の余波が導電して結構ヤバイことに】
- 137 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/05/14(月) 20:27:39.42 0
-
レクストへと届いたフィンの拳は、数にすればたったの一撃。
無尽蔵を誇る轟剣の刃とは届くべくもない、凡百の打撃である。
――――けれども、侮るなかれ。
そのたった一撃の拳は、一人の男の『覚悟』が込められた拳だ。
刃に振られ、血に濡れ、膝を突き……それでも立ち上がった一人の男が、全てを込めて撃ち放った拳。
フィン=ハンプティという、一匹の男の拳なのである。
咆哮と共に振り抜いた感覚が無い筈の拳の先から骨へと伝わる、魂を撃ち抜いたかの如き熱い衝撃。
灼熱に滾る意識の中でも、フィンは確かにそれを感じ取った。
砕け散る剣の破片を背景に、崩れそうになるボロボロの身体を雪上に踏み出した一歩で押し留める。
そうして少し遅れて響いてきたのは……レクスト=リフレクティアが雪上に叩きつけられた音。
秩序と意思。正義と我欲の衝突の果て
戦いの決着は、ここに付いたかに見えた。
即ち――――フィン=ハンプティの
敗北 によってだ。
>「聖術・攻性結界『盤面返し《レコンキスタ》』――!」
「なっ……ぐっ!!!!」
急襲。
レクストの撃破を引金として襲い来たのは、聖者が繰る逆理の術式であった。
卓越した技巧と速度でくみ上げられたその結界に、まともな身動きが出来ないフィンは瞬く間に取り込まれてしまう。
――――そして、まず襲い来たのは恐るべき寒気。
続いて、全身に在る傷がゆっくりと、まるで時を巻き戻すかの如く開いていく。
真紅の血が流れ、即座に凍りつき、まるで鎧の様に成っていく。
それらの減少は、まるで呪いのようだった。
与えられてきた恩恵が、その対価を払えとでもいう様にフィンの身体を蝕んでいく。
元来持っている魔術への抵抗力から瞬時に致命とまでは至らなかったが、
それでも、かろうじで倒れない様に、膝を付かない様に抗うのが精一杯であった。
そんなフィンに追い討ちを……トドメを刺そうとするのは、ジョージ=リベリオン。
彼がその腕に持つ鉄塊。その正体は携行サイズの実体砲である。
勿論、帝国に生きてきたフィンにはそれが砲である事など知る良しも無いが、
それでも、この場面で己に突きつけてきた以上、その鉄の塊が己の命を奪う目的で向けられている事は判る。
そして、現状ではどれだけ抗おうとしても、傷が全身を蝕み続ける呪いの如き現象と
遺才が逆転した事により発生した負の恩恵……予測回避の不能化により、フィンの生存は不可能と成っている。
>「同志・リフレクティアとの話はついたのだろう?――ならば、次は私たちと交渉だ」
>「ま、交渉といっても僕らはレックと同様暴力でしかものを語れないお馬鹿さんだから、こうなるのも仕方ないよね?」
>「悪く思うな、異国の護り手よ。我らは護るものが違ったのだ――」
そう、例えレクストという難敵を退けようと、フィンの目的が彼「等」の進行を妨げる事であった以上、
勝利するという結末は、初めからありはしなかったのだ。故に、フィンは敗北する。
それは、意思すら及ばぬ圧倒的な力の差が齎す、覆しようの無い規定。抗う事の許されない事実。故に、
- 138 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/05/14(月) 20:29:33.14 0
-
「黙りやがれ――――護るものが違うなら、邪魔なあんた等をぶっとばして、俺が俺の道をこじ開ける……!
俺の護りたいモンには、触れさせねえっ……!!」
故に、それでも。摂理に抗い、現実を塗り替える力を求めるのなら、
無理矢理に一歩先を望むのならば。その力は――必然、外法と成る。
刃で貫かれたフィンの右腕の周囲が突如として陽炎の様に歪んだかと思うと、
結界術式と反発するかの様に、可視となった黒い何かが煙の様に腕から立ち上り、包み始める。
現象の影響を真っ先に受けたのは、レクストの剣を砕き脆くなっていた右の手甲であった。
手甲『剣砕き』。ハンプティ家が誇ったその武具は、先にレクストの剣を折った事により多少の消耗を見せていたが、
しかし、それでもある程度の強度は持ち合わせていた筈であった。
しかしその手甲は黒い『何か』に触れた瞬間、突如として罅割れ風化したかの様に砕け散ったのだ。
更に、瞳が灰色と化したフィンの眼。その白い部分が赤く染まる。
黒い陽炎はやがて鎧のような形を形成しようとし始め――
>「やめろ、お前ら。命令だ」
――――けれども、再起したレクストが放った言葉がその流れを断ち切った。
>「ハンプティの所属……暗殺チームと遊撃課、どっちの仲間になるかを賭けて、俺とそいつは戦った。
>そんで俺は負けた。ハンプティは、遊撃課に味方する資格を得た。――そいつには、遊撃課と合流する権利がある」
舞い上がる雪とともに現れたレクストのその発言に、
先程まで異様な戦闘態勢になりつつあったフィンに一時的な冷静さが戻る。
それと同時に、形成されかけていた黒い何かも霧散し、フィンの瞳も常の状態に戻った。
……まるで、そんな変貌など無かったとでもいうかの様に。
だが、そんなフィンに構う様子もなく、レクストは敗北を宣言し、
その事に対して振りかかる仲間の弾劾をも一蹴した。
そして、彼が次に彼が告げた言葉に、フィンは大きく眼を見開く事となる
>「だってそうだろ?タイマンで負けたからって、仲間に報復頼むなんてのは――」
>「――めちゃくちゃカッコ悪いだろうがああああっ!」
唖然とした。そして呆然となった。
眼前のこの男は。レクスト=リフレクティアという男はどこまで――――どこまで、英雄なのだろうかと。
フィンは、その発言を理解すると同時に、その眩しさに思わず眼を細めそうになる。
ああ、まさしくレクストはフィンの理想であった。
自身が成りたくて、けれど成れずに諦めてモノがどれだけキレイであったのか。
その結末を見た様な気がして、フィンは思わず涙が出そうになった。
……レクストは告げる。この戦いはフィンの勝ちであると。
自分達を食い止められる可能性を携えて、仲間の元へと戻れと。
>「いいか、勘違いすんなよハンプティ。お前は決して、正しい選択をしたわけじゃあ、ない」
>「――お前は格好良い選択をしたんだ」
結界を解かれ身体の動きを取り戻したフィンは、投げられた羊皮紙を左手で掴み取り、彼らに背を向ける。
罠の可能性は無いだろう。罠などかけずとも、彼らは十二分にフィンを仕留められる状況にあったのだから。
かつてのフィンなら、その行為に情けをかけられたと不満を見せたのだろうが、
今のフィンは、彼らの行為に対して短絡的な怒りを燃やす事は無かった。
負傷によりそれを行う体力が無いというのもあるだろうが、それ以外のものも当然ある。
だから、だから本来答える必要の無い彼らの言葉にも呟くように、背中を向けたまま返事を返す。
「……格好いいとか、そんな事は知らねぇよ。それに、正義を全部否定するつもりもねぇ……。
ただ……ただ、俺は、見つけたんだ。やっと見つけただけなんだよ。
正義なんかより、ずっと大事なものを」
- 139 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/05/14(月) 20:30:23.05 0
- ……
一歩、一歩。
足を前に出す度に倒れそうになる身体を、歯を食いしばり支える。
遺才の加護があれども、血を失い過ぎた身体はもはや人並み以下の身体能力しか有せず、
街の入り口に向かうまでにでさえ何度も転倒した。
ボロボロの身体で、街の検問を抜け
石畳の上を這う様にして歩く。
失血の影響だろうか。先程から剣に貫かれた右腕がやけに冷たい。
足も重く、まるで岩でも引き摺っている気分だ。
視界さえ朦朧としており、通りすがる人々の顔さえぼやけて見える。
「あ……れ……?」
気が付けば、眼前に先程まで踏みしめていた筈の石畳があった。
空が下で、地は前。
……どうやら、もはや足を先に進める力すら尽きたらしい。
足がダメなら手で、と這い蹲って進もうとするも、右腕が動かない。
ただ冷たさを伝えるだけで、フィンの意思を受け付けない。
限界なのだ。
馬車との衝突から始まる、今回の死闘。一人の人間が負うには大きすぎる負傷を、フィンは負っている。
ここまで進んでこられたのも奇跡に近い。
「っ……ダメ、だ。これを、渡さねぇと……」
そうして弱弱しくもがくフィンの前に、人影が現れた。気がした。
今のフィンにはその人物の靴しか見えない為、誰かは判らないが、
それでもフィンは己の願いを果たす為、残る力を振り絞ってその人影に声をかける
「なあ、そこのあんた……この羊皮紙を、ボルトって人に届けてくれ……。
……俺の仲間が、危ないんだ……ムカつく奴だけど、あいつなら、
これを使って、仲間を助ける方法を……見つけてくれる筈なんだ……だから……」
そこまで言って、肺の中の空気が尽き、大きく咳き込む。
フィンは、ただただ寒さだけを覚えながら、目の前の人影に恥も外聞も捨てみっともなく頼み込む。
フィンには眼前に立つ男がボルト=フライヤーであるという事も、
自身が彼のいる場所に辿り付いた事すらも判らない。
【フィン:レクスト達から獲得した羊皮紙を持ってボルトの元まで辿り付く】
- 140 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/05/17(木) 00:15:06.49 0
- >「…了解したっ!」
返答までに要した時間は一瞬。
こちらが意図するところを即座に理解し、スイが、その血に宿る才を発動させた。
熟達した魔導師を凌駕する精度と規模で操られた風は、刃が抉じ開けた隙間を通過し、襲撃者の裡懐へと至る。
幾重にも分けた風のラインを、寸分違わず操る。それだけでも十分驚愕には値するだろう。
だが、そこから先こそが"風帝"の異名を持つ、スイの真骨頂だった。
侵入した風が、内部で爆発的に勢いを増し渦を巻く。
本来その風を遮る筈だった無数の板をも巻き込み、さながら巨大な獣の顎の如き暴力を発現させた。
>「いいぞ!これなら耐え切れずに飛び出してきた所・あるいは風に燻り出された所を確実にやれる!
そしてあたしの"眼"なら――どこに・いつ飛び出してくるかも予測がつくぜ!」
魔術の枠では到底収まらない離れ技。
その光景を目の当たりにし、フラウが快声を挙げる。
「ええ。それにしても想像していた以上ですねえ、これは。」
ノイファにしても考えは同じだった。
実際そうなって然るべき規模の打撃力を、目の前の暴風は備えているのだ。
中に居る相手が金持ちの使い走り程度の仕事で、あたら命を散らさなければ良いのだけど、と心配すら余裕すらあった。
そして、その余裕こそが、相手を格下と油断していた何よりの証左だった。
(――っ!!)
ぞくりと、まるで背筋に氷柱を押し当てられたかのように、全身が総毛立つ。
棒立ちで眺めていた大勢から、即座に腰を沈めた臨戦態勢に移行。
>「! やつら、魔術を使おうとしてやがるぞ。この嵐の中から、仕掛けてくるか――!? 」
フラウが叫ぶ。
並の手合いであるならば、この威力のは前に身を守るのすら覚束ない。
よほど訓練を受けた相手であっても、反撃に至るまでは見込めまい。
(なるほど、そういう――)
この先に待つ相手も、人後に落ちることない"天才"の類なのだろう。
渦巻く風の中、硬質な何かを弾き飛ばす音だけが、耳に届いた。
- 141 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/05/17(木) 00:15:42.12 0
- (――ことですかっ!)
反応するのに先んじて、頭上から大量の水が降り注いだ。
否、正しくは反応出来なかった。
「なっ、んですかこれ……しょっぱい?」
絶対の自信を持っていた危険感知の能力は、先刻から前方の脅威に対して反応しきりだ。
頭上からの落水などは些事とばかりに、微塵も反応を示さない。
だがノイファは、それがもたらす結果を即座に理解していた。
アタッカーたる何者かが操る、雷。そして今ノイファたち自身と床を濡らす、大量の水。
息を呑み込む。今度はこちらが、絶望的な状況に立たされたのだ。
張り付き水の滴る髪とドレスが煩わしい。焦燥感が嫌が応にも増していく。
(――やられた)
歯の根を噛み締め、歪む視界で相手を睨みつけた。
視線の先には垂直に壁に突き立ち、まっすぐに腕を伸ばす少年、そしてその腕にかき抱かれる少女。
まるでその身を盾にあらゆる試練から弱者を守る騎士と、その庇護者たる小さな姫君の如き、二人。
>「掠っただけでもヤバいのが、来るぞぉぉぉぉおおおおっ!!」
あどけなさすら残るその風貌とは裏腹に、恐ろしい程組み立てられた戦術だった。
ふっと、ノイファの口から小さく笑みが零れる。
そうだ。守るべき相手ならこちらにも居るし、再会しなければならない者だって居る。
それは悲鳴を挙げ逃げ回る少女であったり、同僚であったり、かつて共に死線を潜った仲間であったり、様々だ。
端的に言ってしまえば、諦め静かに最期を待つなどというのは以ての外であり、なにより性に合わない。
拭った指先に続くように、ノイファの右眼から紅い光が流れる。
「此処は――」
それに、相手がその身に色濃く"魔"を宿す超常の天才であるならば、やり様はまだある。
両手を突出し詠唱。続く音節は"主のおわす庭。邪なる者よ、汝立ち入るを許さず"。
イメージするのは全てを柔らかく抱く、しかし決して破れぬ堅固な殻。
あらゆる魔を拒む太陽神の防性結界"聖域"の奇跡を発現させる。
(考えが間違ってなければっ!)
かつて知りえた知識。人は魔と結ぶことで"力"を手にするに至った。
ならば、魔の力そのものともいえる天賦の才は、破邪の結界で防げる道理。
しかしそれは同時に、結界の中では"予見"による先読みが不可能になる、ということでもあった。
- 142 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/05/17(木) 00:17:38.97 0
- >「行けぇえッ!!」
暴風域の最中、敵が吠える。
「っ!!」
渾身の魔力を練り上げ、ノイファが歯を食いしばる。
接触。
激しい音を立て、"聖域"の縁を荒れ狂う稲妻が這い回った。
だが、相手の攻撃は遺才による雷が本領ではない。
結界を構築するより以前、脳が灼き尽くような世界で垣間見たのは、光を纏い高速で射出される物体。
それこそが主軸である。
結界を張ったのはあくまで余波を防ぐためであり、フラウとスイへの被害を防ぐためのものだ。
それが果たせた今、残るは矢面に立ったノイファ自身が、飛来する高速体を避けられるかどうかである。
(最近は、どうにも"力"に頼りすぎてましたからねえ!)
大体の軌跡は事前に視た。
このまま動かなければ、額を撃ち抜かれ、終わる。
結界に触れ、光が弾けるのと同時に、左足を引いた。
上半身を捻り、併せて首も傾げる。
くぐもった音が左耳を掠め、それに遅れて髪が一房、斬り散らされて宙を舞った。
一斉に噴き出た汗が、首筋を伝う。
(やった――)
回避には紙一重で成功した。だがそこまでだった。
平衡感覚を失い、避けた大勢のままノイファは地にのめる。
がくがくと震える両足に拳を叩きつけ、活を入れても一向に回復する兆しはない。
全滅こそ免れたものの、実質こちらは一人無力化されたに等しい。
「スイ……さん――」
それでも伝えることは出来る。
硬貨を弾く独特の召喚術式と、なびく蜂蜜色の巻き毛。そして遺才を操る仲間。
「――相手は……おそらく、クローディア……さん……です。」
おそらく、と前置きこそしたがノイファには確信があった。
タニングラードに来たその日に見かけたから、というわけではない。
理由を本人に話したら守銭奴かと怒りだすだろうか、あるいは当然ねと喜色を浮かべるかもしれない。
とにかく、大金が動く場所にクローディアは絶対に居る。彼女の嗅覚がそれを見逃さない。そんな確信だ。
「もしそうなら……、交渉次第で……戦闘を回避できるかも……しれません。」
【コイン(一発目)は防いだけどノイファは動けません。
スイさんに情報提供 】
- 143 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/05/18(金) 04:50:09.59 0
- 私がランゲンフェルトさんをアッパーで飛ばしたところから始まるということと
もうひとつ、はじめにこれだけは言っておきましょう
『私は間違っていた』ということをです
ファミアさん、怪力無双、だけどちょっぴり臆病な私の大切な同僚です
前回の任務では私が途中で気絶するという失態を犯し、それを助けてくれたのは彼女だと言うではありませんか
いわば命の恩人です。
なのに私は彼女に助けを求めた
同僚で私より強い遺才をもった頼れる仲間にです
それは私の幻想でした。彼女はただの臆病でちょっぴり力が強い貴族のお姫様なのです
私も貴族です。誇りある帝国貴族です
父はやんごとなき爵位をもち、私も若輩ながら爵位の末席に名を連ねさ せていただいております
だからどうだというのでしょうか?
私は騎士です。誉れある帝国騎士です
上位騎士ではありませんが、人の上に立つべき帝国の守護者です
だからなんだというのでしょうか?
いまの私は帝国の秩序を保つ従士隊の遊撃課員です
国家に仇なす輩を取り締まる従僕、騎士と同じくらい自信を持てる仕事です
でもそんなこともどうでもいいことです
誇りや地位は生まれた時からついて持っていました
私が生きて来て手に入らなかったものはそれほど多くはありませんでした
『不自由でない』そう断言しても差し支えはありません
地位や名誉などくだらないものです
大切なことはそれをどう心にもって生きるかです
フラウさんは地位や名誉など持って いなくても強く生きていました
夜の舞踏会で親の臑をかじって生きているだけでなんの矜持ももたずただ『貴族』という過剰装飾の椅子にふんぞり返るだけ愚か者がどれほどいたか、この屋敷にも掃いて捨てるほど集まっていました
彼女達がなぜあれほど強いのかわかりませんが
こころになにか大切なものを持っているから強いんだと私は考えます
私にだってそういうものはあります
騎士として帝国を守ろうという心です
私は帝国のためなら命を捨てる覚悟はあります
それは遊撃課にくるまではただそれだけでした
いまは違います。私は遊撃課みんなのために命を捨てましょう
素晴らしい仲間、尊敬する先輩、とてもたよりになるリーダー、信頼出来る上司
ここでは私がいままで 得ることができなかった人との繋がりを持つことができました
それはとても幸せなことです
そんな人々のために命を捨てるなんて、むしろ誇らしいことではないでしょうか?
前置きが長くなりました。間違っていたのです
なにが? それは他人に甘えようと、仲間にただ寄りかかろうと、そして、騎士という言葉をただ都合良く使っていただけの私がです
だから私はいまこそ立ち返りましょう!騎士の原点に!
剣を持ち、自らが先頭にたち、守るもののために戦い、そして……か弱きお姫様を救う白馬の騎士に!
「私は負けない!たとえこの身が朽ちようと私は守る!」
- 144 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/05/18(金) 04:51:35.83 0
- 最後にこの言葉だけが口から飛び出していきました
聞いた人間はなにを守るのだろうと思うかもしれません
いまは私が守るもの、仲間の逃走経路とファミアさん
あの角度からして屋外に出るということはないでしょう
なので、彼女が安心していられる場所を確保するために敵対するダニーさんを倒さなければならないのです
掴んだ木材を軸にダニーさんに向き直ろうとするタイミングを見計らってか、木を押し込められたのです
無防備というわけではありませんでしたが、内心ダニーさんを褒めてしまう
それぐらいのドンピシャリでした
ほんの一瞬、態勢を崩された私でしたが、そこは操縦の腕前で瞬時に立て直すことができました
仕切り直して……そう思ったときに眼端に黒い高速で飛来する物体が飛び込んできました
ゴーレムの魔導灯が逆に見えづらく、それがなにか判別出来ませんでした
それでも、隙をついたダニーさんの攻撃だと直感した私は、同時にゴーレムではカバー出来ないと判断しました
なら、この身で受けて立つしかないと私は勢いよく立ち上がりました
しかし、今の私の手にあるのは操縦桿、引っこ抜くわけにはいきません
飛び込むときに使った木の棒は……いま、勢いよく立ち上がったときに踏んづけて折れてしまいました
なにかないかと一瞬、思考を巡らし一つのいいものを思い浮かべました
私は迷うことなくそれを両手に持つと、もう黒い物体は目の前です
正直、これを使ったらどうなるかわかりません
(先輩!私に力を貸してください)
心の中でそう念じ、軽く片足をあげ、体の横からそれを持った手で振り抜くと同時に足を前に出しました
手応 えは十分です、それは振り抜いた方向とは少しばかり逆に綺麗な軌跡を描いて飛んでいきました
なかなか高く飛んだようです。落ちた音がしません
どうして私はこれで打ち返せたんだろうと先日、先輩からいただいた羽根をまじまじと見つめました
【セフィリア 左中間真っ二つのスタンド上段直撃逆転ツーランホームラン】
- 145 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/05/18(金) 04:53:49.29 0
- 「先輩!私やりました!これがワンパサなんですね!先輩はあのとき、これが私にできると思って子の羽根を下さったのですね!」
この場にはいないスティテット先輩に感謝し、敵対する相手を見据える
ダニーさんは戦闘態勢ではない、おそらく私の思わぬ反撃に度肝を抜かれたのだろう
この好機を逃す手はない
先ほどまでの綱引きの綱代わりの樹木を掴み、 さらにランゲンフェルトさんがいなくなったことによって空いた、
もう一方の爪で庭木を引っこ抜くと私の本来の戦闘スタイル「二刀流」が完成しました
すぐに回りにいるガードマンたちをなぎ倒し、警備を無力化していきます
振り回せば当たる狭い空間ではガードマンたちも逃げることは難しく、ましてや立ち向かうなどできるはずもなく
雑草を刈り取るように殴りつけていきました
ついでになぜか空に向かって吠える警備犬を力のコントロールを兼ねて死なない程度に殴りつけます
さすがに犬はちょっとかわいそうでした
あらかた警備をできるだけ殺さないように痛めつけたので回りにはうめき声の大合唱です
動くものは皆無、いいえあと1人、ダニーさんだけはまだ私の前に立ってい ました
あとは彼女ひとり倒せば空から帰って来たファミアさんが安心して皆を待つ環境が完成します
「あとはあんた一人だ!尻尾を巻いて逃げ出すかい?飼い犬さんよぉ!」
ついに私とダニーさんとの戦いが再び始まろうとしているのです
- 146 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/20(日) 22:13:32.78 0
- 左腕を失ったマロンは、ウィットの追撃にしかし致命的な硬直を免れた。
理解不能の理不尽、不条理に直面しても、己のすべきを見失わず、覚悟を恐怖で濁らせたりしない。
(強い女だ――僕よりも、ずっと)
それは"銀貨"という人種そのものの特質だろうか。
皇帝のために生き、彼のために死ぬことを職務とする銀貨の女たちは、自分の生命に驚くほど頓着しない。
彼女たちが何よりも優先するのは、ひとえに任務の成否だけ。そこに己の生き死には勘定されていない。
(だが、マロン・シードル。こいつは僕が出会ったどの"銀貨"とも、やはり、違うんだ)
帝都の裏に暗躍する、人道すら外れて研ぎ澄まされた『意志』そのもの。
目的のためには自分すら平気で切って捨てる、常軌を逸した戦闘集団。
マロン・シードルを取り巻く数々の情報の全てが、彼女は"違う"と声高に斉唱していた。
端的に言えば――そう、『人間臭い』。
彼女はあまりにも、人らしく在った。そしてそんな当たり前のことこそが、銀貨にとっては禁忌なのだ。
マロンの残された右腕から、髪飾りの刺突が飛んでくる。
「っ!」
ウィットは、遺才を発動すべく伸ばしていた腕を引いた。
刺突は虚空を貫いて、勢いを失ったところで待ち構えていた彼の手のひらに吸い込まれる。
「『絶影』――これでそのやっかいな玩具は封じた」
髪飾りを"収納"し、しかしウィットは地面を蹴り一旦距離をとった。
十分に勢いを殺したはずだったが――手のひらの端から、一筋の血液が滴っていた。
大男の頚椎すら打ち破る鋭さを秘めた髪飾りの先端が、彼の手のひらを傷つけていた。
(不可解な現象を受けても立ち直りが相当早い――場慣れをかなりしているな。
髪飾りに毒でも仕込まれていたらこの時点で終わりだった……流石に、髪の中に通すものには塗らないか)
あるいは、彼女が本当の"銀貨"だったらば、仮借なくそういう手段に訴えていたかもしれない。
ここへきてウィットの中では、ほとんど結論が出てしまっていた。
この女は、おそらく彼の思うようなかの皇帝直属特務機関の一員では、ない――
>「……どうしてですか!どうしてあなたも、ヴィエル卿も!自分から死を選んだりするんですか!」
>「私は、私はただ……あなたに死んで欲しくないだけで!だから……!」
"銀貨"は、こんな風に吠えたりしない。
(こんな風に――真剣に、誰かのことを想ってくれはしない……!!)
そも、マロンが『本物』であるならば、ここまでの攻防でウィットは遺才を出すまでもなく殺されてしまっていただろう。
それは、彼の実力が彼女たちに対して劣っているからではない。
腐ってもこの国で一番多くの敵を殺した男だ。遅れは取らない。
だが、前述のように"銀貨"には――容赦がない。
彼女たちが本気で誰かを殺そうとすれば、それこそ一般市民の犠牲も厭わずねぐらに火でもつけられている。
少なくとも、こんな決闘のような真似などするわけもない。
- 147 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/20(日) 22:13:48.21 0
- >「だから……いいじゃないですか。零時回廊は取り返せて、でもユーディ・アヴェンジャーは見つからなくて。
ここにいたのはウィット・メリケインっていう、暗殺者にはまるで見えない、優しい人だった。
それでいいじゃないですか。なのに、なんで……なんであなたは、むざむざ死のうとするんですか……」
>「私には……分かりません。教えて下さいよ……ウィットさん」
絞りだすようなマロンの問いに、不意にウィットは気付いてしまう。
なんだ、そんなことか。目の前の女にまつわる諸々の疑問が、火にくべられたバターのようにするすると解け出していく。
問題の表面ばかりを見すぎていて、あまりにも簡単な本質が隠れてしまっていた。
マロン・シードルを定義するならば、長い言葉などいらない。こう言うだけで十分だ。
「――なんだ、お前。とんでもないお人好しだな」
背景が不明でも、胡散臭くても、敵対していても、――偽物でも。
そんな、彼女をとりまくあれやこれやの情報と同じだけの密度で、マロンは"良い奴"なのだ。
だから。
「お前はきっと、僕が死ななくても良い方法を全力で探してくれてるんだろうな」
だから、この『すごく良い奴』を、腐敗した汚泥のような陰謀の渦中に立ち入らせてはならない。
そう思った。
「だが言わせてもらうぞ――そんなものは、余計なお世話だ。
僕が本当は死にたくないのに、何らかの理由で死なざるを得ない立場に立たされているとか、
そういう事情があるんじゃないかとお前は推測しているのかも知れないが、だとすればそれは大きな見当違いだ」
マロンを、ウィットたちの居る場所へ踏み込ませたくない。
お人好しの、お節介を、殺さず追い返す手段があるとすればそれは――『明確な拒絶』だ。
マロンの問いに、徹底的な拒絶で応えること。両者の主張を平行線に保てば、必ずどちらかが折れることになる。
待つのは得意だ。マロンが折れて匙を投げるのを、夜明けまでひたすら待てばいいだけのこと――
「――例えばお前は、何のために生きている?その命で、人生で、やりたいことがあるからだろ。
たった60だか、70年ぐらいの時間を費やして、死ぬまでにやっておくべきことをやるために、毎日生きてるんだろ。
僕とヴィエル卿はこう思ったさ。――じゃあ、やりたいこと全部やり切ったなら、別に死んでもいいよな、と」
ウィットは血の筋を残す右手で、左腕のないマロンを指す。
このタニングラードの問題点を早々に見抜き、そして現実的な改善プランを打ち立てられた知恵者。
彼女に出会った時点で、それこそウィットの抱えていた課題は、殆どが解決を約束されたようなものだった。
「――僕はもうやりたいこと全部やったから、死んだっていいんだよ!!」
それで良い。
あとはマロンと、それからこの一月のうちに鍛え上げた路地裏の子供たちがウィットの遺志を継いでくれる。
とくにフラウはあと二三年もすれば、きっと良いハンターになる。
マロンの構想する『新聞社』と『学校』の設立にあたって、ウィット以上の仕事をしてくれることだろう。
思い残すことはもう、ない。
(死ななきゃならないわけじゃない。もう死んでも構わないってだけだ。
だが――だからこそ、この平行線を交わらせるのは至難だぞ、マロン・シードル……!)
【マテリアの問答に乗る】
- 148 ::スイ ◇nulVwXAKKU[sage]:2012/05/22(火) 19:49:42.22 0
- >「! やつら、魔術を使おうとしてやがるぞ。この嵐の中から、仕掛けてくるか――!? 」
フラウの叫びを聞いて、スイの顔が強張った。
今は、この風に神経の殆どを使っている。この状態で攻撃をしかけられれば、恐らくスイが避けるのは不可能に近いだろう。
横目でノイファの臨戦態勢の姿を確認し、スイはもう僅かにだが、風の勢いを強めた。
>「! やつら、魔術を使おうとしてやがるぞ。この嵐の中から、仕掛けてくるか――!? 」
「ぶわっぷ!」
フラウの言葉の一瞬後に、大量の水が頭上から降ってきて、思わずスイは奇声を上げる。
集中力が欠け、風が乱れ、うねった。
>「なっ、んですかこれ……しょっぱい?」
「濡れるの何回目だ…」
スイは呆然と呟きつつ、犬のように体を振って水を振り落とす。
乱れた風をもう一度整えようとしたところで、フラウの叫びが再び響いた。
>「掠っただけでもヤバいのが、来るぞぉぉぉぉおおおおっ!!」
反射的に顔を上げれば、迫る雷。
恐ろしい速度で迫るそれを、物理的には回避できても、雷は恐らく直撃するであろう。
それ故に、スイの脳内では、次に回避する術を、すぐには叩き出せないでいた。
しかし、目の前に広がった光景は予想と違った。
ノイファが何らかの術式を施したのだろうか、スイやフラウに雷が及ぶこと無く、雷は留まっている。
後は、それを支えるものが飛来してくる可能性が高い。
スイはフラウの服の裾を掴み、風の力を少しだけ加えて彼女を部屋の隅へと投げ飛ばし、自身は伏せた。
「いいか!お前は絶対にそこを動くなよ!!」
ノイファが避けた物体を、風の力で軌道を逸らし、フラウとは反対方向の壁へと向かわせる。
凄まじい轟音が響く中、ノイファが膝を折る姿を見て慌てて駆け寄った。
「大丈夫か?」
>「スイ……さん――」
>「――相手は……おそらく、クローディア……さん……です。」
>「もしそうなら……、交渉次第で……戦闘を回避できるかも……しれません。」
「分かった。交渉術はあまり持ち合わせていないが、努力はしてみる。」
ノイファの情報に感謝をこめて頷き、風を止めた。
風の中に現れたのは少女と、少年。
「そこの女性の方。あんたに話がある」
前に聞いた話だと、クローディアは硬貨による召喚術の持ち主らしいから、少年の方が今回の雷の魔術の持ち主だろうと当たりを付ける。
「先程の無礼は謝ろう。しかし、俺達はある任務がある。ここを襲ったのもそれが理由だ。」
少女の目を見つめたまま、スイは淡々と冷静に伝えていく。
交渉とも言えないようなものだが、これでもスイは必死だった。
しかし、クローディアはそれでは納得しないと考え、畳み掛けるようにスイは話した。
「あんた――もしこの場に、『零時回廊』がある、って言ったらどうする?」
【交渉開始】
- 149 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/23(水) 00:13:40.89 0
- "暴力"とは、一方的に弱者を虐げる行為であるか――?
ランゲンフェルトはこれに声を大にして異を唱える。
暴力、そしてそれにまつわる闘争は、彼にとっては、それでその日の糧を得る"経済活動"だ。
その暴力が保証するのが善であれ悪であれ、そこには必ず被暴力者たる弱者がいる。
護るための力の影には、護られる側の弱者が居て。
虐げるための力の影には、やはり虐げられる弱者が居る。
驚く無かれ、"力"という概念そのものこそが、実は弱者に依存しなければ成立し得ないのだ。
だから、ランゲンフェルトは弱者を軽んじない。
彼が糊口を凌ぐためには不可欠なその存在に、それこそ日々の糧への感謝と同じ眼差しで見つめるのである。
弱者よ、弱く在ってくれてありがとう――と。
『箒』や『騎竜』で空を駆けたことのある者ならば、誰でも経験則で知っている、絶対的な空のルールがひとつある。
空では、速くて高いところにいる者が必ず有利――空戦エネルギーと呼ばれる理論である。
速度を上げるには高度を犠牲にせざるを得ず、その逆もまた然り。両者はトレードオフの関係にある。
故に速ければ速いほど、高ければ高いほどに空での行動の自由度は増え、相手よりも速く高ければ畢竟有利になる。
(そして現状、速さも!高さも!私の方が確実に上回っている――!)
当然といえば当然、片やドリスによって上空へ投げられた、言わば人力による投射の限界。
対するこちらはゴーレムの巨大質量と反発術式を組み合わせた、まさに投石機による投擲。
こうして後から空を追ったランゲンフェルトがすぐに追いついたことからわかるように、彼の有するエネルギーは絶大だ。
両者の運動性能の差は歴然、さながら旧世代の浮遊式箒と新世代の飛翔式箒の争いのようなものである。
じきに重力に絡め取られるであろうファミアの、後塵を拝する要素など何一つとしてあるはずがなかった。
だが、何事にも例外は存在する。
「白――!?」
超高速で空を登り続けるランゲンフェルトの口から漏れたのは、前方にて夜空に咲いた花の色。
先行するファミアが惜しげなく開いた、スカートの中の色。
そして彼女は、面積を広げた布で空気抵抗を一気に受け失速した。
「馬鹿な、自分から速度を捨てて――っ!?」
さながら風に翻弄される帆船だ。
空戦エネルギーの一端を担う、貴重な"速度"という力を自ら放棄し、ファミアは木の葉のように舞う。
「もらった――!」
ランゲンフェルトは蟻地獄の大顎の如く開いた両腕で、ファミアの肢体を掴みとらんと手を伸ばす。
未だ高速を維持する彼と、風に阻まれ失速するファミア、月夜に浮かぶ二つの影が交差する!
邂逅は一瞬。
- 150 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/23(水) 00:14:28.55 0
- 「――何ィィィィィィッ!?」
そして彼らは、『すれ違った』。
反発術式を用い、入念に入射角を調整したはずのランゲンフェルトの強襲は、皮一枚のところで空を切る。
ファミアの、風に身を委ねる動きが、彼女をランゲンフェルトの射線から巧みに逃したのだ。
「あえて風を受け失速することで、保有エネルギーの差を覆した!? 空での自由を捨て、墜落する危険を孕みながらも!
この状況、この土壇場でこのような判断が出来るのですか、貴女は――!!」
最高速の運動エネルギーも、こうなってしまってはランゲンフェルトを空へ縛り付ける鎖でしかない。
彼は背広の前を開き、ファミアがそうしたように空気抵抗を最大にして、どうにか上昇にブレーキをかける。
重力と慣性の釣り合った、一瞬の空中静止。その間に見下ろしたランゲンフェルトの視線の先では、既に少女の姿はない。
かわりに直下の屋敷の屋根、そこから生えた煙突に真新しい人間大の穴が開いていた。
(煙突から屋敷の中へ――追跡対策か!)
こうなってはもう、彼にファミアを追うことはできない。地上まで戻る時間で、痕跡などいくらでも消せる。
名刺を足元で反発させ、階段を一歩一歩下るように弾み落ちるランゲンフェルトは、高高度の寒気に頭を冷やし思考する。
五日前の馬車の一件といい、逃げに関しては、驚くほど頭の回る少女だ。咄嗟の判断力も申し分ない。
頭に血が登っていたとはいえ、追跡戦闘のプロである自分を出し抜くほどだ、少なくとも箱入り娘ということはないだろう。
(きっと毎日が地獄だったはず……これほどまでに悪意に鋭く、危険に敏くなるには、相当に過酷な日々だったはずです。
日常的に命を狙われ続けていたからこそ、『逃げの行動力』に特化せざるを得なかったのでしょう)
察するに哀れ余りある生い立ちだ。ランゲンフェルトの双眸はまたしても充血した。
どうにもあの日、馬車に乱入してきた金髪の少年から目突きを食らって以来、涙もろくなってしまったように思う。
可哀想なファミアさん(妄想)、これからは共に困難に立ち向かっていこう、そう決意を新たにした。
「さて、地上ではそろそろドリス女史とゴーレムの決着がついている頃でしょうか」
ドリスの戦闘能力については、まあ、見た感じでわかる。
問題はそれがゴーレム相手に通じるかどうかだ。武装がないとはいえ、高質量の傀儡重機と人間では力比べにもならない。
己よりも巨大で強い者に立ち向かうには、強力な武器が要る。
タニングラードでは絶対に手に入れること叶わない、相応の巨大さと威力を持った武器が――
>「・・・・・・っ!」
はるか上空からドリスとゴーレムの戦いを見下ろしていたランゲンフェルトには、"それ"はまさしく巨大な投擲武器に見えた。
ドリスがどこからともなく取り出して、背中越しにゴーレムへ投げつけたように見えたのだ。
そしてそれは事実、武器としての役目を果たす。ゴーレムの持つ倒木を、まるで鋸でも使ったかのように一瞬で切断したのだ。
「あんな切れ味を持つ物体が、この街に持ち込まれていいはずが――」
ランゲンフェルトはそこで言葉を失った。空中で呆気にとられた。
よくよく見ればその、切断力を持った投擲武器は、高速で回転するファミア(!?)だったのだ!
ゴーレムの操縦基へと迫るファミアは、搭乗者の眼鏡女に――これまたどういう手品を使ったのか、『打ち返された』。
高速の回転力を保ったまま、上空へ向けて弾かれたファミアは、真っ直ぐこちらへと飛んできた。
- 151 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/23(水) 00:14:44.60 0
- 「くっ!?」
ネクタイを再び解き、硬化させて一本の槍を作り出す。
盾にするように構えると、ファミア(回)はそこへ激突し、ギュリリリリ!と歯車の狂うような音と火花を立てて噛み付いた。
数瞬、そうして睨み合ったのち、力負けしたランゲンフェルトはファミアに弾き飛ばされ、夜空に放物線を描いた。
ファミアは再び回転しながら空を駆け、ずっと向こうまで行ったかと思うと、どういう原理か回転飛翔しながら戻ってくる。
冷や汗がぶわりと額を滝にして、ランゲンフェルトは笑った。
「ふふ……"誘拐"ばかりしていて、"戦闘"のセンスが鈍ってしまっていたようですね……
命の危険を感じたのは、本当に久しぶりです。これが、『弱者の目線』というものですか――!」
ゆっくりと重力に引っ張られながら、己の不甲斐なさに苦笑する。
黒組の頭領にして、随一の武闘派であったはずの自分が、いつの間にか暴力を振るうことに武闘を感じなくなっていた。
ただの"狩り"。生きるために強者が弱者に力を翳す、最も原始的な経済活動――
そうじゃなかったはずだ。戦いとは、こんな効率化された作業によるものではなかったはずだ。
法という名の絶制を廃したこの街で、犯罪者はそれこそ最強の存在だった。市民に対しては、絶対の強者でしかなかった。
胡座をかいた上から目線は、時に物事の本質を曇らせる。同様に、強者という立場にかまけた彼は、久しく戦闘の感覚を忘れていた。
「立ってみますか、『弱者の立場』に――! 貴女と同じ目線で、同じ景色を見るために、ファミアさん!」
ランゲンフェルトは虚空へと踏み出した。感覚を研ぎ澄ませ、革靴越しに伝わる夜風の感触を捉える。
魔術とは、魔力を意志によって操り現象を起こす魔法だ。術式など、指向性を簡便にする補助の役割でしかない。
己の魔力を完璧自在に操れるのであれば、術式などなくても魔術は使えるのだ。
魔術を学問として修めた魔術師が、実務の果てに至ることのできる境地に、いまのランゲンフェルトは立っていた。
彼こそは、遺才さえ発現しなかったものの、その類まれなる戦闘センスでかつて盗賊団の百人長を務めた男。
世界は、天才だけのものではない。
「おおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ランゲンフェルトは靴に刻んだ『反発』の術式をその場で書き換え、靴裏で感じた"風"に魔術を発動する。
名刺のように反発術同士の弾き合いではなく、自然に存在する風に対して反発するという、曖昧な対象指定。
一瞬ごとに形を変える反発対象を、リアルタイムで指定し続けるという、常軌を逸した精密な術式操作。
それら全てを満たした先に実現するのは――何もないはずの空中を蹴って進む、ランゲンフェルトの疾走である。
「――さあ、理解し合おうではありませんか!」
ランゲンフェルトは宙を文字通り二本の足で駆け、回転しながら突っ込んでくるファミアへと応じるように肉迫。
硬化ネクタイの槍の下端を握り、逆袈裟から斬り上げる軌道で叩きこむ――!
【空中疾走。硬化したネクタイで回転するファミアに攻撃】
- 152 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/05/24(木) 05:45:14.13 0
- >「――なんだ、お前。とんでもないお人好しだな」
不意に零れたウィットの呟きに、マテリアの思考が一瞬止まった。
戦闘の最中、どうすればウィットを死なせずに済むのか必死に模索している最中に。
それくらい、彼女にとってウィットの言葉は予想外だった。
>「お前はきっと、僕が死ななくても良い方法を全力で探してくれてるんだろうな」
「……当たり前じゃないですか」
それから心の中だけで続ける。
(けど、お人好しっていうのは……間違ってますよ、ウィットさん)
>「だが言わせてもらうぞ――そんなものは、余計なお世話だ。
僕が本当は死にたくないのに、何らかの理由で死なざるを得ない立場に立たされているとか、
そういう事情があるんじゃないかとお前は推測しているのかも知れないが、だとすればそれは大きな見当違いだ」
>「――例えばお前は、何のために生きている?その命で、人生で、やりたいことがあるからだろ。
たった60だか、70年ぐらいの時間を費やして、死ぬまでにやっておくべきことをやるために、毎日生きてるんだろ。
僕とヴィエル卿はこう思ったさ。――じゃあ、やりたいこと全部やり切ったなら、別に死んでもいいよな、と」
>「――僕はもうやりたいこと全部やったから、死んだっていいんだよ!!」
それは――形は少し違ったが、マテリアが頭の中に並べていた可能性の一つだった。
ウィットが自ら死を望んでいる。「帝国の礎になって」という言葉を聞いた瞬間に、その可能性は考えていた。
(だとしても……知った事じゃありません!私は……)
だから自分はお人好しなんかじゃない。
マテリアはウィットに対する思いと同じくらいに、その事に確信を持っていた。
ウィットが仮に己の意思で、帝国の為に死にたいと思っていたとしても、自分はそれを阻止すると決めていたのだから。
「それでも私は!あなたに死んで欲しくないんです!」
声を張り上げる。ウィットの声に負けないくらいに。
「やりたい事なんて……それを自分が全部済ませたかなんて、分かる訳ないじゃないですか。
私は……この街に来るまで、白組の事なんかこれっぽっちも知りませんでした。
この街で始めて飲んだお酒や、食べた物もあります。
それに……あなたと出会ったのもほんの五日前で、あなたを知ったのは……つい今さっきの事です」
口を動かす傍らに、耳を澄ます。
言葉よりも遥かに確実に、ウィットを止める手段を用いる為に。
マテリアは人体実験によって、平時でも聴覚が常人より鋭敏化されている。
故にこの状況で、ウィットの呼吸や、僅かな身動ぎによる衣擦れの音を聞く事が出来た。
「生きていれば、明日になったら、またやりたい事が見つかるかもしれないじゃないですか!
例えば……あなたが助けた、あの子供達だって!あの子達が成長して、いつか思い悩んだり、壁にぶつかったり、
そうなった時に、あなたがいてあげなくてどうするんですか!
いえ、それ以上に……傍にいてあげたいと、思わないんですか!?」
しかし、強行手段に出る事を考えていながらも、マテリアの言葉は全て本心からのものだった。
とにかく、彼女はもうなりふり構っていられないのだ。
冷静を努めてはいても、その下敷きにはウィットが告げた事への大きなショックがあるのだから。
- 153 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/05/24(木) 05:46:53.57 0
- 「それに、それに!あなた、あの時言いましたよね!
美味しいワインとチーズを持って、私の部屋に来てくれるって!
私、その約束まだ果たしてもらってませんよ!ていうかこの五日間、ずっと白組の事調べてましたし!
でもどーせ来てなんかいないんでしょう!あなたの事ですから、大方私と同じで今日の下準備してたか、
そうじゃなかったら行こうか行くまいか悩んでる内に日が暮れてたとかですよ!そうに決まってます!」
右手の人差し指でウィットを差し返して、そう叫んだ。
それから数秒の沈黙――自分が駄々っ子みたいな事を言っているのに気付いた。
頬が僅かに熱を帯びる。瞬きの回数が途端に増えて、視線が揺れ動く。
「と、とにかく!私との約束をすっぽかして死ぬなんて、絶対許しませんからね!
あなたは私と一緒にお酒を飲んで、そしたら今度は次の約束をするんです!その次も!そのまた次も!
生きていれば、やりたい事なんて幾らでも見つけられるんだって事を、私が教えてあげます!」
言うと同時、腕を下ろす。
言いたい事は全て吐き出したと言わんばかりに体の力を抜いた。
戦闘態勢を解いたのではない。むしろマテリアの格闘術は脱力こそを基本原理とする。
密偵としての技能は何一つ教えてくれなかった母が、唯一教えてくれた芸能【カグラ】。
それはとある民族に伝わる舞踊であり、舞の動きをもって情報を伝達する為の密偵術であり――非力な女が使う事を前提とした武術だった。
体の捻転と足捌きによって腕に体当たりの要領で体重を乗せ、
脱力による波のような打撃で衝撃を相手に深く浸透させる。
帝国やその周辺諸国よりかは、大清国に通じる武術だ。
「――その為なら私は、どんな手段だって厭わない」
言葉と共に、仕掛ける。
脱力状態から前のめりに倒れ込むように距離を詰める――無拍子。
呼吸音を聞き取り、ウィットが息を吸い込む瞬間に間合いへ。
弧を描くように腕を振るう。狙いは側頭部――だけではない。
右手が消されたのなら前腕で殴り抜く。
前腕が消されたのなら肘で、腕ごと消されたのなら肩で鳩尾に体当たりを。
それすら叶わないのならせめて踏み込んだ右足で、ウィットの足を踏み抜いてやる。
少しは、スティレットや他の仲間がウィットを止めてくれる可能性が上がるだろう。
まさしく何をしてでも、マテリアは彼を止めるつもりでいた。
【いつも遅くなってすみません】
- 154 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/05/25(金) 00:21:59.80 0
- 最初の衝撃。
ほんの少しのあいだ空転する感覚。
それから、前進。
二度目の衝撃。
浮遊感。
それが、ダニーに衝突してからセフィリアのスイングで下っ面をこすられて
夜空にアーチを描くまでに、ファミアが感じた全てでした。
そして直後、三度目の衝撃。
ランゲンフェルトとの再度の邂逅の結果ですが、
周囲が一切見えない状態なので当然ファミアには何が起きているのか全く判別できません。
(なんとか切れないかな……このままだと……ちょっと……)
改めて拘束を断つことを試みますが、やはり力を入れた分だけ腸詰めが伸びて終わりでした。
いくら剛力を誇っていても手足を伸ばした範囲にしかそれは及びません。
体格の小ささは遺才でもどうしようもないものなのです。
しかし球体の表面を変形させる程度の影響は与えられました。
それにより変化した空気抵抗は横への円弧軌道をファミアにもたらします。
結果、三たびファミアはランゲンフェルトの元へ。
すれ違い続けた二人の道が、今、重なりあおうとしていました。
心理的には何一つ和していないままですが。
>「立ってみますか、『弱者の立場』に――! 貴女と同じ目線で、同じ景色を見るために、ファミアさん!」
回転しながら風を裂くファミアの耳では、ランゲンフェルトの声は途切れ途切れにしか拾えません。
(見えるのは自分の膝だけですぅ……)
いいかげん回転が悪影響を及ぼし始めた頭でそう考えて、それから事態の収集について脳を回転させます。
もちろん方策が立つ前に四度目の衝撃。
空を走ったランゲンフェルトの逆袈裟がファミアを少し押し上げました。
更に追撃。水平に振りぬかれた一撃がファミ団子を跳ね飛ばします。
そこから裏刃を使っての連撃。守りたいとか言う割に無慈悲な攻撃が次々と加えられます。
- 155 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/05/25(金) 00:22:44.77 0
- (ああ……これは本当に……もうだめ、かも……)
文字通り手玉に取られるファミア。
立て続けの衝撃に揺さぶられる脳裏に明確な諦めが浮かんだその時、
別種の力が肚を貫き、ランゲンフェルトの驚愕する声が聞こえました。
もしファミアが顔を上げることができたなら、舞い散る紙とそこに刻まれた術式の記述を見ることができたでしょう。
そう、ランゲンフェルトがばらまいた名刺です。
上昇時にも降下時にも相当数使用されたそれが、風やお互いの反発によってこの空域に漂っているのでした。
ファミアはその一つに接触し、弾き飛ばされたのです。
弾き返されたファミアを、ランゲンフェルトは空を踏みしめて受け流しました。
しかし偏向した先にまたも名刺が。術式の反発力で再び突進、再びパリイ。
真上に跳ね上げられて、そこにも名刺。
衝突。反発。衝突。反発
一枚ごとの反発力はそれほどのものではありませんが、
短いスパンで打ち返され続けるうちに速度が増幅され、それにともなって威力も高まっていきます。
空を駆け撞球のように跳躍を繰り返し着実にダメージを蓄積させていくファミア。
そしてついに、拒み続けていたランゲンフェルトの胸へ最高速で光の尾を引きながら飛び込みました。
そのままもろともに地表へ向けて落下してゆきます。
ちなみに光っていたのは腸詰めの間から吹き出した吐瀉物が、月明かりを照り返していたものです。
セフィリアに流し打たれた時点でそうとう危なかったので、むしろよく持ったと言えるでしょう。
先ほどの厨房でつまみ食いなどしていなくてまったく何よりでしたね。
【ヘドを吐き散らかしつつ回転しながら失神】
- 156 ::ダニー ◇/LWSXHlfE2[sage]:2012/05/28(月) 17:07:46.39 0
- ズキズキと得も言われぬ鈍痛がダニーの背中を襲っていた。
腰ではない。背骨だ。腰だったらもう少し厄介な、いや、後々のことを考えれば致命的なことに
なっていたかも知れない。水泳の競技者でなくて本当に良かったと彼女は内心でそう思った。
ダニーは地面に横たわった状態から身を起こそうと体に力を入れようとした瞬間、
皮が皮を引っ叩くような乾いた音を聞いた。先ほどの謎の物体がゴーレムの操縦櫃を
潰したにしては随分と音が軽い。セフィリアにファミアが直撃すると思っていた彼女は
背けていた顔をもう一度ゴーレムの操縦者へと向けることとなった。
(・・・・・・)
奇跡か、と彼女は思った。それだけセフィリアの生存が信じられなかったのだ。
反面、その矛先がこちらに飛んで来なくて命拾いしたのも事実。
ファミアがもう一度倒れているダニーに打ち付けられた気を失っていても不思議ではなかったのだから。
>>「先輩!私やりました!これがワンパサなんですね!先輩はあのとき、これが私にできると思って子の羽根を下さったのですね!」
はしゃぐセフィリアの手元をよく見ると羽根らしき物が握られている。あれが奇跡の正体だろうか、
ゴーレムから引きずり下ろしてもそれで直ぐ終わりという訳には行かなそうだと、
背中をさすりながら巨人はほくそ笑む。
>>「あとはあんた一人だ!尻尾を巻いて逃げ出すかい?飼い犬さんよぉ!」
言葉の通り既に辺りには遠巻きに見る者さえいない。ランゲンフェルトも今は空の彼方だ。
件の回転珍物質Fに引っ掻き回されて格好の悪いところを晒した為に、
相当低く見られてしまったようだと、ダニーは少し恥ずかしげに服の汚れを払いながら立ち上がった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
生憎その飼い主からお許しが出てなくてな、とダニー。
背中の打たれた場所に気を集中して摩りながら呼吸を整えて、ダメージを回復する。
鋭い切り傷や刺し傷と違い打撃は内側に響く上に痛みが残り神経を刺激する。
体力をこそぎ動きに制限をかけるだけに応急処置に念を入れる。
- 157 ::ダニー ◇/LWSXHlfE2[sage]:2012/05/28(月) 17:08:04.66 0
- 相手の「二刀流」が完成してしまい、距離の優位も取られては流石に辛い。
高さ、力、重さ、距離、全て相手に有れば普通は詰みと言っても差し支えない状況だが、
戦える以上は戦わなくてはならない。
相手の鼻っ柱もこれ見よがしに上を向いているのだ。折って土産に持たせてやりたいのが人情である。
ダニーは両手で両手をさすると、以前黒組の事務所でやったように手を氷で覆う。
氷の手袋は全体的にごつごつとした無骨なデザインだが、今回は先が熊の爪のように尖っている。
「・・・・・・」
さ、続きだ、とダニーは言う。氷のかぎ爪で庭木に対抗しようという考えだった。
氷菩提樹等の技が使えればまだ話は違ってくるが、そうはできない理由がある。
一つはどこで誰が見ているか分らないということ、気軽に戦えたウルタールと異なり
今の彼女は雇われの身、魔族が出ただの飼い主が誰だのという騒ぎは起こせない。故に変身はできない。
二つは変身できないから技の反動に耐えられないということ。
年中寒いタニングラードの夜は温度差によるエネルギーのロスを最小限にしてくれる、
しかしそのせいで技の威力が向上するか、それとも持続時間が長引くか、
いずれにせよその分増加する反動にダニーが耐えられない。
そして三つ目は
(・・・・・・・・・)
代えの服無ぇし。
という訳でこのまま挑むより他はない。
彼女は広い攻撃面積にも怖まず直進すると一太刀目を躱し、ニ撃目を防いではじき飛ばされた。
庭木のしなりに助けられつつ再度、ゴーレムの配線の見え隠れする足へと突っ込んでいく。
ダニーが隠す素振りさえ見せないので当然その狙いは相手に筒抜けなのだが、
それでも彼女は前進を止めない。
時に爪を立て、木を削りながら追いかけっこを続ける。
相手も棒立ちしてくれている訳がなく、手を動かしながら足も運び続けていた。
機敏な動きができるような機体ではなさそうだが、動くと動かないとでは天地程に差がある。
依然として近寄れないまま時間だけが経過していきー
>>「――さあ、理解し合おうではありませんか!」
- 158 ::ダニー ◇/LWSXHlfE2[sage]:2012/05/28(月) 17:08:26.70 0
- やがて後方の中空からランゲンフェルトが気勢いを吐くのが聞こえてきた。
残念ながら加勢してやれる余裕は彼女にない。
継続して接近のための挑戦と失敗を繰り返す間に彼らの戦いの決着が近づいてくる。
これまでの攻撃で「印象付け」ができたことを願いダニーは今一度セフィリアの正面へと
疾駆する。そして間合いのギリギリ手前で急停止をすると、その場で両足を交互に高々と振り上げる。
あたかもチアガールのように高く上げた足は何も履いてはいなかった。素足を晒していたのだ。
そして今度は青鎧の脚部へと放ったブーツへ向け、両手を虚空へと叩きつける。
「・・・!」
飛べ!と彼女は叫んだ。すると氷の鉤爪は手から振り抜かれて猛然と飛んでいくではないか、
言うなれば氷拳ならぬ飛拳。凍った手袋はそのままブーツを直撃するとそれで切っ掛けとなったのか
大きく炸裂し、ゴーレムの片足に無数の裂傷を刻み付ける。
先日ロンとランゲンフェルトの争いから、自分の物色したブーツにも同様の仕掛けがあるのではと、
ダニーは予めこの五日間に確認していたのだ。漸く片足にダメージを与えると、
続けざまにぶちかましをかける。
ブーツの為の突進と見せかけて、突進の為のブーツの為の突進だったのである。
軽装甲で用意されていたことが却って助けとなった形だ。配線の全てを断った訳ではないが、
機動力を減らすことには成功した。生物のように負傷した足を庇いながら動くような繊細な真似はできない筈だ。
とはいえ今までに散々あしらわれたことで息は乱れダニーの体にも青痣があちこちに出来ていた。
一発でもモロに食らえばどうなるか分らない。彼女はセフィリアの反撃にほうほうの態で離脱しようとした。
庭からランゲンフェルトの気配が消えていることに気付いたのはその時だ。さっきいた辺りにも姿はない。
(・・・・・・?)
やられたのか?と彼女は思った。もしそうならば戦況は2対1、上官は撃破され
辺りの状況からも撤収すべきであることは既に明白、潮時だ。
「・・・」
続けたいがな、と言うとため息を一つ吐き、ダニーはさっと屋敷内へ身を翻した。
持ち場を放棄することになるが、クローディアたちの様子もそろそろ確認しないといけないし、
庭の警備は瓦解したような有様でそれを咎める者も今となっては誰もいなかった。
勝利の為の機転は皮肉にもダニーの逃走を助ける方に働いたのだった。
【ゴーレムの片足にダメージを与えて撤収、ダニー裸足になる】
- 159 :ロン ◇1AmqjBfapI [sage]:2012/05/30(水) 23:42:26.84 0
- 「社長ッナイス!」
突風をお見舞いしてきたであろう、不埒者達に降り注いだ大量の謎の水。
僅かに漂ってきた磯の香りから、クローディアが召喚した物の正体を知り知れず拳を固く握りしめる。
海水は通常の水に比べ格段に電流を通しやすい。電流を扱うレエイ家ならば基本中の基本だ。
>「掠っただけでもヤバいのが、来るぞぉぉぉぉおおおおっ!!」
「もうオソいッ!!」
この時点でロンは、勝利を確信していた。父親ほどまでには遠く及ばないが、ロンとて強力な電流を扱う天才。
どれくらいの強さの電流をどれくらい相手に流すとどうなるか、手にとるように分かる。
だからこそ、目の前の光景には目を見張るしかなかった。
「ナッ……!」
耳を覆いたくなるような激しい音が響く。稲妻は、まるで見えない壁の側面に激突したように這い回る。
眩しさのあまりよく見えなかったが、三人居た。その内の一人が一瞬、体を捩らせる。
その数瞬後に強烈な風を感じ、敵の位置とは別の方向から轟音。
恐らく例の風使いが軌道を逸らすなりしたのだろう。壁が崩れ落ちる音が聞こえ、徐々に静寂が戻っていく。
その間、ロンは茫然自失していた。自分の攻撃がこんな形で失敗するとは思わなかったのだ。
「(相手を…………見くびっていた。……糞ッ、あと少しで……)」
クローディアにも聞こえそうな程に奥歯を噛み締める。風は既に止んでいた。
が、我に返った瞬間に現状を思い出し「そうだ降りなければ」思い至った。今の格好は傍から見ればかなり間抜けだ。
力づくで足を引っ張りだすと同時に身を翻らせ着地。アクロバティックに慣れていなさそうな社長が目を回してしまうかもしれないという配慮は無かった。
>「そこの女性の方。あんたに話がある」
「!」
土煙の向こうから何者かが現れる。ロンは警戒心を露わにしクローディアを隠すように立ちはだかる。
中世的な顔立ちをした宝石商らしき少年(推測)だ。一度、どこかで見たような気もする。何処だったか――
>「先程の無礼は謝ろう。しかし、俺達はある任務がある。ここを襲ったのもそれが理由だ。」
>「あんた――もしこの場に、『零時回廊』がある、って言ったらどうする?」
「……………………あーーーーっ!おマエ、このアイダサカバにいたヤツッ!?」
思い出すと同時に驚嘆のあまり叫ぶロン。先日、フィン達と共に向かった酒場の隅に目の前の少年が居た事を思い出したのだ。
この奇妙な出会い方は偶然ではない。そして依然として、彼等が敵であることに変わりはない。
「――何が任務だ!零時回廊が何だか俺には知ったことじゃないし、どんな目的であれ
クライアントや社長達の命を危機に晒した事実に変わりはないッ!俺はそれが許せんッ!」
ロンは何より怒っていた。そして極度の興奮と闘争心が全身に満ち溢れていた。
言うが早いが構える。闘うという意思表示。最早今のロンは松明をくくりつけられた大猪状態だ。
パン、と己の拳を掌で叩き、宝石商を見据えた。ふん縛りでもしない限り今にも特攻しそうである。
【敵を目の前に闘る気満々】
- 160 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/05/30(水) 23:42:46.37 0
- >「それでも私は!あなたに死んで欲しくないんです!」
ウィットの拒絶に、マロンは激情で応えた。
死んでもいいと言う者に、それでも死ぬなと、そう叫んだ。
>「生きていれば、明日になったら、またやりたい事が見つかるかもしれないじゃないですか!
例えば……あなたが助けた、あの子供達だって!あの子達が成長して、いつか思い悩んだり、壁にぶつかったり、
そうなった時に、あなたがいてあげなくてどうするんですか!いえ、それ以上に……傍にいてあげたいと、思わないんですか!?」
> あなたは私と一緒にお酒を飲んで、そしたら今度は次の約束をするんです!その次も!そのまた次も!
生きていれば、やりたい事なんて幾らでも見つけられるんだって事を、私が教えてあげます!」
>「――その為なら私は、どんな手段だって厭わない」
「そうか……そういえば、そんな約束もあったなあ!」
マロンが来る。ウィットがその場繋ぎに零した言葉を、真実に変えるために。
重力を蹴り出しの力に加算する、独特の体捌き――ウィットが見たこともない、鮮やかなそれ。
舞うように、しかし疾走よりも速く肉迫する。
(この期に及んで――多芸な女だな!)
特殊な体術なのだろう、ウィットは距離を維持するつもりでいるのに、しかし肉迫を赦してしまう。
ウィットの体捌きの"波"とでも言うべきものの隙を縫うようにして、マロンは足を滑らせ床を踏みしめる。
「生きていれば……か。そうとも、生きることは無限の可能性に満ちている」
右。
弧を描いてフレイルのような拳が飛んでくる。
ウィットは曲げた腕で側頭部をガード。打ちのめされるが、有効打にはならない。
触れたマロンの拳は、"しまう"ことができた――しかし、彼はそれをしない。
(両腕とも失ったとなれば、今度は何してくるかわかったもんじゃない!)
- 161 :名無しになりきれ[sage]:2012/05/30(水) 23:43:12.23 0
- こと近接格闘において、最も汎用性に満ち、操作が簡便で、威力も申し分ない武器とは――手と足だ。
逆説的に言えば、手と足が残っているうちは、手と足しか使ってこない。少なくとも、まともな人間は。
マロンがその例外に分類される"可能性"がないでもないが、戦闘様式から推測するに彼女もまともな部類だろう。
左腕は消されたが、右腕は残っている。しからばいま現在のように、右腕を主体にした攻撃を繰り出してくる。
右腕に"可能性"が偏っているために、ウィットにとってはむしろ両腕を消さないほうが動きを読みやすいのだ。
――『この女は両腕を失っても食らいついてくる』と、そういう恐れを抱いていた。
遺才を用い、圧倒的優位に立つはずのウィットがである。
「でもな、『無限の可能性』って言葉ほど怖いものはないと、僕は思うぞ。
"明日"に希望を抱けるのは、人生がまともに推移している奴だけ。食い扶持と未来を保証された一部の輩だけだ。
――僕もお前も、そういう側の人間なんかじゃ、ないはずだろう!」
遺才を用いぬ、普通の蹴りを、がら空きのマロンの膝に叩き込む。
もしもこれでバランスを崩せば、左腕を失い、右腕を使いっぱなしのマロンは、手をつくこともできないだろう。
「お前がどうして"子供たち"のことを知っているのか、きっと無意味な疑問だろうから、僕は聞かない」
マロンに仲間がいることは既に承知の事実だ。
その上で、フラウたちをウィットを脅すネタにだってできたはずなのに、マロンはそれをしない。
だから、無意味な疑問なのだ。考える必要のない、当たり前の事実として受け入れれば良い。
「会ってきたならわかるだろ……!
この街には、いわゆる"まとも"なんかもう残っちゃいない!あるのは、一般化された狂気だけだッ!
狂った街に魅入られて、最後にはその狂気で街を滅ぼす、大罪人は僕だけで良い。
あの娘たちの、これから始まる新しい人生に、僕という汚点は、いらない――いらないんだッ!」
ウィットは拳を握った。握り過ぎて血が滴るほど握って、手の甲が白くなる。
「約束、破って悪かったな。お前が天寿を全うしたら、あの世でディナーに呼んでやる……!」
どうせそんな気もないのに――ウィットはまた意味のない約束をして、拳をマロンへと落とした。
【おまたせしました。次ターンで決着を。倒してください】
- 162 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/05/30(水) 23:43:49.21 0
- >>161も私です
- 163 :名無しになりきれ[sage]:2012/05/31(木) 21:20:44.40 0
- hosy
- 164 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/06/04(月) 16:36:35.30 0
- >生憎その飼い主からお許しが出てなくてな
「こいつは涙ぐましい忠犬っぷりだぜ!」
圧倒的有利な状況から生まれる余裕が言葉に現れます
いえ、周りの警備が壊滅したいま、私の勝利と言い換えても差し支えはありません
しかし、私情ではダニーさんとの決着をつけたい
私自身はほぼ無傷、ゴーレムも装甲に傷がある程度
対するダニーさんは遠目にもダメージがあるように見えるます
万全の状態で戦いたかったなどとはいいません……
傷ついた彼女はまさに手負いの獅子、寒気と殺気で肌がひりつきます
「ふふ、そろそろ再開としようやぁ!」
あいもかわらず三流品の挑発です
すぐに彼女を襲えば私の勝ちは見えていたでしょう
ここで待ってしまいますのが、私の性なのでしょうか?
「さあ、あんたの遺才を見せてみろ!」
叫んだ時、すでに彼女の手には氷で作られた爪が生えていました
>さ、続きだ
「そうだな、こっちはウズウズしてるんだ!」
工事用のゴーレム、動きの速さより安定性とパワーを重視しています
この特徴は人と相手をするのには有利には働きません
一流を相手にするにはと頭につきますが……
彼女には数々の攻撃を仕掛けますが致命打を与えることができません
至近距離に近づかせはしませんが、なかなか……
上空の状況に気を配る余裕もありません
- 165 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/06/04(月) 16:37:22.70 0
- 声からさっするにあまり関わりたくありませんが
(先程から足ばかり狙うようですね
狙いは傷を受けたところでしょうか? いや、フェイク?)
あからさますぎる、狙いにむしろ別の狙いを感じてしまいます
と、考えた時には彼女が正面に相対します
特攻?そんなはずがない
しかし、彼女は正面から向かってくる、身構え、間合いに入るのは待ちます
彼女の体が間合いに入るとかんじた一瞬を狙い、丸太を振るう
「手応えがない……」
それもそのはず、彼女は足を空に放り投げ、靴を飛ばす
「靴?」
視線が一瞬、それに移る
猛然と向かってくる靴に意識を奪われ、爆裂しました
氷の手袋と衝突した靴が弾け、氷片が片足を傷つけ動きが鈍ります
「配線がやられた!」
伝達線がやられ、バランスがむちゃくちゃになります
立て直すのにいくらかの時間をようしましたがダニーさんからはそれ以上の攻撃はありません
「あれ?いない……」
庭にはうめき声を出す男たち以外にはいませんでした
「逃げられた……」
勝ったとはおもいません
むしろ助かったという気持ちが大きいです
空から降る、月明かりに照らされた雫がとても幻想的で勝利の余韻を感じさせました
少々酸っぱい匂いがする気もしますが、タニングラード特有のものでしょう
安心した私は深々と息を吐き、操縦櫃のシートに深々と沈み込みます
とりあえず私の任務は達成、あとは皆の撤退路をこのまま確保することにしましょう
それにしてもいささか疲れました
- 166 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/06/05(火) 05:49:09.48 0
- (捉えた――?)
手応えはあった。
しなりを利かせ、体重を多分に乗せた拳だ。
側頭部をまともに捉えれば、男女の体格差を踏まえても昏倒が狙える。
あくまでも、まともに捉えれば――だが。
(っ、駄目だ……読まれてた!)
ウィットはすんでの所で、マテリアの拳を腕で防御していた。
マテリアの状態が十全なら、ここから更に連撃へと繋げただろう。
だが今の彼女には左腕がない。
最短距離での追撃が行えず、選択肢は必然的に一つ――左脚による蹴りしかない。
>「でもな、『無限の可能性』って言葉ほど怖いものはないと、僕は思うぞ。
"明日"に希望を抱けるのは、人生がまともに推移している奴だけ。食い扶持と未来を保証された一部の輩だけだ。
――僕もお前も、そういう側の人間なんかじゃ、ないはずだろう!」
それも、読まれているに決まっていた。
上段への蹴りを放とうとしたマテリアの軸足に、ウィットが蹴りを繰り出す。
狙いは膝――軸足を崩されて、マテリアは受け身も取れぬままに倒れ込んだ。
「がっ……くっ……!」
衝撃に咳き込みながらもすぐに上体を起こし、床に手を突くが――遅い。
既にウィットはマテリアに追撃を加えられる状態にあった。動けない。
>「お前がどうして"子供たち"のことを知っているのか、きっと無意味な疑問だろうから、僕は聞かない」
追い詰められた。届かなかった。
殺さないように、必要以上に傷つけないようにと与えられただろう手加減すら利用して、それでも。
だが、それも当然といえば当然の事だ。相手は十戦鬼が一人、遁鬼――自分よりも遥かに優れた天才。
勝てる訳がない。何も分かっていないのは、無知なのは、自分の方だった。
彼女の心はもう、完膚なきまでに打ちのめされていた。
>「会ってきたならわかるだろ……!
この街には、いわゆる"まとも"なんかもう残っちゃいない!あるのは、一般化された狂気だけだッ!
狂った街に魅入られて、最後にはその狂気で街を滅ぼす、大罪人は僕だけで良い。
あの娘たちの、これから始まる新しい人生に、僕という汚点は、いらない――いらないんだッ!」
「……っ」
けれども続けて紡がれたウィットの言葉が、挫けた彼女の心に火を――怒りを灯す。
あの子達にとってウィットはきっと、英雄であり、教師であり、恩人――大切な人なのだ。
そんな自分を、軽々といらないだなんて言ってのけるウィットに、マテリアは激しい怒りを覚えた。
>「約束、破って悪かったな。お前が天寿を全うしたら、あの世でディナーに呼んでやる……!」
拳が迫る。
果たすつもりなどないだろう約束――マテリアの怒りに油が注がれた。
「なるほど……魅力的ですね!それ『も』!約束の内に加えておきますよ!」
跳ねるように立ち上がり、右手を突き上げる。
狙いは顎、足腰の力を余さず乗せた掌打ならまず意識を刈り取れる。
だが――遅い。不利な体勢からの一撃は間に合わず、ウィットの拳が先に届いた。
マテリアの頭部が激しく揺れる。反撃するどころか、むしろ自分から攻撃に飛び込む形になってしまった。
拳の叩き込まれた鼻から、脳に滲むような痛みが広がる。
- 167 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/06/05(火) 05:50:00.88 0
- 「痛っ……」
膝が震える。崩れ落ちそうになるのを、しかしマテリアはなんとか踏みとどまる事が出来た。
ウィットに勝てない事は、こうなる事は既に分かっていた。覚悟が出来ていた。
だから辛うじて堪えられたのだ。
「う……あ……」
それでも、長くは持ちそうにない。
よろめきながら一歩前へ――そして倒れ込む。無拍子によく似た動きだ。
ただし、最早マテリアは意識してそれを行った訳ではなく、また拳を振るう事も出来なかった。
単純に体から力が抜けて倒れた結果、予備動作のない動きになったというだけで。
マテリアの額がウィットの肩にぶつかる。
彼の体を支えにして、彼女はなんとか崩れ落ちるのを免れていた。
(これでいい……。演技でもなんでもなく……私はもう、動けない……。そうでなくちゃ、いけない……。
彼の中で、私が厄介な敵から……打ちのめされた弱者に変わる、この瞬間……。
この瞬間こそが、私に残された最後のチャンス……!)
顔を上げる。
ウィットの顔が今までにないくらい間近に見えた。
「流石に……女の子の顔にグーパンは……ひどいですよ、ウィットさん」
血が溢れてくる鼻を右手で抑える――口も同時に。
「けど、まぁ……安心して下さい。恨んだりは、しません」
手のひらの内側で笑みを浮かべる。
涙が滲んだ目を見開いて、しかとウィットの顔を見据えた。
「今から私も……痛い事、しますから」
息を吸い込み、魔力を練り上げ――遺才を発動する。
「ばんっ」
行うのは『拡声』ではない。
彼女の原点であり、最も得意とする術式――音声の自在操作だ。
本来なら無指向に拡散していく音を束ねて、放つ。
狙うは――ウィット・メリケインの耳だ。
この距離なら見える、狙える――しかと狙いを定め、撃ち込んだ。
収束された音の弾丸は彼の耳孔内で何度も乱反射して鼓膜を、三半規管を殴りつける。
拡声しただけの、一瞬限りの大音響とは訳が違う。
片耳だけでも三半規管を強く打撃すれば、人は平衡感覚を保てない。
マテリアが床を蹴った。もう突きを放つ力はない。
体を投げ出すようにして、全体重をかけてウィットを押し倒す。
そのままマウントポジションを取って、身動きを制した。
- 168 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/06/05(火) 05:54:04.68 0
- 「あなたは……臆病者だ……」
顔の血を袖で拭い、肩を上下させて荒んだ息を整えながら、マテリアは言葉を零した。
「臆病な上に……とんだ、卑怯者です」
声には怒りの色が滲んでいる。
卑怯だなどと、自分が言えた事ではないと分かっていた。
それでも、言わずにはいられなかった。
「あなたはきっと、恐れているんだ。あの子達に知られる事が。あの子達を失う事が。
あなたの過去が、あの子達を傷つけてしまわないか、怯えている……違いますか?」
彼女自身の言葉をきっかけに、マテリアは自分の母を思い出す。
何も教えてくれなかった母――それが自分を巻き込まない為だったのか、それとも単に情報の秘匿を徹底していただけなのかは分からない。
ただ一つ、確かな事は――
「だからと言って!あの子達からウィット・メリケインを……あの子達の大切な人を、奪っていい訳がないでしょう!
あなたは知らないんだ!考えた事もないんでしょう!
何も教えてもらえないまま置き去りにされた者が、何を思うのかなんて!」
自分は母がどんな人間だったとしても、傍にいて欲しかったという事だけだ。
母が死んだと告げられた後、感じたのは酷い虚しさだった。
亡骸もなく、たった一枚の銀貨だけが帰って来て、悲しもうにも母の死を実感出来ずに。
母の秘密を知れば、その空虚さを満たす事が出来るのか。
誰かを悲しみから救って幸せにすれば、自分も幸せになれるのか。
心に穿たれた空白を埋める術を探して、軍に入った。今の人生に迷い込んだ。
「親にはスラムに捨てられて、そのどん底から助け出してくれた恩人はどこかへ消えてしまって……。
間違いなく後の人生にまで尾を引きますね!そんな事になったら!えぇ、私が保証しますとも!
まともに推移していない、明日に希望も抱けない……そんな人生を、あの子達にまで歩ませるつもりですか!?」
マテリアは一度、スラム街の子供達を訪ねている。
ウィットがタニングラードに零時回廊を持ち込んだのだと知った後の事だ。
掃き溜めのような街並みの中で、しかし強く生きていた子供達――『おじさん』の事を話す時の僅かな声の弾みを思い出す。
あの子達に自分と同じ道を歩ませたくない。その理由は、決して良心だけとは言えないが、それでも。
「生きて下さい、ウィットさん。例え明日が怖くても……あの子達の為に。
あの子達には、あなたが、英雄が……明日をまっすぐに生きていこうと思える希望が、必要なんです。
いらないだなんて……そんな悲しい事、言っちゃ駄目ですよ。それに……」
路地裏の子供達は、白組を相手に盗みを働こうとした。
それはどうしようもなく命知らずで、いけない事ではあったが、それでも彼らはおじさんの為にそうしたのだ。
狂気に染まった街の最底辺にだって、大切な人の為の優しさはあった。だから、
「……この街にも、『まとも』はまだ残っていますよ。
あなたがあの子達に向けていて、あの子達があなたに向けている感情……それは、誰の心にだって残っている筈なんです。
ただ、狂気に塗り潰されて、忘れてしまっているだけで」
誰にだって、自分にとって大切な、守りたい人がいる筈だ。
英雄になりたかった青年や、帝国の命と正義を背負う男がそうであるように。
帝国史上最悪の裏切り者や、この街にのさばる誘拐組織の頭領にだって、守りたい人がいる。
だったら――
「この街の明日にだって、希望はあります。
だから……滅ぼすだなんて、駄目ですよ。勿体無いじゃないですか。
もっと上手にこの街を救う事が、絶対出来ます。出来ない訳がない。あなたと、私と……遊撃課なら」
【三半規管にダイレクトアタック→押し倒し→マウント取って説得】
- 169 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/10(日) 13:59:56.81 0
- ――ランゲンフェルトの敗因。
それは、最後の最後までファミアを『弱者』と信じて疑わなかったことにある。
「さあ!さあ!何も言語による対話だけが相互理解の手段と限られているわけではありません!
臨戦の最中に、凝縮された時間を共有する者たちの間では!時に言葉に依らずとも拳で分かり合えることがあると聞きます!」
この街でスポンサーを見つけ、定職を得るまでは、幾多の戦場を渡り歩いては戦いに明け暮れたランゲンフェルト。
彼はファミアとのコミュニケーションに、闘争による信念の衝突を選んだ。
年齢・性別・身分と実に乖離した二人の間には、下手に言葉を弄するよりもずっと平易で誠実な意志の伝え方だと彼は判断した。
硬直したネクタイは高速回転するファミアを傷つけこそしないが、確実にその回転の勢いを削ぐ。
もう五、六度も打ち込めば、彼女の顔が見えるぐらいには速度も緩まることだろう。
念信という技術が開発されるずっと前――便箋にしたためるのが主な遠隔コミュニケーションだった頃から、
しかし真に思いを伝え合うことができるのは、顔を合わせての対話に限ると言われてきた。
ランゲンフェルトも異論はない。ファミアがその回転によって耳目を閉ざすのであれば、こじ開けて言葉を叩き込むのみ。
「――なにッ!」
しかし、彼の目論見は大きく外れた。
空中に留まるために足場として散布していた名刺――その反発術式にファミアが引っ掛かり、反発力を得て加速したのだ。
己の有利になるよう戦場を組み上げるスタイルのランゲンフェルトは、それが逆手に取られたことに気付く。
「この私が、墓穴を!」
手ずから己の入る穴を掘ってしまった。
加速して迫るファミアを上段飛びで躱し、返す刃をスウェーで回避。
逃げ遅れた背広の裾が、音速突破でも破壊できなかったはずの最新式の防護服が、濡れた紙でも裂くように容易く切り取られた。
(なんという切れ味――!いや!それほどの回転を持ちながら、なんと精密な挙動操作!)
ほとんど前だって見えていないはずだ。
それなのに彼女はまるで予定調和のように進路上の名刺に乗っかり、反発してランゲンフェルトを襲う。
(まさか。先程速度を緩めたあの一瞬で、全ての名刺の配置を記憶したというのか――!?)
- 170 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/10(日) 14:00:13.66 0
- ファミアは、見えざる巨人にジャグリングされるように宙を跳ねまわっては、その度に加速する。
やがてそれはかつてドリスが打ち上げた時と同じだけのエネルギーを持つにあたり――
「がふぅッ!?」
――輝く雫の尾を曳いて、ついにランゲンフェルトの胴を捉えた。
陸戦ゴーレムのパンチをまともにうけたような衝撃が、彼の胃袋を抉り、肺腑を叩く。
(ですが――浅い!)
それでも彼は意識を保てていた。
空中であるがゆえに、ファミアの持つ運動エネルギーの大半は、彼の肉を叩くのではなく彼自身を吹っ飛ばすのに使われる。
ここはあえて吹っ飛ばされるのに任せ、距離を取りつつ運動エネルギーを殺しきって、体制を立て直すべきだ。
そう判断して、ランゲンフェルトは脱力した。
そして一瞬のち、己の身体が何か丈夫な縄のようなもので、ファミアにしっかりと括りつけられていることに気がついた。
「な――に――!?」
よく見ればそれは、今宵の晩餐会に供されるはずだった腸詰の束だった。
それが、何故だかここにあって、ファミアとランゲンフェルトを強固なまでに絡めとり、結びつけている。
ランゲンフェルトとファミア(肉)。彼らはお互いに重なりあいながら、高速で回転する飛翔体になった。
これでは吹っ飛ばされて勢いを殺すことができない。
そして背後には、館の外壁が迫っていた――
「ファミアさん、」
ランゲンフェルトは、びちゃびちゃと顔面に降ってくる謎の生暖かい液体に溺れながら、叫んだ。
「貴女、もしかして強――」
ランゲンフェルトの敗因。
それはきっと、当事者達が思うよりずっと単純な話。――ファミア(の運とか)が強かったという、それだけの。
大型の炸裂術式でも暴発させたかのような轟音が響き、モーゼル邸の壁の一部に大穴が穿たれた。
土埃をもうもうと吐き出す穴の奥で、腸詰と纏ったランゲンフェルトは、安らかな顔で建材の一部になった。
【勝利! ランゲンフェルト:腸詰に絡まってファミアごと壁に激突、再起不能――To Be Continued→】
- 171 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/10(日) 15:08:15.44 0
- ウィットは『取り返しの付かない後悔』を望まない。
だから、匣の中にある無限の可能性の、どれか一つを選びとることに病的な拒絶を見せる。
道を選んでしまったら、他の道はもうどうあっても進むことができない。
時間とは本来不可逆的に進行するものであり、取り返しのつかないものだからだ。
彼は、これまでいくつもの選択を保留し、その可能性を無限のままに保ってきた。
いつだって、好きな道を選べる。ならば、別に今すぐに選択しなきゃいけないわけじゃないだろう、と。
そうして十年が過ぎ、十五年が過ぎ、彼ははたと気付いた。
同世代に生まれた者たちは、既に定職についたり、所帯を持ったりしているのに、自分だけは十五年前となんら変わりないことに。
選択肢が無数に広がっているということは――つまるところ、その中のどれにも進んでいないということで。
広大な人生を一歩も進まないままに、ウィットは大人になってしまったのだった。
だからこの戦いは、彼にとって本当に『第二の人生』なのだ。
見過ごしてしまった無数の選択を、あらゆる未来を、今からでも取り戻すための、空しき戦いだった。
* * * * * *
>「なるほど……魅力的ですね!それ『も』!約束の内に加えておきますよ!」
打ち落としたウィットの拳に、マロンは真っ向から掌底を合わせてきた。
しかし彼女は元より左腕を失いバランスを崩した身、五体満足のウィットより重く打ち込める理由がない。
一瞬早く到達したウィットの一撃は、わざわざ飛び込んできてくれたマロンの鼻っ柱へ深く突き刺さった。
脳を揺らされたのか、マロンは最早立つこともままならず、ウィットの鳩尾に肩を深く預けるに至る。
(もう立つこともままならない、か――半身で、よくここまで)
彼女はうめき声を上げながら、俯いて、肩で息をしていた。
この距離で、無防備。容易く命を刈り取れる段になって、ウィットは何もせずにいた。
最早害意の欠片もないと、そう判断できた。もとより彼は、マロンを殺すつもりなど毛頭ない。
彼女には、これから始まる新しいタニングラードを精力的に運営してもらわなければ、困る。
「もう、いいだろう……?始めから、意味のない戦いだったんだ。
お前がどれだけグズったって、僕は死ぬ。これは変わらないよ。それ以外の一切の『可能性』を排除してきた」
ふと――顔を上げたマロンと、目が合った。
>「流石に……女の子の顔にグーパンは……ひどいですよ、ウィットさん」
鼻から蕩々と鮮血を流しながら、しかしその双眸に、ぎらぎらとした輝きを絶やさない。
ウィットは、背骨を氷で出来たそれに差し替えられたような気持ちになった。
- 172 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/10(日) 15:08:38.27 0
- >「けど、まぁ……安心して下さい。恨んだりは、しません」
>「今から私も……痛い事、しますから」
その口元は手で覆われている。
ここへきてようやくウィットの脳裏で、彼女が"力"を行使した瞬間の映像が繋がった。
そう、この"手"だ。筒を作った手を、いつも口元に当てて、彼女は奇抜多彩な声の数々を打ち込んできた。
来る。身構えるのは――ほんの少しだけ、遅かった。
>「ばんっ」
ギィン!とこれまで聞いたこともないような種類の、音量の、音質の、轟音が耳を貫いた。
それだけなら先程の不意打ちと大差はない。しかし、今回はそれだけじゃ済まなかった。
(音が……暴れまわって――!?)
乱反射だ。
外耳壁を根城に周辺を荒らしまわる音のギャングが、彼の頭蓋骨の中身を蹂躙していく。
世界が反転し、膝から力が抜けて、倒れこんだ。否、マロンに押し倒されたのだ。
両膝がウィットの横腹をがっちりと挟み込み、小ぶりの尻が彼の胃袋を下敷きにした。
>「あなたは……臆病者だ……」
動けない。
やられた。
>「臆病な上に……とんだ、卑怯者です」
降ってくる声には、確かな怒りの色が感じ取れる。
>「あなたはきっと、恐れているんだ。あの子達に知られる事が。あの子達を失う事が。
あなたの過去が、あの子達を傷つけてしまわないか、怯えている……違いますか?」
>「だからと言って!あの子達からウィット・メリケインを……あの子達の大切な人を、奪っていい訳がないでしょう!
「……ッ!」
言葉が、出なかった。腹を圧迫されているから、当然だ。
しかし、彼が本気でマロンを振りほどいて、声を荒げて反論をすれば、きっと彼女の正論を叩き潰すことができるだろう。
彼にはそれができなかった。ただ、声が出ないんだからしょうがないという、誰に向けてか分からない"言い訳"だけが、残った。
心のどこかに、マロンへ同調する声が、確かにあったのだ。
- 173 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/10(日) 15:08:53.41 0
- >「生きて下さい、ウィットさん。例え明日が怖くても……あの子達の為に。
あの子達には、あなたが、英雄が……明日をまっすぐに生きていこうと思える希望が、必要なんです。
だがそれを認めてしまうのは、齢30を超えたウィットにも、あまりに敷居の高いことであった。
まるで、子供たちを体の良い『生きる理由』――『死にたくない理由』にしているようで。
>「この街の明日にだって、希望はあります。
だから……滅ぼすだなんて、駄目ですよ。勿体無いじゃないですか。
もっと上手にこの街を救う事が、絶対出来ます。出来ない訳がない。あなたと、私と……遊撃課なら」
「できるのか……?」
ウィットは、かすれるような声で言った。
「僕が死ななくても、この街を滅ぼさなくても、ここに生きる人々を救うことが……できるのか」
虫の鳴くような問いに、きっとマロンならば陽光のような笑みでもって頷いてくれるだろう。
死のうと思っていた。それがきっと一番良いのだと信じていた。
しかし。
「くそっ……あれだけ自信満々に死ぬ死ぬ言ってたのに、他の方法が見えた途端に飛びつくとか……
死ぬほどカッコ悪いじゃないか」
ウィットの胸に、何かが生えた。
それは、彼がそこに"収納"した呪物、『零時回廊』――
そして、マロンが左手を見やれば、まったくの前兆なしに、彼女の左腕はそこに存在していることだろう。
「この街を頼む。奪われた彼らと――僕の未来を、取り戻してくれ」
ウィットは人よりも一回り大きい手のひらで双眸を覆った。
やがて手と顔の隙間から、静かに雫が弧を描いた。
【勝利! ウィットから『零時回廊』を入手】
- 174 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/10(日) 22:56:42.92 0
- 【クローディア】
>「もうオソいッ!!」
目も開けられないような暴風雨の中、嵐の向こうの三人組に向けて召喚した塩水は、どうやら無事に彼等を濡らしたようだ。
クローディアにできるのはここまで。あとは、彼女の部下の領分だ。
薄目を開けて見た先の、アッパー顔のロンが撃ち放った金貨――彼の日給と同額のそれが、閃光の槍となって駆け抜ける!
「勝ったッ!第三章完ッ!!」
指さして宣言するクローディアの目の前で、閃光が爆ぜた。
さながら見えざる壁にでも衝突したかのごとく、その向こうの三人を迂回するようにして壁へと伝播していく!
だが、本命は雷ではない。それが内包する金貨は、灼熱と音速を持って敵の肉を焼き焦がすだろう。
不可視の障壁を貫き、金貨が突入する。
>「ナッ……!」
そこから先は見えなくて、ただロンの驚愕だけが耳に飛び込んできた。
閃光の先、金貨が真っ先に食らいついた人影が、そのまま奥へと倒れこんだのだ。
「やった――!?」
否。金貨は、何も害せずに突き抜けてしまった。
紙一重で、人影は一撃を躱していたようだ。
それでも、塩水による導電は食らったらしく、外傷こそないものの倒れたまま起き上がってこない。
「いーわ、ドンドン撃ちなさいロン! 的はあと二つ、こっちの弾数もあとふたぁつッ! 一発一殺でいくわよーーっ!」
風が止み、板は落ち、彼我を隔てるものはなにもない。距離しかない。
そしてロンの持つ技は、その距離を容易く埋められるものだ。千載一遇の好機であった。
「ちょっと、なに黙ってんのよロン……わっ!?」
ロンは壁に突き立てた片足を器用に抜き、空中で一回転して地面に着地した。
抱えられたままのクローディアはたまったものではない。胃袋が反転し、あやうくクラッカーと再会するところだった。
ロンは次弾を撃たない。撃てないのではなく――警戒しているのだ。
前方には、3つの人影があった。一人は倒れ、一人は壁際で縮こまり、一人が倒れた仲間の傍でこちらを見ていた。
よく見覚えのある顔だった。
>「そこの女性の方。あんたに話がある」
五日前、酒場で娼婦と行動を共にしていた宝石商。遊撃課の構成員――
(んん?遊撃課?ってことは、まさか……いやそんな、まさか……ねえ……?)
物凄く嫌な汗が背筋を駆け抜けていった。
おもむろに倒れている方の人影を注視する。女性だ。その顔に、思いっきり見覚えがあった。
(いるしーーーーーーーっ!!)
ノイファ・アイレル――人呼んで、レイピア女。
まさに悪寒が示した通りの人物その人だった。嫌な予感、恐るべし。
いまはどうにも体調が優れないらしく床に伏したままであるが、前知識を踏まえてみるとどことなく雌伏の虎に見えないでもない。
あんまり調子に乗ると、確実に噛み殺されるだろう、そんな感じ。
- 175 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/10(日) 22:57:03.20 0
- >「先程の無礼は謝ろう。しかし、俺達はある任務がある。ここを襲ったのもそれが理由だ。」
宝石商は、そんなクローディアの心境をもちろん知らないのだろう、話を前に進ませる。
それに反応してかせずか、ロンまで頓狂な声を出した。
>「……………………あーーーーっ!おマエ、このアイダサカバにいたヤツッ!?」
「今、気付いたの!?」
突っ込みはさておき。
>「あんた――もしこの場に、『零時回廊』がある、って言ったらどうする?」
「れいじ、かいろう――?」
クローディアは暫しの間、呆けた。
もとより警備として起用され、オークションなど欠片も興味のなかった彼女の頭の中では、
この状況と突如出てきた零時回廊の名前とが、うまく繋がらなかったのだ。
「まさか――あるの、零時回廊が?この、『白組』のオークションに、出品されて……」
しかし、ならば全てに納得がいく。
物々しさを増すばかりの警備、会場の突然の消灯、外回りの警備員の殺害――強襲をかけにきた帝国の特務部隊。
不可解だった何もかもと、巻き込まれた不条理の全てが、『零時回廊』に収束しているのだとしたら――!
>「――何が任務だ!零時回廊が何だか俺には知ったことじゃないし、どんな目的であれ
クライアントや社長達の命を危機に晒した事実に変わりはないッ!俺はそれが許せんッ!」
怒りに猛るロンを、クローディアはしかし優しく手のひらで制した。
まるで自分のために吠えてくれる飼い犬を落ち着かせるような仕草で。
「どうする、って?決まってんじゃない。零時回廊なんて代物がこの会場にあるっていうなら――」
クローディアは、かつてと同じく獰猛に、笑った。
「――当然、いただくわ! あんたたちをぶぅぅぅぅっ潰してからねぇぇぇぇぇーーーッ!!!」
銀貨を二枚空中に放り、生み出されたクロスボウとレイピアを両手に構えた。
商人ならば誰でも一度は考えたことがある。かの『零時回廊』の如き特級呪物が手元にあれば、どんなビジネスができるだろう、と。
当然、そんなものは正規の商用ルートには乗せられない。裏社会に流してしまうのが最も手っ取り早いだろう。
だが、クローディアは考えるのだ。ただ売ってそれで終わりだなんてなんとも味気なく、大商人ギルゴールドの名が廃る。
零時回廊と、それに纏わる国際的・政治的な立場の危うさは、職業柄よく理解していた。
ならば、彼女の考える活用法はひとつ。
「『零時回廊』があれば、"国"相手に喧嘩が売れるじゃないのよぅ!」
売るのは商品ではなく――喧嘩だ。
零時回廊と言う名の『抑止力』は、つまりそれを所有する者を国家と対等の位置にのし上げる。
『対等に扱わねば零時回廊を暴発させるぞ』という暗黙の脅迫で、国家の膝を曲げさせることができるのだ!
- 176 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/10(日) 22:57:23.62 0
- 「自分の気持に素直になっていいわよ、ロン、あたしが許すッ!
あたしたちの命を脅かしたあいつらを!今日こそここで完膚なきまでに叩きのめすッ!!」
クローディアは購入されたばかりの、よく手入れの行き届いたクロスボウで、宝石商を狙った。
引き金に指をかけ、引き切る、その刹那――
「――聖術・攻性結界『盤面返し(レコンキスタ)』」
どこからともなく声が降ってきた。
キィン!と金管を弾いたような澄んだ金属音が響き、彼女を含むこの場の全ての人間の足元に正方形の方陣が描かれる。
びっくりしたクローディアが弩の引き金を引いた瞬間、新品のはずの弦が弾け、彼女の頬を浅く裂いた。
「っつう……!? そんな、あたしの遺才で買ったものは、掛け値なしの良品のはず……?」
見回せば、ロンや宝石商も同様に、己の遺才に牙を剥かれているようである。
ただ一人、床に伏すノイファだけは、どうなっているのかクローディアの位置からは様子がわからなかった。
そして体感で理解する。まるでこれは、絶対不可侵の特異体質たる遺才が、『反転』しているかの如き――
「……嘆かわしいことだ」
コツ、コツと軍靴の音を響かせて、一人の影が部屋に入ってきた。
カソック型の外套の下には、西方エルトラス連邦が制式採用している軍服。長く、硬質な銀髪は背後でひとつに結ってある。
女だ。長身にして痩躯、痩身にして麗躯の、細身だか決して虚弱な印象を受けない、存在感のある女。
左は空手。そして掲げられた右手には、銀の細工も美しい細身の杖――メイスが握られていた。
「実に嘆かわしいことだな。遺才とは、全て神のもと総人民によって共有されるべき財産だ。
だというのに、この国の連中ときたら、やれ天才だ、やれ化け物だと――独占するか排斥するかの、両極端だ。
何故、認め合わない?何故、その力を人々のために使おうとしない。……旧体制の奴隷共、が」
重く、しかし伸びのある声で、闖入者の女は朗々と零す。
切れ長の、しかし美しい灰色の二球の収まった双眸で、クローディア含むこの部屋の全ての者を見渡した。
「遊撃課・西方監査『遺才殺し』、アネクドート。今宵これより貴様ら国賊を粛清しに参った」
アネクドートと名乗った女は、カソックから光る何かを取り出した。十字架を象った懐剣だ。
武器の持ち込みがご法度のはずのこの国に、堂々と剣を持ち込んでいる――その違和に、クローディアが気づく前に。
アネクドートは懐剣を床に突き立てた。
「聖術・『天蓋の剣(ダモクレス)』」
魔法だ。それも、神に剣を捧げし神殿騎士の扱う『聖術』――!
直後、アネクドートを除く全ての者の頭上に、等しく剣が現れた。
切っ先を下にして生み出されし、魔力によって構成された剣。両刃のそれが頭上から降れば、大怪我では済まないだろう。
降ってきた。
【停戦交渉決裂、するも直後にアネクドート強襲。
全員に遺才や補助魔術が反転する結界をかけ、更に頭上から剣が降ってくる聖術発動】
- 177 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/11(月) 00:30:40.23 0
- 【庭園】
「ンッン~♪ ン~ン~ン~~~♪」
何もない空間に、ただ鼻唄だけが聞こえる。
邸内を行き交う警備の者たちは、お互いに同僚の鼻唄が聞こえてるものだと思って気にも留めない。
しかし、それは確かに、何もない空間から聞こえてくる鼻唄だった。
より正確を期するならば、『見えない何か』から発せられる音であった。
どうにもガードマンが時折連れて歩いている犬達にはそれが"見える"らしく、虚空へ向かって吠え立ててはガードマンを困惑させた。
そこが、ユーディ=アヴェンジャーの使う隠身術と明確に異なる部分であった。
ユーディは存在そのものを隠してしまう故に触れもしなければ聴こえもしないが、"それ"は確かにここに居るのだ。
「ン~ン~……おっと、失礼」
ドン、と大木のような何かにぶつかって、"それ"は反射的に謝罪した。
自分がいま他人に一切見えない状態であることを忘れ、声に出して謝罪した。
謝った相手は、まさに巨木と見まごう体躯を誇る、女だった。ドレスを着ているが、何故か裸足だ。
「……ワオ。このクソッタレ寒い屋外で裸足!パーティ会場から逃げ出してきたお姫様かな?」
一人ごとを野太い声で呟きながら、"それ"は先へ進む。
"それ"というか、ジョージ=リベリオンだった。彼は現在彼の持つさる技術によって不可視化し、邸宅内を闊歩しているのだ。
破れたドレスに裸足という、着る人が着れば確実に淫猥な事件を思い起こさせるような格好にも、一顧だにしない。
……もちろん、着る人が着れば、という括りにこの巨女が入っているかは別としてだ。
リベリオンは女性に興味がなかった。さりとて、男性に興味があるわけでもなかった。
彼が性的関心を示すのは――
やがて、不可視のままリベリオンは庭園に辿り着いた。
そこでは、鼻を突く酸臭と共につい今しがた魔族の下っ端とでも激戦を繰り広げたかの如き惨状が広がっていた。
植木は片っ端から引っこ抜かれ、窓硝子が破られ、極めつけに外壁に大きな穴が開いていてそこから腸詰がぶら下がっている。
そして――庭園のちょうど中央に、お目当ての品はあった。
「『ブルー・アーマー』! 現物を見るのは初めてだ!!」
ぶぉん、と。リベリオンはその身を覆っていた力場装甲を解除した。
陸戦ゴーレムに用いられるようなサイズのそれと異なり、物理的な防御力は皆無だが、可視光を反射することができる。
そこにいくつかの処理を加えてやれば、光学的な迷彩を実現することができた。
リベリオンがこの邸内を誰にも見つからず闊歩できた理由こそ、この迷彩装甲であった。
- 178 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/11(月) 00:30:55.09 0
- 「魔導技術で遅れをとる帝国企業製でありながら、現業用ゴーレムでは往時の名機と呼ばれたその具合、是非ここで確かめたい!」
リベリオンは駈け出し――その足裏から豪炎を吹き出して、宙を滑るように跳躍した。
軽やかに『青鎧』の眼前へと駆けつけると、操縦基の女には一瞥もくれず、紳士のように会釈をした。
が、すぐに両の指先をこすり合わせるようにして、もじもじしだした。
心なしか顔も赤く見える。
リベリオンのような偉丈夫が、内股で照れているのは、実に地獄のような光景だった。
「こ、こんばんは……良い夜だね。僕は帝都王立従士隊・実働部遊撃課南方監査、『論理傀儡』ジョージ=リベリオン。
突然だけど、第一印象から決めていました――僕と、合体してください!!」
リベリオンがポンチョ型の外套の前を開くと、胸のあたりから何かが飛び出した。
それは細く、長く……海棲種の魔物が用いる触手にも似ていたが、どこか生物とは遠い無機質さをもつ物体。
例えるならば、ゴーレムの背面配線の太い奴によく似ていた。
がしゅん、と音を立てて、操縦基のちょうど下側にある青鎧の魔導経絡制御ユニットに触手が挿入される。
「っくっ!つ、接続(つなが)るぅぅぅぅぅッ!!」
リベリオンが恍惚の表情で背筋を仰け反らせると同時、沈黙していた青鎧に再び灯が入る。
操縦基の女は、自分がまったくの操作をしていないのに、突如動き出した愛機に驚愕することだろう。
しかし、最早青鎧は彼女のものではなくなったのだ。リベリオンの強引な略奪愛によって――!!!
操作権を、奪われた。
半壊した脚部にかなり無理矢理な挙動を強いながら、青鎧は跳んだ。
突進の運動エネルギーを載せた拳は、真っ直ぐ邸宅を狙う。
もう三秒もしないうちに、かつて業界で輝く歴史を得た青鎧の豪腕が、モーゼル邸を文字通り叩き潰してしまうことだろう。
【ダニーにぶつかりつつリベリオン登場。 青鎧と合体して操縦を乗っ取り、屋敷を破壊せんと走りだす】
- 179 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/11(月) 23:54:17.65 0
- 重く、湿った雪の降る中。
素手で触れれば皮が張り付いてしまいそうなほど冷えたレンガに身を預けて、ボルトは肩で息をしていた。
心臓が早鐘を鳴らす度に、肺腑が酸素を求めて踊る。真綿みたいに真っ白な吐息が喉から漏れた。
(今日、この街に派遣された帝都からの密使……アヴェンジャーの暗殺チーム!
タニングラードの従士隊に送られてきた元老院の伝報には、『遊撃課の名前がなかった』!つまり――)
元老院は、タニングラードに送り込んでいるボルト達遊撃課を、"なかったこと"にしようとしている。
『汚職にまみれた現地の従士』の一員か、あるいは名も無き流れ者の一人として、粛清するつもりだ。
(後手に回り過ぎた……!
もとからおれたちを使い捨てにする気の元老院が、こういう強攻策に打って出てくることぐらい、予想できたはずだ)
こればかりは、己の想定ミスを呪う他ない。
頭では分かっていても、心のどこかで"上"を全面的に信用してしまうのは、社会人としての悪癖だろう。
それはボルトが、彼だけが遊撃課にあって唯一天才ではない"凡人"であり、真っ当な就業者であるが故だった。
彼は、未だに『まとも』を捨て切れない。無用の足枷でしかないとわかっていても、なお。
「……くそッ!」
彼は、少しだけ休んで息を整えると、また走り出した。
向かう先は、タニングラードの入門ゲート。つい先刻、フィンを送り出した場所。
情報が必要だった。強攻策をとるにも、決め手となった理由があるはずだ。
投入された暗殺部隊とやらにボルト自ら接触して、その如何を問えば、まだ突破口が残っているかもしれない。
――その結果、口封じのためにボルト自身が消される可能性すら、彼は受け入れて行動しなければならなかった。
夜更けの、昼通り。
一本横の通りは今をもって人々が行き交い盛況を極めているが、大通りをひとつずれるだけで嘘のように静寂だ。
タニングラードの特徴の一つだった。祭りのある通り以外――特に夜は、人っ子ひとりいなくなる、眠った街。
「!」
だが、彼の目の前に、一つだけ人影があった。
それは、積もる雪の中、そこに身体を埋めるようにして、倒れていた。
――否、倒れているのではない。這っているのだ。水泳でもしているみたいに、腕だけが弱々しくもがいている。
雪に濡れた石畳には、その這い人が身に付ける鮮やかな赤のマントが、まるで血溜まりのように広がっていた。
そしてボルトは、そのマントをよく覚えていた。
「お前――ハンプティか!?」
その人影こそ、彼が断腸の思いで帝都に送還した、フィン=ハンプティその人だった。
赤マントが血溜まりに錯覚させたと思ったが、それも違う。マントの下では、本当に血溜まりが形成されていた。
「帝都行きの馬車に乗ったはずじゃあ……いや、それよりも!お前、どうしたんだその傷、誰にやられた!?」
五日前の時点で既に満身創痍だったというのに、今のフィンたるやまさに虫の息であった。
四肢には大小様々な裂傷が刻まれ、極めつけに片腕が大きく貫通傷を受けている。まるで長剣でも突き刺したみたいだ。
雪に伏すフィンはこちらを見ない。が、靴先で人の存在を知ったらしく、伏したまま言葉を垂れ流した。
- 180 :GM ◆N/wTSkX0q6 :2012/06/11(月) 23:54:33.17 0
- >「なあ、そこのあんた……この羊皮紙を、ボルトって人に届けてくれ……。
……俺の仲間が、危ないんだ……ムカつく奴だけど、あいつなら、
これを使って、仲間を助ける方法を……見つけてくれる筈なんだ……だから……」
ぴし、と。そのとき、ボルトの心に何かが生まれた。
そすしてすぐにその正体がわかった。怒りだ。
今ここに倒れるボルトの部下は、彼の大切な部下は、どういうわけだか帝都に帰らず、満身創痍でここに居る。
だが、そんなことは大した問題じゃないのだ。
曲者ぞろいの遊撃課に、命令無視など当たり前で、戦闘職である以上死にかけるのだって納得づくだ。
「ふざっけんな……!!」
だから、ボルトの怒りはそんな『ささいな』ことにむけられたものではなかった。
フィンの左腕を掴み、引っ張り上げ、胸ぐらを掴んで面を上げさせる。
「仲間が大事なら、てめえで助けやがれッ……!
何があったかしらねえが、そこまでの傷を負って、死にそうになりながら、仲間を助け得る情報を持ってきたのは、お前だ。
最後の最後で、ぽっと出のおれなんかに、お前の仲間を助ける大仕事を放るんじゃねえ……!」
フィン=ハンプティは、諦めている。
満身創痍で、視界には色がなくて、片腕には感覚すらない、『たったそれだけの理由で』。
――仲間を護る『英雄』になるのを、諦めている。
「お前の状況は、まだ終了しちゃいない。てめえには死んでも英雄になってもらうぞフィン=ハンプティ!!
お前が、助けるんだ。このクソッタレな国の、クソッタレな陰謀に巻き込まれたおれたちを、救い出せ。
――そのための肩だったら、いくらでも貸してやるからよ」
フィンの左肩を自分の首に乗せ、背中を支えるようにして持ち上げる。
ボルトがフィンに肩を貸して立ち上がらせた形になった。
そのままずりずりと……フィンの靴先を石畳にこすりながら、ボルトは一歩ずつ進んでいく。
彼の部下――フィンの仲間達が未だ戦いを繰り広げている、モーゼル邸へ向けて。
「――ヴィッセン!」
進みながら、ボルトは叫んだ。虚空へ向けて――必ずその耳に捉えるであろう魔笛の担い手へ向けて。
「聞こえてるなら、可能な範囲で現場を放棄しおれの心音を追って合流しろ。
ハンプティが重傷だ、手当をするにも人出が要る……近くに手空きの課員がいたら連れてこい」
怪我の治療という観点では、ノイファを呼ぶのが最適だ。
しかし、念信器が届かない以上、目下彼が連絡をつけられるのは念信を必要としないマテリアだけだった。
そして、これから彼が行う作戦においても、マテリアの能力は不可欠のものとなる。
――フィンが握っていた羊皮紙。
そこには確かに元老院所属の書記官の筆跡で、タニングラード制圧の礼状がしたためられていた。
まず、辞令が正式に国家によって下されたものであることがわかった。
それだけなら単なる絶望の上乗せだが、早い段階で状況を明確に理解できたのはこの動乱の最中にあっては大きいアドバンテージだ。
「這いずり回るのはもうやめだ。地面を蹴るぞ――まずは、相対するために」
【ボルト:フィンと合流、羊皮紙を受け取る。マテリアの遺才だのみで救援を呼ぶ】
- 181 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/06/13(水) 23:50:28.28 0
- 視界が夕日の色で塗りつぶされていました。
強烈な光が閉じたまぶたを貫いて、血の色が透けているためでした。
それに気がついたファミアは恐る恐る目を開けてみます。
意外にも目を灼かれることはなく、普通に周囲を見ることができました。
果てもわからぬ白一色の地平に、同じ色の空、寒暖のない風。
首を巡らせても見えるものは変わりませんが不安は感じず、それどころかだんだんと気持ちが高揚していきます。
漠然とした確信と共に顔を上げると――
高みから伸びる光のきざはしの両脇に、輝く翼を持った存在が居並んでいました。
澄んだ歌とも楽の音とも判じかねるものが、微かでありながらも確かに鼓膜を震わせ、
ファミアは自分が涙を流しているのに気が付きました。
そして、今立っているこの場所こそ天国の門の前なのだと理解しました。
してみると自分は死んでしまったのだな、といささかの寂しさを覚える一方で、
楽園へ至ることへの歓喜は隠しようがありません。
きざはしの脇に侍する者の内から一人が滑るように進み出て、そんなファミアの前に降り立ちました。
近づいてみてようやくわかりましたが人の形を成していません。
その姿は翼を背負った多重の円のようで、体の全てから光を放っていました。
これが天の御遣いかと畏怖に打たれるファミアに向けて、顔なき天使はどこからか厳かな声を発します。
「くさい」
「えっ?」
ファミアの目の中にも頭上にもたくさんの疑問符が浮かびました。
「くさい」
「いや、あのっ……」
「くさい」
それからいきなり足元が無くなったような感覚がして、視界が暗転しました。
…
- 182 :ファミア ◆mCdqLO6Z6k [sage]:2012/06/13(水) 23:53:57.02 0
- 目を開けると切り取られた夜空が見えました。何かに上半身をもたせかけて横たわっているようです。
記憶をたどってみても、なぜこうなっているかが分かりません。
言うまでもなく、ランゲンフェルトもろとも壁に突っ込んで
ガラスや木材でようやく腸詰めが切れて回転から放り出された結果なのですが、
なにせ本人が意識を失っている間のことですから無理もないでしょう。
ファミアは体を起こしてあたりを見回し、位置や状況を確認します。
屋敷の外壁から入射して、いくつかの部屋を貫通してここにいるようです。
さらに視線を移すと、大きめのガラスの破片に映る自分の顔が見えました。
砂埃に汚れた頬の上に一筋、涙の跡が残っています。
涙の訳を考えてみたものの答えは見つからず、ただ酷い喪失感だけが小さな胸を埋めていました。
まあ、その理由が天使にくさいと言われたあげくパラダイスをロストしたことだなんて
知らないほうが確実に幸せというものでしょうけれど。
貴重な霊的体験を最悪の形で終えたファミアが立ち上がって埃を払っていると
>「っくっ!つ、接続(つなが)るぅぅぅぅぅッ!!」
なんだか気っ色悪い声が聞こえてきます。庭からのようでした。
窓をひょいと飛び越えてみると――
ゴーレムがステップを踏みながらまっすぐ突っ込んで来ました。
ファミアはとっさに下がってしまいました。最初の失態です。当然、背中が壁に当たります。
慌てて前進、二度目の失態。左右によければ済んだ話です。
意図的なのか暴走の結果なのかはわかりませんが、もはや機体の停止は間に合いそうもなく回避の余裕もなし。
ならば受け止めるしかないとファミアはさらに半歩前進。
ゴーレムに接触し、力を振り絞ります。
そして、一瞬で手首から先だけを出して綺麗に地面に埋まりました。第三の失態です。
ファミアはゴーレムと同等の力を出すことができます。
できるのですが、それと"取っ組み合いができる"ということは等号で結ばれません。
ゴーレムがその重量を支えられるのは十分な強度の足場と接地面積のおかげです。
それが二十数センチ×2の面積に集約されるとどうなるかが今まさに例示されました。
以前ゴーレムを放り投げた人もいましたが、それはそれ、これはこれです。
(……たすけてー)
さて、とりあえず声が出ないので手をぱたぱたさせて救助を求む意志を示してみましたが、
誰か気づいてくれるものでしょうか。
【埋蔵】
- 183 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/06/15(金) 22:01:52.33 0
- 全てを言い終えて、マテリアはウィットをじっと見つめた。
信じて欲しい、生きて欲しいという思いを、ただひたすらに伝える為に。
>「できるのか……?」
ウィットの呟き――マテリアが小さく息を飲む。
彼を見つめ続ける瞳に期待の色が浮かんだ。
>「僕が死ななくても、この街を滅ぼさなくても、ここに生きる人々を救うことが……できるのか」
胸の奥で湧き立った喜びのあまり、指先が、唇が微かに震える。目が潤んだ。
それでも強引に笑みを模る。そして深く、何度も頷いた。
>「くそっ……あれだけ自信満々に死ぬ死ぬ言ってたのに、他の方法が見えた途端に飛びつくとか……
死ぬほどカッコ悪いじゃないか」
マテリアが硬い笑顔を綻ばせて、意図せず小さな笑いを零した。
年不相応にそんな事を気にする彼が、どこかおかしく、可愛らしく思えて。
と、直後に、彼の胸から唐突に何かが生えた。
彼が遺才によってそこに収納していた物――零時回廊を、解放したのだ。
言葉にしてしまえばそれだけの事。
だが間近で見ていたマテリアにとっては、それは結構に衝撃的な光景だった。
「わ」と小さく声が漏れて、上半身が後ろに反れてバランスを崩す。
そして倒れてしまわないようにと――咄嗟に左手を床についた。
その時始めて、彼女は自分の左腕が元に戻っている事に気がついた。
>「この街を頼む。奪われた彼らと――僕の未来を、取り戻してくれ」
絞り出すような声、ウィットが自分の双眸を手のひらで覆う。
マテリアはすぐに目を逸らし、零時回廊の片割れを手に取ると、彼の上から降りて傍らに座った。
きっと涙を見られるのも、微かな震えを悟られるのも、彼にとってはカッコ悪い事だろうから。
(なんとか、繋がった……)
零時回廊をしっかりと抱えて、深く息を吐く。
(だけど、まだ……これからが正念場……。
ウィットさんはさっき「死んでもいい」と、そう言った。
けど、帝国にとってはもう、ウィットさんは「死ななきゃいけない」存在なんだから)
タニングラードの支配――元老院が目論んだその陰謀は、帝国に多大な利益をもたらす。
最早、あるいは初めから、ウィットの心持ち如何で中止されるなどあり得ない。
ならば、どうすればいいのか。
(決まってる……『喧嘩を売る』しかない!国を相手に!)
帝国が屈するような、元老院がもう二度とウィットに死を強いたり、この街に手を出そうなどと思わなくなるような。
そんな痛手を、脅しを、かましてやる以外に術などない。
そしてその為の手段は――既に半分、マテリアの手の中にある。
もう半分も、十分手の届く場所に。
- 184 :名無しになりきれ[sage]:2012/06/15(金) 22:02:54.05 0
- (これを、これを使えば……きっと元老院にこの陰謀を断念させる事だって出来る)
自分の心音が乱れるのが聞こえた。
(でも、それをすれば……きっと私も『帝国史上最悪の裏切り者』の仲間入り……。
表向きはどうなったとしても、帝国には戻れない。この街に閉じこもって、一生を過ごす……)
マテリアの思考が一瞬、止まる。
それから彼女はウィットを振り返って、小さく息を吐く。
「……それも、悪くないかもしれません」
自然と零れた呟き――その後で、遊撃課の事が頭をよぎる。
もし自分が『それ』を実行したら、彼らはどうなるのか、と。
(けど、国運を左右する特災害級呪物を、よりにもよって身内が強奪したとなれば……。
ただでさえ疎まれている『天才』は、遊撃課は、きっと……)
今回の遊撃課の任務に零時回廊の確保は含まれていなかった。
それでも、天才達を罰する口実としては十分過ぎるだろう。
頭を横に振った。
(駄目だ!やっぱりこれは使えない!零時回廊に代わる、何か材料を見つけるしか……)
当然、それはそう簡単に見つけられるような物ではない。
きっと長く、辛く、困難な道になる。それでも、やるしかない。
(……まずは、この任務に集中しよう。遊撃課の任務は元々、あくまで時間稼ぎ。だったら、見つからなかった事にすれば……。
ユーディ・アヴェンジャーも、零時回廊も……。彼ならきっと後詰めの本隊相手にだって逃げおおせる。
元々、元老院は彼が本気で逃げる事を想定していない筈……)
零時回廊を衣服の内側に仕舞いこんで、『吸着』の術式で保持。
そして両手を耳に添える。仲間の呼吸音や心音、周囲の物音から、状況を把握するべく。
時に――人間の聴覚には、音を取捨選択する機能がある。
例えば教導院の授業でも、興味のない講義はまるで耳に入ってこないように。
大勢の人間が言葉を交わす中でも、自分の名前や関心のある話題は不思議と聞き取れるように。
その機能があるからこそ、マテリアは数多の雑音の中から自分の望む音を拾い上げられる。
>「――ヴィッセン!」
また、望んではいなくとも、自分に関わりのある音も拾ってしまうのだ。
「ひゃ、は、はいっ!」
背筋がぴんと伸びて、体がびくりと震える。突然の事に思わず返事をしてしまった。
ウィットを振り返る。彼からすれば訳の分からない行動だっただろうと思うと、マテリアは顔が熱くなるのを禁じ得ない。
両手を頬に当てたい衝動を抑えて、ボルトの声に傾聴。
>「聞こえてるなら、可能な範囲で現場を放棄しおれの心音を追って合流しろ。
ハンプティが重傷だ、手当をするにも人出が要る……近くに手空きの課員がいたら連れてこい」
「……っ!」
息を呑んだ。
護りの遺才を持ち、最終城壁の異名を冠するフィンが重傷――尋常ではない何かが起きたに違いない。
彼は警備の撹乱を任されていた筈だが、声は屋敷より離れたところから聞こえた――だがそんな事を気にしている余裕はない。
すぐにでも仲間達の状況を確認して、援護を求めなくてはと耳を澄ます。
そして――彼女は凍りついた。息が止まり、体も表情も強張って、そのくせ心臓だけは胸の中で不快に暴れている。
それでもなんとか息を吸い込んで、右手を口元に運んだ。
- 185 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/06/15(金) 22:04:17.38 0
- 「た、た、大変です!」
それでもなんとか、息を吸い込んで、叫んだ。
状況確認も後回しに、自在音声を用いて課員達に向けて声を放つ。
「アルフートさんが……アルフートさんが息をしていません!呼吸音が聞こえないんです!
鼓動はまだ……ですが、それも、とても弱々しくて……。すぐに助けてあげないと!
場所は……庭園、館の壁周辺……すぐ傍に大きな穴がある筈です!
それから徐々に遠ざかっていく乱暴な音も……きっとそれに巻き込まれて、アルフートさんは……!」
盛大に勘違いした情報を。
呼吸音が聞こえないのも、鼓動が弱々しく聞こえるのも、単にファミアが床に埋まっているからだ。
もっとも、すぐに助けてあげた方がいいと言うのは、あながち間違いでもない筈だが。
「それに……ハンプティさんも重傷です!増援が必要だと先ほど課長から連絡がありました!
ノイファさん!彼の治療に迎えますか!?可能ならば商品の搬入口へ来て下さい、場所が分からなければ案内します!
彼が重傷に追い込まれるほどの何かがあるのだとしたら……私と課長だけでは凌げない可能性があります。とにかく増援が必要です!」
全てを伝え終えて、マテリアは深く息を吐いた。
それからウィットを振り返る。
「えっと……耳はもう大丈夫ですか?ウィットさん。
私はこれから、仲間を助けに行かなくちゃなりません」
一拍置いて、続ける。
「……元老院の陰謀は、あなたが捕まらない限り成立しません。
だからあなたは……とにかく逃げ回る事を優先すべきです」
それから暫し沈黙――視線を泳がせ、言葉を選ぶような仕草を見せた後に、再び口を開く。
「けど……なんて言いますか。こう、あなたが傍にいてくれたら……きっと心強いだろうなーなんて。
そんな事も、ちょっと思っちゃったりとか……。いえ、まぁ、ただ思っただけなんですけどね!」
結局どう言えばいいのか分からずしどろもどろになった彼女は、曖昧な笑いで言葉を打ち切る。
「あ、あと……これ、預かっていてもらえませんか?」
懐から取り出したのは一枚の銀貨。
「この銀貨は……お母さんの形見なんです。
何も教えてくれないまま死んでしまったあの人の、唯一の手がかりでもありました。
私にとって……とても大切な物です」
だから、とマテリアは言葉を繋ぐ。
「後で絶対、返して下さいね。『約束』ですよ」
約束――ウィットを縛るように、繋ぎ留めるように、それを取り付けた。
増援と合流が出来次第、彼女はボルトの心音を追って彼の元に向かう。
とは言え、マテリアがフィンに対して出来る事はきっと少ない。
聖術による治癒は使えず、全身が刃傷に塗れていては通常の止血法が通じるのかも怪しい。
吸着の術式や、魔力線を用いて傷を塞ぐ事は出来るかもしれないが――それも、フィンがある程度回復したら、彼自身の『天鎧』に無効化されてしまうのだから。
無論それでも、彼女は出来る限りの事をする。
- 186 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/06/16(土) 00:52:38.05 0
- 外側の廊下を抜け未だ他の黒服たちがいる辺りまで回りこむと、
ダニーは自分の体の状態の確認を急いだ。骨を折られないよう気をつけたとはいえ
木なんて物で何度も殴られ、威力を削ぐためとは言え自分から大きく飛んでは
転げまわったのだ。両腕は痣だらけで、下半身にも負担をかけたし背中も張っている。
そして当然といえば当然だが、かなり疲労もしていた。
彼女とて人の子(と本人は思っている)である。薄着で寒空の下に居続ければ
それだけ体力を消耗するのだ。当人もそれくらいのことが分かっていない訳ではない。
ただ、「そういうの」も込みで彼女は寒いのが好きなのだ。
寒ければ寒いほどモチベーションが高まり、消耗すればするほど集中力が増す。
そういう気質の持ち主だった。
(・・・・・・・・・)
思ったより手強かったなと、客の避難と外への対策でごった返している廊下で、ダニーは思った。
裸足であることは気にせず強張った体を解しながら、館の見取り図を確認する。
詰所の場所を確認する傍ら、何処かにしまっていた念信器を取り出して呼びかけるが、
やはり繋がらない、さっきの戦闘で壊れてしまったのかも知れない。
直接確かめに行くしかないか。そう結論付けると、元ドレス姿の大女は
気だるい体を引きずって歩き出そうとする。歩き出そうとして歩みが止まる。
この場には今、侵入者用に多くの猟犬が連れて来られていた。
あまりにダニーに吠えるので今もそうだろうと思ったのだが、何かが違う。
何かとは何か。警戒と威嚇のイントネーションはそのままなのだが違和感あるのだ。
しきりに怒鳴り散らす首と飼い主の首、俯瞰を想像しながら捉え直した時、それは浮かび上がった。
(・・・・・・?)
どこを見ている?と患部を冷やしながらダニーは犬の声が向けられる方を見つめ、
そして不意に、どんっと人がぶつかる時の衝撃が、誰もいない空間から伝わってきた。
>>「ン~ン~……おっと、失礼」
>>「……ワオ。このクソッタレ寒い屋外で裸足!パーティ会場から逃げ出してきたお姫様かな?」
- 187 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/06/16(土) 00:54:41.07 0
- 男の野太い声がした、いや、男の声はそこかしこでしている。
『誰もいない場所から』声がしたのだ。もしも今のが妖精さんの呟きだとでも言おうものなら
言った奴を縊り殺そうかとも思ったが幸い森の遣いの類ではないらしい。
ダニーは猟犬を見る。吠え立てる首がゆっくりと誰かを追っている。
そして臭いがする。血ではない鉄の臭い。金属的な臭いの代表格、鼻と舌を不快にする無辺の悪臭。
状況から推測すれば臭いのもとは明らかに侵入者だろう。
ここでダニーに選択肢が出現した。
関係ないな、今は二人が先だ、詰所へ行こう
ニア今のうちに少し貰っておこうかな・・・・・・オークション会場を覗く
仲間と合流するかもしれない、今の奴を追おう
先程のセフィリアが陽動なのは明らかだった、となれば今の姿無き侵入者は
大方用事を済ませた本命といった所だろう。何かを盗んだのか、誰かを始末してきたのか、
或いは壊したのか、またはその全てか。
辿った臭いの先は奇しくもたった今自分が引き返してきた道だった。
誰にしたって同じだろうが、後にしたばかりの戦地に直帰する馬鹿はいない。
半ば手遅れの様相を来している館内を彼女は歩いだ。
そこでふと、競売用の商品を失敬することをダニーは思いつく。
合流する前に元をとっておけば後でクローディアが同じ事を考えた際の手間を省けるはずだ。
降って湧いたばつの悪さはそのままに、ダニーは今回の一件が商会にとって損にならない程度に
落し物を拾得すべくオークション会場へと歩を進め、そこでは予想外の光景を目の当たりにした。
壇上ではロンやクローディア含め数人の様子がおかしく、
パっと見いけ好かない女が彼女らを傲然と見下ろしている所だった。
>>「遊撃課・西方監査『遺才殺し』、アネクドート。今宵これより貴様ら国賊を粛清しに参った」
(・・・)
やべえ最中だ、と思いつつどうするべきか、巨人は考える。後頭部にぶつけるブーツはもうない。
嘆息するとダニーはおもむろに自分の後ろ髪を根本から切り取ると、それを二つに分けくの字にして凍らせる。
しかし相手の方が早かった。
- 188 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/06/16(土) 00:57:42.87 0
- >>「聖術・『天蓋の剣(ダモクレス)』」
天井の付近に出現した剣が全員目掛けて降り注ぐその軌道の先へ、
自分の髪の毛で作ったブーメランを投げる。
その間に疾走したダニーはロンとクローディアを庇うような形で壇上へ躍り出る。
「・・・・・・」
やっほー、とダニーは振り向きざまに言った。
彼女はクローディアとロンの一先ずの無事を確認して、胸をなでおろす。
気を抜かずに軍服姿の女に注意を払いながら、社長に声をかける。
「・・・、・・・」
ランゲンフェルトがやられて流石に持ちこたえられずに逃げてきたこと、
「本命」らしき侵入者がいてやはり庭園に向かったらしいこと等を手短に伝えると、
今度はロンにお疲れさん、と簡単に労いの言葉をかける。大丈夫だろうか。
詰所にいなかったということは大方クローディアに乗せられたのだろう。
ナーゼムならば丁寧に気持ちを腐すことで自重させられたのだろうが、こればかりは性格の差か。
そして残る三人のうち、二人に見覚えはない。だがもう一人には有った。
大分くたびれているが紛れもなくノイファだ、今日はよく知り合いと合う日である。
気付けの一つもしてやりたいが、相手の方は応急処置の時間をくれそうにない。
現在の状況を考察すれば、憶測が多分に混じるがアネクドート登場の時期を鑑みて次の様に思われた。
・ノイファが貴族縁の者であることを考えれば彼女は客であると考えた方が自然である
・ノイファと他2名が連れ合いかは不明だが、混乱に乗じて何か商品を奪取しようと試みたのではないか
・同じこと(火事場泥棒)を考えた社長と鉢合わせして結果戦闘になった
・アネクドートが現れた←今ココ
大体こんな所か、とダニーは考察を纏める。
「・・・・・・・・・」
引き上げるなら今の内だぞと、ボロを着た巨人はとりたてて意に介する風でもなく、
それでいて剣呑な瞳で周囲の全員に言い放つ。片方には忠告、片方には警告の意味を含めて。
【持ち場を離れてアネクドート戦へ乱入、周りに避難勧告】
- 189 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/06/17(日) 15:01:27.80 0
- 疲れました
世の中は広いですね
まさか、ゴーレムと素手で戦える人間がいるとは思いませんでした
いえ、アルフートさんも戦えるかもしれませんね
彼女から戦おうとは思うはずもありませんけどね
夜空が綺麗です
戦いを終え気持ちのよい疲労感に包まれながら満点の星空を見上げました
「ん、なんでしょうか?この不快な鼻歌は……」
どこからともなく鼻歌が聞こえてきます
周りに転がるガードマンのうめき声に混じりあきらかに不快な鼻歌
まるで地獄の賛美歌を思わせる旋律にみが震えます
「でも、一体どこから」
あたりを見回せど、姿は見えず
>「『ブルー・アーマー』! 現物を見るのは初めてだ!!」
いきなり聞こえる野太い声
「うっひゃあ!!」
ついついすっとんきょな声を挙げてしまいます
そして姿を現す大男
攻撃の意思は見えず、ただ佇んでいる
>「こ、こんばんは……良い夜だね。僕は帝都王立従士隊・実働部遊撃課南方監査、『論理傀儡』ジョージ=リベリオン。
突然だけど、第一印象から決めていました――僕と、合体してください!!」
そして突然の告白
あなたと合体したいなんてはしたないです
うら若き乙女にいきなり合体だなんて
ついつい頬が上気してしまいます
- 190 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/06/17(日) 15:01:54.70 0
- >「っくっ!つ、接続(つなが)るぅぅぅぅぅッ!!」
ごめんなさい、さっきのは冗談です
たちの悪い冗談です
私も大男さんも……
「そんなことをして喜ぶか!!
変態が!!」
どういう原理かは知りませんがタコ足のようなものでゴーレムとつながり
あまつさえ、私のゴーレムのコントロールを奪ってしまったのです
許さない……私からゴーレムちゃんを奪うなど
「下郎が!万死に値する」
ええ、私は起こっていますよ
いまはこの肉野郎をどうぐちゃぐちゃにするかで頭がいっぱいです
私のゴーレムちゃんを穢す奴は誰であろうと抹殺するのみです
私は操縦櫃から飛び降り、そのへん転がる手頃な樹木を両手につかみ
下賤で愚かな俗物へと対峙します
猪突猛進とはまさにこのこと……俗物に相応しい愚かな戦術です
そのような児戯に付き合ういわれはありません
すこし横に良ければ回避できる
愚かな豚は哀れにも止まることもできず壁のほうに向かって行きました
まさに豚といえる悲鳴まで出しています
このような大木を振り回すのはさすがの私も厳しいですが
この脳足らずな馬鹿者への鉄槌を振りかざしましょう
「死ね!死ね!死ねぇ!」
【セフィリア 怒り狂う ファミアさんには気付かず】
- 191 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/06/19(火) 23:16:16.70 0
- >「そこの女性の方。あんたに話がある」
その身に纏った風を解き、スイが声を発した。
声と、視線の先に居るのは、会い見えること実に三度目になるクローディア=バルケ=メニアーチャ。
否、家名との決別を果たした今はただの"クローディア"か。
>「先程の無礼は謝ろう。しかし、俺達はある任務がある。ここを襲ったのもそれが理由だ。」
床に伏せたまま、顔だけを動かしノイファはクローディアを見上げた。
回復の具合は三割といったところか。気取られぬようにこっそりと、震える指先で大腿を揉み解す。
外傷こそないが、魔術による回復が見込めない分性質が悪い。
>「……………………あーーーーっ!おマエ、このアイダサカバにいたヤツッ!?」
隣に立つ少年が、たどたどしい共通語で叫びを上げる。
どうやらスイとは既に面識があるようだ。
恰好こそは他の警備兵同様、黒いスーツの一揃え。
しかし風貌や体格、言葉の調子から推し量るに、おそらく帝国およびその近隣諸国の出自ではあるまい。
さらには身の熟しや足の運び、そのどれを取っても並々ならぬ遣い手であるのが窺えた。
>「あんた――もしこの場に、『零時回廊』がある、って言ったらどうする?」
(これで、如何にこの街が……今の状況が綱渡りなのかが、判るはず)
まさに今のタニングラードは、しこたま貯め込まれた魔導機雷備蓄庫と同義なのだ。
挙句、起爆術具を持った者たちが周りで酒盛りしてるような状況である。
>「まさか――あるの、零時回廊が?この、『白組』のオークションに、出品されて……」
クローディアが神妙な面持ちで呟く。
まともな思考の持ち主ならば、あるいは人並みの分別があれば、今この街がどれ程危険な状態なのか瞭然だろう。
>「どうする、って?決まってんじゃない。零時回廊なんて代物がこの会場にあるっていうなら――」
>「――当然、いただくわ! あんたたちをぶぅぅぅぅっ潰してからねぇぇぇぇぇーーーッ!!!」
ただ残念なことに、目の前の少女はそのどちらも持ち合わせては居ないようだったが。
「は――」
アホの子よろしく、呆けたように口を開くノイファ。
これ以上の問答は不要とばかりに、クローディアの放った銀貨が二枚、空中に放物線を描き武器に変じた。
レイピアとクロスボウ。剣呑な輝きを放つ二つの凶器。その鋭い切っ先が向けられる。
- 192 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/06/19(火) 23:18:17.02 0
- >「――聖術・攻性結界『盤面返し(レコンキスタ)』」
しかして、クローディアが構えた弩は、その役目を果たすことなく破壊された。
清浄な金属音。正方に奔る輝線。
この結果を導き出したのは、形こそ違えど幾度の戦場でノイファ自身が頼みとしてきた切札。
「これは――」
――聖術。神の奇跡を再現する魔術体系。
だが、瞬時に読み解いたその構成は、ノイファが顕現するそれとは目的が全く異なっていた。
結界内に浸入する魔を灼くルグスの防性結界とは、真逆。
滅ぼすのではなく、界内で発生する"魔"の指向性を反転させ、攻撃へと転じる。
結界の効力内においては、相手を倒すための"才"は己へ降りかかり、自身を守る筈の"力"はその身を蝕む毒となる。
これはそういう結界だ。
>「遊撃課・西方監査『遺才殺し』、アネクドート。今宵これより貴様ら国賊を粛清しに参った」
軍靴を打ち鳴らし現れる人影。
抜身の刃を彷彿とさせる痩身長躯をエルトラス連邦の軍服で包んだ、一人の女性。
まさに二つ名の示す通り、魔才の継承者にとって天敵のような手合。
(なるほど――)
しかしそれは何もアネクドートに限ったことではない。
なにより、先刻黒服の少年が放った魔弾を防ぐことで、ノイファ自身が証明してみせたではないか。
討魔に秀でる神殿騎士や神官戦士は、彼女程ではないにしろ、天才達に対する障害として十分足り得るのだと。
(――私が送り込まれたのも、もしかしたらその辺りに起因するのかもしれませんねえ)
ぎり、と歯を噛み締める。七割。大分感覚は取り戻してきているが、まだ本調子には程遠い。
そこに来て、これだけの強敵。"遊撃課"を名乗っているが果たして味方かは疑わしい。
何せ、本来遺才の持ち主は入り口で排除されるべきこの街に、『遺才殺し』が投入されているのだ。
迂闊に名乗ろうものなら最優先で的にされかねない。
>「聖術・『天蓋の剣(ダモクレス)』」
朗々と響く聖句。突如として頭上に沸き起こる殺気。
「っ!"聖剣(ラグナ・フラタニティ)"!」
立ち上がりざまに右手で魔力を掴む。明滅する視界。
灰色の世界で、クローディアの手から弩が消失し、空中から現れた硬貨が二枚、彼女の手元に収まる。
(……今のは)
右眼から滂沱と溢れる涙。
眼前の光景は"聖剣"を行使する前と何一つ変わらない。
クローディアの手には弦の切れた弩が握られているし、懐剣を掲げ傲然とこちらを睥睨するアネクドートも健在。
しかし術式を使用した直後に視たそれは、まるで、時が遡ったようだった。
- 193 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/06/19(火) 23:19:22.49 0
- 「それよりも――」
ノイファは床を蹴る。
直後に降り注いだ『天蓋の剣』の切っ先が肩を灼き、激痛が走る。
「くぅ……ああぁぁああぁ!」
苦痛に顔を歪め、悲鳴が漏れた。
それでも動きは止めない。右手で握る力場の剣を、一閃。
本来なら手にした武器に聖別した魔力を被せ、魔を滅ぼすための聖なる刃と成す奇跡である。
その魔力のみを、棒状に固定し、即席の剣として振るった。
人に斬りつけた所で傷ひとつ付けられないだろうそれだが、対象が同じ聖術で編まれた"剣"となれば話が違ってくる。
魔力同士が干渉し、噛み合い、スイの頭上に迫る刃を斬り飛ばす。
「間にっ、合えええええ!!」
振り抜く右腕を加速させ、空中で体を捻る。接地した左足を沈め、独楽のようにくるりと回る。
フラウに突き立つ間際の切先を、打ち払う。そこまでが限界だった。
かくん、と脚の支えが外れ、転倒。床にぶつけた額がずきずきと痛みを訴える。
だが、それよりも確認しなければならないことがあった。
「……二人は。」
クローディアと少年。口に出してはみたものの、結界の作用で力が暴走している今、どうなるものでもない。
せめて致命傷だけでも避けていればと、祈るように痛む頭を引き上げる。
>「・・・・・・」
しかし予想に反して、そこに居たのは一見して無傷の二人と、やっほーと恐ろしく場違いな声を発する巨躯の女性。
いつぞや死闘を繰り広げることになったダニーだった。
彼女がクローディアと少年の窮地を救ったのは想像に難くない。
「敵じゃないのなら、頼もしいことこの上ないのですけどね。」
安堵の変わりに皮肉を投げる。半分は本心でもあった。
何せフィンと二人がかりでも倒せなかった相手である。この状況で敵に回すのだけは避けたい。
そんなこちらの意を汲んだのか、ズタボロの服を纏った偉丈婦は、何事か考えた後口を開く。
引き上げるなら今のうちだぞ、と剣呑な光を湛えた眼で。
(まあ、見逃がしてくれるとは思えないのですけどね――)
――他ならぬアネクドートが。
彼女を『遺才殺し』足り得ている秘術。その存在を知った相手を易々と逃しはしまい。
「とても魅力的な提案ではあるのですが、ね。」
アネクドートから視線を外さず、ノイファは一歩、踏み込む。
- 194 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/06/19(火) 23:20:34.41 0
- >「た、た、大変です!」
対峙することを選んだノイファの耳朶を、不意に何者かの声が打った。
念信ではなく、肉声。
遠く離れた戦況すら知ることが出来、かつそれを届けることが出来るとなれば、該当するのは一人のみ。
マテリアだ。
「良く聞こえてますよ。」
ファミアが息をしておらず、フィンも重傷。
両者ともに今すぐ救助が必要。なるほど確かに、状況を聞く限り至極最もな判断だろう。
ノイファにしても異論を挟む余地はない。目の前に立ちはだかる、とびきりの障害さえ何とかなればだが。
それにファミアも心配ではあるのだが、なによりフィンが問題だった。
彼には治癒の魔術が効果を及ぼさない。全ての外的要因を跳ね返す"天鎧"が、有用な物すら拒んでしまうからだ。
本人の意思でどうにかなるものではない以上、聖術では彼を救えない。
(いや――)
本来なら。
(――出来る……。今ならば、今、この場所なら、フィンさんを救うことが出来る!)
全ての遺才を、魔の業を、真逆に捻じ曲げるこの結界の中であるならば、フィンを治療することが可能となる。
ノイファの口端が釣り上がる。
「私はこの場に残ります――」
スイに。
「――だから、フィンさんをここに連れてきて下さい。ここなら彼を救えます。」
何処かで聞いているだろうマテリアに。
ノイファは声を紡いだ。
【マテリアを通し、フィンをこの場につれて来る様お願い。】
- 195 :名無しになりきれ[sag]:2012/06/23(土) 22:23:40.05 0
- 保守age
- 196 :名無しになりきれ[sage]:2012/06/24(日) 23:17:40.71 0
- hosu
- 197 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/06/25(月) 00:22:19.38 0
- 疾走の過程で、リベリオンは青鎧とほぼ完全に合一を果たしていた。
伸ばしていた触手を巻き取る形でゴーレムにぴたりと吸い付き、『そのまま組み込まれた』のだ。
現在、活動中のゴーレムの操縦基には誰の姿もない。眼鏡女は飛び降り――リベリオンもまた、そこにはいない。
操縦基が露出しているおかげで無用と化した機体頭頂部の視覚素子に、彼の生首が生えていた。
「フゥー!やはりここからの景色は最高だ!」
傍から見ると、ゴーレムの首から上に人間の頭が乗っているという、熱病のときの夢みたいな光景。
しかし、彼の持つどこか硬質な雰囲気が相まってか、何故だかそれこそが完成体のようにさえ見える。
ゴーレムは、そのまま壁の中へと腕を突っ込んだ。
爆音と共にがれきが崩れ、そこに残ったのは手首から先だけになった『人体だったもの』。
「ハッハー!まず一人――さしものファミア・アルフートも、流石にゴーレムのパンチには耐えられなかったみたいだな!」
彼は、明確な害意を持って壁の中の少女へと拳を叩き込んだ。
『タニングラードの制圧』という国命を帯びてこの街に入ったリベリオンとアネクドートであるが、命令には更に条件があった。
『遺才持ちを最優先に対処』。それが元老院から提示された本任務の最重要要件だった。
帝国遊撃課へと編入された二人の監査官は、本国ではいずれも対遺才戦闘の腕前を買われていた二人である。
アネクドートはその遺才すらも変容させ封じ込める卓越した聖術の手腕で。
そしてリベリオンは――その存在意義に、遺才使いを狩ることを刻み込まれている。
>「死ね!死ね!死ねぇ!」
そしてもう一人。この場にはもう一人遺才が居る。
セフィリア・ガルブレイズ――『双剣』の体現者が、その諸手に二本の大木を掴み、これを打ち込んできた。
ただでさえ薄い装甲も申し訳程度にしかない背面を、かような高質量で強打されれば、ゴーレムだって膝をつく。
膝をついた衝撃で、首もがっくんと振り回され、リベリオンはあやうくムチウチになるところだった。
「アウチ!は、背後からとは――強引なプレイが好きなんだな!」
青鎧は、土木作業用という性質上、脚部を固定しても作業がしやすいよう腰から上が360度回転するようになっている。
搭乗者の動きを再現する『アクターモード』に慣れた乗り手であればあるほど、この動きは予想外のはずだ。
リベリオンは青鎧の上半身だけを真後ろに回転させて、狂ったように大木を打ち込み続けるセフィリアを右腕部で掴んだ。
このままゴーレムの握力で絞め殺してもいいが、生憎と彼はそんな素直な性格をしていない。
「クソッタレ!人間の女にムチ打たれたって何ら興奮しないんだよッこの駄肉がァ~~~ッ!」
セフィリアを自分の生首の所まで引き寄せて、言いたかっただけの罵声を浴びせると、彼は更に青鎧の上半身を回した。
一回転、二回転、ドンドン回す。やがて遠心力でセフィリアの髪が一本残らず逆立ったところで、
「地獄でファミアちゃんと再会でも祝してなァーッ!」
慣性をそのままに、ファミアの手首が生えてるあたりへ渾身の力で投げつけた。
【ジャイアントスイングからの叩きつけ】
- 198 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/06/25(月) 01:00:48.29 0
-
眼前に立つ存在が誰なのか、もはやフィンには判らない。
だが、今のフィンはその存在に縋るしかなかった。
その存在が、ボルトに手紙を渡してくれる事を願う事しかできなかった。
(……ごめんな、皆。本当は俺が届けてぇけど、
多分、俺の手はもう……お前らに届かないから――――)
体力はとうの昔に使い果たした。
気力は吐く血と共に出し尽くした。
精神力は砕けた骨と共に役割を終えた。
もはや彼等の……仲間達の元に戻る事は叶うまい。
後悔はある。無念もある。
だが、一人の人間の感情や執念で覆る程に現実は優しくはない。
石畳の冷たさを感じながら、フィンはその意識を閉ざそうとし
……直後。フィン=ハンプティは、自身の身体が何かに引き上げられるのを感じた。
その腕が何かに掴まれ、冷たい雪の大地から身体が引き剥がされるのを確かに感じた。
衝撃により沈みかけていた意識が僅かに首を擡げ、
胸倉を掴む腕によって、視線が強制的に前へと向けられる。
>「仲間が大事なら、てめえで助けやがれッ……!
>何があったかしらねえが、そこまでの傷を負って、死にそうになりながら、仲間を助け得る情報を持ってきたのは、お前だ。
>最後の最後で、ぽっと出のおれなんかに、お前の仲間を助ける大仕事を放るんじゃねえ……!」
フィンは、思わず眼を見開いた。それは、奇跡と言っていいだろう。
彼の眼前にいた人物は、確かにフィンの捜し求めていた男。
ボルトであったのだから。
モノクロの視界で、輪郭すらもぼやけているが、見間違えようも無い。
思わず、弱弱しい笑みが浮かぶ。
それは、自分の仲間を。大切な人々を助ける手助けが出来た事に対しての笑み。
『英雄』を諦めた自分自身の手が、『英雄』を諦めてまで守りたかった人たちの一助となったのだ。
未練はある。後悔もある。
だが、今訪れたこの現実は、フィンにとって確かに救いであった。
(これで、大丈夫だ……俺の仕事は、仲間を助ける為の手段は、引き継げた……)
英雄にはなれなかったが、守りたい人達の助けとなれた。
だからもう、フィン=ハンプティは笑顔で逝けるのだ……だというのに。
- 199 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/06/25(月) 01:01:20.98 0
- >「お前の状況は、まだ終了しちゃいない。てめえには死んでも英雄になってもらうぞフィン=ハンプティ!!
>お前が、助けるんだ。このクソッタレな国の、クソッタレな陰謀に巻き込まれたおれたちを、救い出せ。
>――そのための肩だったら、いくらでも貸してやるからよ」
そんなフィンに、ボルトは常のどこかシニカルな態度を放棄し、「生きろ」と。
生きて遊撃課の仲間達を助けろと、怒鳴りつけるかの様に感情をぶつけてくる。
ボルトとて歴戦の兵士だ。
失血量、怪我の具合、そして自身への加護を遮断してしまうフィンの遺才の特性から
もはや通常の手段ではフィンの命が助かる術が無い事は理解しているだろう。
――――だが、それでも彼は諦めようとしない。
通信を使い、フィンを治癒する為の手段を講じようと全力を尽くしている。
(……ああ)
かつてサフロールの死の直前にこの男が近くにいたのなら、
きっと今と同じ様に全力を尽くしてくれたのだろう。部下を殺さない為に全力を尽くしてくれたのだろう。
そう思った瞬間、フィンの中に僅かに残っていたボルトへの不信感が、まるで霧の様に立ち消えた。
同時に、湧き上がってくる感情。
(……ボルト隊長に、謝りてぇな。街を出るとき、随分ひでぇ事言っちまった)
既に満足し、生への執着が薄れつつあったフィンの心に波紋が浮かんだ。
波紋は反響し、更なる波紋を呼ぶ。
(それに、もっとあいつらと一緒に遊びたかったぜ……)
個性的な彼らと、遊撃課のメンバーとしてではなく、大切な友人として関わりたかった。
(それに……それに、俺の手で、俺の大切な友達を守り抜きてぇ……最後まで)
その大切な友人達を、中途半端な状態であの強力な敵達の前に立たせたくなかった。
彼らを守る、その為の鎧と成りたかった。
(……ああ、ダメだ。くそっ……死にたくねぇ……やっと。やりてぇ事が、判ったんだ……)
そこで、フィン=ハンプティはようやく気付いた。自分は今、生きたいのだと。
生きて大事な友人を、仮初の英雄ではない、フィンという一人の人間として自分の手で守りたいのだと。
(生きてぇ……っ!)
ボルトの肩に乗せられたフィンの腕。
先程まで脱力し、死を待つだけだったその腕に、僅かに力が込められた。
【フィン:魂で持ちこたえる】
- 200 :ロン ◇1AmqjBfapI[sage]:2012/06/26(火) 11:06:34.66 0
- >「どうする、って?決まってんじゃない。零時回廊なんて代物がこの会場にあるっていうなら――」
>「――当然、いただくわ! あんたたちをぶぅぅぅぅっ潰してからねぇぇぇぇぇーーーッ!!!」
獰猛な笑みと共に、クローディアが出した答え――「GOサイン」!
空中で輝いた二つの銀色を対価に、クローディアはクロスボウとレイピアを構え。
ロンもまた、全身の末端にまで電流を纏い宝石商と対峙する。今にもスタートダッシュを切る勢いだ。
>「自分の気持に素直になっていいわよ、ロン、あたしが許すッ!
あたしたちの命を脅かしたあいつらを!今日こそここで完膚なきまでに叩きのめすッ!!」
「応ッ!!」
とは言え、ロンは飽くまで大清国の教えを徹底的に受けた身。
幾ら敵とはいえ、聖女(しかも満身創痍)に手を出す気にはなれなかった。
標的は自然と中世的な顔立ちの若き風使いの宝石商に向けられる。
「行くぜ微風野郎。地獄で懺悔させてやる!」
後方はクローディアがクロスボウで支援すると信じ、ロンは接近戦を試みる。
先手必勝とばかりに間合いを詰め、致死的なまでの電圧を溜めこんだ拳を振りかざす――!
>「――聖術・攻性結界『盤面返し(レコンキスタ)』」
氷柱の様な女の声。それを認識した瞬間、澄んだ金属音が響き渡り、足元に描かれる正方形の陣。
宝石商の足元にも同じものが描かれていた。これは一体――――?
「うぁああっ!? で、電流が……!?」
瞬間、電流は宝石商に届くことなく、何故か自分に『跳ね返って来た』。
拳から放たれた電流はロンの両腕を駆け巡り、だぼだぼの裾が一瞬にして焼け落ちる。
手加減の証なのか、ロンの両腕自体は軽い火傷で済んでいたのが幸いだ。ほぼ全員が似たような現象に襲われている。
ロンは憮然とした表情で、焼かれた腕を見つめた。
電流が自身を襲った時、僅かだが体の中の「気」が逆流するようにうねるような、奇妙な感覚を感じたのだ。
「シャチョー!ナニがオきて…>「……嘆かわしいことだ」
敵を前にしてクローディアへと振り返った瞬間、奥から聞こえる靴音。
凛とした空気を纏い、杖を持って現れる細身の女。その出で立ちはどことなく有りし日の母を彷彿とさせた。
我を忘れて食い入るように見つめたが、その幻想を一瞬にして振り払う。母は帝都の貴族で暖かい女性だった。眼前の女性とは違う。
だが少しでも気を抜くと囚われてしまいそうだった。その圧倒的な存在感に。
>「遊撃課・西方監査『遺才殺し』、アネクドート。今宵これより貴様ら国賊を粛清しに参った」
アネクドートがその一言を発し、カソックから懐剣を取り出すまでロンは動く事が出来なかった。
武器を見せた一瞬の間に全神経がロンに一つの指令を下す――「社長を護れ」!!
>「聖術・『天蓋の剣(ダモクレス)』」
「シャチョオオオ!伏せっ……!!」
少女一人を守るのに、遺才は要らない。自慢の高圧電流が使えないならば、己の鍛えた肉体で護れば良い。
「逃げられないならば、盾になればいい」。
床を蹴り、全身でクローディアに覆い被さる。頭上を見る必要は無い。逃げる隙などない。
切っ先を下方のロン達に向け、剣の雨が降り注ぐ――!
- 201 :ロン ◇1AmqjBfapI[sage]:2012/06/26(火) 11:08:27.27 0
- ――――…………………………………。
――………………。
「あれ?」
降って来ない。その代わりに、隣には――
>「・・・・・・」
「ダニー!? じゃなかったドリス!?」
ロンとクローディアを庇うように、庭園にいたはずのダニーが居た。
目を白黒させて驚くロンに構わず、やっほーなどと呑気だ。ドレスは破けているが本人は割と元気そうである。
>「・・・、・・・」
アネクドートに注意を払いつつ、ダニーは庭園での状況を説明する。
ランゲンフェルトはやられ、新たな侵入者――どうやらこちらが本命らしいとのこと――を手短に、適確に。
ダニーも持ちこたえることが出来ず此方に向かってきたとのことだった。ナイスタイミングである。
お疲れさん、と声をかけられ、ロンは緊張の糸が切れたようにガックリと項垂れる。
彼女がこなければ今頃は剣山になっていたことだろう。その未来をチラッとでも想像したがために、恐怖が全身を駆けた。
>「・・・・・・・・・」
ダニーは忠告する。引き上げるなら今の内だ、と。それはアネクドートを前にしたロンにも向けられた言葉なのか。
聖術が発動された時、ロンが正常な判断を下すとすれば「術を掛けられる前に」阻止しようとしただろう。
いや、侵入者が現れた時点で即刻飛び掛かったはずだ。そうしなかったのは、クローディアの言葉があったからだ。
「私(クローディア)を護れ」。
究極的な単細胞は、全てこの命令一つを守るためだけに収束している。
二人の間で交わされたこの制約は、ある意味、どんな強靭な鎖よりも重く、決して外れない。
そのことが、ロンの行動や優先順位を狂わせているともいえた。
勿論ロンはそのことに気づいていない。単細胞故に、自身の謎の行動理念に疑問さえ抱いていないのだから。
更に予測不能の展開、アネクドートの登場がロンを更に困惑させた。
圧倒的優位に立つ女性と、金と対となる銀を兼ね備えたアネクドートは、攻略不可能――手が出せない。敵として認識出来ない。
(……ッ。駄目だ、今の俺じゃ、この女から、到底社長を守れない……!)
突きつけられた現実に歯噛みする。しかしアネクドートを睨んだところで、目の前から消えてくれるわけでもない。
だったら逆転の発想だ――「自分が目の前から消えればいい」。闘えないくらいなら、逃げるのも一つの手だ。
ロンの視線がダニーに向けられた。
「たっ、タスけてくれよドリス!あのオンナ、コワいよ~~!こっちニラんでくるよぉ、おっかないよお」
突然ロンは弱弱しい声を出し、情けない少年を装う。そしてクローディアごとダニーの巨体に隠れる。
いかにもアネクドートに恐れをなしているかのように演じ、ダニーの背中で念信器を使う。
「ダニー、気をつけろ。奴は妙な技を使うぞ。遺才は使わない方が良い」
それからクローディアの手を強く握り、部屋の間取りを確認する。
「それと残念だが、俺はあの女相手に闘えそうもない。ダニー、任せていいか?」
相手があのアネクドートでも、ダニーならば倒せる気がする。
その巨体以上の圧倒的な優しい存在感を持つ彼女ならば、アネクドートも圧し潰せる気がした。
「俺は社長を外に出す。ナーゼム達と合流して、ついでにランゲンフェルトも馬鹿にして、侵入者共をブチのめす。
今なら泣き虫ランゲンの野郎にぶっかける愛の罵詈雑言の言伝受付中!ただしきついのは勘弁な、ドリス」
【>>ダニーさん:社長逃がすからアネクドートは任せたよ!逃げ切れたらリべリオンさん辺りをボコりに行きたいな的な】
- 202 :スイ ◇nulVwXAKKU [sage]:2012/06/27(水) 22:38:46.26 0
- >「――当然、いただくわ! あんたたちをぶぅぅぅぅっ潰してからねぇぇぇぇぇーーーッ!!!」
どうやら交渉は決裂したようである。
>「は――」
呆然とするノイファにスイはいささか罪悪感を覚えた。
頼まれたというのに、達成できなかったのだ。
本当に申し訳なく思って、少し頬を掻いた。
どう謝るべきか悩んでいる間に、いつの間にかレイピアとクロスボウが向けられている。
咄嗟に風を起こしたところで、
>「――聖術・攻性結界『盤面返し(レコンキスタ)』」
「のわっ?!」
女の声と共に、己の風に牙を剥かれた。
反射的に風を静め、声の主に視線を見遣る。
>>「遊撃課・西方監査『遺才殺し』、アネクドート。今宵これより貴様ら国賊を粛清しに参った」
「てんめぇ、何しやがんだ!つか、誰が国賊だこのくそアマァ!!」
ギリギリで押さえていた裏の本性が剥きだしになる。
それほどに、横槍が入ったことに怒っていた、といってもいいだろう。
吼えるように叫ぶスイに、構わず女は聖句を紡ぐ。
>「聖術・『天蓋の剣(ダモクレス)』」
「――ッ!」
氷塊を滑り落としたかのように背筋が冷える。
頭上を見上げれば無数の剣が視界の中に入った。
風が使える状態であれば、この程度のことは何ともなかっただろう。
しかし、遺才が使えなければ、裏はただの人間。表に戻った方が賢明だ。
「仕方ねぇ。」
一度目を閉じ、入れ替わろうとする。
だが、剣が容赦なく頭上から降り注いできた。
入れ替わる最中であったために、それに反応できず、ノイファの叫びによってそれが中断される。
>「間にっ、合えええええ!!」
スイに迫った刃を斬り、続いてフラウへと降り注いだ刃を払う。
そこで転倒したのを見て、スイは慌てて駆け寄った。
「おい、無事か?!」
>「……二人は。」
彼女の言葉に振り返った先では、巨躯の女性がいた。
取り敢えず、ロンとクローディアは無事であることを目視で確認する。
しばらく、というほどの時間は掛かっていないが、彼らは少し話し込み、唐突にロンが情けない声を上げた。
- 203 :スイ ◇nulVwXAKKU [sage]:2012/06/27(水) 22:39:18.89 0
- >「たっ、タスけてくれよドリス!あのオンナ、コワいよ~~!こっちニラんでくるよぉ、おっかないよお」
噴きだしそうなのを堪えながら、彼がクローディアを連れて行くのを眺めた。
>「た、た、大変です!」
「んだよ…」
マテリアの叫びに、こっちだって大変だ、という言葉を呑み込み、さらに後に続く内容に、今度は言葉を失う。
しかしどうしたものか、ノイファが決断しなければ、自分も動くことは出来ない。
逡巡の後、ノイファが声を発した。
>「私はこの場に残ります――」
>「――だから、フィンさんをここに連れてきて下さい。ここなら彼を救えます。」
「わかった」
そして次はマテリアに。
「おい!俺がフィンをここに風で連れてくる。今のあいつの位置を教えろ!」
最後にダニーに駆け寄った。
「無理を承知で頼む。あそこにいる二人を、上手く守ってくれ。礼は必ずする。この命に懸けてもだ。」
真っ直ぐに彼女の目を見つめ、そして頭を下げる。
そして全力疾走で部屋を飛びだし、屋敷から外へ出る。
ここまで来れば、大丈夫だろうと風を発動させる。
無事に発動し、一気に空へと駆け上がり、加速した。
マテリアに教えられた場所に行くと、ボルトがフィンに肩を貸している状態でいた。
「課長!!そいつは俺が連れて行く!…一緒に来るか?」
風の力でフィンを浮き上がらせながら、スイはボルトに問うた。
- 204 :ファミア ◇mCdqLO6Z6k[sage]:2012/06/28(木) 00:34:33.97 0
- どこか遠くで声がします。
>「ハッハー!まず一人――さしものファミア・アルフートも、流石にゴーレムのパンチには耐えられなかったみたいだな!」
実際には衝撃はほとんどが土へ潜る力へと転化されたためダメージはわずかなのですが、
しかし身動きが取れないのは事実で、それはとても都合の悪いことでした。
追撃をする意志がリベリオンにあったのなら全く無抵抗にそれを受けてしまいます。
しかし危惧していたそれはなく、金属がひどくひしゃげる音と物騒な叫びが土の詰まったファミアの耳に届きました。
機械の関節が激しく駆動する音がそれに続き、風切り音が更にあとを継いで、最後に
>「地獄でファミアちゃんと再会でも祝してなァーッ!」
最初と同じ声の叫び。
(名前を呼ばれた……二回も……)
別になんかキショそうなのに名前を連呼されたのが嫌だとかそういうわけではなく、
それを気にする理由はほかにあるのですが、まずいったん置くとして。
助けを求めてぱたぱたさせていた手に何かが微かに触れました。
反射的にそれを掴みます。体が引っ張られ、肌が数十秒ぶりに外気に触れました。
もちろんこれは、ゴーレムによって低め目一杯に投げられたセフィリアを見事にとっ捕まえた結果、
その運動エネルギーでもって埋没状態から脱したということなのですが、
周囲の状況が全くわからなかったファミアの主観では
"いかなる手段を用いてか飛翔したセフィリアが自分を救助してくれた"というふうになります。
さて助けてもらったからにはお礼を言うべきでしょう。ファミアは早速そうしようと
「ガルブレイズさん、ありがとうございます」
という台詞を「ガ」まで口にしたところで壁面をぶち破って、
セフィリアもろともモーゼル邸へニ度目の不正規訪問をします。
勢いが衰えきるまでにさらに屋内の壁を複数枚必要としましたが、
なんとか速度をゼロにしてほっと一息つこうとしたところで
「こほっ、こほん!」
立ち込めた埃を吸ってひとしきりむせました。
しかしこの埃は視界も遮ってくれます。
それに乗じて少しだけ移動して、そこで屋敷をさらに破壊する音をBGMに、
セフィリアと今後について打ち合わせです。
「ガルブレイズさん、ありがとうございました、助かりました」
頭を下げて、まずは先ほど言いそこねたお礼をちゃんとしてから本題です。
「あの男、警備側の人間とは思えません。おそらく狙いは我々そのものです」
ファミアは根拠として、自分の名と、なにより能力に関して知っていたらしいことを上げました。
- 205 :ファミア ◇mCdqLO6Z6k[sage]:2012/06/28(木) 00:35:30.70 0
- オークション関係者であれば名だけは知っていてもおかしくありません。
搬入前の審査でファミアは自ら名乗っているのです。
しかし遺才のことは知らないはずです。手袋を着用させたままだったのですから。
(そもそも、本人は知らぬこととはいえ警備員たちからすると今のファミアは"保護対象"なので、攻撃されるわけがありません)
さて、ならばこれからどうするか。
まずは念信で他の課員の状況を探ろうとしました。警備の音声ばかりで遊撃課員には繋がりません。
ファミアはここで初めて混信に気が付きました。
あるいはこちらの声は届いているのかもしれませんが、返信が受け取れないのでは同じこと。
どうあれ自分たちから動く必要があるようです。
そこでファミアは、
・構造もわからず、罠を作動させる危険もあるので出来る限り屋内の移動は避けたい
・他の課員が交戦中である可能性も踏まえ、まずは援護を当てにしない
以上二点を前提として述べた上でセフィリアにこう切り出しました。
「まずもう一度屋外へでます。そこで私が囮になってあの男を引きつけますから、
その隙に他に配置されているゴーレムを鹵獲してきてください」
ゴーレムに対抗するにはやはりゴーレムが一番です。さっき身をもって教訓を得ました。
囮になるのは心底嫌ですが、往々にして目的のためには我を殺す必要があるものです。
「道中、出来うる限り状況についても調べて、可能であれば応援を」
状況に関してはマテリアが収集していてそれを伝達していたのですが、
片や埋まってた、片や頭に血が上ってたで、ふたりとも全く聞こえちゃいなかったのでした。
なんなら全員連れてきてもらって自分は後ろに引っ込んでいたい、
というのが素直なファミアの願いなのですが、まあそれは叶わぬ夢というものでしょう。
「……では、行きましょう」
緊張ですこし乾き始めた唇を舌で湿して、それから外へ向けて踏み出しました。
まっすぐ戻ってはリベリオンとはち合わせてしまうのでまずはすこし迂回です。
「そうそう、これをお持ちになってください」
そう言いながら差し出したのは50センチ程度にまで切り詰められた二本の腸詰め。
先ほどまでファミアが"使用"していたものの一部でした。
墜落した際にちぎれ飛んだものがたまたま近くにあったのです。
――つまり"問題"もないではないのですが、まあ、あるものは使わなくては損というものでしょう。
セフィリアの遺才であれば、これもファミアが扱う以上に危険な武器です。
【継承】
- 206 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/06/29(金) 23:21:01.59 0
- ーしかし何だか軍人というより宗教関係っぽい服装だな、いや
よく見りゃやっぱり宗教服だ、でもさっきあいつ遊撃課って言ってたよな
監査ってことは味方殺しってことだから、人員整理か何かで来たのか
となるとあれは変装なのか、いかん着てる奴のせいか軍服にしか見えなくなってきた・・・
というふうなTPOに照らして極めてどうでもいいことを考えながらも、
ダニーは現状の把握を済ませていた。身内の他の者も命はあるが、その中で
ノイファが手傷を負ったのは目の前で確認した。
ダニーの眉間に険が立つのと同時にロンの賑やかな声が聞こえ、ばたばたと近寄ってくる。
彼は巨人の背に隠れると念信器に向かって何事かを呟いた。この距離なんだから普通に言えばいいのに。
>>「ダニー、気をつけろ。奴は妙な技を使うぞ。遺才は使わない方が良い」
>>「それと残念だが、俺はあの女相手に闘えそうもない。ダニー、任せていいか?」
「・・・・・・、・・・」
任されちゃうぜ、行きな、とダニーは微笑むと軽く握った手から親指を立てて返事をする。
ランゲンフェルトへの伝言は、「敵の正体は遊撃課の監査、貸し一つ」だ。
断片的に過ぎるがクローディアが言うには情報にも価値があるらしい。
面子を潰されて手ぶらで逃げるよりかは幾らか違う状況に持っていけるだろう。
不意に、建物全体が轟音を伴って大きく揺れる。
さっきのゴーレムが迎えにでも来ようとしているのだろうか、
ロンへ用件を手短に伝えた矢先、この間隙を縫って今度はノイファと一緒にいた内の一人がやって来る。
ーこの匂い、女かー
一見して性別の分かりにくいスイにそう当たりを付けていると、彼女は口を開いた
>>「無理を承知で頼む。あそこにいる二人を、上手く守ってくれ。礼は必ずする。この命に懸けてもだ。」
そう言って頭を下げると、スイは返事も待たずに外へと飛び出していく。
礼を懸けることの保証に己の命を懸けようと、スイは言ったのだ。愚直故なのか、それとも誇り故なのか
「・・・懸命な淑女のお願いに懸けて」
今度はダニーがその背に向けて言葉を送った。
- 207 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/06/29(金) 23:22:01.28 0
- やや大仰に手を差し出し、片目を閉じた所で、建物の揺れが収まった。
だが西方監査を名乗った女も依然としてそのままだ。
ロンは遺才を使うなといったが、彼女の遺才は段階こそあれど常時発動型である。
それこそ死なない限り払拭することはできない。それに、
正面から挑むことが可能で、部外者の人目もなく、あっちこっちからお願いされて、
ここで退くことは自分の女が廃れることを意味する。ダニーにとってそれこそは許されざる事。
大女は漸くその気になったのだ。
両手を静かに頭上高く翳すと、愛の温もりが失われた双輪に、そっと指先で触れる。
その瞬間から全身に湧き上がる更なる血肉を全霊で制御しながら、急速に人から遠ざかる。
膨張した体躯はボロボロのドレスを内側から引きちぎり、
現れた金銀の体毛を乾いた白骨の鎧が身を包みやがて、彼女は現れた。
ーウォウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥーーーーーンー
獣の遠吠えが室内に響き渡り、むせ返るような闘志が充満する。
余韻が収まった頃、ダニーは首を戻すとくぐもった声で囁くようにノイファと呼びかけた。
「そこのちっこいの連れて少し休みな、あいつらの相手はけっこうしんどかったろ?」
一層分かり難くなった表情とは裏腹に、軽くなった口元から出る言葉はどこか自慢気で、
一分一秒を争う自壊が始まっているとは思えないくらい楽しそうに話す。
「このむっつりの相手は俺がしといてヤるよ」
相手の力量がまるきり分らないようなダニーではないが、今の彼女はヤル気だ。
何一つ臆することなく、体をの節々を鳴らすと、知り合いに教えるような口ぶりでこう言った。
ー状況開始だぜー 、と
【ロンさんに伝言→スイさんに返事→変身→ノイファさんにささやき→アネクドートに対峙】
- 208 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/02(月) 23:47:53.06 0
- >「えっと……耳はもう大丈夫ですか?ウィットさん。 私はこれから、仲間を助けに行かなくちゃなりません」
視界を遮る自分の掌の向こうで、マロンが囁いたのが聞こえた。
ウィットはその時にはとうに涙も乾いており、耳も回復していたし、さっさと立ち上がって行動を再開しても良かった。
……しかし、突如「ひゃ、は、はいっ!」とか叫んでビクンビクン痙攣しだしたこの女に、ウィットはどう反応していいやら。
結局、まんじりともせず彼女が何もない虚空へ向かって口パク(おそらく、音声系の術式だろうが)を繰り返すのを、
指の隙間からこっそり覗いて起きるタイミングを伺うほかなかったのだった。
>「……元老院の陰謀は、あなたが捕まらない限り成立しません。だからあなたは……とにかく逃げ回る事を優先すべきです」
「……そうだな。そこについてはさして難しくは考えなくていいだろう。――逃げまわるのは昔から、得意だからな」
重大犯罪を犯しておきながら、砂漠から砂糖の一粒すら見つけ出すとすら謳われた帝国当局の目をひと月以上も逃れ続けた、
彼の遁走手腕こそ、まさに『遁鬼』の面目躍如。
『絶影』さえ発動してしまえば、見つかりはしても拘束されるということはまず、ない。
それこそ、相手が遺才さえも封じる封印術でも用意していなければ。
(とは言え、封印術なら見てから躱せる。どういう性質のどの程度封じれる代物かを確認した上で、罠抜けが可能だ)
事実上、彼を物理的に縛れるものはこの世界には存在しない。
万物に等しく課された重力でさえも、逃れ切るのが絶影という遺才、護国十戦鬼の実力だ。
>「けど……なんて言いますか。こう、あなたが傍にいてくれたら……きっと心強いだろうなーなんて。
そんな事も、ちょっと思っちゃったりとか……。いえ、まぁ、ただ思っただけなんですけどね!」
……物理的には、であるが。
臆病で、朴訥で、マロンにも負けないいわゆるお人好しであるところの彼は、無言の圧力にめっぽう弱い。
言外に助けを求められたり、不器用な好意を向けられたりすると、すぐに情にほだされ、傾いてしまう。
そういうところに漬け込まれて、彼はいくつも墓穴を掘って、最後には命すら捨てかけたのだが。
しかしそんな悪癖を、そういう弱みをもつ自分を、彼はどうしても嫌いになれなかった。
>「あ、あと……これ、預かっていてもらえませんか?」
>「この銀貨は……お母さんの形見なんです。
>「後で絶対、返して下さいね。『約束』ですよ」
「う……」
ウィットは仰向けのまま渋い顔をした。
念押しのように、『約束』を持ちだされてきては、一度破った身には覿面の誓約だ。
むしろ、マロンの言調にもいくらかの恨みがましさが混じっていて、そこにどこか子供らしさを感じて。
ウィットはこらえきれなくなって破顔した。
「わかったよ。……一緒に行こう。今度こそ、約束は守るよ。側にいて、お前が求めたとき、いつでもこれを必ず返す」
ウィットはそう、間違いなく真意から約束して――
* * * * * *
- 209 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/02(月) 23:53:22.09 0
- 「だったら今すぐ返すことをお勧めするぜ。老婆心ながらよぉー」
部屋の入口に一人の男が立っていた。
背中を壁につけ、腕を組み、足を投げ出すようにして壁に身体を預けている。
従士隊制式の防刃帽に、制式の軽鎧。腰に刺さった鞘には何故かあるべき剣が納まっていない。
そして男の精悍な顔には――何故か左頬に腫れと痣が大きく残っていた。
遊撃課相談役、レクスト=リフレクティアである。
「何故ならば!お前はこれから俺にしょっぴかれて――死ぬまで返せなくなっちまうからなああああっ!」
ビシィ!と指をウィットに突きつけ、リフレクティアはしたり顔で言葉を続ける。
「顔と名前は変えただけで安心してたか?護国十戦鬼ともあろう天才がとんだお間抜けだな。ああ、世界的大間抜けだぜ。
タニングラードに潜伏中ってとこまでは割れてんだ、そんな街中でバカスカ遺才使えば当然、分かる奴には分かるんだよ」
遺才に限らず、魔法や魔導具など魔力に関わる全てには、それを使った者を特定する手段がある。
魔力はそれを生み出す者によって千差万別の"形"があるからだ。いわゆる魔力波長とか魔紋と呼ばれる概念である。
ある特殊感覚を持つ者は、その波長を『色』や『音』、『感触』などで魔力を見分けることができる。
そして、魔術を学問として極めた者もまた、経験則や理論によってある程度魔力波長を同定することが可能なのだ。
ゆえに、魔法がある程度高度に浸透した社会では、魔法による『暗殺』が発生し得ない。
誰が殺ったか、現場に残る攻性術式の魔力波長で容易に特定できてしまうからである。
「皮肉なもんだな。お前を覆い隠すはずのその遺才が!他ならぬお前をユーディー=アヴェンジャーだと叫んでいるぜ」
声高になっ!とリフレクティアは言った。
ウィットは言葉もないと言った体でこちらを凝視している。
無理からぬ事だ、いかに帝都が魔力精査に優れた人材を用意していたとしても、こんなに早く、高精度で特定できるわけがない。
まして、記録によればウィットはここ一月で遺才を一切使用していない。
捜査の初手たる足がかりがまるでない状態で、どうして彼を見つけることが出来たというのか。
――それは単純に、組織の力であった。
ようは、ボルトが定期的に上へ送る報告書の中に、マテリアが遭遇した『現職のハンター』の存在がきちんと書かれていたのだ。
路地裏の子供たちの情報から、ユーディ=アヴェンジャーと同一人物の可能性が高いウィット=メリケインという男の仔細が。
ウィットは遊撃課の報告・連絡・相談――捗っていないようで実は真相に漸近していた彼らの真面目な仕事ぶりに追い詰められたのだ。
「そんでご苦労だったなヴィッセン。お前がこいつをノックアウトしてくれたおかげであとはしょっぴいて帰るだけだ」
リフレクティアは、マテリアの元老院に対する不審に気付いていない。
彼の任務はあくまでアヴェンジャーの暗殺、他の二人のように遊撃課の制圧までは命令されていない。
――フィン・ハンプティとの対峙はあくまで、『任務の障害になり得る存在の排除』に過ぎない。
……結局排除されたのは彼の方だったが。
「じゃ、そういうことで。そいつの身柄こっちにくれや。お手柄っつーことでプラス査定つけてやんよ。
お前は悪いけど引き続き零時回廊の捜索な、まだ見つかってないんだろ?」
リフレクティアは言いながら一歩、踏み出した。
その一歩には、鳥の羽撃きのような音が連なった。
一瞬の後、リフレクティアはマテリアの後ろ、ウィットの傍にいた。一瞬で、マテリアに気取られることなく移動したのだ。
「『まさかお前まで』……職務放棄を言い出したりしねえよな?――あのフィン=ハンプティのようによぉー」
【ウィットの身柄を受け取りにリフレクティアが来た】
- 210 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/03(火) 22:32:11.51 0
- >「課長!!そいつは俺が連れて行く!…一緒に来るか?」
突如、目の前に風を纏ったスイが現れた。
ボルトは驚かない。マテリアが増援を呼んだならば、機動力に長けるスイがこうしていの一番に駆けつけることは予想済みだ。
オークション会場に乗り込むときに着ていた宝石商の上等な装束が、所々で傷を受けているのは、戦闘があったからだろうか。
「行く」
部下からの問いに、ボルトは即答した。
「手を貸せスイ、ハンプティを運ぶぞ」
バックパックから応急手当用の清祓布を引っ張りだす。
加護によって常に清潔と湿潤を保つ大判な絹布だ。通常は、要所に巻いて怪我を固定するのに使う。
しかしフィンの場合は、治癒魔法すら退ける護りの遺才がどう作用するかわからないので、安直にこれで巻くわけにはいかなかった。
下手をすると、加護自体を吹き飛ばし布が急速に劣化する可能性すらある。そうなれば、患部に毒を張り付けているようなものだ。
「こいつは、こうやって使う」
その辺の家から適当に拝借してきた、焚き木用の薪を二本、平行に並べる。
そこに橋をかけるようにして布を巻き、ボルトはあっと言う間に即席の担架を作ってしまった。
教導院で死ぬほど反復させられた技術の一つである。
「スイ、お前の風でこの担架を持ち上げろ。なるべくハンプティの身体に直接風が当たらないようにな」
無論、この鉄火場でフィンの身体をやさしく持ち上げるために担架を作ったわけでは断じてない。
もっと単純に、スイの風魔術がフィンに効かなかった場合を想定していた。
フィンの遺才が、『風で持ち上げる』という魔術行動を『風に吹き飛ばされる』と判断したら、おそらく無効化されるだろう。
まったくこの天鎧という能力は、『誰かを護る』ことはできても、『誰かに護られる』ことにはとことん向かないのだった。
「移動しながらでいいから、スイ」
全ての準備を滞りなく完了させてから、ボルトは部下に問うた。
「そしてハンプティ。お前ら二人共、現在の状況を報告しろ」
フィンは死にかけで声を出すのもつらそうだったので、その口先に念信器を翳してやった。
念信器越しならば、喋る体力が残っていなくても、心で思えば思考は伝わる。
満身創痍のフィンにそれを求めるのは酷なことかもしれないが、しかし、部隊を預かるボルトにとっては金銀に等しいもの。
情報が、必要だった。
「あらかた事情は知ってるが、それでもおれはお前らの口から聞きたい。――いま、この街で、一体何が起こっている?」
【フィンをデリバリーする準備完了。 移動中に二人に状況報告を求める】
- 211 :セフィリア ◆LGH1NVF4LA [sage]:2012/07/04(水) 20:21:03.88 0
- 私は大木を打ち付ける!!
>「クソッタレ!人間の女にムチ打たれたって何ら興奮しないんだよッこの駄肉がァ~~~ッ!」
しかし、この邪教徒にはダメージはあれど撃沈出来ることはなく
その腕に掴まれた
怒りに我を忘れるとはまさにこのこと……お恥ずかしい限りです
「き、貴様のような変態によもや私が……」
このまま握り潰されると覚悟を決めた時
>「地獄でファミアちゃんと再会でも祝してなァーッ!」
振り回された挙句、投げ飛ばされました
ああ、ごめんなさいアルフートさん
私はあなたの敵を討てませんでした
……え、アルフートさんいつの間になくなったんですか!
しかし、私にもはやそれを確かめることはできないでしょう
射出された魔法弾のごとき速さで壁に向かっていきます
(ああ、私の人生もここまでか……)
と諦めかけたとき私の足に何か引っかかります
視線を足に向けるとアルフートが引っかかっていました
「が……」
と聞こえた時に壁に勢い良くぶつかりました
「イタタタた、ふう、全身が痛いです
アルフートさんも無事のようでよかったです……」
さっき死ぬかもしれないと言いましたが。偉才が発現している私がこの程度で死ぬはずがありませんでした
雰囲気って大事です
それにあの変態邪教徒を抹殺するまで死ねません
>「ガルブレイズさん、ありがとうございました、助かりました」
「いえ、こちらこそ助かりました」
>>「あの男、警備側の人間とは思えません。おそらく狙いは我々そのものです」
「それは状況的に確実だと思います
しかし、我々が遊撃課に狙われる云われはありません」
先程は怒りでそんなことどうでも良かったのですが、冷静になるとおかしな話です
「私達、貴族令嬢を処分に来たということは他の皆様のところにもすでに手は回っているはずですね」
>「まずもう一度屋外へでます。そこで私が囮になってあの男を引きつけますから、
その隙に他に配置されているゴーレムを鹵獲してきてください」
却下しますと言いたかったのですがアルフートさんはまだまだ話があるようですので黙って聞きます
その後も私は黙って聞き、アルフートさんの覚悟に心打たれました
「了解しました。私が囮になってアルフートさんに逃げていただこうと考えたのですが
アルフートさんがそこまでの覚悟を持っていたとは……考えが足りませんでした
この腸詰め、大切に使わせてもらいます」
なにか臭いますが、細かいことは気にしません
私は偉才を駆使して別のゴーレムの元に走ります
【継承完了】
- 212 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/06(金) 00:24:29.10 0
- アネクドートがそこに立つ者全てに『分配』した剣。
もとは貧者達に天よりパンとぶどう酒を分け与える奇蹟を再現した、『天恵』という聖術を彼女なりに改造したものだ。
頭上から降りし剣の雨は、生ける者を現世の苦しみから解放するまさに恵みの雨。
それを、
>「間にっ、合えええええ!!」
ノイファ・アイレルは同じ神の奇蹟『聖剣』にて打ち払った。
それは良い。差し伸べられる手を振り払うのは個人の自由だ。その結果野垂れ死のうともそれは尊厳に殉じたまでのこと。
しかし、アイレルは他者に注がれた剣までも弾き飛ばした。
それは、アネクドートの琴線に触れる所業であった。
「貴様――!」
パキン!と足元で砕けた懐剣を、さらに軍靴で踏んで粉々にする。
「隣人の死さえも奪うか、下郎!」
遺才専門の殺し屋たる彼女には、殺しのポリシーめいたものがあった。
一撃のもとに全ての者の命を奪うこと。つまりは、死に順番を付けないこと。
殺す相手すらも、平等に扱うのが彼女の信条だった。
「平等!世界的幸福の基本原則がそれだ。人は生まれながらにして隣人と同じ道を進む義務がある。
平等に産まれ平等に育ち平等に営み平等に死ね。しからば誰も不幸にならず、世界は穏やかに回るのだ」
天蓋の剣発動からのほんのまばたきほどの時間で、自分を含め三人もの"剣"を打ち払う動きは目覚しかった。
ノイファ・アイレル。流石は天才揃いの遊撃課の中でも、帝国の元老院が最も警戒する女だ。
単純な戦闘能力ならば、大規模風術すら司る魔術師スイや、若くして剣鬼の称号を得たスティレットが長じるだろう。
しかし、その二人とてゴーレムには殴り合いで負ける。戦うだけなら、ゴーレムにだってできる。
アイレルの恐ろしさは、その天才の名を冠すに相応しき鉄火場での状況判断力にあった。
遊撃課がどれだけちぐはぐでも、彼女を一人そこに放り込んでおくだけでお互いを活かし合う練磨の強者達になる。
課長のブライヤーを除けば、遊撃課で指揮を執れる者はあまりに少ない。逆説的に言えば、
(この女こそが、遺才遣い共の親玉!)
どんなに屈強な集団であっても、それが部隊という単位で運用されている以上、頭を潰せば動きは止まる。
だから、アネクドートは他の遊撃課の脱出を見逃した。スイと、そして名も知らぬ金髪の少年と少女を。
"頭ひとつ抜けた"アイレルをここで潰して、烏合の衆となった遊撃課を平等に殺しきるために。
今、彼女の前に立つのはノイファ・アイレル――そして、金髪と入れ違いになるようにして入室してきた巨大な女。
髪でブーメランを作成するなど常軌を逸した御業にて金髪を逃し、そしてアネクドートと対峙する。
>「そこのちっこいの連れて少し休みな、あいつらの相手はけっこうしんどかったろ?」
既に巨女は、つい十秒前とはまるで別人のような姿に変身していた。
共通項と言えば、相も変わらぬその巨体だけだ。あとは骨格から肌の色まで、全てが変貌しているのだった。
- 213 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/06(金) 00:25:45.88 0
- >「このむっつりの相手は俺がしといてヤるよ」
「む。さては貴様、私を独占する心積もりか?そう急くな、相手はまとめてしてやる」
床に伏すアイレルと、嬉々充溢と言った具合の巨女。
片方は万全とは言いがたいコンディションとは言え、二人(+1)を相手にして、アネクドートもまた余裕を崩さない。
化物を相手にするのは慣れている。
銀杖をくるくると回して風に当て、冷ましながら――双眸を細くした。
「平等が私の信条だ。一切のパンの如く、私が貴様らに与える"死"を――仲良く分けあって死ね」
がり、と軍靴が床を噛む。その一瞬で、アネクドートは跳躍した。
巨女を殺す云われはない。しかし、アネクドートは他の者が見ている前で誰かを殺すなんてことは、できない。
殺るならそこに居合わせた者全員を一ぺんに殺る。彼女にとって"死"とは与える者であり、誰か一人を特別扱いはしたくなかった。
踏み込みとまったく同じ姿勢のまま高速で巨女に肉迫し、その脇腹へ向けて下端を握った銀杖を振り抜いた。
ゴシカァン!と細身の杖で殴ったとは思えぬ大音声。
同時に、杖の先端に術式を灯す。『噴射』――機動系の魔術を、巨女の腹に強制発動した。
発動すれば、巨女は噴射の速度で後方へとふっとばされ……背に隠したアイレルと子供と激突することになる。
巨女は助かっても、後ろの二人は確実に押し潰される。
敵の体を別の敵にぶつけて一度に二人殺る。アネクドートの、対集団戦闘における常套手段だった。
(巨女の方の能力が知れるまで――レコンキスタは使えない)
かの聖術は、"反転"が相手にとって致命的であることを確信してから使わねば意味が無い。
何故なら、世の中には――彼女の現在の上司のように、反転したところで攻撃力が下がる程度の影響しかない遺才遣いも居る。
彼女にとっても負担を強い、また持続力にも欠けるこの聖術は、本当にここぞという場面での切り札なのだ。
「――まずは貴様らの、その出すぎた杭を均してやる」
【バトル開始:アネクドートvsノイファ&ダニー】
- 214 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/07/06(金) 20:33:36.63 0
- >「わかったよ。……一緒に行こう。今度こそ、約束は守るよ。側にいて、お前が求めたとき、いつでもこれを必ず返す」
その返事に、マテリアの表情が華やいだ。
今ならなんだって出来る気がする、だとか。何がなんでもやってやらなきゃ、だとか。
そういう全能感や使命感が膨らんで、胸を満たしていく。
血潮に乗って気概が全身に滾っていく感覚に、彼女は拳を握り――
>「だったら今すぐ返すことをお勧めするぜ。老婆心ながらよぉー」
不意に視界の外から声が聞こえた。表情が、背筋が凍り付く。心臓が跳ね上がり、咄嗟に振り返った。
部屋の入口に一人の男が立っていた。この距離に肉薄されるまで接近を気取れなかった。
それは単純な不注意だった。油断だった。
人間の聴覚には意識した音を拾い上げる機能がある。
逆説、意識していなければ、人はどれだけ重要な音だって聞き逃してしまう。
今後どう立ち回るか、フィンの重傷、ファミアの呼吸停止――意識を多方に割きすぎて、マテリアには男の接近に気づけなかった。
>「何故ならば!お前はこれから俺にしょっぴかれて――死ぬまで返せなくなっちまうからなああああっ!」
威勢よく叫ぶ男の顔に、マテリアは見覚えがあった。
遊撃課へ左遷されてきた時に面接を受けた、遊撃課の相談役――レクスト・リフレクティア。
どうしてここに、という疑問を口に出す暇もなく、彼は朗々と語っていく。
どうしてここにいるのか、何をしにここに来たのか。疑問の答えに、焦燥を添えて。
>「そんでご苦労だったなヴィッセン。お前がこいつをノックアウトしてくれたおかげであとはしょっぴいて帰るだけだ」
>「じゃ、そういうことで。そいつの身柄こっちにくれや。お手柄っつーことでプラス査定つけてやんよ。
お前は悪いけど引き続き零時回廊の捜索な、まだ見つかってないんだろ?」
レクストの命令――応じる訳にはいかない。
応じれば、そこで状況は終わってしまう。
マテリアが零時回廊を隠し続ければ、少なくともその間は、ウィットの命は繋がれるかもしれない。
だがそれも時間の問題だ。ウィットの口を割らせる術なんて、きっといくらでもある。
もし家族や、知人や、彼を見つけ出す足がかりとなった路地裏の子供達を引き合いに出されたら、彼は折れずにいられるだろうか。恐らくは、出来ないだろう。
「っ……私は」
マテリアが絞り出すような声を紡ぐと同時、レクストが一歩前に踏み出した。
伴うのは足音ではなく、鳥の羽ばたきによく似たざわつき――そしてレクストの姿が視界から消えた。
次に音が聞こえたのは、彼女の背後からだ。こつん、と、靴底が床を叩く音が一つだけ。
レクスト・リフレクティアはマテリアの背後に立っていた。
回り込んだのだ。ただの一瞬で、彼女の視界に影すらも映さずに。
>「『まさかお前まで』……職務放棄を言い出したりしねえよな?――あのフィン=ハンプティのようによぉー」
レクストの口から、フィン・ハンプティの名が発せられた。
瞬時にマテリアは察する。フィンに重傷を負わせたのは、彼なのだと。
滾っていた意気が瞬く間に霧散して、代わりに一つの感情が彼女の胸中で膨れ上がる。
それは義憤でも復讐心でもない。
それらがまるで無かった訳ではない。だがそれ以上に、ただ単純に、怖かった。
フィンですら重傷に追い込まれた『何か』が、もし自分に向けられたらと考えると、恐ろしくて堪らなかった。
ウィットとの戦いで、マテリアは自分の無力を知った。
自分では出来ない事があると、敵わない相手がいると知ってしまった。
だから彼女は動けない。何も言えない。
故に、マテリアは無自覚に、最悪の事態を免れていた。
もしもウィットに打ちのめされる前の彼女なら、この状況でも間違いなくレクストに挑んでいただろう。
次は見える、勝てる、自分なら出来ると自信満々に。
そして――そのまま無惨に斬り伏せられていたに違いない。
- 215 :マテリア・ヴィッセン ◆HK4NxXVjAByK [sage]:2012/07/06(金) 20:38:07.52 0
- 自分には出来ないと、勝てないと知っているからこそ――マテリアは今、必死に考える事が出来た。
それでもやらなきゃいけない、何がなんでも勝ちたいのだと。
「私は……」
勝ちたい、勝たなきゃ、死なせたくない――だけど怖い。死なせたくないのと同じくらい、死にたくない。
様々な思いがせめぎ合う中で、彼女は考えて、考えて、考え抜いて――
「……そんな事、言ったりしませんよ。言う訳ないじゃないですか」
微かに震えた声で、そう答えた。
「私は……遊撃課に、左遷されてきた身ですから……。
職務に背くだなんて、そんな大逸れた事、出来ませんよ……」
怯えを含んだ声音、逃げ腰の言葉。
そこから彼女は――ですから、と続けた。
「つかぬ事をお聞きしますけど……私達の後にやって来る筈だった『本隊』って、まさかあなた一人の事じゃありませんよね?」
レクストを振り返る。
あくまでもゆっくりと、敵対の姿勢は一切見せずに。
「私が今回課長から仰せつかった任務は……『本隊が到着するまでの時間稼ぎ』でした。
なのでですね、私としては今、ウィットさんが連れて行かれるのを見過ごす訳にはいかないんです。
状況がここで終了してしまったら……それは『職務放棄』なっちゃいますもん……ね?」
マテリアが一歩前に踏み出した。
「私は軍の規律を乱した事で左遷されてきた身ですから……また同じ轍を踏む訳にはいかないんですよね。
課内の規律を守る為にも――あなたの命令には従えません」
レクストとウィットの間に割り込み、腕を横に伸ばして二人の間を遮る。
「そして職務に忠実な私に罰を与える権利も、新たな任務を与える権利も、相談役であるあなたは持っていない……筈ですよね?」
それは苦し紛れで、穴だらけにも程がある言い分だった。
重罪人の逮捕よりも職務を優先するなどと、お役所仕事だってもう少し柔軟な対応をするだろう。
そもそもレクストが「自分が本隊だ」と名乗ってしまえばそれで終わりだし、
彼が本当に遊撃課に関する諸権限を持っていないのかすら定かではない。
加えて何よりも――ここで時間を稼いだところで、状況が好転する見込みはまるで無いのだ。
後どれほどの時間を思考に費やせば、この状況を打破出来るのか、レクストを倒しウィットを逃す術が思い浮かぶのか、まるで見当もつかない。
それでもやらなければ、ここで全てが終わってしまうと言うだけで。
【職務に従って連行を拒否】
- 216 :ロン[sage ]:2012/07/07(土) 00:18:05.43 0
- >「・・・・・・、・・・」
任されちゃうぜ、行きな。巨大な淑女はそう言った。
ダニーはロンの願いを快諾し、優しげな頬笑みと共に親指を立てる。
言伝をしっかりと覚えたロンは黙って頷き、返事代わりに親指を立て、
「幸運を祈る」とばかりにコツンと拳を軽くぶつけた。
「シャチョウ、こっちへ!」
クローディアの手を引き、外へ向かう。先程から建物全体が揺れている。外で激しい戦闘が続いているようだ。
ランゲンフェルトが倒れ、まともな戦闘力が外に居ないという事から「大暴れ中」といったところか。
幸いなことにアネクドートが、逃げ出すロン達の後を追う様子は見受けられなかった。
「おいランゲンフェルト、ヘンジしろ!キこえてるか泣き虫お目々!」
クローディアを背に乗せ、馬よりも早く駆ける。
念信器でランゲンフェルトに呼び掛けるが応答なし。未だノビているのだろうか。
またも思考する。ダニーの言伝、「敵の正体は遊撃課の監査」――
「……『遊撃課』ってナニモノだ?」
それはクローディアに対する問い掛けなのか、独り言を呟いたか分からない位の小さな疑問。
自分で答えを出す間もなく、ロンの足は止まる。他ならぬモーゼル邸の壁に作られた巨大な穴の前で。
瓦礫が止めどなくパラパラと崩れ落ち、ロンのどんぐり目がますます皿のように丸くなる。
「何だこれ」
開き切った口をどうにか動かそうとして、出た言葉がそれだった。
「何だこれ」
大事な事ではないが二度言った。それくらい非現実的な光景だった。
こんな芸当が出来る人間はごく一部である。穴はまだ新しいのでダニーでないことは確かだ。
何時までも呆けてる訳にはいかないので、さしあたってランゲンフェルトを探す。多分すぐ近くにいる筈だ。
「あっ」
居た。瓦礫の一部になってノビきっている。しかも謎の異臭を放って。
酸いを含んだ謎の液体、もとい吐瀉物を顔中にまぶして安らかな顔で燃え尽きていた。実に腹立たしい。
「おいランゲンフェルト、臭っ寝てる場合じゃないぞ、起きろって臭っ、何だこれ臭っ、臭い」
顔を顰めつつも近寄り、「臭い」を連発しながら(吐瀉物を避けるように)襟首を掴んで揺さぶる。
起きないので平手打ち数回。容赦はこの際捨てることにする。
揺さぶりだけでは起きないだろうかと判断するや微量の電流を流し込んでやる。情けもこの際捨てることにする。
最終的に指を2本突き立て瞼越しに目玉を刺激してやる。目潰しではない、刺激的な目覚ましである。
「ナきムシおメメ、シゴトそっちのけでネンネすることがサラリーマンのシゴトなのか?あと臭い」
手を吐瀉物で汚した苛立ちから、憎まれ口を叩く。手についた汚物はランゲンフェルトの背広で拭った。
「ドリスからコトヅテだ。『敵の正体は遊撃課の監査、貸し一つ』……それと」
- 217 :ロン ◆1AmqjBfapI [sage ]:2012/07/07(土) 00:19:00.91 0
- ロンは視線を変え、暴れ回るゴーレムを注視した。もしあの巨体がこれだけの損害を作ったのだとしたら――
別所にいるダニーにも聞こえるようチャンネルを付けた。彼女が戦闘中でもこの問いに答えられるかは疑問だが……。
「オレタチのテキはハたして『デカイのか?小さいのか?』」
状況を見る限り、答えは火を見るよりも明らかのようだ。
敵は意気揚々とした様子で背を向けている。ロンはクローディアへと振り返り、膝をつく。
「社長、先程はすまなかった。俺は――仕事を果たせなかった。それどころか、社長を……」
俯いたまま、暗澹とした声色でロンは己の未熟さを責めるように告白する。
また、回想する。一瞬にして、これまでの五日間を振り返る。
事情も知らず、あれよあれよと雇われ始め、たった五日間過ごしただけの商会の日々。
だがその五日間は、16年間の人生の中で一番濃厚で、鮮明で、輝いている。どんな仕事よりも、やりがいがある。
その五日間が教えてくれたことは、父母の死の悲しみすら払拭して、家族以上に掛け値なしに守りたいと思えるものだった。
――命を天秤にかけるとしてもだ。
「……クローディア。俺、ダニーに聞かれたんだ、何か物をとても欲しいと思ったことはあるかって。
正直、俺はあんまし物欲ないほうだから、答えられなかったけど――どうしても守りたいものならあるんだ」
数拍の後、面を上げた少年の黒い瞳は、その若さには釣り合わぬ『覚悟』の炎で燃え盛っていた。
「だから――今度は絶対にしくじらない!『何があろうと、まもってみせる』!!」
命令も、業務も、仲間も、目の前にいる彼女も――欲張りな想いを言い表そうと、語彙の少ない彼が必死に搾り出した陳腐な一言。
勢いでクローディアの両手を握りしめ、その白い掌に彼女から渡された金貨の一枚を忍ばせた。
切り札の最後の一枚をポケットに忍ばせたまま、本命の敵へと振り向き駆ける!
「(敵は無機物、体力は無尽蔵。だったらスピード勝負っきゃない!)」
遺才の復活は先程のランゲンフェルトに使用したことで証明済みだ(無意識に使ってしまったとはいえ大した発見かもしれない)。
全身に電流を巡らせ、己の加速度を最大限にまで上げるべく脚部へ集中。
そして、爆走――駆ける!駆ける!駆ける!!その姿は小さな雷が地を滑るかのよう!そして肉薄する!!
「破ァァアーーーーーーーーーーーッ!!」
その背中めがけ、電流を纏う右足が強力な蹴りを放つ!
間も無く蹴りの力で宙へと身を翻し、月を背にゴーレム(から突出した人間の頭)の頭上を舞う。
「何時もならレエイ家家長を名乗る所だが……今日からは敢えてこう名乗ろう」
両手が拳を作り、かと思いきや開く。両の掌に小さな紫の電の球が出来、それは掌底を中心に弾けるように指先まで駆け巡る。
レエイ家流秘術の一つ、『紫龍爪』。その両手に纏う電流は、触れたものに浸食し、内側から焼き焦がす。
「クローディア総合商会護衛及び雑務担当、ロン・レエイ! 推して参る!!」
【ランゲンフェルトさん→言伝を伝える
クローディアさん→遊撃課って何者?→金貨一枚返す、宣誓
リべリオン(ゴーレム)→ボルテッカーからの背中キック→名乗る→落ちてくる→雷パンチで焦がす気マンマン】
- 218 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/07/12(木) 21:24:58.85 0
- "天蓋の剣"を受けた肩口が灼熱を訴え、だらりと垂れ下がったままの腕はぴくりとも動かない。
肉体的な疲労も然ることながら、立て続けに絶死の状況を潜り抜けたせいか、精神の摩耗も相当。
遊撃課西方監査、"遺才殺し"のアネクドート。
十全な状態であったとしても、決して戦うのに易い相手ではない。
ましてや、負傷も抜けきっていない今の状況で、対峙するには荷が勝ち過ぎている。
「背を向けた相手を撃たないのは、神の使徒としての矜持……といったところですか?」
それでも退けない。これは千載一遇の好機なのだ。
例え相手が元老院の放った刺客であっても、"天才"を殺すエキスパートだとしても。
人口湖の底で散ったサフロールに誓ったのだ。もう誰も死なせはしない。
だから、絶対に退かない。
「なあんて、そんな殊勝な考えなわけないですよね。」
スイや、クローディアたちを見逃したのには何か理由がある。
でなければ、彼女が目の前の獲物をみすみす見逃すはずがない。そう、半ば確信していた。
動く右手で膝を払う。"聖剣"はとうに消失している。
最も、生身の相手に振るったところでなんの効果もない代物だ。
>「隣人の死さえも奪うか、下郎!」
別に、気の利いた返しを期待していたわけではなかった。
>「平等!世界的幸福の基本原則がそれだ。人は生まれながらにして隣人と同じ道を進む義務がある。
平等に産まれ平等に育ち平等に営み平等に死ね。しからば誰も不幸にならず、世界は穏やかに回るのだ」
しかし、罵声で応じられるとも思っていなかった。
なるほど、他者の生き死にに介入することが、彼女にとっての禁忌に当たるのか。
ふっと、自照の笑いがこぼれた。まさかこんなところで、問答をする羽目になろうとは。
「貴女は、"平等"と"同等"をはき違えている!」
何をしているのだろう。
生死を分ける鉄火場でするやり取りではまるでない。
果たして自分は冷静なのだろうか、時間稼ぎの手としてならば良いだろう。
だが、それとも違う。単純に興が乗った、それだけだ。
「"平等"とは魂の在り方。
己の信念において自由に行動を選べる権利。
私たちは"神"の教えを説くことで、一助となることしか出来はしない。なぜなら――」
息を吸い込む。腰を手に、胸を反らした。
"彼"ならこういう時、どんな顔をして言うだろうか。
きっと今の自分のように、自信たっぷりで言い放つに違いない。
「――私たちは、"神"ではないのだから。
貴方のそれは、神になり替わろうとする背信に他なりません!」
- 219 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/07/12(木) 21:30:51.78 0
- ノイファ自身がそうであったように、ダニーも俄然やる気を見せていた。
直前に何事か囁いていたスイの言葉によるものか、あるいは単純に彼女自身の気質によるものか。
どちらにせよ、この上なく頼りになる援軍の出現だった。
>「そこのちっこいの連れて少し休みな、あいつらの相手はけっこうしんどかったろ?」
すでに獣化を終え、白骨の鎧を纏ったダニーが言う。
「それはもう、出来ることなら二度と敵に回したくありませんね。」
絶賛気絶中のフラウを後ろに、ノイファも軽い口調で応じる。
>「このむっつりの相手は俺がしといてヤるよ」
「とてもありがたい申し出ではありますけど――」
魔力を紡ぎながら、油断なくアネクドートを見据える。
あれだけ大見得を切った手前、ただ静観するだけ、というわけにもいくまい。
>「む。さては貴様、私を独占する心積もりか?そう急くな、相手はまとめてしてやる」
「――だ、そうです。向こうもすっかりやる気みたいですね。」
数の上ではこちらが有利、加えて奇襲の線も最早ない。
だというのに、余裕を崩さないアネクドートが不気味だった。
彼女もまた相当の死線を潜っているに違いない。
(いや、違う)
経験だけではない、これはあくまで彼女にとって常の戦いの延長なのだ。
いつものように"遺才"を相手にする。だからこその余裕なのだろう。
>「平等が私の信条だ。一切のパンの如く、私が貴様らに与える"死"を――仲良く分けあって死ね」
先刻の仕返しか、あくまで曲げぬ信念を声に、アネクドートが跳ぶ。
「ダニーさん!」
フラウを庇いながらノイファは叫んだ。右眼には既に赤光が灯っている。
こちらへ向け吹き飛ぶダニーの背に手をあて、聖句を解放。
"落下制御"で勢いを削ぎ落とし、相殺しきれなかった衝撃を、足を踏みしめることで耐える。
今のが一対多における、アネクドートの基本戦術なのだろう。
となれば前衛、後衛に分かれるという戦い方は逆に危険だ。
「散開しますよ。」
- 220 :ノイファ ◆QxbUHuH.OE [sage]:2012/07/12(木) 21:32:07.92 0
- フラウを抱え、ノイファはダニーとアネクドート、両者と距離を取る。
ノイファの操る聖術は、夜間及び屋内で行使できる攻勢魔術がない。
ゆえにアネクドートと対峙するためには武器が必要になってくる。
そして、そのための場所がここだ。少し前までクローディアたちが居た場所である。
床に転がったままの弩と刺突剣。
弦の切れたクロスボウは使い物にならないので打ち捨て、レイピアを足で掬い上げ、空中で掴み取る。
「……うわ。」
思わず悲鳴が漏れた。刃毀れが酷い。
持って数合、打ち合いなら五手で折れる。
(無いよりはマシ……ですかね、それに倒すことが目的ではないですし)
そう、あくまでフィンの到着に合わせ、アネクドートから"盤面返し"を引き出すのが主目的なのだ。
対遺才の切り札。"レコンキスタ"も万能の術などではない。
今までで判ったことは、他の"聖域"に比べ、極端に持続性が悪いということだ。
加えて連発してこないことから、術者にかかる負担が大きいのかもしれない。
アネクドートを倒すだけなら、修練の末に身に着けた技量で挑むのが、最も有効だ。
しかし"盤面返し"を引き出すためには、遺才を持って彼女を追い詰めるほかない。
(なんとも骨が折れる作業ですねえ……)
考えとは裏腹、ノイファは口元を釣り上げた。
右手のレイピアを一閃。手首を返し、顔の前で垂直に立てる。
それが意味するのは、騎士の礼。
この場に、同僚が居ないのは好都合。
手持ちのカードを切ったところで気にする者は居ない。
アネクドートの余裕を崩すに足る一言が届けば、それで良い。
朱に染まる眼で、アネクドートを見据える。
「改めて名乗りますよ、アネクドートさん。
かつて皇帝陛下に弓引いた逆賊が一人、ルグスの聖騎士フィオナ・アレリィ。
全力をもって、お相手させていただきます。」
【レイピアげっと!】
- 221 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/07/13(金) 00:23:47.69 0
- 僅かに残る生命の残滓を燃やす事により意識を繋ぎとめるフィン。
そんな彼の身体から、突如として重量が消失した。
勿論、フィンが落下した訳でもなければ肉体から精神が剥離した訳でもない。
フィンの身体が浮遊したのだ――――吹き上がる風によって。
>「課長!!そいつは俺が連れて行く!…一緒に来るか?」
>「手を貸せスイ、ハンプティを運ぶぞ」
声と共に現れたのは、スイ。
遊撃課の一員にして、風を統べる稀代の『天才』であった。
それにしても、失血と肉体の欠損分の重量が減っているとはいえ、
ボルトが作った簡易担架により浮きやすくなっているとはいえ、
フィンは平均的な男性以上の体格を持ち、かつその手には金属製の手甲を装着している。
そのフィンを風の力のみで持ち上げるとは、遺才持ちの例に漏れず、
スイのもつポテンシャルは一般の魔術師の比ではないと言えるだろう。
自分を救うためにその強大な才能を使ってくれるというスイ。
そのスイに対し、本来であればフィンは礼を述べなければならないのだが……現状、それは叶わない。
今のフィンには、声帯を震わせる体力すら残っていないのだ。
>「そしてハンプティ。お前ら二人共、現在の状況を報告しろ」
そして、ゆっくりと運び出され始めたそんなフィンに対し、ボルトは「何が起きたのか」報告を求めてくる。
こんな怪我をしているのに無体と思うだろうが、こんな状態の人間に対しても情報を引き出せる道具は存在する。
『念信器』。
一般には中距離の会話を行う為に用いるがで、口を利けない人間の意思を聞き出す事にも転用可能な汎用性の在る道具である。
口先に何かが当てられる感触を僅かに感じ取ったフィンも、その道具の存在は知っており、
恐らくそれであろうと当たりをつけて念信器に己の思念を乗せる。
- 222 :フィン=ハンプティ ◆yHpyvmxBJw [sage]:2012/07/13(金) 00:24:47.89 0
- 『……聞こえるか、ボルト隊長……と、あんまし目が見えねぇから間違ってるかもしれねぇが……スイ、だよな?
あんまり長くは意識を持たせられそうにねぇから、掻い摘んで言うぜ……』
『……元老院、俺達遊撃課の上部組織なんだよな……そこが、この街を手に入れる為に多分俺達を捨て駒にした。
遊撃課を犯罪者として扱う予定だって事を聞いた』
ボルトにとってはある意味予想していた回答であろうが、スイにとっては衝撃的な内容であろう。
だが、いつ意識が落ちるか判らない現状では、気にかける余裕も無い。フィンは続ける。
『俺は、街の外で馬車を待ってる間にタニングラードを制圧するっていう三人の尖兵に会って、
指揮に加われって言われたけど断って……そうして、やりあって……
……悪ぃ、何とか皆の所に行かせない様……食い止めようとしたけど、無理だった。
あいつらは強い……逆に、ボロボロに……されちまって、このザマだ』
一瞬、語るフィンの眉間に皺が寄った。自身の無力さを思い返しての事だろう。
『尖兵は三人……話を聞いてると、全員が別の国の人間っぽかった……
レクストっていう……化物じみた「連続剣撃」の使い手と……
俺の『天鎧』を無効化……いや、悪化……させる力をもった、女。
後は、妙な短い筒を持った男が一人だ……。
……そんでもって、俺がここまで刻まれたのは、レクストって奴一人に対してだ……。
……あいつらは、強い……俺が死力を尽くしても、たった一発殴る事しか出来なかった……』
『……さっきの手紙は、ボルト隊長に預ければ役に立つって……そのレクストって奴が渡してきたもんだ……』
フィンは続ける。無力を噛み締めながら、迫る死を堪えながら、覚えている限りの記憶を語る。
『頼む……ボルト隊長、スイ……俺の大切な友達を、あんた達自身を、今の俺みたいにしないでくれ……』
『……今の俺じゃあ、力が足りねぇんだ……俺一人だけだと、友達を助けられねぇ……。
だから、二人とも……俺を助けてくれ……友達を助けたい俺に、力を貸してくれ……!』
そしてかつてのフィンであればしなかったであろう、発言。
仲間を助ける為に、無力な助けてくれと、フィンは二人に意思を示す。
【機知の敵のデータを伝える】
- 223 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/07/16(月) 22:23:43.09 0
- 建物の揺れが小康状態を迎えると、こちらの出方を伺っていたのか
それまで沈黙を保っていた銀髪の女、アネクドートは攻撃を防いだノイファへと叫んでいた。
糾弾そのものの口調で発した内容は悪態を吐くものではなく糾弾だった。
>>「隣人の死さえも奪うか、下郎!」
>>「平等!世界的幸福の基本原則がそれだ。人は生まれながらにして隣人と同じ道を進む義務がある。
平等に産まれ平等に育ち平等に営み平等に死ね。しからば誰も不幸にならず、世界は穏やかに回るのだ」
禍福は糾える縄のごとく。ダニーの心境はそんな所だろうか。
折角の気分に水を差されて忘れていた疲れが蘇る。
>>「貴女は、"平等"と"同等"をはき違えている!」
>>「"平等"とは魂の在り方。
己の信念において自由に行動を選べる権利。
私たちは"神"の教えを説くことで、一助となることしか出来はしない。なぜなら――」
>>「――私たちは、"神"ではないのだから。
貴方のそれは、神になり替わろうとする背信に他なりません!」
背後でノイファが反論する。己が正しきと信じる持論を真っ向から打つけて。
噛み砕いて言えば、アネクドートの平等は「皆が皆同じなら誰も不幸にはならない」
であり、ノイファの平等は「どこの誰だろうが意地を張るのも張らないのそいつの勝手」だ。
巨人のような爪弾きからすればアネクドートの論はそこそこ魅力的だ。
ただし魅力的と思えるのはこれまで何かにつけ平等でなかったことの証左であり、
始めから平等もとい同等であったなら恐らく眉一つ動かさず遠慮していたことだろう。
ノイファの方は分かりやすいが、ダニーにとって当たり前のことで論じるまでもない。
こちらの変身する間に問答を終えた彼女らは改めて身構える。
ダニーの休むようにとの忠告は結果として受け入れられ無かったが、
>>「それはもう、出来ることなら二度と敵に回したくありませんね。」
その一方でノイファはロン達の力を認めた。ダニーにはそれが思いの外に面映く、誇らしい。
ふと気を抜いた隙にアネクドートが飛び込んできた。
>>「平等が私の信条だ。一切のパンの如く、私が貴様らに与える"死"を――仲良く分けあって死ね」
- 224 :ダニー ◆HgXyTzuaMCl. [sage]:2012/07/16(月) 22:27:41.09 0
- 衝撃がダニーの腹を通り体に拡散する前に体ごと後ろへ吹き飛ばす。
どいつもこいつも女の腹ばっかり狙いやがってと
内心で悪態を吐きつつもフラウとノイファの身を案じたが、
背中にノイファの手が当たると加えられた力を急激に散らされ、ダニーの巨体が受け止められる。
直後に言い渡された指示に従って飛び退くと、手負いの麗人はそのままフラウを抱えて距離を取り、
短時間で武器を拾って戻って来ると今度は自身の正体を明かした。
>>「改めて名乗りますよ、アネクドートさん。
かつて皇帝陛下に弓引いた逆賊が一人、ルグスの聖騎士フィオナ・アレリィ。
全力をもって、お相手させていただきます。」
その名はフィオナ。聖騎士ということは神殿の手の者だろうか。
貴族縁の者とは思っていたが想像以上の大物だった。フィオナの口上に次いで、ダニーも続ける。
「さっきは言いそびれたけどよ、実際の所、人は平等じゃねえ。勿論動物だってそうだ。
だがな、不幸で終わるなら助けようとするのは駄目なのか?巣から落ちた雛を助けようたってすぐ死んじまう。
不幸のまま終わるなら、他人と違って生きてちゃいけないのか?」
獣が両の拳を握り締める。
「力は全てだ、俺は今でもそう信じてる」
「だがな、力なんか無くても、自分が不幸でも、人は他人を幸福にできる」
ダニーの親に子供がいれば、クローディアが遊撃課に敗北しなければ、自分が普通の人間だったら。
獣にとって幸福はいつだって、誰かの不幸と隣合わせに有った。握った拳を高く掲げる。
「俺の幸福は他人の不幸の上に成り立っているもんだ。それが認められないんなら、
手前の言う平等もそのお修辞も真っ平だ。俺の幸福なんだ。誰にも否定はさせない」
掲げた拳を床へと付けて獣が見得を切り、その足元に氷の花が咲いては弾け飛ぶ。
傍目に分かるほど膨らませて溜めた全の身バネを使い、
ダニーは吹き飛ばされた時にも劣らぬ速度でアネクドートに飛びかかっていった。
【力は正義 力は愛】
- 225 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/16(月) 23:49:20.53 0
- >「おいランゲンフェルト、臭っ寝てる場合じゃないぞ、起きろって臭っ、何だこれ臭っ、臭い」
見渡す限りのギンナン並木の中でファミアとおいかけっこするというとても素敵な夢を見ていたランゲンフェルト。
駆け逃げるファミアの肩を『つーかまえたっ』した瞬間、笑顔のままファミアに目潰しを食らった。
「んごぉっ!?」
気がつくと、彼は滂沱の涙を流し、がれきの中に横たわっていた。
見上げると、何故かロンが、鼻をつまみながらこちらを睥睨してういた。
心なしかギンナンの強烈な匂いが体中から沸き立っている。
「一体なんの騒ぎです。私はこれからはぐれてしまったゲストを保護すべく……ん?ん?」
なにやら記憶が飛んでいた。
ファミアを追いかけて、ドリスと別れたあたりから記憶が無い。
いやそもそも、自分はドリスと別れてどこに行ったのだろう……?
>「ドリスからコトヅテだ。『敵の正体は遊撃課の監査、貸し一つ』……それと」
「遊撃課……」
聞き覚えは、ある。
ランゲンフェルトとて、並の悪党ではない。一本気のある筋の通った悪党だ。
故に、自らを脅かす情報の収集には余念がなかった。
先のウルタール湖、それから西の果てダンブルウィードの作戦で、従士隊の新部隊が実に荒々しい戦果を上げたと言う。
「しかし何故、遊撃課が?この屋敷の戦力は全てが名義を借りた従士隊。身内のはずです」
タニングラードの従士隊は、『白組』と癒着関係にある。
本国がその腐敗を粛清しに来たのであれば、わざわざ戦力の増強されるこのタイミングで投入せずとも良いはずだ。
「何か――裏の事情があるはずです。そも、私は遊撃課について詳しく知りませんが」
* * * * * *
- 226 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/16(月) 23:49:53.79 0
- 「遊撃課っていうのはね」
ロンに手を引かれがれきの中を駆け抜けながら、クローディアは述懐した。
「帝国の自衛組織、従士隊の末端部署の名前よ。
設立理念は『掃き溜めの英雄たち』。つまり、官民問わずあらゆる組織から爪弾きにされた、出来損ないの英雄共の掃き溜めね。
何を隠そう、あのレイピア女や宝石商こそが、遊撃課――ああいう連中がそれこそ十何人も集まってきてる」
人は現代のことを、"英雄のいらない時代"と呼ぶ。
かつて強大だった人類の敵、魔族と渡り合うには、その血をヒトのものと共に受け継ぎし遺才の英雄を旗手にするほかなかった。
特に戦いの遺才を持つものは、その肉体強度からして常人よりもはるかに頑健だ。
ファミア・アルフートが馬車相手に頭突きをして競り勝ったように。
遺才を発揮するだけのポテンシャルを秘めた肉体は、上位存在たる魔族と白兵戦に持ち込むのに不可欠のものであった。
だが、昔の話だ。
魔族はその強大さ故に繁殖力が極めて低く、既に現代に下った後は個体数も数えるほどしかない。
魔族はもう、これ以上増えない。あとは寿命か征伐かで、ゆっくりと絶滅への一途を辿るのみだ。
二年前の『帝都大強襲』が、その最たる証左だと言われている。
帝都を襲った魔物の群れと、それを扇動した複数の魔族。いずれ劣らぬ、数体いれば国を滅ぼせるレベルの強者達だ。
しかし、二年後の今日、帝都は未だ健在である。襲い来た魔族を、一匹残らず人類側で皆殺しにしたのだ。
――夥しい数の同胞を犠牲にして。
その当時、クローディアは故郷ウルタールの復興に出払っていたので災難を逃れた。
思えば、あの時から世論は英雄排斥に傾いていった。
『英雄なんかいなくても、人間は魔族なんかに負けない』
強襲後の廃墟のような街で、生き残った人々を奮い立たせるためのプロパガンダに、英雄は明確に"邪魔"だったのだ。
「あの連中を見ればあんたもわかるだろうけど、どいつもこいつも一騎当千のハイパー強者どもよ。
あんなのが十人も二十人も、帝都で持て余されて、こんな僻地の任務に放り込まれてんのよ。
まったく。――帝都の人事センスのなさには呆れるわ。あたしなら、あいつらを使いこなしてみせるのに」
しかし、遊撃課はその職歴も相まって相当な高禄食みだ。
ほとんど投げ売りに近かったダニーやロンならいざしらず、宮仕えの連中をヘッドハンティングするには荷が勝ちすぎる。
クローディアが、遊撃課相手に煮え湯を飲まされ続けている一因でもあった。
「でも、なんで遊撃課の監査が遊撃課を襲撃してるの?
身内の従士隊を潰しに来た遊撃課を、更に潰しに来た監査……どうにもキナ臭いわね。そしてややこしいわ」
話を戻す。暴れまわるゴーレムを背景に、ロンが、クローディアの前に跪いていた。
- 227 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/16(月) 23:50:25.62 0
- >「……クローディア。俺、ダニーに聞かれたんだ、何か物をとても欲しいと思ったことはあるかって。
正直、俺はあんまし物欲ないほうだから、答えられなかったけど――どうしても守りたいものならあるんだ」
>「だから――今度は絶対にしくじらない!『何があろうと、まもってみせる』!!」
三枚渡したうちの一枚を掌に押し付け返され、何か言おうとするも、あるのはロンの背中のみ。
だけど、クローディアは叫ばずにはいられなかった。
「その言葉に嘘はないわね!なら証明なさい、あんたが本当にあたしの、あたしだけの騎士ならば!」
ロンは――勝手に自分に様々な重圧を課して、心を燃やすタイプの労働者だ。
どんな苦境にも立ち向かっていくガッツがある反面、自縄自縛に陥りやすいという欠点もある。
先のコイン弾にしたって、クローディアとしては十分すぎるほどの戦果をあげたはずだったが、当人は納得していなかった。
本当の自分なら、もっとうまくやれてる。もっと期待に答えられていると、ロンは戦果を渇望していた。
クローディアにはわかる。彼女も同じ性質の人間だ。自分と彼は、そういう意味で、よく似ている。
だからダニーとは別のベクトルでクローディアはロンを篤く信頼しているし、道を踏み外せば本気で怒る。
安直な慰めや、適当なフォローでお茶を濁すつもりはなかった。
ロンがやれると言ったなら、100%の期待で迎え、うまくできたら最高のねぎらいをかけてやる。
それが、ロン・レエイという人間に対する最も誠実な向き合い方だと、クローディアは確信していた!
「何があろうと、いかなる敵からでも!あたしとあたしの仲間たち、『あんた自身』も、守りぬきなさい。
そうなったらあたしたち――最強よね!!」
クローディアは、返された一枚の金貨を、指先が白くなるほど握っていた。
ロンにとってそうであるように――この一枚は、クローディアにとっても切り札だ。
* * * * * *
- 228 :GM ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2012/07/16(月) 23:51:09.85 0
- 「ンッンー、今日もまた、リアル女体を討伐してしまったなァー。
そろそろゴーレム・サイズのミートパイが作れる数が貯まるね。カントリーに帰ってホームパーティーだ!」
青鎧の腕をキュルキュルと回転させながら、リベリオンはひとりごちた。
セフィリア・ガルブレイズを叩き込んだ屋敷のがれき。そこから応答はない。
この一撃で確実に死に至らしめた自信はないが、結果的にそうなったというなら結果は万事オーライだろう。
「さーて、それならそろそろ合一を解除して、レックのところに任務完了の報告を――」
>「破ァァアーーーーーーーーーーーッ!!」
ズガンっ!とゴーレムの背面装甲を凄まじい衝撃が襲った。
リベリオンははじめ大砲の直撃でも食らったかと感じたが、この街にあってそれはないと思い直し、振り向いた。
「誰もいない――違っ、上ッ!?」
>「何時もならレエイ家家長を名乗る所だが……今日からは敢えてこう名乗ろう」
月が逆行となって、蹴りの主のディテールは読めない。
しかし、その姿はヒトの雑踏の中にあっても決して見失うことはないだろう。
「月輪よりも猛く輝く、黄金の髪――」
リベリオンも金髪だが、かように自ら稲光を放つかのような鮮やかな山吹色ではない。
そんな髪の色を持つ民族は、この大陸にほんのひと握りしか存在しない。
回答は、既に少年の口から出ていた。
「『雷』の、眷属!レエイの末裔か――!!」
>「クローディア総合商会護衛及び雑務担当、ロン・レエイ! 推して参る!!」
雷を纏った五指――否、これは既に『五指の形をした落雷』だ。
辛うじて防御が間に合った。雷速で青鎧の右腕に着撃、土木作業用の特段頑丈なはずのアームを、冗談のように捻り飛ばす!
関節部が爆ぜ、捩じ切られた片腕が、芝生に激突して地響きのような音を立てた。
「おいおいジョークが冴えてるな!生身で!ゴーレムの腕を捩じ切るかよ!」
怒鳴るように言いながら、リベリオンを乗せた青鎧は跪いた。残る腕を地面に伸ばす。
転がった腕――既に機能を停止したそこには、解体作業に使うバールが格納されている。
ゴーレムサイズのバール。一本鉄を削りだして作られたそれは、削りだし故の頑丈さと、サイズ故の超重量を持つ。
青鎧は片手でそれを器用に振り回し、薙ぎ払うようにロンを横合いから狙う!
馬車で激突するだけじゃ済まないような威力と質量の塊が、ロンを襲った!
【クローディア:ロンに発破。金貨一枚を切り札として保持】
【リベリオン:ファミア&セフィリアにトドメを刺す前にロンの襲撃を受け、右腕部位破壊。バールで薙ぎ払う】
- 229 :スイ ◇nulVwXAKKU [sage]:2012/07/18(水) 23:08:29.01 0
- >「手を貸せスイ、ハンプティを運ぶぞ」
ボルトの言葉にスイは頷くが、手伝う間もなく、あっさりと担荷は完成した。
>「スイ、お前の風でこの担架を持ち上げろ。なるべくハンプティの身体に直接風が当たらないようにな」
フィンの身を担荷の上に移動させ、命令通りに担荷ごと、フィンを持ち上げる。
満身創痍の彼の体が、何時かを、誰かを重ねて見そうで、怖かった。
>「あらかた事情は知ってるが、それでもおれはお前らの口から聞きたい。――いま、この街で、一体何が起こっている?」
ボルトの体も風で持ち上げ、静かに移動を開始したところで、ボルトの鋭い声が、報告を求めてくる。
>『……聞こえるか、ボルト隊長……と、あんまし目が見えねぇから間違ってるかもしれねぇが……スイ、だよな? 』
フィンの言葉にスイは頷きかけて、見えないと言っていたのを思い出し、慌てて「そうだ」と応えた。
返事を返したところで、首を捻る。
何故、彼は見えない?
しかし、それを考える間もなく、フィンは言葉を重ねた。
>『あんまり長くは意識を持たせられそうにねぇから、掻い摘んで言うぜ……』
そこから先はスイにとって、予想していたことでもあり、また、予想していなかったことであった。
ある程度の予測は、アネクドートが名乗ったときに立てていた。
しかし、さらに予想を遥かに上回る現状だった。
>『尖兵は三人……話を聞いてると、全員が別の国の人間っぽかった……
レクストっていう……化物じみた「連続剣撃」の使い手と……
俺の『天鎧』を無効化……いや、悪化……させる力をもった、女。
後は、妙な短い筒を持った男が一人だ……。
……そんでもって、俺がここまで刻まれたのは、レクストって奴一人に対してだ……。
……あいつらは、強い……俺が死力を尽くしても、たった一発殴る事しか出来なかった……』
フィンの話の中に出てきた、妙な筒を持った男、というのは見当がつかなかったが、残り二人には思い当たることがあった。
一人は、女。
これは確実にアネクドートを指していると考えて良いだろう。
そしてもう一人、レクストという人物。
フィン曰く「連続剣撃」の使い手は、スイがオークションの時に感じた、風の発生源と考えられる。
>『……今の俺じゃあ、力が足りねぇんだ……俺一人だけだと、友達を助けられねぇ……。
だから、二人とも……俺を助けてくれ……友達を助けたい俺に、力を貸してくれ……!』
必死に、現状を整理する中で、フィンが呻きとも取れる叫びを、スイは聞いてしまった。
心臓が跳ね上がり、縮み上がる。
あともう少しで、屋敷の扉の前に着くという時に、風が大きく乱れた。
- 230 :スイ ◇nulVwXAKKU [sage]:2012/07/18(水) 23:09:58.11 0
-
「やめろ…」
スイの唇から漏れたのは、無意識の拒絶。
「やめろよ、そんな、師父みたいなこと、言わないでくれよ」
脳裏でフラッシュバックする光景。
スイの顔色が徐々に蒼白になってゆく。
表が必死に戻ろうとして藻掻いているのを感じながら、それでも、映像のように流れる光景は止められなかった。
スイを傭兵へと育てあげ、そして、スイを庇って、彼女の目の前で死んで逝った、最早名前さえも思い出すことの出来ない過去の人物。
そんな師父とほぼ同じ言葉を、フィンは口にした。
彼に非があるわけでは無い。
必死の言葉だったのだ。
だから、尚更、裏のスイにとっては地雷だった。
幼い頃、目の前で師父を殺された事に耐えきれず、生み出された人格は、今は表となっている。
「やめろ…ッ、うあぁぁぁああ!!」
血を吐くような思いで、スイは呻き、叫んだ。
「頼むからッ!師父と同じ道を、辿らないでくれ!」
懇願とも取れる叫びを最後に、風が途切れた。
裏の方がフラッシュバックに堪えることが出来ずに、意識を失ったらしい。
幸いと言っていいのか、裏の動揺のために高度は落ちており、表の人格へと戻ったスイはフィンの体を受け止め、地上に着地した。
といっても、大の男を抱え上げるのは無理なので、やむなくゆっくりと地面に彼の体を横たわらせる。
「課長、すまない。裏が取り乱してしまったようだ。」
スイは頭を下げて、謝罪した。
「では、俺から報告を。現在、フィンの話した女と思われる人物と交戦中。女は、俺達の異才を無効化する能力を持っています。フィンの回復には、どうやらそれを利用するらしいですが。」
報告をしながら、慎重に、フィンの体を担荷の上にのせる。
「課長、そっちを持って下さい。…それと、裏はしばらく使い物になりません。申し訳ありませんが、今裏を出せば、確実に発狂します。」
担荷を持ち上げ、部屋を目指しながら、淡々とスイは言う。
暗に、風の力は作戦に組み込むな、と彼女は言ったのだ。
【フィンさんを部屋まで運んでるなう
裏は発狂寸前のため、しばらく使えません】
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