■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50 トラックバック

【大正冒険奇譚TRPGその2】

1 :名無しさん :11/08/08 15:01:00 ID:???
ジャンル:和風ファンタジー
コンセプト:時代、新旧、東西、科学と魔法の境目を冒険しよう
期間(目安):クエスト制

GM:あり
決定リール:原則なし。話の展開を早めたい時などは相談の上で
○日ルール:あり(4日)
版権・越境:なし
敵役参加:あり(事前に相談して下さったら嬉しいです)
避難所の有無:あり
備考:科学も魔法も、剣も銃も、東洋も西洋も、人も妖魔も、基本なんでもあり
   でもあまりに近代的だったりするのは勘弁よ

180 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :11/12/01 22:40:56 ID:???
冒険者たちの力によって巨大な機械仕掛けの恐竜は倒れた。
土煙をも覆う爆発と黒煙に誰もが勝利を確信したであろう。
だが、その確信は脆くも崩れ去った。

黒煙は急速に拡散し、霊気を帯びている。
その向こう側から荒々しい声が響き、ソレは姿を現した。
>「――この『鵺』様の復活を、よぉ」
傲慢な全てを込められたような声が紡ぎ出したのは【鵺】の復活の宣言。
その姿、その言葉に唐獅子が威嚇するように喉を鳴らす。

これは瑞獣である金色の唐獅子が威嚇しなければいけない程の相手であることを現しているともいえる。

平安の世を恐怖に塗り潰したその妖獣の名に反応したのは唐獅子だけではなかった。
守られるように唐獅子の後ろで倒れていた頼光も起き上がったのだ。
だがその姿は先ほどまでとはまるで違う。
もはや別人と言われても文句は言えないだろう。

頭に大輪の牡丹の華が咲き、腹と肩の弾痕は既に癒着している。
しかしそれ以上に、目は窪み、頬はこけ、袖から出る手は枯れ木のように細い。
学生服に隠されてはいるが、たるんだ腹も、肉付きの良い太腿も同様になっている事は容易に想像できる。
勿論その原因は頭の牡丹の華である。
霊的訓練を受けていない頼光が頭に牡丹を咲かせ続けるにあたって消費するのは直接的な生力。
贅肉など一番最初に消費されるものなのだから。

「ぬ…鵺、だとお?この俺…様に…ぴったりじゃ、ないか…」
幽鬼のように変わり果てた頼光が立てたのは【鵺】という単語のおかげと言えた。
頼光と自分を命名しただけあって、源頼光の鵺退治の逸話は知っている。
鵺の出現は自分の為の運命だと信じて疑っていないのだ。

とはいっても、精気を吸い取られた状態で何ができるのか?それは…
「よぉ…おし!いけ、狛犬!俺様の矢となって鵺を討てええ!」
この期に及んでも自分の力ではなく、何かに頼ろうとするのだった。
頼光は自身の変化を未だ自覚できていないが、本能的に唐獅子が自分の味方だと理解しているようだった。
とはいえ、唐獅子の事を狛犬と呼ぶのは単純に知識のなさの賜物である。

そう言われた唐獅子は露骨に嫌そうな顔をして振り向いた。

ここで確認しておくが、頼光自身に、ひいては舘花の術者に唐獅子を操る術はない。
舘花の術はあくまで花をより多く、より大きく、より美しく咲かせること。
その極致が館どころか自分自身までも花と化すことである。
牡丹の花と同化した舘花の美しさに惹かれ唐獅子が舞い降りている、という関係なのだ。
故に舘花との盟約関係にあるものの、この頼光の言い草に呆れ顔というのが正しいだろう。

181 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :11/12/01 22:43:52 ID:???
>「んで……えーっと、なんだっけ?オメーら、怪獣とやらを探してここまで来たんだろ?
> じゃあいいぜ。見せてやるよ、怪獣。俺様は今、最高に機嫌がいいんだ。遠慮すんなよ」
そうこういっている内に、鵺が指を鳴らす。
この音を合図に黒煙が蠢き、『怪物』を生み出した!

巨大な化け物トカゲが群れを成し、人間たちが大挙して現れ、破壊されたはずの機械仕掛けの巨竜が起き上がる。
さまざまな『怪物』が生み出される中、頼光に向かってきたのは天井近くから現れ急降下してきた西洋竜であった。

「な!なんだこの化け物はああああ!?」
迫る巨大な牙を前に絶叫しながら頼光はそこから姿を消した。
唐獅子が頼光を咥え、宙を駆けたのだった。
頼光を八つ裂きにし損ねた西洋竜は、空中に残る唐獅子の炎の足跡を追うように急上昇していく。

「ぎゃわあああああ!!!怪物だ!こえええええ!!!!来る!来るううう!」
唐獅子に咥えられながら後ろから迫る西洋竜に悲鳴を上げる頼光。
生気吸われて枯れ果てそうな割には大きく、周りにまき散らしていく。
その悲鳴が上がるたびに、西洋竜がより巨大に、より禍々しくなっていく事に頼光は気づいていない。
「何とかしろおお!喰われるうう!!!」
半狂乱になった頼光を咥えながら唐獅子に咥える力を増そうかという考えがよぎった。

頼光が死ぬとまではいかなくとも気絶すればこの西洋竜が消える事は判っている。
だがそれは頼光の頭の牡丹が散る事でもあり、そうなれば自分はこの場に存在を保てなくなるからだ。
「ゴフウッ!!!」
頼光を咥えたまま小さく唸ると、突然進路を変えて西洋竜を引き離す。
そしてそのまま、鵺に向かって太い前足を振るった。

その力は大地を切り裂き千尋の谷を作り出すほどのもので、たとえ間合いが離れていても十分な破壊力を振るう事ができる。
空気を引き裂き放たれた一撃は鵺を八つ裂きにした!
が、八つ裂きになった悍ましい影絵は黒煙と化し、別の場所で鵺は姿を現すのだった。
「やはりな」とでもいうように唸ると、即座にその場から駆け出す唐獅子。
直後西洋竜が吐き出した灼熱吐息が宙を焦がした。

口元で慄き喚き続ける頼光の恐怖は増殖され、西洋竜はより巨大に禍々しく、首も三本に増えた異形の姿となっていた。


182 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :11/12/02 17:12:08 ID:???
「鵺か…まさかこんなところで見れるとはね」
と少し離れた岩場の影から様子を伺いつつ、彼女はそう呟いた。
彼女もまた冒険者なのだが、この場にいる冒険者とは少し訳が違った。
別件でスペルを追ってここまで辿り着いたのだ。

そうしている間に、鵺は多種多様な怪物を生み出し、怪物は好きなように暴れ周り始める。
離れた場所で様子見をしている彼女にも例外なく怪物は押し寄せてくる。
そんな危機的状況の中、彼女のとった行動は『観察』であった。
しかし、観察といっても怪物の挙動を見るのではない
視線は未だ燃え盛っている松明に、岩に手を当て、耳を研ぎ澄ます。
今、目の前にいる怪物が本物ならば、西洋竜の羽ばたきで風が起き松明の炎は揺らぐだろう
巨大トカゲの一挙一動で地面は揺れ、迫ってくる死人の足音が聞こえるだろう
「だと思った」
松明の炎は揺らめかず、振動もなく、足音も迫ってくる死人の数よりも圧倒的に少ない
鵺の見せた幻覚は死に至るほどのリアリティを含んでいるが、所詮は幻覚であり
そこに質量(リアル)は微塵も無い
そのことを確認すると、彼女は隠れていた岩場から身を出し
他の冒険者…倉橋の元へ駆け寄った。
「人間の最も優れたところは知性ではなく、恐怖に立ち向かおうとする勇気だと私は思うが君はどう思う?
 あっと!私は幻覚でも鵺でも無い、君らと同じ冒険者さ、ただし別件のね
 先ほどのほどの立ち回り、実に見事だったよ」
と倉橋の様子を伺いながら彼女は続ける
「先ほどの結界といい、鵺と名乗られた瞬間のリアクションといい
 君はそっち関係に詳しいんだろう?私はどうも疎くてね
 助言…いや、なにか策というか…協力できることは無いかな?」

183 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :11/12/02 20:11:39 ID:???
みんなの力で恐竜ロボを倒したと思ったら鵺が出てきた!

>「そうら念願の怪獣が見られて嬉しいだろ?泣いて喚いて喜びな!」

「こ、困りました。ぼくは力尽きています。誰か、たすけてぇ…」
スペルはまだ撮影を続けているのだろうか。
兎に角ここで死んでしまったら意味がない。
たとえムービースターとして有名になれたとしても。

頼光が生み出した唐獅子の攻撃も鵺には効かず、
黒煙から現れた西洋竜はさらに異形の姿へと変化してゆく。
鳥居の魂は臆病風に凍えつく

「う、うぇ…ここで死んじゃったら、お母さんに会えないよぉ〜」
突如、吐露される本音。両目からぽろぽろと零れ落ちる涙。
鳥居は数百年前に姿を消した母親が、
今も生きていると信じていたのだ
……それは微かな希望。
有名になって世界のどこかにいるであろう母に自分の存在を伝えたい。
それが叶うなら媒体はサーカスでも映画でも何でもよかった。

轟く西洋竜の咆哮が肺腑を貫く
西洋竜の鋭い前足が鳥居を踏み付ける。
力を失った両手で押し返すも前足は少年の肋骨を砕き内臓を潰してゆく
食いしばった歯の隙間からは血液が溢れ出す

このまま孤独な魂は恐怖に包まれたまま闇へと堕ちてしまうのだろうか
数百年もの間、鳥居を守ってきた漆黒の鞭は、巨竜との戦闘で疲弊し、
荒縄のように地べたに落ちている
その母の形見とも言える鞭に鳥居は手を延ばす。

「お、かあ…さん…」
だがあと数センチ届かない。鳥居は静かに瞼を閉じると、とうとう意識を失ってしまった

【西洋竜に踏まれて意識を失いました!】

184 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :11/12/02 20:26:59 ID:???

塩の結界に倒れ、爆発を起こし黒煙を上げ炎上する機械恐竜。
巨体を倒す際の反動で、草汰の身体は倉橋の足元まで転がり倒れる。
呻きながらも身を起こすと、恐竜の末路を見届けてグッと拳を固めた。

「ハッ、ざまーみろだぜ!やっぱ所詮ニセモノの化け物は俺の敵じゃねーってこったな!」

倒したのは彼1人の力だけではない筈だが、得意満面の顔で立ち上がり、動かない恐竜に近寄る。
足を振り上げ、動かない機械の身体を力いっぱい蹴り上げる。

「おら、悔しかったら何か言ってみやがれっての!」
「だぁあ!んだよもう壊れちまったのか!つまんねーなあ!」
「キェァァァァアアアアシャベッタァァァァアアアア!!」

思考が一瞬にしてフリーズし、恐竜を見上げて血の気が失せる。
よもや本当に喋るとは思わず、草汰は一歩飛び退くと鳥居少年に抱きついて叫んだ。
しかし、よくよく見れば口を聞いているのは恐竜の頭部を渦巻く黒煙の向こう側の゛何か゛。

「んー、ちぃと数も役者も不足気味だが、まあ仕方ねえか。おいオメーら、精々派手に盛り上げてくれよ」
「――この『鵺』様の復活を、よぉ」

「鵺」?聞き慣れない名前に目配せする草汰。
歴史も妖怪にも関して詳しくない彼にとっては得体の知れない存在だ。

「お?オメー今、もしかして俺様の名前にビビったりした?」
「び、ビビってねーよ!ちっと恐竜が喋ったと思ったから驚いただけでだな!御前なんか怖くなんか」
「いいねぇ。てー事はそれなりに、今の世にも俺様の悪行と恐ろしさは語り継がれてるって事か」
「聞けよ人の話!」

ぎゃんぎゃん喚くが、鵺は聞いちゃいない。
それどころか、聞くだけで高慢な性格だと分かる自己紹介が始まる。
結局何者であるかは掴めなかったが、草汰からすれば「人の話を聞かない高慢ちきな妖怪」と認識できるだけで充分らしい。
また、人の姿をした者が人ならざるモノであるという事実に、悪寒を感じていた。

「んで……えーっと、なんだっけ?オメーら、怪獣とやらを探してここまで来たんだろ?
 じゃあいいぜ。見せてやるよ、怪獣。俺様は今、最高に機嫌がいいんだ。遠慮すんなよ」
「(! 仕掛けてくる気か!?)」

鵺が指を鳴らし、草汰が攻撃の構えを取った瞬間。
鵺の周辺を取り巻いていた黒煙が歪み――゛怪獣゛達が生み出される!


185 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :11/12/02 20:36:29 ID:???
首が長く、蝙蝠のような翼を生やした西洋竜、化け物じみた巨大なオオサンショウウオ、人の群!
草汰たちの傍で倒れていた機械恐竜までもが復活し、先程の仕返しに踏みつけてやるとばかりに足を振り上げる!

「おわああっ!?」

地面をローリングする。恐竜の足は空振り、地を踏みつけるだけに終わった。
恐竜は尚も踏み潰そうと進路を変え、次の足を振り上げる。
草汰は必死で逃げる。さきのように倒そうなどという考えはない。
恐竜が力いっぱい地を踏んだにも関わらず、地面に何も変化がなかったことにも気づいていない。

「そうら念願の怪獣が見られて嬉しいだろ?泣いて喚いて喜びな!」
「あんにゃろー!あのスペルとかいう野郎といい、絶対ぶっ飛ば……あぎゃぁああこっち来んなーー!」

空中では頼光、地では草汰と空間に男たちの野太い悲鳴が上がる。
やがて機械恐竜が草汰を興味から外したのか、ようやく追って来なくなった。
ふぅ、と息をついた瞬間、自分の置かれた状況に目を丸くするしかなかった。

「…………嘘ぉ」

ぐるり、と円形状に草汰を囲む無数の人間。どうみても罠です、本当にありがとうございました。
しかし、たかだか人間に囲まれたくらいでビビるほどヘタレな草汰ではない。機械人形に比べれば倒すには容易い相手だ。

「来いよ、何人に囲まれようがお前ら如き俺の敵じゃ………… !?」

余裕の笑みを浮かべていた草汰だったが、人間達の顔を見て今度こそ血の気が失せた。
顔、顔、顔――そこにいる誰もが、草汰にとって忘れられない過去の人々。

『逆らうんじゃねーよ、木偶の坊』
『誰が、誰の敵じゃないって?』

「あ……ああ……!!」

振り上げた拳ががくがくと震え、冷や汗がどっと噴き出る。
幾つになっても忘れられない、己に心の傷を植え付けた張本人達が、目の前に居る。
目の前の一人が草汰の拳を掴んだかと思うと、引き寄せてその顔面に正拳突きを食らわせる。
幻覚ゆえ、実際に草汰に外傷が出来る訳はない。だがそれでも、駆け巡る激痛にうずくまり、顔を押さえる。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

『こいつ、まだ逆らう気だぜ?』
『どうする?』『また海に沈める?』

『そうだ、あの西洋竜の餌にしてやろうぜ』

草汰が顔を上げると、人間の集団は消え失せていた。


186 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :11/12/02 20:38:32 ID:???
代わりに、眼前に一人の少年が佇んでいた。
泥だらけで痩せ細った身体、手入れされていない黒い髪、こちらを見下ろす、濁った大きな緑の目。

「お、俺…………?」

『ばかみたい。ぜんぜん変わってねーや、弱虫。』

幼い自分から発せられる言葉が胸に突き刺さり、じわりじわりと毒のように恐怖が広がる。
胸倉を掴まれると、見えない何かで操られているような強い力で引っ張られる。
恐怖がまるで麻酔のように身体を麻痺させ、思うように反抗出来ない。

『ここにいる誰もすくえやしないくせに、いきがっちゃってさ。
誰かをすくえば、誰かの役にたてれたら、自分に居場所が出来るとでも?
 なんど思い知ればきがすむんだ。いいかげん、もとに゛戻っちまえよ゛。』

蔑む声が降りかかる。
草汰の眼前に、三本首の巨大な西洋竜が佇む。傍には鳥居少年の姿もある。
首をもたげ、ぱっくりと開けた咥内を、草汰は睨んだ。

「……嫌だ…………!戻りたくなんかねえ……俺は、お前とは違うんだ……!
 今の俺は、もう昔の俺じゃない……何も出来ない役立たずなんかじゃ……」

『…………あ、そう。』

刹那、目の前で、西洋竜の巨大な牙が、鳥居少年を噛み砕いた。


「う……わああああああああああああああ!!」

これ見よがしに、竜はバリバリと音を立て咀嚼していく。幻の血の香りが恐怖を支配する。
見たくない、なのに見えない何かが瞼を固定し、目を閉じさせない。体が恐怖に動かない。

「お、かあ…さん…」

血塗れの鳥居が、息も絶え絶えに呟いて気を失う。
震える手で少年に触れる。凍えるように冷たかった。
飛び出さんばかりに開いた目が、恐怖と憎悪に染まり、鵺に視線を向けた。
もはや草汰に正常な判断などない。激情に身を任せ鵺に脱兎の如く駆ける。

「この野郎ォォオオオ!!」

振り抜いた拳が鵺を貫く。しかし鵺は靄のように霧散し、別の場所へ現れる。
こちらをみて嘲笑う鵺と目が合い、体中を巡る血が怒りに沸騰する。
殴っては消え、現れたら蹴りを食らわせ、また霧散し現れた所に拳を振るう。
端からみれば滑稽で、無駄な行為。草汰は必死の形相で、鵺と怪獣達は嘲って、体の傷は増えるだけ。
確実に、草汰は鵺の術中にはまっていた。誰かが止めない限り、彼は己を傷つけ続け、自滅するだろう。

【鳥居が噛み砕かれる姿を見て半狂乱→鵺に無駄な攻撃を与え続ける、自滅フラグ】

187 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :11/12/04 21:39:11 ID:???
>>177-179
影に操られた機械竜が脚を踏み入れるや否や、塩の結界は、どす黒く腐食し、消滅した。
影に備わった邪気は、練成され先鋭化し、もはや精神集中を欠いた祝詞で祓い清められる相手ではなかった。
擱座した機械竜から拡散した黒煙が、ねっとりとした闇となって視界を塗りつぶしていく。
周囲を侵食する闇、闇、闇―――。

「……伝説の凶獣、闇の眷属『鵺』……?!封印が弱まってるって噂は本当だったってことかい…!」

夜色の外套を纏う男を見据えて、冬宇子は独りごちた。
『鵺』を名乗る男が満更嘘を言っていないことは、冬宇子程度の三流術士でさえ身をもって理解できる。
何より、立ち込める黒煙の発する、チリチリと肌を炙るような霊気がそれを証明していた。

『鵺(ぬえ)』……闇に不吉な音色を響かせ、鳴声は禍凶の生むと恐れられた、夜の眷属に属する魔性だ。
古くは万葉の昔から語り継がれる存在であったが、鵺が初めて実体を伴って世に顕れたのは平安末期。
源平の戦い――騒乱の世の幕開けを告げるように、天保、応仁の戦に先んじて、
二度にわたって姿を顕し、時の帝を病ましめ、大いに世を乱した。
妖怪退治で有名な源頼光の裔、源頼政によって斃され、その骸は川に流され清めの儀を施されたのち、
流れ着いた芦屋の地に塚を造って封じられたとの伝承が残っている。

―――頭(かしら)は猿、躯(むくろ)は狸、尾は蛇(くちなは)
手足は虎の如くにて、鳴く声、寅鶫(とらつぐみ)にぞ似たりける 恐ろしなどもおろかなり―――

伝承に記された鵺の風貌は、上記の如き、継ぎ接ぎの獣。
その節操の無い風貌が示すとおり、鵺は様々な恐怖を紡ぎ合わせて、自らの血肉とした。
鵺の糧となるもの、それは騒乱を前にした人々の、言い知れぬ不安と恐怖であった。
まさしく、時代の不穏を餌に身を養う『得体の知れぬ恐怖の権化』―――それが『鵺』だ。

日露戦争間近の明治末期、芦屋の鵺塚の付近で怪異が相次いだ。
霊的国家鎮護機関『降魔総督府・陰陽寮』の調査により明かされた原因は、鵺塚の封印弱体化。
九百年に及ぶ時を経た封印の劣化が、そして幕末、明治という激動の時代が糧となって、
鵺は大正の現代に復活を遂げつつあったのだ。
陰陽師たちにより、急遽、封印強化の陣が敷かれたものの、根本的な解決には至らず、
鵺復活の懸念は今日まで持ち越されている―――
倉橋の家にて陰陽道の修行中、そんな話を耳にしたことを冬宇子は思い出した。

日英同盟の失効に、排日移民法に代表される米国との関係悪化。
幕末明治を経て築き上げられた国際関係の均衡が崩れつつある昨今。
大正の世に、暗渠の如く、ひっそりと流れ始めた新たな時代への危懼と不安が、鵺の復活を可能にしたのだろうか。

「人の姿まで模して、何ともあさましいこと…。
 それにしても、こんな所に顕れるとはね。何てツイてない…!
 凶の方位なんかに近づくんじゃなかったよ。まったく!」

『鵺』に視線を向けたまま、冬宇子は吐き棄てるように呟いた。

>「んで……えーっと、なんだっけ?オメーら、怪獣とやらを探してここまで来たんだろ?
>じゃあいいぜ。見せてやるよ、怪獣。俺様は今、最高に機嫌がいいんだ。遠慮すんなよ」

男が右手を突き出し、パチンと指を鳴らす。
周囲を充たす黒煙が蠢き『怪物』を生み出した。
それは、場に居る者の、恐怖の具現であった。

西洋竜が皮膜翼を翻して滑空し、機械竜は再び起動し砲音を轟かす。
冬宇子の眼前に現れ出たものは、群れを成して迫る化け物両生類の進軍。
先頭の、ひと際巨大なオオサンショウウオが、口に咥えた死体から、赤い肉片を喰いちぎり咀嚼を繰り返す。
その輪郭が次第に揺らぎ、死体を喰う両生類は、血の滴る生首を咥えた黒い獣に姿を変え……
さらに、獣の前には、一人の女が佇んでいた。

188 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :11/12/04 21:45:51 ID:???
「母さん………!」

冬宇子の口から無意識に声が零れた。
白い着物、手甲に脚絆、幼い頃に見慣れた旅姿の母が、
亡くなる間際のやつれ果てた姿で、こちらをじっと見つめていたのだから。
骨と皮だけになった両手に、干乾びて木乃伊(ミイラ)化した、吻部の長い――狼のような獣の頭を抱えて。

「あなたは死んだ筈だよ…十一年も前に……!」

問いかけに女は答えず、白茶けた頬に微かな笑みを浮かべた。
―――直後、抱えた獣の頭から、巨大な影絵さながらに躍り出た黒い獣が、冬宇子に襲い掛かった。
幻影の母の、恐ろしくも懐かしい微笑みに視線を絡め取られ、冬宇子は、身じろぎ一つ出来ない。
今しも影の牙が冬宇子の喉元を捉えんとした、その刹那!
唐突に、獣の影は雲散霧消し、場に凛とした女の声が響いた。

>>182
>「人間の最も優れたところは知性ではなく、恐怖に立ち向かおうとする勇気だと私は思うが君はどう思う?

気がつくと隣に見知らぬ女が居た。
頭巾つきの長外套を羽織った背の高い女だ。
冬宇子は悪夢から覚めたばかりのような心持ちで、謎の女の、彫りの深い顔を見つめた。
この女は何者なのだろう?

>あっと!私は幻覚でも鵺でも無い、君らと同じ冒険者さ、ただし別件のね
>先ほどのほどの立ち回り、実に見事だったよ」

心中の疑問に応えるように、女は続けた。
その言葉に、にわかに我に返った冬宇子は、ふん、と鼻を鳴らす。

「……見事だって…?あの役にも立たないヘボな結界が…そりゃ嫌味かい…?
 まァいい。どうやら、あんたが生身の人間だってことは本当らしい。」

この時、冬宇子は知る由も無いが、冬宇子の幻覚を消し去ったは、この女――双篠マリーだった。
恐怖は感染するもので、恐怖の権化たる鵺はその性質も強化出来る。しかし逆もまた然り。
幻覚を見破った双篠の明晰な理性が、接触した冬宇子の意識に干渉し、現実に引き戻したのであろう。
何故、この場において双篠マリーのみ理性を保っていられたのか。
それは、この彼女の存在が、場における異分子だった為――
つまり『鵺』が双篠の存在に気づいていなかったことが原因かもしれない。

189 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :11/12/04 21:48:24 ID:???
>「先ほどの結界といい、鵺と名乗られた瞬間のリアクションといい
>君はそっち関係に詳しいんだろう?私はどうも疎くてね
>助言…いや、なにか策というか…協力できることは無いかな?」

女の問いに、冬宇子は一度鵺を見遣ってから答えた。

「"鵺は闇を紡ぎ恐怖で人を捕える――"ってのに…妙だねえ…どうやら鵺の術は、あんたに通じないらしい。
 策なんて上等なものは無いが……アレの弱点らしきものなら分かる。
 …まァ鵺の名に覚えのある人間なら誰でも知ってることだがね。」

軽く肩をすくめる仕草に自嘲をあらわして、冬宇子は続ける。

「鵺は夜の眷属。闇夜の邪気を祓う力のあるものを嫌う。
 例えば、雄鶏かホトトギス(カッコウ)の鳴声―――それに鳴弦の音――!」

鳴弦(めいげん)とは、矢を番えずに弦を引き、音を鳴らす事で邪気を祓う、退魔の儀である。
かの源頼政も、鵺退治の折、先祖の源頼光譲りの弓を以って弦を鳴らしたと伝えられる。
鵺は鳴弦の音によって、身に纏う黒煙を祓われ、魔力を失ったところを射殺されたのだ。

「問題は、弦はあれども弓が無いってことさ。」

言って冬宇子は、トランクの蓋を開けた。
鞄の大部分を占めて鎮座する木箱に目を落とし、小さく唇を噛んでから、隅に詰められた一巻きの糸を取り出した。
歩き巫女が魔除けに使う梓弓の弦だ。
弓は破損してしまったが、形見の弦だけはこうして持ち歩いていた。

「弓の代用に成りそうなモノがあればいいんだがね……。」

冬宇子は溜め息混じりに周囲を見回した。

【マリーさんに鵺の弱点っぽいものを伝える。弱点→『雄鶏・ホトトギスの鳴声』『鳴弦の音』】
【鵺退治の源頼政は鳴弦で黒煙を祓ってから矢を射掛けたらしいぞ!でも鳴弦やろうにも弦はあっても弓がない!】

190 :雪生 ◆JwVOLZh9xg :11/12/08 23:36:55 ID:???
森岡の天然馬鹿力によって機械の竜は呆気なく倒壊、炎上。
ライフル柄を下に、杖のようにふうと突いて雪生はもうもうと上がる黒い煙を眺めた。

(存外呆気なかったな……ま、まがりなりにもこの面子がそんだけ優秀ってことか。)

その“優秀な面子”の中に頼光が入っているかは灰色ではあるが。
黄金の唐獅子の出現には流石に面食らってつい写真を撮ってしまったが、あの頼光がこんな大技を出し惜しみする訳がない。
栄養を吸われてるのか向こうで生け花、もとい逝け花と化しているあたり偶然に違いない。
とはいえ、雪生の中で頼光の評価が多少なりとも上がったのも事実だった。

>「だぁあ!んだよもう壊れちまったのか!つまんねーなあ!」

後はスペルをガツンと殴って終わり。そう雪生は考えていた。
だが現実は冒険者をそう簡単にこの冒険を終わらせてはくれないらしい。

炎上しガラクタと化した機械の上に、声の主は立っていた。
火が映し出した声の主の影はまるで獣をツギハギにしたようで、風で火が揺れるのか蠢いているようにも見える。
台詞からしてこの機械の恐竜を操縦していた者だと判断して相違ないだろう。

>「んー、ちぃと数も役者も不足気味だが、まあ仕方ねえか。おいオメーら、精々派手に盛り上げてくれよ」
>「――この『鵺』様の復活を、よぉ」

鵺。博学でない雪生でも名前くらい聞いたことがある。

「楽な仕事だと思ってたのによぉ…………何だってこの状況で復活しやがるんだ!?」

もしかしたら、ちゃっちゃっとズラかった方がいいのではないだろうか。
機械恐竜や道中で出会った凶暴な生き物の写真は収めてあるわけで。
つまり目的は達せられており、鵺と戦わずに逃げることだって選択肢の内に入っていたっていいはずだ。

(逃げた方が利口かもなァ〜〜………誰だって無駄なリスクは背負いたくねーし………)

考えてもらいたい。例え鵺と戦って得られるだろう。
別に倒したとして、誰かから報酬を貰えるわけではない。
莫大な礼金を頂けるわけでも、世界旅行の切符をくれるわけでもない。
残るのは安い満足感だけで、それで死んでしまったら話にならない。いいお笑い種である。

「俺だって得体の知れねえ奴と戦うのは怖えーし……俺に得が微塵もないなら、戦う義理なんざねえ」

そう独りごち、雪生は少しずつ出口の方向へと後退りして。
一歩、また一歩と足を後方へ動かす。

>「そうら念願の怪獣が見られて嬉しいだろ?泣いて喚いて喜びな!」

黒煙が歪曲し、収縮する。そして怪獣が生まれ──殺到した。
自分達に内在する恐怖そのものが、大挙して迫ってきたのだ。

逃げるなら今しかない。

心の声に従うように雪生の足が動き、疾駆する。


191 :雪生 ◆JwVOLZh9xg :11/12/08 23:38:04 ID:???
しかし雪生が向かう先は、出口ではなく、怪獣の群れ。
その先にいる、鵺のいる方へ。雪生は間違いなく疾駆した。

「スパッと割り切れたら俺ってスゲー『楽』に生きられるんだけどなあ〜〜ッ」

頭は逃げた方が得と判断している。
だが桜雪生という男の本能は立ち向かえと、そう告げている。
これはもう理屈とかそういうものを超越した、生まれもった性が雪生を動かしているのだろう。

「……ま、一応仲間だしな。売られた喧嘩を買わないってのも情けねー」

機械の恐竜の弾丸雨飛を、醜悪なトカゲの体当たりを、驚異的な動体視力を以って躱し、避けていく。

鵺が顕現させた怪獣達はどうやらまやかしの類らしい。
さきほどから何度かリボルバーの弾丸がトカゲや怪獣を貫いているが、皆一様に『すり抜けて』しまう。
ならば怖がる必要はないな、と高を括った雪生だったが───
その後、機械怪獣の銃弾が頬を掠め、普通に血が流れてきたので慌てて考えを改めた。

(しかしやばいぜ……!こっちの攻撃は効かねえのに向こうは効くとなるとカンペキ不利!)

一旦岩陰に退避するとやっぱ逃げた方が良かったな、と少しだけ後悔した。

>「……嫌だ…………!戻りたくなんかねえ……俺は、お前とは違うんだ……!
> 今の俺は、もう昔の俺じゃない……何も出来ない役立たずなんかじゃ……」

ふと、意図しないところで草汰が視界に入った。
何かと会話しているのか、ぶつぶつと何かを呟いている。
普通ではない様子に雪生は一抹の不安を覚えた。

>「う……わああああああああああああああ!!」

突然叫んだかと思うと、草汰は駆け出し、鵺に拳を振るう。
しかし鵺は再び別の場所で姿を現し、草汰は再び蹴り、殴り、鵺は再び復活する。
無駄に体力を消耗するだけの行為を、草汰は何かを振り払うように、ただ拳を振るう。

あれではいくら口で言っても、その声は草汰に届かないだろう。
ならば、雪生に残された選択肢は一つ。
岩陰から駆け出し、怪獣の幻影から放たれる攻撃に当たらないよう注意を払いつつ草汰に肉薄。

「落ち着け老け顔ぉぉおおおおおおおおぉぉぉおおぉぉおおお!!!!」

大きく振りかぶり、雪生は渾身の左ストレートを草汰の顔面にぶちこんだ。

通常ならば、素手の農民が暴れまわる猪に正面からぶつかりにいくような、そんな無謀な行為。
しかし、遭難により対草汰の経験値を積んだ雪生ならばその限りではない。
加えて飛び交う銃弾さえ見切る雪生の超視力ならば、拳を叩き込むくらいなんてことはないのである。

192 :雪生 ◆JwVOLZh9xg :11/12/08 23:45:36 ID:???
「てッ………て、てめえよぉぉぉぉおおおおお〜〜〜〜〜………頭蓋骨鋼鉄でできてんのか!?」

悲しいかな、いくら命中させようと地の体格と身体能力がかけ離れすぎていた。
結果として雪生は鈍い音と共に拳を全力で痛めた上に。
鵺に当たるはずだった草汰の必殺の蹴りが雪生の腹に命中し、血反吐と骨折と共に今日の朝食をリリースした。
腹を押さえながら地面に這い蹲り、瀕死の二文字が相応しかった。

「頭に食らってたら死んでるぜ、あれ……」

軽い口調とは裏腹に、雪生の顔は妙に引き攣っている。
実際、筆舌に尽くし難い激痛が腹を貫き喋るのすら一苦労だった。

「さあ聞け俺の説教をッ!三つの袋を……いや違う、恐怖を克服することが勇気……いや、これも違う……」

雪生は自分で何が言いたいのか上手く纏まらないらしく、頭を思い切り掻き毟った。

「知ってるか、俺って実は、ガキの頃からナメクジが嫌いなんだ!いやこれは絶対違う!」

意外とこういうとき、適切な説教台詞って中々思い浮かばないものである。
少なくとも、雪生はそうだった。

「あーもう!とにかく、とっつぁんの蹴り食らって俺が生きてるんだから、俺より頑丈な鳥居が死ぬ道理はねえ!
 だから浮かぶ円盤と、くそ坊っちゃん、とうるさい女と、超頼りになる格好良い俺と一緒に鵺を倒すんだよ!」

ほら、何うだうだしてんだ、と草汰の頭をひっ叩いて。
雪生はとりあえずとにかく鵺を倒そうぜ!と、勢いで締めた。


【答え:雪生が草汰に説教パンチすると物理的に返り討ちに会う】

193 :ヨロイナイト ◆fLgCCzruk2 :11/12/10 23:23:51 ID:???
色々あって機械の竜は無事下すことができた。そこまではいい。
一応一人も死なずに済んだのだから、巨大な獣が現れたり首謀者を
見失ったりはこの際いいだろう。

ただ問題は、問題が一つ増えたことだった。
竜を操っていた影とも煙ともつかないモノが、人型をとって現れたのだ。

「あやつは・・・!」「知っているのか影法師!」(珍しく先頭で喋ったな)

>「そう!俺様こそは平安の都を夜よりも深い闇で覆い!恐れと言う名の病で満たし!
 果ては時の天皇すら死の淵にまで追い込んだ恐怖の権化――鵺様だ!」

説明の手間を相手方が省いてくれた所で改めて影法師に訊くことにする。
多少ノッた言い方をして来る辺りやはり言いたかったのだろう。

「あやつは、鵺はこの国で人が大々的に、悪さをし始めた頃に生まれしモノ、
人と妖の分別が最も薄かった頃に創られた妖怪なのです!」

「俺達この国の歴史は知らないんだけど」「あまり破壊力に富んだ風には見えないね」
思ったことをそのまま言うと否、と影法師は二人の言葉を静かに否定する。

身の毛もよだつような悪行の全ては妖怪の仕業とされた時代、
人が己の罪の汚泥を擦り付けて生み出した垢子、それが鵺だという。
それ故に、人に関わる災禍の全てを自在に行うだけの力を持っていたらしい。

ある意味時代の寵児とも言うべき妖怪だった。
今の時勢も見ようによっては鵺にとっては生き易い環境なのだろう。

「一世を風靡してたんだなあ」
他人事とは思えずヨロイはしみじみと呟く。
べちゃくちゃと喋っている間に、件の鵺から先手を打たれる。

>「そうら念願の怪獣が見られて嬉しいだろ?泣いて喚いて喜びな!」
乾いた指パッチンの音が無機質な空間に響き渡ると、眼前には所狭しと
怪物や人、そして先ほど機械竜などが現れ所狭しと暴れ狂う。

194 :ヨロイナイト ◆fLgCCzruk2 :11/12/10 23:25:05 ID:???
「これは一体・・・」「鵺は相手の抱える恐怖を引きずり出すのです」
「心当たりがない奴ばかりだけども」「どうやら他者の見ている怖れも見えているようです」

宝石には怖れが無く、影法師は部屋の片隅に一つ増えた生前の自分の体が、
横たわって息を引き取る間際を見ていた。自分のことながら、今はもう別人のことでもあり
影法師は少しだけ寂しくなった。

「・・・・・・・・・」「・・・ヨロイ?」「まさかヨロイ殿も・・・」
珍しく長台詞を行って内心ご満悦だった影法師とは対照的に、ヨロイは沈黙していた。

ヨロイは、他の冒険者達とは別の方向、壁にぼんやりと映っては消えていく、
それこそはキネマのような映像を眺めていた。異人の群れが走っている。
兵隊然とした人間と逃げ惑う修道女達が、映っては消えていく。
殿を務めるのは西洋甲冑に身を固めた誰か。今よりもずっと輝いている。

(・・・もう何年前だったかなあ・・・)

ヨロイは思い出す。教会が火にかけられ、燻り出された彼女らを守って、駆け抜けた日々を。
防ぎ切れない矢のいくつかが後ろに流れ、悲鳴が聞こえる。
それでも彼らは闘い、それでも彼女たちは逃げ続けた。

ヨロイは思い出す。あの日の結末を。切っても切っても沸いて来る人間を相手に、
昼も夜も無く闘い続けた。先に限界を迎えたのは、逃げる方だった。

どこでどう話が付いたのか知る由もなかったが、気づけば彼は追う方と逃げる方、
両方から取り囲まれていた。事の終わりは子供たちが自分の元へやってきた所から始まった。
「もう逃げなくてもいいんだ」と燥ぐ子供たちの後から大勢の人がやってきた。
だけどとても平和そうな雰囲気とは言えず、子供達ごと取り巻いた彼らは、ゆっくりと弓を構えた。
自分が憎まれることで、片方が事無きを得るという寓話があったが、あれはなんて話だっただろう。

「異教徒です!」「異教徒の子供が悪魔を呼び寄せたんです!」
「教会にいたのは魔女じゃない、異教徒だ!」「全部こいつらの仕業だ!」
何故皆がそんなことを言うのか、甲冑の彼は分らなかったが、
知らず知らず、仲間と共に子供達を背に匿っていた。

火が、放たれた。しばらくして日は落ちて、木の爆ぜる音が聞こえ出して、
銀色の鎧は、夕焼けを浴びて錆びつくように色褪せていった。

(炭だけが残った・・・)
逃げ場もなく蹲って動かなくなる子供達、その場面だけ執拗に繰り返される。

195 :ヨロイナイト ◆fLgCCzruk2 :11/12/10 23:29:54 ID:???
この日を境に彼は人間が「嫌い」になった。怖れて止まなかった光景が、
何故だか心に響かない。別人のことのように、自分の中に届かない。
まるで根っこから気持ちが失せてしまったみたいに。

その代わり、ヨロイの胸にふつふつと何かが込み上げてくる。
黒々とした気持ちの淀みが、ヨロイの発光色を黄色から、
目を背けたくなるような腐った紫色へと変えていく。

穢れの原色とも言えるどどめ色の暗い光と、
人型の時よりも遥かに膨大な邪気を纏って鵺を見据える。

くぐもった水音が兜から零れると、立ち込める煙を吸い込んでいく。
体勢に影響が出るほどには取り込め無かったが必要な分は摂取した。
これじゃら如何してやろうかと考えていると、ある話し声が耳に届く。

>「鵺は夜の眷属。闇夜の邪気を祓う力のあるものを嫌う。
 例えば、雄鶏かホトトギス(カッコウ)の鳴声―――それに鳴弦の音――!」

>「問題は、弦はあれども弓が無いってことさ。」

その言葉を聞くとヨロイは先ほどの共感などどこへやら、
宝石や影の声を気にも留めず声の主の元へと移動する。

何も言わずに壁に向き直ると、映し出された映像の中の弓と同じものが、
禍々しい気配を伴い、足元に吐き出される。

ヨロイはちらと、重傷を負った「人間ではない」鳥居少年の方を見る。
普段なら近寄ったかも知れないが、今はそんな気分じゃなかった。
桜青年たちは自力でなんとかするだろうし、頼光の方もなんとかなるだろう。

「おいヨロイ!」「ヨロイ殿!」
返事をしないまま、まるで何かに疲れたかのように、ヨロイナイトはそのまま地面に
着陸して動かなくなってしまった。

【弓を取り出した後動かなくなってしまいました】

196 :GM ◆u0B9N1GAnE :11/12/17 20:04:55 ID:???
>「ぎゃわあああああ!!!怪物だ!こえええええ!!!!来る!来るううう!」

鵺の復活、その幕開けを飾ったのは武者小路頼光の悲鳴だった。

「ん〜、久しぶりだねぇこの響き。気品の欠片も感じられねえ、なかなか悪くない悲鳴だ」

腕を組んで目を閉じて、鵺は満足気に何度も頷く。
そうして耳を澄まして悲鳴を堪能していた。人の恐怖は鵺の糧だ。
つまり今、君達冒険者を相手取る事すら、鵺にとってただのは食事に過ぎないという事だ。

「もっとも、知性の方まで欠けちまってるのはイマイチだな。味に深みってモンがねえ」

一体どいつの悲鳴だと片目を開く。
眼前に烈風の刃が迫っていた。
避ける暇もなく鵺は寸断されて――しかし飛び散った肉片は全て黒煙と化して霧散。
直後に、別の場所に先ほどとまるで変わらない鵺の姿があった。

「よう、オメーもそう思わねえか?」

そう言って唐獅子へと振り返る。

「オメーが後生大事に咥えてやがるそれは、どう見たってボンクラだ。
 さっさと手折っちまえよ。花は摘み取るモンだぜ。
 ちょっとばかし綺麗だからって、それに寄り添って生きる馬鹿がどこにいるってんだ」

頼光はどう贔屓目に見ても、ただの痴れ者だ。
喚く事しかせず、己の能すら自覚出来ていない。
ただの一瞬間で自分を切り刻み、同時に追って迫る灼熱をも難なく躱してのけた猛獣が従うに相応しいとは到底思えない。

鵺は実のところ、唐獅子に言い知れぬ不愉快さを覚えていた。
その不快感は彼の死後に起因するものだ。
鵺の討伐を見事成し遂げた源氏は、褒美として天皇から一振りの刀を貰賜している。
刀の名は、『獅子王』と言った。。
当然、鵺にはその事を知るよしもないのだが――それでも無意識の宿命を感じているのだ。

ともあれ、不快であるにも関わらず唐獅子に頼光を見捨ててしまえと告げた事には訳がある。
先ほど鵺が言った通り、頼光の恐怖は美味しくない。
訳も分からず喚き散らすばかりで、深みもなければ味も薄い、安い恐怖だ。
蘇ったばかりで空腹だとは言え、あの喚き声を延々と聞き続けるのは飽きが来る。
ならばこちらから、目下最大の頼みの綱に見捨てられる恐怖を煽ってやろう、と言った算段だった。
それで本当に見捨てられたのなら僥倖。
唐獅子にその気がなくとも頼光が疑心暗鬼に陥れば、それだけでも味のある恐怖が生まれるだろう。
手間暇をかけてでも、より美味な恐怖を喰らいたいが故の言動だった。

>「こ、困りました。ぼくは力尽きています。誰か、たすけてぇ…」

弱り切った声が聞こえた。上質な恐怖の気配を孕んだ音色だった。
鵺は唐獅子から視線を外して、そちらを振り向く。
力なく地に伏した吸血鬼が一匹、幻を前に立ち尽くす男が一人いた。

>「う、うぇ…ここで死んじゃったら、お母さんに会えないよぉ〜」

>「……嫌だ…………!戻りたくなんかねえ……俺は、お前とは違うんだ……!
 今の俺は、もう昔の俺じゃない……何も出来ない役立たずなんかじゃ……」

「そう、それだよそれ。そういう何もかもがごちゃ混ぜになった恐怖こそ、この鵺様が喰らうに相応しいのさ」

幻覚に溺れる一人と一匹を見下して、嘲笑する。

197 :GM ◆u0B9N1GAnE :11/12/17 20:05:26 ID:???
彼らの抱える恐怖は、何も珍しいものではない。
実の親に、親友に、最愛の人に会えないまま死んでいく者も。
過去を振り切りたくて、それでも逃げられなくて、藻掻き苦しんだ挙句溺れ死ぬ者も。
この世界には数え切れないほどいたし、今でも掃いて捨てるほどいる。
それでも、何度見聞きしても飽きないものだ。
失意に染まる表情を見る度に胸がすく。
絶望に震える声を聞けば、鵺もまた歓喜のあまりに打ち震えるのだ。

鵺は既に、鳥居も森岡も終わったものとして見ていた。
後は彼らが生み出す恐怖と魂を堪能するだけだと、その味に思いを馳せて、口元を邪悪に歪める。

「どれ、ちょっくら仕上げをしてやるか」

横たわる鳥居に歩み寄り、指を弾く。
幻を作り出す能力で鳥居の無意識に働きかけて、夢を見せるのだ。
悪夢ではない。むしろ逆だ。
鳥居が最も望む未来――母親と再開して、親子で安らかに過ごす日々を。
幸せを骨の髄にまで染み込ませてから、鵺は鳥居を蹴り起こす。

「よぉ、おはよう。久々に母ちゃんと出会えて、どうだった?幸せだったか?
 でも残念だなぁ。今の、ぜぇんぶ夢なんだわ。オメーは母ちゃんには会えねえよ。
 今、ここで、この鵺様に殺されちまうのさ」

幸せの絶頂から絶望の底へと蹴落としてやるべく、鵺は殊更に鳥居を挑発する。
どうせ死に体だ。煽り立てたところで何も出来まいと高を括っているのだ。
同時に、右手に獣の爪を生やした。
そして鳥居の首筋目掛けて振り下ろし――

>「この野郎ォォオオオ!!」

横合いからの怒号と拳に、思わず右手を止めた。
直後に、予想外の事に目を僅かに見開いた鵺の顔面を拳が貫く。
即座に鵺は霧散して再出現、森岡を振り返る。

「ははぁ、なるほどねぇ。怒りで我を忘れちまいやがったか。単純バカなのが幸いしちまったなぁオイ」

嘲り笑ってみせるも、森岡にはまるで聞こえていないようだった。
拳打が、蹴りが、ひたすら鵺の姿を掻き消しては、周囲の岩を砕き、己を傷つけ続けている。
この状態が延々と続けば、遠からぬ内に森岡は自滅するだろう。
だがそれでは駄目なのだ。恐怖を伴わない死など、鵺にとっては何の価値もない。

「おいこら、落ち着けっての。……あーあー畜生、完全にキレちまいやがって」

面倒臭そうに鵺は顔を顰めて――しかしすぐに、何かに閃いたように悪辣な笑みを取り戻した。
今の森岡は言わば赤熱する鋼鉄だ。
ならば冷ますのではなく、いっそこの状態のままで恐怖を浴びせてやればいい。
熱せられた鉄が砕け散ってしまうほどに、冷たい恐怖を。

鵺とは恐怖を司る妖かしだ。
故に、君達冒険者のそれぞれの怪獣像を引き出したように、恐怖にまつわる記憶を覗き見る事が出来る。
その力をもって鵺は森岡の記憶を覗き込み、

「……おっと、あるじゃねえか。今のオメーにもってこいの恐怖が」

そう言うと殊更に色濃い悪意を笑みに滲ませた。
姿を現して襲い掛かる森岡へと向き直り、自身を黒煙で包み――

「――また私達を、殺すつもりですか?」

拳に貫かれた黒煙の先には、鐘本さくらがいた。

198 :GM ◆u0B9N1GAnE :11/12/17 20:06:01 ID:???
森岡の記憶――体を操られ、仲間に向かって拳を振るった時の恐怖を、鵺は覗き見た。
そして黒煙を纏い幻で身を包んで、森岡の前に姿を晒したのだ。

「その馬鹿力に随分と自信を持っていらっしゃるようですけど……その力に一度でも、責任を覚えた事って、ありますか?」
 
さくらの姿を模したまま、囁きかける。

「ないでしょうね。そんなんだから」

言葉を区切り、同時に黒煙と化して霧散。

「こんな事に、なっちゃうんですよ」

森岡の背後に再び現れた鵺は、顔の半分が歪にひしゃげたさくらの姿をしていた。
眼窩から眼球が零れ落ちる。足元に転がった目玉が、森岡を恨めしげに睨みつけた。

「あーあー、やっちまったなぁ。きっとお前さんを心配して、追ってきてくれたんだぜ?
 そんな健気な子をこんなにしちまうたぁ、まったく恐れ入るぜ。
 恐怖の権化だなんて名乗ってたのが恥ずかしくなっちまうなぁー」

さくらの幻影が消えて、代わりに鵺が森岡の隣に、彼の肩に腕を回す形で現れた。

「でもまぁ、お前さんにとっちゃこんな女、どうでもいいかもなぁ?」

下卑た笑いを浮かべて、森岡の顔を覗き込む。

「なにせ、人の役に立ちたいとか、居場所が欲しいとか……そう言えば聞こえはいいけどよぉ。
 要するにそれって、自分以外が誰であっても、どうでもいいって事だろ?
 だったら、また代わりを見つけりゃいいさ。今度はもっと丈夫なのを探せよな」

そうして過去の恐怖を抉り、おちょくる事に満足すると、鵺は姿を消してけたたましい笑い声を響かせる。
怒りに赤熱する心を砕くには、十分過ぎる恐怖を注げただろうと、満足気に。

>「落ち着け老け顔ぉぉおおおおおおおおぉぉぉおおぉぉおおお!!!!」

しかしまたも予想に反して、轟く大音声。
一瞬動きを止めた森岡の顔面に、勢いよく拳が叩きこまれた。
拳の主は桜雪生、人間離れした超視力をもって幻覚の全てを躱して、
更に暴れ狂う嵐のようだった森岡の懐にまで潜り込んできたのだ。

>「あーもう!とにかく、とっつぁんの蹴り食らって俺が生きてるんだから、俺より頑丈な鳥居が死ぬ道理はねえ!
  だから浮かぶ円盤と、くそ坊っちゃん、とうるさい女と、超頼りになる格好良い俺と一緒に鵺を倒すんだよ!」

仲間を思う決死の行動。それはきっと、鵺の見せる幻覚を払い除けてしまうには十分過ぎる。
今度こそ終わっていた筈の森岡は精神に安定を取り戻して、生まれていた筈の恐怖も食べ逃してしまった。

「……いいねいいねぇ、カッコ良いじゃねえか。その調子だぜ。
 そうやって足掻けば足掻くほど、くたばる時の恐怖も深まるってモンだ」

それでも鵺は余裕の態度を崩さない。
むしろ愉快そうに笑いながら、大立ち回りを見せた雪生に大仰な拍手すら送ってみせた。

「……例えばよぉ、断崖絶壁にしがみついて、今まさに谷底へと落ちちまいそうな人間がいたとしてだぜ。
 そいつに最高の恐怖を与えるにはどうすりゃいいと思う?ただ蹴落とすだけ?それじゃ芸がねえ。
 だから一度引き上げて、安堵と希望を与えてやってから、改めて突き落としてやるんだよ。
 至上の恐怖ってのは希望から絶望へと落ちていく、まさにその瞬間に生まれる、一瞬の黒い閃光なのさ。
 ……分かるか?オメーらは今、奈落の淵にいるんだぜ。頼むから諦めて、自分から飛び降りたりしないでくれよ?」

だからこそ、鵺は君達冒険者の抵抗に怒りを抱いたり、煩わしく思ったりはしない。
それどころか、歓迎すらしている。その足掻きがより上等な恐怖を生み出すのだから。

199 :GM ◆u0B9N1GAnE :11/12/17 20:06:27 ID:???
>「鵺は夜の眷属。闇夜の邪気を祓う力のあるものを嫌う。
> 例えば、雄鶏かホトトギス(カッコウ)の鳴声―――それに鳴弦の音――!」

「あん?……あちゃあ、参ったねえ。よく知ってんじゃねえか。有名過ぎるってのも困りモンだぜ」

弱点を知られて、しかし鵺は動じない。
それすらも、より深い恐怖を生み出すきっかけに過ぎないのだから。

「けど……その弓がねえんじゃ、どうしようもねーよなぁ。
 だったらいっそ、そんな弱点なんざ知らない方が幸せだったんじゃねえの?え?」

弱点を知っていたところで、それを突けないのならば何の意味もない。
むしろ知っているのに出来ないという事は、知らない事よりも尚深い絶望を招く。
――かと思いきや冒険者の一員ヨロイナイトによってその弓は容易く作り出されてしまった。
これには鵺も驚きを隠せず、盛大に仰け反って目を剥いた。

「うぉおおい!?マジかよ畜生!こりゃやべえ!」

切迫した声色で叫び、

「……なぁんてな」

だが俄かに表情を一変、不敵な笑みと共に指を鳴らす。
瞬間、周囲の黒煙が渦を巻き――無数の弓の幻を撒き散らした。
それらは宙も地面も埋め尽くして、ヨロイナイトの生み出した弓を紛れさせてしまった。

鵺の幻は手の取った際の触感すら錯覚させられる。
無数にある幻の中から本物の弓を見つけ出すのは、困難を極めるだろう。

「けけっ、これじゃあ折角の弓も、どこにあるのか分かんねえよなぁ。
 さあどうする陰陽師?別に手当たり次第探してもいいけどよ、気を付けろよ。
 下手にその弦を見せたら、俺がぶった斬っちまうかもしれねえからなぁ」

一体どれが本物なのか。
もしも誤って幻の弓を選んでしまったら、文字通り希望の糸を断ち切られてしまう。
失敗すれば後がないと念を押す事で、疑心暗鬼に陥らせる算段だ。

「そら、どうしたよ?じっとしてちゃあ何も始まらないぜ?試しに一つ、手に取ってみればいいじゃねえか。
 もしかしたら運良く本物が見つかるかもしれないだろ。百に一つ、千に一つって可能性だろうけどなぁ〜!」

見つけられる訳がないと知っていて、鵺は下劣な笑いを響き渡らせる。

けれども鵺は分かっていない。
君達は彼のよく知る人間の域を、遥かに超越した冒険者だと言う事を。
その技能を用いれば、本物の弓を見つけ出す事は不可能ではないのだ。

例えばよく見てみれば、周囲に散らばる弓の幻はどれも少しずつ形が異なっている事に君達は気付くだろう。
それらは君達自身の記憶から顕現したものではなく、鵺自身が作り出したものだからだ。

つまり本物の弓と同一の形をしたものは、この場に二つとない。
そして他ならぬ鵺の能力、恐怖の顕現によって、君達の全員が弓の原型となったヨロイナイトの記憶を見ている。
もっとも、それでも数百数千の弓の中から本物を見つけ出すには人間離れした眼力が必要だろう。

加えて言うならば、鵺が作り出したのは、マリーが見抜いた通りあくまでも幻だ。
手に取れば『触っている』と錯覚はするものの、そこに実体はない。
すなわち音や空気の流れは、弓を突き抜けて動く。
その事に気付けば、視覚に頼らずとも、人並みの五感しか持っていなくても、本物の弓を見つけ出せるだろう。

200 :GM ◆u0B9N1GAnE :11/12/17 20:06:49 ID:???
「テメェらもそうだぜ!幾ら粋がろうと、俺様を捉える事は決して出来やしねえ!
 この黒煙の中にいる限り、俺様がどこにいるのかなんて分かりゃしねえのさ!」

そして君達の絶望を煽ろうと叫ぶ鵺にもまた、攻略法――弱点は存在する。
鵺は人間の心から生まれる妖かしだ。
得体の知れない恐怖という概念の塊だ。
故にその存在を君達自身の心に左右させられて、また概念によって縛られる。

『黒煙の中にいる限り、どこにいるのか決して分からない』
それが鵺を構築する、覆す事の決して出来ない絶対的な概念だ。
だが逆に利用する事は出来る。
この概念は裏を返せば『黒煙の中には必ずいる』という事なのだから。

どこにいるのか分からない敵を、塗り潰すように殺傷する術を持っている者が、
君達の中には少なくとも一人、もしかしたらそれ以上、いる筈だ。
それは鵺を仕留めるには不十分かもしれないが、弓を見つけ出すまでの繋ぎには十分過ぎるだろう。



「……あん?よく見りゃ人間が一匹増えてんじゃねえか。
 オメーは……怪獣探しに来た訳じゃねーのか。じゃあ丁度いいぜ。
 次の恐怖を見せてやるよ。妄想じゃオメーらを殺せねえなら……今度は敵に、殺されちまいな」

鵺が指を弾く。
生み出される幻は、『君達の中にある敵の記憶』だ。
例えば無数のカラクリ人形が。
数え切れないほどの農民が。
金に飽かして揃えた銃器を振るう革命家が。
黒衣を纏う科学と魔術の申し子が。
燃え盛る黄金の巨人が。
五行を奴隷の如く従える天才陰陽師が。
人の身のままに人をやめた、邪悪なる人形遣いが。
操り人形と化した、或いは山の中で偶然遭遇した仲間が。
今までに祓った妖怪の全てが。
今までに殺した人間が、同業者が。
全てが君達の前に再び現れる。

だがそれらは全て、あくまでも『記憶』に過ぎない。
君達が一度見た事のある力で、一度見た事のある動きを繰り返す事しか出来ない。
君達がここにいる以上、目の前にいるのはどれも一度乗り越えた敵だ。
そもそもあり得ないものを生み出した妄想の幻とは違い、反撃も可能だ。
数が多いとは言え、君達ならばきっと打ち破る事が出来るだろう。



201 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :11/12/17 22:45:32 ID:???
唐獅子は頼光を咥えながら宙を駆ける。
後ろから追う竜の首を巧みに躱しながら。
その様子を嘲笑うかのように鵺が語りかけるが、唐獅子は一顧だにしない。
鵺のいう事は一々尤もであるが、それでも、唐獅子は、唐獅子の習性は舘花の裔の牡丹に惚れ込んでいるのだから。
もはや恋は盲目と言うに値する程に。

しかし頼光はそうではない、が、鵺の言葉に動揺することはなかった。
というより、もはや動揺すらもできない状態になっていたのだ。
唐獅子の駆ける勢いに任して牡丹の花びらが無数に散り、黒煙へと沈んでいく。
既に頼光の生気は尽きかけ、頭に咲いた牡丹の華が散り始めていたのだから。
当然口汚く叫ぶ気力など疾うに尽きている。
それ故に倉橋の「弦はあれども弓が無い」という言葉も唐獅子の耳に届いていた。

唐獅子は勢いをつけ反転し、竜の首を躱して倉橋の元へと降り立つ。
咥えた頼光を口から離し、その場に立たせる。
直後、追ってきた竜の首から灼熱の吐息が浴びせかけられる。

だが、それは幻の炎。
幻術を破った倉橋やマリー、唐獅子はもちろん、頼光すらも焼くに値しない。

なぜならば、頼光はもはや完全に人ではなくなっていたのだから。
霊的訓練を受けた舘花の者ならば人花と化しても己を見失う事はなし。
生気が尽きるようなこととなれば花を散らし人であることを保つことができる。
だが頼光はそれが一切できない。
牡丹の華は頼光の肉体を侵食し、枯れ木のように細った腕は既に本当の木と成り果てている。
肩と腹の銃創が早々に塞がったのはこの前兆だったと言える。
浸食は肉体だけに留まらない。
頼光の心すらも浸食し、今その心は忘我の境地。
計らずも禅僧が修行の果てに至る三昧と同じところにあるのだから。
故に鵺の甘言にも西洋竜の恐怖も感じないようになっていたのだ。

心身ともに樹となりつつあるその姿は、生半可に術に手を出した哀れな末路であると言える。
このままでは程なくして頼光の心は完全に溶け、肉体は樹となり死を迎える。
そして牡丹の華も宿主が死ねば散るしかない。

だから、唐獅子は頼光を立たせたまま飛ぶ。
血だまりに沈む鳥居の元へ。
鋭い牙と爪でずたずたにされた鳥居を咥えると、そのまま一飲みに飲み込んだ。
ついてと言わんばかりに鳥居の指先が届かなかった鞭も二口目に飲み込んだ。

続いて飛んだ先は無数の弓が乱立するヨロイナイトの傍に。
『妖獣が小賢しい!!』
ぐるりと見回し、雷鳴が如き咆哮を一つ。
空気を震わせるその咆哮にただ一本、共鳴するように震える弓がある。
鵺が生み出したのは幻の弓であり、実態を持つヨロイナイトの弓を見つけ出すことができたのだ。

そして唐獅子は黒き弓を咥え、そのまま飲み込んでしまった。

202 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :11/12/17 22:47:39 ID:???
頼光の元に戻った唐獅子は倉橋とマリーに向き直る。
『我はこれより舘花の裔の救命を行う。汝らに合力する故、助力を乞う。』
頼光の状態の説明と一連の行動の意味とこれからする事、回復がなされるまで動けない事を告げると、唐獅子の体が溶け、頼光の口に吸い込まれていった。

唐獅子が鳥居を一飲みにしたのには訳がある。
仲間意識や哀れに思ったなどという理由ではない。
全ては頼光を、舘花の裔を助けるために必要な事なのだから。


今の頼光はコップに牡丹の華をさした一輪挿しのようなものだ。
牡丹の華に中の水を全て吸い上げられ、空になろうとしている。
助ける為にはコップに水を継ぎ足してやればいい。
だが、霊的な訓練を受けておらず、霊力・気力の容量がコップ程度しかないことが問題なのだ。
水を継ぎ足そうとする唐獅子は例えるならば水を満杯にしたタライである。
タライの水をコップに注げばコップは割れるか倒れるか、そうでなくとも水が勢いがありすぎて溢れ出てしまう。
だからこそ、魔力を持ち瀕死である鳥居の存在が必要だったのだ。

頼光だけでなく、鳥居も回復させる必要を持たせることで注ぎ込むコップをバケツ程度に大きくできる。
それでもまだタライには及ばないが故に、ヨロイナイトの生み出した弓を飲み込んだのだ。
ヨロイナイトの生み出した弓は鵺の煙が材料なだけあり、さらに負の感情で固められた、禍々しくも穢れた弓である。
これを飲み込むことで唐獅子の神気と相殺させ、タライの中の水の量を減らそうという訳だ。

かくして、頼光を救うために唐獅子の万策を尽くした救命措置が始まった。

唐獅子が入り込んだことにより、枯れかけた頼光の頭の牡丹の華に瑞々しさが戻る。
と同時に、ビリっという音と共に左の袖が肩から落ちる。
続いて左腕が樹の状態のまま乾いた音と共に落ちた。
それが何かは触れずとも肌に伝わる神気により理解できるだろう。
穢れた弓を飲み込み神気を減じ、頼光と鳥居を救うにしてもまだ過剰だった唐獅子の神気を左腕に集中させて切り離したのだ。

ここまでは唐獅子の説明の通り。
これこそが唐獅子の提示した合力であった。
神気に満ちた左腕を少し削れば弓として機能するのだ。
偶然か運命か、頼光は鵺退治をした源頼政に弓を授けた源頼光と同じ役割を担えたのだった。
勿論本人にその自覚も記憶もありはしないが……

そして弓を前に倉橋とマリーは唐獅子の言葉を思い出すだろう。
広間中駆けまわって舞散らした無数の牡丹の花弁は黒煙へと沈んでいる。
鳴弦の音に共鳴し、一斉に霊気を散らして黒煙を払う手助けになるだろう、と。


唐獅子のできる事はここまで。
あとは回復に専念するために半ば樹と化した頼光の中で身動きもとれず、その猛威も振るえない。
鵺が出現させた『敵の記憶』の前には全くの無防備で立ち尽くすほかありはしない。
後顧の憂いは倉橋とマリーに全てを託したのだから。

敵が迫る中、ただ立ち尽くす未だ半ば樹木の頼光。
枯れ木となった手足が徐々に人のそれに戻りつつあるがまだ暫くはかかりそうであった。
そしてもう一つ変化が。
左腕を切り離したその肩口から、大きな蕾が生えてきた。
これこそが頼光を救うためについでに飲み込んだ……容量的には頼光の方がついでともいえるのだが。
とにもかくにも、頼光と共に唐獅子の神気によって再構築された鳥居であった。
鳥居が回復した時、蕾は花開き、そこから出る事ができるだろう。

【鳥居と頼光を回復中で無防備状態】
【神気に満ちた木製の弓(左腕)を出現させる】

203 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :11/12/20 18:31:04 ID:???
>「よぉ、おはよう。久々に母ちゃんと出会えて、どうだった?幸せだったか?
 でも残念だなぁ。今の、ぜぇんぶ夢なんだわ。オメーは母ちゃんには会えねえよ。
 今、ここで、この鵺様に殺されちまうのさ」

鵺に蹴られ、仰向けに転がった鳥居を覗き込む冷たい視線。
おぼろげな意識の狭間で、黒煙と牡丹の花弁を映す彼の瞳はすでに輝きを失っていた。

鳥居は、絶望のどん底へと堕とされた。
と同時に心の奥底で蠢動する不思議な気持ち。
場を支配する陰の気が、何故か心地よい。
放心や自失、諦念や無念が、怒気にも似た別の感情に移ろってゆく。

>「この野郎ォォオオオ!!」
横合いからの怒号と拳。止まる鵺の右手。
眼前に森岡草汰が立ち塞がり、次いで桜雪生が現われる。

「かー!」
突如、鳥居は牙をむいた。両眼はまるで夜の湖のように底知れなく暗い。
喉が、心が渇く。
血代わりのチョコレートだけでは抑えきれない衝動が内側から溢れ続けている。
鋭敏となった嗅覚が血の匂いを探り、求めている。
それは心の奥底に眠っていた闇の覚醒であった。

「鵺…。貴方は僕を傷つけました。それは絶対に許されないことです。
本来ならお仕置きをしちゃいたいところですが、貴方は運がいい。
何故なら僕は、力尽きて動けないからです…」

微かな声で呟けば、目の前に唐獅子の顔が現れ、続けて浮遊感が体を襲う。
鳥居は死が訪れたと思った。これが輪廻から逃れた者に下される最期なのかと思った。
だが違う。唐獅子の咆哮が耳朶を打ち、神気が空っぽの体に流れ込む。

「うぅ〜?」
注がれる不思議な力に、再生されてゆく傷だらけの精神。内側から火照る体。
まるで、喉の渇きを癒すのに唐辛子の汁を飲まされているような感覚だ。

204 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :11/12/20 18:32:17 ID:???
――肺腑を直に洗われているような不思議な感覚ではあったが
ただ、兎にも角にも魔力は再生を続けてゆく。

「ふっふっふ。これで鵺を八つ裂きにできます。
本来どんな魑魅魍魎であろうと、恐怖の選良である吸血鬼に勝てるわけがないのです」
蕾の中、邪を孕んだ声で鳥居は呟いていた。
ついでボロボロの鞭も神気を浴び再生している。
悪魔の毛と、霊力の宿った人髪を編みこんで作ったそれは、
まるで神気で生まれ変わったかのようだった。

すると不思議な声が響いてくる。

『憎しみを捨てなさい。邪気を抱いたままでは鵺には勝てないわよ』
「え、唐獅子?…だれですか?もしかして」
『わたしは鞭の精☆むちむちの鞭の精霊よー♪』
「う、うそだ!お母さんの声に似てるもの!どこにいるの?お母さん!」
『だから鞭の精なんだってば。(今は…。)
それはそうとこの駄洒落、ずっと言いたくて我慢していたのよー。
むしろこれを言うために今まで鞭をやってきたようなものねぇ』
「……」
『呆れちゃった?えへへ。ごめんなさい。
それにしても凄い神気ね。現世に出現した極楽浄土かエーリュシオンってとこかしら。
これなら貴方も丈夫な子供に生まれ変わることが出来ちゃうかもよ?つーか生まれ変わっちゃいなYO』
「え?どういうことですか?」
『人間に生まれ変わって、止まったままの人生をもう一回やり直すの。
こんな僥倖に巡り合うことなんて滅多にないわ。もう呪われた体なんて嫌でしょ?』
「で、でも…」
『いいから!問答無用よ!!』

漆黒の鞭は燃え、灰になる。
悪魔と交わした数百年の契約が幕を閉じる。

『ごめんね。あの時の私、すごく弱くて。悪魔になんか頼ってしまって…。あなたを何百年間も苦しめちゃった。
だけどもう、不幸になんかなっちゃダメ。幸せになって、昔のことなんて笑い飛ばしちゃいましょう』

205 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :11/12/20 18:34:05 ID:???
蕾が開き花弁が散る。
そこに現われたのは吸血鬼ではなく、生まれ変わった鳥居呪音。
人間の子供の鳥居呪音だった。
もう飛蝗のように跳躍し世間の人を驚ろかすようなことも出来ない。
でも、手には新しい薔薇の鞭。
神気を浴び再生した体には、生前の神の子ちゃん、不思議ちゃんと呼ばれた頃の霊力が漲っている。

そして、迫る『敵の記憶』
ここぞとばかり薔薇の鞭を振るい敵をなぎ払う。
樹木と化した頼光を守る。

「このままでは拉致が開きません!そこの円盤妖怪!頼光を守って下さい!」
左手を振り、肉体に染み込んだ神気を、風とともにヨロイナイトに送り込む。
神気は万物の元となる気。妖気ではなくともヨロイナイトに力を与えるはずだ。

次に鳥居は、倉橋とマリーの元へと駆け寄り、胸元に作った光玉をふわりと宙に浮かべる。
それは黒煙全体を照らしはしたが、掃うほどではなかった。そもそもそれが目的でもない。
倉橋の目の前で浮遊するは唐獅子の神気と鳥居の霊力が圧縮された光玉。
何を隠そう鳥居は術を使えない。覚えていない。だからこそ自分の力を倉橋に託したのだ。

「心の闇を照らし、鵺を闇に返しましょう」
倉橋を見つめ、静かに微笑む少年がそこにいた。

【人間に戻った鳥居は、倉橋さんに神気と霊力を注ぎ込もうとしてます】

206 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :11/12/21 10:45:51 ID:???
>倉橋
「闇に慣れてるからかな。おおよそ何か近いものでもあるんだろう」
倉橋の疑問に対し、彼女は大雑把な仮説で答える。
>「鵺は夜の眷属。闇夜の邪気を祓う力のあるものを嫌う。
> 例えば、雄鶏かホトトギス(カッコウ)の鳴声―――それに鳴弦の音――!」
>「問題は、弦はあれども弓が無いってことさ。」
「なるほど弓か…ヴァイオリンでも持ってくればよかったな」
と軽い口調とは裏腹に、彼女の表情は暗い
何せこの洞窟の中に、そんな時代遅れな武器が転がっている可能性は薄い
唯一希望があるならば、先ほど倒した機械仕掛けの竜の部品をもぎ取りから作ることも可能だが…
鵺の幻覚によって、その残骸の姿を捉えることが出来ない
と頭を悩ませている中、先ほどから頭の上を飛び回っていた円盤がこちらにやってきたかと思うと
「…これは、弓か?」
弓状の何かを産み落とし、力尽きたかのように落ちた。
何はともあれ、悩みの種はこれで解決した。
そう思い、彼女が弓に手を伸ばそうとした瞬間
「…う……ヴェッー!」
弓から発せられた禍々しい気配に当てられたのか、戻してしまった。
その瞬間、さきほどまで一つしかなかった弓が山のように積みあがっていた。
>「そら、どうしたよ?じっとしてちゃあ何も始まらないぜ?試しに一つ、手に取ってみればいいじゃねえか。
 もしかしたら運良く本物が見つかるかもしれないだろ。百に一つ、千に一つって可能性だろうけどなぁ〜!」
「あまり思い上がらないほうがいい」
鵺の嘲笑を余所目に、彼女は着ているコートに手をかけようとした。
山のように積みあがっていても、所詮は質量のない幻覚だ。
質量をもった布を掛けてしまえば忽ちに消えさるものだと考えたのだ
だが、その必要は無くなった。
目の前に舞い降りたライオンの咆哮で幻覚は掻き消え
そして、その弓をライオンが飲み込んでしまったからだ。

>『我はこれより舘花の裔の救命を行う。汝らに合力する故、助力を乞う。』
>続いて左腕が樹の状態のまま乾いた音と共に落ちた。
「まさに東洋の神秘だ」
早速、とれた左腕の枝葉を削り取り、倉橋から貰った弦を端に巻きつける。
「さてと、ここからが一苦労だ」
木を弓なりに撓らせようとするがビクともしない
「今度こそ!」
今度は腕の力だけではなく、全体重をかけてどうにか撓らせ、すぐさま弦を張った。
「一人張りの弱弓だが、これでいいかな?
 そっちはもう君に任せるよ。私はちょっとばかし化け物の鼻を折りに行って来る」
そう言って彼女は倉橋に出来上がった弓を投げ渡すと懐からナイフを取り出し
ゆっくりと前に歩き出して言った。

「いい加減、自分が時代遅れな奴だと気がつかないのかな?君って奴は」
彼女は鵺に対し、嘲笑うような口調で声をあげる
「恐怖がなんだと偉そうにのたまっているようだが、
 結局のところ、ハッタリだけの臆病者ではないか」
さらに煽るような口調で鵺を捲くし立てる。
「ハッタリでないのならば、何故幻覚だけに頼る?
 真に恐怖を与える化け物ならば、自らの手で弓を折り、弦を切り刻むことなど容易いではないか
 好機ならば何度でもあったはずだ!何度でも
 この現状こそがお前が腰抜けの臆病者だという揺るがぬ証拠だ
 ハッハッハッハッハ!断言してもいい!数百年前に進化が止まったお前程度もはや恐れるに値しないと!」
彼女は囮として鵺に対し、挑発を行なっている。
仮に弓の音が効果がなくとも
鵺が激情し、襲ってくるのならば、刺し違えること覚悟で立ち向かうことも
銃があるならば彼女ごと撃ち殺すことも出来る。
「さぁどうした?早くかかってきたらどうだ?さもないとお前の伝説が全否定されるぞ」


207 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :11/12/26 23:07:50 ID:???
>>199
ぬばたまの黒煙が、蚕が桑の葉を食む速さで、薄闇を侵食していく空間に、浮かぶ無数の弓―――
前に、後ろに、上に下に、右に左に。宙に、地に。
周囲を埋め尽くす数百数千の弓に取り囲まれて、倉橋冬宇子は呆然と立ち竦んでいた。

>「けけっ、これじゃあ折角の弓も、どこにあるのか分かんねえよなぁ。
>さあどうする陰陽師?別に手当たり次第探してもいいけどよ、気を付けろよ。
>下手にその弦を見せたら、俺がぶった斬っちまうかもしれねえからなぁ」

嘲笑交じり挑発が、薄闇に高く響き渡る。
金黒斑らの髪を揺らめかせ、顎を少し上げて倣岸な笑みを浮かべる鵺。
その顔は、小虫を踏み潰す残酷な遊戯を前に、巣に一滴ずつ水を垂らして、
それら他愛ないものどもの右往左往する様を楽しんでいるかのような、喜悦と獣性を映していた。

鵺は冬宇子の力を見切っているのだ。
幻を消し飛ばす呪霊力も、数多の幻から実体を持つ弓を選び取る見力も、到底この女には無かろうとタカを括っている。
鵺のこの態度に、冬宇子は大いに苛立った。
さりとて、それは侮りではなかった。
事実、冬宇子には、どの弓も一様に、鵺の纏う黒煙と同じ妖気を発していることしか感知できなかったのだから。
闇雲に手を伸ばしても、数千分の一の確立で当たりを引く幸運など、まず在り得る筈がない。

「くっ…この下賎な妖獣が……!」

怒りで顔面に朱が差し込む。
喉元まで出掛かった怒声は、ついに声にはならなかった。
陰陽師として知識は一通り学んだものの、式神も操れず、五行の術すらロクに行使できぬ半端者には、
何一つ反駁の材料がない、と気づいたのだ。
冬宇子は唇を噛んだ。
狩るべき妖に、術士としての実力を蔑まれることは、冬宇子にとって耐え難い屈辱だった。
陰陽道の名家の生まれ、卓越した技量を備えていたという父。
呪詛に長けた呪術師であり、先見の力を持つ歩き巫女の母。
稀代の巫覡と謳われた二人の才を受け継ぐことのなかった自身に、冬宇子はある種、恥のような感覚を持っていた。
数年来、無視し続けてきた感情が、灰に埋もれていた熾火のように、再び燻りはじめる。

>次の恐怖を見せてやるよ。妄想じゃオメーらを殺せねえなら……今度は敵に、殺されちまいな」

鵺が指を鳴らし、記憶の幻影が生み出された。
宙に半透明の女が浮かんでいた。小柄な体、肩で切りそろえた髪。
日の神村で自害した道術使い――天才道士、伊佐谷だ。
伊佐谷の幻は、嘲るような薄笑いを浮かべて冬宇子を見据えていた。
人差し指と中指をピンと立てて揃えた――『ぬぼこ印』を組んだ右手が宙を切る。
空中に迸る火箭。道術によって生み出された火炎が閃光した。

208 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :11/12/26 23:10:42 ID:???
>>201-202
その時―――!
炎ごと幻を切り裂き、冬宇子の側に、金の唐獅子が降り立った。
その口に、枯れ木のように痩せ細った頼光を咥えて。
唐獅子は、血溜りに倒れる鳥居と、木に変じた頼光を呑み込み、次いで雷鳴の如き咆哮を上げた。
無数の囲繞の中に、ただ一つ、共鳴して震う弓。そうして見つけ出した実体の弓も咥内へ。

>『我はこれより舘花の裔の救命を行う。汝らに合力する故、助力を乞う。』

冬宇子とマリーに行動の意図を伝えるや、唐獅子は渦を捲いて頼光の口に吸い込まれていった。
冬宇子は、樹皮で繭の如く覆われた頼光を見つめた。
制御できぬ不相応な力を裡に抱え、その力に翻弄された末の姿が、自身の宿命に重なって見える。

「気に入らないね…何もかも…!」

処理できぬ感情を押し出すように、小さく呟く。
カランと乾いた音を鳴らし、樹皮の繭――頼光の左腕部分から生じた枝が地面に落ちた。
瑞々しい神気を湛えた神木だ。

>「一人張りの弱弓だが、これでいいかな?
>そっちはもう君に任せるよ。私はちょっとばかし化け物の鼻を折りに行って来る」

双篠マリーから、神木に弦を張った即席の弓を投げ渡されて、冬宇子は物思いを破られてハッと我に返った。
何時の間にか、目の前に、蘇った鳥居呪音が立っている。
彼に以前の魔性の気配はなく、見違えるように健康的な生気に溢れていた。
胸元に掲げられた掌上には、薄闇を煌々と照らす、清廉な霊力を湛えた光玉が浮かんでいる。

>「心の闇を照らし、鵺を闇に返しましょう」

少年の清しい口調と聖者の如き微笑みが、却って冬宇子の苛立ちを加速させた。
せり上がって来る怒りが、今度は堰を切って唇から溢れた。
幻影の襲撃に応戦し、茨の鞭を振い続ける鳥居の耳に届いているとも思えないが、
ただ苛立ちを吐き出すためにだけ、冬宇子は言葉を発していた。

「生成り(なまなり)妖魔のクソガキが…!随分すっきりした顔をおしだねえ!結構だこと!
 心の闇を照らすだって?
 一切衆生の心を照らす菩薩様にでもなったつもりかい?偉そうに!
 世の人が皆、どなた様かに照らしてもらって、それで心の闇が綺麗サッパリ消える単細胞ばかりなら
 人の業も迷いも、ついぞ消えてなくなるだろうねえ!
 聖人君子揃いの、魚も棲みかねる白河のごとき清い世になることだろうさ!
 第一、闇が自然に湧いて出るものなら、闇が闇でいて、なぜいけない?」

妬み僻みに、悋気に嫉妬。卑屈、劣等感、怒り、怨憎。
『闇』に類される感情は、湿地に滲みだす水のようなもので、板を並べて見えぬように蓋をしても、
その下に、じわり、じわりと拡がり溜まってゆく。
人が本質的に闇を孕んだ存在ならば、心が闇を潜めたままの混沌であって何故いけない?

「私はアイツの存在を否定しない。闇から自ずと生まれたあれを殺すことが正しいとも思わない!
 世のため人のための奇麗事で、あれを祓うつもりもない。
 ただアイツが憎いから、邪魔だから……この現世(うつしよ)から消し飛ばしてやりたいだけなのさ!
 それが悪いとでも?
 『我こそは正道』のしたり顔で、正邪を断じる連中よりよっぽどマシじゃないか!」

乱戦の最中、誰に聞かせるでもない心中の吐露。
壁に向かって罵声を浴びせるような虚しさに気づいて、そこで言葉を切ったが、
とめどなく溢れる苛立ちは、もはや抑えようもなく冬宇子を呑みこんでいた。

209 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :11/12/26 23:16:21 ID:???
マリーに渡された神木の弓に目を落とす。
撓りやすく加工した竹接ぎの弓とは違う、一本木に弦を張っただけの丸木弓だ。女の力で弦を引き絞るのは難しい。
鳥居が拵えた光玉に弓を差し込むと、弦が白光を帯びて淡く輝いた。
その輝く弓を、森岡と雪生の居場所に向けて放り投げ、

「弦を思いきり引いて弓を鳴らしな!鵺を裸にする呪い(まじない)さ!」

男達にそう告げて、朱塗りの柄を握り、帯に差し込んだ鉾先鈴を引き抜いた。

「随分と見くびっておくれだったねえ…鵺め!
 崇徳院の念に牽かれなければ、この世に顕現すらできず、夜にひよひよ鳴くだけの懦弱な魔物だった癖に…!
 甘く見るんじゃないよ……!
 こちとら腐っても清明の血脈さ。しかもお前に劣らず、古い曰く因縁の外法憑きのね!」

鬱屈した感情を声に変えて吐き出し、
手首の返しを効かせて律動を刻み、神鈴を打ち鳴らしていく。

「アハリヤ―――アソバスト マウサヌ――――
 外法の神、三輪の御山の女狼、夜の王、此れへ此れへ―――
 オリシマシマセ―――――――!」

狂おしい鈴音の高まりに合わせて、ひた、ひた、と自身の裡(うち)に力を擡げるものを感じた。
充ち満ちてくる魔気を、一瞬逡巡し、それでも冬宇子は受け容れた。
鵺が憎い―――見たくも無い幻影を生み出す、あの鵺を滅してやりたい―――――!
冬宇子の心は憎悪という名の闇に塗り潰されていた。
数々の幻覚と闇の瘴気は、確かに、冬宇子の精神を侵食していたのである。
鵺を殺したい。その一念で、冬宇子は裡に眠る制御不能の力に手を出していた。

冬宇子の意識は虚無の彼方に沈み、代わりに獣性の魔性が意識の器を満たした。
けたたましい笑い声を上げて、冬宇子は跳躍した。鎖の緊縛を解かれて猛る獣のように。
地下空間に石柱さながらに突き出す巌の一つに、ひらりと降り立つ。
掌で岩を掴み、上体を反らせる女の、紅い唇から声が漏れた。
高く、低く、韻を曳き、長く棚引くその声は、まるで闇夜の岩峰を駆ける狼の遠吠えだ。

冬宇子が右手を振り抜くと、闇の黒を切り抜いたが如き、獣の姿が空中に躍り出る。
丁度、唐獅子と同じくらいの大きさの、黒い獣の影だ。
厚みはなく外見は影そのものながら、神魔の映し身であるそれは、爪や牙に、人も魔も切り裂く力を有している。
神和ぎの血筋である巫女を依り代にするが故に、闇祓いの呪力に耐性を持ち、鳴弦の音に臆することもない。
獣影は黒い残像を曳いて、鵺へと疾駆する。

陰陽師をはじめ術士は、呪詛に抗するには呪詛を、鬼を殺すには鬼を使役(つか)う。
同じ闇の眷属なればこそ、黒き獣は、黒煙を千々に引き裂き、鵺にその爪牙を届かせるかもしれない。
依り代の念に引き摺られてはいるものの、もとより冬宇子の手には余る、制御不能の魔性。
もし、鵺と冬宇子を結ぶ線上に、同業者の姿があったならば、獣は躊躇なくその者を、傷つけるだろう。


【鳥居君の出した光玉の霊力を弓に移して、森岡・雪生に投げ渡す】
【幻覚に精神力を削られてブチ切れ。憑き物の外法神を開放→鵺を攻撃】

210 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :11/12/28 11:40:27 ID:???
「――――――――――同じ化物同士、気になりますかい?」

心ここにあらずといった様子で洞窟の入口をじっと見つめる少女に、背の高い影が声を掛ける。
少女、もとい「いぐな」は影を一瞥すると、また入口へと視線を戻す。無言は肯定と見ていいのだろう。
影は、盗み見るように彼女の背中を伺いながら、懐から一冊の本を取り出した。
かなり古く、黄ばんで、所々染みを作った表紙には、『九頭華(くとうが)全書』と記されている。

――その昔、『炎』の神剣を持ちし益荒男、悪なる邪神を浄化し、封印されし正義を救う。
――剣に宿りし正義の『炎』は万物に力を与え、人を活かし、這い寄る混沌を打ち負かす。

「(20年以上前に行われた「あの実験」……その研究資料の一部が、見つかるとは。
 燃えて無くなったと思っていたら……あの耄碌爺が持っていたとはね…………。)」

ちら、と死体の一つ……今となっては只の肉塊となった、老人の死体を見やり、――――影は回想する。
約20年以上も前、帝国は列強国・露西亜に打ち勝つ為、さまざまな策を模索してきた。
そんな折、軍の上層部は「最強の軍隊を作る」と請け合った、異国の黒魔術師達を招き入れた。
数々の人体実験・黒魔術の果てに、遂に帝国は本当に最強の軍隊を手に入れ、辛くも露西亜に勝利した。
驚異的な体力と精神力、超越した回復力と能力を兼ね備えた少数精鋭の人間兵器を手に入れ、軍は大満足だった。
――――この人体実験の被験者だった一人、この物言わぬ老人・洲佐野の反逆がなければ。
20年前、当時の軍上層部に所属していた人間、黒魔術師、そして他の被検体たちは全て心臓を抉られ、研究所もろとも灰と化した。
研究書も資料も、とうに焼失したと思っていたが……偶々洲佐野を発見し、始末した際にこれが懐から転がり落ちてきた時は、驚いた。

――其の者、戦いの先導者となりて、あまねく邪悪を燃やし尽くし、永久なる平和の礎となるだろう――――

「(…………もし、あいつが、かの研究の唯一の成果の証拠であるのだとしたら……)」

影もまた、いぐなに倣って洞窟へと目をやる。
闇の深淵へと誘うかのようにぽっかりと開けた入口を、強い潮風が吹き抜けた。

【洞窟最奥部】

恐怖を煽り、己や仲間を苦しめる鵺。その存在が、草汰は殺したい程憎くて仕方がなかった。
だが拳を幾ら振るっても、周辺の岩や地面を抉るだけで、肝心の鵺には当たらない。苛立ちが増す。
卑しい笑みをたたえて姿を現す鵺に、草汰は拳をふりかぶる。その時、黒煙が鵺と草汰を包む。
小癪な、煙もろとも叩き潰してやる!怒りに身を任せた拳が、黒煙を突きぬけた先に―――――――――

「――また私達を、殺すつもりですか?」
「―――――――――――――……え?」

此処に居る筈のない、さくらが居た。

蘇る、日ノ神村の記憶。二つに裂けた大男、銀髪の少女、勝手に動く自分の体、支配する恐怖――
「自身の手で大切な物を壊してしまう」恐怖が今、全身を打つ滝のように襲いかかって来た。
拳の先で、「さくら」は静かに言葉を紡ぐ。

「その馬鹿力に随分と自信を持っていらっしゃるようですけど……その力に一度でも、責任を覚えた事って、ありますか?」
「ないでしょうね。そんなんだから」

「こんな事に、なっちゃうんですよ」

言葉を区切り、さくらの姿が掻き消える。そして、「本当の恐怖」が、背後から囁きかけた。
見ては駄目だ。見てしまったら、自分は――だが、体は想いとは逆に作用する。


「う………わあ”ああああ”ああああ”ああぁっ、あ”あ”アアアアアアあああ”あア”ああ”っーーーー!!!」


振り返った先に、目に飛び込んでくる光景。顔の半分が無惨に潰れたさくらが、そこにあった。
びちゃり、と足元にぶつかる、目玉。虚空のような瞳が、こちらを恨みがましげに見ていた。

211 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :11/12/28 11:41:59 ID:???
「あーあー、やっちまったなぁ。きっとお前さんを心配して、追ってきてくれたんだぜ? 」
「さくら!さくらぁああああ”ああーーーーー!そんな、そんなァっあ”あ”あああああーーーー!!」
「そんな健気な子をこんなにしちまうたぁ、まったく恐れ入るぜ。 恐怖の権化だなんて名乗ってたのが恥ずかしくなっちまうなぁー」

俺が、さくらを、こんな姿に変えてしまった――? 頭を掻き毟り、激情にかられ、狂ったように血反吐を吐く勢いで泣き叫ぶ。
鵺が見せた幻覚は、これ以上にない恐怖と罪悪感を与え、草汰の心を押し潰しにかかる。
さくらの幻影が消え、一人吼える草汰の隣に鵺が現れると、腕を肩に回して囁く。

「でもまぁ、お前さんにとっちゃこんな女、どうでもいいかもなぁ?」

その言葉を耳にした途端、草汰の悲鳴が止んだ。鵺は、恐怖と狂気で最大限に歪んだ顔を愉しむかのように言葉を続ける。

「なにせ、人の役に立ちたいとか、居場所が欲しいとか……そう言えば聞こえはいいけどよぉ。
 要するにそれって、自分以外が誰であっても、どうでもいいって事だろ?」

何も言えない。「違う」と、はっきり面と向かって反論することが出来ない。
昔から、自分を否定しない誰かが欲しかった。自分を一人の人間として、仲間として見てくれる誰かを欲していた。
役立たずだと呼ばれ続け、人の為に活かそうと怪力を見せれば化物扱いされ、いつも一人だった。
だから、父のような冒険者になって、今度こそ人の役に立とうと決心した。昔の自分と決別しようと努力した。
変われた筈だった。人付き合いが苦手で不安だったが、友と呼べる人が出来た。守りたいものが出来た。
――――例え、自分の命をないがしろにしてでも。守ると決めた物に、その価値に、代わりなど無い筈なのに…!

何故言えなかった?はっきりと、お前の言う事は間違っていると言わなかった? 
もう一人の自分が問う。――――本当は、鵺の言うとおり、守れるのなら「誰」であっても良かったんじゃないのか?


「違う……違うんだぁあーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「落ち着け老け顔ぉぉおおおおおおおおぉぉぉおおぉぉおおお!!!!」

――――――刹那、顔面に叩きこまれる拳。
ほぼ同時に、草汰が放った回し蹴りが、相手に入った手応えを感じた。
殴られた衝撃で草汰はよろけ、後方に倒れる。眩む視界に映る、蹴り飛ばされた相手は――。

「ゆ、雪生、さん…………?」

血反吐と吐瀉物を吐き散らし、地に這い蹲る雪生。
頬を押さえ、草汰はしばらく茫然自失とする。殴られた場所から、徐々に体が冷めていくような感覚を覚える。
一秒一秒、時間が経つにつれて正気に戻っていく。そして、ハッと我に返り、雪生へと這って近寄る。
当の雪生は軽口を言うが、確実に肋骨を何本か折ってしまっている。
自分のしでかした所業に狼狽する草汰に、雪生は苦痛に顔を歪めながらも口を開き、訳の分からないことを言う。

「こ、こんな時に何言ってんだあんたはっ!喋ったら傷に響いちまう!!」

己の怪力を、今更恨む。敵を倒す力は、使い方を間違えれば仲間にすら牙を剥くのだと思い知る。
自分のせいだ。自分の心がもっと強ければ、誰かを傷つけることもないのに。もっと守ることが出来るのに――!

「あーもう!とにかく、とっつぁんの蹴り食らって俺が生きてるんだから、俺より頑丈な鳥居が死ぬ道理はねえ!
 だから浮かぶ円盤と、くそ坊っちゃん、とうるさい女と、超頼りになる格好良い俺と一緒に鵺を倒すんだよ!」

雪生が強く言い放った一言に、草汰は顔を強張らせ、俯く。
そして、顔をあげた時。ばちんと、弱弱しく雪生の右頬を叩いていた。

「……お前、莫迦か?こんな化物の為に命張ってよぉ……ばっかじゃねーの……!」

唇を噛み締め、必死に泣くまいとした。雪生の言動に、漠然とした怒りを感じつつも、救われたような気がした。
こんな自分でもまだ、居場所はあるのだと。一緒にいていいのだと。もし違ったとしても、そう思い込んでいたかった。
目を乱暴に手の甲で擦り、荒々しく雪生に肩を貸す形で立ちあがる。

212 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :11/12/28 11:43:15 ID:???
「―――老け顔っつったの、さっきのビンタでチャラにしてやらあ。その代わり!
 もう二度とあんな無茶すんな。つーかさせねえ。次、同じことしたらぶん殴る!」

雪生は感じただろうか。草汰から伝わって来る強烈な熱気を。
日ノ神村で覚醒した時と同じような、緑の炎のようなオーラが全身から立ち昇る!
その正体は、草汰の正の感情を糧として実体化した、怪力と気力の源、溢れだす生命力、魂そのもの!

鵺が指を弾く。またも幻覚のようだ。次々現れるのは、過去の敵。刹那、上から轟く男の怒号。刹那、フラッシュバックする記憶。
草汰の目前、あと指先一寸の所で降ってくる巨体。地面を叩き割る轟音が耳を突く。

「日ノ神村のオッサン……!カリンカ・マリンカ……ッ!!」

ゆらりと現れる巨漢。日ノ神村で対峙し、死んだ男。ジャフムードは自らの手刀で胸を裂く。
観音開きで開いた胸から麝香の香りを漂わせ、銀髪の少女、カリンカ・マリンカが邪悪に微笑む。
かと思えば、それらを囲む無数のカラクリ人形達、後方に控える武装組織の男達。自由と平等を訴えた人間達。
大衆の奥に、黒衣を翻す一人の科学者、狩尾の姿もハッキリと見えた。

「……ハッ!こいつァすげー総演出だこと。ご機嫌なことこの上ねーぜ」

冷や汗を垂らすも、草汰の目に灯る闘志の炎は更に燃え上がる!全て一度は乗り越えた敵。負ける気など――毛頭無い!
その時、輝く弓が弧を描いて二人のもとへと落下する。倉橋によれば、黒煙から鵺を引き摺りだす手段らしい。
弓に目を落とし、次いで雪生に目を向け、それをつきつける。

「雪生さん、これを鳴らす位は出来るだろ?俺じゃあ、弓ごとへし折っちゃいそうだ」

そう言うと不格好に、唇の端を吊り上げた。相変わらず、笑顔を作るのだけは苦手だ。

「代わりに俺があんたを、こいつらから守る!!」

雪生に背を向け、敵の幻覚達に向き直る。
始めの敵は、闇雲に武器を振り回す武装集団。武器をいなし、男達の急所に拳を打ち込んでいく。
男達が倒れるのと入れ替わりに、ジャフムードの憎しみに満ちた瞳が草汰を見据え、手刀を振り下ろす。

草汰は手刀を右腕で受け止め、左ストレートを打ち込む――と見せかけ、顎を蹴り上げる。
蹴り上げられたジャフムードが視界から消え、カリンカ・マリンカが鳥のように草汰の眼前に降り立った。
まるで生きているかのような動きで、銀色の髪が宙を奔る。草汰を操ろうとした念糸が、またもや首を狙う。
だが草汰は臆することなく突っ込んでいく。絡まった念糸を、緑の炎が燃やし尽くす!

あともう一息という時、空気が弾ける音が耳を掠めたかと思うと、黒衣を翻す一人の男が立ち塞がった。
天才故に苦悩し、新世界を創ると宣言した男。決して自分とは相入れぬ存在――狩尾。

「……まさか、こんな形で、また会うことになるとはな」

氷山の一角のような冷たい眼差しが草汰を射抜く。発電機のハンドルを操作し、生みだされた電気が草汰を襲う。
避け切れるかどうかの瀬戸際。一本の矢の如く飛来する紫電を、身を捩ることで躱した。
だが完全に躱しきれたようではなく、左脇腹に激痛を伴う痺れが襲う。それでも草汰は手を伸ばすと、発電機を持つ狩尾の腕を万力で締めあげた。
狩尾は発電機を取り落とし、草汰は腕を掴んだまま地面へと引き倒した。

「ふぅっ……あ!!」

草汰の視界に一人の女性が映る。単身で対峙する相手は――鵺!
ナイフ一本で、あまつさえ鵺を挑発している。更に、もう一つの獣のような影が現れる。
敵か味方か。草汰に判別する術は無い。只、脊髄反射とも、本能にも近い判断――あの女性を助けなければ、という思いがあった。

213 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :11/12/28 11:46:13 ID:???
「危ないッ!!」

即座に駆け出し、ナイフを持つ淑女、双篠マリーへと肉薄。双篠を横から突き飛ばした。
それは誰の目から見ても、正に命を捨てるような愚かな行為。
彼女の代わりに、鵺と獣、二つの黒影に挟まれる形となった時、さくらの言葉が蘇る。


『何で自分の命を加味してないの!? どんな嘆願に成功しても、自分が生きてなきゃ意味が無いじゃない!』


その時、閃きにも近いもので――己の答えを見つけ出した気がした。
鵺へ反論できなかった理由を。雪生の決死の行動に対する漠然とした怒りを。己の内に潜む、本当の恐怖を。

「鵺、お前さっき言ったよな?俺は、俺以外が何者であろうと、どうでも良いってよお」

緑の炎――邪を滅する、正義の炎を纏った手が、黒煙を突き抜ける。
鵺が闇であるなら、草汰の炎は火であり光。触れれば、全身を焦がすような灼熱を味わうだろう。
同時に、炎を消費する事は草汰の命を摩耗させ、最悪、死にも繋がる。

「けどよ……今、分かったんだ。俺は結局のところ――『自分の事が一番、どうでもいいんだ』、って」

胸の内を語るその心はどこまでも、狂信にも近い自己犠牲精神で出来ていた。
他者が犠牲になることを嫌い、その癖、自分はどこまで傷ついても構わない。
人の感情に一番遠く、それでいて自己中心的な考えは、ある誰かを助け、ある誰かの心を傷つける。
その事実に、草汰が気付くことは永遠に無いだろう。少なくとも、今のところは。

「俺はきっと、『俺』が怖かったんだ。何も出来ない俺が。誰も守れない俺が。お前みたいな奴に惑わされる俺が。」

草汰の言葉を、感情を喰い、炎は歓喜するように熱と輝きを増す。
今、人としての定義の大部分を捨て、名も無き『炎』という怪物と化していた。

「俺は、誰が誰であろうとどうでも良いって訳じゃねー。ただ、守りたいと思った相手が、あいつ等達だった、それだけだ。
 それだけでよかったんだ。俺が何者であろうと!あいつ等に必要とされるなら、俺は守るために幾らだって命を捨ててやる!
 誰かを助けられるなら、何度だって絶壁から飛び降りて、何度だって這い上がってやる!鵺、お前にそれが出来るか!?」

拳を作り、鵺と対峙する。背後に急接近する獣影の気配を感じ取る。


「断言するぜ! 俺は、恐怖(お前)なんか怖くねえ!!」


獣影はすぐそこまで迫っている。草汰は鵺へ向け、闇を焼き尽くす炎を纏った正拳突きを繰り出す。
当たるか当たらないか、その瞬間――獣の爪が、草汰の背中へと振りかぶられた。

【『力』発動。弓を雪生さんに託し、幻影をの幾つかを倒し、マリーさんを庇う】
【マジキチレベルの結論に至る。鵺さんに怒りのパンチ。背中ガラ空きで草汰がやばい】

214 :ヨロイナイト ◆fLgCCzruk2 :11/12/31 22:20:13 ID:???
なんだか周りが騒がしくなった来たが、ヨロイは反応できなかった。
これまで人間に対してなんとか持ち直してきた気持ちと、考え方が再度ぶり返し始め、
一気に疲れてしまったのだ。長い時間をかけたのが思い出一つで木っ端微塵だ。

陰々滅々としながらも幻覚の攻撃を受けていないのは、
現在ヨロイに代わり宝石が逃げてくれていたからである。

「・・・・・・」「起きろヨロイ!」「後で落ち込んでくだされ!」

影と宝石から叱咤されるもヨロイはぼーっとしたままだ。
今や彼の心象風景はこの広間の元々のように殺風景で空っぽだ。人間でいえば、
悪いところを忘れたり見ないようにすることで相手を前向きに見ようとしていたのに、
思い出してしまったことで落ち込む時のまさにソレ。

ため息混じりに反吐か嗚咽が漏れるばかりの状態で、自衛もままならないのが現状だった。
このままでは早々に詰むので何とかしたいと二妖が思っていると、
いつの間にか、二重の意味で復活していた鳥居少年からお呼びがかかる。

「このままでは拉致が開きません!そこの円盤妖怪!頼光を守って下さい!」
「え、待て!やめて!」

宝石が悲鳴を上げるより速く、彼から吹きつける神気はすうっとヨロイ達に吸い込まれた。
ぎきしんっ!と耳障りな音が響くとヨロイの全体に深い罅が走る。

「不味い」「宝石殿、これは一体」・・・

神も悪魔扱いされて降格し、祀られることで昇進する妖がいるように、
妖気も神気も実際は似たり寄ったりで、与えられればそれなりに力になるモノである。
ただ、今のヨロイに神気は毒だった。

「今の惨めに落ちぶれ切ったヨロイには、こんな力は無理なんだよ・・・」

心が力に耐えられない。拒否反応を起こしたヨロイの精神は、
露骨にダメージとなって体に現れ始めてしまった。力は増しているのに、
受け入れることができない。気持ちのあり方一つで、逆に傷ついてしまう。

仕方がないので宝石は主導権を交代して、取り敢えずは言われたとおり頼光を守ることにする。
彼の頭上まで来ると、宝石はヨロイの力を吸いつつ、鵺の煙が及ばぬようありったけの力で輝いた。

【パイロット交代 照明化】

215 :GM ◆u0B9N1GAnE :12/01/10 03:39:52 ID:???
>『妖獣が小賢しい!!』

唐獅子の咆哮が洞窟内に轟き、ありとあらゆる物体を身震いさせる。
その例外は質量を持たない幻だけだ。必然、ヨロイナイトの作り出した弓のみが浮き彫りになる。
唐獅子はその弓を喰らい、神気と中和して宿主を生かし、更にはより上等な弓を作り出してのけた。

(うげぇ、マジかよ!こいつはいよいよもってヤバいぜ畜生……!)

鵺は内心で悪態を吐き、しかし表情には不敵な笑みを浮かべていた。
形勢が不利になればなるほど、人間がその状況に希望を抱くほどに、
敗北に陥れた時に生まれる恐怖と絶望は色濃いものになる。

この劣勢すら、自分にとっては馳走をより美味に食す為の空腹に過ぎないのだ。
そう確信していた。

>「いい加減、自分が時代遅れな奴だと気がつかないのかな?君って奴は」

「……あん?」

視界の外から投げ放たれた言葉に、鵺が振り返る。
浮かべていた笑みは黒煙さながら一瞬の内に霧散していた。

>「恐怖がなんだと偉そうにのたまっているようだが、
 結局のところ、ハッタリだけの臆病者ではないか」

鵺の表情が見る間に激昂に染まる。
マリーの罵倒は、確かに鵺の本質を射抜いていた。

全能の『神』が悪魔共に恐怖を抱く事などないように、鵺の根源たる恐怖とは、所詮弱者の抱く感情だ。
そしてその鵺の能力もまた、強者ではなく弱者を虐げる事こそが本質だ。
事実彼は平安京の民全てを恐怖のどん底に陥れる事は出来ても、
天皇を殺し源氏を返り討ちにする事は出来なかったのだから。

>「さぁどうした?早くかかってきたらどうだ?さもないとお前の伝説が全否定されるぞ」

鵺とは弱者から生まれ、弱者を怯えさせる事こそが本質の妖怪だ。
その事を自覚しているからこそ、鵺は激しい怒りを抱いた。

「言ってくれるじゃねえか!テメーみてえな怖いもの知らずは大好きだぜクソッタレが!
 望み通り、八つ裂きにしてやらあ!精々派手に泣き喚きやがれ!」

牙を剥き、獣の爪を解き放ち、余裕に満ちた役者然の態度を崩して声を張り上げる。

>「随分と見くびっておくれだったねえ…鵺め!
 崇徳院の念に牽かれなければ、この世に顕現すらできず、夜にひよひよ鳴くだけの懦弱な魔物だった癖に…!
 甘く見るんじゃないよ……!
 こちとら腐っても清明の血脈さ。しかもお前に劣らず、古い曰く因縁の外法憑きのね!」

「見くびってんのはテメーらの方だぜ人間共が!テメーらなんぞ、所詮俺様の餌に過ぎねえって事を刻み込んでやるぜ!」

冬宇子の放った獣の影が四方八方から鵺へと襲いかかった。
対して鵺は右手を黒煙で固め、獣の爪を作り出してそれらを迎撃する。
高速の連打を繰り出して引き裂き、弾き飛ばし、掴み止め、捻り潰す。
その過程で体を掠めた影が己に傷を負わせた事には少々驚いた。
だがそもそもの地力が違う。影の殆どを鵺は容易に迎え撃つ事が出来た。



216 :GM ◆u0B9N1GAnE :12/01/10 03:41:29 ID:???
「見たかよ!カビ臭え血脈がなんだってんだ!出来損ないのテメーにゃ宝の持ち腐れなんだよボケ!」

冬宇子を口汚く罵ると、鵺は今度こそマリーへと振り返る。

「そして……次はテメーだッ!」

右の爪を振りかざして跳びかかった。
鵺は激昂していながら――しかし一方でマリーの狙いを直感的に察していた。
何故なら、冷静で賢しい強者ほど己の行動のリスクを鑑みる。
失敗した場合どうするか。最悪のケースは何か。
それはつまり、失敗や最悪に対する『恐怖』があるからだ。
鵺の能力はその恐怖を覗き見る事が出来る。
相手が戦闘者として成熟して、完成していればいるほど、鵺の術は凶悪になるのだ。

鵺が幻影を放つ。無数の自分の幻にマリーを襲わせた。
全てが『質量があるとしか思えない』幻影だ。
その中から本物の鵺だけを見定めて、捉えられるか――まず不可能だろう。

「無様に無駄死に晒しやがれッ!」

勝利と恐怖を確信した鵺が表情に笑みを取り戻し――

>「危ないッ!!」

不意に横合いから飛び込んできた森岡が、マリーを突き飛ばして彼女を庇った。
鵺の面持ちが一変して驚愕の色を滲ませる。

「……おいおい冗談じゃねえぞ。俺の幻を二度喰らって、まだ正気を保ってやがるってのか」

>「鵺、お前さっき言ったよな?俺は、俺以外が何者であろうと、どうでも良いってよお」
「けどよ……今、分かったんだ。俺は結局のところ――『自分の事が一番、どうでもいいんだ』、って」
「俺はきっと、『俺』が怖かったんだ。何も出来ない俺が。誰も守れない俺が。お前みたいな奴に惑わされる俺が。」

森岡の口上を、鵺は黙したままに聞いていた。
人間に恐怖を与えられないという事は、鵺にとって自分の存在が揺るがされる事に等しい。
なんとしてでも理解して――始末しなければならない。

「俺は、誰が誰であろうとどうでも良いって訳じゃねー。ただ、守りたいと思った相手が、あいつ等達だった、それだけだ。
 それだけでよかったんだ。俺が何者であろうと!あいつ等に必要とされるなら、俺は守るために幾らだって命を捨ててやる!
 誰かを助けられるなら、何度だって絶壁から飛び降りて、何度だって這い上がってやる!鵺、お前にそれが出来るか!?」

「……あぁ、なるほどね」

全てを聞き届けた鵺は小さく、得心が行ったと言いたげに呟いた。

「とどのつまり、テメーはとっくの昔に狂ってやがったって訳だ」

『狂信者』という言葉が、森岡を喩えるには最も相応しいだろう。
それは鵺が最も嫌う人種だった。
彼らは信仰のみで心を満たし、果てには恐怖そのものすら信仰の対象としてしまう。
その生態は鵺の天敵と称しても過言ではなかった。

217 :GM ◆u0B9N1GAnE :12/01/10 03:42:33 ID:???
>「断言するぜ! 俺は、恐怖(お前)なんか怖くねえ!!」

「だからどうしたってんだ気狂い野郎が!どのみち、テメーは俺にゃ届かねえ!!」

迸る炎の拳を真っ向から待ち受ける。

――この黒煙の中にいる限り自分は無敵だ。
己と同質である影による攻撃には少し面食らったが、あれを除けばどんな攻撃も自分を傷つける事は敵わない。
弓を持っていた陰陽師の女は手前で呼び出した式に飲まれている。
攻撃を受けたところだけを霧散させて、首を掻っ切ってやる。
どいつもこいつも、揃いも揃って無駄死にだ。

鵺が口元を邪悪に歪め――しかし不意に、『音』が響いた。
清冽な震えを帯びた破魔の音、弓鳴りの音が。
鵺の姿を隠す黒煙が清浄な響きに祓われていく。

「なっ……!」

露になった鵺の顔色が戦慄に塗り潰される。
鵺は弓が倉橋の手から雪生へと渡っていた事を認識していなかった。
マリーの挑発に激昂し、彼女をいかに捻り潰すかに執心して、気付けなかったのだ。

炎を纏った拳はもう目前にまで肉薄していた。

(畜生畜生!こりゃあマジで死んじまう!)

避けられない。迎撃するにも遅すぎる。
何をしても手遅れな、絶妙を極めたタイミングだった。

(だが……まだだ!俺様は恐怖の権化!人の心と時代の闇だ!こんなしょっぺえ負け方が出来るかよ!)

鵺が咄嗟に右手を突き出して、拳の軌道を変えようとと試みる。
だが鵺は妖獣であれど、力に秀でた存在ではない。
右腕は炎によって一瞬で焼け落ち、打撃はほんの僅かにしか逸らせなかった。
そのまま森岡の正拳は鵺の頭部を捉え、燃やして、抉り飛ばした。
鵺は『恐怖の権化』を始めとして様々な概念に縛られた存在だ。
炎は闇である彼を凶悪なまでに容易く散らす。

「そりゃ……そうなるよなぁ……。炎に照らされりゃ、闇は散る。それが摂理ってモンだ……」

それでも鵺は生きていた。辛うじて、すんでの所で。
極僅かとは言え軌道を逸らせたおかげで――頭部の半分を吹き飛ばされたが――即死には至らなかった。

「そんでもって……よぉ……」

鵺が半分だけ残った顔に笑みを浮かべる。
勝利を確信した獰猛な笑みだ。
そして、

「光があれば、人の背後にゃ影が差す。それもまた……摂理ってモンだよなぁ〜!」

鵺の姿が唐突に消えて、森岡の背後に現れた。
己の存在が闇そのものである事を利用したのだ。
その為に深手を負う羽目にはなったが、問題ない。
このまま森岡を殺せば、森岡自身が、あるいは周囲の冒険者達が深い恐怖と絶望を生むに違いない。
それを食せば傷も癒える。今度こそ皆殺しだ。

「要するに!テメーのせいで皆お陀仏って訳だッ!悔やんで嘆いてくたばりやがれッ!!」

漆黒の爪が禍々しく閃き――がら空きの背中を易々と貫いた。

218 :GM ◆u0B9N1GAnE :12/01/10 03:43:42 ID:???
「がっ……!な……に……」

大量の血を吐いて、鵺が跪く。
貫いたのは鵺の爪ではなかった。貫かれたのは森岡の背中ではなかった。
倉橋の放った獣の影の爪が、鵺の背中に深々と突き刺さっていた。

マリーと森岡の体に隠されていて、鵺には影が視認出来なかったのだ。
加えて激昂と嫌悪から、鵺は獣の影が自分と酷似した存在である事を忘れていた。
影、掻き消されようとも再び、何度でも蘇る不滅の存在。
妖獣でない純粋な外法神は、鵺よりも更に不滅の性質を強く秘めている。
引き裂き、捻り潰したくらいで消し去れる存在ではなかったのだ。

消し飛ばされた頭部の断面から、貫かれた腹部から、血が溢れ続ける。
黒煙がない為、『自分はここにいなかった』事に出来ない。
死が猛然と鵺に近寄ってくる。

「くそ……が……!」

意識が遠のいていく中、鵺が奥歯を噛み締める。
長き封印から目覚め復活したばかりだと言うのに、また滅ばねばならないのか。

「俺は……俺は鵺様だぞ!夜闇の支配者だ!恐怖の権化だ!
 その俺様を……見くびるんじゃねえ!畜生ッ!ビビりやがれッ!怯えやがれってんだッ!」

支離滅裂な叫び声を上げる中で、鵺の意識は崩落していく。
砂のように崩れて、ただ一つの目的だけが残った。
死にたくない。消えたくない、と。

「見せてやらぁ!この俺様の!真の姿って奴をよぉッ!!」

鵺が己の両腕を腹部にまで貫通した傷に差し込んだ。
そして傷口を力いっぱい広げて――『体を裏返した』。
鵺の体がめくれ上がって、内側から肉塊が溢れてくる。
肉塊の表面には無数の人面があった。一つ一つが意味のない呻き声を上げている。

――ある種の妖怪や神は、国を超えて殆ど同一のものがいる。
例えば太陽に関する神は、間接的にすら国交のない国々にも共通して存在する。
他にも死神もそうだ。死を司り管理する者の存在は、殆どの宗教に存在している。
神々以外にも吸精鬼、淫魔の類。
幸福をもたらす家憑きの妖怪、座敷わらしも西洋に酷似した存在が言い伝えられている。
基本的に、人から切っても切れないものは、西洋東洋を問わずに、それを神格化、妖怪化した存在があるのだ。

そして鵺もまた、それに属するものだった。
では西洋における鵺とは――『得体の知れぬ恐怖の権化』とは、一体何か。
その存在はこう呼ばれている。


『The Unspeakable One』 『Him Who is not to be Named』
 『名状しがたいもの』    『名づけざられしもの』



すなわち――『ハスター』と。


219 :GM ◆u0B9N1GAnE :12/01/10 03:44:02 ID:???
「あぁ、クソ。この姿を見せるとよぉ……どいつもこいつも、ぶっ壊れちまうから見せたかなかったんだ。
 つまんねえだろ。訳も分からず死んでいく奴の悲鳴なんざ聞いたって……けど、もう遅いぜ。テメーらはもう、おしまいだ」

徐々に徐々に『反転』しつつある鵺の内側から、悍ましい気配が漏れ続けている。
『ハスター』は鵺と同一であり、かつ正反対の存在だ。
『得体の知れぬ恐怖』故に恐れられる鵺と、信仰されるハスター。
後者は紛う事なき『邪神』の名を冠する者だ。
目覚めてしまえば、いくら君達と言えど勝利する事は叶わない。
瞬く間に殺されるか、正気を奪われてしまう事だろう。

つまり君達は今すぐに、なにがなんでも鵺を殺してしまわなくてはならない。
引き裂けた鵺の傷口の奥には鼓動する心臓が見える。
さあ、邪神が目覚めるその前に、最後の一撃を決めてしまおう。

【死にたくない一心で『邪神』へと裏返ろうとしています。
 トドメを刺して下さい】

220 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/01/11 20:37:43 ID:???
>「生成り(なまなり)妖魔のクソガキが…!随分すっきりした顔をおしだねえ!結構だこと!
 心の闇を照らすだって?
 一切衆生の心を照らす菩薩様にでもなったつもりかい?偉そうに!
 世の人が皆、どなた様かに照らしてもらって、それで心の闇が綺麗サッパリ消える単細胞ばかりなら
 人の業も迷いも、ついぞ消えてなくなるだろうねえ!
 聖人君子揃いの、魚も棲みかねる白河のごとき清い世になることだろうさ!
 第一、闇が自然に湧いて出るものなら、闇が闇でいて、なぜいけない?」

>「私はアイツの存在を否定しない。闇から自ずと生まれたあれを殺すことが正しいとも思わない!
 世のため人のための奇麗事で、あれを祓うつもりもない。
 ただアイツが憎いから、邪魔だから……この現世(うつしよ)から消し飛ばしてやりたいだけなのさ!
 それが悪いとでも?
 『我こそは正道』のしたり顔で、正邪を断じる連中よりよっぽどマシじゃないか!」

「……否定はしません。太陽に照らされて木々が育つのも、乾いた大地が砂漠になるのも同じ神の心。
しかし情念は毒なのです。人は意志で行動しなければなりません。
そうしないと僕達は、憎しみの輪廻(ロンド)に囚われ続けてしまうのですから」

今だ脳内に残る神気の残滓が、鳥居にこんなことを口走らせた。
「敵」は次から次へと心から溢れ出して来る。
乱戦の中で交差することもなく宙に舞う言葉。
人が人である限り永遠に晴れることのない闇が鳥居の背に圧し掛かれば
追い討ちをかけるかの如くヨロイナイトの弱々しい声が響く。

>「今の惨めに落ちぶれ切ったヨロイには、こんな力は無理なんだよ・・・」
妖怪にとって神気は逆効果だったらしい。
お湯でも冷水でもない立派な微温湯妖怪が生まれてしまっていた。

「えーなんで!?う、まぶしいっ…」
輝く円盤の光が黒煙と干からびた頼光を照らしていてなんだかイエス様。
鳥居とヨロイは、戦況を見ながらしばらく頼光を守り続けた。その時――

221 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/01/11 20:38:38 ID:???
>「がっ……!な……に……」
鵺が大量の血を吐いて跪く。冒険者達の行動に彼は追いつめられていた。
戦いに夢中の鳥居の耳には鵺の言葉はすべて届かなかったが傷口を広げる鵺の姿に勝利を誤認する。

「やったあ!!やっつけましたー!!頼光、見てましたか?鵺を倒しましたよ!」
唐獅子の神気を大量に吸って、先に復活している鳥居はただただ脳天気。
弾む気分で冒険者達が集まる鵺の元へ駆けてゆく。

「コングラチュレーション!みんなかっこよかった!
それ破魔の弓ですか?雪生さんかっこよかったです!森岡さんの拳骨も!
でも倉橋さんの式は制御出来てませんでしたね。ってあれ?どうしたんですか……」
ただならぬ気配を感じ視線を移せば鵺の様子がおかしい。

「……え、これはまさか!?変身!!?」
傷口から溢れ出す肉塊の表面には無数の人面があり、一つ一つが意味のない呻き声を上げていた。

「ひっ!!なんですかこれ!?まだ鵺のうちにトドメを刺さないと!とんでもないことになりそうです!!」
渇いた音とともにイバラの鞭が空を切る。
鳥居は傷口の奥に見え隠れする生き物ならば急所であろう心臓を目がけ攻撃を放った。
だが鵺の内側はそれを拒絶し、ぬるりと心の位置をずらす。
外れた鞭の攻撃によって体の一部が裂けてひるがえり大量の人面が溢れ出す。

そして、その光景に絶句した少年を赤い人面の波が飲み込んでしまった。

「……う、うぁあああー!!?」
もう鵺に、何者かと問うことも愚問だった。浮かび上がる顔、顔、顔。
その肉の海の中に自分も取り込まれているのだ。状況はすでに人智を超えている。

【心臓を狙って攻撃するも失敗。逆に傷口を広げてしまって、おまけにハスターに飲み込まれてしまいました】

222 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/01/12 13:26:08 ID:???
一本の立ち木のようになっていた頼光がゆっくりと歩きだす。
だがその姿は人のそれではなかった。


眩しいほどの煌びやかな照明。
豪奢な装飾品が室内を彩り、足元はふかふかの絨毯。
外国要人を招いて貴族や華族がロンドを踊る。
ここは貴人の社交場鹿鳴館。
上質な燕尾服に身を包んだ頼光に淑女たちが群がり武勇伝をせがむ。
より取り見取り。
場末の娼館とは違う夢のような世界で満足げに淑女たちを品定めする。
一人の貴婦人が目に留まり、手を差し出すとおずおずと貴婦人は喜んでその手を取った。
貴婦人の腰に手を回し優雅にステップを踏みながら回る回る。
そして細い首に手をまわし、唇を重ねる…。

数々の武勲をひっさげ頼光はついに鹿鳴館に招待され、今、鹿鳴館の主人公となり輝ける人生が始まる…!

が、煌びやかな照明は激しく点滅し目が眩む。
抱いていた貴婦人も姿が滲み、再度輪郭がはっきりした時には、全く別物になっていた。


ふかふかの絨毯は消えうせ、ゴツゴツとした岩場に変わる。
目の前にはその地面とそこに組み伏せられるように倒れたどこかで見た女の顔。
「…!?はぁ???」
あわてて飛びのききょろきょろと見回すと、そこは洞窟のようであった。
頭上には強い光を照射して飛び回る鍋(ヨロイナイト)
徐々にはっきりする意識とともに、先ほどの女が倉橋冬宇子であり、今まさに冒険のまっただ中であったことを思い出した。
そして今まで自分がどういった状態でどんな経緯をたどったか、唐獅子の記憶が流れ込んできた。

頼光再生の為に鳥居とヨロイナイトの出した負の感情の塊のような弓を呑み込んだ唐獅子。
これで程よく再生するはずだったのだが、鳥居の再生に思ったより手間がかからなかったこと。
余剰分を左腕に集中させ分離したにもかかわらず、唐獅子の神気は膨大なものであった。
否、頼光の器が小さすぎたのだ。
結果、頼光と減退した唐獅子の割合は2:8程となり、その比重はそのまま身体変化となって現れる。
人の形を失い、獅子の姿となった頼光。
このままでは頼光の意識は牡丹の木の代わりに唐獅子に溶けて消えてしまうに過ぎない。

唐獅子の思考、行動原理は『舘花の裔とその牡丹の花を存続させる』という一点に尽きる。
鳥居を再生したのも、弓を渡したのも、その為の必要な過程でしかなく、仲間を助けるという目的はない。
だからこそ、この行動も憑依状態の倉橋を救うのではなく、あくまで倉橋の心を支配する憎悪や外法の神の力が必要だったというだけなのだ。
そういった意味でも唐獅子は瑞獣と言われても善なる存在とは言えないだろう。

狼のような動きをしながらそこから延びる影獣が鵺と戦っているその隙を突き、唐獅子と化した頼光は倉橋に襲いかかったのだ。
組み伏して上からのしかかり、倉橋の首筋に食らいつく。
が、その肩口に牙は食い込みはすれども毛ほどの傷がつくことはない。
もちろんその血肉を求めてのことではないのだから。
倉橋の内部に蠢く憎悪と魔獣の存在そのものを食らう為に。
魔獣の力を打ち消すという事は唐獅子の力を打ち消すという事でもある。
大幅に力の減じた唐獅子が倉橋の内側に憑く外法神と対抗する事などできはしないのだが、それでも構わないのだ。
お互いの力を相殺させる事で、唐獅子と頼光の比重の調整が出来さえすれば。

そして狙い通り、頼光は人の姿を取り戻し、今、意識も取り戻したのだった。
「う、あぁ・・・えと・・・」
意識を取り戻したところで頼光は頼光。
経緯を知れど、押し倒した倉橋にどう声をかけていいのかわからずただただ狼狽えるのみ。
ただの見知らぬ女や冒険で一緒になった女であればここまで狼狽えずにすんだであろう。
だが機械竜との戦いのさなか、啖呵を切られ圧倒された倉橋相手なればこそその狼狽に拍車がかかる。

223 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/01/12 13:27:04 ID:???
倉橋を起こすために手を貸す事すら忘れおろおろしている合間にも、唐獅子の記憶は流れ込み続ける。
「おおぉ!頭の花が取れてる!って、俺様の腕がねぇええええ!!!
しかもこの手!!なんだこりゃ!俺は人間じゃなくなったのか!?」
頭の牡丹が消えた事を知り、手を挙げてみたが左腕がなくなっている事にようやく気付く。
続いて残った腕の手がまるで獣のように大きく毛むくじゃらで鋭い爪がついている事に驚き、絶望し混乱する。
島に向かう船上でさくらに対し『毛駄物』と罵っていた自分が毛駄物となってしまっているのだから!

あらゆる手段を尽くし頼光を再生させた唐獅子だったが、その為に頼光と融合に近い形で同一化してしまったのだ。
顔は人のそれだが、体は頑強になり、手足は毛が生え爪が伸びる。
今の頼光はもはや人間とは言えず、獣憑きの症状が進行した獣人と言って過言ではない。
身体能力や戦闘力でいえば神気を纏う獅子の獣人であるからプラスといえる。
が、頼光のアイデンティティーを崩壊させるに値するマイナスが含まれている。
絶望は怒りに変わり、その矛先は鵺へと向かう。
「華族たるこの俺様をこんな目に合わせやがってっ!!!」
自分を守ってくれていたヨロイナイトや押し倒した倉橋のへの意識などはもうありもしない。
二人を置き去りにして、人間だったころの頼光では考えられない身体能力で人っ跳びに鵺の側に辿り着いた。

「お前らよくやったな!どけ!とどめは俺に任せろ!」
死闘を繰り広げていた森岡とマリーを押しのけ、反転しつつある鵺を見下ろす。
自分をこんな目に合わせたという怒りと、とどめさえ刺せばこの戦いの殊勲は自分であり、武勇となる。
そんな功名心全開で。
裏返りおぞましい気配をまき散らすが、興奮状態で脳内麻薬が溢れきっている今の頼光には感じることができない。
何よりも傷口から見えている心臓さえ踏み潰してしまえば殺せるという絶対優位。
それが幼少の頃から弱い相手を甚振り踏みにじることに長けていた頼光の加虐性を加速させていた。

どう甚振り踏み潰してやろうか思案していると、わきに来ていた鳥居がその危険性を察知し鞭を繰り出した。
幸い鞭は外れ、傷口からあふれた赤い人面の波に鳥居が呑み込まれてしまう。
もちろんここで危険性を認識したり、鳥居を助けるというような選択肢は存在しない。
「馬鹿が!俺様の手柄を横取りしようとするからだ!」
自分こそ手柄を横取りしようとしている事など考えてはいない。
人面の波を危ういところで逃れ、口汚く罵ると右腕に力を込める。

蒸気甲冑に頼り、頼光自身は無力な人間であった。
だが今は神気を纏う爪と唐獅子の力が頼光自身が扱える。
本質的には蒸気甲冑に頼っているのと変わりないのだが、ある種の万能感を与えていたのだ。
「武者小路頼光のぉ鵺退治ぃ!!!」
大袈裟な口上とともに右腕を振るうのだが、頼光は勘違いをしていた。

人間であったころの頼光の戦闘力を2と仮定すると、減退した唐獅子の戦闘力は50程度。
融合すれば足して52にも乗じて100にもなるが、もちろん平均して26となる事もある。
どれであっても頼光自身からすれば大幅な増加ではあるが、一般的に見て今の頼光の戦闘力は銅色免状の冒険者の平均に届くかどうかというところ。
しかも片腕を失ってバランスが取れない状態で全力の大振りなどしては当たるはずもなし。
衝撃で心臓がせり出すようにはっきりと露わになったが、頼光は勢い余って肉の海に突っ込んでしまった。

「ぎゃあああ!!気持ちわりぃい!お前ら!助けろおおおお!」
肉の海でもがきながら叫ぶ。
瑞獣の力を手に入れてもやっぱり頼光は頼光なのだった。

【鳥居と仲良く肉海ダイビング。心臓はいい位置に来ています】

224 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/01/13 12:35:39 ID:???
牙を剥き出しにし、怒り狂う鵺の様を見てマリーは冷や汗を浮べながら笑みを浮べた。
これはまだ始まりに過ぎず、なおかつ、状況は圧倒的に不利だ。
弓は弾くどころか引かれもせず、黒煙はまだ辺りに立ち込めている。

倉橋の放った影を鵺は易々といなし、視線をマリーへ向ける。
鵺の殺気で体中に鳥肌が立つのを感じる。
その次の瞬間、鵺の姿が無数に分かれ一斉に襲い掛かってくる。
しかし、マリーは身動きせず、その幻影を睨んでいた。
力を有する弱者は、勝負どころでその力に依存する。
自身の力ではどうしようも出来ない金持ちや権力者が私兵に頼るように
鵺もまた自身の才に頼ってくるとマリーは読んでいた。
しかし、読みが当たっていたとはいえ、鵺の幻覚は完璧だ。
弦の音が無くてはどうすることも出来ない。
「見分ける術は…あるさ」
例え千匹の鵺が同時に切りつけたとしても、その内の999匹は幻覚で
マリーに傷をつけることが出来るのは本物しか出来ない。
しかし、それは勝ちの薄い賭けでもある。
今見ているマリーの幻覚と先ほど見ていた幻覚には大きな違いがある。
先ほど見ていた幻覚はこの場にいる全員に対して発せられたものであり
今見ている幻覚はマリーに対しての幻覚になる為、その分強力になっている可能性がある。
もし、幻覚にも切られたのならば、その時点でマリーに勝機は無い。

と意を決し、賭けに出ようとした瞬間
緑色の炎を纏った男に突き飛ばされてしまった
鵺に意識を集中していたので男の存在に気がつかなかったらしい。
突飛ばした男の口上に耳を傾けながら、すぐさま体勢を整えるも
倒れた拍子にナイフをどこかへ落してしまったことに気がつく
と、その瞬間、弦の音が黒煙を消し飛ばし、鵺を露にする。
間髪をいれず、男は炎を纏った拳で殴りつけ、そして
鵺の頭半分を消し飛ばした。
それを終わったと思いきや、鵺はまだ生きていた。
刹那、先ほどまで男の目の前にいた鵺がいつの間にか背後に回っていた。
「詰をしくじったな!」
咄嗟に男と鵺の間に入ろうとするも間に合いそうもない。
ふと最悪の結末を脳裏に過ぎらせたとき、鵺の体を影が貫いた。
元々男ごと切り裂こうとしていた所を鵺が前に出てきた為そうなったようだ。


225 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/01/13 12:36:00 ID:???
だが、影の一撃も致命傷を与えたとしてもダメ押しにはならず
鵺はまだ存命していた。
息も絶え絶えに支離滅裂に叫びながら、鵺は最後の悪あがきを始める。
裏返る肉体、うめき声をあげる無数の人面、そこにいたのは鵺ではない名状しがたきもの
早急に手を打たなければ取り返しのつかないことになる。
いち早く動いたのは唐獅子に飲み込まれた少年と橘と呼ばれた男だった。
少年の鞭と橘の爪のお陰で鵺の心臓は剥き出しになった。
「何であろうと関係ない。生きているのならば殺すだけだ」
腕を振り上げ、籠手の中に仕込んでいた短刀を露にすると
鵺との間合いを詰める。
二人を助けようという考えはマリーには無かった。
いや、自分が動かなくとも自己犠牲の塊のような男がここにいるのだから
彼が動くだろうと判断しての行動だった。
「鵺、君の意見は大体あってるよ、だが、一つだけ抜けていることがある
 今の時代、人の敵は人だけなんだ。人の闇も人の領域だ」
まるで今の世の闇を知るような口調でマリーは鵺に告げる
「もう一度言おう、もう君の居場所は無い、時代遅れなんだ!」
今の世の闇を生きる者から過去の者への言葉を添えて、致死の一撃を放った。

226 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/01/15 20:03:55 ID:???
*   *   *

『憑き物筋』とは特定の神や獣霊を血脈に宿し、使役する一族のことを云う。
多くは『蠱毒』と呼ばれる呪法で蟲獣から神を生成し、それらと契約を結んだ呪者の子孫に当たる者達である。
その生成過程の禍々しさ、性質の悪質さから、それらの神は『外法(ゲホウ)』と名された。
甲信地方の『管狐』東北の『オサキ』四国の『トウビョウ(蛇神) 』『狗神』などが、外法の一例として挙げられる。
外法神の神助を得た一族は強力な呪者となり、
或いは、他者の富や幸運を奪う外法の性質により、富貴自在の繁栄を得たとも伝えられる。
外法神は、使役者に力や富を与える反面、祭祀や契約の代償を差し出すことを怠れば、呪者に祟たりなす存在でもあった。
外法使いの末裔は子々孫々、末代まで、血統に染み付いた神を祀り続けなければならぬ。
しかも、血脈によって受け継がれる神や獣霊の力は、それらを扱う才の無い者にとっては毒となる場合もある。
憑き物筋の家系は、しばしば自我を外法に食い荒らされた、いわゆる『狐憑き』状態の狂人を生んだ。
中世から今日に到るまで、外法使いの血統は忌諱の対象とされ、ことに婚姻、縁戚関係を結ぶことを忌避されてきた。

*   *   *

――――その昔、尊い伊勢の御神を斎(いつ)き奉る巫女が、さる高貴な男に見初められ子を宿した。
斎宮に仕える伊勢の巫女が子を成すのは禁忌に触れる。
二人は共に出奔を誓い合ったが、男の言葉に真実心(まことごころ)は無く、
男は、権力に飽かせてありもしない罪を仕立てて巫女に被せ、女ひとりを伊勢より放逐した。
流浪の身となった女は、男を恨み、男への呪詛を試みた。
しかし、復讐を恐れた男に雇われた陰陽師達の霊壁によって呪いは通らない。
女はさらなる力を欲し、類稀なる霊力と知謀をもって、ある神獣を捕え、禁断の蠱毒を施して自らの使役神とした。
その神獣こそ―――三輪山の女狼。
神世の昔に三輪の山に封じられたという、禍なす神が仮生した獣であった。
祟り神の強大な神力を得た女は、念願叶って、護衛の陰陽師ごと男を呪殺し―――
以来、外法となった三輪山の女狼は、巫女の血筋に受け継がれていくことになる。
血脈の拡がりによって拡散し力を弱める一般的な外法神とは異なり、その継承は女系の一子相伝。
代々巫女の子孫には女子一子しか生まれず、その女子が初潮を迎えると、母より外法の力を継承。新たな依り代となる。
神魔の力は、人の器で扱うには過剰なものであるせいだろうか。
依り代の座を譲った女は、極端に消耗し長くは生きられない。一族は総じて短命であったと云われる。

*   *   *

227 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/01/15 20:06:47 ID:???
>>215-217
冬宇子の腕より発現した獣影が鵺へと疾駆―――!
鵺は、身に纏う黒煙を固めて爪を象り、四方より迫る獣影を迎撃する。
黒い紙片の如く千々に引き裂かれ、闇に溶けていく獣影。

冬宇子は唸った。
両の掌を地に着き、頭を低く構え、敵を威嚇する獣の姿態そのままに。
紅を差した唇が歪む。鼻に皺を寄せ、歯を剥き出し、口角から涎を零し…憎しみも露わに鵺を見据える顔――
闇に白く浮かび上がる、化粧を施した女の顔が、満面に獣性を湛えて唸るその様は、
見る者の目に、どれほど浅ましく醜く映ったことだろうか。

冬宇子は岩棚を跳躍し、岩下にわだかまった影の上に降り立った。
獣影は神魔の映し身――まさしく影であり実体はない。何度切り裂かれようと、どうということはない。
冬宇子の身体を介して祀っている――あの神体に傷がつかぬ限りは――――。
三輪の神魔は闇の眷属だ。映し身の影は闇の中からいくらでも作り出せる。
獣影は複数に分散することも可能だが、その数に比例して一体あたりの破壊力が減じる。
四方に散らしていた獣影を縒り合わせ、より強靭な影を成して、鵺の身を引き裂いてやろう。

獣の本能のままに生み出した戦術を実践せんと、再び鵺へと腕を振り抜こうとした、その刹那、
深海の底に届く一条の陽光のように、沈み込んだ冬宇子の意識に差し込む声があった。

>「俺は、誰が誰であろうとどうでも良いって訳じゃねー。ただ、守りたいと思った相手が、あいつ等達だった、それだけだ。
>それだけでよかったんだ。俺が何者であろうと!あいつ等に必要とされるなら、俺は守るために幾らだって命を捨ててやる!
>誰かを助けられるなら、何度だって絶壁から飛び降りて、何度だって這い上がってやる!鵺、お前にそれが出来るか!?」

―――あの男の声だ。朴訥で誠実そうな印象の、頬に傷のある大男。
人が本質的に内包する闇や悪意の存在を毛ほども感じさせない男。
自らを「正」と断じ、迷い無く拳を振るうことの出来る男。
人間を、その性質によって「陰」と「陽」に分かつならば、自ら煌々たる光を放つ、紛うことなき「陽」。

冬宇子は思う。
あの男と自分は何が違うのだろう―――?
…いや、何も違わない筈だ。そもそも悪意を持たぬが故の無為な純真と、抑えがたく滲み出る悪意――闇と――。
共に自然発生的なものならば、比べてどちらが「正」であると断じることができるだろうか。
第一、あの男だってさもしい人間じゃないか。
『必要としてくれる者を守る』――聞こえはいいが、鵺の言ったとおりだ。
自分を認め肯定してもらう対価として、他者に力を提供しているに過ぎないではないか。
命を削って相手を『守る』ことで、他者に存在を認めてもらいたい。
あの男が最も欲しているのは自己への肯定だ。無償の尽力のようでいて、その実、誰よりも見返りを求めている。
『他者の目という鏡に映った理想化された自分』を通してしか、自らの存在を肯定できないのだ。

――――私は違う――――!
正体の知れない不安が湧き起こり、冬宇子は耐え切れずに、声にならぬ叫びを上げた。

誰に疎まれてもいい。誰にも愛されなくてもいい。自分が自分を必要としてさえいればそれでいい!
揺ぎ無く自身が存在を認めていさえすれば、誰に否定されようと、その存在は是だ。
卑屈で何の役にも立たないどころか、災禍を齎す存在として万人に疎まれたとしても、私は私の存在を塵ほども疑わない。
否定する者を無視し、傷つけようとする者から、迷い無く自分を守るだろう。
それでいいのだ。他者の好悪などという不確定な要素に拠らず、自己を全力で肯定する手段が他にあろうか。
それでいい―――!それでいい筈なのに―――――この感情は――――!?

鵺へと振り抜いた腕。
岩下の黒々とした影溜りから獣影が顕現し、処理の着かぬ感情に引き摺られるように、森岡の背へと奔る。

228 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/01/15 20:10:37 ID:???
>>222-223
――――網膜に焼きついた森岡の背中が、突如、ぐらりと回転し、
視界全体に、極彩色の獣の顔が広がった。
死角から飛び出してきた唐獅子に抑え込まれたのだ、と、状況を知覚するよりも早く、牙が首筋に突き立てられる。
痛みはない。けれども確かに体内から失われていくものがあった。
意識を満たしていた獣性の魔性と憎悪が、潮のように引いてゆき、干潟となった意識の海を冬宇子の想いが廻る。

ああ、あれは母の顔だ―――亡くなる間際の…惨めに窶れ果て、痩せ衰えた―――
自分もいつか同じ運命を辿ることになる。いつかきっとその日が来る――――!
母は確かに私を愛してくれた。修行は厳しかったが疎まれていると感じたことは一度も無かった。
なぜ母は運命を知りながら、子を産み、愛しむことができたのだろう――――?

掻き回された泥が沈殿し透明な上澄みとなるように、冬宇子の意識は次第に明瞭になっていく。
再び光が戻った時、瞳に映ったのは獣―――いや、見知らぬ獣人が、冬宇子の上に乗り手足を組み伏せていた。
冬宇子は反射的に獣人の頬を打った。

>「う、あぁ・・・えと・・・」

歯切れの悪い言葉を漏らす獣人の言い訳を聞くことなく、更に一発。
着物の襟元は大きく肌蹴、裾は太股まで露わになるほど乱れている。
自分の放恣な姿に気づいて、更に、一発、二発、三発!
無言で頬を打ち続けるうちに、漸く、この獣人が頼光の変じた姿であるという認識に到った。
獣人の醸す霊気は、大幅に減じてはいたが、唐獅子のそれと同一のものだ。
冬宇子自身では制御できぬ外法の憑依を解除し、意識を現実に引き戻したのも唐獅子の計らいなのだろう。

>「おおぉ!頭の花が取れてる!って、俺様の腕がねぇええええ!!!
>しかもこの手!!なんだこりゃ!俺は人間じゃなくなったのか!?」

頼光もこの時初めて、肉体の変化を自覚したらしく、
吃驚と混乱に目を見開き、怒りのままに鵺へと駆ける。
頼光の動きを追いかけて立ち上がり、冬宇子の視線も鵺へ。

そこに居たものは、最早人体と呼べぬ、そそり立つ赤い肉塊。
めくれ上がった皮膚の内側で、肉色の触手が蠕動し、呻く無数の顔、顔、顔―――
何より悍ましいのは、この醜悪な肉塊が神気を纏っていることだった。

「神気…?鵺め……アラミタマを手に入れたか?…あんなモノに信奉者がいるってのかい?」

神は人によって創られる―――常世の神霊は混沌の中にあり、そのままでは無尽蔵な力の塊だ。
正確に言うならば、人の畏れと信仰に惹引されて、神は存在と役割を明確にするのだ。
鵺の醸す神気は、紛れもなく、信奉者の存在を示していた。

―――『得体の知れぬ恐怖』――あまねく秩序と安寧の崩壊―――
『entropy(エントロピー)』と呼ばれる不確定性と無秩序の権化―――
そんなモノが神格を手に入れて、人の世に干渉するのだとしたら…?

229 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/01/15 20:14:15 ID:???
茨の鞭を振るう鳥居が肉塊に囚われ、
続けて、両側に迫り出す肉の壁に頓着することなく、頼光が大振りの拳を振り折ろす。

「危ない!!この馬鹿っ…!!」

拳の接触と同時に、肉塊に呑み込まれた頼光に、冬宇子は咄嗟に手を伸ばした。
自らの裡に眠る力に訳も分からず翻弄される頼光の姿が、冬宇子自身の宿命に重なって見えたからかもしれない。
どこまでも自己愛の延長としての行動であった。
伸ばした腕に触手が絡みつき、一拍の間も置かずに全身を肉塊が覆い尽くす。

身体を圧迫する肉塊から、鵺の想いの残滓が伝わってくる。
…只ひたすらに――――死にたくない。消えたくない―――と。
冬宇子は鵺の思念に、思念をもって応えた。肉塊を通じて思いが伝わることを信じて。

「そんなこたァ当たり前だ。死を――消滅を怖れない者なんて居やしない。」

次代へ受け継ぐ命も無く、遺す者への信頼も愛情も持ち合わせぬ者にとって、死は、世界の消滅と同義だ。だから怖れる。

「鵺――お前が本質に従って人を恐怖に陥れ、身を守るために敵を滅しようとするのは、至極真っ当なことさ。」

次第に苦しくなる呼吸を堪え、肉塊を掻き分けて懐を探る。

「私はお前の存在を否定しない!お前は間違っていないし、存在してはいけないモノなんかじゃない。
 だから、お前と同じように、私は私を守り――そして、お前を殺すのさ!
 正も邪も、私の知ったことじゃァない!!相容れぬ者同士が存在をかけて食い合い――勝つか負けるか?
 どちらが残って存在し続けるか―――?ただ、それだけのことだろう!?
 違うかい?この腐れ外道が!!」

>「鵺、君の意見は大体あってるよ、だが、一つだけ抜けていることがある
>今の時代、人の敵は人だけなんだ。人の闇も人の領域だ」

双篠マリーの言葉が、壊れた蓄音機を通したような、くぐもった声色で耳に届いた。

「…あんたの言うとおりさ…。人の敵は人だけ――その通りだ。
 神を必要とするのも!神を創るのも!畏れるのも!利用するのも!いつだって人だ。
 ならば人の創った神を殺し、混沌に返すのも人!私は私の存在を侵すモノなら、神だって殺す――!」

懐の中で探し当てた懐刀の鞘を抜き、着物ごと纏わり付く肉片を切り裂く。
母より譲り受けた霊刀は、肉壁の蠢くの暗闇に、ほの白い薄光を齎した。
肉の裂け目から覗く脈動する心臓に―――冬宇子は、ありったけの力を込めて白刃を突き立てた。


【頼光君を引っ張り出そうとして、肉塊に飲み込まれる】
【肉塊の内側で、懐刀を心臓に突き刺して攻撃】

502 KB [ 2ちゃんねるが使っている 完全帯域保証 レンタルサーバー ]

新着レスの表示

掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
名前: E-mail (省略可) :